特許無効審判
2021-800059
次亜塩素酸水、次亜塩素酸水を調製するための組成物、及び次亜塩素酸水の判定用の試験紙
- 審判番号
- 2021-800059
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2020-205074
- 登録番号
- 6871663
- 請求日
- 2021年07月08日
- 審決日
- 2023年02月14日
- 公報発行日
- 2023年05月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】アジアJライン 株式会社
- 【請求人代理人】赤尾 直人
- 【被請求人】和日庵 株式会社
- 【被請求人代理人】辻田 朋子
- 【被請求人代理人】村松 大輔
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 金 公彦
- 審判官 山田 倍司
- 分類
- P1113.112-Y (A01N) / P1113.536-Y (A01N) / P1113.537-Y (A01N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4号、特許法第36条第6号、特許法第134条の2第9項、特許法第2条第3項第1号、特許法第135条、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
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上記当事者間の特許第6871663号発明「次亜塩素酸水、次亜塩素酸水を調製するための組成物、及び次亜塩素酸水の判定用の試験紙」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
請求項4、5に記載された発明についての審判の請求は、成り立たない。
請求項1、2、3、6についての本件審判の請求を却下する。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 本件特許の出願から設定登録に至るまでの経緯
本件特許無効審判事件(以下、単に「本件」という。)に係る特許第6871663号(以下、「本件特許」という。)は、和日庵株式会社(以下、「被請求人」という。)が保有するものであり、令和2年12月10日(優先権主張 令和2年5月27日、令和2年8月7日)に出願され、特願2020-205074号として審査され、令和3年4月20日に特許権の設定登録がされたものである(設定登録時の請求項の数は「6」、発明の名称は「次亜塩素酸水、次亜塩素酸水を調製するための組成物、及び次亜塩素酸水の判定用の試験紙」)。
2 本件における経緯
本件は、アジアJライン株式会社(以下、「請求人」という。)により、設定登録時の請求項1~6に係る特許を対象として請求されたものである。
そして、本件における手続の経緯(提出書類等)は、概略、以下のとおりである。
令和3年 7月 8日 審判請求書の提出
同年 9月15日 審判事件答弁書及び訂正請求書の提出(被
請求人)
同年10月28日 弁駁書の提出(請求人)
令和4年 5月12日付け 審理事項通知
同年 5月30日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 6月13日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 6月17日 手続補正書の提出(被請求人)
同年 6月28日 第1回口頭審理
同年 7月11日 上申書の提出(請求人)
同年 7月26日 上申書の提出(被請求人)
同年 8月 2日付け 手続中止通知
同年12月 8日付け 手続中止解除通知
訂正拒絶理由通知
職権審理結果通知
同年12月16日 訂正請求取下書の提出(被請求人)
3 別件無効審判2021-800096号事件における経緯
別件無効審判2021-800096号事件(以下、「96号事件」という。)は、本件と同じ請求人により請求されたものであり、本件特許のうち、その請求項4及び5に係る特許を請求の対象とするものである。
そして、96号事件は本件に先んじて審理され、既に終結しているところ、その手続の経緯(提出書類等)は、概略、以下のとおりである。
令和3年11月18日 審判請求書及び上申書の提出(請求人)
同年12月17日 手続補正書の提出(請求人)
令和4年 3月10日 審判事件答弁書、訂正請求書及び上申書の
提出(被請求人)
同年 5月12日付け 審理事項通知
同年 5月30日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 6月13日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 6月17日 手続補正書の提出(被請求人)
同年 6月28日 第1回口頭審理
同年 7月11日 上申書の提出(請求人)
同年 7月26日 上申書の提出(被請求人)
同年 8月 5日 上申書の提出(請求人)
同年 9月27日付け 審決
また、この審決は、結論を、「特許第6871663号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~3、6〕、4、5について訂正することを認める。本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」とするものであって、令和4年11月7日に確定した。
なお、この96号事件における訂正後の特許請求の範囲(以下、「確定クレーム」ということがある。)の記載は、後記第3のとおりであり、請求項1、2、3及び6は削除され、請求項4、5のみが残された。
第2 両当事者の主張
1 請求の趣旨及び理由
(1) 請求の趣旨は、「特許第6871663号発明の特許請求の範囲の請求項1、2、3、4、5、6に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」というものである。
(2) 請求の理由(無効理由)は、無効理由1の1(実施可能要件違反)、無効理由1の2(明確性要件違反)及び無効理由2(公然実施発明に基づく新規性欠如)である。
そして、無効理由1の1及び1の2は、全請求項を対象とするものであり、その根拠となる事実として請求人が具体的に特定している事項(前提事項)及び無効理由の論旨は、審判請求書の記載などからみて、審理事項通知書の2(3)及び調書に記載したとおり、次のア、イのように整理することができる。また、無効理由2は、請求項1、2、3及び6を対象とするものであり、その論旨は、次のウのとおりである。
ただし、本件において令和3年9月15日にされた特許請求の範囲の訂正請求は、その後、令和4年12月16日に取り下げられたが、その訂正内容は請求項1、2、3及び6を削除するものであり、この点は、前記の確定クレームにおいても変わりはないから、口頭審理の際と同様、ここでは残された設定登録時の請求項4、5に係る発明を本件特許発明と称して、無効理由1の1及び1の2を整理した。また、無効理由2については、その対象とされている請求項1、2、3及び6の削除訂正や、請求人は令和3年10月28日提出の弁駁書に無効理由2は不問とする旨を記載していることを受け、口頭審理期日において審理対象とはしていない。
なお、請求人が提出した証拠方法については、後記エに挙示した。
ア 無効理由1の1(実施可能要件違反)について
(ア) 請求人が実施可能要件違反を根拠付けるために前提としている事項とそれを立証する証拠等について
<前提事項1a> 本件特許発明に係る「組成物」は、これを水性媒体によって希釈したときに、所定の「次亜塩素酸水」を調製できるものであるところ、当該「次亜塩素酸水」における「有効成分」は、「非電離型次亜塩素酸」のみを指し、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)は除外されていること。
その証拠等は、以下のとおり。
(a) 本件特許の願書に添付した特許請求の範囲(以下、「本件特許請求の範囲」という。)の請求項4、5には、「有効成分が非電離型次亜塩素酸である」と記載されていること。
(b) 本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の段落【0038】(段落【0063】)に、「【0038】このような数値範囲に本発明の組成物を収めることにより、水素イオンと、次亜塩素酸イオンに電離しない、非電離型次亜塩素酸を形成せしめ、ウイルス除去効果と、安全性を高めることが出来る。このような効果をもたらす理由は、ウイルスに対して、塩素分子が作用するのではなく、次亜塩素酸が直接作用するためと考えられる。」と記載されていること。
(c) その他、弁駁書においては、同【0009】、【0010】、【0018】、【0077】の記載にも触れられている。
<前提事項1b> 一般に、「非電離型次亜塩素酸」、「次亜塩素酸イオン」、「遊離塩素分子」は、いずれも殺菌効力を有するものであり、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)も「有効成分」として機能すること。
その証拠等は、以下のとおり。
・甲3の「2.3」の項には、「HOClの解離平衡成分であるHOCl、OCl-、Cl2はいずれも殺菌効力を有しており、これらを総称して遊離有効塩素・・・(あるいは遊離残留塩素)という。」と記載されていること。
<前提事項1c> 本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された「実施例3」に係る「次亜塩素酸水」においては、「非電離型次亜塩素酸」のみならず、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)が共存していること。
その証拠等は、以下のとおり。
・甲3の図2.4に基づく請求人の計算結果(審判請求書9~11頁参照)
(イ) 実施可能要件違反とする論旨
前記(ア)の前提事項に基づいて、請求人が実施可能要件違反を主張する論旨は、以下のとおり。
本件特許発明では、その「次亜塩素酸水」における「有効成分」は、「非電離型次亜塩素酸」のみであり、当該「有効成分」として機能し得る「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)は除外されている(前提事項1a、1b)。
