特許拒絶査定不服審判
2022-003386
リチウムイオン電池用の表面安定化カソード材料及びその合成方法
- 審判番号
- 2022-003386
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-515941
- 請求日
- 2022年03月07日
- 審決日
- 2024年07月09日
- 公報発行日
- 2024年12月27日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】アップル インコーポレイテッド
- 【請求人代理人】田中 伸一郎
- 【請求人代理人】▲吉▼田 和彦
- 【請求人代理人】大塚 文昭
- 【請求人代理人】西島 孝喜
- 【請求人代理人】那須 威夫
- 【請求人代理人】岩崎 吉信
- 審判長/審判官
- 審判長 三崎 仁
- 審判官 原 賢一
- 審判官 金 公彦
- 分類
- P18 .113-WZ (C01G) / P18 .536-WZ (C01G) / P18 .537-WZ (C01G)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項3号特許法36条4項1号特許法36条6項1号特許法36条6項2号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-515941「リチウムイオン電池用の表面安定化カソード材料及びその合成方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 3月29日国際公開、WO2018/057621、令和 1年10月24日国内公表、特表2019-530630〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)9月20日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2016年9月21日 アメリカ合衆国(US)、2016年9月21日 アメリカ合衆国(US))を国際出願日とするものであり、その手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
令和2年 5月18日付け 拒絶理由通知
同年 8月21日 手続補正書及び意見書の提出
令和3年 1月29日付け 拒絶理由通知
同年 7月30日 手続補正書及び意見書の提出
同年10月29日付け 拒絶査定
令和4年 3月 7日 手続補正書及び審判請求書の提出
同年 3月28日 手続補正書(方式)の提出(審判請求書の「 請求の理由」の内容を補正するもの)
令和5年 1月17日付け 拒絶理由通知(当審)
同年 4月14日 手続補正書及び意見書の提出
同年 9月22日付け 拒絶理由通知(当審)
令和6年 1月22日 手続補正書及び意見書の提出
第2 本願発明
本願の請求項1~22に係る発明は、令和6年1月22日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1~22に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、単に「本願発明」という。)は、次のとおりである。
「【請求項1】
カソード及びアノードを備える電池セルであって、
前記カソードは、カソード集電体と、前記カソード集電体の上に配置されたカソード活物質とを含み、
前記アノードは、アノード集電体と、前記アノード集電体の上に配置されたアノード活物質とを含み、
前記カソード活物質は、
式(I):
【化1】
[図:0001416897000001.jpg]
[式中、Meは、Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択され、
式中、M1M2は、NiMn又はNiTiであり、
式中、M1M2は、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表し、
式中、0<x≦0.3、0<y≦0.4、0.95≦α≦1.4、及び1.90≦δ≦2.10である]で表される化合物を含む、電池セル。」
第3 令和5年9月22日付け拒絶理由通知及び同拒絶理由通知で判断を留保した同年1月17日付け拒絶理由通知の理由の概要
令和5年9月22日付け拒絶理由通知書に記載した理由1、3、4(下記理由1~3)及び同拒絶理由通知で判断を留保した同年1月17日付け拒絶理由通知書に記載した理由2(下記理由4)の本願発明に対する内容は、以下のとおりである。
理由1:(新規性)本願発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
理由2:(明確性要件)この出願は、特許請求の範囲の請求項1の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
理由3:(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の請求項1の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
理由4:(実施可能要件)この出願は、本願発明について、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
記
引用例1:国際公開第03/081698号
引用例2:特開2009-217981号公報
第4 当審の判断
当審は、第3に記載の理由1~4によって、本願は拒絶すべきものと判断する。
その理由について、以下、詳述する。
1 理由1について
(1)引用例に記載された事項(下線は、当審が付与した。以下、同様。)
ア 引用例1に記載された事項
(ア)「即ち、本発明者らは、正極活物質において、従来のLiCoO2の諸特性を向上させるべく、LiCoO2結晶構造において、Coの一部をCo以外の元素で置換することについて鋭意検討を行った結果、実に驚くべき事に、α-NaFeO2構造の3bサイトを占有するCo部位をある特定の組成に規定される量のMn及びNi元素で置換することで、置換を行っていないLiCoO2に比べて、高率放電性能が著しく向上し、なおかつ高温充電時におけるLiイオンの過度の引き抜きが抑制されることを見出すに至った。
このような作用が発現する機構については、必ずしも明らかではないが、以下のような仮説が可能である。Mn及びNi元素がLiCoO2結晶構造全体に何らかの影響を及ぼし、Liの拡散を促進している可能性が考えられる。また、Mn及びNi元素がLiCoO2結晶構造全体を安定化させている可能性が考えられる。あるいは、Mn及びNi元素が LiCoO2の結晶表面に局部的に何らかの作用を及ぼしている可能性が考えられる。あるいは、活物質の合成時、焼成過程で生じるLiとCoとの固相反応に対してMn及びNi元素が何らかの影響を及ぼし、最適な粒子形態を発現させている可能性が考えられる。現在、これらの仮説が検証されるには至っていないが、わずかな置換元素量でありながら、電池性能に顕著な向上がみられる点において、本発明の効果は驚くべきものである。
本発明の効果を好適に得るためには、MnとNiの構成比が極めて重要な要件となる。即ち、本発明はMnとNiの元素比として|b-c|の値(bの値とcの値との差の絶対値)を0.05以下、好ましくは0.03未満とすることで、本発明の効果が顕著に発揮される。即ち、高率放電性能が高く、なおかつ放電容量が高い正極活物質となる。また充放電サイクル特性にも優れる。・・・
また、前記3bサイトに占めるMn及びNi元素の量もまた重要である。即ち、(化学組成式1)において、MnとNiの和(以下、Mn+Ni量ともいう)即ちb+cの値を0.4以下、好ましくは0.2以下の正の数とすることで、本発明の効果が顕著に発揮される。Mn+Ni量が0では高率放電性能が低下し、高温充電時におけるLiイオンの過度の引き抜き量が増加するので好ましくない。また、Mn+Ni量が0.4を超えると、やはり高温充電時におけるLiイオンの過度の引き抜き量を抑制できないので好ましくない。」(7頁2行~8頁14行)
(イ)「<発明を実施するための最良の形態>
本発明の正極活物質を合成するにあたっては、Liがα-NaFeO2構造の3aサイトに、Co、Mn及びNiが3bサイトに、そしてOが6cサイトにそれぞれ過不足なく占有されるならば、製造方法は特に限定されるものではない。現実的には、Li化合物、Mn化合物、Ni化合物及びCo化合物を粉砕・混合し、熱的に分解混合させる方法、沈殿反応させる方法、または加水分解させる方法によって好適に作製することが可能である。なかでも、MnとNiとCoとの複合沈殿化合物(以下「Mn-Ni-Co混合物前駆体」ともいう)とLi化合物とを原料とし、それらを混合・熱処理する方法が均一な複合酸化物を作製する上で好ましい。」(9頁14~23行)
(ウ)「(実施例1)Mn-Ni被覆手法
容積1リットルの密閉型反応槽に水500mlと25%アンモニア水(1g)と水酸化コバルト100gを投入し、3%水酸化ナトリウム水溶液でpH11.0±0.1に調節した。外部ヒーターにより反応槽内溶液温度を50℃に保った。純度99.9%のアルゴンガスを反応溶液に吹き込み、溶存酸素を除去した。錨型撹拌翼を用いて溶液を800rpmの回転速度で撹拌した。金属原料溶液として、硫酸マンガン・5水和物(0.65g)と硫酸ニッケル6水和物(0.71g)とヒドラジン1水和物(0.01g)が溶解している水溶液100mlを作製し、これを2.0ml/minの流量で前記反応槽に連続的に滴下した。これと同期して、5%アンモニア溶液を0.6ml/minの流量で滴下混合した。滴下中の反応溶液のpHが11.0±0.1に保たれるよう、32%水酸化ナトリウム水溶液を断続的に投入した。また、反応槽内の溶液温度が50℃となるように断続的にヒーターで制御した。得られた混合スラリーはろ過と水洗を繰り返して、不要のアルカリ成分を取り除いたのち、80℃で一晩乾燥した。
