2023-010587
静電気劣化防止方法およびその装置
- 審判番号
- 2023-010587
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-009781外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2023年06月09日
- 審決日
- 2025年04月18日
- 公報発行日
- 2025年07月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】松島 千治
- 分類
- P18 .536-WZ (B01J)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 行政事件訴訟法46条特許法36条4項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
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結論
理由
目次 ▾ 9項目
第1 手続の経緯
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本願は、平成31年1月7日を出願日とするものであり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
令和3年11月 1日 手続補正書及び上申書の提出
令和4年 9月 1日 手続補正書及び上申書の提出
同年 9月21日付け 拒絶理由通知
同年12月 1日 手続補正書及び意見書の提出
令和5年 3月 3日付け 拒絶査定
同年 6月 9日 手続補正書及び審判請求書の提出
令和6年 6月18日付け 拒絶理由通知(当審)
同年 8月22日 意見書の提出
第2 本願発明
本願の請求項1、2に係る発明は、令和5年6月9日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、単に「本願発明」という。)は、次のとおりである。
「【請求項1】不導体である樹脂,ゴム,塗料、ガラス,雲母,磁器,水晶の何れか一つ以上の劣化防止対象物の劣化を静電気により防止する静電気劣化防止方法であって、大地の電位より低い電位を前記劣化防止対象物の一部に接続することにより、前記劣化防止対象物全体の劣化を防止することを特徴とする静電気劣化防止方法。」
第3 令和6年6月18日付け拒絶理由通知の理由の概要
令和6年6月18日付け拒絶理由通知書に記載した理由の内容は、以下のとおりである。
第4 当審の判断
当審は、第3に記載の理由によって、本願は拒絶すべきものと判断する。
その理由について、以下、詳述する。
1 実施可能要件の判断基準
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
以下、第2に記載した本願発明が、上記の判断基準で実施可能要件に適合するか否か、特に、本願発明の特徴的部分である「大地の電位より低い電位を前記劣化防止対象物の一部に接続することにより、前記劣化防止対象物全体の劣化を防止する」ことについて、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるか否かについて検討する。
2 本願明細書の発明の詳細な説明の記載
本願明細書の記載によれば、本願発明の「静電気劣化防止方法」において、「大地の電位より低い電位を前記劣化防止対象物の一部に接続することにより、前記劣化防止対象物全体の劣化を防止する」ことを実施するには、本願明細書の【0010】、【0011】で、「課題解決手段における作用は次の通り」とされる、以下の技術的事項を前提としている(なお、「・・・」は、記載の省略を示す。)。
(前提となる技術的事項1)
「物質の劣化は、物質を構成するために結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたりして結合が切れることにより生じるところ、不導体の劣化防止対象物に大地の電位より低い電位を印加して電子の数を増やしておくことにより、物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」(【0010】)
(前提となる技術的事項2)
「不導体が全く電流を流さないわけでなく電気抵抗率が桁違いに高いだけであることに着目し、大地の電位より低い電位を印加することにより、時間をかけて電位が伝わり、電子の数を増やしておくこと、つまり負の静電気を帯電させることが可能である」(【0011】)
そして、本願明細書の図3及び図4に、上記の技術的事項を実行する静電気劣化防止装置が記載されている。
「【図3】[図:0001423945000001.jpg]【図4】[図:0001423945000002.jpg]」
これらの装置に対し、主に以下の説明がある。
「【0032】本発明による静電気劣化防止装置は、接地手段21と電源手段22と印加手段23をおもな構成要素とし、不導体の劣化防止対象物25の劣化を防止する。但し、これらの構成要素は、電気的に接続されていれば、離れた場所にあってもよい。また、複数の配線やコネクタなどを介して間接的に接続しても良い。ここで、絶縁支持手段24は、印加手段23を支持するためのものである。大地29は必要であるが、装置の範囲を超えているので静電気劣化防止装置には含めない。図3に示す例は、印加手段23が絶縁支持手段24と劣化防止対象物25を完全に分離できて、劣化防止対象物25が印加手段23以外に接続されているものがなく、劣化防止対象物25の電位がほぼ印加手段23の電位になる基本的な構成である。【0034】(電源手段22)続きを表示(全22行)電源手段22は、負の値である起電力Vsを発生し、印加手段23に出力する。電源手段22は、電力源として1次電池や2次電池や太陽電池や各種発電機や図示しなし外部配線による商用電源などを用いることができる。・・・電源手段22の簡単な例は、約3Vの電池の陽極を接地手段21に接続して、陰極を印加手段23に接続することである。こうすることにより、大地29の電位より約3V低い電位を発生し、印加手段23に出力できる。但し、電源手段22が供給する電位は、この限りでないことは言うまでもない。また、過度のリーク電流Iや感電防止などの観点から、必要に応じて電源手段22には出力と直列に保護抵抗を付加するなどの保護手段を設けてもよい。