特許拒絶査定不服審判
2019-010835
潤滑医療注射デバイス内でエマルジョンアジュバントワクチンを貯蔵するための方法
- 審判番号
- 2019-010835
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2016-569632外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2019年08月15日
- 審決日
- 2020年09月07日
- 公報発行日
- 2021年03月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ベクトン ディキンソン フランス
- 【請求人代理人】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
- 分類
- P18 .121-Z (A61M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第17条の2第6項、特許法第17条の2第5項第2号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特願2016-569632「潤滑医療注射デバイス内でエマルジョンアジュバントワクチンを貯蔵するための方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年12月 3日国際公開、WO2015/181173、平成29年 7月20日国内公表、特表2017-519553〕について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)5月26日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年(平成26年)5月26日 欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年11月29日付け:拒絶理由通知
平成31年 1月29日 :意見書の提出
同年 4月26日付け:拒絶査定
令和 1年 8月15日 :審判請求書、同時に手続補正書の提出
第2 令和1年8月15日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和1年8月15日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正について(補正の内容)
(1)本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおり補正された(下線部は、補正箇所である。)。
「【請求項1】
潤滑剤コーティングを含む医療注射デバイス内でエマルジョンアジュバントワクチンを貯蔵するための方法であって、
(a)内側表面(21)を有する注射筒(2)を含む医療注射デバイス(1)を用意するステップと、
(b)前記ワクチンと接触することが意図される前記注射筒の前記内側表面(21)の少なくとも一部にシリコーン油層を形成するステップと、
(c)前記シリコーン油層の少なくとも一部を架橋し潤滑剤コーティング(5)を形成するように前記層の酸化性プラズマ処理を実施するステップと、
(d)前記注射筒を前記エマルジョンアジュバントワクチン(6)で充填するステップと、
前記注射筒(2)の前記内側表面とすべり係合するストッパ(3)を用意するステップと、
を含み、
前記ストッパを前記注射筒内で摺動運動を開始させる作動力が、12N未満であることを特徴とする方法。」
(2)本件補正前の特許請求の範囲の記載
本件補正前の、願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
潤滑剤コーティングを含む医療注射デバイス内でエマルジョンアジュバントワクチンを貯蔵するための方法であって、
(a)内側表面(21)を有する注射筒(2)を含む医療注射デバイス(1)を用意するステップと、
(b)前記ワクチンと接触することが意図される前記注射筒の前記内側表面(21)の少なくとも一部にシリコーン油層を形成するステップと、
(c)前記シリコーン油層の少なくとも一部を架橋し潤滑剤コーティング(5)を形成するように前記層の酸化性プラズマ処理を実施するステップと、
(d)前記注射筒を前記エマルジョンアジュバントワクチン(6)で充填するステップと
を含むことを特徴とする方法。」
2 補正の目的
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「エマルジョンアジュバントワクチンを貯蔵するための方法」の手順として、「前記注射筒(2)の前記内側表面とすべり係合するストッパ(3)を用意するステップ」を追加して限定するとともに、当該「ストッパ(3)」について、「前記ストッパを前記注射筒内で摺動運動を開始させる作動力が、12N未満である」とさらに限定するものであって、本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
3 独立特許要件
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反しないか)について、以下に検討する。
3-1 本願補正発明
本願補正発明は、上記1(1)に記載したとおりのものである。
3-2 引用文献の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用され、本願の優先権主張の日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった国際公開第2013/045571号(以下「引用文献」という。)には、図面とともに次の記載がある。なお、括弧内に付記した邦訳は、対応する日本語公報である特表2014-530059号公報における該当箇所の記載を主に援用した。
a:第2頁第7~14行
「Besides,such prefilled injection devices should also have good gliding properties i.e.a low gliding force to move the stopper within the container.
Moreover,if a coating is applied on the surface of the prefilled injection device, the integrity of the coating layer has to be maintained from the deposition of the layer on the surface(s) of the medical device until the injection of the drug to the patient.
