特許拒絶査定不服審判
2021-012010
免疫レパートリーの正常性の評価方法およびその使用
- 審判番号
- 2021-012010
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2018-536093外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2021年09月09日
- 審決日
- 2022年12月28日
- 公報発行日
- 2023年06月30日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 分類
- P18 .536-Z (C12Q) / P18 .537-Z (C12Q)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第17条の2第5項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2018-536093「免疫レパートリーの正常性の評価方法およびその使用」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 4月 6日国際公開、WO2017/059084、平成30年10月25日国内公表、特表2018-531044〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成28年 9月29日(パリ条約による優先権主張 2015年 9月29日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
令和 2年 9月11日付け:拒絶理由通知
令和 3年 3月10日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 3年 4月12日付け:拒絶査定
令和 3年 9月 9日 :審判請求書及び手続補正書の提出
第2 令和 3年 9月 9日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和 3年 9月 9日付けの手続補正を却下する。
[理由]
1 補正の内容
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1の
「【請求項1】
以下の工程を含む、免疫レパートリーの多様性を用いて、個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を評価するための方法:
(a)参照群の個体から同定された該参照群の個体によって共有されているpCDR3配列に対するプライマーを用いて、該患者の免疫レパートリーにおける、該共有pCDR3配列群内の個々のCDR3の存在を検出する工程;および
(b)該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程であって、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在が正常な免疫レパートリーを表し、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在が異常な免疫レパートリーを表す、工程。」(下線は当審による。)
を、
「【請求項1】
以下の工程を含む、免疫レパートリーの多様性を用いて、個々の患者の免疫レパートリーを評価するための方法:
(a)参照群の個体から同定された該参照群の個体によって共有されているpCDR3配列に対するプライマーを用いて、該患者の免疫レパートリーにおける、該共有pCDR3配列群内の個々のCDR3の存在を検出する工程;および
(b)該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在があるか否かによって該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程。」
(下線は当審により、補正箇所を示す。)とする補正を含むものである。
2 補正の適否
補正前の請求項1に記載された発明は、「個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を評価するための方法」であったところ、本件補正により評価の対象である「免疫レパートリーの正常状態または異常状態」という特定事項が削除され、評価の対象が「免疫レパートリー」全般に拡張された。
また、補正前の請求項1に記載された発明のうち工程(b)は、「該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程であって、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在が正常な免疫レパートリーを表し、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在が異常な免疫レパートリーを表す、工程」であったところ、本件補正により「該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在」の場合に「正常な免疫レパートリーを表」すと評価するという特定事項、および「該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在」の場合に「異常な免疫レパートリーを表す」と評価するという特定事項が削除され、「最小割合の共有pCDR3配列の存在があるか否かによって」評価される免疫レパートリーの状態が具体的に特定されないように拡張された。
したがって、当該補正は、特許請求の範囲の限定的減縮を目的とするものであるとは認められない。
また、本件補正が、請求項の削除、誤記の訂正及び明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る)のいずれかを目的とするものでないことは明らかである。
