商標取消審判
2022-300963
アザブダイヒルズシカイイン、アザブダイヒルズデンタルオフィス、ヒルズシカイイン、ヒルズデンタルオフィス、アザブダイヒルズ、ヒルズ
- 審判番号
- 2022-300963
- 法域
- 商標
- 審判種別
- 取消審判(商標取消の審決)
- 出願番号
- 商願2018-088922
- 登録番号
- 6142232
- 請求日
- 2022年10月31日
- 審決日
- 2024年03月26日
- 公報発行日
- 2024年06月28日
- 結論
- 請求成立(取消)
- 当事者
- 【請求人】森ビル 株式会社
- 【請求人代理人】弁理士法人一色国際特許事務所
- 【被請求人】江夏 裕和
- 【被請求人代理人】東京共同弁理士法人
- 審判長/審判官
- 審判長 旦 克昌
- 審判官 小林 裕子
- 審判官 阿曾 裕樹
- 分類
- T131 .1 -Z (W44)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 商標法50条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 商標法第50条、商標法第2条第3項第8号、商標法第50条第2項、商標法第2条第3項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の登録第6142232号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
登録第6142232号商標の商標登録を取り消す。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 本件商標
本件登録第6142232号商標(以下「本件商標」という。)は、別掲1のとおり、「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字及び「Azabudai Hills Dental Office」の文字を二段に横書きしてなり、平成30年6月27日に登録出願、同31年4月8日に登録査定され、第44類「歯科医業,歯科医療情報の提供」を指定役務として、令和元年5月10日に設定登録されたものである。
第2 請求人の主張
1 請求の趣旨
請求人は、結論同旨の審決を求め、審判請求書、審判事件弁駁書、口頭審理陳述要領書及び令和6年1月30日付け上申書においてその理由を要旨以下のように述べ、証拠方法として甲第1号証から甲第15号証(以下、当審に提出された証拠は「甲○」又は「乙○」と表記する。)を提出した。
2 請求の理由
請求人の知る限り、本件商標の商標権者である被請求人は、継続して3年以上(2019年11月16日から2022年11月15日まで。以下「要証期間」という。)日本国内において、本件商標をその指定役務について、正当な理由なく使用していない。また、本件商標について専用使用権は設定されておらず、通常使用権の登録もない。
よって、本件商標は、商標法第50条の規定により、その登録を取り消されるべきである。
3 答弁に対する弁駁
(1)交渉の概要等について
ア 請求人は、都心部における市街地再開発を手がけており、大規模再開発事業としては1986年に竣工した「アークヒルズ」(港区赤坂と六本木にまたがる地域)を皮切りに、2001年に「愛宕グリーンヒルズ」(港区愛宕)、2002年に「元麻布ヒルズ」(港区元麻布)、2003年に「六本木ヒルズ」(港区六本木)、2005年に「オランダヒルズ」(港区虎ノ門)、2006年に「表参道ヒルズ」(渋谷区神宮前)、2014年には「虎ノ門ヒルズ」(港区虎ノ門)を開業させ、2023年には「麻布台ヒルズ」(港区麻布台)が竣工予定である。
イ これらの再開発は、多数の土地所有者をまとめる必要があることから、計画から完成までに10年から30年という長期間を要する事業である。そのため、物件の名称(商標)についても早い段階から検討を開始するものの、最終的に決定するのは完成が近づいてからである。「麻布台ヒルズ」について言えば、2001年に不動産を含む第36類で「麻布台ヒルズ/AZABUDAI HILLS」を最初に出願している(甲3)。
ウ これらの大規模物件には歯科医院を含む医療機関が入居することが多く、例えば六本木ヒルズにはR歯科が、虎ノ門ヒルズにはTクリニックが、それぞれ入居している(甲4の1、2)。
エ 本件審判請求に先立つ2022年8月24日に、請求人は交渉を申し入れる書状を被請求人に送付した(甲5)ところ、9月2日に被請求人から請求人代理人に電話があり、申し入れには応じられないとの回答とともに、次のような発言があった。すなわち、以前に弁理士に相談したところ、登録から3年以上使用していないと取り消されると言われ、使用の実績を残すため名刺を作成した、パンフレットも自分で作成し数部印刷した、ウェブサイトにも表示している、といった趣旨であった。また、被請求人が経営する歯科医院の近隣で建設中の物件(注:当時は名称が公表されていなかったが、麻布台ヒルズを指しているものと受け取った。)への入居を希望する旨を請求人に申し入れたが、返事がない、今も入居の希望があるので請求人に伝えて欲しいとの要請もあった。代理人が請求人に伝えたものの、入居する歯科医院は既に決まっており、要請には応じられない状況であった。また、その時の社内調査では、被請求人からの入居要請の事実は発見されなかった。
オ その後、審判請求書の副本が送付された後に被請求人代理人から電話があり、アサインバックの方法であれば協力できる可能性があるとの連絡があった。そこで、この点を請求人側で改めて検討したところ、被請求人に本件商標が残って使用された場合、請求人と何らかの関係があるかのような誤解を生じたり、あるいは「麻布台ヒルズ」のブランドイメージが希釈化したりすることが懸念され、アサインバックではなく譲渡を求めていくこととなった。
カ 譲渡交渉にあたっては、請求人の商標「麻布台ヒルズ」への思い等を被請求人に理解して頂くことが重要と考え、役員を含む請求人社員数名が被請求人及び代理人と面談を行った。最初の面談は2023年1月25日で、その前月には「麻布台ヒルズ」の名称が公表されていた(甲6)が、被請求人は当該物件への入居を強く希望するのみで、商標権譲渡の議論はほとんどできなかった。請求人は、入居可能な空室があるかどうかを再度精査することと、以前になされたという入居要請についても改めて社内の記録を精査することを約束した。なお、被請求人からは入居要請が電子メールでなされた旨が述べられた。
キ 請求人が「麻布台ヒルズ」の入居契約状況を精査したところ、歯科医院とすることが可能な区画は既にすべて埋まっており、これから新たに入居することは不可能であることが判明した。「麻布台ヒルズ」近隣の請求人管理物件も調べたものの、それらにも適当な空室はなかった。また、電子メールの記録を精査したところ、2020年に被請求人から英文で入居を希望する旨のメールが届いていたことが確認された(甲7)。
ク 以上の調査結果を踏まえ、2月17日に再度の面談を行った。請求人からは、乙4のメールに返信しなかったことへの謝罪とともに、空室がなく希望には添えないことを伝え、「麻布台ヒルズ」への入居が叶わない以上、本件商標を被請求人が保有する意義はないであろうから譲渡頂きたい旨を要請した。すると被請求人からは、譲渡するのであれば条件が重要だ、客観的な根拠のある対価でなければならない、といった発言があった。そして、具体的な条件は代理人同士で議論することとなった。
ケ 請求人、被請求人の代理人は、3月1日に面談を持った。請求人代理人が譲渡の対価として200万円を提案したところ、一桁違うのではないかとの反応であったが、争えば不使用取消になる可能性が高いこと、入居交渉を有利にするために商標登録することは制度の趣旨に反し、無効理由にもなることを指摘し、穏便に解決するのが双方にとって利益になるのではないかと応じた。被請求人代理人が本人と相談した上で回答することとなった。
コ 被請求人からは、3月10日にメールで回答が届いた。本件商標の商標権の金銭的価値は5,000万円が相当であるとし、この金額であれば譲渡に応じるというものである(甲8)。その後、請求人代理人からは電話で、使用していない商標にどうしてこれだけの価値があるのか理解できない、取消、無効になれば価値はゼロになる旨を伝えたものの、金額について再考するつもりはないとされた。請求人と相談し、これ以上交渉を継続しても解決は期待できないとの結論に至り、不使用取消審判の審理再開を申し出た。なお、再開後の手続の進行が不明であったことから、被請求人への不意打ちとなるのを避けるため、上申書提出前に被請求人に対し、答弁書を提出するのであれば早急に提出されたい旨を伝えた。
(2)被請求人が使用している商標について
ア 請求人が交渉開始前に調査したところ、被請求人と同一の住所に所在する「United Dental Office/ユナイテッドデンタルオフィス」なる歯科医院が発見され、所属する歯科医師の氏名が被請求人と同一であることから、被請求人は「United Dental Office/ユナイテッドデンタルオフィス」の商標を用いて指定役務を提供しているものと判断した。
イ 被請求人からの電話を受けた後、2022年9月5日及び同月6日に請求人は被請求人歯科医院の外観を写真撮影した(甲9、甲10)。甲9は夜間に撮影したため、歯科医院入口ドア手前のシャッターが閉じている状態であり、甲10はシャッターが開いている状態の写真であるが、看板、掲示板、入口ドアのいずれにも「United Dental Office」(掲示板には「ユナイテッドデンタルオフィス」も併記)が表示されており、本件商標「麻布台ヒルズ歯科医院」は一切見当たらない。このことは、被請求人の答弁書の記述と符合する。
ウ したがって、被請求人が歯科医業を提供するために使用している商標は「United Dental Office」「ユナイテッドデンタルオフィス」であって、それ以外の商標は使用していない。
(3)被請求人の主張について
ア 被請求人はそのウェブサイトにおいて本件商標を使用していると主張し、乙1を提出している。しかし、当該ウェブサイトには「Azabudai Hills Dental Office 麻布台ヒルズ歯科医院 is a Registered Trademark of ・・・」(Azabudai Hills Dental Office 麻布台ヒルズ歯科医院は・・・の登録商標です)といった記載があるものの、これがどのような役務に使用されているのかについて全く記載がない。歯科医業を提供するために用いている商標(=歯科医院の名称)は、ウェブサイト上欄に表示された「United Dental Office」であって、被請求人が指摘する記載は、単に被請求人が「Azbudai Hills Dental Office/麻布台ヒルズ歯科医院」を商標登録している事実を記載しているにすぎず、指定役務についての商標の使用に該当しないことは明らかである。
令和5年5月8日時点の被請求人ウェブサイトを見ても、本件商標に関する記述は、前述の登録商標である旨の記載(2カ所)と、被請求人のブログにおける「Azabudai Hills Dental Office coming soon」との記載のみであり、客観的に本件商標の使用をうかがわせる記述はない(甲11)。
