特許拒絶査定不服審判
2023-002633
安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する微生物及び関連方法
- 審判番号
- 2023-002633
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-572198
- 請求日
- 2023年02月15日
- 審決日
- 2024年10月29日
- 公報発行日
- 2025年04月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ピーティーティー グローバル ケミカル パブリック カンパニー リミテッド
- 【請求人代理人】村山 靖彦
- 【請求人代理人】実広 信哉
- 【請求人代理人】阿部 達彦
- 審判長/審判官
- 審判長 長井 啓子
- 審判官 深草 亜子
- 審判官 名和 大輔
- 分類
- P18 .121-Z (C12N) / P18 .113-Z (C12N) / P18 .575-Z (C12N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項3号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第17条の2第6項、特許法第29条第1項第3号、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-572198「安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する微生物及び関連方法」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 1月 3日国際公開、WO2019/006312、令和 2年10月22日国内公表、特表2020-530271〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成30年 6月29日(パリ条約による優先権主張 2017年11月10日 2017年 6月30日 いずれも(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、その主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和4年 3月29日付け 拒絶理由通知書
令和4年 7月 1日 意見書、誤訳訂正書の提出
令和4年10月14日付け 拒絶査定
令和5年 2月15日 審判請求書、手続補正書の提出
令和5年 7月24日 上申書の提出
第2 令和5年2月15日付の手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和5年2月15日付の手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 補正の内容
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1の記載は、
「【請求項1】
安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する天然には存在しない微生物であって、n個のコピーの機能性DNA配列、及び前記n個のコピーの機能性DNA配列の、少なくとも1つの隣接するペアの間に少なくとも1つの選択マーカーを含み、前記天然には存在しない微生物が祖先微生物の子孫であり、前記祖先微生物がn-1個以下のコピーの前記機能性DNA配列を含み、nが少なくとも2である、微生物。」
から、
「【請求項1】
安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する天然には存在しない微生物であって、n個のコピーの機能性DNA配列、及び前記n個のコピーの機能性DNA配列の、少なくとも1つの隣接するペアの間に少なくとも1つの選択マーカーを含み、前記天然には存在しない微生物が祖先微生物の子孫であり、前記祖先微生物がn-1個以下のコピーの前記機能性DNA配列を含み、nが少なくとも2であり、前記選択マーカーが、トリオースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子、又はショ糖を代謝するためのカセットである、微生物。」(以下、「本願補正発明」という。)
に補正された。(下線部は補正箇所である。)
2 補正の適否
本件補正は、「少なくとも1つの選択マーカー」を「前記選択マーカーが、トリオースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子、又はショ糖を代謝するためのカセットである」と限定するものであるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するかどうか)について以下に検討する。
(1)引用文献の記載事項
ア 引用例1
原査定の拒絶の理由で引用された、本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である国際公開第2010/024905号(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。(引用例1は英語で記載されているので、合議体による翻訳文で示す。また、下線は合議体が付したものである。以下、同様である。)
(ア)【請求項1】
遺伝的に安定したタンデムな遺伝子重複を生成するための方法であって、
