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特許拒絶査定不服審判

2023-008877

異種移植に好適なトランスジェニックブタ

審判番号
2023-008877
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2020-186477外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2023年05月31日
審決日
2026年02月03日
公報発行日
2026年07月31日
結論
請求不成立
審判長/審判官
分類
P18 .121-WZ (A01K)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法29条2項
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条第2項
データ出所
審決公報(XML)

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特願2020-186477「異種移植に好適なトランスジェニックブタ」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 3月25日出願公開、特開2021- 45134〕について、次のとおり審決する。

結論

結 論
本件審判の請求は、成り立たない。

理由

目次 ▾ 8項目
理 由

第1 手続の経緯

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本願は、平成27年10月21日(パリ条約による優先権主張 2014年10月22日 アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2017-521985号の一部を、令和2年11月 9日に新たな特許出願としたものであって、令和5年 1月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対し同年 5月31日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正がなされ、令和7年 3月12日付けで当審より拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年 9月18日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明

本願の請求項1~29に係る発明は、令和7年 9月18日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1~29に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
遺伝子修飾されたブタであって、その核ゲノムが、
(a) α(1、3)-ガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子の両方のアレルにおけるノックアウト変異、
(b) CMAH遺伝子の両方のアレルにおけるノックアウト変異および
(c) β4GalNT2遺伝子の両方のアレルにおけるノックアウト変異を含み、
ヒトへの移植のための臓器、組織、輸血製剤、または細胞を提供するための遺伝子修飾されたブタ。」

第3 当審拒絶理由の理由1の概要

本願発明は、本願の優先権主張の日(以下、「本願優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:米国特許出願公開第2013/0111614号明細書
引用文献2:米国特許出願公開第2014/0115728号明細書

第4 当審の判断

1 引用文献1の記載事項

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当審の拒絶の理由で引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、引用文献1は英文のため当審による翻訳文で示す。下線は当審で付与した。

(ア)この文献は、心臓異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供する。例えば、この文書は、ブタB4GALNT2遺伝子から産生される内因性SdaまたはSDa様抗原の発現が減少した又は発現せず、及び、ブタα1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)遺伝子から産生される内因性α-Gal抗原の発現が減少した又は発現しないトランスジェニックブタを製造するための方法及び材料、非Gal抗原(例えば、CD46、CD59、CD9、PROCRおよびANXA2)に異種移植片レシピエントの免疫応答を修飾する、心臓異種移植片の拒絶を減少させるための方法および材料、ならびに、もしあれば、異種移植拒絶反応の進行をモニターするための方法および材料を調製するための方法および材料を提供する。

この文献は、ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法を提供する。ブタ異種移植片ドナーは、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタでありうる。そのようなブタは、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如しうる。本明細書に記載の方法及び材料を、ブタから霊長類への心臓異種移植に際する免疫原性を低減するため、異種移植片の耐久性を引き延ばすために使用することができる。これは、ドナー心臓の心臓移植待機リスト上の慢性心不全患者に利益をもたらしうる。([0007]段落)

(イ)図6 ブタ(SEQ ID NO:1)、ヒト(SEQ ID NO:2)、およびマウス(SEQ ID NO:3)B4GALNT2のアミノ酸配列のアライメント。*は、アミノ酸が同一である。C末端領域で保存度合いが最も高い。影付けされた領域は、ヒトおよびマウスのタンパク質のアミノ酸配列において濃く淡く影付けされたゲノムDNAのエキソン境界間の関係の保存を強調している。([0018]段落)

(ウ)この文書は、内因性B4GALNT2およびGTヌクレオチド配列において破壊されたゲノムを有するトランスジェニックブタを提供する。ヒトおよびマウスB4GALNT2酵素はSda抗原を産生するためにα2,3シアリル化ガラクトース残基に対してβ1,4結合によるN-アセチルガラクトサミンの付加を触媒する。この酵素活性は、ブタを含むいくつかの動物種において検出されている。本明細書で同定されたブタB4GALNT2遺伝子は、ヒトおよびマウス遺伝子と相同性があり、類似の酵素活性を有すると予想される。([0033]段落)