イ 名刺(乙3)は、被請求人からの電話によれば、本件商標の使用実績を残すために作成されたものである。しかしながら、そもそも「麻布台ヒルズ歯科医院」なる歯科医院は実体が何もないのであるから、名刺を作成したからといって指定役務についての商標の使用になる道理は全くない。この点につき被請求人は、「電話での歯科医療に関する相談に応じ、歯に関する指導や専門的な情報提供を行っている。また、歯科医院にする物件が決まるまで、暫定的に、訪問歯科医療の形で歯に関する問診から治療まで行っている」と主張するが、それを裏付ける証拠は提出されていない。仮にそのような行為があったとしても、名刺を配っただけで、被請求人の歯科医院である「United Dental Office」が提供する役務とは異なる出所の役務であると患者が認識することは、およそ考えられない。
ウ 乙10の1から12は、患者や取引先による本件商標の使用についての証明書とされている。これらが真正に作成されたものかどうかは不明であるが、すべて同じ文面であり、被請求人が作成した書式(乙9)に証明者が記入し押印又は記名したものである。しかし、証明事項とされているのは「下記商標を付した名刺を配布して、「歯科医療業」又は「歯科医療情報の提供」をしていた」ということだけであって、具体的にどのような歯科医療に関する役務が証明者に提供されたのかは一切記載がないばかりか、「名刺を配布」したことと、「歯科医療業又は歯科医療情報の提供をしていた」ことの繋がりも記載されていない。すなわち、証明者に名刺を配布したことが事実であるとすれば、これらの証明書はその事実と、歯科医である被請求人が証明書記載の期間内に歯科医療業や歯科医療情報の提供を行っていたことを証明しているにすぎず、被請求人が本件商標を用いてこれらの役務を提供していたことの証明にはなっていない。仮に万一、証明者が、被請求人が本件商標を用いて歯科医療業等を提供していたと認識していたというのであれば、何故にそのように認識したのかを具体的に立証する必要があるし、患者と取引先では当然に事情が異なるであろうから、個別に立証しなければならない。
なお、乙11は歯科医院用キャビネットについての見積書とされているが、実体のない歯科医院がキャビネットを購入することはあり得ないから、ユナイテッドデンタルオフィスが使用するためのキャビネットの見積書の宛先を「麻布台ヒルズ歯科医院」とすべき旨、被請求人が発行者(株式会社エーケープランニング)に対して指定し、発行者は被請求人の指定に従い見積書の宛先を記載したのみであると考えるのが自然である。
以上のとおり、これらは本件商標の使用を証するものでは全くない。
(4)その他
ア 被請求人が、請求人物件「麻布台ヒルズ」への入居を希望していたのは真意であり、入居が実現した際には本件商標を使用する意図を有していたのであろうと推測される。甲13(審決注:甲12の誤記と思われる。)は令和4年9月に存在していた被請求人のブログであるが、「Azabudai Hills Dental Office coming soon」との見出しの下、以下のような記載がある(原文は英語)。
「我々は麻布台-虎ノ門開発について興奮している。日ごとに工事が進んでいる。二人の米国歯学部卒業生で米国の免許を有する歯科医師による、英語での対応が可能な歯科医院として、国際的なコミュニティに歯科医療を提供できる。(中略)我々はAzabudai Hills Dental Officeを計画しており、患者さんは迷うことなく我々のところに来ることができる。」
これは、「麻布台ヒルズ」への入居が決まっているかのような記載であり、事実に反することから、請求人は抗議することも考えたものの、商標について交渉中であったことから見送った経緯がある。
イ 「麻布台ヒルズ」の名称が公表されたのは2022年12月であり、被請求人が本件商標を出願したのは2018年である。しかし、請求人の大規模再開発事業で「地名+ヒルズ」が採用されてきていることは周知である(少なくとも、被請求人が歯科医院を経営している地域ではそうである。)し、請求人は第36類で商標「麻布台ヒルズ」を2001年に出願しているから、麻布台で開発中の物件が「麻布台ヒルズ」と命名される可能性が高いことは、容易に推測できる。事実、被請求人は請求人との最初の面談において、物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろうことは察しがついたから出願した旨を述べている。
ウ その後、入居が実現できないとなると、譲渡に対し高額な対価を求めてきている。出願当初は商標権を売りつけるつもりがなかったとしても、入居の交渉を有利にするために出願することは、商標制度の趣旨に反する行為であって、取引の秩序を乱す行いであることを申し添える。
4 口頭審理陳述要領書(令和5年12月1日付け)
(1)交渉の概要に対する被請求人の主張について
ア 被請求人は、2022年9月2日の「面談」(正確には、被請求人本人から請求人代理人に掛かってきた電話による会談である。)において、請求人代理人が被請求人の発言を都合の良いように誘導した可能性があるなどと主張するが、事実無根である。当該電話において被請求人からは、本件商標を使用する予定があるため譲渡には応じられない、アサインバック(請求人代理人が手短に説明した。)だと同じ名称の歯科医院が近隣に複数存在することになり、望ましくないであろう、との回答があった。その上で、被請求人が自発的に、使用の実績を残すために名刺を作成して配布した等の発言をし、「これで大丈夫ですよね?」と請求人代理人に質問してきた。請求人代理人は、被請求人が極めて率直な人物であるとの印象を抱いたが、利害の反する相手の質問に戸惑っていたところ、看板を掛けないと駄目なのかといった質問も受けたので、請求人代理人としては答えられないと伝えた。被請求人の陳述要領書によれば、被請求人代理人が被請求人から相談を受けたのが2022年9月6日とされており、請求人代理人との電話会談で不安になった被請求人が日本弁理士会の相談窓口を訪れたのであろうと推測される。
なお、物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろうことは察しがついたから出願した旨の被請求人の発言は、2023年1月25日の面談でなされたものであって、上記の電話会談ではない。
イ 請求人が当初はアサインバックによる解決も選択肢として検討していたことは事実であるが、本件商標を使用する予定があるとの被請求人の回答を踏まえ、実際に使用された場合のことを想定してみると、混乱が生じるおそれが大きいことや、ブランドイメージの希釈化などの問題点が請求人の社内で認識されるに至った。加えて、将来的に本件商標が第三者の手に渡った場合の影響なども懸念され、アサインバックは選択肢から除外された。
ウ この点も踏まえ、請求人は、「麻布台ヒルズ」が請求人にとって重要な名称であり、物件ともどもこれから大切に育てていく意向であることなどを被請求人に理解してもらうことが重要であると考え、面談を申し入れた。
請求人代理人が同席しなかったのは、請求人側は法務部門の担当者が出席すること、双方の代理人が同席すると法律的な議論になる可能性があり、上述した面談の本旨にもとるおそれがあったことが理由である。念のため付言すると、面談に出席したのは請求人会社の取締役常務執行役員、ウェルネス推進部部長、法務グループ課長の3名であって、被請求人の主張は事実と異なる。
ちなみに、被請求人は、請求人について、「自社の社員の手による地上げも行う不動産会社としての評判もある」として乙17を提出している。「地上げ」なる言葉は否定的なニュアンスで用いられることが多いが、そもそもは「細かい土地を買い集めてまとめ上げ、広い更地にすること」(甲13)である。乙17でもこのような意味合いで用いられていることは、注釈の1に「地域住民との折衝を辛抱強く重ねて説得する手法をとっている。」と記載されていることからも明らかである。
エ 被請求人は、請求人が上記面談で商標権譲渡の議論をしなかったと主張する。面談後に請求人側出席者が作成した社内報告用資料によると、被請求人からは「入居はしたかったので、登録している商標を調べて「麻布台ヒルズ」を出願した。なので、麻布台が竣工したら「ユナイテッドデンタルオフィス」の名称を「麻布台ヒルズ歯科医院」に変更しようと思っている。」といった趣旨の発言があり、請求人からは、入居する歯科医院は決まっていて麻布台ヒルズを用いたい意向があり、アサインバックで双方が権利を持ち合って使用すると利用者が混乱する、商標を買い取りたいという請求人の意向も検討して欲しい旨の発言がなされている。しかし、その後も被請求人からは、小さい区画で良いから出店の余地はないか、外国人の治療を中心にしているので麻布台ヒルズにはマッチしている、といった発言が続き、譲渡の話題については取り付く島がなく、ひたすらに入居要望が述べられた、という雰囲気が資料から読み取れる。
(2)新たな証拠について
ア 被請求人は陳述要領書において、被請求人が求める対価の額が適切なものであるとし、乙21を提出している。しかしながら、同号証の表紙に「2005年4月施行の新職務発明制度に対応」「「発明の対価」はいくら?」「特許ライセンスはいくら?」とあることからして、専ら特許を念頭に置いた評価手法の説明である。創作物である発明自体に価値がある特許と異なり、商標は使用により価値が蓄積していくものであるから、使用されていない商標に価値を見いだすことはできず、強いて言えば登録を取得するために要する経費相当額にとどまる。「麻布台ヒルズ歯科医院」に大きな価値があるとすれば、それは請求人がこれまでの事業活動で築き上げてきた信用と、これからの麻布台ヒルズの運営により築かれるであろうブランドイメージであって、被請求人の貢献によるものではない。
イ 被請求人は、歯科医院に関する変更を行うには必ず届出を行う必要があること、同一の住所において異なる名称の歯科医院の設置が認められないことを述べる一方で、本件商標を歯科医業の広告について使用していたと主張している。しかし、広告についての使用は役務についての使用の一態様であるから、歯科医業の広告について使用したのであれば、歯科医業について使用したことに他ならない。少なくとも本件審判請求の時点において「麻布台ヒルズ歯科医院」への名称変更を届け出ていないと思われる被請求人が、歯科医業について本件商標を使用することはできなかったことになる。したがって、被請求人の主張は矛盾している。
さらに言えば、「麻布台ヒルズ歯科医院」なる歯科医院が実際には存在せず、かつ、いつからどこで開業されるのかも不明な状況で漠然と登録商標を広告に表示したとしても、それは単に名目的な使用に過ぎず、不使用取消を免れることはできない。このことは裁判例でも認められている(東京高等裁判所 平成5年(行ケ)第168号)。この点からしても、被請求人の主張は失当である。
ウ 被請求人の主張によっても、ウェブサイトや名刺における表示が指定役務の広告についての本件商標の使用と解することは到底できない。
なお、被請求人は乙24を提出し、乙10の8(証明書)を補強するとしているが、関連する記載は、「具体的なことは未定であるが、同住所または麻布台エリアで新たに麻布台ヒルズ歯科医院を始める予定であることを聞いています。」という部分のみである。指定役務についての本件商標の使用と評価できるような具体的な事実関係は、全く見当たらない。乙24に添付の発注書にしても、見積書(乙11)の宛先が実在しない歯科医院となっていることの疑問に対する釈明になっていない。
(3)小括
以上のとおり、被請求人の主張及び新たな証拠によっても、本件商標が要証期間内に指定役務について使用されたといえないから、本件商標の登録は取消しを免れない。