宿主細胞の染色体に、1つ又は複数のプロモーター配列に作動可能に連結した1つ又は複数のタンパク質をコードする核酸配列、選択可能なマーカーをコードする核酸配列、及び前記1つ又は複数のタンパク質及び前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列に隣接する相同的な核酸配列部分を含む核酸構築物を組み込むことであって、前記宿主細胞は機能的なリコンビナーゼを含むこと、
前記選択マーカーが前記宿主細胞に増殖の優位性を提供する選択条件下で前記宿主細胞を培養することによって、前記1つ又は複数のタンパク質及び前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列のタンデムな遺伝子重複(TGD)を選択することであって、前記TGDは前記機能的なリコンビナーゼによって媒介されること、
前記リコンビナーゼの欠失又は前記リコンビナーゼの無力化によって前記TGDを安定化すること、を含む方法。
(略)
【請求項18】
前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列が栄養要求性マーカー遺伝子である、請求項1-12のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
前記選択条件が前記栄養要求性マーカー遺伝子によって生産される代謝物を供給しない培地中で前記細胞を培養することを含む、請求項18に記載の方法。
(略)
【請求項21】
前記宿主細胞が細菌細胞である、請求項1-20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
前記細菌細胞が大腸菌細胞である、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記宿主細胞が真核細胞である、請求項1-20のいずれかに記載の方法。
【請求項24】
前記真核細胞が酵母細胞である、請求項23に記載の方法。
(略)
【請求項39】
請求項1-38のいずれかに記載の方法によって製造された細胞。
(イ)
「TGDの遺伝子重複事象は、選択可能なマーカーを取り囲む配列相同性の高い2つの領域の間で生じる(これは遺伝子重複のために使用されるが、発酵には必要とされない)(図6参照)。TGDの機序は、それぞれの付加的なコピーにより与えられる増殖の優位性により駆動され、選択される、配列相同性の高い2つの領域の間で生じる遺伝子重複事象を引き起こす(図6(a))。向かい合う鎖どうしの2つの相同領域の間の同等でないクロスオーバーが、複製フォークの後に生じる(図6(b))。この交差事象は原核生物においてrecA依存性であり、相同性部位の間の領域を2コピー含む鎖とその領域を欠失したもう一方の鎖との2本のDNA鎖を生じる(図6(c))。これらの鎖の各々は、1つの娘細胞に渡される(図6(d))。抗生物質上での増殖における増殖の優位性は、選択マーカーの多重コピーによって付与され、その集団を上回るタンデムな遺伝子を含む細胞を生じ、さらなる回の重複に用いられうる(図6(e))。この過程は継続することができ、相同領域の間の200コピーが作成されたことが観察された。より少ないコピー数に対して与えられる増殖の優位性のような条件に変更された場合、コピー数は同じ過程によって減少しうる。これを防止するために、recAが欠失され(図6(f))、これによりクロスオーバー工程が防止され、コピー数が固定化される。」(第12頁第9-24行)
(ウ)
「本明細書に記載の方法および構築物は、原核生物宿主細胞と共に使用されるいくつかの実施形態がある。原核生物宿主としては、グラム陰性細菌、特に大腸菌(Escherichia coli)が好ましい。他の原核生物、Bacillus subtilisまたはPseudomonasもまた使用することができる。
天然に存在するタンデム遺伝子は、真核生物細胞において観察されており、そして真核細胞中にはrecAホモログが存在する。したがって、本明細書に記載の実施形態は宿主細胞として原核細胞を含むが、本明細書に記載する構築物及び方法は、真核生物系、特に単細胞系でも使用することができる。特定のフランキング配列、選択マーカー、およびプロモーターは、使用する宿主細胞により変化させることができる。宿主細胞(1つより多いリコンビナーゼのタイプを含んでもよい)によって使用されるリコンビナーゼ系は、標準的な方法論を用いて、欠失又は突然変異により不活性化することができる。
酵母、糸状菌、植物、昆虫、両生類、または鳥類などの哺乳動物または他の真核生物の宿主細胞もまた使用することができる。哺乳動物宿主細胞系としては、限定されないが、VEROおよびHeLa細胞、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、およびWI38、BHK、およびCOS細胞株が含まれる。」(第16頁第20行-第17頁第2行)
(エ)
「本明細書に記載される方法において使用される構築物は、前記構築物で形質転換された宿主細胞の生存または増殖に必要なタンパク質をコードする遺伝子である選択マーカーを含む。典型的な選択可能マーカーは、(a)抗生物質または他の毒性物質、例えば、クロラムフェニコール、アンピシリン、ネオマイシン、メトトレキセートなどに対する抵抗性を与える;または(b)栄養要求性欠損を補完する。適切な選択マーカーの選択は宿主細胞に依存する。前記構築物中の選択マーカーの存在は、宿主細胞に選択圧をおよぼすことを可能にし、本明細書に記載の前記構築物のタンデムな遺伝子重複を引き起こす。」(第22頁第3行-第10行)
