特許異議申立
2020-700141
フューエルレール用ステンレス鋼
- 審判番号
- 2020-700141
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-121843
- 登録番号
- 特許第6580757号(P6580757)
- 請求日
- 2020年03月02日
- 審決日
- 2021年07月08日
- 公報発行日
- 2021年10月29日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】日本金属株式会社
- 【権利者代理人】熊倉 禎男
- 【権利者代理人】須田 洋之
- 【権利者代理人】山崎 一夫
- 【権利者代理人】市川 さつき
- 【権利者代理人】服部 博信
- 【異議申立人】丸一ステンレス鋼管 株式会社
- 【異議申立人代理人】天野 一規
- 審判長/審判官
- 審判長 金澤 俊郎
- 審判官 鈴木 充
- 審判官 高島 壮基
- 分類
- P1651.121-YAA(F02M) / P1651.16 -YAA(F02M) / P1651.536-YAA(F02M) / P1651.537-YAA(F02M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法120条の8第1項特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第2項、特許法第120条の5第9項、特許法第126条第5項、特許法第29条の2、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項、特許法第120条の8第1項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6580757号発明「フューエルレール用ステンレス鋼」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6580757号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし7〕について訂正することを認める。
特許第6580757号の請求項1、4ないし7に係る特許を維持する。
特許第6580757号の請求項2及び3に係る特許についての特許異議申立てを却下する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6580757号の請求項1ないし7に係る特許(以下、「請求項1に係る特許」ないし「請求項7に係る特許」という。)についての出願は、平成30年6月27日に出願され、令和元年9月6日にその特許権の設定登録がされ、令和元年9月25日に特許掲載公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和2年3月2日に特許異議申立人 コベルコ鋼管株式会社(令和2年11月13日に丸一ステンレス鋼管株式会社に社名変更。以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和2年6月30日付け(発送日:令和2年7月7日)で取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和2年9月3日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、当審は、令和2年10月12日付け(発送日:令和2年10月16日)で申立人に通知書(訂正請求があった旨の通知)を送付し、申立人は令和2年11月13日に意見書を提出し、当審は、令和2年12月21日付け(発送日:令和3年1月5日)で取消理由(決定の予告)を通知し、特許権者は、令和3年3月8日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、当審は、令和3年4月22日付け(発送日:令和3年4月28日)で申立人に通知書(訂正請求があった旨の通知)を送付し、申立人は令和3年5月26日に意見書を提出し、特許権者は令和3年6月24日に上申書を提出した。
第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和3年3月8日の訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正の内容は、以下のとおりである(下線は特許権者が付した。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「 インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。」とあるのを、
「 インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。」
に訂正する。
請求項1を引用する請求項4乃至7も同様に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2及び3を削除する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に
「 Ni濃度(%)が7.0~9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00~22.00%の範囲、C濃度(%)が0.08%以下、Si濃度(%)が1.0%以下、である、請求項1~3のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。」とあるのを、
「 Ni濃度(%)が7.0~9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00~22.00%の範囲、C濃度(%)が0.03%以下、Si濃度(%)が0.45%以下、である、請求項1に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。」
に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5の
