特許拒絶査定不服審判
2023-013383
QOL改善剤
- 審判番号
- 2023-013383
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2018-215251
- 請求日
- 2023年08月09日
- 審決日
- 2025年02月21日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】株式会社神鋼環境ソリューション
- 【請求人代理人】弁理士法人三枝国際特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 淺野 美奈
- 審判官 加藤 友也
- 審判官 松本 陶子
- 分類
- P18 .575-Z (A23L) / P18 .121-Z (A23L)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2018-215251「QOL改善剤」拒絶査定不服審判事件〔令和 2年 6月 4日出願公開、特開2020- 80659〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成30年11月16日を出願日とする特許出願であって、令和4年10月27日付けで拒絶理由が通知され、令和5年2月27日に意見書及び手続補正書が提出され、同年同月28日(受付日)に手続補足書及び物件提出書が提出され、同年5月2日付けで拒絶査定がされ、同年8月9日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に特許請求の範囲を補正する手続補正書が提出され、同年同月10日(受付日)に手続補足書が提出されたものである。
第2 令和5年8月9日に提出された手続補正書による手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和5年8月9日に提出された手続補正書による手続補正を却下する。
[理由]
1 令和5年8月9日に提出された手続補正書による手続補正の内容
令和5年8月9日に提出された手続補正書による手続補正(以下、「本件補正」という。)は、本件補正により補正される前の(すなわち、同年2月27日に提出された手続補正書により補正された)下記(1)に示す特許請求の範囲の請求項1の記載を下記(2)に示す特許請求の範囲の請求項1の記載とする補正を含むものである。なお、下線は、補正箇所を示すためのものである。
(1)本件補正前の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】
ユーグレナ及び/又はパラミロンを含有する、精神的健康の改善を含むQOL改善剤。」
(2)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】
ユーグレナを含有する、QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善剤。」
2 本件補正の適否
(1)本件補正の目的
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1については、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項である「ユーグレナ及び/又はパラミロン」を「ユーグレナ」に限定するとともに「精神的健康」に「QOL尺度の」という限定を加えるものであり、しかも、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明と本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。
したがって、本件補正は、特許請求の範囲の請求項1について、特許法第17条の2第5項第2号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものである。
(2)独立特許要件の検討
そこで、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうかについて、検討する。
ア 引用文献5に記載された事項等
(ア)引用文献5に記載された事項
原査定の拒絶の理由において引用文献5として引用され、本願の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である国際公開第2018/186492号(以下、「引用文献5」という。)には、「ノンレム睡眠促進剤、ノンレム睡眠誘発剤、深睡眠促進剤、深睡眠誘発剤、睡眠改善剤、ノンレム睡眠促進用食品組成物、ノンレム睡眠誘発用食品組成物、深睡眠促進用食品組成物、深睡眠誘発用食品組成物、及び睡眠改善用食品組成物」に関して、おおむね次の記載がある。下線は予め付されたものと当審で付したものである。他の文献についても同様。
・「請求の範囲
