特許無効審判
2016-800128
磁気記録媒体
- 審判番号
- 2016-800128
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2003-289577
- 登録番号
- 特許第4370851号(P4370851)
- 請求日
- 2016年11月09日
- 審決日
- 2018年11月06日
- 公報発行日
- 2019年10月25日
- 結論
- 請求成立(無効)
- 当事者
- 【請求人】富士フイルム 株式会社
- 【請求人代理人】小林 浩
- 【請求人代理人】黒川 恵
- 【請求人代理人】片山 英二
- 【請求人代理人】服部 誠
- 【請求人代理人】中村 閑
- 【請求人代理人】黒田 薫
- 【請求人代理人】佐志原 将吾
- 【請求人代理人】古橋 伸茂
- 【被請求人】ソニー 株式会社
- 【被請求人代理人】鮫島 正洋
- 【被請求人代理人】小栗 久典
- 【被請求人代理人】柳下 彰彦
- 【被請求人代理人】和田 祐造
- 【被請求人代理人】高橋 正憲
- 【被請求人代理人】丸山 真幸
- 審判長/審判官
- 審判長 酒井 朋広
- 審判官 井上 信一
- 審判官 國分 直樹
- 分類
- P1113.113-ZAB(G11B) / P1113.537-ZAB(G11B) / P1113.561-ZAB(G11B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第134条の2第9項、特許法第29条第1項第3号、特許法第134条の2第1項、特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第134条の2第6項、特許法第134条の2第3項、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
上記当事者間の特許第4370851号発明「磁気記録媒体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
平成30年 4月 9日付け訂正請求において、特許第4370851号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項2について訂正することを認める。
特許第4370851号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
本件特許第4370851号に係る出願は、平成15年8月8日の特許出願であって、平成21年9月11日に特許権の設定登録がなされたものである。
そして、以後の本件に係る手続の概要は以下のとおりである。
平成28年11月 9日 本件無効審判の請求
平成29年 1月20日 審判事件答弁書の提出
平成29年 1月20日 訂正請求(1回目)
平成29年 2月 6日 手続補正書(方式)(被請求人)の提出
平成29年 3月13日 審判事件弁駁書(1)及び(2)の提出
平成29年 5月 8日 審理事項の通知
平成29年 6月27日 口頭審理陳述要領書(請求人)の提出
平成29年 6月27日 口頭審理陳述要領書1~3(被請求人)の提出
平成29年 7月 3日 上申書(請求人)の提出
平成29年 7月11日 上申書(被請求人)の提出
平成29年 7月11日 口頭審理
平成29年 7月26日 上申書(請求人)の提出
平成29年 8月 9日 上申書(被請求人)の提出
平成29年11月 7日 訂正拒絶理由の通知
平成29年12月13日 意見書(被請求人)の提出
平成30年 1月26日 審決の予告
平成30年 4月 9日 訂正請求(2回目)
平成30年 4月 9日 上申書1及び2(被請求人)の提出
平成30年 4月16日 手続補正書(方式)(被請求人)の提出
平成30年 5月28日 弁駁書(3)及び(4)の提出
平成30年 8月20日 審判事件第二答弁書(弁駁書(3)について) の提出
平成30年 8月20日 上申書(弁駁書(4)について)(被請求人) の提出
平成30年10月 2日 上申書(被請求人)の提出
平成30年11月 1日 上申書(請求人)の提出
なお、先にした平成29年1月20日付けの訂正請求は、特許法第134条の2第6項の規定により取り下げられたものとみなす。
第2 訂正請求について
1.訂正の内容
本件審判の手続において被請求人がした平成30年4月9日付けの訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)は、特許第4370851号の明細書、特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、請求項1~2について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は、次のとおりである(下線は訂正箇所)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「非磁性支持体の一主面上に、少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と、少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、
上記非磁性支持体の他の一主面上に、バック層が形成されてなり、保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、
上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、
全厚12μm以下である磁気記録媒体。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
と記載されているのを、
「非磁性支持体の一主面上に、少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と、少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、
上記非磁性支持体の他の一主面上に、バック層が形成されてなり、保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、
上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、上記保磁力Hc〔kA/m〕が、210以上、221以下であり、
全厚12μm以下である磁気記録媒体(ただし、上記非磁性層の厚みが、1.1~2μmである磁気記録媒体を除く。)。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(3)訂正事項3
明細書の段落【0010】に
「本発明においては、非磁性支持体の一主面上に、無機粉末と結合剤とを含有する下層非磁性層と、強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、他の一主面上にバック層が形成された構成を有し、保磁力Hc〔kA/m〕とSFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、全厚12μm以下である磁気記録媒体を提供する。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
と記載されているのを、
「本発明においては、非磁性支持体の一主面上に、無機粉末と結合剤とを含有する下層非磁性層と、強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、他の一主面上にバック層が形成された構成を有し、保磁力Hc〔kA/m〕とSFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、上記保磁力Hc〔kA/m〕が、210以上、221以下であり、全厚12μm以下である磁気記録媒体(ただし、上記非磁性層の厚みが、1.1~2μmである磁気記録媒体を除く。)を提供する。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
に訂正する。
(4)引用関係の解消の求め
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項2を削除するものであるから、当該請求項についての訂正が認められる場合には、請求項2は、請求項1とは別途訂正することを求める。
2.訂正の適否についての判断
2-1.一群の請求項について
訂正前の請求項1及び2において、請求項2は請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1及び2に対応する訂正後の請求項1及び2は、特許法第134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
2-2.訂正事項1
訂正事項1は、以下の3つの訂正事項に分けることができる。
(a)訂正事項1-1
請求項1において、記録層の保持力Hc〔kA/m〕が、「210以上、221以下」であることを付加する。
(b)訂正事項1-2
請求項1において、式(2)の下限値を「2.2」から「2.5」に訂正する。
(c)訂正事項1-3
請求項1に係る「磁気記録媒体」から、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体」を除く。
そこで、まず上記(a)の訂正事項1-1について、訂正の目的についての要件を満たしているか否かを検討し、次いで他の訂正要件について検討する。
(1)訂正の目的について
