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特許無効審判

2021-800075

オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法

審判番号
2021-800075
法域
特許
審判種別
無効審判(無効の審決)
出願番号
特願2019-542074
登録番号
6777824
請求日
2021年08月31日
審決日
2023年03月07日
公報発行日
2023年07月28日
結論
請求不成立
当事者
  • 【請求人】日本金属 株式会社
  • 【請求人代理人】熊倉 禎男
  • 【請求人代理人】松野 仁彦
  • 【請求人代理人】山崎 一夫
  • 【請求人代理人】市川 さつき
  • 【請求人代理人】服部 博信
  • 【被請求人】丸一ステンレス鋼管 株式会社
  • 【被請求人代理人】天野 一規
審判長/審判官
  • 審判長 粟野 正明
  • 審判官 井上 猛
  • 審判官 佐藤 陽一
分類
P1113.112-YAA(C22C) / P1113.121-YAA(C22C) / P1113.537-YAA(C22C)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条、特許法第36条、特許法第134条の2第9項、特許法第134条の2第1項、特許法第123条、特許法第131条の2第1項、特許法第131条の2第2項、特許法第2条、特許法第169条
データ出所
審決公報(XML)

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上記当事者間の特許第6777824号発明「オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

結 論 特許第6777824号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~10〕について訂正することを認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。

理由

理 由 第1 請求の趣旨 特許第6777824号の特許請求の範囲の請求項1~10に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。 第2 手続の経緯 特許第6777824号(請求項の数10。以下、「本件特許」という。)は、2018年(平成30年)9月11日(優先権主張:平成29年9月13日)を国際出願日とする特許出願(特願2019-542074号)に係るものであって、令和2年10月12日に設定登録されたものである。 本件審判における手続の経緯は、以下のとおりである。 令和3年 8月31日提出 審判請求書 11月 9日付け 審尋(請求人に対して) 12月 9日提出 回答書(請求人) 令和4年 3月 4日提出 審判事件答弁書、訂正請求書 6月 6日提出 審判事件弁駁書 9月 5日付け 審理事項通知書 10月11日提出 口頭審理陳述要領書(被請求人) 11月 8日提出 口頭審理陳述要領書(請求人) 12月 9日 口頭審理、補正の許否の決定 12月26日提出 上申書(被請求人) 令和5年 1月16日提出 上申書(請求人) 第3 訂正の請求について 1 請求の趣旨及び請求の理由(訂正の内容) 令和4年3月4日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許の特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~10について訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。下線は、訂正箇所を示す。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に 「成分組成が、 C:0.12質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.7質量%以下、 P:0.05質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下、 Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下、及び N:0.10質量%以上0.50質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼。」 と記載されているのを、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上であり、 自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼。」 に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3~6、8~10も同様に訂正する)。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2に 「上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たす請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1) (式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」 と記載されているのを、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上であり、 上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たすオーステナイト系ステンレス鋼。 200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1) (式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」 に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3~10も同様に訂正する)。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項7に 「自動車燃料噴射管に用いられる請求項1から請求項6のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。」 と記載されているのを、 「自動車燃料噴射管に用いられる請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。」 に訂正する(請求項7の記載を引用する請求項8~10も同様に訂正する)。 (4)一群の請求項について 訂正前の請求項1~10について、請求項2~10は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1~10に対応する訂正後の請求項1~10は、一群の請求項である。そして、本件訂正は、その一群の請求項ごとに請求がされたものである。 2 訂正の適否についての当審の判断 (1)訂正事項1について ア 訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「C」、「Mn」、「P」、「Cr」、「Ni」、「Nb」、「N」の各含有量について、「C:0.12質量%以下」、「Mn:0.1質量%以上2.7質量%以下」、「P:0.05質量%以下」、「Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下」、「Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下」、「Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下」、「N:0.10質量%以上0.50質量%以下」を、それぞれ、「C:0.08質量%以下」、「Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下」、「P:0.04質量%以下」、「Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下」、「Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下」、「Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下」、「N:0.15質量%以上0.30質量%以下」とする訂正を含むものである。 この訂正は、「C」、「Mn」、「P」、「Cr」、「Ni」、「Nb」、「N」の各含有量について、それぞれ、より狭い範囲に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 本件特許の願書に添付した明細書又は特許請求の範囲(以下、「訂正前明細書等」という。)には、以下の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を意味する(以下同様)。 「Cの含有量の上限は、0.10質量%が好ましく、0.08質量%がより好ましく、0.06質量%がさらに好ましい。」(【0023】) 「Mnの含有量の下限としては・・・。一方、この含有量の上限は、2.7質量%が好ましく、2.4質量%がさらに好ましい。」(【0025】) 「Pの含有量の上限は、0.04質量%が好ましく、0.03質量%がより好ましく、0.02質量%がさらに好ましい。」【0026】 「Crの含有量の上限は、21.0質量%が好ましく、20.0質量%がより好ましい。一方、・・・Crの含有量の下限は、15.0質量%が好ましく、16.0質量%がより好ましく、18.0質量%がさらに好ましい。」(【0028】) 「Niの含有量の下限は、5.0質量%が好ましく、7.0質量%がより好ましく、7.8質量%がさらに好ましい。・・・一方、Niの含有量の上限は、11.0質量%が好ましく、10.0質量%がより好ましい。」(【0029】) 「一方、Nbの含有量の上限は、0.20質量%が好ましく、0.15質量%がより好ましい。」(【0033】) 「Nの含有量の下限は、0.15質量%が好ましく、0.20質量%が好ましい。Nの含有量の上限は、0.35質量%が好ましく、0.30質量%がより好ましい。」(【0034】) 訂正前明細書等の上記記載によれば、この訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 イ 訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1に対して、「自動車燃料噴射管に用いられる」との記載を追加する訂正を含むものである。 この訂正は、訂正前の請求項1における「オーステナイト系ステンレス鋼」を、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、訂正前明細書等には、「自動車燃料噴射管に用いられる請求項1から請求項6のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。」(請求項7)、「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が高く、各種用途に適用することができるが、中でも、自動車燃料噴射管に好適に用いることができる。」(【0050】)との記載があるから、この訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (2)訂正事項2について ア 訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1を引用する請求項2について、引用形式の記載から独立形式の記載に改める訂正を含むものである。 この訂正は、請求項の記載について、訂正前の引用形式の記載を独立形式の記載に改めるものであるから、「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。そして、この訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 イ 訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項1を引用する請求項2における「C」、「Mn」、「P」、「Cr」、「Ni」、「Nb」、「N」の各含有量について、「C:0.12質量%以下」、「Mn:0.1質量%以上2.7質量%以下」、「P:0.05質量%以下」、「Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下」、「Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下」、「Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下」、「N:0.10質量%以上0.50質量%以下」を、それぞれ、「C:0.08質量%以下」、「Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下」、「P:0.04質量%以下」、「Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下」、「Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下」、「Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下」、「N:0.15質量%以上0.30質量%以下」とする訂正を含むものである。 この訂正は、上記(1)アで検討した訂正事項1に係る訂正と同じものであるから、上記(1)アで述べたのと同様の理由により、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとともに、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (3)訂正事項3について 訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項7における引用請求項について、「請求項1から請求項6のいずれか1項」を「請求項2」に訂正するものである。 この訂正は、訂正前の請求項7における引用請求項について、「請求項1から請求項6のいずれか1項」を「請求項2」に減少するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、これらの訂正は、訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。 (4)独立特許要件について 本件においては、訂正前の全ての請求項1~10について無効審判の請求がされているので、特許法134条の2第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。 3 まとめ 上記2のとおり、各訂正事項に係る訂正は、特許法134条の2第1項ただし書1号又は4号に掲げる事項を目的とするものに該当し、同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものである。 また、訂正後の請求項2及び7に係る訂正事項2及び3は、上記2のとおり、いずれも認められるものであるところ、被請求人は、訂正後の請求項2及び7についての訂正が認められる場合には、これらの請求項については、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求めている。 しかしながら、それぞれ独立項である訂正後の請求項1及び2は、いずれも、訂正後の請求項3~6及び8~10のそれぞれにおいて直接又は間接的に引用されるものであり、(訂正前の請求項1~10に対応する)訂正後の請求項1~10は、全体として1つの一群の請求項となるものであるから、訂正後の請求項2及び7を別の訂正単位とすることはできない。 したがって、結論のとおり、訂正後の請求項〔1~10〕 について訂正することを認める。 第4 本件発明 前記第3で述べたとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1~10に係る発明は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1~10に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件訂正発明1」等という。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。 【請求項1】 成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上であり、 自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼。 【請求項2】 成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni:7.8質量%以上10.0質量%以下、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上であり、 上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たすオーステナイト系ステンレス鋼。 200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1) (式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。) 【請求項3】 最大結晶粒径が60μm以下である請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 【請求項4】 上記成分組成において、下記式(2)をさらに満たす請求項1、請求項2又は請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 0.20≦[%C]+[%N]≦0.40 ・・・ (2) (式(2)中、[%C]及び[%N]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。) 【請求項5】 最大高さRyが、10μm以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 【請求項6】 シームレス鋼管である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 【請求項7】 自動車燃料噴射管に用いられる請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。 【請求項8】 鋼材に対して、一回の加工率が20%以上である冷間加工を行う工程と、 上記冷間加工工程の前後に設けられ、上記鋼材に対して熱処理を行う工程と を備え、 上記熱処理工程における熱処理温度T(℃)が下記式(3)を満たす請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。 1、000≦T≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]+900 ・・・ (3) (式(3)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、上記鋼材におけるそれぞれの成分の含有量(質量%)を表す。) 【請求項9】 鋼材に対して、一回の加工率が20%以上である冷間加工を行う工程と、 上記冷間加工工程の前後に設けられ、上記鋼材に対して熱処理を行う工程と を備え、 上記熱処理工程における熱処理温度T(℃)が1、000℃以上1、200℃以下である請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。 【請求項10】 上記冷間加工工程後の最終の熱処理工程が、光輝焼鈍である請求項8又は請求項9に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。 第5 当事者の主張の概要 1 請求人の主張の概要 (1)請求の趣旨 特許第6777824号の特許請求の範囲の請求項1~10に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。 (2)無効理由 本件特許の請求項1~10に記載された発明についての特許は、下記ア~ウのとおり、特許法123条1項2号及び4号に該当し、無効とすべきものである。証拠方法は、甲第1号証~甲第38号証(以下、単に「甲1」等という。下記(3)を参照。)である。 ア 無効理由1(新規性) 本件訂正発明1及び3~5は、日本金属株式会社が、本件特許の優先日前に、日本冶金工業株式会社から、同社が市販していたオーステナイトステンレス鋼(商品名NAS304N2)を購入したことにより、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明(甲1~甲1の13、甲1の16~甲1の23、甲2~甲2の4)であり、特許法29条1項2号に該当し、特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。 イ 無効理由2(進歩性) 本件訂正発明1~10は、日本金属株式会社が、本件特許の優先日前に、日本冶金工業株式会社から、同社が市販していたオーステナイトステンレス鋼(商品名NAS304N2)を購入したことにより、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明(甲1~甲1の13、甲1の16~甲1の23及び甲2~甲2の4)並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、本件特許の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その発明についての特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。 ウ 無効理由3(サポート要件) 本件訂正発明1~10については、(ア)請求項1、2に記載された成分組成及び結晶粒度番号の範囲が非常に広範な範囲である点で、また、(イ)請求項5に記載された最大高さRyを10μm以下とすることにより、課題を解決できると認識できるとはいえない点で、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、その発明についての特許は、同法123条1項4号に該当し、無効とすべきものである。 エ 新たな無効理由について 請求人は、令和4年11月8日提出の口頭審理陳述要領書(17頁2行~19頁4行)において、請求項2及び8に記載された式(1)及び式(3)についてサポート要件違反を主張している。 しかしながら、上記主張の具体的内容は、上記ウの無効理由3(サポート要件)の具体的内容(審判請求書64頁10行~67頁13行)とは全く異なる観点のものであるから、新たな無効理由を追加するものであり、特許法131条の2第1項に規定される審判請求書の請求の理由の要旨を変更する補正に該当するといえる。 