(オ)
「図6は、タンデムな遺伝子重複、つまり構築、増幅および安定化を示す図である。図6Aは、相同領域により隣接される抗生物質マーカー及び目的の遺伝子を含む、ゲノムに送達される構築物を示し、図6Bは、recAが選択マーカー及び目的の遺伝子に隣接する領域の間の不同等な相同的交差を媒介することを示し、図6Cは、2コピーのカセットを持つ鎖と、欠失を有するもう一方の鎖を生成することを示し、図6Dは、1つの娘細胞が2つの繰り返しを受け継ぎ、もう一方の娘細胞は挿入物を失うことを示し、図6Eは、増加した繰り返しを有する細胞に増殖の優位性を提供するために抗生物質が用いられることを示す。この過程は、重複の数をさらに増幅するために、次にそれ自体を繰り返すことができ、図6Fは、コピー数のさらなる変化を防ぐために、最後にrecAが欠失されることを示す。[A]相同領域(Synechocystis PCC6803からの1kb のchlB);[B]抗生物質耐性遺伝子(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ);[C]目的の遺伝子(例えば、ポリヒドロキシブチレートオペロンまたはリコペンオペロン)」(第8頁第4行-第15行)
(カ)【図6】
[図:0001420703000001.jpg]
イ 周知例1
本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特表2017-512500号公報(以下、「周知例1」という。)には、次の事項が記載されている。
「【0097】(略)慣例的に、宿主細胞または生物中のプラスミド維持は、抗生物質耐性カセットを含めること、および微生物集団に抗生物質を適用することによって選択される。しかし、本開示の操作されたプロバイオティクス中に抗生物質耐性カセットを含めることは、それがカセットの望まれない伝播に至り得るので望ましくない。さらに、例えば、胃腸マイクロバイオーム中の抗生物質の使用は、他の共生株を淘汰してしまうが、これは、特に病院環境内では、病原性株による再定着を推進し得る[Fekety、1981年]。好適な実施形態では、操作されたプロバイオティクスおよび/または異種遺伝システムは、抗生物質耐性に基づかない選択優位性を付与する1つまたは複数の遺伝子をコードする核酸を含む。
【0098】一部の実施形態では、核酸は、操作されたプロバイオティクスが由来する親、野生型宿主細胞、または生物によって使用されていない特定の炭素源(複数可)を利用する能力を付与する1つまたは複数の遺伝子をコードする。これらの炭素源利用遺伝子(複数可)を含めると、対応する炭素源の存在下で増殖されるとき、異種遺伝システムを担持する任意の細胞に選択優位性が付与される。しかし、微生物集団中の他の株は選択されない。なぜなら、他の炭素源がこれらの増殖のために利用可能であるためである。(略)
【0100】一部の実施形態では、炭素源利用遺伝子(複数可)は、cscオペロンに由来する。cscオペロンは、糖スクロースを異化する能力を付与する[Archer、2011年]。cscオペロンは、制御因子をコードするcscR、スクローストランスポーターをコードするcscB、インベルターゼをコードするcscA、フルクトキナーゼをコードするcscKを含む。例示的なcscオペロン遺伝子を以下に示す(表6)。(略)」
ウ 周知例2
本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特表2015-532832号公報(以下、「周知例2」という。)には、次の事項が記載されている。
「【0081】(略)E.coli Wのcsc遺伝子クラスター(登録番号:CP002185.1)は、スクロース透過酵素、フルクトキナーゼ、スクロース加水分解酵素および転写抑制因子の4つの遺伝子(それぞれ遺伝子cscB、cscK、cscAおよびcscR)を含み、これらの遺伝子によって、菌株はスクロースを唯一の炭素源として増殖できるようになる。(略)」
エ 周知例3
本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である国際公開第2012/082720号(以下、「周知例3」という。)には、次の事項が記載されている。
「(079)大腸菌K12株はスクロースを利用することができないが、大腸菌野生型株EC3132はスクロースを利用することができる。スクロース利用及び代謝に関与する非PTS遺伝子すなわちcscB、cscK、cscA及びcscRは、EC3132において染色体に位置する。大腸菌K12株にスクロース利用能を付与するために、大腸菌EC3132株に由来するこれらcscB、cscK、cscA及びcscR遺伝子は、大腸菌K12株に導入されることができる。」
(2)引用発明
引用例1は、上記(1)ア(ア)のとおり、「遺伝的に安定したタンデムな遺伝子重複を生成するための方法」「によって製造された細胞。」((1)ア(ア)請求項1、39)を開示する特許文献であって、前記「細胞」は請求項1に記載の「宿主細胞」を意味しており、さらに、前記「宿主細胞」として「大腸菌」が好ましいことも記載されている((1)ア(ア)請求項22、(ウ))。したがって、引用例1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「遺伝的に安定したタンデムな遺伝子重複を生成するための方法によって製造された大腸菌であって、前記方法は、