「請求項1~4のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」を、
「請求項1又は4に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」
に訂正する。
(5)訂正事項5
願書に添付した明細書の段落0049の下記記載
「(引張試験)
機械的特性値は、引張試験によって求めた。試験方法はJIS Z 2241に準じ、試験片は13B号試験片を用いて、引張速度 5mm/minで試験した。」
を削除する。
(6)訂正事項6
願書に添付した明細書の段落0056の記載を
「表2(続き)
」
に訂正する。
(7)訂正事項7
願書に添付した明細書の段落0057の記載を
「 表2から明らかなように、No.1~No.3は、銅ろう付け性が劣る。これは、図2に示すようにSi/C比率が高いことによるものと考えられる。
No.4~No.7では、Si/C比率が低いことから銅ろう付け性が改善された。
しかし、これらのステンレス鋼では0.2%耐力が十分ではないためさらに組成の改良を試みた。
すなわち、No.8は窒素含有量を0.225(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができたが、Si/Cが高くなり、銅ろう付け性が不良になってしまった。さらに、溶接凝固割れも生じてしまった。
No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、また、溶接凝固割れが生じなかった。」
に訂正する。
すなわち、「Creq/Nieqが1.58と小さく」及び「Creq/Nieqが1.74と高く」を削除する。
(8)一群の請求項について
訂正前の請求項1ないし7について、請求項2及び4ないし7は、請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであり、請求項4ないし7は請求項3を引用しているものであって訂正事項2によって記載が訂正される請求項3に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項〔1ないし7〕に対して請求されたものである。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1のステンレス鋼製パイプのC濃度「(C%)≦0.08)」について、願書に添付した明細書の段落0031の記載に基づいて、「(C%)≦0.03)」に減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、訂正前の請求項2及び3を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(3)訂正事項3
訂正事項3は、訂正前の請求項4のステンレス鋼製パイプのC濃度「0.08%以下」を願書に添付した明細書の段落0031の記載に基づいて「0.03%以下」に、またSi濃度「1.0%以下」を願書に添付した明細書の段落0032の記載に基づいて「0.45%以下」に減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものには該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(4)訂正事項4
訂正事項4は、訂正前の請求項5の記載が訂正前の請求項1~4のいずれかの記載を引用する記載であるところ、上記訂正事項2(請求項2及び3を削除)に伴って、請求項2及び3の記載を引用しないものとするための訂正であって、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものである。そして、訂正事項4は、何ら実質的な内容の変更を伴うものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(5)訂正事項5
訂正事項5は、願書に添付した明細書の段落0049には「引張試験」の試験方法が記載されていたところ、これに対応する試験結果は当該明細書に記載されておらず不明瞭な記載が生じていたので、これを削除する訂正をするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正事項5は明細書に記載した事項の範囲内であり、また特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもない。よって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(6)訂正事項6
訂正事項6は、訂正前の明細書の段落0055~0056の「表2」のNo.9のステンレス鋼の組成から計算される「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力」と、「表2(続き)」に示されるNo.9のステンレス鋼の「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力」の値が整合しておらず不明瞭な記載が生じていたので、これらを削除する訂正を行うものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正事項6は、明細書に記載した事項の範囲内であり、また特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもないから、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
(7)訂正事項7
訂正事項7は、訂正前の明細書の段落0057に
「 すなわち、No.8は窒素含有量を0.225(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができたが、Si/Cが高くなり、銅ろう付け性が不良になってしまった。さらにCreq/Nieqが1.58と小さく、溶接凝固割れも生じてしまった。
No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、またCreq/Nieqが1.74と高く、溶接凝固割れが生じなかった。」
