特許異議申立
2024-700607
毛包原基及びその製造方法
- 審判番号
- 2024-700607
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-518296
- 登録番号
- 7427180
- 請求日
- 2024年06月25日
- 審決日
- 2025年01月29日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】国立大学法人横浜国立大学
- 【権利者代理人】弁理士法人はるか国際特許事務所
- 【権利者】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
- 【権利者代理人】弁理士法人はるか国際特許事務所
- 【異議申立人】原田 伊津美
- 審判長/審判官
- 審判長 上條 肇
- 審判官 小金井 悟
- 審判官 小暮 道明
- 分類
- P1651.537-YAA(C12N) / P1651.536-YAA(C12N) / P1651.851-YAA(C12N) / P1651.857-YAA(C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第5項、特許法第36条第6項第1号、特許法第113条第1項第4号、特許法第120条の5第4項、特許法第126条第6項、特許法第36条第4項第1号、特許法第113条第4号、特許法第36条第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7427180号発明「毛包原基及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7427180号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~5〕及び6について訂正することを認める。
特許第7427180号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7427180号の請求項1~8に係る発明についての出願は、令和1年8月7日(優先権主張 2019年5月7日)を国際出願日とする出願であって、令和6年1月26日にその特許権の設定登録がされ、令和6年2月5日に特許公報が発行された。
その後、その特許について、令和6年6月25日付けで、特許異議申立人原田 伊津美(以下、「申立人」ともいう。)により特許異議の申立てがなされた。
手続きの経緯は以下のとおりである。
令和6年 6月25日付け 特許異議申立書(申立人)
令和6年 8月21日付け 取消理由通知書(特許権者宛)
令和6年10月 7日提出 訂正請求書、意見書(特許権者)
令和6年10月24日付け 通知書(申立人宛)
令和6年12月 9日付け 意見書(申立人)
なお、本件申立てに係る審理は、請求項1~8、すなわち、全請求項を審理対象とし、審理対象でない請求項は存しない。
第2 訂正の適否
1 訂正事項
令和6年10月7日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」ともいう。)の請求は、特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~6について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下の(1)~(2)のとおりのものである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含む」と記載されているのを、「培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含み、前記(a)及び/又は(b)が分散された流動性を有する培養液中における、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上の前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持は、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の前記共培養が開始された時点から、28時間が経過する前に開始する、」に訂正する。請求項1の記載を引用する請求項2~5も同様に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6に「前記共培養を行うことにより、毛幹様構造を有する前記毛包原基を形成する、請求項1乃至5のいずれかに記載の毛包原基の製造方法。」とあるうち、請求項1を引用するものについて、独立形式に改め、「上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること;、(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛幹様構造を有する毛包原基を形成すること、を含む、毛包原基の製造方法。」に訂正する。
2 一群の請求項について
訂正前の請求項2~6は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、訂正事項1~2によって、訂正される訂正前の請求項1に連動して、訂正されるものであるから、訂正前の請求項1~6は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
3 訂正の目的
(1)訂正事項1
訂正後の請求項1は、「前記(a)及び/又は(b)が分散された流動性を有する培養液中における、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上の前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持は、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の前記共培養が開始された時点から、28時間が経過する前に開始する」との記載により、訂正前の請求項1における「(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること」と「培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること」との関係を更に限定するものである。したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
