特許異議申立
2024-700969
塑性加工用潤滑剤組成物
- 審判番号
- 2024-700969
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2022-521795
- 登録番号
- 7466636
- 請求日
- 2024年10月04日
- 審決日
- 2025年02月13日
- 公報発行日
- 2025年04月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】株式会社MORESCO
- 【権利者代理人】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
- 【異議申立人】池田 仁
- 審判長/審判官
- 審判長 関根 裕
- 審判官 弘實 由美子
- 審判官 天野 宏樹
- 分類
- P1651.121-Y (C10M) / P1651.537-Y (C10M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7466636号発明「塑性加工用潤滑剤組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7466636号の請求項1~5に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第7466636号(以下「本件特許」という。)の請求項1~5に係る特許は、令和3年4月21日(優先権主張 令和2年5月15日(以下「優先日」という。) 日本国)を国際出願日とする出願であって、令和6年4月4日にその特許権の設定登録がされ、同年同月12日に特許掲載公報が発行され、その後、令和6年10月4日に特許異議申立人 池田 仁(以下「申立人」という。)により全請求項に係る特許に対して特許異議の申立てがされたものである。
第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1~5に係る発明(以下「本件発明1」~「本件発明5」といい、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】
(a)有機酸のアルカリ金属塩と、
(b)水分散型水系樹脂粒子と、
(c)水溶性ポリマーと、
(d)水と、を含み、
前記(a)有機酸のアルカリ金属塩に対する、前記(b)水分散型水系樹脂粒子の重量比((b)水分散型水系樹脂粒子の重量/(a)有機酸のアルカリ金属塩の重量)が10未満であり、
前記(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む、鉄系材料の塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記(a)有機酸のアルカリ金属塩に対する、前記(b)水分散型水系樹脂粒子の重量比((b)水分散型水系樹脂粒子の重量/(a)有機酸のアルカリ金属塩の重量)が0.02以上である、請求項1に記載の塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記水分散型水系樹脂粒子は、アクリル樹脂、スチレン‐アクリル樹脂、酢ビ‐アクリル樹脂、ウレタン樹脂、ウレタン‐アクリル樹脂、シリコーン‐アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン‐ウレタン樹脂、及びポリオレフィン樹脂からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項4】
前記(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含み、且つ、平均粒子径が0.01~10μmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の塑性加工用潤滑剤組成物。
【請求項5】
さらに、(e)無機酸塩、及び(f)無機粉体から選択される少なくともいずれかを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の塑性加工用潤滑剤組成物。」
第3 特許異議の申立ての理由
1 特許異議申立書に記載された理由の概要
(1)申立理由1(サポート要件)
請求項1~5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものに対してされたものであるから、本件発明1~5に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。
ア 申立人の主張1(特許異議申立書の第4頁第5行~第5頁第5行)
本件特許発明は、「黒鉛系塑性加工用潤滑剤に匹敵する潤滑性及び離型性を有する非黒鉛系の塑性加工用潤滑剤組成物を提供すること」(【0009】)を課題とし、課題を解決する手段は「水系樹脂粒子が粒子径が0.1μm以下の粒子を水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」(【0024】)ことであり、その場合に課題が解決される作用機序は同段落に「粒子径の小さい水系樹脂粒子の割合を多くすることにより、例えばスプレー等により塗布した時に金型上で緻密な潤滑皮膜が形成」できるためであると説明しているのに対し、甲1の段落【0006】には、樹脂粉末(本件特許発明の「水系樹脂粒子」に相当)において粒子径が0.1μm以下の粒子が5重量%より多く含まれていると、熱間塑性加工時に樹脂の酸化分解が速くなることで離型剤の金型への付着性が低下し、離型性に難点が生じることが記載されている。
これらのことから、粒子径の小さい水系樹脂粒子の割合を多くすると、本件明細書に記載されているように、金型への塗布性の点では有利であるかもしれないが、他方、甲1に記載されているように、熱間塑性加工時の熱安定性の点では不利となってしまう。
したがって、本件明細書の段落【0024】の記載をもって、「水系樹脂粒子が粒子径0.1μm以下の粒子を水系樹脂粒子の全量に対し5重量%超含む」場合に、本件特許発明の課題を解決できると当業者が認識できる程度に説明が記載されているとはいえない。
イ 申立人の主張2(特許異議申立書の第5頁第6行~第7頁第28行)
本件明細書に記載された実施例のうち、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まない水系樹脂粒子が用いられた比較例は、比較例2のみであるものの、実施例1~35は、潤滑性及び離型性を向上させる以下の構成A~Dのうち少なくとも1つを備えているのに対し、比較例2は、それらの構成のいずれも備えていない点で水系樹脂粒子の粒子径以外の点でも実施例1~35と異なっているから、潤滑性及び離型性を評価する上で不利な条件のもと行われたものであり、比較例2は、「水系樹脂粒子が粒子径0.1μm以下の粒子を水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」場合に、本件特許発明の課題が解決されるか否かを実証する上で、「比較例」として不適当なものである。
構成A:有機酸のアルカリ金属塩として、イソフタル酸二ナトリウムを含みアジピン酸二ナトリウムを含まない点。(潤滑性について甲2の実施例4,5参照。)
構成B:無機粉体として、シリカを含む点。(潤滑性及び離型性について甲2の実施例5,比較例12参照。)
構成C:無機酸塩として、炭酸ナトリウムを含む点。(潤滑性及び離型性について甲3の実施例1及び比較例4を参照。)
構成D:無機酸塩として、リン酸水素二ナトリウムを含む点。
また、比較例2以外の比較例(比較例1,3~8)は、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まない水系樹脂粒子が用いられたものではないため、やはり「比較例」として不適当なものである。
ゆえに、「水系樹脂粒子が粒子径0.1μm以下の粒子を水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」場合に本件特許発明の課題を解決できると当業者が認識できる程度に具体例又は説明が記載されているとはいえない。
ウ 申立人の主張3(特許異議申立書の第7頁第29行~第8頁第7行)
本件明細書の比較例2において潤滑性が劣る理由が、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まないフェノール樹脂を含むためであるのか、前記構成A~Dのいずれも備えていないためであるのかを明らかにするために、甲4に示す実験を行った結果、本件明細書の比較例2において潤滑性が劣る理由は、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まないフェノール樹脂を含むためではなく、構成A~Dのいずれも備えていないためであることが明らかとなった。