[請求項1] ユーグレナ由来物質を有効成分として含有し、
ノンレム睡眠を促進するためのノンレム睡眠促進剤。
[請求項2] 前記ユーグレナ由来物質がユーグレナであることを特徴とする請求項1に記載のノンレム睡眠促進剤。」
・「背景技術
[0002] 睡眠は生活の約3分の1を占める重要な生理活動であるが、生活リズムの乱れ、ストレス、運動不足、高齢者の増加等により睡眠不足、不眠等の症状を訴えるヒトが増加している。睡眠不足や不眠は、眠気、倦怠、集中困難、精神運動機能低下、抑うつや不安など多様な精神・身体症状を伴うことが多い。不眠症は、生産性の低下、産業事故の増加など、様々な人的及び経済的損失をもたらすため、大きな課題の一つとなっている(非特許文献1)。」
・「発明が解決しようとする課題
[0008] 本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、日常的に継続して摂取することができ、効果的に睡眠の質を改善可能なノンレム睡眠促進剤、ノンレム睡眠誘発剤、深睡眠促進剤、深睡眠誘発剤、睡眠改善剤、ノンレム睡眠促進用食品組成物、ノンレム睡眠誘発用食品組成物、深睡眠促進用食品組成物、深睡眠誘発用食品組成物、及び睡眠改善用食品組成物を提供することにある。」
・「課題を解決するための手段
[0009] 本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、ユーグレナにノンレム睡眠促進作用、具体的には睡眠時間全体(SPT、入眠から最後の覚醒までの期間)におけるδパワー値を増加させる作用があることを見出し、本発明を完成するに至った。
[0010] 従って、前記課題は、本発明によれば、ユーグレナ由来物質を有効成分として含有し、ノンレム睡眠を促進するためのノンレム睡眠促進剤により解決される。
このとき、前記ユーグレナ由来物質がユーグレナであるとよい。」
・「[0015]<レム睡眠とノンレム睡眠>
レム睡眠は、急速眼球運動(Rapid Eye Movement、REM)を伴う睡眠であり、身体は筋骨格が弛緩して休息状態にあるが、脳が活動して覚醒状態にある。
ノンレム睡眠は、急速眼球運動を伴わない睡眠であり、意識がなくなり脳波が単純化した状態であって、脳の疲労回復に非常に重要であると考えられている。」
・「[0019] 「睡眠改善剤」とは、睡眠状態(睡眠の質、睡眠の時間)をヒトにとって都合のよい方向に改善する剤のことをいう。
睡眠状態は、例えば、入眠潜時(就寝からノンレム睡眠出現までの時間)、睡眠初期のノンレム睡眠の深さ、睡眠時間全体におけるノンレム睡眠の深さ、睡眠時間全体におけるノンレム睡眠時間の割合、起床時の眠気の程度、寝つき、熟眠感などの指標によって評価することができるがこれらの指標に限定されるものではない。
睡眠初期のノンレム睡眠とは、就寝直後(入眠直後)からレム睡眠の出現前に出現するノンレム睡眠を意味する。
「睡眠時間全体」とは、SPT(Sleeping Period Time、睡眠時間)のことをいい、入眠(寝付き、就寝)から最後の覚醒までの期間のことである。
ノンレム睡眠の深さは、睡眠中の脳波のδパワー値により評価でき、δパワー値が大きい場合には、睡眠の深さが深いと評価できる。」
・「[0021]<ノンレム睡眠促進剤、ノンレム睡眠誘発剤>
本実施形態に係る睡眠改善剤は、ユーグレナ由来物質を有効成分として含有し、ノンレム睡眠を促進するためのノンレム睡眠促進剤や、ノンレム睡眠を誘発するためのノンレム睡眠誘発剤としても用いることができる。」
・「[0027]<ユーグレナ>
本実施形態において、「ユーグレナ」とは、動物学や植物学の分類でユーグレナ属(Euglena)に分類される微生物、その変種、その変異種のすべてを含む。」
・「[0050]<用途>
実施形態に係るユーグレナ由来物質を有効成分として含有する睡眠改善剤は、睡眠障害や不眠症の確定診断を受けた患者に投与される。
また、本実施形態のユーグレナ由来物質を有効成分として含有する睡眠改善剤は、医薬組成物、健康食品等の食品組成物として構成され、睡眠障害や不眠症の自覚症状を発現した者や、睡眠障害や不眠症に罹患する可能性の高い者等、睡眠障害や不眠症の予備軍の者に、予防的に投与される。
・・・(略)・・・
[0052] 一般的に、睡眠障害や不眠症は、ストレス、生活リズムの乱れ、加齢、食生活など、様々な要因によって引き起こされることが知られている。
よって、本実施形態のユーグレナ由来物質を有効成分として含有する睡眠改善剤及び睡眠改善用食品組成物を、心理的ストレス・社会的ストレスのかかり易い環境にある人、例えば、心因性ストレスのかかりやすい職場、住環境にある人や試験等の準備中の人に対して、長期間継続投与できる。」
・「実施例
[0066] 以下、具体的実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
