特許無効審判
2024-800016
メトホルミン治療に不適切な患者における糖尿病の治療
- 審判番号
- 2024-800016
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2016-096175
- 登録番号
- 6480887
- 請求日
- 2024年02月29日
- 審決日
- 2025年06月04日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ニプロ 株式会社
- 【請求人代理人】吉澤 敬夫
- 【請求人代理人】紺野 昭男
- 【請求人代理人】井波 実
- 【請求人代理人】田村 慶政
- 【被請求人】ベーリンガー インゲルハイム インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
- 【被請求人代理人】田中 伸一郎
- 【被請求人代理人】須田 洋之
- 【被請求人代理人】山崎 一夫
- 【被請求人代理人】市川 さつき
- 【被請求人代理人】服部 博信
- 【被請求人代理人】松田 七重
- 審判長/審判官
- 審判長 冨永 みどり
- 審判官 松波 由美子
- 審判官 田村 直寛
- 分類
- P1113.536-Y (A61K) / P1113.537-Y (A61K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項1号特許法169条2項民事訴訟法61条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第123条第1項第4号、特許法第153条、特許法第29条、特許法第36条第4項、特許法第36条、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第6480887号発明「メトホルミン治療に不適切な患者における糖尿病の治療」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 請求の趣旨及び答弁の趣旨
1 請求の趣旨
特許第6480887号の請求項1~9に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は被請求人の負担とする。
との審決を求める。
2 答弁の趣旨
本件審判請求は成り立たない。
審判費用は請求人の負担とする。
との審決を求める。
第2 手続の経緯
特許第6480887号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~9に係る発明についての特許出願(特願2016-96175号)は、2009年(平成21年)8月5日(パリ条約による優先権主張 2008年8月6日 米国(US)、 2008年8月7日 米国(US)、 2008年10月16日 欧州特許庁(EP)、 2008年10月16日 米国(US))を国際出願日とする特許出願(特願2011-521574号)の一部を平成26年1月6日に新たな特許出願とした特願2014-461号の一部を、さらに平成28年5月12日に新たな特許出願としたものであって、平成31年2月15日に特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して、令和6年2月29日に特許無効審判請求がされた。以後の主な手続の経緯は次のとおりである。
令和6年 2月29日 審判請求書の提出
同年 9月 2日 答弁書の提出
同年10月 9日 手続補正書(方式)の提出(被請求人)
同年11月20日 審理事項通知書
令和7年 1月30日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 1月30日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 2月20日 口頭審理
同年 3月 6日 上申書の提出(被請求人)
同年 3月21日 上申書の提出(請求人)
第3 本件特許発明
本件特許の請求項1~9に係る発明は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1~9に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項の番号に従い、「本件特許発明1」等といい、まとめて「本件特許発明」という。)。
【請求項 1】
1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチンであるDPP-4阻害剤を含む薬剤であって、重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者における2型糖尿病の治療のための経口投与用薬剤であり、前記DPP-4阻害剤が、前記患者に一日一回5mgの経口投与量で投与されることを特徴とする上記薬剤。
【請求項 2】
前記患者が、糸球体ろ過速度(GFR)<30ml/分を有する、請求項1記載の薬剤。
【請求項 3】
薬剤中の前記DPP-4阻害剤及び1つ又は複数のその主要活性代謝産物が比較的広い治療濃度域を有し更に/又は主に肝代謝又は胆汁中排泄を経て排出される、請求項1又は2に記載の薬剤。
【請求項 4】
前記DPP-4阻害剤が、主に肝臓を介して排泄される、請求項1~3のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項 5】
前記DPP-4阻害剤の腎臓を経た排泄が、非主要(マイナー)排出経路である、請求項1~4のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項 6】
前記DPP-4阻害剤が、大部分は変化せずに排泄される、請求項1~5のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項 7】
前記DPP-4阻害剤の代謝による排出が、非主要(マイナー)排出経路である、請求項1~6のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項 8】
前記DPP-4阻害剤が、肝臓を経て親薬剤として主に排出される、請求項1~7のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項 9】
前記DPP-4阻害剤の主な代謝産物が、薬理的に不活性であるか又は比較的広い治療濃度域を有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の薬剤。
第4 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、証拠方法として甲第1号証~甲第8号証(以下、各甲号証の番号に従い「甲1」等という。)を提出するとともに、次の無効理由1及び2を主張する。
(1)無効理由1(実施可能要件)
本件特許明細書には、本件特許発明の医薬用途につき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項が記載されておらず、出願時の技術常識に照らしても、本件特許発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効理由2(サポート要件)
本件特許の特許請求の範囲に記載の発明の医薬用途は、本件特許明細書においてまったく裏付けられておらず、「特許請求の範囲」の記載が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲を超えることは明らかであり、本件特許発明は発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
[証拠方法]
なお、以下において(R)は、○の中にRの字を含む上付き文字を示す。
本件特許の出願の優先日後に公開された証拠方法には「(優先日後)」と記載する。(以下同様)
・甲1:国際公開公報WO2004/018468
・甲2:Drugs of the Future、2008年6月、Vol.33、No.6、p.473-p.477
・甲3:Diabetes、2007年6月、Vol.56、Suppl.1、p.A156、586-P
・甲4:Diabetologia、2007年、Vol.50、Suppl.1、p.S1~S367(0890)
・甲5:Diabetes、2008年6月、Vol.57、Suppl.1、p.A158~p.A159
・甲6:耳鼻咽喉科展望、2001、Vol.44、No.3、p.217~p.220
・甲7:臨床薬理、1999年、Vol.30、No.3、p.625~p.628
<以上、審判請求書に添付>
・甲8:医療薬学、2002、Vol.28、No.2、p.157~p.163
<以上、口頭審理陳述要領書に添付>
2 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、証拠方法として乙第1号証、乙第3号証、乙第5号証~乙第8号証、及び乙第14号証~乙第22号証(枝番含む)を提出するとともに、請求人が主張する無効理由は存在しない旨を主張する。
[証拠方法]
・乙1:「トラゼンタ(R)錠5mg」の添付文書、2023年4月改訂(第2版)(優先日後)
・乙3:Seminars in Dialysis、2004年、Vol.17、No.5、p.365~p.370
・乙3の1:Seminars in Dialysis、2004年、https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.0894-0959.2004.17346.x
・乙5:「トラゼンタ(R)錠5mg」の医薬品インタビューフォーム、2023年4月(改訂第19版)(優先日後)
・乙6:Diabetes Care、2015年、Vol.38、p.e15~p.e17(優先日後)
・乙7:Diabetes Care、2013年、Vol.36、p.237~p.244(優先日後)
・乙8:Diabetes, Metabolic Syndrome and Obesity: Targets and Therapy、2013年、Vol.6、p.359~p.363(優先日後)
<以上、答弁書に添付>
・乙14:腎不全と薬の使い方Q&A、株式会社じほう、2005年4月10日、p.65~p.68
・乙15:医薬品の臨床薬物動態試験について、厚生労働省医薬局審査管理課長、医薬審発第796号、2001年6月1日
・乙16:「ジャヌビア(R)錠12.5mg/25mg/50mg/100mg」の添付文書、2016年4月改訂(第22版)(優先日後)
・乙17:「エクア(R)錠50mg」の添付文書、2016年4月改訂(第14版)(優先日後)
<以上、口頭審理陳述要領書に添付>
・乙14の2:腎不全と薬の使い方Q&A、株式会社じほう、2005年4月10日、p.55~p.78
・乙18:腎機能障害時における循環器用薬の投与方法、株式会社医薬ジャーナル社、2003年9月5日、p.13~p.21
・乙19:薬剤学、株式会社南江堂、1984年9月15日、p.310~p.316
・乙20:治療増刊号、2003年、Vol.85、p.(1141)541~p.(1143)543
・乙21:Clin. Pharmacokinet.、1996年、Vol.31、No.2、p.111~p.119
・乙22:Clinical Nephrology、1984年、Vol.21、No.1、p.39~p.46
<以上、令和7年3月6日提出の上申書に添付>
第5 主な証拠の記載事項
以下に、主な証拠の記載事項を示す。
なお、原文が外国語の場合は、これら証拠に添付された訳文による。なお、甲2、乙21、乙22については、一部、当合議体において職権で訳文を提示する。参照文献を示す数字は省略した。審決において表記できない、□又は○の中の数字は、適宜他の形式で記載した。また、当審において強調のために下線を付与したところがあり、「・・・」は、記載の省略を意味する。
1 甲2の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。
(1)甲2-1
「BI-1356
ジペプチジル-ペプチダーゼIV阻害剤
抗糖尿病薬
BI-1356-BS
OnderoTM
8-[3(R)-アミノピペリジン-1-イル]-7-(2-ブチニル)-3-メチル-1-(4-メチルキナゾリン-2-イルメチル)キサンチン
・・・
[図:0001425666000001.jpg]
・・・」
(473頁標題)
(2)甲2-2
「要約
BI-1356は、ジペプチジル-ペプチダーゼ IV(DPP IV、またはCD26)阻害剤であり、2型糖尿病の治療のためにベーリンガー・インゲルハイムにより開発された。BI-1356は、インビトロとインビボの両方で長期にわたるDPP IV阻害を実証した。インビボでは、BI-1356はDPP-8およびDPP-9よりもDPP IVに対して少なくとも10,000倍選択的であった。マウスおよびラットにおいても、高い効力と長期持続する阻害効果がin vivoで観察され、BI-1356によって誘導される阻害は、試験した他の DPP IV阻害剤によって誘導される阻害よりも長く持続した。BI-1356は、健康なボランティアおよび2型糖尿病患者において非線形薬物動態を示した。BI-1356を1日1回経口投与すると、健康なボランティアおよび2型糖尿病患者において忍容性が良好であることが証明された。BI-1356による治療により、2型糖尿病患者のGLP-1濃度とグルコース濃度が低下し、糖尿病患者のHb1Acも大幅に低下した。第III相臨床試験が進行中である。」
(473頁左欄1行~20行)
(3)甲2-3
「BI-1356の薬物動態は3-コンパートメントモデルに適合し、曝露量は用量範囲1~10mgで投与量に対して比例より少なく増加し、用量範囲25~100mgで投与量に対して比例より多く増加し、用量範囲100~600mgでほぼ比例的に増加した。BI-1356の腎排泄は低く、排泄の主要な経路ではなかった。」