It means that any delaminating or breaking phenomena of the layer are to be avoided.
This is particularly the case for lubrication layers that should be required to enhance the gliding properties of the injection devices. 」
(更に、このような充填済み注射装置はまた、容器内の栓を移動するための良好な滑り特性、すなわち低滑り力を備えている必要がある。
加えて、充填済み注射装置の表面にコーティングが適用された場合には、患者に薬剤が注射されるまで、各表面上の層の堆積物からコーティング層を保全しておく必要がある。
これは、層のいかなる剥離又は破壊現象を回避すべきであることを意味する。
これは、特に、注射装置の滑り特性を増強するために要求されるべき潤滑剤層の場合に当てはまる。)
b:第4頁第10~15行
「It is thus necessary to provide a medical injection device that exhibits a good compatibility with sensitive drugs stored inside for long time period in order to meet the pharmacopeia norms with regard to the level of particles in the drug, while still providing good performance with regard to the gliding of the stopper within the barrel, and where the lubrication layer keeps its integrity over time.
A goal of the invention is to provide such injection devices.」
(薬剤中の粒子のレベルに関して薬局方の基準を満たすために、長期間、内部に格納された感受性薬剤との良好な適合性を示し、その上、外筒内の栓が良好に滑るとともに潤滑剤層が期間に亘り保全性を保つ、医療用注射装置を提供することが必要である
本発明の目的は、そのような注射装置を提供することである。)
c:第8頁第18~32行
「Referring to Figure 1 , the injection device comprises a container, such as a barrel 2,and a stopper 3 in gliding engagement within the barrel 2.
・・・
The inner wall 21 of the barrel 2 is coated with a lubricant layer 5, which is a plasma-treated silicone layer. 」
(図1を参照すると、注射装置は、外筒2などの容器、および外筒2内に滑り勘合する栓3を備える。
・・・
外筒2の内壁21は、プラズマ処理されたシリコーン層である潤滑剤層5で被覆されている。)
d:第11頁第4~14行
「The coating in the medical container in accordance with an embodiment of the present invention also shows favorable mechanical properties. For example, no delaminating or break-up of the coating occurs under strong movement (from for example, transportation), as well as under dramatic changes in temperature. The coating remains attached to the barrel and no element is removed from it.
A further effect in accordance with an embodiment of the present invention is that the above-mentioned technical effects i.e. good gliding properties and favorable mechanical properties, remains stable during a long period of time, for example from 12 to 24 months.
This is particularly important when the prefilled medical container is stored in different conditions and positions, transport over long distances and then finally used to inject a pharmaceutical composition into a patient after a long period of storage after being filled. 」
(本発明の一実施形態に係る医療用容器内のコーティングはまた、良好な機械的特性を示している。例えば、温度の劇的な変化の下でも、(たとえば、輸送のための)強い動きの下でも、コーティングの剥離や崩壊は発生しない。コーティングは外筒に留まり、成分がそこから除去されることは無い。
本発明の実施形態による更なる効果は、良好な滑り特性及び良好な機械的特性などの、上記の技術的効果が、例えば、12~24ヶ月、長期間の間安定して発揮されることにある。
このことは、充填済み医療用容器が、充填された後、異なる条件や姿勢で保管され、長距離輸送した後、長期間保管後、そして最後に患者への医薬組成物を注射するために使用される場合には、特に重要である。)
e:第12頁第5~6行
「By pharmaceutical composition is meant any fluid manufactured in the pharmaceutical industry and delivered to patients in a therapeutic or diagnostic purpose.」
(医薬組成物は、治療又は診断目的で、製薬業界で製造され患者に送達される任意の流体を意味する。)
f:第20頁第14行~第22頁第8行
「31. A method of reducing a number of particles present on a surface of a coating or a number of particles released into a pharmaceutical composition contained in a medical injection device, the device comprising a barrel having a coated inner surface, a stopper in gliding engagement with the barrel, the pharmaceutical composition being in contact with the inner surface of the barrel, said method comprising, prior to disposing the pharmaceutical composition within the device, preparing the coating by:
(1) coating the inner surface of the barrel with a layer of a silicone oil; and
(2) exposing the silicone oil layer to a plasma treatment, thereby reducing the number of particles present on the inner surface of the coating or reducing the number of particles released into the pharmaceutical composition contained in the medical injection device as compared to a device comprising a barrel coated with silicone oil that is not plasma treated.