得られた粉末を75μm未満に篩い分け、水酸化リチウム一水塩粉末をLi/(Ni+Mn+Co)=1.0となるように秤量し、遊星運動型混練器を用いて混合した。該混合物をアルミナ製こう鉢に充てんし、電気炉を用いて、ドライエア流通下、100℃/hrの昇温速度で850℃まで昇温した後、850℃の温度を15hr保持し、次いで、100℃/hrの冷却速度で200℃まで冷却し、その後放冷した。得られた粉体を75μmに篩い分けした。
エックス線回折測定の結果、得られた粉末は空間群R3-mに帰属される単一相であることがわかった。プラズマ発光分析(以下、単に「ICP」ともいう)による組成分析の結果、LiMn0.005Ni0.005Co0.99O2組成を確認した。
・・・
(実施例6)
25%アンモニア水(1g)に代えて25%アンモニア水(20g)を用い、金属原料溶液として、硫酸マンガン・5水和物(21.4g)と硫酸ニッケル6水和物(23.3g)とヒドラジン1水和物(0.2g)が溶解している水溶液100mlを用いたことを除いては実施例1と同様にして粉末を得た。
エックス線回折測定の結果、得られた粉末は空間群R3-mに帰属される単一相であることがわかった。ICPの結果、LiMn0.165Ni0.165Co0.67O2組成を確認した。
(実施例7)
25%アンモニア水(1g)に代えて25%アンモニア水(5g)を用い、金属原料溶液として、硫酸マンガン・5水和物(3.89g)と硫酸ニッケル6水和物(2.83g)とヒドラジン1水和物(0.02g)が溶解している水溶液100mlを用いたことを除いては実施例1と同様にして粉末を得た。
エックス線回折測定の結果、得られた粉末は空間群R3-mに帰属される単一相であることがわかった。ICPの結果、LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を確認した。
(実施例8)
25%アンモニア水(1g)に代えて25アンモニア水(5g)を用い、金属原料溶液として、硫酸マンガン・5水和物(2.59g)と硫酸ニッケル6水和物(4.24g)とヒドラジン1水和物(0.02g)が溶解している水溶液100mlを用いたことを除いては実施例1と同様にして粉末を得た。
エックス線回折測定の結果、得られた粉末は空間群R3-mに帰属される単一相であることがわかった。ICPの結果、LiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を確認した。」(24頁13行~28頁14行)
(エ)「(非水電解質電池の作製)
上記実施例1~8および比較例1~4で得られたそれぞれの粉末を正極活物質として用い、次に示す手順で図1に示す非水電解質電池を作製し、それぞれ実施例1~8の電池および比較例1~4の電池とした。
正極活物質、アセチレンブラック及びポリフッ化ビユリデン(PVdF)を、重量比88:6:6の割合で混合した。ここで、ポリフッ化ビニリデンはN-メチル-2-ピロリドン溶液を用い、固形分として重量換算した。N-メチル-2-ピロリドン(NMP)をさらに加えて十分混練し、正極ペーストを得た。前記正極ペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔集電体の両面に塗布し、乾燥後プレス加工し、正極シートを作製した。前記正極シートを矩形状に裁断し、末端にアルミニウムリード板を取り付け、正極板7とした。
負極材料である人造黒鉛(平均粒径6μm、エックス線回折法による面間隔(d002)0.337nm、c軸方向の結晶子の大きさ(Lc)55nm)及びポリフッ化ビニリデン(PVdF)を重量比95:5の割合で混合した。ここで、ポリフッ化ビニリデンはN-メチル-2-ピロリドン溶液を用い、固形分として重量換算した。N-メチル-2-ピロリドン(NMP)をさらに加えて十分混練し、負極ペーストを得た。前記負極ペーストを厚さ12μmの電解銅箔の両面に塗布し、乾燥後、プレス加工し、負極シートを作製した。前記負極シートを矩形状に裁断し、末端に銅リード板を取り付け、負極板9とした。
エチレンカーボネート及びジエチルカーボネートを体積比1:1の割合で混合した混合溶媒に、LiPF6を1mol/lの濃度で溶解させ、非水電解質を作成した。前記非水電解質中の水分量は20ppm未満とした。
前記正極板7および負極板9を120℃で12時間減圧乾燥した。次に、セパレータ8として袋状に成型したポリエチレン製微多孔膜に前記正極板7を挿入し、セパレータ8付き正極板7、負極板9の順にこれらを交互に積層し、40枚のセパレータ付き正極板7および41枚の負極板9からなる極群を得た。
前記極群をポリエチレン樹脂からなる絶縁フイルムに包み込み、アルミニウム製の角形電槽10に収納し、安全弁1を有するアルミニウム製の蓋2に取り付けられた正極端子5及び負極端子4に、前記正極板7および負極板9のリード板をそれぞれ接続した。なお、正極端子5および負極端子4はポリプロピレン樹脂からなるガスケット6を用いて前記蓋2との間を絶縁してある。
前記蓋2と電槽10とをレーザー溶接部3においてレーザー溶接し、前記電槽10の中に前記非水電解液を注入し、封口した後、電流0.1ItA(10時間率)、4.2Vの定電流低電圧充電を行い、電流0.1ItA(10時間率)、終止電圧3.0Vの定電流放電を行った。このようにして、設計容量15Ahの角形非水電解質電池を得た。」(29頁7行~30頁15行)
イ 引用例2に記載された事項
(ア)「【請求項1】
正極活物質を有する正極と、負極と、非水電解質と、を備える非水電解質二次電池において、
前記正極活物質は、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を含み、
前記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の表面の(Ni+Mn)/Coの原子比をRsとし、前記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物全体の(Ni+Mn)/Coの原子比をRtとしたときに、
0.03<Rs≦0.38を満たし、かつRt>0.003を満たす、
ことを特徴とする非電解質二次電池。」
(イ)「【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は、正極活物質を有する正極と、負極と、非水電解質とを備える非水電解質二次電池において、前記正極活物質が、リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を含み、前記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の表面の(Ni+Mn)/Coの原子比をRsとし、前記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物全体の(Ni+Mn)/Coの原子比をRtとしたときに、0.03<Rs≦0.38を満たし、かつRt>0.003を満たすことを特徴とする非電解質二次電池を提供する。
【0010】
正極活物質に含まれるリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物が、上記構成を有することで、リチウムコバルト複合酸化物を主とする正極活物質へのニッケル及びマンガンの添加効果が最も優れたものが得られる。Rsが0.38より大きければ、導電性が低下し、エネルギー密度の低下を招く。Rsが0.03以下では、Ni及びMnの添加効果が十分得られないことになる。Rtが0.003以下の場合も同様に効果が十分ではない。
【0011】
また、本発明においては、正極活物質中のリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物の金属原子比率が0.02<Rs-Rt<0.4、を満たすことが好ましい。上記のようにRsは活物質の表面の(Ni+Mn)/Coの比を示し、Rtは活物質全体の(Ni+Mn)/Coの比を示す。
【0012】
上記の条件は、ニッケル及びマンガンが、中心部に比べて、表面に多く分布しているが、その表面への偏りが適度な範囲に属することを規定するものである。
【0013】
これにより、ニッケル及びマンガンが均一に混合されたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を正極活物質に用いるよりも、サイクル特性及び高温保存特性に優れる非水電解質二次電池が得られる。また、ニッケル及びマンガンを加えない場合と比べて、充填性及び初期容量の低下も見られない。
・・・
【0016】
上記のような構造を得るための方法として、本発明は、正極活物質を有する正極と、負極と、非水電解質とを備える非水電解質二次電池の製造方法において、リチウムコバルト複合酸化物の表面に、ニッケルマンガンコバルト複合塩を被覆させる被覆工程と、前記被覆工程で得られた被覆物とリチウム塩とを混合する混合工程と、前記混合工程で得られた混合物を750℃~1200℃で12時間~48時間焼成してリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を得る焼成工程と、前記リチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を有する前記正極活物質を含む正極を作製する正極作製工程とを備え、前記ニッケルマンガンコバルト複合塩のNi、MnおよびCoの組成がNixMnyCo1-x-y(0.2≦x≦0.7、0.2≦y≦0.5、x+y≦1、x≧y)で表されることを特徴とする非水電解質二次電池の製造方法を提供する。
【0017】
上記の方法において、焼成前には表面に多く含まれるNi及びMnが、焼成により中心部へと移動し、中心部に多く含まれるCoが表面側へ移動する。つまり、表面からコアへの深度に従って組成の変化が見られるような状態(組成勾配)を有するようになる。」