(475頁右欄36行~42行)
(4)甲2-4
「BI-1356の薬物動態および薬力学は、ランダム化二重盲検プラセボ対照研究において2型糖尿病の男性患者47人を対象に分析された(BI-1356、n=35;プラセボ、n=12;年齢 21~65歳;肥満指数[BMI]18-35kg/m2])。患者は(1、2.5、5または10mg)またはプラセボのいずれかを1日1回、12日間投与された。BI-1356は非線形薬物動態を示した。定常状態のBI-1356のCmaxは、1mg用量の4.5nmol/lから10mg用量の13.6nmol/lの範囲であった。Tmax中央値は1.5時間であった。この研究のデータは、血漿 DPP IV活性の減少は、BI-1356の血漿濃度と相関することを示した。」
(476頁左欄9行~22行)
(5)甲2-5
「臨床試験
健康なボランティアを対象とした試験において、DPP IV活性は5mg以上の用量で3時間以内に80%以上阻害され、その効果は25~600mgの用量で24時間持続した。
BI-1356の有効性は、2型糖尿病患者を対象とした反復投与試験でも評価された。47名の男性患者にBI-1356(1、2.5、5または10mg)またはプラセボを1日1回12日間投与した。酵素活性とBI-1356の血漿中濃度が一定間隔で測定された。経口ブドウ糖負荷試験は1日目と13日目に行われた。BI-1356(2.5mg以上)は用量依存的に、血漿中DPP IV活性を阻害し、投与24時間後では約80%阻害していた。最終投薬から24時間後の食後グルコース濃度の変動は、ベースラインおよびプラセボと比較して、2.5mg用量(-106mg.h/dl)、5mg用量(-82mg.h/dl)および10mg用量(-111mg.h/dl)で統計学的に有意な減少(p<0.05)が観察された。GLP-1の濃度は2倍以上増加した。
経口BI-1356の有効性は、BI-1356(2.5、5、10mg、n=16)またはプラセボ(n=26)を1日1回、28日間投与された2型糖尿病患者77人を対象にさらに評価された。4週間後、BI-1356による治療により、GLP-1の濃度は最大4倍、グルカゴンの濃度は最大24%増加した。ベースラインからのグルコース濃度の減少は最大105mg.h/dlであった。2.5、5、および10mgの用量で、ベースライン(7.0%)からそれぞれ-0.31%、-0.37%、および-0.28%というHbA1cの有意なプラセボ補正平均変化が観察された。」
(476頁右欄1行~29行)
2 甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。
(1)甲3-1
「新規の選択的キサンチンベースのDPP-IV阻害剤であるBI 1356は、広い治療範囲で優れた安全性と忍容性を実証
・・・
BI 1356は、前臨床研究においてDPP-IV阻害に高い効力を示し、循環インクレチンホルモンの半減期を延長し、グルコース恒常性を改善するキサンチン類似体である。21~65歳の健康な男性ボランティアを対象としたランダム化二重盲検プラセボ対照単回漸増用量研究では、安全性、忍容性、薬物動態、および薬力学を調査するために、BI 1356が1日1回2.5~600mgの範囲の用量で投与された。BI 1356は忍容性において良好であった。重篤な有害事象や低血糖症状はなかった。有害事象(AE)の発生率(BI 1356で28%、プラセボで38%)または薬剤関連AEの発生率(19% 対 31%)は、プラセボと比較してBI 1356で高くはなかった。報告された最も一般的な有害事象は頭痛、インフルエンザ様疾患、吐き気であり、その発生率はBI 1356とプラセボの間で同等であった。検査パラメータ(血液学、凝固、臨床化学、および尿検査)における臨床的に関連する逸脱は報告されなかった。ECG(当審合議体註:Electrocardiogramの略で心電図を意味する)は専門の提供者によって集中的に評価され、600mgの用量まで臨床的に関連する逸脱やQT延長効果の兆候は示されなかった。BI 1356の曝露量は2.5~5mgでは比例的には増加しなかったが、Cmax及びAUCは 5~100mgで比例以上に増加し、100~600mgの用量ではほぼ比例して増加した。腎排泄量は低く、BI 1356の排泄の主要経路を構成していない。2.5mgおよび5mgのBI 1356を単回投与した後、DPP-IV活性は 3 時間以内にそれぞれ3%及び86%減少した。25~600mgのBI 1356の投与から24時間後、平均血漿DPP-IV阻害は 90%を超えた。
要約すると、BI 1356は忍容性が高く、安全であった。単回投与後の薬物動態および薬力学的プロファイルの結果は、BI 1356の効力と24時間の作用持続時間を実証している。推定治療用量5mgに基づいて、BI 1356の治療域は100倍を超えると予想される。」
(A156頁左欄23行~55行)
3 甲4の記載事項
甲4には、以下の事項が記載されている。
(1)甲4-1
「新規キサンチンベースのDPP-IV阻害剤であるBI 1356は、広い治療範囲で高い効力を示し、oGTT後の食後血糖値変動を大幅に減少させる
背景と目的:BI 1356は、2 型糖尿病の治療用に開発中の新規の経口投与可能なDPP-IV選択的阻害剤である。BI 1356の安全性、忍容性、薬物動態、および薬力学は、健康な男性(BI 1356群47名、プラセボ群16 名、平均年齢38.3歳、BMI 24.8kg/m2)を対象とした単回漸増用量試験 (SRD、2.5~600mg)、および2型糖尿病の男性(BI 1356で35人、プラセボで12人、年齢56.0歳、BMI 28.6kg/m2、ベースラインHbA1c 6.7%)を1日1回12日間治療した複数回漸増用量試験(MRD、1~10mg)で調査された。
材料と方法:どちらの試験も二重盲検、無作為化、プラセボ対照で行われた。MRD試験では、患者はランダム化の前に、以前の抗糖尿病薬の14日間の休薬期間に入った。DPP IV活性とBI 1356血漿濃度を一定の間隔で測定した。最初の薬物投与前と最後の投与の24時間後にoGTTを実行し、食後グルコース変動(AUC0~2h)とGLP-1レベルを評価した。
結果:どちらの研究でも、Cmaxには投与後1~3時間で到達した。BI 1356の曝露量は、1~10mgの関連する治療用量範囲では比例的には増加しなかった。用量の増加に伴い、定常状態に至るまでの時間は6日から 2日へと減った。腎排泄は低く、BI 1356排泄の主要経路を構成していない。SRD研究では、DPP-IV活性は5mg BI 1356で>80%阻害された。25~600mg BI 1356の投与後、平均血漿DPP-IV活性は投与後24時間の時点でもまだ10%未満であった。MRD研究では、投与後24時間で、BI 1356血漿濃度がそれぞれ3.2nmol/Lおよび5.3nmol/Lという低さで、DPP-IVの活性は>50%および>80%阻害された。ベースラインと比較して、最後の投与から 24 時間後に測定された平均 GLP-1 血漿濃度は、2.5、5、および 10mg BI 1356 では 12.4~14.0pmol/L 増加したが、プラセボでは2.8pmol/L のみ増加した。12 日間の治療後、食後血糖値変動(AUC0-2h oGTT 投与後 24 時間)は、用量依存的に-53.0mg/dL(1mg)、-106mg・h/dL(2.5mg)、-82mg減少した。ベースラインと比較した場合、BI 1356では-111mg/dL(5mg)、プラセボでは-25.1mg/dL(10mg)、および-25.1mg/dL(10mg)。グループサイズが小さいにもかかわらず、2.5、5、および10mgの用量グループでは、ベースラインと比較して、またプラセボと比較して、減少は統計的に有意であった(p<0.05)。どちらの研究でも、BI 1356による12日間の最大600mgの単回投与および最大10mgの複数回投与による治療は、低血糖の兆候もなく良好な忍容性を示した。BI 1356で治療された対象または患者における有害事象(AE)の全体的な発生率は、プラセボよりも高くはなかった。どちらの研究でもQTc延長の兆候はなかった。重篤な有害事象や有害事象による中止は観察されなかった。
結論:健康な男性には最大600mgのBI 1356の単回投与、2型糖尿病患者には最大10mgの12日間の複数回投与は忍容性が高く安全であった。BI 1356血漿濃度はDPP-IV活性とよく相関し、5.3nmol/Lの血漿濃度で>80%のDPP-IV阻害を達成した。この結果は、BI 1356の高い効力、24時間の作用持続時間、および非常に広い(100倍を超える)治療領域を裏付けている。」
(S367頁左欄48行~右欄34行)
4 甲5の記載事項
甲5には、以下の事項が記載されている。
(1)甲5-1
「日本人の2型糖尿病患者におけるジペプチジルペプチダーゼ4阻害剤であるBI 1356(提案商品名ONDERO)の複数回投与の安全性、忍容性、薬物動態および薬力学
この第IIa相無作為二重盲検プラセボ対照複数回投与試験では、経口ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP-4)阻害剤BI 1356(0.5、2.5または10mgを28日間毎日投与)の安全性、忍容性、薬物動態および薬力学を、日本人の2型糖尿病(T2DM)患者72人を対象に、評価した。BI 1356の反復経口投与は忍容性が高く、有害事象の全体的な発生率は低かった(BI 1356:20.0%;プラセボ:35.3%)。重篤な有害事象はなかった。最も頻繁に報告された有害事象は鼻咽頭炎であった(BI 1356:7.3%;プラセボ:11.8%)。臨床検査パラメータは治療全体を通して安定していた。低血糖の症状を経験した患者はいなかった。BI 1356の薬物動態学的特徴(低い尿中排泄[最高用量グループの定常状態で7%未満]、非線形薬物動態、長い終末半減期[223~260時間]、および短い優勢半減期(約10~40時間])は、健康な日本人および白人被験者を対象とした以前の研究の結果と一致した。DPP-4活性の阻害は、血漿BI 1356濃度とよく相関した(EC50=3nM)。最後の投与から24時間後のDPP-4阻害の値は、0.5mg、2.5mg、10mg投与群でそれぞれ44.3%、77.7%、89.7%であった。定常状態での血漿GLP-1レベルは用量依存的に増加し、BI 1356は食後のGLP-1応答を増強した。空腹時血漿グルコースレベルは用量依存的に減少し、この効果は治療期間とともに増強された。また、わずか4週間という比較的短い曝露期間で、ベースラインのHbA値が7.2%と低かったにもかかわらず、10mg用量のBI 1356で治療した被験者ではベースラインからHbA値が統計的に有意に0.44%減少した。
結論として、日本人のT2DM患者に対する1日1回最大10mgのBI 1356による治療は、プラセボと同様の安全性と忍容性プロファイルを示した。BI 1356の明らかな用量依存的な効果が毎日の空腹時血漿グルコースレベルに見られ、これはHbA1cに対する統計的に有意な効果を反映したものであった。」
(A158頁右欄下から18行~A159頁左欄5行)
(2)甲5-2
「健康な日本人ボランティアにおけるジペプチジルペプチダーゼ4阻害剤BI 1356(提案商品名ONDERO)の単回および複数回経口投与の安全性、忍容性、薬物動態および薬力学
BI 1356は、経口投与可能なジペプチジル ペプチダーゼ4(DPP-4)の阻害剤である。このランダム化二重盲検プラセボ対照用量群内試験では、BI 1356の単回漸増経口用量(1、2.5、5および10mg、n=32)および複数回漸増経口用量の安全性、忍容性、薬物動態および薬力学を、健康な日本人男性被験者(20~35歳)を対象としたBI 1356の経口投与(2.5、5、または10mg/日を12日間;n=24)評価した。
BI 1356のすべての用量は忍容性が良好であった。3件の有害事象が報告されたが、BI 1356とは関連していないと考えられた。重篤な有害事象は発生せず、低血糖を示唆する症状を報告した被験者もいなかった。BI 1356は非線形薬物動態を示した。総曝露量と最大血漿濃度は、用量に比例しない形で増加した。最大血漿濃度は1.5~6時間で生じた。単回投与時および定常状態におけるBI 1356の総クリアランスおよび分布体積は、用量とともに増加した。定常状態になるまでの時間は2~3日であった。BI 1356の蓄積比は1.5未満であり、用量の増加とともに減少した。BI 1356の最終半減期は97~175時間の範囲であると計算された。ただし、主要な半減期は約10~15時間と短かった。BI 1356の尿中排泄は用量とともに増加し、すべての用量グループで1日目から12日目まで増加した。しかし、腎臓を介して排泄されたBI 1356の量は、用量に関係なく、定常状態で7%を超えることはなかった。BI 1356による血漿DPP-4活性の阻害は、用量依存的に増加した。12日目に、10mg単回投与群およびすべての複数回投与群において、24時間にわたって約80%以上の平均阻害が達成され、EC50値は2~3nMであった。BI 1356治療群では、食後の血漿GLP-1レベルがプラセボと比較して有意に増加し、トラフ血漿GLP-1レベルも1日目と比較して12日目に増加した。
結論として、健康な日本人ボランティアにおいて、1日1回最大10mgのBI 1356による治療は、最長12日間良好な忍容性を示した。24時間のDPP-4阻害とGLP-1レベルのトラフおよびピークの増加による薬力学と薬物動態は、1日1回の抗糖尿病薬で予想されるものと一致し、白人集団で観察されたものと同様であった。」
(A159頁左欄22行~下から12行)
5 乙14の2の記載事項
乙14の2には、以下の事項が記載されている。
(1)乙14の2-1
「Q-1 腎臓は薬物の排泄臓器として最も重要な役割をもっていますよね?