なお、被請求人が麻布台地区で長年にわたり歯科医業に従事し、同地区に愛着を抱いているとしても、本件商標は「麻布台歯科医院」ではなく、「麻布台ヒルズ歯科医院」である。何故に本件商標の出願に至ったのか、被請求人から合理的な説明は一切なされていないことを申し添える。
5 上申書(令和6年1月30日付け)
(1)これまで被請求人は答弁書及び陳述要領書において、本件商標を要証期間内に使用して歯科医業等を提供していたと主張している。しかるに、乙26によれば、被請求人が訪問診療専門の歯科医院の開設許可を申請したのは令和5年1月11日(同月27日に名称変更の申請がなされた。)であって、要証期間の経過後しばらくしてからである。とすると、被請求人は無届出で本件商標を名称とする歯科医院を営んだことになるが、被請求人にそのような意図があったとは考えられない。本件商標の使用実績を作出すべく、名刺を作成したり、ウェブサイトに掲載するといった作為を行ったのは、実際に歯科医業等を提供するためではなく、不使用による本件商標の取消を免れる目的であったと考えるのが自然である。
また、被請求人が指摘する知財高裁判決は、登録商標の使用は出所表示機能を果たす態様に限定されないというものであって、実体を伴わない役務や商品についてまで使用を認めるという趣旨ではない。被請求人は、名刺やウェブサイトの表示が「役務に関する広告」としての使用であると主張しているが、役務の内容や提供を受ける方法など、役務提供の実体をうかがわせる記載を伴っていないため、需要者等には一体何を広告するのか理解できない。そのような表示が「役務に関する広告」に該当するはずがない。
(2)被請求人は、本件商標の不使用について正当な理由があると主張し、「正当な理由」には「第三者の故意または過失によって生じた事由」が含まれ、本件はこれに該当すると主張するもののようである。しかし、「第三者の故意または過失によって生じた事由」とは、一般に「類焼、放火、破壊その他の第三者の故意または過失によるもの」と解されている(甲14)。即ち、類焼や放火によって工場や倉庫等に保管していた商品(商標を付した商品)が焼失したり、第三者により破壊されたりして、物理的に販売できなかった場合などが想定されているのである。
他方、本件では、被請求人が開設準備をしていたという歯科医院が類焼により焼失したり、破壊されたといった事情は見当たらない。賃貸ビルで所有者変更等により立ち退きを求められることは珍しくないし、看板については賃貸借契約書(乙29)の第8条で貸主の承諾を得ることが定められており、被請求人はこれに同意して契約しているのであるから、貸主が看板の掛け替えを拒んだとしても何ら不当ではないし、無論違法でもない。ちなみに、乙28は平成26年の作成であるが、被請求人が本件商標を出願したのは同30年であるから、同号証の当時に被請求人が企図していた看板の変更は本件商標とは無関係のものと考えられる。いずれにしても、仮に看板を変更できなかったことが不使用の原因であったとしても、正当な理由に該当しないことは明らかである。
さらに、最初に立ち退きの要請があったのは令和2年6月頃とされており、本件審判請求に遡ること2年余り前のことである。被請求人が真に本件商標の使用を切望していたのであれば、立ち退き要請を契機として近隣の物件に移転するなど、準備期間は十分にあった。費用が嵩むから使用できなかったというのは、第三者の故意または過失によって生じた事由ではなく、「正当な理由」に当たらないことは言うまでもない。
また、被請求人は令和5年1月に「United Dental Office」(麻布台)とは別の場所(東新橋、乙26)に、訪問診療に係る歯科医院を開設しているが、訪問診療であれば、「United Dental Office」の貸主から「立ち退きを求められている」「看板が変更できない」との事情とは関わりなく、本件商標を使用できたはずである。先般の口頭審理において、被請求人は訪問診療の開設について最近まで知らなかった旨を述べているが、専ら被請求人の個人的な事情にすぎず、およそ「正当な理由」に該当するものではない。しかも、訪問診療に係る歯科医院の所在地は被請求人が従前から開設している「United Dental Office」とは別である。「同一住所に複数の歯科医院を開設できない」との被請求人の認識を前提としても、異なる住所であれば訪問診療であるかどうかにかかわらず、別の歯科医院を開設できることは当然に知っていたのであるから、少なくとも要証期間中において被請求人は別の歯科医院を開設するつもりがなかったことになる。したがって、本件商標を使用する真摯な意思があったなどとは到底言えず、その準備を行っていたとすることもできない。
(3)被請求人は、要証期間経過後に訪問診療を行っているとして乙27を提出しているが、同号証を子細に検討しても、被請求人が本願商標を用いて訪問診療その他の歯科医業を行っているかどうか、不明である。乙27の2におけるクレジット売上票には「アザブダイヒルズシカイイン」との記載があるものの、これがどのような経緯で作成されたのか説明は全くなく、指定役務との具体的な関係をうかがわせるものは皆無である。いずれにしても、要証期間経過後の資料であるから本件審判の結論に影響することはなく、これ以上の主張・立証を試みる意義もないことを付言する。
(4)被請求人上申書における主張は、要するに、請求人が陳述要領書において記載した事実関係が正しいことを認めたものに他ならない。
被請求人が指摘するとおり、請求人が「麻布台ヒルズ」の名称を公表したのは2022年12月14日であるが、同年9月より前から存在していたことに争いのない被請求人のブログ(甲12)において、被請求人は以下のようにつづっている(なお、「麻布台-虎ノ門開発」とあるが、「麻布台ヒルズ」は請求人らが推進する「虎ノ門・麻布台地区第一種市街地再開発事業」により建築された。)。
「我々は麻布台-虎ノ門開発について興奮している。日ごとに工事が進んでいる。二人の米国歯学部卒業生で米国の免許を有する歯科医師による、英語での対応が可能な歯科医院として、国際的なコミュニティに歯科医療を提供できる。(中略)我々はAzabudai Hills Dental Officeを計画しており、患者さんは迷うことなく我々のところに来ることができる。」
歯科医院の名称を「Azabudai Hills Dental Office」にすれば患者が迷うことなく訪れることができる、ということは、工事が進んでいる物件の名称が「麻布台ヒルズ」になる(そして自分たちの歯科医院がそこに入居する)ことを前提とした記述であり、そのように理解することが通常である。したがって、被請求人は公表前から当該物件の名称が「麻布台ヒルズ」になるであろうことを予想していたのである。
(5)請求人が第36類で「麻布台ヒルズ/AZABUDAI HILLS」を商標出願したのは2001年であるが、当時は多数の地権者と話し合いを続けている最中であって、計画を実現できるかどうか全く不明な状況であった。そのため、当然ながら物件名も未定であり、有力な候補であった「麻布台ヒルズ/AZABUDAI HILLS」を最も重要な第36類で出願したものの、その他の区分までは手が回らなかったのが実情である。そもそも、使用することになるとしても相当先の将来であるし、不動産以外にどのような役務等で使用するかも五里霧中の状態であったから、闇雲に出願するわけにもいかなかった。使用するかどうか不明な多くの分野に出願することは、商標法の趣旨にも反するところであって、出願しなかったことについて非難されるいわれは全くない。
(6)請求人と被請求人の間で交わされた会話は、請求人陳述要領書に記載したとおりであるが、被請求人の発言が不自然であるなどと主張するものではなく、請求人が麻布台ヒルズへの入居を強く希望し商標権譲渡の話については取り付く島もない態度であったことを指摘したまでである。
(7)本件商標の価値評価に関し、日本弁理士会の知的財産価値評価センターが作成し、パテント2007年1月号に掲載された「知的財産価値評価ガイドライン(第1号)の公表と知的財産価値評価推進センターの活動紹介」と題する記事において、「商標は、特許その他の知的財産権と異なり、創作的活動の成果を保護する制度に支えられているのではなく、営業上の信用標識を保護する制度に支えられている。そのため、特許権に比べ、特に使用状況が価値評価に与える影響が大きい。」としたうえで、「使用して初めて評価価値が生まれること 使用実績に基づく業務上の信用が保護実体であることに留意して評価すべきである」と記載されている(甲15)。評価手法が何であれ、使用されていない商標に大きな価値が認められることはないのである。
(8)被請求人が本件商標を出願するに至った動機は、甲12が端的に示しているものと思料する。
(9)被請求人は、移転先の場所で本件商標を用いて歯科医院を開設するとしているが、請求人としては到底容認できないところである。仮に万一そのような事態になれば、請求人は法的措置を取らざるを得ない。
第3 被請求人の主張
1 答弁の趣旨
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする旨の審決を求め、審判事件答弁書、口頭審理陳述要領書及び令和6年1月10日付け上申書において要旨以下のように述べ、証拠方法として乙1から乙42(枝番号あり。)を提出した。
2 答弁の理由
(1)本件商標は、被請求人の歯科医院の屋号及び歯科医療サービスを表すものとして使用されており、主に以下の場面で使用されている。
ア ウェブサイト(乙1の1~4)
被請求人は、要証期間に日本国内において、被請求人の運営するウェブサイトで、本件商標と社会通念上同一の商標を使用している。すなわち、本件商標の下段を構成する「Azabudai Hills Dental Office」の英文字は、「Azabudai Hills」という一種の造語と英語で「歯科医院」を意味する「Dental Office」(乙2)とを組み合わせたものであり、本件商標の上段を構成する「麻布台ヒルズ歯科医院」と観念が同一であることから、本件商標と当該ウェブサイト上の商標とは、社会通念上同一の商標といえる。
なお、被請求人は、当該サイトにおいて、被請求人の氏名等の追記、配置変更や、虚偽表示とならないよう「R」(いわゆる、丸アール)を「TM」の記号に変更するなど要証期間に何度か修正を加えて、当該サイトを更新しているが、当該ウェブサイトで本件商標と社会通念上同一の商標を使用していることには変わらない。
イ 名刺(乙3)
被請求人は、要証期間に日本国内において、本件商標と社会通念上同一の商標を名刺に付して頒布している。具体的には、被請求人は、本件商標と社会通念上同一の商標を付した名刺を2022年2月3日に発注し、同月9日以降より頒布している(乙4の1~3)。
一般に、名刺には、一方の面に日本語表記を用い、他方の面に英語表記を用いて使用する性格があり、この名刺の媒体としての商慣行上、被請求人が使用している名刺には、本件商標を構成する上段の「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字が一方の面に記載され、本件商標を構成する下段の「Azabudai Hills Dental Office」の英文字が他方の面に記載されている違いはあるものの、名刺に使用されている商標は、本件商標と同一の観念を生じる社会通念上同一の商標といえる。