同様に、訂正後の請求項2~5は、訂正後の請求項1の記載を引用することにより、訂正後の請求項2~5に係る発明をより具体的に特定し、更に限定するものであるため、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2)訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項6が、訂正前の請求項1~5の記載を引用する記載であったものを、請求項1~5の記載を引用しないものとしたうえで、請求項1を引用するものについて、独立形式請求項へ改めるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。
4 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること、及び、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
(1)訂正事項1
明細書の段落【0076】には「具体的に、(a)及び/又は(b)が分散された培養液中での上皮系細胞及び間葉系細胞の保持は、例えば、当該上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養が開始された時点(すなわち、当該上皮系細胞及び間葉系細胞を共培養に適した温度(例えば、好ましくは35℃以上、39℃以下、特に好ましくは36℃以上、38℃以下)で保持し始めた時点)から、28時間が経過する前に開始することとしてもよく」と記載されているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
また、訂正事項1は、訂正前の請求項1における「(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含む」という発明特定事項を概念的により下位の「(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含み、前記(a)及び/又は(b)が分散された流動性を有する培養液中における、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上の前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持は、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の前記共培養が開始された時点から、28時間が経過する前に開始する」にするものであり、発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、請求項1に係る訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
(2)訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項6が訂正前の請求項1を引用するものであったのを、請求項間の引用関係を解消して独立形式請求項へ改めるための訂正であって、何ら実質的な内容の変更を伴うものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
5 独立特許要件
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項1~8についてなされているので、訂正事項1、2について、訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。
6 小括
上記1~5のとおり、本件訂正請求による訂正事項1、2は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第4号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること)を目的とするものであり、かつ、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合している。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~6について訂正することを認める。
第3 訂正後の本件発明
本件特許の請求項1~8に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された、次のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。また、請求項1~8に係る発明を、項番に従い「本件発明1」~「本件発明8」ともいい、本件発明1~8を合わせて「本件発明」ともいう。
「【請求項1】
上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること;、
(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、
培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、
を含み、
前記(a)及び/又は(b)が分散された流動性を有する培養液中における、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上の前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持は、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の前記共培養が開始された時点から、28時間が経過する前に開始する、
毛包原基の製造方法。
【請求項2】
前記(a)ラミニン及びエンタクチンが分散された培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持する、請求項1に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項3】
