特許拒絶査定不服審判
2022-003165
オートフォーカス使用のための固定焦点距離かつ一定構造長さの対物レンズ
- 審判番号
- 2022-003165
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-515238外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2022年03月02日
- 審決日
- 2023年03月27日
- 公報発行日
- 2023年09月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ライカ カメラ アクチエンゲゼルシャフト
- 【請求人代理人】加藤 朝道
- 【請求人代理人】内田 潔人
- 分類
- P18 .536-Z (G02B)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-515238「オートフォーカス使用のための固定焦点距離かつ一定構造長さの対物レンズ」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 3月22日国際公開、WO2018/050176、令和 1年11月 7日国内公表、特表2019-532337〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)9月18日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2016年9月18日、独国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
令和 元年 5月21日 :手続補正書・上申書
令和 3年 2月10日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 5月12日 :意見書・手続補正書
令和 3年10月25日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 4年 3月 2日 :審判請求書・手続補正書(以下、この手続
補正書による補正を「本件補正」という。
)
令和 4年 4月14日 :手続補正書(審判請求書の請求の理由の補
正)
令和 4年12月 2日 :上申書
2 本願発明の認定
本願の請求項に係る発明は、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「5つのレンズ群から構成される固定焦点対物レンズであって、
3つのレンズ群(G1、G3、G5)は位置固定的に及び2つのレンズ群(G2、G4)は光軸に沿って摺動に支承されており、
結像面(IM)に関し、物体側から見て、
a)1番目のフロントレンズ群(G1)は位置固定的に、
b)2番目のレンズ群は正の屈折力を有するフォーカシング前群(G2)として摺動可能に、
c)その開口が調節可能に構成された位置固定的な虹彩絞り(AP)を含み正又は負の屈折力を有する3番目のレンズ群が中群(G3)として位置固定的に、
d)4番目のレンズ群が負の屈折力を有するフォーカシング後群(G4)として摺動可能に、及び、
e)5番目のリアレンズ群(G5)が位置固定的に
対物レンズ鏡筒内に配置されており、
フォーカシング前群(G2)もフォーカシング後群(G4)も、異なる物体距離にある複数の物体に対し対物レンズをフォーカシングするために、一緒に互いに対し及び位置固定的に配置された他のレンズ群(G1、G3、G5)に対し、相対的に可動に構成されていること、
前記対物レンズは、更に、
(A)
フロントレンズ群(G1)及びリアレンズ群(G5)は正の屈折力を有し、かつ、
フロントレンズ群(G1)は4つのレンズ部材(G1L1、G1L2、G1L3、G1L4)から構成され、第1レンズ部材(G1L1)、第2レンズ部材(G1L2)及び第3レンズ部材(G1L3)は正の屈折力を有しかつ第4レンズ部材(G1L4)は負の屈折力を有し、第3レンズ部材(G1L3)と第4レンズ部材(G1L4)の組み合わせは負の全体屈折力を有するレンズダブレット(G1L3、G1L4)を構成し、かつ、
中群(G3)は2つのレンズ部材(G3L1、G3L2)から構成され、第1レンズ部材(G3L1)は負の屈折率を有しかつ第2レンズ部材(G3L2)は正の屈折率を有し、虹彩絞り(AP)は第1レンズ部材(G3L1)と第2レンズ部材(G3L2)との間に位置固定的に配置されており、かつ、
リアレンズ群(G5)は2つのレンズ部材(G5L1、G5L2)から構成され、第1レンズ部材(G5L1)は正の屈折力を有しかつ第2レンズ部材(G5L2)は負の屈折力を有するよう、
又は、
(B)
フロントレンズ群(G1)及びリアレンズ群(G5)は負の屈折力を有し、かつ、
フロントレンズ群(G1)は4つのレンズ部材(G1L1、G1L2、G1L3、G1L4)から構成され、第1レンズ部材(G1L1)及び第2レンズ部材(G1L2)は負の屈折力を有し、第3レンズ部材(G1L3)は正の屈折力を有しかつ第4レンズ部材(G1L4)は負の屈折力を有し、第3レンズ部材(G1L3)と第4レンズ部材(G1L4)の組み合わせは負の全体屈折力を有するレンズダブレット(G1L3、G1L4)を構成し、かつ、
中群(G3)は3つのレンズ部材(G3L1、G3L2、G3L3)から構成され、第1レンズ部材(G3L1)は負の屈折率を有し、第2レンズ部材(G3L2)は正の屈折率を有しかつ第3レンズ部材(G3L3)は正の屈折率を有し、第1レンズ部材(G3L1)と第2レンズ部材(G3L2)の組み合わせは正の全体屈折力を有するレンズダブレット(G3L1、G3L2)を構成し、虹彩絞り(AP)はレンズダブレット(G3L1、G3L2)と第3レンズ部材(G3L3)の間に位置固定的に配置されており、かつ、
