特許異議申立
2022-700434
Cu添加鋼板
- 審判番号
- 2022-700434
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2017-160460
- 登録番号
- 6969222
- 請求日
- 2022年05月20日
- 審決日
- 2023年06月26日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本製鉄株式会社
- 【権利者代理人】青木 篤
- 【権利者代理人】三橋 真二
- 【権利者代理人】福地 律生
- 【権利者代理人】齋藤 学
- 【権利者代理人】堂垣 泰雄
- 【異議申立人】JFEスチール 株式会社
- 【異議申立人代理人】伊東 秀明
- 【異議申立人代理人】蜂谷 浩久
- 審判長/審判官
- 審判長 粟野 正明
- 審判官 井上 猛
- 審判官 山本 佳
- 分類
- P1651.537-YAA(C22C) / P1651.536-YAA(C22C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第113条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6969222号発明「Cu添加鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6969222号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~4〕について訂正することを認める。
特許第6969222号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第6969222号(請求項の数4。以下、「本件特許」という。)は、平成29年8月23日を出願日とする特許出願(特願2017-160460号)に係るものであって、令和3年11月1日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和3年11月24日である。)。
その後、令和4年5月20日に、本件特許の請求項1~4に係る特許に対して、特許異議申立人であるJFEスチール株式会社(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は、以下のとおりである。
令和4年 5月20日提出 特許異議申立書
9月 5日付け 取消理由通知書
11月11日提出 意見書、訂正請求書
令和5年 1月26日付け 訂正拒絶理由通知書
3月 2日提出 意見書
4月14日提出 上申書(特許権者)
4月21日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
5月25日提出 意見書(申立人)
第2 訂正の請求について
1 請求の趣旨及び請求の理由(訂正の内容)
令和4年11月11日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~4について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上を含有し、」と記載されているところを、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上を含有し、」と記載されているところを、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、」に訂正する。
(なお、上記訂正請求書の3頁には、請求項2について、「円相当径で1~1000nm(但し、5nm以下を除く)のCuクラスタ」と記載されているところを、「円相当径で15nm超~1000nm(但し、5nm以下を除く)のCuクラスタ」に訂正する旨の記載があるが、上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲には、その旨の記載はなく、また、上記訂正請求書の全体をみても、そのような訂正についての説明が何らされていないことから、上記訂正請求書の3頁の上記記載は、錯誤に基づくものと解した。)
(3)一群の請求項について
訂正前の請求項1、3、4について、請求項3、4は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1、3、4は、一群の請求項である。
また、訂正前の請求項2~4について、請求項3、4は、請求項2を直接又は間接的に引用するものであり、上記の訂正事項2によって記載が訂正される請求項2に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項2~4は、一群の請求項である。
ここで、訂正前の請求項3、4は、上記のとおり、訂正前の請求項1又は2を直接又は間接的に引用するものであるから、上記の2つの一群の請求項は、組み合わされて1つの一群の請求項となる。
したがって、訂正前の請求項1~4は、一群の請求項である。そして、本件訂正は、その一群の請求項ごとに請求がされたものである。
2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「Cu添加鋼板」の成分組成について、「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上」を含有するものを、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物」からなるものとするものである。
イ この訂正は、「Cu添加鋼板」の成分組成について、訂正前のCu、Mn、Sの各含有量をより狭い範囲に限定するとともに、上記以外の成分の各含有量及び残部を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
ウ 本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件明細書等」という。)には、「Cu添加鋼板」の成分組成に関し、以下の記載がある。なお、下線は、強調のために付与した。また、「・・・」は省略を意味する。
「【0039】
驚くべきことに、Cuクラスタの存在は、Cu添加鋼板の耐食性を向上させる作用を有すると考えられる。Cuは、微細な析出物を形成して鋼の強度を高める性質を有しており、これが耐食性と影響することが考えられる。・・・」