(エ)任意の好適な方法で、内因性B4GALNT2およびGT核酸配列が破壊されたゲノムを有するブタを作製することができる。例えば、トランスジェニックブタ細胞を、核移植のために使用することができる。トランスジェニック細胞は、ノックアウト構築物を野生型ブタ細胞に導入することによって製造することができる。本明細書で使用される、ノックアウト構築物は、内因性核酸配列(すなわち、内因性ブタB4GALNT2核酸配列または内因性GT核酸配列)を破壊するように設計された核酸構築物をいう。GT核酸配列のみの破壊を含むゲノムを有するトランスジェニックブタは、商業的に入手することができ、または他の場所に記載されるように製造することができる(例えば、NottleMBら、Xenotransplantation、14(4):339-344(2007)を参照のこと)。本明細書で提供される方法および材料は、ブタの内因性B4GALNT2核酸配列における破壊のために使用することができる。破壊は内因性ブタB4GALNT2核酸配列中の多くの部位に配置することができる。([0036]段落)

(オ)内因性B4GALNT2核酸配列に破壊を有するトランスジェニック細胞は、成体または胎児の細胞のいずれかであることができ、初代細胞又は樹立された細胞株から得ることができる。例えば、トランスジェニックブタ胎児線維芽細胞は、除核卵母細胞と融合させることができる。融合させた活性化卵母細胞を、胚盤胞期まで培養し、レシピエントへ移植することができる。([0037]段落)

(カ)ヒトおよびマウスにおけるB4GALNT2タンパク質の保存されたエクソンにコード化された部分に基づいて、ブタ遺伝子は、順に約5、63、46、35、13、60、29、63、47、73および69のアミノ酸によってコードされた11個のコーディングエキソンからなる。([0056]段落、図8)

2 判断

(1)引用発明の認定

上記(1)記載事項(ア)によれば、引用文献1は、ブタ心臓異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供することを技術的課題とするものであって、引用文献1には、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタが記載されており、当該ブタはヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーであること、ブタは、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如しうること、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原は内因性のものであることが記載されている。

また、記載事項(イ)~(カ)によれば、任意の好適な方法で、内因性B4GALNT2およびGT核酸配列が破壊されたゲノムを有するブタを作製することができること、GT核酸配列のみの破壊を含むゲノムを有するトランスジェニックブタは、商業的に入手することができること、本明細書で提供される方法および材料によりブタの内因性B4GALNT2核酸配列を破壊するトランスジェニック細胞を得ることができ、除核卵母細胞と融合させ、融合させた活性化卵母細胞を、胚盤胞期まで培養し、レシピエントへ移植することができることが記載されている。また、ブタの内因性B4GALNT2核酸配列を破壊するための標的として必要な核酸配列情報も記載されている。

したがって、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。

「ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである、内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如しうる、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」(以下、引用発明という。)

(2)対比

本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)」、「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)」、「遺伝子破壊」、「ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである」、「遺伝子破壊を含むブタ」は、本願発明における「α(1、3)-ガラクトシルトランスフェラーゼ」、「β4GalNT2」、「ノックアウト変異」、「ヒトへの移植のための臓器、組織、輸血製剤、または細胞を提供するための」、「遺伝子修飾されたブタ」にそれぞれ該当する。

また、当該遺伝子破壊を含むブタは、内因性の抗原を発現する能力を欠如しているから、これら抗原をコードする「α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)」、「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)」は、それぞれ核ゲノムにおいて破壊されているということができ、引用文献1記載事項(エ)(オ)に記載されたノックアウトブタの作製方法によると遺伝子を破壊した胎児線維芽細胞を除核卵母細胞と融合し、培養、レシピエントへの移植により作製されるものであるから、核ゲノムにおいてノックアウト変異を含む遺伝子修飾されたものであると認められる。