と記載されていたところ、訂正事項6において「表2(続き)」から「Cr/Ni当量」を削除したので、これに整合するように、「Creq/Nieq」(Cr/Ni当量)に関する記載を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。そして、訂正前の明細書の段落0057の記載から「Cr/Ni当量」に関する記載を削除することは明細書に記載した事項の範囲内であり、また関連する特許請求の範囲の請求項2及び3も削除した(訂正事項2)のであるから、特許請求の範囲のカテゴリーや対象、目的を変更するものでもない。よって、訂正事項7は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。
3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1ないし7〕について訂正することを認める。
第3 訂正後の本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明7」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、
式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、
式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)
で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上であることを特徴とする、直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項2】削除
【請求項3】削除
【請求項4】
Ni濃度(%)が7.0~9.5%の範囲、Cr濃度(%)が18.00~22.00%の範囲、C濃度(%)が0.03%以下、Si濃度(%)が0.45%以下、である、請求項1に記載の直噴内燃機関用フューエルレール。
【請求項5】
請求項1又は4のいずれか一項に記載の直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法であって、
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けすることを特徴とする、上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項6】
前記インジェクタカップを前記ステンレス鋼製パイプに銅ろう付けする前に、溶接によりインジェクタカップを仮止めすることを特徴とする、請求項5記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。
【請求項7】
仮止めのための前記溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われる、請求項6記載の上記直噴内燃機関用フューエルレールの製造方法。」
第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
訂正前の請求項1ないし7に係る特許に対して、当審が令和2年12月21日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、次のとおりである。
取消理由1(拡大先願)本件特許の請求項1及び4ないし7(請求項2及び3を引用するものを除く。)に係る発明は、その出願の日前の特許出願であって、その出願後に特許掲載公報の発行又は出願公開がされた下記の特許出願の願書に最初に添付された明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
取消理由2(実施可能要件)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
取消理由3(サポート要件)本件特許の請求項1ないし7に係る発明は、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
記
●取消理由1(拡大先願)について
引用特許出願
特願2017-175651号(国際公開第2019/054390号(甲第8号証))
●取消理由2(実施可能要件)について
本件特許の発明の詳細な説明の記載(特に、段落【0055】の表2及び段落【0056】の表2(続き))は、不備があるから、当業者が、請求項1ないし7に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
●取消理由3(サポート要件)について
本件特許の発明の詳細な説明には、請求項1ないし7に係る発明の具体的な実施例が適切に開示されていないから、請求項1ないし7に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。
第5 当審の判断
1 取消理由1(拡大先願)について
(1)引用特許出願の明細書に記載の事項、引用発明等
特願2017-175651号(国際公開第2019/054390号(甲第8号証))には、次の事項が記載されている(下線は当審で付与した。)。
なお、国際公開第2019/054390号に対応する国際特許出願PCT/JP2018/033714の国際出願日は2018年9月11日であり、本件特許の出願日よりも後であるから、当該国際特許出願の優先権主張の基礎となっている特願2017-175651号(出願日:平成29年9月13日)を、引用特許出願とした。
また、以下、特願2017-175651号の願書に最初に添付された明細書を「明細書」といい、国際公開第2019/054390号を「国際公開」という。
ア 「本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。」(明細書段落【0001】、国際公開段落[0001])
イ 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられる。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられる。」(明細書段落【0013】、国際公開段落[0013])