前記(b)IV型コラーゲンが分散された培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持する、請求項1又は2に記載の毛包原基の製造方法。
【請求項4】
培養液中で、播種された前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を、培養基材上に沈降させることを含み、
前記培養基材上に沈降した前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を、前記(a)及び/又は(b)が分散された培養液中で保持する、請求項1乃至3のいずれかに記載の毛包原基の製造方法。
【請求項5】
前記(a)及び/又は(b)が分散された培養液中における前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持後、前記(a)及び/又は(b)の濃度が前記保持時の濃度より小さい培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことを含む、請求項1乃至4のいずれかに記載の毛包原基の製造方法。
【請求項6】
上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること;、
(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、
培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛幹様構造を有する毛包原基を形成すること、
を含む、毛包原基の製造方法。
【請求項7】
上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること、及び前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を共培養して毛包原基を形成することを含む細胞培養において、
(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持することにより、前記毛包原基における毛幹様構造の形成を促進する方法。
【請求項8】
上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること、及び前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を共培養して毛包原基を形成することを含む細胞培養において、流動性を有する培養液中に分散された(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンを、前記毛包原基における毛幹様構造の形成を促進するために使用する方法。」
第4 申立理由の概要
申立人が、特許異議申立書及び令和6年12月9日付けの意見書で申し立てた理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は、次のとおりである。
1 申立理由1(サポート要件)
本件発明1~8は、発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えるものであって、特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第113条第1項第4号の規定により取消されるべきものである。
(1)申立理由1-1((a)成分及び(b)成分の添加タイミングの特定を欠く)
(a)成分及び(b)成分の添加タイミングの特定を欠く本件発明1~8は、サポート要件を満たさない。
(2)申立理由1-2(細胞の由来動物種の特定を欠く)
細胞の由来動物種の特定を欠く本件発明1~8は、甲1号証、甲2号証、甲3号証、甲5号証の記載にも鑑みると、サポート要件を満たさない。
(3)申立理由1-3(細胞の由来が胎児と成体の何れかであるのかの特定を欠く)
細胞の由来が胎児と成体の何れかであるのかの特定を欠く本件発明1~8は、甲1号証、甲2号証の記載にも鑑みると、サポート要件を満たさない。
(4)申立理由1-4(共培養系における細胞密度の特定を欠く)
共培養系における細胞密度の特定を欠く本件発明1~8は、サポート要件を満たさない。
2 申立理由2(実施可能要件)
本件発明1~8は、発明の詳細な説明に当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されている発明ではなく、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第113条第1項第4号の規定により取消されるべきものである。
(1)申立理由2-1((a)成分及び(b)成分の添加タイミングの特定を欠く)
(a)成分及び(b)成分の添加タイミングの特定を欠く本件発明6~8は、実施可能要件を満たさない。
(2)申立理由2-2(細胞の由来動物種の特定を欠く)
細胞の由来動物種の特定を欠く本件発明1~8は、実施可能要件を満たさない。
3 証拠方法
(1)甲1号証
SCIENCE ADVANCES,Vol.8,eadd4603,pp.1-11(公開日2022年10月21日)
(2)甲2号証
scientific reports,Vol.13,No.4847)公開日2023年3月24日)
(3)甲3号証
本件出願のパテントファミリーに属するEP.19927959.Aに対して発行された欧州調査見解書(発行日2023年4月5日)
(4)甲4号証
本件出願の審査段階における意見書
(5)甲5号証
Stem Cells Translational Medicine,Vol.11,No.10,pp.1021-1028(公開日2022年8月18日)及び抄訳
4 認定事実
甲1~5号証の記載の概要は次のとおりである。なお、英文で記載された証拠の日本語への翻訳は、当審で行った。以下、下線は当審による。
(1)甲1号証