「【0041】
なお、本発明のCu添加鋼板は、その前提として、Cuを含有している。Cu含有率は0.001質量%以上である。Cuは、微細な析出物を形成して鋼の強度を高める作用を有しており、これは前述のCuクラスタによる耐食性向上の作用に関係すると考えられる。
【0042】
また、本発明のCu添加鋼板は、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上を含有してもよい。
【0043】
Sは、鋼中に含まれる不可避的不純物元素であり、S含有量が過剰であると、Sが固溶状態で鋼中に存在し、熱間圧延時に鋼が脆化する。従って、S量は低いほど良いため、上限は0.01%としてもよい。但し、過度な低減は原料や精錬コストの上昇に繋がるため、下限は0.0001とする。
【0044】
MnはSと反応して硫化物を形成するので、本発明では重要な元素の一つである。Mn含有量が0.001%未満であると、熱間圧延時に鋼板が脆化するおそれがあり、そのため、Mn含有量の下限を0.001%としてもよい。Mnを過剰に添加しても、その効果は飽和するので、費用対効果等も考慮して、Mn含有量の上限を2.0%としてもよい。」
「【0063】
Si:3.3%、Mn:0.10%、Al:0.8%、N:0.002%、S:0.009%及びCu:1.2%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼を溶製し、この鋼から鋼片(スラブ)を作製した。次いで、鋼片に1100℃で60分間の加熱を施し、直ちに熱間圧延を行って、厚さが2.0mmの熱延板を得た。その後、熱延板に1020℃で60秒間の熱延板焼鈍を施し、酸洗を行い、一回の冷間圧延を行って、厚さが0.30mmの冷延板を得た。続いて、冷延板に900℃で45秒間の仕上焼鈍を施した。
・・・なお、本発明例の鋼板のCu分散度合いを電子顕微鏡にて観察したところ鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが存在することが確認された。また、これらの鋼は耐食性に優れることも確認できた。
・・・
【0064】
【表1】
[図:0001401623000001.jpg]
」
エ 本件明細書等の上記ウの記載によれば、本件明細書等には、以下の事項が記載されている。
(ア)冷延板(Cu添加鋼板)を構成する鋼の成分組成について、それぞれ所定量のCu、Mn、S、Si、Al、Nを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなること(【0063】)。
(イ)Cuの含有量について、「0.001質量%以上」(【0041】)であり、その具体例が「1.2%」(【0063】)であること。
(ウ)Mnの含有量について、「0.001%以上」(【0042】)であり、「上限を2.0%」(【0044】)とすること。
(エ)Sの含有量について、「0.0001%以上」(【0042】)であり、「上限は0.01%」(【0043】)とすること。
(オ)Siの含有量について、具体例では「3.3%」(【0063】)であること。
(カ)Alの含有量について、具体例では「0.8%」(【0063】)であること。
(キ)Nの含有量について、具体例では「0.002%」(【0063】)であること。
オ ここで、Nは鋼に含まれる不可避的不純物であること、また、一般に、不可避的不純物は含有量が少ないことが望まれることは、いずれも技術常識であることを考慮すると、本件明細書等には、Nの含有量については、上記エ(キ)から、「0.002%以下」であることが記載されているに等しいといえる。
カ また、本件明細書等の上記ウの記載(特に【0039】、【0041】~【0044】)によれば、Cu、Mn、Sは、本件明細書等に記載された発明における耐食性向上の作用に関係する重要な元素であるのに対して、Si、Alは、鋼に通常含まれる元素ではあるものの、本件明細書等では特に言及されていないことから、耐食性向上の作用に関係しない元素としてCu添加鋼板に含まれることが許容される元素であると解される。
そして、本件明細書等では、「Si:3.3%、Mn:0.10%、Al:0.8%、N:0.002%、S:0.009%及びCu:1.2%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物」からなるCu添加鋼板において、鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが存在し、耐食性に優れることが確認されている(【0063】、表1)。
そうすると、耐食性向上の作用に関係しない元素としてCu添加鋼板に含まれることが許容される元素であるSi、Alの各含有量が、「Si:3.3%」、「Al:0.8%」である場合において、鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが存在し、耐食性に優れることが確認されているのであるから、「Si:3.3%未満」、「Al:0.8%未満」である場合においても、同様に確認されるものと解される。
以上によれば、本件明細書等には、Si、Alの各含有量については、「Si:3.3%以下」、「Al:0.8%以下」であることが記載されているに等しいといえる。
キ 以上のとおり、本件明細書等には、Cu、Mn、S、Si、Al、Nを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなるCu添加鋼板として、質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するものが記載されているといえるから、訂正事項1に係る訂正は、本件明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項2における「Cu添加鋼板」の成分組成について、「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上」を含有するものを、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物」からなるものとするものである。
