特許異議申立
2021-700509
周波数領域のセグメント特徴解析による状態識別法
- 審判番号
- 2021-700509
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2017-207617
- 登録番号
- 6792746
- 請求日
- 2021年05月25日
- 審決日
- 2022年08月04日
- 公報発行日
- 2022年12月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】宋 瀏陽
- 【権利者】陳山 鵬
- 【異議申立人】高橋 慈子
- 審判長/審判官
- 審判長 三崎 仁
- 審判官 渡戸 正義
- 審判官 石井 哲
- 分類
- P1651.121-YAA(G01M) / P1651.55 -YAA(G01M) / P1651.537-YAA(G01M)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第120条の5第2項、特許法第126条第5項、特許法第17条の2第3項、特許法第29条第2項、特許法第120条の5第7項、特許法第113条第1号、特許法第113条第2号、特許法第36条第6項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第6792746号発明「周波数領域のセグメント特徴解析による状態識別法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第6792746号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕について訂正することを認める。
特許第6792746号の請求項1及び2に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
特許第6792746号の請求項1及び2に係る特許についての出願は、平成29年10月10日(優先権主張 平成29年6月5日)に出願され、令和2年11月11日にその特許権の設定登録がされ、同年12月2日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和3年 5月25日 :特許異議申立人 高橋 慈子(以下「申立人」
という。)による請求項1及び2に係る特許に
対する特許異議の申立て
同年 8月30日付け:取消理由通知
同年11月26日 :特許権者による訂正の請求
同年12月20日付け:訂正拒絶理由通知
令和4年 1月31日 :特許権者による意見書の提出
同年 3月 7日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 5月10日 :特許権者による意見書の提出及び訂正の請求
同年 6月24日 :申立人による意見書の提出
なお、令和3年11月26日にされた訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
(1)特許権者が令和4年5月10日にした訂正の請求(以下「本件訂正請求」という。)による訂正(以下「本件訂正」という。)は、請求項1及び2を一群の請求項として、明細書及び特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~2について訂正することを求めるものであり、その具体的内容は、以下の訂正事項1ないし3のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(訂正事項1)
特許請求の範囲の請求項1に
「対象物の状態識別またはパターン識別のための方法であって、
対象物の信号を予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間で採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程と、
前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程と、
前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程と、
前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)または人工知能の手法により統合して、多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)または人工知能の手法により対象物の状態識別またはパターン識別を行う第5工程と、
を有することを特徴とする状態識別法またはパターン識別法。」
と記載されているのを、
「回転機械の状態識別のための方法であって、
回転機械の信号を予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間で採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程と、
前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程と、
前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程と、
前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)により統合して、多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)により回転機械の状態識別を行う第5工程と、
を有することを特徴とする状態識別法。」
に訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する)。
(訂正事項2)
特許請求の範囲の請求項2に
「請求項1に記載の状態識別法またはパターン識別法に従って、
対象物の信号を測定するための信号取得部と、
取得した信号の信号処理部と、
対象物の状態識別またはパターン識別を行うための識別処理部と、
識別結果や状態情報を表示するための表示部と、
を有することを特徴とする、対象物の状態識別またはパターン識別のための装置システム。」
と記載されているのを、
「請求項1に記載の状態識別法に従って、回転機械の信号を測定するための信号取得部と、