A 薬物には水溶性のものと脂溶性のものがありますが,水溶性の薬物は体内に取り込まれた後,腎臓から排泄されます。一方,脂溶性薬物は腎で糸球体濾過されても*尿細管で再吸収されるため尿中に排泄されません。そのため肝臓で代謝され水溶性の代謝物に変えられて腎臓で排泄されるか,あるものは胆汁を介して糞便中に排泄されます(図1)。つまり腎臓は水溶性薬物を排泄,肝臓は脂溶性薬物を代謝(極性化反応)という仕事を非常に効率よく分業することによって,生体にとって異物である薬物をできるだけ速やかに体外に排泄するよう共同作業を行っています。
[図:0001425666000002.jpg]
」
(56頁1行~9行)
(2)乙14の2-2
「Q-8 腎排泄型の薬物,肝排泄型の薬物とよく言い表されますが,どのように分類すればよいのでしょうか?
A 一般的に尿中未変化体排泄率が50%以上のものを腎排泄型の薬物,50%以下のものを肝排泄型の薬物といいます。40~60%を肝腎排泄型という場合もあります。ただし肝排泄という言葉は胆汁排泄だけでなく,肝代謝による消失を含みますので,正しくは肝消失型薬物と言うべきでしょうね。」
(61頁13行~18行)
(3)乙14の2-3
「保存期腎不全患者の薬物投与設計
腎不全で減量すべき薬物
当然のことですが腎不全患者だからといってすべての薬物の投与量を減量する必要はありません。降圧薬のα遮断薬やCa拮抗薬などは肝代謝によって消失する薬物であるため,通常用量を用います。しかし全身クリアランスに対する腎クリアランスの寄与の大きい薬物は減量を考慮する必要があります。そのような腎排泄型の薬物は血中消失半減期が延長してきますので,その延長の程度に応じて,投与間隔を延長させ,そして有効血中濃度内に入るように1回の投与量を設定するのが最も簡単な投与設計法と思われます。」
(65頁1行~8行)
6 乙15の記載事項
乙15には、以下の事項が記載されている。
(1)乙15-1
「1.はじめに
本文書は、新医薬品の開発および医薬品の適正使用に必要なヒトにおける薬物動態情報を得ることを目的に、医薬品の承認申請時に添付する資料または既承認医薬品の再審査に際して提出する資料を作成するために行われる臨床薬物動態試験について、その項目と実施にあたっての基本的考え方を示している。
臨床薬物動態試験は被験薬(治験薬または医薬品)を志願した健常者または患者に投与し、その吸収、分布、代謝および排泄を検討する試験である。得られた結果は新医薬品の開発における臨床試験において、または必要に応じて行われる承認後の臨床試験においても、その計画と実施、得られた有効性あるいは安全性に関する結果の解析および評価に有用である。また、効力を裏付ける試験や毒性試験で得られた成果を非臨床および臨床薬物動態試験で得られた結果と関連づけて評価することは、その後の臨床試験を適切かつ安全に実施する上で有用な情報を与えると共にヒトにおける被験薬の作用機序の推定にも活かされる。
臨床薬物動態試験で得られた結果は薬物代謝酵素の遺伝子型などの患者特性や病態に応じて医薬品を適正に使用するため、また、薬物動態額的な薬物相互作用の影響の評価にも有用である。」
(1頁下から5行~2頁11行)
(2)乙15-2
「5. 臨床薬物動態データ(註1)
被験薬の体内動態を明らかにするために、その吸収、分布、代謝、排泄に関する情報を志願した健康者および患者から得る。これらをもとに「7.1.薬物動態解析法」に示した薬物動態パラメータを計算する。
・・・
さらに、臨床での使用状況および被験薬の特性を考慮して、必要な場合には被験薬の薬物動態パラメータが標準的な集団と異なる分布を示す可能性のある集団、例えば、高齢者や小児、肝臓や腎臓に障害を有する患者、さらには遺伝多型により代謝酵素活性が低下している被験者などについても検討する。」
(3頁5行~15行)
(3)乙15-3
「5.3.代謝
血液、尿、および、必要な場合には糞便中の被験薬並びにその代謝物を測定・解析する事により被験薬の代謝経路と代謝の割合を推定する。
・・・
臨床での薬効や副作用発現に重要と考えられる活性代謝物を生ずる場合には、その代謝物の血中濃度推移を検討する。
・・・
5.4.排泄
被験薬および代謝物について、尿中排泄の速度と程度を求める。また、必要な場合には糞便中排泄も測定する。クリアランスの情報も併せ、被験薬が肝クリアランス依存性であるか、腎クリアランス依存性であるかを明らかにする。」
(3頁41行~最終行)
(4)乙15-4
「6.2.1. 標準的な薬物動態試験法
標準的な薬物動態試験法は、ヒトにおける薬物動態を評価するために行われる通常の方法である。被験者に被験薬を単回あるいは反復投与し、あらかじめ決められたスケジュールに従って、血液および尿を採取する。必要に応じて糞便を採取する。試料中の被験薬および代謝物濃度を測定し、薬物動態を評価する。
・・・
6.2.1.1. 単回投与試験
単回投与試験においては、志願した健常者あるいは患者に単回投与したときの被験薬および代謝物の血中濃度推移を検討する。さらに、尿および必要に応じて糞便中における被験薬量並びに代謝物組成とその量を測定し、物質収支を検討する。
・・・
用量と薬物動態パラメータとの関係を検討するために、推定臨床用量および臨床で使用が予想される最高用量を越える用量を含む数段階の投与量を用いる。患者を対象とする試験では用量と血中濃度の関係のみならず血中濃度と薬理効果との関係を検討することは有意義である。」
(4頁42行~5頁4行)
7 乙18の記載事項
乙18には、以下の事項が記載されている。
(1)乙18-1
「腎機能と薬物の排泄
はじめに
生体に投与された薬物は,吸収(absorption),分布(distribution),代謝(metabolism)の各過程を経て,未変化体あるいは代謝物として,主に腎臓から尿中,または肝臓から胆汁中へ排泄(excretion, elimination)される。これらの過程はADMEと呼ばれており,個々の薬物の薬物動態を決定する要因となる。このように,薬物の体内からの消失に関与する臓器は主に肝臓と腎臓であり,薬物の体内から消失,すなわち全身クリアランスは図1のように腎クリアランス,肝クリアランスおよびその他のクリアランスの和として表される。
また,未変化体のまま腎臓から排泄される薬物を腎排泄型薬物,代謝を受けた後に排泄される薬物を肝代謝型薬物という。また,胆汁中に排泄される薬物を胆汁排泄型薬物といい,肝代謝型と胆汁排泄型薬物を含めて肝排泄型薬物という(図2)。一般には,尿中未変化体排泄率が50%以上の薬物を腎排泄型薬物,50%以下を肝排泄型薬物としている。
ADMEの変化は薬物動態の変化に繋がり,効果や副作用の発現に影響を及ぼし,これらの変化による薬物の投与計画の変更が必要となる場合がある。実際に,呼吸,分布および代謝といったパラメータの変化を的確に把握し,その変化を実際の臨床において薬物療法に反映させることはなかなか困難である。しかし,薬物の腎臓からの排泄は腎機能に依存することから,クレアチニンクリアランス(CLcr)や血清クレアチニン(Scr)などを指標として腎排泄型薬物の腎機能障害患者への適切な投与設計を行うことが可能である。
なお,尿中排出率は,代謝物を含めた尿中への排泄を意味しており,その中に含まれる未変化体の割合が問題となる。したがって,尿中排泄率が高くても,その大部分が薬理活性のない代謝物であれば,腎機能障害時においても特に問題となることは少ない。しかし,逆に,アロプリノールのように吸収後速やかに代謝され活性代謝物となるような場合では,未変化体の尿中排出率が低くとも,その活性代謝物の尿中排出率が問題となる。
[図:0001425666000003.jpg]
[図:0001425666000004.jpg]
」
(13頁1行~15頁1行)
(2)乙18-2
「6.腎機能障害時の薬物療法
腎機能障害患者における薬物療法については,薬物が肝排泄型であるか腎排泄型であるかを考慮して実施することが必要である。腎機能障害患者では,腎臓からの薬物の排泄が遅延するため,薬物を通常の投与方法で投与した場合には,薬物の半減期(t1/2)が延長することにより薬物が体内に蓄積し,中毒症状などの副作用が頻発する。したがって,腎排泄型薬物を腎機能障害患者に投与する場合には,腎機能に応じて,投与量を減量したり,投与間隔を延長するなどの投与方法の工夫が必要となる。」
(20頁下から6行~21頁2行)
8 乙19の記載事項
乙19には、以下の事項が記載されている。
(1)乙19-1
「V-1-7 薬物の排泄
種々の投与経路から体内に移行した薬物はそのまま,あるいは代謝を受けたのち体外に排泄される.排泄経路としては,腎臓を経由する腎排泄 renal excretion,および肝臓に移行したのち胆汁中に排泄される胆汁排泄 biliary excretionが主で,その他唾液腺,汗腺,乳腺,肺,消化管などを経て排泄される.」
(310頁5行~9行)
9 乙20の記載事項
乙20には、以下の事項が記載されている。
(1)乙20-1
「腎機能障害が少しでも疑われる場合には,腎排泄性薬剤を最初から常用量投与してはいけない!