【0036】(印加手段23)印加手段23は、電源手段22の出力に配線などにより電気的に接続され、電源手段22からの大地の電位より低い電位を劣化防止対象物25に印加することにより、劣化防止対象物25に電子を供給する。印加手段23は、例えばコネクタやクリップなどを用いて着脱可能なものとしても良い。また、劣化防止対象物25が複合品や組立品を構成する一部分の場合には、印加手段23は複合品や組立品のどこか1カ所に大地の電位より低い電位を印加することにより、他の部分を介して間接的に劣化防止対象物25の部分にも大地の電位より低い電位を印加することができる。・・・【0038】(絶縁支持手段24)印加手段23や劣化防止対象物25が重力で大地29に直接接触しないために、何がしかの支持手段が必要である。絶縁支持手段24は、印加手段23を支持するとともに、大地29と印加手段23や劣化防止対象物25を高い電気抵抗で絶縁する。図3の例のように、劣化防止対象物25と絶縁支持手段24とが充分電気抵抗値の小さい印加手段23により切り離されている場合には、絶縁支持手段24から大地29へのリーク電流Iがあっても、絶縁支持手段24の劣化防止対象物25の劣化防止への影響は無視でき、本発明による静電気劣化防止装置の本質的な作用及び効果には影響をおよぼさない。【0040】(図4に示す他の接続例)図4は、印加手段33によって劣化防止対象物を分離できない場合の一例の接続図である。例えば、印加手段が埋め込まれた網状の電極である場合や、すでに劣化防止対象物が大地に直接的あるいは間接的に支持されていて外側に電極を設けて接続した場合などである。ここでは、このような場合を例に、定常状態での各部位での電位やリーク電流Iについての考え方について説明する。【0041】図4において、被印加上部35は印加手段33より上側でその先が電気的に開放端となる部分である。また、被印加下部34は印加手段33の下側で印加手段33と大地29の間の部分である。印加手段33が点線で表されているのは、印加手段33が被印加上部35と被印加下部34を完全に分離しているのではなく、被印加上部35と被印加下部34に直接接続された部分があることを示している。ここでは、どこまでが劣化防止対象物で、どこからが絶縁支持手段であるかは、問題にしていない。なお、接地手段21と電源手段22は、図3に示す例の場合と同様である。【0042】(疑似的な等価回路図)図5は、図4に示す構成での定常状態での電位と電流の概算を行うための、疑似的な等価回路図である。本来は分布定数となるが、概算のため被印加上部35も被印加下部34も単なる抵抗として表わしている。図5において、接地記号は大地29を表し、抵抗Reは接地手段21の接地抵抗、電池Vsは電源手段22の起電力、抵抗Rcは印加手段33の接続抵抗、抵抗Raは被印加上部35の電気抵抗、抵抗Rbは被印加下部34の電気抵抗、抵抗Rbeは被印加下部34の接地抵抗に各々対応している。電位Vaは、被印加上部35全体の電位で、電位Vbは被印加下部34と大地29との接触面の電位を表わしている。ここで、電位の基準は、大地29の電位を0Vとしたものである。また、リーク電流Iは、図5の回路でのループを時計方向に流れる電流で、値が負の電流である。【図5】[図:0001423945000003.jpg]」
本願発明の適用例として、例えば、以下のものが記載されている。
「【0051】(車庫)図6(a)は、本発明による静電気劣化防止装置を備えた、劣化防止対象物を含む車両45を保管する車庫の一例の接続図である。保管している車両45のワイパーゴム49やボディ44の塗装41や内装やタイヤ40などの不導体の部分の紫外線などによる劣化を防止できる。ここで言う車両45は、自動車のみならず、自動二輪車や原動機付自転車や自転車などを含み、人や物を運ぶために、有人運転や無人の自動運転などで陸上を移動する乗り物や運搬手段ならどのようなものでも良い。ここで、接地手段21と電源手段22は、前述の図3に示した例のものと同様のものである。絶縁舗装48は、大地29と車両45を絶縁するための舗装であるが、必ずしも必要ではない。屋根46と屋根を支える柱47も、雨よけのためであるが、必ずしも必要ではない。【0052】印加手段43は、例えば容易に着脱可能なコネクタや金属のクリップなどで人が挟むことにより車両の一部に接続し、電源手段22の供給する電位を車両45に印加する。あるいは、車庫に止めることにより自動的に車両45に接触するようにしても良い。車両45への電位の印加箇所は、車両45の中で多くの部品と電気的に低い抵抗値で接続されている例えばフレームやマフラーなどの箇所にすることが望ましい。なお、例えばマフラーに印加するクリップの接続抵抗やフレームやシャーシやホイールなどの各部品間の電気抵抗は不導体の塗膜などを介している場合も多いが、塗膜の厚みを考慮するとタイヤと絶縁舗装の抵抗よりは充分小さいと考えられるため、通常問題にはならない。【0053】車両45は、車庫に止めて印加手段43により電源手段22の供給する電位を印加されている時間に応じて、劣化が防止される。このように、本発明による静電気劣化防止装置は、間欠的に使用することもできる。【図6】(a)[図:0001423945000004.jpg]」
3 本願明細書の発明の詳細な説明の記載に対する検討
(1)(前提となる技術的事項2)についての検討
ア まず、(前提となる技術的事項2)から検討する。技術的な場面や、日常生活の場面であっても、電位が印加され、電位差が存在している箇所を、その電位差が周囲に伝わらないように絶縁体(不導体)を接触させて絶縁(漏電を防ぐため等)を図る(絶縁体(不導体)は電流を流すことが想定されていないため絶縁体(不導体)は電位における一方の側にしか接触していない場合が多い。)ことは、ごく普通に行われていることであるところ、仮に、時間はかかるとしても、絶縁体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる)という現象が起こるのであれば、あらゆる場所で用いられている、電位差が周囲に伝わらないように用いられている絶縁体(不導体)は、用をなさないこととなってしまうため、不導体でも時間をかければ電位が伝わるということは、技術常識から理解できる事項ではない。