取得した信号の信号処理部と、
回転機械の状態識別を行うための識別処理部と、
識別結果や状態情報を表示するための表示部と、
を有することを特徴とする、回転機械の状態識別のための装置システム。」
に訂正する。
(訂正事項3)
明細書の【0009】において、「ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1であり、wiの求め方は、参考文献(宋瀏陽、陳山鵬、王華慶、浦中健:GA統計フィルタとクラスタ分析による知的設備診断法:軸受診断への適用、評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、一般社団法人日本機械学会、13(0),pp.7-10,2014)に示す方法のように、一般的に信号であれば「1」、ノイズであれば「0」にするが、ノイズの強さに応じて0から1までの値にすることもよい。」を、「ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1である。」に訂正する。
(2)訂正の単位について
訂正前の請求項1及び2について、請求項2は請求項1を直接引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
また、訂正事項3は、請求項1及び2に関係する訂正である。
したがって、訂正事項1ないし3は、訂正前に引用関係を有する請求項1及び2に対して請求されたものである。
よって、本件訂正は、一群の請求項〔1-2〕に対して請求されている。
2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1は、「対象物」を「回転機械」に限定し、「状態識別またはパターン識別」を「状態識別」に限定し、「多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)または人工知能の手法」及び「多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)または人工知能の手法」をそれぞれ「多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)」及び「多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の有無
(ア)本件特許の願書に添付した明細書(以下、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲及び図面を含めて「本件特許明細書等」という。)の「【0004】対象物の状態診断やパターン認識などの分野においては、測定された信号の特徴を抽出することは最も重要な内容である。たとえば、産業プラントにおいて、回転機械の事故を防止するために従来、振動解析方法や音響解析方法による状態監視・診断技術はよく適用されている。これまでに、振動信号や音響信号から計算された様々な特徴パラメータは回転機械の状態を診断するために使用されることが多い。・・・【0006】上記の問題点を解決するために、本発明においては、状態識別やパターン認識、たとえば設備状態監視と異常診断を有効的に行うために、設備の状態の特徴を測定信号の周波数領域のセグメントにより反映できることを考慮し、様々な設備の状態監視・診断に使える有効かつ汎用な「周波数領域のセグメント特徴解析による状態識別法」を提案した。・・・
」との記載から、状態監視・診断の対象物が回転機械を包含するものであることが読み取れる。
したがって、「対象物」を「回転機械」とする訂正は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
(イ)「状態識別またはパターン識別」を「状態識別」とする訂正は、選択肢の要素を削除するものであるから、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
(ウ)「多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)または人工知能の手法」及び「多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)または人工知能の手法」をそれぞれ「多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)」及び「多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)」とする訂正は、選択肢の要素を削除するものであるから、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
(エ)したがって、訂正事項1は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項1は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記アで示したように、特許請求の範囲を減縮するものであって特許請求の範囲を拡張するものではなく、当該訂正により訂正前の請求項1に係る発明のカテゴリー、対象及び目的を変更するものでもない。
したがって、訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。
(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項2は、請求項2が引用する請求項1の記載が訂正事項1により訂正されることに伴い、請求項2の記載が請求項1の記載と整合するように、「状態識別またはパターン識別」を「状態識別」に限定し、「対象物」を「回転機械」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は、上記アで述べたとおり、請求項2が引用する請求項1の記載が訂正事項1により訂正されることに伴い、請求項2の記載を請求項1の記載と整合させるものであるから、上記(1)イ及びウで検討した訂正事項1と同様に、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合し、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。