また、名刺は、いうまでもなく、名刺の受取人のほか、その家族、友人や知り合いを紹介するための集客にも活用される営業広告ツールであり、被請求人も、集患を図るために、一方の面に「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字の下に「歯科医師」と被請求人の氏名の日本語表記を記載し、他方の面に「Azabudai Hills Dental Office」の文字の下に、歯科医師を英語で表す「DDS」(Doctor of Dental Surgeryの略)と被請求人の氏名の英語表記とを記載した名剌を、2022年2月9日から現在に至るまで頒布している。
ウ その他(実際の歯科医院での使用)
上記の使用状況により、被請求人が本件商標を要証期間に日本国内において使用していることは明らかであるが、本件商標を他の態様で使用していない事情について付言する。
一般に、お店や事業などを新たに開始する場合には、パンフレットやチラシなどの広告媒体や実店舗の看板などに商標を使用して大々的に宣伝広告することも少なくないが、被請求人は、新たに本件商標を使用して歯科医療サービスを提供する予定であったビルの所有者から立ち退きを2020年6月から求められ、現在もビル所有者と立ち退きの条件等について係争中である(乙5)。また、これと並行して、被請求人は、麻布台エリアで新たな歯科医院の候補となる物件を探しているが、被請求人の予算を満たし、下水設備の完備や歯科医療機材を設置するためのスペースなど歯科医療業を行うための歯科医院特有の条件を具備する物件は、現時点で見つかっていない状況にある(乙6)。
このような事情により、被請求人は、同ビルでの歯科医療サービスの提供ができなくなる可能性があるため、現時点では、被請求人の現在の歯科医院「United Dental Office/ユナイテッドデンタルオフィス」の看板等を本件商標に取り替えて、同ビルでの歯の治療は行っておらず、医療法、歯科医師法などの様々な規制を受ける歯科医療サービスの役務の特性からしても、パンフレットやチラシなどの広告媒体に本件商標を使用して大々的には宣伝広告は行っていない。しかし、被請求人は、実店舗(医院)で本件商標を使用して歯の治療は行っていないものの、本件商標を付した名刺を配布し、直接又は名剌に記載された電話番号による電話での歯科医療に関する相談に応じ、歯に関する指導や専門的な情報提供を行っている。また、歯科医院にする物件が決まるまで、暫定的に、訪問歯科医療の形で歯に関する問診から治療まで行っていることを付言する。
これらの使用状況から、本件商標は被請求人の歯科医院の屋号及び歯科医療サービスを表すものとして使用されていることがわかる。
(2)次に、被請求人が指定役務である「歯科医業」又は「歯科医療情報の提供」を行っている証拠(乙7~乙16)を提出する。
商標登録出願において「歯科医業」又は「歯科医療情報の提供」を指定役務とすることができるのは、歯科医師又は医療法人に限定されているところ、被請求人は、昭和57年(1982年)から現在に至るまで歯科医師として40年以上にわたり歯科医業に従事し、歯の治療、歯に関する保健指導、健康管理等の歯科医療サービスを提供している(乙7、乙8)。
歯の治療としては、例えば、むし歯の処置や入れ歯、詰め物・冠・差し歯などの製作と装着、歯並びの矯正、抜歯やインプラントなどの外科的治療に加えて口腔領域の良・悪性腫瘍も対象としており、歯に関する保健指導、健康管理としては、例えば、一般的な歯科疾患に関する相談や問診のほか、歯に関するセカンドオピニオンや助言など歯科医師としての専門的な情報提供なども行っている。
被請求人が提供する歯科医療サービスは、「歯科医業」としての側面と「歯科医療情報の提供」としての側面を備えた二面性を有する役務である。これは、例えば、歯科医師である被請求人が直接又は電話による相談や質問を受けることにより、相談や質問の内容によっては、相談者・質問者の問診・検査から歯の治療・処置へと展開するという典型的な「歯科医業」に該当するケースもあれば、歯の治療・処置に発展しなくても、日ごろの歯磨きなど歯の管理や歯の治療機器の手入れに関する助言にとどまるケースもある。また、相談や質問の内容によっては、他の歯科医師が採用する診断・治療方法や他の歯科医院で使用される治療設備・施設に関する専門的な情報を提供するという「歯科医療情報の提供」に該当するケースもある。このような二面性のある役務は、不使用取消審判の場面においては、この二つの側面のいずれか一方にのみ属し、又はいずれにも属さないと考える必要はなく、それぞれの分類に属する役務と考えるべきである。
乙10の1から12は、被請求人により、少なくとも令和4年(2022年)2月から令和4年(2022年)7月までの間に、日本国内において、乙3の名刺を受け取り、上記役務「歯科医業」又は「歯科医療情報の提供」の提供を受けた一部の者による証明書である(乙9は、記入前の証明願/証明書のサンプルである。)。これらの者は、親族や従業員など被請求人の利害関係人ではなく、被請求人の患者等のBtoC(乙10の1~7)という形だけでなく、例えば、甲11の見積書を発行している歯科医療に関連する取引者等のBtoB(乙10号証の8~12、乙11~乙16)という形で、本件審判の要証期間において、被請求人が「歯科医業」又は「歯科医療情報の提供」を行っていたことがわかる。
以上の商標の使用状況及び役務の提供方法に鑑みると、被請求人は、本件商標を「歯科医業」又は「歯科医療情報の提供」の役務に使用しているといえる。
3 口頭審理陳述要領書(令和5年11月17日付け)
(1)請求人の主張について
ア 請求人は、被請求人が請求人代理人との初めての面談(2022年9月2日)で「本件商標の使用の実績を残すために名刺を作成した」と発言したと主張しているが、請求人は、当該発言の前後の会話などの具体的な会話内容について何ら言及せず、名目的に本件商標を使用しているという誤った心証を与えるために、請求人は、被請求人の発言を都合の良いように誘導した可能性があり、この主張の信用性に疑義が残る。
とりわけ、この面談が行われた2022年9月2日の時点においては、被請求人は、弁理士等の代理人を立てることなく、本件商標の商標登録出願から商標登録に至るまでの手続を全て請求人自らの手で行い、被請求人自らが、本件の対応にあたっているので、請求人代理人が、商標法の専門家ではない被請求人に、高庄的に不使用取消審判等の法的措置で商標権の消滅をチラつかせ、一方的に専門用語でまくし立て、今後の譲渡交渉が有利に運ぶように被請求人の発言を誘導し事実を歪曲した可能性が高い。この面談で、被請求人は、名刺を作成したことは伝えたが、同時に、本件商標を使用して、新しい歯科医院の名称を広める意向であることも伝えている。
したがって、2022年の9月2日付けにおける請求人代理人と被請求人との間の面談内容「本件商標の使用実績を残すために作成されたものである」という主張は信用できず、証拠としての客観性に欠ける。
イ また、請求人は、2022年9月2日の面談について「事実、被請求人は、請求人との最初の面談において、物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろうことは察しがついたから出願した旨を述べている」と主張しているが、この主張も、請求人は、被請求人の発言を都合の良いように誘導し、事実を歪曲した可能性があり、この主張の信用性に疑義が残る。
したがって、2022年の9月2日付けにおける請求人代理人と被請求人との間の面談内容は信用できず、証拠としての客観性に欠ける。
なお、2022年9月6日に、被請求人は、日本弁理士会(関東会)の無料相談窓口で、同日に相談担当であった被請求人代理人に本件に関して相談をし、その後、本件に関する交渉等は、請求人自身ではなく、被請求人代理人が対応にあたっている。
ウ 請求人は、「その後、審判請求書の副本が送付された後に被請求人代理人から電話があり、アサインバックの方法であれば協力できる可能性があるとの連絡があった」と述べているが、この主張も不正確であって、交渉経緯が歪曲されている。
2022年10月31日付けの審判請求書の副本を受領した被請求人は、被請求人代理人と対応措置について相談をし、応答書を提出して商標の使用を主張する措置のほか、甲5の請求人の書簡に記載されている「アサインバック」の措置も取り得る説明を被請求人代理人から受けた。被請求人代理人の説明を受けるまでは、被請求人は「アサインバック」という専門用語について理解しておらず、2022年9月2日の請求人との面談の時点では、本件商標の譲渡の打診のほか「アサインバック」の打診も断ったが、「アサインバック」の仕組みを理解し、無用な紛争の長期化を避けるべく、「アサインバック」の打診に応じることを決めた。
被請求人代理人は、2022年11月29日に請求人代理人に電話し、被請求人が「アサインバックの方法であれば協力できる可能性がある」ではなく、請求人のアサインバックの要請に協力する意思があることを明確に伝えている。
しかしながら、甲5の請求人の書簡に示されているように請求人が「アサインバック」の措置を要請したにもかかわらず、同年12月20日に「アサインバック」ではなく、一転して、本件商標を譲渡してほしいと要求し、請求人の役員を含む社員複数名との直接面談を請求人代理人が電話で申し込んできた。
被請求人は、2022年9月2日付けの請求人代理人の面談の不誠実な対応に不信感を抱いていたが、このような請求人側の態度の急変によって一層の不信感を抱くようになった。請求人は、日本の大手デベロッパーで、自社の社員の手による地上げも行う不動産会社としての評判もあるので(乙17)、被請求人が、高齢であることもあり、請求人側の巧妙な交渉手口に警戒をし、被請求人代理人が同席することを条件に、役員を含む社員複数名との直接面談に応じることとした(乙18)。
請求人と被請求人との直接面談は、2回(1回目:2023年1月25日、2回目:同年2月17日)行われ、請求人側の方は、請求人の取締役常務執行役員と請求人の役員、法務部部長・社員2名が参加しているが、請求人の要望により請求人代理人は2回とも参加していない。
エ 請求人は、「最初の面談は2023年1月25日で、その前月には「麻布台ヒルズ」の名称が公表されていた(甲6)が、被請求人は当該物件への入居を強く希望するのみで、商標権譲渡の議論は殆どできなかった」と主張しているが、そもそも、被請求人は、請求人代理人との初めての面談から一貫して本件商標を譲渡する意思がない旨を表明しており、請求人からの直接面談の要請に応じたにすぎないので、被請求人側から本件商標の譲渡を議題に挙げていないことに何ら不自然なことではない。
この直接面談において、被請求人は、麻布台エリアで歯科医療サービスを提供し続ける思いを説明し、Tデンタルオフィスで勤務していた時代を含めると約40年近く麻布台周辺で歯科医療サービスを提供していることから(乙19)、本件商標を譲渡せず、歯科医療サービスに使用し続ける意思を表明している。Tデンタルオフィスは、請求人所有のビルに入っていることもあり、請求人役員と被請求人に共通の医師の知り合いがいることが判明し、話し合いは和やかに行われた。この面談で、請求人が商標権譲渡を議題に挙げる機会はいくらでもあったにもかかわらず、請求人は、商標権譲渡の議論をしなかった。すなわち、「議論できなかった」わけではない。よって、「商標権譲渡の議論は殆どできなかった」という請求人の主張は失当である。