以下の実施例では、ユーグレナ由来物質としてユーグレナ粉末を用い、ユーグレナ粉末の継続摂取が睡眠に与える影響の検討を行った。具体的には、脳波計を用いてユーグレナ由来物質の摂取が睡眠に与える影響を検討した。
[0067]<実施例1>
ユーグレナ由来物質として、ユーグレナ・グラシリス粉末(ユーグレナ藻体、(株)ユーグレナ製)を用いた。
[0068]<試験1 ユーグレナ粉末を継続摂取する前後の脳波測定>
(試験方法)
40~60歳の被験者(女性)5名に、用量2g/日(朝1g、晩1g)、実施例1のユーグレナ・グラシリス粉末を、1か月間継続して経口で摂取させた。ユーグレナ・グラシリス粉末の摂取前、摂取2週間後、摂取4週間後の脳波をモニタリングした。
脳波の測定は、脳波計(スリープウェル株式会社製、機種名:スリープスコープ)を用いて行った。測定された脳波の解析は、スリープスコープ睡眠脳波解析プログラム(SEAS-G)を用いて行った。
[0069](試験1の結果)
結果を図1に示す。摂取期間が長くなるにつれて、睡眠時間全体(SPT、入眠から最後の覚醒までの期間)のδパワー値(δ波産生)が増加しており、摂取4週間目では、摂取前に対して有意差が得られた(**p<0.01、t検定)。
δパワー値は睡眠の深さと関連した指標であり、δパワー値が増加していることから、睡眠の深さが深くなっていることが示された。
従って、ユーグレナを継続摂取することにより、睡眠時間全体(SPT、入眠から最後の覚醒までの期間)のδパワー値が増加すること、つまり、睡眠時間全体のノンレム睡眠が深くなることがわかった。」
・「
[図:0001421866000001.jpg]
」
(イ)引用文献5に記載された発明
引用文献5に記載された事項を、特に[請求項1]及び[請求項2]に関して整理すると、引用文献5には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認める。
<引用発明>
「ユーグレナを有効成分として含有するノンレム睡眠促進剤。」
イ 引用発明との対比・判断
(ア)対比
本願補正発明と引用発明を対比する。
引用発明における「ノンレム睡眠促進剤」と本願補正発明における「QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善剤」は、「剤」という限りにおいて一致する。
そうすると、両者は次の点で一致する。
<一致点>
「ユーグレナを含有する剤。」
そして、両者は次の点で相違する。
<相違点>
「剤」に関して、本願補正発明においては「QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善剤」と特定されているのに対し、引用発明においては「ノンレム睡眠促進剤」と特定されている点。
(イ)相違点についての判断
そこで、相違点について検討する。
引用文献5の[0002]によると、睡眠不足や不眠は精神運動機能低下、抑うつや不安などの多様な精神・身体症状を伴うものであるから、睡眠不足や不眠の改善は精神運動機能低下、抑うつや不安などの多様な精神・身体症状の改善につながるものといえる。
また、引用文献5の[0008]及び[0052]によると、引用発明は「効果的に睡眠の質を改善可能」なものであり、「心理的ストレス・社会的ストレスのかかり易い環境にある人、例えば、心因性ストレスのかかりやすい職場、住環境にある人」を対象とするものであるといえる。
さらに、本願の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である「三原健吾ほか, 客観的睡眠評価と主観的幸福感及び健康関連QOLとの関連性, 日本心理学会第79回大会発表論文集, 2015, 4.臨床,障害3EV-036, p.457」(以下、「周知文献1」という。)、同じく「健康づくりのための睡眠指針2014 平成26 年3 月 厚生労働省健康局 平成26 年3 月31 日発行 発行/編集 厚生労働省健康局」(以下、「周知文献2」という。)及び同じく「日本腰痛会誌, 2002, 8(1), pp.38-43」」(令和5年2月28日(受付日)に請求人から提出された手続補足書において参考文献3として提示されたものである。以下、「周知文献3」という。)には、それぞれ次の記載があるところ、周知文献3に記載されているように、「心の健康」はQOL尺度の「精神的健康」に最も強く関連する尺度であること、周知文献1に記載されているように、「睡眠」は「脳機能さらには身体的機能を健常に保つために必要不可欠であり,生活の質(Quality of life:QOL)を向上させるための基本的役割を担う」ものであって、「心の健康」と相関関係があること及び周知文献2に記載されているように、「良い睡眠をとることは、こころの健康作りに重要である」ことは、それぞれ周知であるといえ、これら周知の事項を踏まえると、睡眠を改善することは、心の健康を改善し、その結果として、QOL尺度の精神的健康を改善することにつながることは、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)の技術常識(以下、「技術常識」という。)であるといえる。