上記訂正事項1-1は、訂正前の請求項1に係る発明において、記録層の「保持力Hc〔kA/m〕」の範囲が、「210以上、221以下」であることの限定を付加するものである。
したがって、訂正事項1-1は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
(2)新規事項の有無について
訂正事項1-1は、記録層の保持力Hc〔kA/m〕の下限値を「210」、上限値を「221」とするものであるが、本件特許明細書、特許請求の範囲又は図面において、記録層の保持力Hc〔kA/m〕の具体的な値について記載されているのは段落【0076】の【表1】のみであるところ、この【表1】によれば、保持力Hc〔kA/m〕の値は、「190」、「200」、「210」の3つのみが記載され、最も大きな値は実施例4の「210」である。したがって、かかる「210」を下限値(下限の境界値)とし、これよりも大きな値である「221」を上限値(上限の境界値)とすることは本件特許明細書等に記載されていないことである。また、記録層の保持力Hc〔kA/m〕の下限値を「210」とし、上限値を「221」とする示唆もない。
したがって、記録層の保持力Hc〔kA/m〕が、「210以上、221以下」であるとする訂正事項1-1は、本件特許明細書等に記載された事項ではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲を超えた内容を含むものであって、新たな技術的事項を導入するものである。
よって、訂正事項1-1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
ここで、被請求人は平成30年4月9日付け訂正請求書において、
(a)Hc〔kA/m〕を210以上とする点は、例えば、明細書の実施例4のHcの値を根拠とし、実施例及び比較例において好ましいとされるHcを下限値に特定する(Hcの下限値を実施例及び比較例で想定されている範囲よりもより狭める)ものであり、
(b)Hc〔kA/m〕を221以下とする点は、明細書の実施例、比較例のうち最も大きいRsである85%を、式(2)から導き出されるHc≦2.6×Rsに代入して算出された値であって、実施例及び比較例において想定されている式(2)におけるHcの上限値を特定するものであるから、
いずれも、明細書又は図面の全ての記載を統合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書等には、記録層の保持力Hc〔kA/m〕として「210」が下限値を示すと認められるような記載も示唆もなく、同様に、「221」が上限値を示すと認められるような記載も示唆もないことは上述したとおりである。被請求人は、Hc〔kA/m〕の下限値を210とする点に関して、下限値を実施例及び比較例で想定されている範囲よりもより狭めるものである旨主張しているが、かかる主張を踏まえると、【表1】によれば、実施例及び比較例で想定されているHcの範囲は190~210であるといえ、そうすると、Hc〔kA/m〕の上限値を221とすることは、実施例及び比較例で想定されているHcの範囲を超えるものである。
しかも、訂正後の請求項1に係る発明にあっては、実施例4が唯一の実施例であるといえるが(実施例2は、Hcの値が「200」であり、下限値である「210」よりも小さいから実施例ではなくなる。また、実施例3は、最適記録電流のリファレンス(実施例1)に対するズレが116%であり、実用上良好であると評価できる範囲を超えているから実施例とはならないと解される。)、かかる唯一の実施例といえる実施例4のHcの値「210」を下限値として用いながら、一方でRs〔%〕の値「85」のみを取り出して式(2)に代入して得られたHcの値を上限値としており、つまり、実施例としては唯一の実施例4を根拠に、Hcの下限値と上限値の双方を導き出そうとするものであるといえる。しかし、特に上限値の導出について、本件特許明細書等には、Rs〔%〕として「85」が上限値(上限の境界値)を示すと認められるような記載も示唆もないく、そもそも式(2)はHcの範囲を定める式ではない。したがって、たとえこの「85」という値を式(2)に代入してHc〔kA/m〕の値を算出しても、その値「221」が上限値を示すものであることの根拠にはならない(なお仮に、Rsの値として、【表1】に示される最も大きい値である「85」が上限値を示す値だとするならば、保持力Hc〔kA/m〕についてもその上限値は、【表1】で最も大きい値である「210」ということになるはずである。)ことからも、新たな技術的事項を導入するものであることは明らかである。
なお、被請求人は平成30年8月20日付け審判事件第二答弁書において、
(a)Hc〔kA/m〕の下限値を「210」とする点について、式(1)の記載(Hcと0.5ΔHとを加算した値を230以上とする)からも導き出すことができる自明な事項であると主張している。
しかしながら、Hc〔kA/m〕の値が「210」であっても、SFD(あるいはΔH)の値によっては式(1)を満たし得ることは自明な事項といえるが、「210」の値が下限の境界値を示すものであることまで自明な事項とはいえない。
(b)また、Hc〔kA/m〕の上限値を「221」とする点について、本件明細書に記載された磁気記録媒体のRsの値として85%が想定され得ることは、実施例・比較例の記載から自明であり、これに基づき式(2)において想定されるHcの上限が221〔kA/m〕となることも、本件明細書の記載から自明であると主張している。
しかしながら、確かにRsの値として85%が想定され得ることは、実施例・比較例の記載から自明であり、【表1】では「85」が最も大きい値であるものの、本件特許明細書等には、Rs〔%〕として「85」が上限値(上限の境界値)を示すと認められるような記載も示唆もなく、そもそも式(2)はHcの範囲を定める式でもないことから、たとえこの「85」という値を式(2)に代入してHc〔kA/m〕の値を算出しても、その値「221」が上限値を示すものであることの根拠にはならないことは上述したとおりである。
以上のことから、被請求人の主張はいずれも採用できない。
(3)まとめ
以上のとおり、上記訂正事項1-1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しないので、さらに他の訂正要件(実質上特許請求の範囲の拡張・変更の存否)について検討するまでもなく当該訂正は認められないものである。
したがって、訂正事項1-1を含む訂正事項1についても同様の理由により、訂正事項1-2及び訂正事項1-3について検討するまでもなく、当該訂正は認められない。
2-3.訂正事項2
(1)訂正の目的について
訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。また、請求項2は、請求項1を引用する請求項であったところ、当該請求項2が削除されることで引用関係も解消されることになるから、訂正事項2は、特許法第134条の2第1項ただし書第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものにも該当するといえる。
(2)新規事項の有無、実質上特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものにも該当せず、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
(3)独立特許要件について
請求項2は、本件無効審判の請求がなされていない請求項であるものの、訂正事項2は、当該請求項2を削除する訂正であるから、特許法第134条の2第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件の判断は要しない。
(4)まとめ
訂正事項2については、特許法第134条の2第1項ただし書第1号、第4号に掲げる事項を目的とし、かつ、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、当該訂正は認められる。
2-4.訂正事項3
(1)訂正の目的について
訂正事項3は、特許請求の範囲の請求項1の訂正(上記訂正事項1に係る訂正)に対応して、当該特許請求の範囲の請求項1の記載との整合を図るために明細書の記載を訂正するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当するといえる。
(2)新規事項の有無について
上記(1)に記載したとおり、訂正事項3は、訂正事項1に係る訂正に対応して、特許請求の範囲の請求項1の記載との整合を図るために明細書の記載を訂正するものであるところ、上記「2-2.」で検討したとおり、訂正事項1-1を含む訂正事項1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合せず、当該訂正は認められないのであるから、これに対応する訂正事項3についても同様に、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合せず、当該訂正は認められないものである。
(3)まとめ
訂正事項3は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しないので、さらに他の訂正要件(実質上特許請求の範囲の拡張・変更の存否)について検討するまでもなく当該訂正は認められない。
3.訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、訂正事項1(請求項1についての訂正)、及び訂正事項3(明細書の段落【0010】についての訂正)は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しないから、当該訂正は認められない。