そして、上記主張は、口頭審理における審理事項を通知する審理事項通知書に対して提出された口頭審理陳述要領書において初めて主張されたものであるから、上記補正が審理を不当に遅延させるおそれがないことが明らかなものであるとはいえない。 また、上記式(1)及び式(3)は、本件訂正前の請求項2及び8にすでに記載されていたものであるから、訂正の請求により請求の理由を補正する必要が生じたものとはいえず、さらに、上記補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかったことにつき合理的な理由があるとはいえない。 以上のとおり、特許法131条の2第2項の各号のいずれかに該当する事由があるとは認められないから、上記補正は許可しない。 なお、上記と同旨の決定(補正の許否の決定)が、令和4年12月9日の口頭審理において口頭でなされている(調書)。 (3)証拠方法 ・甲1 2021年8月5日付け報告書 ・甲1の1 2015年9月11日付けメール ・甲1の2 平成28年9月29日付け御見積書 ・甲1の3 2016年9月29日付けNAS304N2発注書 ・甲1の4 2016年11月1日付け特採申請書 ・甲1の5 2016年11月14日付けメール ・甲1の6 2016年11月16日付け納品書(請求書) ・甲1の7 2016年11月17日付け原材料切断依頼書 ・甲1の8 平成28年11月21日付け切断検査票 ・甲1の9 2016年11月16日付け検査証明書 ・甲1の10 2016年11月22日付け送り状 ・甲1の11 2016年11月22日付け検査証明書 ・甲1の12 11月度材料残高表 ・甲1の13 「High-performance alloy & Stainless steel NIPPON YAKIN KOGYO GROUP」と題するパンフレット ・甲1の14 「高窒素オーステナイト系ステンレス鋼SUS304N2の疲労挙動」、材料、社団法人日本材料学会、平成21年12月15日、第58巻第12号、956-961頁 ・甲1の15 「JIS G4305 冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」、一般財団法人日本規格協会、平成24年9月20日 ・甲1の16 2021年2月1日付け「○3日本金属(株)における当該市販品の保管状況」と題する文書 ・甲1の17 甲1の16の「写真2 市販品の荷札」を拡大した資料 ・甲1の18 平成28年11月29日付け調査依頼書 ・甲1の19 調査依頼受付ノート(11月11日から11月29日までの頁) ・甲1の20 平成28年9月29日から平成29年3月3日までの期間のノート(平成28年11月30日から12月6日までの頁) ・甲1の21 ICP使用前記録ノート(平成28年7月12日~平成29年2月27日の頁) ・甲1の22 分析ノート(12月2日及び12月5日の頁) ・甲1の23 平成28年12月5日付け分析報告書 ・甲2 2021年8月5日付け報告書 ・甲2の1の1 2021年1月29日付け試験等依頼書 ・甲2の1の2 試験等成績書(第2-0840号) ・甲2の1の3 試験等成績書(第2-0840号の2) ・甲2の2の1 2021年1月26日付け調査依頼書 ・甲2の2の2 2021年1月28日付け分析報告書 ・甲2の2の3 「資料1 SUS304N2市販品の結晶粒観察」と題する文書 ・甲2の3の1 令和3年1月26日付け依頼申請書 ・甲2の3の2 試験成績書(第R2M-5950号) ・甲2の4 2021年4月28日付け「資料1 SUS304N2市販品(岐阜在庫コイル)」と題する文書 ・甲3 関西オートメイション株式会社ブログ「カメットマメ知識 第46回 『継目無鋼管/溶接鋼管とは?』」と題する記事(https://kansai-automation.co.jp/blog/?p=1908) ・甲4 「ステンレスの初歩2007」、ステンレス協会、平成19年5月25日、84-87頁 ・甲5 「オーステナイト系ステンレス鋼の高温・動的ひずみ下での粒界鋭敏化に及ぼす炭素量の影響」、日本金属学会誌、1999年、第63巻第9号、1197-1203頁 ・甲6 特開2010-7651号公報 ・甲7 特開2014-202209号公報 ・甲8 特開2007-16668号公報 ・甲9 特開昭63-110522号公報 ・甲10 特開2014-181383号公報 ・甲11 「JISハンドブック 鉄鋼I(用語/資格及び認証/検査・試験/特殊用途鋼/鋳鍛造品/その他)」、一般財団法人日本規格協会、2017年1月31日 ・甲12 「ステンレス鋼便覧」、日刊工業新聞社、昭和60年5月30日、84-89頁 ・甲13 特開昭59-6359号公報 ・甲14 特開昭63-274741号公報 ・甲15 「日本冶金工業の高機能材とステンレス鋼」と題するパンフレット、日本冶金工業株式会社、2018年6月 ・甲16 特開2007-211735号公報 ・甲17 特開2016-98702号公報 ・甲18 特開2017-96233号公報 ・甲19 「燃料圧力脈動を低減する電子燃料噴射式ガソリンエンジン用フューエルレールの開発」、社団法人自動車技術会、学術講演会前刷集、2001年、No.44-01、19-22頁 ・甲20 トーヨーエイテック株式会社の2016年12月8日時点のホームページ(https://web.archive.org/web/20161208003733/https://www.toyo-at.co.jp/products/buhin/fuel rail.html) ・甲21 「自動車産業ポータルMARK LINES」の「臼井国際産業展示会取材アーカイブス」と題するウェブページ(https://www.marklines.com/ja/top500/cf/s500_162_exhibit) ・甲22 「ステンレスのおはなし」、財団法人日本規格協会、1998年4月9日、32-37、54-59、148-149、170-175頁 ・甲23 「新塑性加工技術シリーズ 2 金属材料 -加工技術者のための金属学の基礎と応用-」、一般社団法人日本塑性加工学会、2016年11月11日、164-173頁 ・甲24 「準安定オーステナイト系ステンレス鋼のMd30に及ぼす炭素および窒素の影響」、鉄と鋼、2019年、Vol.105、No.12、1163-1172頁 ・甲25 「<溶接の実際シリーズ>1 ステンレス鋼溶接の実際」、産報出版株式会社、2007年4月30日、14-29頁 ・甲26 「現場で生かす金属材料シリーズ ステンレス」、丸善出版株式会社、平成27年4月20日、88-91、154-159、190-193、238-242頁 ・甲27 特開平9-57329号公報 ・甲28 「NIPPON STEEL MONTHLY 7月号」、新日本製鐵株式会社、2009年6月29日、VOL.190 ・甲29 「ステンレス鋼 鋼種カタログ」、新日鐵住金ステンレス株式会社、2005年12月 ・甲30 「ステンレスの初歩2015」、ステンレス協会、平成27年8月1日、233-235頁 ・甲31 2022年11月4日付け報告書(2) ・甲31の1 平成30年11月21日付け切断検査票 ・甲31の2 平成31年1月28日付け切断検査票 ・甲31の3 日金精整テクニックス株式会社カタログ ・甲31の4 2019年1月24日付け原材料切断依頼書 ・甲31の5 2019年1月28日付け送り状 ・甲32 「JIS工業用語大辞典【第3版】」、財団法人日本規格協会、1991年11月20日、445、891頁 ・甲33 特開2006-897号公報 ・甲34 特開平5-9786号公報 ・甲35 特開2008-297964号公報 ・甲36 特開2008-297588号公報 ・甲37 特開昭58-104363号公報 ・甲38 特開2006-189059号公報 2 被請求人の主張の概要 (1)答弁の趣旨 本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。 (2)請求人主張の無効理由について 本件訂正発明1~10は、新規性及び進歩性を有し、サポート要件も満たすものである。証拠方法は、乙第1号証~乙第11号証(以下、単に「乙1」等という。下記(3)を参照。)である。 (3)証拠方法 ・乙1 特開2020-2839号公報 ・乙2 特開平9-78184号公報 ・乙3 「ステンレス鋼便覧-第3版-」、日刊工業新聞社、2007年4月30日、165-166頁 ・乙4 「JISハンドブック 鉄鋼II(棒・形・板・帯/鋼管/線・二次製品)」、一般財団法人日本規格協会、2018年1月31日、1185~1227、1368~1393頁 ・乙5 「直噴ガソリンエンジンにおける噴射燃料の高圧化による排出PMの低減」、The HARRIS SCIENCE REVIEW OF DOSHISHA UNIVERSITY, 2018, VOL.58, No.4, pp.157-167 ・乙6 「ボイラ「材料編」」、溶接学会誌、2013、第82巻、第4号、275-280頁 ・乙7 日本冶金工業株式会社ホームページのアーカイブ(https://web.archive.org/web/20160807114343/http://www.nyk.co.jp:80/products/steels/major.html) ・乙8 「Nb処理鋼の強度におよぼす結晶粒度と析出物の影響」、鉄と鋼、1968、第54年、第13号、1343-1352頁 ・乙9 「舶用大形低速ディーゼル機関の燃料噴射系システム」、日本マリンエンジニアリング学会誌、2008、第43巻、第2号、200-207頁 ・乙10 「2級舶用機関整備士指導書(平成13年度)」、日本財団図書館ホームページ、(https://nippon.zaidan.info/sekabutsu/2001/00112/contents/00030.htm) ・乙11 国際公開第2016/121473号 第6 当審の判断 以下に述べるように、無効理由1~3はいずれも理由がなく、請求人の主張する無効理由及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1~10に記載された発明についての特許を無効とすることはできない。 1 本件訂正発明1、2について (1)本件訂正発明1、2は、前記第4のとおりのものであるところ、本件明細書には、以下の記載がある。 【技術分野】 【0001】 本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。 【背景技術】 【0002】 オーステナイト系ステンレス鋼は、強度、加工性、耐食性等に優れた鋼材として、各種用途に広く使用されている。また、用途等に応じた性能をより高めるべく、成分組成や結晶組織等を制御した様々なオーステナイト系ステンレス鋼が開発されている(特許文献1~5参照)。 【0003】 一方、自動車用燃料噴射管にも、軽量化、疲労破壊防止、塩水に対する耐食性などの観点から、二相ステンレス鋼のような高強度なステンレス鋼等が使用されている。このような自動車用燃料噴射管の材料においても、長寿命化や高性能化などに対応すべく、従来の材料以上の高い強度(耐力、引張強さ)等を有する材料の開発が求められている。また、自動車用燃料噴射管の製造においては、鋼管のろう付け熱処理がなされることがある。このような熱処理がなされた場合、鋼管の強度が低下する場合があり、加えて二相ステンレス鋼においては直管形状を保持できないという問題もある。 ・・・ 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することである。 【課題を解決するための手段】 【0006】 上記課題を解決するためになされた発明は、成分組成が、C:0.12質量%以下、Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、Mn:0.1質量%以上3.0質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下、Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、Mo:5.0質量%以下、Al:0.03質量%以下、Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下、及びN:0.10質量%以上0.50質量%以下を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、結晶粒度番号が7.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼である。 【0007】 当該オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成及び結晶粒度を有するため、固溶強化や結晶粒の微細化により、高い強度(耐力及び引張強さ)を有する。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成及び結晶粒度を有するオーステナイト系ステンレス鋼であるため、熱処理後の形状保持性が良好になる。 【0008】 上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たすことが好ましい。このような場合、ろう付け等の熱処理を施しても、結晶粒の粗大化が抑制される。このため、熱処理後の鋼の強度低下が抑制される。 200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1) (式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。) ・・・ 【0011】 当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、最大高さRyが、10μm以下であることが好ましい。このように当該オーステナイト系ステンレス鋼表面の平滑性を高めることで、耐食性等を高めることができる。 ・・・ 【0013】 当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられる。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられる。 ・・・ 【発明の効果】 【0019】 本発明によれば、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。 【発明を実施するための形態】 【0020】 以下、本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法について詳説する。 【0021】 [オーステナイト系ステンレス鋼] 本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、特定の成分組成と結晶粒度を有し、これにより、高い強度が発現される。なお、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、実質的にオーステナイト相単相からなり、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼と比較して熱処理後の形状保持性が良好になる。当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、通常、組織の99%以上がオーステナイト相である。 【0022】 (成分組成) 当該オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成は、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Cu、Mo、Al、Nb及びNを含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。以下、各成分の含有量の数値範囲とその限定理由について説明する。 【0023】 (C:0.12質量%以下) C(炭素)は固溶強化及びオーステナイト相の安定化に有効な元素である。加えて、Cr、Nb及びNとともに添加することで非金属間化合物を形成し、熱処理による結晶粒粗大化抑制に有効に働く元素である。しかしながら、過剰な添加によって炭化物を形成するため狙った非金属間化合物形成のためには含有量を0.12質量%以下とする。炭化物の形成抑制などの点から、Cの含有量の上限は、0.10質量%が好ましく、0.08質量%がより好ましく、0.06質量%がさらに好ましい。一方、Cの含有量の下限は、0質量%超であってよく、C添加による固溶強化などから、0.01質量%が好ましく、0.02質量%がより好ましい。 【0024】 (Si:0.1質量%以上1.0質量%以下) Si(ケイ素)はステンレス鋼の固溶強化に有効な元素である。一方で、ステンレス鋼がろう付して使用される場合には、Siがろう付性を阻害する要因となるため添加量は1.0質量%以下にする必要がある。Siの含有量の上限は、0.8質量%が好ましい。また、Siは溶解鋳造するときの予備脱酸として使用する元素でもあり、含有量の下限としては、0.2質量%が好ましく、0.3質量%がより好ましく、0.35質量%がさらに好ましく、0.4質量%がさらに好ましいこともあり、0.5質量%がさらに好ましいこともある。 【0025】 (Mn:0.1質量%以上3.0質量%以下) Mn(マンガン)はオーステナイト形成元素である。Mn添加によって高価な元素であるNiの添加量を下げることができる。しかしながら、Mn添加はMnSのような耐食性に有害な非金属間化合物の形成を促進するため過剰な添加は避ける必要がある。よって、Mn含有量は0.1質量%以上3.0質量%以下とする。Mnの含有量の下限としては、0.3質量%が好ましく、0.5質量%がより好ましく、0.7質量%がさらに好ましい。一方、この含有量の上限は、2.7質量%が好ましく、2.4質量%がさらに好ましい。 【0026】 (P:0.05質量%以下) P(リン)は不純物として含有する元素である。Pは熱間加工性、溶接性、強度等を低下させるため、Pの含有量は0.05質量%以下とする。Pの含有量の上限は、0.04質量%が好ましく、0.03質量%がより好ましく、0.02質量%がさらに好ましい。Pの含有量の下限は、0質量%超であってよく、0.001質量%又は0.005質量%であってもよい。 【0027】 (S:0.01質量%以下) S(硫黄)は不純物として含有する元素で、MnやCaと結合して耐食性や機械的特性に有害な非金属間化合物を形成する元素である。硫化物を形成して耐食性を低下させるため添加量は極力制限すべきである。よってSの含有量の上限は0.01質量%にする必要があり、0.005質量%が好ましく、0.003質量%がより好ましい。一方、Sの含有量の下限は、0質量%超であってよく、0.0001質量%又は0.0003質量%であってもよい。 【0028】 (Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下) Cr(クロム)は耐食性向上及び固溶強化に有効な元素である。また、C、Nb及びNと複合して添加されることで非金属間化合物を形成し、熱処理によって結晶粒が粗大化することを抑制する。Cr添加量を増やすと非金属間化合物が安定である温度が高温側に移行し、より高温で熱処理を行っても微細組織を保つことができるようになる。しかしながら、Crはフェライト形成元素として作用するため、C、Mn、Ni及びNの添加量が少ない場合などには過剰な添加を避ける必要がある。よって、Crの含有量は13.0質量%以上22.0質量%以下とする。Crの過剰な添加はコストの増加やオーステナイト相の安定性低下に繋がることから、Crの含有量の上限は、21.0質量%が好ましく、20.0質量%がより好ましい。一方、上記効果を高めることなどから、Crの含有量の下限は、15.0質量%が好ましく、16.0質量%がより好ましく、18.0質量%がさらに好ましい。 【0029】 (Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下) Ni(ニッケル)はオーステナイト形成に有効な元素である。しかしながら、Niの過剰な添加は材料コストの増加に繋がるため、Niの含有量は4.0質量%以上12.0質量%以下とする。Niの含有量の下限は、5.0質量%が好ましく、7.0質量%がより好ましく、7.8質量%がさらに好ましい。また、Niの含有量を比較的増やすことで、単相のオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。一方、Niの含有量の上限は、11.0質量%が好ましく、10.0質量%がより好ましい。 【0030】 (Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下) Cu(銅)はオーステナイト形成元素である。ステンレス鋼スクラップなどから混入する元素であるため、過剰な低減は原料コストの増加に繋がる。よって、Cuの含有量は、0.01質量%以上0.50質量%以下とする。Cuの含有量の下限は、0.05質量%が好ましいこともあり、0.1質量%が好ましいこともある。一方、Cuの含有量の上限は、0.40質量%が好ましい。 【0031】 (Mo:5.0質量%以下) Mo(モリブデン)は耐食性の向上及び固溶強化に有効な元素である。しかしながらMoは高価な元素であり原料コストの増加につながるため、含有量は5.0質量%以下とする。Moの含有量の上限は、1.0質量%が好ましいこともあり、0.50質量%がより好ましいこともあり、0.45質量%がさらに好ましいこともあり、0.40質量%がよりさらに好ましいこともある。一方、Moの含有量の下限は、0質量%超であってよく、0.01質量%が好ましく、0.05質量%がより好ましく、0.1質量%がさらに好ましい。 【0032】 (Al:0.03質量%以下) Al(アルミニウム)は、脱酸作用のある元素であるが、Alはフェライト安定化元素であるため、過剰に含まれるとオーステナイトの安定性が低下し、熱間加工性や延性が低下する。更にAl系介在物は加工性や鏡面キズの原因となる。よって、Alの含有量の上限は0.03質量%とし、0.02質量%が好ましい。一方、Alの含有量の下限は、0質量%超であってよく、0.001質量%が好ましいこともあり、0.005質量%がより好ましいこともある。 【0033】 (Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下) Nb(ニオブ)は、C、Cr及びNと複合して添加することで非金属間化合物を形成し、熱処理によって結晶粒が粗大化することを抑制する。Nb添加量を増やすと非金属間化合物が安定である温度が高温側に移行し、より高温で熱処理を行っても微細組織を保つことができるようになる。しかしながら、Nbは高価な元素であるため、コストの観点から過剰な添加を避ける必要がある。よってNbの含有量の範囲は0.05質量%以上0.30%質量以下とする。Nbの含有量の下限は、0.07質量%が好ましく、0.09質量%がより好ましい。一方、Nbの含有量の上限は、0.20質量%が好ましく、0.15質量%がより好ましい。 【0034】 (N:0.10質量%以上0.50質量%以下) N(窒素)は、オーステナイト安定化、耐食性向上及び固溶強化に有効な元素である。加えて、C、Cr及びNと複合して添加すること非金属間化合物を形成し、熱処理によって結晶粒が粗大化することを抑制する。N添加量を増やすと非金属間化合物が安定である温度が高温側に移行し、より高温で熱処理を行っても結晶粒が粗大化することを抑制する。しかしながら、N添加量を増やすと加工性等が低下する。