したがって、本願発明と引用発明は、

「遺伝子修飾されたブタであって、その核ゲノムが、
(a) α(1、3)-ガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子におけるノックアウト変異、
(c) β4GalNT2遺伝子におけるノックアウト変異を含み、
ヒトへの移植のための臓器、組織、輸血製剤、または細胞を提供するための遺伝子修飾されたブタ。」

である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>

本願発明では、遺伝子修飾されたブタは、シチジン一リン酸N-アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)遺伝子のノックアウト変異を含むのに対し、引用発明では遺伝子修飾されたブタは、CMAH遺伝子やそのノックアウトについて特定されていない点。

<相違点2>

本願発明では、各遺伝子のノックアウト変異が両方のアレルにおけるものであることが特定されているのに対し、引用発明では遺伝子のノックアウト変異が両方のアレルにおけるものであることが特定されていない点。

(3)相違点1についての判断

引用文献2(英文のため当審による翻訳文で示す。)には、当技術分野では、ヒト移植レシピエントに向けた臓器、組織、細胞のためのヒト移植材料の原料として、αGALおよびCMAH発現のない(GT/CMAH-KO)ダブルノックアウト(αGALおよびCMAH)ブタを生産するための、改良された、単純で、再現可能で、効率的で、標準化された方法が求められていること([0013]段落)、ブタ細胞は、ヒト細胞では見出されないα-1,3ガラクトシルトランスフェラーゼ(α-Gal)およびシチジンモノホスファート-N-アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)を発現すること、α-Gal酵素はα-Galエピトープを生じさせ、CMAHは、シアル酸N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)をN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)に変換すること、このため、ブタ組織がヒトに移植されると、これらのエピトープが、移植直後からの抗体媒介性拒絶反応を誘発すること、抗体は、組織の移植前に患者の血液中に存在しており、移植された組織への強い、即時の拒絶をもたらすこと([0009]段落)、αGALおよびCMAHを発現しない(GT/CMAH-KO)ダブルノックアウトブタは、αGALおよびNeu5Acという2つの異種反応性抗原が低減していること([0022]、[0026]段落)、α-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞を用いて体細胞核移植を行い、α-GALおよびCMAHの二重ノックアウトブタが得られたこと(実施例7)、健康なヒトボランティアから得た血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応を測定したところ、GGTA1ノックアウト細胞に対してよりも二重ノックアウト細胞に結合したIgMやIgGが少ないこと(実施例11)、血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応に基づく抗体媒介性補体依存性細胞傷害性アッセイを行ったところα-GALノックアウト、ダブルノックアウトの細胞傷害性のパーセントは、それぞれ98%および29%であったこと(実施例12)が記載されている。

以上の引用文献2の記載からすると、引用文献2は、ブタ異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供することを技術的課題とするものであって、本願優先日前に、ヒト移植片の供給源であるブタにおいて、α-GALのノックアウトだけでなくCMAHをノックアウトしてα-GAL抗原及びNeu5Ac抗原を低減させることによって、α-GALのみをノックアウトしてα-GAL抗原のみ低減させた場合と比較して血清中の抗体との反応性が低下し、抗体媒介性補体依存性細胞傷害が低下する効果が得られることが知られていたといえる。

引用文献1と引用文献2とは、共にブタ異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供するという技術的課題を解決するために、ブタ細胞表面に存在する異種反応性抗原であるα-GALを低減させるためのα-GALのノックアウトに加え、更に別の異種反応性抗原生成に関与する酵素遺伝子をノックアウトするという点で、極めて近い技術思想を開示するものである。

そうすると、α-GAL及びβ4GalNT2を遺伝子破壊(ノックアウト)させた引用発明において、更に技術的課題、機能や作用効果を共にする引用文献2に記載された上記効果を期待して、CMAHをノックアウトすることは当業者が十分に動機付けられるといえる。また、引用文献2の実施例7に記載されたノックアウトブタは遺伝子を破壊した細胞を除核卵母細胞と融合して作製されたものであるから全ての核ゲノムにおいて遺伝子が破壊されたものとなると認められる。