「本研究では、毛髪の発生期間が短く、毛髪誘導活性が高く、ヒト由来の細胞と比較して入手しやすいことから、げっ歯類の胚性皮膚細胞を使用した。しかし、オルガノイド培養系はヒト細胞で最適化する必要がある。私たちの次の研究としては、げっ歯類の細胞をヒト胎児/新生児皮膚細胞に置き換えるのが簡単なステップであろう。しかし、この種の細胞の使用に関しては、厳しい倫理的制約を考慮しなければならない。そこで現在、毛包ドナーから採取したヒト組織幹細胞、あるいはヒト多能性幹細胞から誘導した細胞を用いたアプローチを研究している。マウス胚皮膚からの間葉系細胞も上皮系細胞も、不均一な細胞集団から構成されているため(52,53)、毛包形成のためのヒト細胞ソースを得るためには、特徴づけと鍵となる集団を見つけることが重要であろう。現在の技術では、ヒト毛包上皮幹細胞や毛乳頭細胞を培養することはまだ難しいが、低分子による化学的リプログラミングや遺伝子のリプログラミングなど、分子生物学的技術が最近大きく進歩したことで、潜在的な細胞源が得られる可能性がある。」(8頁右欄本文の下から7行目~9頁左欄12行目)、
「
[図:0001422443000001.jpg]
(E)毛包萌芽の、毛包内の細胞数依存性。毛包は培養12日後に数えた。値変数はTukeyの検定を用いて統計的に評価した;*P<0.05,n12.」(図2E及び図2E説明)
等、甲1号証には、げっ歯類の細胞をヒトの細胞に置き換えることは簡単なステップであるが、ヒトの細胞の使用に関しては、厳しい倫理的制約があること、毛包萌芽が細胞数に依存することが記載されている。
(2)甲2号証
「
[図:0001422443000002.jpg]
図2
ヒト毛包小体の特徴。(a)毛包における上皮細胞と間葉細胞の自己組織化。
コラーゲンとマトリゲルを添加または無添加で、胎児および成体の上皮細胞と間葉細胞を組み合わせて毛包小体を調製した(表1)。実体顕微鏡像は培養10日目に観察した。(b)毛包の断面図。培養10日目に毛包を切開し、ヘマトキシリン・エオジンで染色した。(c)異なる条件で調製した毛包から生じた毛幹様構造の長さ(表2)。長さは、培養4日目、6日目、8日目、10日目に撮影した実体顕微鏡画像から測定した。(d)培養10日目以降の発芽構造体の生成効率。3つの独立した実験の結果から平均比率を解析した。」(図2及び図2説明)
等、甲2号証には、図2cの結果において、横軸D10の時点で、毛幹様構造の長さに相当する「Sprouting length(L)(mm)」が「0」のものは、FA-Mのみであるから、□(FA-M:胎児上皮、成人間葉、マトリゲル)を除く全ての組み合わせの条件(●(FF-C:胎児上皮、胎児間葉、コラーゲン)、○(FF-M:胎児上皮、胎児間葉、マトリゲル)、■(FA-C:胎児上皮、成人間葉、コラーゲン)、◆(AF-C:成人上皮、胎児間葉、コラーゲン)、◇(AF-M:成人上皮、胎児間葉、マトリゲル)、▲(AA-C:成人上皮、成人間葉、コラーゲン)、△(AA-M:成人上皮、成人間葉、マトリゲル))において毛幹様構造を有する毛包原基が製造されたことが見て取れる。
(3)甲3号証
「5.3 さらに、細胞の供給源が定義されていないことに留意されたい。実施例で使用された細胞はマウス胚由来であり、それらの細胞でさえ、最終的な効果は細胞を採取した個々のマウスに依存すると言われている(Ex.3の最後の文章を参照)。このように、細胞の供給源は、クレームされた発明を実施するために必要不可欠であると考えられる。マウスの個体間の差異を考慮すると、本出願で提供された結果と結論がヒトに移植できるかどうかさえ疑わしい(Epc第83条、第84条)。」(5.3)
等、甲3号証には、出願の内容が、ヒトに移植できるか疑わしいとの欧州特許庁の審査官による見解が述べられている。
(4)甲4号証
「(4-2)上皮系細胞と間葉系細胞の由来の点
この点につきましては、確かに、本願の実施例ではマウス胎児由来の上皮系細胞及び間葉系細胞が使用されています。
しかしながら、上皮系細胞及び間葉系細胞を用いた毛包原基の形成につきましては、本願の出願当時、本願実施例と同様にマウス胎児由来の上皮系細胞及び間葉系細胞を用いて実現できることが知られている(例えば、国際公開第2017/073625号)のみならず、成体マウス由来の上皮系細胞及び間葉系細胞を用いても実現でき(例えば、特開2019-199434号、国際公開第2019-235375号)、マウス胎児由来の上皮系細胞とヒト毛乳頭細胞とを用いても実現できる(例えば、国際公開第2020/095631号)ことが技術常識でした(これらの公開公報は特許庁において入手可能と思料いたしますので、本意見書への添付は省略させていただきます。)。
また、このような毛包原基の作製技術は、本来的にはヒトへの移植による毛髪再生を目的としたものではありますが、倫理的な観点からヒトの毛包を入手すること自体が容易ではなく、したがって、大学の研究室等では取り扱いが比較的容易なマウス由来の細胞を使用せざるを得ない事情があることもまた、本願出願時の技術常識でした。
したがいまして、上述の技術常識を有する当業者であればこそ、本願の実施例においてマウス胎児由来の上皮系細胞及び間葉系細胞が使用されているからといって直ちに、成体マウス由来の細胞やヒト由来の細胞では本願発明の課題が解決できない、すなわち、簡便に且つ短期間でインビトロにおいて毛幹様構造を形成できる毛包原基を提供することができない、と解するわけではありません。
そして実際に、本願出願後に公開されたものではありますが、本意見書に下記のとおり[参考文献]・・・においては、ヒト胎児由来の上皮系細胞(Human fetal epidermal keratinocytes)又はヒト成人由来の上皮系細胞(human adult follicular keratinocytes)と、ヒト胎児由来の間葉系細胞(human fetal dermal fibroblasts)又はヒト成人由来の間葉系細胞(human adult Dermal Papilla cells)とを、2%v/vの濃度でマトリゲル(Matrigel、登録商標)を添加した培地中で培養することで、毛幹様構造(hairpeg-like sorouting)を有する毛包原基(organoid、hairfollicloid)を形成できることが実証されています(・・・)。すなわち、例えば、参考文献のFigure2cには、ヒト成人由来の上皮系細胞とヒト成人由来のとをマトリゲル添加培地中で培養する条件(図中の「AA-M」、白抜き三角印)において、毛幹様構造の長さ(縦軸の”Sprouting length(L)(mm)“)が特に大きかったことが示されています。
