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特許拒絶査定不服審判

2022-017742

高サイトカイン血症及びウィルス感染の処置の為の肥満細胞安定剤

審判番号
2022-017742
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2019-535191外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2022年11月04日
審決日
2024年12月11日
公報発行日
2025年06月27日
結論
請求不成立
当事者
審判長/審判官
分類
P18 .536-WZ (A61K) / P18 .537-WZ (A61K)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法36条4項1号特許法36条6項1号
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特願2019-535191「高サイトカイン血症及びウィルス感染の処置の為の肥満細胞安定剤」拒絶査定不服審判事件〔平成30年3月15日国際公開、WO2018/048989、令和1年10月17日国内公表、特表2019-529541〕について、次のとおり審決する。

結論

結 論
本件審判の請求は、成り立たない。

理由

目次 ▾ 7項目
理 由

第1 手続の経緯

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本願は2017年9月7日(パリ条約による優先権主張 2016年9月8日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。

令和3年 7月19日付け 拒絶理由通知書

令和4年 2月 2日 意見書・手続補正書の提出

同年 6月30日付け 拒絶査定

同年11月 4日 審判請求書の提出

同年12月14日 手続補正書(方式)の提出

令和6年 5月23日付け 拒絶理由通知書(当審)

同年 9月20日 意見書・手続補正書の提出

第2 本願発明

本願の請求項1~29に係る発明は、令和6年9月20日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1~29に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものと認める。

「【請求項1】
必要とする対象において高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用される剤であって、治療有効量又は予防有効量の肥満細胞安定化化合物を含み、前記肥満細胞安定化化合物が、ノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩である、上記剤。」

第3 当審において通知した拒絶理由

当審において令和6年5月23日付けで通知した拒絶理由は、概略、以下の理由を含むものである。

1(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が、本願の請求項1~29について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないので、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2(サポート要件)この出願は、本願の請求項1~29に係る発明が、当該発明の有する課題を解決できるものであることを当業者が認識できるように、発明の詳細な説明に記載されているものとは認められず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

上記理由1及び理由2の対象となった請求項1~29は、令和4年2月2日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1~29であるところ、令和6年9月20日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1は、上記理由1及び理由2の対象となった請求項1と同一である。

第4 当審の判断

1 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について

(1)本願明細書の発明の詳細な説明(以下「発明の詳細な説明」という。)が特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)に適合するためには、発明の詳細な説明が、本願発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていることが必要である。

そして、本願発明は、「ノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩」という公知の化合物を「必要とする対象において高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用される」という用途に供することに技術的特徴を有する「医薬用途発明」であると認められるところ、有効成分として記載される化合物の名称や構造のみからでは、それが本願発明で特定された医薬用途に利用することができるか否かを予測することは困難である。

したがって、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されているといえるためには、本願出願時の技術常識から、当業者が本願発明の「医薬」を製造し、かつ、当該「医薬」を本願発明で特定された医薬用途に利用できることが明らかである場合を除き、本願発明における有効成分である「ノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩」が、「高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する」という薬理作用を有することを裏付ける実施例の記載が必要である。

以上をふまえて、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすか否かを検討する。

(2) 発明の詳細な説明の記載

発明の詳細な説明には、「高サイトカイン血症」及び「ノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩」に関して、以下の記載がある。なお、下線は合議体によって付した。

