特許異議申立
2023-700765
防汚層付き光学フィルム
- 審判番号
- 2023-700765
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-172169
- 登録番号
- 7219849
- 請求日
- 2023年07月24日
- 審決日
- 2024年01月05日
- 公報発行日
- 2024年02月22日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】日東電工株式会社
- 【権利者代理人】岡本 寛之
- 【権利者代理人】宇田 新一
- 【異議申立人】渡辺 陽子
- 審判長/審判官
- 審判長 井上 茂夫
- 審判官 西本 浩司
- 審判官 藤井 眞吾
- 分類
- P1651.4 -Y (G02B) / P1651.113-Y (G02B) / P1651.121-Y (G02B) / P1651.537-Y (G02B) / P1651.538-Y (G02B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第39条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7219849号発明「防汚層付き光学フィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7219849号の請求項1~7に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7219849号(以下「本件特許」という。)の請求項1~7に係る特許についての出願は、2021年(令和3年)7月13日(優先権主張令和2年7月13日、令和2年8月31日、令和2年10月1日、令和2年10月1日、令和2年11月16日)を国際出願日とする特願2022-536376号の一部を、令和4年10月27日に新たな特許出願としたものであって、令和5年1月31日にその特許権の設定登録がなされ、同年2月8日に特許掲載公報が発行された。その特許についての特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和5年 7月24日 :特許異議申立人 渡辺 陽子(以下「申立人」という。)による請求項1~7に係る特許に対する特許異議の申立て
同年 9月26日付け:取消理由通知書
同年11月24日 :特許権者による意見書の提出
第2 本件発明
本件の請求項1~7に係る発明(以下「本件発明1」等といい、また「本件発明」ということもある。)は、特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
透明基材と防汚層とを厚さ方向に順に備え、
前記防汚層における前記透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である、防汚層付き光学フィルム。
【請求項2】
前記防汚層における前記比率が、分析深さ1nmから分析深さ5nmにかけて単調減少する、請求項1に記載の防汚層付き光学フィルム。
【請求項3】
前記防汚層が、パーフルオロポリエーテル基を有するアルコキシシラン化合物を含有する、請求項1または2に記載の防汚層付き光学フィルム。
【請求項4】
前記防汚層がドライコーティング膜である、請求項1から3のいずれか一つに記載の防汚層付き光学フィルム。
【請求項5】
前記透明基材と前記防汚層との間に無機酸化物下地層を備え、当該無機酸化物下地層上に前記防汚層が配置されている、請求項1から4のいずれか一つに記載の防汚層付き光学フィルム。
【請求項6】
前記無機酸化物下地層が二酸化ケイ素を含む、請求項5に記載の防汚層付き光学フィルム。
【請求項7】
前記無機酸化物下地層における前記防汚層側の表面が、0.5nm以上10nm以下の表面粗さRaを有する、請求項5または6に記載の防汚層付き光学フィルム。」
第3 取消理由について
1 取消理由の概要
取消理由通知で通知した取消理由の要旨は次のとおりである。
(同日出願):下記の請求項1~7に係る発明は、同日出願された特願2022-536376号(特許第7169492号(申立人が提出した甲第10号証)。以下「同日出願」ともいう。)に係る発明と同一と認められ、かつ、前記同日出願に係る発明は特許されており協議を行うことができないから、下記の請求項に係る特許は、特許法第39条第2項の規定に違反してされたものである。
記
(1)請求項1に係る発明について
本件発明1と、同日出願の請求項1に係る発明とを対比すると、後者は「防汚層付き光学フィルムロール」であるのに対し、前者は「防汚層付き光学フィルム」である点でのみで相違し、その余の点で一致する。
上記相違点について検討する。
光学フィルムの分野において、光学フィルムをロール状とすることは広く一般的なことであり、該相違点は、課題解決のための具体化手段における微差である。
なお、本件発明1と同日出願の請求項1に係る発明とは、光学フィルム自体の構成に異なるところはない。
そうしてみると、本件発明1と、同日出願の請求項1に係る発明とは実質的に同一である。
(2)本件発明2~7について
本件発明2~7と、同日出願の請求項2~7に係る発明とは、それぞれ上記(1)で述べた相違点でのみ相違する。
