特許拒絶査定不服審判
2023-015065
治療的低密度リポタンパク質関連タンパク質6(LRP6)多価抗体の組成物および使用方法
- 審判番号
- 2023-015065
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-216739
- 請求日
- 2023年09月07日
- 審決日
- 2025年08月26日
- 公報発行日
- 2026年02月27日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ノバルティス アーゲー
- 【請求人代理人】小林 浩
- 【請求人代理人】片山 英二
- 【請求人代理人】大森 規雄
- 【請求人代理人】箱田 満
- 分類
- P18 .536-Z (C07K) / P18 .537-Z (C07K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-216739「治療的低密度リポタンパク質関連タンパク質6(LRP6)多価抗体の組成物および使用方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 2年 4月23日出願公開、特開2020- 63262〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成23年5月5日(パリ条約による優先権主張 2010年5月6日(US)アメリカ合衆国))を国際出願日とする特願2013-508500号の一部を新たな特許出願とした特願2017-157638号の一部を、令和元年11月29日にさらに新たな特許出願としたものであって、その主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和 4年 7月 4日 :意見書及び手続補正書の提出
同年10月11日付け:拒絶理由通知
令和 5年 4月17日 :意見書の提出
同年 4月25日付け:拒絶査定
同年 9月 7日 :審判請求書及び手続補正書の提出
第2 本願発明
本願の請求項に係る発明は、令和5年9月7日提出の手続補正によって補正された特許請求の範囲における請求項1に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
LRP6標的受容体の2つの異なる結合部位に対する少なくとも2つの受容体結合ドメインを含む二パラトープ抗体またはその抗原結合断片であって、第1の受容体結合ドメインはβ-プロペラ1ドメインに結合し、第2の受容体結合ドメインは同じLRP6標的受容体上のβ-プロペラ3ドメインに結合し、前記LRP6標的受容体のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインへの前記第1および第2の受容体結合ドメインの結合がWnt-1およびWnt-3またはWnt-3aシグナル伝達経路を阻害し、かつ、前記二パラトープ抗体またはその抗原結合断片がWntシグナルの有意な増強を示さない、二パラトープ抗体または抗原結合断片。」
第3 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、次のとおりのものである。
1 理由1(実施可能要件)
本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
2 理由2(サポート要件)
本願発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
第4 当審の判断
当審は、以下に示すように、本願発明に対する原査定の拒絶の理由1及び2について、依然として解消していないと判断する。
1 拒絶理由1(実施可能要件)について
(1-1)本願明細書等の記載事項
本願明細書の発明の詳細な説明には、以下(1-1-ア)~(1-1-キ)の事項が記載されている。下線は当審による。
(1-1-ア)「本明細書において用いる“二パラトープ抗体”の用語は、同じ標的受容体上の2つの異なるエピトープに結合する抗体、例えば、単一のLRP6受容体上のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインに結合する抗体をいう。該用語は、少なくとも2つのLRP6受容体のβ-プロペラ1およびβ-プロペラ3ドメインの両方に結合する抗体、例えば四価の二パラトープ抗体をも含む。」([0072])
(1-1-イ)「二量体LRP6抗体(例えばIgG)は、例えば内在性LRP6の二量体化を通じて、細胞をWntシグナル伝達に対して強く感作させる。」([0127])