訂正事項2(請求項2についての訂正)については、請求項の削除を目的とするとともに、請求項間の引用関係の解消を目的とする訂正であって、その訂正は認められるものであるところ、被請求人からは、請求項2について訂正が認められる場合には、請求項1とは別の訂正単位として扱われることの求め(引用関係の解消の求め)がなされていることから、訂正後の請求項〔2〕についての訂正を認める。
第3 本件特許発明
平成30年4月9日付け訂正請求は上記のとおり、訂正事項1(請求項1についての訂正)及び訂正事項3(明細書の段落【0010】についての訂正)は認められず、訂正事項2(請求項2についての訂正)は認められるところ、本件の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「非磁性支持体の一主面上に、少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と、少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、
上記非磁性支持体の他の一主面上に、バック層が形成されてなり、保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、
上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、
全厚12μm以下である磁気記録媒体。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
第4 当事者の主張
1.請求人の主張
請求人は、審判請求書、審判事件弁駁書(1)(2)、口頭審理陳述要領書、平成29年7月3日付け上申書、同年7月26日付け上申書、平成30年5月28日付け弁駁書(3)(4)、及び同年11月1日付け上申書において、「特許第4370851号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」ことを請求の趣旨とし、甲第1~25号証を提出して、訂正前の請求項1に係る発明については、次の無効理由を主張している。
[無効理由の概要]
(1)無効理由1(新規性欠如)
訂正前の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効理由2(新規性欠如)
訂正前の請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(3)無効理由3(進歩性欠如)
訂正前の請求項1に係る発明は、甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(4)無効理由4(進歩性欠如)
訂正前の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(5)無効理由5(進歩性欠如)
訂正前の請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(6)無効理由6(サポート要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例が実際には僅かに二つしか記載されておらず、また式(1)及び式(2)の技術的意義(式(1)及び式(2)を満たすとなぜ発明の課題が解決されるのか)を発明の詳細な説明の記載から理解することができず、特許を受けようとする発明である訂正前の請求項1に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから、訂正前の請求項1に係る発明は、特許法36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(7)無効理由7(実施可能要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明は、訂正前の請求項1に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでないから、特許法36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
[証拠方法]
甲第1号証:特開2002-183929号公報
甲第2号証:特開平11-185240号公報
甲第3号証:特開平9-22522号公報
甲第4号証:平成20年7月31日付け拒絶理由通知書
甲第5号証:平成20年10月3日付け意見書
甲第6号証:横山克哉「磁気記録技術入門」,総合電子出版社,1992年8月20日,21~22頁及び339頁
甲第7号証:井上勝也「磁気記録材料-物質の磁性と磁気テープのしくみ-」,化学教育,1985年,第33巻第1号33~36頁
甲第8号証:田原幸夫「情報用紙の最近の動き」,紙パ技協誌,1994年4月,第48巻第4号,23~34頁
甲第9号証:原田益水「VTRのすべて」(株)電波新聞社,1991年2月10日,44~45頁
甲第10号証:特開2003-30817号公報
甲第11号証:栃原重三「磁性塗料とその応用」,色材,1976年,49,612~625頁
甲第12号証:久野誠一「磁気記録用メタル粉の開発と事業化」,資源と素材,1995年,Vol.111,No.12,813~819頁
甲第13号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成28年10月31日付け提出の被告準備書面(2)
甲第14号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成28年10月31日付け提出の被告準備書面(3)
甲第15号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成29年3月24日付け提出の被告準備書面(5)
甲第16号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成29年3月3日付け提出の被告準備書面(6)
甲第17号証:特開昭62-175931号公報
甲第18号証:特開平9-153216号公報
甲第19号証:神戸大学准教授前田健による意見書
甲第20号証:特開平9-22522号公報
甲第21号証:特開平9-22523号公報
甲第22号証:特開2000-3511号公報
甲第23号証:特開2001-68318号公報
甲第24号証:第11回弁論準備手続調書(平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号)
甲第25号証:第3回口頭弁論調書(平成28年(ワ)第25956号、平成29年(ワ)第27366号)
2.被請求人の主張
被請求人は、訂正請求をしたうえで、審判事件答弁書、口頭審理陳述要領書1~3、平成29年7月11日付け上申書、同年8月9日付け上申書、同年12月13日付け意見書、平成30年4月9日付け上申書1及び2、同年4月16日付け手続補正書、同年8月20日付け審判事件第二答弁書(弁駁書(3)について)、同日付け上申書(弁駁書(4)について)、及び同年10月2日付け上申書において、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」ことを答弁の趣旨とし、乙第1~33号証を提出して、無効理由1~7に対して次のように主張している。
[答弁の概要]
(1)無効理由1(新規性欠如)について
訂正後の請求項1に係る発明と甲第1号証に記載された発明とは、以下の点で相違する。
・磁気記録媒体について、本件再訂正発明では、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体を除く」ものであるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、非磁性層の厚みはカレンダ処理前で1.5μmであり、カレンダ処理での厚さの減少を考慮しても、本件再訂正発明の除かれる範囲内のものである点。
・式(2)について、本件再訂正発明では、Hc/Rsの上限値は「2.6」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、実施例5のHc、Rsから計算されるHc/Rsは2.62であり、本件再訂正発明で特定する上限値を超えている点。
したがって、訂正後の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明と同一ではなく、新規性を有する。
(2)無効理由2(新規性欠如)について
訂正後の請求項1に係る発明と甲第2号証に記載された発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
・磁気記録媒体について、本件再訂正発明では、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体を除く」ものであるのに対し、甲第2号証に記載された発明では、下層非磁性層の厚みは1.2μmであり、本件再訂正発明の除かれる範囲内のものである点。
したがって、訂正後の請求項1に係る発明は、甲第2号証に記載された発明と同一ではなく、新規性を有する。
(3)無効理由3(進歩性欠如)について
訂正後の請求項1に係る発明と甲第3号証に記載された発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
・磁気記録媒体について、本件再訂正発明では、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体を除く」ものであるのに対し、甲第3号証に記載された発明では、非磁性層の厚みは1.8μmあるいは2μmであり、本件再訂正発明の除かれる範囲内のものであるか、非磁性層が設けられないものである点。