大腸菌の染色体に、1つ又は複数のプロモーター配列に作動可能に連結した1つ又は複数のタンパク質をコードする核酸配列、選択可能なマーカーをコードする核酸配列、及び前記1つ又は複数のタンパク質及び前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列に隣接する相同的な核酸配列部分を含む核酸構築物を組み込むことであって、前記大腸菌は機能的なリコンビナーゼを含むこと、
前記選択マーカーが前記大腸菌に増殖の優位性を提供する選択条件下で前記大腸菌を培養することによって、前記1つ又は複数のタンパク質及び前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列のタンデムな遺伝子重複(TGD)を選択することであって、前記TGDは機能的なリコンビナーゼによって媒介されること、
前記リコンビナーゼの欠失又は前記リコンビナーゼの無力化によって前記TGDを安定化すること、を含む方法である、大腸菌。」
(3)対比
本願補正発明と引用発明とを対比すると、引用発明における「1つ又は複数のプロモーター配列に作動可能に連結した1つ又は複数のタンパク質をコードする核酸配列」、「選択可能なマーカーをコードする核酸配列」は、それぞれ、本願補正発明における「機能性DNA配列」、「選択マーカー」に相当する。引用発明における「大腸菌」は、染色体に核酸構築物が組み込まれており遺伝子操作が行われていると認められること、また遺伝的に安定したタンデムな遺伝子重複が生成されていることから((1)ア(ア)請求項1)、本願補正発明における「安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する天然には存在しない微生物」に相当する。そして、引用発明である大腸菌は、その製造方法及び模式図に基づいて((1)ア(ア)請求項1、(オ)、(カ)図6Dの上側の細胞、図6Eの下から2つめの細胞、図6Fの下から2つめの細胞)、隣接する2つの「機能性DNA配列」((1)ア(カ)の図においてCで示される)の間に1つの選択マーカー((1)ア(カ)の図においてBで示される)が含まれていることが理解できる。また、本願補正発明における「祖先微生物」に相当する大腸菌((1)ア(カ)図6A)は「機能性DNA配列」を少なくとも1つ含み、本願補正発明における「微生物」に相当する大腸菌((1)ア(カ)図6Dの上側の細胞、図6Eの下から2つめの細胞、図6Fの下から2つめの細胞)は「機能性DNA配列」を少なくとも2つ含むことが理解できるから、引用発明である大腸菌は、n個のコピーの機能性DNA配列を含み、祖先微生物がn-1個以下のコピーの機能性DNA配列を含み、nは少なくとも2であると認められる。
そうすると、本願補正発明と引用発明とは、
「安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する天然には存在しない微生物であって、n個のコピーの機能性DNA配列、及び前記n個のコピーの機能性DNA配列の、少なくとも1つの隣接するペアの間に少なくとも1つの選択マーカーを含み、前記天然には存在しない微生物が祖先微生物の子孫であり、前記祖先微生物がn-1個以下のコピーの前記機能性DNA配列を含み、nが少なくとも2である、微生物。」である点で一致し、本願補正発明では「前記選択マーカーが、トリオースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子、又はショ糖を代謝するためのカセットである」ことが特定されているのに対し、引用発明では特定されていない点(以下、「相違点」という)で相違する。
(4)判断
ア 相違点について
引用発明の「大腸菌」を製造するための「遺伝的に安定したタンデムな遺伝子重複を生成するための方法」において、「選択マーカー」は、「前記選択マーカーが前記大腸菌に増殖の優位性を提供する選択条件下で前記大腸菌を培養することによって、前記1つ又は複数のタンパク質及び前記選択可能なマーカーをコードする核酸配列のタンデムな遺伝子重複(TGD)を選択することであって、」と特定され、発明の詳細な説明((1)ア(イ))や図面(図6E)にも記載されているとおり、相同的交差によりタンデムな遺伝子重複が生じた大腸菌を選択するためのものである。
このような引用発明における選択マーカーの技術的意義を鑑みると、引用発明の「選択マーカー」は、遺伝子重複の1単位に無理なく存在し得るような通常の長さの遺伝子であって、その存在の有無により大腸菌を選択できればよいことが自明である。そして、引用例1には、適切な選択マーカーの選択は宿主細胞に依存することが記載され、典型的な選択マーカーとして栄養要求性欠損を補完するマーカーが挙げられているのだから((1)ア(エ))、引用例1に接した当業者であれば、大腸菌で通常用いられている栄養要求性欠損を補完するマーカーを適宜選択し得るものと認められる。そして、そのようなマーカーとして、大腸菌にショ糖利用能を付与することができる「ショ糖を代謝するためのカセット」が広く知られているから((1)イ-エ)、引用発明における選択マーカーとして「ショ糖を代謝するためのカセット」を採用することは、当業者が容易に想到し得るものである。
そして、これにより、当業者の予測し得ない顕著な効果が奏されるとも認められない。
イ 審判請求人の主張について
(ア)
審判請求人は、審判請求書において引用例1に開示されたタンデム遺伝子重複によって達成される遺伝子の安定性の改善方法では相同的交叉を行うから、その結果生じた大腸菌には相同領域として機能する外来性の非コード領域が含まれるのに対して、本願発明では外来性の非コードDNAは含まれないこと、及び、引用例1の方法のようなrecA欠損法は、生じたrecA細胞が高い割合で死細胞を含むという欠点があるのに対して、本願の遺伝子重複のコピー数を安定させる方法は引用例に記載のものとは全く異なることを主張する。