(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項3は、特許請求の範囲の請求項1に記載された「前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程」における「重み係数Wiを求める」方法が、「参考文献(宋瀏陽、陳山鵬、王華慶、浦中健:GA統計フィルタとクラスタ分析による知的設備診断法:軸受診断への適用、評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、一般社団法人日本機械学会、13(0),pp.7-10,2014)」に記載された方法に限定されないことを明らかにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げる明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項の有無
訂正事項3は、参考文献に係る記載を削除するものであるから、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
よって、訂正事項3は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であって、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項3で削除される本件特許明細書等の段落【0009】の記載は、重み係数Wiに係るものであって、特許請求の範囲の請求項1に記載された「前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程」に関係している。
しかしながら、本件特許明細書等全体の記載を見ても、当該「第3工程」における「重み係数Wiを求める」方法が、段落【0009】に記載された「参考文献」に記載された方法に限定されると解すべき理由が存在するとはいえないから、訂正事項3により、当該「第3工程」における「重み係数Wiを求める」方法の範囲が拡張されるものではない。
したがって、訂正事項3は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。
3 独立特許要件
本件においては、訂正前の全ての請求項1及び2について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1及び2に関して、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項に規定される独立特許要件は課されない。
4 訂正の適否についてのまとめ
上記のとおり、訂正事項1ないし3に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-2〕について訂正することを認める。
第3 本件発明
上記のとおり本件訂正が認められるから、本件訂正後の請求項1及び2に係る発明(以下それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
(本件発明1)
【請求項1】
「回転機械の状態識別のための方法であって、
回転機械の信号を予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間で採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程と、
前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程と、
前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程と、
前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)により統合して、多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)により回転機械の状態識別を行う第5工程と、
を有することを特徴とする状態識別法。」
(本件発明2)
【請求項2】
「請求項1に記載の状態識別法に従って、回転機械の信号を測定するための信号取得部と、
取得した信号の信号処理部と、
回転機械の状態識別を行うための識別処理部と、
識別結果や状態情報を表示するための表示部と、
を有することを特徴とする、回転機械の状態識別のための装置システム。」
第4 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1及び2に係る特許に対して、当審が令和4年3月7日付け取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。
1 (新規事項)令和元年8月1日付け手続補正書でした補正(以下「本願補正1」という。)及び令和2年1月10日付け手続補正書でした補正(以下「本願補正2」という。)は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、請求項1及び2に係る特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。
したがって、請求項1及び2に係る特許は、特許法第113条第1号に該当し、取り消されるべきものである。
2 (進歩性)請求項1及び2に係る発明は、本件特許に係る出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、請求項1及び2に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
甲第1号証:特開昭63-210671号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開平11-10535号公報(以下「甲2」という。)
第5 甲号証の記載
1 甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
(1)甲2には以下の記載がある(下線は当審で付加した。甲号証の記載において以下同様。)。