「【背景技術】
【0003】
肥満細胞は、組織内にのみ存在し且つ血流内に存在しないユニークな造血細胞である。それらは、侵入する生物、有害分子及び組織損傷を常に見張っている。肥満細胞がそのような病原体又は損傷に遭遇すると、それらは、多数のメディエーターを放出する:これらのメディエーターは、小分子エフェクター(例えば、ヒスタミン)、プロテアーゼ、脂質由来のシグナリング分子(プロスタグランジン)、及びサイトカインの混合物である。これらのメディエーターを放出するプロセスは、総称的に「脱顆粒」と呼ばれている。
【0004】
続きを表示(全46行)
脱顆粒を介したメディエーターの放出は、問題の侵入者と戦う為に、メディエーター放出の部位への多種多様な免疫細胞の動員を結果として生じる。このプロセスはまた、任意の感染又は毒素の働きを制限する為に、局所炎症を誘発する。異物に対する制御された炎症反応は、身体が近隣の組織への毒素の拡散を防ぐことを可能にし、1つの領域への損傷を制限し、そして望ましい。一旦毒素が中和されると、通常のコースは体の為に、炎症反応の積極的な解決(ROI:resolution of inflammation response)を開始することである。これは、傷害を受けた組織からの動員された免疫細胞の流出、組織の再構築、腫れの減少、そして最後に完全な治癒を結果として生じる。
【0005】
場合によっては、釣り合った炎症反応のこの通常の経過とそれに続く解消は、続いていない。これは、慢性的な炎症状態か又は侵入する事象に比例しない過度に頑強なメディエーター反応かのいずれかを結果として生じることができる。後者のシナリオは、「サイトカインストーム」又は「高サイトカイン血症」と呼ばれてきている。解決されない極端に高レベルの炎症性サイトカイン及びメディエーターは、宿主に有害であり、且つ特に暴走反応が肺において生じる場合には死に至ることがある。
【0006】
高サイトカイン血症を誘発する状態の為の現在の処置は一般に、この状態を永続させる炎症性メディエーターの進行中の生産を改善する為に何もしない。これらの状態は通常、応答を誘発する病原体を標的とする介入によって、又は1つの特定の炎症性メディエーターに対する拮抗薬を使用することによって処置される。病原体が無力化されることは重要ですが、高サイトカイン血症を誘発するほとんどの疾病において、問題は病原体でなく、むしろ、1ダース以上の炎症性メディエーターによる病原体に対する体の過度に強い反応である。
【0007】
それにもかかわらず、免疫系を下方制御することは、これらの状態を処置する為にそれだけでは十分でない。事実、場合によっては、炎症を軽減する為にコルチコステロイドで患者を処置することは死亡率を増加させることを示唆する証拠がある。コルチコステロイドは、先天性及び適応免疫系の非常に強力な下方制御である。感染の間、免疫応答応の全ての観点を「オフにする」ことは、病原体の排除を許さない。従って、バランスが、過度に堅牢な免疫応答と少なすぎる応答との間で取らなければならない。
・・・
【0009】
インフルエンザは、ヒトにおいて急速なサイトカイン反応を誘発し、通常は、感染から数時間以内に検出可能である。誘導されたサイトカインのレベルと直接的に相関しているということである。これは当業者には周知であり、インフルエンザの多くの異なる株にわたって文書化されている。インフルエンザ誘発性疾病について特に顕著なのは、その重症度がウィルス株及び個体に依存しているということある。例えば、インフルエンザのほとんどの年間症例は、H1N1株によって引き起こされている。多くの人が感染している、疾病の重症度は無症状から死亡までの範囲にわたる。米国における通常のH1N1季節性インフルエンザの季節において、人口の約20%が蔓延し(6,000万人)、そのうち20万人が入院し、そして毎年約3万人が死亡しています(約0.05%の死亡率)。非常に病原性の高いウィルス株(例えば、H5N1)を含む集団感染において、症例の30%~60%が致命的である。これはウィルスが重症度の主な原因であることを示しているが、人々がより重症又は致命的な疾病を示す理由はどちらの株とも同じである:危険な病気の人々は、ウィルス株に関係なしに、非常に高レベルのサイトカインを有している。従って、問題は実際にはウィルスそれ自体でなく、該ウィルスに対する体の応答である。より毒性の強い株において、より多くの人々が高サイトカイン血症を経験するであろう。しかしながら、この高サイトカイン血症は、それほど毒性のない株から同じ症状を経験する人々のごく一部にあるのと変わらない。
【0010】
肥満細胞安定剤、例えばケトチフェン及びクロモリン(クロモグリク酸ナトリウム)、が、肥満細胞脱顆粒及び結果として生じるメディエーター、例えばヒスタミン、腫瘍壊死因子(TNF:tumor necrosis factor)-α、プロスタグランジン、ロイコトリエン、インターロイキン及び他のサイトカイン、の放出を阻害することが示されている。これらの効果は肥満細胞に限定されなくてもよく、複数の細胞型において炎症性サイトカイン放出を減少させるというより広範な効果を有しうる。しかしながら、これらの化合物は適応免疫系に影響を与えず、そして身体からの異物の抗体に基づくクリアランスが本質的に通常通り継続する。これらの化合物の両方が、慢性疾患の処置の為に使用される。クロモリンは、喘息の吸入処置として発見され且つ使用された。ケトチフェンはH1抗ヒスタミンとして発見され、眼の炎症を処置する為の点眼製剤において広く使用されている。それはまた、喘息用の経口処置として開発されたが、慢性喘息に大きな影響を与えるには数週間かかるようである。ケトチフェン及びより少ない程度ではあるがクロモリンは、インフルエンザ感染のモデル系においてマウスの生存率を増加させることが示されている・・・。ケトチフェンの場合、それはオセルタミビルと組み合わせられ、そして該化合物が組み合わせられると生存に対する影響が増大した。
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、高サイトカイン血症及びそれに伴う障害を処置する組成物及び方法を提供することによって当技術分野における欠点を克服する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、サイトカインストームの場合に成功裡に介入する為に高サイトカイン血症を下方制御する為の処置の開発に関する。本発明は、過度に頑強な免疫応答の抑制と、両方の問題、すなわち身体が反応している初期状態(すなわち感染)及びその結果として生じる高サイトカイン血症、が対処されることを許す処置を提供するには少なすぎる応答とを提供することのバランスをとる際に身体を補助する為のより効果的な方法を提供する。これは、先天性免疫系を下方制御し且つ適応免疫系が問題の病原体を除去することを許す処置計画で達成することができる。代替的に、先天性免疫系を下方制御する処置は、侵入粒子を除去するのを助ける為の処置(例えば、抗ウィルス化合物)と組み合わせられることができる。
【0013】
従って、一つの観点として、本発明は、必要とする対象において高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する方法であって、該対象に、治療有効量又は予防有効量の肥満細胞安定化化合物を投与することを含み、それによって高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する、上記方法を提供する。幾つかの実施態様において、該方法は、上記対象に、追加の治療剤、例えば抗ウィルス剤、を投与することをさらに含む。
