特許異議申立
2023-701294
低分子化合物探索方法、プログラム、装置、およびシステム
- 審判番号
- 2023-701294
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2021-163292
- 登録番号
- 7288207
- 請求日
- 2023年12月06日
- 審決日
- 2025年01月24日
- 公報発行日
- 2025年06月27日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】ダイキン工業株式会社
- 【権利者代理人】伊東 忠重
- 【異議申立人】寺澤 佳奈美
- 審判長/審判官
- 審判長 阪野 誠司
- 審判官 瀬良 聡機
- 審判官 野田 定文
- 分類
- P1651.113-YAA(G16C) / P1651.121-YAA(G16C) / P1651.537-YAA(G16C) / P1651.536-YAA(G16C) / P1651.851-YAA(G16C)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第29条第1項、特許法第120条の5第5項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第120条の5第7項、特許法第120条の5第4項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7288207号発明「低分子化合物探索方法、プログラム、装置、およびシステム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7288207号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~14〕、15、16、17について訂正することを認める。
特許第7288207号の請求項1~9、11~17に係る特許を維持する。
特許第7288207号の請求項10に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7288207号の請求項1~17に係る特許についての出願は、令和3年10月4日の出願であって、令和5年5月30日に特許権の設定登録がされ、同年6月7日にその特許掲載公報が発行され、その後、同年12月6日に、その請求項1~17に係る発明の特許に対し、特許異議申立人 寺澤 佳奈美(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。
そして、令和6年2月5日付けで当審合議体から取消理由が通知され、同年4月5日に訂正請求書及び意見書が提出され、同年同月26日付けで当審合議体から特許法120条の5第5項に基づく通知書が出され、特許異議申立人から同年5月27日に、意見書が提出され、同年7月16日付けで当審合議体から取消理由(決定の予告)が通知され、同年9月13日に訂正請求書及び意見書が提出され、同年10月22日付けで当審合議体から再度、特許法120条の5第5項に基づく通知書が出されたものの特許異議申立人から意見書の提出はなかった。
令和6年4月5日にされた訂正の請求は、令和6年9月13日に提出された訂正請求書による訂正により、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。
第2 訂正の適否についての判断
令和6年9月13日に提出された訂正請求書を「本件訂正請求書」といい、本件訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」といい、本件訂正請求による訂正を「本件訂正」という。
1 訂正の内容
本件訂正の「請求の趣旨」は、「特許第7288207号の特許請求の範囲を本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1-14、15、16、17について訂正することを求める。」ものであり、その内容は以下の訂正事項1~3のとおりである。
(1)訂正事項1
請求項1について、訂正前に「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」とあるのを、「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」に訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項2~9、11~14も同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
請求項10を削除する。
(3)訂正事項3
請求項15について、訂正前に「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する手順」とあるのを、「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減する手順、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、手順、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する手順」に訂正する。
(4)訂正事項4
請求項16について、訂正前に「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する」とあるのを、「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する」に訂正する。
(5)訂正事項5
請求項17について、訂正前に「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出し」とあるのを、「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出し」に訂正する。
2 判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否について
本件訂正の訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「獲得関数を算出するステップ」を「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」に限定した訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項について
本件訂正の訂正事項1に係る訂正は、「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップ」については、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「明細書等」という。)の段落【0106】の「人(例えば、実験者)が入力した修正の指示にしたがって、物性値の推定値を修正する」との記載に基づき(下線は当審合議体による。以下同じ。)、「前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップ」については、段落【0107】の記載に基づき(「前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない」との記載は、段落【0106】の「S107で決定された低分子化合物のS106で算出された物性値の推定値を修正(具体的には、推定値を増減)する。例えば、化合物探索装置10は、人(例えば、実験者)が入力した修正の指示にしたがって、物性値の推定値を修正する。例えば、化合物探索装置10は、所定のルールをもとに、物性値の推定値を修正する。」との記載、及び段落【0107】の「S108で推定値を修正された低分子化合物の化学構造と、S108で修正された推定値(修正後の推定値)」との記載から増減された物性値の推定値が実測値でないことは明らかである。)、「前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップ」については、段落【0108】の記載に基づき、それぞれ訂正したものであり、明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項の導入をするものとはいえない。
したがって、本件訂正の訂正事項1に係る訂正は、明細書等に記載された事項の範囲内で行われるものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項の規定に適合するものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
また、上記訂正は、特許請求の範囲を減縮した訂正であって、かつ発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第6項の規定に適合するものである。
エ したがって、本件訂正の訂正事項1に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否について
本件訂正の訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項10を削除する訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ また、本件訂正の訂正事項2に係る訂正は、請求項10を削除する訂正であるから、明細書等に記載された事項の範囲内で行われるものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないのは明らかである。
ウ したがって、本件訂正の訂正事項2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的の適否について