(1-1-ウ)「Wnt1 Fabが全長 Wnt1 IgGに変換されると、該Wnt1 IgGは2つのLRP6受容体のβ-プロペラ1ドメインに結合し、Wntリガンド、例えば Wnt3の存在下においてWnt1経路を遮断するが;シグナル活性化がWnt3経路を介して生じ、それが増強される。作用の理論を提供する必要はないが、1つの可能なメカニズムは、IgGクラスターが各LRP6受容体のβ-プロペラ1ドメインに結合することによって2以上のLRP6受容体を一緒にし、それがWnt3リガンドの存在下においてWnt3経路を介するより強いシグナルをもたらすというものである。LRP6受容体の二量体化は、おそらくはLRP6を含む様々な相互作用のアビディティーの増大を通じて、Wntシグナル伝達を促進する。」([0128])
(1-1-エ)「Fab断片からのLRP6抗体の、IgGへの変換は、Wntシグナルを促進する。293T/17 STFレポーター分析において、プロペラ1抗-LRP6 IgGは、Wnt1-依存性を阻害し、そして、Wnt3A-依存性シグナリングを促進する。同様に、図5に示されるように、プロペラ3抗-LRP6 IgGは、Wnt3A-依存性を阻害し、そして、Wnt1-依存性シグナリングを促進する。」([0477]、実施例5)
(1-1-オ)「別の予想外の発見は、Wntリガンドの存在下での、二価IgGフォーマットにおける抗体のWnt-増強活性であった。IgGフォーマットにおいて試験された全ての抗体は、STF Lucレポーター遺伝子分析において、Wnt1またはWnt3Aシグナリングを増進した。興味深いことに、Wnt1を阻害し、そして、Wnt3A分析において不活性であった大半のFabは、いまだIgGとしてWnt1を阻害したが、Wnt3Aシグナリングを増強し、そして、逆の場合も同じであった。…これらのデータは、異なるWntタンパク質が、シグナリングのために、異なるLRP6のプロペラに結合することを示す。二価LRP6抗体を用いたLRP6の二量化は、それだけでWntシグナルを刺激するに十分ではないが、他のクラスのWntタンパク質によって開始するWntシグナルを増強することができる。これらの発見は、異なる正準Wntリガンドが、LRP6上の異なる結合部位を用いること、および全ての二価抗体が、非-ブロックWntFab(一本鎖抗体、ユニボディ)の存在下で、IgGフォーマットにおけるWnt活性を増進することを実証する。」([0495]、実施例11)
(1-1-カ)「MOR06475、MOR08168、およびMOR08545 scFvおよびFabコンストラクト、ならびにいくつかの二パラトープフォーマットの活性を、HEK293STF分析において評価した(図17および18)。まとめると、データは、プロペラ1IgG(MOR08168)が、STF分析において、Wnt3などのプロペラ3リガンドを増強しながら、Wnt1などのプロペラ1リガンドを阻害することを示す。プロペラ3scFv6475は、Wnt1などのプロペラ1リガンドに対する活性がないながら、Wnt3などのプロペラ3リガンドを阻害する。さらに、MOR08168/6475二パラトープ抗体は、プロペラ1およびプロペラ3リガンドの両方に対する活性を有し、そして、HEK293 Wnt STF分析において、適用されるいかなる濃度においても、増強する活性を有さない。」([0542]、実施例12)
(1-1-キ)「この研究において産生される二パラトープ抗-LRP6 Ig-scFvフォーマットの略図は、図15に提示される。図15Aは、IgGのC-末端に付着するscFv scFvを表し;15Bは、FcのN-末端に付着したscFv scFvを;15Cは、FcのC-末端に付着するscFv scFvを表し;そして、15Dは、FcのN-およびC-末端に付着するscFv scFvを表す。」([0544]、実施例12)
ここで、図15は以下のとおりである。
[図15]
[図:0001431490000001.jpg]
(1-2)検討
「第2 本願発明」の項で認定したように、本願発明は以下のとおりである。
「LRP6標的受容体の2つの異なる結合部位に対する少なくとも2つの受容体結合ドメインを含む二パラトープ抗体またはその抗原結合断片であって、第1の受容体結合ドメインはβ-プロペラ1ドメインに結合し、第2の受容体結合ドメインは同じLRP6標的受容体上のβ-プロペラ3ドメインに結合し、前記LRP6標的受容体のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインへの前記第1および第2の受容体結合ドメインの結合がWnt-1およびWnt-3またはWnt-3aシグナル伝達経路を阻害し、かつ、前記二パラトープ抗体またはその抗原結合断片がWntシグナルの有意な増強を示さない、二パラトープ抗体または抗原結合断片。」(下線は当審による。)