したがいまして、本願発明で用いる上皮系細胞及び間葉系細胞がマウス胎児由来のもの或いはマウス由来のものであることは、本願発明の課題を解決するために必須の条件ではなく、上記手続補正書に記載された本願請求項に係る発明は、課題を解決する手段が反映されていないものではありません。」(4-2)」
等、甲4号証には、本件特許の審査段階における特許権者による意見書の内容が記載されている。
(5)甲5号証
「要旨
動物モデルは、動物とヒトの皮膚の類似性に基づき、毛髪研究および再生研究において広く利用されてきた。毛包(HF)生物学に関する基礎知識の多くは、自発的又は遺伝子操作による変異を有するマウスモデルを用いた研究から得られている。これらの研究は、ヒトの毛周期制御や脱毛症の根底にある遺伝子の発見において重要な役割を果たしてきた。しかし、マウスとヒトの毛包の間には、構造的および細胞レベルで明確な特徴の違いが存在することが明らかとなりつつある。この違いは、マウスモデルにおける研究成果をヒトに応用する際の制約となる可能性がある。その結果、マウスモデルの依存が続き、ヒトモデルへの適応が進まないことが、ヒト脱毛症治療の進展を妨げているという指摘もある。本稿では、ヒト脱毛症研究における主流のマウスモデルの主な限界を概観するとともに、ヒト細胞を用いたバイオェンジニアリングモデルや新興の人工知能を活用した今後の研究の方向性について論じる。」(1021頁、要旨)、
「マウス対ヒトの毛髪
マウスとヒトの毛髪には、HFの形態形成、サイクル、構造、及び微小環境(例、免疫及びホルモン調節)において主な違いが存在する(図1)。第1に、ヒトの毛包の機能は他の哺乳類における役割とは大きく異なる。動物では被毛が主に体温調節を担う一方で、ヒトの毛包は断熱効果よりも頭皮の皮膚を紫外線から保護する役割を主に担っている。17 第2に、毛髪のサイクル挙動及び成長が、マウスとヒトで顕著に異なる:(i)マウスのアナゲン成長期は約2週間であるのに対し、ヒトでは3~5年に及ぶ18,19;(ii)マウスでは毛幹の脱落(エクソジェン)が制御されたプロセスであり、古い毛幹が複数のHFサイクルにわたって保持される20(iii)ヒトの毛髪サイクルは頭皮で非同期的に進行するのに対し、マウスでは同期的である。18,21 加えて、毛髪の種類も、ヒトとマウスの間で異なる。成人ヒトの頭皮には、端毛(色素沈着された)と産毛(細く色素沈着されていない)の2種類の主要な毛髪が存在する。22 ヒトではメラニンが毛髪繊維の皮質に移行するが、マウスでは主に髄質に移行する。7 マウスは、多くの異なる毛髪の種類、類胴部の被毛、触毛、口吻の毛、尾部の毛、睫毛、肛門周辺の毛を有する。23 これらの毛髪の種類は、明確な分子メカニズムが、異なるHF集団を調整するため、毛髪研究において詳細に調査されるべきである。24 加えて、マウスの毛髪は、産毛から端毛に移行しない。毛髪のサイクル中の構造に関しては、マウスとヒトで実質的な違いはないものの、ヒトの頭皮毛包は、マウスの被毛毛包よりも大きく長い毛幹を示す。しかし、マウスのビブリッサ毛包では真皮乳頭(DP)が休止期の膨らみ(telogenic bulge)に到達しないため、アナゲン開始時に膨らみから毛包基部への毛包幹細胞(HFSC)の移動を説明することが難しい。25 HFSCはHFの最外層に存在する静止状態の多能性幹細胞のプールであり、DPによって活性化され、増殖して毛髪成長を促進する。」(1022頁右欄17行~1023頁左欄13行)
等、甲5号証には、マウスとヒトの毛髪には、毛包(HF)の形態形成、サイクル、構造、及び微小環境(例、免疫及びホルモン調節)に違いが存在することが記載されている。
第5 取消理由に係る当審の判断
本件発明1~5に係る特許は、以下のとおり、当審が通知した取消理由通知書に記載した取消理由によっては、取り消すことができない、と判断する。
1 取消理由1(サポート要件)の概要
訂正前の本件発明1~5に係る特許に対して、当審が令和 6年 8月21日付けで特許権者に通知した取消理由(以下、「取消理由」という。)の概要は、次のとおりである。
訂正前本件発明の解決しようとする課題は、「簡便に且つ短期間で、in vitroにおいて毛幹様構造を形成できる毛包原基を提供すること」(以下、「本件課題」という。)と認められる(【0007】、【0008】)。出願時の技術常識及び発明の詳細な説明から、例2-3のような「毛幹様構造を形成できない毛包原基」の製造方法を包含すると解される訂正前本件発明1~5は、本件課題を解決できるとは認められず、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
2 取消理由1(サポート要件)についての判断
(1)本件明細書の記載
本件明細書には、以下の事項が記載されている。
(本ア)
「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、人工多能性幹細胞を用いるため、操作が煩雑であり、また、比較的長い培養期間が必要であった。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みて為されたものであり、簡便に且つ短期間で、in vitroにおいて毛幹様構造を形成できる毛包原基を提供することをその目的の一つとする。」(【0007】、【0008】)
(本イ)
「【0138】
[上皮系細胞及び間葉系細胞の採取]
上記実施例1と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞を調製した。
【0139】
[培養]
例3-1においては、まず、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを含まない培養液中で上皮系細胞及び間葉系細胞を播種し、次いで、当該播種直後(当該播種から0時間後)に、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加した。
・・・
【0144】
