特許拒絶査定不服審判
2023-005126
大きなセンサフォーマットのための小さな総トラック長
- 審判番号
- 2023-005126
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2022-511039
- 請求日
- 2023年03月29日
- 審決日
- 2024年05月09日
- 公報発行日
- 2024年10月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】コアフォトニクス リミテッド
- 【請求人代理人】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
- 審判長/審判官
- 審判長 山村 浩
- 審判官 齋藤 卓司
- 審判官 秋田 将行
- 分類
- P18 .55 -Z (G02B)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法17条の2第3項特許法184条の12第2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第184条の4第1項、特許法第184条の12第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2022-511039「大きなセンサフォーマットのための小さな総トラック長」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 2月25日国際公開、WO2021/033047、令和 4年 8月12日国内公表、特表2022-536204〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2020年(令和2年)7月22日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2019年(令和元年)8月21日、米国。以下、この日を「優先日」という。)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯の概要は以下のとおりである。
令和 4年 7月11日 :上申書・手続補正書(以下、この手続補正書でされた補正を「本件第1補正」という。)の提出
令和 4年 7月22日付け:拒絶理由通知書
令和 4年11月 1日 :意見書・手続補正書(以下、この手続補正書でされた補正を「本件第2補正」という。)の提出
令和 4年11月24日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 5年 3月29日 :審判請求書の提出
第2 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、以下の理由を含むものである。
本件第1補正は、国際出願日における国際特許出願の明細書若しくは図面(図面の中の説明に限る。)の特許法第184条の4第1項の翻訳文、国際出願日における国際特許出願の請求の範囲の同項の翻訳文又は国際出願日における国際特許出願の図面(図面の中の説明を除く。)(以下「本件当初翻訳文等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず、本件第2補正によってもそれが解消されていないから、同法第184条の12第2項において読み替えて準用する同法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
第3 当審の判断
1 補正の内容
(1)本件第1補正について
本件第1補正は、本件第1補正前の請求項1の記載が
「物体側から像側へ、
a)L1~L7と番号付けられた7つのレンズ素子;
b)光学窓;および
d)センサ対角線長(SDL)を有するイメージセンサ、
を備えるレンズアセンブリであって、
前記レンズアセンブリは、前記光学窓を含む総トラック長TTL、有効焦点距離EFLおよび視野(FOV)<90度を有し、
TTL/EFL<1.100であり、
TTL/SDL<0.64であり、
前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STDおよび中心厚CTは、T_STD/CT<0.065に従い、
レンズ素子L1の焦点距離f1は、f1/EFL<0.95を満たす、レンズアセンブリ。」
であったのを、
「物体側から像側へ、
a)L1~L7と番号付けられた7つのレンズ素子;
b)光学窓;および
d)センサ対角線長(SDL)を有するイメージセンサ、
を備えるレンズアセンブリであって、
前記レンズアセンブリは、前記光学窓を含む総トラック長TTL、有効焦点距離EFLおよび視野(FOV)<90度を有し、
TTL/EFL<1.100であり、
TTL/SDL<0.64であり、
前記7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STDは、T_STD<0.035に従い、
レンズ素子L1の焦点距離f1は、f1/EFL<0.95を満たす、レンズアセンブリ。」
へと補正する事項を含むものである。
そうすると、本件第1補正によって、レンズアセンブリにおける7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子が「T_STD<0.035」(以下「補正後T_STD不等式」という。)に従うという技術的事項が明らかにされたといえる。
(2)本件第2補正について
本件第2補正は、本件第1補正後の請求項1の記載を、
