特許拒絶査定不服審判
2024-008066
ノイズに適応した不感時間を有する磁気流量計
- 審判番号
- 2024-008066
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2022-516026
- 請求日
- 2024年05月15日
- 審決日
- 2025年10月30日
- 公報発行日
- 2026年04月24日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】マイクロ・モーション・インコーポレーテッド
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 審判長/審判官
- 審判長 道祖土 新吾
- 審判官 井海田 隆
- 審判官 柳 重幸
- 分類
- P18 .536-Z (G01F) / P18 .574-Z (G01F) / P18 .537-Z (G01F)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条6項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第17条の2第5項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2022-516026「ノイズに適応した不感時間を有する磁気流量計」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 3月18日国際公開、WO2021/050347、令和 4年11月16日国内公表、特表2022-548017〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2020年(令和2年)9月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2019年9月13日、米国)を国際出願日とする外国語特許出願であって、その手続の経緯の概略は、次のとおりである。
令和4年 4月26日 :翻訳文の提出
令和5年 4月25日付け:拒絶理由通知書
同年10月30日 :意見書、手続補正書の提出
令和6年 1月 4日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
(同月16日 :原査定の謄本の送達)
同年 5月15日 :審判請求書、手続補正書の提出
同年 6月12日 :手続補正書(方式)の提出
[ 同年 6月27日付け:前置報告書]
同年 8月21日 :上申書の提出
以下、2019年(令和元年)9月13日を「優先日」という。
第2 令和6年5月15日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和6年5月15日にされた手続補正を却下する。
[補正の却下の決定の理由]
1 補正の内容
令和6年5月15日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲の補正をするものであり、本件補正により、次の(1)に示す本件補正前(令和5年10月30日にされた手続補正後のものをいう。以下同じ。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は、後記(2)に示す本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載に補正された。下線は補正箇所を示す。
(1) 本件補正前
「【請求項1】
磁気流量計であって:
プロセス流体流内に磁場を生成するように構成された少なくとも1つのコイル;
前記磁場に応答して前記プロセス流体流内の起電力を検出するように構成された一対の電極;
前記一対の電極に動作可能に結合され、且つ検出された前記起電力の値を提供するように構成された測定回路;及び
前記測定回路に結合され、且つ前記検出された起電力の値及びプロセスノイズの値を受け取るように構成されたプロセッサを備え、
前記プロセッサが、前記プロセスノイズの値に基づいて、フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供するように構成されている、
磁気流量計。」
(2) 本件補正後
「【請求項1】
磁気流量計であって:
プロセス流体流内に磁場を生成するように構成された少なくとも1つのコイル;
前記磁場に応答して前記プロセス流体流内の起電力を検出するように構成された一対の電極;
前記一対の電極に動作可能に結合され、且つ検出された前記起電力の値を提供するように構成された測定回路;及び
前記測定回路に結合され、且つ前記検出された起電力の値及びプロセスノイズの値を受け取るように構成されたプロセッサを備え、
前記プロセッサが、前記プロセスノイズの値に基づいて、信号処理パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記信号処理パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供するように構成されている、
磁気流量計。」
2 本件補正の目的について
(1) 本件補正後の請求項1についての補正の内容
本件補正により請求項1についてする補正は次のア~イの補正事項からなる。
ア 補正事項1(不感時間に対する発明特定事項の削除)
本件補正前に、「不感時間」を特定していた「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである」という記載を削除すること。
イ 補正事項2(「不感時間」を「信号処理」へと変更する補正)
本件補正前の「不感時間」と言う記載を「信号処理」へと変更すること。