(甲2-ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、砥石のびびり振動或いは被削材の表面粗さを推定することに基づいて砥石の寿命を判定する装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】回転する砥石を用いて被削材の表面すなわち加工面を研削或いは研磨作業する研削盤などにおいては、被削材の表面粗さを所定の許容値以下に維持するために、被削材の表面粗さを測定し、その被削材の表面粗さが所定の管理限界値よりも大きくなって砥石寿命(ドレスインターバル)に到達すると、砥石の目立て作業すなわちドレッシング作業が実行される。しかし、このような場合では、被削材の表面粗さを一々測定する作業が必要であるとともに、表面粗さが測定されている間は、研削作業が中断されねばならないため、近年の自動化の方向と逆行するという不都合がある。
【0003】
【発明が解決すべき課題】これに対し、研削作業を一々中断することなく砥石寿命を判定する方法として、砥石軸駆動モータの電流値或いは消費電力から砥石寿命を判定する方法、砥石軸の振動の大きさ等により砥石寿命を判定する方法、加工音の大きさなどにより砥石寿命を判定する方法が提案されている。しかしながら、それらの方法はいずれも被削材の表面粗さとの相関が必ずしも充分でなく、特に、被削材の表面粗さを比較的小さな目標値以内とするような比較的精密な研削加工には用いることができないという欠点があった。
【0004】本発明は以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、リアルタイムで砥石寿命を判定でき、しかも被削材の表面粗さを所定の目標値以内とする研削加工に用いることができる砥石寿命判定装置を提供することにある。
【0005】本発明者等は前記課題を解決するために種々検討を重ねた結果、砥石による研削は、その砥石の研削面に露出する多数の砥粒により形成される切れ刃により行われると同時に、被削材との衝突による砥粒の破砕により切れ刃が次々と再生されることによりその研削が継続されることから、その砥粒の破砕により放射されて砥石内を伝播する極めて周波数の高い超音波(アコースティックエミッション:AE)を利用して、切削に関与して破砕された砥粒数に対応する上記超音波の大きさの変動が、所定の切削条件下で砥石により研削される被削材の面粗さに関係する事実を見いだした。本発明はかかる知見に基づいて為されたものである。
【0006】
【課題を解決するための第1の手段】すなわち、本第1発明の要旨とするところは、被削材の研削中に発生する砥石のびびり振動を推定し、そのびびり振動に基づいて砥石の寿命を判定する砥石寿命判定装置であって、(a) 前記砥石に含まれる砥粒の破砕に伴って放射されてその砥石内を伝播する超音波を検出し、その超音波を表す破砕音信号を出力する破砕音検出装置と、(b) その破砕音検出装置から出力される破砕音信号の包絡線を表す包絡線信号を周波数解析して周波数スペクトルを出力する周波数解析手段と、(c) その周波数解析手段にから出力される周波数スペクトルであって、前記びびり振動に関連するピークを含む周波数スペクトルを構成する各周波数成分を入力信号とし、その入力信号に基づいて前記砥石のびびり振動を推定するニューラルネットワーク演算手段とを、含むことにある。
【0007】
【第1発明の効果】このようにすれば、破砕音検出装置により砥石に含まれる砥粒の破砕に伴って放射されて砥石内を伝播する超音波が検出され、周波数解析手段により、超音波を表す破砕音信号の包絡線を表す包絡線信号が周波数解析され、ニューラルネットワーク演算手段により、その周波数解析の結果得られた周波数スペクトルに基づいて、上記砥石のびびり振動が推定される。したがって、本発明によれば、研削中の砥石から発生する超音波はたとえば100kHz以上の高い周波数であるが、その超音波を表す破砕音信号の包絡線を表す包絡線信号が用いられることによって信号処理が可能な比較的低い周波数とされ、その包絡線信号の周波数スペクトルに基づいて被削材の表面粗さが大きくなるびびり振動が推定されるので、そのびびり振動の推定が高い精度でリアルタイムで行われ、砥石寿命がリアルタイムで判定される。しかも、びびり振動の推定が高い精度で行われる結果、被削材の表面粗さを所定の目標値以内とする研削加工に用いることができるようになる。」
(甲2-イ)「【0010】
【発明の他の態様】ここで、好適には、前記第1発明において、前記包絡線を表す信号のうち予め設定された第1の周波数以上の高帯域信号を抽出して前記周波数解析手段に入力させるハイパスフィルタ手段を含むものである。このようにすれば、たとえば1KHz程度の第1の周波数以上の交流信号が周波数解析されることにより、びびり振動に関連しない周波数帯の演算が不要となって演算時間が短縮される利点がある。
【0011】また、好適には、前記周波数解析手段にから出力される周波数スペクトルに含まれ、前記びびり振動に関連するピークを判定するピーク判定手段と、そのピーク判定手段によりピークが判定された場合には、前記周波数解析手段にから出力される周波数スペクトルのうち、そのピークを中心とする所定幅の周波数帯のスペクトル信号を抽出するスペクトル信号抽出手段と、そのスペクトル信号抽出手段により抽出されたスペクトル信号の大きさをその最大値を基準として標準化し、それら標準化されたスペクトル信号を前記ニューラルネットワーク演算手段へ入力させるスペクトル信号標準化手段とを、含むものである。このようにすれば、砥石の切り込み設定値に関連する破砕音信号の信号レベルの変化に拘わらず、上記ピークを中心とするスペクトルパターンが明確に得られるので、びびり判定精度が高められる。
【0012】また、好適には、前記包絡線を表す信号のうち前記第1の周波数よりも低く予め設定された第2の周波数以下の低帯域信号を抽出するローパスフィルタ手段を含み、前記ニューラルネットワーク演算手段は、その第2の周波数以下の低帯域信号を入力信号とするものである。このようにすれば、その第2の周波数以下の低帯域信号が逐次入力されることにより、破砕音信号の強度の時間変化の情報がニューラルネットワーク演算手段に入力されるので、切れ込み深さが変化してもびびり推定精度が高められる。
【0013】また、好適には、前記破砕音検出装置から出力される破砕音信号のピーク値を結ぶ包絡線を表す信号から、その破砕音信号検出装置と前記砥石の研削点との距離の周期的変化に対応する周波数成分を除去する帯域信号除去フィルタ手段を含むものである。このようにすれば、破砕音検出装置が砥石内の1または2以上のヶ所に設けられている場合にその破砕音検出装置と前記砥石の研削点との距離の周期的変化に対応する周波数成分の信号が破砕音信号に含まれることが好適に防止されて、推定精度が高められる。」