「物体側から像側へ、
a)L1~L7と番号付けられた7つのレンズ素子であって、レンズ素子L1から開始して、正-負-正-負-正-正-負のパワー符号配列を有する複数の前記レンズ素子;
b)光学窓;および
d)センサ対角線長(SDL)を有するイメージセンサ、
を備えるレンズアセンブリであって、
前記レンズアセンブリは、前記光学窓を含む総トラック長TTL、有効焦点距離EFLおよび視野(FOV)<90度を有し、
TTL/EFL<1.100であり、
TTL/SDL<0.64であり、
前記7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STDは、T_STD<0.035に従い、
レンズ素子L1の焦点距離f1は、f1/EFL<0.95を満たす、レンズアセンブリ。」
へと補正する事項を含むものである。
そして、本件第2補正によっても前記(1)で認定した本件第1補正によって明らかにされた技術的事項が維持されている。
2 本件当初翻訳文等の記載内容
(1)本件当初翻訳文等の記載
本件当初翻訳文等には、次の記載がある。
「【請求項1】
物体側から像側へ、
a)L1~L7と番号付けられた7つのレンズ素子;
b)光学窓;および
d)センサ対角線長(SDL)を有するイメージセンサ、
を備えるレンズアセンブリであって、
前記レンズアセンブリは、前記光学窓を含む総トラック長TTL、有効焦点距離EFLおよび視野(FOV)<90度を有し、
TTL/EFL<1.100であり、
TTL/SDL<0.64であり、
前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STDおよび中心厚CTは、T_STD/CT<0.065に従い、
レンズ素子L1の焦点距離f1は、f1/EFL<0.95を満たす、レンズアセンブリ。」
「【技術分野】
【0002】
本明細書に開示の実施形態は、光学レンズに関する。本明細書に開示の実施形態は、より詳細には、小型レンズアセンブリに関する。」
「【背景技術】
【0003】
デジタルカメラモジュールは、さまざまなホストデバイスにおいて現在、標準的である。かかるホストデバイスには、携帯電話(スマートフォン)、携帯情報端末(personal data assistants:PDAs)、コンピュータ等が含まれる。特に、スマートフォンのカメラには、良質の撮像のための、かかるカメラのイメージセンサのサイズに対して小さな総トラック長(total track length:TTL)を有する、コンパクトな撮像レンズ系が必要とされる。イメージセンサのサイズは常に、センサ対角線SDLで表すことができる。」
「【発明の概要】
【0004】
さまざまな例示的な実施形態において、物体側から像側へ、L1~L7と番号付けられた7つのレンズ素子;光学窓;および、センサ対角線長(sensor diagonal length:SDL)を有するイメージセンサ、を備える、複数のレンズアセンブリが開示される。当該レンズアセンブリの一例は、前記光学窓を含む総トラック長(total track length)TTL、有効焦点距離(effective focal length:EFL)および視野(field of view:FOV)を有し、TTL/EFL<1.100であり、TTL/SDL<0.64であり、FOV<90度であり、前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数(normalized thickness standard deviation constant)T_STDおよび中心厚(central thickness:CT)は、T_STD/CT<0.065に従い、レンズ素子L1の焦点距離f1は、f1/EFL<0.95を満たす。」
「【0014】
いくつかの実施形態では、前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも5つのレンズ素子の前記T_STDは、T_STD/CT<0.11に従う。
【0015】
いくつかの実施形態では、前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも5つのレンズ素子の前記T_STDは、T_STD/CT<0.10に従う。
【0016】
いくつかの実施形態では、T_STD/CT<0.05である。」
「【発明を実施するための形態】
【0031】
図1は、本明細書に開示され、100と番号付けられた光学レンズ系の一実施形態を示す。実施形態100は、共通の光軸102を有する複数のレンズ素子(ここでは例示的に7つのレンズ素子が、L1~L7と番号付けられている)を、物体側から像側へ順に備える。レンズは、S1と印された3つの開口絞りと、2つのブロッキング表面S8およびS9と、をさらに備える。レンズ素子表面は、「Si」と印されている。S2は、第1のレンズ素子L1の物体側表面を印しており、S18は、レンズ素子L7の像側表面を印している。レンズ100は、表面S18と物体の結像のためのイメージセンサ106との間に配置された任意選択的なガラス窓104をさらに備える。イメージセンサ106は、イメージセンサ対角線SDLにより特徴付けられるサイズを有する。
【0032】
TTLは、S1からイメージセンサまでの距離として定義される。図1はまた、後方焦点距離(back focal length:BFL)を示す。BFLは、最後のレンズ素子の最後の表面S2Nからイメージセンサまでの距離として定義される。
【0033】