したがって、本件発明2~7と、同日出願の請求項2~7に係る発明とは、それぞれ実質的に同一である。
2 判断
同日出願の請求項1に係る発明は、令和5年9月12日提出の訂正請求書による訂正により、本件発明1と実質的に同一ではなくなり、また、訂正後の同日出願の請求項2~7に係る発明についても同様に、本件発明2~7とは実質的に同一ではなくなったため、上記取消理由については、解消した。
第4 取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由について
1 申立理由
(1)新規性、進歩性について
本件発明1~7は、甲第1号証に記載された発明であり、本件発明1~6は、甲第2号証又は甲第3号証に記載された発明であり、また、本件発明1~7は、甲第1号証~甲第3号証のいずれかに記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
甲第1号証:国際公開第2014/129333号
甲第2号証:特開2013-155399号公報
甲第3号証:特開2002-6103号公報
甲第4号証:特開平7-40457号公報
甲第5号証:“ダイキン化学_オプツールシリーズ”,[online],ダイキン工業株式会社,[2023年4月6日検索],インターネット
<URL:https://www.daikinchemicals.com/jp/solutions/products/optool-anti-smudge-coating.html>
甲第6号証:村田貴士 企画編集,「光学薄膜の最適設計・成膜技術と膜厚・膜質・光学特性の制御」,第1版第1刷,株式会社技術情報協会,2013年6月28日,p.525-594
甲第7号証:「中小型タッチパネルの機能・耐久・生産性を向上させる材料技術」,第1版第1刷,S&T出版株式会社,2013年8月29日,p.35-46
甲第8号証:「機能性ウエットコーティング」,第1刷,株式会社 東レリサーチセンター調査研究部,2008年2月,p.284-310
甲第9号証:特開2019-116097号公報
(以下、甲第1号証を「甲1」という。以下、他の甲各号証についても同様とする。)
(2)明確性について
本件の請求項1は、「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」と特定しているが、その技術的意義が不明確であり(該発明特定事項が物として何を意味し、どのような特性・作用効果を備えるのか)、従来技術と比較できる程度に、防汚性の低下を抑制するための課題解決手段が記載されているといえない。
(3)サポート要件について
本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、発明の課題が「本発明は、防汚層の防汚性の低下を抑制するのに適した、防汚層付き光学フィルムを提供する」ことと記載されている(【0005】)。
しかしながら、以下(i)~(iii)の点から、本件訂正前の請求項1~7に係る発明は、発明の課題を達成し得ない態様を包含しており、サポート要件を満足していない。
(i)「分析深さ1nm」における「F/Si比率」について
請求項1では「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」と特定しているが、発明の詳細な説明には、オプツールUD509とKY1903-1を用いた実施例しかなく、それ以外の無数のフッ素ケイ素化合物で、F/Si比率が分析深さ1nmで20以上であれば発明の課題を解決しうるとは到底考えられない。
(ii)「F/Si比率20以上」について
請求項1では、「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」と特定しているが、発明の詳細な説明に記載された比較例2では、F/Si比率(1nm深さ)が18.7と「20」に近いにも拘わらず水接触角が70°と極めて低いことから、F/Si比率(1nm深さ)=20の場合に水接触角が「有意に」大きいとは到底考えられない。
(iii)プラズマ処理について
防汚層の防汚性の低下を抑制するためには、防汚層の接着性が大きく影響するものと考えられ、発明の詳細な説明には、ハードコート層付きTACフィルム表面をプラズマ処理することで水接触角の低下の程度を小さくしたことが記載されている (【0077】、【表1】)が、本件訂正前の請求項1は、プラズマ処理を特定していない。
(4)実施可能要件について
以下(i)~(iii)の点から、本件訂正前の請求項1~7に係る発明について、発明の詳細な説明は、実施可能要件を満足していない。
(i)「分析深さ1nm」における「F/Si比率」について
本件の請求項1では、分析深さ1nmでのF/Si比率が20以上であることを特定しているが、発明の詳細な説明には、オプツールUD509とKY1903-1を用いて防汚層を形成した例しかなく、他の無数の防汚剤が当該特定範囲に該当するか否か、発明の課題を解決するか否か、を検証するために当業者に過度な試行錯誤を強いることになる。
(ii)プラズマ処理について
本件明細書に記載された実施例2はプラズマ処理を行っていないにも拘わらず「F/Si」が37.8と最も高くなっており、また、比較例1はワークフィルムを一旦巻き取ることにより、「F/Si」が1.3と極めて低くなっているが、それらの理由が不明である。すなわち、どのような材料を用いてどのように処理すれば水接触角の低下を抑制できるのかについての実施例及び比較例が極めて少なく、また、技術常識と必ずしも一致せず、当業者が実施できる程度に説明されていない。