(2) 補正の目的要件の充足性についての当審の判断
ア 補正が明瞭でない記載の釈明に該当しないことについて
(ア) 本件補正の目的について、請求人は、審判請求書において、不明瞭な記載を削除するものであって、明瞭でない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)に該当すると主張している。
(イ) ここで、「明瞭でない記載の釈明」とは、補正前の明細書、特許請求の範囲又は図面中のそれ自体意味の不明瞭な記載、又は、補正前の明細書、特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明瞭となっている記載等、明細書、特許請求の範囲又は図面に生じている記載上の不備を正し、その本来の意を明らかにすることをいう(以下「判断基準」という。)。
(ウ) 前記判断基準に従って、前記補正事項1及び2について検討する。
a 補正事項1に関し、本件補正前の「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである」という記載は、仮に「不感時間」が、審判請求書の請求の理由において請求人が主張するように、磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)としたとしても、それに関するパラメータと言うだけでは、技術的にどのようなものであるのか把握することは困難であるといえる。また、「不感時間」という用語も、それ自体が明確なものでないから、「補正前の明細書、特許請求の範囲又は図面中のそれ自体意味の不明瞭な記載」に該当する。
b しかしながら、当該記載を丸ごと削除することは、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである」という、特徴的であり重要な技術事項を削除するものであるから、「特許請求の範囲又は図面に生じている記載上の不備を正し、その本来の意を明らかにすること」に該当するとはいえない。
c また、補正事項2に関し、「磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)」として理解しうるとしていた「不感時間」を、「信号処理」という、おおよそ情報処理の技術分野で信号を取り扱うに際し、いかなる処理をも包含しうる上位の概念に補正することは、明らかに「不感時間」を明瞭にする、という趣旨から外れている。
(エ) したがって、本件補正により請求項1についてする補正は、明細書、特許請求の範囲又は図面に生じている記載上の不備を正したものであるとはいえない。
(オ) 以上のとおりであるから、本件補正は、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものには該当しない。
イ 本件補正の目的がそのほかの目的にも該当しないことについて
そして、前記のとおり補正事項1及び2は構成の削除や構成の上位概念化に該当するので、特許請求の範囲の減縮(請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)を目的とするものに該当しないことは明らかである。
また、補正事項1及び2が請求項の削除及び誤記の訂正のいずれを目的とするものにも該当しないことも明らかである。
(3) 目的要件についての検討のまとめ
前記(1)及び(2)に検討のとおり、本件補正後の請求項1についてする補正は、特許法17条の2第5項各号において列挙するいずれを目的とするものに該当せず、同項の規定に適合しない。
3 本件補正の適否のまとめ
前記2において検討したとおり、本件補正は、特許法17条の2第5項の規定に適合しないから、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって、前記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
なお、請求人は令和6年8月21日に提出した上申書において、「不感時間パラメータ」を「信号処理パラメータ」とする補正は、上位概念化にあたるものとして却下されるべきであるという前置報告書の内容を了承した上で、補正案を提示しているが、当該補正案における請求項1は、令和5年10月30日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1と全く同じものとなっており、上記補正の却下の決定は、少なくとも請求項1については、請求人の希望によるさらなる補正が行われたと仮定すると、結果として同じ効力を生じるものである。
第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記第2において示したとおり却下したので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1(前記第2の1(1)参照)に記載された事項により特定されるとおりのものである。
2 原査定における拒絶の理由の概要
原査定の本願発明に対する拒絶の理由のうち理由1(明確性違反)及び理由2(実施可能要件違反)の概要は、次のとおりである。
理由1(明確性違反)
本願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
記
請求項1の「前記プロセッサが、前記プロセスノイズの値に基づいて、フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供するように構成されている」との記載について、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータ」とはいかなるものであるのか、特に、「不感時間」とはどのような時間であって、「不感時間パラメータ」は「不感時間」とどのように関連するパラメータであるのかということを明確に理解することができない。