(甲2-ウ)「【0020】
【発明の好適な実施の形態】以下、本発明の一実施例の砥石寿命判定装置を図面に基づいて詳細に説明する。
【0021】図1は、研削盤に設けられた砥石寿命判定装置8を示している。図1において、砥石車10は、WA砥粒、GC砥粒、セラミックス砥粒などの一般砥粒や、CBN砥粒、ダイヤモンド砥粒などの超砥粒を含む砥石部12をドラム状のコアすなわち本体14の外周面に備えて図示しない駆動モータにより回転駆動される回転軸に固定されるものであり、たとえば80m/秒以上の比較的高い周速で回転駆動され、たとえば研削盤において往復移動させられる長方形の被削材16の表面を研削する。上記砥石車10の本体14内には、砥石部12に含まれる砥粒の破砕時に発生し且つ砥石部12内を伝播する極めて周波数の高い超音波である破砕音(アコースティックエミッション:AE)を砥石部12の内側から検出し、その破砕音を表すAE信号SAEを出力するAEセンサ18、このAEセンサ18から出力されるAE信号SAEを増幅し且つ必要に応じて数乃至数十KHz以下のノイズをカットするプリアンプ20、そのプリアンプ20から出力されるAE信号SAEの包絡線を表す包絡線信号SENを発生させ且つそれを出力する包絡線発生回路22、その包絡線発生回路22から出力された包絡線信号SENを空中線を介して送信する送信回路24、および図示しない電源などをその内部に備えている。
【0022】上記超音波は、砥粒の亀裂の発生や成長を生じるときに材料内部に蓄えられたエネルギの一部を弾性波の形で発生する50kHz~2MHzの帯域の弾性波であり、研削中に発生するビビリやたたき、あるいは目詰まり時の振動(10Hz~1kHz)とは明確に相違する。上記AEセンサ18は、50kHz~2MHzの帯域の振動を充分に検出できる周波数特定を備えたものであり、圧電素子などにより構成される。
【0023】図2は、上記プリアンプ20の具体的な構成例を示している。この場合のプリアンプ20は、オペアンプOP1 、抵抗器R1 、R2 、R3 、コンデンサC1 を備えて構成され、1/(2πR2 C1 )で定まる下限カットアウト周波数fo 以上の周波数成分を通過させ、且つゲイン〔=(1+R3 /R2 )、但しR1 =R3 〕で信号増幅を行うことにより、100kHz以下の低域のノイズをAE信号SAEから除去し且つ信号を明確とするものである。図3は、上記プリアンプ20の濾波特性であって、100kHz乃至2MHzの信号を通過させることを示している。
【0024】図4は、包絡線発生手段として機能する上記包絡線発生回路22の具体的な構成例を示している。この場合の包絡線発生回路22は、ダイオードD1 を備えた整流回路と、コンデンサC2 および抵抗体R4 を備えた包絡線形成回路とから構成されている。図5の(a) 、(b) 、(c) は、包絡線発生回路22に入力されたAE信号SAEの波形、そのAE信号SAEが上記整流回路により半波整流された波形、上記包絡線形成回路によりその半波整流されて連なる個々の波形からそれらのピーク値を連続的に結ぶ包絡線を示すように整形された波形すなわち包絡線信号SENをそれぞれ示している。
【0025】位置固定に設けられた受信回路26は、上記送信回路24から送信された電波を受けるアンテナ28を備え、その送信回路24から送信されたAE信号SAEを受信してハイパスフィルタ30およびローパスフィルタ32へ供給する。ハイパスフィルタ30は、たとえば図6に示す濾波特性を備え、上記包絡線信号SENから、砥石車10の回転周波数よりも充分に高い周波数範囲、たとえば1kHz程度の第1の周波数f1 以上の周波数範囲、好適には1乃至20kHzの周波数範囲の比較的高い周波数成分を弁別し、帯域カットフィルタ34およびA/D変換器36を介して、演算制御装置38へ高周波成分信号SENHFとして出力する。
【0026】上記帯域カットフィルタ34は、上記砥石車10の回転周波数にAEセンサ18の取り付け個数を掛けた周波数、すなわち砥石車10と共に回転するAEセンサ18と砥石部12の研削点(被切材16と接触する部分)との間の距離の変化に対応する周波数fW、すなわちその距離の変化に起因してAE信号SAE或いは包絡線信号SENに含まれるうねりの周波数fWを中心とするノイズを除去するためのノッチフィルタであって、たとえば図7に示す濾波特性を備え、上記うねりとして表れるノイズを高周波成分信号SENHFから除去する。
【0027】また、上記ローパスフィルタ32は、たとえば図8に示す濾波特性を備え、上記包絡線信号SENから、砥石車10の回転周波数よりも充分に低く第1の周波数f1 や上記周波数fW よりも充分に低く設定された周波数範囲、たとえば10Hz程度の第2の周波数f2 以下の周波数範囲であってDC成分を含む極めて低い周波数成分を弁別し、A/D変換器36を介して演算制御装置38へ低周波成分信号SENLFとして出力する。この低周波成分信号SENLFは、前記AE信号SAEの包絡線の面積に対応するものであるから、実質的にAE信号SAEの強度すなわち実効値を表している。
【0028】演算制御装置38は、CPU、RAM、ROM、インターフェースなどを含む所謂マイクロコンピュータであって、予めROMなどに記憶されたプログラムに従って入力信号を処理するとともに、砥石車10の状態が予め設定された砥石寿命すなわちドレスインターバルへ到達したことを判定し、たとえば砥石寿命を光学的、記号的、或いは音声的に出力したり、或いは砥石車10を回転駆動する駆動モータを停止させる停止信号を出力したりするための画像出力装置、プリンター、音声出力装置、或いは出力インターフェースなどである出力装置40を駆動する。
【0029】図9は、上記演算制御装置38の機能を説明する機能ブロック線図である。図において、周波数解析手段50は、ハイパスフィルタ30から出力された包絡線信号SENの1kHz以上の信号成分である高周波成分信号SENHFの周波数解析を、たとえば高速フーリエ変換演算或いはウェーブレット変換演算を用いて所定のサンプリング周期毎に実行し、たとえば図10に示すような周波数スペクトルを表す信号を出力する。ピーク判定手段52は、周波数解析手段50から出力された周波数スペクトルに含まれるピークを判定する。