(iii)比較例2について
明細書の比較例2では、防汚層におけるF/Si比率が、分析深さ1nmで18.7と、深さ2nmの21.3より減少している。ドライ及びウェットコーティングのいずれの成膜方法でも最表面ではF原子が現出すると考えられるが、比較例2ではSiが他の例と比較して最表面に現出し、F/Si比率が減少しており、その理由が不明であることから、F/Si比率(1nm深さ)を調整するために過度な試行錯誤を要する。
2 新規性、進歩性に係る申立理由についての判断
(1)証拠の記載事項等
ア 甲1
(ア) 甲1の記載事項
甲1には、図面とともに以下の事項が記載されている(下線は参考のため当審で付与した。以下同じ。)。
「[0001] 本発明は、光学部品に関する。」
「[0008] 本発明は上記従来技術が有する問題に鑑み、透明基体上に、低反射膜、防汚膜が積層された光学部品において、防汚膜の耐久性を高めた光学部品を提供することを目的とする。」
「[0009] 上記課題を解決するため本発明は、透明基体と、
前記透明基体上に積層された低反射膜と、
前記低反射膜上に積層された防汚膜と、を有しており、
前記防汚膜の表面粗さRaが3nm以下である光学部品を提供する。」
「[0010] 本発明においては、透明基体上に、低反射膜、防汚膜が積層された光学部品において、防汚膜の耐久性を高めた光学部品を提供できる。」
「[0015] 本実施形態の光学部品について図1を用いて説明する。図1は、本実施形態の光学部品10の断面図を模式的に示したものであり、透明基体11上に低反射膜12と、該低反射膜12上に防汚膜13が積層された構成を有している。・・・」
「[0097] まず、防汚膜材料A(ダイキン社製、商品名:オプツール(登録商標)DSX剤)を加熱容器内に導入した。その後、加熱容器内を真空ポンプで10時間以上脱気して溶液中の溶媒除去を行って、フッ素含有有機ケイ素化合物被膜形成用の組成物とした。」
「[0139]
[表1]
[図:0001406712000001.jpg]
」
「[0049] 次に防汚膜13について説明する。防汚膜13はフッ素含有有機ケイ素化合物により構成できる。
[0050] ここで、フッ素含有有機ケイ素化合物について説明する。本実施形態で用いるフッ素含有有機ケイ素化合物としては、防汚性、撥水性、撥油性を付与するものであれば特に限定されず使用できる。
[0051] このようなフッ素含有有機ケイ素化合物としては例えば、ポリフルオロポリエーテル基、ポリフルオロアルキレン基及びポリフルオロアルキル基からなる群から選ばれる1つ以上の基を有するフッ素含有有機ケイ素化合物を好ましく利用できる。なお、ポリフルオロポリエーテル基とは、ポリフルオロアルキレン基とエーテル性酸素原子とが交互に結合した構造を有する2価の基のことである。
[0052] このポリフルオロポリエーテル基、ポリフルオロアルキレン基及びポリフルオロアルキル基からなる群から選ばれる1つ以上の基を有するフッ素含有有機ケイ素化合物の具体例としては、下記一般式(I)~(V)で表される化合物等が挙げられる。」
「[0058][化2]
[図:0001406712000002.jpg]
式(IV)中、Rf2は、-(OC3F6)s-(OC2F4)t-(OCF2)u-(s、t、uはそれぞれ独立に0~200の整数)で表わされる2価の直鎖状ポリフルオロポリエーテル基であり、R2、R3は、それぞれ独立に炭素原子数1~8の一価炭化水素基(例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基等)である。X2、X3は独立に加水分解可能な基(例えば、アミノ基、アルコキシ基、アシロキシ基、アルケニルオキシ基、イソシアネート基等)またはハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)であり、d、eは独立に1~2の整数であり、c、fは独立に1~5(好ましくは1~2)の整数であり、aおよびbは独立に2または3である。」
(イ) 甲1の図示事項
[図1]
「
[図:0001406712000003.jpg]
」
(ウ) 甲1の認定事項
甲1の[0015]及び[図1]から、光学部品10は、透明基体11上に防汚膜13が積層された構成を有しているといえる。
(エ) 甲1に記載された発明
上記(ア)~(ウ)から、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「透明基体11上に低反射膜12と、該低反射膜12上に防汚膜13が積層された、光学部品10。」
イ 甲2
甲2には、図面とともに以下の事項が記載されている。
(ア) 甲2の記載事項
「【0001】
本発明は、防汚膜付き基体およびその製造方法に関する。」
「【0007】
本発明は、撥水性等の防汚性に優れるとともに、繰り返しの拭き取り操作等に対して防汚性の低下が抑制された耐摩耗性に優れる、含フッ素有機ケイ素化合物被膜を有する防汚膜付き基体およびその製造方法の提供を目的とする。」
「【0018】