便宜上、以下に提示されるいくつかの等式および関係式において、レンズ素子表面はまた、レンズ素子番号iの物体側表面上を「LOi」、レンズ素子番号iの像側表面上を「LIi」と印されている。
【0034】
(表面タイプ)
表面タイプを表1に定め、表面に関する諸係数を表2に示す:
a)プラノ:平面、曲率なし、
b)Qタイプ1(QT1)表面サグ式(sag formula):
【0035】
【数1】
[図:0001414711000001.jpg]
【0036】
ここで、{z、r}は、標準円筒極座標、cは、表面の近軸曲率、kは、円錐パラメータである。rnormは一般に、表面のクリアアパーチャの半分である。Anは、レンズデータ表に示される多項式係数である。z-軸は像に向かって正である。
【0037】
本明細書において、用語「RMOi」とは、表面LOiの開口半径を指す。用語「RMIi」とは、表面LIiの開口半径を指す。
【0038】
本明細書において、用語「法線厚さ(normal thickness)」(NT)は、NTi(r)と表されたrの関数であり、あるレンズ素子の2つの表面間の、物体により近い方の表面の法線ベクトルに沿った座標rにおける距離を指す。法線厚さごとに、複数の関数および定数が定義される:
r=0の場合、NTi(r=0)は、レンズ素子iの中心厚(central thickness:CT)(CTi)として定義される。
【0039】
「厚さ平均(thickness average)」(T_AVGi)定数は、次式で与えられる:
【0040】
【数2】
[図:0001414711000002.jpg]
【0041】
ここで、kは、0からNまで走る離散変数であり、Nは、(この式ならびに以下の他のすべての関数および定数について)10より大きい整数である。
【0042】
正規化厚さ標準偏差(T_STDi)定数は、次式で与えられる:
【0043】
【数3】
[図:0001414711000003.jpg]
【0044】
ここで、kは、0からNまで走る離散変数であり、T_AVGiは、(式2)のように定義される。」
「【0052】
【表1】
[図:0001414711000004.jpg]
【0053】
【表2】
[図:0001414711000005.jpg]
」
「【0054】
以下の表3は、上に列挙した例に現れた設計特性およびパラメータを要約するものである。これらの特性は、大きな像高(すなわち、SDLが大きい)および小さなFナンバー(F#)を有するコンパクトなレンズ(すなわち、TTLが小さい)の目標を達成するのに役立つ:
【0055】
【表3】
[図:0001414711000006.jpg]
」
「【図1】
[図:0001414711000007.jpg]
」
(2)本件当初翻訳文等に記載された技術的事項の認定
ア 本件当初翻訳文等に記載された発明の技術的意義は、従来技術におけるスマートフォンのカメラでは、良質の撮像のための、当該カメラのイメージセンサのサイズに対して小さな総トラック長(TTL)を有するコンパクトな撮像レンズ系が必要とされるという課題(以下「本件課題」という。)があった(【0003】)ことから、その課題を解決するために、物体側から像側へ、7つのレンズ素子(L1~L7)、光学窓、およびセンサ対角長SDLを有するイメージセンサを備えるレンズアセンブリであって、(i)TTL/EFL(有効焦点距離)<1.100、(ii)TTL/SDL<0.64、(iii)FOV(視野)<90度を満たし、さらに、前記7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STD及び中心厚CTは、(iv)T_STD/CT<0.065(以下「補正前T_STD/CT不等式」という。)に従い、レンズ素子L1の焦点距離f1は、(v)f1/EFL<0.95を満たす(【0004】)ものを提供すること(以下「本件課題解決手段」という。)にあると認められる。
イ 本件当初翻訳文等には、レンズアセンブリの実施例として、表面タイプを表1に定める(屈折率およびアッベ数を除き、単位はmmである。)とともに表面に関する諸係数を表2に示した例が一つのみ(以下、この一の例を「本件実施例」という。)記載されている(【0034】・【0052】・【0053】)。また、本件実施例に係るレンズアセンブリの設計特性及びパラメータは、表3に記載されている(【0054】・【0055】)。
そして、本件実施例に係るレンズアセンブリでは、7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子のT_STDが、補正前T_STD/CT不等式に従うものとされている(【0055】)。
本件当初翻訳文等には、本件実施例に係るレンズアセンブリにおける各レンズ素子の中心厚CTの値は記載されている(【0052】)が、T_STDの具体的な値は、記載されていない。
ウ 本件当初翻訳文等に記載された正規化厚さ標準偏差T_STDiは次のとおりのものである。
(ア)T_STDiは、次のとおり定義されている。
[図:0001414711000008.jpg]
ここで、Nは10より大きい整数であり、kは0からNまで走る離散変数である。
iはレンズ素子番号であり、RMOiは、レンズ素子iの物体側表面の開口半径である。
NTi(r)は、レンズ素子番号iの2つの表面間の、物体により近い方の表面の法線ベクトルに沿った、座標rにおける距離である。
rは、標準円筒極座標{z、r}におけるrである。zは光軸102に沿う座標であり、rは光軸102からの距離である。
NTi(r=0)は、レンズ素子iの中心厚CTiである。
T_AVGiは、レンズ素子iの厚さ平均であって、次のとおり定義されている。