本件訂正の訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項15における「獲得関数を算出する手順」を「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減する手順、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、手順、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する手順」に限定した訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項について
本件訂正の訂正事項3に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正と同様にして、明細書等の段落【0106】~【0108】の記載に基づき、訂正したものであり、明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項の導入をするものとはいえない。
したがって、本件訂正の訂正事項3に係る訂正は、明細書等に記載された事項の範囲内で行われるものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項の規定に適合するものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
また、上記訂正は、特許請求の範囲を減縮した訂正であって、かつ発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第6項の規定に適合するものである。
エ したがって、本件訂正の訂正事項3に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(4)訂正事項4について
ア 訂正の目的の適否について
本件訂正の訂正事項4に係る訂正は、訂正前の請求項16における「獲得関数を算出する」を「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する」に限定した訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項について
本件訂正の訂正事項4に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正と同様にして、明細書等の段落【0106】~【0108】の記載に基づき、訂正したものであり、明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項の導入をするものとはいえない。
したがって、本件訂正の訂正事項4に係る訂正は、明細書等に記載された事項の範囲内で行われるものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項の規定に適合するものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
また、上記訂正は、特許請求の範囲を減縮した訂正であって、かつ発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項4は、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第6項の規定に適合するものである。
エ したがって、本件訂正の訂正事項4に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(5)訂正事項5について
ア 訂正の目的の適否について
本件訂正の訂正事項5に係る訂正は、訂正前の請求項17における「獲得関数を算出する」を「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出し」に限定した訂正であり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項について
本件訂正の訂正事項5に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正と同様にして、明細書等の段落【0106】~【0108】の記載に基づき、訂正したものであり、明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項の導入をするものとはいえない。
したがって、本件訂正の訂正事項5に係る訂正は、明細書等に記載された事項の範囲内で行われるものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項の規定に適合するものである。
ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについて
また、上記訂正は、特許請求の範囲を減縮した訂正であって、かつ発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
よって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第6項の規定に適合するものである。
エ したがって、本件訂正の訂正事項5に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号を目的とするものであり、特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
(6)一群の請求項について
訂正事項1に係る訂正前の請求項1~14について、請求項2~14は請求項1を引用しているものであるので、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである(請求項10は、訂正事項2によっても訂正されている。)。
したがって、訂正前の請求項1~14に対応する訂正後の請求項1~14に係る本件訂正請求は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項に対してされたものである。
3 訂正請求についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第9項において読み替えて準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、訂正後の請求項〔1~14〕、15、16、17について訂正を認める。
第3 特許請求の範囲の記載
上記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件訂正により訂正された特許請求の範囲の請求項1~9、11~17に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」~「本件特許発明9」、「本件特許発明11」~「本件特許発明17」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~9、11~17に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
コンピュータが実行する方法であって、
複数の低分子化合物の化学構造を取得するステップと、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップと、を含む方法。
【請求項2】
前記獲得関数が期待改善度(Expected Improvement)である場合、期待改善度が最大となる低分子化合物を決定するステップをさらに含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記複数の低分子化合物のうちの一部の低分子化合物を選択するステップと、
前記選択された一部の低分子化合物の化学構造と、前記選択された一部の低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて前記回帰モデルを生成するステップと
をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記複数の低分子化合物の化学構造を、複数の種類の記述子に置き換えるステップと、
前記複数の種類の記述子をもとに、前記複数の低分子化合物のうちの一部の低分子化合物を選択するステップと、
前記選択された一部の低分子化合物の化学構造と、前記選択された一部の低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて前記回帰モデルを生成するステップと
をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記複数の低分子化合物の化学構造を文字列にするステップをさらに含む請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記複数の低分子化合物の化学構造を複数の種類のRDKit2D 記述子に置き換えるステップをさらに含む請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記推定値は、確率分布の平均値であり、前記ばらつきは、前記確率分布の標準偏差である、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記複数の低分子化合物は、人によって選択された化合物と、データベースから抽出された化合物と、特定のアルゴリズムによって設計された化合物と、のうちの少なくとも1つを含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記回帰モデルは、ガウス過程回帰モデルである、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】(削除)
【請求項11】
前記複数の低分子化合物の化学構造を、複数の種類の記述子に置き換えるステップと、
前記複数の種類の記述子についてdet(XTX)が最大になる組み合わせを選択することで、前記複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップと、
をさらに含む請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記複数の種類の記述子について、相関性の高い記述子のうちの一部を選択するステップをさらに含み、
前記最も多様な化合物群は、選択された一部の記述子を用いて選択され、