(ウ)「【0023】
(実施例1)
1.正極活物質の作製
<コア酸化物の作製>
正極のコア部を形成するリチウムコバルト複合酸化物を次のようにして作製した。まず、コバルト源としての炭酸コバルトを550℃で焼成し、熱分解反応により四酸化コバルトを得た。リチウム源としての炭酸リチウムと、得られた四酸化コバルトとを、Li:Co=1:1(モル比)となるように秤量し、乳鉢中で混合した。この混合物を空気雰囲気下において850℃において20時間焼成し、リチウムコバルト複合酸化物を得た。これを乳鉢で平均粒径15μmまで粉砕して、コア酸化物とした。
【0024】
<被覆工程>
上記のコア酸化物を純水中で攪拌した。そこへ、目的組成が、Li1.08Ni0.33Mn0.33Co0.34O2となるような量でニッケルイオン、マンガンイオン及びコバルトイオンを含有する水溶液を滴下した。次に、炭酸水素アンモニウムを滴下し、ニッケルマンガンコバルト複合塩をコア酸化物表面に析出させることにより、被覆部を形成させた。被覆部の被覆量は、コア酸化物の1mol%となるように調節した。
【0025】
<混合工程>
上記工程で得られた被覆を有する酸化物を濾過、水洗及び熱処理した後に、リチウム化合物と混合した。
【0026】
<焼成工程及び粉砕>
次いで、上記の混合工程で得られた混合物を900℃で24時間焼成した。得られたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を乳鉢で平均粒径15μmにまで粉砕し、正極活物質とした。
・・・
【0028】
2.電池の作製
<正極の作製>
上記の正極活物質96重量部と、導電剤としての炭素粉末2重量部と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン2重量部とを混合し、さらにN-メチルピロリドン(NMP)と混合してスラリーを調製した。このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔(厚さ:15μm)の上にドクターブレード法により塗布した。その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで直径14mmの円形の正極板を作製した。正極板の質量は15~18mg、厚みは30~35μmであった。
【0029】
<負極の作製>
負極活物質としての黒鉛97.5重量部と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)1.0重量部と、結着剤としてのスチレン-ブタジエンゴム(SBR)1.5重量部とを適量の水に分散させ、スラリーを調製した。このスラリーを集電体としての銅箔(厚さ10μm)にドクターブレード法により塗布した。その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで、直径16mmの円形負極板を作製した。
・・・
【0031】
<非水電解質の作製>
エチレンカーボネート(EC)と、メチルエチルカーボネート(MEC)との混合物である非水電解質溶媒(25℃における体積%比 EC:MEC=30:70)を電解液として調製した。この溶媒にLiPF6を1.0mol/Lとなるように溶解させ、非水電解質とした。
【0032】
<電池の作製>
上記で作製した正極板と負極板との間にセパレータを介して対向させ、コイン型ケースに収納した後、上記で作製した電解質を注液し、密閉して、リチウムイオン非水電解質二次電池を完成させた。セパレータは、ポリエチレン製微多孔膜を使用した。」
(エ)「【0041】
(実施例8)
被覆酸化物の組成をLi1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2とし、そして被覆酸化物の被覆量をコア酸化物の5mol%とした以外は、実施例1と同様にして、活物質の分析を行い、電池を作製し、電池特性を調べた。
・・・
【0045】
(比較例4)
被覆酸化物の組成をLi1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2とした以外は、実施例1と同様にして、活物質の分析を行い、電池を作製し、電池特性を調べた。
【0046】
(比較例5)
被覆酸化物の組成をLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2とした以外は、実施例1と同様にして、活物質の分析を行い、電池を作製し、電池特性を調べた。」
(2)引用例に記載された発明
ア 引用例1に記載された発明
引用例1の上記(1)ア(エ)には、下線を付した箇所をまとめると、「正極活物質、アセチレンブラック及びポリフッ化ビユリデン(PVdF)を、重量比88:6:6の割合で混合し、正極ペーストを得、前記正極ペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔集電体の両面に塗布し、乾燥後プレス加工し、正極シートを作製し、前記正極シートを矩形状に裁断し、末端にアルミニウムリード板を取り付け、正極板7とし、
負極材料である人造黒鉛及びポリフッ化ビニリデン(PVdF)を重量比95:5の割合で混合し、負極ペーストを得、前記負極ペーストを厚さ12μmの電解銅箔の両面に塗布し、乾燥後、プレス加工し、負極シートを作製し、前記負極シートを矩形状に裁断し、末端に銅リード板を取り付け、負極板9とし、
セパレータ8として袋状に成型したポリエチレン製微多孔膜に前記正極板7を挿入し、セパレータ8付き正極板7、負極板9の順にこれらを交互に積層し、40枚のセパレータ付き正極板7および41枚の負極板9からなる極群を得、前記極群をポリエチレン樹脂からなる絶縁フイルムに包み込み、アルミニウム製の角形電槽10に収納し、安全弁1を有するアルミニウム製の蓋2に取り付けられた正極端子5及び負極端子4に、前記正極板7および負極板9のリード板をそれぞれ接続し、前記蓋2と電槽10とをレーザー溶接部3においてレーザー溶接し、前記電槽10の中に前記非水電解液を注入し、封口した角形非水電解質電池」が記載されている。
そして、同(エ)の「上記実施例1~8および比較例1~4で得られたそれぞれの粉末を正極活物質として用い、次に示す手順で図1に示す非水電解質電池を作製し、それぞれ実施例1~8の電池および比較例1~4の電池とした」との記載によれば、この角形非水電解質電池として、同(ウ)に記載される(実施例7)及び(実施例8)で得られた粉末を正極活物質として用いるものが記載されているといえるから、引用例1には、(実施例7)及び(実施例8)で得られた粉末を正極活物質として用いた角形非水電解質電池として、以下の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているといえる。
「正極活物質、アセチレンブラック及びポリフッ化ビユリデン(PVdF)を、重量比88:6:6の割合で混合し、正極ペーストを得、前記正極ペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔集電体の両面に塗布し、乾燥後プレス加工し、正極シートを作製し、前記正極シートを矩形状に裁断し、末端にアルミニウムリード板を取り付け、正極板7とし、
負極材料である人造黒鉛及びポリフッ化ビニリデン(PVdF)を重量比95:5の割合で混合し、負極ペーストを得、前記負極ペーストを厚さ12μmの電解銅箔の両面に塗布し、乾燥後、プレス加工し、負極シートを作製し、前記負極シートを矩形状に裁断し、末端に銅リード板を取り付け、負極板9とし、
セパレータ8として袋状に成型したポリエチレン製微多孔膜に前記正極板7を挿入し、セパレータ8付き正極板7、負極板9の順にこれらを交互に積層し、40枚のセパレータ付き正極板7および41枚の負極板9からなる極群を得、前記極群をポリエチレン樹脂からなる絶縁フイルムに包み込み、アルミニウム製の角形電槽10に収納し、安全弁1を有するアルミニウム製の蓋2に取り付けられた正極端子5及び負極端子4に、前記正極板7および負極板9のリード板をそれぞれ接続し、前記蓋2と電槽10とをレーザー溶接部3においてレーザー溶接し、前記電槽10の中に前記非水電解液を注入し、封口した角形非水電解質電池であって、
前記正極活物質が、LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を有するか、又はLiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を有する角形非水電解質電池。」
イ 引用例2に記載された発明
引用例2の上記(1)イ(ウ)には、下線を付した箇所をまとめると、「リチウムコバルト複合酸化物をコア酸化物とし、コア酸化物を純水中で攪拌し、目的組成が、Li1.08Ni0.33Mn0.33Co0.34O2となるように、被覆部を形成させ、水洗及び熱処理した後に、リチウム化合物と混合し、得られた混合物を900℃で24時間焼成し、得られたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を正極活物質とし、正極活物質96重量部と、導電剤としての炭素粉末2重量部と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン2重量部とを混合し、さらにN-メチルピロリドン(NMP)と混合してスラリーを調製し、このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔(厚さ:15μm)の上にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで直径14mmの円形の正極板を作製し、