・Hcの値について、本件再訂正発明では、「210~221kA/m」の範囲であるのに対し、甲第3号証に記載された発明はこの範囲外のものである点。
・式(2)について、本件再訂正発明では、「2.5≦Hc/Rs≦2.6」であるのに対し、甲第3号証に記載された発明はHc/Rsがこの範囲外のものである点。
・本件再訂正発明では、「バック層」が設けられているのに対し、甲第3号証に記載された発明では、バック層が設けられていない点。
・磁気記録媒体の全厚が、本件再訂正発明では、「バック層」を含めて12μm以下である旨特定するのに対し、甲第3号証に記載された発明は、「バック層」を含まない全厚が規定されている点。
これら相違点については、甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することはできない。
したがって、訂正後の請求項1に係る発明は、進歩性を有する。
(4)無効理由4(進歩性欠如)について
訂正後の請求項1に係る発明と甲第1号証に記載された発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
・磁気記録媒体について、本件再訂正発明では、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体を除く」ものであるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、非磁性層の厚みはカレンダ処理前で1.5μmであり、カレンダ処理での厚さの減少を考慮しても、本件再訂正発明の除かれる範囲内のものである点。
上記相違点については、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することはできない。
したがって、訂正後の請求項1に係る発明は、進歩性を有する。
(5)無効理由5(進歩性欠如)について
訂正後の請求項1に係る発明と甲第2号証に記載された発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
・磁気記録媒体について、本件再訂正発明では、「非磁性層の厚みが1.1~2μmである磁気記録媒体を除く」ものであるのに対し、甲第2号証に記載された発明では、下層非磁性層の厚みは1.2μmであり、本件再訂正発明の除かれる範囲内のものである点。
・Hcの値について、本件再訂正発明では、「210~221kA/m」の範囲であるのに対し、甲第2号証に記載された発明はこの範囲外のものである点。
これら相違点については、甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することはできない。
したがって、訂正後の請求項1に係る発明は、進歩性を有する。
(6)無効理由6(サポート要件)
訂正後の請求項1に係る発明は、Hcの上限が221kA/mと限定されたので、HcのみならずSFD(あるいはΔH)を大きくして式(1)を満たすようにすることが明確になり、式(1)及び式(2)を満たせば当該発明の課題が解決されることは発明の詳細な説明の記載から明らかであるから、サポート要件は満たしている。
(7)無効理由7(実施可能要件)
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、訂正後の請求項1に係る発明の「磁気記録媒体」の製造方法やその使用について記載されているのであるから、実施可能要件は満たしている。
[証拠方法]
乙第1号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成28年10月31日付け提出の被告準備書面(1)
乙第2号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ヨ)第22102号事件における平成28年10月31日付け提出の債務者準備書面(1)
乙第3号証:木澤誠「ディジタル磁気記録」,(株)昭晃堂,1979年10月25日,155頁
乙第4号証:稲津稔 外2名「画像の記録と再生」,コロナ社,1981年7月10日,165頁
乙第5号証:横山克哉「磁気記録技術入門」,総合電子出版社,1989年2月25日,23~24頁及び26~28頁
乙第6号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成28年8月3日付け提出の訴状
乙第7号証:知財高裁平成21年(行ケ)第10180号判決
乙第8号証:知財高裁平成20年(行ケ)第10065号判決
乙第9号証:新村出[広辞苑],(株)岩波書店,2008年1月11日,1793頁
乙第10号証:浜松光電株式会社のウェブサイト(URL:http://www.hkd.co.jp/unit_conv/)
乙第11号証:前田健「特許法における明細書による開示の役割」,(株)商事法務,2012年7月1日,288~289頁及び360~361頁
乙第12号証:加藤志麻子「『進歩性の判断-合理的かつ予見性の高い判断のために-』現代知的財産法 実務と課題(飯村敏明先生退官記念論文集)」,一般社団法人発明推進協会,2015年7月4日,403~419頁
乙第13号証:田中昌利,古川裕実「発明の進歩性に関する知財高裁の近時の判断傾向の特徴」知財研フォーラム,Vol.86,56~65頁
乙第14号証:知財高裁平成19年(行ケ)第10378号判決
乙第15号証:前田健「『裁判例にみる進歩性判断とあるべき判断手法』現代知的財産法 実務と課題(飯村敏明先生退官記念論文集)」,一般社団法人発明推進協会,2015年7月4日,353~365頁
乙第16号証:中山信弘,小泉直樹「新・注解 特許法〔第2版〕【上巻】」,(株)青林書院,2017年10月5日,268~269頁
乙第17号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成29年12月8日付け提出の被告準備書面(12)(新規性欠如・進歩性欠如)
乙第18号証:特開平9-282639号公報
乙第19号証:特開2001-357511号公報
乙第20号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における平成29年12月8日付け提出の被告準備書面(12)(新規性欠如・進歩性欠如)
乙第21号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における技術説明会資料(原告説明用)
乙第22号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における技術説明会資料(原告補充説明用)
乙第23号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における技術説明会資料(被告説明用)
乙第24号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における原告第23準備書面(訂正要件・サポート要件)
乙第25号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における原告第24準備書面(新規性・進歩性)
乙第26号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における原告第25準備書面(充足論)
乙第27号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における原告第26準備書面(訂正要件、サポート要件)
乙第28号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における原告第27準備書面(新規性、進歩性)
乙第29号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における被告準備書面(17)(訂正要件違反・サポート要件違反)
乙第30号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における被告準備書面(18)(新規性欠如・進歩性欠如)
乙第31号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における被告準備書面(19)(非侵害論)
乙第32号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における被告準備書面(20)(訂正要件違反・サポート要件違反)
乙第33号証:東京地方裁判所に係属中の平成28年(ワ)第25956号事件における被告準備書面(21)(新規性欠如・進歩性欠如)
第5 無効理由に対する当審の判断
1.無効理由1(新規性欠如)
(1)甲第1号証の記載事項(なお、下線は当審で付与した。)
ア.「【請求項1】 非磁性支持体上に、下層非磁性層を介して強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層を設けた磁気記録媒体において、前記磁性層の抗磁力が2500~3500Oe(197.5~276.5kA/m)であり、長手方向の角型比が0.7~0.85であることを特徴とする磁気記録媒体。」