よって、Nの含有量の範囲は0.10質量%以上0.50%以下とする。さらにN添加によるオーステナイト安定化の効果及び加工性への影響を考慮すると、Nの含有量の下限は、0.15質量%が好ましく、0.20質量%が好ましい。Nの含有量の上限は、0.35質量%が好ましく、0.30質量%がより好ましい。 【0035】 (Fe及び不可避的不純物) 当該オーステナイト系ステンレス鋼を構成する成分組成の基本成分は上記のとおりであり、残部成分はFe及び不可避的不純物である。不可避的不純物は、溶製時に不可避的に混入する不純物であり、鋼管の諸特性を害さない範囲で含有される。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成は、本発明の効果に悪影響を与えない範囲で、上記成分に加えて、さらに他の元素を含有していてもよい。 【0036】 (式(1)について) 当該オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成においては、下記式(1)をさらに満たすことが好ましい。 200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1) (式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。) 【0037】 本発明者らは、C、Cr、N及びNbの含有量を制御することで、C、Cr、N及びNbの化合物(Z相)が熱処理前後で安定して存在し、熱処理前後で結晶粒径や析出物量を保ち、熱処理後も結晶粒微細化強化や析出強化を活用できることを見出した。すなわち、-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]の値が200以上300以下となる成分組成とすることによって、Z相固溶温度が1、100℃以上となることが見出された。一方、例えば、自動車燃料噴射管に使用される鋼管は、一般的にCuろうなどを用いてろう付熱処理を行い部品に加工される。Cuろうは融点が1082℃であることから、熱処理は1、080℃~1、150℃程度で行われることが多い。従って、当該オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成が上記式(1)を得る場合、上記温度範囲のろう付け熱処理を行っても、析出物による粒界ピン留め効果等を得ることができる。このように、上記式(1)を満たす場合、熱処理後の結晶粒粗大化を抑制し、結晶粒微細化による強度上昇や析出強化を活用することができる。また、上記式(1)を満たす場合、混粒を抑制することができるため、疲労破壊の起点となる弱点部分の形成を抑制することにも寄与される。 ・・・ 【0040】 (結晶粒度) 当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、オーステナイト結晶の結晶粒度番号の下限が7.0であり、8.0が好ましく、9.0がより好ましく、9.5がさらに好ましい。当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、このように、特定の成分組成とすることに加えて、結晶粒度番号を上記下限以上とすることで、結晶粒微細化強化が図られ、強い強度を発現することができる。なお、通常、ステンレス鋼の強化には固溶元素として窒素や炭素を添加することが有効であるが、これらの元素を過剰に添加することでひずみ時効によって加工性が低下する。このため、当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、窒素や炭素の含有量を抑えつつ、ステンレス鋼の高強度化を図るため結晶粒微細化強化を活用している。 【0041】 一方、当該オーステナイト結晶の結晶粒度番号の上限は特に限定されないが、例えば16.0であってよく、14.0、13.0、12.0、11.5又は11.0であってもよい。また、上記結晶粒度番号は、JIS G0551(2013)に準拠して測定される値であり、具体的には、実施例に記載の方法により求められる値である。 【0042】 なお、当該オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒度は、例えば、後述するように、冷間加工前後の熱処理温度などによって制御することができる。 ・・・ 【0046】 (表面粗さ) 当該オーステナイト系ステンレス鋼においては、最大高さRyの上限が10μmであることが好ましく、8μmであることがより好ましく、6μmであることがさらに好ましい。当該オーステナイト系ステンレス鋼の最大高さを上記上限以下とし、表面の平滑性を高めることで、耐食性や疲労強度等を高めることができる。すなわち、当該オーステナイト系ステンレス鋼の最大高さを上記上限以下とすることで、自動車用燃料噴射管などに用いた場合の長寿命化を図ることなどができる。 【0047】 一方、上記最大高さRyの下限としては特に限定されないが、例えば0.5μmであり、1μm又は2μmであってもよい。また、上記最大高さRyは、JIS B0601(1994)に準拠して測定される値をいう。なお、当該オーステナイト系ステンレス鋼が鋼管である場合、上記最大高さRyは、外面の測定値とすることができる。 【0048】 なお、当該オーステナイト系ステンレス鋼における表面粗さ(最大高さRy)は、後述するように最終工程として光輝焼鈍を行ったり、その他、鏡面加工を施すことなどで小さくすることができる。 【0049】 (形状、用途等) 当該オーステナイト系ステンレス鋼の形状としては、特に限定されず、板状、棒状、管状等であってよいが、管状であることが好ましい。すなわち、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、鋼管として好適に用いられる。鋼管としては、シームレス鋼管、電縫鋼管、UOE鋼管やスパイラル鋼管等のアーク溶接鋼管、鍛接鋼管等が挙げられる。好ましくはシームレス鋼管である。 【0050】 当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が高く、各種用途に適用することができるが、中でも、自動車燃料噴射管に好適に用いることができる。特に、上述のように、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理後の変形を抑制でき、また、組成の調整などによって、熱処理後も強度の高い結晶組織を保つようにすることができる。このため、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管の材料として好適である。 ・・・ 【実施例】 【0060】 以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。 【0061】 [実施例1~7、比較例1~3]鋼板(板材)の作製 真空誘導溶解炉(VIF)を用いて、表1に記載の成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)の20kgの円柱状インゴットを作製した。インゴットを1、250℃以上で24hr熱処理し、1、200℃~1、000℃の温度域で熱間鍛造を行い、W60mm×L250mm×t17mmの板材を作製した。この板材に対して、表1に記載の冷間加工前熱処理温度(Tc)で熱処理を行った。次いで、この板材に対して、加工率30%で冷間圧延加工を行った。その後、最終熱処理として、光輝焼鈍炉を用いて表1に記載の冷間加工後熱処理温度(Tf)で熱処理を行い、実施例1~7、及び比較例1~3の供試材を得た。なお、実施例1~7及び比較例1~2は、オーステナイト系ステンレス鋼であり、比較例3は、二相ステンレス鋼である。 【0062】 [実施例8]鋼管の作製 真空誘導溶解炉(VIF)を用いて、表1に記載の成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)の150kgの円柱状インゴットを作製した。インゴットを1、250℃以上で24hr熱処理し、1、200℃~1、000℃の温度域で熱間鍛造を行い、φ150mmのブルームを作製した。このブルームからφ146mm×330mmのビレットを作製し、ユジーン・セジュルネ式熱間押出法により鋼管を得た。鋼管に複数回の熱処理と冷間加工を施した後、この鋼管に対して、表1に記載の冷間加工前熱処理温度(Tc)で熱処理を行った。次いで、この鋼管に対して、加工率35%で冷間加工により成形した。その後、最終熱処理として、光輝焼鈍炉を用いて表1に記載の冷間加工後熱処理温度(Tf)で熱処理を行い、実施例8の供試材(オーステナイト系ステンレス鋼)を得た。 【0063】 (結晶粒度番号) 実施例1~7及び比較例1~3で得られた各供試材(板材)から1cm×1cm×1.2cmの試料を切り出し、幅×厚さの断面が見えるように樹脂埋めを行い、表面が鏡面になるまで研磨し、65%硝酸電解エッチングにて組織を現出させた。また、実施例8で得られた供試材(鋼管)から、長さ方向に垂直な面が見えるよう試料を切り出し、幅×厚さの断面が見えるように樹脂埋めを行い、表面が鏡面になるまで研磨し、65%硝酸電解エッチングにて組織を現出させた。組織の観察は光学顕微鏡で400倍で観察し、5視野で結晶粒度番号を測定し、中央値を結晶粒度番号とした。測定結果を表1に示す。なお、表中の「-」は、測定を行っていないことを示す。 ・・・ 【0065】 (最大高さRy) JIS B0601(1994)に準拠して最大高さRyを求めた。粗度計を用い、軸方向に3mm測定した。なお、実施例8の供試材(鋼管)については、外面を長さ方向に3mm測定した。測定結果を表1に示す。 【0066】 [評価] (引張試験:0.2%耐力及び引張強さ) 実施例1~7及び比較例1~3の各供試材(板材)から平行部がφ4×L15の引張試験片を作製し引張試験に供した。また、実施例8(鋼管)については、JIS Z 2241に準拠した11号試験片を作製し、引張試験に供した。引張試験は初期ひずみ速度2.0×10-3s-1で等速で試料を引っ張った。0.2%耐力及び引張強さを測定した。0.2%耐力については、400MPa以上をA、370MPa以上400MPa未満をB、370MPa未満をCと評価した。引張強さについては、800MPa以上をA、710MPa以上800MPa未満をB、710MPa未満をCと評価した。結果を表2に示す。 【0067】 (熱処理後反り量) 供試材を用いてワイヤーカットにて長さ200mm×厚さ2.0mmの板材を作製し、両端から50mm位置の2点で支えた状態で1100℃×5min、空冷の条件で熱処理を行った。熱処理後の板材の反り量測定は画像データを用いて板材両端を結んだ線から引いた垂線の長さが最大となった時の長さを熱処理による反り量とした。反り量が0.1mm以下のものをA、0.1mmを超え、1mm以下のものをB、1mmを超えるものをCと評価した。測定結果を表2に示す。 【0068】 (1100℃×5min熱処理後の結晶組織) 供試材に対して、1、100℃×5min水冷の条件で熱処理を行った。次いで、実施例1~7及び比較例1~3の各供試材(板材)については、幅×厚さ断面が見えるように切断後、樹脂埋めを行い、表面が鏡面になるまで研磨し、65%硝酸電解エッチングにて組織を現出させた。実施例8の供試材(鋼管)については、長さ方向に垂直な面が見えるように切断後、樹脂埋めを行い、表面が鏡面になるまで研磨し、65%硝酸電解エッチングにて組織を現出させた。組織の観察は光学顕微鏡で400倍で観察し、5視野で結晶粒度番号を測定し、中央値を結晶粒度番号とした。この粒度番号が9.0以上のものを熱処理後も結晶粒の粗大化が抑制されているとしてA、9.0未満のものをBと評価した。結果を表2に示す。なお、表中の「-」は、測定を行っていないことを示す。 【0069】 また、混粒の有無の評価として、結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野の5%以下である場合をA、結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野の5%超20%以下である場合をB、結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野内の20%超を占める場合をCと評価した。結果を表2に示す。なお、表中の「-」は、測定を行っていないことを示す。 【0070】 【表1】 [図:0001398772000001.jpg] 【0071】 【表2】 [図:0001398772000002.jpg] 【0072】 表2に示されるように、実施例1~8は、いずれも0.2%耐力及び引張強さの評価がA又はBであり、高い強度を有し、かつ熱処理後反り量がAであり、熱処理後の形状保持性が良好であることがわかる。また、実施例の中でも、X(=-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb])が200以上300以下であり、最大結晶粒径が60μm以下である実施例1~5及び8は、1100℃×5min熱処理後の結晶組織の評価において、結晶粒度番号の評価がA、混粒の評価がA又はBである。このことから、実施例1~5及び8は、熱処理後の結晶粒の粗大化が抑制されていることがわかる。すなわち、実施例1~5及び8においては、強度が強いことに加え、熱処理後もその強度の高さが持続されると言える。さらに、実施例1~5及び8の中でも、Y(=[%C]+[%N])が0.20以上0.40以下である実施例1~4及び8は、0.2%耐力及び引張強さの評価がAであり、強度が特に高いことがわかる。 【0073】 なお、比較例3は、最終熱処理を光輝焼鈍で行っているにも拘わらず、Ryが10μmを超えている。これは、比較例8はオーステナイト単相の組織ではなく、α/γ二相ステンレス鋼になっており、α相とγ相とはそれぞれ強度や変形挙動が異なることから、Ryが大きくなったものと考えられる。 (2)本件明細書の上記(1)の記載によれば、本件訂正発明1、2について、以下のとおり認めることができる。 ア 本件訂正発明1、2は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものである(【0001】)。 オーステナイト系ステンレス鋼は、強度、加工性、耐食性等に優れた鋼材として、各種用途に広く使用されており、また、用途等に応じた性能をより高めるべく、成分組成や結晶組織等を制御した様々なオーステナイト系ステンレス鋼が開発されている(【0002】)。 一方、自動車用燃料噴射管にも、軽量化、疲労破壊防止、塩水に対する耐食性などの観点から、二相ステンレス鋼のような高強度なステンレス鋼等が使用されているが、長寿命化や高性能化などに対応すべく、従来の材料以上の高い強度(耐力、引張強さ)等を有する材料の開発が求められている(【0003】)。 また、自動車用燃料噴射管の製造において、鋼管のろう付け熱処理がなされた場合、鋼管の強度が低下する場合があり、また、二相ステンレス鋼においては直管形状を保持できないという問題もある(【0003】)。 本件訂正発明1、2が解決しようとする課題は、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである(【0005】)。 本件訂正発明1、2のオーステナイト系ステンレス鋼は、所定の成分組成及び結晶粒度を有するため、固溶強化や結晶粒微細化により、高い強度(耐力及び引張強さ)を有し、また、実質的にオーステナイト(γ)相単相からなるため、フェライト(α)・オーステナイト(γ)二相ステンレス鋼と比較して、熱処理後の形状保持性が良好になる(【0007】、【0019】、【0021】)。 イ 本件訂正発明1、2のオーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられ、また、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられる(【0013】、【0050】)。 このような点を踏まえ、本件訂正発明1においては、さらに「自動車燃料噴射管に用いられる」ことを特定したものである。 ウ 本件訂正発明1、2のオーステナイト系ステンレス鋼は、所定の成分組成を有するものであるが、当該成分組成において、式(1)をさらに満たすことにより、ろう付け等の熱処理を施しても、結晶粒の粗大化が抑制されるため、熱処理後の鋼の強度低下が抑制される。すなわち、式(1)をさらに満たすことにより、Z相固溶温度が1100℃以上となり、Z相が熱処理前後で安定して存在するため、1080~1150℃でろう付け熱処理を行っても、析出物による粒界ピン留め効果により、結晶粒粗大化が抑制され、結晶粒微細化による強度上昇や析出強化を活用することができるため、熱処理後の強度低下が抑制される(【0008】、【0036】、【0037】)。また、混粒が抑制されるため、疲労破壊の起点となる弱点部分の形成が抑制される(【0037】)。 このような点を踏まえ、本件訂正発明2においては、さらに「200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1)」、「(式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」で表される「式(1)をさらに満たす」ことを特定したものである。 2 無効理由1(新規性)、無効理由2(進歩性) (1)公然実施発明 ア 分析報告書(甲1の23)について 証拠によれば、以下の事実を認めることができる。 (ア)請求人は、2010年頃から、顧客であるトーヨーエイテック株式会社(以下、「トーヨーエイテック」という。)の要望により、直噴エンジン用フューエルレールに使用するファインパイプを開発していたところ、2014年10月頃、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305「冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯」(甲1の15))を検討することになった(甲1、甲1の18、甲1の23)。 (イ)請求人は、2015年9月頃、日本冶金工業株式会社(以下、「日本冶金工業」という。)に対して、SUS304N2のサンプルコイルの見積りを依頼し、同月11日、日本冶金工業から、SUS304N2に対応する同社の市販品である「NAS304N2」(甲1の13、甲15)のサンプルコイルの見積りのメールを受領した(甲1、甲1の1)。 (ウ)請求人は、2016年9月29日付けで、日本冶金工業から、正式な「NAS304N2」の見積書を出してもらい(甲1の2)、同日付で、日本冶金工業に対して、「NAS304N2」の発注書を発行した(甲1の3)。 (エ)請求人は、日本冶金工業から、注文した「NAS304N2」(コイル番号「N36666-044」)において板幅に関する不適合が発生したため、特採(特別採用。規格に合わないと判定された製品を、再審の上で使用可とすること。)の処置を求める2016年11月1日付け特採申請書を受領し、同月2日、特採とした(甲1、甲1の4)。 (オ)請求人は、2016年11月14日、日本冶金工業に対して、「NAS304N2」(コイルNO「36666-044」、鋼種「304N2」、仕上「2B」、サイズ「2.05×765」、質量「4268KG」)について、同月17日に請求人の100%子会社(間接を含む。)である日金精整テクニックス株式会社(以下、「日金精整テクニックス」という。)の栃木工場へ納入手配するよう、メールで依頼した(甲1の5) これに対して、日本冶金工業は、同月16日、上記「NAS304N2」を日金精整テクニックスの栃木工場に納品した(甲1の6)。 (カ)請求人は、日金精整テクニックスに対して、2016年11月17日付け原材料切断依頼書により、上記(オ)の「NAS304N2」の切断を依頼した(甲1の7)。 これに対して、日金精整テクニックスは、同月21日、上記(オ)の「NAS304N2」の切断を実施した(甲1の8)。当該切断によって、幅765mm、重量4268kgのコイルから、幅52.9mm、重量287kgのコイル7個が切り出され、幅383mm、重量2114kgのコイルが残された(甲31、甲1の8)。なお、切断前後で幅及び重量に差が生じているが、いずれもスクラップが発生したことによるものと考えられる(以下同様。)。 日金精整テクニックスは、同月25日、その切断された幅52.9mm、重量287kgのコイル7個のうちの3個を請求人の岐阜工場に送付し(甲1の10)、請求人は、同日、岐阜工場に保管した(甲1)。 (キ)請求人は、上記(カ)の岐阜工場に保管された幅52.9mm、重量287kgのコイル3個の一部を切り取り、2016年11月30日から同年12月5日、請求人の技術研究所において、その切り取った試料を分析し(甲1、甲31、甲1の18~22)、同年12月5日付け分析報告書を作成した(甲1の23)。 (ク)上記(キ)の分析報告書(甲1の23)には、試料に含まれる成分について、以下の分析結果が記載されている。 「C:0.056mass%、Si:0.79mass%、Mn:1.82mass%、P:0.029mass%、S:0.001mass%、Cr:18.55mass%、Ni:7.61mass%、Cu:0.20mass%、Mo:0.16mass%、Al:0.005mass%、Nb:0.100mass%、N:0.225mass%、O:0.0031mass%」 イ 分析報告書(甲2の2の2)、資料1 SUS304N2市販品の結晶粒観察(甲2の2の3)について 証拠によれば、以下の事実を認めることができる。 (ア)請求人は、2018年11月頃、日金精整テクニックスに対して、上記ア(カ)の残されたコイルの切断を依頼し、日金精整テクニックスは、同月21日、その残されたコイルの切断を実施した(甲31、甲31の1)。当該切断によって、幅383mm、重量2114kgのコイルから、幅21mm、重量114kgのコイル2個、幅21.2mm、重量115kgのコイル2個が切り出され、幅290mm、重量1572kgのコイルが残された(甲31、甲31の1)。 (イ)請求人は、日金精整テクニックスに対して、2019年1月24日付け原材料切断依頼書により、上記(ア)の残されたコイルの切断を依頼した(甲31の4)。 これに対して、日金精整テクニックスは、同月28日、その残されたコイルの切断を実施した(甲31の2)。当該切断によって、幅290mm、重量1572kgのコイルから、幅52.9mm、重量283kgのコイル2個、幅22.2mm、重量119kgのコイル2個、幅22mm、重量118kgのコイル2個が切り出され、幅87mm、重量465kgのコイルが残された(甲31、甲31の2)。 日金精整テクニックスは、同月30日、その切断された幅52.9mm、重量283kgのコイル2個を請求人の岐阜工場に送付し(甲31の5)、請求人は、岐阜工場に保管した(甲31、甲1の16、甲1の17)。 (ウ)請求人は、上記(イ)の岐阜工場に保管された幅52.9mm、重量283kgのコイル2個の一部を切り取り、2021年1月26日から同年1月28日、請求人の技術研究所において、その切り取った試料を分析し(甲2、甲31、甲2の2の1)、同年1月28日付け分析報告書、資料1 SUS304N2市販品の結晶粒観察を作成した(甲2の2の2、甲2の2の3)。 (エ)上記(ウ)の分析報告書(甲2の2の2)には、試料に含まれる成分について、以下の分析結果が記載されている。 