リアレンズ群(G5)は負の屈折力を有するレンズ部材(G5L1)から構成されるよう、
構成されていること、
前記対物レンズは、更に、
フォーカシング前群(G2)が無限遠から近距離設定へのフォーカシングの際に結像面(IM)から離隔するよう、
フォーカシング後群(G4)が無限遠から近距離設定へのフォーカシングの際に結像面(IM)に接近するよう
構成されていること
を特徴とする対物レンズ。」
3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願の発明の詳細な説明等の記載においては、レンズ系を構成する各レンズの曲率半径や屈折率、レンズの厚みやレンズ間隔等の諸元データが記載されていないことから、本件補正前の請求項1~9に係る発明がなされたことが客観的に担保されていないとともに、当業者は当該発明を実施するために過度の試行錯誤を要すると言わざるを得ないから、当該発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該各発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、よって、本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。
4 当審の判断
当審は、上記3のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載は、本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないと判断する。その理由は以下のとおりである。
(1)本願の発明の詳細な説明及び図面(以下「本願明細書等」という。)の記載
ア 本願明細書等には以下の記載がある。
(ア)「【技術分野】」、
「本発明は請求項1の上位概念部に応じた交換可能な固定焦点距離対物レンズに関する。」(【0001】)
(イ)「【背景技術】」、
「そのような対物レンズは、写真撮影技術による画像撮影目的のためにアナログ式写真撮影技術から既知であり、同様にデジタル式画像撮影のためにも使用される。デジタルカメラは、写真撮影されるべき物体野を焦点合わせの目的で及び画像切り出し部(Bildausscnitt)の選択のためにプリズムを介してファインダへ偏向する画像撮影光路に旋回的に挿脱可能なミラーを最早使用しないことが増えており、画像の選択は、画像撮影センサによる持続的画像撮影によって及び該センサから得られカメラの背面のディスプレイに表示される物体切り出し部(Objektausschnitt)を用いて又は電子式ファインダ(Electronic View Finder)を用いて行われる。これらの対物レンズの焦点合わせ(フォーカシング)は、電子的オートフォーカス信号と対物レンズにおけるフォーカシング部材の相応の制御によって自動的に実行される。通常は、写真撮影用対物レンズは、良好な結像性能を生成するために、2つ以上のレンズ群から構成され、これらのレンズ群は位置固定的に又は光軸に沿って摺動可能に支承される個別レンズ素子(複数)を有する。種々異なる物体距離に対する対物レンズのフォーカシングのために、光軸に沿って摺動可能な1つのレンズ群を備えることは知られている。これは、例えば対物レンズヘッド即ち物体面に指向された前側の(上流側の)レンズ群又は完全な対物レンズであり得る。そのような構成は全体フォーカシング(Gesamtfokussierung)とも称される。しかしながら、この種のフォーカシングの場合、対物レンズの構造長さはフォーカシングの間に変化するため、緊密(コンパクト)性(Dichtigkeit)に関し欠点がある。このため、対物レンズ内で摺動可能に支承されるレンズ部材、いわゆるフォーカシング部材が光軸に沿って摺動される対物レンズも知られている。そのような構成はインナー(内焦式)フォーカシングとも称される。たしかに、この構造形式の対物レンズは、無限遠の物体距離から数メートルの、更には数センチメートルの近距離までの広い範囲でフォーカシングすることができる、即ち画像撮影面へ物体がシャープに結像されるが、まさに近距離において光学的結像性能は低下する。歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差:Oeffnungsfehler)、色収差及びコマ(収差)のような光学的画像エラーが大きくなる。この場合、画像の結果は、所望の物体距離に対しフォーカシングされているにも拘らず、現代の画像撮影システムの結像性能に対する要求には最早十分でないことが多い。それにも拘らず、大きな結像性能の達成が望まれる場合、多数の異なるレンズを有する複雑かつ高価な対物レンズ構造体が必要となる。或いは、とりわけ近距離において、全体フォーカシングを用いる対物レンズにおいて結像性能を高めるために、第2の可動のレンズ素子、いわゆるフロートエレメントを設けることが知られているが、フロートエレメントは結像エラーに対し対抗作用するが、通常はフォーカス距離(Fokuslage)に対し影響を及ぼさない。」(【0002】)、
「可変焦点距離対物レンズ(ズーム対物レンズ)を実現するために、大抵は、カムによって互いに対し相対的に位置調節可能な少なくとも2つのレンズ素子又はレンズ群が設けられる。フォーカシングは、依然として、フォーカシングのために位置調節可能なフォーカシング要素によって行われる。そのような既知の対物レンズの場合、従って、2つのレンズ群からなる1つの群が焦点距離変更の役割を担い、それとは独立に、更なるレンズ群がフォーカシングのために使用される。」(【0003】)