また、相違点1に係る本願発明が奏する効果については、本願明細書の詳細な説明の各図を参酌しても、引用文献1,2に記載された効果から予測される範囲内のものでしかなく、格別と評価することはできない。

(4)相違点2についての判断

引用文献1には、ブタB4GALNT2遺伝子から産生される内因性SdaまたはSDa様抗原、及び、ブタα1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)遺伝子から産生される内因性α-Gal抗原の発現について、「減少した又は発現しない」と記載されており([0007]段落)、「発現しない」とは遺伝子の両アレルを破壊した結果であることから、引用文献1では、当該両遺伝子について、両アレルをノックアウトすることが予定されているということができる。

また、引用文献2には、ノックアウト動物は、典型的には、遺伝子の標的化破壊に関してホモ接合性であることが記載されている([0040]段落)。

上記相違点1について検討したとおり、引用文献1と引用文献2とは、共にブタ異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供するという技術的課題を解決するために、ブタ細胞表面に存在する異種反応性抗原であるα-GALを低減させるためのα-GALのノックアウトに加え、更に別の異種反応性抗原生成に関与する酵素遺伝子をノックアウトするという点で、極めて近い技術思想を開示するものであって、α-GAL及びβ4GalNT2を遺伝子破壊(ノックアウト)させた引用発明において、更に技術的課題、機能や作用効果を共にする引用文献2に記載された上記効果を期待して、CMAHをノックアウトする際に、引用文献2に記載された態様である遺伝子の標的化破壊に関してホモ接合性すなわち遺伝子のノックアウト変異を両方のアレルにおけるものとすることに困難性があるということはできない。

したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項から容易に発明をすることができたものである。

3 請求人の主張について

請求人が令和7年9月18日提出の意見書においてする主張とそれに対する合議体の判断は、次のとおりである。

(1) 請求人の主張

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ア 引用発明は、ヒヒへの心臓移植をするための遺伝子破壊を含むブタであり、ヒトへ適用することは容易想到ではない点

引用文献1の上記記載事項(ア)(エ)及び(オ)は、単に希望を述べた記載に過ぎず、引用文献1にはこれを裏付ける試験結果等はなく、上記記載事項(ア)(エ)及び(オ)が実際に開示されているとの認定は誤りである。

資料13~25の記載から、ブタからヒトへの異種移植の免疫原性は予測可能性の低い分野であること、すなわち、様々な仮説は立てられるものの、実際に遺伝子修飾されたブタを作成しないことには、得られたブタのヒトへの異種移植における拒絶反応はよく分からないことが理解される。

引用文献1では、Sda抗原に関しては、ヒトのモデルとはなりえないヒヒを用いてヒトに対するブタ臓器等の異種移植の検討をしているから、ヒトについての開示があるとは評価できない。実際、ヒヒとは異なり、ほとんどのヒトにおいてSda抗原が見られることは優先日前に広く知られていた。令和4年6月10日提出の参考資料3(Morton et al., Vox Sang. 19: 472-482 (1070))及び 令和4年6月10日提出の参考資料4(Bird, et al, Journal of Immunogenetics (1976)3, 297-302)には、コーカシア人の96%にはSda抗原が発現されている旨の記載がある。この点については、引用文献1にも同じことが記載されている(段落0053、12~14行)。

このように、Sda抗原については、ほとんどのヒトにおいて発現しており、Sda抗原がほとんど見られないヒヒがヒトのモデルにはならないことは自明である。

したがって、本願発明1と正しい引用発明との相違点2は、本願発明が、ヒトへの移植のための臓器等を提供するための遺伝子修飾されたブタであるのに対し、正しい引用発明では、ヒヒへの心臓移植をするための遺伝子破壊を含むブタである点である。

そして、Sda抗原をもともと持っていないヒヒに心臓を移植するため、Sda抗原が発現しないように内因性B4GALNT2遺伝子を破壊されたブタを、もともとSda抗原を多く有していることが知られており、そのためブタのSda抗原が体内に入っても問題が起きることが予想されないヒト用に用いるという動機付けはない。