・・・
I 腎機能障害時に薬剤投与の注意
・・・
(2)投与量変更の必要性
投与する薬物の代謝経路を確認する.肝で代謝排泄される薬物では投与量の調節は必要ないが,腎排泄が主体である薬物では投与量の減量,投与間隔の延長が必要となる.」
(541(1141)頁左欄1行~下から11行)
10 乙21の記載事項
乙21には、以下の事項が記載されている。
(1)乙21-1
「本論文は、経口抗糖尿病薬の薬物動態に腎不全が及ぼす影響についての総説である。インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)の治療に用いられる3つのグループの薬物のうち、スルホニル尿素とメトホルミンは一般的に忍容性が高く、安全性も高い。しかし、慢性腎不全の患者では、これらの多くの薬物の使用の際に注意が必要である。なぜなら、活性薬物または活性代謝物の蓄積により、低血糖やメトホルミンでは乳酸アシドーシスなどの深刻な副作用が引き起こされる可能性があるからである。
スルホニル尿素薬は、多小の差はあるが肝臓で代謝され、様々な活性化合物または不活性化合物となり、一般に腎臓から排泄される。さらに、親化合物の量は腎排泄に依存して変化する。そのため、トルアザミド、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリベンクラミド(グリブリド)などのスルホニル尿素薬は、他の一般的に処方されるスルホニル尿素薬と比較して、代謝により腎不全の存在下で親薬剤または活性代謝物の蓄積を招く可能性があるため、重度の低血糖を引き起こす可能性が高くなる。」
(111頁要約2行~17行)
11 乙22の記載事項
乙22には、以下の事項が記載されている。
(1)乙22-1
「薬物の排泄
薬物はいくつかの経路でのみ排泄される。肺から排泄されるもの(パラアルデヒドなど)や、皮膚消化管や排液から排泄されるものもあるが、腎臓と肝臓が主要な排泄器官である。透析などの人工的な方法も、薬物の排泄に大きく寄与することが多い。肝排泄は通常、生体内変換過程である。薬物の代謝物は通常、腎排泄に依存する。このような生体内で変化した薬物は、非活性な代謝物である場合もあれば、活性代謝物が尿毒症患者に残留する場合(例:N―アセチルプロカインアミド)や、有毒な代謝物が残留する場合(例:ノルメタベジジン)もある。したがって、急性腎不全患者において、薬物の肝臓での排泄は「残留」毒性がないことを保証するものではない。」
(41頁左欄32行~47行)
第6 当審の判断
1 無効理由1(実施可能要件)について
(1)本件特許出願日当時の技術常識
前記第5に摘記した甲乙各号証の記載事項によれば、本件特許出願日当時、以下の事項が技術常識となっていたと認められる。
ア BI-1356について
(ア) BI-1356は8-[3(R)-アミノピペリジン-1-イル]-7-(2-ブチニル)-3-メチル-1-(4-メチルキナゾリン-2-イルメチル)キサンチンという化学構造を有する経口投与可能なDPP-IV阻害剤である(甲2-1、甲2-2、甲3-1、甲4-1、甲5-1)。
(イ) 2型糖尿病患者に対し、BI-1356を1日1回5mgの用量で経口投与したところ、血糖降下作用、及びHbA1c低下作用が確認されている(甲2-4、甲2-5)。
(ウ) 主な排泄経路は腎臓ではなく(甲2-3、甲3-1、甲4-1)、尿中排泄率は用量に関係なく定常状態で7%未満である(甲5-1、甲5-2)。
(エ) 600mgまでの用量範囲において良好な忍容性を示すことから、5mgの推定治療用量を基準として100倍を超える広い治療域を有している(甲3-1、甲4-1)。
イ 腎機能障害患者における薬物の代謝及び排泄について
(ア) 生体に投与された薬物は、未変化体又は代謝物として、主に腎臓から尿中、または肝臓から胆汁を介して糞便中へ排泄され、尿中未変化体50%以上の薬物を腎排泄型薬物、50%以下を肝排泄型薬物と分類されるところ(乙14の2-1、乙14の2-2、乙19-1)、腎機能障害患者では、腎臓から排泄される薬物が体内に蓄積し、副作用が頻発するおそれがあるため、腎機能に応じて投与量や投与間隔の調整が必要となるが(乙18-2)、肝臓で代謝排泄される薬物では投与量の調整は必要ではない(乙14の2-3、乙20-1)。
(イ) 肝排泄型薬物であっても代謝により腎排泄される活性代謝物が生じる場合があり(乙22-1、乙15-3、乙18-1)、腎不全患者における経口抗糖尿病薬の使用においては、活性薬物または活性代謝物の蓄積により深刻な副作用が引き起こされる可能性があるため、注意が必要である(乙21-1)。
ウ 臨床薬物動態試験について
(ア) 臨床薬物動態試験の結果は患者特性や病態に応じて医薬品を適正に使用するために有用であるもので、被験薬の体内動態を明らかにするために、その吸収、分布、代謝、排泄に関する情報を健康者及び患者から得るものであり(乙15-1、乙15-2)、薬物動態試験では、被験薬の代謝産物の活性・排泄性についても調査確認されている(乙15-3)。このとき、腎臓に障害を有する者等の被験薬の薬物動態パラメータが異なる集団に対しての試験は、臨床での使用状況や被験薬の特性を考慮して、必要な場合に検討する(乙15-2)。
(イ) 薬物動態試験は、用量と薬物動態パラメータとの関係を検討するために、推定臨床用量及び臨床で使用が予想される最高用量を越える用量を含む数段階の投与量を用いて行われる(乙15-4)。
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載
本件特許明細書には、次のとおりの記載がある。
「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標準のメトホルミン治療が適切でない(メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のため)患者において代謝性疾患、特に糖尿病(特に2型糖尿病)及びそれに関連した状態を治療及び/又は予防するある種のDPP-4阻害剤、並びに前記治療及び/又は予防におけるこのDPP-4阻害剤の使用に関する。本明細書に定義されるDPP-4阻害剤を含み、必要により1つ以上の他の活性物質と共に含んでもよいこれらの患者における代謝性疾患(特に糖尿病)を治療及び/又は予防する医薬組成物及び組み合わせもまた企図される。
【背景技術】
【0002】
2型糖尿病は、世界中で罹患率が増加している一般疾患であり、心臓血管疾患のような大血管合併症、及び/又は失明、神経障害及び/又は腎機能障害又は腎不全のような微小血管合併症を伴うことがあり得る。
腎機能障害が糖尿病をもつ人々に起こり得る理由は様々である。糖尿病の典型的な長期合併症の1つは、糖尿病性腎症であり、場合によっては腎不全に進行し得る。
高血糖症の集中治療が慢性損傷の発生率を低下させることができるが、従来の高血糖治療の長期有効性の制限、許容性及び投薬の不便さが部分的にあることから、多くの2型糖尿病患者は依然として治療が不充分なままである。
【0003】
食事療法や運動療法は、糖尿病の治療にとって不可欠である。これらの治療法が患者の状態(特に血糖値)を充分に制御しない場合、糖尿病の治療に経口又は非経口抗糖尿病薬が更に用いられる。従来の抗糖尿病薬又は高血糖治療薬としては、メトホルミン、スルホニル尿素、チアゾリジンジオン、グリニド、アルファ-グルコシダーゼ遮断薬、GLP-1、GLP-1類似体、インスリン、インスリン類似体が挙げられるが、これらに限定されない。しかしながら、これらの従来の抗糖尿病薬又は高血糖治療薬の使用は、種々の副作用を伴い得る。例えば、メトホルミンは、乳酸アシドーシス又は胃腸の副作用を伴い得る; スルホニル尿素、グリニド、インスリン又はインスリン類似体は、低血糖又は体重増加を伴い得る; チアゾリジンジオンは、浮腫、骨折、体重増加又は心不全/心臓に対する作用を伴い得る; また、アルファ-グルコシダーゼ遮断薬、GLP-1又はGLP-1類似体は、胃腸の副作用(例えば、消化不良、腹の張りもしくは下痢、又は吐き気もしくは嘔吐)を伴い得る。
【0004】
メトホルミンは、2型糖尿病をもつ患者において耐糖能を改善する高血糖治療薬である。メトホルミンは、単独で用いることができ、メトホルミンに反応する2型糖尿病患者において血糖コントロールを改善する他の高血糖治療薬と組み合わせることもできる。メトホルミンは、また、肥満又は太りすぎの糖尿病患者の治療において又は多嚢胞性卵巣症候群をもつ患者において価値があり得る。しかしながら、メトホルミンによる治療は、副作用の症状、例えば、胃腸の症状又は、時折、重大な副作用として、1つの推定上の危険因子が腎機能の低下である、乳酸アシドーシス(致命的であり得る)を伴い得る。更に、メトホルミンは主に腎糸球体ろ過及び尿細管分泌によって腎臓から変化せずに排泄されるので、腎疾患又は腎機能障害をもつ患者には禁忌である。従って、従来のメトホルミン治療は、例えば、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のために、特定の患者には不適切であり得る。このようにメトホルミンに不適格である患者の数は、非常に多数になり、薬剤から利益を得ることになるかなりの割合の患者が含まれることになる。それ故、メトホルミン治療に不適格なこれらの糖尿病患者に有効で安全で且つ許容できる抗糖尿病治療を提供することが当該技術において依然として求められている。」
「【0007】
本発明の意味の範囲内のメトホルミン治療に不適格な患者には、
-メトホルミン治療が禁忌である患者、例えば、分類表示に従ってメトホルミン治療に対して1つ以上の禁忌をもつ患者、例えば、以下より選ばれる少なくとも1つの禁忌をもつ患者:
腎疾患、腎機能障害又は腎機能不全(例えば、局所的に認可されたメトホルミンの製品情報によって指定されている)、
脱水症、
不安定又は急性の鬱血性心不全、
急性又は慢性代謝性アシドーシス、及び
遺伝性ガラクトース不耐性; 及び
-トホルミンが原因の1つ以上の耐え難い副作用、特にメトホルミンと関連している胃腸の副作用を受けている患者、例えば、以下より選ばれる1つ以上の胃腸の副作用を受けている患者:
吐き気、
嘔吐、
下痢、
腸内ガス、
ひどい腹部の不快感。
【0008】
更に、副作用に対する感受性が高いため、高齢患者(例えば≧60-70歳)の治療には、腎機能の注意深い監視がしばしば随伴されなければならない。クレアチニンクリアランスの測定により腎機能が低下しないことを示さない限り、メトホルミンは、通常、高齢個体、特に≧80歳には推奨されない。従って、メトホルミン治療に不適格な患者には、例えば、≧60-65歳又は特に≧80歳高齢患者が含まれてもよいが、これに限定されない。
【0009】
本発明の意味の範囲内のメトホルミン治療に不適格な患者の特別な実施態様は、例えば、高血清クレアチニンレベル(例えば、年齢について標準の上限を超える血清クレアチニンレベル、例えば、男性において≧130-150μモル/l、又は≧1.5 mg/dl(≧136μモル/l)及び女性において≧1.4 mg/dl(≧124μmol/l))又は異常なクレアチニンクリアランス(例えば、糸球体ろ過速度(GFR)≦30-60ml/分、例えば、ESRDを含む中等度又は重度の腎障害を含む)によって示されるように、腎疾患、腎障害、又は腎機能不全又は腎機能障害(軽度、中等度及び重度の腎障害を含む)をもつ患者に関するものである。
【0010】
これに関連して、より詳細な例として、軽度腎障害は、例えば、50-80ml/分のクレアチニンクリアランス(男性において≦1.7mg/dL及び女性において≦1.5 mg/dLの血清クレアチンレベルにほぼ対応する)によって示されてもよく; 中等度腎障害は、例えば、30-50ml/分のクレアチニンクリアランス(男性において>1.7~≦3.0mg/dL、女性において>1.5~≦2.5 mg/dLの血清クレアチニンレベルにほぼ対応する)によって示されてもよく; 重度腎臓障害は、例えば、<30ml/分のクレアチニンクリアランス(男性において>3.0mg/dL及び女性において>2.5mg/dLの血清クレアチニンレベルにほぼ対応する)によって示されてもよい。末期腎疾患患者には、透析(例えば、血液透析又は腹膜透析)が必要である。
【0011】
他のより詳細な例として、腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者には、糸球体ろ過速度(GFR、ml/分/1.73m2)に従って5病期に層別化され得る、慢性腎不全又は障害をもつ患者が含まれる: 1期は正常なGFR≧90と持続的な蛋白尿又は既知の構造的又は遺伝性腎疾患を特徴とし; 2期は軽度腎障害を記載するGFRの弱い低下(GFR 60-89)を特徴とし; 3期は中等度腎障害を記載するGFRの中程度の低下(GFR 30-59)を特徴とし; 4期は重度腎障害を記載するGFRの激しい低下(GFR 15-30)を特徴とし; 末期5は透析を必要とすること又は確立された腎不全(末期腎疾患、ESRD)を記載するGFR<15を特徴とする。」
「【0014】
CD26としても知られる酵素DPP-4(ジペプチジルペプチダーゼIV)は、N末端にプロリン又はアラニン残基を有する多くのタンパク質のN末端からジペプチドの切断につながることが知られるセリンプロテアーゼである。この特性のため、DPP-4阻害剤は、ペプチドGLP-1を含む生物活性ペプチドの血漿レベルを妨害し、糖尿病の治療に有望な薬剤であるとみなされている。」
「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0049】