これに対して、本件特許発明の具体例として発明の詳細な説明に記載された「実施例3」では、当該「次亜塩素酸水」中に「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)が共存しているため(前提事項1c)、当該「実施例3」は、本件特許発明の具体例とはなっていない。
したがって、当業者は、「実施例3」に基づいて、「非電離型次亜塩素酸」のみを「有効成分」としている、本件特許発明に係る「次亜塩素酸水」を調製することはできないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
イ 無効理由1の2(明確性要件違反)
(ア) 請求人が明確性要件違反の根拠となる事実としている事項(前提事項)とそれを立証する証拠等について
<前提事項2a>(前記前提事項1aと同じ) 本件特許発明における「有効成分」は、「非電離型次亜塩素酸」のみを指し、「次亜塩素酸イオン」は除外されていること。
<前提事項2b>(前記前提事項1bと同じ) 「次亜塩素酸イオン」もまた、「有効成分」として機能すること。
<前提事項2c> 本件特許発明においては、有効塩素濃度の測定方法としてDPD法が予定されているところ、当該DPD法では、「非電離型次亜塩素酸」だけではなく、「次亜塩素酸イオン」の濃度も合わせて測定されること。
その証拠等は、以下のとおり。
・甲3の「2.3」の項には、前述のHOCl、OCl-、Cl2を総称して遊離有効塩素という旨の記載に加え、遊離有効塩素と結合有効塩素を合わせて、簡便に有効塩素あるいは残留塩素と呼ぶ旨記載され、同「2.4」には、その測定法として、DPD(ジエチル-p-フェニルジアミン)比色法が挙げられていること。
(イ) 明確性要件違反とする論旨
前記(ア)の前提事項に基づいて、請求人が明確性要件違反を主張する論旨は、以下のとおり。
本件特許発明は、「有効成分が非電離型次亜塩素酸である」と規定し、当該「有効成分」として「次亜塩素酸イオン」を除外するものであるが(前提事項2a)、一般に「次亜塩素酸イオン」は「有効成分」として機能するものと認識されているし(前提事項2b)、DPD法では「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」の両者の濃度を合わせて測定しているため(前提事項2c)、「有効成分」として「次亜塩素酸イオン」を除外している上記規定は、一般的な当業者の認識とは矛盾するものであって、その内容が明確であるとはいえない。また、当該「次亜塩素酸イオン」が当該「有効成分」に該当するものとして位置付けられているか否かも明確でない。
ウ 無効理由2(公然実施発明に基づく新規性欠如)
本件特許請求の範囲の請求項1、2、3及び6に係る発明は、後記エの甲第7号証に記載された「ジアグリーンタブレット500」として公然実施された発明である。
エ 証拠方法
甲第1号証:株式会社グリーンウェル,和日庵株式会社,「事業開拓及び販売、促進業務 委託契約書」,令和元年11月1日
甲第2号証:請求人代理人 赤尾直人,“次亜塩素酸(HClO)の化学的特性と、コレスゴの除菌・消臭メカニズム”,[online],令和3年6月30日,インターネット<URL:https://www.jnec.jp/koresugo/hcio/>
甲第3号証:福崎智司著,「次亜塩素酸の科学-基礎と応用-」,第2刷,2015年7月3日,米田出版,p.16-25(当審注:「崎」は「山」に「立」に「可」と記載されている。)
甲第4号証:請求人代理人 赤尾直人,“6.いまさら、でも大切な「次亜塩素酸ナトリウム」について”,[online],令和3年6月30日,インターネット<URL:https://www.aandt.co.jp/jpn/medical/tree/vol_6/>
甲第5号証:請求人代理人 赤尾直人,ウィキペディア「ジエチルパラフェニレンジアミン法」,[online],作成日不明
甲第6号証の1:株式会社グリーンウェル,アジアJライン株式会社宛「御請求書」,2020年5月31日
甲第6号証の2:アジアJライン株式会社,TAKASHIMAYA TRANSCOSMOS INTERNATIONAL COMMERCE PTE. LTD.宛「売上伝票」,「納品書」,「受領書」,令和2年5月13日
甲第7号証:株式会社グリーンウェル,株式会社ジアグリーン,「JIAGREEN ジアグリーンタブレット500製品仕様書」,2020年7月28日
甲第8号証:株式会社ジアグリーン,「経産省、厚労省、消費者庁合同発表要旨」,作成日不明
甲第9号証:和日庵株式会社代理人 弁護士竹本裕美,アジアJライン株式会社代表取締役 大場茂人宛「通知書」,令和3年5月20日
甲第10号証の1:本件特許の審査過程で令和3年3月15日に特許権者により提出された意見書
甲第10号証の2:甲第10号証の1に添付された実験成績証明書(1)
甲第11号証の1:吉村壽次編集代表,「化学事典(第2版)」,第2版第1刷,2009年12月16日,森北出版株式会社,p.312
甲第11号証の2の1:請求人代理人 赤尾直人,「次亜塩素酸水 自分で作ってじゃぶじゃぶ使おう」,[online],令和3年10月25日,インターネット<URL:https://www.solmind.com/hclo/top.htm>
甲第11号証の2の2:請求人代理人 赤尾直人,「殺菌システム〈7つのメリット〉」,[online],令和3年10月26日,インターネット<URL:https://www.a-creo.co.jp/solution/sterilization/merits/>
甲第12号証:本件特許の出願当初の特許請求の範囲
甲第13号証:本件特許の審査過程における令和3年1月25日付け拒絶理由通知書
甲第14号証:本件特許の審査過程で令和3年2月18日に特許権者により提出された意見書
甲第15号証:本件特許の審査過程における令和3年2月24日付け拒絶理由通知書
甲第16号証:本件特許の審査過程で令和3年3月15日に特許権者により提出された意見書
なお、甲第1号証~甲第8号証は、審判請求書に添付して、甲第9号証~甲第12号証(口頭審理期日に参考資料1~4は甲第9号証~甲第12号証とされた。)は、令和3年10月28日提出の弁駁書に添付して、甲第13号証~甲第16号証は、令和4年7月11日提出の上申書に添付して、それぞれ提出されたものであり、甲第10号証の1と甲第16号証は同じものである。
2 答弁の趣旨及び理由
(1) 被請求人の答弁の趣旨は、「特許第6871663号の特許請求の範囲の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~6〕について訂正することを認める、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」というものである。
(2) 被請求人の反論は、審判事件答弁書及び令和4年6月13日提出の口頭審理陳述要領書の記載からみて、概略、次のとおり整理することができる。
なお、被請求人が提出した証拠方法については、後記エに挙示した。
ア 無効理由1の1について
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4号第1号に規定する要件を満たしており、同号所定の規定に適合するものである。
イ 無効理由1の2について
令和3年9月15日提出の訂正請求書による訂正後の特許請求の範囲の請求項4及び5の記載は、特許法第36条第6号第2号に規定する要件を満たしており、同号所定の規定に適合するものである。
ウ 無効理由2について
甲第7号証には遊離塩素分子濃度の記載がなく、請求人による前記遊離塩素分子濃度の計算手法は妥当でないから、無効理由2は理由がない。
また、令和3年9月15日提出の訂正請求書による訂正により特許請求の範囲の請求項1~3及び6は削除されたから、無効理由2は当てはまらない。
エ 証拠方法
乙第5号証:宮田善之,「実験成績証明書(2)」,2022年5月24日
乙第6号証:中村伸吾ら,「細菌・ウイルス等微生物に対する次亜塩素酸水の効果とその活用」,防医大誌,2017年3月,第42巻第1号,p.8-14
乙第7号証:小野朋子ら,「弱酸性次亜塩素酸水溶液のアンモニアに対する消臭効果」,岡山実験動物研究会報,2018年4月,第34巻,p.36-39
乙第7号証-1:被請求人代理人 辻田知子ら,乙第7号証の出版情報が掲載されたウェブページ,[online],令和4年6月9日,インターネット<URL:https://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/ja/list/recent_additions/item/56031>
乙第8号証:中藤誉子ら,「次亜塩素酸水生成装置の標準化:JIS B 8701の制定」,機能水研究,2018年,Vol.13 No.2,p.19-26
乙第8号証-1:被請求人代理人 辻田知子ら,乙第8号証の出版情報が掲載されたウェブページ,[online],令和4年6月9日,インターネット<URL:www.fwf.or.public_g.html>
乙第9号証:厚生労働省,「次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウムの同類性に関する資料」,厚生労働省 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会配付資料,平成21年8月19日,p.1~4
乙第9号証-1:被請求人代理人 辻田知子ら,乙第9号証の配布情報が掲載されたウェブページ,[online],令和4年6月9日,インターネット<URL:https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/08/s0819-8.html>
乙第10号証:堀田国元,「Hypochlorous Acid(HOCl) Water(HAW) A new disinfectant 次亜塩素酸水:電解製殺菌料」,Seminar at OIST,2017年10月12日
乙第11号証:Jim Huntley et al.,「Amperometric Probes or DPD Analyzers : Which Is Best For On-Line Chlorine Monitoring?」, Water World, 2009年及びその抄訳文
乙第12号証:Nikesh B. Samarth et al.,「Degradation of Polymer & Elastomer Exposed to Chlorinated Water-A Review」, Open Journal of Organic Polymer Materials, 2021年1月28日,p.1-50及びその抄訳文