イ 本願明細書でも、図3の静電気劣化防止装置に対する上記2の【0038】で、「絶縁支持手段24」に対して、「絶縁支持手段24は、印加手段23を支持するとともに、大地29と印加手段23や劣化防止対象物25を高い電気抵抗で絶縁する。図3の例のように、劣化防止対象物25と絶縁支持手段24とが充分電気抵抗値の小さい印加手段23により切り離されている場合には、絶縁支持手段24から大地29へのリーク電流Iがあっても、絶縁支持手段24の劣化防止対象物25の劣化防止への影響は無視でき、本発明による静電気劣化防止装置の本質的な作用及び効果には影響をおよぼさない。」と記載されているところ、不導体でも時間をかければ電位が伝わるのであれば、絶縁支持手段24は、接する印加手段23のマイナス電位により、電流が流れて(電位が伝わって)しまい、「絶縁支持手段24は、・・・大地29と印加手段23や劣化防止対象物25を高い電気抵抗で絶縁する」ことができるとはいえないのであるから、不導体でも時間をかければ電位が伝わるということは、同【0038】等の記載に矛盾している。
また、不導体に電位を印加した場合に関する技術常識として示す、矢口金次 他著「工学全書 No.112 コンデンサの性能と用い方」、東京電機大学出版局、昭和50年3月1日、15頁6行~16頁1行には、以下の記載がある。
「[図:0001423945000005.jpg][図:0001423945000006.jpg]」
これによれば、電極間に誘電体(不導体)を接触させた状態で配置するコンデンサを考えた場合、誘電体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる・電荷が流れ込む)という現象が起こるのであれば、上記2・4図(b)に示されるように、導体に電極を接触させた際に電荷が消失するのと同様に、電極に誘電体(不導体)を接触させた際に電荷が消失するはずであるが、「誘電体の方は電極を接触させても,誘電体の表面電荷分布はそれほど変わらず依然として消失しない。」とされている。これによれば、誘電体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる・電荷が流れ込む)という現象が起こるといえないし、このようなことが起こるのであれば、そもそもコンデンサの本来の機能である電極に電荷をためるということができない。
さらに、上記2・4図(c)におけるコンデンサにおいて、負に帯電している電極に誘電体(不導体)が接触する関係は、上記2の【図3】に記載される本願発明に係る静電気劣化防止装置でも同じであるが、上述の技術常識を示す文献に、「導体における電荷は表面に停滞しないまま,電荷の流れに変化したのに対し,誘電体における電荷は停滞したままなのである。このように同じ電荷でも導体と誘電体ではその振舞いが違うので,これらの電荷を区別して導体表面の電荷を自由電荷,誘電体表面の電荷を分極電荷といっている。」と記載されるように、誘電体(不導体)に負の電位を印加したとしても、誘電体(不導体)に自由に流れることのできる電荷が存在するようになることは記載されていない。
ウ さらに、電圧が伝わって行くには電流が流れる必要があると共に、例えば、スイッチを開くことによって電流が流れている電気回路を遮断すれば電流は流れないことから容易に理解できるように、開回路には電流が流れないところ、本願発明を実施するための上記2の図3の静電気劣化防止装置で、劣化防止対象物25は、同図5の回路図を参考にすると、印加手段23に対して開回路の状態にあるといえるから、劣化防止対象物25に電流が流れることはなく、電圧が伝わっていくということもない。
ここで、本願発明は、「劣化防止対象物「全体」の劣化を防止」するとされているものであるから、電位は、劣化防止対象物全体に伝わっていくものとされているといえるところ、仮に、(前提となる技術的事項2)にあるように、「劣化防止対象物25」に「時間をかけて電位が伝わり、電子の数を増やしておくこと」が起こるのであれば、電子は自然に発生するものではないから、印加手段23から劣化防止対象物25全体に対して電子の流れが生じるはずであるが、上述のように、開回路の状態にある劣化防止対象物25の全体に電子の流れが生ずることはない。
さらに、仮に、電流が流れた場合を想定しても、例えば、図5の回路図で考えた場合、劣化防止対象物25では、Vaから電流値×Raの電圧降下が生じるところ、不導体である劣化防止対象物25の抵抗値Raは過大であり、【0034】に記載される3V程度の電池の電圧では、ほぼVaの位置で電圧は降下してしまい(実際には、電流は流れない)、Vaの電圧値が、劣化防止対象物全体に伝わることはない。
そうすると、図3、4の、不導体である劣化対象物25が、回路図としては開回路の状態にある静電気劣化防止装置を用いたとしても、劣化防止対象物25全体に電位を伝えることはできないし、(特に回路図として開回路の状態にある)不導体でも時間をかければ電位が伝わるということ自体、本願明細書の記載及び技術常識から、理解することはできないから、本願明細書の記載及び技術常識からでは、(前提となる技術的事項2)を、実際に実現することができるものとすることはできない。
(2)(前提となる技術的事項1)についての検討
ア (前提となる技術的事項1)では、「不導体の劣化防止対象物に大地の電位より低い電位を印加して電子の数を増やしておく」とし、低い電位では、電子の数が増大しているとしている。
しかしながら、電位が伝わっていく、すなわち電流が流れる場面において、電位とは電気的な位置エネルギーであって、例えば、電気回路を考えた場合、電流の発生に関わる電子はその全てが回路を循環していることを考えれば理解し易いように、電位によって、その場にとどまる電子の数を増やすことができるとはいえない。
イ また、上記の(前提となる技術的事項1)で、「物質の劣化は、物質を構成するために結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたりして結合が切れることにより生じる」ため(不導体の劣化防止対象物)の「電子の数を増やしておくことにより、物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」としていることについてであるが、不導体である劣化防止対象物では、全ての電子は、劣化防止対象物を構成する原子に束縛されているところ(不導体であるゆえんである)、このような原子構造の劣化防止対象物が、対象物全体にわたって、原子の結合に関与している電子が失われた際、それを補うことができるほどの量の、原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子を、保持できるという技術常識があるとはいえない。このようなことが起こるとすれば、不導体が導体に変化してしまうということであり、電位差がある箇所を遮蔽する不導体(絶縁体)に、絶縁体中を自由に動ける電子が供給されてしまうこととなって、電位差がある箇所の遮蔽を行うことができないこととなり、不導体(絶縁体)に関する技術常識と相容れない。