本発明の範囲内で、驚くべきことに、本明細書に定義されるDPP-4阻害剤が、代謝性疾患、特に糖尿病(特に2型糖尿病)及びそれに関連した状態(例えば糖尿病性合併症)を治療及び/又は予防する(進行を阻止又は遅らせることを含む)のに特に適切にする、驚くべき特性、特に有利な特性を、特にメトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である患者、例えば、メトホルミンに対して不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療法には不適格な患者又はメトホルミン投与量の減少を必要とする患者において有することが見出された。
【課題を解決するための手段】
【0050】
従って、本発明は、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療が不適切である患者において、代謝性疾患、特に2型糖尿病の治療及び/又は予防に用いられる本明細書に定義されるDPP-4阻害剤を提供する。
本発明は、更に、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療が不適切である患者において、代謝性疾患、特に2型糖尿病の治療及び/又は予防用の医薬組成物を製造するための本明細書に定義されるDPP-4阻害剤の使用を提供する。
本発明は、更に、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療が不適切である患者において、代謝性疾患、特に2型糖尿病の治療及び/又は予防に用いられる医薬組成物であって、本明細書に定義されるDPP-4阻害剤を含み、必要により1つ以上の医薬的に許容され得る担体及び/又は希釈剤を含んでもよい、前記医薬組成物を提供する。」
「【0053】
更に、本明細書に定義されるDPP-4阻害剤は、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療が不適切である患者において、以下の方法の1つ以上に有効であり得る
-代謝性疾患を予防する、進行を遅らせる、遅延させる又は治療する;
-血糖コントロールを改善する及び/又は空腹時血漿グルコース、食後の血漿グルコース及び/又はグリコシル化ヘモグロビンHbA1cを低下させる;
-糖尿病の合併症からなる群より選ばれる状態又は障害を予防する、進行を遅らせる、遅延させる又は治療する;
-体重を減少させる又は体重の増加を防止する又は体重の減少を促進させる;
-膵臓ベータ細胞の変性を予防又は治療する及び/又は膵臓ベータ細胞の機能を回復させる及び/又は改善する及び/又は膵臓インスリン分泌の機能を刺激及び/又は回復させる; 及び/又は
-インスリン感受性を維持及び/又は改善する及び/又は高インスリン血症及び/又はインスリン抵抗性を治療又は防止する。」
「【0055】
更に、本発明の実施態様によれば、腎疾患、腎機能不全、又は腎機能の不全又は障害(慢性腎不全をもつ患者を含む)をもつ患者において、代謝性障害又は疾患、特に糖尿病(特に2型糖尿病)を治療し更に/又は予防する(発症又は進行のリスクを低下させることを含む)本明細書に定義されるDPP-4阻害剤が、必要により、例えば、本明細書に挙げられるものより選ばれる、1つ以上の他の活性物質と組み合わせて提供される。
【0056】
本発明の実施態様において、必要により、スルホニル尿素、チアゾリジンジオン、グリニド、アルファ-グルコシダーゼ遮断薬、GLP-1又はGLP-1類似体、及びインスリン又はインスリン類似体より選ばれる1つ又は2つの従来の高血糖治療薬と(追加又は最初に)組み合わせてもよい、本明細書に定義されるDPP-4阻害剤による治療に適している本明細書に記載される患者には、薬剤未投与の糖尿病患者や治療前の糖尿病患者、例えば、従来の抗糖尿病治療にもかかわらず血糖コントロールが不充分な患者(例えば一次又は二次薬剤不全)、例えば、メトホルミン、スルホニル尿素、チアゾリジンジオン、グリニド、アルファ-グルコシダーゼ遮断薬、GLP-1又はGLP-1類似体、及びインスリン又はインスリン類似体より選ばれる1つ、2つ又は3つの従来の高血糖治療薬による薬剤にもかかわらず(適用できる場合には、最大許容された経口投与量による治療にもかかわらず)(例えば、スルホニル尿素、ピオグリタゾン又は(基礎)インスリンによる単独療法にもかかわらず又はスルホニル尿素/ピオグリタゾン、スルホニル尿素/(基礎的)インスリン又はピオグリタゾン/(基礎)インスリンの組み合わせによる二剤併用療法にもかかわらず)血糖コントロールが不充分な患者が含まれてもよいが、これらに限定されない。」
「【0060】
本発明の特別な実施態様は、メトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である、血糖コントロールが不充分な患者における2型糖尿病の治療に用いられるDPP-4阻害剤に関するものである。
本発明の他の特別な実施態様は、メトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である患者における(特に腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における)代謝性疾患(特に2型糖尿病)の治療及び/又は予防に用いられるDPP-4阻害剤であって、前記DPP-4阻害剤が、低投与量レベルで又は、有利には、正常な腎機能をもつ患者と同じ投与量レベルで前記患者に投与されるので、例えば、前記DPP-4阻害剤が、腎機能の低下のための下方投薬調整を必要としないことを特徴とする、前記DPP-4阻害剤に関するものである。
【0061】
本発明の特別な実施態様は、メトホルミンに対する不耐性又は禁忌、例えば、上文又は下文に定義された不耐性又は禁忌のいずれかのためにメトホルミン治療には不適格な患者において2型糖尿病の治療に用いられるDPP-4阻害剤に関するものである。
本発明の意味の範囲内で、本発明の治療が関係する患者の特別なサブグループは、(特に中等度、重度又は末期の)慢性腎不全又は障害をもつ患者に関するものである。
腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者は、特に、個々の薬剤の種類と特性(例えば、薬物速度論、薬力学、代謝、排出経路)に及び腎障害の患者のグレードに基づき、薬剤及び投薬法の適切な選択のための注意深い評価を必要とする。
本発明のために(特に腎機能低下をもつ患者に対して)示すことができるDPP-4阻害剤は、活性代謝産物が、好ましくは比較的広い(例えば約>100倍)治療濃度域を有し更に/又は、特に、肝代謝又は胆汁中排泄によって主に排出されるような経口DPP-4阻害剤であってもよい。
【0062】
更に詳細には、本発明のために(特に腎機能が低下した患者に対して)特に適切なDPP-4阻害剤は、比較的広い(例えば>100倍)治療濃度域を有し且つ/又は以下の薬物速度論的特性(好ましくは治療経口服用レベルで)の1つ以上を満たすような経口投与DPP-4阻害剤であってもよい:
-DPP-4阻害剤は、肝臓を介して実質的に又は大部分が排泄され(例えば、投与された経口量の>80%又は>90%もの)、更に/又は腎排泄は、ほとんどないか、又は非主要の排出経路でしかない(例えば、放射性標識炭素(14C)物質経口投与量の排出を追跡することにより測定された量は、例えば、測定した投与された経口投与量の<10%、好ましくは<7%である);
-DPP-4阻害剤は、親薬剤として大部分は変化せずに排泄され(例えば、放射性標識炭素(14C)物質の経口投薬後の尿及び大便中の排泄された放射能の平均>70%、又は>80%、又は、好ましくは90%による)、更に/又は代謝によってほとんど排出されず又は少量程度のみ除去される(例えば、<30%、又は<20%、又は、好ましくは10%);
-DPP-4阻害剤の1つ又は複数の(主要)代謝産物は、薬理的に不活性である。例えば、主な代謝産物は、標的酵素DPP-4の活性に結合しないか或いはこれを阻止せず、必要により、親化合物と比較して急速に排出される(例えば、消失半減期が15.9時間、≦20時間、又は、好ましくは、≦約16時間)。
【0063】
一実施態様において、3-アミノピペリジン-1-イル置換基を有するDPP-4阻害剤の(薬理的に不活性であり得る)(主要)代謝産物は、3-アミノピペリジン-1-イル部分のアミノ基がヒドロキシル基によって置き換えられて、3-ヒドロキシピペリジン-1-イル部分を形成するような誘導体である。
【0064】
本発明のために魅力的であり得るDPP-4阻害剤の特性は、更に、以下の1つ以上であってもよい: 定常状態の急速な達成(例えば、治療経口服用レベルによる治療の2日目と5日目の間に定常状態血漿レベル(定常血漿濃度の>90%)に達する)、少量の蓄積(例えば、治療経口服用レベルによる平均蓄積比RA,AUCが≦1.4)、及び/又は好ましくは1日1回用いた場合に、DPP-4阻止に対して長時間効果を維持すること(例えば、治療経口服用レベルにおいてDPP-4阻止がほぼ完全(>90%)、治療経口薬剤投与量の1日1回の摂取後の24時間の間隔にわたって>80%阻止)、治療服用レベルにおいて食後2時間の血中グルコース可動域の著しい低下が(治療の1日目にすでに)>80 %、及び1日目に尿に排泄される変化していない親化合物の累積量が投与量の1%未満であり、定常状態で約3-6%以下まで増加すること。
【0065】
従って、本発明は、また、代謝性疾患(特に、メトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である患者における、特に腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における2型糖尿病)の治療及び/又は予防に用いられるDPP-4阻害剤であって、前記DPP-4阻害剤がほとんど排泄されないか或いは腎臓を介して少量程度のみ(例えば、投与経口量の<10%、好ましくは<7%)排出される(例えば、放射性標識炭素(14C)物質経口投与量の排出を追跡することにより測定された)ことを特徴とする、前記DPP-4阻害剤に関する。
更に、本発明は、代謝性疾患(特に、メトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である患者における、特に腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における2型糖尿病)の治療及び/又は予防に用いられるDPP-4阻害剤であって、前記DPP-4阻害剤が実質的に又は大部分は肝臓を介して排泄される(例えば、放射性標識炭素(14C)物質経口投与量の排出を追跡することによって測定された)ことを特徴とする、前記DPP-4阻害剤に関する。
更に、本発明は、代謝性疾患(特に、メトホルミン治療がメトホルミンに対して不耐性又は禁忌のために不適切である患者における、特に腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における2型糖尿病)の治療及び/又は予防に用いられるDPP-4阻害剤であって、
前記DPP-4阻害剤が親薬剤として大部分は変化せずに排泄され(例えば、放射性標識炭素(14C)物質の経口投薬後の尿及び大便中に排泄された放射能が平均>70%、又は>80%、又は、好ましくは90%)、前記DPP-4阻害剤がほとんど除去されず或いは代謝によって少量程度のみ排出され、更に/又は前記DPP-4阻害剤の主要代謝産物が薬理的に不活性であるか又は比較的広い治療濃度域を有することを特徴とする、前記DPP-4阻害剤に関する。」
「【発明を実施するための形態】
【0066】
第1の実施態様(実施態様A)において、本発明の関連においてDPP-4阻害剤は、下記式のDPP-4阻害剤である
下記式(I)
【0067】
【化10】
[図:0001425666000005.jpg]
【0068】
又は下記式(II)
【0069】
【化11】
[図:0001425666000006.jpg]
【0070】
又は式(III)
【0071】
【化12】
[図:0001425666000007.jpg]
【0072】
又は式(IV)
【0073】
【化13】
[図:0001425666000008.jpg]
【0074】
(式中、R1は、([1,5]ナフチリジン-2-イル)メチル、(キナゾリン-2-イル)メチル、(キノキサリン-6-イル)メチル、(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル、2-シアノベンジル、(3-シアノキノリン-2-イル)メチル、(3-シアノピリジン-2-イル)メチル、(4-メチルピリミジン-2-イル)メチル又は(4,6-ジメチルピリミジン-2-イル)メチルを示し、R2は、3-(R)-アミノピペリジン-1-イル、(2-アミノ-2-メチルプロピル)メチルアミノ又は(2-(S)-アミノプロピル)メチルアミノ)、又は医薬的に許容され得る塩を示す)。
【0075】
第2の実施態様(実施態様B)において、本発明の関連においてDPP-4阻害剤は、以下からなる群より選ばれるDPP-4阻害剤である
シタグリプチン、ビルダグリプチン、サキサグリプチン、アログリプチン、
(2S)-1-{[2-(5-メチル-2-フェニルオキサゾール-4-イル)エチルアミノ]アセチル}ピロリジン-2-カルボニトリル、
(2S)-1-{[1,1,-ジメチル-3-(4-ピリジン-3-イルイミダゾール-1-イル)プロピルアミノ]アセチル}ピロリジン-2-カルボニトリル、