さらに、「被請求人は当該物件への入居を強く希望するのみ」と請求人は主張しているが、乙6に示されているとおり、被請求人が新たに本件商標を使用して歯科医療サービスを提供する予定であったビルの所有者から2020年6月より立ち退きを求められ、麻布台エリアで新たな歯科医院の候補となる物件を探している状況にあったので、当該物件の空き状況について請求人に伺うことは至って自然なことである。「被請求人は当該物件への入居を強く希望するのみ」という請求人の主張には、あたかも被請求人が当該物件に強く執着しているような心証をいだかせる意図がうかがえるが、乙7に示されているとおり、当該物件以外にも、被請求人は、麻布台エリアで新たな歯科医院の候補となる複数の物件について地元の不動産会社に照会している。
その上、弁駁書において、「2020年に被請求人から英文で入居を希望する旨のメールが届いていたことが確認された(甲7)」とあるが、甲7に示されているとおり、当該メールの送信日は、2020年7月3日であって、被請求人が立ち退きを求められてからすぐ後のことである。ビルの立ち退きを求められ、麻布台エリアで新たな歯科医院の候補となる物件を探している状況において、当該物件において歯科医療サービスの提供の可否を探ることは格別不自然なことではない。
さらに、弁駁書において、「乙4のメールに返信しなかったことへの謝罪」(「乙4」は「甲第7号証」の誤記と思われる。)とあるので、当該メールの送信日である2020年7月3日から請求人との最初の面談日である2023年1月25日までの約2年半の間に、当該メールに対する返信がないことにつき、被請求人は請求人に対して何ら追及も問い合わせもしていない。もし、被請求人が「当該物件への入居を強く希望」していたのであれば、請求人に対して当該物件について少なくとも一度はメールの問い合わせをしているのが自然であるが、被請求人は、それ以上、当該物件への入居を追求することなく、麻布台エリアにおける他の物件探しにあたっているので、「当該物件への入居を強く希望」という請求人の主張は、明らかに失当である。
オ 請求人は、弁駁書において、「「麻布台ヒルズ」への入居が叶わない以上、本件商標を被請求人が保有する意義はないであろうから譲渡頂きたい旨を要請した。すると被請求人からは、譲渡するのであれば条件が重要だ、客観的な根拠のある対価でなければならない、と発言があった」と主張しているが、この主張も不正確であり、請求人に都合の良いように脚色されている。
確かに、請求人による本件商標の譲渡の申し入れはあったが、上記のとおり、被請求人は一貫して本件商標を譲渡しない意向であり、話し合いが平行線のままであったので、被請求人代理人は、「本件商標の譲渡を希望されるのであれば、少なくとも譲渡の条件を示していただく必要がある」ことを請求人に申し上げたにすぎず、「譲渡するのであれば条件が重要だ、客観的な根拠のある対価でなければならない」と発言しておらず、具体的な対価についても何ら言及していない。
カ 請求人は、弁駁書において、「請求人代理人が譲渡の対価として200万円を提案したところ、一桁違うのではないかとの反応であった」と主張しているが、この主張も、請求人代理人の単なる感想にすぎない。基本的に、この面談では、被請求人代理人は、本件商標を譲渡する場合における請求人側の考えを淡々と聞き取り、請求人代理人から聞き取った内容を請求人に報告し、改めて回答する旨を請求人代理人に伝えただけである。
なお、請求人代理人が提案する200万円の根拠を請求人代理人に質問してみたところ、請求人代理人は、具体的な根拠を挙げることなく、過去の取引経験に基づいて200万円が妥当な金額であると回答している。
キ 請求人は、弁駁書において、「被請求人からは、3月10日にメールで回答が届いた」とあるが、弁駁書に当該メールが添付されていないので、乙20として、補充提出する。
当該メールに記載されているように、被請求人代理人は、被請求人が長い間、麻布台エリアで歯科医療サービスを提供してきたことの思いを請求人代理人にお伝えし、当該メールにおいても、請求人は、本件商標を使って、麻布台エリアで歯科医療サービスを提供し続けたいが故に、本件商標を譲渡する意思がないことを明らかにしている。
さらに、弁駁書において、5,000万円の評価価値について「請求人代理人からは電話で、使用していない商標はどうしてこれだけの価値があるのか理解できない」とあるが、被請求人代理人は、当該メール(乙4)及び同メールに添付された価値評価メモ(甲8)に示されているように、「ロイヤルティ免除法」という算定方法によって、5,000万円の評価価値に至った根拠を明確に示して丁寧に説明している。
当該メールに記載されている「ロイヤルティ免除法」という算定方法は、インカムアプローチという手法の一種であって、知財価値評価の入門的な教科書に必ず掲載されている手法であって、実際に多く利用されている(乙21)。また、最高裁も「特許権の適正な評価額は、特許権を活用した事業収益の見込みに基づいて算定されるべき」というように知的財産を将来的な見込みに基づいて算出されるべき考えを示している。弁駁書の請求人は、被請求人が本件商標を不当に高額で買い取らせようとする心証をいだかせる意図がうかがえるが、被請求人の将来的な事業収益の見込みに基づいて客観的に本件商標の価値を評価することには何ら問題はない。
なお、被請求人代理人は、民間企業や裁判所の依頼によって商標を始めとして多くの知的財産の鑑定評価を行った実務経験があり、日本弁理士会により商標権の価値評価人として信頼も得ており(乙22)、甲8に示されている鑑定評価も、その経験に基づくものである。
ク 請求人は、弁駁書において、被請求人歯科医院の看板、掲示板、入口ドアについて、「United Dental Office」の表示しかないと主張するが、被請求人が運営する歯科医院の施設は、一般的な役務を提供する施設と異なり、国及び東京都の様々な規制の対象となり、歯科医院の名称及びそれを表示する広告も規制の対象となり、歯科医院に関する変更を行うには必ず届け出を行う必要がある(乙23)。被請求人が歯科医療サービスを提供するビルのオーナーとの立ち退きの係争の結末が不確定である中、看板、掲示板、入口ドアを変えても、係争の結果次第では、看板等の多大なコストの無駄の可能性がある。また、同一の住所において、異なる名称の歯科医院の設置が認められないなど、歯科医院の名称及びその広告は保健所のガイドライン等の様々な規定に服する必要があったため、歯科医院の看板等に本件商標を表したことができない事情があった。しかし、商標法第2条第3項各号のいずれかに該当すれば、商標の「使用」となるので、本件商標を看板等に表していないことだけをもって、直ちに請求人が本件商標を使用していないことにはならない。
ここで、商標法第2条第3項の「使用」について、工業所有権法(産業財産権法)逐条解説[第22版](発行所:社団法人発明協会)において、8号は、商標の広告的使用を定義したものである。商標の広告的な使い方にも信用の蓄積作用があり、また、このような他人の使い方は商標の信用の毀損を招くという理由で、商標を広告等に用いる場合もその使用としてみるべきであるという見地から、これを商標の使用の一態様として捉えたのである。したがって、商品が製造される前、あるいは役務が提供される前にその商品又は役務に使用する予定の商標をあらかじめ新聞や雑誌などに広告するような場合は、その広告は既に商標の使用となる旨が記載されているように、被請求人が、役務「歯科医療」を提供する前にその役務に使用する予定の本件商標をあらかじめに広告することも「使用」に該当する。
ケ 請求人は、弁駁書において、被請求人のウェブサイトについて、本件商標の指定役務の使用に該当しないと主張するが、失当である。被請求人のウェブサイトは、商標法第2条第3項第8号における「役務に関する広告」に該当し、本件商標の使用の事実(被請求人のウェブサイト)について具体的に説明する。
(ア)商標の使用者
乙1の1から4に示されているように、本件商標権者の英語表記が表示され、請求人が提出した甲11においても表示されている。
(イ)使用に係る役務
乙1の1から4に示されているように、英語表記で「歯科医師」を意味する「DDS(Doctor of Dental Surgeryの略)」が表示され、請求人が提出した甲11においても、「日米の歯科医師免許を保有する歯科医師」と表示されているので、本件商標権者が行う業務が「歯科医療」であることが示されている。
(ウ)使用に係る商標
乙1の1から4に示されているように、本件商標の下段の「Azabudai Hills Dental Office」の英文字が表示されているほか、請求人が提出した甲12においても、同ウェブサイトのブログ(2022年9月)で「Azabudai Hills Dental Office coming soon」と画面中央に二段で表示されているので、本件商標と社会通念上同一の商標が表示されている。
(エ)使用時期
乙1の1から4に示されている請求人のウェブサイトの内容は、2022年5月に表示され、請求人が提出した甲12に示されている同ウェブサイトのブログの内容は、2022年9月に表示され、商標法第2条第3項第8号における「役務に関する広告」に該当し、本件商標権者が行う業務である「歯科医療」に関する電磁的方法による広告(ネットワークを通じた広告)として、少なくとも2022年5月から同年9月の期間においてインターネットに表示された。
コ 請求人は、弁駁書において、被請求人の名刺について、本件商標の指定役務の使用に該当しないと主張するが、失当である。被請求人の名刺は、商標法第2条第3項第8号における「役務に関する広告」に該当し、本件商標の使用の事実(被請求人の名刺)について具体的に説明する。
(ア)商標の使用者
乙3の名刺に示されているように、名刺の印刷内容として、一方の面に日本語表記で本件商標権者が表示され、他方の面に英語表記が表示されている。
(イ)使用に係る役務
乙3の名刺に示されているように、名刺の印刷内容として、一方の面に日本語表記で「歯科医師」と表示され、他方の面に英語表記で「DDS(Doctor of Dental Surgeryの略)」と表示されている。
「歯科医師」の表記は、歯科医師法第4章「業務」にも定められているように、歯科医師でなければ、歯科医業をなしてはならず(同法第17条)、歯科医師でなければ、歯科医師又はこれに紛らわしい名称を用いてはならないものであって(同法第18条)、歯科医師の免許を持たない者が歯科医師であるかのように表示することは罰則の対象になることから(同法第30条)、「歯科医師」の本件商標権者が行う業務が「歯科医療」であることが示されている。
(ウ)使用に係る商標
乙3の名刺に示されているように、名刺の印刷内容として、一方の面に本件商標の上段の「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字が記載され、他方の面に本件商標の下段の「Azabudai Hills Dental Office」の英文字が記載されているので、本件商標と社会通念上同一の商標が表示されている。
(エ)使用時期
乙4の1、2に示されているように、名刺の発注日として、「2022年2月3日」(お届け予定日は「2月9日」)と表示され、名刺の枚数は、100枚と表示されている。これらの名刺は、商標法第2条第3項第8号における「役務に関する広告」に該当し、本件商標権者が行う業務である「歯科医療」に関する広告として、乙4の1に示されている名刺お届け予定日の2022年2月9日の後に頒布された。