図1は、本発明の防汚膜付き基体の一実施形態を示す断面図である。実施形態の防汚膜付き基体1は、透明基体2と、この透明基体1の主面に形成された酸化ケイ素膜3と、この酸化ケイ素膜3の表面に形成された含フッ素有機ケイ素化合物被膜4とを有する。・・・」
(イ) 甲2の図示事項
【図1】
「
[図:0001406712000004.jpg]
」
(ウ) 甲2の認定事項
甲2の【0018】及び【図1】から、防汚膜付き基体1は、透明基体2の主面に形成された酸化ケイ素膜3と、この酸化ケイ素膜3の表面に形成された含フッ素有機ケイ素化合物被膜4とを有しているといえる。
(エ) 甲2に記載された発明
上記(ア)~(ウ)から、甲2には、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「透明基体2の主面に形成された酸化ケイ素膜3と、この酸化ケイ素膜3の表面に形成された含フッ素有機ケイ素化合物被膜4とを有する、防汚膜付き基体1。」
ウ 甲3
甲3には、図面とともに次の事項が記載されている。
(ア) 甲3の記載事項
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、ディスプレイ(液晶ディスプレイ、CRTディスプレイ、プロジェクションディスプレイ、プラズマディスプレイ、ELディスプレイ等)の表示画面表面に適用される反射防止フィルム、光学機能性フィルム及びこれらを有する表示装置に関するものである。」
「【0011】本発明は、以上のような従来技術の課題を解決しようとするものであり、擦過による反射防止層の表面に傷が付きにくく、反射防止層の剥離のない反射防止フィルムを提供することを目的とする。」
「【0022】透明プラスチックフィルム基材の少なくとも片面に、ハードコート層、プライマー層、反射防止層、防汚層を形成し、反射防止層が高屈折率層と低屈折率層を交互に積層し、積層数が4層の場合を図1に示す。」
「【0085】
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の反射防止フィルムの一例を示す断面図である。
・・・
【符号の説明】
1:透明プラスチックフィルム基材
2:ハードコート層
3:プライマー層
4:反射防止層
4-a:高屈折率層
4-b:低屈折率層
5:防汚層
6:反射防止フィルム」
(イ) 甲3の図示事項
【図1】
「
[図:0001406712000005.jpg]
」
(ウ) 甲3の認定事項
甲3の【0022】、【0085】及び【図1】から、反射防止フィルム6において、透明プラスチックフィルム基材1の少なくとも片面に、ハードコート層2、プライマー層3、反射防止層4、防汚層5を厚さ方向に順に形成しているといえる。
(エ) 甲3に記載された発明
上記(ア)~(ウ)から、甲3には、次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「透明プラスチックフィルム基材1の少なくとも片面に、ハードコート層2、プライマー層3、反射防止層4、防汚層5を厚さ方向に順に形成した、反射防止フィルム6。」
エ 甲4
甲4には、図面とともに次の事項が記載されている。
(ア) 甲4の記載事項
「【請求項4】コーティング物品の表面をX線光電子分光法で測定し、表面からの光電子脱出角度が90度のときの分析値が、炭素数を1としたときの原子数割合で、フッ素原子が0.65以上、2.5以下の範囲、酸素原子が0.01以上、8.5以下の範囲、硅素原子が0以上、4.3以下の範囲になり、表面からの光電子脱出角度が60度のときの分析値で炭素数を1としたときの原子数割合が、フッ素が0.65以上、2.8以下の範囲、酸素原子が0.01以上、4.3以下の範囲、硅素原子が0以上、2.2以下の範囲であることを特徴とする請求項1記載のコーティング物品。」
「【0014】被膜の塗布状態は、接触角、反射干渉色による間接的測定の他に、透過型電子顕微鏡による断面の観察や、X線電子分光法(ESCA,XPS)で表面の元素分析を行うことにより確認できる。X線電子分光法では、表面近傍を構成する原子の種類、濃度および結合状態を分析することができる。X線を試料表面にあてる角度により、10nmまでの深さの化学構造を知ることができる。有機物の場合は、90度で約10nmの深さまで、60度で約5nmの深さまで分析できる。」
「【表2】
[図:0001406712000006.jpg]
」
(イ) 甲4の認定事項
甲4の【請求項4】、【0014】、【表2】から、コーティング物品の表面をX線光電子分光法で測定し、表面からの光電子脱出角度が90度で約10nmの深さまで、60度で約5nmの深さまで分析できるといえる。また、表2には、検出角度90度の場合と、検出角度60度の場合の、「F/C」、「Si/C」比率が示されている。
(ウ) 甲4に記載された事項
上記(ア)、(イ)から、甲4には、次の事項(以下「甲4記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「コーティング物品の表面をX線光電子分光法で測定し、表面からの光電子脱出角度が90度で約10nmの深さまで、60度で約5nmの深さまで分析できること。また、検出角度90度の場合と、検出角度60度の場合の「F/C」、「Si/C」比率が示されていること。」
オ 甲5
甲5には、ダイキン工業 オプツールシリーズに関し、オプツールDSX-Eについて、次の事項(以下「甲4記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「