(S)-1-((2S,3S,11bS)-2-アミノ-9,10-ジメトキシ-1,3,4,6,7,11b-ヘキサヒドロ-2H-ピリド[2,1-a]イソキノリン-3-イル)-4-フルオロメチルピロリジン-2-オン、
(3,3-ジフルオロピロリジン-1-イル)-((2S,4S)-4-(4-(ピリミジン-2-イル)ピペラジン-1-イル)ピロリジン-2-イル)メタノン、
(1((3S,4S)-4-アミノ-1-(4-(3,3-ジフルオロピロリジン-1-イル)-1,3,5-トリアジン-2-イル)ピロリジン-3-イル)-5,5-ジフルオロピペリジン-2-オン、
(2S,4S)-1-{2-[(3S,1R)-3-(1H-1,2,4-トリアゾル-1-イルメチル)シクロペンチルアミノ]アセチル}-4-フルオロピロリジン-2-カルボニトリル、
(R)-2-[6-(3-アミノピペリジン-1-イル)-3-メチル-2,4-ジオキソ-3,4-ジヒドロ-2H-ピリミジン-1-イルメチル]-4-フルオロベンゾニトリル、
5-{(S)-2-[2-((S)-2-シアノピロリジン-1-イル)-2-オキソ-エチルアミノ]プロピル}-5-(1H-テトラゾール-5-イル)-10,11-ジヒドロ-5H-ジベンゾ[a,d]シクロヘプテン-2,8-ジカルボン酸ビスジメチルアミド、
3-{(2S,4S)-4-[4-(3-メチル-1-フェニル-1H-ピラゾール-5-イル)ピペラジン-1-イル]ピロリジン-2-イルカルボニル}チアゾリジン、
[(2R)-1-{[(3R)-ピロリジン-3-イルアミノ]アセチル}ピロリジン-2-イル]ボロン酸、
(2S,4S)-1-[2-[(4-エトキシカルボニルビシクロ[2.2.2]オクタ-1-イル)アミノ]アセチル]-4-フルオロピロリジン-2-カルボニトリル、
2-({6-[(3R)-3-アミノ-3-メチルピペリジン-1-イル]-1,3-ジメチル-2,4-ジオキソ-1,2,3,4-テトラヒドロ-5H-ピロロ[3,2-d]ピリミジン-5-イル}メチル)-4-フルオロベンゾニトリル、及び
6-[(3R)-3-アミノピペリジン-1-イル]-5-(2-クロロ-5-フルオロベンジル)-1,3-ジメチル-1,5-ジヒドロ-ピロロ[3,2-d]ピリミジン-2,4-ジオン、又は
その医薬的に許容され得る塩。
【0076】
第1の実施態様(実施態様A)に関して、好ましいDPP-4阻害剤は、以下の化合物及びその医薬的に許容され得る塩の一部又は全部である:
・1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチン(WO 2004/018468、実施例2(142)に匹敵する):
【0077】
【化14】
[図:0001425666000009.jpg]
【0078】
・1-[([1,5]ナフチリジン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-((R)-3-アミノピペリジン-1-イル)キサンチン(WO 2004/018468、実施例2(252)に匹敵する):
【0079】
【化15】
[図:0001425666000010.jpg]
【0080】
・1-[(キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-((R)-3-アミノピペリジン-1-イル)キサンチン(WO 2004/018468、実施例2(80)に匹敵する):
【0081】
【化16】
[図:0001425666000011.jpg]
・・・
【0100】
これらのDPP-4阻害剤は、例外的な効力及び長期にわたる作用と有利な薬理学的特性、受容体選択性及び有利な副作用プロファイルとを組み合わせるか又は他の医薬活性物質と組み合わせた場合に予想外の治療上の利点又は改善をもたらすので、構造的に匹敵するDPP-4阻害剤から区別される。これらの調製は、言及した引例に開示されている。
本発明の実施態様Aの上述のDPP-4阻害剤の中でより好ましいDPP-4阻害剤は、1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチン、特にその遊離塩基である(BI 1356としても知られる)。」
「【0108】
第1の実施態様(実施態様A)に関して、実施態様Aにおいて本明細書に挙げられたDPP-4阻害剤に典型的に必要とされる用量は、静脈内投与される場合、0.1mg~10mg、好ましくは0.25mg~5mgであり、経口投与される場合、0.5mg~100mg、好ましくは2.5mg~50mg又は0.5mg~10mg、より好ましくは2.5mg~10mg又は1mg~5mgであり、いずれの場合においても1日1~4回である。従って、例えば、1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチンの用量は、経口投与される場合、0.5mg~10mg/患者/日、好ましくは2.5mg~10mg又は1mg~5mg/患者/日である。
【0109】
実施態様Aにおいて本明細書に挙げられるDPP-4阻害剤を含む医薬組成物で調製される剤形は、有効成分を0.1-100mgの用量範囲で含有する。従って、例えば、1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチンの具体的な用量は、0.5mg、1mg、2.5mg、5mg及び10mgである。」
「【0115】
本発明の意味の範囲内で強調される特に好ましいDPP-4阻害剤は、(BI 1356としても知られる)1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチンである。BI 1356は、効力が高く、作用の持続が24時間であり、また、治療濃度域が広い。1、2.5、5又は10mgのBI 1356を1日1回12日間反復経口投与を受ける2型糖尿病患者において、BI 1356は、定常状態の達成が急速であること(例えば、すべての投与グループにおいて治療の2日~15日目に定常血漿レベル(13日目に投与前血漿濃度の>90%)に達する)、蓄積がほとんどないこと(例えば、1mgを超える用量で平均蓄積比がRA,AUC≦1.4)及びDPP-4阻止に対する長期にわたる作用が維持すること(例えば、5mg及び10mg投与量レベルでほぼ完全な(>90%)DPP-4阻止、即ち、それぞれ、定常状態で92.3及び97.3%阻止し、薬剤摂取後の24時間にわたって>80%阻止する)、並びに用量≧2.5mgで≧80 %(すでに1日目に)だけ食後2時間の血中グルコース可動域が著しく低下すること、また、1日目の尿中に排泄される変化していない親化合物の累積量が投薬量の1%未満であり、12日目に約3-6%以下に増加すること(腎クリアランスCLR,ssは経口投薬量について約14~約70mL/分であり、例えば、5mg投与量については腎クリアランスは約70ml/分である)による有利な薬力学的及び薬物動態学的なプロファイル(例えば、以下の表1を参照のこと)を示す。2型糖尿病をもつ人々において、BI 1356は、プラセボのような安全性及び許容性を示す。≧約5mgの低用量において、BI 1356は、24時間の全持続時間のDPP-4阻止で真の1日1回の経口薬剤として作用する。治療経口服用レベルで、BI 1356は、大部分は肝臓を経て、少量程度(投与経口投与量の約<7%)だけ腎臓を経て排泄される。BI 1356は、主に、胆汁を経て変化せずに排泄される。腎臓を経て排出されるBI 1356の画分は、経時及び増加投与量で非常にわずかしか増加しないので、おそらく患者の腎機能に基づいてBI 1356の投与量を変更する必要がない。低蓄積可能性及び広い安全域と組み合わせたBI 1356の非腎排出は、腎不全及び糖尿病性腎障害の高罹患率を有する患者集団において著しく有利になり得る。
【0116】
表1:
定常状態(12日目)におけるBI 1356の薬物動態学的パラメーターの幾何平均(gMean)及び幾何変動係数(gCV)
[図:0001425666000012.jpg]
」
「【実施例】
【0128】
本発明のための本発明のDPP-4阻害剤の有用性は、臨床試験を用いて調べることができる:
例えば、無作為二重盲検平行グループ試験において、本発明のDPP-4阻害剤の安全性と有効性(例えば、5mgのBI 1356が1日1回経口投与される)を、メトホルミンに対して不耐性又は禁忌のためにメトホルミン治療に不適格である2型糖尿病及び不充分な血糖コントロール(例えばHbA1c 7%~10%)をもつ患者における18週間の治療期間、次に34週間二重盲検延長拡張期間にわたってプラセボと比較する(プラセボはグリメピリドに変える)。
以下のように定義されるメトホルミン治療に不適格な患者:
分類表示によるメトホルミン治療に対する禁忌、例えば:
腎疾患又は腎機能不全(例えば、局所的に認可されたメトホルミンの製品情報によって指定されている)、
研究者の臨床判断による脱水症、
不安定又は急性の鬱血性心不全、急性又は慢性代謝性アシドーシス(患者の履歴における状態を示す)、
遺伝性ガラクトース不耐性; 又は
メトホルミンに起因する確認された耐えられない副作用、例えば:
吐き気、
嘔吐、
下痢、
腸内ガス、
ひどい腹部の不快感。
【0129】
この実験においてこの患者集団における本発明のDPP-4阻害剤の有効性を18週間のより短い治療期間にわたって、また、最高52週間のより長い治療期間にわたって安全性/許容性をスルホニル尿素薬剤(グリメピリド)と比較して調べる。
最初の値と及び/又はプラセボグループの値とを比較することにより、HbA1c値を決定することによって治療の成功を試験する。最初の値及び/又はプラセボ値と比較したHbA1c値の著しい変化は、治療のためのDPP-4阻害剤の有効性を示す。また、最初の値及び/又はプラセボグループの値とを比較することにより、空腹時血漿グルコース値を決定することによって治療の成功を試験することができる。空腹時血糖値の著しい低下は、治療の有効性を示す。また、標的応答に対する治療の存在(即ち、治療によるHbA1c<7%又は<6.5%)は、治療の有効性を示す。
【0130】
ベースラインからの患者の状態及び適切な変化、例えば、副作用の発生と強度(例えば、腎有害事象、低血糖エピソード等)又はグリメピリド治療による体重増加をDPP-4阻害剤治療と比較して評価することによって治療の安全性及び許容性を調べる。
他の実施例として、無作為二重盲検平行グループ試験において、本発明のDPP-4阻害剤(例えば、5mgのBI 1356)の安全性、有効性及び許容性をインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤による患者を含む重度の慢性腎障害(GFR<30ml/分、慢性透析の状態にない)をもつ2型糖尿病性男性と女性患者において52週間の治療期間にわたってプラセボと比較する。
患者の状態を評価することによって治療の安全性と許容性を調べる。有効性は、12週間治療後のHbA1cにおけるベースラインからの変化によって、空腹時血漿グルコースパラメーターの変化によって、又はベースラインと経時比較した52週間におけるインスリン及び/又はスルホニル尿素用量の変化によって調べることができる。
【0131】
本発明のためのDPP-4阻害剤の代謝と排出特性:
経口投与用放射性標識(例えば、[14C]標識) DPP-4阻害剤を用いて、例えば、本発明のために適切であると決定された化合物について以下の通り、ヒト被検者における本発明のDPP-4阻害剤の排泄経路、質量平衡及び代謝を調べることができる:
10mg[14C]BI 1356/被検者(例えば、健康な男性志願者)の経口投与後、合計放射能は、主に、大便によって排出され、投与量の平均83.8%が16日以内に排泄される。腎排泄は、投与9日後に投与量の6.6%とみなされる。合計放射能の回収は、投与量の86.1%-95.1%(平均: 90.4%)の範囲にある。
[14C]BI 1356の経口投与後、親化合物は、調べたすべてのマトリックスにおいて最も多量の放射性物質である。血漿中の親化合物[14C]BI 1356は、経口投与後試料放射能の平均74%を占める(試料プール:1.5+3+6時間)。プールされた試料中16.9%の試料放射能を有する血漿において不活性の主要代謝産物が確認される。親化合物[14C]BI 1356は、尿と大便中に変化せずに排泄され、経口投薬後の排泄された放射能は平均90%である。主要代謝産物を含む代謝産物は、個別に排泄物の<10%を占める。」
(3)判断
ア 本件特許発明1について
(ア)特許法第36条第4項1号について
特許法第36条第4項第1号には、発明の詳細な説明の記載について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることが規定されるところ、「薬剤」という「物の発明」である本件特許発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるためには、発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願時の当該「薬剤」の技術分野における技術常識を参照した当業者が、その物を作り、かつ、その物を使用できることが必要である。