負極活物質としての黒鉛97.5重量部と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)1.0重量部と、結着剤としてのスチレン-ブタジエンゴム(SBR)1.5重量部とを適量の水に分散させ、スラリーを調製し、このスラリーを集電体としての銅箔(厚さ10μm)にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで、直径16mmの円形負極板を作製し、
作製した正極板と負極板との間にセパレータを介して対向させ、コイン型ケースに収納したリチウムイオン非水電解質二次電池」が記載されている。
そして、同(エ)の「【0041】(実施例8)被覆酸化物の組成をLi1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2とし、そして被覆酸化物の被覆量をコア酸化物の5mol%とした以外は、実施例1と同様にして、活物質の分析を行い、電池を作製し、電池特性を調べた。」(同(エ)の【0045】(比較例4)及び【0046】(比較例5)についても同様。)との記載によれば、これらの例に対応して、上記リチウムイオン非水電解質二次電池において、正極活物質におけるコア酸化物に対する被覆部の目的組成が、「Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2」(実施例8)、「Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2」(比較例4)又は「Li1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2」(比較例5)であるものが記載されているといえるから、引用例2には、正極活物質におけるコア酸化物に対する被覆部が、(実施例8)、(比較例4)及び(比較例5)の組成を有するリチウムイオン非水電解質二次電池として、以下の発明(以下、「引用例2発明」という。)が記載されているといえる。
「リチウムコバルト複合酸化物をコア酸化物とし、コア酸化物を純水中で攪拌し、目的組成が、Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2、Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2又はLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2となるように、被覆部を形成させ、水洗及び熱処理した後に、リチウム化合物と混合し、得られた混合物を900℃で24時間焼成し、得られたリチウムニッケルマンガンコバルト複合酸化物を正極活物質とし、正極活物質96重量部と、導電剤としての炭素粉末2重量部と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン2重量部とを混合し、さらにN-メチルピロリドン(NMP)と混合してスラリーを調製し、このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔(厚さ:15μm)の上にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで直径14mmの円形の正極板を作製し、
負極活物質としての黒鉛97.5重量部と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)1.0重量部と、結着剤としてのスチレン-ブタジエンゴム(SBR)1.5重量部とを適量の水に分散させ、スラリーを調製し、このスラリーを集電体としての銅箔(厚さ10μm)にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで、直径16mmの円形負極板を作製し、
作製した正極板と負極板との間にセパレータを介して対向させ、コイン型ケースに収納したリチウムイオン非水電解質二次電池。」
(3)引用例1を主引用例として
ア 対比
本願発明と引用例1発明を対比する。
引用例1発明の「正極板7」、「負極板9」、「角形非水電解質電池」、「アルミニウム箔集電体」、「正極活物質」、「電解銅箔」及び「負極材料である人造黒鉛」は、それぞれ本願発明の「カソード」、「アノード」、「電池セル」、「カソード集電体」、「カソード活物質」、「アノード集電体」及び「アノード活物質」に相当する。
引用例1発明の「正極活物質、アセチレンブラック及びポリフッ化ビユリデン(PVdF)を、重量比88:6:6の割合で混合し、正極ペーストを得、前記正極ペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔集電体の両面に塗布し、乾燥後プレス加工し、正極シートを作製し、前記正極シートを矩形状に裁断し、末端にアルミニウムリード板を取り付け」た「正極板7」は、本願発明の「カソード集電体と、前記カソード集電体の上に配置されたカソード活物質とを含」む「前記カソード」に相当する。
引用例1発明の「負極材料である人造黒鉛及びポリフッ化ビニリデン(PVdF)を重量比95:5の割合で混合し、負極ペーストを得、前記負極ペーストを厚さ12μmの電解銅箔の両面に塗布し、乾燥後、プレス加工し、負極シートを作製し、前記負極シートを矩形状に裁断し、末端に銅リード板を取り付け」た「負極板9」は、本願発明の「アノード集電体と、前記アノード集電体の上に配置されたアノード活物質とを含」む「前記アノード」に相当する。
引用例1発明の「セパレータ8として袋状に成型したポリエチレン製微多孔膜に前記正極板7を挿入し、セパレータ8付き正極板7、負極板9の順にこれらを交互に積層し、40枚のセパレータ付き正極板7および41枚の負極板9からなる極群を得・・・封口した角形非水電解質電池」は、本願発明の「カソード及びアノードを備える電池セル」に相当する。
そうすると、本願発明と引用例1発明は、「カソード及びアノードを備える電池セルであって、前記カソードは、カソード集電体と、前記カソード集電体の上に配置されたカソード活物質とを含み、前記アノードは、アノード集電体と、前記アノード集電体の上に配置されたアノード活物質とを含む電池セル。」の点で一致し、以下の点で一応相違しているといえる。
<相違点1>
カソード活物質が、本願発明では、「式(I):【化1】
[図:0001416897000002.jpg]
[式中、Meは、Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択され、
式中、M1M2は、NiMn又はNiTiであり、
式中、M1M2は、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表し、
式中、0<x≦0.3、0<y≦0.4、0.95≦α≦1.4、及び1.90≦δ≦2.10である]で表される化合物を含むのに対し、引用例1発明では、「LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を有するか、又はLiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を有する」ものを含む点。
イ 相違点に対する判断
(ア)本願明細書の【0066】には、「図1は、ニッケル及びマンガンが酸化コバルト層に加えられるとき、ニッケル及びマンガンは、近距離秩序分布を形成することを示す。例えば、Ni及びMn原子は互いに引き付けられ、化学結合を形成し、それによってLiCoO2結晶構造内にNiMn対をもたらすことができる。すなわち、ニッケル及びマンガンは、結晶構造内にランダムに分布しておらず、むしろNi-Mn対で秩序化される。特に、Ni-Mn対は、図1に示すように、LiCoO2結晶構造の副格子内に存在すると予測される。これらのNi-Mn対は、Ni-Mn対を有さないLiCoO2構造と比較して、より低いエネルギー及びより安定な構造をもたらす近距離秩序を提供すると考えられる。」との記載、また【0067】には、「図2は、DFTを使用して計算した場合の、コバルト酸リチウム材料内の金属対の数及び種類と相対総エネルギー(meV/f.u.)との関係を示すグラフを示す。DFT計算は、コバルト酸リチウム格子構造内のNi-Mn対、Mn-Mn対、及びNi-Ni対の数に基づく。これらの計算結果は、コバルト酸リチウム組成物中にはNi-Mn対がより多量であり、相対総エネルギーがより低く、したがってNi-Mn対の量がより少なくかつMn-Mn対及びNi-Ni対を有するコバルト酸リチウム組成物よりもこの材料の方がより安定であることを示す。」との記載がある。これらの記載によれば、ニッケル及びマンガン(ニッケル及びチタン)が酸化コバルト層に加えられるとき、それらは、ほぼ、結晶構造におけるエネルギー的に安定な近距離対を形成すると理解するのが合理的である。
そうすると、引用例1発明の「LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を有するか、またはLiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を有する」ものにおいて、MnとNiが化学量論的に等量となる量である「0.01」分のMnとNiは、近距離対を形成しており、本願発明のM1M2に相当しているといえる。
そして、MnとNiにおいて、他方に対して化学量論的に過剰量である「0.03」分のMn又はNiは、近距離対を形成することができないから、本願発明のMeの選択肢に含まれるMn又はNiに相当しているといえる。
さらに、元素比の値である引用例1発明のLiの1、本願発明のMeに相当する引用例1発明のMn又はNiの0.03、本願発明のM1M2に相当する引用例1発明のMn又はNiの0.01、及び引用例1発明のOの2は、それぞれ、本願発明のα、x、y及びδの数値範囲の条件を満足し、そして、引用例1発明のCoの0.95は、本願発明の(1-x-2y)を満足する。