3 小括
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項に規定する要件に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
令和 3年 9月 9日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1~21に係る発明は、令和 3年 3月10日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1~21に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
以下の工程を含む、免疫レパートリーの多様性を用いて、個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を評価するための方法:
(a)参照群の個体から同定された該参照群の個体によって共有されているpCDR3配列に対するプライマーを用いて、該患者の免疫レパートリーにおける、該共有pCDR3配列群内の個々のCDR3の存在を検出する工程;および
(b)該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程であって、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在が正常な免疫レパートリーを表し、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在が異常な免疫レパートリーを表す、工程。」
第4 原査定の理由
令和 3年 4月12日付け拒絶査定の理由1および理由2は、請求項1~21に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていない、また、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1~21に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしていない、というものである。
第5 当審の判断
1 サポート要件について
(1)本願発明が解決しようとする課題
発明の詳細な説明には【発明が解決しようとする課題】の項目は存在しないから、【発明の概要】に先立って記載された【技術分野】発明の分野及び【背景技術】発明の背景の記載より、本願発明が解決しようとする課題を検討すると、まず、冒頭の【技術分野】発明の分野欄の[0002]には、「本開示は、診断検査を実施するための方法に関する。より具体的には、本開示は、標準インデックスに対する免疫レパートリーの多様性を評価するための診断検査に関する。」と記載されている。
そして、【背景技術】発明の背景として、[0003]には、「診断検査は、患者における正常状態の有無を検出するために用いられ得、これらの検査の結果は、患者をスクリーニングし、診断を集合的に助けるために用いられ得る。」と記載され、[0007]に、「上記のように、診断検査は現在利用可能であり、個体における正常状態の有無を検出するために定期的に実施される。しかしながら、これらの検査は、患者における免疫レパートリーの多様性には対応していない。個体において標準と比較して多様な免疫レパートリーの有無を検出する能力は、そのような個体の健康の評価を支援する可能性がある。」と記載されている。
これらの記載から、本願発明は、標準インデックスに対する免疫レパートリーの多様性を評価するという手段を用いることで、個体における正常状態の有無を検出し診断検査や健康の評価を助けることを企図したものと解される。
つまり、「個体における正常状態の有無を検出し診断検査や健康の評価を助けること」が本願発明の解決しようとする課題であると認められる。
(2)発明の詳細な説明に記載された内容
発明の詳細な説明には、患者サンプル中のCDR3配列を、個体のインデックス群の最もよく共有されているCDR3配列(すなわち、pCDR3)と比較することによって患者の免疫レパートリーの多様性を判定する方法を開発したこと、患者サンプル中のこのpCDR3の割合は、「正常性インデックス(正常性指標)」と称され、当該患者における免疫レパートリーの多様性の診断指標として機能し得ること、患者の正常性インデックスが最小割合を満たすまたはそれを上回る場合に患者の免疫レパートリーは正常とみなされるのに対して、患者の正常性インデックスが当該最小割合を下回る場合に患者の免疫レパートリーは異常とみなされること([0016])、特定の態様において、無作為選択を用いて複数回(例えば、約10~100回)のリード(配列読み取り)が実施され、サンプル中に存在するpCDR3配列の平均割合が取得されること、得られた数を参照プールにおけるpCDR3の数で割り、0%~100%の数である「正常性インデックス」と称される割合を取得すること、例えば、患者サンプルが1000のpCDR3配列のうち400を含む場合、患者の正常性インデックスは0.40または40%であること([0021])、インデックスプールは100を下回る個体を含むこと、当該個体は、年齢を患者に合わせられている、性別を患者に合わせられている、健常である、疾患を患者に合わせられている、かつ/または(変数を制御する場合に)当技術分野において一般に知られている他の基準であってもよいこと([0022])、 特定の態様において、免疫レパートリーの正常状態または異常状態を判定するために用いられること、pCDR3の最小割合は、約25%であること、他の態様において、pCDR3の最小割合は25%~75%であること([0024])、例えば、本発明者は、疾患の存在が免疫レパートリーの多様性の減少(例えば、本開示の方法を用いて容易に検出することができる、CDR3配列の多様性の減少)と相関することを実証していること、この方法は、細胞数および生化学的検査が臨床診療で現在用いられているのと同様に、正常な免疫レパートリーの多様性か異常な免疫レパートリーの多様性かの初期診断指標として有用であり得ること([0025])、 