選択された一部の記述子の数が前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の数以下である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記最も多様な化合物群は、遺伝的アルゴリズムを用いて選択される請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の化学構造と、前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて回帰モデルを生成するステップと
をさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
コンピュータに
複数の低分子化合物の化学構造を取得する手順、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、
人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減する手順、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、手順、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出する手順、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する手順、を実行させるためのプログラム。
【請求項16】
制御部を備えた装置であって、
前記制御部は、
複数の低分子化合物の化学構造を取得し、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、
人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出する、装置。
【請求項17】
サーバとユーザ端末とを含むシステムであって、
前記サーバの制御部は、
複数の低分子化合物の化学構造を取得し、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、
人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減し、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではなく、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出し、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出し、
前記獲得関数を、前記ユーザ端末に提示する、システム。」
第4 特許異議申立理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立理由の概要
本件訂正前の請求項1~17に係る特許に対して、特許異議申立人が申し立てた異議申立理由は以下のとおりである。
異義申立理由1:(新規性)請求項1~9、11、14~16に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1~9、11、14~16に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
異義申立理由2:(進歩性)請求項1~17に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~17に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
異義申立理由3:(明確性要件)本件特許は、請求項10~13に関して、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
異義申立理由4:(サポート要件)本件特許は、請求項11~13に関して、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
異義申立理由5:(実施可能要件)本件特許は、請求項10に関して、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
記
甲第1号証:金子弘昌著、Pythonで学ぶ実験計画法入門 ベイズ最適化によるデータ解析、2021年6月3日、株式会社 講談社、p.1~23、67~84、103~129、135~139
甲第2号証:データ化学工学研究室(金子研究室)@明治大学理工学部応用化学科ホームページ、「[Pythonコード付き] 相関係数で変数選択したり変数のクラスタリングをしたりしてみましょう」、[online]、2019年6月25日(掲載日)、データ化学工学研究室(金子研究室)@明治大学理工学部応用化学科、インターネット<https://datachemeng.com/variable_selection_and_clustering_based_on_r/>
甲第3号証:J.Chem.Inf.Comput.Sci.、2004年、44(1)、p.266~275
(1)異義申立理由3の具体的理由の概要は次のとおりである。
本件訂正前の本件特許発明10は、「前記物性値の推定値を修正するステップ」という発明特定事項を有する。
ア この発明特定事項に係る物性値の推定値の「修正」は、本件明細書の記載を参酌しても、どのような技術的意味で行われるものであるのか、また、具体的にどのように行われるものであるのか、が不明である。
イ 本件訂正前の本件特許発明11において、複数の低分子化合物のうちから選択された最も多様な化合物群は、本件特許発明1の何れの構成要件と関連するのか技術的な関連が明確ではない。また、本件特許発明11において、複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択することのみで何らかの技術的課題を解決するものでもない。
(2)異義申立理由4の具体的理由の概要は次のとおりである。
請求項11~13は、請求項14との比較から、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」を有し、「回帰モデルを生成するステップ」は有しない発明が範囲に含まれているが、発明の詳細な説明には、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」は、もっぱら「適正な回帰モデルを生成するために、実験を行う化合物群を選択するため」のステップとして説明されている(特に図3、段落00777参照)のであり「『複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ』は有するものの『回帰モデルを生成するステップ』は有しないという発明」は、全く記載されていない。
(3)異義申立理由5の具体的理由の概要は次のとおりである。
本件訂正前の本件特許発明10の「前記物性値の推定値を修正するステップ」との構成要件に関する本件明細書の記載は、物性値の推定の推定(決定注:「推定の推定」は「推定値の修正」の誤記であると認める。)が、どのような技術的意味で行われるものであるか、また、具体的にどのように行うかについて、当業者が理解できるように示すものではない。
2 取消理由(決定の予告)の概要
本件訂正前の請求項1~9、11~17に係る特許に対して、当審合議体が令和6年7月16日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は次のとおりである。
理由1:(新規性)請求項1~9、11、13~17に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1~9、11、13~17に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
理由2:(進歩性)請求項1~9、11~17に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1~9、11~17に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
記
引用文献1:金子弘昌著、Pythonで学ぶ実験計画法入門 ベイズ最適化によるデータ解析、2021年6月3日、株式会社 講談社、p.1~23、67~84、103~129、135~139(特許異議申立人の提出した甲第1号証)
引用文献2:データ化学工学研究室(金子研究室)@明治大学理工学部応用化学科ホームページ、「[Pythonコード付き] 相関係数で変数選択したり変数のクラスタリングをしたりしてみましょう」、[online]、2019年6月25日(掲載日)、データ化学工学研究室(金子研究室)@明治大学理工学部応用化学科、インターネット<https://datachemeng.com/variable_selection_and_clustering_based_on_r/>(特許異議申立人の提出した甲第2号証)
引用文献3:J.Chem.Inf.Comput.Sci.、2004年、44(1)、p.266~275(特許異議申立人の提出した甲第3号証)
第5 当審合議体の判断
当審合議体は、上記取消理由(決定の予告)で通知した理由1(新規性)及び理由2(進歩性)並びに特許異議申立人が申立てた理由によって、本件特許の請求項1~9、11~17に係る特許は、取り消されるべきではないと判断する。
その理由は次のとおりである。
I 取消理由(決定の予告)の理由についての判断
理由1(新規性)及び2(進歩性)について
理由1:請求項1~9、11、13~17について
理由2:請求項1~9、11~17について
1 引用文献の記載
(1) 引用文献1の記載
(1a)「6.2 分子設計
1.2節や5.5節で説明した分子設計の流れをまとめると以下のようになります。
1. コンピュータで化学構造を大量に生成する(5.5節)
2. 生成した化学構造から記述子Xを計算する(5.5節)
3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する(5.2節)
4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する