したがって、相違点1に係る構成は、当業者が容易に想到しえたものではない。

イ CMAH遺伝子の破壊を含むようにする(相違点1)ことは容易想到ではない点

遺伝子をノックアウトして1つの抗原を除去することによって、新たに別の問題が起こるリスクがあることも知られていたから(上記、資料17,資料19,資料20、資料22,資料25)、引用文献2においてα-GAL遺伝子とCMAH遺伝子とをノックアウトすることにより、ヒトにおけるブタ異種移植片拒絶反応が少なくなったとしても、引用発明において、GAL遺伝子とβ4GalNT2遺伝子のノックアウトに加えて、CMAH遺伝子をノックアウトすれば、ブタ異種移植片拒絶反応がさらに少なるかどうかは分からない。よって、この点からも、当業者は引用文献1と引用文献2を組み合わせようと動機づけられるとはいえない。

ウ 本願発明の予測できない顕著な効果

(ア)図3B

図3Bを見ると、本願発明のトリプルノックアウトのブタのPBMCは、野生型やシングルノックアウトだけでなく、ダブルノックアウトと比べても、これに反応するヒト血清中の抗体が際立って少ないことは明らかである。

(イ)図6AB

図6では、74名のヒトから得た血清において、トリプルノックアウトブタPBMCに対する抗体は、ダブルノックアウトブタPBMCに対する抗体に比べて顕著に少なく、むしろヒトPBMCに近い、少ない量であったことが分かる。

(ウ)図6D

半数以上のサンプルにおいて、ヒトの血液型O型RBCに対する抗体よりも、トリプルノックアウトブタRBCに対する抗体の方が少なかった(対角線の上側に位置する点)。ヒト血液型O型血液は、どの血液型のヒトにも輸血できると考えられているが、半数以上の各ヒト血清サンプル中には、そのようなヒト血液のRBCよりも、トリプルノックアウトブタのRBCに対する抗体の方が少ない、トリプルノックアウトブタのRBCはヒト血液のRBCよりも抗原性が低い、というのは、予測できない顕著な効果である。

(2)請求人の主張に対する判断

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ア 主張アについて

引用文献1には記載事項(ア)に「当該ブタはヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである」と明記されているし、ヒトへの適用を阻害すべき記載も引用文献1には見あたらないので、引用文献1の記載事項については、上記引用発明のとおりに認定すべきである。

したがって、請求人の主張アは採用することができない。

一方、請求人は、ヒヒへの適用に係る発明のみが引用文献1に記載されていることを前提に、資料13~25等を示しつつ、「ほとんどのヒトにおいてはSda抗原が見られることは優先日前に広く知られていた。」と述べて、相違点1に加え新たな相違点が存在し容易想到でないと主張する。

しかし、引用文献1にはヒトへの適用に係る発明も記載されているので、上記主張はいずれもその前提において誤りがある。

なお、請求人が主張するとおりの引用発明を前提としても、請求人が令和4年6月10日提出の意見書に添付した本願優先日前に頒布された参考資料3(Morton et al., Vox Sang. 19: 472-482 (1970),476頁の表)の表IIには、成人(妊娠中、産後を含む)74名中22名が血清中抗Sda抗体を有していることが記載されている。また、同意見書に添付した本願優先日前に頒布された参考資料4の298頁5行及び8~9行には、ほとんどのヒトは血清中に抗Sda抗体をもっていることが記載されている。さらに、同参考資料4には、臨床的な危険性が存在すること、Sda血は、血清中に弱い抗Sda抗体を持つヒトに輸血しても障害はないが、抗Sda抗体による溶血性輸血反応が報告されていること、予め交差適合試験を行わずに緊急輸血を行った場合、CAD(過剰Sda; Sd(a++))血は危険であることが記載されている(301頁14~18行)。