イ.「【0006】本発明は、本発明者らが、上記目的を達成すべく鋭意研究した結果、次のような知見を得、それらに基づいて完成されたものである。すなわち、エラーレートの低減は、出力の向上だけでは達成することができないこと、すなわち、テープ製造時に配向力を強め、高SQ化を達成し、表面性を確保するためにカレンダー処理を行い、磁性層が高充填化され、Bmが上昇し、それにより高出力記録媒体を得ることができたとしても、20MHzを越える記録周波数においては、特開平5-28464号記載の波形応答性が悪化し、エラーレートが悪化されることが分かった。本発明者らは、このエラーレートの悪化現象を回避するために種々検討した結果、出力の確保とエラーレートの低減を両立させ得る最適な角型比があることを見出した。また、本発明の目的を達成する上で、磁性層の抗磁力Hcを2500~3500Oe(197.5~276.5kA/m)にすることが肝要であることを見出した。ここで、Hcはテープ走行方向をいうが、Hcが2500Oe(197.5kA/m)未満では短波長出力を確保することができず、4000Oe(316kA/m)より大きいと記録に使用するヘッドが飽和してしまうので出力を確保できない。Hcは、2500~3500Oe(197.5~276.5kA/m)が適切であり、さらに好ましくは2700~3000Oe(213.3~237kA/m)である。要するに、本発明は、上記一定の磁性層の高Hc化と、磁性層の角型比を最適化することとを組み合わせることにより、高出力を確保しつつ、エラーレートを低減することを達成したものである。上記磁性層の角型比の最適化は、一定の下層厚みの最適化と相俟って、磁気記録媒体のスチール耐久性を向上させる効果があることも本発明者らは知見している。この効果は、磁性層表面への潤滑剤の供給と磁性体粒子の長手方向の角度分布、磁性層の断面方向の角度分布が広くなり、ヘッドと磁性層表面との摺動抵抗が減少するためと考えられる。
・・・・・(中 略)・・・・・
【0008】上記Hcは、振動試料型磁束計(東英工業社製)を用い、Hm10kOe(790kA/m)で測定したものである。また、本発明における磁性層の角型比の最適値は、0.7~0.85であり、好ましくは0.75~0.80である。テープ走行方向に直角な二つの方向の角型比は走行方向の角型比の80%以下となることが好ましい。」
ウ.「【0011】本発明で下層非磁性層に用いられる非磁性粉末は、金属酸化物、金属炭酸塩、金属硫酸塩、金属窒化物、金属炭化物、金属硫化物等の無機質化合物から選択することができる。・・
・・・・・(中 略)・・・・・
【0015】上記の各種非磁性粉末の中でも、特に好ましい非磁性粉末は二酸化チタン粉末とα-酸化鉄粉末であり、さらに特に好ましいのはα-酸化鉄(ヘマタイト)粉末である。・・」
エ.「【0021】さらにまた、下層非磁性層の結合剤(バインダー)、潤滑剤、分散剤、添加剤、溶剤、分散方法その他は後記する磁性層のそれらが適用できる。特に、結合剤量、種類、添加剤、分散剤の添加量、種類に関しては磁性層に関する公知技術が適用できる。」
オ.「【0026】さらにまた、磁性層に用いられる強磁性金属粉末は、空孔が少ない方が好ましく、その値は通常20容量%以下、好ましくは5容量%以下である。また形状については、先に示した粒子サイズについての特性を満足すれば、針状、米粒状、棒状、紡錘状等いずれの形状でも構わない。この強磁性金属粉末のSFDが0.6以下を達成するためには、強磁性金属粉末のHcの分布を小さくする必要がある。そのためには、ゲータイトの粒度分布をよくする、あるいはγ-ヘマタイトの焼結を防止する等の方法がある。」
カ.「【0027】磁性層に用いられる結合剤としては、従来公知の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、反応型樹脂やこれらの混合物が使用される。この磁性層に用いられる結合剤は、上記のとおり下層非磁性層に適用することができる。・・(以下、略)」
キ.「【0043】本発明の磁気記録媒体の厚み構成は、非磁性支持体の厚さが通常2.0~8.0μm、好ましくは3.0~7.5μm、さらに好ましくは4.0~7.0μmであり、下層非磁性層の厚さが通常0.2~4.0μm、好ましくは0.3~2.0μm、さらに好ましくは0.5~1.5μmである。また、非磁性支持体と下層非磁性層の間に密着性向上のための接着層を設けることができる。接着層の厚みは、通常0.01~2μm、好ましくは0.02~0.5μmである。また、非磁性支持体の磁性層側と反対側にバックコート層を設けてもかまわない。この厚みは、通常0.1~2μm、好ましくは0.3~1.0μmである。これらの接着層、バックコート層は公知のものが使用できる。 」
ク.「【0055】
実施例1~11、比較例1~7
〔磁性層塗布液成分〕
強磁性金属粉末 下記表1に示した磁性体粉末 100部
塩化ビニル系共重合体 10部
日本ゼオン製MR-110
ポリウレタン樹脂 6部
・・・・・(中 略)・・・・・
【0058】
〔下層非磁性層塗布液成分〕
非磁性粉体 80部
α-Fe2O3 ヘマタイト
長軸長 0.15 μm
BET法による比表面積 52 m2/g
pH 9
タップ密度 0.8
DBP吸油量 27 ~38 g/100g、
表面処理剤 Al=6at%、Si=7at%、P=1at%
カーボンブラック 20部
平均一次粒子径 16 mμ
DBP吸油量 80 ml/100g
pH 8.0
BET法による比表面積 250 m2/g
揮発分 1.5 %
塩化ビニル系共重合体 12部
日本ゼオン製MR-110
ポリエステルポリウレタン樹脂 5部
磁性層使用ウレタン樹脂と同じもの
・・・・・(中 略)・・・・・
【0059】上記磁性層塗布液成分と下層非磁性層塗布液成分について、各成分をオープンニーダで混練したのち、サンドミルを用いて分散させた。得られた分散液にポリイソシアネート(日本ポリウレタン(株)製コロネートL)を5部加え、さらにそれぞれにメチルエチルケトン、シクロヘキサノン混合溶媒40部を加え,1μmの平均孔径を有するフィルターを用いて濾過し、塗布液を調整した。得られた磁性層塗布液は乾燥後の厚さが0.25μmになるように、得られた下層非磁性層塗布液は乾燥後の厚さが1.5μmになるように、厚さ6.5μmで磁性層塗布面の中心線表面粗さが0.0015μmのポリエチレンテレフタレート支持体上に塗布を行い、両層がまだ湿潤状態にあるうちに5000G(0.5T)の磁力をもつコバルト磁石と6000G(0.6T)の磁力をもつソレノイドにより配向させた。角型(SQ)はソレノイド電流値を変えて作成した。乾燥後に、厚み0.5μmのバック層を塗布した。その後、金属ロールとエポキシ樹脂ロールから構成される7段のカレンダで温度100℃にて分速200m/minで処理を行い、6.35mmの幅にスリットし、1/4吋ビデオテープを作成した。
【0060】実施例1、比較例1~4はSQ0.84~0.88に調整した。実施例2~7、比較例5はSQ0.80~0.84に調整した。実施例8~11はSQ0.74~0.77に調整した。比較例6、7はSQ0.7以下に調整した。以上のようにして得られた実施例1~11および比較例1~7の磁気記録媒体の特性を下記の測定方法によって測定し、その結果を表2に示した。」
ケ.「【0063】
【表3】
」
・上記引用例に記載された「磁気記録媒体」は、上記「イ.」の記載事項によれば、高出力を確保しつつ、エラーレートを低減するために、磁性層の抗磁力Hcを所定の範囲とするとともに、角型比を所定の範囲に最適化するようにしたものであり、
より具体的には、上記「ア.」、「イ.」の記載事項によれば、非磁性支持体上に、下層非磁性層を介して強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層を設けた磁気記録媒体において、前記磁性層の抗磁力を2500~3500Oe(197.5~276.5kA/m)とし、角型比(長手方向)を0.7~0.85としたものである。
・上記「ウ.」、「エ.」、「カ.」、「ク.」の段落【0058】の記載事項によれば、下層非磁性層は、非磁性粉末および結合剤を含むものであり、非磁性粉末としてはα-酸化鉄(ヘマタイト)が特に好ましいものである(実施例でもα-酸化鉄が用いられている)。
・上記「キ.」の段落【0043】、「ク.」の段落【0059】の記載事項によれば、非磁性支持体の磁性層側と反対側にバックコート層が設けられる。
・上記「オ.」の記載事項によれば、強磁性金属粉末のSFDは0.6以下とされるものであるといえ、
上記「ク.」の段落【0060】、「ケ.」の【表3】によれば、【表3】は角型比SQを0.80~0.84の範囲に調整した実験例であり、特に「実施例5」に着目すると、抗磁力Hcが2660Oe、角型比SQが0.81、SFDが0.35である。
・上記「ク.」の段落【0059】の記載事項によれば、実施例では、カレンダ処理が行われる前において、非磁性支持体(ポリエチレンテフタレート支持体)の厚さは6.5μm、磁性層の厚さは0.25μm、下層非磁性層の厚さは1.5μm、バックコート層の厚さは0.5μmである。
ただし、上記「ケ.」の【表3】中の「上層」が磁性層を意味するとするならば、磁性層の厚さはカレンダ処理後においても0.25μmであると解される。
したがって、特に「実施例5」に係るものに着目し、上記記載事項及び図面を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「非磁性支持体の一方の面上に、非磁性粉末であるα-酸化鉄および結合剤を含む下層非磁性層を介して、強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層が設けられ、
前記非磁性支持体の前記磁性層側と反対側に、厚みがカレンダ処理前において、0.5μmのバックコート層が設けられ、
前記磁性層の抗磁力Hcが2660Oe、角型比SQが0.81、SFDが0.35であり、