理由2(実施可能要件違反)
本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
記
上記理由1で指摘したように、請求項1に記載された「不感時間」及び「不感時間パラメータ」がそれぞれいかなるものであるのかということが明確でないが、これらの点については、本願の発明の詳細な説明においても明確な説明がなされておらず、その結果、「磁気流量計」がどのような値を出力するものであるのかということも、発明の詳細な説明の記載から明確に理解することができない。
段落[0014]-[0018]や段落[0022]-[0024]には、日本語として意味を理解することが困難な記載が多く含まれ、これらの段落の記載から、「不感時間」及び「不感時間パラメータ」がいかなるものであるのかということを明確に理解することはできない。
仮に「不感時間」を、原文(英語でされた国際特許出願の明細書および請求の範囲)の"Dead Time"に対応するものであることから、これはプロセス制御におけるいわゆる「むだ時間」に対応するものであると推測しても、「不感時間パラメータ」がどのようなパラメータであるかは、明確に理解することができない。
3 判断
(1) 記載の明確性に係る当審の判断
本願発明に係る請求項1(以下、請求項1という。)の記載について、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たすか否か、以下検討する。
ア 明確性要件の判断基準
特許法36条6項2号が、発明の明確性を特許請求の範囲についての記載要件として規定する趣旨は、仮に特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにあるところ、このような趣旨を踏まえると、発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か、という観点から判断されるべきである。
イ 請求項1の記載
請求項1には、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供する」と記載されている。
ウ 前記イで摘記した記載について、「フィルタ処理のための」との文節が「不感時間」又は「パラメータ」のいずれに係るのかが不明であるため、次の(ア)及び(イ)に示すような二とおりの解釈が可能となっている。
(ア) フィルタ処理のためのパラメータが、「フィルタ処理のための不感時間」に関するものであり、「不感時間パラメータ」と称されている。
(イ) フィルタ処理のための「パラメータ」が存在し、これが不感時間に関するものであるため、「不感時間パラメータ」と称している。
そして、いずれかの「不感時間パラメータ」と、検出された起電力の値に基づいて、プロセス流体流量出力を提供する。
エ 仮に、(ア)の解釈を取るのであれば、「不感時間」を用いた「フィルタ処理」がどのようなものであるかを明確に把握する必要があるが、「不感時間パラメータ」は、それに関連しているということのみが条件とされる。
この場合、「フィルタ処理のための不感時間」というものに、なんらかの設定可能なパラメータがある場合や、「フィルタ処理のための不感時間」がどのような程度の物になるかによって、読み取れるパラメータがあることが考え得る。
しかしながら、請求項には「フィルタ処理」について、そのほかの記載がない、つまり、何らそれ以上の特定がされていないため、「フィルタ処理」は、何に対して適用される、どのような処理のことかは一切定められていない。
そして、そのような、何ら特定されていない「フィルタ処理」「のための」「不感時間」について、仮に「不感時間」が何かに定まる一般的な技術上の意味を理解し得るものであったとしても、それが「フィルタ処理」のためのものであるか否か判断する基準も明らかではない。
さらに、仮に「フィルタ処理のための不感時間」までもが理解し得るとしたとしても、これに「関する」パラメータ、というだけでは、どのようなパラメータでも、これに該当する可能性が残るため、その技術的な意味内容を特定することは困難である。
なお、請求項1の記載そのものからは読み解けないものの、当該請求項の記載を引用する請求項では、「不感時間パラメータ」の例として、起電力と比較しうる閾値である「不感時間閾値」や不感時間そのものとされる「不感時間持続時間」があるとされる。
仮に、「フィルタ処理のための不感時間」を理解しうるとして、「不感時間パラメータ」が、起電力と比較しうる閾値や不感時間そのものに例示されるものであるとしても、上述のとおり、その技術的な意味内容を特定することが困難であることに変わりはない。
このため、ウ(ア)の解釈である場合、少なくとも請求項の記載のみからは、「フィルタ処理」や「不感時間」、「不感時間パラメータ」が何を特定しているのか明確でないだけでなく、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供する」という発明特定事項が技術的に何を意味しているのかを特定することができない。
オ 逆に、ウ(イ)の解釈である場合は、「フィルタ処理」と「パラメータ」がどのようなものであるのかについて明確に把握する必要があり、「不感時間」についても、「パラメータ」がこれに関するものかどうかを特定し得る程度には明確に記載を把握する必要があるが、「フィルタ処理」と「不感時間」の関係は「関する」ということ以上には問われない。そして、「フィルタ処理」も「パラメータ」も、技術用語としては一般的なものであり、その適用対象や、用いられかた等が理解できるのであれば、当該記載は明確に理解できる可能性がある。