この訂正は、上記(1)で検討した訂正事項1に係る訂正と同様の訂正であるから、上記(1)で述べたのと同様の理由により、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとともに、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)独立特許要件について
本件においては、訂正前の全ての請求項1~4について特許異議の申立てがされているので、特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。
3 まとめ
上記2のとおり、各訂正事項に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから、結論のとおり、本件訂正を認める。
第3 本件発明
前記第2で述べたとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1~4に係る発明は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。
【請求項1】
質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し、介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まないことを特徴とするCu添加鋼板。
【請求項2】
質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、鋼中に円相当径で1~1000nm(但し、5nm以下を除く)のCuクラスタが少なくとも存在し、介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まないことを特徴とするCu添加鋼板。
【請求項3】
SasMnS(MnSを生成しているS)に対するSasCuS(CuSを生成しているS)の比率が10%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のCu添加鋼板。
【請求項4】
前記Cu添加鋼板の耐蝕性が、該鋼板中に円相当径で1~1000nm直径の少なくとも2個以上のCuクラスタが離間して分散することによって、非Cu添加鋼板の耐蝕性より改善したことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のCu添加鋼板。
第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件特許の請求項1~4に係る特許は、下記(1)~(3)のとおり、特許法113条4号に該当する。証拠方法は、甲第1号証~甲第13号証(以下、単に「甲1」等という。下記(4)を参照。)である。
(1)申立理由1(サポート要件)
本件訂正前の請求項1~4に係る発明については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(2)申立理由2(明確性要件)
本件訂正前の請求項1~4に係る発明については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(3)申立理由3(実施可能要件)
本件訂正前の請求項1~4に係る発明については、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(4)証拠方法
・甲1 特開平8-199236号公報
・甲2 特開2000-87145号公報
・甲3 特開2009-68104号公報
・甲4 国際公開第2014/142302号
・甲5 特開平11-57812号公報
・甲6 国際公開第2015/059909号
・甲7 国際公開第2011/102259号
・甲8 国際公開第2014/157104号
・甲9 特願2017-36630号の令和2年8月20日付け拒絶理由通知書
・甲10 特開平5-98388号公報
・甲11 特開2017-57456号公報
・甲12 特開2012-77384号公報
・甲13 本件特許の特許権者が令和3年4月30日に提出した意見書
2 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)取消理由1-1(実施可能要件)
本件訂正前の請求項1~4に係る発明については、Cu添加鋼板が各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板を包含する点で、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、同法113条4号に該当する。
(2)取消理由2(サポート要件)
上記1の申立理由1(サポート要件)(うち、Cu添加鋼板が各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板を包含することに関するもの。)と同旨
(3)取消理由3(明確性要件)、取消理由1-2(実施可能要件)
上記1の申立理由2(明確性要件)、申立理由3(実施可能要件)と同旨
第5 当審の判断
以下に述べるように、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。
1 取消理由1-1(実施可能要件)
(1)取消理由通知書では、概ね以下のとおり指摘した。
「本件訂正前の請求項1に係る発明の鋼板は、「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上」を含有するものである限り、各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板(例えば、炭素鋼、各種の低合金鋼、各種の高合金鋼、各種のステンレス鋼等の鋼板)を包含するものと解される。
本件明細書の実施例3には、特定の成分及び組成範囲を有する鋼を用いて、特定の製造方法により製造することによって、実際に「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し」、「介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まない」Cu添加鋼板を製造できることが記載されているといえる。