[図:0001406712000007.jpg]
」
カ 甲6
甲6の527頁第12~18行、第537頁第4~12行、第538頁2~11行の記載から、甲6には、次の事項(以下「甲6記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「末端にアルコキシシラノ基を持つパーフルオロポリエーテル化合物を防汚層に用いた場合、アルコキシシランが基材表面に吸着反応するとともに、疎水基であるパーフルオロポリエーテル基が最表面を形成すること、オプツールDSXでは、パーフルオロポリエーテル(PFPE)基が基材表面に横たわって液滴が付着しても表面に浮いた状態となり拭き取りやすいこと。」
キ 甲7
甲7の第35~46頁、表2の記載から、甲7には、甲6と同様の記載事項に加え、次の事項(以下「甲7記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「オプツールがガラスにも樹脂にも、また、ドライでもウエットでも適用可能であること。」
ク 甲8
甲8の第290頁第1~第291頁第19行の記載から、甲8には、次の事項(以下「甲8記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「反射防止フィルム表面に用いられる防汚剤としてアルコキシシラノ基を持つフッ素系化合物を用いて表面層にコーティングすること、オプツールDACはフッ素鎖の表面張力により塗膜表面に偏在化し、表面にフッ素層を形成し防汚性を発揮すること。」
ケ 甲9
甲9の【請求項1】、【0024】、【0031】、【0041】から、甲9には、次の事項(以下「甲9記載事項」という。)が記載されていると認められる。
「撥水撥油層の市販品として、ダイキン工業社製のオプツール(登録商標DSX)が挙げられること。」
(2)甲1発明に基づく新規性、進歩性について
ア 本件発明と甲1発明を、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比する。
甲1発明の「透明基体11上に低反射膜12と、該低反射膜12上に防汚膜13が積層され」ることは、本件発明1の「透明基材と防汚層とを厚さ方向に順に備え」ることに相当する。
また、甲1発明の「光学部品10」と、本件発明1の「防汚層付き光学フィルム」とは、いずれも防汚層を備えた光学部品であることから、「防汚層付き光学部品」の限りにおいて一致する。
以上を総合すると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
<一致点>
「透明基材と防汚層とを厚さ方向に順に備えた、
防汚層付き光学部品。」
<相違点1>
本件発明1では「防汚層における透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」のに対し、甲1発明では「分析深さ1nmにおける」「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」が明らかでない点。
<相違点2>
「防汚層付き光学部品」に関して、本件発明1では、「防汚層付き光学フィルム」であるのに対し、甲1発明では、光学部品10である点。
イ 事案に鑑み、相違点1について検討する。
甲1の他の記載を参照しても、また、甲4~甲9を参照しても、甲1発明における「防汚層における透明基材とは反対の表面側」が「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」点については、記載も示唆もされておらず、技術常識でもないから、実質的な相違点である。
ウ 上記相違点1に関し、「(1)ア(ア)」の記載から、甲1に記載された防汚膜として「ダイキン社製、商品名:オプツール(登録商標)DSX剤」が使用され、防汚膜を形成するフッ素含有有機ケイ素化合物として、上記化合物(IV)が記載されていることが理解できるものの、「防汚層における透明基材とは反対の表面側」が「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」点については、他の証拠(甲4記載事項~甲9記載事項)を勘案しても、そのような構成を動機付ける証拠が示されていない。
そうすると、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たものではない。
エ よって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明ではなく、また、甲1発明及び甲4~甲9記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また、本件発明2~7は、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるところ、本件発明1が甲1発明ではなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明2~7は甲1発明ではなく、本件発明2~7は甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3) 甲2発明又は甲3発明に基づく新規性、進歩性について