しかしながら、請求項の記載においては、「パラメータ」が「不感時間」に関している、ということを除いて「フィルタ処理」も、「パラメータ」も何ら特定されていないので、少なくとも「不感時間」の技術的な意味を理解しない限り、「パラメータ」の技術的な意味内容は特定することは困難である。
そして、「不感時間」という用語については、当該記載において何ら別の特定があるわけでもないし、用語として一般的なものでもない。そのため、「不感時間」の技術的な意味は不明であり、「パラメータ」の技術的な意味内容も特定することはできない。
なお、上記エで述べたように、「不感時間パラメータ」の例として、起電力と比較しうる閾値である「不感時間閾値」や不感時間そのものとされる「不感時間持続時間」があるとされる。
しかしながら、「不感時間」がどのようなものであるか不明である状態において、閾値や時間が設定に用いられたとして、フィルタ処理がどう変更されることがあり得て、どのようにこれに「基づいて」、プロセス流体流量出力を提供することができるのかは、たとえ当業者であっても、当然に理解し得るようなものではない。
よって、ウ(イ)の解釈であったとしても、少なくとも請求項の記載のみからは、「フィルタ処理」や「不感時間」の具体的な意味内容、「パラメータ」が何を特定しているのかを明確に理解することができず、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供する」という発明特定事項が技術的に何を意味しているのかを特定することができない。
カ そして、請求項1のその余には「不感時間」に関する記載は無いため、当該「不感時間」は他の発明特定事項によって解釈をなし得る用語ではない。このため、上記ウ(ア)及び(イ)のいずれの解釈をとるにしても「不感時間」がどのようなものであるのかは、当該用語単独でその技術的思想を理解できるものでなければならない。
キ そして、明細書の段落【0012】~【0024】においては、「不感時間」は「信号処理パラメータ」であること、これを用いると得られる効果(応答性の向上)があること、「不感時間」を動的に変化させる方法などについて記載されているが、下記(2)において述べるように、それらの内容については具体例が理解できるようには記載されていない上に、「不感時間」がどのようなものであるかについての直接的な記載も無く、結局「不感時間」がどのようなものであるか、推定することすら困難である。
ク また、日本語における「不感時間」(原文は「Dead Time」)は、一般的には「検出器などで、ある事象を検出したあとに、次の事象を検出できるようになるまでの時間」(小学館デジタル大辞泉)、「dead time 放射線の検出器に1個の放射線が入射したあとの一定の作動準備の時間中には次の放射線が入射しても検出器は作動しない。この時間を不感時間という。」(ブリタニカ国際大百科事典)などのように、計測器がひとつの信号を受け取ってから次の信号を受け取れるようになるまでの回復に要する時間、つまり、センサの感度がなくなってしまう時間のことをいうのであって、パラメータで調節できるようなものではないので、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、」という構成は、一般的な用語として、解釈し得る程度の記載とはなっていない。
ケ そうすると、「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供する」という技術事項は、プロセス流体流量出力に対してどのように関わるのか不明であって、その技術的な意義を理解することができず、まとまった技術思想を把握することができない。そうすると、第三者は当該発明について、特許が付与された際に発明の技術的範囲を把握することができない。
このため、請求項1の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといえる。
したがって、請求項1に係る発明は、明確でない。
(2) 実施可能要件に係る当審の判断
次に、この出願の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすか否か、以下検討する。
ア 実施可能要件の判断基準
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
イ 本願発明の解決しようとする課題の認定
本願発明の解決課題は、段落【0002】の記載を踏まえると、次のとおりであると認められる。
<本願発明の解決課題>
「信号ノイズ(雑音)の影響を受けやすい環境において、信号ノイズに対する応答が優れた磁気流量計を提供し、そのようなノイズの多い環境で用いる場合に流量出力の精度を向上させること。」
ウ 本願発明の技術的特徴について
本願発明は、次の技術事項A及びBを技術的特徴として備えるものである。
<技術事項A(磁気流量計に係る事項)>
「磁気流量計であって:
プロセス流体流内に磁場を生成するように構成された少なくとも1つのコイル;
前記磁場に応答して前記プロセス流体流内の起電力を検出するように構成された一対の電極;
前記一対の電極に動作可能に結合され、且つ検出された前記起電力の値を提供するように構成された測定回路;[を備えること。]」
<技術事項B(プロセッサに係る事項)>
「 前記測定回路に結合され、且つ前記検出された起電力の値及びプロセスノイズの値を受け取るように構成されたプロセッサを備え、
前記プロセッサが、前記プロセスノイズの値に基づいて、フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供するように構成されている[こと。]」
エ 技術事項Bについての検討