(ウ)「【発明が解決しようとする課題】」、
「可変焦点距離を有するそのような対物レンズは例えばUS 2013/0070124 A1から知られている。この対物レンズは、焦点距離及びフォーカシング変更のために、3つの可動レンズ群を有する。」(【0005】)、
「US 8,619,374 B2からは、可変焦点距離を有する交換可能対物レンズが知られている。定置的なフロントレンズ群に続いて、焦点距離変更用の軸方向に位置調節可能な1つのレンズ群が配されている。定置的な2つの更なるレンズ群の間には、互いに対し独立に位置調節可能な2つのフォーカシングレンズ群が嵌め込まれている。これらの2つのフォーカシングレンズ群を用いることにより、焦点距離変更に依存して生じる結像エラーが補償されることが望まれる。」(【0006】)、
「本発明の課題は、固定焦点距離の交換可能対物レンズにおいて、無限遠から30cm未満の又は1:3までの結像倍率を有する至近距離に至るまでの種々の物体距離についてフォーカシングする際に、極めて大きな一定の画像品質を可能にすることであり、迅速かつ軽快なオートフォーカス動作を大きな加速度で達成可能にするために、フォーカシングのために必要なレンズは質量が小さくて単純な構造を有することが望まれる。更に、対物レンズは、フランジバック(Auflagemass)が短い遊びのない撮影システムへの使用に適合されること、短いバックフォーカス(Schnittweite)を有すること、同時に、対物レンズの射出瞳と結像面との間に十分に大きな距離を有することが望まれる。現代の画像(撮像)センサに適合するために、結像面における光入射角は、その垂線から見て、過大にならないことが望まれる。」(【0007】)
(エ)「【課題を解決するための手段】」、
「この課題は、本発明に応じ、請求項1の特徴部の特徴によって解決される。即ち、本発明の一視点により、5つのレンズ群から構成される固定焦点対物レンズが提供される。該対物レンズにおいて、3つのレンズ群は位置固定的に及び2つのレンズ群は光軸に沿って摺動に支承されており、
結像面に関し、物体側から見て、
a)1番目のフロントレンズ群は位置固定的に、
b)2番目のレンズ群は正の屈折力を有するフォーカシング前群として摺動可能に、
c)その開口が調節可能に構成された位置固定的な虹彩絞りを含み正又は負の屈折力を有する3番目のレンズ群が中群として位置固定的に、
d)4番目のレンズ群が負の屈折力を有するフォーカシング後群として摺動可能に、及び、
e)5番目のリアレンズ群が位置固定的に
対物レンズ鏡筒内に配置されており、
フォーカシング前群もフォーカシング後群も、異なる物体距離にある複数の物体に対し対物レンズをフォーカシングするために、一緒に互いに対し及び位置固定的に配置された他のレンズ群に対し、相対的に可動に構成されており、
前記対物レンズは、更に、
(A)
フロントレンズ群及びリアレンズ群は正の屈折力を有し、かつ、
フロントレンズ群は4つのレンズ部材から構成され、第1レンズ部材、第2レンズ部材及び第3レンズ部材は正の屈折力を有しかつ第4レンズ部材は負の屈折力を有し、第3レンズ部材と第4レンズ部材の組み合わせは負の全体屈折力を有するレンズダブレットを構成し、かつ、
中群は2つのレンズ部材から構成され、第1レンズ部材は負の屈折率を有しかつ第2レンズ部材は正の屈折率を有し、虹彩絞りは第1レンズ部材と第2レンズ部材との間に位置固定的に配置されており、かつ、
リアレンズ群は2つのレンズ部材から構成され、第1レンズ部材は正の屈折力を有しかつ第2レンズ部材は負の屈折力を有するよう、
又は、
(B)
フロントレンズ群及びリアレンズ群は負の屈折力を有し、かつ、
フロントレンズ群は4つのレンズ部材から構成され、第1レンズ部材及び第2レンズ部材は負の屈折力を有し、第3レンズ部材は正の屈折力を有しかつ第4レンズ部材は負の屈折力を有し、第3レンズ部材と第4レンズ部材の組み合わせは負の全体屈折力を有するレンズダブレットを構成し、かつ、
中群は3つのレンズ部材から構成され、第1レンズ部材は負の屈折率を有し、第2レンズ部材は正の屈折率を有しかつ第3レンズ部材は正の屈折率を有し、第1レンズ部材と第2レンズ部材の組み合わせは正の全体屈折力を有するレンズダブレットを構成し、虹彩絞りはレンズダブレットと第3レンズ部材の間に位置固定的に配置されており、かつ、
リアレンズ群は負の屈折力を有するレンズ部材から構成されるよう、
構成されており、
前記対物レンズは、更に、
フォーカシング前群が無限遠から近距離設定へのフォーカシングの際に結像面から離隔するよう、
フォーカシング後群が無限遠から近距離設定へのフォーカシングの際に結像面に接近するよう
構成されている(形態1・基本構成)。」(【0008】)
(オ)「【発明を実施するための形態】」、
「請求の範囲に記載された解決手段的特徴については、現代の光学設計においては、通常、特定の課題のために最適な補正状態を有する機能可能な対物レンズシステムのための提案を予め与えられるレンズ列及び屈折力分布から計算して定める例えばOptical Research Associates社の“Code V”のような自動補正プログラムが使用されることに留意すべきである。光学設計者が所与のパラメータを目標を定めて変更することにより、自動的に達成された補正状態はその都度更に改善される。」(【0010】)、