・・・
【0015】
本発明はさらに、必要とする対象において高サイトカイン血症を伴う障害を処置、改善又は予防する方法であって、該対象に、治療有効量又は予防有効量の肥満細胞安定化化合物を投与することを含み、それによって該障害を処置、改善又は予防する、上記方法に関する。幾つかの実施態様において、該方法は、該対象に、追加の治療剤、例えば抗ウィルス剤、を投与することをさらに含む。
・・・
【0036】
本明細書で使用される場合に、「サイトカインストーム」又は「サイトカインカスケード」としてまた知られている語「高サイトカイン血症」は、様々なサイトカインの非常に高められたレベルを結果として生じる、サイトカインとメディエーター分泌細胞との間の正のフィードバックループからなる免疫反応を云う。高サイトカイン血症の間、1以上のサイトカインの血清及び/又は器官のレベルは、例えば、健康な対象において又は健康な集団において観察されるレベルよりも少なくとも5倍高い、例えば少なくとも10倍又は100倍、高くなりうる。高サイトカイン血症の症状は、高熱、腫脹及び発赤、極度の疲労、並びに吐き気を含みうる。
・・・
【0057】
肥満細胞安定化化合物は、当分野において公知の任意の肥満細胞安定化化合物でありうる。肥満細胞安定化化合物の例は、ケトチフェン、ノルケトチフェン、クロモリン、ネドクロミル、ケルセチン、ペミロラスト、オロパタジン、エバスチン及びカレバスチン(carebastine)を含むが、これらに限定されない。発明の方法の幾つかの実施態様において、肥満細胞安定化化合物は、ケトチフェン又はその医薬的に許容される塩である。本発明の方法の幾つかの実施態様において、肥満細胞安定化化合物は、ノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩である。幾つかの実施態様において、肥満細胞安定化化合物ケトチフェン又はその医薬的に許容される塩とノルケトチフェン又はその医薬的に許容される塩との組み合わせである。
・・・
【0060】
本発明の化合物は、対象に、疾病、障害又は状態を処置する為に必要に応じて投与されうる。該化合物は、連続的又は断続的に投与されることができる。一つの実施態様において、該化合物は、該対象に、1日に1回以上、又は1、2、3、4、5、6若しくは7日毎に1回投与される。他の実施態様において、該化合物は、該対象に、1週間に1回以下、例えば2週間に1回、2ヶ月に1回、2ヶ月に1回、3ヶ月に1回、4ヶ月に1回、5ヶ月に1回、6ヶ月に1回、又はそれ以上の月で1回、投与される。更なる実施態様において、該化合物は、2以上の異なるスケジュールを用いて、例えば、より頻繁に最初に(例えば、1日1回以上など、或るレベルまで蓄積する為に)、そして次により少ない頻度(例えば、1週間に1回 又はそれ未満)で投与される。他の実施態様において、該化合物は、任意の不連続投与計 画によって投与されることができる。一つの例において、該化合物は、3日に1回、4日ごとに1回、5日ごとに1回、6日ごとに1回、7日ごとに1回、8日ごとに1回、9日ごとに1回、又は10日ごとに1回、又はそれより長く投与されることができる。該投与は、1、2、3若しくは4週間、又は1、2若しくは3ヶ月以上の期間継続することができる。任意的に、休息期間の後、該化合物は、同じ又は異なるスケジュールの下で投与されることができる。休薬期間は、対象に対する化合物の薬力学的効果に従って、1、2、3若しくは4週間又はそれ以上でありうる。
【0061】
感染患者における末梢サイトカインレベルの試験が、上昇した循環レベルのサイトカイン、特にIP10及びIL-6が感染後数時間以内に存在し、感染後2日~4日の間にピークを迎える。症状は一般に、感染後およそ2日で現れる。サイトカインレベルは、より重篤な症状を有する患者においてはるかに高いレベルまで上昇し、そして上昇し続ける。重症度の変化及び感染の経過は人それぞれによって異なるため、併用療法は最初に5日間投与されてもよく、そして次に症状がベースラインに向かって有意に回復するまで続けてもよい。
【0062】
本発明の化合物は、対象に、任意の適切な経路、例えば経口、直腸、バッカル(例えば舌下)、膣内、非経口(例えば皮下、筋肉内、皮内又は静脈内)、局所(皮膚及び、気道表面を含む粘膜表面の両方)、鼻腔吸入及び/又は経口吸入、並びに経皮投与によって送達されることができる。
・・・
【0066】
該化合物は、障害を処置する為に有効である用量で、対象に送達される。有効投与量は、多くの要因、例えば対象の性別、年齢、体重、及び一般的な体調、障害の重症度、投与される特定の化合物又は組成物、処置の期間、任意の同時処置の性質、用いられる担体、並びに当業者の知識及び専門知識の範囲内の要素を含む多くの要因に依存するだろう。必要に応じて、任意の個々の場合における処置有効量は、関連するテキスト及び文献を参照することによって及び/又は日常的な実験を用いることによって、当業者によって決定されることができる(例えば、Remington,The Science and Practice of Pharmacy (第21版,2005年)を参照)。一つの実施態様において、該肥満細胞安定化化合物は、約0.00 1~約500mg/kg体重、例えば約0.001、0.005、0.01、0.05、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、20、30、40、50、60、70、80、90、100、200、300、400若しくは500mg/kg、又はその中の任意の範囲の用量で投与される。幾つかの例において、該用量はさらにもっと低く、例えば0.0005又は0.0001mg/kg若しくはそれ未満の低さ、であることができる。幾つかの例において、該用量はさらにもっと高く、例えば20、50、100、500又は1000mg/kg若しくはそれ超の高さ、であることができる。ケトチフェンについて、投与量範囲は、約0.001mg/kg~約40mg/kg、例えば約0.01mg/kg~約20mg/kg、例えば約0.001、0.005、0.01、0.05、0.1、0.5、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15、20、25、30、35若しくは40mg/kg、又はその中の任意の範囲でありうる。ノルケトチフェンンについて、投与量範囲は、約0.001mg/kg~約500mg/kg、例えば約0.01mg/kg~約200mg/kg、例えば約0.001、0.005、0.01、0.05、0.1、0.5、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、 85、90、95若しくは100、150、200、250、300、350、400、450若しくは500mg/kg、又はその中の任意の範囲でありうる。本発明は、引用された範囲及び量の範囲内のあらゆる下位範囲を包含する。これらの用量は、1日に1回又は1日に2回以上、例えば1日に2、3又は4回、投与されることができる。
・・・
【0073】
特定の実施態様において、該対象は、高サイトカイン血症又は高サイトカイン血症を伴う障害、例えばウィルス感染、例えばインフルエンザ、インフルエンザ様疾患、全身性炎症反応症候群若しくは敗血症、又は発熱を有するヒトの対象である。・・・。」