前記ウにおいて示したとおり、本願発明の技術的特徴は、磁気流量計に係る事項(技術事項A)、及びプロセッサに係る事項(技術事項B)にあると認められる。そして、技術事項Aは、明細書の段落【0001】の記載からみて、従来技術が既に有している構成であって、技術事項Bが本願発明の主要な課題解決手段であると認められるところ、以下では、拒絶の理由とされた「不感時間」や「不感時間パラメータ」に関する事項として、特に、技術事項Bについて検討する。
オ 「不感時間」や「不感時間パラメータ」に関連する明細書の記載
「不感時間」及び「不感時間パラメータ」と、「プロセッサ」による「プロセス流体流量出力」との関係については、少なくとも「不感時間」に関する記載がある、段落【0012】~【0024】にその説明があると考えられるが、以下の(ア)~(ス)において説明するように、これらの段落における記載は、具体的にどのような事を行う又は行おうとしているのか、日本語として理解することが困難である。
(ア) 段落【0012】の記載
明細書の段落【0012】の、技術事項Bに関する記載は以下のとおりである。
「…前略…
特にノイズの多いプロセス流の環境で使用されるものは、一般的に、減衰、信号処理、及び平均化を採用している。これらの技術は出力の安定性を高めるが、プロセス流体流量の変化に対する磁気流量計の応答性を低下させる場合がある。この潜在的な応答性の欠如に対処するために、不感時間計数器が一般的に用いられる。」
(イ) 段落【0012】の記載内容の理解
当該記載からは、減衰、信号処理、及び平均化では、プロセス流体流量の変化に対する磁気流量計の応答性を低下させるので、これを解決したいという「課題」が記載されている。そして、これに対処するために、「不感時間計数器が一般的に用いられる。」とされているが、「不感時間計数器」という用語は一般的ではなく、不感時間の長さや不感時間が生じた数を数えるものであるのか、不感時間がある計数機であるのかも不明である。また、なぜ「不感時間計数器」を用いると応答性の欠如に対処し得るのかも、当該段落には記載が無い。
(ウ) 段落【0013】の記載
明細書の段落【0013】の記載は以下のとおりである。
「本明細書で用いられるように、不感時間は、信号処理パラメータであり、それは、使用されると、流量出力をもはや平均の関数ではなくさせられ、代わりに流量値に一層緊密に従わされる。一例において、もし流量出力が前の10個の流量サンプルの平均である場合、不感時間が関与すると、流量出力は2つ又は3つのサンプルの平均であるか、又は流量サンプル自体として提供されうる。」
(エ) 段落【0013】の記載内容の理解
冒頭の記述より、「不感時間」は、それ自身が何らかの信号を処理するためのパラメータである「信号処理パラメータ」であることが推測し得る。しかしながら、「使用されると、流量出力をもはや平均の関数ではなくさせられ、代わりに流量値に一層緊密に従わされる」については、使用結果が述べられているだけで、どのようなパラメータが、どのように使用されることを意味しているのか説明がない。また、その直後の、「一例」では、「もし流量出力が前の10個の流量サンプルの平均である場合、不感時間が関与すると、流量出力は2つ又は3つのサンプルの平均であるか、又は流量サンプル自体として提供されうる。」と記載されており、「使用され」(関与し)ているのに、流量出力が平均の関数ではなくさせられておらず(2つ又は3つのサンプルの平均である)、記載が矛盾している。
(オ) 段落【0014】の記載
段落【0014】の記載は以下のとおりである。
「 理解できるように、不感時間のトリガーを適切に設定することは、正確な流量表示と効果的なノイズ除去とのバランスをとるために非常に重要である。不感時間計数器の診断は、流量の変化を検出した時に始動される。しかし、不感時間計数器はノイズの影響を受けないわけではない。流量を間違った流量値へジャンプさせうる誤検知が、発生する可能性がある。報告された流量値のこの変化は、制御システムを望ましくない仕方で反応させる」
(カ) 段落【0014】の記載内容の理解
上記(エ)にあるように、「不感時間」が「信号処理パラメータ」であるなら、その「トリガーを適切に設定する」とは、何を意味しているのか全く定かではない。また、「不感時間計数器の診断は、流量の変化を検出した時に始動される。」との記載について、「不感時間計数器の診断」の「始動」は、一般的な日本語の解釈では、「不感時間計数器」が正常に動作するか否かの「診断」を開始することを意味してしまうので、「不感時間計数器」による「診断」の開始という意味で理解するべきと考えられる。
しかしながら、それより以降はノイズの課題を提起しているだけであるため、当該段落においても、「不感時間」、「不感時間パラメータ」及び「プロセッサ」による「プロセス流体流量出力」の関係については全く述べられていない。
(キ) 段落【0015】の記載
段落【0015】は図3を説明するものであり、「不感時間」に関して以下a~cの記載事項がある。
a 「高度に平均化された信号300が不感時間の関与を引き起こすが、閾値が高すぎるために第2の関与は引き起こさない。」
b 「遷移が不感時間限度内にあるために、高度に平均化された流量信号300は、減衰された流量信号を追跡する。分かるように、不感時間が正しく機能している場合、平均性の高い信号は、最小限に減衰された信号の非常に近くまで追跡する。」
c 「不感時間を採用する磁気流量計は、…中略…この第2モードは上記不感時間モードであり、且つそれは、プロセス流サンプルが、不感時間継続期間を超える期間に、不感時間閾値を超えた場合に用いられる。」
(ク) 段落【0015】の記載内容の理解
a 前記(キ)aについて、不感時間はパラメータであるところ、「関与を引き起こす」が何をいわんとしているのか不明であるし、「閾値が高すぎる」も、「第2の関与」も、説明が全くないため、何を意味しているのか理解することができない。