抗原の認識に起因するクローン増殖は、当該抗原を認識する細胞(抗体産生B細胞または受容体を有するT細胞を潜在的に含む)のより大きな集団をもたらすこと、これは、本明細書に開示された方法にしたがって行われるリードを抗原特異的増殖に偏らせ得、その結果、検出されるpCDR3配列の割合を低下させること、そのため、相対的に低い正常性インデックス(例えば、最小割合を下回る正常性インデックス)は、特定の疾患を有すると診断された個体または特定の抗原に対して最近ワクチン接種された個体で多く見られる特定の細胞集団の増殖を示し得ること([0031])が記載されている。
そして、実施例として、ヘパリンナトリウム中に収集した全血サンプル(40 ml)または末梢血単核球(PBMC)を、健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団である1100人の個体から得たこと、1100人の個体は、1群あたり100サンプルを有する11の異なる群に無作為に配置したこと([0036])、RNA抽出、核酸の増幅、配列決定を行い、CDR3領域を抽出し、アミノ酸配列に翻訳したこと([0037]~[0039])、11群のそれぞれから得られた配列を比較し、どのCDR3配列が各群の少なくとも50%のサンプルで検出されたかを決定したこと、得られたCDR3配列を選別し、上位4014個の最もよく共有されていたCDR3配列を、表1に示し、患者サンプルの正常性インデックスを計算する目的のためのpCDR3として選択したこと([0040]~[0041])が記載されている。
(3)サポート要件についての判断
発明の詳細な説明に記載された内容のうち実施例の記載によると、1群あたり100サンプルを有する11の異なる群に無作為に配置された健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団である1100人の個体から得られた全血サンプル(40 ml)または末梢血単核球(PBMC)に含まれるCDR3領域のうち各群の少なくとも50%のサンプルで検出されたCDR3配列4014個を選択し、そのCDR3配列が表1に(配列番号1~4014)として記載されていることまでは理解できる。
しかしながら、当該実施例の記載は、あくまで健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団である1100人の個体から得られた全血サンプル(40 ml)または末梢血単核球(PBMC)に含まれるサンプルに共通するCDR3(pCDR3)配列を特定したに止まり、実際にその配列と免疫レパートリーの正常状態/異常状態を関連づけて評価したことやその評価結果は開示されていない。
そして、実施例で示されているCDR3配列4014個についても、健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団から導き出されたものであるから、当該実施例の記載からでは正常な免疫レパートリーの多様性を有する基準となるCDR3配列であることが裏付けられているということはできず、せいぜい健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団である1100人の個体と遺伝的に近い要素を有する可能性があることが導き出せるのみである。
よって、実施例の記載は「共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定し」て、「該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在が正常な免疫レパートリーを表し、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在が異常な免疫レパートリーを表す」として、該患者の免疫レパートリーの状態を評価できることについて理論的に説明したものであるとはいえない。
ここで、本願発明の詳細な説明には、「患者サンプル中のCDR3配列を、個体のインデックス群の最もよく共有されているCDR3配列(すなわち、pCDR3)と比較することによって患者の免疫レパートリーの多様性を判定する方法を開発した」([0016])と記載されており、また拒絶査定でも述べているように、pCDR3配列の共通性と正常な免疫レパートリー/異常な免疫レパートリーの関連性は、本願出願時の技術常識であったとはいえない。
そして、明細書[0017]にも記載されているように「7500万個のCDR3のサンプリングに基づいて、無作為に選択したCDR3の約81%が所定の個体にユニークであり、複数の個体間で共有されない」ように、CDR3はもともと非常に多様なものであることは技術常識であり、CDR3も遺伝子の再構成によって得られるアミノ酸配列であるから、健常な個体であるか疾患を有する個体であるかに関わらず血統や人種等の先天的遺伝的要素の影響を受けうること、過去の罹患歴やワクチン接種歴など、現在の健康状態や疾患と無関係な後天的要素の影響を受けうるといえる。
これらのことを考慮すると、pCDR3を得るのに用いられた「参照群」や「共有群」として選択される母集団がどのような血統や人種等の遺伝的背景や後天的影響を有しているか、また100以下でもよいとされる([0022])母集団の大きさがどのようなものであるかによって共有pCDR3配列は変更され、被験者の免疫レパートリーが正常状態となるか異常状態となるかの評価はそのつど左右されることになる。