以上によれば、引用例1発明の「LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を有するか、又はLiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を有する」ものは、本願発明の式(I)で表される化合物に実質的に含まれる化合物であるといえ、上記相違点1は、実質的な相違点であるとはいえない。
仮に、引用例1発明のMnとNiの0.01分の全量近く(全量ではない)が近距離対を形成しない場合があるとしても、MnとNiで近距離対を形成しなかったものは、式(I)のMeに含まれることになるから、この場合の化合物も本願発明の式(I)で表される化合物に実質的に含まれる化合物であるといえる。すなわち、「LiMn0.04Ni0.01Co0.95O2組成を有するか、またはLiMn0.01Ni0.04Co0.95O2組成を有する」ものは、Mn及びNiのごく一部でも、近距離対を形成する場合には、本願発明の式(I)で表される化合物に実質的に含まれる化合物となる。
(イ)上記(ア)で記載したように、本願明細の【0066】の「ニッケル及びマンガンが酸化コバルト層に加えられるとき・・・Ni及びMn原子は互いに引き付けられ、化学結合を形成し、それによってLiCoO2結晶構造内にNiMn対をもたらすことができる。・・・これらのNi-Mn対は、Ni-Mn対を有さないLiCoO2構造と比較して、より低いエネルギー及びより安定な構造をもたらす近距離秩序を提供すると考えられる。」との記載等によれば、本願発明の式(I)で表される化合物では、酸化コバルト層に加えられるニッケル及びマンガンは近距離対を形成しているとされている。
これに対し、引用例1の上記(1)ア(ア)には、引用発明の化合物に対して、「従来のLiCoO2の諸特性を向上させるべく、LiCoO2結晶構造において、Coの一部をCo以外の元素で置換することについて鋭意検討を行った結果、実に驚くべき事に、α-NaFeO2構造の3bサイトを占有するCo部位をある特定の組成に規定される量のMn及びNi元素で置換することで、置換を行っていないLiCoO2に比べて、高率放電性能が著しく向上し、なおかつ高温充電時におけるLiイオンの過度の引き抜きが抑制されることを見出すに至った。
このような作用が発現する機構については、必ずしも明らかではないが、以下のような仮説が可能である。Mn及びNi元素がLiCoO2結晶構造全体に何らかの影響を及ぼし、Liの拡散を促進している可能性が考えられる。また、Mn及びNi元素がLiCoO2結晶構造全体を安定化させている可能性が考えられる。・・・
本発明の効果を好適に得るためには、MnとNiの構成比が極めて重要な要件となる。即ち、本発明はMnとNiの元素比として|b-c|の値(bの値とcの値との差の絶対値)を0.05以下、好ましくは0.03未満とすることで、本発明の効果が顕著に発揮される。」との記載がなされている。
この記載によれば、Mn及びNiが、本願発明と同様に、LiCoO2結晶構造全体を安定化させているとの認識がなされている。そして、「MnとNiの元素比として|b-c|の値(bの値とcの値との差の絶対値)を0.05以下、好ましくは0.03未満とすることで、本発明の効果が顕著に発揮される。」との記載によれば、Mn及びNiの存在量については、それらの差が小さい場合効果が顕著に発揮される(本願明細書に記載される本願発明の実施例とされるものでも、MnとNiは等量である(【0114】)。)ことも記載されているから、Mn及びNiは、両者無関係ではなく、何らかの相互作用を有するものであることが認識され得るといえる。
そうすると、引用例1の上記の記載中、「このような作用が発現する機構については、必ずしも明らかではないが」とされている、明らかでなかった「このような作用が発現する機構」が、本願発明によって、LiCoO2結晶中のMn及びNiが近距離対を形成することにより、結晶構造を安定化するという機構として明らかにされたと解することもできる。
しかしながら、LiCoO2結晶中にMn及びNiを導入した際の結晶構造の安定化が、Mn及びNiが近距離対を形成することによるものであることが、本願発明によって初めて明らかにされたことであるとしても、本願発明のコバルト酸リチウムが引用例1発明のLiCoO2と同じ物であるのであれば、本願発明は特許を受けることができないものである。
(ウ)仮に、引用例1の上記(1)ア(ア)に「正極活物質において、従来のLiCoO2の諸特性を向上させるべく、LiCoO2結晶構造において、Coの一部をCo以外の元素で置換することについて鋭意検討を行った結果、実に驚くべき事に、α-NaFeO2構造の3bサイトを占有するCo部位をある特定の組成に規定される量のMn及びNi元素で置換することで、置換を行っていないLiCoO2に比べて、高率放電性能が著しく向上し、なおかつ高温充電時におけるLiイオンの過度の引き抜きが抑制されることを見出すに至った。」と記載されるにもかかわらず、引用例1発明の、LiCoO2結晶構造のCoの一部をMn及びNiで置換したLiMnNiCoO2組成を有する化合物では、全く、MnとNiが近距離対を形成していないのに対し、本願発明では、MnとNiが近距離対を形成しているというのであれば、本願発明の式(I)で表される化合物を製造する際には、従来とは異なる何らかの特徴的な製造方法によって、引用例1発明等のLiMnNiCoO2組成を有する化合物と異なるものとしなければならないことは明らかである。
しかしながら、本願明細書には、本願発明の式(I)で表される化合物を製造する際に何らかの特徴的な製造工程を経る旨の記載は見当たらないし、実際の実施例の記載を参照しても、本願発明の式(I)に含まれる具体的な化合物の製造方法は、例えば、コア粒子上に本願発明の式(I)で表される化合物のコーティングを形成する【0117】の実施例2で、「実施例2:Li1.04Co0.96Mn0.04O2コア上のMN77コーティング
所定量のベース粉末(すなわち、Li1.04Co0.96Mn0.04O2)を容器内で計量する。所望の量のLiCo0.86Mn0.07Ni0.07O2コーティング(例えば、1、2、及び3重量%)に必要なコバルト及びニッケル、マンガン及びリチウム前駆体の量は、秤量されたベース粉末の量に基づいて計算される。遷移金属前駆体としては、硝酸塩、酢酸塩、又は水若しくはアルコールに可溶性の他の塩などのコバルト、ニッケル、及びマンガンの塩が挙げられる。リチウム前駆体は、炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、シュウ酸塩、硝酸塩、又はこれらの任意の好適な組み合わせの形態である。遷移金属前駆体及びリチウム前駆体を少量の水又はアルコールに溶解して混合溶液を形成する。混合溶液を撹拌しながら、ベース粉末上に滴加する。添加される混合溶液は、ベース粉末が初期湿潤状態であり、十分に混合される(すなわち、湿気稠度を示す)ようなものである。50~80℃で乾燥させた後、乾燥したベース粉末を、700℃で5時間、停滞空気中で熱処理する。」とあるように、所定量のコバルト及びニッケル、マンガン及びリチウム前駆体を含む溶液をベース(コア)粉末上に滴加し、50~80℃で乾燥させた後、700℃で5時間、停滞空気中で熱処理するというものである。
この製造方法によれば、本願発明の式(I)で表される化合物の製造方法は、主に、最終的な化合物に至る前のコバルト、ニッケル、マンガン及びリチウムを含む前駆体を、焼成するといった程度で、特に、本願発明の式(I)で表される化合物を製造するための何らかの特徴的な製造工程を見いだすことはできない。
そして、この製造方法は、引用例1の上記(1)ア(ウ)に記載される、引用例1発明の認定の基礎となる実施例7及び実施例8が引用している実施例1の製造方法である「(実施例1)Mn-Ni被覆手法
容積1リットルの密閉型反応槽に水500mlと25%アンモニア水(1g)と水酸化コバルト100gを投入し、3%水酸化ナトリウム水溶液でpH11.0±0.1に調節した。・・・金属原料溶液として、硫酸マンガン・5水和物(0.65g)と硫酸ニッケル6水和物(0.71g)とヒドラジン1水和物(0.01g)が溶解している水溶液100mlを作製し、これを2.0ml/minの流量で前記反応槽に連続的に滴下した。これと同期して、5%アンモニア溶液を0.6ml/minの流量で滴下混合した。滴下中の反応溶液のpHが11.0±0.1に保たれるよう、32%水酸化ナトリウム水溶液を断続的に投入した。また、反応槽内の溶液温度が50℃となるように断続的にヒーターで制御した。得られた混合スラリーはろ過と水洗を繰り返して、不要のアルカリ成分を取り除いたのち、80℃で一晩乾燥した。
得られた粉末を75μm未満に篩い分け、水酸化リチウム一水塩粉末をLi/(Ni+Mn+Co)=1.0となるように秤量し、遊星運動型混練器を用いて混合した。該混合物をアルミナ製こう鉢に充てんし、電気炉を用いて、ドライエア流通下、100℃/hrの昇温速度で850℃まで昇温した後、850℃の温度を15hr保持し、次いで、100℃/hrの冷却速度で200℃まで冷却し、その後放冷した。得られた粉体を75μmに篩い分けした。」と、ニッケル、マンガン及びコバルトを含む前駆体をリチウム前駆体と混合し、焼成しているという点で、軌を一にするものであり、引用例1発明のLiMnNiCoO2化合物の製造方法と比較しても、本願発明の式(I)で表される化合物を製造するための何らかの特徴的な製造工程を見いだすことはできない。