・・・
35. The method of claim 34, wherein the gliding force for moving the stopper within the barrel is between 1 and 8 N.
・・・
42. The method according to any of claims 30 or 31 , wherein the device is filled with said pharmaceutical composition to allow long term storage of the pharmaceutical composition meeting pharmacopeia norms with regard to the level of particles in the pharmaceutical composition.
・・・
44. The method according to any of claims 30 or 31 , wherein the composition within the device is one or more of a protein, a peptide, a vaccine, DNA, or RNA.
45. The method according to any of claims 30 or 31 , wherein the plasma treated silicone oil coating comprises a cross-linked silicone.
46. The method according to any of claims 30 or 31 , wherein at least 90% of a surface of the inner surface of the barrel is coated with silicone oil.
・・・
48. The method according to any of claims 30 or 31 , wherein the plasma treatment comprises an oxidative plasma treatment performed under a mixture of oxygen and argon.」
(【請求項31】
コーティングの表面に存在する粒子の数又は医療用注射装置に入れられた医薬組成物中に放出された粒子の数を減少させる方法であって、該注射装置は、コーティングされた内表面、外筒に滑り嵌合する栓、外筒の内表面と接触している医薬組成物を備えており、当該方法は、該注射装置で医薬組成物を配置する前に、コーティングを調製する以下のことを具備している。
(1)シリコーンオイル層で外筒の内面をコーティングすることと
(2)シリコーンオイル層をプラズマ処理に曝し、プラズマ処理していないシリコーンオイルで外筒をコーティングした注射装置と比較して、それにより、コーティングの内表面に存在する粒子の数を減少させ、あるいは医療用注射装置に入れられた医薬組成物中に放出される粒子の数を減少させること。
・・・
【請求項35】
前記外筒内の栓を移動させるための滑り力は1~8Nの間である、請求項34に記載の方法。
・・・
【請求項42】
医薬組成物中の粒子のレベルに関する薬局方規範に適合し医薬組成物の長期保存が可能である前記医薬組成物で前記注射装置が充填されている、請求項30又は31のいずれかに記載の方法。
・・・
【請求項44】
該注射装置内の組成物は、タンパク質、ペプチド、ワクチン、DNA、又はRNAの一つ又は複数である、請求項30又は31のいずれかに記載の方法。
【請求項45】
プラズマ処理したシリコーンオイルコーティングは架橋されたシリコーンを含む、請求項30又は31のいずれかに記載の方法。
【請求項46】
外筒の内表面の少なくとも90%がシリコーンオイルでコーティングされている、請求項30又は31のいずれかに記載の方法。
・・・
【請求項48】
プラズマ処理は、酸素とアルゴンの混合物の下で行う酸化プラズマ処理を含む、請求項30又は31のいずれかに記載の方法。)
続いて、図面を参照しつつ上記の各記載について検討する。
ア)摘記事項fの「医療用注射装置」(請求項31)は、「医薬組成物の長期保存が可能である前記医薬組成物で前記注射装置が充填されている」(請求項42)ことから、該「注射装置」が提供されると、医療用注射装置内で医薬組成物が長期間保存可能となるものといえるので、引用文献には、医療用注射装置内で医薬組成物を保存するための方法が実質的に記載されているものといえる。