なお、本件の審理事項通知書において、署名・押印された証明書について客観的かつ具体的に事実関係を詳述するものでないという指摘があるので、乙10の8の証明書の署名・押印した方により客観的かつ具体的な事実関係を確認する書面をいただいた参考資料と共に補充提出する(乙24)。
この参考資料の中には、乙11の見積書に対応する発注書も含まれているので、この参考資料により、この見積書が不自然とする請求人の主張も失当であることが明らかである。
サ 請求人は、弁駁書において、被請求人が「麻布台で開発中の物件が商標「麻布台ヒルズ」を2001年出願しているから、麻布台で開発中の物件が「麻布台ヒルズ」と命名される可能性が高いことは、容易に推測できる」と主張するが、失当である。まず、請求人が所有するビルで「ヒルズ」が含まれないビルは多数存在し(乙17)、請求人のビルの全てが「地名+ヒルズ」になるとは限らない。また、請求人のビルの最寄駅は、地下鉄日比谷線の「神谷町」駅であるので、「六本木ヒルズ」、「虎ノ門ヒルズ」、「表参道ヒルズ」など請求人の過去の商標の出願傾向からすると「駅名(神谷町)+ヒルズ」になることも十分に考えられ、「ヒルズ」を含む建物が多数存在し、全てが請求人に関係するビルとは限らない。さらに、請求人が建設業に係る第36類で商標「麻布台ヒルズ」を2001年に出願していることは、建設業界の同業者でない限り、調べることはあり得ず、歯科医師である被請求人が、2001年に第36類で商標「麻布台ヒルズ」が請求人によって出願されていたことを知らなかった。被請求人が麻布台エリアで歯科医院に勤務していることから、請求人が建設工事を行っていることには気づけても、建設されている物件が「麻布台ヒルズ」と命名されることを容易に推測できたとする請求人の主張には無理がある。
(2)小括
被請求人側は、4度にわたって請求人側との直接の面談に応じ、2022年9月2日付けの最初の面談から請求人側に対して一貫して本件商標を譲渡することを頑なに拒否しており、本件商標を指定役務「歯科医療、歯科医療情報の提供」に使用する意思があることを表明している。請求人は、被請求人があたかも不当な利得を得るために本件商標を出願したという心証を抱かせるストーリーを作り上げているが、被請求人は請求人に対して何ら不当な要求をしておらず、本件商標について「歯科医療、歯科医療情報の提供」について正当に出願し、要証期間内において正当に使用しているので、被請求人は、今後も、本件商標を「歯科医療、歯科医療情報の提供」について使用し続けられることを願っている(乙9)。
4 上申書(令和6年1月10日付け)
(1)審尋における陳述についての補足説明
ア 「本件商標を名称とする歯科医院は、要証期間においてまだ開業していないが、今年1月に開業を保健所に申請した」ことについて
本件の第1回口頭審理において、被請求人は、本件商標を名称とする歯科医院は、要証期間においてまだ開業していないが、2023年1月に開業を保健所に申請した。これを裏付けるべく、被請求人が港区保健所に提出した届け出の写しを提出する(乙26)。
口頭審理で被請求人が陳述したとおり、保健所の規制により同一住所に複数の歯科医院を開設できないものの、訪問診療という形であれば、開設できることを知り、被請求人は、2023年1月27日に訪問診療として本件商標を名称とする歯科医院を開設した。その後、被請求人は、現在に至るまで、本件商標を使用して、訪問診療を行っている(乙27)。
イ 「本件商標権者の経営する医院に、本件商標を付した看板は、要証期間及び現段階において掲げられていない」ことについて
本件の第1回口頭審理において、被請求人が陳述したとおり、確かに、本件商標権者が経営する医院に、本件商標を付した看板について、要証期間及び現段階において掲げていない。
しかし、被請求人は、要証期間において、本件商標を付した名刺を配布し(乙10、乙24)、被請求人のウェブサイトに本件商標を表示するほか(乙1の1~4)、請求人が提出した同ウェブサイトのブログの写しにもあるように「Azabudai Hills Dental Office coming soon」(甲12)と表示しており、これらは、商標法第2条第3項第8号における「役務に関する広告」としての商標の「使用」に該当する。
ここで、商標法第50条の「使用」について、知財高裁において「商標法50条の主な趣旨は、登録された商標には、その使用の有無にかかわらず、排他独占的な権利が発生することから、長期間にわたり全く使用されていない登録商標を存続させることは、当該商標に係る権利者以外の者の商標選択の余地を狭め、国民一般の利益を不当に侵害するという弊害を招くおそれがあるので、一定期間使用されていない登録商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求することができるというものである。
上記趣旨に鑑みれば,商標法第50条所定の「使用」は、当該商標がその指定商品又は指定役務について何らかの態様で使用されていれば足り、出所表示機能を果たす態様に限定されるものではないというべきである、と判示されているように(平成26年(行ケ)第10234号、知財高裁平成27年11月26日判決)、看板以外の態様であっても、名刺やウェブサイト・ブログを介して本件商標を表示することは「役務に関する広告」(商標法第2条第3項第8号)に該当し、商標法第50条の「使用」に該当する。
もし、仮に、被請求人による上述の行為が商標の使用として認められるには不十分であったとしても、少なくとも、これらの行為により、本件商標を使用する具体的な準備が進められており、被請求人に真摯な使用意思があったことは明らかである。そして、仮に、商標の使用としての条件を充足していなかったとしても、被請求人には本件商標を使用していなかったことについて、商標法第50条第2項ただし書の「正当な理由」がある。
ここで、商標法第50条第2項ただし書の「正当な理由」について、知財高裁において「不可抗力によって生じた事由、第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者の責めに帰することができない事由が発生したために使用できなかった場合」と判示しているところ(知財高判平成22年12月15日、平成22年(行ケ)第10013号)、答弁書でも述べたように、被請求人は、本件商標を使用して新たに歯科医療サービスの提供を予定していたビルの所有者から突然かつ一方的に立ち退きを求められており、このビルの所有者からの立ち退きは、予見も事前の回避もできず、被請求人の責めに帰することのできない事由に該当する。
立ち退きの通知を受領した時点から少し過去に遡ると、被請求人は、ビルの所有者から様々な不手際や嫌がらせのような行為を受けており、その中の1つとして、被請求人は、過去においても歯科医院の看板を新たに設置することをビルの所有者に要望したものの、その要望が受け入れられなかったこともあり(乙28)、立ち退きを求めるビルの所有者が新たな看板設置を求める被請求人の要望に応ずるはずもなく、看板設置の承諾を得ることが不可能な状況にあった。すなわち、仮に、保健所の定める諸基準を満たす形で本件商標を新たな歯科医院の名称として届け出て、新たな看板の準備をしたくても、立ち退きを求めるビルの所有者を説得し、看板設置の承諾を得ない限り、新たな看板を設置ことができない事情があった。そして、もし、被請求人が、ビルの所有者の承諾を得ることなく、新たな看板を設置していたら、ビルの所有者との賃貸借契約に違反し、損害賠償責任を負いかねなかったという事情がある(乙29)。
一方、立ち退きの求めがあっても、立ち退きの条件についての折り合いがつく可能性も時期も不確定であり、立ち退きの交渉の結果次第では、裁判所での訴訟に発展する場合もあれば、ビル所有者が立ち退きの求めを撤回する場合もある。よって、このような状況の下、立ち退きの争いの見通しがつくまでは、被請求人は、誤解・混同を招かないように留意して、自身のウェブサイトで「Azabudai Hills Dental Office coming soon」等と控えめに告知をし、被請求人に近しい患者・取引者に限って現在の歯科医院のビル又は麻布台エリアで新たに麻布台ヒルズ歯科医院を始める予定であることを説明して、本件商標を付した名刺を配布するにとどめていたのである。
そして、被請求人は、ビルの所有者から様々な嫌がらせを受けながら、弁護士を介して、歯科医院を適切に運営するための最低限の条件を満たし麻布台エリアにおける新たな移転先を探しつつ、立ち退きの条件について真摯にビルの所有者と交渉を幾度も試みたものの(乙30)、ビルの所有者が提示する立ち退き料の金額(乙31)と被請求人が歯科医院として立ち退くのに必要な補償額(乙32)との間に約10倍もの著しい開きがあり、合意が極めて困難であったことから、令和5年1月にビルの所有者から建物明渡等請求が裁判所に提起された(乙33)。詳述は控えるが、裁判所は、概ね、被請求人の立ち退きに要する補償額を妥当とし(乙34)、双方の和解を促した結果、2023年10月20日に和解成立に至っている(乙25)。
以上の経緯を鑑みれば、被請求人には、「指定役務の使用予定地からの立ち退き」という責に帰すことのできない、予見もできない特別な事情によって本件商標を使用することができず、かつ、本件商標を使用できなかった「正当な理由」があり、不使用を理由に商用登録を取り消すことは被請求人にとってあまりにも酷にすぎることである。
ウ 「訪問歯科医療は、要証期間に行っていないが、その事業実体を示す証拠を追って提出する」ことについて
上述のとおり、被請求人は、2023年1月27日に訪問診療として本件商標を名称とする歯科医院を開設し、その後、被請求人は、現在に至るまで、本件商標を使用して、訪問診療を行っているので、それを裏付ける証拠を提出する(乙27)。
(2)請求人の口頭審理陳述要領書に対する反論
ア 請求人は、口頭審理陳述要領書において、「被請求人が自発的に、使用の実績を残すために名刺を作成して配布した等の発言をし、「これで大丈夫ですよね?」と請求人代理人に質問してきた」と主張しているが、この主張は、請求人の都合の良いように被請求人の発言を歪曲したものであり、不正確である。
被請求人としては、単なる名目的な意図でなく、新たに開く予定の歯科医院を広告する目的で本件商標を自身のウェブサイトに表示し、被請求人の患者や取引者に対して名刺を配布して本件商標を正しく使用しているものと認識していたが、請求人代理人により聞き慣れない法律用語でまくし立てられて、看板を設置していないことで被請求人の商標登録が不使用を理由に取り消される可能性を懸念して請求人代理人に質問したまでのことである。
また、請求人は、「請求人代理人との電話会談で不安になった被請求人が日本弁理士会の相談窓口を訪れたのであろうと推測される」とも主張しているが、そもそも、被請求人は弁理士等の専門家に頼ることなく、特許庁に設置されている産業財産権相談窓口の担当者のサポートを受けて、自ら本件商標について出願し、登録を受けている。こうした経緯を踏まえれば、被請求人が日本弁理士会の相談窓口を訪問し、自ら出願し、正しく使用しているものと認識している登録商標が不使用によって取り消される可能性について心配になり、専門家の弁理士に相談することは至って普通の行動である。
さらに、「物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろうことは察しがついたから出願した旨の被請求人の発言は、2023年1月25日の面談でなされた」と主張しているが、被請求人は、このような発言をしておらず、請求人は、都合良く事実と異なるように面談の内容を歪曲している。