【0030】高周波成分正規化手段54は、上記周波数スペクトルから上記ピーク判定手段52により判定された最大ピークを中心として予め設定された周波数幅、たとえば最大ピークに対応する周波数値fP を中心とした上下500Hz幅すなわち合計1kHz幅の信号を抽出し、たとえばその周波数幅内の最大値を「1」として相対的に大きさを標準化するとともに、上記周波数幅内の予め設定された周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力する。
【0031】また、記憶手段58は、前記ローパスフィルタ32から出力された、包絡線信号SENの10Hz以下の信号成分である低周波成分信号SENLFを、たとえば前記RAM内の所定の領域において時系列的に逐次記憶し、図11に示すような、それまでに記憶された低周波成分信号SENLFを出力する。低周波成分正規化手段60は、記憶手段58から出力されたそれまでの各低周波成分信号SENLFの大きさを時間軸上にプロットすることにより、時間tの経過とともに変化する低周波成分信号SENLFの時間関数を、予め設定された時間幅たとえば数ミリ秒毎に区分し、たとえばその低周波成分信号SENLFの最大値を「1」として相対的に大きさを標準化するとともに、上記予め設定された時間区分毎に、その時間区分に対応する低周波成分信号SENLFの大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力する。」
(甲2-エ)「【0034】図9に示したように、本実施例のニューラルネットワークNNの出力層の数tは1であり、運転指向の推定結果は、その一つの神経細胞要素Z1 の出力値NNOUT に基づいて決定される。たとえば、出力値NNDRVOUTが「0」に近いほど砥石寿命が未だ残されている状態すなわちびびり振動の無い状態を示し、「1」に近いほど砥石寿命に到達した状態すなわちびびり振動の有る状態を示すようにされる。
【0035】砥石寿命判定手段62は、上記のようにニューラルネットワークNNを備えたニューラルネットワーク演算手段56からの出力信号の大きさが予め設定された判断基準値を越えたか否かを判断し、越えたと判断された場合には、研削中の砥石車10がそのびびり振動によって被削材16の研削面の表面粗さが予め設定された加工基準公差の上限値を越えたと推定されるので、砥石寿命であることを示す砥石寿命信号SLLを出力装置40へ出力し、砥石寿命であることを示す画像、音声を出力装置40から出力させるか、或いは砥石車10を回転駆動する駆動モータを停止させる停止信号を出力させる。
【0036】以上のようにして構成された砥石寿命判定装置8によれば、AEセンサ18により砥石部12に含まれる砥粒の破砕に伴って放射されて砥石部12内を伝播する超音波が検出され、周波数解析手段50により、その超音波を表す破砕音信号の包絡線を表す包絡線信号SENが周波数解析され、ニューラルネットワーク演算手段56により、その周波数解析の結果得られた周波数スペクトルに基づいて、研削中の砥石車10のびびり振動が推定される。したがって、本実施例によれば、研削中の砥石から発生する超音波はたとえば100kHz以上の高い周波数であるが、その超音波を表す破砕音信号の包絡線を表す包絡線信号SENが用いられることによって信号処理が可能な比較的低い周波数とされ、その包絡線信号SENの周波数スペクトルに基づいて被削材16の表面粗さが大きくなるびびり振動が推定されるので、そのびびり振動の推定が高い精度でリアルタイムで行われ、研削中の砥石車10の砥石寿命がリアルタイムで判定される。しかも、びびり振動の推定が高い精度で行われる結果、被削材16の表面粗さを所定の目標値以内とする研削加工に用いることができるようになる。
【0037】また、本実施例によれば、前記包絡線信号SENのうち予め設定された第1の周波数(1kHz)f1 以上の信号を抽出して周波数解析手段50に入力させるハイパスフィルタ30を含むものであることから、たとえば1KHz程度の第1の周波数f1 以上の交流信号が周波数解析されることにより、びびり振動に関連しない周波数帯の演算が不要となって演算時間が短縮される利点がある。
【0038】また、本実施例によれば、周波数解析手段50にから出力される周波数スペクトルに含まれ、前記びびり振動に関連する最大ピークを判定するピーク判定手段52と、そのピーク判定手段52により最大ピークが判定された場合には、上記周波数解析手段50にから出力される周波数スペクトルのうち、そのピークを中心とする所定幅の周波数帯のスペクトル信号を抽出するスペクトル信号抽出手段(高周波成分正規化手段54)と、そのスペクトル信号抽出手段54により抽出されたスペクトル信号の大きさをその最大値を基準として標準化し、それら標準化されたスペクトル信号を前記ニューラルネットワーク演算手段へ入力させる高周波成分正規化手段54とを、含むものであることから、砥石の切り込み設定値に関連する破砕音信号の信号レベルの変化に拘わらず、上記ピークを中心とするスペクトルパターンが明確に得られるので、びびり判定精度が高められる。
【0039】また、本実施例によれば、前記包絡線信号SENのうち予め設定された第2の周波数(10Hz)f2 以下の信号を抽出するローパスフィルタ32を含み、前記ニューラルネットワーク演算手段56は、その第2の周波数以下の信号を入力信号とするものであることから、その第2の周波数f2 以下の信号が逐次入力されることにより、破砕音信号の強度の時間変化の情報がニューラルネットワーク演算手段に入力されるので、本発明者等の実験によれば、切れ込み深さの変化などに拘わらず、びびり推定精度が一層高められることが確認された。
【0040】また、本実施例によれば、AEセンサ18から出力される破砕音信号SAEのピーク値を結ぶ包絡線信号SENから、そのAEセンサ18と砥石車10の研削点との距離の周期的変化に対応する周波数成分を除去する帯域カットフィルタ34を含むものであることから、AEセンサ18が砥石車10の適数ヶ所に設けられている場合にそのAEセンサ18と砥石車10の研削点との距離の周期的変化に対応する周波数成分の信号が破砕音信号に含まれることが好適に防止されて、推定精度が高められる。」
(甲2-オ)【図1】
「
[図:0001391993000001.jpg]
」
(甲2-カ)【図9】
「
[図:0001391993000002.jpg]
」
(2)甲2に記載された発明