以上より、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明の課題が解決できることを確認した実験結果が示されておらず、これらの課題を解決できることが出願時の技術常識から推認可能であるともいえない。
(2)申立理由2(甲5を主たる引用例とした進歩性)
本件発明1~5は、本件優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった後記2の甲第5~第7号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1~5に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。
2 証拠方法
甲第1号証:特開平5-279689号公報
甲第2号証:国際公開第2019/087573号
甲第3号証:特開2001-240891号公報
甲第4号証:申立人作成,実験成績証明書,令和6年9月30日
甲第5号証:特開2019-203037号公報
甲第6号証:国際公開第2015/005142号
甲第7号証:特開2007-268580号公報
(以下、「甲第1号証」~「甲第7号証」をそれぞれ「甲1」~「甲7」ともいい、これらをまとめて「甲号証」ともいう。)
3 甲号証の記載について
(1)甲1には、次の記載がある。
「【請求項1】(a)平均粒子径が0.1μmから10μmの範囲にあって、粒子径が0.1μm以下の粒子が5重量%以下でかつ粒子径が10μm以上の粒子が5重量%以下の粒径分布を有する樹脂粉末を0.1~30重量%、(b)イソフタル酸とアジピン酸のアルカリ金属塩を0.1~30重量%、(c)水溶性高分子化合物0.1~10重量%、を含有し、残部が水からなることを特徴とする熱間塑性加工用水溶性潤滑剤。」
「【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は研究と実験の結果、100~400℃の範囲の温度の金型に対し、良好な潤滑皮膜の形成は、水に分散した樹脂粉末とイソフタル酸とアジピン酸のアルカリ金属塩の混合によって得られることを見出し、これらの事実に基づき本発明の特徴とする離型剤の成分配合比を規定して上記目的を達成した。即ち、本発明の特徴とは(a)平均粒子径が0.1μmから10μmの範囲にあって、粒子径が0.1μm以下の粒子が5重量%以下でかつ粒子径が10μm以上の粒子が5重量%以下の粒径分布を有する樹脂粉末を0.1~30重量%、(b)イソフタル酸とアジピン酸のアルカリ金属塩を0.1~30重量%、(c)水溶性高分子化合物0.1~10重量%、を含有し、残部が水からなる混合液から成る熱間塑性加工用水溶性潤滑剤であって、この潤滑剤は使用に際し樹脂粉末の含有量が0.1から3.0重量%になるように水で希釈する。
【0006】本発明において使用する上記樹脂粉末は、セルロース樹脂、アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、アリル樹脂およびメラミンシアヌレート樹脂等の樹脂から成る。上記の樹脂粉末は、市販のものを使用できるが、平均粒径が0.1μmから10μmの範囲であって、0.1μm以下の粒子径の粒子が5重量%以下でかつ10μm以上の粒子径の粒子が5重量%以下の粒径分布を有する必要がある。平均粒子径が0.1μm未満であるか、又は粒子径が0.1μm以下の粒子が5重量%より多く含まれていると、熱間塑性加工時に樹脂の酸化分解が早くなり、離型剤と高温度との付着性が低下し、均一な潤滑皮膜が得られないので、離型性に難点が生じてカジリ、ハリツキ等が発生する。一方平均粒子径が10μmより大であるか、又は粒子径が10μm以上の粒子が5重量%より多く含まれていると、休日等で機械を停止した時に、潤滑剤を金型に供給する配管内に樹脂粉末の沈降、堆積等が発生しやすくなり、スプレーが出にくくなりそれによって潤滑皮膜の成形が悪くなり、離型性に難点が生じて、カジリ、ハリツキ等が発生する。」
(2)甲2には、次の記載がある。
「[0020] 〔(a)シリカ〕
本発明の一実施形態に係る潤滑剤組成物は、シリカを含む。本発明の一実施形態に係る潤滑剤組成物において、シリカは、被加工用材料の温間または熱間塑性加工の過酷な環境下で、金型と被加工用材料との間での焼付きを抑制し、離型性を向上させるために添加される。
[0021] 温間または熱間塑性加工の過酷な環境下でのスプレー塗布後の潤滑皮膜は、(a)シリカ、(b)有機酸のアルカリ金属塩および(d)水溶性ポリマーの個々の成分が重なり合った集合体として金型表面に存在すると考えられる。シリカの融点は一般的に1550℃~1750℃であるため、耐熱性のある均質で強固な硬い潤滑皮膜が形成される。この金型表面に形成された潤滑皮膜に被加工用材料を押し当てて、塑性変形を起こし得るだけの面圧を加えると、個々の成分同士がその界面にて横ズレする。これにより、金型と被加工用材料との間で追随性が向上し、潤滑皮膜切れが抑制されると考えられる。これは黒鉛系潤滑剤が示す劈開に似た現象であり、この現象により、金型と被加工用材料との間での金属接触が抑制されるため、優れた潤滑性及び離型性が得られる。」
「[0067] [表1]
[図:0001421377000001.jpg]
[0068] [表2]
[図:0001421377000002.jpg]
」
(3)甲3には、次の記載がある。
「【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、非黒鉛系潤滑剤の組成と耐焼き付き性との関係について鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。即ち、本発明の温間・熱間塑性加工用水溶性潤滑剤は、(a)アルカリ金属の炭酸塩及び/又は炭酸水素塩、並びに(b)芳香族カルボン酸塩を含有することを特徴とする。
【0006】本発明の(a)成分の炭酸塩、炭酸水素塩の「アルカリ金属」としては、ナトリウム、カリウムが適している。この化合物の例としては、第3発明に示すように、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムが挙げられる。この(a)成分は一種を用いてもよく、二種以上を用いてもよい。また、その配合量は、潤滑剤全体を100重量部とした場合に、第2発明に示すように、0.5~25重量%であることが好ましく、また、1~10重量%がより好ましく、2~6重量%が更に好ましい。この含有量が0.5重量%未満では耐焼き付き性が不十分となり、含有量が25重量%を越えると液安定性が不十分となる。」
「【0014】
【表1】
[図:0001421377000003.jpg]
」
(4)甲4には、次の記載がある。
「5 実験内容
(1)潤滑剤組成物の調製
水にヒドロキシエチルセルロースを加えて50~60℃で加熱撹拌しながら溶解させた。次に、水酸化ナトリウムを加えて溶液とした。その後、当該溶液を50~60℃で加熱撹拌しながら、有機酸を加えて中和反応により溶解させた。有機酸が溶解した後、必要に応じて、炭酸ナトリウム及びリン酸水素二ナトリウムを50~60℃で加熱撹拌しながら溶解させた。得られた水溶液を40℃以下に冷却した。冷却した水溶液に、水性樹脂粒子、及び、必要に応じてシリカを添加して撹拌下で混合した。このようにして、表1に記載の配合量で各成分を含有する、参考例1~7の塑性加工用潤滑剤組成物を調製した。なお、表1において、各成分の配合量は、固形分の量を示す。また、各成分の詳細を表2に示す。
(2)リング圧縮試験
参考例1~7にて調整した塑性加工用潤滑剤組成物をイオン交換水で10倍に希釈した後、200℃に加熱した鉄製の金型(上型及び下型)に対して、下型にスプレー圧0.3MPa、スプレー距離300mm、スプレー量4mLの条件にてスプレー塗布した。なお、上型には、油性黒鉛を塗布し、ほぼ摩擦ゼロの状態とした(試験結果が下型の皮膜の潤滑性に関与するようにした)。スプレー塗布後の金型を300tクランクプレス(コマツ産機株式会社製)にセットした。
次いで、鉄リング(材質:S45C φ30×φ15×10mm)を電気炉にて1000℃に加熱し、上下金型間に置きプレス成形した。プレス成形された試験片の圧縮率と内径変形により摩擦係数を算出した。
6 実験結果
参考例1~7の摩擦係数の測定結果を表1に示す。
(1)水系樹脂粒子の粒子径が潤滑性に与える影響
参考例1は、本件明細書の実施例29と同じ組成である。参考例2~3は、ポリエチレン樹脂の種類が異なる点を除き、参考例1と同じ組成である。
そして、参考例1(水系樹脂粒子中の粒子径が0.1μm以下の粒子の割合:24.834%)及び参考例3(同割合:98%)は、参考例2(同割合:0%)に比べ、潤滑性が向上しなかった(むしろ低下した)。