なお、乙第5号証~乙第12号証は、令和4年6月13日提出の口頭審理陳述要領書に添付して提出されたものであり、乙第1号証~乙第4号証は欠番である。
第3 本件発明
96号事件における訂正を認容する審決が確定していることは、前記第1の3に記載したとおりであるから、特許法第134条の2第9項において準用する同法第128条の規定により、当該訂正後における特許請求の範囲(前記確定クレーム)により特許権の設定の登録がされたものとみなされる。更に、前記のとおり、令和3年9月15日提出の訂正請求書に係る訂正請求は、令和4年12月16日提出の訂正請求取下書により取り下げられた。
そうすると、本件特許請求の範囲の記載は、次のとおりのものである(以下、請求項4及び5に係る発明を「本件発明4」、「本件発明5」といい、これらを総称して「本件発明」という。なお、設定登録時の請求項4及び5に係る発明、すなわち前記本件特許発明とは、「SMT法」を正して「SBT法」とした点のみを異にする。)。
「【請求項1】
(削除)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
水性媒体によって希釈したとき、pH5~7.5であり、次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであり、遊離塩素分子の濃度が有効塩素濃度に比して少なく、前記遊離塩素分子の濃度が20ppm以下であり、有効成分が非電離型次亜塩素酸である、次亜塩素酸水を調製できる組成物であって、
1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含み、
前記遊離塩素分子の濃度がシリングアルダジン試薬との接触時間2秒以内の比色で決定されるものであることを特徴とする、組成物(但し、前記水性媒体と前記組成物の何れにもアルカリ金属又はアルカリ土類金属の亜塩素酸塩が含まれない。)。
【請求項5】
水性媒体によって希釈したとき、pH5~7.5であり、次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであり、遊離塩素分子の濃度が有効塩素濃度に比して少なく、前記遊離塩素分子の濃度が20ppm以下であり、有効成分が非電離型次亜塩素酸である、次亜塩素酸水を調製できる組成物であって、
1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含み、
前記有効塩素濃度が、DPD法による試験法またはSBT法による試験片で定量されるものであることを特徴とする、組成物(但し、前記水性媒体と前記組成物の何れにもアルカリ金属又はアルカリ土類金属の亜塩素酸塩が含まれない。)。
【請求項6】
(削除)」
第4 無効理由についての当審の判断
当審は、前記第2の1(2)ア、イのとおり整理した、無効理由1の1及び無効理由1の2について検討したところ、各無効理由の前提事項自体に誤認があり、このような前提事項に基づく各無効理由の論旨は、その前提を欠くものといわざるを得ないから、無効理由1の1及び無効理由1の2はいずれも理由がない、と判断するものである。
また、前記第2の1(2)ウの無効理由2については、既に対象請求項である請求項1、2、3及び6は存在しないため、無効理由2を含む、これらの請求項についての審判の請求は却下すべきものである。
以下、そのように判断した理由について詳述する。
なお、請求人が主張する無効理由1の1及び無効理由1の2の骨子は、上述のとおり整理したものであって、第1回口頭審理において請求人も承諾したところであるため、本来、当該骨子から外れる請求人の主張等については子細な検討を要しないが、ここでは、請求人が口頭審理陳述要領書や上申書においてるる主張する点についても併せて検討するとともに、念のため、実施可能要件及び明確性要件についての一般的な判断基準に照らした場合の検討も加えることとした。
1 無効理由1の1(実施可能要件違反)について
(1) 実施可能要件の一般的な判断基準
明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件に適合するか否かは、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるか否かという観点から判断されるべきであると解される(知財高裁平成29年(行ケ)第10138号)。
また、物の発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為であるから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について前記実施可能要件を充足するためには、明細書の発明の詳細な説明において、当業者が、明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、かつ、使用することができる程度の記載があることを要すると解される(知財高裁平成26年(行ケ)第10238号、平成29年(行ケ)第10143号、平成27年(行ケ)第10249号など)。
(2) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。また、「・・・」は記載の省略を表す。)。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス除染用の次亜塩素酸水及び組成物に関し、更に詳細には、保存安定性にすぐれるウイルス除染用の組成物に関する。本発明は、病原体除去用の組成物である次亜塩素酸の効果と毒性とを的確に判別する試験紙に関し、更に詳細には、該試験紙によって証明された有効且つ安全な次亜塩素酸組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルスなどの病原体の除染は病原体による感染症の予後措置及び予防措置上重要な技術であり、これまで消毒用エタノールや、ホルマリン燻蒸、次亜塩素酸塩を主成分とする汎用殺菌剤などで行われてきている。しかしながら、室内全体を安全に殺菌する方法はこれまで知られておらず、わずかに、電解次亜塩素酸を噴霧する方法が知られているが、非電離型次亜塩素酸については、塩化ナトリウム水溶液の電気分解により生じるが、この様に生成した非電離型次亜塩素酸水は、一時的にしか存在せず、すぐに塩素と水に分解することも知られている。この為、塩素による毒性発現が問題となっていた。
【0003】
そのほかには、次亜塩素酸乃至はその塩の毒性があまり発現せず、殺菌作用にすぐれる非電解非電離型次亜塩素酸を使用時に発生させる、トリクロロイソシアヌル酸を利用した錠剤と、それを水に溶かすによって生じる液をドライミスト化し、広域空間の殺菌に用いる方法が開発されている(例えば、特許文献1、特許文献2を参照)。また、トリクロロイソシアヌル酸については、殺菌剤への応用は既に知られている(例えば、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6を参照)。さらに、ジクロロイソシアヌル酸を中心とする塩化イソシアヌル酸類に消臭・殺菌作用があることも知られている(特許文献7、特許文献8、特許文献9、特許文献10、特許文献11を参照)。
【0004】
新型コロナウイルスに代表される、コロナウイルス科のウイルスは、エアゾール感染を起こし、且つ、壁面などの表面上に長時間生存することがわかっており、この様な住空間滞在性の高い病原ウイルスの有効な除去手段が、新型コロナウイルス感染のアウトブレーク後、求められるようになってきた。特に、安全性を必要とする空間除染においては、この様な素材が強く望まれている。
【0005】
また、非電離型次亜塩素酸については、塩化ナトリウム水溶液の電気分解により生じることが知られているが、この様に生成した非電離型次亜塩素酸水は、一時的にしか存在せず、すぐに塩素と水に分解することも知られている。この為、塩素による毒性発現が問題となっていた。それであっても、NITEの発表では35ppmで、コロナ属のウイルスの抑制に有効とされている。
・・・
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】赤井仁志ら「空気・衛生工学論文集」122巻、2007、1-6
【非特許文献2】Lin Deng et.al.Environ Sci Pollut Res Int. 2018 Aug;25(23):23227-23235
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況下為されたものであり、この様な住空間滞在性の高い病原ウイルスの有効で安全な除去手段を提供することを目的とする。また、本発明は、そのような有効で安全な除去手段を判別する手段を提供することを目的とする。」
イ 「【課題を解決するための手段】
【0009】
このような状況に鑑みて住空間滞在性の高い病原ウイルスの有効な除去手段を求めて鋭意研究努力を重ねた結果、本発明者らは、トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選択される1種乃至は2種以上を、緩衝塩の存在下、水性担体に溶解せしめて発生させた非電離型次亜塩素酸が、ウイルスを、人の存在下、有効に除去できることを見出した。
【0010】
このような非電離型次亜塩素酸が、毒性を示さずに、有効な除菌効果を示すのは、除菌効果が非電離型次亜塩素酸そのものにあり、これが分解してできる塩素分子に依存しないためである。非電離型次亜塩素酸は、緩衝塩によって水素イオンが電離しない形に安定化されており、かかる次亜塩素酸における水素原子は酸としての性格よりも、酸素原子とともに水酸基に近い性質を示すことになる。この様な次亜塩素酸については、塩素分子の生成量が少ないと言うことを本発明者らは見出している。
加えて、病原体に対する除染効果も、塩素分子を有効成分とする、次亜塩素酸ナトリウムや電解次亜塩素酸水よりも高いことを本発明者らは見出しているし、生体に対する毒性と、病原体に対する毒性の差が大きいことも見出している。
【0011】