ア 上記(甲2-ウ)の「【0025】・・・ハイパスフィルタ30は、・・・帯域カットフィルタ34およびA/D変換器36を介して、演算制御装置38へ高周波成分信号SENHFとして出力する」との記載から、「ハイパスフィルタ30から出力された高周波成分信号SENHFは、帯域カットフィルタ34を経てA/D変換器36によりA/D変換され、演算制御装置38に入力される」ことが読み取れる。
イ 上記(甲2-ウ)の「【0027】・・・ローパスフィルタ32は、・・・A/D変換器36を介して演算制御装置38へ低周波成分信号SENLFとして出力する」との記載から、「ローパスフィルタ32から出力された低周波成分信号SENLFは、A/D変換器36によりA/D変換され、演算制御装置38に入力される」ことが読み取れる。
ウ 上記ア及びイを踏まえると、上記(甲2-ア)ないし(甲2-カ)の記載から、甲2には、
「 研削盤に設けられた砥石寿命判定装置8を用いた、砥石のびびり振動を推定することに基づいて砥石の寿命を判定する方法であって、
砥石寿命判定装置8は、
砥石部12に含まれる砥粒の破砕時に発生し且つ砥石部12内を伝播する極めて周波数の高い超音波である破砕音(アコースティックエミッション:AE)を砥石部12の内側から検出し、その破砕音を表すAE信号SAEを出力するAEセンサ18、
このAEセンサ18から出力されるAE信号SAEを増幅し且つ必要に応じて数乃至数十KHz以下のノイズをカットするプリアンプ20、
そのプリアンプ20から出力されるAE信号SAEの包絡線を表す包絡線信号SENを発生させ且つそれを出力する包絡線発生回路22、
包絡線信号SENから、砥石車10の回転周波数よりも充分に高い周波数範囲である1kHz程度の第1の周波数f1 以上の周波数範囲を弁別して、高周波成分信号SENHFとして出力するハイパスフィルタ30、
砥石車10と共に回転するAEセンサ18と砥石部12の研削点との間の距離の変化に対応する周波数fWを中心とするノイズを除去するためのノッチフィルタであって、うねりとして表れるノイズを高周波成分信号SENHFから除去する帯域カットフィルタ34、
包絡線信号SENから、砥石車10の回転周波数よりも充分に低く第1の周波数f1 や周波数fW よりも充分に低く設定された周波数範囲である10Hz程度の第2の周波数f2 以下の周波数範囲を弁別して、低周波成分信号SENLFとして出力するローパスフィルタ32、
帯域カットフィルタ34から出力された高周波成分信号SENHF及びローパスフィルタ32から出力された低周波成分信号SENLFをA/D変換するA/D変換器36、
ROMなどに記憶されたプログラムに従ってA/D変換器36からの入力信号を処理するとともに、砥石車10の状態が予め設定された砥石寿命すなわちドレスインターバルへ到達したことを判定する演算制御装置38、
砥石寿命を光学的に出力するための画像出力装置である出力装置40
を備え、
演算制御装置38において、
周波数解析手段50は、高周波成分信号SENHFの周波数解析を所定のサンプリング周期毎に実行し、周波数スペクトルを表す信号を出力し、
ピーク判定手段52は、周波数解析手段50から出力された周波数スペクトルに含まれるピークを判定し、
高周波成分正規化手段54は、ピーク判定手段52により判定された最大ピークを中心として予め設定された周波数幅の信号を抽出し、その周波数幅内の最大値を『1』として相対的に大きさを標準化するとともに、予め設定された周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力し、
記憶手段58は、低周波成分信号SENLFを時系列的に逐次記憶して出力し、
低周波成分正規化手段60は、記憶手段58から出力されたそれまでの各低周波成分信号SENLFの大きさの時間関数を、予め設定された時間幅毎に区分し、その低周波成分信号SENLFの最大値を『1』として相対的に大きさを標準化するとともに、予め設定された時間区分毎に、その時間区分に対応する低周波成分信号SENLFの大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力し、
砥石寿命判定手段62は、ニューラルネットワーク演算手段56からの出力信号の大きさが予め設定された判断基準値を越えたか否かを判断し、越えたと判断された場合には、研削中の砥石車10がそのびびり振動によって被削材16の研削面の表面粗さが予め設定された加工基準公差の上限値を越えたと推定されるので、砥石寿命であることを示す砥石寿命信号SLLを出力装置40へ出力し、砥石寿命であることを示す画像を出力装置40から出力させる、
砥石の寿命を判定する方法。」
の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。
2 甲1の記載事項及び甲1に記載された技術事項
(1)甲1には以下の記載がある。
(甲1-ア)「〔産業上の利用分野〕
本発明は、信号パワーまたは雑音パワー(以下、単に信号パワーという)を測定する装置に関し、特にディスクリートフーリエ変換(以下、DFTと記す)によるスペクトル解析を行って信号パワーを測定する装置に関するものである。
〔従来の技術〕
スペクトル解析を用いた信号パワーの測定において、被測定信号にフィルタ処理を行って信号パワーを測定する場合には、一般に次の2つの方法が用いられる。
第1の方法は、時間領域で被測定信号を所望の周波数特性を持つフィルタにかけ、その後、スペクトル解析を行うというものであり、第2の方法は、最初に被測定信号をスペクトル解析し、その後、周波数領域でスペクトルに所望の重みを乗じてフィルタ処理を行うというものである。本発明の信号パワー測定装置は第2の方法によってフィルタ処理を実施する。」(第1頁左下欄下から4行~右下欄下から6行)
(甲1-イ)「〔実施例〕
次に本発明の一実施例について図面を参照して説明する。第1図に本実施例のブロック図を示す。A/D変換器1は被測定信号f(t)をディジタル化してDFT演算回路2に出力する。DFT演算回路2はディジタル化された被測定信号をA/D変換器1から受け、これをDFT解析してそのスペクトルAi(i=0,1,2,・・・)を所定の周波数点で離散的に計算して出力する。第2図はすでに述べたように、12の周波数点で計算したスペクトルAi(i=0,1,2,・・・,11)の一例である。この図において周波数点f0, f1, ・・・,f11の間隔Δfは、入力データレートをfs、解析データ数をNとすると、