また、参考例4は、本件明細書の比較例2と同じ組成である。参考例5は、フェノール樹脂を除きポリエチレン樹脂Aを含む点を除き、参考例4と同じ組成である。
そして、参考例5(水系樹脂粒子中の粒子径が0.1μm以下の粒子の割合:24.834%)は、参考例4(同割合:0%)に比べ、潤滑性が向上しなかった(むしろ低下した)。
よって、水系樹脂粒子の粒子径は、潤滑性を向上させるものではないことが判明した。
(2)上記構成A~Dが潤滑性に与える影響
参考例4は、本件明細書の比較例2と同じ組成である。参考例6は、上記構成Aを備えた点を除き、参考例4と同じ組成である。参考例7は、上記構成B~Dを備えた点を除き、参考例4と同じ組成である。
そして、参考例6(構成Aを備える)及び参考例7(構成B~Dを備える)は、参考例4(構成A~Dを備えていない)に比べて、優れた潤滑性示した。
よって、構成A~Dは、潤滑性を向上させることが判明した。
(3)結論
以上より、本件明細書の比較例2において潤滑性が劣る理由は、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まないフェノール樹脂を含むためではなく、構成A~Dのいずれも備えていないためであることが明らかとなった。」(第2頁第3行~第3頁第25行)
「
[図:0001421377000004.jpg]
」(第4頁)
「
[図:0001421377000005.jpg]
」(第5頁)
(5)甲5には、次の記載がある。
「【0001】
本発明は、金属材料の冷間塑性加工に関し、詳しくは、鉄鋼、ステンレス鋼、チタン、アルミニウム合金、銅合金、およびマグネシウム合金等の金属材料の塑性加工を行う際に生じる、金属材料と金型等の工具との摩擦界面での焼付きや摩擦抵抗を軽減するための冷間塑性加工用潤滑剤に関する。」
「【0012】
本発明の水性冷間塑性加工用潤滑剤組成物(以下単に「潤滑剤組成物」ともいう。)は、水溶性バインダー成分(A)として、層状構造を有する水溶性有機酸化合物を含有する。
層状構造を有する水溶性有機酸化合物は、具体的には、下記一般式(1)で表される化合物である。
【化2】
[図:0001421377000006.jpg]
【0013】
一般式(1)中、Q1およびQ2はそれぞれ独立に、水素原子、メタノール(-CH2OH)基またはメチル基を表し、mおよびnは1~4の整数を表し、Y1およびY2はそれぞれ独立に、オキシアニオン塩(-O-M+)基またはカルボン酸アニオン塩(-CO2-M+)基(Mはアルカリ金属、アンモニアまたは1~3級アミンを表す)を表し、aおよびbは1~2の整数を表し、Zはスルフリル基、メチレン基、カルボニル基、またはエーテル結合を表す。」
「【0017】
一般式(1)で表される化合物は、具体的には、下記構造式を有する化合物が好ましい。すなわち、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸金属塩(化合物(1))、2,6-ビス[(2-ヒドロキシ-5-メチルフェニル)メチル]-4-メチルフェノール金属塩(化合物(2))、ビスフェノールF金属塩(化合物(3))、ビスサリチル酸異性体混合物-金属塩(化合物(4))、ベンゾフェノンテトラカルボン酸-金属塩(化合物(5))、ビスフェノール誘導体(化合物(6))、2,3,3’,4,4’,5’-ヘキサヒドロキシベンゾフェノン-金属塩(化合物(7))、3,4-オキシフタル酸金属塩(化合物(8))および2,2’-メチレンビス(4-メチルフェノール)金属塩(化合物(9))が好ましい。」
「【0027】
本発明の潤滑剤組成物は、水溶性バインダー成分(A)として、2つの芳香環が1原子を介して折れ曲がり形状に結合しているため、層状構造を有すると考えられる。このような構造を有するために、せん断力が加わると層間に沿って結晶が割れて滑りやすく、滑り摩擦に対して潤滑効果を示すものと考えられる。従来のボンデリューベ潤滑剤では、この劈開性を付与するために、黒鉛や二硫化モリブデンなど、層状の結晶構造を形成する化合物が使用されてきたが、本発明では、これらの材料に代えて、特定の構造を有する有機酸塩を用いることで、潤滑剤に劈開性も付与している。
【0028】
本発明の潤滑剤組成物は、上記した水溶性バインダー成分(A)に加えて、ワックスおよび高級脂肪酸金属塩の中から選ばれる一種以上の有機系潤滑成分(B)を含有することが好ましい。ワックスには、具体的には、ポリエチレンワックス、エチレンビスアマイドおよびカルナバワックスなどが挙げられる。一方、高級脂肪酸金属塩には、具体的には、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウムおよびステアリン酸アルミニウムなどが挙げられる。これらのうち、有機系潤滑成分(B)には、エチレンビスアマイドおよびカルナバワックスなどがより好ましい。
【0029】
本発明の潤滑剤組成物中には、水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)の合計が、固形分比で通常30~100質量%の範囲で含まれる。潤滑剤組成物中には、水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)以外の成分は、界面活性剤、高級アルコールエチレンオキシド付加物、グリセリンおよびペンタエリスリトールの脂肪酸エステルなどの添加剤や水である。水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)の質量比は、(A)/(B)=10/90~20/80が好ましく、50/50~20/80がより好ましい。
【0030】
上記潤滑剤組成物は、上記した水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)に加えて、必要に応じて、リン酸塩、硫酸塩、ケイ酸塩、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、バナジン酸塩、およびタングステン酸塩の水溶性無機塩;リンゴ酸塩、コハク酸塩、クエン酸塩、および酒石酸塩の水溶性有機塩;ならびにアクリル系樹脂、アミド系樹脂、エポキシ系樹脂、フェノール系樹脂、ウレタン系樹脂、およびポリマレイン酸系樹脂の有機高分子を用いてもよい。これらの任意成分の添加量は、水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)の合計に対して、概ね0.1~20質量%である。」
「【0036】
<潤滑性能評価>
〔1〕スパイク高さ
ショットブラスト処理した円柱状の炭素鋼試験片を50~60℃で1分間湯洗した後、潤滑剤組成物中に60℃で0.1~1分間浸漬し、3~5分間乾燥させて、試験片に潤滑剤組成物を7~10g/m2塗布した。
ロート状の内面形状を有するダイに、潤滑剤組成物を塗布した試験片を載せ、荷重をかけて該試験片を金型に押し込んで成形することにより、金型形状に従うスパイクを形成した後、成形された試験片を押し込み方向と逆の方向から突き出して、一定の押し込み量を達成するのに要した荷重、形成されたスパイクの高さおよび突き出しに要する荷重との値に基づいて潤滑性の性能を評価した。
スパイク試験の条件を示す。
試験片材質:S15C
試験片温度:50℃
金型温度:150℃
加工速度:45spm
ダイギャップ:1.7mm
【0037】
〔2〕性能判断
潤滑性の評価として、スパイク高さ(mm)を加工荷重(kNf)で割った値に100を掛けたものが0.98以上である場合を○、0.96以上0.98未満である場合を△、0.96未満である場合を×とした。ボンデリューベ処理した場合よりも潤滑性が最も良い場合は○となる。
【0038】
[実施例2]
実施例1において、酸性リン酸エステルを3質量部添加したことと、カルナバワックスおよび水を表1に示す添加量に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、組成物を調製し、潤滑性能を評価した。
【0039】
[比較例1]
実施例1において、3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸カリウムの代わりにフタル酸カリウムを使用したことと、カルナバワックスおよび水を表1に示す添加量に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、組成物を調製し、潤滑性能を評価した。
フタル酸カリウムを用いた比較例1では、実施例1および2に比べて、架橋数が増加し、潤滑性が低下した。
【0040】
[実施例3]
2,2’-メチレンビス(4-メチルフェノール)ナトリウム塩10質量部、ポリエチレンワックス(融点140℃)15質量部、ノニオン界面活性剤0.6質量部、カルボキキシメチルセルロース1質量部、イソブチレン-無水マレイン酸共重合体ナトリウム塩1質量部、および水72.4質量部を室温下に混合して組成物を調製し、実施例1と同様に潤滑性能を評価した。」