例3-2においては、まず、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを含まない培養液中で上皮系細胞及び間葉系細胞を播種して共培養を開始し、その後、当該共培養の開始から0.5時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加した。
・・・
【0150】
例3-3においては、共培養の開始から1時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
【0151】
例3-4においては、共培養の開始から2時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
【0152】
例3-5においては、共培養の開始から3時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
【0153】
例3-6においては、共培養の開始から6時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
【0154】
例3-7においては、共培養の開始から15時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
【0155】
例3-8においては、共培養の開始から22時間が経過した時点で、ラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したこと以外は上記例3-2と同様にして、上皮系細胞及び間葉系細胞の共培養を行った。
・・・
【0157】
図5A~図5H、及び図6A~図6Hに示すように、共培養の開始から0時間~22時間が経過した時点でラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加した全ての例(例3-1~例3-8)において、毛幹様構造を有する毛包原基が形成された。すなわち、図6A~図6Hに示すように、全ての例において、培養8日目の毛包原基に毛幹様構造が形成されていた。
【0158】
また、毛幹様構造の形成率は、例3-1で22%(9個の毛包原基のうち2個)、例3-2で89%(9個の毛包原基のうち8個)、例3-3で78%(9個の毛包原基のうち7個)、例3-4で100%(9個の毛包原基のうち9個)、例3-5で89%(9個の毛包原基のうち8個)、例3-6で78%(9個の毛包原基のうち7個)、例3-7で44%(9個の毛包原基のうち4個)、及び例3-8で22%(9個の毛包原基のうち2個)であった。
【0159】
共培養の開始から15時間又は22時間が経過した時点でマトリゲルを添加した例3-7及び例3-8の毛幹様構造形成効率が、0.5時間~6時間が経過した時点でマトリゲルを添加した例3-2~例3-6のそれより小さい理由としては、例えば、当該マトリゲルを添加する時点で既に上皮系細胞及び間葉系細胞の凝集が進行していたことが考えられる。
【0160】
また、共培養の開始直後にマトリゲルを添加した例3-1の毛幹様構造形成効率が小さい理由としては、例えば、当該マトリゲルを添加する時点で上皮系細胞及び間葉系細胞の一部がウェル底面上に沈降しておらず、未だ浮遊状態にあったことが考えられる。
【0161】
なお、上記実施例2の例2-2では、例3-6と同様、共培養の開始から約22時間が経過した時点でラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したにもかかわらず、培養6日目における毛包原基に毛幹様構造の形成は確認されなかった。この原因としては、例えば、細胞を採取したマウスの個体差に由来する影響が考えられる。」(【0138】~【0161】)
(2)サポート要件の判断
本件訂正により、訂正前本件発明1「上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること;、(a)総濃度1μg/mL以上のラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)濃度1μg/mL以上のIV型コラーゲンが分散された流動性を有する培養液中、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含む、毛包原基の製造方法。」は、訂正事項1により、「前記(a)及び/又は(b)が分散された流動性を有する培養液中における、30℃以上、45℃以下の温度で30分以上の前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の保持は、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の前記共培養が開始された時点から、28時間が経過する前に開始する」毛包原基の製造方法に関するものに限定された。
したがって、訂正後の本件発明1は、上記保持が、共培養の開始時点から3日後(約69時間後)である上記「例2-3」のような明らかに毛幹様構造を形成できない毛包原基の製造方法を包含していない。
そして、上記保持が、共培養の開示時点から28時間以内であれば、例3-1~例3-8等の結果(本イ)から、再現性をもって、毛幹様構造を形成できる毛包原基を製造することができると理解でき、訂正後の請求項1に係る発明は、本件課題(本ア)を解決することができるといえる。
したがって、本件発明1に係る特許は、取消理由1(サポート要件)によって取り消すべきものではない。
本件発明1を引用する本件発明2~5も同様である。
第6 取消理由通知において採用しなかった申立理由についての判断
1 申立理由1-1(サポート要件)及び申立理由2-1(実施可能要件)((a)成分及び(b)成分の添加タイミングの特定を欠く)
申立人は、訂正前本件発明6~8について、上皮系細胞と間葉系細胞の共培養系に対して、(a)及び/又は(b)の成分を添加するタイミングは規定されていないため、発明の詳細な説明に記載されている例2-2及び3のような、(a)及び/又は(b)の添加タイミングが遅いことからin vitroで毛幹様構造を形成できない形態が、発明の範囲に包含されているから、サポート要件を満たしておらず、かつ、実施可能要件を満たさないと主張し、訂正後の本件発明6~8は、単に解決すべき課題をそのまま請求項に形式的に反映したものに過ぎず、毛幹様構造を形成できる毛包原基を製造するための製造条件を特定することは、当業者に過度の試行錯誤を要するといえると主張する。