イ)摘記事項fの「医療用注射装置」は、「コーティングされた内表面、外筒に滑り嵌合する栓、外筒の内表面と接触している医薬組成物を備えて」(請求項31)いることから、上記ア)の「方法」を行うための一ステップとして、内表面を有する外筒を含む医療用注射装置を用意するステップは、引用文献に実質的に記載されているといえる。同様に、外筒の内表面と滑り嵌合する栓を用意するステップも、引用文献に実質的に記載されているといえる。
ウ)摘記事項fの「外筒の内表面と接触している医薬組成物」(請求項31)、「シリコーンオイル層で外筒の内面をコーティングする」(請求項31)、「外筒の内表面の少なくとも90%がシリコーンオイルでコーティングされている」(請求項46)の記載から、引用文献には、上記ア)の「方法」を行うための一ステップとして、医薬組成物と接触する外筒の内表面の少なくとも90%にシリコーンオイル層をコーティングするステップが、実質的に記載されているといえる。
エ)摘記事項fの「シリコーンオイル層をプラズマ処理に曝し」(請求項31)、「プラズマ処理したシリコーンオイルコーティングは架橋されたシリコーンを含む」(請求項45)、「プラズマ処理は、酸素とアルゴンの混合物の下で行う酸化プラズマ処理を含む」(請求項48)の各記載に加え、摘記事項cの「外筒2の内壁21は、プラズマ処理されたシリコーン層である潤滑剤層5で被覆されている。」の記載を併せみれば、引用文献には、上記ア)の「方法」を行うための一ステップとして、シリコーンオイル層の少なくとも一部を架橋し潤滑剤層を形成するように前記シリコーンオイル層の酸化プラズマ処理を実施するステップが、実質的に記載されているといえる。
また、外筒は、医療用注射装置の一部であるから、医療用注射装置が潤滑剤層5を含むことも明らかである。
オ)摘記事項fの「注射装置で医薬組成物を配置する前に、コーティングを調製する」(請求項31)、「医薬組成物で前記注射装置が充填されている」(請求項42)の各記載から、引用文献には、上記ア)の「方法」を行うための一ステップとして、外筒を医薬組成物で充填するステップが、実質的に記載されているといえる。
カ)摘記事項fの「前記外筒内の栓を移動させるための滑り力は1~8Nの間である」(請求項35)の記載から、栓を外筒内で移動させる滑り力が、8N未満であることがわかる。
キ)摘記事項fの「該注射装置内の組成物は、タンパク質、ペプチド、ワクチン、DNA、又はRNAの一つ又は複数である」(請求項44)の記載から、「医薬組成物」(請求項31)をワクチンとする事項も引用文献に記載されている。
以上を総合すると、引用文献には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「潤滑剤層を含む医療用注射装置内で医薬組成物を保存するための方法であって、
(a)内表面を有する外筒を含む医療用注射装置を用意するステップと、
(b)前記医薬組成物と接触する前記外筒の前記内表面の少なくとも90%にシリコーンオイル層を形成するステップと、
(c)前記シリコーンオイル層の少なくとも一部を架橋し潤滑剤層を形成するように前記シリコーンオイル層の酸化プラズマ処理を実施するステップと、
(d)前記外筒を前記医薬組成物で充填するステップと、
前記外筒の前記内表面とすべり嵌合する栓を用意するステップと、
を含み、
前記医薬組成物はワクチンであり、
前記栓を前記外筒内で移動させる滑り力が、8N未満である方法。」
3-3 対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「潤滑剤層」は、その用語の意味ないし機能からみて、本願補正発明の「潤滑剤コーティング」に相当し、以下同様に、「医療用注射装置」は「医療注射デバイス」に、「保存」は「貯蔵」に、「内表面」は「内側表面」に、「外筒」は「注射筒」に、「接触する」は「接触することが意図される」に、「少なくとも90%に」は「少なくとも一部に」に、「シリコーンオイル層」は「シリコーン油層」に、「酸化プラズマ処理」は「酸化性プラズマ処理」に、「すべり嵌合」は「滑り係合」に、「栓」は「ストッパ」に、それぞれ相当する。
引用発明においては、「医薬組成物はワクチンであ」るから、引用発明の「医薬組成物」は、“ワクチン”である点で、本願補正発明の「エマルジョンアジュバントワクチン」と共通する。