従って、次亜塩素酸類の使用に際しては、この様な非電離型次亜塩素酸が、塩素分子に対してどれだけ多く存在しているかが、安全に効果が高く使えるかの指標になるが、この点について言究した公表資料は存在しない。それ故、非電離型次亜塩素酸量と塩素分子量とを同時に判別する方法は存在しない。次亜塩素酸由来の塩素と、塩素分子に由来する塩素を測定する方法としては、DPD(N,Nージエチルフェニレンジアミン)法やSBT法が知られている(非特許文献1を参照)。また、シリングアルダジンもこれらの塩素に呈色反応を示すことが知られている(非特許文献2を参照)。シリングアルダジンは、分子状の塩素と非電離状態の次亜塩素酸のような分子に結合した塩素の両方に反応し、且つ、両者との反応性に差があり、まず、分子状の塩素に対して発色し、次いで、結合型の塩素に反応し発色する。具体的には、1~2秒程度で分子状の塩素に対して発色し、次いで3秒以上で結合型の塩素に反応する。言い換えれば、接触後2秒以内の発色により、分子状の塩素濃度を知ることができる。
【0012】
このような状況に鑑みて住空間滞在性の高い病原ウイルスの有効な除去手段を求めて鋭意研究努力を重ねた結果、非電離型次亜塩素酸を主成分とし、塩素分子の含有量が少ない次亜塩素酸水を鑑別し用いることにより、この様な目的が達成されることを見出した。」
ウ 「【発明の効果】
【0015】
本発明の次亜塩素水及び組成物によれば、安全で、住空間滞在性の高い病原ウイルスなどの病原体の有効な除去手段を提供することができる。また、本発明の試験紙によれば、そのような有効で安全な除去手段を判別する手段を提供することができる。」
エ 「【発明を実施するための形態】
【0017】
<次亜塩素酸水>
本発明の次亜塩素酸水はpH5~7.5である。より好ましくはpH6以上、さらに好ましくはpH6.3以上である。また、本発明の次亜塩素酸は、好ましくはpH7.3以下であり、より好ましくはpH7以下である。pHの値は通常市販されているpH測定計またはpH試験紙により測定することができる。
【0018】
本発明の次亜塩素酸の遊離塩素分子の濃度は、有効塩素濃度に比し低く、具体的には20ppm以下であり、・・・さらに好ましくは1ppm以下である。本発明の次亜塩素酸の遊離塩素分子の濃度は0ppmであってもよい。これは従来次亜塩素酸の有効成分が遊離の塩素分子であったところ、本願発明の次亜塩素酸では、非電離型の次亜塩素酸そのものであるためである。
【0019】
遊離の塩素分子の濃度は、シリングアルダジン試薬により測定することができる。シリングアルダジンは、分子状の塩素と非電離状態の次亜塩素酸のような分子に結合した塩素の両方に反応し、且つ、両者との反応性に差があり、まず、分子状の塩素に対して発色し、次いで、結合型の塩素に反応し発色する。具体的には、1~2秒程度で分子状の塩素に対して発色し、次いで3秒以上で結合型の塩素に反応する。言い換えれば、接触後2秒以内の発色により、次亜塩素酸水における分子状の塩素濃度を知ることができる。
・・・
【0021】
本発明の好ましい実施形態では、次亜塩素酸の濃度は、好ましくは10ppm以上、より好ましくは20ppm以上、さらに好ましくは50ppm以上、さらに好ましくは100ppm以上、さらに好ましくは150ppm以上である。
また、本発明の好ましい実施形態では、次亜塩素酸の濃度は、好ましくは500ppm以下、より好ましくは200ppm以下、さらに好ましくは300ppm以下、さらに好ましくは500ppm以下である。
・・・
【0023】
次亜塩素酸水に含まれる次亜塩素酸は、電離型次亜塩素酸と非電離型次亜塩素酸の何れでも良い。好ましくは非電離型次亜塩素酸を含む実施の形態とする。より好ましい実施の形態では、非電離型次亜塩素酸の濃度が、上述した次亜塩素酸の好ましい濃度範囲にある。
【0024】
本発明の好ましい実施の形態では、本発明の次亜塩素酸水は緩衝塩を含む。緩衝塩としては、ジクロロイソシアヌル酸、トリクロロイソシアヌル酸が分解して出来るイソシアヌル酸や、炭酸水素ナトリウムや炭酸水素カリウムのような炭酸水素塩、クエン酸、クエン酸ナトリウムのようなクエン酸塩、リン酸水素2ナトリウム、リン酸2水素1ナトリウムのようなリン酸塩、ホウ酸、乳酸、乳酸ナトリウムのような乳酸塩などが好適に例示できる。硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩化ナトリウムなどの強酸強塩基の塩も系を安定させるので緩衝塩に分類される。」
オ 「【0029】
<組成物>
本発明は次亜塩素酸水を調製することができる組成物にも関する。
本発明の一つの実施形態は、1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含む、組成物である。
【0030】
また、本発明の一つの実施形態では、水性媒体によって希釈したときに、上述した本発明の次亜塩素酸水を調製できる組成物である。具体的には、本発明は、1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含む組成物であって、3)水性媒体で希釈したときのpHが5~7.5であり、4)遊離の塩素濃度が10ppm以下である、組成物にも関する。
【0031】
上記水性媒体としては、水又は水溶液を例示することができ、水溶液としては酸性水溶液を好適に例示することができる。また、水性媒体による希釈率は、好ましくは100質量倍以上、より好ましくは200質量倍以上、さらに好ましくは500質量倍以上とすることができる。また、水性媒体による希釈率は、好ましくは10000倍以下、より好ましくは8000倍以下、さらに好ましくは6000質量倍以下、さらに好ましくは4000質量倍以下、さらに好ましくは2000質量倍以下、さらに好ましくは1000質量倍以下とすることができる。
【0032】
一つの実施形態として、1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含む組成物であって、3)500質量倍の水を加えたときのpHが6~7.5であり、4)遊離の塩素濃度が10ppm以下である、ウイルス除染用の組成物が挙げられる。
【0033】
本発明の主旨は、前述のごとく、安定で、使用しやすく、安全性の高い抗ウイルス所専用の組成物を提供することにある。この実現方法として、トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩の1種乃至は2種以上を、緩衝塩とともに製剤化し、必要に応じて、用時に水で溶解し、非電離型次亜塩素酸を発生せしめることが好ましい。
【0034】
このように発生せしめた次亜塩素酸は非電離型の水溶液として、ウイルス除染に適用される。このような水溶液の持つべき要件は、以下の(i)及び(ii)の2点である。
【0035】
(i)pH5~7.5である。
好ましくはpH6以上、さらに好ましくはpH6.3以上である。また、好ましくはpH7.3以下であり、より好ましくはpH7以下である。
【0036】
(ii)遊離の塩素分子の濃度が20ppm以下の域であれば、10ppm以下である。
遊離の塩素分子の濃度は、好ましくは9ppm以下、・・・さらに好ましくは1ppm以下である。また、遊離塩素分子の濃度は0ppmであってもよい。
また、有効塩素濃度との関係においては、有効塩素濃度に対して10%以下が好ましく、5%以下が更に好ましい。
後述の本発明の製造法によれば、遊離の塩素は0.1乃至は0.5ppm程度に抑えることができる。
【0037】
さらには、以下の(iii)の要件を満たすことが好ましい。
(iii)有効塩素量が10ppm以上である。
有効塩素量は、好ましくは20ppm以上、・・・さらに好ましくは150ppm以上である。また、有効塩素量は、好ましくは1000ppm以下、・・・さらに好ましくは500ppm以下である。
【0038】
このような数値範囲に本発明の組成物を収めることにより、水素イオンと、次亜塩素酸イオンに電離しない、非電離型次亜塩素酸を形成せしめ、ウイルス除去効果と、安全性を高めることが出来る。このような効果をもたらす理由は、ウイルスに対して、塩素分子が作用するのではなく、次亜塩素酸が直接作用するためと考えられる。
【0039】
このような組成物は、水溶液の形態も取ることができるし、粉末組成物或いは錠剤のような固形製剤組成物とし、用時に水性担体に溶解させて使用することもできる。例えば、固形製剤を仮定した場合であって、1Lの水性担体に溶解させて使用する使用形態を考えれば、200ppm程度の次亜塩素酸を生成せしめるには、200~300mgのトリクロロイソシアヌル酸、乃至は、300~500mgのジクロロイソシアヌル酸ナトリウムが必要となる。
【0040】
組成物におけるジクロロイソシアヌル酸、トリクロロイソシアヌル酸及びこれらの塩の含有量は、好ましくは10質量%以上、より好ましくは20質量%以上、さらに好ましくは30質量%以上、さらに好ましくは40質量%以上、さらに好ましくは50質量%以上である。
また、組成物におけるジクロロイソシアヌル酸、トリクロロイソシアヌル酸及びこれらの塩の含有量は、好ましくは90質量%以下、より好ましくは80質量%以下、さらに好ましくは70質量%以下、さらに好ましくは65質量%以下である。
上記含有量の数値は、好ましくは組成物に含まれる水以外の成分の総量に対する含有量である。
【0041】
ジクロロイソシアヌル酸、トリクロロイソシアヌル酸及びこれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上を用いて、この様な非電離型次亜塩素酸を生成するためには、これらに対して0.1~5当量の緩衝塩を用いることが好ましい。緩衝塩としては、分解して出来るイソシアヌル酸、炭酸水素ナトリウムや炭酸水素カリウムのような炭酸水素塩、クエン酸、クエン酸ナトリウムのようなクエン酸塩、リン酸水素2ナトリウム、リン酸2水素1ナトリウムのようなリン酸塩、ホウ酸、乳酸、乳酸ナトリウムのような乳酸塩などが好適に例示できる。硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩化ナトリウムなどの強酸強塩基の塩も系を安定させるので緩衝塩に分類される。かかる成分は、常法に従い処理し、粉末、顆粒、錠剤に加工される。本発明の固形組成物としては、これらのいずれもが利用できる。
・・・
【0044】
これらの成分は、常法にしたがって処理することにより、顆粒、錠剤などの固形製剤、希釈して用いる濃縮タイプの液剤などに加工することができる。
本発明の好ましい実施の形態では、1)ジクロロイソシアヌル酸、トリクロロイソシアヌル酸及びこれらの塩と、2)緩衝塩を含む処方成分を好ましくは5分以上、より好ましくは6分以上、さらに好ましくは7分以上、さらに好ましくは8分以上、さらに好ましくは9分以上、攪拌混合することで組成物を調製することができる。好ましくは、当該攪拌混合の工程においては、水を添加しない。また、当該攪拌混合は、公知の何れの手段で実施してもよいが、ヘンシェルミキサーによる攪拌混合を好適に例示することができる。