「【0046】
【表1】
[図:0001421377000007.jpg]
」
(6)甲6には、次の記載がある。
「[0027] <組成>
[成分(A)]
本発明の、構成モノマーとしてカルボン酸又はその誘導体を含むポリマーおよび/又はその塩(A)(以下、「成分(A)」と記載する。)は、潤滑成分(D)の分散剤としての効果と、造膜性を持つ成分である。ここで、「カルボン酸誘導体」とは、カルボキシル基中の水酸基が他の原子又は原子団に置換されたものをいい、具体例としては、ハロゲン化アシル、酸無水物、エステル、アミド、ニトリル等がある。成分(A)は、特に限定されるものではないが、重量平均分子量が5万~17万であるものが好ましく、5万~15万であることがより好ましく、5万5千~7万5千であることが特に好ましい。重量平均分子量が5万~17万であると、高い分散効果により、潤滑成分(D)の分散性が良くなり均一な塑性加工潤滑剤が得られる。ここで、本発明における重量平均分子量は、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラム)により測定された値であり、例えば株式会社島津製作所製のGPC測定装置を用いて測定することができる。
[0028] 成分(A)の具体例として、特に限定されるものではないが、イソブチレンと無水マレイン酸の共重合ポリマー、イソブチレンと無水マレイン酸の共重合ポリマーのイミド化変性物、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、ポリエステル樹脂、アミノ樹脂、変性エポキシ樹脂、エポキシ樹脂、エーテル樹脂、ポリビニルアルコール等が挙げられる。これらの内、液の安定性に優れるという理由から、構成モノマー中にカルボキシル基およびイミド基を含有するものが好適であり、具体例としてはイソブチレンと無水マレイン酸の共重合ポリマーのイミド化変性物が挙げられる。これらの成分(A)は、1種類単独で用いても、2種類以上組み合わせて使用してもよい。
[0029] [成分(B)]
本発明のタングステンの、ケイ素のもしくはリンのオキソ酸又はその縮合物および/又はその塩(B)(以下、「成分(B)」と記載する。)は、耐焼付き性や、密着性(密着性向上により金属材料から剥離するワックス等の発生が抑制されるため、耐カス詰まり性が向上する。)を向上させる働きを有する成分である。
[0030] 成分(B)の具体例としては、特に限定されるものではないが、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸カリウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、トリポリリン酸ナトリウム、トリポリリン酸カリウム、ポリリン酸アンモニウムなどが挙げられる。特にタングステン酸塩及びリン酸塩が好ましい。さらに、これらの1種類単独で用いても、2種類以上組み合わせて使用してもよい。
[0031] [成分(C)]
アルカリ金属の水酸化物(C)(以下、「成分(C)」と記載する。)は、耐吸湿性及び加工性の向上及び耐焼付き性に効果がある成分である。成分(C)としては水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。尚、成分(C)は水和物であってもよい。これらの中でも、水酸化リチウム又はその水和物が好適である。
[0032] [成分(D)]
潤滑性分(D)(以下、「成分(D)」と記載する。)は、油、ワックスや石鹸等の滑剤、酸性リン酸エステルやイオウ系の極圧添加剤や固体潤滑剤等を挙げることができる。中でも、石鹸やワックス、酸性リン酸エステルが好適で、ワックス(a)および酸性リン酸エステル(b)で構成されることが更に好ましい。
[0033] ワックス(a)は、それ自体に潤滑性があり、界面に存在させることにより金属同士の摩擦を軽減し、焼付き等を抑える働きを持つ。ワックス(a)としては、特に限定されるものではないが、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ポリプロピレンワックス、カルナバワックスが挙げられるが、ポリエチレンワックスが最も好ましい。ワックスの使用は、単独或いは2種類以上の組み合わせで使用してもかまわない。ワックス(a)は、平均粒子径が30~1000nmであることが好ましく、100~500nmであることがより好ましい。ここで、本発明における平均粒子径は、マイクロトラック法(レーザー回折・散乱法)を用いて測定された値であり、例えば、(株)堀場製作所社製の粒度分布測定器(機種LA-920、粒子径基準:体積)で測定することができる。
[0034] ワックス(a)は、融点が130~170℃のポリエチレンワックスであることが好ましく、ワックス(a)の融点は、140~170℃であることがより好ましい。平均粒子径が30~1000nm(より好ましくは100~500nm)であると、凝集を抑えることにより水への分散性が良くなる。また、融点が130~170℃(特に140℃~170℃)であると、耐カス詰まり性に有利に働くことが分かった。塑性加工時の発熱により、ワックス成分が溶融し金型に付着して、欠肉の原因や金型の破損の原因となるケースがあるが、融点が130~170℃と高いものを用いるとワックスの溶融を抑え、金型への付着を抑制することができる。これにより金型の寿命を延ばし、欠肉の発生を抑えることができる。」
「[0049] (1)塑性加工用水系潤滑剤の作製
成分(A)と、成分(B)と、成分(C)と、成分(D)と、を表6に示す組み合わせ及び割合で水に添加し(成分(B)と成分(C)の合計量は、表6に示す成分(A)と成分(D)の割合にて、成分(A)~(D)の合計量が1となるように調整した。)、実施例01~34及び比較例01~19の塑性加工用水系潤滑剤を調製した。これら全ての水系潤滑剤は全固形分と水の重量比を18.8:85とした。なお、水系潤滑剤は乾燥後の潤滑皮膜が目的の皮膜量になるように水で希釈して濃度を調整して使用した。また、各成分については、表1~5に記載されているものを使用した。」
「[0054] (3)冷間鍛造試験
(2)の方法で潤滑処理したものについて、温度30℃、湿度70%雰囲気の環境下に24時間静置した後の潤滑皮膜の潤滑性および、潤滑処理直後の潤滑性及び、耐焼付き性を冷間鍛造試験で評価した。冷間鍛造試験は特許第3227721号公報の発明に準じたスパイク形成(スパイクテスト)を行い、押込荷重(kNf)とスパイク高さ(mm)を測定して潤滑性を評価した。また、試験片の加工面の焼付き具合を目視観察して耐焼付き性を評価した。
<スパイクテストでの判定基準>
潤滑性(処理直後の加工性と吸湿環境静置後の加工性)
性能値=スパイク高さ(mm)/押込荷重(kNf)×100
値が大きいほど潤滑性良好
◎:0.95以上
○:0.93以上0:95未満
△:0.9以上0.93未満
×:0.9未満
<耐焼付き性>
加工面の焼付き具合
◎:焼付き無し
○:軽度の焼付き
△:中程度の焼付き
×:重度の焼付き
<カスの発生>
据え込み時のカスの脱落量より評価した。
◎:カスの脱落率が0%以上30%未満
○:カスの脱落率が30%以上50%未満
△:カスの脱落率が50%以上70%未満
×:カスの脱落率が70%以上
[0055] (4)液安定性評価
(1)の条件で調整した塑性加工用水系潤滑薬剤の3日後の外観を目視によって評価した。
液安定性評価
◎:変化なし
○:やや凝集物が見られる
△:凝集物が見られる
×:沈澱が見られる
[0056] 表7に評価結果を示す。表7より本発明の金属材料塑性加工用水系潤滑剤は、加工性、耐焼付き性、吸湿後の加工性、耐カス詰まり性、液安定性に優れていた。これに対し、従来の金属材料塑性加工用水系潤滑剤すなわち比較例20~21及び比較例23は、加工性や、耐焼付き性、吸湿後の加工性、耐カス詰まり性に劣る場合があった。また、成分(A)を含まない比較例01、02と比較例09~14は、造膜性が悪く加工した際に潤滑膜が剥がれやすく焼付きや加工不良の原因となる。一方、成分(A)の添加範囲を外れる比較例03と比較例15~18は、成分(A)の溶解度の低さのため、成分(B)と成分(C)とが溶けにくくなり、液の安定性が悪くなる。さらに、成分(B)を含まない比較例04は、金属との密着性が悪く、形成した潤滑皮膜が加工に耐えることができない。成分(C)を含まない比較例07は、吸湿した際に皮膜成分が結晶化し密着性等の低下が起こりやすく吸湿後に加工することができない。また、潤滑成分(D)を含まない比較例08は、潤滑性が不足し加工することができない。タングステンの、ケイ素のもしくはリンのオキソ酸又はその縮合物および/又はその塩以外の塩(ホウ酸塩やヨウ素酸塩)を含む比較例05、06は、カスの発生が多いといった問題がある。なお、比較例22を見るとわかるように、実施例01~34は、環境負荷が小さいにもかかわらず、ボンデリューベ処理を行ったものと遜色ない性能を有している。