そうすると、本願発明の詳細な説明の、「本発明者は、疾患の存在が免疫レパートリーの多様性の減少(例えば、本開示の方法を用いて容易に検出することができる、CDR3配列の多様性の減少)と相関することを実証している。」([0025])などの記載だけでは、本願発明の発明特定事項(a)~(b)で特定される「参照群の個体から同定された該参照群の個体によって共有されているpCDR3配列に対するプライマーを用いて、該患者の免疫レパートリーにおける、該共有pCDR3配列群内の個々のCDR3の存在を検出する工程」および「該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程」を経ることにより、共有群がどのような母集団であるかにかかわらず正常な免疫レパートリーと異常な免疫レパートリーを区別することができるとはいえないから、本願発明は、診断検査や健康の評価を助けることができるという上記1(1)で認定した課題を解決できることを当業者が認識し得るものとはいえない。
以上のとおり、発明の詳細な説明には,当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の診断検査や健康の評価を助けることができるという課題を解決できると認識できる程度の理論的な説明があるともいえず、またそれに代わる具体的な実験条件及び前記課題を解決したことを示す実験結果を伴う実施例の記載もないのであるから、本願発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。
2 実施可能要件について
(1)発明の詳細な説明に記載された内容
発明の詳細な説明には、「インデックスプールは1000を上回る個体を含む。当該個体は、年齢を患者に合わせられている、性別を患者に合わせられている、健常である、疾患を患者に合わせられている、かつ/または(変数を制御する場合に)当技術分野において一般に知られている他の基準であってもよい。特定の態様において、インデックスプールは健常対照で構成される。他の態様において、インデックスプールは、健常な対照および1つまたは複数の疾患状態を有する個体の混合で構成される。」([0022])、「特定の態様において、免疫レパートリーの正常状態または異常状態を判定するために用いられる、pCDR3の最小割合は、約25%である。他の態様において、pCDR3の最小割合は25%~75%である。」([0024])「したがってこの方法は、細胞数および生化学的検査が臨床診療で現在用いられているのと同様に、正常な免疫レパートリーの多様性か異常な免疫レパートリーの多様性かの初期診断指標として有用であり得る。」([0025])と記載されている。
(2)実施可能要件についての判断
本願発明は、「免疫レパートリーの多様性を用いて、個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を評価するための方法」であるから、本願明細書の記載および本願の出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、個々の患者の免疫レパートリーの正常状態と異常状態を評価することができなければならない。
1(3)で述べたように、母集団がどのようなものであるかによって共有pCDR3配列は変更され、被験者の免疫レパートリーが正常状態となるか異常状態となるかの評価が左右されることになるが、発明の詳細な説明には、年齢を患者に合わせられている、性別を患者に合わせられている、健常である、疾患を患者に合わせられている、健常対照で構成、健常な対照および1つまたは複数の疾患状態を有する個体の混合で構成など様々な母集団を選択しうることが記載されている。
したがって、免疫レパートリーの正常状態または異常状態を判定するために用いられる、共有pCDR3配列は「参照群」や「共有群」として選択される母集団ごとに異なり、母集団を新たに選択するごとに共有pCDR3配列を母集団に属する多数の個体から決定するには、当業者にとって過度の試行錯誤を必要とし、かつ、共有pCDR3配列の存在/非存在の最小割合の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を判定できるような閾値については、母集団ごとに又は疾患ごとにさらなる試験や研究を含む過度の試行錯誤を必要とするといえる。
発明の詳細な説明には「pCDR3の最小割合は、約25%である。他の態様において、pCDR3の最小割合は25%~75%である」([0024])と記載されているものの、当該値や当該値の範囲で免疫レパートリーの正常状態または異常状態を判定することができたことは発明の詳細な説明に全く記載されておらず、最小割合を25%~75%の範囲内のいずれかとすること自体が広範な範囲を含んでいるので、上記の記載が過度の試行錯誤を必要としない根拠になりえない。
また、発明の詳細な説明の実施例には、健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団である1100人の個体から得られた全血サンプル(40 ml)または末梢血単核球(PBMC)に含まれるサンプルに共通するCDR3(pCDR3)配列4014個が記載されているものの、これら配列は健常な個体および疾患を有する個体の両方の混合集団から得られたものであるから、診断を集合的に助ける、個体の健康の評価を支援する、初期診断指標として普遍的に有用であり得るような正常状態を示すpCDR3であるとは直ちにはいえず、また、それが母集団又は患者や疾患に関わりなく個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を共通して評価することができる指標となり得るように記載されているとはいえない。
そして発明の詳細な説明にはその他に実施例とみなしうる具体的な記載はない。
したがって、発明の詳細な説明は、本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