(当審注:段落【0066】における「ノルケトチフェンン」は誤記であり、正しくは「ノルケトチフェン」であると解される。)

(3)本願出願時における技術水準を示す文献

ア 引用文献1に記載された事項

原査定の拒絶理由において引用された、本願出願前に発行された国際公開第2015/020878号(以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。なお、引用文献1は外国語の文献であるため、合議体による翻訳文で記す。また、下線は合議体が付したものである。以下他の文献も同様である。

(記載事項1-1)

「[0032] ノルケトチフェンは、第1世代の抗ヒスタミン剤であるケトチフェンの活性代謝物である。ケトチェンはこれまでに販売された最も強力な抗ヒスタミン剤かもしれないが、全ての販売された抗ヒスタミン剤のうち最も鎮静性の強いものでもある。ケトチフェンの鎮静効果は厳密に用量制限的であり、1mg、1日2回を超える用量はほとんど使用されない。現在、ヒトの体内では投与されるケトチフェン1mgごとにおよそ0.5mgのノルケトチフェンが形成されると考えられている。代謝(ピペリジン窒素の脱メチル化)は肝臓内で生じる。ケトチフェンによる鎮静はケトチフェンそれ自体(「プロドラッグ」)によって引き起こされるが、該薬物の疾患修飾効果は代謝産物ノルケトチフェンによるものと考えられている。現在用いられているケトチフェンの治療用量(ヒトに対して1mgを1日2回)は、ヒスタミンH4受容体活性の阻害によって治療活性を示すほどは高くない。(例えば実施例3、表3を参照)。」

(記載事項1-2)

「例1.炎症誘発性細胞からのヒスタミン放出の阻害
ヒスタミンは、掻痒性の疾患の患者において顆粒球から過剰に放出される。被験物質によるヒトの顆粒球(白血球;バフィコート)からのヒスタミン放出の阻害について研究がなされた。白血球は健康なヒトボランティア由来の血液から得られ、ヒスタミンの放出は、バフィコートを被験物質の存在下又は不在下でカルシウムイオノフォアA23187(5μM)とともにインキュベーション(20分/37℃)することによって誘発された。ヒスタミンは、市販のキット及びマイクロプレートリーダ(MRX、ダイナテック社)を使用して酵素免疫測定法によって解析された。被験物質は、5種類の濃度において二連で評価された。
[0043]
[図:0001422784000001.jpg]
[0044]
ノルケトチフェンはヒトの炎症細胞からのヒスタミン放出の阻害剤としてケトチフェンよりもおよそ10倍強力であった。よって、ノルケトチフェンは、炎症組織におけるヒスタミンの濃度を強力に減少させるであろう。」

イ 引用文献2に記載された事項

原査定の拒絶理由で引用された、本願出願前に発行された、Journal of virology, 2012年, Vol.86, No.6, p.3347-3356, doi:10.1128/JVI.06053-11(以下「引用文献2」という。)は、「H5N1型インフルエンザウイルス感染マウスにおける肥満細胞誘発肺障害」と題する学術文献であって、以下の事項が記載されている。

(記載事項2-1)(要約)

「いくつかのウイルス感染症において肥満細胞の重要な役割が証明されているが、高病原性H5N1インフルエンザウイルスの侵入におけるその役割は不明である。本研究では、in vivo 及びin vitroの両方で、H5N1ウイルス(A/chicken/Henan/1/2004)感染によりマスト細胞が有意に活性化されることを証明した。マスト細胞は、ヒスタミン、トリプターゼ、ガンマインターフェロン(IFN-γ)などの炎症性メディエーターを放出することにより、H5N1感染による肺の傷害を悪化させる可能性がある。H5N1感染によって誘発された肺病変とアポトーシスは、肥満細胞の脱顆粒阻害剤であるケトチフェンによる治療によって劇的に減少した。ケトチフェンとノイラミニダーゼ阻害剤オセルタミビルの併用は、感染後のマウスの死亡を100%防いだ。結論として、我々のデータは、肥満細胞がH5N1インフルエンザウイルス感染の初期段階において重要な役割を果たしていることを示唆しており、高病原性インフルエンザウイルス感染と闘うための新たなアプローチを提供するものである。」

ウ 参考文献E

令和4年2月2日提出の意見書において審判請求人が提出した、本願出願前に発行された、Cellular & Molecular Immunology、2016年、Vol.13、p.3-10は、「重症インフルエンザのサイトカインストームと免疫調節療法の開発」と題する総説であって、以下の事項が記載されている。