上記の時間範囲にて攪拌混合を行うことによって、組成物を水性媒体に溶解したときに生じる遊離の塩素分子の濃度を低減することができる。
【0045】
このようにして製剤化された本発明の組成物を、水性媒体で溶解或いは希釈することにより発生する非電離型次亜塩素酸は、次亜塩素酸塩と異なり、滅菌性は維持するものの、生体に対する毒性は大きく軽減し、錠剤そのもののLD50値はマウスに対して1g/匹(推定100g/Kg)を越える。次亜塩素酸ソーダのような電解型では1g/Kgであること(http://www.jsia.gr.jp/data/naclo.pdf)に比べて、格段に低いことがわかる。また、液性は中性(pH6~7)であるため、アルカリによる腐食性も存しない。
・・・
【0047】
前記、トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸を水に溶かしたときに、電離型ではなく非電離型の次亜塩素酸にとどめる作用は、前記緩衝塩による。」
カ 「【0048】
<試験紙>
本発明は、次亜塩素酸の効果と毒性の判別のための試験紙であって、有効塩素濃度を測定する試験片、pHを測定する試験片及び遊離塩素分子濃度を測定する試験片とを独立に備えた、試験紙にも関する。
【0049】
ここで「試験片」とは少なくとも呈色部を含む試験紙及びその一部を意味する。有効塩素濃度を測定する試験紙の呈色部と、pHを測定する試験紙の呈色部と、遊離塩素分子濃度を測定する試験紙の呈色部が、同一の試験紙上に設けられた試験紙(図1参照)も、本発明の範囲に含まれる。また、上記3つの試験紙を互いに独立して備える試験紙のセットも本発明の範囲に含まれる。
・・・
【0053】
(i)pH5~7.5である。 好ましくはpH6以上、さらに好ましくはpH6.3以上である。また、好ましくはpH7.3以下であり、より好ましくはpH7以下である。
【0054】
(ii)遊離の塩素分子の濃度が20ppm以下の域であれば、10ppm以下である。 遊離の塩素分子の濃度は、好ましくは9ppm以下、より好ましくは8ppm以下、さらに好ましくは7ppm以下、さらに好ましくは6ppm以下、さらに好ましくは5ppm以下、さらに好ましくは4ppm以下、さらに好ましくは3ppm以下、さらに好ましくは2ppm以下、さらに好ましくは1ppm以下である。また、遊離塩素分子の濃度は0ppmであってもよい。
・・・
【0057】
(i)pHを測定する手段については、通常市販されているpH試験紙を用いることもできるし、チモールブルーなどの試薬をアルコールなどに溶解し、紙上に噴霧コートし調製した試験紙を用いることもできる。
【0058】
(ii)遊離の塩素濃度を測定する手段としては、シリングアルダジンを呈色薬に用いることが好ましく、シリングアルダジンを呈色試薬としてコートした試験紙を用いることもできる。試験紙は、シリングアルダジンを溶剤に溶解し、紙上に噴霧し試験紙を調製することもできる。
【0059】
シリングアルダジンは低濃度の有効塩素濃度を測定する呈色であるが、次亜塩素酸由来の塩素に対する呈色反応の速度と、遊離の塩素分子に対する呈色反応の速度が異なり、接触後3秒以内に比色すると遊離の塩素分子の濃度が測定できる。市販の試験紙(日産化学工業株式会社製、「残留塩素試験紙 アクアチェック3」)においては、上限は10ppmである。これを越えると黒み帯びた色になり、濃度の上昇に応じた変化を示さない。
【0060】
(iii)有効塩素量を測定する手段については、DPDあるいはSBTといった試薬が知られている。これらを試験紙に加工した製品も販売されており、これを用いることもできるし、これらの試薬をアルコールに溶解し、紙媒体にコートすることもできる。
【0061】
これらの試験紙を、市販品であれば、呈色部を2~6mm×2~6mmの小片に切り出し、2~10mm×30~100mmの紙小片に順次両面テープなどで貼付することにより鑑別試験紙が製造できる。試験紙については、呈色程度とこれらの数値を照らし合わせる基準色票を添付することが好ましい(図2)。
・・・
【0063】
上述した(i)~(iii)に示したような数値範囲に次亜塩素酸水を収めることにより、水素イオンと、次亜塩素酸イオンに電離しない、非電離型次亜塩素酸を形成せしめ、ウイルス除去効果と、安全性を高めることが出来る。このような効果をもたらす理由は、ウイルスに対して、塩素分子が作用するのではなく、次亜塩素酸が直接作用するためと考えられる。」
キ 「【0068】
以下、実施例を示して、本発明について更に詳細に説明を加える。
【実施例1】
【0069】
<試験紙の作成>
6mm×50mmの紙片に、市販のSBT法の有効塩素試験片6mm×6mm、市販の万能試験片6mm×6mm、シリングアルダジン1mgを1mlのジメチルホルムアミドに溶解し、これを10mlのメタノールで希釈した液をA4の画用紙に均一に噴霧し、溶剤を揮散させ、試験紙を作成し、これから6mm×6mmの紙片を切り出し、これらを順次両面テープで貼付し、本発明の試験紙を作成した。
【実施例2】
【0070】
<トリクロロイソシアヌル酸錠の作成>
以下に示す処方に従って、即ち、処方成分をヘンシェルミキサーで10分間、混合した後、1gを秤量し、打錠機で打錠して錠剤を得た。この錠剤を水道水5lで溶かしたところ、直ちに溶解し、溶液について、実施例1の試験紙で判別を行ったところ、pHは6.5で次亜塩素酸の濃度は100ppmで、溶解直後の遊離塩素分子濃度は0.2ppmあった。このものは異臭がほとんどなかった。
【0071】
【表1】
[図:0001396763000001.jpg]
【実施例3】
【0072】
実施例2の錠剤調整において、混合時間を3分とし、それ以外は実施例2と同様に操作し、溶液について実施例1の試験紙で測定したところ、pHは7.5で有効塩素濃度は100ppm、遊離の塩素分子は10ppmを越えてスケールオーバーしていた。希釈してスケール内に比色をおさめ測定したところ、20ppmであり、このものは刺激臭が強かった。
【実施例4】
【0073】
実施例2と同様に、表2の成分を処理し、粉末製剤の組成物を得た。このもの1.3gを秤量し、これに水2Lを加え、実使用液を調整した。この液に実施例1の試験紙を接触させて、標準と比色したところ。pHは6であり、有効塩素濃度は200ppmであり、遊離の塩素分子の濃度は10ppmであった。このものは多少の異臭はするものの、刺激を感じるには至らなかった。
【0074】
【表2】
[図:0001396763000002.jpg]
【実施例5】
【0075】
実施例2と同様に表3にしたがって、粉末を作成し、このもの1.17gを秤量し、0.13mgのクエン酸を溶かした2Lの水に溶かした。このものに実施例1の試験紙を接触させ、標準色票と比色したところ、pH6.0であり、有効塩素濃度は200ppmであり、遊離の塩素分子濃度は5ppmであった。異臭は極めて軽度であった。刺激はほとんど感じなかった。これより、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウムを用いる場合には、酸性の水性媒体に溶解せしめて実用液を製造することが好ましいことがわかる。
【0076】
【表3】
[図:0001396763000003.jpg]
【実施例6】
【0077】
実施例2の100ppmの実使用液について、豚コロナウイルスに対する作用を調べた。ベロ細胞に豚コロナウイルスを感染させ、予め計測した実使用液のTCIDの検出限界値で10分処理した場合としなかった場合でのウイルス減少率を算出した。接種後 10 分で<100.5 TCID50 / mL(検出限界未満)であり、ウイルスの減少率は99.999%を上回ることがわかった。これより、本発明の組成物はコロナウイルスの除染に用いることができることがわかる。また、遊離の塩素分子濃度が低いことから活性本体は次亜塩素酸そのものであることもわかる。NITEによれば次亜塩素酸のコロナ属のウイルスに対する有効濃度は有効塩素量として35ppmであり、この製剤はその数値を遙かにしのぐものである。このように非電離型次亜塩素酸と、通常の電離可能な次亜塩素酸において差異があることは、これを的確に鑑別できる技術が必要であり、本発明の試験紙はその必要性を充足するものであることがわかる。故に、本発明の試験紙で効果と安全性が確認された次亜塩素酸水はいままで全く概念として存在せず、その効果と安全性は著しく、従来知られている次亜塩素酸水とは全く異なるものである。
【0078】
<実施例のまとめ>
実施例2~5についてまとめると、表4のようになる。すなわち、次亜塩素酸の発生源は、トリクロロイソシアヌル酸(TCCA)でも、ジクロロイソシアヌル酸あるいはその塩(DCCN)でも良く、同じ処方であっても製法により遊離の塩素分子の質量は変わり、それにより刺激の強さも変わる。遊離の塩素量は20ppm以下であることが好ましく、10ppm以下であることがより好ましい。これは、本発明の試験紙のシリングアルダジンの呈色反応により知ることが出来る。
【0079】
【表4】
[図:0001396763000004.jpg]
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明はコロナウイルスなどのウイルスや病原体の除染に適用できる。」
ク 「【図1】
[図:0001396763000005.jpg]
【図2】
[図:0001396763000006.jpg]
」
(3) 本件特許明細書における用語の意味
ここで、本件特許明細書(さらには本件特許請求の範囲)において使用されている用語の意味について、あらかじめ整理をしておく。
本件特許明細書において用いられている、次のア~オの用語の意味は、審理事項通知書の2(5)に記載した、以下のとおりの内容と理解されるものである。
なお、以下に示す用語の意味の解釈については、両当事者間に争いはない。
ア 有効塩素:HClO、ClO-、Cl2の総称
イ 非電離型次亜塩素酸:溶液中で電離していない次亜塩素酸(HClO)
ウ 電離型次亜塩素酸、次亜塩素酸イオン:溶液中で電離している次亜塩素酸(ClO-)
エ 塩素分子、遊離塩素分子、遊離の塩素分子:溶液中に溶解して存在している塩素分子(Cl2)
オ 次亜塩素酸:非電離型次亜塩素酸(HClO)と電離型次亜塩素酸(ClO-)の総称
(4) 検討
ア 請求人の論旨等に沿った検討
始めに、前記第2の1(2)ア(ア)の前提事項1a~前提事項1cに基づいた、同(イ)の実施可能要件違反とする論旨に沿って検討する。