b 前記(キ)bについて、「遷移が不感時間限度内」とはどのようなことを意味しているのか不明であるし、信号が信号を追跡するということは、一般的な表記ではないが、当該記載を善解すると、「不感時間が正しく機能すると」高度に平均化された流量信号と、減衰された流量信号が、同じような波形を見せていることを述べていると考えられる。
しかしながら、当該記載は、「不感時間が正しく機能すると」「高度に平均化された流量信号」が、「最小限に減衰された信号の非常に近くまで追跡」される、つまり、不感時間が正しく機能すると、平均化された流量信号を使えるようになるので良い、とされていることとなるので、(エ)と同様に、「不感時間は、信号処理パラメータであり、それは、使用されると、流量出力をもはや平均の関数ではなくさせられ、代わりに流量値に一層緊密に従わされる。」、つまり、平均を使わなくするという話と矛盾している。
c 前記(キ)cについて、不感時間モードとされる第2モードであるが、不感時間モードという用語自体はこれより前に記載されていないし、不感時間の説明がなされている訳でもないため、結局当該記載においても、第2モードが用いられるとどのようになるのかについては一切記載されていない。また、これが用いられるとする、「プロセス流サンプルが、不感時間継続期間を超える期間」も、プロセス流サンプルとは何か、これが何らかの期間とおぼしき「不感時間継続期間」を超える期間とはいつのことか不明である。
d 前記a~cで検討したとおり、段落【0015】何をいわんとしているのか甚だしく不明確ではあるが、少なくとも「不感時間」がどのようなもので、どのように設定され、又はどのように利用されているのかについては、一切記載されていない。
(ケ) 段落【0016】~【0018】の記載
段落【0016】~【0018】において、「不感時間」に関連する記載は以下のとおりである。
a 「誤検知の可能性を低減するために、適応不感時間が磁気流量計に提供される。」
b 「不感時間計算は、四分位平均を用いて、流量信号の大きなスパイクノイズを低減することができる」
c 「中央絶対偏差又は標準偏差のいずれかが、不感時間閾値を構成するように又は不感時間閾値に影響を与えるように用いられる。従って、信号ノイズがより多く存在する場合、MADと標準偏差とは増加する。」
d 「ノイズが減少する場合は、MAD及び標準偏差も減少し、閾値も減少させられる。これは、ノイズが存在する場合は閾値が増加させられことにより、そしてノイズが存在しない場合は閾値が減少させられることにより、ロバストな不感時間を提供する。」
e 「適応不感時間診断は、ノイズが存在する場合の流量閾値を下げることにより、応答性を最大化する。MAD及び/又は標準偏差の使用が好ましいが、本明細書に記載の実施形態は、プロセスノイズの何等かの適切な表示値を用いて実施されうる」
f 「そして磁気流量計は、伝達されたノイズに基づいて不感時間を調整する。」
g 「高速フーリエ変換が、不感時間閾値を構成するため又は不感時間閾値に影響を与えるために、電極のノイズ量を測定するために用いられうる」
(コ) 段落【0016】~【0018】の記載内容の理解
a 「適応不感時間」という新規の用語が現れ、その意味内容が不明であるが、不感時間を適応すると誤検知の可能性が減るという、効果についての説明をしていると考えられる。
b 不感時間の計算に際し、四分位平均を用いれば、流量信号の大きなスパイクノイズを低減するという旨の記載と考えられる。
c及びd 信号ノイズが多いと、MADと標準偏差が増加する、つまり、これらに正の相関があることが示され、これに閾値も連動させる旨の記載があると考えられる。
e eでは、aで現れた「適応不感時間」という語句に「診断」という用語が追加されているが、これが、ノイズが存在する場合に「流量」の「閾値」を下げるとされており、その意味は全く不明である。また、実施形態ではMAD及び/又は標準偏差が用いられていないとも読み取れるものの、何を実施しているのかは定かな記載ではない。
f fの記載は、一転してノイズに基づいて不感時間を調整するという旨のことが述べられている。このため、ノイズに基づいて不感時間の閾値が変更されているのか、不感時間が変更されるのか、理解することが困難となっている。
g さらに、gの記載は唐突すぎて理解することができない。つまり、高速フーリエ変換は何に対して行われるものであるかも不明であるし、高速フーリエ変換することが、(流量信号やプロセスノイズではなく)「電極の」ノイズ量の測定に用いることができるのか、なぜそれが不感時間閾値を構成するのかなど、この記載の意図は不明といわざるを得ない。
してみれば、段落【0016】~【0018】の記載を総じて、ノイズに応じて「不感時間」の「閾値」が変わるということをいわんとしてることは理解し得るものの、「不感時間」が何であって「閾値」が何の閾値であって、それがどのように変化するのか、変化すると何が変わるのかなど、具体的な実施の態様については、当該記載からも理解することができない。
(サ) 段落【0019】~【0020】の記載内容の理解
段落【0019】~【0020】では、図4の説明として、不感時間閾値の動的な修正の方法について、IQMとフィルタ処理された流量出力との差が、不感時間閾値よりも大きい場合に、不感時間計数器が増分されることや、不感時間計数器が増分される際に、計数が不感時間限度を超えたら、信号処理フィルタがリセットされることなどが記載されている。
不感時間閾値は、図4においてはブロック356において更新される旨記載されているものの、何がどのように更新されるのかについては一切の記載がない。
また、ブロック360以降は、センサのフィルタ処理との関係を述べているようにも見えるが、そもそもフィルタ処理については、どのような処理を行うことを意味しているのか、明細書には一切の記載がなく、具体的に何をどのようにしているのか不明である。