「C:0.058mass%、Si:0.78mass%、Mn:1.82mass%、P:0.026mass%、S:0.001mass%、Cr:18.50mass%、Ni:7.61mass%、Cu:0.20mass%、Mo:0.16mass%、Al:0.005mass%、Nb:0.10mass%、N:0.224mass%、O:0.0028mass%」 (オ)上記(ウ)の資料1 SUS304N2市販品の結晶粒観察(甲2の2の3)には、試料の結晶粒度番号が「10」であったとの分析結果が記載されている。 ウ 2通の試験等成績書(甲2の1の2、甲2の1の3)について 証拠によれば、以下の事実を認めることができる。 (ア)請求人は、上記イ(イ)の岐阜工場に保管された幅52.9mm、重量283kgのコイル2個の一部を切り取り、新潟県工業技術総合研究所に対して、2021年1月29日付け試験等依頼書により、その切り取った試料の分析を依頼した(甲2、甲31、甲2の1の1)。 請求人は、新潟県工業技術総合研究所から、2021年2月9日付けの2通の試験等成績書を受領した(甲2の1の2、甲2の1の3)。 (イ)上記(ア)の試験等成績書(甲2の1の2)には、試料に含まれる成分について、以下の分析結果が記載されている。 「C:0.06%、Si:0.79%、Mn:1.82%、P:0.028%、S:<0.001%、Cr:18.06%、Ni:7.66%、Cu:0.18%、Mo:0.16%、Nb:0.10%」 (ウ)上記(ア)の試験等成績書(甲2の1の3)には、試料に含まれる成分について、以下の分析結果が記載されている。 「Al:0.006%」 (エ)なお、技術常識に照らして、上記(イ)、(ウ)の%の単位は、質量%(重量%)と認められる。 エ 試験成績書(甲2の3の2)について 証拠によれば、以下の事実を認めることができる。 (ア)請求人は、上記イ(イ)の岐阜工場に保管された幅52.9mm、重量283kgのコイル2個の一部を切り取り、長野県工業技術総合センターに対して、2021年1月26日付け依頼申請書により、その切り取った試料の分析を依頼した(甲2、甲31、甲2の3の1)。 請求人は、長野県工業技術総合センターから、2021年2月17日付けの試験成績書を受領した(甲2の3の2)。 (イ)上記(ア)の試験成績書(甲2の3の2)には、試料の視野1~5についての結晶粒度番号の平均値が「8.10」であったとの分析結果が記載されている。 オ 公然実施発明の認定 (ア)上記ア~エの認定事実、特に、上記ア(ア)~(カ)、イ(ア)~(オ)の認定事実によれば、 a 請求人は、本件特許の優先日(平成29年(2017年)9月13日)前である2016年9月29日に、あるいは、遅くとも日金精整テクニックスの栃木工場に納品された同年11月16日に、日本冶金工業から、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する同社の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルを購入したこと、 b 請求人は、請求人の子会社である日金精整テクニックスの栃木工場において、上記aの「NAS304N2」のサンプルコイルの切断を合計3回にわたって実施し、そのうち、2016年11月21日と2019年1月28日にそれぞれ切断された「NAS304N2」のサンプルコイルを、請求人の岐阜工場に保管していたこと、 c 請求人は、2019年1月28日に切断され、請求人の岐阜工場に保管していた上記bの「NAS304N2」のサンプルコイルの一部を切り取り、請求人の技術研究所において、その切り取った試料を分析したこと、 d 上記cの分析の結果、試料に含まれる成分は、「C:0.058mass%、Si:0.78mass%、Mn:1.82mass%、P:0.026mass%、S:0.001mass%、Cr:18.50mass%、Ni:7.61mass%、Cu:0.20mass%、Mo:0.16mass%、Al:0.005mass%、Nb:0.10mass%、N:0.224mass%、O:0.0028mass%」であり、また、試料の結晶粒度番号は「10」であったこと、 が認められる。 また、上記bの切断では、上記aの「NAS304N2」のサンプルコイルの結晶粒度番号等の特性が変化するような熱が加えられたといえる事情は認められないから、上記cの分析で用いられた試料は、上記aの「NAS304N2」のサンプルコイルのままの特性を有するものと認められる。 さらに、上記aのとおり、請求人は日本冶金工業から日本工業規格に対応する同社の市販品を購入したにすぎないから、購入者である請求人に対して、当該市販品の構成を秘密として保護すべき義務又は社会通念上あるいは商慣習上秘密を保つべき関係が発生するような事情があるとはいえない。 ここで、上記aの「NAS304N2」のサンプルコイルがオーステナイト系ステンレス鋼からなることを踏まえると、上記dの試料に含まれる成分の残部は、技術常識に照らして、「Fe及び不可避的不純物」と解される。 以上によれば、請求人が、本件特許の優先日前に、日本冶金工業から、オーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する同社の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルを購入(譲渡(特許法2条3項1号))したことにより、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明として、以下の発明を認めることができる(なお、「mass%」と「質量%」は、同じ意味である。)。 「C:0.058質量%、Si:0.78質量%、Mn:1.82質量%、P:0.026質量%、S:0.001質量%、Cr:18.50質量%、Ni:7.61質量%、Cu:0.20質量%、Mo:0.16質量%、Al:0.005質量%、Nb:0.10質量%、N:0.224質量%、O:0.0028質量%であり、残部がFe及び不可避的不純物であり、結晶粒度番号の観察結果が10である、オーステナイト系ステンレス鋼からなるコイル材。」(以下、「公然実施発明1」という。) (イ)日本冶金工業の市販品が掲載されているパンフレット(甲1の13、甲15)には、日本冶金工業のステンレス特殊鋼は、一貫生産体制により生産され、様々な特性を備えた高品質な鋼種を用途に応じて幅広くラインアップし、NASステンレス特殊鋼として顧客に届けていることが記載されており(10頁)、これらの記載によれば、日本冶金工業は、素材としてのNASステンレス特殊鋼を顧客に提供しているものと認められる。 ところで、請求人が購入した日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルも、日本冶金工業が顧客に提供している素材としてのNASステンレス特殊鋼の一つと解されるから、当該「NAS304N2」のサンプルコイルを構成する素材(合金)としてのオーステナイト系ステンレス鋼に着目すると、上記(ア)と同様に、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明として、以下の発明を認めることができる。 「C:0.058質量%、Si:0.78質量%、Mn:1.82質量%、P:0.026質量%、S:0.001質量%、Cr:18.50質量%、Ni:7.61質量%、Cu:0.20質量%、Mo:0.16質量%、Al:0.005質量%、Nb:0.10質量%、N:0.224質量%、O:0.0028質量%であり、残部がFe及び不可避的不純物であり、結晶粒度番号の観察結果が10である、オーステナイト系ステンレス鋼。」(以下、「公然実施発明2」という。) カ 被請求人の主張について (ア)a 被請求人は、甲2においては、いずれの分析も、請求人が2016年9月に日本冶金工業から購入した「NAS304N2」の分析を依頼し、その分析結果が示されていることの根拠がなく、「NAS304N2」以外の、岐阜工場に保管されていたSUS304N2の市販品の分析を依頼し、この分析結果が示されている可能性があると主張する(審判事件答弁書4頁)。 また、被請求人は、甲2の2の1~甲2の2の3には、Fナンバーの記載がなく、また、請求人は2016年11月度の材料残高表(甲1の12)のみを示しており、同年12月以降、「36666-044」の入出や「36666-044」以外のSUS304N2の入出の証拠を示していないから、請求人が2016年9月に日本冶金工業から購入した「NAS304N2」と、請求人の技術研究所において分析した試料が同一であるとはいえないと主張する(口頭審理陳述要領書(被請求人)13~15頁)。 b しかしながら、報告書(甲2)の冒頭の「2 分析したSUS304N2」の欄では、「今回の分析には、当社が2016年9月29日に日本冶金工業株式会社から購入し、当社の岐阜工場において保管していたSUS304N2から切り取った試料を使用いたしました。」と述べられており、また、報告書(2)(甲31)においても同様に述べられている。上記報告書、報告書(2)で述べられた内容に、特に不審な点は見当たらない。 c また、上記ア(オ)、(カ)、上記イ(ア)、(イ)の認定事実に関連して、請求人が日本冶金工業に対して「NAS304N2」を日金精整テクニックスの栃木工場へ納入手配するよう依頼した2016年11月14日付けメール(甲1の5)、1回目の切断に関する原材料切断依頼書(甲1の7)、同切断検査票(甲1の8)には、コイルの情報として、コイルNO又はF-No「36666-044」、鋼種「(SUS)304N2」、仕上「2B」、サイズ「2.05×765」、質量「4,268(KG)」等の記載があり、また、2回目の切断に関する切断検査票(甲31の1)、3回目の切断に関する切断依頼書(甲31の4)、同切断検査票(甲31の2)にも、コイルの情報として、検査番号又はF-No「36666-044」、鋼種・仕上「SUS304N2-2B」、メーカー「日本冶金」等の記載がある。 さらに、上記ア(オ)、(カ)、上記イ(ア)、(イ)の認定事実によれば、1~3回目の各切断の前後におけるコイルの幅及び重量は整合しており、矛盾がないことから、請求人が購入した「NAS304N2」のサンプルコイルは、合計3回にわたって切断されたものといえるところ、そのうち、3回目の切断によって切り出され、請求人の岐阜工場に保管されたコイルは、幅52.9mm、重量283kgのコイル2個である。 d そして、実際に、その幅52.9mm、重量283kgのコイル2個の一部を切り取り、請求人の技術研究所において、その切り取った試料を分析したことについては、上記bで指摘した報告書、報告書(2)で述べられた内容のほか、調査依頼書(甲2の2の1)、分析報告書(甲2の2の2)に、試料の情報として、鋼種又は供試材「SUS304N2」、仕上「2B」、サイズ(mm)「2.05(mm)t×52.9(mm)w」、「岐阜工場在庫コイル」等と記載され、上記cで指摘したコイルの情報と符合することからも、理解できるものである。 e 以上のとおりであるから、甲2において分析した試料は、請求人が2016年9月に日本冶金工業から購入し、請求人の岐阜工場において保管していた「NAS304N2」から切り取った試料であると認められる。 よって、被請求人の主張は採用できない。 (イ)被請求人は、「NAS304N2」は、2016年9月に日本冶金工業から購入してから、甲2に記載の2021年における分析に至る間、2016年11月の日金精整テクニックスによる切断のほかに、熱処理、圧延、矯正加工等の処理が施されていないことは示されていないから、甲2の分析結果は、請求人が2016年9月に日本冶金工業から購入した「NAS304N2」に対して、熱処理等の処理が施され、結晶組織、表面粗さ等が変化したものに対して、分析された結果である可能性があると主張する(審判事件答弁書5頁)。 また、被請求人は、甲1の16及び甲1の17には、「加工日 19/01/28」との記載があり、この記載によれば、2019年1月28日に何らかの加工が行われたことは明らかであると主張する(口頭審理陳述要領書(被請求人)16頁)。 しかしながら、上記ア~エの認定事実によれば、2016年11月の日金精整テクニックスによる切断のほかに、2018年11月21日と2019年1月28日にも日金精整テクニックスによる切断が行われているものの、それ以外には、熱処理等の処理や加工が行われた可能性があることを窺わせるような具体的な事情は認められない。被請求人は、単にそのような可能性があることを指摘するのみであり、具体的な根拠をもって主張しているわけではない。 よって、被請求人の主張は採用できない。 (ウ)被請求人は、甲1の16及び甲1の17は外装だけが写っており、「36666-044」が内包されていることは客観的に認められないこと、撮影された日時や場所についても、タイムスタンプや位置情報が示されていないことから、定かではなく、請求人の岐阜工場内で保管されていたものであるとは客観的に認められないこと、甲1には「2016年当時も、同じように保管しておりました。」と記載されているが、その証拠はない等と縷々主張するが(口頭審理陳述要領書(被請求人)16頁)、いずれも、単にそのような可能性や疑い等があることを指摘するのみであり、具体的な根拠をもって主張しているわけではない。 よって、被請求人の主張は採用できない。 (エ)なお、被請求人は、甲1の12、甲1の17の成立を争っているが、これらの書証はいずれも、作成者であるとされている者と異なる者が作成していると考え得る具体的な根拠があるものではなく、また、具体的に改ざんの可能性等が指摘できるような不審な点があるわけでもないから、文書の真正な成立を否定すべき理由はない。そして、被請求人は、成立を争う理由について、何ら具体的に立証するものでもない。以上によれば、甲1の12、甲1の17は、真正に成立したものと認められる。 (2)本件訂正発明1について 以下、事案に鑑み、まず、公然実施発明2について検討し、次に、公然実施発明1について検討する。 ア 公然実施発明2との対比 (ア)対比 本件訂正発明1と公然実施発明2とを対比する。 公然実施発明2における「オーステナイト系ステンレス鋼」は、本件訂正発明1における「オーステナイト系ステンレス鋼」に相当する。 本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成と、公然実施発明2のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成とは、O以外の、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Cu、Mo、Al、Nb、Nを含有する点、残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し、Ni、O以外の、C、Si、Mn、P、S、Cr、Cu、Mo、Al、Nb、Nの各成分の含有量も重複一致する。 公然実施発明2における「結晶粒度番号の観察結果が10である」ことは、本件訂正発明1における「結晶粒度番号が7.0以上である」ことに相当する。 以上によれば、本件訂正発明1と公然実施発明2とは、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上である、 オーステナイト系ステンレス鋼。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点1 本件訂正発明1では、オーステナイト系ステンレス鋼が、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものであるのに対して、公然実施発明2では、オーステナイト系ステンレス鋼が、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものであるか不明である点。 ・相違点2 本件訂正発明1では、Niの含有量が、「7.8質量%以上10.0質量%以下」であるのに対して、公然実施発明2では、Niの含有量が、「7.61質量%」である点。 ・相違点A 本件訂正発明1では、Oを含有するかどうか不明であるのに対して、公然実施発明2では、Oの含有量が、「O:0.0028質量%」である点。 (イ)相違点1の検討 a まず、相違点1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 (a)本件訂正発明1における「自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼」とは、その記載自体から、素材(合金)としての「オーステナイト系ステンレス鋼」が、「自動車燃料噴射管」という特定の製品に「用いられる」もの(すなわち、特定の用途に用いられるもの)であることを特定するものと理解できる。 (b)本件明細書には、「自動車燃料噴射管」に関し、以下の記載がある(当審注:下線は強調のために付与した。以下同様。)。 「一方、自動車用燃料噴射管にも、軽量化、疲労破壊防止、塩水に対する耐食性などの観点から、二相ステンレス鋼のような高強度なステンレス鋼等が使用されている。このような自動車用燃料噴射管の材料においても、長寿命化や高性能化などに対応すべく、従来の材料以上の高い強度(耐力、引張強さ)等を有する材料の開発が求められている。また、自動車用燃料噴射管の製造においては、鋼管のろう付け熱処理がなされることがある。このような熱処理がなされた場合、鋼管の強度が低下する場合があり、加えて二相ステンレス鋼においては直管形状を保持できないという問題もある。」(【0003】) 「本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することである。」(【0005】) 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられる。また、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられる。」(【0013】) 「一方、例えば、自動車燃料噴射管に使用される鋼管は、一般的にCuろうなどを用いてろう付熱処理を行い部品に加工される。」(【0037】) 「当該オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が高く、各種用途に適用することができるが、中でも、自動車燃料噴射管に好適に用いることができる。特に、上述のように、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理後の変形を抑制でき、また、組成の調整などによって、熱処理後も強度の高い結晶組織を保つようにすることができる。このため、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付け熱処理を行う自動車燃料噴射管の材料として好適である。」(【0050】) (c)本件明細書の上記(b)の記載によれば、自動車燃料噴射管は、その要素として鋼管を含み、その鋼管は直管(すなわち、ある程度の長さを有するまっすぐな管)形状を有するものであること、自動車燃料噴射管を製造する際、鋼管はCuろうなどを用いてろう付熱処理がなされるが、二相ステンレス鋼では、鋼管の直管形状を保持できないという問題があること、本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼は、ろう付熱処理後の鋼管の直管形状の変形を抑制できる程度に、熱処理後の形状保持性が良好であるため、自動車燃料噴射管の材料として好適であることが理解できる。 上記のとおり、本件訂正発明1は、本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼がろう付熱処理後の鋼管の直管形状の変形を抑制できる程度に、熱処理後の形状保持性が良好であるため、自動車燃料噴射管の材料として好適であることを踏まえ、「自動車燃料噴射管に用いられる」ことを特定したものといえる。 (d)ここで、本件特許の優先日前に公知となった以下の甲号証及び乙号証には、「燃料噴射管」に関し、以下の記載がある。 ・乙9 「ディーゼル機関の燃料噴射系とは、燃料タンクからポンプで供給された燃料を加圧して、燃焼室に噴射するまでの燃料が高圧で移送される部位を指すのが一般的である。従来の主流である「ポンプ-ライン-ノズル」方式の燃料噴射系を構成する部品は、燃料噴射ポンプ、燃料噴射管および燃料噴射弁であり、更に燃料噴射ポンプを駆動するカム、ローラ、ローラガイド等を含める場合もある。」(200頁右欄2~9行) 「燃料噴射管は、燃料噴射ポンプと燃料を燃焼室に噴射する燃料噴射弁とを繋ぐ鋼管であるが、舶用大形低速ディーゼル機関では、100MPa程度の非常に高い圧力が断続的に伝わるために、高い信頼性が要求される。」(203頁左欄16~19行) ・乙10 「燃料噴射管は噴射ポンプにより圧送される高圧の燃料を噴射弁へ導く燃料高圧送油管であり、通常はインジェクションパイプなどと呼ばれている。」(1枚目「3)燃料高圧管」の欄の2~3行) ・乙11 「本発明は、燃料ポンプで圧縮した燃料が、ブラケットまたはステーを介してエンジンに固定されたフューエルレールの燃料通路穴を通って、インジェクタに供給され、エンジンに噴射される燃料供給システムにおいて、長手方向に延びた主管部と、この主管部から横方向に分岐した複数の分配管部を有するフューエルレールに関し、主管部と分配管部が同一の一枚板からの切り出しで作られ、その一枚板が平板、または、横断面が異形の扁平板であり、主管穴と分配管穴とインジェクタ取り付け穴が継ぎ目のないシームレスに構成されたフューエルレールに関する。」(【0010】) ・甲20 「フューエルレールは燃料噴射装置ステムの基幹部品の1つであり、ガソリン等の燃料をインジェクター(燃料噴射装置)へ安定して供給する部品です。」 ・甲6 「本発明は、電子燃料噴射式自動車エンジン等の燃料加圧ポンプから送給された高圧燃料をエンジンのシリンダー内に直接噴射する燃料インジェクター(噴射ノズル)を介して供給するための燃料レール(デリバリーパイプ)に係り、より詳しくはレールからインジェクターへ直接燃料を供給するタイプにおける圧縮着火方式あるいは火花点火方式の高圧直噴内燃機関用燃料レール及びその製造方法に関する。」(【0001】) 「【図1】本発明に係る火花点火方式の高圧直噴内燃機関用燃料レールの一実施例を示す平面図である。」(【0027】) 「1、11 本管レール 1-1、11-1 流通路 1-1a、11-1a 内周壁面 1-2、11-2 貫孔 2 インジェクターホルダー 2-1、3-1、4-1、13-1 仕上げ加工孔 2-2、3-2、4-3、12-2、13-2、14-2、15-2 下孔 2-3 横孔 3、13 固定用ブラケット 4 圧力センサー用ボス 4-2 連通孔 5 プラグ 6 インレットコネクター 7、17 インジェクター 12 インジェクター接続用分岐ニップル 12-1 流路 12-3 ねじ部 12-4 シート面 14 圧力センサー用ニップル 15 インレットニップル 18 ねじスリーブ 19 袋ナット」(【0028】) 【図1】 [図:0001398772000003.jpg] ・甲8 「本発明は、電子燃料噴射式自動車エンジン等の燃料加圧ポンプから送給された高圧燃料をエンジンのシリンダー内に直接噴射する燃料インジェクター(噴射ノズル)を介して供給するための燃料レール(デリバリーパイプ)に係り、より詳しくはレールからインジェクターへ直接燃料を供給するタイプにおける噴射圧100~400MPa程度の直噴ガソリンエンジン用燃料レールに関するものである。」