例えば、上記2の図3の静電気劣化防止装置において、絶縁支持手段24が用いられているが、上述のように(前提となる技術的事項1)に従えば、絶縁支持手段24は、接する印加手段23のマイナス電位により、自由に動ける電子を保持する導体となってしまい、絶縁を図ることができないばかりか、電流が流れてしまい、図3の静電気劣化防止装置の中で絶縁という作用を果たすことができないことになるが、このようなことは起きないことからも、「不導体の劣化防止対象物に大地の電位より低い電位を印加して電子の数を増やしておく」ことができるとはいえない。
また、本願発明は、その請求項1に特定されているとおり、「劣化防止対象物全体の劣化を防止する」ものである。そして、本願発明では、「物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」のであるから、「劣化防止対象物全体の劣化を防止する」には、劣化防止対象物全体に原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子を存在させる必要がある。
しかしながら、仮に、劣化防止対象物に原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子が存在するとしても、それらの電子は、斥力により表面にしか分布できないのであるから、表面以外の部分については、電子が失われた箇所に電子を補充することができない。
そうすると、図3、4の静電気劣化防止装置を用いたとしても、不導体である劣化防止対象物25全体に大地の電位より低い電位を印加して電子の数を増やしておくことはできないし、不導体に大地の電位より低い電位を印加することで不導体全体に電子の数を増やしておくこと自体、本願明細書の記載及び技術常識から、理解することはできないから、本願明細書の記載及び技術常識からでは、(前提となる技術的事項1)を、実際に実現することができるものとすることはできない。
ウ さらに、(前提となる技術的事項1)では、「物質の劣化は、物質を構成するために結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたりして結合が切れることにより生じる」ため(不導体の劣化防止対象物の)「電子の数を増やしておくことにより、物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」ことを前提とするものである。
そして、本願発明の劣化防止の対象物は、樹脂、ゴム、塗料、ガラス、雲母、磁器、水晶であるところ、これらの物質を構成する原子が異なることに対応して、結合に関与する原子とその組合せも異なる。そして、結合に関与する原子が異なれば、原子間の結合の種類も異なり、結合に寄与する電子の状態も異なるのであるから、一概に各物質における劣化を、各物質同じく、物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合とすることはできない。
ここで、上述のとおり、劣化防止の対象には、樹脂、ゴム、塗料等のポリマーが含まれるし、本願発明の適用例である上記2の【0051】~【0053】に記載される例では、劣化防止の対象が、ワイパーゴムやボディの塗装やタイヤ等のポリマーであるが、ポリマーにおける劣化は、ポリマーの結合が切れることによることは、本願明細書に記載されるとおりであるところ、例えば、技術常識として示す、三田達 監訳「MARUZEN 高分子大辞典」、丸善株式会社、平成6年9月20日、1278~1279頁の「劣化」の項目の中には、以下に示す表1の「一般的なポリマーの結合解離反応」に典型的な劣化反応における反応式が示されている。これによれば、一般的なポリマーの結合解離反応は、結合を形成していた電子の対が切断により、切断箇所に対を形成しない不対電子として残るか(電荷が不足しているわけではない)、他の原子等と反応、若しくは分解し他の構造を生じるかであり、特にポリマー部については、電子が不足した状態となるものではないから、結合の切断は、「結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたり」して生じるものではない。実際、下記表1によれば、紫外線(UV)による劣化は、表1の1段目、3段目、4段目の式で示され、対を形成し結合を形成していた電子が、結合の切断によりポリマーの切断箇所に不対電子として存在するようになるか、他の構造を生じるかであり、熱による劣化は、表1の2段目、5段目、8~11段目の式で示され、同じく、対を形成し結合を形成していた電子が、結合の切断によりポリマーの切断箇所に不対電子として存在するようになるか、他の構造を生じるかであるし、表1の劣化反応には、酸素などにより電子が奪われたりする反応は記載されていない。
そうすると、(前提となる技術的事項1)における「不導体の劣化防止対象物に大地の電位より低い電位を印加して電子の数を増やしておく」ことは、上述のように、実際にできることではないが、仮想的に劣化防止対象物全体に電子の数を増やしておくことを考えたとしても、劣化、すなわち結合の切断の原因が、「結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたり」することではないのであるから、「物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」ことにより、劣化、すなわち、結合の切断を防ぐことはできない。
「[図:0001423945000007.jpg]」
(3)本願発明の「大地の電位より低い電位を前記劣化防止対象物の一部に接続することにより、前記劣化防止対象物全体の劣化を防止する」「静電気劣化防止方法」を実施するには、本願発明の特徴部分である(前提となる技術的事項1)及び(前提となる技術的事項2)のいずれかでも実現できなければ本願発明を、実施することができるとはいえないところ、上記(1)及び(2)によれば、(前提となる技術的事項1)及び(前提となる技術的事項2)のいずれも明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識からでは実現できるものであるとはいえないから、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本願発明の特徴的部分である「大地の電位より低い電位を前記劣化防止対象物の一部に接続することにより、前記劣化防止対象物全体の劣化を防止する」こと、ひいては、本願発明を、過度の試行錯誤を要することなく、実施することができるとはいえない。