(記載事項E-1)

「2. サイトカインストームの病理
インフルエンザウイルスの主要な標的である呼吸器上皮細胞は、感染時にサイトカインが増幅する振付師でもある8。一次暴露後、これらの細胞内で増殖した前駆ウイルスは、肺胞マクロファージなど他の細胞に感染する9。炎症反応は、感染細胞がアポトーシスやネクローシスによって死滅するときに引き起こされる3。有害な刺激に対する生体の初期反応は急性炎症であり、血流の増加によって血漿や白血球が血管外の損傷部位に到達し、局所の温度を上昇させ、痛みを引き起こすことが特徴である3。急性炎症反応は、炎症性サイトカインやケモカインの活性化によっても特徴づけられる9,10。これらの炎症性サイトカインやケモカインは、炎症性細胞のリクルートメントにつながる。その後、炎症性、抗ウイルス性、アポトーシス遺伝子の発現が増加し、豊富な免疫細胞の浸潤と組織の損傷を伴う7,11(図1)。同時に、再生過程と損傷の解消が開始される。しかし、サイトカインストームを伴う重度の炎症では、びまん性肺胞損傷、ヒアリン膜形成、フィブリン滲出液、線維性治癒など、より深刻な病理学的変化が観察される10。これらは、重度の毛細血管損傷、免疫病理学的傷害、持続的な臓器機能不全の徴候である10。さらに、重度の炎症性サイトカイン/ケモカインは、循環器系に波及し、多臓器機能不全の原因となる全身性サイトカインストームを引き起こす可能性がある7。」(3頁右欄下から4行~4頁右欄10行)

(記載事項E-2)

[図:0001422784000002.jpg]

図1 重症インフルエンザ感染後の肺におけるサイトカインストーム。(1)ウイルスは肺上皮細胞と肺胞マクロファージに感染して子孫ウイルスを産生し、サイトカイン/ケモカイン(主にインターフェロンを含む)を放出する。(2) サイトカイン・ケモカインで活性化されたマクロファージやウイルス感染樹状細胞は、より広範な免疫応答を引き起こし、サイトカインストームが始まる。(3)放出されたケモカインは、血管から炎症部位に移動する炎症細胞をさらに引き寄せ、これらの細胞はさらにケモカイン/サイトカインを放出し、サイトカインストームを増幅させる。」(図1)

エ 参考文献F

令和4年2月2日提出の意見書において審判請求人が提出した、本願出願前に発行されたWorld Journal of Critical Care Medicine、2016年、Vol.5、p.89-95(以下「参考文献F」という。)は、「重症インフルエンザ肺炎に対する副腎皮質ステロイド: 批判的評価」と題する学術文献であって、以下の事項が記載されている。

(記載事項F-1)

「要旨
インフルエンザ肺炎は、入院や集中治療室(ICU)入室を必要とする重症例が多く、死亡率も高い。ステロイド全身投与は、その効果についてはまだ議論の余地があるものの、有効な治療選択肢として提案されている。研究デザイン、人口統計、重症度、投与量、副腎皮質ステロイドの種類と投与時期に関する発表データの異質性は、確固とした結論を導き出すための重要な制限となる。しかし、これほど多様な病態において副腎皮質ステロイド治療の利点が認められなかった以上、そのような有益な効果はまったく存在しないと認めるのが妥当である。副腎皮質ステロイドの投与は総死亡率を増加させる可能性が高く、そのような傾向は研究の質やサンプルサイズに関係なく一貫している。さらに、副腎皮質ステロイドは院内肺炎の発生率を高め、人工呼吸やICUの在室期間を長くする可能性があることが示された。最後に、副腎皮質ステロイドは重症インフルエンザ患者の治療に有益な効果を示すことはできなかったと結論づけるのが妥当である。従って、重症インフルエンザ肺炎における副腎皮質ステロイドの使用は、臨床試験においてごく限られた症例に限定されるべきである。」(89頁 要旨)

(4)判断

ア 背景技術について

前記(2)の発明の詳細な説明の記載に基づけば、「肥満細胞」は、インフルエンザを含めた「病原体や損傷に遭遇」した際に、「小分子エフェクター(例えば、ヒスタミン)、プロテアーゼ、脂質由来のシグナリング分子(プロスタグランジン)、及びサイトカイン」といった「多数の炎症性メディエーターを放出する」「脱顆粒」を起こして「炎症反応」を誘発する(【0003】~【0004】)。

また、「高サイトカイン血症」は、「サイトカインストーム」又は「サイトカインカスケード」として知られ、「様々なサイトカインの非常に高められたレベルを結果として生じる、サイトカインとメディエーター分泌細胞との間の正のフィードバックループからなる免疫反応」である「過度に頑強なメディエーター反応」に起因する疾患であって、「高サイトカイン血症の間、1以上のサイトカインの血清及び/又は器官のレベルは、例えば、健康な対象において又は健康な集団において観察されるレベルよりも少なくとも5倍高い、例えば少なくとも10倍又は100倍、高くなりうる」こと、「極端に高レベルの炎症性サイトカイン及びメディエーターは、宿主に有害であり、死に至る」場合もあること、「高サイトカイン血症又は高サイトカイン血症を伴う障害」として「ウィルス感染、例えばインフルエンザ、インフルエンザ様疾患、全身性炎症反応症候群若しくは敗血症、又は発熱」があることが知られていた(【0005】、【0009】、【0036】、【0073】)。