ウ 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が高く、各種用途に適用することができるが、中でも、自動車燃料噴射管に好適に用いることができる。特に、上述のように、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理後の変形を抑制でき、また、組成の調整などによって、熱処理後も強度の高い結晶組織を保つようにすることができる。このため、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管の材料として好適である。」(明細書【0050】、国際公開段落[0050])
エ 「[実施例1~7、比較例1~3]鋼板(板材)の作製
真空誘導溶解炉(VIF)を用いて、表1に記載の成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)の20kgの円柱状インゴットを作製した。インゴットを1,250℃以上で24hr熱処理し、1,200℃~1,000℃の温度域で熱間鍛造を行い、W60mm×L250mm×t17mmの板材を作製した。この板材に対して、表1に記載の冷間加工前熱処理温度(Tc)で熱処理を行った。次いで、この板材に対して、加工率30%で冷間圧延加工を行った。その後、最終熱処理として、光輝焼鈍炉を用いて表1に記載の冷間加工後熱処理温度(Tf)で熱処理を行い、実施例1~7、及び比較例1~3の供試材を得た。なお、実施例1~7及び比較例1~2は、オーステナイト系ステンレス鋼であり、比較例3は、二相ステンレス鋼である。」(明細書段落【0061】、国際公開段落[0061])
オ 明細書段落【0069】【表1】(国際公開段落[0070][表1])から、実施例6のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成は、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Pが0.019質量%、Sが0.001質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Alが0.012質量%、Nbが0.08質量%、Nが0.21質量%、であることが読み取れる。
上記から、引用特許出願の明細書には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
〔引用発明〕
「ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管であって、
前記ステンレス鋼が、
Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である、自動車燃料噴射管。」
(2)対比・判断
ア 本件訂正発明1について
本件訂正発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管」と本件訂正発明1における「インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレール」とは、「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ」という限りにおいて一致している。
そして、引用発明における「前記ステンレス鋼が、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である」と本件訂正発明1における「前記ステンレス鋼製パイプが、式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」とは、「前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である」という限りにおいて一致している。
そうすると、本件訂正発明1と引用発明には、以下の一致点、相違点がある。
〔一致点〕
「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプであって、
前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である、ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ。」
〔相違点1〕
「ろう付けを行うステンレス鋼製パイプ」に関して、本件訂正発明1においては「インジェクタカップ」がステンレス鋼製パイプに「銅」ろう付けされてなる、「直噴内燃機関用フューエルレール」であるのに対して、引用発明においては、ステンレス鋼の、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管である点。
〔相違点2〕
「前記ステンレス鋼製パイプが、組成成分として、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Cu及びNを含むオーステナイト系ステンレス鋼製である」に関して、本件訂正発明1においては、ステンレス鋼製パイプが、「式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.03)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」のに対して、引用発明においては、ステンレス鋼が、Cが0.057質量%、Siが0.52質量%、Mnが2.20質量%、Crが18.09質量%、Niが9.15質量%、Cuが0.30質量%、Moが0.25質量%、Nが0.21質量%、の組成成分を有するオーステナイト系ステンレス鋼である点。
事案に鑑み、上記相違点2について検討する。
上記相違点2においては、Cの質量%が、本件訂正発明1は「(C%)≦0.03」であるのに対して、引用発明は「Cが0.057質量%」という点で異なっている。
そして、引用特許出願の明細書には、Cの質量%を0.03%以下とする点について開示も示唆もない。
また、上記相違点2に係る本件訂正発明1の発明特定事項は、課題解決のための具体化手段における微差ではない。