「請求項1の特徴により、この方法で既に、半径、レンズ厚、レンズ間隔、使用されるべき光学ガラスの屈折率及びアッベ数についての構造データを得ることができる。従属請求項に与えられた特徴を考慮することにより、構造パラメータは段階的に目標を定めて改善されることができる。」(【0011】)、
「図面には、本発明の対物レンズの幾つかの実施例が所定の尺度で記載されており、構造データは夫々の図に割り当てられた表から見出すことができる。本発明の対物レンズの構造上のコストは、そのためにより小さい光学的結像性能が容認されれば、小さくなることは、当業者即ち光学設計者にとっては明らかである。」(【0012】)、
「本発明の対物レンズの本質的な解決手段的特徴は、結像面に関し光軸に沿って摺動可能に(可動に)支承(支持)された2つのフォーカシングレンズ群を対物レンズ鏡筒内に備え、レンズとアパーチャ絞り(虹彩絞りないしアイリス絞り)とを有し定置的な中群に対し、フォーカシング前群が物体側から見てその前方に、フォーカシング後群が物体側から見てその後方に配置されている点にある。これら2つのフォーカシングレンズ群を一緒に互いに対し相対的に(可動に)及び対物レンズ鏡筒内に位置固定的に配された残りのレンズ群に対して(相対的に可動に)制御することにより、異なる物体距離へのフォーカシングの際に入り込む一連の画像エラー(Gang der Bildfehler)が有利な態様で相互に補償される(打ち消される)。付加的に、本発明の対物レンズは、物体側から見て位置固定的なフロントレンズ群と、結像面に指向された位置固定的なリアレンズ群とを有する。このようにして、5つのレンズ群から構成され、そのうちの3つが位置固定的に支承されかつそのうちの2つがフォーカシング目的のために光軸に沿って摺動可能に支承されるよう構成された固定焦点距離の対物レンズが実現される。」(【0013】)、
「フローティングエレメント(機構)を備えた全体フォーカシングを用いる対物レンズとは異なり、本発明によるフォーカシング(以下においてはダブルフォーカシングとも称される)の場合、両者のフォーカシングレンズ群が一緒に、物体面を結像面にフォーカシングするためにフォーカス位置を摺動(シフト)する役割を担う(機能を有する)。無限遠から近距離設定へのフォーカシングのためのこれらのフォーカシング群のストローク(最大移動経路(距離)は全体ストロークに相当する)は、対物レンズの機械的構造長さとオートフォーカスのモータ/駆動機構のコンセプト(構成ないし態様)とによって制限される。両者の夫々の全体ストロークの互いに対する比率(割合)は、この場合、1であることが可能であり、或いは1に等しくないことも可能である。これは、構造上の条件による空間的制限から得られ、収差の最適化のために変更されることができる。本発明に応じ、この場合、フロントレンズ群とリアレンズ群は負の屈折力を有し、又は、フロントレンズ群とリアレンズ群は正の屈折力を有する。代替的な一実施形態では、フロントレンズ群が正の屈折力を有しかつリアレンズ群が負の屈折力を有するか、又は、フロントレンズ群が負の屈折力を有しかつリアレンズ群が正の屈折力を有する。」(【0014】)
(カ)「実施例」、
「図1~図9のレンズ断面図の紙面下側には、フォーカシングプロセスの際の各レンズ群の運動経路が記載されている。水平方向(紙面左右方向)の線はレンズ群G1、G2、G3、G4及びG5の位置を表している。これらの線のうち上側の線はフォーカス設定:無限遠の場合の位置、下側の線は最短物体距離に対するフォーカス設定の場合の位置、中間の線は中間のフォーカス設定の場合の位置を表している。垂直方向(紙面上下方向)の線は、位置固定的なレンズ群G1、G3及びG5に割り当てられており、斜めの線は摺動可能なフォーカシング群G2及びG4に割り当てられている。」(【0057】)、
「図面におけるレンズ断面図は縮尺通りに記載されており、そのため、例えば図1のレンズ部材G5L2におけるレンズ周縁部の材料厚みと比べたレンズ中央部の著しくより薄い材料厚みのような、相対的な仕様値(設計値:Angaben)は、従来の幾何学的手段によって、ヴィジュアル的に確認され、検査されることができる。このようにして、同様に、図1においてレンズ部材G1L2はレンズ中央部においてレンズ部材G1L1よりほぼ丁度2倍(2.11倍)より大きい材料厚みを有することが分かる。これらの関係は当業者であれば容易に分かるため、レンズの幾何学的形状も読み取ることができる。例えば、図1には、物体側から見て1番目のレンズ群G1は、光(進行)方向において結像面IMに向かって見た順序で、第1レンズG1L1の厚み程度で離隔配置された正の屈折力を有する2つの凸凹レンズと、より短い距離を以ってこれらに後置されており正の屈折力を有する両凸レンズと負の屈折力を有する両凹レンズとから構成される接合部材(接合素子)とから構成されていることが記載されている。」(【0058】)、
「具体的実施例は、90mm、75mm、50mm及び24mmの焦点距離と2の開放F値を有する対物レンズ(複数)と、50mm焦点距離及び開放F値1.4を有する2つの対物レンズについての以下の表から明らかとなる。なお、これらの焦点距離は夫々既知の小判(43.3mmのイメージサークル径)に関連付けられている。」(【0059】)、
「図1に関する表
[図:0001401042000001.jpg]
」(【0060】)、
「図2に関する表
[図:0001401042000002.jpg]
」(【0061】)、
「図5に関する表
[図:0001401042000003.jpg]
」(【0064】)
「図1