カレンダ処理前において、非磁性支持体の厚さが6.5μm、下層非磁性層の厚さが1.5μm、磁性層の厚さが0.25μmである、磁気記録媒体。」
(2)対比・判断
本件特許発明と甲1発明とを対比する。
ア.甲1発明における「非磁性支持体の一方の面上に、非磁性粉末であるα-酸化鉄および結合剤を含む下層非磁性層を介して、強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層が設けられ」によれば、
甲1発明における「非磁性支持体」、「非磁性粉末であるα-酸化鉄」、「結合剤」、「下層非磁性層」、「強磁性粉末」、「磁性層」は、それぞれ本件特許発明でいう「非磁性支持体」、「無機粉末」、「結合剤」、「非磁性層」、「強磁性粉末」、「磁性層」に相当し、
本件特許発明と甲1発明とは、「非磁性支持体の一主面上に、少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と、少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成され」てなるものである点で一致する。
イ.甲1発明における「前記非磁性支持体の前記磁性層側と反対側に、厚みがカレンダ処理前において、0.5μmのバックコート層が設けられ」によれば、
甲1発明における「バックコート層」は、本件特許発明でいう「バック層」に相当し、
本件特許発明と甲1発明とは、「上記非磁性支持体の他の一主面上に、バック層が形成され」てなるものである点で一致する。
ウ.甲1発明における「前記磁性層の抗磁力Hcが2660Oe、角型比SQが0.81、SFDが0.35であり」によれば、
まず、甲1発明における抗磁力Hcの値「2660Oe」を、〔kA/m〕の単位に換算する。甲第1号証の段落【0008】に記載された10kOe(790kA/m)で換算すると、2660Oe≒210kA/mであるから、
甲1発明において、抗磁力(保持力)Hc=210kA/m、角型比SQ(Rs)=0.81(81%)、SFD=0.35であることから、
(a)「Hc×(1+0.5×SFD)」≒247であり、
本件特許発明で特定する式(1)の「230≦Hc×(1+0.5×SFD)」という範囲(条件)を満たし、
(b)「Hc/Rs」=2.592・・・≒2.6であり、
本件特許発明で特定する式(2)の「2.2≦Hc/Rs≦2.6」という範囲(条件)を満たす。
したがって、本件特許発明と甲1発明とは、「保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」ている点で一致するということができる。
エ.甲1発明における「・・厚みがカレンダ処理前において、0.5μmのバックコート層が設けられ・・・・カレンダ処理前において、非磁性支持体の厚さが6.5μm、下層非磁性層の厚さが1.5μm、磁性層の厚さが0.25μmである、磁気記録媒体。」によれば、
甲1発明における「磁気記録媒体」は、本件特許発明における「磁気記録媒体」に相当し、
甲1発明における磁気記録媒体の全厚は合計すると、カレンダ処理前において8.75μmであり、カレンダ処理における厚みの変動を考慮したとしても、本件特許発明で特定する「全厚12μm以下」の範囲(条件)を満たすことは明らかである。
したがって、本件特許発明と甲1発明とは、「全厚12μm以下である磁気記録媒体」である点で一致する。
よって、本件特許発明と甲1発明とは、
「非磁性支持体の一主面上に、少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と、少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり、
上記非磁性支持体の他の一主面上に、バック層が形成されてなり、保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、
上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、
全厚12μm以下である磁気記録媒体。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」
である点で一致し、相違するところがない。
したがって、本件特許発明は、甲第1号証に記載された発明である。
よって、本件特許発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
(3)被請求人の主張について
ア.甲1発明は、式(2)を満たさないこと
被請求人は、平成30年4月9日付け上申書1において、甲1発明について、抗磁力Hcの値「2660Oe」を〔kA/m〕の単位に換算するに際し、1kA/m=4πOeの換算式を用いて厳密に計算すると、Hcの値は2660Oe≒212kA/mであり、Hc/Rsの値は、212/81≒2.62となり、本件特許発明の式(2)で特定する上限値の2.6を超えている点で相違する旨主張している。
しかしながら、Hc/Rsの計算について、本件特許明細書の段落【0076】の【表1】に示される実施例3では、Hc/Rs=210/80=2.625であるところを「2.6」としており、また、実施例4では、Hc/Rs=210/85≒2.47であるところを「2.5」としているように、有効桁は小数点第一位までである。したがって、甲1発明にあっても、仮に被請求人が主張する1kA/m=4πOeの換算式を用いたとしても、有効桁を小数点第一位までに揃えると、Hc/Rs≒2.62→「2.6」であり、本件特許発明の式(2)で特定する範囲(条件)を満たすことになるから、相違点とはならない。
よって、被請求人の上記主張は採用できない。
イ.甲第1号証の「特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明の実施例1~11以外の記載」と「実施例1~11の記載」との技術的な矛盾
被請求人は、口頭審理陳述要領書1、平成29年7月11日付け上申書、同年8月9日付け上申書、同年12月13日付け意見書、平成30年4月9日付け上申書1、及び同年8月20日付け上申書(弁駁書(4)について)において、甲第1号証の記載には、以下の(a)~(e)の点で技術的な矛盾があるから、甲第1号証は、「当業者が特別の思考を経ることなく、容易にその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されている」(裁判実務)、又は「当業者がその物を作れることが明らか」(特許庁審査基準)ということはできず、甲第1号証に記載された発明を、特許法第29条第1項第3号の「刊行物に記載された発明」として認定することはできない旨主張している。
(a)特許請求の範囲に規定される保持力の範囲にするために好適と明記されている強磁性粉末(磁性体E)では、当該保持力が達成できない実験結果(比較例4,5)になっていること。
(b)特許請求の範囲に規定される角型比の範囲(0.85以下)を得ることができない配向条件で実施されている〔具体的には、段落【0059】に記載された実施例の配向処理の条件(特にソレノイドの磁力)が、段落【0050】に記載された配向処理の条件(特にソレノイドの磁力)と一致しない〕にもかかわらず、0.74というような小さな角型比を有する磁気記録媒体(実施例10)が得られていること。
また、技術常識に鑑みると、ソレノイド電流を変化させて角型比(SQ)を実施例・比較例に記載の0.61(比較例6)~0.88(比較例2)と30%近く広範に変化させる具体的な方法を認識できない。
(c)段落【0006】には「・・上記磁性層の角型比の最適化は、一定の下層厚みの最適化と相俟って、磁気記録媒体のスチール耐久性を向上させる効果があることも本発明者らは知見している。・・」と記載されているところ、実施例(比較例)の実験結果を示す表2~6には、下層非磁性層の厚さについて実測値が記載されていないこと。
(d)段落【0061】には「・・3)BER測定(ビットエラーレート測定)・・・1×10-5以下を良好なエラーレートと判断した。」と記載されているにもかかわらず、実施例4以外の全ての実施例でBERが「1×10-5以下」となっておらず、課題を解決できないものとなっていること。
(e)段落【0055】~【0059】の記載によれば、カレンダ処理(条件)は全ての実施例・比較例において共通であるとされており、乾燥後の磁性層の厚さを0.25μmと共通にしている以上、カレンダ処理後の磁性層の厚さも実施例・比較例で同程度のものと考えるのが技術常識である。ところが、実施例7(磁性層:0.05μm)や実施例6(磁性層:0.12μm)は他の実施例よりも極端に磁性層の厚さが薄くなっており、また、実施例1~3、10(磁性層:0.26μm)ではカレンダ処理の前よりも増加しており、これらは技術常識に反している。
しかしながら、
上記(a)について
磁性層の保持力(抗磁力)は、甲第1号証の段落【0007】に記載された「好適」とされる強磁性粉末(磁性体E)の組成だけで決まるものではないことは当業者にとって自明なことであり、磁性体Eを用いているからといって保持力(抗磁力)が必ず特許請求の範囲に規定される範囲となるわけでもなければ、他の組成の強磁性粉末(磁性体Aなど)では保持力(抗磁力)が特許請求の範囲に規定される範囲とならないわけでもない(なお、そもそも甲第1号証に記載された発明は、その特許請求の範囲の記載から明らかなように、特定の強磁性粉末を用いることを技術的特徴とするものでもない。)。したがって、好適とされる磁性体Eが比較例のみに用いられているとしても、「甲1発明」の認定を阻害するものではない。
上記(b)について