(【0001】) (e)以上の甲号証及び乙号証の上記(d)の記載によれば、「燃料噴射管」とは、燃料タンクから燃料を供給する燃料噴射ポンプと、燃料を燃焼室(エンジンのシリンダ)に噴射する燃料噴射弁(インジェクタ、噴射ノズル)とを繋ぐ直管形状の管であって、燃料噴射ポンプにより供給される高圧の燃料を燃料噴射弁(インジェクタ、噴射ノズル)へ導く管を意味するものであり、インジェクションパイプ、フューエルレール、燃料レール、デリバリーパイプとも呼ばれるものであることは、本件特許の優先日当時の技術常識であったと認められる。 そして、上記(c)のとおり、本件明細書には、自動車燃料噴射管が直管形状の鋼管から構成されることが記載されているが、当該記載は上記技術常識とも符合するものである。 (f)上記(a)~(e)の検討を踏まえると、本件訂正発明1における「自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼」とは、素材(合金)としての「オーステナイト系ステンレス鋼」が、「自動車」に用いられる上記(e)のとおりの「燃料噴射管」、すなわち、燃料タンクから燃料を供給する燃料噴射ポンプと、燃料を燃焼室(エンジンのシリンダ)に噴射する燃料噴射弁(インジェクタ、噴射ノズル)とを繋ぐ直管形状の管であって、燃料噴射ポンプにより供給される高圧の燃料を燃料噴射弁(インジェクタ、噴射ノズル)へ導く管、という特定の製品に「用いられる」ことを意味するものと認められる。 (g)この点、被請求人は、本件訂正発明1における「自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼」とは、「自動車燃料噴射管の本管レールとして用いられるシームレス鋼管」を意味すると主張する(口頭審理陳述要領書(被請求人)4~6頁)。 しかしながら、本件訂正発明1においては、「自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼」と特定されるのみであるから、上記(a)、(f)のとおり、素材(合金)としての「オーステナイト系ステンレス鋼」が、「自動車燃料噴射管」という特定の製品に「用いられる」もの(すなわち、特定の用途に用いられるもの)であることを特定していると解するほかない。本件訂正発明1においては、素材(合金)としての「オーステナイト系ステンレス鋼」の形状が特定されるものではなく、被請求人が主張するように、「管」の形状に特定されているとか、ましてや「シームレス鋼管」に特定されているなどということはできない。 また、被請求人は、特許・実用新案審査基準に触れ、「自動車燃料噴射管に用いられるオーステナイト系ステンレス鋼」とは、自動車燃料噴射管に特に適した形状を有するオーステナイト系ステンレス鋼と認定することが適切であると主張する(上申書(被請求人)5頁)。 しかしながら、上記(c)で述べたとおり、本件訂正発明1は、本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼がろう付熱処理後の鋼管の直管形状の変形を抑制できる程度に、熱処理後の形状保持性が良好であるため、自動車燃料噴射管の材料として好適であることを踏まえ、「自動車燃料噴射管に用いられる」ことを特定したものである。被請求人が主張するように、自動車燃料噴射管に特に適した形状を有するオーステナイト系ステンレス鋼を意味するものとは解されない。 いずれにしろ、被請求人の主張は採用できない。 (h)一方、公然実施発明2は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルを構成する素材(合金)としてのオーステナイト系ステンレス鋼に着目して認定したものであるが、「自動車燃料噴射管に用いられる」ことが特定されるものではない。 以上によれば、相違点1は実質的な相違点である。 b 次に、相違点1の容易想到性について検討する。 (a)上記a(h)で述べたとおり、公然実施発明2は、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」に基づいて認定したものにすぎない。公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼自体からは、どのような用途に用いられるものであるのか、また、どのような用途に適したものであるのかは不明であるから、当該オーステナイト系ステンレス鋼自体から、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (b)日本冶金工業の市販品が掲載されているパンフレットである甲1の13(甲15)には、ステンレス鋼系統図(12頁)が記載されている。当該ステンレス鋼系統図には、「NAS304N2」は、「汎用」とされる「18Cr-8Ni」である「NAS304」の系統に含まれるものであり、その系統の中で、「高強度」とされる「18Cr-8Ni-N-Nb」であるものとして記載されている。 また、甲1の13(甲15)には、各種のオーステナイト系ステンレス鋼の鋼種、化学成分、特性、機械的性質が示された一覧表(15~16頁)が記載されている。当該一覧表には、「NAS304N2」は、「高強度」に分類され、対応規格が「SUS304N2」であり、化学成分が「C≦0.08%、Si≦1.00%、Mn≦2.50%、Cr:18.00~20.00%、Ni:7.50~10.50%、Nb≦0.15%、N:0.15~0.30%」であり、特性が「NAS304+高強度」であり、耐力が「≧345N/mm2」、引張強さが「≧690N/mm2」、伸びが「≧35%」、硬さHRBが「≦100」、硬さHVが「≦260」、硬さHBが「≦248」であることが記載されている。 しかしながら、甲1の13(甲15)には、「NAS304N2」を「自動車燃料噴射管」に用いることについては記載されていない。また、甲1の13(甲15)には、「NAS304N2」が高強度であり、所定の伸びや硬さを有することが記載されているものの、これらの記載から、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (c)報告書である甲1には、請求人は、トーヨーエイテック向けに、同社の直噴エンジン用フューエルレールに使用するファインパイプの開発のため、2016年9月、日本冶金工業から、同社が市販していた「NAS304N2」をサンプルコイルとして購入したことが記載されている(1頁)。 しかしながら、甲1の上記記載は、購入者である請求人の主観を単に述べるものにすぎない。請求人の認識としては、実際に、トーヨーエイテック向けに、同社の直噴エンジン用フューエルレールに使用するファインパイプの開発のために、上記サンプルコイルを購入したものであったとしても、そのような事実(請求人の上記認識を含む。)が公然知られたものとなったわけではなく、また、そのように認めるに足りる証拠はない。甲1に上記記載があるからといって、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (d)調査依頼書である甲1の18には、トーヨーエイテック向けに高強度フューエルレールの開発を進めており、素材としてSUS304N2(日本冶金)を使用することになったことが記載されている。また、分析報告書である甲1の23には、備考欄に「需要家:トーヨーエイテック(株)殿」、「用途:フューエルレール」との記載がある。 しかしながら、甲1の18、甲1の23は、いずれも、請求人の社内文書であり、通常、秘密保持が求められると考えられるから、甲1の18、甲1の23に記載された上記の内容が公然知られたものとなったとはいえない。甲1の18、甲1の23に上記記載があるからといって、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (e)甲29には、新日鐵住金ステンレス株式会社の市販品に係る各種のオーステナイト系ステンレス鋼の種類の記号、類似鋼種、概略成分、特徴、用途例、供給可能形状、化学成分、機械的性質が示された一覧表(4~5頁)が記載されている。当該一覧表には、種類の記号が「NSSC304N(YUS 304N)」であるものについて、類似鋼種が「SUS304N2」であり、概略成分が「18Cr-8Ni-0.2N-Nb」であり、特徴が「高強度」であり、用途例が「高圧機器 遠心分離機」であることが記載されている。 また、甲29には、上記「NSSC304N」について、高強度オーステナイト系ステンレス鋼として紹介する記載があり(13頁)、用途について、SUS304を使用している各種機器、高圧機器、遠心分離機が記載されている。 しかしながら、甲29には、類似鋼種が「SUS304N2」である「NSSC304N(YUS 304N)」を「自動車燃料噴射管」に用いることについては記載されていない。また、甲29には、「NSSC304N(YUS 304N)」が高強度であり、用途がSUS304を使用している各種機器、高圧機器、遠心分離機であることが記載されているものの、これらの記載から、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (f)甲30には、新日鐵住金ステンレス株式会社が開発した各種のオーステナイト系ステンレス鋼の組織、特性、鋼種記号、類似規格、代表的組成、供給可能形状、用途例が示された一覧表(234~235頁)が記載されている。当該一覧表には、鋼種記号が「NSSC304N」であるものについて、組織が「A」(オーステナイト)であり、特性が「高強度」であり、類似規格が「SUS304N2」であり、代表的組成が「18Cr-8Ni-0.2N-Nb」であり、用途例が「高圧機器、遠心分離機、高強度分野」であることが記載されている。 しかしながら、甲30には、類似規格が「SUS304N2」である「NSSC304N」を「自動車燃料噴射管」に用いることについては記載されていない。また、甲30には、「NSSC304N」が高強度であり、用途例が高圧機器、遠心分離機、高強度分野であることが記載されているものの、これらの記載から、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (g)甲6には、電子燃料噴射式自動車エンジン等の燃料加圧ポンプから送給された高圧燃料をエンジンのシリンダー内に直接噴射する燃料インジェクター(噴射ノズル)を介して供給するための燃料レール(デリバリーパイプ)について記載されている(【0001】)。 甲6には、従来、高圧直噴ガソリンエンジン用燃料レールとして、アルミ鋳物又は押出型材に機械加工を施したもの、ステンレス製の構成部品をろう付け又は溶接して組立てたもの、鋼製のものが知られていることが記載されている(【0003】、【0004】)。 しかしながら、甲6には、高圧直噴ガソリンエンジン用燃料レールとして、SUS304N2を用いることについては記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (h)甲7には、1つの燃料分配器用導管を有する1つの燃料分配器用フューエルレールと、この燃料分配器用導管から分岐している複数のインジェクタカップとを備える、自動車の内燃機関用の燃料分配器について記載されている(特許請求の範囲、【0001】)。 甲7には、燃料分配器用導管を二相鋼から形成することが記載されているものの、SUS304N2から形成することについては記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (i)甲8には、電子燃料噴射式自動車エンジン等の燃料加圧ポンプから送給された高圧燃料をエンジンのシリンダー内に直接噴射する燃料インジェクター(噴射ノズル)を介して供給するための燃料レール(デリバリーパイプ)について記載されている(【0001】)。 しかしながら、甲8には、燃料レール(デリバリーパイプ)として、どのような材質のものを用いることができるかについては何ら記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (j)甲16には、弁座に対する弁体の開動作によって高圧燃料を噴射する燃料噴射弁について記載されている(【0001】)。甲16には、具体例として、自動車のエンジンに燃料を供給するための燃料供給装置に使用されるインジェクタが記載されており(【0026】)、当該インジェクタの噴射ノズルを構成するオリフィスプレートが、オーステナイト系ステンレス鋼で形成されていることが記載されている(【0033】、【0034】)。 甲17には、内燃機関に燃料を噴射供給する燃料噴射弁について記載されている(【0001】)。甲17には、具体例として、直噴式エンジンの燃料噴射装置に用いられ、燃料としてのガソリンをエンジンに噴射供給する燃料噴射弁が記載されており(【0013】)、当該燃料噴射弁を構成する第二筒部材が、オーステナイト系ステンレス等の非磁性材料により形成されていることが記載されている(【0014】、【0015】)。 甲18には、燃料噴射弁の作動を制御する燃料噴射制御装置について記載されている(【0001】)。甲18には、具体例として、点火式の内燃機関に搭載され、内燃機関の燃焼室へ直接燃料を噴射する燃料噴射弁が記載されており(【0017】)、当該燃料噴射弁を構成する第2筒部材が、オーステナイト系ステンレス等の非磁性材により形成されていることが記載されている(【0018】、【0019】)。 しかしながら、甲16に記載の燃料噴射弁(インジェクタ、噴射ノズル)、甲17に記載の燃料噴射弁、甲18に記載の燃料噴射弁は、上記a(f)で述べたとおり、いずれも、「自動車燃料噴射管」とは異なるものである。甲16~18には、「自動車燃料噴射管」をSUS304N2で形成することについては記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (k)甲19には、フューエルレールの材質には、低炭素鋼、ステンレス鋼、アルミニウム、樹脂等があることが記載されている。 甲20には、フューエルレールの材質として、ステンレス鋼を採用することが記載されている。 甲21には、2015年のフランクフルトモーターショーで、ガソリン直噴エンジン用高圧スチールパイプが展示されたこと、2015年の人とくるまのテクノロジー展で、ガソリン直噴エンジン用ステンレス製レールが展示されたことが記載されている。 甲22には、ステンレスの需要の多い分野は、第一に二輪車を含めた自動車であり、全体では大変な量となること(170頁)、1980年ごろまでは、SUS304を中心にしたオーステナイト系ステンレスが使われていたが、現在は、SUS304は10~15%程度であること(174頁)が記載されている。 甲23には、オーステナイト系ステンレス鋼は、一般的に、低温から高温に至るまで、すべての産業分野で種々の用途に用いられており、SUS304(18%Cr-8%Ni)が最も代表的な鋼種であり、ステンレス鋼の中で最も多く使用されていることが記載されている(169頁)。 しかしながら、甲19~23には、「自動車燃料噴射管」をSUS304N2で形成することについては記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 (l)上記(a)~(k)で検討したとおり、上記の各甲号証には、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることを動機付ける記載は見当たらない。また、上記の各甲号証以外の甲号証、乙号証についても同様である。 (m)以上によれば、公然実施発明2において、オーステナイト系ステンレス鋼を、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものとすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 c 請求人の主張について (a)請求人は、自動車燃料噴射管に用いられる鋼材には、高い圧力に耐えうる強度が必要とされることは、本件特許の優先日前に技術常識であったところ(甲6~8)、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」は、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも高強度という特徴を有し、高圧機器に用いられることが知られていたから、自動車エンジンの直噴高圧化にも対応可能であり、自動車燃料噴射管に用いられるのに適した鋼材であるため、当業者は、上記「NAS304N2」を自動車燃料噴射管に使用することを想到したと主張する(審判請求書59頁、口頭審理陳述要領書(請求人)11頁)。 しかしながら、自動車燃料噴射管を構成する素材には、強度のみならず、様々な特性が必要であることは、当業者にとって明らかである(例えば、甲6の【0004】、甲7の【0005】には、燃料等に対する耐性やろう付け性等が必要であることが示唆されている。)。また、自動車燃料噴射管を構成する素材としては、各種合金のほか、様々な他の材質のものを採用し得ることも知られている(甲6、甲7、甲19)。 そうすると、上記「NAS304N2」が高い強度を有するとしても、そうであるからといって、そのことから直ちに、様々な材質のものの中から、オーステナイト系ステンレス鋼に着目し、その中でも特にSUS304N2に着目して、そのSUS304N2に対応する上記「NAS304N2」を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 また、SUS304N2が高圧機器に用いられることが知られていたとしても、そのことから直ちに、様々な高圧機器がある中で、特に「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるともいえない。 よって、請求人の主張は採用できない。 (b)請求人は、報告書である甲1、調査依頼書である甲1の18の記載を引用し、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」は、「自動車燃料噴射管に用いられる」ためのものであり、このことは、上記「NAS304N2」を「自動車燃料噴射管」に用いる動機付けが実際に存在したことを示すものであると主張する(審判請求書59~60頁、口頭審理陳述要領書(請求人)10頁)。 しかしながら、請求人の上記主張については、上記b(c)、(d)で述べたとおりであり、甲1、甲1の18に請求人が指摘する記載があるからといって、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 よって、請求人の主張は採用できない。 (c)請求人は、甲16~18には、オーステナイト系ステンレス鋼を自動車燃料噴射管ないし自動車燃料噴射装置に用いることが開示されていること、甲19~21には、ステンレス鋼を自動車燃料噴射管に用いることが開示されていること、甲22には、自動車はステンレスの需要の多い分野であり、大変な量のステンレスが使用されており、1980年ごろまではSUS304を中心にしたオーステナイト系ステンレスが自動車部品として使われており、現在でもSUS304は10~15%程度を占めていることが記載されていること、甲23には、オーステナイト系ステンレス鋼は、一般的に、低温から高温に至るまで、すべての産業分野で種々の用途に用いられており、その中でも、SUS304が最も代表的な鋼種であり、ステンレス鋼の中で最も多く使用されていることが開示されていることを指摘した上で、オーステナイト系ステンレス鋼を自動車部品に用いること、その中でも燃料噴射管に用いることは、本件特許の優先日前の時点において技術常識であり、SUS304は、オーステナイト系ステンレスの代表鋼種であり、個別の要求特性に応じて適宜、成分の追加や増減を行うことにより、SUS304N2等の鋼種が開発されてきたものであるから、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」を自動車部品に用いること、その中でも燃料噴射管に用いることは、当業者が当然に想到したことであると主張する(審判事件弁駁書6~13頁)。 しかしながら、上記b(j)、(k)で述べたとおり、請求人が挙げる上記甲号証には、「自動車燃料噴射管」をSUS304N2で形成することについては記載されていないから、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼を「自動車燃料噴射管」に用いることが動機付けられるとはいえない。 よって、請求人の主張は採用できない。 (d)請求人は、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」は、高強度であることが知られていた以上、「未知の属性」が発見されたという事情はなく、その属性に基づいた用途が見いだされたというような事情もないこと、また、仮にそうでないとしても、出願時の技術常識を考慮すれば、新たな用途を提供したとはいえない場合に相当するから、相違点1が新たな用途を提供した用途限定であるとはいえないと主張する(審判事件弁駁書15~16頁)。 しかしながら、上記a(c)で述べたとおり、本件訂正発明1は、本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼がろう付熱処理後の鋼管の直管形状の変形を抑制できる程度に、熱処理後の形状保持性が良好であるため、自動車燃料噴射管の材料として好適であることを踏まえ、「自動車燃料噴射管に用いられる」ことを特定したものである。そうすると、請求人が主張するように、「未知の属性」が発見されたという事情はないとか、新たな用途を提供したとはいえない場合に相当するなどということはできない。 よって、請求人の主張は採用できない。 (ウ)相違点2の検討 a まず、相違点2が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 公然実施発明2は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルを構成する素材(合金)としてのオーステナイト系ステンレス鋼に着目して認定したものであるが、Niの含有量が「7.61質量%」であるから、本件訂正発明1におけるNiの含有量が「7.8質量%以上10.0質量%以下」であることを満たすものではない。 以上によれば、相違点2は実質的な相違点である。 b 次に、相違点2の容易想到性について検討する。 (a)上記aで述べたとおり、公然実施発明2は、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」に基づいて認定したものにすぎない。 上記「NAS304N2」(公然実施発明2)におけるNiの含有量が「7.61質量%」であることは、日本工業規格JIS G 4305で規定される、SUS304N2のNiの含有量が「7.50~10.50%」(甲1の15)であることを満たすものであるから、上記「NAS304N2」は、確かにSUS304N2に対応するものである。 すなわち、上記「NAS304N2」は、SUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品として、Niの含有量が「7.61質量%」(程度)に設定されたものであるところ、SUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品としてはそれで十分であり、特に問題があるとはいえない。また、上記「NAS304N2」に関し、具体的に何らかの技術的な課題が知られていたともいえない。 