ここで、本件特許発明の「1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチン」は「BI-1356」としても知られる化合物であって、「1-[(4-メチルキナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノピペリジン-1-イル)キサンチンまたはその薬学的に許容される塩」(以下「本件化合物」という。)は、本件特許出願当時、経口投与により2型糖尿病の治療に有用であることが技術常識であったものであることを踏まえると(前記(1)ア(ア)、(イ))、本件特許発明は、2型糖尿病の治療薬として公知の本件化合物について、その投与対象を「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」に特定し、「一日一回5mgの経口投与量で投与される」という用法・用量を特定して、「2型糖尿病の治療のため」という医薬用途に適用したことに技術的特徴を有する医薬用途発明であるといえる。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、当業者がその物を使用できる程度に明確かつ十分に記載されているといえるためには、発明の詳細な説明において、薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載して、本件特許出願時の技術常識に照らして、本件化合物が上記特定の投与対象及び特定の用法・用量で2型糖尿病治療薬として使用できることを当業者が理解できるように記載される必要がある。
以上を踏まえて、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号の要件を満たすか否かについて、検討する。
(イ)判断
a 本件特許発明1の薬剤を製造できることが当業者に理解できるように記載されているかについて検討すると、本件特許出願日当時、本件化合物は2型糖尿病患者に対し、1日1回5mgの用量等で経口投与され、血糖降下作用を奏することは技術常識であったから(前記(1)ア(イ))、本件化合物を含む薬剤を製造可能であることは明らかである。
b 次に、本件化合物を含む薬剤を、「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」に対し、「一日一回5mgの経口投与量で投与される」という用法・用量で用いることにより、「2型糖尿病の治療のため」に使用することができるかについて検討する。
まず、投与対象である「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、重度の慢性腎障害に関し、「2型糖尿病は、世界中で罹患率が増加している一般疾患であり、・・・腎機能障害又は腎不全のような微小血管合併症を伴うことがあり得る。・・・糖尿病の典型的な長期合併症の1つは、糖尿病性腎症であり、場合によっては腎不全に進行し得る。」(【0002】段落)こと、及び「腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者は、特に、個々の薬剤の種類と特性(例えば、薬物速度論、薬力学、代謝、排出経路)に及び腎障害の患者のグレードに基づき、薬剤及び投薬法の適切な選択のための注意深い評価を必要とする」こと(【0061】段落)が説明されるとともに、インスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療に関し、「食事療法や運動療法は、糖尿病の治療にとって不可欠である。これらの治療法が患者の状態を十分に制御し得ない場合、糖尿病の治療に経口又は非経口糖尿病薬が更に用いられる。従来の抗糖尿病薬又は高血糖治療薬としては・・・スルホニル尿素、・・・インスリン、インスリン類似体が挙げられるが、これらに限定されない。」(【0003】段落)こと、及び「腎疾患、腎機能不全、又は腎機能の不全又は障害(慢性腎不全をもつ患者を含む)をもつ患者において、・・・DPP-4阻害剤が、必要により、・・・1つ以上の他の活性物質と組み合わせて提供され」(【0055】段落)てもよく、そのような「患者には、・・・例えば、従来の抗糖尿病治療にもかかわらず血糖コントロールが不充分な患者、例えば・・・スルホニル尿素、・・・及びインスリン又はインスリン類似体より選ばれる1つ、2つ又は3つの従来の高血糖治療薬による薬剤にもかかわらず」「血糖コントロールが不充分な患者が含まれてもよい」(【0056】段落)と記載されている。そうすると、本件特許発明1で投与対象となっている「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」とは、従前からのインスリン及び/又はスルホニル尿素の投与を行っている患者、又は行っていない患者であって、重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者であると理解できる。
次に、こうした患者に対するBI-1356の特定の用法・用量での2型糖尿病治療への適用について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を検討する。
本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0004】段落によれば、本件特許発明1は、高血糖治療薬であるメトホルミンが、「主に腎糸球体ろ過及び尿細管分泌によって腎臓から変化せずに排泄されるので、腎疾患又は腎機能障害をもつ患者には禁忌である」ことに鑑みなされた発明であり、【0060】段落には、「特に腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における」「代謝性疾患(特に2型糖尿病)の治療及び/又は予防に用いられるDPP-4阻害剤」として、「有利には、正常な腎機能をもつ患者と同じ投与量レベルで前記患者に投与され」、例えば、「腎機能の低下のための下方投薬調整を必要としないことを特徴とする」ことが記載されている。
つづく【0062】段落には、特に腎機能が低下した患者に対して適切なDPP-4阻害剤として、以下の(ア)~(ウ)の特性の1つ以上を満たすようなものであってもよいことが記載されている。
(ア)「肝臓を介して実質的に又は大部分が排泄され(例えば、投与された経口量の>80%又は>90%もの)、更に/又は腎排泄は、ほとんどないか、又は非主要の排出経路でしかない(例えば、放射性標識炭素(14C)物質経口投与量の排出を追跡することにより測定された量は、例えば、測定した投与された経口投与量の<10%、好ましくは<7%である)」こと、
(イ)「親薬剤として大部分は変化せずに排泄され(例えば、放射性標識炭素(14C)物質の経口投薬後の尿及び大便中の排泄された放射能の平均>70%、又は>80%、又は、好ましくは90%による)、更に/又は代謝によってほとんど排出されず又は少量程度のみ除去される(例えば、<30%、又は<20%、又は、好ましくは10%)」こと、
(ウ)「1つ又は複数の(主要)代謝産物は、薬理的に不活性である」こと。
そして、【0115】段落及び【0116】段落において、具体的なDPP-4阻害剤であるBI-1356を「2型糖尿病患者」に1、2.5、5又は10mgで1日1回反復経口投与したところ、長期にわたりDPP-4阻害作用を維持し、特に5mg及び10mg投与量でDPP-4をほぼ完全に(>90%)阻害し、薬剤摂取後24時間にわたってDPP-4を80%以上阻害したこと、及び2.5mg以上の投与量で食後2時間の血中グルコース可動域を著しく低下させつつも、12日目の尿中親化合物の累積量が投与量の約3~6%以下で、蓄積もほとんどないという有利な薬力学的・薬物動態学的なプロファイルを示すことが具体的な薬理データとともに記載されている。
また、【0131】段落では、放射性同位体の[14C]で標識された腎機能が低下した患者に対して適切なDPP-4阻害剤を、「10mg」用量で「被検者(例えば、健康な男性志願者)」に経口投与したところ、「主に、大便によって排出され、投与量の平均83.8%が16日以内に排泄され」、「腎排泄は、投与9日後に投与量の6.6%とみなされる」こと(上記(ア)の特性に相当)、及び「親化合物[14C]BI 1356は、尿と大便中に変化せずに排泄され、経口投薬後の排泄された放射能は平均90%である」のに対し、「主要代謝産物を含む代謝産物は、個別に排泄物の<10%を占める」こと(上記(イ)の特性に相当)、並びに「試料中16.9%の試料放射能を有する血漿において不活性の主要代謝産物が確認される」こと(上記(ウ)の特性に相当)が具体的な薬理データの裏付けをもって記載されており、BI-1356が、腎機能が低下した患者に対して適切であるDPP-4阻害剤の特性として記載された上記(ア)~(ウ)を満たしていることが理解できる。
ここで、これらの薬理データは、あくまで健康な男性志願者及び腎障害の有無については不明の2型糖尿病患者(以下、「単なる2型糖尿病患者」という。)に対して投与して得られた結果であって、本件特許明細書の発明の詳細な説明においては、本件特許発明1の特定の対象患者に対し、特定の用法・用量で使用できることを直接的に示す薬理データは記載されていない。
そこで、上記の健康な男性志願者及び単なる2型糖尿病患者で得られた薬理データ、及び本件特許出願当時の技術常識から、当業者が、本件特許発明1の特定の対象患者に対し、特定の用法・用量で使用できると理解するかについてさらに検討する。
本件特許出願当時、医薬品臨床試験においては、患者特性や病態に応じた適正な医薬品使用を検討するため、健康者及び患者を被験者として代謝・排泄等の薬物動態試験が行われており、腎臓に障害を有する者等の被験薬の薬物動態パラメータが異なる集団に対しての試験は、臨床での使用状況や被験薬の特性を考慮して、必要な場合に検討することが技術常識となっていたのであるから(前記(1)ウ(ア))、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、健康な男性志願者及び単なる2型糖尿病患者に加えて、重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者における本件化合物の薬物動態試験が必要かどうかは、本件化合物の使用状況や特性に応じて検討されるものと認められる。この点、前記(1)イ(ア)及び(イ)で説示したように、本件特許出願日当時には、腎機能障害患者における薬物の代謝及び排泄に関する技術常識として、体内に吸収された薬物は未変化体若しくは代謝物として肝臓を介して胆汁・糞便から排泄されるか、腎臓を介して尿中から排泄されることが知られており、このうち腎排泄性の薬物については、腎機能障害患者において体内蓄積により副作用が発現するおそれがあり、投与の禁忌又は減量が必要である一方、肝臓で代謝排泄される薬物については投与量の調節が必要ないこと、及び肝排泄性の薬物であっても、代謝により腎排泄される活性代謝物が生じる場合があるため注意が必要であることが知られていた。そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明における上記の健康男性志願者及び単なる2型糖尿病患者で得られた薬理データ、及びBI-1356に関する本件特許出願当時の技術常識に照らせば、BI-1356は、1日1回5mgの経口投与で24時間にわたりDPP-4阻害活性を持続させる一方で(本件特許明細書発明の詳細な説明【0115】段落)、主な排泄経路は腎臓ではなく、尿中排泄率は用量に関係なく定常状態で7%未満であって(前記(1)ア(ウ))、大部分が親化合物(BI-1356)のまま肝臓経由で排泄され、少量生じる主要代謝産物も不活性である(本件特許明細書発明の詳細な説明【0131】段落)というものであるから、本件化合物は、腎機能障害患者において注意すべき腎排泄減少による薬物蓄積や活性代謝産物による副作用を生じさせる可能性が低く、その薬物動態及び薬効に腎機能が与える影響が小さいという特性を有する薬物であるといえる。本件化合物のこのような特性と、前記(1)イ(ア)の腎機能障害患者において肝臓で代謝排泄される薬物は用量調整を要しないとの技術常識を併せ考えると、健康男性志願者及び単なる2型糖尿病患者を被検者としているとはいえ、当業者が本件特許明細書の発明の詳細な説明で記載された薬理データを参酌すれば、腎機能障害患者における薬理データがなくとも、本件特許発明1の対象である「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」において、「一日一回5mgの経口投与量で投与」した際にも、同様に、「2型糖尿病の治療のため」に使用できることを理解できると認められる。
以上を踏まえると、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願日当時の技術常識を参酌した当業者が、請求項1に係る発明の物を作ることができ、かつ、その物を使用できる程度に記載されているといえる。
(ウ)請求人の主張について
a 請求人の主張の概要
請求人は、審判請求書、口頭審理陳述要領書、及び令和7年3月21日提出の上申書において、主に以下の主張を行っている。
(a) 本件特許発明は医薬発明であることは明らかであるから、実施可能要件の充足には特許明細書に「医薬用途を裏付ける実施例として、薬理試験結果の記載」が必要となるところ、本件特許明細書には4つの薬理試験と理解される記載、すなわち、【0128】段落~【0130】段落の試験、【0131】段落のDPP-4阻害剤の代謝と排出特性の試験、【0115】段落~【0116】段落の試験及び表1の結果、及び【0062】段落および【0064】段落の記載、があるものの、いずれも現在形の時制で書かれたものであるか結果の記載を欠くものであり、また、被験薬、対象患者、あるいは用法・用量が異なるものであるから、請求項1に記載の医薬発明の医薬用途を裏付ける薬理試験系とはいえない(審判請求書13頁1行~21頁12行)。