本件発明4及び5は、「次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであ」る、との発明特定事項を有するものであり、前記(3)オによれば、「次亜塩素酸」とは、「非電離型次亜塩素酸」と「電離型次亜塩素酸」の総称のことである。
そして、前記(3)ウによれば、「電離型次亜塩素酸」は「次亜塩素酸イオン」と同義であるから、本件発明4及び5は、「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」を合わせた濃度が「50~500ppmであ」ることを特定するものであり、このことからすれば、「次亜塩素酸水」に「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」が共存するものを排除するものとはいえない。
また、本件発明4及び5は、「遊離塩素分子の濃度が20ppm以下であ」る、との発明特定事項を有するものであり、「次亜塩素酸水」に「遊離塩素分子」が「20ppm」の濃度まで存在するものを包含するから、「次亜塩素酸水」に「遊離塩素分子」が共存するものを排除するものともいえない。
更に、本件発明4及び5の「有効成分が非電離型次亜塩素酸である」との発明特定事項は、単に、本件発明4及び5における「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸である」ことをいうものにすぎず、「有効成分」を「非電離型次亜塩素酸」のみに限定してはいないのであり、本件特許明細書に、「有効成分」から「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」を除外することが記載されるものでもない。
以上をまとめると、当業者は、本件発明4及び5における「有効成分」が、「非電離型次亜塩素酸」のみを指し、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)が除外されているとは解さないのであって、むしろ、請求人が前提事項1bにおいて主張するとおり、一般に、「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」も殺菌効力を有するから、本件発明4及び5における「有効成分」には、「非電離型次亜塩素酸」のみならず、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)も含まれると解するのが合理的である。
そして、前提事項1a~前提事項1cは、総じて、本件発明4及び5における「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみを指し、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)が除外されていると解した上で、そのような組成物を製造することは不可能であることをいうものであるが、本件発明4及び5における「有効成分」には、「非電離型次亜塩素酸」のみならず、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)も含まれると解されるのであるから、前提事項1a~前提事項1cには、本件発明4及び5における「有効成分」についての誤認があるというべきである。
したがって、前提事項1a~前提事項1cは、本件発明4及び5についての実施可能要件を論ずるための根拠事実としては妥当でないので、これらの前提事項に基づく前記論旨を採用して、請求人が主張する実施可能要件違反に係る無効理由1の1に理由があるということはできない。
イ 請求人の種々の主張についての検討
次に、請求人が、無効理由1の1に関し、口頭審理陳述要領書などにおいてるる主張する点について、ここで検討しておく。
(ア) 請求人は、弁駁書において、概略、以下の旨を主張している。
a 有効成分及び50~500ppmの数値範囲との関係
本件特許明細書や甲第10号証の1、甲第10号証の2などの記載によれば、本件発明における「有効成分」は「非電離型次亜塩素酸」のみであるか、「非電離型次亜塩素酸」を主成分とする「有効塩素」であり、その場合、特許請求の範囲の「50~500ppm」の数値要件は、本来、DPD法で測定できる「非電離型次亜塩素酸」を含む「有効塩素濃度」のことであるのに、実施例3においては、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみであることも、「50~500ppm」の数値要件が「非電離型次亜塩素酸」を含む「有効塩素濃度」のことであることも記載されていないから、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たさない(4頁6行~16頁6行)。
b 化学方程式に関する事項
本件特許明細書の記載(段落【0037】、【0038】、【0055】、【0063】)によれば、本件発明においては、「遊離塩素分子」が作用するのではなく、「非電離型次亜塩素酸」の直接作用によってウイルス除去効果が発揮されているとされており、「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」によるウイルス除去効力は否定されているが、実施例においては「遊離塩素分子」の発生を当然の前提としているから、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たさない(16頁7行~18頁8行)。
c 実施例3の問題点
実施例3における「非電離型次亜塩素酸」、「次亜塩素酸イオン」及び「遊離塩素分子」の濃度は、本件発明において、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみであること、または「非電離型次亜塩素酸」を主成分とする「有効塩素」であるという発明特定事項を満足しないから、当業者は、実施例3に基づいて本件発明を実施することができない(18頁9行~25頁22行)。
d 実施可能要件と特許請求の範囲との関係
実施例の記載が特許請求の範囲の記載と矛盾する場合は、当業者は実施例に基づいて特許請求の範囲に係る発明を実施できないが、甲第2号証、甲第3号証のグラフに基づけば、実施例3は「非電離型次亜塩素酸」が100ppmのうち50ppmを占めているに過ぎないから、本件発明の「有効成分」の要件を充足しないので、当業者は実施例3に基づいて本件発明を実施できない(25頁23行~27頁7行)。
(イ) 請求人は、口頭審理陳述要領書において、概略、以下の旨を主張している。
本件特許明細書においては、「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」のウイルスに対する効力をどうして度外視できるのか、その根拠が明らかにされておらず、専ら「非電離型次亜塩素酸」のみを「有効塩素」と見なしているのは、ほかの「有効塩素」よりもその存在比率が多量の状態で存在しているからであって、そのほかの根拠は見いだせないが、実施例3において、「非電離型次亜塩素酸」がほかの「有効塩素」よりも多量な状態で存在しているわけではないから、当業者は実施例3に基づいて本件発明を実施できない(3頁7行~7頁19行)。
(ウ) 請求人は、令和4年7月11日提出の上申書において、概略、以下の旨を主張している。
a 審査過程における被請求人の主張について
本件発明に係る特許の審査過程からみて、本件発明における「有効成分」は「非電離型次亜塩素酸」に特定されており、被請求人の答弁書及び陳述要領書の主張は前記審査過程における主張と矛盾する(3頁8行~5頁18行)。
b 特許請求の範囲について
本件発明に係る特許の審査過程において本件発明の新規性、進歩性が是認されたことと、「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」の濃度からみて、「次亜塩素酸イオン」や「遊離塩素分子」が「有効成分」ではあり得ないことから、本件発明における「有効成分」は「非電離型次亜塩素酸」のみであることに疑いはない(5頁19行~6頁最終行)。
c 発明の詳細な説明の記載について
発明の詳細な説明の記載(段落【0009】、【0017】、【0023】、【0035】、【0036】、【0038】、【0053】、【0054】、【0063】、【0077】)は、「非電離型次亜塩素酸」のみが「有効成分」であることを明りょうに裏付けている(7頁1行~9頁25行)。
d 被請求人の主張について
前記a~cによれば、本件発明における「有効成分」は「非電離型次亜塩素酸」のみであることに疑いの余地はないから、「有効成分」に関する被請求人の口頭審理陳述要領書における主張は排斥されなければならない(9頁26行~13頁8行)。
e 実施可能要件について
本件発明において、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみであるとき、「非電離型次亜塩素酸」の存在比率がほかの有効塩素より多量であることが必要であるのに、実施例3においては、「非電離型次亜塩素酸」の存在量が明らかにされていないから、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たさない(13頁10行~14頁16行)。
(エ) 以下、前記(ア)~(ウ)の主張について検討すると、前記主張は、総じて、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみであること、または「非電離型次亜塩素酸」を主成分とする「有効塩素」であること、すなわち、「非電離型次亜塩素酸」がほかの「有効塩素」よりもその存在比率が多量の状態で存在しているものであり、その場合、「50~500ppm」の数値要件が、「非電離型次亜塩素酸」を含む「有効塩素濃度」のこととなることを前提とするものである。
ところが、本件発明4及び5における「有効成分」には、「非電離型次亜塩素酸」のみならず、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)も含まれると解されることは、前記アに記載したとおりであるから、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみであるとはいえない。
また、本件特許明細書の段落【0021】、【0023】(前記(2)エ)によれば、本件発明の好ましい実施形態においては、次亜塩素酸水に含まれる「次亜塩素酸」の濃度が50ppm以上500ppm以下であり、「次亜塩素酸」は、「電離型次亜塩素酸」と「非電離型次亜塩素酸」の何れでも良く、好ましくは「非電離型次亜塩素酸」を含む実施の形態とするものであって、本件発明4及び5においては、このことに基づいて、「次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであり」、「有効成分が非電離型次亜塩素酸である」と特定されるものである。