具体的には、被請求人が本件商標について出願した日が、2018年6月27日であるところ、請求人の物件について近隣住民に対して再開発工事の説明会が開催されたのは、被請求人の出願日から約8ヶ月後の2019年3月8日と3月9日である。その上、被請求人は、説明会の両日とも参加していないので、再開発工事についての説明を一切聞いていない。また、説明会で配布された資料から明らかなとおり、物件の名称が「麻布台ヒルズ」になることは全く記載されておらず(正式名決定のプレスリリース日:2022年12月14日)、建築主の名称「虎ノ門・麻布台地区市街地再開発組合」からしても、請求人「森ビル株式会社」に関連する物件であることを推測できるような余地が全くないことは明らかである(乙35)。
このような状況の中で、請求人と何ら関係性を持たない完全な部外者である被請求人が「物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろう」と察することができるような要素は一切なく、請求人の主張は明らかに失当である。
イ 請求人は、口頭審理陳述要領書において、「本件商標を使用する予定があるとの被請求人の回答を踏まえ、実際使用された場合のことを想定してみると、混乱が生じるおそれが大きいことや、ブランドイメージの希釈化などの問題点が請求人の社内で認識されるに至った」と主張しているが、そもそも、「麻布台ヒルズ」が請求人にとって重要な名称であって、本気でブランドイメージを大切に育てていく意向があったのであれば、より早い段階で、第36類の役務だけでなく、第44類の役務についても出願をし、ブランド保護を図る機会が十分にあったはずである。実際に、2023年1月25日の面談において、請求人会社取締役常務執行役員は「麻布台ヒルズ」への思いについて語るほか、より早い段階で出願すべきであったにもかかわらず出願することを怠ったことを暗に認めている。
このように、請求人は「大規模物件には歯科医院を含む医療機関が入居することが多」いと十分に認識し、第44類に属する歯科医療等の役務についても被請求人よりも早く出願をし、ブランド保護の適切な対策・措置を採る機会を十分に有していたにもかかわらず、それを怠った。さらに、本件商標の存在を理由に拒絶理由通知を受けたことを棚に上げて(乙36)、本件商標を真摯に使用する意思をもって正当に本件商標を出願し、商標権を取得した被請求人に対してアサインバックを含む商標権譲渡の交渉を請求人から持ち掛けておきながら、アサインバックの申し入れを突如撤回した。そして、譲渡交渉が不成立に終わったことで不使用取消審判により被請求人の商標権の剥奪抹消を図ることは、極めて不誠実であるばかりでなく、先願主義・先登録主義の趣旨、ひいては、商標法の目的からしても、到底認められないことである。
ウ 請求人は、口頭審理陳述要領書において、「被請求人からは「入居はしたかったので、登録している商標を調べて「麻布台ヒルズ」を出願した。なので、麻布台が竣工したら「ユナイテッドデンタルオフィス」の名称を「麻布台ヒルズ歯科医院」に変更しようと思っているといった趣旨の発言があり」と主張しているが、この主張も、請求人の社内報告用資料に基づき請求人に都合良く歪曲された客観性に欠ける伝聞証拠であって、不正確である。
上述のとおり、「物件名が「麻布台ヒルズ」になるであろう」と被請求人が予め察することができる要素が全くない状況の中、被請求人は、2018年6月27日に、特許庁の産業財産権相談窓口の担当者のサポートを受けて、第44類に属する「歯科医療」について、本件商標の登録の可能性の調べ方及び出願の仕方について親切に教えてもらい、登録を受けられる可能性があることを知り、本件商標を出願したのが事実である。
また、「被請求人からは、小さい区画で良いから出店の余地はないか、外国人の治療を中心にしているので麻布台ヒルズにはマッチしている、いった発言が続き」とあたかも被請求人が請求人の物件への入居を強く希望しているかのような心証を抱かせようとする主張をしているが、ビルの所有者から立ち退きを求められ、麻布台エリアで新たな歯科医院の候補となる物件を探している状況にあったので、当該物件の空き状況について請求人に伺うことは至って普通なことであり、被請求人の発言に何ら不自然なことはない。
さらに、被請求人は、40年以上にわたり麻布台エリアで歯科医療業を営んでおり、歴代の米国駐日大使を始めとする数多くの駐日大使や外資系企業の役員等の日本に滞在する多くのビジネスマンに歯科治療サービスを提供してきた実績があり、外国人コミュニティで長年信頼され、過去に請求人に入居の打診を受けたこともある「Tクリニック」内の「Tデンタルオフィス」のメインの歯科医師に任命されるほど高く評価されている歯科医師であるので、「外国人の治療を中心にしているので麻布台ヒルズにはマッチしている」という被請求人の発言も何ら不自然なところはなく、当然のことを述べたまでのことである。
被請求人の口頭審理陳述要領書でも述べているが、請求人の物件について一度だけメールで問い合わせをしてから2年半の間に、被請求人は再度の問い合わせをするなど何ら追及もしていない。この事実からしても、被請求人にとって、請求人の物件は、立ち退きを求められている状況下で、麻布台エリアにおける一つの物件にすぎず、入居を強く希望するほどの物件ではないことは明らかであり、請求人の主張は、被請求人があたかも不当な目的をもって本件商標を出願したかのような心証を抱かせようとするものである。とりわけ、被請求人は、過去に請求人が所有していたビルのTクリニック内のTデンタルオフィスでメインの歯科医師を勤め、請求人所有のビルで歯科医院を実際に運営した経験を持ちながら、僅か一回だけメールで請求人の物件について問い合わせをしてから2年半の間に全く追及もせず、麻布台エリアの他の複数の物件探しにあたっていた事実を考慮すれば、被請求人は、請求人の物件で再び歯科医療サービスの提供を強く希望するような執着は全くなく、請求人の物件への関心が格別に高くないことが容易に理解できる。
エ 請求人は、口頭審理陳述要領書において、「被請求人が求める対価の額が適切なものであるとし、乙21を提出している。しかしながら、同号証の表紙に「2005年4月施行の新職務発明制度に対応」「「発明の対価」はいくら?」「特許ライセンスはいくら?」とあることからして、専ら特許を念頭に置いた評価手法の説明である」と主張しているが、同号証の表紙の題名「知財評価の基本と仕組みがよーくわかる本」に一切言及することなく、表紙のキャッチコピーだけを引用して、あたかも被請求人の評価手法が特許のみに採用されるかのような印象を与えようとしている。
しかし、本件商標の価値を評価するのに採用した「ロイヤルティ免除法」は、特許だけでなく、商標の価値評価の実務においても一般的に使用されており、日本弁理士会発行の「知的財産価値評価ガイド」(商標編)で商標の鑑定評価書の雛形の目次にも「ロイヤルティ免除法」が記載されている(乙37)。よって、被請求人が本件商標の価値評価に使用した手法について「専ら特許を念頭に置いた評価手法」とする請求人の主張は、明らかに失当である。
オ 請求人は、口頭審理陳述要領書において、「何故に本件商標の出願に至ったのか、被請求人から合理的な説明は一切なされていないことを申し添える」とあるが、そもそも、商標は、創作物ではなく、選択物であって、どのような商標を出願するかについて出願人は自由に決することができるのが原則であり、商標を出願するに至った経緯に合理性は不要であり、出願人の純粋な思いつきや語呂の良さ等で出願することも自由であって、商標法において出願に至るまでの合理性は要求されていない。
しかし、被請求人が不当な利得を得ようとするために本件商標を出願したかのような誤解を避けるために、敢えて、本件商標を出願する商標に選択した理由を述べると、被請求人が約40年近く歯科医療サービスを提供し続けている「麻布台」というエリアは「高台」にあって、「ヒルズ/HILLS」には、米国の「ビバリーヒルズ」のような「高級そうな」イメージをもつ単語であり(乙38)、外国の要人など被請求人の患者層に合っているため、被請求人は、本件商標を新たな歯科医療サービスを表す名称として選択し、出願するに至ったのである。口頭審理陳述要領書でも述べたが、請求人と全く関連性がなくても、建物や商品・サービスを表す名称に「ヒルズ/HILLS」を含む登録商標は多数存在する(乙39)。また、多くの医療機関や歯科医院の名称の一部に採用される「クリニック」と「ヒルズ」とを検索ワードとして検索しても、請求人と無関係でも「ヒルズ」を含む医療機関や歯科医院は日本全国に多数存在する(乙40)。
よって、被請求人が本件商標を出願するに至った経緯には十分合理性があり何ら不自然なことはない。むしろ、取引者の自由な経済活動、商標選択の自由を守る観点より、「ヒルズ/HILLS」という多くの取引者が建物やサービスの名称の一部として使用を欲するワードを安易に一企業に独占させることは容認されるべきではなく、先願主義・先登録主義という商標法上の大原則に則り、公平な使用を認めるのが妥当である。
(3)その他
ア 港区の保健所に対する届出のほか、全ての医療機関の管理者は、医療法第6条の3に基づき、住民・患者が医療機関を適切に選択するために必要な医療機能情報を、都道府県に報告することが義務付けられている。東京都では、医療機能情報の提供を、東京都医療機関案内サービス「ひまわり」により実施しているので、被請求人は、2023年3月に本件商標を訪問診療の医療機関の名称として、東京都医療機関案内サービス「ひまわり」の報告書を提出している(乙41)。
イ 被請求人は、口頭審理陳述要領書に添付された陳述書において、ビルの立ち退き訴訟について、ビルの所有者との和解が2023年10月20日に成立し、広告していたとおり、2024年に麻布台エリアの新たな移転先で歯科医院を開設することが決定し、本件商標を使用し続けることを強く望むことを陳述しているが(乙25)、本件商標を表した新しい看板のデザインを含め、麻布台エリアにおける新たな歯科医院の工事等の準備も順調に進んでいる(乙42)。
(4)むすび
以上のとおり、被請求人は、ウェブサイト・ブログ・名刺等を通じて、単に名目的でなく、医療人として患者に最善をつくし、真摯な使用意思をもって、要証期間内において、本件商標を「役務に関する広告」(商標法第2条第3項第8号)として、商標法第50条の「使用」をしている。
仮に、被請求人による行為が商標の使用として認められるには不十分であったとしても、少なくとも、これらの行為により、本件商標を使用する具体的な準備が進められており、被請求人に真摯な使用意思があったことは明らかであるので、被請求人には本件商標を使用していなかったことについて、商標法第50条第2項ただし書の「正当な理由」がある。
第4 当審の判断
1 両当事者の主張及び提出証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1)本件商標権者の歯科医院について
ア 本件商標権者は、医療法人社団Wの元理事長で、同会の運営する歯科医院「ユナイテッドデンタルオフィス」に勤務する歯科医である(乙25)ところ、同医院は、その所在する東京都港区麻布台のビルのオーナーから、令和2年(2020年)6月19日付けの通知によりビル建て替えに伴う退去を求められている(乙5)。