3 審判請求人の主張に対して
審判請求人が、審判請求書においてした主張とそれらに対する合議体の判断は次のとおりである。
(1)審判請求人の主張
原審審査官は、拒絶査定において、以下の通り認定した。
『上記拒絶理由通知書で述べられているように、本願明細書には、共有pCDR3配列の存在/非存在に基づき、個々の患者の免疫レパートリーの正常状態/異常状態を評価した結果は開示されていない。すなわち、実施例ではあくまでサンプルに共通するCDR3(pCDR3)配列を特定したにすぎず、実際にその配列と免疫レパートリーの正常状態/異常状態を関連づけて評価した結果は開示されていない。
一方で、出願人は意見書において、免疫レパートリーの正常状態/異常状態の評価の裏付けは、異常と判定されるpCDR3の適切な最小割合が「25%~75%」であることの開示(本願明細書の段落[0024])をもって足りると主張する。特に、異常状態の判定は、特定の疾患の診断を意図するものではなく、閾値設定に応じて設定されること、共有pCDR3の最小割合の選択やその多様性は個体の生涯における変化や特定の症状によっても変わり得ると説明する。
しかしながら、当該段落[0024]には、出願人の主張する開示を具体的に裏付けるような先行文献は何ら引用されておらず、出願人による説明が根拠なく記載されるのみである。pCDR3配列の共通性と免疫レパートリーの正常状態/異常状態を関連性は、本願出願時の技術常識であったともいえない。そうすると、pCDR3配列の共通性が「25%~75%」であった場合に、正常状態または異常状態と判定するためには、個体や疾患の状況に応じて当業者が追加の試験を行う必要があるといえる。これは、上記拒絶理由通知書で述べられているように、当業者に過度の負担を課すものである。
したがって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1~21に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。また、その裏返しとして、請求項1~21に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。』
本件請求人はこれに承伏しかねるが、審判請求書と同日付で提出した手続補正書により、特許請求の範囲を変更する補正を行った。
具体的には、独立形式請求項1において、「個々の患者の免疫レパートリーの正常状態または異常状態を評価する」なる記載を、「個々の患者の免疫レパートリーを評価する」なる記載に変更するとともに、「該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程であって、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在が正常な免疫レパートリーを表し、該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の非存在が異常な免疫レパートリーを表す、工程」とあるのを、「該共有群に関して最小割合の共有pCDR3配列の存在があるか否かによって該共有群のpCDR3配列のうちの該患者の免疫レパートリー内で見出されるものの割合を同定して該患者の免疫レパートリーの状態を評価する工程」なる記載に変更する補正を行った。
さらに、独立形式請求項10においても、「ヒトまたは動物対象において免疫レパートリーの多様性が正常状態にあるか、または異常状態にあるかを判定する」とあるのを、「ヒトまたは動物対象において免疫レパートリーの多様性を判定する」なる記載に変更するとともに、「前記対象において該正常性インデックスが正常であるか異常であるかを特定する工程であって、正常状態は最小割合のpCDR3の存在を特徴とし、かつ異常状態は最小割合のpCDR3の非存在を特徴とする、工程」とあるのを、「該正常性インデックスが最小割合のpCDR3の存在を特徴とするか否かを特定する工程」に変更する補正を行った。
当該補正後の請求項記載の発明に関し、明細書の発明の詳細な説明は、当業者が当該発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されており、かつ、当該発明は明細書の発明の詳細な説明に十分に記載されているものと思量する。したがって、当該拒絶理由は解消したものと思量する。
(2)判断
第2 令和 3年 9月 9日付けの手続補正についての補正却下の決定に記載されているとおり、請求人による「審判請求書と同日付で提出した手続補正書により、特許請求の範囲を変更する補正」は却下された。
そして、請求人は本願発明に係る拒絶査定の理由について、本件請求人はこれに承伏しかねると述べるに止まり、拒絶査定の理由を覆すべき具体的な理由を何ら述べていない。
したがって、審判請求人の上記主張によって拒絶査定の理由を覆すことはできない。
4 小括
このとおり、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められないから、本願は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本願発明の詳細な説明は当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから、発明の詳細な説明は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
第6 むすび
以上のとおり、本願は、請求項1について、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明は、請求項1について、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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