また、引用発明における「栓」の「移動」が摺接を伴う移動であることは明らかであるから、引用発明の「外筒内で移動」は、本願補正発明の「注射筒内で摺動運動」に相当する。そして、引用発明の「栓を前記外筒内で移動させるための滑り力が、8N未満である」事項は、本願補正発明の「ストッパを前記注射筒内で摺動運動を開始させる作動力が、12N未満である」事項と、“ストッパを前記注射筒内で摺動運動させる力が、所定値未満である”点で共通する。
してみると、本願補正発明と引用発明とは、
「潤滑剤コーティングを含む医療注射デバイス内でワクチンを貯蔵するための方法であって、
(a)内側表面を有する注射筒を含む医療注射デバイスを用意するステップと、
(b)前記ワクチンと接触することが意図される前記注射筒の前記内側表面の少なくとも一部にシリコーン油層を形成するステップと、
(c)前記シリコーン油層の少なくとも一部を架橋し潤滑剤コーティングを形成するように前記層の酸化性プラズマ処理を実施するステップと、
(d)前記注射筒を前記ワクチンで充填するステップと、
前記注射筒の前記内側表面とすべり係合するストッパを用意するステップと、
を含み、
前記ストッパを前記注射筒内で摺動運動させる力が、所定値未満である方法。」
の点で一致し、次の各点で相違する。
(相違点1)
ワクチンが、本願補正発明では、「エマルジョンアジュバントワクチン」であるのに対し、引用発明では、エマルジョンアジュバントワクチンであるのか否か不明な点。
(相違点2)
ストッパを注射筒内で摺動運動させる力に関し、本願補正発明では、その力が「ストッパを前記注射筒内で摺動運動を開始させる作動力」であり、また、その大きさが「12N未満である」のに対し、引用発明では、その力がストッパを注射筒内で摺動運動を開始させる力であるのか否か不明であり、また、その大きさが8N未満である点。
3-4 判断
上記各相違点について検討する。
(1)相違点1について
例えば、特表2012-517417号公報に、「使用時に、有利には、本発明のワクチンは、組成物を投与される患者で誘発される免疫応答(体液性および/または細胞性)を増強する働きをすることができるアジュバントを含むことができる。水中油型エマルジョンアジュバント(特にスクアレンを含むもの)の存在は、季節性[67]および流行性[68、69]インフルエンザワクチンの免疫応答の株交差反応性を増強することがわかっている。」(【0074】)と開示されるように、患者の免疫応答を増強するため、ワクチンを、エマルジョンアジュバントを含むワクチンとして用いることは、本技術分野における従来周知の技術事項にすぎない。
引用文献には、「医薬組成物は、治療又は診断目的で、製薬業界で製造され患者に送達される任意の流体を意味する。」(摘記事項e参照)なる記載もあるところ、引用発明においても、患者の免疫応答の増強に伴うワクチンの効用増大は当然に期待されるところであるから、斯かる周知の技術を踏まえ、引用発明のワクチンを、上記「治療又は診断目的で、製薬業界で製造され患者に配達される」「流体」の一種である、エマルジョンアジュバントを含むワクチン、即ち「エマルジョンアジュバントワクチン」とすることは、当業者であれば容易になし得たことである。
(2)相違点2について
摘記事項aにおける「このような充填済み注射装置はまた、容器内の栓を移動するための良好な滑り特性、すなわち低滑り力を備えている必要がある。」、摘記事項bにおける「長期間、内部に格納された感受性薬剤との良好な適合性を示し、その上、外筒内の栓が良好に滑るとともに潤滑剤層が期間に亘り保全性を保つ、医療用注射装置を提供することが必要である。」等の記載からみて、引用発明の潤滑剤層は、ストッパの摺動移動に関し、良好な滑り特性を付与し、低滑り力を実現するためのものと把握できるので、引用発明における「滑り力が、8N未満である」とは、良好な滑り特性を表すための一指標であるものといえる。
引用発明における「滑り力」なる力の詳細は明らかではないが、一般に物体を摺動運動させるに当たり、その運動を妨げる力として静止摩擦力と動摩擦力があることは技術常識であることを踏まえると、引用発明において、ストッパの滑り特性を示すためのパラメータとして、ストッパに働く摩擦力のうちから静止摩擦力を採用すること、即ち、ストッパを注射筒内で摺動運動させる力を、「ストッパを前記注射筒内で摺動運動を開始させる作動力」とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