さらに、本願明細書では、例えば、【0079】に、「以下の表4は、異なるNM77組成物、ニッケル又はマンガンを含まない標準的なLiCoO2組成物(「LCO」と称される)、及びLi1.02Co0.95Mn0.04O2(「LCMnO」と称される)を含む、異なる組成物の正極を有するサンプル電池セル(1~8)のいくつかの性能特徴をまとめている。」と、【0081】に、「表4は、NM77電極組成物を有するセルが、LCO及びLCMnO電極組成物を有するセルと比較して、充放電サイクルにわたって性能低下が少ないことを示す。特に、第52サイクル対第1サイクルの容量保持率及びエネルギー保持率は、LCO及びLCMnO電極組成物(すなわち、78%、74%、及び77%)を有するセルと比較して、NM77電極組成物(すなわち、93%及び92%)を有するセルの方がはるかに高い。これらのデータは、MN77電極組成物に伴うNi-Mn対によって提供される上記の改善された安定性を更にサポートする。」と記載されているように、本願発明の式(I)で表される化合物に対する比較のための化合物は、ニッケル又はマンガンを含まない標準的なLiCoO2組成物(「LCO」と称される)、ニッケルを含まないLi1.02Co0.95Mn0.04O2(「LCMnO」と称される)であるところ、これらの化合物は、MnとNiが近距離対を形成しようがない化合物である。これらの記載、及び上記(ア)に記載した本願明細書の記載も考慮すると、本願明細書では、LiCoO2組成物の結晶構造内にニッケル及びマンガンが存在すれば、それらは近距離対を形成することを前提として、MnとNiが近距離対を形成しようがない化合物を比較の化合物として挙げているとも理解できる。
以上、本願明細書の記載を総合すると、コバルト酸リチウム酸化物内に、MnとNiが存在した場合、MnとNiが全く近距離対を形成しないということは読み取れず、むしろ、本願明細書の記載からは、コバルト酸リチウム酸化物内に、MnとNiが存在すればそれらは近距離対を形成し、上記相違点1は、実質的な相違点とはならないことが理解される。
ウ 小括
以上のとおり、本願発明と引用例1発明との間に相違するところはないから、本願発明は、引用例1発明である。
(4)引用例2を主引用例として
ア 対比
本願発明と引用例2発明を対比する。
引用例2発明の「正極板」、「負極板」、「リチウムイオン非水電解質二次電池」、「集電体としてのアルミニウム箔」、「正極活物質」、「集電体としての銅箔」及び「負極活物質としての黒鉛」は、それぞれ本願発明の「カソード」、「アノード」、「電池セル」、「カソード集電体」、「カソード活物質」、「アノード集電体」及び「アノード活物質」に相当する。
引用例2発明の「正極活物質96重量部と、導電剤としての炭素粉末2重量部と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン2重量部とを混合し、さらにN-メチルピロリドン(NMP)と混合してスラリーを調製し、このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔(厚さ:15μm)の上にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで」「作製」された「直径14mmの円形の正極板」は、本願発明の「カソード集電体と、前記カソード集電体の上に配置されたカソード活物質とを含」む「前記カソード」に相当する。
引用例2発明の「負極活物質としての黒鉛97.5重量部と、増粘剤としてのカルボキシメチルセルロース(CMC)1.0重量部と、結着剤としてのスチレン-ブタジエンゴム(SBR)1.5重量部とを適量の水に分散させ、スラリーを調製し、このスラリーを集電体としての銅箔(厚さ10μm)にドクターブレード法により塗布し、その後、乾燥し、圧延ローラーを用いて圧延し、それを切り抜くことで」「作製」した「直径16mmの円形負極板」は、本願発明の「アノード集電体と、前記アノード集電体の上に配置されたアノード活物質とを含」む「前記アノード」に相当する。
引用例2発明の「作製した正極板と負極板との間にセパレータを介して対向させ、コイン型ケースに収納したリチウムイオン非水電解質二次電池」は、本願発明の「カソード及びアノードを備える電池セル」に相当する。
そうすると、本願発明と引用例2発明は、「カソード及びアノードを備える電池セルであって、前記カソードは、カソード集電体と、前記カソード集電体の上に配置されたカソード活物質とを含み、前記アノードは、アノード集電体と、前記アノード集電体の上に配置されたアノード活物質とを含む電池セル。」の点で一致し、以下の点で一応相違しているといえる。
<相違点2>
カソード活物質が、本願発明では、「式(I):【化1】
[図:0001416897000003.jpg]
[式中、Meは、Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択され、
式中、M1M2は、NiMn又はNiTiであり、
式中、M1M2は、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表し、
式中、0<x≦0.3、0<y≦0.4、0.95≦α≦1.4、及び1.90≦δ≦2.10である]で表される化合物を含むのに対し、引用例2発明では、目的組成としての「Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2、Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2又はLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2」である点。
イ 相違点に対する判断
上記相違点2は、上記(3)アで述べた相違点1と同じものであるところ、同イで述べたように、ニッケル及びマンガンが酸化コバルト層に加えられるとき、それらは、ほぼ近距離対を形成すると理解するのが合理的である。
そうすると、引用例2発明の「Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2、Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2又はLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2」において、MnとNiが化学量論的に等量となる最大量のMnとNiは、近距離対を形成し、本願発明のM1M2に相当しているといえる。
そして、MnとNiにおいて、他方に対して化学量論的に過剰となるMn又はNiは、近距離対を形成することができないから、本願発明のMeの選択肢に含まれるMn又はNiに相当しているといえる。
さらに、引用例2発明のLi、本願発明のM1M2に相当する引用例2発明のMn及びNiの等量分、本願発明のMeに相当する引用例2発明のMn又はNiの他方に対する過剰量分及び引用例2発明のOの元素比は、それぞれ、本願発明1のα、x、y及びδの数値範囲の条件を満足し、そして、引用例2発明のCoの0.33は、本願発明の(1-x-2y)を満足する。
以上によれば、引用例2発明の「Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2、Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2又はLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2」は、本願発明の式(I)で表される化合物に実質的に含まれる化合物であるといえるから、上記相違点2は、実質的な相違点であるとはいえない。
仮に、引用例2発明のMnとNiの化学量論的に等量分の一部で近距離対を形成しない場合があるとしても、MnとNiで近距離対を形成しなかったものは、式(I)のMeに含まれることになるから、この場合の化合物も本願発明1の式(I)で表される化合物に実質的に含まれる化合物であるといえる。
ウ 小括
以上のとおり、本願発明と引用例2発明との間に相違するところはないから、本願発明は、引用例2発明である。
(5)令和6年1月22日に提出された意見書における審判請求人の主張について
ア 審判請求人の主張の概要
(ア)引用例1に記載されているLiaMnbNicCodO2構造は、本願発明のM1及びM2の対を教示しておらず、M1M2が、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表すことも教示していない。また、引用例1のLiaMnbNicCodO2は、本願発明のようなMexを含まない。引用例1は、Meについてx=0を教示しているが、これは本願発明の0<x≦0.3の範囲外である。
引用例2には、本願発明の式(I)の化合物は、開示も示唆もされていない。代わりに、引用例2には、Li1.08Ni0.2Mn0.2Co0.06O2などの例が開示されているが、この化合物には、本願発明のようなMexは含まれていない。引用例2は、Meについてx=0を教示しているが、これは特許請求の範囲である0<x≦0.3の範囲外である。また、引用例2には、Li1.02Ni0.33Mn0.33Co0.34O2などの例が開示されているが、引用例2では、Meについてx=0を教示しており、これは特許請求の範囲である0<x≦0.3の範囲外である。
(イ)本願明細書の【0077】、【0108】には、本願発明の式(I)の化合物を含む電極組成物が、「多数のサイクルにわたって非常に安定した結晶格子構造を示」す旨、同【0105】、【0106】、【0107】、【0112】、【0130】には、本願発明の式(I)の化合物を含む電極組成物が、「高いエネルギー保持率を有する」旨記載されるように、本願明細書には、本願発明の顕著な効果が説明されている。
以上のとおり、引用例1及び引用例2には、本願発明を当業者が容易想到とする事項は開示されていない。
イ 上記アの審判請求人の主張に対する判断
上記ア(ア)について、引用例1及び引用例2に、引用例1発明及び引用例2発明のLiMnNiCoO2化合物において、MnとNiが対を形成しているとの記載がないことは、そのとおりであるが、それを踏まえた上でも、MnとNiが対を形成していると考えるが合理的であることは、上記(3)イで述べたとおりである。これに対し、審判請求人の主張は、単に、引用例1及び引用例2には、MnとNiが対を形成している旨が記載されていないとの主張にとどまり、具体的な根拠をもって、コバルト酸リチウム中にMnとNiが存在したとしても、それらが対を形成しない場合があることを主張するものではない。