[図:0001401042000004.jpg]
」、
「図2
[図:0001401042000005.jpg]
」、
「図5
[図:0001401042000006.jpg]
」
イ 上記アによれば、本願発明について、本願明細書等には以下の技術的事項が記載されていると認められる。
(ア)本発明は、交換可能な固定焦点距離対物レンズに関する。(【0001】)
(イ)交換可能な固定焦点距離対物レンズは、アナログ式のみならずデジタル式画像撮影のためにも使用される。デジタルカメラでは、ファインダへ偏向する画像撮影光路に旋回的に挿脱可能なミラーを最早使用せず、画像の選択が、電子式ファインダ等を用いて行われることが増えている。これらの対物レンズの焦点合わせ(フォーカシング)は、電子的オートフォーカス信号と対物レンズにおけるフォーカシング部材の相応の制御によって自動的に実行される。通常は、写真撮影用対物レンズは、良好な結像性能を生成するために、2つ以上のレンズ群から構成されており、これらのレンズ群は位置固定的に又は光軸に沿って摺動可能に支承される個別レンズ素子を有する。
対物レンズのフォーカシングのために、光軸に沿って摺動可能な1つのレンズ群を備えることが知られている。例えば、当該レンズ群は、物体面に指向された前側のレンズ群又は完全な対物レンズ(全体フォーカシング)であり得る。しかしながら、この種のフォーカシングの場合、対物レンズの構造長さがフォーカシングの間に変化してしまい、緊密(コンパクト)性に関し欠点がある。このため、対物レンズ内で摺動可能に支承されるレンズ部材、いわゆるフォーカシング部材が光軸に沿って摺動される対物レンズ(インナー(内焦式)フォーカシング)も知られている。この構造形式の対物レンズは、無限遠の物体距離から数メートルの、更には数センチメートルの近距離までの広い範囲でフォーカシングすることができる、即ち画像撮影面へ物体がシャープに結像される。(【0002】)
(ウ)しかしながら、インナーフォーカシングの場合、近距離において光学的結像性能は低下してしまい、歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差)、色収差及びコマ(収差)のような光学的画像エラーが大きくなる。この場合、画像の結果は、所望の物体距離に対しフォーカシングされているにも拘らず、現代の画像撮影システムの結像性能に対する要求には最早十分でないことが多い。それにも拘らず、大きな結像性能の達成が望まれる場合、多数の異なるレンズを有する複雑かつ高価な対物レンズ構造体が必要となる。(【0002】)
(エ)可変焦点距離を有する交換可能対物レンズにおいて、定置的なフロントレンズ群に続いて、焦点距離変更用の軸方向に位置調節可能な1つのレンズ群が配されている構造が知られている。定置的な2つの更なるレンズ群の間には、互いに対し独立に位置調節可能な2つのフォーカシングレンズ群が嵌め込まれており、これらの2つのフォーカシングレンズ群を用いることにより、焦点距離変更に依存して生じる結像エラーが補償されることが望まれる。(【0006】)
(オ)本発明の課題は、固定焦点距離の交換可能対物レンズにおいて、無限遠から至近距離に至るまでの種々の物体距離についてフォーカシングする際に、極めて大きな一定の画像品質を可能にすることである。
迅速かつ軽快なオートフォーカス動作を大きな加速度で達成可能にするために、フォーカシングのために必要なレンズは質量が小さくて単純な構造を有することが望まれる。更に、対物レンズは、フランジバックが短い遊びのない撮影システムへの使用に適合されること、短いバックフォーカスを有すること、同時に、対物レンズの射出瞳と結像面との間に十分に大きな距離を有することが望まれる。(【0007】)
(カ)この課題は、請求項1の特徴部の特徴によって解決される。(【0008】)
(キ)本発明の対物レンズの本質的な解決手段的特徴は、結像面に関し光軸に沿って摺動可能に(可動に)支承(支持)された2つのフォーカシングレンズ群を対物レンズ鏡筒内に備え、レンズとアパーチャ絞り(虹彩絞りないしアイリス絞り)とを有し定置的な中群に対し、フォーカシング前群が物体側から見てその前方に、フォーカシング後群が物体側から見てその後方に配置されている点にある。これら2つのフォーカシングレンズ群を一緒に互いに対し相対的に(可動に)及び対物レンズ鏡筒内に位置固定的に配された残りのレンズ群に対して(相対的に可動に)制御することにより、異なる物体距離へのフォーカシングの際に入り込む一連の画像エラーが有利な態様で相互に補償される(打ち消される)。付加的に、本発明の対物レンズは、物体側から見て位置固定的なフロントレンズ群と、結像面に指向された位置固定的なリアレンズ群とを有する。このようにして、5つのレンズ群から構成され、そのうちの3つが位置固定的に支承されかつそのうちの2つがフォーカシング目的のために光軸に沿って摺動可能に支承されるよう構成された固定焦点距離の対物レンズが実現される。フローティングエレメント(機構)を備えた全体フォーカシングを用いる対物レンズとは異なり、本発明によるフォーカシング(ダブルフォーカシング)の場合、両者のフォーカシングレンズ群が一緒に、物体面を結像面にフォーカシングするためにフォーカス位置を摺動(シフト)する役割を担う(機能を有する)。(【0013】・【0014】)