ここで、前記(1-1-ア)に示したように、二パラトープ抗体は、少なくとも2つの受容体結合ドメインを含む、すなわち二価以上であること以外には、その価数や各結合ドメインの数が特定されていないから、二価以上の様々な価数・各結合ドメイン数を有する抗体が包含されると認められる。つまり、本願発明の二パラトープ抗体には、β―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインをそれぞれ一価以上含む二価以上の抗体が包含される。この点については、前記(1-1-ア)に示したように、本願明細書には四価の二パラトープ抗体が例示の一つとして挙げられていることからも理解することができる。
本願発明に関し、前記(1-1)の発明の詳細な説明の記載事項をまとめると、本願明細書には、以下(1-2-ア)~(1-2-ウ)が記載されているといえる。
(1-2-ア)β―プロペラ1ドメインまたはβ―プロペラ3ドメインに対する二価抗体であるIgGは、2つのLRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインまたはβ―プロペラ3ドメインに結合することによって、2つのLRP6受容体を二量体化し、クラスターを形成すること(前記(1-1-イ)、(1-1-ウ)、(1-1-オ))。
(1-2-イ)クラスターが形成されると、当該二価抗体によりブロックされていない側のβ―プロペラドメインに結合するWntリガンドを介したWntシグナル伝達に対する感作性が向上されること(前記(1-1-イ)、(1-1-ウ))。
(1-2-ウ)当該感作性の向上により、ブロックされていない方のβ―プロペラドメインに結合するWntリガンドの存在下において、当該Wntリガンドを介するWntシグナル経路が増強されること(前記(1-1-ウ)、(1-1-エ)、(1-1-オ))。
そして、前記(1-1-カ)及び(1-1-キ)の記載から、以下(1-2-エ)及び(1-2-オ)の点が理解できる。
(1-2-エ)本願明細書実施例で用いられるMOR08168/6475二パラトープ抗体等は、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体であること。
(1-2-オ)当該四価の二パラトープ抗体を用いることにより、2つのLRP6受容体が二量化されてクラスターが形成されても、LRP6受容体クラスターにおけるβ―プロペラ1ドメインおよびβ―プロペラ3ドメインが当該四価の二パラトープ抗体によりブロックされ、Wnt1リガンドまたはWnt3リガンドの存在下でも、Wnt1シグナル伝達及びWnt3シグナル伝達の両方の増強を示さないこと。
ここで、当該四価の二パラトープ抗体がWntシグナルの増強を示さない理由は、同じLRP6受容体上のβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインを含む、LRP6受容体クラスターにおけるβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインの全てをブロックするためであるといえる。これは、前記(1-2-イ)、(1-2-ウ)からみて、2つのLRP6受容体が二価抗体により二量化されてクラスターが形成された場合、Wntタンパク質によって開始するWntシグナル経路がブロックされずに残存していると、当該Wntタンパク質によるWntシグナルが増強されてしまうと理解することができるためである。そのため、例えば二価や三価の二パラトープ抗体、あるいは、β―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを三価とβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを一価有する四価の二パラトープ抗体を用いた場合には、LRP6受容体が当該抗体により二量体化された際に、ブロックされていないフリーのβ―プロペラ1ドメインまたはβ―プロペラ3ドメインが残存するため、Wntシグナルが増強されることとなる。
また、本願明細書のその他の記載を参酌しても、「Wntシグナルの有意な増強を示さない」二価や三価の二パラトープ抗体を実際に作製したことは開示されていないし、例えば二価や三価の二パラトープ抗体について、「Wntシグナルの有意な増強を示さない」という機能を発揮するために抗体の立体構造や受容体結合ドメイン間の距離をどのように設計したらよいのかについて開示がなく、当業者がこれらを理解するための技術常識を見いだすこともできない。