また、本願発明の式(I)で表される化合物について、Meは、その選択肢にNi及びMnを含んでいるところ、Ni及びMnが化学量論的に等量ではない引用例1発明及び引用例2発明の化合物では、Meが0になりようがない。
さらに、同(ア)の主張では、Li1.08Ni0.2Mn0.2Co0.06O2、Li1.02Ni0.33Mn0.33Co0.34O2などの例示をしているが、引用例2発明の化合物は、「Li1.08Ni0.4Mn0.27Co0.33O2、Li1.08Ni0.5Mn0.17Co0.33O2又はLi1.08Ni0.17Mn0.5Co0.33O2」であり、引用例2発明に対応するものではない。
上記ア(イ)について、引用例1発明及び引用例2発明は、本願発明と相違するところがないのであるから、本願発明の効果は、引用例1発明及び引用例2発明でも奏されるものであるといえる。
また、同(イ)の後者の「高いエネルギー保持率を有する」との効果が発現する原因は、前者の「非常に安定した結晶格子構造」にあるといえるところ、引用例1の上記(1)ア(ア)の記載によれば、引用例1には、Mn及びNiによるLiCoO2結晶構造の安定化に関する記載がなされているから、本願発明の効果は、引用例1等で認識されている効果の範囲を超えるものであるとはいえない。
そうすると、上記アでの審判請求人の主張は、採用することができない。
(6)理由1に関するまとめ
以上のとおり、本願発明は、引用例1発明又は引用例2発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2 理由2について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)請求項1の記載
請求項1には、カソード活物質として、
「式(I):【化1】
[図:0001416897000004.jpg]
[式中、Meは、Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択され、
式中、M1M2は、NiMn又はNiTiであり、
式中、M1M2は、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表し、
式中、0<x≦0.3、0<y≦0.4、0.95≦α≦1.4、及び1.90≦δ≦2.10である]で表される化合物」が記載されている。
(3)請求項1の記載の明確性に対する判断
この請求項1の記載によれば、化合物について、M1M2は、近距離対として「NiMn」又は「NiTi」であるところ、Meの選択肢は、「Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択」とされていることから、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合がある。
そして、この場合、まず、記載上、Meは、近距離対を形成するか否かにかかわらず「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」を含み得るのであるから、M1M2の「NiMn」又は「NiTi」との差異が明らかでない。
また、コバルト酸リチウムに、Ni及びMn、又は、Ni及びTiが添加される場合、添加されたNi及びMn、又は、Ni及びTiを、M1M2の「NiMn」又は「NiTi」とするのか、Meとしての「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」とするのかが明らかでない。
さらに、上記(3)イ(ア)で述べたように、本願明明細書の記載によれば、Ni及びMn(Ni及びTi)が酸化コバルト層に添加されるとき、それらは、ほぼ近距離対を形成すると理解するのが合理的であるが、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が存在することは、これに矛盾する。
コバルト酸リチウムに、Ni及びMn、又はNi及びTiが添加される場合、仮に、添加されたNi及びMn、又はNi及びTiの一部が、近距離対であるM1M2の「NiMn」又は「NiTi」を形成し、それ以外が、Meとしての、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」を形成するとしても、どの程度のNi及びMn、又はNi及びTiが近距離対を形成し、どの程度が近距離対を形成しないのかが、本願明細書の記載からでは明らかでない。
ここで、本願明細書の【0072】には、「図6は、NM1616サンプルのマグネチックアングルスピニング(magnetic angle spinning、MAS)NMRスペクトルを示す。化学シフトは、Ni及びMnイオンの両方に関連する。特に、MAS NMRスペクトル内の標識されたピークは、コバルト酸リチウム構造内のNi-Mnの近距離秩序相互作用に対応する。」との記載があるところ、仮に、マグネチックアングルスピニング(magnetic angle spinning、MAS)NMRスペクトルによって、Ni-Mn(Ni-Ti)の近距離対が存在することを検出することができたとしても、どの程度の量がNi-Mn(Ni-Ti)の近距離対を形成し、どの程度が形成していないかを定量することまで、本願明細書では明らかにされていないし、本願出願時の技術常識を考慮したとしても、この点は明らかでない。
以上によれば、請求項1において、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合、これらと、M1M2の「NiMn」又は「NiTi」との関係が明らかでなく、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が実際に存在することができるのか否か、存在するとしても、Meとしての「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」と、M1M2としての「NiMn」又は「NiTi」をどのように区別すればよいのか明らかでないし、区別が明らかでなければ、MeとM1M2の元素比であるx及びyの値も明確に決定することができず、請求項1の記載の中で本質的な部分である式(I)で表されるカソード活物質を明確に特定することができない。
そうすると、本願明細書の記載及び図面、出願時の技術常識を考慮したとしても、請求項1の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといえるから、上記(1)の明確性要件の判断基準に照らせば、請求項1の記載は不明確である。
(4)令和6年1月22日に提出された意見書における審判請求人の主張について
上記意見書において、審判請求人は、「M3は対になっていない要素を定義しています。M1M2は対の要素を定義しています。M1M2を、対の元素NiMnまたはNiTiとし、対になっていない追加のNi、Mn、Tiを持たせることも可能です。これは不明確ではなく、当業者であればこの区別を容易に認識するであろうと思料致します。」と主張するのみであるが、その根拠が示されていないし、本願明細書の記載、及び技術常識を考慮したとしても、実際、Meとしての「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」と、M1M2としての「NiMn」又は「NiTi」を、元素比であるx及びyの値を明確に特定した上で区別することができるとはいえないことは、上記(3)で述べたとおりである。
そうすると、上記意見書での審判請求人の主張は、採用することができない。
(5)理由2に関するまとめ
以上のとおり、本願請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確ではないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。
3 理由3について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
この判断基準に従えば、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、まずは、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明である必要があるといえる。
(2)特許請求の範囲に記載された発明
本願発明1は、カソード活物質として、
「式(I):【化1】
[図:0001416897000005.jpg]
[式中、Meは、Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択され、
式中、M1M2は、NiMn又はNiTiであり、
式中、M1M2は、コバルト酸リチウム組成物の結晶構造内のM1及びM2の近距離対を表し、
式中、0<x≦0.3、0<y≦0.4、0.95≦α≦1.4、及び1.90≦δ≦2.10である]で表される化合物」を含んでいる。
そして、この化合物において、M1M2は、近距離対としてのNiMn又はNiTiであるところ、Meの選択肢は、「Li、Mg、Al、Ca、Ti、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Ru及びSnのうちの1つ以上から選択」とされ、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合を含んでいる。
以下、本願発明1において、カソード活物質のMeとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合の発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であるか否かについて検討する。