[0057] 次に、実施例における構成成分の組成比率をまとめる。実施例01と実施例08~10との比較より、前記成分(A)と成分(B)と成分(C)と成分(D)の固形分重量比(A)/[(A)+(B)+(C)+(D)]が増加すると加工性が良くなることが分かるが、高くなりすぎると液の安定性が悪くなることが分かる。加工性が良くなる原因としては、造膜性が上がるため皮膜の強度が上がるためだと考えられる。液の安定性が悪くなる原因としては、成分(A)の溶解度の低さのため、成分(B)と成分(C)とが溶けにくくなった為だと考えられる。最も好ましい範囲(0.08~0.2)においては、液の安定性も良く加工性に極めて優れる皮膜を形成できることが分かる。
続いて、実施例01と実施例14,15との比較より、前記モル比(B)/(C)が大きくなると吸湿後の加工に有利であること分かる。これは、皮膜の無機塩の結晶化を抑える為である。しかし、高くなりすぎると溶解度の影響により、液の安定性が悪くなるとともに吸湿後の加工性も低下する傾向にある。最も好ましい範囲(0.6~2.2)において、分散性も良く吸湿後の加工性に極めて優れる皮膜を形成できることが分かる。
ワックス(a)と酸性リン酸エステル系極圧剤(b)の固形分重量比(a)/(b)については、実施例01と実施例23、24との比較より、この値が大きくなると極圧剤の効果が充分に得られず、焼付きの発生や加工性の低下の原因になる。反対に値が小さくなるとカスの発生や液の安定性に悪影響が起きる。これは、極圧剤成分が水にうまく分散しづらい為である。実施例01と実施例02、03、25との比較より、潤滑成分(D)の固形分重量比(D)/[(A)+(B)+(C)+(D)]が大きくなると、加工性が良くなる傾向にあることが分かるが、増加しすぎるとカス詰まりの原因となる傾向にあることがわかる。好ましい範囲(0.12~0.28)において液の安定性と、カスの発生を抑える効果がある。
[0058] 続いて、実施例における構成成分の影響についてまとめる。成分(B)は、実施例01、11、12の比較より、タングステン酸塩及びリン酸塩を用いた場合の方がケイ酸塩を用いた場合よりも全ての性能に優れていることが分かる。成分(C)においては、実施例01と実施例13、29、30との比較より、水酸化リチウム又はその水和物を用いた場合の方が他のアルカリ金属の水酸化物を用いた場合よりも加工性、耐焼付き性及び液安定性が優れることが分かる。成分(D)のうち、ワックス成分(a)は、実施例01、17、18、19、27、28の比較より、融点が好適な範囲に含まれるワックスを使用した実施例01、17はカスの発生が少ないことが分かる。平均粒子径は、好適な範囲に含まれる実施例01、17、28は液安定性が優れていることが分かる。この範囲を外れると液安定性が劣る傾向にある。酸性リン酸エステル(b)は、実施例01、20、21、22の比較より酸性リン酸エステル(b)として好適エーテル結合を有するものを使用している実施例01は、カスの発生が抑制されていることが分かる。また、成分(D)として、実施例01、34の比較より、融点や平均粒子径が好適な範囲に含まれるワックスを使用した実施例01の方が、ワックス成分(a)の代わりに脂肪酸石鹸であるステアリン酸亜鉛(a6)を使用した実施例34よりも、カスの発生が少なく、液安定性にも優れることが分かる。」
「[0062][表4]
[図:0001421377000008.jpg]
」
(7)甲7には、次の記載がある。
「【0002】
金属の冷間塑性加工には、板圧延、管圧延、条鋼(形鋼、棒線、線材)圧延、引抜き、鍛造、せん断、プレス成形等がある。そして、被加工材として塑性加工に供される金属には、炭素鋼やステンレス鋼等の各種の鋼、アルミニウム、銅、チタン、並びにそれらの合金、及びそれらの複層クラッド等が挙げられる。」
「【0026】
(1)潤滑被膜
本発明の加工方法及び製造方法で用いられる潤滑被膜は、樹脂と該樹脂中に分散されたワックス粒子とを有して樹脂層を形成している。そして該樹脂層が素管表面に形成されることにより潤滑被膜となるものである。
【0027】
潤滑被膜において、ワックス粒子により潤滑性が向上するとともに樹脂が保護成分として機能し、厳しい加工条件でも十分な潤滑性及び被膜強度を得ることができる。具体的には、加工時において膜切れを起こすことなく、かつ、せん断に対しては分散されたワックス粒子により優れた潤滑性が発揮され摩擦抵抗を減らし、例えば加工に必要な負荷を低減させることができる。」
「【0054】
また、樹脂層に含有される「ワックス粒子」は、潤滑被膜成分として、加工時に発生する熱により融解し、被膜の滑り性を向上させる作用を有する。ワックス粒子の構造や種類については特に限定されない。ワックス粒子としては、例えば、天然ワックス及び/又は合成ワックス等を好ましく使用することができる。より具体的には、例えば、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ペトロラクタムワックス、(酸化)ポリエチレン、(酸化)ポリプロピレン、カルナバワックス、モンタンワックス、キャンデリラワックス、ライスワックス、ラノリン等の1種又は2種以上を挙げることができる。また、本発明におけるワックス粒子には、ポリエチレン樹脂及びポリプロピレン樹脂も含む。
【0055】
また、ワックス粒子の物性については特に限定はない。例えば、ワックス粒子の平均粒径は、必要に応じて種々の範囲とすることができる。ワックス粒子の平均粒径として通常は10μm以下(例えば、0.001~10μm)、好ましくは5μm以下、更に好ましくは3μm以下、より好ましくは1μm以下、特に好ましくは0.001~1μmである。平均粒径を上記範囲とした場合、被膜の強度を低下させずに、被膜に滑り性を付与することができるため好ましい。また、ワックス粒子は、100℃において固体又は粘度が10mPa・s以上、好ましくは20mPa・s以上、さらに好ましくは100mPa・s以上である。この場合、冷間における金属の塑性加工において、さらには焼付きが発生しやすい厳しい加工条件においても、より優れた潤滑性を発揮するため好ましい。」
「【0071】
次に、本発明の引抜き管の製造方法で、上述の潤滑被膜を形成するために供給される組成物について説明する。該組成物は、溶媒中に、ガラス転移温度が30℃以下の樹脂と、ワックス粒子と、を含有する。前述のように、従来の化成被膜処理では、形成される化成被膜上に滑剤を塗布するため、水洗や酸洗までを含めると、多数の処理工程が必要である(図3参照)。これに対し、上記組成物を用いて潤滑被膜を形成すれば、図2に示すように、化成処理及びこれに付随する酸洗や水洗を省略することができる。その結果、簡便に潤滑被膜を形成することができ、また、従来の化成被膜処理で生じる廃棄物による環境汚染を防止でき、さらに、かかる廃棄物処理のための設備を設けることも省略できる。」
「【0093】
Cは、組成物No.1及びNo.2のいずれにも用いられるワックス成分である。具体的には、水75質量部、酸化ポリエチレン(軟化点:138℃、100℃での形態:固体)20質量部、ポリオキシエチレンアルキルエーテル5質量部、及び水酸化カリウム0.2質量部を高圧容器に加え、160℃で3時間撹拌後、常温まで冷却して、乳化されたワックス溶液(固形分:25質量%)を調製した。また、ワックス粒子の平均粒径は、0.05μmである。」
「【0100】
次に実施例1の結果を示す。表2に結果を示した。ここで、焼付きの有無は引抜き管の目視観察により行った。表2の中の「焼付きの有無」の欄にその結果を示したが、丸の数が試験した管の本数を表しており、さらに○の場合には焼付きの発生がなく、●の場合には焼付きの発生があったことを示している。
【0101】
【表2】
[図:0001421377000009.jpg]
【0102】
表2から明らかなように、試験番号1-2~1-6で示した本発明例の場合には、いずれの場合も焼付きが発生しておらず、他の比較例と比べて、本発明が焼付き防止の効果を有していることが顕著に現れている。」
第4 当審の判断
以下に述べるとおり、当審は、申立書に記載した申立ての理由によっては、請求項1~5に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものとされている。
(2)サポート要件の判断
ア 本件発明が解決しようとする課題
本件明細書の【0009】によると、本件発明の解決しようとする課題(以下「発明の課題」という。)は「潤滑性及び離型性に優れる非黒鉛系の塑性加工用潤滑剤組成物を提供すること」と認められる。
イ 本件発明1について