してみると、本願明細書の記載や本願出願時の技術常識を参照しても、当業者は、「Wntシグナルの有意な増強を示さない」、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体を作製することはできても、本願発明に包含される、これ以外の様々な価数・各結合ドメイン数を有する二パラトープ抗体を作製することができるとは理解できない。
(1-3)意見書における請求人の主張について
原査定の拒絶の理由となった令和4年10月11日付け拒絶理由通知に対し令和5年4月17日に提出された意見書において、請求人は概略以下の点を主張している。
(1-3-ア)二パラトープ抗体を含む抗体の生成は本願優先日時点でよく知られており、日常的なプロセスである。二パラトープ抗体の構築は、同じ標的上の異なるエピトープ、例えばLRP6のプロペラ1およびプロペラ3に結合するものを認識する個々のバインダーを組み合わせることと同等程度に簡単であり得る。
(1-3-イ)抗体および二パラトープ抗体生成のために、選択されたプロペラドメインおよび細胞外ドメインを含む組換えおよび/または可溶性LRP6コンストラクトが容易に入手可能であった。LRP6のこれらの組換え細胞外ドメインは本願請求項に記載のような二パラトープ抗体を生成するために、本願出願時に当技術分野で知られている従来の方法を使用して、異なる形式のプロペラ1およびプロペラ3抗体バインダーを生成および調製するために使用することができる。
(1-3-ウ)本願当初明細書の表1には、本願発明の二パラトープ抗体に組み入れることができる、実施例で評価されたLRP6β-プロペラ1バインダーおよびLRP6β-プロペラ3バインダーのアミノ酸配列および核酸配列を記載している。本願明細書の実施例には、MOR08168等のβ-プロペラ1バインダーやMOR06475等のβ-プロペラ3バインダーの機能やLRP6エピトープについて開示され、実施例12~15は、表1に列挙されたβ-プロペラ1バインダーおよびβ-プロペラ3バインダーに由来する二パラトープ抗体の機能的特徴付けが記載されている。この二パラトープ抗体は動物モデルにおいてWnt1またはWnt3のいずれかによって駆動される腫瘍の退縮を誘導するためのインビボでの驚くべき効力を実証する。
(1-3-エ)新たなβ-プロペラ1バインダーおよびβ-プロペラ3バインダーを提供すること、ならびにそれらを試験する実施例に加えて、本願明細書は、当技術分野で公知の方法を使用して、LRP6媒介Wntシグナル伝達、および抗体結合親和性を測定するために使用され得る種々の方法をさらに記載している。当業者は、ELISAまたはルシフェラーゼアッセイなどのアッセイによって測定される関連シグナル伝達活性の減少を観察することによって、Wntシグナルの有意な増強を示さないWnt-1およびWnt-3またはWnt-3aシグナル伝達を阻害する二パラトープ抗体を容易に同定することもできる。
上記主張点について検討するに、これらの主張はいずれも、二パラトープ抗体の一般的な生成・調製及び試験方法(主張点(1-3-ア)、(1-3-イ)、1-3-エ))、及び、本願明細書の実施例において特定のβ-プロペラ1ドメインバインダー及びβ-プロペラ3ドメインバインダーに由来する二パラトープ抗体について機能等が確認されている旨(主張点(1-3-ウ))について説明するにとどまり、前記「(1-2)検討」の項目で述べた、「本願明細書の記載や本願出願時の技術常識を参照しても、当業者は、「Wntシグナルの有意な増強を示さない」、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体を作製することはできても、本願発明に包含される、これ以外の様々な価数・各結合ドメイン数を有する二パラトープ抗体を作製することができるとは理解できない。」という判断に対する反証となるものではない。
特に、主張点(1-3-ア)及び(1-3-イ)について、抗体が同じ標的上の異なるエピトープに結合するか否かは、抗体と標的との間の空間的位置関係に依存するものである。これに関し、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体であれば、LRP6受容体クラスターにおけるβ―プロペラ1ドメインおよびβ―プロペラ3ドメインの全てが二パラトープ抗体によりブロックされるため、同じ標的上の異なるエピトープに結合可能であることは理解できるものの、それ以外の、例えば二価の二パラトープ抗体については、1つのLRP6受容体のβ-プロペラ1ドメインと、それとは異なるLRP6受容体のβ-プロペラ3ドメインに結合する能力も当然に有しているのであり(以下、「例α」という。)、そのような状況下、二価の二パラトープ抗体をどのような立体構造等とすれば、2つのLRP6受容体の一方のβ-プロペラ1ドメインと他方のβ-プロペラ3ドメインと結合することなく、同じLRP6受容体上のβ-プロペラ1ドメインとβ-プロペラ3ドメインに必ず結合するものを作成可能であるのかについて、何ら説明・立証がなされていない。