しかし、本願補正発明は「微生物」自体であるから、コピー数を安定化させるために用いた方法が異なる点は、相違点とはならない。そして、本願補正発明において、機能性DNA配列の隣接するペアと選択マーカーとの間に他の核酸配列を含まないことは特定されておらず、また、recAが不活化されていないことも特定されていないから、これらの点は相違点であるとは認められない。
(イ)
審判請求人は、さらに、重複した遺伝子の間に選択マーカーを有する大腸菌株が、当該選択マーカーを重複した遺伝子の間に有しない大腸菌株に比べて、重複した遺伝子を安定的に維持できたという実施例5の結果に基づいて、本願発明が顕著な効果を奏することを主張する。
しかし、本願補正発明は、リコンビナーゼについて限定がないから、リコンビナーゼを欠失又は無力化した場合も包含するところ、引用発明においても、リコンビナーゼの欠失又は無力化によって核酸配列のタンデムな遺伝子重複(TGD)は安定化されているから、本願の実施例5に示された効果が、本願補正発明全体にわたって奏される当業者の予測し得ないほどに顕著なものであるとはいえない。
また、引用例1には、培地中の抗生物質濃度を低下させる等、選択圧を低下させた場合にコピー数が減少することを防止するためにrecAを欠失することが記載されている((1)ア(イ))。選択圧を低下させた場合にコピー数が減少し得る点は本願補正発明においても同様であり、例えば実施例5において炭素源としてショ糖を含む液体培養液を用いない等、栄養要求性による選択条件を用いずに培養した場合にまで、コピー数が安定して保持されるとは認められない。
(ウ)
審判請求人は、令和5年7月24日付上申書において、本願の【0065】の記載に基づいて、選択マーカーとして、本願補正発明の「トリオースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子、又はショ糖を代謝するためのカセット」のような、「必須又は条件的に必須のタンパク質をコードする外来又は内因性の遺伝子」、「タンパク質をコードする外来遺伝子」、又は「選択可能な表現型を付与する一連のタンパク質をコードするオペロン若しくは他の遺伝子のセット」を使用することは、拒絶査定の理由で引用した引用文献1~3(引用文献1は上記引用例1である)においては何ら記載も示唆もされていないことを主張する。しかし、引用例1において、「形質転換された宿主細胞の生存または増殖に必要なタンパク質をコードする遺伝子」である「選択マーカー」として、抗生物質抵抗性遺伝子及び栄養要求性マーカー遺伝子が挙げられており((1)ア(ア)請求項19、(エ))、これは、前記「必須又は条件的に必須のタンパク質をコードする外来又は内因性の遺伝子」または「タンパク質をコードする外来遺伝子」に該当するから、審判請求人の主張は採用できない。また、単独の遺伝子でなく遺伝子のセットを「選択マーカー」とすることについても、周知例1-3に記載されているように広く知られている((1)イーエ)。
ウ 小括
このとおり、本願補正発明は、引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5)むすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
第3 本願発明について
1.本願発明
令和5年2月15日付の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、令和4年7月1日付誤訳訂正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであるところ、令和4年7月1日付手続補正書の請求項1は、次のとおりのものである。
「【請求項1】安定化されたコピー数の機能性DNA配列を有する天然には存在しない微生物であって、n個のコピーの機能性DNA配列、及び前記n個のコピーの機能性DNA配列の、少なくとも1つの隣接するペアの間に少なくとも1つの選択マーカーを含み、前記天然には存在しない微生物が祖先微生物の子孫であり、前記祖先微生物がn-1個以下のコピーの前記機能性DNA配列を含み、nが少なくとも2である、微生物。」(以下、「本願発明」という。)
2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由2は、以下のとおりのものである。
本願の請求項1-4、7-11に記載された発明は、本願優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である国際公開第2010/024905号(上記第2の2(1)アの「引用例1」である。)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
3.引用例およびその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1の記載事項は、上記第2の2(1)アに記載したとおりである。
4.対比・判断
本願発明は、本願補正発明の「前記選択マーカーが、トリオースリン酸イソメラーゼをコードする遺伝子、又はショ糖を代謝するためのカセットである」との特定を除いたものであり、引用発明と対比すると、相違点を有さない。
そうすると、本願発明は、引用例1に記載された発明である。
第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-002633