4 まとめ
上記3での検討の結果の上記1の実施可能要件の判断基準へのあてはめを行うと、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合しているとはいえないから、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
5 令和6年8月22日に提出された意見書における審判請求人の主張について
(1)請求人の主張する技術常識
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ア 請求人は、技術常識と主張する以下の事項1~11(表記は便宜上、技術常識とする。)及び以下の参考文献1~11を示した上で、上記3で述べた理由の項目それぞれについて、技術常識及び参考文献を引用しながら主張を行っている。
(ア)技術常識
(技術常識1) 不導体内部に少ないながらも抵抗相応の電気が流れること
(技術常識2) 長い時間スケールでは不導体でも導体のように見なしてよいこと
(技術常識3) 導体から不導体への界面でも電子は流れ込むこと
(技術常識4) 高抵抗を介していれば感電も発熱も問題にならないこと
(技術常識5) 不導体は帯電するが導体にはならないこと
(技術常識6) 1つの導体にも静電容量があること
(技術常識7) 静電容量の大きさは、幾何学的要因のみで定まり、電気抵抗とは無関係なこと
(技術常識8) 電荷と電位とが比例関係にあること
(技術常識9) 無数の電荷が斥力により1つの導体全体の表面に略均一に分布すること
(技術常識10) 抵抗分圧で電位が定まること
(技術常識11) 抵抗Rを介して静電容量Cに充電するCR時定数の回路
(イ)参考文献
イ 上記アにおける技術常識に対する当審の判断
本願発明は、請求項1として特定されているとおり、「劣化防止対象物「全体」の劣化を防止する」ものである。そして、(前提となる技術的事項1)によれば、本願発明は、「物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」ことにより、「劣化防止対象物「全体」の劣化を防止する」ものである。これによれば、「劣化防止対象物「全体」の劣化を防止する」には、劣化防止対象物「全体」に(自由に動くことができる)電子が分布している必要がある。しかしながら、(技術常識9)は、無数の電荷が斥力により1つの導体全体の「表面」に略均一に分布するとしている。
そうすると、(技術常識9)によれば、劣化防止対象物「全体」に(自由に動くことができる)電子が分布することはできないし、電位が、劣化防止対象物「全体」に伝わることもできないから、(技術常識9)は、本願発明の劣化防止のメカニズム、ひいては、その実施可能性を否定している。また、本願発明のように、最終的に劣化防止対象物に電流が流れていない状態で、劣化防止対象物「全体」に(自由に動くことができる)電子を分布させ、「電子の数を増やしておくこと、つまり負の静電気を帯電させる」状態を作り出すことができることを示す技術常識は示されていない。
さらに、不導体は帯電するが導体にはならないとの(技術常識5)は、上記3(1)イで示した技術常識を示す文献の2・4図(c)や、「誘電体の方は電極を接触させても,誘電体の表面電荷分布はそれほど変わらず依然として消失しない。すなわち,導体における電荷は表面に停滞しないまま,電荷の流れに変化したのに対し,誘電体における電荷は停滞したままなのである。このように同じ電荷でも導体と誘電体ではその振舞いが違うので,これらの電荷を区別して導体表面の電荷を自由電荷,誘電体表面の電荷を分極電荷といっている。」との記載に整合するものであるが、これらの技術常識は、(前提となる技術的事項2)での、(劣化防止対象物に)「大地の電位より低い電位を印加することにより、時間をかけて電位が伝わ」る、すなわち、劣化防止対象物「全体」に電位が伝わる(電流が流れることになる)ことや、不導体(誘電体)を、電気が流れるものとしている(技術常識1、2)、導体から不導体(誘電体)への界面でも電子は流れ込むことを示す(技術常識3)を否定しているといえ、このような矛盾する技術常識に基づく意見書での主張を正しいとすることはできない。
以上のとおり、請求人が自ら技術常識であるとする事項を考慮しても、本願発明を、実施可能なものとすることはできないが、以下、念のため、上記3で述べた理由のそれぞれに対する請求人の主張について、検討する。
(2)上記3(1)アで述べた事項に対して
ア 請求人の主張
「時間はかかるとしても、絶縁体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる)という現象が起こる」ことについて、(技術常識1~3、8)から明確に「真」である。
さらに、「あらゆる場所で用いられている、電位差が周囲に伝わらないように用いられている絶縁体(不導体)は、用をなさないこととなってしまう」ことについて、(技術常識4)から明確に「偽」である。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
上記3(1)ウで「電圧が伝わって行くには電流が流れる必要があると共に・・・開回路には電流が流れないところ、本願発明を実施するための上記2の【図3】の静電気劣化防止装置で、劣化防止対象物25は、同【図5】の回路図を参考にすると、印加手段23に対して開回路の状態にあるといえるから、劣化防止対象物25に電流が流れることはなく、電圧が伝わっていくということもない。」と述べているように、本願発明の静電気劣化防止装置において、劣化防止対象物25は、印加手段23に対して開回路の状態にあるといえるところ、上記3(1)アでの理由は、このような状態において、劣化防止対象物25に対して電位が伝わる(電流が流れる)という現象が起こることはないとするものである。
これに対し、請求人が引用する各技術常識は、このような場合に、劣化防止対象物25に電流が流れ、電圧が伝わっていくことを示すものではない。