図4の流れ図について確認すると、計数が制限時間(不感時間限度)よりも大きい場合に、信号処理フィルタを再設定するとされていることから、一見、信号処理フィルタを適用することが、不感時間の適用をする、つまり、
「磁気流量計の出力を計測しない」又は「データを間引く時間」としている、ということを意味しているようにも見えるが、この場合、前提であるブロック358において、IQM(四分位平均)と、不感時間を適用してフィルタ処理された流量出力との間の差が閾値を超えているかどうかを判定するという話と矛盾する(出力を計測していなかったり、データが間引かれているため、フィルタ処理された流量出力の値が得られないので、IQM(四分位平均)との差が求められない)ため、「不感時間」を、「磁気流量計の出力を計測しない」又は「データを間引く時間」とするならば、当該記載と矛盾している。
結局、これらの記載を合わせて検討したとしても、不感時間には制限時間があり、何か流量出力と比較しうる閾値によりその継続の是非が定まる、という程度には把握しうるものの、結局「不感時間」が何であって、不感時間の間、何がどのようにされているのかについては、当該段落の記載によっても不明である。
(シ) 段落【0021】の記載及び【図5】
段落【0021】は、流量出力信号における不感時間閾値の影響を示すグラフである、図5を説明しているとされており、結果としてスパイクノイズが減ったという主張自体は理解できるものであるが、「不感時間」がどのように設定されるどのようなものかは、記載されているわけではない。
<【図5】>
[図:0001433571000001.jpg]
なお、実線で表され、スパイクのイズが出ているものは「不感時間閾値が低すぎる」とされている。一般的な日本語の意味として考えるのであれば、閾値が低いということは、適用されやすいということを意味するため、図5は、不感時間を適用しすぎてしまったが故にスパイクノイズが発生するということを意味しており、「不感時間」の技術的理解にさらなる混乱を生じさせている。
(ス) 段落【0022】~【0024】の記載及び【図6】
図6は、「本発明の実施形態による磁気流量計における、不感時間を動的に変化させる方法の流れ図である」とされているが、【図6】は流れ図になっていない。また、段落【0024】では、不感時間閾値が標準偏差であったり、不感時間持続時間がプロセッサによって変更されうるなどと記載されているものの、「不感時間」がどのように設定されるのか、及びどのようなものかは、記載されていない。
<【図6】>
[図:0001433571000002.jpg]
カ 「不感時間」及び「不感時間パラメータ」についてのまとめ
結局、発明の詳細な説明等において、技術事項Bのうち、「不感時間」及び「不感時間パラメータ」に関しては、「不感時間」には制限時間があり、何か流量出力と比較しうる、「不感時間パラメータ」の一つである「閾値」によりその継続の是非が定まる、という程度には把握しうるものの、結局「不感時間」が何であって、不感時間の間、何がどのようにされているのかなどの具体的な事項については何ら記載されていない。
キ その他の技術事項Bに関する記載
(ア)「プロセスノイズの値」
技術事項Bに関連する記載としては、「プロセスノイズの値」についても、「値を受け取る」、「値に基づく」及び「値を取得する」等の記載があるものの、これが具体的にどのように測定される何の値であるのかの説明は一切されておらず、(3)キにおいて後述するように、「プロセスノイズ」は、磁気流量計の技術分野において一般的に用いられる用語ということもないので、技術事項Bのうち、「プロセスノイズの値に基づいて、フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更[する]」という事項が、具体的に何に基づいて不感時間パラメータを変更することを意味しているのか、理解することができない。
(イ) 「フィルタ処理」
「フィルタ処理」についても「フィルタ処理する」、「フィルタ処理のための」及び「フィルタ処理された」等の記載があるだけで、フィルタ処理がどのような処理であるのかについての具体的内容が示されていない。
「フィルタ処理」という用語自体は、一般的には不要な信号や機能などを対象から除外するという、広い概念を意味するものであるため、用語自体は理解できるものであるが、フィルタ処理の対象とする値や、フィルタ処理の内容自体が不明確であると、「フィルタ処理」がどのような処理であるかも理解することができない。
よって、技術事項Bのうち、「プロセスノイズの値に基づいて、フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更[する]」という事項については、「不感時間パラメータ」がどのような処理のためのパラメータであることを意味しているのか、理解することができない。
ク 技術事項Bについてのまとめ
結局、技術事項Bに関しては、その構成の全体にわたり、具体的内容が一切開示されていない。
そして、開示がされていない「不感時間パラメータ」、「プロセスノイズの値」及び「フィルタ処理」の方法について、どのように設定すれば、前記の課題が解決できるのかは、自然に定まるようなものともいえないため、これによって、本願発明の課題を解決するには、当業者に過度の試行錯誤を求めるものであるといえる。
そして、以下の(3)における請求人の主張を検討しても、主張の内容は当初明細書に記載されたものでもなければ、その内実は不明なままであるから、発明の詳細な説明等及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本願発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があると認められない。