そして、高サイトカイン血症の為の従来の処置では、「病原体を標的とする介入、又は1つの特定の炎症性メディエーターに対する拮抗薬」が使用されているが、「免疫系を下方制御することは、これらの状態を処置するためにそれだけで十分でな」く、「炎症を軽減する為にコルチコステロイドで患者を処置することは死亡率を増加させること」が知られる一方で、肥満細胞安定化剤であるケトチフェン及びクロモリンはインフルエンザ感染マウスの生存率を増加させることが示されていた(【0006】~【0007】、【0010】)。

イ 本願発明における、高サイトカイン血症の処置、改善又は予防について

(当審注:以下「高サイトカイン血症の処置、改善又は予防」を、まとめて「高サイトカイン血症の治療」と略して記載することがある。)

(ア) 発明の詳細な説明には、本願発明では、「高サイトカイン血症」を治療するために、「肥満細胞安定化化合物を投与する」こと(【0012】~【0016】)、肥満細胞安定化化合物としては、「ケトチフェン、ノルケトチフェン、クロモリン、ネドクロミル、ケルセチン、ペミロラスト、オロパタジン、エバスチン及びカレバスチン(carebastine)」を使用すること(【0057】、【0076】、【0077】)、治療の対象としては、「高サイトカイン血症又は高サイトカイン血症を伴う障害、例えばインフルエンザ、インフルエンザ様疾患、全身性炎症反応症候群若しくは敗血症、又は発熱を有するヒト」であること(【0073】)、肥満細胞安定化化合物の投与用量、投与頻度、投与経路、及び患者における末梢サイトカインレベルの試験についての包括的な説明(【0060】~【0062】、【0066】)が記載されている。

そして、発明の詳細な説明には、肥満細胞安定化化合物として、本願発明の有効成分である「ノルケトチフェン」を用いる場合に、その「投与量範囲」は「約0.001mg/kg~約500mg/kg、例えば約0.01mg/kg~約200mg/kg、例えば約0.001、0.005、・・・450若しくは500mg/kg、又はその中の任意の範囲でありうる」こと(【0066】)が記載されているが、「・・・でありうる」という記載からみて、前記「投与量範囲」は、あくまでも投与しうる可能性がある量を示すものにすぎず、本願発明の「必要とする対象」に「ノルケトチフェン」を実際に投与する際に必要になる、投与量、投与頻度、投与経路、治療の手順等を定めた具体的な臨床研究実施計画(いわゆる「プロトコール(protocol)」)については一切記載されていない。

また、発明の詳細な説明には、「ノルケトチフェン」が、炎症性メディエーターの放出をどの程度抑制するのかを確認した実施例や、本願発明の「必要とする対象」に「ノルケトチフェン」を実際に投与して、「高サイトカイン血症の治療」ができたことを確認した実施例は記載されていない。

(イ) 他方、本願発明の有効成分である「ノルケトチフェン」及び「ケトチフェン」は、以下の、令和4年2月2日に提出された意見書(5頁の表1(抜粋))に記載されるとおり、極めて類似した構造を有する化合物である。

「
[図:0001422784000003.jpg]
」(表1抜粋)

そして、「ノルケトチフェン」は、「ケトチフェン」の活性代謝物として知られているところ、前記(2)の【0010】に説明され、引用文献2(前記(3)イ)にも記載されるように、「ノルケトチフェン」と極めて類似した構造を有する「ケトチフェン」については、インフルエンザ感染に関連する肺損傷を改善し、生存率を増加させることが知られている一方で、ケトチフェンにある鎮静作用がノルケトチフェンにはなく、ノルケトチフェンで見られる高い抗ヒスタミン活性はケトチフェンでは低いことが知られているように(引用文献1(前記(3)ア)、化合物の構造の一部が異なるだけで、その薬理活性が異なるものとなることは、医薬化合物の技術分野における本願出願時の技術常識(以下「技術常識」という。)である。

そして、上記技術常識があることは、審判請求人自身が、「ケトチフェンと同様の構造を持つ多くの化合物がありますが、それらのほとんどは肥満細胞安定剤ではありません。・・・従って、化合物が肥満細胞安定効果を有するかどうかを、当業者が予測することができる化学構造のコア又はモチーフは存在しません。また、仮にそのような化学構造のコア又はモチーフが存在していたとしても、そのような化合物が、感染によって誘発された高サイトカイン血症を治療する効果を当業者は予測することはできません。」(令和4年2月2日提出の意見書の4.(1)1)の6段落~12段落)、「代謝物が必ずしも親化合物と同じ生物学的活性を全て持つとは限らない、・・・従って、ノルケトチフェンがケトチフェンと同じ生物学的活性を全て有することを合理的に期待することができないという証拠が存在します。」(令和4年12月14日提出の手続補正書(方式)の3.(1)の5段落)と主張することとも符合する。

(ウ) さらに、参考文献E(上記(3)ウ)に記載されるように、サイトカインストームの病理では、肥満細胞以外にも、マクロファージ等の様々な免疫細胞が炎症性サイトカインやケモカインを放出することが知られており、肥満細胞を安定化しさえすれば、高サイトカイン血症を治療できるという技術常識が存在していたものとは認められないところ、発明の詳細な説明には、「肥満細胞安定化化合物」であるノルケトチフェンが、どのような薬理活性をどの程度有していれば、「高サイトカイン血症」を有効に治療することができるのかについて説明する記載はなく、技術常識を参酌しても、この点について当業者が理解できるとはいえない。