そうすると、上記相違点2は、実質的な相違点である。
したがって、上記相違点1について検討するまでもなく、本件訂正発明1は引用発明と同一ではない。
2 取消理由2(実施可能要件)及び取消理由3(サポート要件)について
取消理由2(実施可能要件)及び取消理由3(サポート要件)で指摘した事項は、概略次のようなものである。
請求項1ないし7に係る発明(以下、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明7」という。)の実施例として、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0055】に表2が、段落【0056】に表2(続き)が記載されているところ、本件特許発明1ないし7の発明特定事項を見かけ上満たすものは、「No.9」だけである。
しかしながら、段落【0056】の表2(続き)の「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は「1.74」であるが、当該値は、段落【0055】の表2の「No.9」の成分元素割合から、本件特許発明2及び3の式IIの左辺により計算した値「1.61」と整合していない。
仮に前者が正しいのだとすると、後者の成分元素割合に誤りがある可能性があり、本件特許発明1ないし7の発明特定事項を満たす成分元素割合が正確に開示されていないことになり、仮に後者が正しいのだとすると、「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は、本件特許発明2及び3の式IIを満たさないから、本件特許発明2及び3の発明特定事項を満たす成分元素割合が開示されていないことになる。
よって、本件特許の発明の詳細な説明には、本件特許発明1ないし本件特許発明7の具体的な実施例が適切に開示されていないから、本件特許発明1ないし本件特許発明7を、当業者が実施できる程度に記載されているとはいえない。
また、本件特許発明1ないし本件特許発明7が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、当該発明の課題を解決できるものとして認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本件特許発明1ないし7は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。
今般、本件訂正請求により、特許請求の範囲の請求項2及び3は削除され(訂正事項2)、
願書に添付した明細書の段落0049の
「(引張試験)
機械的特性値は、引張試験によって求めた。試験方法はJIS Z 2241に準じ、試験片は13B号試験片を用いて、引張速度 5mm/minで試験した。」
との記載は削除され(訂正事項5)、
願書に添付した明細書の段落0056の表2において、「Cr/Ni当量」及び「0.2%耐力(MPa)」の欄は削除され(訂正事項6)
願書に添付した明細書の段落0057の記載から、「Creq/Nieqが1.58と小さく」及び「Creq/Nieqが1.74と高く」との記載が削除された(訂正事項7)。
これらの訂正事項により、段落【0056】の表2(続き)の「No.9」の「Cr/Ni当量」の値は「1.74」であるが、当該値は、段落【0055】の表2の「No.9」の成分元素割合から、本件特許発明2及び3の式IIの左辺により計算した値「1.61」と整合していないから、本件特許発明2及び3の実施例が適切に開示されていないという点は解消した。
次に、本件訂正請求により訂正された明細書(以下「訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明が、本件訂正発明1及び4ないし7を、当業者が実施をすることができる程度にされたものであるか、及び、本件訂正発明1及び4ないし7が、訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるかについて検討する。
訂正明細書段落【0004】には、発明が解決しようとする課題について、「特に、素材と銅ろうとのぬれ性を向上させることにより、銅ろう付け性を向上させ、それにより、高い燃料圧力に耐え得る、インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに取り付けられてなるオーステナイト系ステンレス鋼製の直噴内燃機関用フューエルレールを提供することを目的とする。」との記載がある。
そして、銅ろう付け性に関して、訂正明細書段落【0017】ないし【0023】、表1及び図2において、本件訂正発明1の発明特定事項である式Iを満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製の銅ろう付け性が優れていることが説明されている。
また、高い燃料圧力に耐え得るという点に関して、訂正明細書段落【0028】及び【0029】には、オーステナイト系ステンレス鋼の「0.2%耐力」に及ぼす成分濃度の依存性について、本件訂正発明1の発明特定事項である式IIIで表されることが、参考文献(「大嶋貴之、羽原康裕、黒田光太郎:鉄と鋼、93(2007)、544)とともに記載されている。
また、オーステナイト系ステンレス鋼が含有する各元素の濃度について、訂正明細書段落【0031】ないし【0044】及び訂正明細書段落【0055】の表2として記載されており、ろう付け性及び凝固割れ性の試験結果が訂正明細書段落【0056】の表2(続き)として記載されており、訂正明細書段落【0057】に「No.9は、窒素含有量を0.250(%)に上昇させ、0.2%耐力を400MPa以上まで上昇することができた。さらに、Si/Cが低く、銅ろう付けが良好であり、また、溶接凝固割れが生じなかった。」と記載されている。
これらのことから、本件訂正発明1の発明特定事項である式I及び式IIIと、発明が解決しようとする課題との関係について、当業者であれば理解できるし、その実施例も一応示されているといえる。