例えば、不導体内部に少ないながらも電気が流れることを示す(技術常識1)を導くために引用している参考文献2の「固体電気絶縁材料の誘電特性及び抵抗特性 第3-1部:直流電圧印加による抵抗特性の測定 体積抵抗及び体積抵抗率」の4頁には、固体電気絶縁材料の体積抵抗及び体積抵抗率を測定しているといえる回路が図1として示されているが、この回路は、閉回路中に固体電気絶縁材料が組み込まれるものであり、閉回路を形成していない状態の劣化防止対象物25に対して電位が伝わる(電流が流れる)という現象を示すものではない。
[図:0001423945000008.jpg]
また、上記アでの主張に引用している(技術常識3)を説明する箇所では、「電子は電界による力(F=qE)を受けて移動するものである。したがって、独立した不導体の一端に導体を接続した場合も、電位差による電界はあるので、正負両電極を接続した場合と同様であることは疑う予知がない。」と主張しているが、本願発明の静電気劣化防止装置における、上記2の【図5】に示される等価回路図を参照すると印加手段の位置において、仮に電位Vaが生じその位置に存在している電子に電界による力(F=qE)が働いたとしても、この電子は、より移動しやすい接地箇所や電源に至る閉回路側に移動すると考えるのが合理的であるから、この主張を採用することはできない。
さらに、上記3(1)アで「あらゆる場所で用いられている、電位差が周囲に伝わらないように用いられている絶縁体(不導体)は、用をなさないこととなってしまう」と述べたのは、仮に、本願発明の静電気劣化防止装置のように、「時間はかかるとしても、絶縁体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる)という現象が起こる」のであれば、「あらゆる場所で用いられている、電位差が周囲に伝わらないように用いられている絶縁体(不導体)は、用をなさないこととなってしまう」ことを述べたのであり、請求人が引用している、高抵抗を介していれば感電も発熱も問題にならないことを示す(技術常識4)は、むしろ、絶縁体(不導体)に、電位が伝わる(電流が流れる)という現象が起こらないことを示しているといえる。
以上によれば、請求人の主張する技術常識や、技術常識を説明するための文献、これらに基づいた請求人の主張を参酌しても、上記3(1)アで述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
(3)上記3(1)イで述べた事項に対して
ア 請求人の主張
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電流が流れることと、電位が伝わることは、必ずしも同じことではない。電流が流れた場合に電位が伝わるかどうかは、抵抗分圧で電位が定まることを示す(技術常識10)から明確である。
具体的には、(技術常識10)の下記イの図1.5のR1,R2に代入して得られる電位により説明する。劣化防止対象物の表面の電位については、印加手段23と劣化防止対象物25の抵抗値の和をR1に代入しても、その先に何も接続されていないのでR2に無限大を代入すればVsが得られるため、電位がそのまま伝わる。逆に、絶縁支持手段24と大地29との接触面の電位については、R1に印加手段23と絶縁支持手段24の抵抗値の和を代入して、R2に絶縁支持手段24の接地抵抗値を代入すると、印加手段23の抵抗値や絶縁支持手段24の接地抵抗値に対して絶縁支持手段24自体の抵抗値が支配的に大きいので、0に近い値が得られて、絶縁支持手段24は電位を伝えないため、高い電気抵抗での絶縁が保たれる。
このように劣化防止対象物25に電位が伝わるということと、絶縁支持手段24が大地に対して高い電気抵抗で絶縁することとは、全く矛盾することではなく、両方とも明確である。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
上記アで劣化防止対象物25に電位が伝わることの根拠としている、抵抗分圧で電位が定まることを示す(技術常識10)は、あくまでも、上記アの主張にあるとおり、「電流が流れた場合」での事項である。これに対し、本願発明における劣化防止対象物25には、上記3(1)アで述べているように電流が流れているとはいえない。
(技術常識10)を説明する箇所で引用されている参考文献9の6頁に図1.5として以下の回路図が記載されているが、
[図:0001423945000009.jpg]
この回路図はあくまで、抵抗が閉回路内におかれているのに対し、上記2の【図5】に示す本願発明の等価回路図において、劣化防止対象物25は、開回路の中におかれ事情が異なる。
そして、上記アの主張では、劣化防止対象物の表面の先に何も接続されていないことから、R2に無限大を代入するとしているが、R2が無限大ということは、そもそも、閉回路を形成していないということであり、開回路の中に置かれている劣化防止対象物25に電位が伝わる(電流が流れる)かを検討する際に、上記図1.5に記載されるような、閉回路を基礎とする(技術常識10)を考慮することはできない。
さらに、「逆に、絶縁支持手段24と大地29との接触面の電位については、R1に印加手段23と絶縁支持手段24の抵抗値の和を代入して、R2に絶縁支持手段24の接地抵抗値を代入すると、印加手段23の抵抗値や絶縁支持手段24の接地抵抗値に対して絶縁支持手段24自体の抵抗値が支配的に大きいので、0に近い値が得られて、絶縁支持手段24は電位を伝えないため、高い電気抵抗での絶縁が保たれる。」としていることについて、これを事実とすれば、仮に、本願発明を示す【図3】において、劣化防止対象物25の印加手段23との接触面の他端と印加手段を導体により接続した場合、この電源手段22、印加手段23、劣化防止対象物25で形成される回路の中での支配的な抵抗値は劣化防止対象物25の抵抗値であるから、劣化防止対象物25は、電位を伝えないこととなり、請求人の主張する(技術常識1)等に矛盾する。
以上によれば、請求人の主張する技術常識や、技術常識を説明するための文献、これらに基づいた請求人の主張を参酌しても、上記3(1)イで述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
(4)上記3(1)ウで述べた事項に対して
ア 請求人の主張
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上記3(1)ウでは、印可した電位により劣化防止対象物25に電子が流れ込む過渡状態と、印可した電位による帯電が完了した後の定常状態を混同している。(技術常識1)及び(技術常識3)によれば、定常状態に至るまでの過渡状態については、まず劣化防止対象物15には抵抗としての機能がある。