しかしながら、本件訂正前の請求項1に係る発明のうち、実施例3以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合については、本件明細書の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、具体的にどのようにすれば、「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し」、「介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まない」Cu添加鋼板を製造することができるのか、当業者といえども理解できるとはいえないから、本件訂正前の請求項1に係る発明のCu添加鋼板を製造するためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を行うほかない。
以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施例3以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合を包含する本件訂正前の請求項1に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。また、本件訂正前の請求項2~4に係る発明についても同様である。」
(2)これに対して、前記第2のとおり、本件訂正により、本件発明1~4に係るCu添加鋼板が、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からな」るものに限定され、「各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板(例えば、炭素鋼、各種の低合金鋼、各種の高合金鋼、各種のステンレス鋼等の鋼板)を包含するもの」ではないものとなった結果、当業者であれば、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要することなく、本件発明1~4を実施できることが理解できるものとなった。
よって、本件発明1~4について、上記の点に関する実施可能要件違反は解消した。
(3)したがって、取消理由1-1(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。
2 取消理由2(サポート要件)、申立理由1(サポート要件)
(1)ア 取消理由通知書では、概ね以下のとおり指摘した。
「本件訂正前の請求項1に係る発明の鋼板は、「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上」を含有するものである限り、各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板(例えば、炭素鋼、各種の低合金鋼、各種の高合金鋼、各種のステンレス鋼等の鋼板)を包含するものと解される。
本件明細書の記載(【0015】)によれば、本件訂正前の請求項1に係る発明が解決しようとする課題は、耐食性に優れたCu添加鋼を提供することであると認められる。
本件明細書の記載(【0038】~【0045】)によれば、上記課題は、一応、「質量%で、Cu:0.001%以上、Mn:0.001%以上、S:0.0001%以上」を含有し、「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し」、「介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まない」Cu添加鋼板によって解決できるとされている。
しかしながら、Cuクラスタの存在がどのように作用して、耐食性が向上することになるのか、当業者といえども理解できるとはいえず、また、本件明細書には、実施例3以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合であっても、実際に「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し」、「介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まない」耐食性に優れたCu添加鋼板が得られ、上記課題が解決できることについては、何ら記載されていない以上、鋼には耐食性を劣化させる様々な成分(甲1~8)を含み得ることも踏まえると、当業者は、実施例3以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合であっても、「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し」、「介在物粒子がMnとSを含むが、Cu成分を含まない」ことによって、耐食性に優れたCu添加鋼が得られ、上記課題が解決できると認識するとはいえない。また、そのようなことが技術常識であるともいえない。
以上のとおりであるから、実施例3以外の成分及び組成範囲を有する鋼を用いる場合を包含する本件訂正前の請求項1に係る発明は、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記課題を解決できると認識できる範囲を超えるものである。
したがって、本件訂正前の請求項1に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。また、本件訂正前の請求項2~4に係る発明についても同様である。」
イ これに対して、前記第2のとおり、本件訂正により、本件発明1~4に係るCu添加鋼板が、「質量%で、Cu:0.001%以上、1.2%以下、Mn:0.001%以上、2.0%以下、S:0.0001%以上、0.01%以下、Si:3.3%以下、Al:0.8%以下、N:0.002%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からな」るものに限定され、「各種の成分及び組成範囲を有する様々な種類の鋼板(例えば、炭素鋼、各種の低合金鋼、各種の高合金鋼、各種のステンレス鋼等の鋼板)を包含するもの」ではないものとなった結果、本件明細書の記載を総合すれば、本件発明1~4は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記課題を解決できると認識できる範囲のものとなった。
よって、本件発明1~4について、上記の点に関するサポート要件違反は解消した。