そうすると、このような「NAS304N2」に基づいて認定した公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、たとえ、日本工業規格JIS G 4305で、SUS304N2のNiの含有量が「7.50~10.50%」と規定されているとしても、あえてNiの含有量を変更する必要性がなく、「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とする動機付けがあるとはいえない。 (b)仮に、公然実施発明2において、Niの含有量「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とすることができたとしても、合金の組織は、通常、合金を製造する際の加工条件及び熱処理条件のほか、合金の成分組成にも影響を受けるものであり、このことはオーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒度番号についても同様である(実際、本件明細書の実施例及び比較例においても示されている。)ため、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼における「結晶粒度番号の観察結果が10」が変化しないかどうか、また、本件訂正発明1における「結晶粒度番号が7.0以上」を維持できるのかどうかは、不明というほかない(すなわち、この点が、本件訂正発明1と公然実施発明2との新たに相違点となってしまう。)。 (c)この点、請求人は、オーステナイト系ステンレス鋼における結晶粒度は、成分よりも、加工度、加熱温度及び加熱時間により変化するものであり(甲12)、成分の変化により結晶粒度は大きく変わらないこと、例えば、甲1の14のSUS304N2は、平均粒径が18μm、結晶粒度番号が8~9である(甲11)ことを指摘し、成分をJIS規格内で適宜調整したとしても、結晶粒度は大きく変化するものではないから、本件訂正発明1において規定する結晶粒度番号を満たすと主張する(審判請求書50頁)。 また、請求人は、本件明細書の実施例は、SUS304N2の固溶化熱処理温度(焼鈍温度)として公知の「1010~1150(℃)」(甲1の15)程度の範囲内の熱処理条件であれば、成分組成がJIS規定範囲内で変化しても、結晶粒度は7.0以上となることをむしろ裏付けていると主張する(審判事件弁駁書33頁)。 しかしながら、甲12には、「1.4.2 加工に伴う組織の変化」の「(2)加工と再結晶ならびに結晶粒の調整」の欄(87~88頁)において、「冷間加工を施した材料を加熱すると200~400℃で加工ひずみが除去され、さらに温度が高くなると再結晶が起こる。」との記載の後に、「再結晶後の結晶粒の大きさは加工度、加熱温度、加熱時間に依存する。」と記載されていることから、甲12は、加工(加工ひずみ、加工度)と再結晶(加熱温度、加熱時間)と結晶粒の大きさとの関係についてのみ言及するものであり、単に成分組成については言及していないものと解される。このような甲12の記載をもって、オーステナイト系ステンレス鋼における結晶粒度は、成分よりも、加工度、加熱温度及び加熱時間により変化するものであり、成分の変化により結晶粒度は大きく変わらないなどということはできない。そして、オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒度番号が、オーステナイト系ステンレス鋼の成分組成にも影響を受けるものであることは、上記(b)のとおりである。 また、甲1の14に記載されるSUS304N2(Table1)は、少なくともCu、Mo、Alの含有の有無の点で、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成と同視できるものではなく、また、上記SUS304N2の製造方法についても、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法(加工条件及び熱処理条件)が不明である以上、それと同視できるものであるかどうかは不明である。上記(b)のとおり、合金の組織は、通常、合金を製造する際の加工条件及び熱処理条件のほか、合金の成分組成にも影響を受けるものであるから、上記のような甲1の14の記載をもって、公然実施発明2において、Niの含有量「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」としたとしても、結晶粒度は大きく変化するものではないなどということはできない。 同様に、本件明細書の実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法についても、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法(加工条件及び熱処理条件)が不明である以上、それと同視できるものであるかどうかは不明である。このような本件明細書の実施例の記載をもって、公然実施発明2において、Niの含有量「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」としたとしても、結晶粒度は7.0以上となるなどということはできない。 さらに、公然実施発明2において、Niの含有量「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とした場合に、実際に「結晶粒度番号が7.0以上」が維持されることを具体的に示す根拠はない。 よって、請求人の主張は採用できない。 (d)そして、上記1(2)のとおり、本件訂正発明1は、所定の成分組成及び結晶粒度を有するため、固溶強化や結晶粒微細化により、高い強度(耐力及び引張強さ)を有し、また、実質的にオーステナイト(γ)相単相からなるため、フェライト(α)・オーステナイト(γ)二相ステンレス鋼と比較して、熱処理後の形状保持性が良好になるという、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである(【0007】、【0019】、【0021】)。また、このような効果は、本件明細書の実施例及び比較例によって裏付けられるものである(【0061】~【0073】、表1、表2)。 (e)以上によれば、公然実施発明2において、Niの含有量「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 c 請求人の主張について (a)請求人は、SUS304N2は、JISによりその化学組成等が一定の範囲に決められており、そのような範囲内において化学組成を目的に応じて適宜変更することは設計事項であり、当業者が容易になしうることであると主張する(審判請求書46頁)。 しかしながら、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」は、Niの含有量が「7.61質量%」(程度)に設定されたものである。そして、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、あえてNiの含有量を変更する必要性がなく、「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とする動機付けがあるとはいえないことは、上記bで述べたとおりである。また、化学組成を目的に応じて適宜変更するともいうが、いかなる目的で変更するのかは不明である。 また、請求人は、甲1の14には、SUS304N2のNi含有量が「8.02%」であることが記載されていることも指摘するが(審判事件弁駁書17頁)、上記b(a)で述べたのと同様に、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、Niの含有量を、甲1の14に記載される「8.02%」に変更する動機付けがあるとはいえず、また、仮に、公然実施発明2において、Niの含有量を「8.02%」とすることができたとしても、上記b(b)で述べたのと同様に、「結晶粒度番号が7.0以上」を維持できるのかどうかは不明である。 よって、請求人の主張は採用できない。 (b)請求人は、SUS304N2は、SUS304シリーズの中でも強度が高いが、加工性・安定性が良くないという課題が指摘されていたところ、Niの含有量を大きくすると安定性、加工性が良くなることが知られていた(甲24~26)から、SUS304N2の上記課題を克服するため、上記「NAS304N2」におけるNi含有量を大きくする動機付けがあると主張する(審判事件弁駁書17~21頁)。 しかしながら、SUS304N2は、SUS304シリーズの中でも強度が高いが、加工性・安定性が良くないという課題が指摘されていたと認めるに足りる証拠はない。 仮に、加工性・安定性の点から、上記「NAS304N2」に含まれる成分の含有量を変更するとしても、加工に対するオーステナイトの安定度(機械的安定度)と化学組成の関係を定量的に示した指標である式(1)、「Md30(K)=686-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-9.5Ni-18.5Mo」(甲24)によれば、オーステナイトの安定度に与える影響は、炭素及び窒素の含有量のほうが、Niの含有量よりも、約49倍も大きいため、あえてNiの含有量を増加することが動機付けられるとはいえない。 そして、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、あえてNiの含有量を変更する必要性がなく、「7.61質量%」を「7.8質量%以上10.0質量%以下」とする動機付けがあるとはいえないことは、上記bで述べたとおりである。 よって、請求人の主張は採用できない。 (エ)小括 以上のとおりであるから、相違点Aについて検討するまでもなく、本件訂正発明1は、公然実施発明2であるとはいえず、また、公然実施発明2並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 イ 公然実施発明1との対比 (ア)対比 本件訂正発明1と公然実施発明1とを対比すると、上記ア(ア)と同様に、両者は、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上である、 オーステナイト系ステンレス鋼。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点1’ 本件訂正発明1では、オーステナイト系ステンレス鋼が、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものであるのに対して、公然実施発明1では、コイル材を構成するオーステナイト系ステンレス鋼が、「自動車燃料噴射管に用いられる」ものであるか不明である点。 ・相違点2’ 本件訂正発明1では、Niの含有量が、「7.8質量%以上10.0質量%以下」であるのに対して、公然実施発明1では、Niの含有量が、「7.61質量%」である点。 ・相違点A’ 本件訂正発明1では、Oを含有するかどうか不明であるのに対して、公然実施発明1では、Oの含有量が、「O:0.0028質量%」である点。 ・相違点B 本件訂正発明1は、「オーステナイト系ステンレス鋼」であるのに対して、公然実施発明1は、「オーステナイト系ステンレス鋼からなるコイル材」である点。 (イ)相違点1’ 、2’の検討 相違点1’ 、2’は、上記ア(イ)、(ウ)で検討した相違点1、2と同様のものであるから、上記ア(イ)、(ウ)で述べたのと同様の理由により、相違点1’ 、2’は、いずれも、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (ウ)小括 以上のとおりであるから、相違点A’ 、Bについて検討するまでもなく、本件訂正発明1は、公然実施発明1であるとはいえず、また、公然実施発明1並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 請求人の主張するその他の公然実施発明との対比 請求人は、上記ア、イで検討した公然実施発明2、1のほかに、以下の公然実施発明についても主張している(回答書4~6頁)ので、以下、検討する。 なお、以下の公然実施発明は、上記アで検討した公然実施発明2を含むほか、上記(1)ア~エの認定事実、特に、分析報告書(甲1の23)、分析報告書(甲2の2の2)、資料1 SUS304N2市販品の結晶粒観察(甲2の2の3)、2通の試験等成績書(甲2の1の2、甲2の1の3)、試験成績書(甲2の3の2)に記載された各分析結果を組み合わせたものと解される。 (ア)C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Cu、Mo、Al、Nb成分の測定値が、 「C:0.056質量%、Si:0.79質量%、Mn:1.82質量%、P:0.029質量%、S:0.001質量%、Cr:18.55質量%、Ni:7.61質量%、Cu:0.20質量%、Mo:0.16質量%、Al:0.005質量%、及びNb:0.100質量%」 「C:0.06質量%、Si:0.79質量%、Mn:1.82質量%、P:0.028質量%、S:0.001質量%未満、Cr:18.06質量%、Ni:7.66質量%、Cu:0.18質量%、Mo:0.16質量%、Al:0.006質量%、及びNb:0.10質量%」 「C:0.058質量%、Si:0.78質量%、Mn:1.82質量%、P:0.026質量%、S:0.001質量%、Cr:18.50質量%、Ni:7.61質量%、Cu:0.20質量%、Mo:0.16質量%、Al:0.005質量%、及びNb:0.10質量%」のいずれかであり、 (イ)N成分の測定値が、 「N:0.225質量%」、「N:0.224質量%」のいずれかであり、 (ウ)残部がFe及び不可避的不純物であり、 (エ)結晶粒度番号の観察結果が8.10及び10である (オ)オーステナイト系ステンレス鋼。 本件訂正発明1と上記の公然実施発明とを対比すると、上記アで検討した公然実施発明2の場合と同様に、両者は、少なくとも、相違点1、2、Aと同様の各相違点で相違するところ、これらの各相違点については、上記アで述べたのと同様の理由により、いずれも、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 以上のとおりであるから、本件訂正発明1は、公然実施発明であるとはいえず、また、公然実施発明並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)本件訂正発明2について 以下、事案に鑑み、まず、公然実施発明2について検討し、次に、公然実施発明1について検討する。 ア 公然実施発明2との対比 (ア)対比 本件訂正発明2と公然実施発明2とを対比すると、上記(2)ア(ア)と同様に、両者は、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上である、 オーステナイト系ステンレス鋼。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点3 本件訂正発明2では、「上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たす」、「200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1)」、「(式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」のに対して、公然実施発明2では、上記「式(1)」における「-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]」の値が191.49であり、上記「式(1)をさらに満たす」ものではない点。 ・相違点4 本件訂正発明2では、Niの含有量が、「7.8質量%以上10.0質量%以下」であるのに対して、公然実施発明2では、Niの含有量が、「7.61質量%」である点。 ・相違点C 本件訂正発明2では、Oを含有するかどうか不明であるのに対して、公然実施発明2では、Oの含有量が、「O:0.0028質量%」である点。 (イ)相違点3の検討 a まず、相違点3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。 公然実施発明2は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」のサンプルコイルを構成する素材(合金)としてのオーステナイト系ステンレス鋼に着目して認定したものであるが、「式(1)」における「-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]」の値(以下、単に「式(1)の数値」という。)が191.49であるから、「200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1)」を満たすものではない。 以上によれば、相違点3は実質的な相違点である。 b 次に、相違点3の容易想到性について検討する。 (a)上記aで述べたとおり、公然実施発明2は、請求人が購入したSUS304N2(日本工業規格JIS G 4305)に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」に基づいて認定したものにすぎない。 上記「NAS304N2」(公然実施発明2)において、「C:0.058質量%、Si:0.78質量%、Mn:1.82質量%、P:0.026質量%、S:0.001質量%、Cr:18.50質量%、Ni:7.61質量%、Nb:0.10質量%、N:0.224質量%」であることは、日本工業規格JIS G 4305で規定される、「C:0.08%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.50%以下、P:0.045%以下、S:0.030%以下、Cr:18.00~20.00%、Ni:7.50~10.50%、Nb:0.15%以下、N:0.15~0.30%」(甲1の15)であることを満たすものであるから、上記「NAS304N2」は、確かにSUS304N2に対応するものである。 すなわち、上記「NAS304N2」は、SUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品として、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Nb、Nの各含有量が上記の各含有量(程度)に設定されたものであるところ、SUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品としてはそれで十分であり、特に問題があるとはいえない。また、上記「NAS304N2」に関し、具体的に何らかの技術的な課題が知られていたともいえない。 そうすると、このような「NAS304N2」に基づいて認定した公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、たとえ、日本工業規格JIS G 4305で、SUS304N2のC、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Nb、Nの各含有量が上記のとおり規定されているとしても、あえてこれらの各含有量を変更する必要性がなく、C、Cr、Nb、Nの各含有量を変更して、「式(1)」を満たすようにする動機付けがあるとはいえない。 また、そもそも、「式(1)」については、いずれの甲号証、乙号証にも記載も示唆もされておらず、本件特許の優先日前に知られていたものとはいえない。そうすると、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、C、Cr、Nb、Nの各含有量を変更して、「式(1)」を満たすようにする動機付けがあるとはいえないことは、明らかである。 なお、粒界腐食の点から「式(1)」を満たすようにする動機付けがある旨の請求人の主張については、下記c(b)で詳細に述べる。 (b)仮に、公然実施発明2において、C、Cr、Nb、Nの各含有量を変更して、「式(1)」を満たすようにすることができたとしても、上記(2)ア(ウ)b(b)で述べたとおり、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼における「結晶粒度番号の観察結果が10」が変化しないかどうか、また、本件訂正発明2における「結晶粒度番号が7.0以上」を維持できるのかどうかは、不明というほかない(すなわち、この点が、本件訂正発明2と公然実施発明2との新たに相違点となってしまう。)。 (c)この点、請求人は、オーステナイト系ステンレス鋼における結晶粒度に関し、上記(2)ア(ウ)b(c)と同様に主張するが、同様の理由により、請求人の主張は採用できない。 (d)そして、本件訂正発明2は、上記(2)ア(ウ)b(d)で本件訂正発明1について述べたのと同様に、所定の成分組成及び結晶粒度を有するため、固溶強化や結晶粒微細化により、高い強度(耐力及び引張強さ)を有し、また、実質的にオーステナイト(γ)相単相からなるため、フェライト(α)・オーステナイト(γ)二相ステンレス鋼と比較して、熱処理後の形状保持性が良好になるという、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものである。 また、上記1(2)のとおり、本件訂正発明2は、上記の効果に加えて、「式(1)」をさらに満たすことにより、Z相固溶温度が1100℃以上となり、Z相が熱処理前後で安定して存在するため、1080~1150℃でろう付け熱処理を行っても、析出物による粒界ピン留め効果により、結晶粒粗大化が抑制され、結晶粒微細化による強度上昇や析出強化を活用することができることから、熱処理後の強度低下が抑制されるという効果を奏するものであり、また、混粒が抑制されるため、疲労破壊の起点となる弱点部分の形成が抑制されるという効果を奏するものである(【0008】、【0036】、【0037】)。そして、これらの効果は、当業者が予測することができない格別顕著なものといえる。また、このような効果は、本件明細書の実施例及び比較例によって裏付けられるものである(【0061】~【0073】、表1、表2)。 (e)以上によれば、公然実施発明2において、C、Cr、Nb、Nの各含有量を変更して、「式(1)」を満たすようにすることは、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 c 請求人の主張について (a)請求人は、SUS304N2は、JISによりその化学組成等が一定の範囲に決められており、そのような範囲内において化学組成を適宜変更することは、当業者が当然に理解することであるところ、甲1の14には、式(1)の数値が204.164であるSUS304N2が記載されているから、C、Cr、Nb、Nの各含有量を適宜変えることにより、甲1の14に記載されるようなSUS304N2を得ることは、当業者が適宜なし得ることであると主張する(審判請求書48~49頁)。 また、請求人は、公然実施発明2のC、Cr、Nb、Nの各含有量を、JIS規格内において適宜変えることは、当業者が当然に行なうことであり、あるいは、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」の他のロットにおいて、品質を同等に保ちながらJIS規格内でC、Cr、Nb、Nの各含有量が変動することは当然にありうることであり、その結果として、式(1)の数値が200以上300以下となることは、当業者が適宜なし得ることであるところ、公然実施発明2の化学組成のうち、Crの含有量をJIS規格範囲内である20.00%まで変えることは、当業者が適宜なし得ることであるが、その場合、式(1)の数値は200以上300以下を満たすと主張する(審判請求書49~50頁)。 