次に、1つの導体にも静電容量があることを示す(技術常識6)、静電容量の大きさは、幾何学的に定まり、電気抵抗とは無関係なことを示す(技術常識7)及び無数の電荷が斥力により1つの導体全体の表面に略均一に分布するとすることを示す(技術常識9)によれば、劣化防止対象物15には静電容量としての機能があること、不導体でも僅かに電流が流れるのであれば、無数の電荷は斥力により最終的には導体と同じ分布にならざるをえず、同じ分布になると言うことは、同じ静電容量をもつことになる。
そして、本願明細書の【0022】で、「不導体の帯電時間の概算について・・・電位を印加してから電荷が行き渡るまで・・・どの程度の時間的なオーダーで帯電させることができるのかを概算するために、静電容量Cと抵抗値Rの積であるCR時定数を用いる。」と記載していることは、劣化防止対象物15の抵抗としての機能と静電容量としての機能から、印加個所から劣化防止対象物15の抵抗を介して全体表面の静電容量に至る構成であり、抵抗を介して静電容量に接続するCR時定数の回路である(技術常識11)と明確に合致し、仮に、図5の回路図を用いて過渡状態を考えるなら、Raの解放端に静電容量Cを付加した回路となる。このようなCR時定数の回路では、電位を印加すると、被印加上部の電位は時間とともにexpカーブを用いて電位Vaに向かって収束し、電荷もQ=CVにより、時間とともにexpカーブを用いて電位Vaと静電容量Cの積に向かって収束し、逆に充電のための電流は初期値から時間とともにexpカーブを用いて0に向かって収束する。過渡状態が完了した後の定常状態では、充電のための電流は流れていないため、電圧降下することなく、3V程度でも電位はすでに伝わっている。したがって、不導体でも時間をかければ電位が伝わるということが、本願明細書の記載および技術常識から、(前提となる技術的事項2)を、実際に実現できることは明らかである。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
まず、劣化防止対象物にも、静電容量としての機能があることを示すために引用している(技術常識6)で引用している参考文献5の121頁には、「コンデンサの基本となる単一の導体」との記載があるが、不導体である劣化防止対象物とは、状況が異なるし、同じく(技術常識6)で引用している参考文献1の75頁には、「静電容量も導体の形と配置とだけで定まる定数である。」とあるが、導体に関する記載であること、及び上記記載の「配置」とは、この記載の後に、以下の第4.4図が「2個の同心球」
[図:0001423945000010.jpg]
として記載されているように、あくまで、導体間の配置を意味するもので、不導体である劣化防止対象物では、状況が異なる。
ここで、上記アの主張では、(技術常識9)を引用し、「不導体でも僅かに電流が流れるのであれば、無数の電荷は斥力により最終的には導体と同じ分布にならざるをえない。」としているが、不導体は、導体ではないのであるから、「「無数の電荷」は斥力により最終的には導体と同じ分布になる」とはいえないし、開回路中の不導体である劣化防止対象物に電流が流れるとはいえないことは、上記3(1)アで述べたとおりである。
そうすると、劣化防止対象物に、導体と同じように静電容量が存在するとはいえない。
さらに、「劣化防止対象物15の抵抗としての機能と静電容量としての機能から、印加個所から劣化防止対象物15の抵抗を介して全体表面の静電容量に至る構成であ」ることから、抵抗を介して静電容量に接続するCR時定数の回路である(技術常識11)に合致するとしているが、(技術常識11)でのCR時定数の回路は、参考文献10の67頁に記載される以下の図2.26に記載される回路や、
[図:0001423945000011.jpg]
参考文献11の126頁に記載される以下の図7.6に記載される回路
[図:0001423945000012.jpg]
であるが、これらは、閉回路であることを前提とするものであって、閉回路の中にあるとはいえない劣化防止対象物とは状況を異にし、劣化防止対象物に同様の現象が起こるとはいえない。
なお、仮想的に、本願発明の劣化防止対象物の印加手段に接触する面とは反対側を電極板等を介して電源22と接続すれば、上記3(1)イで技術常識として示した2・4図(c)のコンデンサと同様に、印加手段と電極板との間で一種のコンデンサを形成することになり、過渡状態には、(印加手段と電極板との間の間隔が広い等のため)多くの電荷ではないものの、原理的には、電荷が印加手段と電極板に流れ込み電流が流れることになるが、これは、印加手段や電極板に電流が流れ、電荷が蓄積するのであって、劣化防止対象物に電流が流れるわけではないし、劣化対象物に印加手段から電荷が移動するものでもない。
以上のとおり、閉回路の中にあるとはいえない劣化防止対象物に対し、導体と同様の静電容量が存在するとはいえないし、請求人が、本願発明の回路と合致するとして示す(技術常識11)のRC回路も、本願発明のものとは状況を異にするのであるから、劣化防止対象物に対し、過渡状態において、電流が流れ込むとはいえず、請求人の主張する技術常識や、技術常識を説明するための文献、これらに基づいた請求人の主張を参酌しても、上記3(1)ウで述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
(5)上記3(2)アで述べた事項に対して
ア 請求人の主張
電荷と電位は比例関係にあることを示す(技術常識8)によれば、低い電位を印加することで電子の数を増やすことと、大地の電位より低い電位Vaの位置に電子が蓄積していることは、明確である。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
(技術常識8)で引用している参考文献5の122頁に、以下の図5-1を前提として、「導体表面の電位は、1[C]の電荷を、無限遠(・・・)からこの位置x=a[m]まで移動するのに要する仕事(エネルギー)に相当する」と記載されているが、
[図:0001423945000013.jpg]
この事項は、孤立した導体球に起因する電位であって、電流が流れる回路と状況を異にする。
むしろ、電流が流れる回路においては、請求人の主張する抵抗分圧で電位が定まることを示す(技術常識10)では、回路に一定の電流が流れること、すなわち同じ電荷量が流れることを前提としており、(技術常識10)は、回路内での電位に応じて電荷が蓄積することはないということを示しているといえる。