本件明細書には、鉄系材料の被加工用材料に金型を用いた塑性加工を行う際には、当該金型と当該被加工用材料との間の潤滑性及び離型性を向上させるために潤滑剤を使用し、このような潤滑剤として黒鉛系塑性加工用潤滑剤を使用すると潤滑性及び離型性に優れているが、黒鉛を含んでいるために作業環境を黒く汚染するといった問題があり、そのため、近年、黒鉛を含まない非黒鉛系塑性加工用潤滑剤の開発が求められている一方で、従来の非黒鉛系塑性加工用潤滑剤は、黒鉛系塑性加工用潤滑剤に匹敵する潤滑性及び離型性を有する塑性加工用潤滑剤を提供するという観点ではさらなる改善の余地があり(【0002】~【0008】)、「(a)有機酸のアルカリ金属塩と、(b)水系樹脂粒子と、(c)水溶性ポリマーと、(d)水と、を含み、前記(b)水系樹脂粒子が、粒子径が0.1μm以下の粒子を所定量含み、(a)と(b)の配合比が所定の範囲である、塑性加工用潤滑剤組成物」によって作業環境を黒く汚染する問題がないとともに潤滑性及び離型性に優れるものとなったことが記載されており(【0010】~【0012】)、それらの作用について、「潤滑剤組成物は、有機酸のアルカリ金属塩を含んでいることにより、潤滑性が向上する。」(【0018】)、「水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、前記水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む。このように、粒子径の小さい水系樹脂粒子の割合を多くすることにより、例えばスプレー等により塗布した時に金型上で緻密な潤滑皮膜が形成でき、潤滑性及び離型性に優れる潤滑剤組成物を実現できることが見出された。また、粒子径の小さい水系樹脂粒子の割合が多い潤滑剤組成物は分散性にも優れ、沈降により堆積したり、ノズルに詰まったりする水系樹脂粒子の割合が減少したことが、塑性加工用潤滑剤組成物の潤滑性、離型性の低下を抑制できる一因となっていると考えられる。」(【0024】)、「有機酸のアルカリ金属塩に対する、前記水系樹脂粒子の重量比((b)水系樹脂粒子の重量/(a)有機酸のアルカリ金属塩の重量)は10未満であることが好ましい。前記重量比が10未満であれば、優れた潤滑性を有する潤滑剤組成物が得られるであるため好ましい。」(【0036】)、「潤滑剤組成物が水溶性ポリマーを含んでいることにより、高温の金型表面に対して充分に塗布でき、潤滑剤組成物の潤滑性及び離型性が発現する。」(【0039】)といった説明がされている。
また、本件明細書には、「その他の成分」について、「無機酸塩、無機粉体、分散剤、極圧添加剤、金属腐食抑制剤、防腐剤及び消泡剤等が挙げられる。特に、耐熱性の高い無機酸塩及び無機粉体については、金型と被加工用材料との間での金属接触が抑制され、潤滑性及び離型性の更なる向上も期待できる。」ことが記載されている(【0051】)。
そして、実施例及び比較例(【0071】~【0099】、【表1】~【表6】)をみると、本件発明1の範囲に含まれる実施例1~35の潤滑剤組成物を用いた場合には、リング圧縮試験の摩擦係数が0.142~0.172であって、比較例1の黒鉛系潤滑剤を用いた場合に匹敵する優れた潤滑性を有していることが記載されている。一方で、「粒子径が0.1μm以下の粒子を、前記水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む水系樹脂粒子の代わりに、粒子径が0.1μm以下の粒子を含まないフェノール樹脂を用いた」比較例2の潤滑剤組成物が潤滑性に劣ること、(a)、(b)、(c)の少なくともいずれかが欠けている比較例3,7,8の潤滑剤組成物は潤滑性に劣ること、実施例1,2,8,30~34と比較例4~6の比較から、(b)/(a)が10以上である比較例4~6は、(b)/(a)が10未満である実施例1,2,8,30~34の潤滑剤組成物よりも潤滑性に劣ることが記載されている。
また、実施例のうち分散性を評価した実施例3,4,5,35は分散性が「○」であったのに対し、「(a)有機酸のアルカリ金属塩」、「(b)水系樹脂粒子」、「(c)水溶性ポリマー」を含まない比較例1,「粒子径が0.1μm以下の粒子を含まないフェノール樹脂を用いた」比較例2,「(b)水系樹脂粒子」を含まない比較例3を用いた場合には、分散性の評価が「×」であったことが記載され、スパイク試験により潤滑性及び離型性を評価した実施例5,8は軸方向の潤滑性及び離型性に優れるのに対し、比較例1の黒鉛系潤滑剤は軸方向の潤滑性に劣り、「粒子径が0.1μm以下の粒子を含まないフェノール樹脂」を用いた比較例2の潤滑剤組成物は離型性に劣ることが記載されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明における潤滑性及び離型性向上に寄与する成分並びにそれらの配合割合についての記載は、実施例による裏付けがあり、本件発明1の「鉄系材料の塑性加工用潤滑剤組成物」は「潤滑性及び離型性に優れる非黒鉛系の塑性加工用潤滑剤組成物」であって、発明の課題を解決できるものであることを、当業者は認識できるといえる。
したがって、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
ウ 本件発明2~5について
本件発明2~5は、本件発明1をさらに特定したものであるから、前記イに説示した本件発明1と同様に、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
(3)申立人の主張について
ア 申立人は、第3の1(1)ア~ウのとおり主張しているので、以下検討する。
イ 検討
(ア)「(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」ことについて(ア 申立人の主張1について)
前記(2)イで説示したように、本件明細書の【0018】、【0024】、【0036】、【0039】、【0071】~【0093】、【表1】~【表6】等の記載から、本件発明1における「(a)有機酸のアルカリ金属塩」、「(b)水分散型水系樹脂粒子」、「(c)水溶性ポリマー」、「(d)水」、を含み、(b)/(a)が10未満であり、「(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」ことで、潤滑性及び離型性に優れることを、当業者は認識できるといえる。
一方、申立人は、甲1に「粒子径が0.1μm以下の粒子が5重量%より多く含まれていると、熱間塑性加工時に樹脂の酸化分解が早くなり、離型剤と高温度との付着性が低下し、均一な潤滑皮膜が得られないので、離型性に難点が生じてカジリ、ハリツキ等が発生する。」(【0006】)との記載があることを指摘し、粒子径の小さい水系樹脂粒子の割合を多くすると熱間塑性加工時の熱安定性の点では不利となってしまうと主張している。しかし、甲1の【0004】に、「200~300℃の範囲の温度の金型に対しては良好な潤滑皮膜が形成されるが、300℃以上では有機系接着剤の分解により金型への付着が悪くなり良好な潤滑皮膜が得られない」、「本発明の目的は・・・100~400℃の範囲の温度の金型に対しても良好な潤滑皮膜を有し、かつ潤滑性に優れた熱間塑性加工用潤滑剤を提供することにある」と記載され、甲1の実施例に、「1600t機械プレスにて、約150℃~400℃に熱せられた鍛造型にスプレー塗布して・・・熱間鍛造を行った」(【0010】)と記載されていることを参酌すると、甲1に記載された潤滑剤は、300℃~400℃という「高温度」の温度の金型に対して用いてもなお「良好な潤滑皮膜を有し、かつ潤滑性に優れ」るという、本件発明とは異なる課題を解決することを一つの目的としており、甲1の【0006】の記載は、300℃~400℃という「高温度」において「樹脂の酸化分解」が起きることを述べたものと理解することができる。また、申立人の上記主張は発明の課題を解決できない可能性のあることを述べるにとどまり、具体的な根拠を提示して、当該発明の課題が解決できないことを立証しているわけではない。
これに対し、本件発明の課題は前記(2)アのとおりであり、実施例においても「150℃に加熱したスパイク試験用金型に対して・・・スプレー塗布」(【0089】)して離型性を評価しており、甲1の300℃~400℃という「高温度」における樹脂の熱分解の抑制(【0006】)の記載をもって、本件の発明の課題が解決できないとはいえない。したがって、本件明細書の記載に接した当業者は、「(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」ものである本件発明は、発明の課題を解決できると認識することができる。
よって、前記アの申立人の主張は採用できない。
(イ)比較例2が比較例として不適当であるかについて(イ 申立人の主張2について)