[図:0001414711000009.jpg]
(【0033】・【0036】~【0043】)
(イ)前記(ア)によれば、レンズ素子iの正規化厚さ標準偏差T_STDiは、レンズ素子iごとに定義されるものであって、当該レンズ素子iの物体側表面における開口半径RMOi内でN+1個の複数位置(k・RMOi/N)(0≦k≦N)ごとに法線厚さ(NTi(k・RMOi/N))を観念し、その上で、これらの法線厚さの標準偏差を算出し、この算出された標準偏差を物体側表面の開口半径RMOiで除算して正規化したものといえる。
エ 本件課題解決手段には、前記アのとおり、レンズアセンブリがT_STD/CT<0.065(補正前T_STD/CT不等式)に従うことが含まれるが、本件当初翻訳文等には、補正前T_STD/CT不等式に従うことによって本件課題を解決できるというメカニズムは明記されていない。
3 本件第1補正後の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件第1補正明細書等」という。)の記載内容
本件第1補正明細書等には、次の記載がある。
「【0053】
式3と表1および表2で与えられたパラメータとを使用して、以下のレンズ素子L1…L7に対するT_STDの値が計算される。
【0054】
【表3】
[図:0001414711000010.jpg]
」
4 判断
(1)検討
ア 前記1(1)のとおり、本件第1補正により、レンズアセンブリにおける7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子がT_STD<0.035(補正後T_STD不等式)に従うという技術的事項(以下「本件補正技術的事項」という。)が明らかにされたことになる。
そして、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDは、前記2(2)ウ(イ)のとおり、レンズ素子の物体側表面における開口半径内の複数位置ごとでの法線厚さについての標準偏差(以下「法線厚さ標準偏差」ということがある。)を、当該開口半径で除算したもの、つまり、法線厚さのバラツキの程度を開口半径で除算して正規化した概念である(なお、この認定は、本件第1補正により、変更されるものではない。)。そうすると、本件補正技術的事項によって、本件課題であるイメージセンサのサイズに対して小さなTTLを得るという観点からは、定性的には、前記7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子において、T_STDの値が十分に小さいことが要求されることが、明らかになったといえる。
イ そこで、本件補正技術的事項が、本件当初翻訳文等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえるかどうかを判断するべく、本件当初翻訳文等の記載を検討する。
(ア)本件当初翻訳文等には、前記2(2)で認定した技術的事項が記載されているが、本件補正技術的事項は明記されていない。
(イ)a 次に、本件当初翻訳文等に本件補正技術的事項についてどのような記載があるかをみると、本件当初翻訳文等には、(本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当する)T_STDが、前記アで説示したとおりのものであることが記載されている(なお、この説示は、本件当初翻訳文等においても変更されるものではない。)。そして、前記2(2)アのとおり、本件当初翻訳文等には、7つのレンズ素子のうちの少なくとも3つのレンズ素子のT_STD及びCTが補正前T_STD/CT不等式に従うことが、本件課題解決手段に含まれることも記載されている。
b しかしながら、前記2(2)エのとおり、本件当初翻訳文等には、補正前T_STD/CT不等式が、本件課題、つまり、イメージセンサのサイズに対して小さな総トラック長(TTL)を有するコンパクトな撮像レンズ系を必要とするという課題を解決できるとするメカニズムは明記されていないし、さらに進んで、T_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムも明記されていない。
c しかも、本件当初翻訳文等に接した当業者が、技術常識に照らして、(本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当する)T_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムを理解できるともいえない。
すなわち、前記a及び前記アのとおり、T_STDは、レンズ素子の物体側表面の開口半径に対する法線厚さ標準偏差の割合を意味するものである。そして、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTは、上記の意味のT_STDをさらにレンズ素子の中心厚CTで除算して得られた値を表しているから、当業者は、補正前T_STD/CT不等式が意味する技術的内容が次のとおりのものであること、つまり、本件課題であるイメージセンサのサイズに対して小さなTTLを得るという観点からは、定性的には、7つのレンズ素子のうち少なくとも3つのレンズ素子において、中心厚CTの値に比べてT_STDの値が十分に小さいことが要求される、換言すれば、そのレンズ素子の中心厚CTの値によって許容されるT_STDの値が変動することを理解できる。