また、主張点(1-3-ア)、(1-3-イ)及び(1-3-エ)について、二パラトープ抗体を生成し機能を確認する方法自体が公知であったとしても、四価の二パラトープ抗体ではない場合、すなわち、例えば二価や三価の二パラトープ抗体について、標的となるLRP6受容体においてWntタンパク質により開始するWntシグナル経路がブロックされず残存する場合に、どのようにすれば「Wntシグナルの有意な増強を示さない」二パラトープ抗体を製造することが可能であるのか、何ら手掛かりは示されていない。主張点(1-3-ウ)も、2つのLRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインの両方に結合する四価の二パラトープ抗体に関するものであるため、この点に対する説明にはならない。
してみると、上記意見書の主張を検討しても、依然として、当業者は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体を作製することはできても、本願発明に包含されるこれ以外の二パラトープ抗体を作製することができるとは理解できない。
(1-4)審判請求書における請求人の主張について
請求人は、審判請求書において「本願明細書の記載から、本願請求項1に係る発明が実施可能要件及びサポート要件を満たすことを当業者が理解できるものと思料いたします。」と述べるだけで、何ら具体的な主張をしていないので、主張を採用することはできない。
(1-5)小括
以上からみて、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
2 理由2(サポート要件)について
(2-1)本願明細書の記載事項
本願明細書には、前記1(1-1)で示した事項が記載されている。
(2-2)検討
「第2 本願発明」の項で認定したように、本願発明は、「LRP6標的受容体の2つの異なる結合部位に対する少なくとも2つの受容体結合ドメインを含む二パラトープ抗体またはその抗原結合断片であって、第1の受容体結合ドメインはβ-プロペラ1ドメインに結合し、第2の受容体結合ドメインは同じLRP6標的受容体上のβ-プロペラ3ドメインに結合し」という抗体の結合ドメイン及びそれらの標的に関する発明特定事項と、「前記LRP6標的受容体のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインへの前記第1および第2の受容体結合ドメインの結合がWnt-1およびWnt-3またはWnt-3aシグナル伝達経路を阻害し、かつ、前記二パラトープ抗体またはその抗原結合断片がWntシグナルの有意な増強を示さない、」という特性に関する発明特定事項とにより特定された、「二パラトープ抗体または抗原結合断片」である(下線は当審による。)。
ここで、本願発明の上記二パラトープ抗体は、少なくとも2つの受容体結合ドメインを含む、すなわち二価以上であること以外には、その価数や各結合ドメインの数が特定されていないから、二価以上の様々な価数・各結合ドメイン数を有する抗体が包含されると認められる。この点については、前記1(1-1-ア)に示したように、本願明細書には四価の二パラトープ抗体が例示の一つとして挙げられていることからも理解することができる。
一方、前記1(1-2)のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明には、MOR08168/6475二パラトープ抗体のような、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体を用いた場合に、Wnt-1およびWnt-3またはWnt-3aシグナル伝達経路を阻害し、かつ、前記二パラトープ抗体がWntシグナルの有意な増強を示さないことが記載されているのみである。そして、このように当該四価の二パラトープ抗体がWntシグナルの増強を示さない理由は、前記1(1-2)のとおり、同じLRP6受容体上のβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインを含む、LRP6受容体クラスターにおけるβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインの全てをブロックするためであるといえる。