申立人は、「比較例2は、潤滑性及び離型性を向上させる構成A~Dのいずれも備えていないことから、構成A~Dの少なくとも1つを備えた実施例1~35に比べ、潤滑性及び離型性を評価する上で不利な条件のもと行われたものである」ことを主張しているものの、実施例35については「構成A:有機酸のアルカリ金属塩として、イソフタル酸ニナトリウムを含みアジピン酸ニナトリウムを含まない点」、「構成B:無機粉体として、シリカを含む点」、「構成C:無機酸塩として、炭酸ナトリウムを含む点」、「構成D:無機酸塩として、リン酸水素ニナトリウムを含む点」のいずれも備えていない実施例であるので、当該主張は本件明細書の記載に対応していないので、採用できない。
また、申立人は構成Aについて、甲2の「イソフタル酸二ナトリウム及びアジピン酸二ナトリウムを含む」実施例5は「イソフタル酸二ナトリウムを含まずアジピン酸二ナトリウムを含む」実施例4に比べて潤滑性に優れ、構成Bについて、甲2の「シリカ」を含む実施例5は、「シリカ」に代えて「炭酸カルシウム」を含む点を除き実施例5と同じ組成である比較例12に比べ、潤滑性及び離型性に優れ、構成Cについて、甲3の「炭酸ナトリウム」を含む実施例1は、炭酸ナトリウムを含まない点を除き実施例1と同等の組成である比較例4に比べ、潤滑性及び離型性に優れ、構成Dについて、リン酸水素二ナトリウムは、極圧添加剤として使用され、極圧添加剤は、潤滑剤に添加され、金属表面間の摩擦や摩耗を減少させ、焼付き防止効果を発現することを示し、比較例2が実施例1~35に比べ、潤滑性及び離型性を評価する上で不利な条件のもと行われたものであることをさらに主張する。しかしながら、シリカ、無機粉体(炭酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム)等は、本件明細書の【0050】~【0051】に「その他の成分」として記載されている周知の添加剤であって、「潤滑性及び離型性の更なる向上も期待できる」という任意成分にすぎず、発明の課題解決において本質的な役割を果たすものではないと当業者は理解することができる。また、本件明細書の比較例2の他にも実施例3,35はシリカ、無機粉体を含まない実施例であり、他の実施例と同程度の摩擦係数及び分散性を備え発明の課題を解決できることを確認できるし、比較例2がアジピン酸二ナトリウムを含むことによる影響は、実施例35の評価を参酌すると限定的なものにすぎないと理解することができるから、比較例2が申立人の主張する構成A~Dをいずれも備えないことによって、他の実施例よりも極端に不利な条件での評価結果が示されているとまではいえない。したがって、本件明細書の実施例及び比較例の評価結果を参酌することにより、当業者は、「(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」ものである本件発明により、発明の課題を解決できると認識することができる。
よって、前記アの申立人の主張は採用できない。
(ウ)比較例2の潤滑性が劣る理由について(ウ 申立人の主張3について)
申立人は、本件明細書の比較例2において潤滑性が劣る理由が、粒子径0.1μm以下の粒子を5重量%超含まないフェノール樹脂を含むためであるのか、前記構成A~Dのいずれも備えていないためであるのか、を明らかにするために、甲4に示す実験を行ったと主張しているところ、甲4には実験場所が記載されておらず、その内容の正当性には疑義が残るので採用できない。また、仮に採用するとしても、シリカ、無機粉体(炭酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム)等は周知の添加剤であって、これらの有無が「潤滑性及び離型性の更なる向上」(本件明細書の【0051】)に与える影響の程度は既知であるし、甲4の5頁に記載の商品名は本件明細書に記載された実施例で使用されたものと異なっているから、仮に甲4記載の実験結果を考慮することとしても、その結果をもって本件発明が発明の課題を解決できないことが立証されたとはいえない。
よって、前記アの申立人の主張は採用できない。
(4)小括
以上まとめると、本件発明1~5は、いずれも発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、サポート要件に適合するものである。よって、申立理由1(サポート要件)によって本件発明1~5に係る特許を取り消すことはできない。
2 申立理由2(甲5を主たる引用例とした進歩性)
(1)甲5に記載された発明
甲5(前記第3の3(5)参照。)の【0001】、【0012】、【0017】、【0028】
【0029】、【0036】、【0040】(実施例3)の記載から、甲5には次の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されているものと認められる。
(甲5発明)
「2,2'-メチレンビス(4-メチルフェノール)ナトリウム塩10質量部、エマルションとして水に分散したポリエチレンワックス15質量部、ノニオン界面活性剤0.6質量部、カルボキキシメチルセルロース1質量部、イソブチレン-無水マレイン酸共重合体ナトリウム塩1質量部、および水72.4質量部を含有する水性冷間塑性加工用潤滑剤組成物。」
(2)本件発明1
ア 対比
本件発明1と甲5発明を対比する。
甲5発明の「2,2'-メチレンビス(4-メチルフェノール)ナトリウム塩」は甲5の特許請求の範囲等に記載された有機酸化合物の好ましい例として【0017】に例示される化合物(9)であるから、本件発明1の「有機酸のアルカリ金属塩」に相当する。
甲5発明の「ポリエチレンワックス」はエマルションとして水に分散している物を使用しているから、本件発明1の「水分散型水系樹脂粒子」に相当する。
甲5発明の「カルボキシメチルセルロース」、「イソブチレン-無水マレイン酸共重合体ナトリウム塩」は本件発明1の「水溶性ポリマー」に相当する。
そして、甲5発明は「2,2'-メチレンビス(4-メチルフェノール)ナトリウム塩」10質量部に対して「ポリエチレンワックス」を15質量部含んでいるから、本件発明1の「重量比((b)水分散型水系樹脂粒子の重量/(a)有機酸のアルカリ金属塩の重量)が10未満」を充足する。
また、甲5発明は【0036】によれば炭素鋼試験片を金型で成形加工する際に試験片に塗布される潤滑剤組成物であるから、「鉄系材料の塑性加工用潤滑剤組成物」であると認められる。
そうすると、両者は、
「(a)有機酸のアルカリ金属塩と、
(b)水分散型水系樹脂粒子と、
(c)水溶性ポリマーと、
(d)水と、を含み、
前記(a)有機酸のアルカリ金属塩に対する、前記(b)水分散型水系樹脂粒子の重量比((b)水分散型水系樹脂粒子の重量/(a)有機酸のアルカリ金属塩の重量)が10未満である、鉄系材料の塑性加工用潤滑剤組成物。」の点で一致し、以下の点で相違するものである。
<相違点1>
本件発明1は「前記(b)水分散型水系樹脂粒子は、粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」のに対して、甲5発明ではポリエチレンワックスの粒子径がそのように特定されていない点。
イ 相違点についての判断
(ア)相違点1について
甲5には、ポリエチレンワックスについて、「エマルションとして水に分散しているものを使用した」ことが記載されているものの(【表1】の注釈)、粒子径が0.1μm以下の粒子をポリエチレンワックスの全量に対して5重量%以上として用いることは記載されておらず、それを動機付ける記載もない。甲6にワックスの平均粒子径が「30~1000nm(より好ましくは100~500nm)であると、凝集を抑えることにより水への分散性が良くなる」ことが記載されている([0034])が、粒度分布については記載されていないから、相違点1に係る粒子径が0.1μm以下の粒子の含有割合を導き出すことはできない。
同様に、甲7においても、「ワックス粒子の平均粒径として通常は10μm以下(例えば、0.001~10μm)、・・・特に好ましくは0.001~1μmである。平均粒径を上記範囲とした場合、被膜の強度を低下させずに、被膜に滑り性を付与することができるため好ましい。」と記載される(【0055】)が、粒度分布については記載されていないから、相違点1に係る粒子径が0.1μm以下の粒子の含有割合を導き出すことはできない。
したがって、甲5発明において、ポリエチレンワックスとして、粒子径が0.1μm以下の粒子をポリエチレンワックスの全量に対して5重量%以上としたものを用いることを当業者が容易に想到したとはいえない。
以上のとおりであるから、甲5発明において、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到し得たものではない。
(イ)効果について