そうすると、引用文献5に記載された事項及び技術常識を考慮すると、引用発明における「ノンレム睡眠促進剤」は、「心理的ストレス・社会的ストレスのかかり易い環境にある人、例えば、心因性ストレスのかかりやすい職場、住環境にある人」の睡眠の質を改善し、多様な精神・身体症状を改善するものであり、また、睡眠を良くすることによって、心の健康を改善するものであり、その結果として、QOL尺度の精神的健康を改善するものといえる。
したがって、引用発明において、「ノンレム睡眠促進剤」という用途を、相違点に係る本願補正発明の発明特定事項である「QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善剤」という用途にすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
<周知文献1の記載>
周知文献1は、「客観的睡眠評価と主観的幸福感及び健康関連QOLとの関連性」というタイトルの論文であり、おおむね次の事項が記載されている。
・「目 的
・・・(略)・・・
睡眠は脳機能さらには身体的機能を健常に保つために必要不可欠であり,生活の質(Quality of life:QOL)を向上させるための基本的役割を担っている(土井,2005)。」(第457ページ左欄)
・「方 法
研究参加者:参加同意の得られた健康な大学生18名(男性10名,女性8名,平均年齢23.2±3.0)を対象とし,内5名は眠りモニタの測定不備ため分析対象から除外した。
手続き:習慣的に使用している自宅の寝具に眠りモニタを設置し,1夜間の測定を行うと同時に,起床時にOSA睡眠調査票MA版への記入,そして,測定期間終了後までに各質問紙への記入を求めた
質問紙:○1(当審注:1を○で囲んだ記号である。他の○数字についても、同様。)SF-8(福原・鈴鴨,2004);健康関連QOLを包括的に測定する質問紙。8下位尺度(全体的健康感・身体的機能・日常役割機能(身体),体の痛み,活力,社会生活機能,心の健康,日常役割機能(精神)),8項目,5~6件法。○2主観的幸福尺度(Subjective Happiness Scale:SHS)(島井ら,2004);人生全般に関する主観的な幸福感を測定。4項目,7件法の自己評価尺度。○3OSA睡眠調査票MA版(山本ら,1999);起床時の睡眠感を測定。5下位尺度(起床時眠気,入眠と睡眠維持,夢み,疲労回復,睡眠時間),16項目,4件法の自己評定尺度。」(第457ページ左欄)
・「結 果
睡眠時間,睡眠効率,((睡眠時間-中途覚醒時間)/睡眠時間×100),入眠潜時,中途覚醒時間とSHS得点及びSF-8の8下位尺度得点との関連性を検討するために,ピアソンの確立相関分析を行った結果,SHS得点と入眠潜時及び睡眠効率,とに相関傾向が見られた。さらに,入眠潜時,睡眠効率と身体的機能とに有意な相関,社会生活機能得点,心の健康得点とに相関傾向が見られた(Table 1)。
[図:0001421866000002.jpg]
」(第457ページ右欄)
<周知文献2の記載>
周知文献2にはおおむね次の事項が記載されている。
・「1-○2良い睡眠で、こころの健康づくり
良い睡眠をとることは、こころの健康づくりとして重要である11。不眠が抑うつなどのこころの不健康につながる事が示されている12。米国の一般住民を対象にした横断研究によると、不眠の重症度は、併存する不安や抑うつの重症度と相関し13、さらに、いくつかの縦断研究ではうつ病や不安障害の危険因子となる可能性が示されている14-16。日本人高齢者を対象にした縦断研究においても、不眠症状の一つである入眠困難が、その後に発症する抑うつの危険因子となることが知られている17。
健常者を対象にした研究では、実験的に睡眠を剥奪すると、身体愁訴、不安、抑うつ、被害妄想が発生・増悪し18、感情調節力や建設的思考力、記憶能力等のこころの健康を保つ上で重要な認知機能の低下が生じることが示されている19,20。また、睡眠不足は感情調節や遂行能力をつかさどる前頭前野や大脳辺縁系の代謝活性を低下させ、ストレスホルモンであるコルチゾルの分泌量を増加させることが示されている21-23。」(第21ページ)
<周知文献3の記載>
周知文献3は、「SF-36○R(当審注:Rを○で囲んだ記号である。)日本語版の特徴と活用」というタイトルの論文であり、おおむね次の事項が記載されている。
・「SF-36○Rが測定する尺度の構造モデルを図2に示した5).このモデルは,図の左から,○1項目,○28尺度,○38尺度を総合する2つの要約尺度(Summary Score),の3つのレベルから成り立っている.36項目のうち1項目は,1年間の健康推移を尋ねる項目で,尺度得点の計算には用いられない.35項目は,それぞれ一つの尺度の得点を算出するのに用いられる.2つの要約尺度は,因子分析の結果によりもたらされたものである.