(ク)本発明の解決手段的特徴については、現代の光学設計では、通常、特定の課題のために最適な補正状態を有する機能可能な対物レンズシステムのための提案を予め与えられるレンズ列及び屈折力分布から計算して定める、例えばOptical Research Associates社の“Code V”のような自動補正プログラムが使用されることに留意すべきである。光学設計者が所与のパラメータを目標を定めて変更することにより、自動的に達成された補正状態はその都度更に改善される。請求項1の特徴により、この方法で既に、半径、レンズ厚、レンズ間隔、使用されるべき光学ガラスの屈折率及びアッベ数についての構造データを得ることができる。
図面には、本発明の対物レンズの幾つかの実施例が所定の尺度で記載されており、構造データは夫々の図に割り当てられた表から見出すことができる。本発明の対物レンズの構造上のコストは、そのためにより小さい光学的結像性能が容認されれば、小さくなることは、当業者即ち光学設計者にとっては明らかである。(【0010】~【0012】)
(ケ)本願発明に係る実施例について、図1、2及び5に係る対物レンズが記載されている。
当該各図面におけるレンズ断面図は縮尺通りに記載されている。当該レンズ断面図には、フォーカシングプロセスの際の各レンズ群の運動経路が記載されており、水平方向の線はレンズ群G1、G2、G3、G4及びG5の位置を表し、これらの線のうち上側の線はフォーカス設定:無限遠の場合の位置、下側の線は最短物体距離に対するフォーカス設定の場合の位置、中間の線は中間のフォーカス設定の場合の位置を表している。
図1、2及び5に係る対物レンズの焦点距離f’、開放F値、各レンズ群の焦点距離f’Gr、各レンズ群の屈折力、各レンズ群の焦点距離f’Gr/対物レンズの焦点距離f’、及び、構造(各レンズ群の焦点距離の符号)の数値が、図1、2及び5に関する表に記載されている。また、対物レンズの焦点距離は、43.3mmのイメージサークル径に関連付けられている。しかしながら、上記各対物レンズを構成する各レンズの各面の曲率半径及び面間隔並びに各レンズの屈折率及びアッベ数についての記載がなく、さらに、各図には、軸上光線や軸外光線の光路も描かれていない。(【0057】~【0064】・図1・図2・図5)
ウ 上記イによれば、本願発明の技術的意義は、交換可能な固定焦点距離対物レンズにおけるフォーカシングにおいて、対物レンズの構造長さをフォーカシングの間に変化させないインナーフォーカシングが知られているところ、近距離における光学的結像性能が低下する、つまり、歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差)、色収差及びコマ(収差)のような光学的画像エラーが大きくなるという課題が存在することから、無限遠から至近距離に至るまでの種々の物体距離についてフォーカシングする際に、極めて大きな一定の画像品質を可能にすることを目的として、結像面に関し光軸に沿って摺動可能に支承された2つのフォーカシングレンズ群を対物レンズ鏡筒内に備え、レンズとアパーチャ絞りとを有し定置的な中群に対し、フォーカシング前群が物体側から見てその前方に、フォーカシング後群が物体側から見てその後方に配置し、これら2つのフォーカシングレンズ群を一緒に互いに対し相対的に(可動に)及び対物レンズ鏡筒内に位置固定的に配された残りのレンズ群に対して(相対的に可動に)制御するという構成を採用し、異なる物体距離へのフォーカシングの際に入り込む一連の画像エラーが有利な態様で相互に補償される(打ち消される)ようにすることにあると認められる。
(2)判断
ア 本願明細書等の記載は上記(1)のとおりであるところ、以下のとおり、当業者は、当該記載及び出願時の技術常識に基づいて、本願発明に係る固定焦点対物レンズを、過度の試行錯誤を要することなく、製造し、使用することができるとはいえない。
(ア)本願発明は、「固定焦点対物レンズ」を対象とする発明であるところ、上記(1)ウによれば、交換可能な固定焦点距離対物レンズのフォーカシングにおいて、近距離における光学的結像性能が低下する、つまり、歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差)、色収差及びコマ(収差)のような光学的画像エラーが大きくなるという課題を解決するために、所定の定置的な中群に対し、フォーカシング前群及びフォーカシング後群を一緒に互いに対し相対的に(可動に)及び対物レンズ鏡筒内に位置固定的に配された残りのレンズ群に対して(相対的に可動に)制御するという手段を採用するものであるから、対物レンズの収差補正の技術分野に属するものであると認められる。
そして、対物レンズの収差補正の技術分野においては、対物レンズに属する各レンズの曲率半径、レンズ厚、屈折率及びアッベ数並びに各レンズ同士の間隔から構成される諸元データ(以下、単に「諸元データ」という。)が少なくとも特定されて初めて光線を追跡することができ、この光線追跡によって結像性能の評価(諸収差の状態の評価)が可能になるところ、結像性能の評価によって初めて技術的に意味のある(あるいは実際の使用に耐えうる)レンズ系であるか否か、換言すれば、対物レンズとして完成されたか否かの評価が可能になることが技術常識である。しかも、この技術分野では、このような技術常識があることから、諸元データそれ自体が技術的に有益な技術情報として取り扱われており、例えば、新たな対物レンズ等を設計する際には、これが大いに参考とされ、その結果として、対物レンズの収差補正に係る技術が発達してきたという実情も存在する。