しかし、上記のような四価の二パラトープ抗体ではない場合、すなわち、例えば二価や三価の二パラトープ抗体では、標的となるLRP6受容体が二量体化するとともに、Wntタンパク質により開始するWntシグナル経路がブロックされずに残存することが起こり得るのであるから、そのような抗体であって実際にWntシグナルの有意な増強を示さないものが存在すると理解することはできない。換言すれば、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体以外の二パラトープ抗体は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。
そうすると、本願出願時の技術常識に照らしても、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体以外の二パラトープ抗体をも包含する本願発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できない。
(2-3)意見書における請求人の主張について
原査定の拒絶の理由となった令和4年10月11日付け拒絶理由通知に対し令和5年4月17日に提出された意見書において、請求人は概略以下の点を主張している。
(2-3-ア)本願明細書は、例えば、段落0199~0204、0232~0240、0258~265および表1にあるように、第2の受容体結合ドメインに連結された第1の受容体結合ドメインを含む二パラトープ抗体についての十分な記載を示している。機能に関して、本願発明の二パラトープ抗体は動物モデルにおいて、Wnt1またはWnt3によって引き起こされる、腫瘍の退縮を誘導する驚くべき有効性をインビボにおいて示している。
(2-3-イ)本願発明の二パラトープ抗体は本願明細書(例えば、表1および明細書全体)に開示された抗体アミノ酸配列および核酸配列を用いて、本願発明の技術分野における優先日時点の知識と共に、生成し、試験することができる。例えば、表1は3つの異なるLRP6β-プロペラ3抗体バインダー、ならびに3つの異なるLRP6β-プロペラ3バインダーについてのCDR、VH、およびVLヌクレオチドおよびアミノ酸配列を開示している。また、本願当初明細書にはLRP6に結合する単離された抗体が十分に記載されており、これは本願発明の抗体がそれらのCDRおよび/またはフレームワーク領域(例えば、表1に列挙される配列)において配列同一性を含み得ること、およびVH/VL配列およびCDR領域を「組み合わせて適合させ」てLRP6抗体を作成できることを示す。これらの抗体の機能は例えば、実施例2に記載され、これはMOR08168を含む、本願明細書の表1に列挙されるβ-プロペラ1バインダーが全て類似のレベルの活性を有し、そして特異的に減少したWnt1依存性シグナル伝達を有することを実証する。したがって、本願明細書に開示される例示的なP1およびP3抗体配列(例えば、表1のもの)のいずれも、同じLRP6標的受容体上でプロペラ1および3に結合することができる二パラトープ抗体を生成するために、代替IgG、scFv、または抗体可変VHおよび/またはVL領域において容易に生成され得、本願明細書に開示される豊富な教示に従う日常的な実験によって試験され得る。
(2-3-ウ)本願当初明細書は二パラトープ抗体を「同じ標的受容体上の2つの異なるエピトープに結合する抗体、例えば、単一のLRP6受容体上のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインに結合する抗体」と定義している。したがって、本願当初明細書に記載の事項と優先日時点の本願技術分野の技術常識を有する当業者は当然に、本願発明の二パラトープ抗体はLRP6受容体の二量体化をもたらさず、したがってWntシグナルを増強しない、同じLRP6標的受容体上のプロペラ1および3の両方に結合することができることを理解することができる。