ところで、本件訂正請求による訂正によっても、訂正明細書段落【0055】の表2(願書に添付した段落【0055】の表2と同じ)のNo.9の成分元素割合に誤りがあるという疑義は残る。しかしながら、訂正明細書の発明の詳細な説明には、式I及び式IIIの技術上の意義について記載されており、各元素の濃度範囲について訂正明細書の段落【0031】ないし【0044】に記載されているのであるから、当業者は、「No.9」の成分元素割合の記載を参照して、式I及び式IIIを満たすオーステナイト系ステンレス鋼を、過度の試行錯誤を要することなく製造し、使用することができるといえる。
そうすると、訂正明細書の発明の詳細な説明は、当業者が発明(本件訂正発明1及び本件訂正発明1を引用する本件訂正発明4ないし7)の技術上の意義を理解し、その実施ができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるし、本件訂正発明1及び4ないし7は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により、当業者が、当該発明の課題を解決できるものとして認識できる範囲のものであるといえる。
以上のとおりであるから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が、本件訂正発明1及び4ないし7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
また、本件訂正発明1及び4ないし7は、発明の詳細な説明に記載したものである。
第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要
理由1 本件の請求項1、4ないし6に係る発明(以下、「本件発明1」、「本件発明4」・・・のようにいう。)は、甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
理由2 本件発明2及び3は、甲第1ないし3号証に記載された発明に基いて、又は、甲第1ないし3号証に記載された発明及び周知技術(甲第4及び5号証)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
理由3 本件発明7は、甲第1ないし3号証に記載された発明及び周知技術(甲第6及び7号証)に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
証拠一覧
甲第1号証:特開2010-7651号公報
甲第2号証:特表2007-508942号公報
甲第3号証:大嶋貴之、羽原康裕、黒田光太郎、Cr-Mn-Niオーステナイト系ステンレル鋼の機械的性質と加工誘起マルテンサイト変態に及ぼす合金の影響、鉄と鋼、日本鉄鋼協会、2007年、第93巻、第8号、p.544~551
甲第4号証:才田一幸、溶接接合教室-基礎を学ぶ-2-8 ステンレス鋼の溶接性、溶接学会誌、溶接学会、2010年、第29巻、第6号、p.582~592
甲第5号証:J.C.Lippold, Solidification Behavior and Cracking Susceptibility of Pulsed-Laser Welds in Austenitic Stainless Steels, Welding Journal, American Welding Society, 1994年、第73巻、第6号、p.129s~139s
甲第6号証:特開2011-144768号公報
甲第7号証:特開2011-226425号公報
2 当審の判断
(1)甲号証に記載された事項等
ア 甲第1号証
甲第1号証(以下「甲1」という。)には、次の事項が記載されている。
(ア)「【請求項1】
直噴内燃機関用燃料レールの構成部品が鋼製もしくはステンレス製であり、かつ前記構成部品が相互にろう付けされた高圧直噴内燃機関用燃料レールであって、前記ろう付け接合された構成部品が、前記ろう付け後に切削及び/又はバニッシング加工されて仕上げられていることを特徴とする高圧直噴内燃機関用燃料レール。
【請求項2】
前記鋼製もしくはステンレス製の直噴内燃機関用燃料レールのインジェクターホルダー及び固定用ブラケットがそれぞれ対をなして本管レールにろう付け接合された構成となしたことを特徴とする請求項1に記載の高圧直噴内燃機関用燃料レール。」
(イ)【0011】
図1に示す高圧直噴内燃機関用燃料レールの本管レール1は、管径φ15~φ30mm程度、肉厚1.5~2.5mm程度の鋼製もしくはステンレス製の鋼管であって、周壁部に前記インジェクター7を接続可能とする鋼製もしくはステンレス製のインジェクターホルダー2が複数設けられている。例えば4気筒エンジンの場合には4個のインジェクターホルダー2が、直列6気筒エンジンの場合には6個のインジェクターホルダー2が、それぞれ所望の間隔で設けられている。なお、各インジェクターホルダー2には当該ホルダーを堅固に固定するため同じく鋼製もしくはステンレス製の固定用ブラケット3が該ホルダーと対をなして本管レール1に設けられている。
【0012】
図1に示す火花点火方式の高圧直噴内燃機関用燃料レールは、内部を流通路1-1となした円筒状の内周壁面1-1aを有する本管レール1の軸方向にわたる周壁部に穿設した貫孔1-2に4個のインジェクターホルダー2を相互にろう付け接合した構造となしたもので、各インジェクターホルダー2には固定用ブラケット3が対をなして本管レール1にろう付け接合され、更に、本管レール1には圧力センサー用ボス4が壁面に、プラグ5とインレットコネクター6が管端部にろう付け接合により取付けられている。そして、この図1に示す直噴内燃機関用燃料レールは、その構成部品である本管レール1、インジェクターホルダー2、固定用ブラケット3及び圧力センサー用ボス4はすべて、前記ろう付け後に切削加工されて仕上げられている。
なお、この高圧直噴内燃機関用燃料レールの前記構成部品がすべて鋼製である場合は、前記構成部品及びそのろう付け接合部の少なくとも燃料との接触部をめっき被膜で被覆することが好ましい。その場合、前記めっき被膜としては、化学ニッケルめっき被膜が好ましい。又、前記構成部品の少なくとも燃料との接触部分に、先ず化学ニッケルめっきを施し、続いて前記構成部品の外表面にクロメート層を有する亜鉛めっき被膜もしくは同じくクロメート層を有する亜鉛-ニッケルめっきを施すことができる。」