本件明細書には、本件発明1の潤滑剤組成物は、「(a)有機酸のアルカリ金属塩と、(b)水系樹脂粒子と、(c)水溶性ポリマーと、(d)水と、を含み、前記(b)水系樹脂粒子が、粒子径が0.1μm以下の粒子を所定量含み、(a)と(b)の配合比が所定の範囲である、塑性加工用潤滑剤組成物」によって作業環境を黒く汚染する問題がないとともに潤滑性及び離型性に優れるものとなったことが記載されている(【0010】~【0012】)。
そして、本件明細書には、「(a)有機酸のアルカリ金属塩と、(b)水系樹脂粒子と、(c)水溶性ポリマーと、(d)水と、を含み、前記(b)水系樹脂粒子が、粒子径が0.1μm以下の粒子を所定量含み、(a)と(b)の配合比が所定の範囲である、塑性加工用潤滑剤組成物」である実施例1~35は、離型性及び潤滑性に優れているのに対し、黒鉛系潤滑剤を用いた比較例1では、分散性、軸伸び(軸方向の潤滑性)の評価が実施例よりも悪かったこと、そして、「粒子径が0.1μm以下の粒子を、(b)水分散型水系樹脂粒子の全量に対して5重量%超含む」「(b)水分散型水系樹脂粒子」に代えて「粒子径が0.1μm以下の粒子を含まないフェノール樹脂」を用いた比較例2では分散性、潤滑性、離型性の評価が実施例よりも悪かったことが確認され、「(b)水分散型水系樹脂粒子」を含まない比較例3では分散性、潤滑性の評価が実施例よりも悪かったことが確認されている(【0071】~【0093】、【表1】~【表6】)。
一方、甲5には、前記(ア)に示したように、冷間塑性加工用潤滑剤として用いられる潤滑剤組成物について、水溶性バインダー成分(A)として、層状構造を有する水溶性有機酸化合物を含有すると、「このような構造を有するために、せん断力が加わると層間に沿って結晶が割れて滑りやすく、滑り摩擦に対して潤滑効果を示すものと考えられる。従来のボンデリューベ潤滑剤では、この劈開性を付与するために、黒鉛や二硫化モリブデンなど、層状の結晶構造を形成する化合物が使用されてきたが、本発明では、これらの材料に代えて、特定の構造を有する有機酸塩を用いることで、潤滑剤に劈開性も付与している。」(【0027】)ことが記載されている。
しかし、甲5及び甲6,甲7の記載をみても、「ポリエチレンワックス」として「粒子径が0.1μm以下の粒子を、」「ポリエチレンワックス」の「全量に対して5重量%超含む」を用いたことにより、潤滑性及び離型性に優れる、という効果については、当業者が予測することができるものではない。
(ウ)申立人の主張について
a 申立人の主張4(特許異議申立書の第19頁第17行~第21頁第3行)
甲5発明と甲6記載事項とは、塑性加工用潤滑剤組成物という同一の技術分野に属し、塑性加工用潤滑剤組成物の技術分野において、潤滑成分の水分散性を向上させることは一般的な課題であるといえ、甲5発明と甲6記載事項とは潤滑成分の水分散性を向上させる点で課題が共通するから、甲5発明において、甲6記載事項を参考にして相違点1に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
また、甲5発明と甲7記載事項とは、塑性加工用潤滑剤組成物という同一の技術分野に属し、甲7には、被膜に滑り性を付与するためにワックス粒子の粒径を小さくすることが記載されているところ、塑性加工用潤滑剤組成物の技術分野において被膜に滑り性を付与することは一般的な課題であり、甲5発明と甲7記載事項とは被膜に滑り性を付与する点で課題が共通するから、甲5発明において、甲7記載事項を参考にして相違点1に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。
b 検討
前記aの主張について検討すると、甲5発明は、「有機酸塩を用いた冷間塑性加工用潤滑剤のさらなる性能向上」を目的として掲げ(【0007】)、「層状構造を有する水溶性有機酸化合物」を主要な構成成分とするものであり、甲5の【0030】には、「必要に応じて、リン酸塩、・・・ケイ酸塩、・・・およびタングステン酸塩の水溶性無機塩;・・・を用いてもよい。これらの任意成分の添加量は、水溶性バインダー成分(A)および有機系潤滑成分(B)の合計に対して、概ね0.1~20質量%である。」と記載されているが、前記リン酸塩、ケイ酸塩、タングステン酸塩等の任意成分を含む実施例は記載されていないものである。これに対し、甲6に記載された発明は、「タングステンの、ケイ素のもしくはリンのオキソ酸又はその縮合物および/又はその塩」(「請求の範囲」)を主要な構成成分とするものであり、低分子量の「層状構造を有する水溶性有機酸化合物」を含むものではないから、甲5発明とは主要な成分が相違し、両者を組み合わせる動機は生じないものである。また、甲6の潤滑成分(D)としてワックス成分(a)にa2「低密度ポリエチレンワックスB」(粒子径0.1μm、融点150℃)を使用した実施例用処理剤01は、液安定性が優れ、処理直後の加工性、吸湿後の加工性、耐焼付き性、カスの発生、液安定性といった評価結果が◎5個になっているが([0058]、[表4]、[表7])、前記したとおり、甲6の実施例用処理剤で必須成分とされる成分(A),(B),(C)は甲5発明の水溶性バインダー成分や添加剤と主要な成分組成が異なっているから、甲6において特定の平均粒径のポリエチレンワックスが使用されていたからといって、甲5発明においても直ちに甲6と同じ効果が得られると当業者が想到し得るものではないし、さらに、前記(イ)のとおり、「ポリエチレンワックス」として「粒子径が0.1μm以下の粒子を、」「ポリエチレンワックス」の「全量に対して5重量%超含む」を用いることにより、潤滑性及び離型性に優れる、という本件発明の効果を当業者が予測することができたともいえない。
甲7に記載された発明についても、「冷間引抜き加工において、化成処理による下地を必要としない潤滑被膜を用いるとともに、加工時に焼き付きを防止することができる冷間引き抜き加工方法」(【0013】)の提供を課題とする発明であり、低分子量の「層状構造を有する水溶性有機酸化合物」を含むものではないから、甲5発明とは課題及び主要な成分が相違し、両者を組み合わせる動機は生じないものである。また、甲7には、樹脂Aを含む組成物No.1、樹脂Bを含む組成物No.2のいずれにも用いられるワックス成分Cとして、酸価ポリエチレン(軟化点138℃)を用いてワックス溶液を調製し、ワックス粒子の平均粒径が0.05μmであるものが記載されているが(【0093】)、これらの組成物の焼付き評価を行った試験番号1-1~1-12では焼付きの有無は引抜き管の潤滑被膜厚さh(μm)/表面粗さRy(μm)に応じた結果となっていることから、甲7において特定の平均粒径のポリエチレンワックスが使用されていたからといって、加工対象物が引き抜き管に限らない甲5発明においても甲7と同じ効果が得られると当業者が想到しるものではないし、さらに、前記(イ)のとおり、「ポリエチレンワックス」として「粒子径が0.1μm以下の粒子を、」「ポリエチレンワックス」の「全量に対して5重量%超含む」を用いることにより、潤滑性及び離型性に優れる、という本件発明1の効果を当業者が予測することができたともいえない。。
そうすると、甲5及び甲6、甲7の記載を考慮したとしても、甲5発明において、ポリエチレンワックス粒子中に含まれる粒子径が0.1μm以下の粒子の含有率を「全量に対して5重量%超含む」ものに調整することは、当業者にとって容易に想到できたことであるとはいえない。
よって、申立人の主張は採用できない。
(エ)小括
したがって、本件発明1は、甲5に記載された発明及び甲5~甲7に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)本件発明2~5
本件発明2~5は、いずれも本件発明1を全て包含し、それぞれ個別の技術事項を追加したものである。そうすると、本件発明2~5は、前記(2)に示した理由と同様の理由により、甲5に記載された発明及び甲5~甲7に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4)小括
以上まとめると、本件発明1~5は、いずれも甲5に記載された発明及び甲5~甲7に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。よって、申立理由2(甲5を主たる引用例とした進歩性)によって本件発明1~5に係る特許を取り消すことはできない。
第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人による特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1~5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1~5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700969