このように、本願発明は、対物レンズの収差補正の技術分野に属するものであり、当該技術分野では諸元データが少なくとも特定されて初めて対物レンズとして完成されたといえることから、本願発明に係る固定焦点対物レンズを製造し、使用することができるというためには、完成された対物レンズに係る諸元データの開示が必要であるというべきである。そして、課題解決原理に照らして諸元データとしてどのようなものであれば完成された対物レンズになるのかが当業者にとって理解できるなどの特段の事情があればさておき、そうでない以上は、完成された対物レンズに係る諸元データを得るためには、多数の設計自由度が存在することから、過度の試行錯誤を要するというのが相当である。
(イ)そこで、本願明細書等の記載に照らして、本願発明に係る固定焦点対物レンズの諸元データの開示があるといえるか否かについて検討すると、本願明細書等には、上記(1)イ(ケ)のとおり、実施例として、縮尺通りのレンズ断面図のほか、対物レンズの焦点距離及び開放F値、各レンズ群の焦点距離に係る数値の記載がある。なお、本願明細書等には、これらの記載のほかに、実施例の各レンズ群の屈折力、及び、各レンズ群の焦点距離/対物レンズの焦点距離に係る数値、並びに、構造(各レンズ群の焦点距離の符号)も記載されているが、当該各項目は、対物レンズの焦点距離及び各レンズ群の焦点距離に基づいて自動的に導出されるものにすぎない(例えば、屈折力は焦点距離(m)の逆数である。)から、独立した意味をもたないものである。
このように、本願明細書等には、曲率半径、レンズ厚、レンズ間隔、屈折率及びアッベ数といった諸元データが数値として記載されていないところ、縮尺通りのレンズ断面図に基づいて、曲率半径、レンズ厚及びレンズ間隔を読み取ろうとしても、正確な数値を把握することには、おのずと困難が存在するし、その図面の表示方式に照らした限界も存在する。さらに、各レンズの屈折率及びアッベ数については、レンズ断面図に基づいて読み取ることがそもそも不可能であるし、対物レンズの焦点距離及び開放F値並びに各レンズ群の焦点距離からも一意に決定できない。
そうすると、本願明細書等には、諸元データの開示が存在しないと言わざるを得ない。
(ウ)そして、本願発明の課題解決原理は、上記(1)ウのとおり、レンズとアパーチャ絞りとを有し定置的な中群に対し、フォーカシング前群が物体側から見てその前方に、フォーカシング後群が物体側から見てその後方に配置し、これら2つのフォーカシングレンズ群を一緒に互いに対し相対的に(可動に)及び対物レンズ鏡筒内に位置固定的に配された残りのレンズ群に対して(相対的に可動に)制御するという構成を採用すると、異なる物体距離へのフォーカシングの際に入り込む一連の画像エラーが有利な態様で相互に補償される(打ち消される)ようにすることにあるところ、この課題解決原理によって、諸元データを当業者が理解できるとはいえない。すなわち、画像エラー、つまり、収差は、中群のみならず他の全てのレンズとの相互作用によって定まることも考慮すれば、単にこのような構成を採用することにより、フォーカシングの全域にわたって収差が補正されるとはいえない。
また、本願発明は、上記2のとおりであるところ、レンズ群に係る特定には、個数が5つであること、第3群以外の屈折力の符号、各レンズ群が位置固定的か可動か、可動レンズ群が無限遠から近距離にフォーカシングする際にどの方向に移動するか、が存在し、各レンズ群の内部構成に係る特定には、位置固定的なレンズ群(G1、G3及びG5)について、属するレンズ部材の枚数、当該レンズ部材の屈折力の符号及びレンズダブレットを構成しているか否か、並びに、レンズダブレットを構成しているならばその全体の屈折力の符号が存在し、さらに、G3のレンズ群に係る特定には、虹彩絞りがどのレンズ部材の間にあるかも存在する。このように、本願発明に係る対物レンズは、多数のレンズ部材から構成されているところ、これらのレンズ部材のそれぞれにつき、曲率半径、間隔、屈折率及びアッベ数並びに光線が通過する範囲等が設計される必要があるから、その設計自由度が多数存在している。
(エ)上記(イ)のとおり、本願明細書等には本願発明の対物レンズに係る諸元データの開示がないところ、上記(ウ)のとおり、課題解決原理に照らしてどのような諸元データであれば完成された対物レンズになるのかが当業者にとって理解できるとはいえず、しかも、本願発明に係る対物レンズには、その特定事項を考慮してもなお、設計自由度が多数存在することに照らせば、当業者が、本願明細書等の記載及び技術常識に基づいて、完成された対物レンズに係る諸元データを得るためには、過度の試行錯誤を要するというべきである。
そうである以上、当業者は、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本願発明に係る固定焦点対物レンズを、過度の試行錯誤を要することなく、製造し、使用することができるとはいえない。
イ これに対し、請求人は以下のとおり主張するが、いずれも失当である。
(ア)請求人は、本願発明の目的が、固定焦点対物レンズの光学的側面を改善するものではなく、機械的ないし構造的側面を改善するものであり、よって、諸元データの存在は本願発明にとって必須ないし本質的な事項ではない旨主張し、その根拠として、(i)本願明細書等(【0012】)には、対物レンズの構造上のコストにつき、そのためにより小さい光学的結像性能が容認されれば小さくなることが記載されていることから、本願発明は、光学特性について厳密に定めることを要求していないといえること、(ii)本願発明は、フォーカシング目的のために第1の可動レンズ群だけを用いるのではなく、第2の可動レンズ群をも設けることによって、第1の可動レンズ群によって生成される他のエラーの補償のために使用可能な第2の自由度を得るという発明者の洞察に基づくものであること、を挙げる。