甲第1号証の段落【0050】には「・・本発明の磁気記録媒体は、強力な配向により角型比が0.85以上になるとエラーレートが悪化するので、例えばソレノイドの磁場を1000G(0.1T)以下、好ましくは800G(0.08T)以下に設定し、角型比を調整する要がある。」と記載され、一方、段落【0059】には「・・6000G(0.6T)の磁力をもつソレノイドにより配向させた。角型(SQ)はソレノイド電流値を変えて作成した。」と記載されており、両記載に接した当業者であれば、最大6000Gの磁力をもつソレノイドを用い、ソレノイドに流す電流値を変えることによってソレノイドにより発生する磁場の調整を適宜行い、角型比が0.85以下となるような適切な磁力(1000G以下、好ましくは800G以下)の設定を行っているものと解し得るところであって、必ずしも段落【0059】に記載された実施例の配向処理の条件が、段落【0050】に記載された配向処理の条件と矛盾するものではない。したがって、たとえ段落【0050】の記載と段落【0059】の記載との対応関係に一部明確性に欠くところがあったとしても、「甲1発明」の認定を阻害するほどの技術的矛盾があるとまではいえない。
なお、被請求人は、実施例・比較例ではソレノイド電流を変化させて角型比(SQ)を30%近く広範に変化させている旨指摘しているが、そもそも「甲1発明」は、【表3】に示されている角型比SQを0.80~0.84の範囲に調整した実験例である「実施例2~7」のうちの「実施例5」に基づくものであるところ、この【表3】の実験例では、ソレノイド電流を変化させて調整される角型比SQは4%ほどにすぎない。
上記(c)について
甲第1号証に記載された発明のそもそもの技術的特徴は、段落【0006】において被請求人が指摘する上記記載の前に「・・要するに、本発明は、上記一定の磁性層の高Hc化と、磁性層の角型比を最適化することとを組み合わせることにより、高出力を確保しつつ、エラーレートを低減することを達成したものである。」と記載され、また、特許請求の範囲(請求項1)の記載からも明らかなように、高出力を確保しつつ、エラーレートを低減するために、磁性層の抗磁力(Hc)の範囲と角型比(SQ)の範囲の組合せを最適化した点にあるといえる。実施例(比較例)の下層非磁性層の厚さとしては、段落【0059】に1.5μmとしたことが記載されていることも踏まえると、たとえ実施例(比較例)の実験結果に下層非磁性層の厚さの実測値が記載されていないとしても、「甲1発明」の認定を阻害するほどのものではない。
上記(d)について
甲第1号証の【表2】の下には「注:角型比が0.85以上でBERが10-5台に到達せず、・・」と記載され、また、角型比をそれぞれ所定の範囲に調整した実験例である【表2】~【表5】をみると、BERの値は、すべての実施例において10-5台であり、すべての比較例において10-4台であることからして、例えば段落【0061】の「・・1×10-5以下を良好なエラーレートと判断・・」なる記載の下線を付した部分は、「1×10-4以下」の誤記であると認められ、すべての実施例において良好なエラーレートが得られていると見てとることができ、「甲1発明」の認定を阻害するような技術的矛盾があるとまではいえない。
上記(e)について
「甲1発明」は、「実施例5」に基づいて認定したものであるところ、実施例5では、磁性層の厚さは、カレンダ処理が行われる前で0.25μmであり、【表3】中の「上層」が磁性層を意味するとするならば、カレンダ処理後においても0.25μmであるから、カレンダ処理前後で同等であり、技術常識に反するものではない。したがって、「甲1発明」の認定に直接関係のない他の実施例や比較例において、磁性層の厚みに関して技術的な矛盾があるとしても、「甲1発明」の認定を阻害するものではない。
そして、上記(a)~(e)の点を総合的にみても、そもそも甲第1号証の段落【0054】~【0059】の実施例に関する記載等によれば、磁性層塗布液成分や下層非磁性層塗布液成分など磁気記録媒体を製造するうえで必要な材料について詳しく記載され、また、製造工程についても、テープ状の磁気記録媒体の製造工程として一般的な工程であり、特別新規な製造工程を経たり、特別新規な製造装置を用いたりしているわけではないことも考慮すると、「甲1発明」は、甲第1号証に「当業者が特別の思考を経ることなく、容易にその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されて」いるといえ、又は「当業者がその物を作れることが明らかでない場合」に該当するほどのものではなく、「甲1発明」を、特許法第29条第1項第3号の「刊行物に記載された発明」として認定することはできないとまではいえない。
よって、被請求人の上記主張は採用できない。
ウ.引用発明の認定における後知恵
被請求人は、平成29年8月9日付け上申書において、無効理由4(進歩性欠如)における甲第1号証に記載された発明の認定について、特定の実施例の記載を上位概念化してHc、SQ及びSFDのみを抽出し、特定の強磁性粉末(磁性体A)に限定されない公知発明の認定は、後知恵の混入(本件特許発明を意識した上位概念化)である旨主張しているので、一応、「甲1発明」についても検討しておく。
「甲1発明」の認定にあたっては、本件特許発明の発明特定事項に対応する技術事項が客観的、具体的に認定されるべきものであり、本件特許発明の発明特定事項に関連しない技術事項まで認定する必要はないといえる。そして、本件特許発明では、強磁性粉末の組成等については何ら特定されていない(つまり、特定の強磁性粉末に限定されない)のであるから、「甲1発明」の認定においても、特定の強磁性粉末(磁性体A)に限定する必要まではなく(なお、甲第1号証に記載された発明についても、その特許請求の範囲の記載から明らかなように、特定の強磁性粉末を用いることを技術的特徴とするものではない)、これが限定されていないとしても後知恵の混入(本件特許発明を意識した上位概念化)であるとはいえない。
よって、被請求人の上記主張は採用できない。
2.無効理由6(サポート要件)
本件特許発明において、「・・保磁力Hc〔kA/m〕と、SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が、下記式(1)の関係を有し、上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と、角形比Rs〔%〕とが、下記式(2)の関係を有し、・・・・
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」とあることに関し、請求人によるいわゆるサポート要件違反の理由としては、次のような主張を含んでいる。
本件特許発明は、いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ、そのような発明において、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するものと解される(知財高裁平成17年11月11日判決、平成17年(行ケ)10042号)ところ、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
・式(1)が示す範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が当業者が理解できる程度に記載されていない。
・実施例がわずか3つ(より具体的には請求人は2つと主張)、比較例が2つのみ記載されているだけであり、式(1)及び式(2)を満たすどのようなHc,SFD,Rsの組合せであっても所望の効果が得られるとは認識できない。
したがって、本件特許発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできない。
そこで、特に式(1)に注目して、いわゆるサポート要件を満たしているか否かについて検討する。
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるところ、
本件特許発明のように、磁性層の特性値を表す三つの技術的なパラメータ(保持力Hc、SFD、角形比Rs)を用いた2つの数式(式(1)及び(2))により示される範囲をもって特定した物を構成要件とする、いわゆるパラメータ発明にあっては、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば、所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要するといえる(知財高裁平成17年11月11日判決:平成17年(行ケ)10042号、知財高裁平成29年6月8日判決:平成28年(行ケ)10147号)。
これに対して、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、解決しようとする課題について、段落【0009】に「・・電磁変換特性が良好で、かつ安定したエラーレート特性を実現可能な、大容量型の磁気記録媒体を提供すること」と記載され、より具体的には、段落【0011】に「実用上充分な再生出力を得るための記録電流特性の向上が図られ、記録電流値を大きくすることなく、充分な再生出力が得られるように」する旨記載されている。また特に、式(1)を満たすことにより得られる効果については、段落【0012】に「・・上記式(1)の関係を満たすようにしたことにより、記録電流vs再生出力特性カーブ、いわゆる記録電流カーブにおいて、良好なオーバーカレント特性が得られた。」と記載され、段落【0079】に「例えば、実施例3、実施例4においては、記録電流特性がリファレンス(実施例1)の1に対して1.2となっており、極めて広い記録電流範囲において高い再生出力が得られた。この記録電流特性の値が大きいと、VTR用磁気ヘッドが、継続的な使用による摩耗で最適記録電流が変化したとしても、良好なエラーレート特性が確保できるという効果を発揮でき、商品としての耐久性の向上が図られる。」と記載されている。そして、被請求人は、答弁書及び口頭審理陳述要領書において、式(1)の右辺は、Hc×(1+0.5×SFD)=Hc+0.5ΔHと表現(変形)でき、発明の詳細な説明、特に実施例2と実施例4との比較により理解されるように、HcのみならずSFD(あるいはΔH)を大きくして式(1)を満たすようにすることで、実用上の消費点力を抑制しつつ、オーバーカレント特性を改善(磁気ヘッドが摩耗してオーバーカレント状態となった場合における記録の消去を抑制)できるという技術的意味を有する旨主張している。