上記記載事項から、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
〔甲1発明〕
「インジェクターホルダーがステンレス製の本管レールに銅ろう付けされてなる、高圧直噴内燃機関用燃料レール。」
イ 甲第2号証
甲第2号証(以下「甲2」という。)には、次の事項が記載されている。
(ア)「【請求項1】
鋳造工程の間に移動する壁により縦方向サイドを形成する鋳造用間隙(4)中において、溶鋼を連続的操作で鋳造して鋼ストリップ(B)を形成し、そして、溶融プール(6)内の鋳造用間隙(4)上に存在する溶鋼を、窒素及び水素を含有する雰囲気(A)下に保つ、鋳鋼ストリップ(B)の製造方法であって、前記雰囲気(A)の水素含有量が0モル%より大きく10モル%までであり、そして、鋼ストリップ(B)の特性を調節するためにそれぞれの場合に選択的に存在する鋳造された溶鋼のCr、Mo、Nb、Si、Ti、Ni、Mn、C又はN含有量が、Cr当量であるCreqと、Ni当量であるNieqとから形成されるCreq/Nieq比について下記式:
Creq/Nieq≧1.7
(上記式中、
Creq=%Cr+1.37%Mo+2%Nb+1.5%Si+3%Ti、
Nieq=%Ni+0.31%Mn+22%C+14%N+%Cu、
%Cr=それぞれのCr含有量、
%Mo=それぞれのMo含有量、
%Nb=それぞれのNb含有量、
%Si=それぞれのSi含有量、
%Ti=それぞれのTi含有量、
%Ni=それぞれのNi含有量、
%Mn=それぞれのMn含有量、
%C=それぞれのC含有量、
%N=それぞれのN含有量)
が当てはまるように、それぞれの場合に選択されることを特徴とする、前記製造方法。」
(イ)「【0009】
従って、本発明の目的は、従来技術と比較して著しく改良された表面組成を有する高品質な鋼ストリップを製造することができる方法を明確にすることである。」
(ウ)「【0026】
鋳造用溶鋼E11~E23及びV11~13のそれぞれの組成を表1に示す。比較のために加工した溶融体V11~13の場合は、Creq/Nieq比が1.7未満であるのに対して、鋼E11~E13のCreq/Nieq比は、1.7~1.8であり、そして鋼E21~E23のCreq/Nieq比は、1.8を越える。」
(エ)「【表1】
」
ウ 甲第3号証
甲第3号証(以下「甲3」という。)には、次の事項が記載されている。
(ア)「オーステナイト組成が得られた鋼において、成分と0.2%耐力とを回帰分析した。その結果、式(5)の関係式が得られ、Fig.6の計算耐力と実測された耐力との関係に示すように、両者にはよい相関が認められた。
0.2%P.S.(MPa)=133+481[%C]+24.6[%Si]-1.7[%Mn]-3.8[%Ni]+4.1[%Cr]+17.3[%Mo]-7.7[%Cu]+931[%N]・・・・・(5)」(549ページ右欄1ないし9行)
(イ)図6として、計算耐力と実測された耐力との関係が示されている。(549ページ右欄)
(3)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「インジェクターホルダー」は、その機能、構成又は技術的意義からみて本件発明1の「インジェクタカップ」に相当し、以下同様に、「ステンレス製の本管レール」は「ステンレス鋼製パイプ」に、「高圧直噴内燃機関用燃料レール」は「直噴内燃機関用フューエルレール」に、それぞれ相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明との間には、次の一致点、相違点がある。
〔一致点〕
「インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレール。」
〔相違点3〕
「ステンレス鋼製パイプ」が、本件発明1においては「式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)を満たすSi濃度(Si%)とC濃度(C%)を有するオーステナイト系ステンレス鋼製であり、式III 0.2%耐力(MPa)=133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)(式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する)で表される、前記オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が、400MPa以上である」のに対して、甲1発明においては、かかる事項を備えていない点。
上記相違点3について検討する。
甲2の【表1】に記載された鋳造用溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23(以下「溶接鋼E11」のようにいう。)は、SiとCの成分割合が、本件発明1で特定する式I (Si%)≦3.75(C%)+0.37(ただし、(C%)≦0.08)(以下「式I」という。)を満たしている。
甲3には、上記のとおり、オーステナイト組成が得られた鋼において、次の式(本件発明1で特定する式IIIと同じ。以下「式III」という。)から計算した計算耐力と実測された耐力との間に、よい相関関係があることが示されている。
0.2%P.S.(MPa)=133+481[%C]+24.6[%Si]-1.7[%Mn]-3.8[%Ni]+4.1[%Cr]+17.3[%Mo]-7.7[%Cu]+931[%N]
しかしながら、甲2の溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23は、式IIIを満たさない。また、甲2の溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23は式Iを満たしているものの、式Iを満たすようにSiとCとの成分割合を定めたという旨の記載は、甲2には存在しない。さらに、甲2は、「本発明の目的は、従来技術と比較して著しく改良された表面組成を有する高品質な鋼ストリップを製造することができる方法を明確にすること」(上記(2)イ (イ))を課題として、「鋼ストリップの特性を調節するためにそれぞれの場合に選択的に存在する鋳造溶鋼のCr、Mo、Nb、Si、Ti、Ni、Mn、C又はN含有量である%Cr、%Mo、%Nb、%Si、%Ti、%Ni、%Mn、%C又は%Nが、Cr当量であるCreqとNi当量であるNieqとから形成されるCreq/Nieq比について下記式:
Creq/Nieq≧1.7
(上記式中、
Creq=%Cr+1.37%Mo+2%Nb+1.5%Si+3%Ti、
Nieq=%Ni+0.31%Mn+22%C+14%N+%Cu)
が当てはまるように、それぞれの場合に選択される」(上記(2)イ (ア))というものであって、鋳造用溶接鋼E11ないしE13、E21ないしE23の成分を、式I及び上記の式Creq/Nieq≧1.7を満たしたまま、式IIIを満たすように変更して、甲1発明に適用する動機付けは存在しない。
してみると、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項は、甲1発明に、甲2及び3に記載された事項を参照しても、当業者が容易になし得たものではない。
したがって、本件発明1は、甲1発明並びに甲2及び3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
なお、甲第4及び5号証(以下「甲4」及び「甲5」という。)は、
Creq/Nieq≧1.7(ただし、Cr当量(Creq)=(Cr%)+1.37(Mo%)+1.5(Si%)+2(Nb%)+3(Ti%)、及び、Ni当量(Nieq)=(Ni%)+0.31(Mn%)+22(C%)+14.2(N%)+(Cu%))
(本件発明2及び3の特定事項である式IIと同じ。)
を満たすと、溶接部の凝固割れ感受性を小さくすることができることを示すものであって、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。
甲第6及び7号証(以下「甲6」及び「甲7」という。)は、仮止めのための溶接が、アーク溶接、TIG溶接、YAGレーザー溶接、及び電子ビーム溶接からなる群より選択される溶接方法により行われることを示すものであって、上記相違点3に係る本件発明1の発明特定事項を開示ないし示唆するものではない。
したがって、本件発明1は、甲1発明並びに甲2及び3に記載された事項に加えて、甲4ないし7に記載された事項を参照したとしても、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は、訂正により削除されたため、異議申立理由がなくなった。
ウ 本件発明4ないし7について
本件発明4ないし7は、本件発明1の発明特定事項を全て含むから、上記と同様に、甲1発明及び甲2ないし7に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(4)まとめ
したがって、上記理由1ないし3は、いずれも採用できない。
第6 令和3年5月26日付け申立人からの意見書について
令和3年5月26日付け申立人からの意見書(以下「意見書」という。)の主張は、要するに、式IIIで表される計算値と実測された0.2%耐力との相関関係は、400MPa以上という高強度の範囲において成り立つとはいえない、というものである。
しかしながら、式IIIは、訂正前の(特許異議申立時の)請求項1及び3に記載されていたものであるから、申立人の上記主張は、実質的に新たな理由を提示しているものである。
なお、本件訂正請求において、特許権者は願書に添付した明細書段落【0049】の引張試験に係る記載、及び、段落【0050】表2(続き)から、「0.2%耐力(MPa)」の欄を削除しているから、0.2%耐力が400MPa以上という事項について、試験結果による裏付けがなくなり、式IIIのみになったことにより生じた理由といえなくもない。
しかしながら、申立人は特許異議申立時から、「本件特許発明明細書の段落[0056]の表に記載の0.2%耐力の値は、本件特許明細書の段落[0049]に記載された測定値では無く、式IIIに基づく計算値であると判断した方が妥当であるとも考えられる。」(特許異議申立書29ページ)と述べており、実際の測定値による裏付けがない可能性も認識している。
さらに、特許権者が、令和2年9月3日の訂正請求書で「(2)上記表の「Cr/Ni当量」と「0.2%耐力」は以下を意味する・・・「0.2%耐力」:133+481(C%)+24.6(Si%)-1.7(Mn%)-3.8(Ni%)+4.1(Cr%)+17.3(Mo%)-7.7(Cu%)+931(N%)上記式中、原子記号と%の組み合わせは、鋼中の各原子の質量%濃度を意味する。」(8ないし9ページ)と述べていることから、表2(続き)の「0.2%耐力」が計算値であることが認識できるから、遅くとも、申立人は令和2年11月13日の意見書で、当該主張ができたはずである。
したがって、申立人の上記主張は時期に遅れた新たな主張であるから採用できない。
予備的に申立人の上記主張について検討すると、0.2%耐力が400MPa以上というのは、要求される材料強度の目安であって(明細書段落【0002】)、本件発明が、0.2%耐力の実測値を400MPa以上とすることを課題としているとまではいえないし、式IIIが、0.2%耐力が400MPa以上においては全く成り立たないとまではいえないので、式IIIによる0.2%耐力が400MPa以上であれば、相応の強度を有しているであろうことは推測できるから、申立人の上記主張は採用できない。
第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び4ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び4ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
なお、本件請求項2及び3に係る特許は、本件訂正請求による訂正により削除された。これにより、本件請求項2及び3に係る特許に対して、申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
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2020-700141