5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する(第3章、5.3節)
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造
を選択する(5.3節)
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る」
(「6.2 分子設計」欄(p.135-136))
(1b)「5.5 化学構造を扱うときはどうするか
・・・
化学構造は、5.1節のように例えば分子量を数値として生成しても、それが必ずしも化学構造と対応するわけではないため、別の方法で扱う必要があります。 本書では化学構造を扱うとき、事前にサンプル、つまり化学構造を生成するだけでなく数値化します。例えば1万個の化学構造を生成した後に、それらを数値化し、5.1節のcsvファイルgenerated_samples.csvと同等のファイルを準備します。これにより、5.1節以降の実験計画法や適応的実験計画法・ベイズ最適化を行うことができます。最初に合成する化学構造を実験計画法により選択し、その化学構造を合成して物性や活性などのYを測定し、そのデータセットを用いて回帰モデルを構築し、適応的実験計画法やベイズ最適化により次に合成する化学構造を選択し、再度実験するわけです。そして実験と適応的実験計画法やベイズ最適化による次の化学構造の選択を繰り返し行うことができます。
本節では化学構造を数値化したり化学構造を生成したりするサンプルプログラムがあり、その説明をします。化学構造の表現方法や化学構造の扱いの詳細(後に出てくるSMILES、MOL fileや記述子やsdfファイルなど)については、こちらのウェブサイト[37]や筆者の別書[26]をご参照ください。
本章のサンプルプログラムを実行するためには、事前にRDKit[38]をインストールする必要があります。8.4節を参考にしてインストールしましょう。
SMILES[39]で表されたデータセットがcsvファイル(molecules.csv)としてあれば、サンプルプログラムsample_program_05_05_read_molecules_csv_descriptors.pyにより、分子のSMILESを読み込み、記述子を計算できます。プログラムの実行結果を確認するためのサンプルデータセットmolecules.csvは、文献[40]にある水溶解度が測定された1,290個の化合物について、SMILESと水への溶解度をS[mol/L]としたときのlog(S)であるlogSの値が格納されたデータセットです。」
(「5.5 化学構造を扱うときはどうするか」欄(p.126-127))
(1c)「5.3 次の実験候補の選択
5.2節で選択されたサンプルのセットに基づいて、実際に実験したりシミュレーションしたりして、Yの値を獲得します。そのデータセットを用いて、YとXの間で、3.5節から3.11節までの回帰分析手法を用いて、回帰モデルを構築します。構築された回帰モデルに、5.1節で生成したサンプル候補からすでに実験したりシミュレーションしたりしたサンプルを除いたすべてを入力することで、Yの値を推定します。」
(「5.3 次の実験候補の選択」欄(p.107))
(1d)「5.4 ベイズ最適化
・・・ベイズ最適化では、ガウス過程回帰によりYの予測値とその分散を計算した後に、それらを獲得関数(acquisition function)に入力して値を計算します。本書では以下の4つの獲得関数を扱います。
・・・
Expected Improvement(EI)
・・・
用いることのできる獲得関数は以下の通りです。
・・・
EI : Expected Improvement (EI)
・・・
サンプルプログラムを実行すると、まずresin.csvのデータセットでGPRモデルを構築し、remaining_samples.csvのデータセットのYの推定値およびその標準偏差を計算します。次に、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数の値を計算し、その値が最大となったサンプルを選択します。」
(「5.4 ベイズ最適化」欄(p.116-123))
(1e)「2.2 実験計画法とは
・・・
実験計画法では、最初の実験条件の候補をどのように決めるのでしょうか。
目的の高機能性材料を作るための実験レシピや、目的の装置となるようなパラメータの設定値を効率的に探すためには、モデルY=f(X)が重要であり、なるべく良好な(精度の高い)モデルが必要です。そこで、実験条件Xと収率Yとの間で、良好な回帰モデルが構築できるように、最初の実験候補を選択することを考えます。
回帰モデルが良好かどうか確認するためには、回帰モデルを具体的に求める、つまり式(2.2)の線形モデルでいえばal, a2, a3を計算する必要があります。式(2.2)の線形モデルを用いるとき、右辺で計算できるYの計算値と、左辺における実際のYの値(実測値)とがなるべく一致するように、al,a2,a3を計算します。この計算方法の詳細は3.5節で説明します。ここでは答えだけ示すと、ベクトルaを
a= (al, a2, a3) T (2.3)
とするとき(右肩のTは、ベクトルや行列を転置することを表す記号です。ベクトルの表記方法を含めて、詳細は8.1節で説明します)、aは以下の式で計算できます。
・・・
ここでXは縦に実験サンプル、横にX(実験条件)が並んだ行列であり、yは実験サンプルごとのY(収率)の値が縦に並んだ縦ベクトルです(右肩の-1は逆行列であることを表します。行列の表記方法を含めて、詳細は8.1節で説明します)。
・・・そこで実験計画法では、良好なモデルを構築できるXを得るため、XTXの行列式が大きくなるような実験条件の候補を選びます。こうすることで実験結果(収率Yのデータ)がなくても、実験条件Xのデータセットのみから侯補を選ぶことができます。なお、今回最大化するXTXの行列式のことをD最適基準と呼びます。言い換えると実験計画法では、以下の○1(合議体注:原文は○の中に1であるが、このように表記する。以下同様)○2を同時に満たすようにXの候補を決めます。
○1類似した実験条件の候補がない
○2X(特徴量)の間の相関係数の絶対値が小さい(特徴量同士が類似しない)
Xの候補を決める方法として、古くから直交表[9]が使われてきましたが、直交表では各Xの値や実験候補の数を自由に決めることが難しいため、ここではD最適基準に基づいて実験条件の候補を選択する方法を用います。XTXの行列式であるD最適基準は実験計画法において実験候補を選択するために最適化(今回は最大化)するパラメータの一例であり、他にもA最適基準やE最適基準など[10]があります。」
(「2.2 実験計画法とは」欄(p.14-16))
(1f)「1.2 分子設計
また薬の例になりますが、分子設計において、IC50の値が小さい化合物を見つけることを考えます(図1.3)。IC50とは、標的としているタンパク質の機能を50%阻害する化合物の濃度であり、この値が小さいほど薬になりやすいといえます(今回は薬を例にしておりIC50で話を進めますが、もちろん薬以外も扱えますので、読者のみなさまが対象としている物性や特性に置き換えてください)。そのため実験科学者は、IC50の値が小さくなるような化学構造を考えて、実際にその構造になるように分子を合成します。その後、IC50の値を測定して、その値が目標を達成していたら終了ですが、目標を達成しなかった場合には、再びIC50の値が小さくなるような化学構造を考えて、その分子を合成し、IC50を測定します。これを繰り返し行い、薬になりそうな化合物を探します。
・・・
医薬品を見つけるのは20,000分の1という非常に低い確率といわれており[1]、医薬品設計は非常に難しい課題です。目標のIC50の値にならないことが続くと、次はどのような化学構造の分子を合成すればよいのか、と考えるでしょう。このようなときに、データ解析や機械学習を活用できます。仮定するのはIC50のような活性・物性・特性が測定された化合物群があることです。このとき、化合物の化学構造がわかれば計算できる情報を特徴量(もしくは記述子・説明変数)Xとおきます(詳細は5.5節)。一方でIC50のような、実験したり合成したり測定したりしないと得られない物性・活性・特性などの情報をYとおきます。このXとYの間で数値モデルY=f(X)を構築します。
では、どのようにXとして数値化したりモデルY=f(X)を構築したりするのでしょうか。
最も単純な方法の一つに原子団寄与法があります(図1.4)。まず、各分子の化学構造を、あらかじめ決めておいた原子団に分割して、それぞれの原子団の数を数え上げます。図1.4のように、1つの分子に対して1行の数値で表されるため、例えば100化合物あれば、100行になります。エクセルのシートが埋まるようなイメージです。これがXのデータセットです。Yのデータセットは化合物ごとのIC50の値であり、1列で表され、Xのデータセット(のエクセルシート)の横に結合するイメージです。次に、このデータセットを使ってXとYの間で数値モデルY=f(X)を構築します。もちろん、図1.4の原子団寄与法における数値化の方法では、原子団の間の距離や分子の複雑性などの分子の詳細な情報を表現できないため、実際にはさらに複雑な特徴量を計算します。この辺りの分子の扱いについては、5.5節においてPythonのサンプルプログラムがあります。
[図:0001423448000001.jpg]
図1.4 化学構造の数値化の例
XとYとの間で数値モデルを構築する手法の一つに最小二乗法による線形重回帰分析(Ordinary Least Squares, OLS)があります。まず図1.5のように、Y=f(X)を、先ほど数え上げたそれぞれの原子団の数に、何らかの値(a1,a2,・・・)をかけて、それらをすべて足し合わせたもの、と仮定します。とりあえず図1.5のような式でIC50は表されると決めてしまうわけです。次にa1,a2,・・・といった数値をデータセットから求めます。求め方は、IC50の実測値(図1.5の左辺)と図1.5の右辺で計算されるIC50の計算値との間の差(誤差)が小さくなるように決める、といった方法です。a1,a2,・・・の数値が決まったあとの図1.5の式が、いわゆる人工知能(Artificial Intelligence, AI)です。人工知能といっても、基本は中学校や高等学校で勉強するY=aX+bであり、実際に用いられているのもそれを複雑にしたものといえます。もちろん図1.5の式ではXとYとの間の複雑な関係は考慮できません。OLSの詳細や他の(より複雑な)Y=f(X)を求める方法に関しては、第3章で説明します。