しかしながら、当業者が、許容されるT_STDの値が中心厚CTの値によって変動するという上記の理解に至っても、T_STDの値に許容範囲があるということ、さらには、それが中心厚CTの値によって変動することが、どのようにして本件課題の解決に寄与することになるのか(つまり、メカニズム)は、直ちに理解できるものではないのであり、しかも、これは、本件当初翻訳文等には何ら説明されていない上、それを理解するのに資する技術常識が存在するとも認められない。そうすると、上記の理解に至った当業者は、単にその理解にとどまり、その理解に基づいて、さらなる技術的知見ないし示唆を得ることはないというべきである。
したがって、本件当初翻訳文等に接した当業者は、技術常識に照らしても、(本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当する)T_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムを理解できるとはいえない。
d さらに、本件当初翻訳文等に接した当業者が、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の右辺に該当する「0.035」の数値を導出できるともいえない。すなわち、前記2(2)イのとおり、本件当初翻訳文等には、本件実施例に係るレンズアセンブリにおける各レンズ素子のT_STDの具体的な値は、記載されておらず、しかも、この値は、たやすく算出できるとも言い難い。この点、前記3のとおり、本件第1補正明細書等には、各レンズ素子のT_STDの値が記載されているが、これを前提としても、当該「0.035」という数値は記載されておらず、本件当初翻訳文等の記載及び技術常識に基づいてこれを導出する根拠も不明であると言わざるを得ない。
(ウ)このように、本件当初翻訳文等には、本件補正技術的事項は明記されていないところ、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムは明記されておらず、当業者がそのメカニズムを技術常識に照らして理解できるともいえない上、当業者が補正後T_STD不等式の右辺に該当する「0.035」の数値を導出できるともいえない。
ウ そして、本件補正技術的事項が明らかにされたことによって、補正前T_STD/CT不等式を満たさない態様、つまり、T_STD/CTが0.065よりも大きい態様であっても、補正後T_STD不等式を満たす態様、つまり、T_STDが0.035よりも小さい態様であれば、本件補正技術的事項の関係を満たすものとなるのであり、このことは、CTが小さくなると生じ得ることから、本件補正技術的事項が、本件当初翻訳文等に記載されていた技術的事項と同様のものであるということはできない。
さらに、本件補正技術的事項が明らかにされたことによって、本件課題であるイメージセンサのサイズに対して小さなTTLを得るという観点から定性的にみて要求される内容が、前記イ(イ)cのとおり、7つのレンズ素子のうち少なくとも3つのレンズ素子において、中心厚CTの値に比べてT_STDの値が十分に小さいことから、前記アのとおり、7つのレンズ素子のうちの4つのレンズ素子において、T_STDの値が十分に小さいことへと変更されたことになる。この変更は、要するに、対象となるレンズ素子の中心厚CTの値を、考慮するものから考慮しないものへと位置付け直すものであり、そのことによって、本件課題を解決するための設計の自由度を向上させるという新たな技術的意義を奏することになる。
エ 以上のとおり、(i)本件当初翻訳文等には、本件補正技術的事項の明記はなく、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムの明記もないこと、(ii)当業者がそのメカニズムを技術常識に照らして理解できるともいえないこと、(iii)補正後T_STD不等式の右辺に該当する「0.035」の数値を導出できるとはいえないこと、(iv)本件補正技術的事項が、本件当初翻訳文等に記載されていた技術的事項と同様のものとはいえないこと、(v)本件補正技術的事項によって本件課題を解決するための設計の自由度を向上させるという新たな技術的意義を奏することの各点に照らせば、本件補正技術的事項は、本件当初翻訳文等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえないというべきである。
(2)請求人の主張について
ア これに対し、請求人は、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTの表現は誤記であることが分かる旨主張し、その根拠として、(i)T_STDの算出のポイントは、単位を有さない正規化された値としての、レンズ形状固有の法線厚さ標準偏差の代表値を表現することにあるから、T_STDをCTで除算するのはこのポイントを否定することになること、(ii)T_STD/CTは、レンズをスケールアップ又はスケールダウンすることにより、異なる値となってしまうこと、(iii)G_STDについての条件式は、CTで除算していないことを挙げる。
(ア)しかしながら、(i)について、T_STDの算出のポイントが請求人主張のとおりのものであることは、本件当初翻訳文等には記載されていない。すなわち、本件当初翻訳文等には、【0042】のとおり、T_STDが「正規化厚さ標準偏差」「定数」であると記載されているだけなのであり、これが、単位を有さないことに意味があるなどとは説明されていない。そして、前記(1)イのとおり、本件当初翻訳文等には、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムは明記されておらず、当業者がそのメカニズムを技術常識に照らして理解できるともいえない。