しかしながら、上記「NAS304N2」は、C、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Nb、Nの各含有量が上記b(a)の各含有量(程度)に設定されたものである。そして、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、あえてC、Si、Mn、P、S、Cr、Ni、Nb、Nの各含有量を変更する必要性がなく、C、Cr、Nb、Nの各含有量を変更して、「式(1)」を満たすようにする動機付けがあるとはいえないことは、上記bで述べたとおりである。 よって、請求人の主張は採用できない。 (b)請求人は、本件特許の優先日前に、オーステナイト系ステンレス鋼のC含有量を小さくすることにより、粒界腐食に対する感受性の増加(粒界鋭敏化)を防止できることは周知・慣用技術であり(甲4、甲5、甲22、甲23、甲25、甲26)、Cの含有量を小さくする動機付けがあるところ、公然実施発明2のC含有量を小さくし、0.050%に置き換えると、式(1)の数値は208.21となると主張する(審判請求書50~51頁)。 また、請求人は、甲4には、「粒界腐食の防止には炭素量を低減したステンレス鋼、または炭素と結合しやすい元素(チタン、ニオブなど)を添加したステンレス鋼を選択し使用することが有効です」との記載があるから、上記「NAS304N2」において、Nbの含有量を大きくすれば、式(1)の数値は200以上となると主張する(審判事件弁駁書29頁)。 以下検討するに、本件特許の優先日前に公知となった以下の甲号証には、粒界腐食に関し、以下の記載がある。 ・甲4 「(2)粒界腐食 粒界腐食とは腐食が結晶粒界に沿って進行する形の局部腐食で,この腐食が内部へ深く進行すると,結晶粒がぼろぼろと脱落していきます。実際上は溶接熱影響,熱処理の過程,高温での使用などにより,ある条件の加熱を受けた部分が腐食環境に置かれると,起します。写真5-1は溶接熱影響部に生じた粒界腐食です。 炭素はクロムと結合しやすい性質を持っているため,高温に加熱されるとクロム炭化物(Cr23C6)が結晶粒界に生成します。したがって,このクロム炭化物の周辺はクロムが欠乏状態となり,置かれた環境によってはこのクロム欠乏部が選択的に腐食され,粒界腐食を起こすことになります。 クロム炭化物が生成して,粒界腐食感受性が生じることを鋭敏化と言います。鋭敏化を加熱温度と保持温度の関係(TTS曲線)で示すと,オーステナイト系ステンレスは図5-17のとおりで,鋭敏化の温度域は,550~800℃にあり,この温度域に保持されるか,より高温からこの温度域を除冷されると鋭敏化されます。」(85~86頁) ・甲5 「鋭敏化を抑制する最も基本的な対策はC量の低減であることは多くの報告によって明らかにされている(2)-(5).」(1197頁) ・甲22 「オーステナイト系ステンレスの欠点の一つである粒界腐食は,炭素の含有が関与するもので,500~800℃に加熱すると結晶粒界にクロム炭化物が析出して,粒界腐食の原因となります. これを避けるために,炭素含有量を極度に低くして,クロム炭化物の生成をなくすようにするか,チタンやニオブなどの安定化元素を添加して,チタンやニオブが鋼のなかの炭素と結び付くことによって,基質の炭素含有量を減少させ,クロム炭化物の析出を防ぐ方法があります.このような極低炭素型あるいは安定型の鋼種が耐粒界腐食性の鋼種として用いられます.」(33頁) 「オーステナイト系ステンレスは,ある環境条件において,写真3.1に示すように結晶の粒界のみが優先的に腐食される現象があります.これは鋼が450~850℃(特に650℃付近)に加熱されると,結晶粒界にクロムの炭化物(Cr23C6)が析出するため,その近傍にクロムの欠乏域が形成され,その部分が局部的に耐食性が劣化して優先腐食の原因となるものです.粒界腐食を起こしやすい主な腐食環境としては,○1硫酸,酢酸などの酸性水溶液,○2濃硝酸,クロム酸,○3硫酸第二鉄,硫酸銅などのほか,かなり広範な環境があります.ステンレスを素材として装置や機器を組み立てる場合には溶接を用いることが多いですが,溶接を行った場合には上記の温度に加熱される個所が必ず生じるために,粒界腐食は実用上極めて重要です. 粒界腐食を防止するためには,粒界にクロム炭化物が析出した鋼を1050~1100℃の高温に再加熱後急冷する処理(固溶化熱処理)を行うと,析出したクロム炭化物は再び基質中に溶け込むので,粒界腐食に対する感受性をなくすことができます.しかしながら実用上この熱処理を行うことが困難な場合もしばしばあります.そのような場合には,鋼中の炭素含有量を低下した鋼種(SUS304L,SUS306Lなど)を使用するか,クロムよりも炭素との親和力が強いチタン又はニオブ(安定化元素といいます)を添加して鋼中の炭素をTiC又はNbCの形で安定化した鋼種(SUS321,SUS347など)を使用することが推奨されます.」(54~56頁) ・甲23 「オーステナイト系ステンレス鋼は,固溶化熱処理状態では良好な耐食性を示すが,溶接などの影響で,650~750℃付近の温度に加熱されると粒界にCr系炭化物(M23C6)が析出し,粒界近傍にCr欠乏層を形成して粒界腐食を起こす鋭敏化という現象が生じる.これを防ぐためには,SUS304Lや316LのようにC量を0.03%以下に低減した極低炭素ステンレス鋼や,SUS321や347のようにTiやNbを添加してCをTiCやNbCの形で固定化した安定化ステンレス鋼が開発されている.」(169頁) ・甲25 「オーステナイト系ステンレス鋼を500~800℃に加熱するか,この温度範囲で徐冷すると,結晶粒界にCr炭化物が析出して粒界が腐食されやすくなる。このCr炭化物の析出を防止するには,C含有量を約0.03%以下に低く抑えるか,CrよりもCとの結合力の強いNbやTiを添加し,Cr炭化物の代わりにNb炭化物やTi炭化物を析出させて,Cを安定化することが有効である。」(18頁) 「(3)粒界腐食 粒界腐食とは,結晶粒界又はそのごく近傍に沿って選択的に進行する腐食形態のことをいう。 ステンレス鋼を約500~800℃に加熱したり,この温度範囲を徐冷すると結晶粒界にCr炭化物が析出し,粒界腐食が生じる。これはCr炭化物が析出すると,図1.12に示すように,その近傍のCr量が減少し耐食性の劣る部分が生じて,その部分から選択的に腐食が進行するからである。このような粒界腐食感受性を促進する熱的処理を鋭敏化と呼ぶ。 また,腐食の進行は加熱温度と時間によって影響を受け,図1.13に示すように500℃程度では長時間を要するが,700℃付近では短時間で鋭敏化される。しかしCr炭化物は,溶体化処理(1000℃以上の高温に加熱し,急冷する)を行うと消失するので,耐食性を回復することができる。 なお,含有する炭素量を低くして,Cr炭化物が析出しにくくした低炭素鋼や,Crより炭化物を形成しやすい元素(Ti,Nbなど)を添加してCr炭化物の析出を防止した安定化鋼は,粒界腐食が発生しにくい。ところが安定化鋼は,一度1000℃以上に加熱して溶体化処理を行うと,容易に鋭敏化するので注意しなければならない。この場合には,さらに850~900℃に加熱してTi炭化物やNb炭化物を形成させる安定化熱処理を行うことで耐粒界腐食性が回復する。」(25~26頁) ・甲26 「(3)粒界腐食 粒界腐食とは腐食は結晶粒界にそって進行する形態の局部腐食である。腐食が内部に進行すると、結晶粒がぼろぼろと脱落していく。ステンレスは基本的にクロム(Cr)を含有する合金であるが、炭素はクロムと結合しやすい性質を持っているため、高温に加熱されるとクロム炭化物(Cr23C6)が結晶粒界に析出する。このクロム炭化物の周辺はクロムが欠乏状態になり、環境によってはクロム欠乏部が選択的に腐食され、粒界腐食が発生する(図8)。 ・・・ 鋭敏化を加熱温度と保持温度の関係(TTS曲線)で示すと、オーステナイト系ステンレスの代表鋼種SUS304(18Cr-8Ni)は図9のようになる。鋭敏化の温度域は、550~800℃にあり、この温度域で保持されるか、高温からこの温度域を徐冷されると鋭敏化される。 ・・・粒界腐食の防止には、次の3つが通常行われている。 1)固溶化熱処理後急冷しクロム炭化物析出を抑える。 2)炭素含有量を低減する(C≦0.030の鋼種選定)。 3)チタン(Ti)またはニオブ(Nb)を添加する(チタン、ニオブは炭素との結合力がクロムよりも強いため、チタン炭化物、ニオブ炭化物となって結晶粒内に均一に析出する、これにより、クロム炭化物の粒界への析出が抑えられる)。」(192頁) 以上の甲号証の上記記載によれば、粒界腐食については、オーステナイト系ステンレス鋼が、溶接、熱処理、高温での使用等により、450~850℃程度の温度域に保持されるか、あるいは、より高温から冷却する際にこの温度域で徐冷されると、クロム炭化物が結晶粒界に生成し、このクロム炭化物の近傍がクロム欠乏層となり(すなわち、鋭敏化が生じ)、その後、所定の腐食環境下、例えば、硫酸、酢酸等の酸性水溶液の腐食環境や、濃硝酸、クロム酸の腐食環境や、硫酸第二鉄、硫酸銅の腐食環境等の腐食環境下に置かれると、クロム欠乏層が選択的に腐食され、粒界腐食が発生するものと認められる。 ところで、請求人が購入したSUS304N2に対応する日本冶金工業の市販品である「NAS304N2」については、具体的にこれまでに(製造されるまでに)どのような熱履歴を経たものであるのか、また、実際に今後どのような熱履歴を経ることが予定されているのか、実際に今後どのような環境下に置かれることが予定されているのかは、不明であり、本件特許の優先日前に知られていたとはいえない(購入者である請求人の主観のみでは足りない。)。 上記「NAS304N2」が、何らかの具体的な用途に用いられる等により、実際に、450~850℃程度の温度域に保持されるか、あるいは、より高温から冷却する際にこの温度域で徐冷されることがあり、また、その後、上記のような所定の腐食環境下に置かれることがあるというのであれば、粒界腐食が問題となることは理解できるものの、そうでなければ、たとえ、オーステナイト系ステンレス鋼において、粒界腐食が問題となることが技術常識であったとしても、また、上記「NAS304N2」が、オーステナイト系ステンレス鋼の一種であるとしても、そもそも、粒界腐食を問題とする必要がないことは、明らかである。 また、上記「NAS304N2」が、オーステナイト系ステンレス鋼の一種であるからといって、単にそのこと自体で、常に粒界腐食が問題となると解することもできない。 そうすると、上記「NAS304N2」については、具体的にこれまでに(製造されるまでに)どのような熱履歴を経たものであるのか、また、実際に今後どのような熱履歴を経ることが予定されているのか、実際に今後どのような環境下に置かれることが予定されているのかは、不明であり、本件特許の優先日前に知られていたとはいえない以上、粒界腐食を防ぐとの課題が存在するということはできない。そして、そうである以上、公然実施発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、Cの含有量を小さくしたり、Nbの含有量を大きくしたりする動機付けがあるとはいえない。 よって、上記「NAS304N2」には、粒界腐食を防ぐとの課題が存在するとの認識を前提とする請求人の上記主張は、その前提を欠くものであり、採用できない。 (c)請求人は、式(1)の数値範囲は公知技術を含むものであり(甲1の14)、また、本件明細書には、「C、Cr、N及びNbの含有量を制御することで、C、Cr、N及びNbの化合物(Z相)が熱処理前後で安定して存在し、熱処理前後で結晶粒径や析出物量を保ち、熱処理後も結晶粒微細化強化や析出強化を活用できることを見出した」(【0037】)等という一般的な説明のほかには、式(1)の技術的意義について記載はなく、本件明細書に記載される式(1)を満たさない例として参照可能な実施例6は、熱処理後の「結晶粒度」が「B」、「混粒」が「C」とされている(表2)ものの、他の実施例とは成分組成も異なっており、式(1)が示す範囲内であれば、上記効果が得られると認識できるとはいえず、式(1)には格別の技術的意義が認められないと主張する(口頭審理陳述要領書(請求人)15~16頁)。 しかしながら、甲1の14に記載されるSUS304N2(Table1)は、少なくともCu、Mo、Alの含有の有無の点で、本件訂正発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成と同視できるものではないから、C、Cr、Nb、Nの各含有量のみを取り上げ、式(1)の数値が200以上300以下を満たすからといって、式(1)の数値範囲が公知技術を含むなどということはできない。 また、式(1)の技術的意義については、上記1(2)で述べたとおりであり、本件明細書には、式(1)をさらに満たすことにより、Z相固溶温度が1100℃以上となり、Z相が熱処理前後で安定して存在するため、1080~1150℃でろう付け熱処理を行っても、析出物による粒界ピン留め効果により、結晶粒粗大化が抑制され、結晶粒微細化による強度上昇や析出強化を活用することができるため、熱処理後の強度低下が抑制されること(【0008】、【0036】、【0037】)、また、混粒が抑制されるため、疲労破壊の起点となる弱点部分の形成が抑制されること(【0037】)が記載されている。 そして、本件明細書には、実施例1~8及び比較例1~3が記載されているところ(【0061】~【0073】、表1、表2)、様々な成分組成を有する実施例において、式(1)を満たすもの(実施例1~5、8)は、製造時に結晶粒度番号が9.5以上と大きく、所定の熱処理後も9.0以上を保ち(特に、実施例3、4では、熱処理前後で変化がない。)、混粒もA(結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野の5%以下)又はB(結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野の5%超20%以下)と良好である。 これに対して、式(1)を満たさないもの(実施例6)は、製造時に結晶粒度番号が10.0と大きくても、所定の熱処理後は結晶粒度番号が8.5になってしまい、混粒もC(結晶粒度番号が2以上異なる結晶粒が1視野内の20%超)と不良であることが示されている。 これらの様々な成分組成を有する実施例において、式(1)を満たすことによる、結晶粒粗大化の抑制や混粒の抑制の効果が示されているといえる。 この点、請求人は、結晶粒度番号のみを比べると、式(1)を満たす場合であっても、熱処理後に結晶粒度番号は概ね小さくなっており(実施例1、2、5、8)、結晶粒度番号の変化の割合も、式(1)を満たす実施例5、式(1)を満たさない実施例6のいずれも、1.0で同じであると指摘するが(審判事件弁駁書31頁)、上記のとおり、式(1)を満たす実施例3、4では、熱処理前後で変化がなく、また、式(1)を満たさない実施例6における結晶粒度番号の変化の割合は、正しくは1.5であり、式(1)を満たす実施例1~5、8における同割合(0~1.0)のほうが小さいから、請求人の上記指摘は当を得たものではない。 以上によれば、本件明細書の上記記載も踏まえると、当業者であれば、式(1)の技術的意義を理解できるものである。 よって、請求人の主張は採用できない。 (ウ)相違点4の検討 相違点4は、上記(2)ア(ウ)で検討した相違点2と同様のものであるから、上記(2)ア(ウ)で述べたのと同様の理由により、相違点4は、実質的な相違点であり、また、本件訂正発明2が、上記b(d)のとおりの、当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものであることも考慮すると、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (エ)小括 以上のとおりであるから、相違点Cについて検討するまでもなく、本件訂正発明2は、公然実施発明2であるとはいえず、また、公然実施発明2並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 イ 公然実施発明1との対比 (ア)対比 本件訂正発明2と公然実施発明1とを対比すると、上記(2)ア(ア)と同様に、両者は、 「成分組成が、 C:0.08質量%以下、 Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、 Mn:0.1質量%以上2.4質量%以下、 P:0.04質量%以下、 S:0.01質量%以下、 Cr:18.0質量%以上20.0質量%以下、 Ni、 Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、 Mo:0.05質量%以上5.0質量%以下、 Al:0.005質量%以上0.03質量%以下、 Nb:0.05質量%以上0.15質量%以下、及び N:0.15質量%以上0.30質量%以下 を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、 結晶粒度番号が7.0以上である、 オーステナイト系ステンレス鋼。」 の点で一致し、以下の点で相違する。 ・相違点3’ 本件訂正発明2では、「上記成分組成において、下記式(1)をさらに満たす」、「200≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]≦300 ・・・ (1)」、「(式(1)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」のに対して、公然実施発明1では、上記「式(1)」における「-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]」の値が191.49であり、上記「式(1)をさらに満たす」ものではない点。 ・相違点4’ 本件訂正発明2では、Niの含有量が、「7.8質量%以上10.0質量%以下」であるのに対して、公然実施発明1では、Niの含有量が、「7.61質量%」である点。 ・相違点C’ 本件訂正発明2では、Oを含有するかどうか不明であるのに対して、公然実施発明1では、Oの含有量が、「O:0.0028質量%」である点。 ・相違点D 本件訂正発明2は、「オーステナイト系ステンレス鋼」であるのに対して、公然実施発明1は、「オーステナイト系ステンレス鋼からなるコイル材」である点。 (イ)相違点3’ 、4’の検討 相違点3’ 、4’は、上記ア(イ)、(ウ)で検討した相違点3、4と同様のものであるから、上記ア(イ)、(ウ)で述べたのと同様の理由により、相違点3’ 、4’は、いずれも、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (ウ)小括 以上のとおりであるから、相違点C’、Dについて検討するまでもなく、本件訂正発明2は、公然実施発明1であるとはいえず、また、公然実施発明1並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 請求人の主張するその他の公然実施発明との対比 請求人は、上記ア、イで検討した公然実施発明2、1のほかに、上記(2)ウのとおりの公然実施発明についても主張しているので、以下、検討する。 本件訂正発明2と上記(2)ウのとおりの公然実施発明とを対比すると、上記アで検討した公然実施発明2の場合と同様に、両者は、少なくとも、相違点3、4、Cと同様の各相違点で相違するところ、これらの各相違点については、上記アで述べたのと同様の理由により、いずれも、実質的な相違点であり、また、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 以上のとおりであるから、本件訂正発明2は、公然実施発明であるとはいえず、また、公然実施発明並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (4)本件訂正発明3~10について 本件訂正発明3~10は、本件訂正発明1又は2を直接又は間接的に引用するものであり、本件訂正発明1又は2の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(2)、(3)で述べたとおり、本件訂正発明1、2が、公然実施発明2又は公然実施発明1であるとはいえず、また、公然実施発明2又は公然実施発明1並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明3~10についても同様に、公然実施発明2又は公然実施発明1であるとはいえず、また、公然実施発明2又は公然実施発明1並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 なお、上記(2)ウ、(3)ウで検討した公然実施発明についても、同様である。 (5)まとめ 以上のとおり、本件訂正発明1及び3~5は、日本金属株式会社が、本件特許の優先日前に、日本冶金工業株式会社から、同社が市販していたオーステナイトステンレス鋼(商品名NAS304N2)を購入したことにより、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明(甲1~甲1の13、甲1の16~甲1の23、甲2~甲2の4)であるとはいえない。 また、本件訂正発明1~10は、日本金属株式会社が、本件特許の優先日前に、日本冶金工業株式会社から、同社が市販していたオーステナイトステンレス鋼(商品名NAS304N2)を購入したことにより、本件特許の優先日前に日本国内において公然実施をされた発明(甲1~甲1の13、甲1の16~甲1の23及び甲2~甲2の4)並びに甲1の14、甲1の15及び甲3~甲14に記載された事項及び本件特許の優先日当時の技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 したがって、請求人が主張する無効理由1(新規性)、無効理由2(進歩性)は、いずれも、理由がない。 3 無効理由3(サポート要件) 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以下、検討する。 (1)本件訂正発明1について ア 本件訂正発明1は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。 本件明細書の記載(【0002】~【0005】)によれば、本件訂正発明1が解決しようとする課題は、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼を提供することであると認められる。 イ 本件明細書には、上記課題を解決するためになされた発明として、「成分組成が、C:0.12質量%以下、Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、Mn:0.1質量%以上3.0質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下、Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、Mo:5.0質量%以下、Al:0.03質量%以下、Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下、及びN:0.10質量%以上0.50質量%以下を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であり、結晶粒度番号が7.0以上であるオーステナイト系ステンレス鋼」(【0006】)が記載されており、当該オーステナイト系ステンレス鋼は、上記成分組成及び結晶粒度を有するため、固溶強化や結晶粒の微細化により、高い強度(耐力及び引張強さ)を有し、また、実質的にオーステナイト(γ)相単相からなるため、フェライト(α)・オーステナイト(γ)二相ステンレス鋼と比較して、熱処理後の形状保持性が良好になること(【0007】、【0019】、【0021】)が記載されている。