以上によれば、請求人の主張する技術常識や、技術常識を説明するための文献、これらに基づいた請求人の主張を参酌しても、上記3(2)アで述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
(6)上記3(2)イで述べた事項に対して
ア 請求人の主張
折りたたみ中(クリックで表示)
「物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」について、電子を奪われた個所は正に帯電しており、近傍の帯電した余分な電子は負に帯電しているため、その間の電子にはクーロン力が働くため、電流が流れて速やかに補充されることは技術常識からきわめて明確である。不導体は帯電するが導体にはならないことを示す(技術常識5)によれば、不導体が余分な電子を保持(帯電)できることと、保持した状態で導体とならないこととは、明確である。
また、上記3(2)イで述べた「対象物全体にわたって、原子の結合に関与している電子が失われた際、それを補うことができるほどの量の、原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子を、保持できるという技術常識があるとはいえない。」における「それを補うことができるほどの量」については、劣化防止対象物から劣化により失われる電子の量は、空気がきわめて良好な絶縁物であることから通常極めて少なく、通常劣化防止対象物から劣化により失われる電子の量より不導体である劣化防止対象物に流し込むことのできる電子の量の方が多く、大きな劣化防止効果が得られる。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
まず、本願発明は、その請求項1に特定されているとおり、「劣化防止対象物全体の劣化を防止する」ものである。そして、本願発明では、「物質を結合している電子が飛び出したり奪われたりした場合でも速やかに近傍の電子から補充しやすくしておく」のであるから、「劣化防止対象物全体の劣化を防止する」には、劣化防止対象物全体に原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子を存在させる必要がある。
しかしながら、請求人自身が主張する、無数の電荷が斥力により1つの導体全体の表面に略均一に分布することを示す(技術常識9)を考慮すると、仮に、劣化防止対象物内に原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子があるとしても、それらの電子は、斥力により表面にしか分布できないのであるから、表面以外の部分については、電子が失われた箇所に電子を補充することができない。
そして、上記アで引用している不導体は帯電するが導体にはならないことを示す(技術常識5)は、不導体内部に少ないながらも抵抗相応の電気が流れることを示す(技術常識1)等に矛盾している。
また、劣化対象物に電子を流し込むことができるとはいえないが、仮に、劣化防止対象物に電子を流し込むことができるとしても、まず、どの程度、劣化防止対象物から劣化により電子が失われ、それに対し、どの程度の原子に束縛されておらず自由に動くことができる電子があれば、大きな劣化防止効果が得られるのか客観的に明らかにされていない。
さらに、上記アの「劣化防止対象物から劣化により失われる電子の量は、空気がきわめて良好な絶縁物であることから通常極めて少なく」等の主張によれば、本願発明では、対象物の劣化は、電子が対象物外部に失われることを前提にしているが、例えば、上記3(2)ウで技術常識として示した表1の一般的なポリマーの結合解離反応の中でも、劣化の原因が最もエネルギーの高いX線電子線の照射であったとしても、ポリマーから電子が失われることは示されていないし、電子が対象物外部に失われることは、通常の条件では、エネルギー的に起こることとはいえず、ポリマーでいえば、劣化の原因は、上記3(2)ウで述べたように、「結合している電子が紫外線や熱などにより飛び出したり酸素などにより電子が奪われたり」することではないのであるから、仮に自由に動くことができる電子が劣化防止対象物に存在していたととしても、これにより、劣化防止対象物の劣化を防止することができるとはいえない。
以上によれば、請求人の主張する技術常識や、技術常識を説明するための文献、これらに基づいた請求人の主張を参酌しても、上記3(2)イで述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
(7)上記3(3)で述べた事項に対して
ア 請求人の主張
技術常識によれば、本願発明の実現性は明確である。本願発明の有効性については、実際に実現して、本願明細書の【0028】に示すように効果を確認したものである。
イ 上記アの主張に対する当審の判断
本願発明が実施できるものではないことは、上記3、さらには、上記(1)~(6)で述べたとおりである。そして、本願明細書の【0028】に、「(評価実験結果)
以上に説明した本発明による静電気劣化防止方法の有効性を確認するために、不導体の劣化防止対象物15としてプラスチックなどより劣化しやすいゴムと表面を不導体で塗装した金属板とについて屋外で約5年間にわたり大地の電位よりおおよそ3V低い電位を印加した。その結果、ゴムは断面が尖った形状の部分まで初期の形状を維持し、塗装面は初期状態からの色つやの変化を小さくすることができるなどの顕著な劣化防止効果があることを確認することができた。」との記載があるものの、実験条件が不明であることや、特に、本願発明の劣化防止方法を行わない場合との比較実験がなされていないなど、実験での結果と、大地の電位よりおおよそ3V低い電位を印加したこととの因果関係が明確ではなく、上記の実験結果を、直ちに本願発明の実施可能性の根拠とすることはできない。
以上によれば、上記3(3)で述べた事項に対する請求人の主張は、採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、請求項1に係る発明について、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
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2023-010587