しかしながら、発明の詳細な説明の
「【0009】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態に係る方法の一側面は、上皮系細胞及び間葉系細胞を播種すること;(a)ラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)IV型コラーゲンが分散された培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことにより、毛包原基を形成すること、を含む、毛包原基の製造方法である。」との記載、及び、例1-1、2-1、例3-1、例3-2、例3-3、例3-4、例3-5、例3-6、例3-7、例3-8、例4、例5-1、例5-2、例5-3、例6、例7-1、例7-2、例7-3、例7-4、例7-5、例7-6、例8-1、例8-2、例8-3、例8-4、例8-5、例8-6、例9-1、例9-2、例9-3、例10、例11、例12-1、例12-2、例12-3の数多くの実施例の結果から、本件課題を解決するための本質的な手段は、(a)ラミニン及びエンタクチン、及び/又は(b)IV型コラーゲンが分散された培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞を保持すること;及び、培養液中で、前記上皮系細胞及び前記間葉系細胞の共培養を行うことであると理解でき、上記各実施例の記載を踏まえ、ラミニン及びエンタクチン、及び/又は、IV型コラーゲンを添加するタイミングを調整することも可能であるといえる。
そして、その他に本件発明1~5が対象とする「毛包原基の製造方法」が裏付けられていないこと、容易に実施することができないことをうかがわせる客観的証拠(本件特許の出願時の技術常識等や実験的証拠)は申立人より提示されていない。
そうすると、訂正前及び訂正後の本件発明6~8は、本件課題を解決するための手段が反映されている上、「毛幹様構造を有する前記毛包原基を形成する」毛包原基の製造方法、毛包原基における「毛幹様構造の形成を促進する」方法、「毛幹様構造の形成を促進する」ために使用する方法であって、毛幹様構造を形成できない形態は含まれていないから、訂正前及び訂正後の本件発明6~8は、サポート要件、実施可能要件を満たすものであり、申立理由1-1(サポート要件)及び申立理由2-1(実施可能要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
2 申立理由1-2(サポート要件)及び申立理由2-2(実施可能要件)(細胞の由来動物種の特定を欠く)
申立人は、発明の詳細な説明には、同種のマウス(C57BL/6マウス)を用いた場合であっても、その個体差によって、in vitroでの毛幹様構造の形成という課題を解決できない場合があることが明示されていること(【0161】)、甲1~甲3、甲5号証の記載も照らせば、種を越えて、例えばヒト由来の上皮系細胞と間葉系細胞を使用した場合であっても、本件発明1~8の製造方法を適用すれば、簡便に且つ短期間で、in vitroにおいて毛幹様構造を形成できるものと当業者は理解できないこと、特許権者が甲4号証でした主張において列挙した特許文献の記載は、一般的にマウス胎児由来細胞で毛包原基を形成することができれば、他の由来の細胞種でも毛包原基を形成することができるという技術常識が本件出願時にあったことを示すものではないこと、
甲1号証には、ヒト細胞での最適化が必要であり、そのためには課題があることが記載されていること、
甲2号証のFigure 2に表された細胞及び培地の組み合わせのうち、コラーゲンが添加された培地で上皮系細胞と間葉系細胞を共培養したFA-C、AF-C、AA-C、及び、マトリゲルが添加された培地で上皮系細胞と間葉系細胞を共培養したFA-Mでは、糸状の構造体が形成されているとは認められないこと、
甲3号証(本件出願のパテントファミリーに属するEP.19927959.Aに対する欧州調査見解)において、同趣旨の理由から記載要件違反の指摘がなされていること、
甲5号証には、マウスとヒトの毛包の間には明確な構造的及び細胞レベルの特徴の違いが存在すること、
を主張する。
申立人は、本件発明の詳細な説明の【0161】の記載から、「同種のマウス(C57BL/6マウス)を用いた場合であっても、その個体差によって、in vitroでの毛幹様構造の形成という課題を解決できない場合があることが明示されている」旨主張するが、【0161】には、「なお、上記実施例2の例2-2では、例3-6と同様、共培養の開始から約22時間が経過した時点でラミニン、エンタクチン及びIV型コラーゲンを培養液に添加したにもかかわらず、培養6日目における毛包原基に毛幹様構造の形成は確認されなかった。この原因としては、例えば、細胞を採取したマウスの個体差に由来する影響が考えられる。」(当審注:上記「例3-6」は、正しくは「例3-8」と認める。)と、同じ条件である例2-2と例3-8とで結果に違いがある原因として、可能性や懸念点を述べているに過ぎず、むしろ、例2-2の条件と同じ条件である例3-8において「毛幹様構造の形成率は・・・例3-8で22%(9個の毛包原基のうち2個)であった。」(【0158】)と記載されていることから、当業者であれば、例2-2、例3-8を合わせて考慮して、例2-2及び例3-8の条件においても、再現性をもって毛幹様構造を形成できる毛包原基を製造でき、本件課題を解決することができると理解できるといえる。
また、申立人が提示する甲1号証、甲2号証、甲5号証は、いずれも本件出願後に公開された文献であるから、本件出願時の技術常識を裏付ける証拠として採用できない。なお、甲1号証は、第4 4(1)のとおり、ヒトの種の細胞の使用に関しては、厳しい倫理的制約を考慮しなければならないことが開示されているにすぎないこと、甲2号証は、第4 4(2)のとおり、毛幹様構造が形成できない例(横軸D10の時点で、毛幹様構造の長さに相当する「Sprouting length(L)(mm)」が「0」のもの)は、FA-Mのみであり、「FA-C、AF-C、AA-C、及び、FA-Mでは、糸状の構造体が形成されているとは認められない」との申立人の上記認定は誤りであること、また、甲5号証は、毛包の構造に違いがあることが記載されているが、本件発明が、ヒト由来の細胞で使用できない技術的根拠は記載されていない。