・・・
図1.5のようなモデルY=f(X)が構築されたとします。このモデルを用いることで、実際に化合物を合成していなくても、その化学構造さえわかれば、Xの値を図1.5のように計算してモデルに入力することで、IC50のような物性・活性・特性の値を推定できます。例えばChemDraw[2]やMarvinSketch[3]のようなソフトウェアで化学構造を描画して、その分子がもつと考えられる活性・物性・特性の値を推定できます。人が分子を描くのには時間がかかるため、もちろん実験するよりは早いですが、多くても1日に数十個の化学構造の活性・物性・特性しか推定できないでしょう。しかし、例えばこちらのウェブサイト[4]にあるような、化学構造のメインの骨格と置換基の両方を変化させながら化学構造を自動的に生成するプログラムを使うことで、1日に数百万もの化学構造を作ることができます。コンピュータの計算速度は速いため、これらの化学構造をXに数値化し、モデルに入力して物性・活性・特性の値を推定することも一晩で可能です。このように、実験するには現実的に不可能な数の化学構造でも、それらがもつと考えられる活性・物性・特性の値をコンピュータなら推定できます。良好な推定値をもつ化学構造を選択することで、有望な化学構造を獲得できるでしよう。
もちろんコンピュータで計算できるIC50のような活性・物性・特性の値はあくまで推定値であるため、たとえそれが有望な値でも、実際に合成したり測定したりして検証する必要があります。実際、実験で検証された例もあります。薬の例でいえば、モデルY=f(X)を用いてCARMl阻害剤となる化合物15個を10万の化合物から選んだところ、その中の3つの化合物は乳がん細胞の増殖に対して実際に阻害活性を示しました[5]。20,000分の1の確率を15分の3に高めたと考えることができます。他の材料でも、ニッケル触媒の新規リガンドをモデルから提案することでクロスカップリング反応の選択性と収率が向上した例[6]や、有機薄膜太陽電池の新しい材料をモデルに基づいて設計することで光電変換効率が向上した例[7]や、リチウムイオン電池の電解液を難燃化する材料をモデルで探索した例[8]などが報告されています。
以上のように、データベースを活用したデータ解析や機械学習により、活性・物性・特性が所望の値をもつ分子の設計を効率化できます。」
(「1.2 分子設計」欄(p.3-5))
(2) 引用文献2の記載
(2a)「回帰分析やクラス分類をする前の、データセットの前処理の話です。2つの説明変数(記述子・特徴量)の間で、相関係数の絶対値が大きいとき、それらの変数は似ているということです。余計な変数は、回帰モデル・クラス分類モデルに悪影響を及ぼすため、どちらか1つの変数を削除します。」
(本文の第1パラグラフ)
(3) 引用文献3の記載
引用文献3は、引用文献1の参考文献40であり、訳文にて示す。
(3a)「ドラッグディスカバリーにおけるADME評価。4.原子寄与アプローチに基づく水溶性予測
水溶性の見積もりに関する新しい手法が、原子の単純な寄与に基づいて開発されました。・・・異なる原子タイプと補正因子の寄与係数は、1290の有機化合物からなる学習セットを用いて重回帰分析を基に生成されました。・・・」(タイトル及び要約)
(3b)表1、表2、表3には、それぞれ、各原子タイプとlogSへの寄与、21の製薬及び環境に興味深い化合物からなる外部データセット、120の化合物のテストセット2のための観測された及び予測された水溶性が示されている。
表2及び表3において示された化合物は、いずれも低分子化合物の範疇に入る化合物である。
2 引用文献1に記載された発明
(1)引用文献1は、実験計画法に関する入門書であって、第1章の1.2節の分子設計の欄には(摘記(1f))、「データベースを活用したデータ解析や機械学習により、活性・物性・特性が所望の値を持つ分子の設計を効率化」できることが記載され、薬の分子設計として、図1.4には、低分子化合物の化学構造の例が示され、第6章の6.2節の分子設計の欄において、1.2節や5.5節で説明した分子設計の流れをまとめると以下のようになると記載されている(摘記(1a))。
「1. コンピュータで化学構造を大量に生成する(5.5節)
2. 生成した化学構造から記述子Xを計算する(5.5節)
3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する(5.2節)
4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する
5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する(第3章、5.3節)
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する(5.3節)
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る」
なお、5.5節で参考文献として引用されている参考文献40(甲第3号証)で実際に評価されている化合物が少なくとも本件明細書【0039】で定義された分子量1万以下の「低分子化合物」であることは、上記の内容が、化学構造として低分子化合物を対象としていることとも整合している。
そして、摘記(1b)には、「本書では化学構造を扱うとき、事前にサンプル、つまり化学構造を生成するだけでなく数値化します。例えば1万個の化学構造を生成した後に、それらを数値化し、5.1節のcsvファイルgenerated_samples.csvと同等のファイルを準備します。これにより、5.1節以降の実験計画法や適応的実験計画法・ベイズ最適化を行うことができます。最初に合成する化学構造を実験計画法により選択し、その化学構造を合成して物性や活性などのYを測定し、そのデータセットを用いて回帰モデルを構築し、適応的実験計画法やベイズ最適化により次に合成する化学構造を選択し、再度実験するわけです。そして実験と適応的実験計画法やベイズ最適化による次の化学構造の選択を繰り返し行うことができます。
本節では化学構造を数値化したり化学構造を生成したりするサンプルプログラムがあり、その説明をします。化学構造の表現方法や化学構造の扱いの詳細(後に出てくるSMILES、MOL fileや記述子やsdfファイルなど)については、こちらのウェブサイト[37]や筆者の別書[26]をご参照ください。
本章のサンプルプログラムを実行するためには、事前にRDKit[38]をインストールする必要があります。8.4節を参考にしてインストールしましょう。
SMILES[39]で表されたデータセットがcsvファイル(molecules.csv)としてあれば、サンプルプログラムsample_program_05_05_read_molecules_csv_descriptors.pyにより、分子のSMILESを読み込み、記述子を計算できます。プログラムの実行結果を確認するためのサンプルデータセットmolecules.csvは、文献[40]にある水溶解度が測定された1,290個の化合物について、SMILESと水への溶解度をS[mol/L]としたときのlog(S)であるlogSの値が格納されたデータセットです。」と記載され、化学構造(サンプル)を扱う場合の、化学構造の生成、数値化、ファイルの準備、実験計画法や適応的実験計画法・ベイズ最適化について説明され、最初に合成する化学構造を実験計画法により選択し、その化学構造を合成して物性や活性などのYを測定し、そのデータセットを用いて回帰モデルを構築し、適応的実験計画法やベイズ最適化により次に合成する化学構造を選択し、再度実験すること、及び化学構造の表現方法や化学構造の扱いの詳細としてのSMILES、MOLfileや記述子の情報やsdfファイル、RDKit、記述子の計算方法が示されている。
また、摘記(1d)では、ベイズ最適化について、「ベイズ最適化では、ガウス過程回帰によりYの予測値とその分散を計算した後に、それらを獲得関数(acquisition function)に入力して値を計算します。」と記載されるとともに、獲得関数の一つとして、Expected Improvement(EI)が挙げられ、ベイズ最適化が、サンプルプログラムを実行し、resin.csvのデータセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築し、該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数の値を計算し、その値が最大となったサンプルを選択することが示されている。
(2)したがって、引用文献1における各章の記載は、各記載を指摘しながら記載されたもので、ひとまとまりの技術的思想を表しているといえるので、以下の発明が認定できるといえる。
「活性・物性・特性が所望の値を持つ低分子化合物の分子設計をする方法であり、
1. コンピュータで低分子の化学構造を大量に生成する、
2. 生成した該化学構造から記述子Xを計算する、
3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する、
4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する、
5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する、
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する、
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る、
方法において、