(2)ア 申立人は、本件明細書の記載(【0012】~【0014】、【0052】、【0062】)を踏まえると、本件訂正前の請求項1~4に係る発明が解決しようとする課題は、実際には、「Cu添加鋼板における介在物や析出物を正確に定量する方法を提供する」ことであり、溶媒系電解液中に薬剤(キレート剤等)を添加することにより、電解液中の自由なアタック金属が減少し、Artifact(擬制)金属硫化物が生成されないこととなり、上記課題が解決されるものと解されるところ、本件訂正前の請求項1~4には、上記課題を解決するための手段が反映されていないと主張する(申立書19~21頁)。
イ 確かに、本件明細書には、申立人が主張するような課題を解決した発明が記載されているといえるものの、本件明細書には、そのような発明のほかに、耐食性に優れたCu添加鋼を提供するとの課題を解決した発明も記載されているといえる。
そして、本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載を踏まえると、本件発明1~4が解決しようとする課題は、耐食性に優れたCu添加鋼を提供することであると認められるところ、本件発明1~4が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記課題を解決できると認識できる範囲のものであることは、上記(1)イのとおりである。
以上によれば、本件発明1~4に申立人が主張するような課題を解決するための手段が反映されていないからといって、本件発明1~4について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないということはできない。
よって、申立人の主張は採用できない。
(3)したがって、取消理由2(サポート要件)、申立理由1(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。
3 取消理由3(明確性要件)、申立理由2(明確性要件)、取消理由1-2(実施可能要件)、申立理由3(実施可能要件)
(1)取消理由通知書では、概ね以下のとおり指摘した。
「ア 本件訂正前の請求項1には、「鋼中に円相当径で1~1000nmのCuクラスタが少なくとも存在し、」と記載されている。
本件訂正前の請求項1における上記「Cuクラスタ」について、本件明細書には、「鋼中にCuが固溶している」(【0038】)、「純Cuが局所的にマトリックス中に存在した状態」(【0038】)と記載されていることから、第2相として存在する析出物のように母相との明確な境界がないと解されるため、母相に対してどの程度のCuが濃化した状態であるかを確認し、「Cuクラスタ」と判定される母相中のCu濃度の閾値を決定する必要がある。
しかしながら、本件明細書には、どのようなCu濃度の領域を「Cuクラスタ」と判定しているかについては、記載されていない。
また、本件訂正前の請求項1における上記「Cuクラスタ」について、本件明細書には、上記のとおり、「鋼中にCuが固溶している」(【0038】)、「純Cuが局所的にマトリックス中に存在した状態」(【0038】)と記載される一方で、「Cuクラスタが、Cu添加鋼板において高温時に固溶されたCuがその後の冷却工程での晶出等を通じて形成されたもの」(【0038】)とも記載されている。すなわち、本件明細書には、「Cuクラスタ」が、固溶状態で存在していると解し得る記載と、晶出物や析出物として存在していると解し得る記載の両者が並列して存在しているため、結局のところ、「Cuクラスタ」が具体的にどのようなものであるのか、当業者といえども理解できるとはいえない。
そうすると、本件訂正前の請求項1における上記「Cuクラスタ」の意味が明確に理解できず、また、そうである以上、その「円相当径」が「1~1000nm」であることの意味も明確に理解できない。
よって、本件訂正前の請求項1に係る発明は、明確であるとはいえない。また、本件訂正前の請求項2~4に係る発明についても同様である。
イ また、「Cuクラスタ」の円相当径を計測しようとした場合、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。また、本件訂正前の請求項2~4に係る発明についても同様である。」
(2)ア これに対して、特許権者は、令和4年11月11日提出の意見書において、本件明細書の記載(【0038】)から、「Cuクラスタ」は、固溶状態で存在しているものではなく、「Cuクラスタとは鋼中マトリックス中に純Cuが局所的にマトリックス中に存在した状態をいい、その形態は問わない」と明示的に定義されており、Cu濃度が100%であり、電子顕微鏡で観察可能であり、晶出等を通じて形成されるものであることが理解できると主張した。
以上の主張によれば、本件発明1~4における「Cuクラスタ」は、「第2相として存在する析出物のように母相との明確な境界がない」ものではないから、「母相に対してどの程度のCuが濃化した状態であるかを確認し、「Cuクラスタ」と判定される母相中のCu濃度の閾値を決定する必要がある」ものではなく、また、「晶出物や析出物として存在していると解」されるものであり、「Cuクラスタ」の意味は明確であり、その「円相当径」が「1~1000nm」であることの意味も明確であるから、本件発明1~4について、上記の点に関する明確性要件違反は解消した。
イ また、特許権者は、上記アの意見書において、上記アの主張(釈明)により、「Cuクラスタ」の定義は明確であることから、「Cuクラスタ」の円相当径を計測しようとした場合、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要とはいえないと主張した。
以上の主張によれば、当業者であれば、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要することなく、「Cuクラスタ」の円相当径を計測することができ、本件発明1~4を実施できることが理解できるから、本件発明1~4について、上記の点に関する実施可能要件違反は解消した。
(3)したがって、取消理由3(明確性要件)、申立理由2(明確性要件)、取消理由1-2(実施可能要件)、申立理由3(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。
第6 むすび
以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2022-700434