甲3号証は、本件出願のパテントファミリーに属する欧州出願(EP.19927959.A)に対する欧州調査見解書であるが、特許性の判断は、各国の法律に基づいて独立して行なわれるものであって、日本国の審理判断が、外国の審査判断によって影響を受けるものではない。なお、甲3号証の「本件出願の内容が、ヒトに移植できるか疑わしい」との判断は欧州特許庁により後に撤回されている。
また、甲4号証において特許権者がした主張や列挙された特許出願の記載内容は、上記当審による判断と齟齬するものではない。
したがって、発明の詳細な説明及び上記技術常識を考慮すると、ヒト由来の細胞においても、本願発明の課題が解決することでき、本件発明1~8は、本件明細書の記載より、当業者が過度の試行錯誤を要することなく、実施し得るといえる。
よって、訂正後の本件発明1~8は、サポート要件、実施可能要件を満たすものであり、申立理由1-2(サポート要件)及び申立理由2-2(実施可能要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
3 申立理由1-3(サポート要件)(細胞の由来が胎児と成体の何れかであるのかの特定を欠く)
申立人は、成体由来細胞は、胎児(胚)由来の細胞に比べて増殖能力に著しく劣るという技術常識、及び、以下の甲1号証、甲2号証の記載を考慮すると、本件実施例1~12の内容を、成体由来の上皮系細胞と間葉系細胞を使用する形態まで拡張ないし一般化できると理解することができないと主張し、
甲1号証には、マウス胎児皮膚組織で実証した内容を成体由来細胞を使用する形態にそのまま適用できず、さらなる研究が必要であることが示唆されていること、
甲第2号証には、FF-C、FF-M、AF-M及びAA-Mは、糸状の構造体である毛幹様構造が形成されているとは認められず(図2)、使用する細胞が成体由来か胎児(胚)由来かという点が、本件発明の課題であるin vitroで毛幹様構造を有する毛包原基の形成の成否において極めて重要な因子であることを裏付けていること、
を主張する。
しかしながら、上記2のとおり、発明の詳細な説明の実施例では、マウス胎児由来の上皮系細胞及び間葉系細胞が使用されているが、本願出願時においては、甲4号証に記載されているとおり、成体マウス由来の上皮系細胞や間葉系細胞を用いても毛包原基を製造できることは技術常識であった(例えば、特開2019-199434号、国際公開第2019-235375号)。
ここで、申立人は、「胎児(胚)由来の細胞に比べて増殖能力に著しく劣るという技術常識」である旨を主張するが、そのような技術常識を示す証拠は示されておらず、そもそも、毛包原基の形成と細胞の増殖能力との関係性も何ら証拠等で示されていない。
また、上記2のとおり、甲1号証、甲2号証が、いずれも本願出願後に公開された文献であるから、本件出願時の技術常識を裏付ける証拠としては採用できない。また、甲1号証は、「毛包形成のためのヒト細胞ソースを得るためには、特徴づけと鍵となる集団を見つけることが重要であろう。」との記載に留まり、マウス胎児皮膚組織で実証した内容を成体由来細胞を使用する形態にそのまま適用できないことが記載されているものではない。そして、上記2のとおり、甲2号証についての「FF-C、FF-M、AF-M及びAA-Mは、糸状の構造体である毛幹様構造が形成されているとは認められない」との申立人の主張は採用することはできない。
したがって、発明の詳細な説明及び上記技術常識を考慮すると、成体マウス由来の細胞においても、本件課題が解決することできると理解できる。
よって、訂正後の本件発明1~8は、サポート要件を満たすものであり、申立理由1-3(サポート要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
4 申立理由1-4(サポート要件)(共培養系における細胞密度の特定を欠く)
申立人は、発明の詳細な説明の【0038】より、上皮系細胞と間葉系細胞の共培養によって毛包原基を作製するにあたっては、個々の細胞が隣接する細胞と接触することが必要不可欠であり、そのためには共培養系における細胞密度が重要であること、及び、甲1号証の記載から、上皮系細胞間葉の共培養における細胞密度の違いによって、発毛効率に顕著な差が生じることが理解でき(図2E)、本件発明1~8の記載は、課題解決に必要な事項を欠いているため、特許法第36条第6項1号に規定の要件を満たしていないと主張する。
上記第5 2、上記1で判断したとおり、特定の成分下、上皮系細胞と間葉系細胞を共培養することが本件課題を解決するための重要な手段であり、本件出願時の技術常識として、細胞培養の技術分野において、どの程度の細胞密度で培養を行なうかを決定することは、当業者が通常行なうことであって、本件発明1がこの点に関する特定を欠いているからといって、本件発明1が本件課題を解決できるとの当業者の理解を妨げるものではない。。
また、上記2のとおり、甲1号証は、本件出願後に公開された文献であるから、出願時の技術常識を裏付ける証拠としては採用できないし、甲1号証の図2Eを見ても、発毛効率に違いがあっても、特定の細胞密度でしか、全く発毛しないわけではないから申立人の主張は採用することができない。
したがって、発明の詳細な説明及び上記技術常識を考慮すると、共培養系における細胞密度の特定がなくとも、訂正後の本件発明1~8に係る発明は、本件課題が解決することできると理解できる。
よって、訂正後の本件発明1~8は、サポート要件を満たすものであり、申立理由1-4(サポート要件)によって、本件特許を取り消すことはできない。
第7 むすび
第5及び第6で判断したとおり、訂正後の本件発明1~8に係る特許は、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由及び申立人が意見書に記載した訂正の請求に付随して生じた申立理由によって取り消すことはできない。
また、他に訂正後の本件発明1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2024-700607