(エ) 前記(ア)~(ウ)から、「肥満細胞安定化剤であるケトチフェン及びクロモリンはインフルエンザ感染マウスの生存率を増加させることが示されていた」という背景技術(前記(1))、及び技術常識を参酌しても、「ノルケトチフェン」が「高サイトカイン血症」の治療において有効であるか否かは、ケトチフェンや他の類似の構造を有する化合物の知見から予測することはできないものといえる。

(オ) また、引用文献1(前記(3)ア)に記載されるように、「ノルケトチフェン」がヒスタミン1受容体及びヒスタミン4受容体の阻害活性を介した抗炎症効果を奏することは公知であるが、前記(2)の【0007】、及び令和4年2月2日提出の意見書において審判請求人が提出した参考文献F(上記(3)エ)に、抗炎症剤であるコルチコステロイドがインフルエンザの死亡率を増加させることが記載されているように、単に抗炎症剤であるというだけでは、必ずしも高サイトカイン血症の治療に有効であるとはいえないことも、技術常識である。

そして、上記技術常識があることについても、審判請求人自身が、「全ての肥満細胞安定化剤がインフルエンザウイルス感染に有効であるとは限らないことを当業者は知っています。」(令和4年2月2日提出の意見書の4.(1)1)の14段落)と主張することと符合する。

(カ) さらに、前記(ア)で説示したように、本願発明の「高サイトカイン血症」は、ヒスタミン以外の様々な炎症性メディエーターが関与する炎症性疾患であり、「インフルエンザウイルス感染」以外にも、「全身性炎症反応症候群若しくは敗血症」といった、場合によっては死に至る重症度の高い疾患が包含されるものであるところ(前記(2)の【0036】及び【0073】)、仮に「ノルケトチフェン」によって、肥満細胞による炎症性メディエーターの放出を抑制することができたとしても、前記(ウ)で説示したとおり、発明の詳細な説明には、「肥満細胞安定化化合物」が、どのような薬理活性をどの程度有していれば、「高サイトカイン血症」を有効に治療することができるのかについて説明する記載がないことに加えて、「ノルケトチフェン」は、様々な免疫担当細胞によって血液中に放出される様々な炎症性メディエーターに対して拮抗する活性を有するものではないのであるから、敗血症等のように、既に「高サイトカイン血症」すなわち「1以上のサイトカインの血清及び/又は器官のレベル」が「健康な対象において又は健康な集団において観察されるレベルよりも少なくとも5倍高い、例えば少なくとも10倍又は100倍高くなりうる」「様々なサイトカインの非常に高められたレベル」になっている対象の治療に有効であることを、当業者が理解することはできない。

(キ)以上(ア)~(カ)のとおりであるから、技術常識を参酌しても、発明の詳細な説明の記載から、本願発明の「ノルケトチフェン」が、「高サイトカイン血症」に関与する様々な炎症性メディエーターの放出をどの程度抑制することができるかは不明であり、さらに、「ノルケトチフェン」が肥満細胞安定化効果及び炎症性メディエーター放出抑制効果を有するとしても、その活性によって、あらゆる「高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用」できることを、当業者が理解することはできない。

(5)請求人の主張について

ア 請求人は令和6年9月20日提出の意見書において、本願発明者の1人であるHyde-DeRuysher博士による宣誓書I及びIIを提出し、以下の点を挙げ、本願が実施可能要件を満たす旨を主張している。

(ア)本願発明者の要請で行われた研究において、「ノルケトチフェンが、ケトチフェンと同様の用量で、インフルエンザ感染マウスモデルにおいて生存率を向上させる効果があることが示され」た。一方、「ノルケトチフェンは、ケトチフェンよりも顕著に肥満細胞から放出される複数のサイトカインの血清レベルの上昇を抑制するという、驚くべき結果」が示され、これらのサイトカインには、「インフルエンザ感染及び高サイトカイン血症に関連して説明されたものと同じ」「GRO-alpha、IL-10、IL-18、IL-6、IL-9、I p-10、Mcp-3、及びMip1bが含まれてい」た。

(イ)「米国特許第8,557,846号(以下「Aberg文献」という。)」にノルケトチフェンは、「肥満細胞安定化剤」として、「ケトチフェンよりも約10倍強力であった」ことが記載されているが、「末梢血単核球からのIL-6放出を阻害する能力」はノルケトチフェン及びケトチフェンは「同等の効果」を示し、Aberg文献の開示と一致しないこと、「IL-6放出アッセイ」では、「デキサメタゾンは、ノルケトチフェン又はケトチフェンよりも約20倍強力」であるのに、「インフルエンザ感染の処置においては有効ではない」こと、さらに、「H1ヒスタミンレセプターのアンタゴニストとして作用する能力に関するin vitro研究」では、「ノルケトチフェンは、」IC50では16倍、IC90では1300倍も「ケトチフェンより」「効果が低」かった。「これらの結果は、肥満細胞安定化剤が個々のin vitroおよびin vivo活性において予測不可能であることを示すものである」。

(ウ)「ノルケトチフェンの治療効果は、臨床試験(NCT04043923)において収集され」、「患者は5日間、毎日100mgのノルケトチフェン又はプラセボを経口投与され」たところ、「この試験に参加した被験者へのノルケトチフェンの投与は、プラセボを投与された被験者と比較して、症状及び発熱の解消までの時間の中央値を短縮し」、「ノルケトチフェンがインフルエンザ又は他のインフルエンザ様疾患の病原体によって引き起こされる高サイトカイン血症を呈する被験者の処置するための治療的活性を明確に示」した。