上記6.の合成する化学構造の選択に、サンプルプログラムを実行し、データセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築し、該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数(Expected Improvement(EI))の値を計算し、その値が最大となったサンプルを合成する化学構造として選択するというベイズ最適化方法を用いた方法。」(以下「引用文献1発明1」という。)
(3)また、摘記(1b)の記載から、SMILES、RDKitは分子の化学構造を記述子として表現する方法のためのプログラムであることは明らかであり、摘記(1e)によれば、モデルY=f(X)が重要であり、なるべく良好な(精度の高い)モデルが必要で、実験計画法では、良好なモデルを構築できるXを得るため、XTXの行列式が大きくなるような実験条件の候補を選ぶことで実験結果(収率Yのデータ)がなくても、実験条件Xのデータセットのみから侯補を選ぶことができ、最大化するXTXの行列式のことをD最適基準と呼ぶことが記載されているので、以下の発明も認定できるといえる。
「活性・物性・特性が所望の値を持つ低分子化合物の分子設計をする方法であり、
1. コンピュータで低分子の化学構造を大量に生成する、
2. 生成した該化学構造から記述子Xを計算する、
3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する、
4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する、
5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する、
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する、
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る、
方法において、
上記6.の合成する化学構造の選択に、サンプルプログラムを実行し、データセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築し、該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数(Expected Improvement(EI))の値を計算し、その値が最大となったサンプルを合成する化学構造として選択するというベイズ最適化方法を用いるに際し、SMILES及びRDKitを分子の化学構造の記述子として用い、良好なモデルを構築できるXを得るため、XTXの行列式が大きくなるような実験条件の候補を選ぶD最適基準を用いる方法。」(以下「引用文献1発明2」という。)
3 本件特許発明と引用文献1に記載された発明との対比・判断
ア 本件特許発明1と引用文献1発明1との対比・判断
(ア)本件特許発明1と引用文献1発明1とを対比すると、本件特許発明1は、「低分子化合物探索方法」であり(本件特許明細書の【0001】)、「コンピュータが実行する方法」であるところ、引用文献1発明1の「活性・物性・特性が所望の値を持つ低分子化合物の分子設計をする方法であり」、「1. コンピュータで低分子の化学構造を大量に生成する、2. 生成した該化学構造から記述子Xを計算する」工程や「サンプルプログラムを実行し、データセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築し、該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数の値を計算し、その値が最大となったサンプルを選択する」工程を含む方法は、本件特許発明1の「コンピュータが実行する方法」に該当することは明らかである。
(イ)次に、引用文献1発明1の「1. コンピュータで低分子の化学構造を大量に生成する」工程は、本件特許発明1の「複数の低分子化合物の化学構造を取得するステップ」に相当する。
(ウ)さらに、引用文献1発明1の「2. 生成した該化学構造から記述子Xを計算する、3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する、4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する」工程及び「合成する化学構造の選択に、サンプルプログラムを実行し、データセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築」することは、本件特許発明1の「低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて」「回帰モデル」を生成することに相当する。
(エ)そして、引用文献1発明1の「該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数の値を計算」する工程は、引用文献1発明1の「Yの推定値」が本件特許発明1の「物性値の推定値」であって、引用文献1発明1の「推定値」「の標準偏差」が本件特許発明1の「推定値のばらつき」であるから、本件特許発明1の「回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」に相当する。
(オ)したがって、本件特許発明1と引用文献1発明1とは、
「 コンピュータが実行する方法であって、
複数の低分子化合物の化学構造を取得するステップと、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップと、を含む方法。」である点で一致し、以下の点で一応相違する。
相違点1:本件特許発明1は、「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」を含むことが特定されているのに対して、
引用文献1発明1においては、
「5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する、
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る、
方法において、
上記6.の合成する化学構造の選択に、サンプルプログラムを実行し、データセットでGPR(ガウス過程回帰)モデルを構築し、該データセットのYの推定値及びその標準偏差を計算し、Yの推定値とその標準偏差に基づいて獲得関数(Expected Improvement(EI))の値を計算し、その値が最大となったサンプルを合成する化学構造として選択するというベイズ最適化方法を用いた方法」が特定されている点。
(カ)相違点1の判断
a 引用文献1の5.5節で説明した分子設計の流れをまとめると以下のようになると記載されている(摘記(1a))。
「1. コンピュータで化学構造を大量に生成する(5.5節)
2. 生成した化学構造から記述子Xを計算する(5.5節)
3. Xに基づいて、最初に合成する化学構造を選択する(5.2節)
4. 選択された化学構造を合成して物性・活性等Yを測定する
5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する(第3章、5.3節)
6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する(5.3節)
7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る」
b 上記流れのうち、「6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択し、7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る」というプロセスにおいて、まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択し、合成してYを測定するとの意味には、測定したYが、それまでの結果から構築したモデルY=f(X)からの計算値と、許容できない乖離があり構築したモデルY=f(X)が十分なものでないと判断した場合(目標を満たしていない)、今までの結果と共に、さらに実験結果を追加してモデルY=f(X)を再構築するという意味を含んでいるといえる。
c しかしながら、本件特許発明1の
「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」において、回帰モデルに再学習させる低分子化合物の化学構造と物性値は、あくまでも人が入力した指示にしたがって増減させた物性値の推定値に基づくものであり、その「増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない」と明確に特定されている。
一方、引用文献1発明1は、今までの結果と共に、さらに実験結果を追加して、サイクルを繰り返し実行し、モデルY=f(X)を再構築する場合には、「5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する」との記載から明らかなように、「5.に戻る」ことで、モデルを再構築(再学習)させており、「7. 合成してYを測定し」た実験結果に基づくものによって行われているのであるから、両者は、実質的に相違している。
d したがって、相違点1は、実質的な相違点である。
e さらに、上記aの1.~7.の分子設計の流れによれば、引用文献1発明1は、モデルY=f(X)を構築する物性・活性等Yは、全て合成して得た実験結果であることを前提としたものであるから、引用文献1発明1は、それまでに実験結果から得た回帰モデルに、何らかの手段(新たな実験結果の追加や既存実験結果の見直し等)による実験結果を再度入力して、各低分子化合物の物性値の推定値及び前記推定値のばらつきを再算出して獲得関数を算出して、回帰モデルを修正するものといえる。
したがって、全て合成して得た実験結果に基づいて行うことを前提とした引用文献1発明1のモデル再構築の手順である「5. すべての実験結果を用いてモデルY=f(X)を構築する(第3章、5.3節)6. まだ合成していない化学構造から、モデルに基づいて次に合成する化学構造を選択する(5.3節)7. 合成してYを測定し、それが目標を満たしていれば終了し、満たしていなければ5.に戻る)」との繰り返し部分を、敢えて「人が入力した指示にしたがって増減させた物性値の推定値」を一部の実験結果の代わりにして、「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップと、