しかしながら、本件特許発明においては、Hcの上限値(具体的には、230kA/m未満の値)やSFDの下限値が特定されているわけでもなく(加えて言えば、Rsの上限値も特定されているわけではない)、式(1)からは、被請求人が主張するように「HcのみならずSFD(あるいはΔH)を大きく」しているとまではいえず、式(2)を考慮しても、通常採用されるHcの値であればSFD(あるいはΔH)を大きくしなくても式(1)を満たし得る、つまりHcの値のみ大きくてもよいと解されるものである。例えば、Hcが230kA/mを超える値であれば、SFDの値は大きくなくてもその値にかかわらず式(1)を満たすことになる。
一方、本件特許明細書の発明の詳細な説明では、本件特許発明の具体例として、実施例2(Hc:200kA/m,SFD:0.30)、実施例3(Hc:210kA/m,SFD:0.357)、実施例4(Hc:210kA/m,SFD:0.341)の3つの実施例が記載され(なお、実施例3については、最適記録電流のリファレンス(実施例1)に対するズレが116%であることから、本件特許明細書の段落【0075】によれば実用上良好であると評価できる範囲を超えており、この点において本件特許発明の実施例とはならないとも解される)、比較例1(Hc:210kA/m,SFD:0.350)、比較例2(Hc:190kA/m,SFD:0.229)の2つの比較例が記載されているのみであり、例えば、上述のように式(1)(及び式(2))を満たすものの、Hcが上記実施例の210kA/mを超えてさらに230kA/mをも上回るような値をとり、かつSFDが上記実施例の0.341や0.357を大きく下回る小さな値(例えば甲第2号証の実施例1~6のように0.18~0.24)をとる実施例などが示されているわけでもなく、このような場合まで本件特許発明に含まれるとは、発明の詳細な説明の記載から当業者が理解することはできない。
したがって、本件出願時の技術常識を参酌しても、式(1)が示す範囲内であれば、すなわち式(1)が示すすべての範囲において、所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載しているとはいえない。
以上のことから、本件特許発明は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えて特許を請求するものであるといえ、サポート要件を満たしているということはできない。
よって、本件特許発明についての特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
<被請求人の主張について>
ア.サポート要件の判断に用いる規範について
被請求人は、平成29年6月27日付け口頭審理陳述要領書2、同年12月13日付け意見書、及び平成30年8月20日付け審判事件第二答弁書において、知財高裁平成17年11月11日判決:平成17年(行ケ)10042号や知財高裁平成29年6月8日判決:平成28年(行ケ)10147号における「パラメータ発明」は、発明を規定する式自体に技術的意義がなく(式は実験データに基づく人為的に作製されたものであって)、実験データ(具体例)に基づかないと当該式を用いる技術的意義及び効果の説明ができない類型のものであって、磁気記録媒体のヒステリシス曲線に関連づけられて設計され、式自体に技術的意義がある本件訂正発明とは異なるものであり、本件特許のサポート要件判断の規範としては採用できない旨主張している。
しかしながら、式(1)は当該技術分野において採用されている(知られている)ような式ではなく、また、本件特許明細書をみても、段落【0018】~【0019】においてSFDの説明のためにヒステリシス曲線について言及しているものの、式(1)をヒステリシス曲線にどのように基づいて設計したのか具体的な記載(説明)は何らなされていない。むしろ、本件特許明細書の段落【0020】の「本発明においては、磁性層の物性に関して、Hc×(1+0.5×SFD)、及びHc/Rsとが、最適記録電流特性、記録電流特性と関連を有していることに着目し、これらの数値範囲を上記式(1)、(2)のように特定した。」なる記載や、段落【0075】~【0079】、【0082】の実施例・比較例に関する記載によれば、式(1)を満たすことを発明特定事項とする本件特許発明は、実験データに基づいて人為的に作製されたものであって、実験データ(具体例)に基づかないと当該式を用いる技術的意義及び効果の説明ができない類型に当たるというべきものである。
よって、被請求人の上記主張は採用できない。
イ.式(1)の解釈(技術的な意味)について
被請求人は、平成29年12月13日付け意見書において、請求項1において、式(1)は、Hcのみ230以上とするという内容ではなく、Hcを1倍以上することによって230以上(あるいはHcと0.5ΔHを合算して230以上)とするという内容であり、かかる技術的な意味に基づくと、必然的にHcは230を下回る値となる旨主張している。
しかしながら、上述したとおり、本件特許発明においては、Hcの上限値(具体的には、230kA/m未満の値)は特定されておらず(加えて言えば、Rsの上限値も特定されているわけではない)、式(1)を満たす範囲として、Hcが230以上の場合が排除されているわけではないことは明らかであり、被請求人が主張するように「必然的にHcは230を下回る値となる」とはいえない。
よって、被請求人の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって採用できない。
3.無効理由7(実施可能要件)
請求人は、いわゆる実施可能要件違反の理由として、次のように主張している。
・式(1)に関連して、オーバーカレント特性は少なくとも記載再生装置で使用される磁気記録・再生ヘッドの仕様や、ヘッドと磁性層との間の距離などによって左右されるものであり、保磁力HcやSFDといった磁気記録媒体の磁気特性だけで決定されるものではないところ、発明の詳細な説明には、記録再生装置で使用される磁気記録・再生ヘッドの仕様や、ヘッドと磁性層との間の距離などが記載されていない。
そこで、上記主張について検討すると、
本件特許発明は、「磁気記録媒体」という物の発明に係るものであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすること、すなわち、その物を製造し、使用することができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないところ、発明の詳細な説明の段落【0021】~【0043】には、磁気記録媒体を構成する各層を形成するための具体的材料や形成工程等が記載され、さらに段落【0044】~【0050】には、磁気記録媒体の製造工程が記載されており、また、当該磁気記録媒体が、磁気記録(再生)装置において、映像信号等のデータを磁気ヘッドにより書き込む媒体として使用されるものであることは技術常識といえることであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者であれば本件特許発明に係る「磁気記録媒体」について、実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえるものである。
したがって、記載再生装置で使用される磁気記録・再生ヘッドの仕様や、ヘッドと磁性層との間の距離などが記載されていないとしても、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件特許発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないとまではいえない。
よって、請求人の主張する無効理由7には理由がない。
第6 むすび
以上のとおり、平成30年4月9日付け訂正請求において、訂正事項1(請求項1についての訂正)及び訂正事項3(明細書の段落【0010】についての訂正)は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しないから、当該訂正を認めない。
一方、平成30年4月9日付け訂正請求において、訂正事項2(請求項2についての訂正)については、当該訂正を認める。
そして、本件特許発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、その特許は、同法第123条第1項第2号に該当する。
さらに、本件特許発明についての特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当する。
したがって、他の無効理由(無効理由2ないし5)について検討するまでもなく、本件特許発明についての特許は、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
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2016-800128