(b) 本件特許の各発明は、既に公知である医薬の用途発明であるから、公知医薬に比べて優れた効果等の「有用性」(「驚くべき特性、特に有利な特性」)があるものとして出願され、出願経過においても、「予期せぬ/驚くべき」有益な効果を提供する(特許第6480887号平成29年9月21日付け意見書)と主張されて特許されているところ、本件特許明細書にその有用性の裏付けたる薬理試験すら記載がないから実施可能要件違反である(口頭審理陳述要領書11頁12行~28行)。
(c) 特許法が実施可能要件を求めるのは、技術を公開したことへの代償として特許が許されるからであるところ、実施可能要件が満たされないような明細書の瑕疵を後日提出する実験データ等で治癒することを認めるのは、特許制度の本質に反するものであるから、被請求人により本件特許が実施可能要件を満たすことを裏付けるものとして提出された乙6~8(いずれも本件特許出願日以降に作成されたもの)は援用されるべきでない(口頭審理陳述要領書8頁7行~29行)。
(d) 本件特許明細書【0131】段落の健康な男性志願者についての記載が、低度から高度の腎障害者に適用できることが技術常識によって認められるとするならば、それは本件特許発明が技術常識の範疇に属し、本件特許発明に新規性・進歩性が欠如することを被請求人自ら主張していることになる。よって特許法153条の職権により、本件特許の新規性・進歩性欠如について審理されることを上申する(令和7年3月21日上申書3頁下から7行~最終行)。
b 判断
請求人の上記主張(a)~(d)について検討する。
(a)の主張について
確かに請求人が指摘する4つの記載は現在形で書かれているが、少なくとも【0115】~【0116】段落及び【0131】段落には具体的なデータを伴う記載がなされていることから、それらの記載が現在形であることのみをもって実施可能要件を満たさないとはいえない。また、【0115】~【0116】段落及び【0131】段落に記載された試験系は単なる2型糖尿病患者又は健康男性志願者を対象としたものであって、本件特許発明1とは対象患者が異なるものの、前記(イ)で説示したとおり、BI-1356が肝排泄性であって主要代謝産物が不活性であることに鑑みると、それぞれの患者で得られた結果を本件特許発明1の対象患者における薬効・薬物動態を検討するうえで参酌することができるものと認められる。くわえて、【0131】段落ではBI-1356を10mg用量で経口投与している点で、本件特許発明1の5mg用量とは異なるものの、本件特許出願当時、臨床薬物動態試験において、推定臨床用量及び臨床で使用が予想される最高用量を超える用量を含む投与量を用いて薬物動態パラメータを検討することは技術常識であるから(前記(1)ウ(イ))、代謝・排泄性に起因する薬物蓄積・副作用発現のリスクがより高くなる高用量(10mg用量)で確認された薬物動態パラメータから、5mg用量の代謝・排泄性を推認することは、当業者にとってむしろ自然のことといえる。そして、【0115】~【0116】段落及び【0131】段落を含めた本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載、並びに本件特許出願当時の技術常識を踏まえれば、本件特許発明1が実施可能といえることについては、前記(イ)で説示したとおりであるから、請求人の(a)の主張は採用できない。
(b)の主張について
請求人は、実施可能要件を満たすためには、明細書において、公知医薬に比べて優れた効果などの「有用性」(「驚くべき特性、特に有利な特性」や「顕著な効果」)を裏付ける薬理試験の記載が必要と主張しているが、特許法第36条4項1号で規定されるいわゆる実施可能要件は、有用な技術的思想の創作である発明を公開した代償として独占権が与えられるという特許制度の目的を達成するため、発明の詳細な説明について、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」とし、明細書が技術文献としての役割を果たすために必要な事項を規定したものであるから、当該要件で求められる「有用性」の記載とは、発明の詳細な説明及び本件特許出願当時の技術常識を踏まえた当業者が、その物を作り、かつその物を使用することができると理解するものであれば足り、特許法第29条2項における進歩性の判断で考慮されるような公知医薬に比べた優れた効果、驚くべき特性、又は特に有利な効果までは必要とされないものである(なお、請求人が「予期せぬ/驚くべき」有益な効果が提供される旨が記載されているとして提示した特許第6480887号の平成29年9月21日付け意見書は、本件の請求項に係る発明が進歩性を有することを主張したものであって、実施可能要件を満たすことを主張したものではない。)。そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び技術常識を踏まえれば、本件特許発明1が実施可能といえることについては、前記(イ)で説示したとおりであるから、請求人の(b)の主張は採用できない。
(c)の主張について
確かに、被請求人により提出された乙6~8は、本件特許出願日後に作成されたものであるから、実施可能要件の判断において参酌できないものであるが、乙6~8によらずとも、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び本件特許出願当時の技術常識を踏まえれば、本件特許発明1が実施可能といえることについては、前記(イ)のとおりである。
(d)の主張について
特許法第153条は「審判においては、当事者又は参加人が申し立てない理由についても、審理することができる」として、合議体の裁量権としての職権審理について規定しているが、無効審判制度が当事者対立構造を採用していることを踏まえると、合議体が職権審理の権限を発動するか否かは、その事件が公益に及ぼす影響、職権探知をすることによる審理遅延の可能性、職権探知の結果としての真実発見の可能性、等を総合的に考慮し事案に応じて判断すべきである(審判便覧51-18)。これを本件についてみると、請求人の主張は口頭審理後の令和7年3月21日に提出された上申書において初めてなされたものであり、かつ、その理由は本件審判請求の無効理由とは全く異なる「本件特許の新規性・進歩性欠如」(特許法第29条1項3号及び同条2項)に基づくものであって、その新規性・進歩性欠如が、いかなる証拠に基づき、いかなる公知発明及び技術常識が認定されるのか等、詳細は何ら説明されていないものであるから、当該理由を新たに検討することは、少なくとも本件の審理を著しく遅延させるものであることは明らかである。したがって、本件は新たに職権審理を行うべきものではないから、請求人の(d)の主張は採用できない。
(エ) 小括
上記のとおりであるから、発明の詳細な説明は、本件特許発明1について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえ、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものである。
イ 本件発明2~9について
本件発明2~9は、本件発明1を直接的又は間接的に引用し、対象患者、DPP-4阻害剤の排泄性及び代謝について、「患者が、糸球体ろ過速度(GFR)<30ml/分を有する」、「前記DPP-4阻害剤及び1つ又は複数のその主要活性代謝産物が比較的広い治療濃度域を有し更に/又は主に肝代謝又は胆汁中排泄を経て排出される」、「主に肝臓を介して排泄される」、「腎臓を経た排泄が、非主要(マイナー)排出経路である」、「大部分は変化せずに排泄される」、「代謝による排出が、非主要(マイナー)排出経路である」、「肝臓を経て親薬剤として主に排出される」、「主な代謝産物が、薬理的に不活性であるか又は比較的広い治療濃度域を有する」ことを特定するものであるが、本件特許明細書の発明の詳細な説明【0011】段落から、「糸球体ろ過速度(GFR)<30ml/分」を有する患者は重度腎障害に分類される患者であることが理解でき、そのような患者における本件化合物の排泄性及び代謝については、前記ア(イ)で説示したとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明2~9を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
2 無効理由2(サポート要件)について
(1)判断
ア 特許法第36条第6項第1号について
特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定(サポート要件)を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載を対比し、特許請求の範囲で特定された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 判断
本件特許明細書の発明の詳細な説明では、「糖尿病の典型的な長期合併症の1つは、糖尿病性腎症であり、場合によっては腎不全に進行し得る」ところ、「高血糖症の集中治療が慢性損傷の発生率を低下させることができるが、従来の高血糖治療の長期有効性の制限、許容性及び投薬の不便さが部分的にあることから、多くの2型糖尿病患者は依然として治療が不充分なままであり」、高血糖治療薬であるメトホルミンは、「主に腎糸球体ろ過及び尿細管分泌によって腎臓から変化せずに排泄されるので、腎疾患又は腎機能障害をもつ患者には禁忌である」ことが背景技術として記載され(【0002】段落)、「腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者は、特に、個々の薬剤の種類と特性(例えば、薬物速度論、薬力学、代謝、排出経路)に及び腎障害の患者のグレードに基づき、薬剤及び投薬法の適切な選択のための注意深い評価を必要とする」(【0061】段落)ものであるのに対し、本明細書に定義されるDPP-4阻害剤は、「腎疾患、腎機能不全又は腎障害をもつ患者における」「2型糖尿病」「の治療及び/又は予防に用いられ」、「低投与量レベルで又は、有利には、正常な腎機能をもつ患者と同じ投与量レベルで前記患者に投与されるので、」「腎機能の低下のための下方投薬調整を必要としないことを特徴とする」ものであることが記載されている(【0060】段落)。こうした本件特許明細書の発明の詳細な説明における記載、及び本件特許の特許請求の範囲の記載を踏まえると、本件特許発明の解決しようとする課題は、「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者において、2型糖尿病の治療に用いられる薬剤を提供すること」であると認められる。
これに対し、本件特許明細書の発明の詳細な説明では、本件化合物を含む薬剤を「重度の慢性腎障害をもつ2型糖尿病患者で、かつインスリン及び/又はスルホニル尿素バックグラウンド薬剤治療を行っていてもよい患者」における2型糖尿病の治療に用いることができることを直接的に示す薬理データは記載されていないものの、前記1(3)ア(イ)で説示したように、本件化合物の、薬物動態及び薬効に腎機能が与える影響が小さいという特性、及び腎機能障害患者において肝臓で代謝排泄される薬物は用量調整は要しないとの技術常識(前記1(1)イ(ア))を併せ考えると、健康男性志願者及び単なる2型糖尿病患者を被検者としているとはいえ、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0115】、【0116】、【0131】段落に記載された薬理データから、本件化合物を含む薬剤が、一日一回5mgの経口投与量において、当該患者に対する2型糖尿病の治療用薬剤として用いられることを、十分認識できるものと認められる。
そうしてみると、本件特許発明は、本件特許明細書の記載及び本件特許の出願日当時の技術常識に照らして、当業者が本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。
ウ 請求人の主張について
請求人は、審判請求書、口頭審理陳述要領書、及び令和7年3月21日提出の上申書において、前記1(3)ア(ウ)に記載された(a)~(d)と同様の主張を行っているが、それらの主張を採用できないことは、前記1(3)ア(ウ)で説示したとおりである。
(2)小括
上記のとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たすものである。
第7 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1~9に係る発明についての特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定される要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、また、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定される要件を満たしていない特許出願に対してされたものともいえないから、無効理由1及び2によって無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
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2024-800016