8つの尺度は,図2において因子構造に従って並べられている.つまり,一番上に記されている「身体機能」は「身体的健康」に最も強く関連する尺度であり,一番下に記されている「心の健康」は「精神的健康」に最も強く関連する尺度である.その間の6つの尺度は,上に記されているほど「身体的健康」との関連が強く,下に記されているほど「精神的健康」との関連が強い.この構造は,結果を解釈する際の手助けとなる.」(第39ページ右欄)
・「
[図:0001421866000003.jpg]
」(第40ページ)
(ウ)効果について
本願補正発明の奏する「QOL改善剤を提供することができる。これにより、特に精神的健康の改善を図ることができる。」(発明の詳細な説明の【0015】)という効果は、引用文献5の[0002]及び[0005]並びに周知文献1ないし3の上記記載からみて、引用発明も奏することが当業者に予測される効果であるから、本願補正発明の構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるとは認められない。
ウ 請求人の主張について
(ア) 請求人の主張の概要
請求人は、審判請求書においておおむね次のとおり主張する。
「原査定では、上記下線部の通り指摘されていますが、その根拠はありません。このため、前回意見書の(3-1-3)における主張を否定するものではないと思料いたします。念のため、当該主張を再掲します。
「本願実施例のQOL評価に用いたSF-36v2のコンポーネントサマリースコア(段落0054、参考文献3の第40頁)から明らかなように、精神的健康は、体の痛み、全体的健康感、日常役割機能(精神)、活力、心の健康という5つもの下位尺度に基づいて評価されています。そして、これらの下位尺度の基となる評価項目において、睡眠について言及された項目はありません。また、睡眠により評価が改善し得る項目はありますが、各項目の概念は広く、睡眠以外の要因も介在する余地は大きいといえます。 一方、本願実施例では、ユーグレナ摂取により、上記のように多様な下位尺度から評価されるQOLにおける精神的健康の改善が約10%も向上しています。上記事情を踏まえますと、この結果は、睡眠の質の改善についてしか言及されていない引用文献5からは予想外の結果であるといえます。」
また、技術常識の観点からは、上記下線部の指摘は誤りであるといえます。参考文献Aでは、健康関連QOLを低下させる要因が記載されており(表3)、これによると、睡眠に関する要因(1.寝不足を感じている)は7つの要因の内の1つに過ぎません。また、参考文献Aの表3によると、「1.寝不足を感じている」のは20%前後に過ぎません。よって、睡眠改善がQOL改善に繋がるとしても、睡眠改善効果に基づいてQOL改善が期待できるのは全体の20%程度でしかありません。また、参考文献Bには、日常生活習慣別に見たSF-36各ドメインの調整済み平均値が記載されており(表6)、これによるとQOL尺度の精神的健康に影響を与える各ドメイン(前回意見書の参考文献3の図2:活力(VT)、社会生活機能(SF)、日常役割機能(RE)、心の健康(MH))は睡眠のみならず運動や朝食からも大きな影響を受けることが伺えます。また、参考文献Bの表6によると、睡眠は、短い場合(6時間以下)のみならず長い場合(9時間以上)もQOLに対して悪影響を与えることが伺えます。よって、睡眠改善により睡眠時間が長くなり過ぎた場合にはQOLが悪化することもあり得ます。参考文献Cでは、健康関連QOL尺度SF-36から精神的健康(MCS)の得点を算出し、睡眠、食事、日常生活の優先順位等を聴取した結果と合わせて統計解析を行い、MCSに関連する要因を抽出した結果、「睡眠の質」と「睡眠」という睡眠関連の要因以外にも「朝食の頻度」、「栄養バランス」、「友人との時間」、「アルバイトの時間」、「家族」、「勉強」という多様な要因、さらには学業成績、運動習慣等が抽出されたことが記載されています(第1頁左欄「方法」~第2頁左欄第13行)。このように、技術常識の観点からは、睡眠は、QOL尺度の精神的健康に影響を与える多様な要因の内の1つに過ぎず、また睡眠改善効果に基づいてQOL改善が期待できるのは全体の20%程度でしかなく、さらに睡眠改善効果はQOLを悪化させることもあり得ることが伺えます。
以上の通りですので、上記技術常識を備える当業者であればこそ、睡眠改善効果が記載されているに過ぎない引用文献5から、QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善効果を想起することはできません。つまり、QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善用途は、ユーグレナの新たに見出された用途です。」(審判請求書第3ないし5ページ)