そうすると、本件特許明細書の記載に接した当業者は、「有効成分」において、「非電離型次亜塩素酸」がほかの「有効塩素」よりもその存在比率が多量の状態で存在するとも、「50~500ppm」の数値要件が「有効塩素濃度」のこととなるとも解さないから、前記前提には、本件発明4及び5における「有効成分」及び「50~500ppm」の数値要件についての誤認があるというべきである。
更に、実施例3(前記(2)キ段落【0072】)が本件発明4及び5の発明特定事項を満たすことは、下記ウ(ウ)及び(キ)に記載したとおりであるから、当業者は、実施例3に基づいて本件発明4及び5を実施することができるので、前記(ア)~(ウ)の主張はいずれも採用できない。
ウ 一般的な実施可能要件の判断基準に沿った検討
最後に、念のため、前記(1)の判断基準に当てはめて、無効理由1の1について検討をする。
(ア) まず、前記(2)キ(段落【0068】~【0072】)の実施例3に注目すると、実施例3は、トリクロロイソシアヌル酸52.7質量%、炭酸ナトリウム13.6質量、炭酸水素ナトリウム27.3質量%、ホウ酸1.9質量%、硫酸ナトリウム4.5質量%の処方成分をヘンシェルミキサーで3分間混合した後、1gを秤量し、打錠機で打錠して錠剤を得て、この錠剤を水道水5lで溶かして溶解し、この溶液について、6mm×50mmの紙片に、(i)市販のSBT法の有効塩素試験片6mm×6mm(SBT試験片)、(ii)市販の万能試験片6mm×6mm(pH試験片)、(iii)シリングアルダジン1mgを1mlのジメチルホルムアミドに溶解し、これを10mlのメタノールで希釈した液をA4の画用紙に均一に噴霧し、溶剤を揮散させ、試験紙を作成し、これから6mm×6mmの紙片を切り出したもの(シリングアルダジン試験片)、を順次両面テープで貼付して作成した試験紙で判別を行ったところ、pHは7.5で、有効塩素濃度は100ppm、遊離の塩素分子濃度は、20ppmであったものであることが分かる。
(イ) そして、実施例3に係る錠剤は、水道水5lで溶かして溶解したとき、pHが7.5となるものであるから、本件発明4における、「水性媒体によって希釈したとき、pH5~7.5であ」る「組成物」に相当し、実施例3において遊離の塩素分子の濃度が20ppmであることは、本件発明4における、「前記遊離塩素分子の濃度が20ppm以下であ」る、との発明特定事項を満たしている。
また、前記(3)ア、エ及びオのとおり、「有効塩素」がHClO、ClO-、Cl2の総称を意味し、「遊離塩素分子」が溶液中に溶解して存在している塩素分子(Cl2)を意味し、「次亜塩素酸」が非電離型次亜塩素酸(HClO)と電離型次亜塩素酸(ClO-)の総称を意味することからみれば、「次亜塩素酸の濃度」が、「有効塩素濃度」から「遊離塩素分子の濃度」を差し引くことにより求められることは当然の帰結というべきであるから、「有効塩素濃度」が100ppm、「遊離塩素分子の濃度」が20ppmである実施例3の「次亜塩素酸の濃度」は、80ppm(=100ppm-20ppm)と算出できるので、実施例3の「次亜塩素酸の濃度」は、本件発明4における、「次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであ」る、との発明特定事項を満たし、「有効塩素濃度」が100ppm、「遊離塩素分子の濃度」が20ppmである実施例3は、本件発明4における、「遊離塩素分子の濃度が有効塩素濃度に比して少な」い、との発明特定事項を満たすものである。
更に、実施例3に係る錠剤は、処方成分として「トリクロロイソシアヌル酸」を含み、前記(2)エ(段落【0024】)、オ(段落【0041】)によれば、前記処方成分のうち少なくとも炭酸水素ナトリウム、ホウ酸及び硫酸ナトリウムは「緩衝塩」といえるから、実施例3に係る錠剤は、本件発明4における、「1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含」む、との発明特定事項を満たすし、前記(2)オ(段落【0038】、【0047】)によれば、前記「緩衝塩」は「非電離型次亜塩素酸」を形成せしめるものであって、当該「非電離型次亜塩素酸」は、ウイルス除去効果と安全性を高める「有効成分」といえると共に、前記処方成分及び水道水は、いずれも「アルカリ金属又はアルカリ土類金属の亜塩素酸塩」を含まないから、実施例3に係る錠剤は、本件発明4における、「有効成分が非電離型次亜塩素酸である、次亜塩素酸水を調製できる」「組成物(但し、前記水性媒体と前記組成物の何れにもアルカリ金属又はアルカリ土類金属の亜塩素酸塩が含まれない。)」、との発明特定事項を満たすものである。
そして、実施例3は、シリングアルダジン試験片により「遊離塩素分子の濃度」を測定するものであり、このことと前記(2)エ(段落【0019】)の「遊離の塩素分子の濃度は、シリングアルダジン試薬により測定することができる。」、「接触後2秒以内の発色により、分子状の塩素濃度を知ることができる。」との記載を併せてみれば、実施例3における「遊離塩素分子の濃度」は、「シリングアルダジン試薬との接触時間2秒以内の比色で決定」されるものといえ、これは、本件発明4における、「遊離塩素分子の濃度がシリングアルダジン試薬との接触時間2秒以内の比色で決定される」、との発明特定事項を満たすものである。
(ウ) 前記(イ)によれば、実施例3は、本件発明4の発明特定事項を全て満たすものである。そして、このことは、前記(2)キに記載された他の実施例2、4、5についても同様であるから、当業者は、これらの実施例に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明4に係る組成物を生産することができるといえる。
(エ) また、当該組成物は、前記実施例4や前記(2)オの段落【0045】などに記載されるように水性媒体で溶解あるいは希釈した実使用液として使用するものであることは明らかであるから、これらの実施例に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明4に係る組成物を使用することもできるということができる。
(オ) 加えて、水性媒体の種類や希釈量、錠剤調製時の攪拌混合時間などにより、当該組成物により調製した次亜塩素酸水のpH、次亜塩素酸の濃度及び遊離塩素分子の濃度を調整することができることも、前記実施例や前記(2)オの段落【0044】などからうかがい知ることができるから、前記実施例とは異なるpHや諸濃度への調製についても過度の試行錯誤を要することはないといえる。
もとより、発明の詳細な説明の実施例以外の記載をみると、前記(2)オの段落【0039】~【0044】などには、本件発明4に係る組成物の成分組成及びその調製方法に関する記載があり、当該組成物の構成やその生産の指針となり得る記載を認めることができる。
(カ) 以上のことを前記(1)の判断基準に当てはめると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明4に関して、実施可能要件に適合するというべきである。
(キ) 更に、実施例3は、SBT試験片により「有効塩素濃度」を測定するものであり、これは、本件発明5における、「有効塩素濃度が、DPD法による試験法またはSBT法による試験片で定量されるものである」、との発明特定事項を満たすものであり、このことと前記(イ)によれば、実施例3は、本件発明5の発明特定事項も全て満たすものである。
すると、前記(ウ)~(オ)に記載したのと同様の理由により、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明5に関しても、実施可能要件に適合するというべきである。
(ク) 前記(カ)及び(キ)によれば、前記(1)の判断基準に当てはめてみても、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明4及び5に関して、実施可能要件に適合するというべきである。
2 無効理由1の2(明確性要件違反)について
(1) 明確性要件の一般的な判断基準
特許請求の範囲の記載が、明確性要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきものであると解される(知財高裁平成21年(行ケ)第10434号)。
(2) 請求人の論旨等に沿った検討
始めに、前記第2の1(2)イ(ア)の前提事項2a~前提事項2cに基づいた、同(イ)の明確性要件違反とする論旨に沿って検討する。
前提事項2a~前提事項2cは、前記1(4)アと同様に、総じて、本件発明4及び5における「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」のみを指し、「次亜塩素酸イオン」(さらには「遊離塩素分子」)が除外されていると解した上で、そのような規定は一般的な当業者の認識とは矛盾し、その内容が明確でないことをいうものである。
そうすると、前記1(4)アに記載したのと同様の理由により、前提事項2a~前提事項2cには、本件発明4及び5における「有効成分」についての誤認があるというべきであり、前提事項2a~前提事項2cは、本件発明4及び5についての明確性要件を論ずるための根拠事実としては妥当でないので、これらの前提事項に基づく前記論旨を採用して、請求人が主張する明確性要件違反に係る無効理由1の2に理由があるということはできない。
(3) 請求人の種々の主張についての検討
次に、請求人が、無効理由1の2に関し、口頭審理陳述要領書などにおいてるる主張する点について、ここで検討しておく。
ア 請求人は、弁駁書において、概略、以下の旨を主張している。
(ア) DPD法を考慮した場合について
本件発明においては、「次亜塩素酸イオン」の濃度を捨象した上で、「次亜塩素酸の濃度が50~500ppm」であることを要件としているが、DPD法は、「非電離型次亜塩素酸」の濃度だけでなく「次亜塩素酸イオン」の濃度も合わせて測定するものであるから、本件発明における「次亜塩素酸の濃度」をDPD法で測定することはできないので、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない(27頁10行~28頁19行)。
(イ) 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載について