(2-3-エ)異なるLRP6受容体上のβプロペラ1ドメインとβプロペラ3ドメインに結合する2価抗体であれば、クラスターを形成し、Wntシグナルの有意な増強を示すものと思われるが、本願発明の対象である二パラトープ抗体は、「同じ標的受容体上の2つの異なるエピトープに結合する抗体、例えば、単一のLRP6受容体上のβ-プロペラ1ドメインおよびβ-プロペラ3ドメインに結合する抗体」であるため、Wntシグナル経路の増強をもたらすクラスターを形成しない。また、本願明細書に定義しているように二パラトープ抗体は「同じ標的受容体上の2つの異なるエピトープに結合する抗体」であるため、二パラトープ抗体は二価や四価などの偶数の価数のものである。したがって、二パラトープ抗体はブロックされていないフリーのβ-プロペラ1またはβ-プロペラ3をもたらすことにならず、Wntシグナルの有意な増強を示さない。
上記主張点について検討するに、これらの主張はいずれも、本願発明の二パラトープ抗体の発明特定事項が発明の詳細な説明において文言上記載される旨(主張点(2-3-ア)、(2-3-ウ)及び(2-3-エ))、いくつかのLRP6受容体上のβ-プロペラ1ドメイン及びβ-プロペラ3ドメインバインダーのアミノ酸配列と二パラトープ抗体の調製・試験方法が示されている旨(主張点(2-3-イ))について、それぞれ説明するにとどまり、前記「(2-2)検討」の項目で述べた、「LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体以外の二パラトープ抗体をも包含する、本願発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない」という判断に対する反証となるものではない。
特に、主張点(2-3-エ)について、前記1(1-2)のとおり、二パラトープ抗体には、二価以上の様々な価数・各結合ドメイン数を有する抗体が包含されると認められるのであり、仮に、請求人の主張のとおり「二パラトープ抗体」が偶数の価数のもののみを意味するとしても、前記(2-2)で検討したとおり、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体以外の二パラトープ抗体は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されているとはいえないのであるから、この主張は失当である。また、主張点(2-3-ア)及び(2-3-ウ)について、請求人が主張の根拠とする本願明細書の記載を検討しても、四価の二パラトープ抗体ではない場合、すなわち、例えば二価や三価の二パラトープ抗体では、標的となるLRP6受容体が二量体化するとともに、Wntタンパク質により開始するWntシグナル経路がブロックされずに残存することが起こり得る(上述の例α参照)ところ、そのような抗体であって実際にWntシグナルの有意な増強を示さないものが存在すると当業者が理解できるような説明はない。
そして、主張点(2-3-イ)についても、表1に示された各バインダーであれば、それぞれがWnt1またはWnt3依存性シグナル伝達を阻害し得ることは把握し得るものの、これらを組み合わせた場合に、LRP6受容体クラスターにおけるβ―プロペラ1ドメイン及びβ―プロペラ3ドメインの全てをブロックし得る四価の二パラトープ抗体とする以外に、どのような構成とすればWntシグナルの有意な増強を示さない二パラトープ抗体となり得るのか、当業者は把握することができない。
してみると、上記意見書の主張を検討しても、依然として、LRP6受容体におけるβ―プロペラ1ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価、及びβ―プロペラ3ドメインに結合する受容体結合ドメインを二価有する四価の二パラトープ抗体以外の二パラトープ抗体をも包含する本願発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できない。
(2-4)審判請求書における請求人の主張について
請求人は、審判請求書において「本願明細書の記載から、本願請求項1に係る発明が実施可能要件及びサポート要件を満たすことを当業者が理解できるものと思料いたします。」と述べるだけで、何ら具体的な主張をしていないので、主張を採用することはできない。
(2-5)小括
以上からみて、本願発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから、本願発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、原査定の拒絶の理由のとおり、特許法第36条第6項第1号及び同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができないものである。
よって、結論のとおり決定する。
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2023-015065