また、当該作動力の大きさを良好な滑り特性を達成できるよう好適化することも当業者による通常の創作能力の発揮にすぎないことから、その具体的な数値として、引用発明の「8N未満」と大差のない「12N未満」を選択することも当業者が適宜になし得た程度のことであって、しかも、「12N」なる値に臨界的意義を見出すこともできない。
(3)効果について
請求人は、審判請求書において、「大きな作動力は、注射時の傷害をもたらすおそれがあるため、長期間、実質的に安定した予測可能な作動力を保つことができるという顕著な効果を奏する。」と、本願補正発明の効果を主張する。
しかしながら、引用文献には「本発明の一実施形態に係る医療用容器内のコーティングはまた、良好な機械的特性を示している。例えば、温度の劇的な変化の下でも、(たとえば、輸送のための)強い動きの下でも、コーティングの剥離や崩壊は発生しない。コーティングは外筒に留まり、成分がそこから除去されることは無い。本発明の実施形態による更なる効果は、良好な滑り特性及び良好な機械的特性などの、上記の技術的効果が、例えば、12~24ヶ月、長期間の間安定して発揮されることにある。」(摘記事項d参照)と、引用発明においても、良好な滑り特性が長期間の間安定して発揮される旨の記載があり、請求人主張の上記効果は、引用発明から当業者が予測できる範囲内のものである。
また、本願補正発明の効果に関連し、本願の明細書には、「出願人は、そのようなエマルジョンが充填済み注射デバイスのシリコーンコーティングとの強い相互作用をもたらす可能性があることを見出した。具体的には、シリコーンは、エマルジョンの油相内に移動し、エマルジョン粒子サイズおよびこの相の組成を改変する可能性がある。・・・エマルジョンベースのワクチンアジュバントとの相互作用を示さず、または無視できる程度しか示さず、一方、安全かつ容易な注射の動きのために非常に良好なすべりを維持する潤滑剤コーティングを有する注射デバイスを有することが強く求められている。」(【0012】~【0014】)なる記載もあるが、引用発明では、「コーティングの剥離や崩壊は発生しない。コーティングは外筒に留まり、成分がそこから除去されることは無い。」(摘記事項d参照)というのであるから、「エマルジョンベースのワクチンアジュバントとの相互作用を示さず、または無視できる程度しか示さ」ないという効果も、引用発明から当業者が予測できる範囲内のものである。
よって、本願補正発明の効果は、いずれも引用発明から当業者が予測できる範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。
3-5 小括
よって、本願補正発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
4 本件補正についてのむすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし16に係る発明は、願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし16に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2の[理由]1(2)に記載のとおりのものである。
2 原査定の拒絶理由
原査定の拒絶の理由は、本願発明は、本願の優先権主張の日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献に記載された発明に基いて、その優先権主張の日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。
記
引用文献:国際公開第2013/045571号
3 引用文献の記載事項
引用文献の記載事項(引用発明)は、前記第2の[理由]3-2に記載したとおりである。
4 対比・判断
本願発明は、本願補正発明から、前記第2の[理由]2で検討した限定事項を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに他の事項を付加したものに相当する本願補正発明が、前記第2の[理由]3-3、3-4に記載したとおり、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。
第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2019-010835