前記物性値の推定値および前記推定値のばらつきから、獲得関数を算出するステップ」との相違点1の構成に変更することは、本件特許の出願時の技術常識を考慮しても、当業者が容易になし得る技術的事項ではない。
(キ)よって、本件特許発明1は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
イ 本件特許発明2と引用文献1発明1との対比・判断
本件特許発明2は、本件特許発明1において、「獲得関数が期待改善度(Expected Improvement)である場合、期待改善度が最大となる低分子化合物を決定するステップをさらに含む」ことを更に特定したものであるから、本件特許発明2は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
ウ 本件特許発明3と引用文献1発明1との対比・判断
本件特許発明3は、本件特許発明1又は2において、「複数の低分子化合物のうちの一部の低分子化合物を選択するステップと、
前記選択された一部の低分子化合物の化学構造と、前記選択された一部の低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて前記回帰モデルを生成するステップとをさらに含む」ことを更に特定したものであるから、本件特許発明3は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
エ 本件特許発明4と引用文献1発明1との対比・判断
本件特許発明4は、本件特許発明1又は2において、「前記複数の低分子化合物の化学構造を、複数の種類の記述子に置き換えるステップと、
前記複数の種類の記述子をもとに、前記複数の低分子化合物のうちの一部の低分子化合物を選択するステップと、
前記選択された一部の低分子化合物の化学構造と、前記選択された一部の低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて前記回帰モデルを生成するステップとをさらに含む」ことをさらに特定したものであるから、本件特許発明4は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
オ 本件特許発明5~9と引用文献1発明1との対比・判断
本件特許発明5~9は、少なくとも本件特許発明1において、それぞれ、「複数の低分子化合物の化学構造を文字列にするステップ」、「複数の低分子化合物の化学構造を複数の種類のRDKit2D記述子に置き換えるステップ」、「推定値は、確率分布の平均値であり、前記ばらつきは、前記確率分布の標準偏差である」こと、「複数の低分子化合物は、人によって選択された化合物と、データベースから抽出された化合物と、特定のアルゴリズムによって設計された化合物と、のうちの少なくとも1つを含む」こと、「回帰モデルは、ガウス過程回帰モデルである」ことが特定されたものであるから、本件特許発明5~9は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
カ 本件特許発明11と引用文献1発明2との対比・判断
(ア)本件特許発明11は、本件特許発明1において、「前記複数の低分子化合物の化学構造を、複数の種類の記述子に置き換えるステップと、
前記複数の種類の記述子についてdet(XTX)が最大になる組み合わせを選択することで、前記複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップと、
をさらに含む」ことを特定したものである。
引用文献1発明2は、引用文献1発明1において、さらに、その値が最大となったサンプルを合成する化学構造として選択するというベイズ最適化方法を用いるにあたって、「SMILES、RDKitを分子の化学構造の記述子として用い、良好なモデルを構築できるXを得るため、XTXの行列式が大きくなるような実験条件の候補を選ぶD最適基準を用いる方法」であることを更に特定したものであり、引用文献1の摘記(1e)には、D最適化基準について、「最大化するXTXの行列式のことをD最適基準と呼びます。言い換えると実験計画法では、以下の○1○2を同時に満たすようにXの候補を決めます。
○1類似した実験条件の候補がない
○2X(特徴量)の間の相関係数の絶対値が小さい(特徴量同士が類似しない)」こと、及び「D最適基準に基づいて実験条件の候補を選択する方法を用います。XTXの行列式であるD最適基準は実験計画法において実験候補を選択するために最適化(今回は最大化)するパラメータの一例であ」ることが示されているから、引用文献1発明2のD最適基準を用いる方法は、本件特許発明11の「低分子化合物の化学構造」を、「複数の種類の記述子に置き換え」、「複数の種類の記述子についてdet(XTX)が最大になる組み合わせを選択」して 「最も多様な化合物群を選択するステップ」に相当する。それゆえ、本件特許発明11と引用文献1発明2の間の対比において、本件特許発明1に追加した更なる特定の点では相違するものではない。
(イ)しかしながら、両者には、上記相違点1が存在するから、上記アで検討したとおり、本件特許発明11は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
キ 本件特許発明12~14と引用文献1発明2との対比・判断
(ア)本件特許発明12~14は、本件特許発明11において、それぞれ、「前記複数の種類の記述子について、相関性の高い記述子のうちの一部を選択するステップをさらに含み、前記最も多様な化合物群は、選択された一部の記述子を用いて選択され、選択された一部の記述子の数が前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の数以下である」こと、「前記最も多様な化合物群は、遺伝的アルゴリズムを用いて選択される」こと、「前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の化学構造と、前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて回帰モデルを生成するステップとをさらに含む」ことを特定したものである。
引用文献2に記載されるように、回帰分析におけるデータセットの前処理として、2つの説明変数(記述子・特徴量)の間で、相関係数の絶対値が大きいとき、それらの変数は似ているということで、余計な変数は、回帰モデルに悪影響を及ぼすため、どちらか1つの変数を削除することが普通に知られていること、遺伝的アルゴリズムは、近似解を探索するアルゴリズムとして最も一般的に使用されていること、及び引用文献1発明2において、D最適化基準を用いて回帰モデルを形成していることを考慮すると、本件特許発明13及び14と引用文献1発明2の間の対比において、本件特許発明11に追加した更なる特定の点では両者は相違するものではない。また、本件特許発明12と引用文献1発明2の間の対比において、本件特許発明11に追加した更なる特定の点は、引用文献1発明2及び引用文献2記載の技術的事項から当業者が容易に発明することができたものである。
(イ)しかしながら、両者には、上記相違点1が存在するから、上記アで検討したとおり、本件特許発明13及び14は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
また、本件特許発明12は、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
ク 本件特許発明15~17と引用文献1発明1との対比・判断
(ア)本件特許発明15~17は、本件特許発明1のコンピュータが実行する方法の発明を、それぞれ、プログラム、制御部を備えた装置、サーバーとユーザー端末を備えたシステムの発明として表現した発明にすぎず、コンピュータが実行する方法において、プログラム、装置、システムが存在していることは当然であるから、本件特許発明15~17と引用文献1発明1との間の対比において、両者の更なる相違点であるコンピュータが実行する方法の発明を、それぞれ、プログラム、制御部を備えた装置、サーバーとユーザー端末を備えたシステムの発明として特定した点自体は当業者が容易に発明することができたものである。
(イ)しかしながら、本件特許発明15~17と引用文献1発明1の間には、上記相違点1が存在するから、上記アで検討したとおり、本件特許発明15~17は、引用文献1に記載された発明ではなく、引用文献1に記載された発明及び技術的事項、並びに本件特許の出願時の技術常識から当業者が容易に発明することができたものではない。
4 取消理由(決定の予告)の理由についてのまとめ
したがって、本件特許発明1~9、11、13~17は、引用文献1~3に記載された技術的事項を参照しても、引用文献1に記載された発明とはいえないし、本件特許発明1~9、11~17は、引用文献1に記載された発明及び引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものではないから、本件特許の請求項1~9、11~17に係る特許は、特許法第29条第1項又は第2項の規定に違反してされたものとはいえず、取消理由1及び2には、理由がない。
II 取消理由(決定の予告)に採用しなかった特許異議申立人が申し立てた理由について(異議申立理由3のア及びイ(明確性要件)、異議申立理由4(サポート要件)、異議申立理由5(実施可能要件))
1 異議申立理由3のア(明確性要件)、異議申立理由5(実施可能要件)について
ア 異議申立理由3のア、異議申立理由5については、令和6年2月5日付けの取消理由として採用され、対象となる訂正前の本件特許発明10は削除されている。
イ 訂正前の本件特許発明10の物性値の推定値の「修正」との記載に関連して、本件特許発明1は、本件訂正により、「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップ」と特定されているので、物性値の推定値の「修正」は、どのような技術的意味で行われ、具体的にどのように行われるものであるのか、明確であるし、当業者が理解できるように示されている。