(3) 明確性及び実施可能要件に係る拒絶理由に対する請求人の主張
ア 原査定の明確性及び実施可能要件に係る拒絶理由に関して、請求人は審判請求書及び令和6年8月21日上申書において、概ね次の(ア)~(ウ)のように主張する
(ア) 本願で取り扱う「不感時間(原文では"Dead Time")」は、当業者であれば、磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)として当然に理解することができる。
(イ) 生の測定値に対し「不感時間」を設定したフィルタ処理がなされると、同一の測定期間におけるサンプル数は減少するものの、特に出力が大きく変動した際に、真の出力値に対する緊密な追従性を確保することができる(明細書の段落【0013】参照)。
(ウ) 本願発明は、プロセスノイズ(出力信号の変動)に応じて「不感時間パラメータ(不感時間及び/又は不感時間閾値)」を変更することを特徴とする。
イ しかしながら、前記ア(ア)の主張について、日本語における「不感時間」、原文における「Dead Time」は、一般的には「磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)」とは異なる用語であることは、前記(1)エにおいて述べたとおりであるし、請求人の上記主張は、何ら証拠を付しての主張ではなく、一般的な語句解釈と異なる解釈を「当然に理解することが出来る」と断言しているだけであって、根拠や裏付けがあるものでもない。
ウ また、前記ア(イ)の主張について、明細書には、「不感時間」を設定したフィルタ処理がなされるという旨の記載も一切見当たらない。段落【0013】の記載内容は、上記(2)オ(エ)でも示したように、日本語として理解し得るものではないが、少なくともフィルタ処理についての言及があるわけではない。
エ なお、前記ア(ア)、(イ)の主張について、明細書に記載が無いことをおいて、さらに、前記(2)オ(サ)で示した矛盾についても考慮から外して、仮に、「不感時間」の意味が磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)であるとすると、本願発明の「フィルタ処理のための不感時間に関するパラメータである不感時間パラメータを変更し、且つ前記検出された起電力の値及び前記不感時間パラメータに基づいてプロセス流体流量出力を提供する」という構成は、例えば検出器のサンプリングレートを変更して、それに基づいて出力結果を得るという、おおよそデジタルでの検出を行う装置であれば、いかなる測定装置でも備えている当然の構成にしかならず、その意味においても当該記載は何を特定しようとしているのか不明である。
オ このため、当該構成について、磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)又はデータを間引く時間(むだ時間)の定め方を、本願発明の特徴と捉えようとしても、磁気流量計の出力を計測しない時間(サンプリング時間)や、データを間引く時間(むだ時間)が、具体的にどのように、定められているのかなどについて言及がある訳でもないため、何を持って、「同一の測定期間におけるサンプル数は減少するものの、特に出力が大きく変動した際に、真の出力値に対する緊密な追従性を確保する」という効果が得られるのか、理解することが困難である。
カ すなわち、請求人の前記ア(ア)、(イ)の主張のように「不感時間」を解すると、前記(2)イで述べた「信号ノイズ(雑音)の影響を受けやすい環境において、信号ノイズに対する応答が優れた磁気流量計を提供し、そのようなノイズの多い環境で用いる場合に流量出力の精度を向上させること。」との本願発明の課題が解決できないこととなるから、このような解釈が妥当であるとは到底考えられない。
キ また、前記ア(ウ)の主張ではプロセスノイズを、「出力信号の変動」としているが、そのような記載は明細書のどこにもない上に、信号の変動をノイズと称することは極めて一般的ではない。出力信号の変動は、磁気流量計の測定対象の流量の変化に伴うものを含み、ノイズとしてしまうと、何を測定しようとしているのかはなはだ不明である。
なお、一般的に「プロセスノイズ」との語句は、状態を説明するシステムモデルに対し、実際の状態の動きを完全に説明できない場合に生じる誤差として説明されることが多いが、仮に明細書における「プロセスノイズ」がそのようなものを意味していると仮定しても、具体的にはどのような値をシステムモデルの値、つまり、天与の値として、どのような値をノイズとしているのかは不明である。
ク そのほか、請求人は審判請求書及び令和6年8月21日上申書において【0013】、【0014】、【0015】、【0020】、【0024】等の段落によれば、「不感時間閾値」や「不感時間継続期間」、発明の実施形態や各構成の意味を、当業者は明確に理解することができる旨主張しているが、前記(2)オにおいて説明したように、これらの段落の記載をもって各構成が明確になるというものでもないため、本願発明は理解し得るものではないし、当業者にとって実施可能なものともいえない。
ケ よって、請求人の審判請求書及び令和6年8月21日上申書においてしている主張は、採用することができるようなものでない。
第4 むすび
以上検討のとおり、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許法第36条第6項2号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載が、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2024-008066