(エ)当審による拒絶理由通知において、「あらゆる高サイトカイン血症やそれに伴う発熱を治療又は予防することができることを理解することはできない」と指摘された点に関し、「ノルケトチフェンが炎症性メディエーターに対して拮抗活性を持たないとしても、上記で述べたデータに示されるとおり、ノルケトチフェンが高サイトカイン血症及び発熱を呈する被験者に対して治療効果を有することを確認でき、当業者はノルケトチフェンが高サイトカイン血症及び発熱を呈する被験者に対して治療効果を持つことを理解」する。炎症性「メディエーターは血清中の半減期が非常に短いから」、「炎症性メディエーターに対する拮抗活性は必要とされ」ず、「サイトカインの産生及び分泌を抑制することが、循環するメディエーターレベルを減少し及び治療効果を得るために必要とされることの全てで」ある。

イ 上記主張ついて検討する。

(ア) 主張(ア)及び(ウ)について

前記(4)イ(ア)において説示したとおり、発明の詳細な説明には、in vitro試験及びin vivo試験を含め、「ノルケトチフェン」の薬理活性を確認した実施例は一切記載されておらず、「ノルケトチフェン」によって肥満細胞からの放出が抑制されるサイトカインに、「GRO-alpha、IL-10、IL-18、IL-6、IL-9、Ip-10、Mcp-3、及びMip1b」が含まれることすら、発明の詳細な説明には説明されていない。

なお、前記(2)で摘記したように、【0061】には、「特にIP10及びIL-6が感染後数時間以内に存在し、感染後2日~4日の間にピークを迎える」との記載はあるものの、当該記載は、IP10及びIL-6が肥満細胞から放出されるサイトカインであることを説明するものではなく、また、「ノルケトチフェン」によってその放出が抑制されることを説明する記載でもない。

また、主張(ウ)の臨床試験に関しても、前記(4)イ(ア)で説示したとおり、発明の詳細な説明には、本願発明の「必要とする対象」に「ノルケトチフェン」を実際に投与する際に必要になる、投与量、投与頻度、投与経路、治療の手順等を定めた具体的な臨床研究実施計画(いわゆる「プロトコール(protocol)」)の記載は一切ない。

このように、本願出願時の発明の詳細な説明には一切記載されていない事項について、出願後に実験データを追加してその記載の不備を補うことは、先願主義を採用し、発明の公開の代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に照らし、許されないというべきであるから、宣誓書によって追加されたデータを参酌することはできない。

(イ) 主張(イ)について

主張(イ)は、本願出願時におけるノルケトチフェンにおける技術常識からは、本願発明において特定する「必要とする対象において高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用される」という本願発明の医薬用途を予測することができず、本願は実施可能要件を満たさないという当審の判断をむしろ補強する主張といえる。

(ウ) 主張(エ)について

主張(エ)は、主張(ウ)の臨床試験のデータを根拠とするものであり、当該データを参酌できない点は、前記(ア)で示したとおりであるから、主張(エ)はその主張の根拠を欠くものである。

また、前記(4)イ(ウ)で説示したとおり、サイトカインストームの病理では、肥満細胞以外にも、マクロファージや様々な免疫担当細胞が炎症性サイトカインやケモカインを放出することが知られており、ノルケトチフェンが、「肥満細胞安定化化合物」として公知であるとしても、マクロファージを含めたあらゆる免疫担当細胞に対して「サイトカインの産生及び分泌を抑制する」薬理作用を有することが、技術常識として知られていたものではない。

したがって、上記臨床試験データの開示なしに、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づき、「ノルケトチフェン」が、あらゆる「高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用」できることを理解することはできない。

また、仮に上記臨床試験データの開示を参酌したとしても、当該臨床試験は「インフルエンザ様疾患(ILI)の軽度から中等度の症状を有」し、「38℃を越える体温を有する」患者に対して行った試験であって、「高サイトカイン血症」と診断された患者に対して行った試験ではない。

したがって、当該臨床試験から理解し得る「ノルケトチフェン」の効果は、インフルエンザウイルス感染により誘発される高サイトカイン血症を予防できることにとどまり、本願発明において特定するあらゆる「高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用」できることを理解することはできない。

(エ)以上のとおりであるから、審判請求人の主張(ア)~(ウ)は、いずれも採用することができない。

(6)まとめ

よって、本願は、発明の詳細な説明の記載が、本願発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

2 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について

(1)特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

以上をふまえて、発明の詳細な説明の記載がサポート要件を満たすか否かを検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載

発明の詳細な説明の記載には、前記1(2)に記載したとおりの記載がある。

(3)判断

本願発明は、前記1(2)【0011】に記載されるように「高サイトカイン血症及びそれに伴う障害を処置する組成物及び方法を提供する」ことを解決しようとする課題とするものであるが、前記1(4)~(5)に説示したとおり、本願の発明の詳細な説明には、本願発明が、高サイトカイン血症を処置、改善又は予防する為に使用できることを当業者が理解することができるように記載されていない。

したがって、本願発明は、本願発明の有する課題を解決できるものであることを当業者が認識できるように、発明の詳細な説明に記載されているものとは認められない。

第5 むすび

以上のとおり、本願は、その発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

また、本願は、その特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に記載する要件を満たしていない。

よって、結論のとおり審決する。

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2022-017742

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