イ 上記医院には「United Dental Office」の文字を表示した看板や表札が掲げられている(甲9、甲10)が、本件商標「麻布台ヒルズ歯科医院/Azabudai Hills Dental Office」の文字を付した看板は、要証期間において掲げられていない(第1回口頭審理調書)。
(2)本件商標権者の名刺について
ア 乙3の「名刺」は、表面と裏面にそれぞれに、別掲2のとおり、「Azabudai Hills Dental Office」の文字及び「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字(以下「本件使用商標」という。)と、その住所、固定電話と携帯電話の電話番号、メールアドレスとURL及び本件商標権者の氏名などを表示している。
そして、上記名刺に記載の住所及び固定電話の電話番号は、上記アの東京都港区麻布台所在の歯科医院と同一のものであり、そのメールアドレス及びURLには「uniteddentaloffice」の文字が含まれている。
イ 上記名刺は、2022年2月3日に100部が印刷注文されている(乙4の1)。
ウ 乙10の1から12の「証明願/証明書」(2023年3月から4月の間の作成)は、企業の従業員、理事長又は個人が署名又は押印した書面であり、そこには定型の記載内容として、本件商標権者が、2022年2月から同年7月までの間に、上記名刺を配布し、「歯科医療業」又は「歯科医療情報の提供」をした旨が記載されている。
エ 本件商標権者は、訪問歯科医療を、要証期間に行っていない(第1回口頭審理調書)。
なお、以下(4)のとおり、本件商標権者が、往診専門の歯科医院(麻布台デンタルオフィス、麻布台ヒルズ歯科医院)の開設許可を得たのは、2023年1月以降のことである。
(3)両当事者の交渉及び本件審判請求について
本件商標権者と請求人は、令和4年(2022年)8月24日付けの書面以降、本件商標の譲渡交渉を開始し、面談や電話、メールなどでのやりとりなどをした(甲5、乙18、乙20、両当事者の主張)。
そして、請求人は、本件商標の取消しを求める本件審判請求を、令和4年(2022年)10月31日に請求している。
(4)本件商標権者の往診専門歯科医院について(要証期間後)
本件商標権者は、みなと保健所長に宛てて、「令和5年1月11日4港み生医第1294号」に関する、2023年1月27日付けの「診療所又は助産所開設許可(届出)事項一部変更届」により、東京都港区東新橋に所在する「麻布台ヒルズデンタルオフィス(往診専門)」の名称を「麻布台ヒルズ歯科医院(往診専門)」に変更することを届け出ている(乙26)。
2 上記の認定事実によれば、本件商標の使用と関連して、以下のとおり判断できる。
(1)本件商標権者は、歯科医師として「United Dental Office」(ユナイテッドデンタルオフィス)と称する東京都港区麻布台に所在する歯科医院を経営していたところ、当該医院の看板等には本件商標に相当する文字は表示されておらず、当該医院において、要証期間に、本件商標を使用していることを示す証拠は提出されていない。
(2)ア 本件商標権者の名刺(2022年2月頃の印刷)は、本件商標と構成文字が共通する本件使用商標(麻布台ヒルズ歯科医院/Azabudai Hills Dental Office)を、表面と裏面にそれぞれ表記しているものの、当該名刺に記載された情報の大半(住所、固定電話の電話番号、メールアドレス、URL)は上記「United Dental Office」なる歯科医院に係るものであるから、当該名刺の記載内容は、新たに開設(又は名称変更)される歯科医院の情報としては不自然な点が多く、全体として一貫性を欠くものである。
また、当該名刺に記載された住所は、名刺作成時において既に退去を求められてから1年半以上が経過しているから、新たな医院を当該住所において開設しようとすることも不可解である。
さらに、名刺記載の名称に相当するような歯科医院(往診専門)の開設は2023年1月頃であり、しかも、それは名刺記載の情報とは合致しない点も多いから、当該名刺は新たな歯科医院の広告としては役に立たないものであり、互いに連続性を欠く。
加えて、請求人は、被請求人から譲渡交渉中に、使用の実績を残すために名刺を作成した趣旨の発言があった旨を主張するところ、上記のような名刺の不自然な点は、当該主張内容に沿うものである。
そうすると、当該名刺は、不使用取消しを免れるために架空の歯科医院の情報を表示したもの、そうではないとしても、印刷時において漠然とした事業アイデアのある歯科医院の情報を表示するにすぎず、仮に配布されたとしても、単に漠然とした新規事業のアイデアを披露するものであるから、本件商標に係る具体的な事業活動を広告、宣伝する情報媒体とはいえず、本件商標権者の提供する役務「歯科医業,歯科医療情報の提供」についての広告とはいえない。
イ さらに、上記名刺の配布に関する「証明願/証明書」(乙10の1~12)は、2022年2月から同年7月までの間に本件商標権者が名刺を配布して「歯科医療業」又は「歯科医療情報の提供」をしていた旨の記載があるものの、当該時期には、本件商標権者は「United Dental Office」と称する歯科医院を経営していたのであり、また、本件商標権者が往診専門の歯科医院を開設したのも、それより半年以上が経過した2023年1月頃とされるのであり、なにより、本件商標権者は訪問歯科医療を要証期間(上記時期を含む。)に行っていないとされるのだから、当該書面の記載内容と本件商標権者の事業実態との間には矛盾があり、整合性を欠く。
加えて、当該陳述書面は、定型の記載内容に署名又は押印した書面にすぎず、名刺配布時における事実関係(配布日、診療内容、診察場所など)の子細は明らかではなく、そこで歯科医業などが提供されたことを具体的に示す証拠(診療記録、請求書、領収書など)はない。なお、乙24の「証明書」は、乙10の8の署名者が、歯科用キャビネット注文における寸法測定のために本件商標権者を2022年3月29日に訪問した際に上記名刺を受け取った旨を詳述するものであるが、仮に当該名刺を同時期に受け取っていたとしても、事業準備のための取引において名刺交換したにすぎず、歯科医療を受けた又は受ける患者などに向けて、本件商標の指定役務に関する広告や取引書類として配布されたものではないから、その指定役務に係る広告としての使用行為を裏付けるものではない。
したがって、被請求人提出の証拠によっては、上記名刺が要証期間に広告として頒布されたと認めることはできない。
(3)その他、本件商標と社会通念上同一の商標が、要証期間において、その指定役務について使用されていることを認めるに足りる証拠はない。
(4)そうすると、被請求人提出の証拠によっては、本件商標が、日本国内において本件商標権者によって、その指定役務「歯科医業,歯科医療情報の提供」について使用されたと認めることはできない。
3 被請求人の主張について
(1)被請求人は、自己の運営するウェブサイトにおいて、本件商標と社会通念上同一の商標を使用しており、乙1の1から4には、本件商標の「Azabudai Hills Dental Office」の英文字が表示されているほか、甲12には、「Azabudai Hills Dental Office coming soon」と表示されている旨を主張する。
しかしながら、乙1の4のウェブサイトに表示されている「Azabudai Hills Dental Office 麻布台ヒルズ歯科医院TM ・・・の登録商標です。」の記載などは、単に本件商標に相当する登録商標の存在を告知、周知する記述にすぎず、本件商標をその指定役務「歯科医業,歯科医療情報の提供」の広告等として使用するものとはいえないこと明らかである。
また、甲12に表示されている「Azabudai Hills Dental Office coming soon」の文字は、本件商標の構成中の欧文字部分を含むものの、「麻布台ヒルズ歯科医院」の文字部分を含むものではないから、本件商標と社会通念上同一の商標が表示されているものではない。
(2)被請求人は、実店舗(医院)で本件商標を使用して歯の治療は行っていないものの、本件商標を付した名刺を配布し、電話での歯科医療に関する相談に応じ、歯に関する指導や専門的な情報を行っており、また、歯科医院にする物件が決まるまで、暫定的に、訪問歯科医療の形で歯に関する問診から治療まで行っている旨を主張する。
しかしながら、上記1(2)エのとおり、本件商標権者は訪問歯科医療を要証期間に行っておらず、また、上記1(4)のとおり、本件商標権者が、往診専門の歯科医院(麻布台デンタルオフィス、麻布台ヒルズ歯科医院)を開設したのは、要証期間を経過した2023年1月以降のことであるから、それ以前の時期に、あえて当時経営していた「ユナイテッドデンタルオフィス」とは異なる歯科医院の名称を使用して歯科医業を提供すること自体が不自然である。
(3)以上のとおり、被請求人の主張は、いずれも採用できない。
4 本件商標の不使用に関する正当な理由について
(1)被請求人は、商標法第50条第2項ただし書と関連して、ビルの所有者から突然かつ一方的に立ち退きを求められたこと、新たな看板を準備したくても、立ち退きを求めるビルの所有者を説得し、看板設置の承諾を得ない限り、新たな看板を設置できない事情があったことなどを根拠に、予見も出来ない特別な事情によって本件商標を使用できなかった「正当な理由」がある旨を主張するため、以下判断する。
(2)商標法第50条第2項ただし書は、商標登録の不使用による取消しと関連して、「ただし、その指定商品又は指定役務についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があることを被請求人が明らかにしたときは、この限りではない」と規定する。
そして、同項ただし書にいう「正当な理由」とは、地震等の不可抗力によって生じた事由、第三者の故意又は過失によって生じた事由、法令による禁止等の公権力の発動に係る事由その他の商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の責めに帰することができない事由が発生したために、商標権者等において、登録商標をその指定商品又は指定役務について使用することができなかった場合をいう(平成22年(行ケ)第10013号、平成22年12月15日知財高裁判決参照)。
(3)以上を踏まえて検討すると、被請求人の主張するビルからの立ち退きや看板設置の制限などは、被請求人とその取引先との間における契約関係や取引関係に起因する事象にすぎず、本件商標の不使用に関して、自己の責めに帰することのできない何らかの不可抗力等の事由は見出せない。
したがって、被請求人は、本件商標を、その指定役務について使用をしていないことについて正当な理由があることを明らかにしたものとは認められない。
5 結論
以上のとおり、被請求人は、要証期間に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、本件商標をその指定役務について使用をしていることを証明したものと認めることができない。
また、被請求人は、その指定役務について本件商標を使用していないことについて正当な理由があることも明らかにしていない。
したがって、本件商標の登録は、商標法第50条の規定により、取り消すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-300963