このように、Sda抗原が見られず、抗Sda抗体を持っているヒトが存在すること、抗Sda抗体によりヒトにおいて溶血性輸血反応すなわち拒絶反応が生じていたこと、Sda抗原を過剰に有する血液は危険であると見なされていたことは本願優先日前に周知であったといえる。

そして、異種臓器移植技術においては、拒絶反応を抑制することが最優先課題であることは技術常識であり、血清中に抗Sda抗体を持っているヒトも臓器を移植する場合が想定されるので、移植した臓器による拒絶反応が生じないように、Sda抗原を発現する能力を欠如する臓器をヒトに対して用いることは、当業者が動機付けられることである。

したがって、請求人の主張はいずれも採用することができない。

イ 主張イについて

上記2(3)に記載した相違点1に係る判断のとおり、本願優先日前に、ヒト移植片の供給源であるブタにおいて、α-GALのノックアウトだけでなくCMAHのノックアウトによって、α-GALのみをノックアウトした場合と比較して血清中の抗体との反応性が低下し、抗体媒介性補体依存性細胞傷害が低下する効果が得られることが知られていたといえる。

そうすると、α-GAL及びβ4GalNT2を遺伝子破壊(ノックアウト)させた引用発明1において、更に引用文献2に記載された上記効果を期待して、CMAHをノックアウトすることは当業者が容易になし得たものである。

請求人の主張は、要するにやってみなければ分からないのであるから、当業者は動機付けられないというに等しい。

引用文献2には、ブタ細胞は、ヒト細胞では見出されないα-1,3ガラクトシルトランスフェラーゼ(α-Gal)およびシチジンモノホスファート-N-アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)を発現すること、CMAHは、シアル酸N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)をN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)に変換すること、このため、ブタ組織がヒトに移植されると、これらのエピトープが、移植直後からの抗体媒介性拒絶反応を誘発すること、抗体は、組織の移植前に患者の血液中に存在しており、移植された組織への強い、即時の拒絶をもたらすこと([0009]段落)、αGALおよびCMAHを発現しない(GT/CMAH-KO)ダブルノックアウトブタは、αGALおよびNeu5Acという2つの異種反応性抗原が低減していること([0022]、[0026]段落)、健康なヒトボランティアから得た血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応を測定したところ、GGTA1ノックアウト細胞に対してよりも二重ノックアウト細胞に結合したIgMやIgGが少ないこと(実施例11)、血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応に基づく抗体媒介性補体依存性細胞傷害性アッセイを行ったところα-GALノックアウト、ダブルノックアウトの細胞傷害性のパーセントは、それぞれ98%および29%であったことが開示されているから、このような引用文献2の記載に接した当業者は、CMAHを除去する応用を進める強い動機付けを抱くものと解される。

よって、請求人が主張するような、1つの抗原を除去することによって、新たに別の問題が起こるリスクがあったとしても、上記の強い動機付けを打ち消してまで、CMAHを除去する応用を断念するほどの事情があったとは認められない。

したがって、主張イも採用することはできない。

ウ 主張ウについて

相違点1は、本願発明では、ブタ核ゲノムが、CMAH遺伝子の両方のアレルにおけるノックアウト変異を含むのに対し、引用発明では、CMAH遺伝子の破壊を含まない点であり、B4GALNT2遺伝子の破壊は相違点ではない。

したがって、図3Bに示された、ダブルノックアウトと比べてトリプルノックアウトが、これに反応するヒト血清中の抗体が際立って少ない効果や、図6ABDのトリプルノックアウトブタPBMCに対する抗体は、ダブルノックアウトブタPBMCに対する抗体に比べて顕著に少なく、むしろヒトPBMCに近い少ない量であった効果は、本願発明と引用発明との相違点でないβ4GalNT2のノックアウトに伴う効果であって、相違点1に係るCMAH遺伝子の破壊がもたらす効果であるということができず、本願発明と引用発明との相違に伴う構成の効果が顕著であると評価することはできない。

したがって、請求人の主張はいずれも採用の限りではない。

第5 むすび

以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

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2023-008877

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