そうすると、T_STDが本件当初翻訳文等に記載されていたことをもって、直ちに、CTで除算するのが誤りであることを当業者が認識できるとはいえない。
(イ)(ii)について、確かに、本件課題の解決との関係において、相似のレンズ系が、そのスケールによって、条件式を満たしたり満たさなかったりすることがあり得るとすれば、そのことは、技術的にみて疑問の余地がないわけではない。しかしながら、前記(1)イのとおり、本件当初翻訳文等には、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムは明記されておらず、当業者がそのメカニズムを技術常識に照らして理解できるともいえない。また、本件当初翻訳文等の請求項1には、わざわざ、「レンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STDおよび中心厚CT」が補正前T_STD/CT不等式に従うと記載されているのであり、「レンズ素子の正規化厚さ標準偏差定数T_STD」が同式に従うと記載されているわけではない。加えて、補正前T_STD/CT不等式の右辺の単位についても、中心厚CTの単位が、本件実施例において「mm」として表されており(前記2(2)イ)、レンズ系の技術分野において長さの単位が「mm」とされることは技術常識でもあることから、補正前T_STD/CT不等式に接した当業者は、中心厚CTの単位が「mm」であって、その右辺に「1/mm」という単位を記載していないだけとも理解し得る。
そうすると、請求人が主張する上記(ii)の点を考慮してもなお、本件当初翻訳文等に接した当業者が、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTに誤記があることを当然に認識できるとはいえない。
さらに、請求人は、(iii)のとおり、G_STDについての条件式は、CTで除算していないことを主張するが、前記のとおり、当業者は、本件補正技術的事項に係る補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDそれ自体という概念を用いて本件課題を解決できるメカニズムを理解できないのであるから、G_STDがCTで除算していないからといって、当然に、T_STDもCTで除算しないということにはならない。
(ウ)本件当初翻訳文等に接した当業者が、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTに誤記があることを当然に認識できるとはいえないことは、前記(ア)及び(イ)のとおりであるが、仮に、それに誤記があることを当業者が認識できるとしても、その誤記を正したものが何であるのを当業者が当然に認識できるともいえない。
すなわち、T_STD/CTは、法線厚さ標準偏差を物体側表面における開口半径RMOで除算して正規化した値をさらに中心厚CTで除算した値である。しかしながら、法線厚さ標準偏差を正規化する際に、開口半径RMOで除算することが当然とは言い難く、むしろ、中心厚CTで除算することもあり得ると考えられるのであり、実際、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTは、中心厚CTで除算している。そうすると、T_STD/CTに誤記があることを認識した当業者は、T_STDの定義において、法線厚さ標準偏差を開口半径RMOで正規化しているのが誤記であり、中心厚CTで正規化する(その場合、さらに中心厚CTでは除算しない。)のが誤記を正したものであると考える余地もあるといえる。
したがって、本件当初翻訳文等に接した当業者が、補正前T_STD/CT不等式の左辺に該当するT_STD/CTに誤記があることを認識できるとしても、その誤記を正したものが、補正後T_STD不等式の左辺に該当するT_STDであると当然に認識できるとはいえない。
イ 請求人は、補正後T_STD/CT不等式の右辺に該当する「0.035」の値は当業者であれば自明に決定できる旨主張し、その根拠として、(i)本件実施例のレンズ素子のT_STDは、本件当初翻訳文等に記載された事項のみを用いて自明に算出できること、(ii)当該「0.035」の値は、本件実施例のレンズ素子において、T_STDが4番目及び5番目に小さいレンズ素子におけるT_STD同士の値の中間値であることを挙げる。
前記(1)イ(イ)dのとおり、本件当初翻訳文等には、本件実施例に係るレンズアセンブリにおける各レンズ素子のT_STDの具体的な値は、記載されておらず、しかも、この値は、たやすく算出できるとも言い難い。また、T_STDが4番目及び5番目に小さいレンズ素子におけるT_STD同士の値の中間値をもって、補正後T_STD/CT不等式の右辺に該当するとするのは、本件当初翻訳文等には何ら記載されておらず、恣意的なものと言わざるを得ない。
(3)小括
したがって、本件第1補正は、本件当初翻訳文等の記載の範囲内でされたものとはいえない。そして、本件第1補正の内容は、本件第2補正でも維持されていることから、本件第2補正によっても、上記の問題は解消していない。
第4 むすび
以上のとおり、本件第1補正は、特許法第184条の12第2項において読み替えて準用する同法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、その後の補正によっても解消していないことから、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-005126