本件発明1と甲2発明又は甲3発明と対比すると、甲1発明と同様、本件発明1の「防汚層における透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」との構成が特定されていないことで相違する。
そして、この構成を動機付ける証拠は示されていない。
よって、本件発明1~6は甲2発明又は甲3発明ではなく、本件発明1~7は甲2発明及び甲4~甲9記載事項に基いて、又は甲3発明及び甲4~甲9記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
3 明確性に係る申立理由についての判断
請求項1の「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」なる記載は、「防汚層における前記透明基材とは反対の表面側」の「分析深さ1nm」において「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」を特定するものであり、「X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」について何ら不明確な点はないから、請求項1に係る発明及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2~7に係る発明は、明確である。
よって、申立人の明確性に係る主張は採用できない。
4 サポート要件に係る申立理由についての判断
本件明細書の段落【0005】の記載を参照すると、本件発明は「防汚層の防汚性の低下を抑制するのに適した、防汚層付き光学フィルムを提供する」ことが、発明が解決しようとする課題である。
ここで、発明の詳細な説明には以下の記載がある。
「【0070】光学フィルムFでは、上述のように、防汚層30の表面31の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率(F/Si,原子数比率)は、分析深さ1nmにおいて、20以上であり、好ましくは22以上、より好ましくは24以上、更に好ましくは26以上である。また、前記比率は、分析深さ1nmから分析深さ5nmにかけて、好ましくは単調減少する。これら構成は、表面31において、有機フッ素化合物の末端フッ化アルキル基に起因する高い疎水性と高い疎油性との重畳的発現により、優れた防汚性を発現させるのに適する。加えて、比率(F/Si)に関する上記構成は、表面31において末端フッ化アルキル基が配向性高く緻密に配置される状態を確保するのに適する。表面31において末端フッ化アルキル基が配向性高く緻密に配置されるほど、表面31の劣化が抑制され、従って、防汚層30の防汚性の低下が抑制される。」
他方、本件発明1は「前記防汚層における前記透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率が、分析深さ1nmでは20以上である」と記載されているように、「分析深さ1nm」における「前記防汚層における前記透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」を特定の数値範囲に特定することにより、これを解決したものと理解でき、当該「Siに対するFの比率」に係る数値範囲では、課題を解決できないとする証拠等もない。
そうすると、本件発明1~7は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、発明の詳細な説明に記載されたものである。
よって、申立人のサポート要件に係る主張は採用できない。
5 実施可能要件に係る申立理由についての判断
本件特許の請求項1で特定されている、「分析深さ1nm」における「前記防汚層における前記透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」の要件を満足する「防汚層」については、本件明細書の発明の詳細な説明の【0075】~【0085】、【0092】【表1】に、実施例1~2及び比較例1~2が示されており、また、【0086】~【0091】の防汚層における分析、測定手法、及び試験方法も開示されている。
そうしてみると、本件特許の請求項1において特定されている「分析深さ1nm」における「前記防汚層における前記透明基材とは反対の表面側の、X線光電子分光法での元素分析によって検出されるSiに対するFの比率」の要件を満足する「防汚層」を構成するにあたり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものでもない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項1~7に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、申立人の実施可能要件に係る主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件特許の請求項1~7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり、決定する。
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2023-700765