しかしながら、(i)については、上記(1)ウで認定したとおり、本願発明の課題は、インナーフォーカシングにおいて、近距離の光学的結像性能が低下する、つまり、歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差)、色収差及びコマ(収差)のような光学的画像エラーが大きくなるということにあるから、その結像性能として許容される程度に幅があるとしても、本願発明が対物レンズの収差補正を目的としたもの、つまり、固定焦点対物レンズの光学的側面を改善するものであることに変わりはない。
また、(ii)については、本願明細書等には、請求人が主張する自由度の増加の観点に係る記載はなく、むしろ、相互補償の観点に係る記載があるにとどまる。それを措くとしても、第2の自由度を得たからといって直ちに収差補正ができるわけではないのであって、フォーカシングの全域における対物レンズの収差補正を実現し、本願発明の課題を解決するためには、そのための具体的なレンズ設計が必要である。
よって、本願発明は、固定焦点対物レンズの光学的側面を改善するものというべきである。
(イ)請求人は、本願明細書等の記載に基づいて過度の試行錯誤を要することなく諸元データが得られる旨主張し、その根拠として、(i)本願明細書等の図面は縮尺に従ったものであるところ、これに基づいて諸元データのうちの曲率半径、レンズ厚及びレンズ間隔の各値を抽出することができ、さらに、本願明細書等には開放F値の値が記載されていることから、これらの各値に加えて各レンズに用いられるレンズ材料を一般的なガラスであるSCHOTT社のNBK7としたデータをレンズ設計の初期データとした上で、ガラスデータのみを光学設計ソフトウェアであるCodeVを用いて最適化すれば、諸元データが得られること、(ii)CodeVは、設計されるべきレンズの枚数、レンズ形状及びレンズの組合せという各事項さえ決まれば、適当に定めたレンズ厚及びレンズ間隔並びにレンズの材料の各データを初期データとして入力することにより、所望のレンズ系が得られるものであるところ、本願明細書等には、本願発明に係る固定焦点対物レンズについて、上記の各事項が記載されており、しかも、図面から抽出したデータをも用いることができること、(iii)実際、本願発明のレンズ系を簡略化したもの及び本願明細書等の【0060】に記載されたデータ(対物レンズの焦点距離、各群の焦点距離及び開放F値)を用いつつ、曲率半径、レンズ厚及びレンズ間隔並びレンズ材料(NBK7)を適当に定めた初期データを作成した上で、この初期データをCodeVを用いて最適化することにより、無限遠及び至近距離におけるフォーカシングについての最適化したデータが得られ、これにレンズを追加する等の更なる最適化を行うことも可能であること、を挙げる。
a しかしながら、(ii)について、レンズの枚数、レンズ形状及びレンズの組合せという各事項が決まれば、CodeVにより所望のレンズ系が得られることが一般に成り立つわけではなく、実際、請求人が提出する証拠(株式会社ジェネシアのウェブサイト:<URL:http://www.genesia.co.jp/support/measure/code5_ex1.html>)では、レンズが3枚からなるという単純な系であって、本願発明の対物レンズの複雑さとは相当異なるし、そのような単純な系ですら、適切な収差補正がされた諸元データに至るためには、多数の手動の調整を必要としている。よって、請求人の主張は、その前提が失当である。
b (i)及び(iii)について、上記(1)ウによれば、本願発明は、フォーカシングの全域において、歪曲、像面湾曲、球面収差(開口収差)、色収差及びコマ(収差)等を補正するものであり、よって、諸元データも、これらが十分に補正がされたものであることが必要であるが、請求人の主張によっては、そのような諸元データが過度の試行錯誤がなく得られるとはいえない。
すなわち、まず、請求人が提示した例においては、上記各収差がフォーカシングの全域において十分に補正がされていることが確認されていない。また、(iii)の例は、本願発明の構成を簡略化したレンズ系に係るものであって、より複雑な本願発明そのものに係るものですらない。
仮にそれを措くとしても、(i)の例では、レンズ断面図から所定の諸元データを読み取ることを前提にするのであって、上記ア(イ)で説示したとおり、正確な数値を把握することにおのずと困難が存在する。この点、そもそも、請求人は、仮に完成された諸元データを有しているのであれば、それを本願明細書等に単に数値として記載すれば足り、そのことに何の困難もないのであって、それにもかかわらず、第三者に不要な負担を強いているともいえる。
さらに、CodeVといった光学設計ソフトウェアでは、最適化により適切な諸元データを得るために、初期データの設定が重要であるところ、上記各例で設定されている初期データのうち、各レンズ面の光線通過範囲は、本願明細書等に光路の記載がないことから、これを容易に設定できるとは言い難い。加えて、(i)の例では、曲率半径や厚さの設定にも試行錯誤を要することになる。そして、請求人の主張においては、本願発明に係る対物レンズのような複雑な光学系において、ガラスレンズとしてNBK7のみを初期データとして設定してもなお、フォーカシングの全域において、適切に収差補正がされたデータに到達する必要があるところ、このような条件の下において、上記の各レンズ面の光線通過範囲等の初期データの設定をすることは、困難であると言わざるを得ない。
ウ したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-003165