また、本件明細書には、上記の各成分の含有量の限定理由(【0022】~【0035】)が記載され、特に、C、Si、N、Cr、Moが固溶強化に寄与することが記載されている。 また、本件明細書には、上記オーステナイト系ステンレス鋼は、強度が優れるため、自動車エンジンの直噴高圧化にも十分対応可能であり、自動車燃料噴射管に好適に用いられ、また、熱処理後の形状保持性が良好であることからも、ろう付け熱処理がなされる自動車燃料噴射管に好適に用いられること(【0013】、【0050】)が記載されている。 これらの記載を含む本件明細書の記載(【0006】~【0019】、【0021】~【0035】、【0040】~【0042】、【0049】、【0050】)によれば、上記アの課題は、「成分組成」を「C:0.12質量%以下、Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、Mn:0.1質量%以上3.0質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下、Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、Mo:5.0質量%以下、Al:0.03質量%以下、Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下、及びN:0.10質量%以上0.50質量%以下を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であ」るものとし、「結晶粒度番号」を「7.0以上」としたオーステナイト系ステンレス鋼によって、解決できるとされている。 ウ そして、本件明細書には、実施例1~8及び比較例1~3が記載されているところ(【0061】~【0073】、表1、表2)、実施例1~8は、いずれも、上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号を有するオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。これに対して、比較例1は、上記イで指摘した成分組成を有するものの、結晶粒度番号が「5.5」(表1)であり、「7.0以上」を満たさないもの、比較例2は、上記イで指摘した結晶粒度番号を有するものの、Nbの含有量が「0.01質量%」(表1)であり、上記イで指摘した成分組成を満たさないもの、比較例3は、二相ステンレス鋼に関するものであり(【0061】、表1)、そもそも、オーステナイト系ステンレス鋼ではないものである。 これらの実施例及び比較例においては、0.2%耐力及び引張強さの測定(【0066】)、熱処理後反り量の測定(【0067】)が行われ、表2には、それらの結果が示されている。 上記の0.2%耐力及び引張強さの測定は、実施例1~7及び比較例1~3(板材)については、供試材(板材)から平行部がφ4×L15の引張試験片を作製し、実施例8(鋼管)については、JIS Z 2241に準拠した11号試験片を作製し、初期ひずみ速度2.0×10-3s-1で等速で試料を引っ張って、0.2%耐力及び引張強さを測定するものである。 上記の熱処理後反り量の測定は、供試材を用いてワイヤーカットにて長さ200mm×厚さ2.0mmの板材を作製し、両端から50mm位置の2点で支えた状態で1100℃×5min、空冷の条件で熱処理を行った後の板材の反り量を測定するものであり、当該測定は、画像データを用いて板材両端を結んだ線から引いた垂線の長さが最大となった時の長さを熱処理による反り量とするものである。 上記の結果によれば、実施例1~8において、0.2%耐力及び引張強さの評価がA(0.2%耐力が400MPa以上、引張強さが800MPa以上)又はB(0.2%耐力が370MPa以上400MPa未満、引張強さが710MPa以上800MPa未満)であることから、高い強度を有すること、また、熱処理後反り量がA(反り量が0.1mm以下)であることから、熱処理後の形状保持性が良好であることが示されているといえる。 そうすると、当業者であれば、上記実施例以外の場合であっても、上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号を有するオーステナイト系ステンレス鋼であれば、上記実施例の場合と同様に、高い強度を有し、熱処理後の形状保持性が良好であることが理解できるといえる。 エ ここで、本件訂正発明1に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、自動車燃料噴射管に用いられ、成分組成及び結晶粒度番号が上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号に包含されるものである。 オ 以上によれば、本件明細書の記載を総合すれば、自動車燃料噴射管に用いられ、成分組成及び結晶粒度番号が上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号に包含される本件訂正発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 したがって、本件訂正発明1については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (2)本件訂正発明2について ア 本件訂正発明2は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。 本件明細書の記載によれば、本件訂正発明2が解決しようとする課題は、本件訂正発明1の場合(上記(1)アを参照)と同様である。 イ 本件明細書の記載によれば、上記アの課題は、本件訂正発明1の場合(上記(1)イを参照)と同様の手段によって、解決できるとされている。 ウ そして、本件明細書には、実施例1~8及び比較例1~3が記載されているところ、本件訂正発明1の場合(上記(1)ウを参照)と同様の理由により、当業者であれば、上記実施例以外の場合であっても、上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号を有するオーステナイト系ステンレス鋼であれば、上記実施例の場合と同様に、高い強度を有し、熱処理後の形状保持性が良好であることが理解できるといえる。 エ ここで、本件訂正発明2に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、成分組成及び結晶粒度番号が上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号に包含されるものである。 オ 以上によれば、本件明細書の記載を総合すれば、成分組成及び結晶粒度番号が上記イで指摘した成分組成及び結晶粒度番号に包含される本件訂正発明2は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 したがって、本件訂正発明2については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (3)本件訂正発明3~7について 本件訂正発明3~7は、オーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。 本件明細書の記載によれば、本件訂正発明3~7が解決しようとする課題は、本件訂正発明1の場合(上記(1)アを参照)と同様である。 本件明細書には、本件訂正発明3~7における「最大結晶粒径が60μm以下である」こと(【0009】、【0043】~【0045】)、「0.20≦[%C]+[%N]≦0.40 ・・・ (2)」「(式(2)中、[%C]及び[%N]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」で表される「式(2)をさらに満たす」こと(【0010】、【0038】、【0039】)、「最大高さRyが、10μm以下である」こと(【0011】、【0046】~【0048】)、「シームレス鋼管である」こと(【0012】、【0049】)、「自動車燃料噴射管に用いられる」こと(【0013】、【0050】)について、記載されている。 ここで、本件訂正発明3~7は、本件訂正発明1又は2を直接又は間接的に引用するものであり、本件訂正発明1又は2の発明特定事項を全て備えるものであるが、上記(1)、(2)で述べたとおり、本件訂正発明1、2については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである以上、本件訂正発明3~7についても同様に、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (4)本件訂正発明8~10について ア 本件訂正発明8~10は、本件訂正発明1~7のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法に関するものである。 本件明細書の記載(【0002】~【0005】)によれば、本件訂正発明8~10が解決しようとする課題は、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法を提供することであると認められる。 イ 本件明細書には、オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法として、「鋼材に対して、一回の加工率が20%以上である冷間加工を行う工程(1)と、上記工程(1)の前後に設けられ、上記鋼材に対して熱処理を行う工程(2)とを備える」もの(【0051】~【0059】)が記載されている。 そして、上記熱処理工程における熱処理温度T(℃)について、式(3)を満たす、すなわち、「1,000≦T≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]+900 ・・・ (3)」、「(式(3)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」を満たすか、あるいは、「1,000℃以上1,200℃以下」とすることにより、熱処理による結晶粒の粗大化を抑制することができ、得られるオーステナイト系ステンレス鋼の強度を高めることができること(【0054】、【0056】)が記載されている。 これらの記載のほか、上記(1)イで指摘した記載を含む本件明細書の記載によれば、「鋼材に対して、一回の加工率が20%以上である冷間加工を行う工程(1)と、上記工程(1)の前後に設けられ、上記鋼材に対して熱処理を行う工程(2)とを備える」オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法において、上記熱処理工程における熱処理温度T(℃)を、「1,000≦T≦-2090[%C]+12.8[%Cr]+320[%N]+42.3[%Nb]+900 ・・・ (3)」、「(式(3)中、[%C]、[%Cr]、[%N]及び[%Nb]は、それぞれの成分の含有量(質量%)を表す。)」を満たすものとするか、あるいは、「1,000℃以上1,200℃以下」とすることによって、「成分組成」が「C:0.12質量%以下、Si:0.1質量%以上1.0質量%以下、Mn:0.1質量%以上3.0質量%以下、P:0.05質量%以下、S:0.01質量%以下、Cr:13.0質量%以上22.0質量%以下、Ni:4.0質量%以上12.0質量%以下、Cu:0.01質量%以上0.50質量%以下、Mo:5.0質量%以下、Al:0.03質量%以下、Nb:0.05質量%以上0.30質量%以下、及びN:0.10質量%以上0.50質量%以下を満たし、残部がFe及び不可避的不純物であ」り、「結晶粒度番号」が「7.0以上」である、高い強度を有し、熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼を製造することができ、上記アの課題が解決できるとされている。 ウ そして、本件明細書には、実施例1~8及び比較例1~3が記載されているところ、実施例1~8は、いずれも、上記イで指摘した条件を満たすオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法によるものである。上記(1)ウの検討も踏まえると、当業者であれば、上記実施例以外の場合であっても、上記イで指摘した条件を満たすオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法であれば、上記実施例の場合と同様に、所定の高い強度を有し、熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼を製造できることが理解できるといえる。 エ ここで、本件訂正発明8~10に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、各条件が上記イで指摘した条件に包含されるものである。 オ 以上によれば、本件明細書の記載を総合すれば、各条件が上記イで指摘した条件に包含される本件訂正発明8~10は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により上記アの課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。 したがって、本件訂正発明8~10については、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものである。 (5)請求人の主張について ア 請求人は、本件訂正発明1、2の成分組成及び結晶粒度番号の範囲が非常に広範な範囲に及んでいる一方で、本件明細書において具体的に効果が示されている実施例1~8のオーステナイト系ステンレス鋼の成分組成(Cr、Ni、Moの各濃度)及び結晶粒度番号は特定のものに限定されており、本件訂正発明1、2のオーステナイト系ステンレス鋼の全てにわたって課題が解決されうるか否かは、本件明細書の記載、特に実施例の記載を見ても理解できないと主張する(審判請求書64~66頁、審判事件弁駁書37~38頁)。 しかしながら、実施例の記載のみならず、本件明細書の記載全体を考慮すれば、本件訂正発明1~10について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは、上記(1)~(4)のとおりである。本件訂正発明1~10の成分組成及び結晶粒度番号の範囲が、実施例1~8の成分組成及び結晶粒度番号に比べて広範であるとしても、そのことのみで、本件訂正発明1~10について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものでないということはできない。 また、請求人は、単に、本件訂正発明1~10の成分組成及び結晶粒度番号の範囲が、実施例1~8の成分組成及び結晶粒度番号に比べて広範であることを指摘するのみであり、本件訂正発明1~10が、実際に課題を解決することができないものであることを具体的な根拠をもって主張しているわけでもない。 よって、請求人の主張は採用できない。 イ 請求人は、実施例5、6は本件訂正発明1の範囲内であるが、本件訂正発明1の範囲外の実施例7と比べて0.2%耐力や引張強さがより劣るものとなっており、課題を達成していると評価しうるかは疑問であると主張する(審判事件弁駁書38頁)。 以下検討すると、合金は、一般に、成分組成が異なれば、強度が異なったものとなることが通常であり、このことは、オーステナイト系ステンレス鋼についても同様である。本件訂正前にしても本件訂正後にしても請求項1の成分組成の範囲には、固溶強化に寄与するC、Si、N、Cr、Moの含有量が多いものや少ないものが含まれていることから、その含有量に応じて、強度(0.2%耐力及び引張強さ)が高いものとなったり低いものとなったりすると解される(実施例5、6は、実施例7に比べて、固溶強化に寄与するC、Si、N、Cr、Moの含有量が少ないため、強度(0.2%耐力及び引張強さ)が低いものとなっていると考えられる。)。 以上を踏まえると、本件訂正発明1のオーステナイト系ステンレス鋼は、固溶強化に寄与するC、Si、N、Cr、Moの含有量に応じて、強度(0.2%耐力及び引張強さ)の程度に差はあるとしても、一定程度の高い強度を有するものと理解できる。現に、本件明細書においては、実施例5、6について、0.2%耐力及び引張強さの評価がB(0.2%耐力が370MPa以上400MPa未満、引張強さが710MPa以上800MPa未満)であることから、高い強度を有するものとされている(【0072】、表1、表2)。 以上のとおりであるから、本件訂正発明1の範囲内である実施例5、6が、本件訂正発明1の範囲外である実施例7と比べて、強度(0.2%耐力及び引張強さ)が低いものとなっているとしても、そのことのみで、本件訂正発明1~10について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものでないということはできない。 よって、請求人の主張は採用できない。 ウ 請求人は、実施例6は本件訂正発明1の範囲内であるから、課題を達成するものであるが、そうすると、実施例6は式(1)を満たさずとも課題を達成するものとなっていることになるから、本件訂正発明2の式(1)の意義が不明であると主張する(審判事件弁駁書38頁)。 しかしながら、本件訂正発明2の式(1)の意義が不明であるか否かにかかわらず、本件訂正発明1~10について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは、上記(1)~(4)のとおりである。 なお、本件訂正発明2の式(1)については、上記1(2)ウで述べたとおりであり、所定の成分組成において、式(1)をさらに満たすことにより、ろう付け等の熱処理を施しても、結晶粒の粗大化が抑制されるため、熱処理後の鋼の強度低下が抑制されること等を踏まえ、本件訂正発明2においては、「式(1)をさらに満たす」ことを特定したものである。 いずれにしろ、請求人の主張は採用できない。 エ(ア)請求人は、本件訂正発明5は、本件訂正発明1~4の要件に加えて、さらに「最大高さRyが、10μm以下である」ことを要件とするものであり、その課題は、本件訂正発明1~4の課題に加えて、オーステナイト系ステンレス鋼の「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」(【0046】)ことであるところ、最大高さRyの上限が10μmを超える比較例3については、結晶粒度番号や最大結晶粒径、混粒の有無等が記載されていないため、実施例1~8とRyの数値のみにおいて異なる比較例になっていないから、「0.2%耐力」、「引張強さ」、「熱処理後反り量」(表2)の評価に、Ryの数値が関係しているか否かは不明であり、また、本件明細書には、「耐食性」及び「疲労強度」に係る試験結果や評価の記載は存在しないとして、本件訂正発明5は、当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないと主張する(審判請求書66~67頁)。 (イ)請求人の上記主張は、本件訂正発明5が解決しようとする課題に、「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」ことが含まれることを前提とするものと解される。 しかしながら、上記(3)で述べたとおり、本件訂正発明5が解決しようとする課題は、本件訂正発明1の場合と同様に、高い強度を有し、かつ熱処理後の形状保持性が良好なオーステナイト系ステンレス鋼を提供することであり、「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」ことが含まれるとはいえない。そして、本件訂正発明5について、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであることは、上記(3)のとおりである。 なお、本件明細書の記載(【0011】、【0046】~【0048】)によれば、「最大高さRyが、10μm以下」とすることにより、オーステナイト系ステンレス鋼表面の平滑性を高めることで、耐食性や疲労強度等を高めることができるため、本件訂正発明5においては、単にそのような好ましい場合に限定したにすぎないものと解される。 (ウ)仮に、請求人が主張するように、本件訂正発明5が解決しようとする課題に、「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」ことが含まれると解したとしても、本件明細書の記載(【0011】、【0046】~【0048】)によれば、最大高さRyを小さくすることにより、オーステナイト系ステンレス鋼表面の平滑性を高めることで、腐食や亀裂の起点となり得る部分が少なくなる結果、耐食性や疲労強度等を高めることができることは、当業者であれば理解できるといえる。そして、そのように理解できるのであれば、「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」という課題を解決できることは、当業者であれば理解できるといえる。 (エ)この点、請求人は、オーステナイト系ステンレス鋼表面の平滑性が高まれば、腐食や亀裂の起点となり得る部分が少なくなり、その結果、「耐食性や疲労強度等を高め」、「長寿命化を図る」傾向にあろうことは理解できるものの、「10μm以下」であればかかる傾向が一定の効果として認められる程度に顕著になるか否かは、10μmの内外の実験結果によらなければ理解できないと主張する(審判事件弁駁書39頁)。 しかしながら、請求人も認めるように、最大高さRyを小さくすることにより、上記のような傾向を示すことは、本件明細書の記載から当業者であれば理解できるものである。そうすると、最大高さRyがより小さい「10μm以下」であれば、最大高さRyがより大きい10μmを超える場合と比べて、相対的に耐食性や疲労強度等を高めることができることは、やはり当業者であれば理解できるといえる。 (オ)以上のとおりであるから、いずれにしろ、請求人の主張は採用できない。 (6)まとめ 以上のとおり、本件訂正発明1~10については、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものである。 したがって、請求人が主張する無効理由3(サポート要件)は、理由がない。 第7 むすび 以上のとおり、無効理由1~3はいずれも理由がなく、請求人の主張する無効理由及び証拠方法によっては、本件特許の請求項1~10に記載された発明についての特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法169条2項において準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人の負担とする。 よって、結論のとおり審決する。

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2021-800075

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