また、本件特許発明2~9、11~17も同様に訂正され、物性値の推定値の「修正」は、どのような技術的意味で行われ、具体的にどのように行われるものであるのか、明確であるし、当業者が理解できるように示されている。
2 異議申立理由3のイ(明確性要件)について
特許異議申立人は、本件訂正前の本件特許発明11において、複数の低分子化合物のうちから選択された最も多様な化合物群は、本件特許発明1の何れの構成要件と関連するのか技術的な関連が明確ではないし、本件特許発明11において、複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択することのみで何らかの技術的課題を解決するものでもない旨主張している。
しかしながら、本件特許発明11の複数の低分子化合物のうちから選択された最も多様な化合物群が、本件特許発明1の「複数の低分子化合物の化学構造を取得するステップと、
低分子化合物の化学構造と当該低分子化合物の物性値の実測値とを用いて生成された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップ」と関連していることは明らかであり、複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択することで、有効な獲得関数を得ることに寄与していることも明らかであるので、少なくとも発明特定事項及び発明特定事項間の関係は理解でき、第三者の不測の不利益を生じるほどに不明確な点はない。
したがって、本件特許発明11は明確であり、上記特許異議申立人の主張は採用できない。
3 異議申立理由4(サポート要件)について
(1)本件特許発明の課題
本件特許発明の課題は、本件特許明細書の段落【0005】の記載及び本件特許明細書、特許請求の範囲及び図面全体の記載を参照して、「所望の物性を有する可能性の高い低分子化合物を探索する」低分子化合物探索方法、プログラム、装置、システムの提供にあると認める。
(2)サポート要件の判断
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載には、本件特許発明の発明特定事項に対応した説明があるとともに、それらの発明特定事項の関係とそれぞれの発明特定事項の技術的な意義に関連した一定の説明が段落【0006】~【0036】、段落【0039】~【0057】、段落【0058】~【0073】、段落【0074】~【0095】、段落【0096】~【0114】に記載され、【図1】~【図6】には、本件特許発明の実施形態に関する図面が示されているといえる。
そして、直接の記載や示唆のない部分に関しては、本件特許の出願時のマテリアルズ・インフォマティクスの分野の技術常識を考慮すれば、本件特許発明は、当業者が上記本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると理解できる。
したがって、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載されたものである。
(3)特許異議申立人の主張の判断
特許異議申立人は、請求項11~13は、請求項14との比較から、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」を有し、「回帰モデルを生成するステップ」は有しない発明が範囲に含まれているが、発明の詳細な説明には、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」は、もっぱら「適正な回帰モデルを生成するために、実験を行う化合物群を選択するため」のステップとして説明されている(特に図3、段落0077参照)のであり「『複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ』は有するものの『回帰モデルを生成するステップ』は有しないという発明」は、全く記載されていない旨主張している。
しかしながら、請求項11に係る発明(本件特許発明11)は「回帰モデル」を生成することを前提とした請求項1を引用しており、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」を具体的に実現する手法を「前記複数の低分子化合物の化学構造を、複数の種類の記述子に置き換えるステップと、前記複数の種類の記述子についてdet(XTX)が最大になる組み合わせを選択する」という特定事項で表現したもので、請求項14に係る発明(本件特許発明14)は、「前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の化学構造と、前記最も多様な化合物群を形成する低分子化合物の物性値の実測値と、を用いて回帰モデルを生成するステップ」が存在することを特定事項として明確にしただけである。
したがって、通常、「複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ」後に回帰モデルを生成することが多いというだけで、事前に生成する場合、事前に生成しておかない場合等の多様な態様があることは、自明であるから、図面に明示がないからといって、回帰モデルは何らかの形で生成されており、「『複数の低分子化合物のうち、最も多様な化合物群を選択するステップ』は有するものの『回帰モデルを生成するステップ』は有しないという発明」を本件特許発明11として想定していること自体が前提において失当である。
そして、本件特許明細書の段落【0005】に記載された「所望の物性を有する可能性の高い低分子化合物を探索する」という本件特許発明の課題が、回帰モデルの生成の態様にかかわらず、一定程度解決できることは、当業者において認識できるといえる。
したがって、上記特許異議申立人の主張は採用できない。
III 特許異議申立人の提出した意見書の主張について
1 特許異議申立人は、意見書4頁において、「物性値の推定値を増減するステップ」の「増減」の内容に何ら限定事項がないので、「当該推定値を算出した低分子化合物についての物性値の実験値で更新することでその値を増減する場合もの」も含まれているため引用文献1に記載された発明である(新規性欠如)旨主張しているが、本件訂正によって、「前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない」ものとなったので、上記特許異議申立人の主張は採用できない。
2 特許異議申立人は、意見書5~7頁において、やみくもに推定値を「増減」するのでは、必ずしも、モデルの精度が向上するとは言えず、段落【0106】の記載を参照しても、技術的意味があると言えないし、具体的内容が明確でなければ他の発明特定事項との関係が理解できないし(明確性要件違反)、段落【0106】の記載は、物性値の増減が、どのような技術的意味で行われるのか、又は具体的にどのように行うのか説明していない(実施可能要件違反)旨主張している。
しかしながら、本件訂正によって、本件特許発明は、「人が入力した指示にしたがって、前記物性値の推定値を増減するステップと、
前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の化学構造と、前記増減された物性値の推定値と、を用いて前記回帰モデルを再学習し、前記増減された物性値の推定値は、前記物性値の推定値を増減された低分子化合物の物性値の実測値ではない、ステップと、
前記再学習された回帰モデルに、前記取得された各低分子化合物の化学構造を入力することで、前記各低分子化合物の物性値の推定値および前記推定値のばらつきを算出するステップ」を少なくとも有することが特定されており、「推定値の増減」の技術的意味(発明特定事項の意味内容)は少なくとも明確であるし、具体的にどのように行うかも特定され、明確化された特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載から明らかであるといえる(段落【0106】の記載及び【図4】の全体の流れを説明するための図を本件訂正後の特許請求の範囲の記載との関係で、当業者が本件特許の出願時の技術常識も考慮して総合的に判断すれば、当業者が本件特許発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。)。
したがって、上記特許異議申立人の主張は採用できない。
IV まとめ
したがって、本件特許発明1~9、11、13~17は、引用文献1~3に記載された技術的事項を参照しても、引用文献1に記載された発明であるとはいえないし、本件特許発明1~9、11~17は、引用文献1に記載された発明及び引用文献1~3に記載された技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件特許の請求項1~9、11~17に係る特許は、特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものではない。
また、本件特許は、請求項11~13に係る発明は明確であり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。
さらに、本件特許は、請求項11~13に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。
そして、本件特許は、請求項1~9、11~17に係る発明に関して、発明の詳細な説明の記載が当業者がその発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。
第6 むすび
以上のとおり、本件の請求項1~9、11~17に係る発明は、取消理由通知に記載した取消理由並びに特許異議申立人が申立てた理由及び証拠によっては、取り消されるべきものとはいえない。
そして、請求項10に係る特許は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項10に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
また、ほかに本件の請求項1~9、11~17に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-701294