(3)本願明細書の発明の詳細な説明の記載
本願明細書の【0066】には、「図1は、ニッケル及びマンガンが酸化コバルト層に加えられるとき、ニッケル及びマンガンは、近距離秩序分布を形成することを示す。例えば、Ni及びMn原子は互いに引き付けられ、化学結合を形成し、それによってLiCoO2結晶構造内にNiMn対をもたらすことができる。すなわち、ニッケル及びマンガンは、結晶構造内にランダムに分布しておらず、むしろNi-Mn対で秩序化される。特に、Ni-Mn対は、図1に示すように、LiCoO2結晶構造の副格子内に存在すると予測される。これらのNi-Mn対は、Ni-Mn対を有さないLiCoO2構造と比較して、より低いエネルギー及びより安定な構造をもたらす近距離秩序を提供すると考えられる。」との記載、また【0067】には、「図2は、DFTを使用して計算した場合の、コバルト酸リチウム材料内の金属対の数及び種類と相対総エネルギー(meV/f.u.)との関係を示すグラフを示す。DFT計算は、コバルト酸リチウム格子構造内のNi-Mn対、Mn-Mn対、及びNi-Ni対の数に基づく。これらの計算結果は、コバルト酸リチウム組成物中にはNi-Mn対がより多量であり、相対総エネルギーがより低く、したがってNi-Mn対の量がより少なくかつMn-Mn対及びNi-Ni対を有するコバルト酸リチウム組成物よりもこの材料の方がより安定であることを示す。」との記載がある。
これらの記載によれば、ニッケル及びマンガン(ニッケル及びチタン)が酸化コバルト層に加えられるとき、それらは、ほぼ近距離対を形成すると理解するのが合理的であると共に、本願発明は、そのようなコバルト酸リチウム組成物を対象としているといえる。
ここで、上記【0067】に続く【0068】には、「本明細書に記載の実施形態は、NM44組成物に限定されない。例えば、「NM77」(約7原子%のニッケル及び約7原子%のマンガンを有する)、「NM1010」(約10原子%のニッケル及び約10原子%のマンガンを有する)、及び「NM1616」(約16原子%のニッケル及び約16原子%のマンガンを有する)もまた、Ni-Mn対による近距離秩序をも明白に示す。」との記載を見ても、ニッケル及びマンガンが存在したとしても、Ni-Mn対を形成しないことがある旨の記載は読み取れず、具体的な化合物についても、ニッケル及びマンガンが存在すればNi-Mn対による近距離秩序を形成していることが理解され、さらに、上記の式(I)で示される化合物を実際に製造している【0114】~【0135】の実施例の記載を見ても、近距離秩序を形成しているニッケル及びマンガン(ニッケル及びチタン)の他に、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が存在している化合物は記載されていない。
そうすると、本願発明において、カソード活物質のMeとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合の発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえないから、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。
(4)令和6年1月22日に提出された意見書における審判請求人の主張について
上記意見書において、審判請求人は、「本願明細書の段落[0067]および図2は、DFTを使用して計算した場合の、コバルト酸リチウム材料内の金属対の数及び種類と相対総エネルギー(meV/f.u.)との関係を示すグラフを示しています。本願明細書の段落[0069]には、表2が、Ni-Mn近距離秩序相互作用に対するMAS NMRピーク割り当てを示すことが記載されております。また、図3は、コバルト酸リチウム構造内の原子対の数の関数として、異なるカソード組成の相対エネルギーの第一原理計算に基づくデータを示すグラフを示しています。図6は、化学シフトおよびコバルト酸リチウム構造内の対の近距離相互作用を含むサンプルのMASNMRを示しています。これらの各測定技術により、M1M2対の構造と量を、対になっていないMex要素から区別することができます。特定の化合物の量を決定することが、化合物の曲線下面積(AUC)を測定することによって達成できることは、当該技術分野においてよく知られています。NMRスペクトルにより、この量が明らかになります。」と主張している。
しかしながら、上記の「コバルト酸リチウム材料内の金属対の数及び種類と相対総エネルギー(meV/f.u.)との関係を示すグラフ」、「Ni-Mn近距離秩序相互作用に対するMAS NMRピーク割り当て」、「異なるカソード組成の相対エネルギーの第一原理計算に基づくデータを示すグラフ」及び「コバルト酸リチウム構造内の対の近距離相互作用を含むサンプルのMASNMR」によって、コバルト酸リチウム中のNi及びMnが、近距離対を形成することが予想、もしくは測定されるとしても、実際に、コバルト酸リチウム中にNi及びMnが添加される場合、コバルト酸リチウム中に、近距離対を形成しないNi及びMnが存在することは明らかにされていない。
仮に、NMRスペクトルの曲線下面積(AUC)を測定することによって、特定の化合物の量を決定することができたとしても、実際に、近距離対を形成するNi及びMnにも適用できるのか根拠がないし、そもそも、特定の化合物の量を決定することができるということは、本願発明において、近距離対を形成しないNi及びMnの存在が示されていない以上、コバルト酸リチウム中にNi及びMnが添加される場合、コバルト酸リチウム中に、近距離対を形成しないNi及びMnが存在することを直接的に示すものではない。
そうすると、上記意見書での審判請求人の主張は、採用することができない。
(5)理由3に関するまとめ
以上のとおり、本願発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
4 理由4について
(1)実施可能要件の判断基準
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
(2)特許請求の範囲に記載された発明
上記2(3)及び3(2)で述べたように、本願発明での、カソード活物質としての化合物において、M1M2は、近距離対としてのNiMn又はNiTiであるところ、Meの選択肢は、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合を含んでいる。
以下、本願発明において、カソード活物質のMeとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が選択される場合の発明について、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるか否かについて検討する。
(3)本願明細書の発明の詳細な説明の記載
上記1(3)イ(ア)で述べたように、本願明細書の記載によれば、ニッケル及びマンガン(ニッケル及びチタン)が酸化コバルト層に加えられるとき、それらは、ほぼ近距離対を形成すると理解するのが合理的であると共に、本願発明は、そのようなコバルト酸リチウム組成物を対象としているといえる。
また、本願明細書の【0068】の「本明細書に記載の実施形態は、NM44組成物に限定されない。例えば、「NM77」(約7原子%のニッケル及び約7原子%のマンガンを有する)、「NM1010」(約10原子%のニッケル及び約10原子%のマンガンを有する)、及び「NM1616」(約16原子%のニッケル及び約16原子%のマンガンを有する)もまた、Ni-Mn対による近距離秩序をも明白に示す。」との記載によれば、上記3(3)で述べたように、具体的な化合物についても、ニッケル及びマンガンが存在すればNi-Mn対による近距離秩序を形成していることが理解され、さらに、上記の式(I)で示される化合物を実際に製造している【0114】~【0135】の実施例の記載を見ても、少なくとも、近距離秩序を形成しているニッケル及びマンガン(ニッケル及びチタン)の他に、Meとして、「Ni及びMn」又は「Ni及びTi」が存在している化合物は記載されていない。
そうすると、本願発明の式(I)のMeにおいてNi及びMn又はNi及びTiが選択される際に、どの様な製造方法又は製造条件で、Ni及びMn又はNi及びTiが近距離対を形成するものの他、近距離対を形成しないものを、それらの量比を定量的に制御した状態(本願発明の式(I)では、MeとM1M2の元素比が、x及びyの範囲として特定されている。)で、式(I)で示される化合物を製造することができるのか、式(I)で示される化合物を実際に製造している【0114】~【0135】の実施例の記載を含め、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても、また、本願出願時の技術常識を考慮したとしても、明らかでない。
よって、上記式(I)のMeにNi及びMn又はNi及びTiが選択される場合の化合物を製造するには、本願明細書の発明の詳細な記載及び本願出願時の技術常識のみでは、当業者であっても過度の試行錯誤を要するといえるから、本願発明に対応する本願明細書の発明の詳細な記載は、実施可能要件を満たしているとはいえない。
(4)理由4に関するまとめ
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本願は、本願発明について、特許請求の範囲の記載が、同法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載が、同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものである。
したがって、その他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-003386