(イ)請求人の上記主張についての判断
そこで、請求人の上記主張について検討する。
「本願実施例のQOL評価に用いたSF-36v2のコンポーネントサマリースコア(段落0054、参考文献3の第40頁)から明らかなように、精神的健康は、体の痛み、全体的健康感、日常役割機能(精神)、活力、心の健康という5つもの下位尺度に基づいてて言及された項目はありません。また、睡眠により評価が改善し得る項目はありますが、各項目の概念は広く、睡眠以外の要因も介在する余地は大きいといえます。」といえたとしても、上記イ(イ)のとおり、睡眠を改善することは、QOL尺度の精神的健康を改善することにつながることは技術常識である。
また、本願実施例におけるQOLにおける精神的健康の改善の約10%向上という効果は、睡眠改善により自ずと生じる効果として当業者の予想を超えるほどの顕著なものとはいえない。
さらに、請求人が示す「参考文献AないしC」から「睡眠は、QOL尺度の精神的健康に影響を与える多様な要因の内の1つに過ぎず、また睡眠改善効果に基づいてQOL改善が期待できるのは全体の20%程度でしかなく」ということがいえたとしても、上記イ(イ)のとおり、睡眠を改善することは、QOL尺度の精神的健康を改善することにつながることは技術常識である。
さらにまた、「参考文献B」においては、睡眠(深いノンレム睡眠ではない。)が長い場合に直ちにQOLを悪化させることがあり得ることが示されているだけで、睡眠改善効果がQOLを悪化させることを示すものではない。
そもそも、長すぎる睡眠は改善された睡眠ではないし、引用文献5の[0019]及び[0021]によると、引用文献5においては、睡眠の質・睡眠の時間をヒトにとって都合のよい方向に改善する剤を「睡眠改善剤」とし、それを「ノンレム睡眠促進剤」として用いているので、引用発明は、いたずらに睡眠の時間を長くする剤ではない。
したがって、引用発明において、「QOL尺度の精神的健康の改善を含むQOL改善効果を想起する」ことは当業者であれば可能であるといえる。
よって、請求人の上記主張は採用できない。
エ まとめ
したがって、本願補正発明は引用発明、すなわち引用文献5に記載された発明並びに引用文献5に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(3)むすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。
第3 本願発明について
1 本願発明
令和5年8月9日に提出された手続補正書による手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲の請求項1ないし7に係る発明は、同年2月27日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、上記第2[理由]1(1)の【請求項1】に記載のとおりのものである。
2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は公衆に利用可能となった下記の引用文献5に記載された発明に基づいてその出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。
引用文献5:国際公開第2018/186492号
3 引用文献に記載された事項等
引用文献5に記載された事項及び引用文献5に記載された発明は、上記第2[理由]2(2)ア(ア)及び(イ)のとおりである。
4 対比・判断
上記第2[理由]1及び2(1)のとおり、本願補正発明は本願発明の「ユーグレナ及び/又はパラミロン」という発明特定事項を「ユーグレナ」と限定し、「精神的健康」という発明特定事項を「QOL尺度の精神的健康」と限定するものである。すなわち、本願発明は、本願補正発明より広いものに相当する。
そして、上記第2[理由]2(2)イ及びウのとおり、本願補正発明が引用文献5に記載された発明並びに引用文献5に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである以上、本願発明も引用文献5に記載された発明並びに引用文献5に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5 むすび
したがって、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
第4 結語
上記第3のとおり、本願発明、すなわち請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-013383