本件特許明細書の発明の詳細な説明に、「次亜塩素酸の濃度」に「非電離型次亜塩素酸」の濃度だけでなく「次亜塩素酸イオン」の濃度も含まれることが記載されていれば、明確性要件を満たすと解する余地はあるが、発明の詳細な説明にはそのような記載はなされていないから、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない(28頁20行~29頁12行)。
(ウ) 被請求人の主張について
a DPD法による測定の場合には、「次亜塩素酸イオン」の濃度を捨象した上で「次亜塩素酸の濃度」を測定することは不可能であることに変わりはないから、被請求人の答弁書における明確性要件についての主張は明確性要件違反に対する反論とはなり得ない。
b 特許請求の範囲における「50~500ppm」の濃度は専ら「次亜塩素酸」を対象としており、「有効塩素」を対象とするものではなく、DPD法により「次亜塩素酸の濃度」を測定することは不可能であることに変わりはないから、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない。
c 「有効塩素」が「非電離型次亜塩素酸」、「次亜塩素酸イオン」及び「遊離塩素分子」を含む、とする主張は正当であるが、その場合、「有効成分」は「非電離型次亜塩素酸」、「次亜塩素酸イオン」及び「遊離塩素分子」であるのに、本件特許明細書の段落【0023】では「有効成分」から「遊離塩素分子」を除外しているから、新たな矛盾が発生するし、特許請求の範囲における「次亜塩素酸の濃度が50~500ppm」である、という限定は、「遊離塩素分子」の濃度が除外され、「有効成分」を反映していないから、無意味かつ明りょうでないものとなるので、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない(29頁13行~32頁23行)。
イ 以下、前記ア(ア)~(ウ)の主張について検討すると、これらの主張は、総じて、本件発明における「次亜塩素酸の濃度」が、「次亜塩素酸イオン」の濃度を除いたものであることを前提として、そのような「次亜塩素酸の濃度」はDPD法では測定できないことをいうものであるが、本件発明においては、「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」を合わせた濃度が「50~500ppmであ」ることを特定するものであることは、前記1(4)アに記載したとおりであるので、係る前提には、本件発明4及び5における「次亜塩素酸の濃度」についての誤認があるというべきである。
そして、当業者は、DPD法による「有効塩素濃度」の測定結果からシリングアルダジンによる「遊離塩素分子の濃度」の測定結果を差し引くことで、「次亜塩素酸」の濃度を知ることができることは、前記1(4)ウ(イ)に記載したとおりであるし、本件特許明細書の段落【0023】(前記1(2)エ)には、次亜塩素酸水に含まれる次亜塩素酸は、電離型次亜塩素酸と非電離型次亜塩素酸の何れでも良いこと、好ましくは非電離型次亜塩素酸を含む実施の形態とすること、より好ましい実施の形態では、非電離型次亜塩素酸の濃度が、次亜塩素酸の好ましい濃度範囲にあることが記載されているにすぎず、「有効成分」から「遊離塩素分子」を除外することが記載されるものではないから、前記段落【0023】の記載が特許請求の範囲の記載と矛盾するものでもない。
してみれば、特許請求の範囲における「次亜塩素酸の濃度が50~500ppm」である、との発明特定事項において、「遊離塩素分子」の濃度が除外され、「有効成分」を反映していないとしても、前記発明特定事項は明確であるので、前記ア(ア)~(ウ)の主張は採用できない。
ウ 請求人は、口頭審理陳述要領書において、概略、以下の旨を主張している。
(ア) 本件特許明細書の段落【0036】を参照すると、本件発明において、pH値が7.5で、かつ「遊離塩素分子」の濃度が0である場合、「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」は、室温25℃で同等の濃度で存在し、室温25℃以上で「非電離型次亜塩素酸」の濃度は「次亜塩素酸イオン」の濃度よりも低くなるから、「有効成分」が存在しなくなるという矛盾が生じるので、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない(8頁5行~10頁5行)。
(イ) 仮に、明確性要件違反を不問とした場合、被請求人は本件特許に係る特許権に基づいた権利侵害を主張することができるが、係る主張は請求人の営業に対する不当な干渉であるから、第三者の利益に対する不当な侵害である(10頁6行~19行)。
エ また、請求人は、令和4年7月11日提出の上申書において、概略、以下の旨を主張している。
「遊離塩素分子」の濃度が0であり、かつ「非電離型次亜塩素酸」と「次亜塩素酸イオン」が同等の濃度で存在するか、「非電離型次亜塩素酸」の濃度が「次亜塩素酸イオン」の濃度よりも低い場合、ウイルスの除染を前提とする「有効成分」が存在し得るか否かについては明らかでないので、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たさない(14頁17行~15頁6行)。
オ 以下、前記ウ及びエの主張について検討すると、前記ウ及びエの主張は、総じて、「有効成分」が「非電離型次亜塩素酸」を主成分とする「有効塩素」であって、「非電離型次亜塩素酸」がほかの「有効塩素」よりもその存在比率が多量の状態で存在していることを前提とするものであるが、前記1(4)イ(エ)に記載したのと同様の理由により、係る前提には、本件発明4及び5における「有効成分」についての誤認があるというべきである。
そして、前記(2)及び下記(4)より、特許請求の範囲の記載は明確性要件を満たすものであるから、被請求人により、本件特許に係る特許権に基づいた権利侵害の主張がされたとしても、これが請求人の営業に対する不当な干渉であるとも、第三者の利益に対する不当な侵害であるともいえないので、前記ウ及びエの主張も採用できない。
カ 以上のとおり、請求人の主張はいずれも採用できない。
(4) 一般的な明確性要件の判断基準に沿った検討
最後に、念のため、前記(1)の判断基準に当てはめて、無効理由1の2について検討をする。
ア 本件発明4における「次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであ」る、との発明特定事項は明確であることは、前記(3)イに記載したとおりであり、前記1(4)アに記載したのと同様の理由により、本件発明4における「有効成分」の意味も明確であるから、本件発明4の「水性媒体によって希釈したとき、pH5~7.5であり、次亜塩素酸の濃度が50~500ppmであり、遊離塩素分子の濃度が有効塩素濃度に比して少なく、前記遊離塩素分子の濃度が20ppm以下であり、有効成分が非電離型次亜塩素酸である、次亜塩素酸水を調製できる組成物であって」、との発明特定事項は明確である。
また、本件発明4の、「1)トリクロロイソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸及びそれらの塩から選ばれる1種乃至は2種以上と、2)緩衝塩を含み」、との発明特定事項は、本件特許明細書の段落【0024】、【0041】(前記1(2)エ、オ)の記載から「緩衝塩」を理解できるから、明確であり、更に、本件特許明細書の段落【0019】(前記1(2)エ)の記載からみれば、当業者は、本件発明4の「前記遊離塩素分子の濃度がシリングアルダジン試薬との接触時間2秒以内の比色で決定されるものである」、との発明特定事項が、シリングアルダジンの2秒以内の分子状の塩素に対する発色により、「遊離塩素分子」の濃度を測定するものであることを理解することができる。
更に、本件発明4の「組成物(但し、前記水性媒体と前記組成物の何れにもアルカリ金属又はアルカリ土類金属の亜塩素酸塩が含まれない。)。」、との発明特定事項も明確であるから、本件発明4の発明特定事項は、いずれも、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
イ また、本件特許明細書の段落【0011】(前記1(2)イ)の記載からみれば、DPD法やSBT法は、次亜塩素酸由来の塩素と、塩素分子に由来する塩素を測定する方法として従来から知られるものであり、前記1(3)アによれば、次亜塩素酸由来の塩素、すなわち「非電離型次亜塩素酸」及び「次亜塩素酸」由来の塩素と塩素分子に由来する塩素とは、「有効塩素」にほかならないから、本件発明5の「前記有効塩素濃度が、DPD法による試験法またはSBT法による試験片で定量されるものである」、との発明特定事項も明確である。
このことと、前記アによれば、本件発明5の発明特定事項も、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
ウ 前記ア及びイによれば、本件特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないので、前記(1)の判断基準に当てはめてみても、本件特許請求の範囲の記載は、本件発明4及び5に関して、明確性要件に適合するというべきである。
3 無効理由2(公然実施発明に基づく新規性欠如)について
無効理由2は、確定クレームのとおり96号事件における訂正により削除された請求項1、2、3、6を対象とするものであるから、本件発明に対しては当てはまらない。もとより、これらの請求項についての審判の請求は、対象が存在しないことから不適法なものとして却下されるべきものである。
なお、96号事件において新たに提起された本件発明4及び5に関する公然実施発明(甲第7号証)に基づく進歩性欠如の無効理由については、前記第1の3に記載したとおり、理由がない旨の審決が確定している。
第5 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許請求の範囲の請求項4及び5に記載された発明についての特許を無効とすることはできない。
また、本件特許請求の範囲の請求項1、2、3及び6は、前記確定クレームのとおり存在しないので、これらの請求項についての審判の請求は、特許法第135条の規定により却下する。
そして、審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
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2021-800059