Δf=fs/(2・N)
となる。従って、解析データ数Nを大きくするほどΔfは小さくなり、周波数分解能は高くなる。レジスタ3はこのようなスペクトルAiの計算結果を格納する。
レジスタ5は上記周波数点においてスペクトルAiに与える重み係数Wi(i=0,1,2,・・・)を格納するためのものである。第3図にこのレジスタに格納される重み係数の例を示す。この図は第2図に対応させて描かれており、横軸は周波数F、縦軸は重み係数の大きさWを表す。図中、○印が周波数点f0, f1, ・・・,f11において与える重み係数Wiを示す。
乗算器6は、フィルタ処理として、レジスタ3から読み出したスペクトルAiにレジスタ5から読み出した重み係数Wiを乗じる。演算回路7はその結果から次式にもとづいて絶対値和を計算し、重み付信号パワーの測定結果として出力する。
Σ|Ai×Wi|
補間近似演算回路4は、入力された任意の周波数点における重み係数Wai(i=0,1,2,・・・)から上記周波数点における重み係数Wiを計算してレジスタ5に出力する。この補間近似演算回路4についてさらに詳しく説明する。
第4図に補間近似演算回路4に与える重み係数Waiの一例を示す。この図も第2図と同様の形式で描かれており、横軸は周波数F、縦軸は重み係数の大きさWを表す。図中、×印が重み係数Waiを示す。また、第3図に示した×印は、重み係数Wiと周波数軸上の位置関係を比較するため第4図から書き写したものである。これら重み係数Waiが与えられている周波数点fa0, fa1, ・・・,fa5は、重み係数Wiの周波数点f0, f1, ・・・,f11とは個数が異なり、それらの位置も必ずしも一致していない。
補間近似演算回路4は、ニュートン補間あるいはスプライン補間などの補間法によって、周波数点fa0, fa1, ・・・,fa5の重み係数Waiから周波数点f0, f1, ・・・,f11の重み係数Wiを計算する。例えば、第3図において、周波数点f1における重み係数W1は、周波数点fa0, fa1の重み係数Wa0,Wa1から、また、周波数点f2, f3における重み係数W2,W3は、周波数点fa1, fa2の重み係数Wa1,Wa2から補間演算によって計算する。このようにしてDFT演算回路2がスペクトルを計算した周波数点f0, f1, ・・・,f11における重み係数Wiが得られる。
以上のような構成においてこの装置は次のように動作し、被測定信号の信号パワーを得る。A/D変換器1によってディジタル化された被測定信号f(t)は、DFT演算回路2においてスペクトル解析され、所定の周波数点、例えばf0, f1, ・・・,f11において第2図に示すようなスペクトルAiが得られる。このスペクトルAiは一旦レジスタ3に格納される。
一方、例えば第4図に示した周波数点fa0, fa1, ・・・,fa5で与えた重み係数Waiは補間近似演算回路4に入力し、これらをもとに補間演算を行って、第3図に示したような上記周波数点f0, f1, ・・・,f11における重み係数Wiを求める。その結果はレジスタ5に格納する。
レジスタ3,5にそれぞれ格納したスペクトルAiおよび重み係数Wiは、これらレジスタから同時に読み出し、乗算器6によって各周波数点ごとにスペクトルAiと重み係数Wiとの積を計算する。すなわち、A0×W0,A1×W1,A2×W2,・・・を計算する。これによって第2図に示したスペクトルAiは第5図に示したスペクトルAi×Wiのように変化し、フィルタ処理が行われたことになる。演算回路7はこれらスペクトルAiと重み係数Wiとの積をもとに絶対値和を計算し、重み行信号パワーの測定結果として出力する。」(第2頁左下欄4行~第3頁左下欄9行)
(甲1-ウ)第1図
「
[図:0001391993000003.jpg]
」
(2)甲1に記載された技術事項
ア 上記(甲1-イ)の「DFT演算回路2はディジタル化された被測定信号をA/D変換器1から受け、これをDFT解析してそのスペクトルAi(i=0,1,2,・・・)を所定の周波数点で離散的に計算して出力する」との記載から、「A/D変換器によりディジタル化した被測定信号を、DFT演算回路2によりDFT解析して所定の周波数点におけるスペクトルAiを取得する」ことが読み取れる。
イ 上記(甲1-イ)の「補間近似演算回路4は、入力された任意の周波数点における重み係数Wai(i=0,1,2,・・・)から上記周波数点における重み係数Wiを計算してレジスタ5に出力する」、及び「補間近似演算回路4は、ニュートン補間あるいはスプライン補間などの補間法によって、周波数点fa0, fa1, ・・・,fa5の重み係数Waiから周波数点f0, f1, ・・・,f11の重み係数Wiを計算する」との記載から、「補間近似演算回路4により、ニュートン補間あるいはスプライン補間などの補間法によって、既知の周波数点における重み係数WaiからスペクトルAiの周波数点における重み係数Wiを算出する」ことが読み取れる。
ウ 上記ア及びイを踏まえると、上記(甲1-ア)ないし(甲1-ウ)の記載から、甲1には、
「 スペクトル解析を用いた信号パワーの測定において、最初に被測定信号をスペクトル解析し、その後、周波数領域でスペクトルに所望の重みを乗じてフィルタ処理を行う場合に、
A/D変換器によりディジタル化した被測定信号を、DFT演算回路によりDFT解析して所定の周波数点におけるスペクトルAiを取得し、
補間近似演算回路により、ニュートン補間あるいはスプライン補間などの補間法によって、既知の周波数点における重み係数WaiからスペクトルAiの周波数点における重み係数Wiを算出すること。」
という技術事項(以下「甲1技術事項」という。)が記載されているものと認められる。
第6 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由についての当審の判断
1 取消理由1(新規事項)について
(1)補正の内容
ア 本願補正1は、明細書の記載について、補正前の【発明を実施するための最良の形態】における段落【0012】に記載された
「 図4に示すように、周波数帯域f0~fNにおいて、[数5]により正規化スペクトル(ヒストグラム)のセグメント値Vhist_iを求める。
【数5】
Vhist_i=μhist_i・wi
ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1である。μhist_iは[数6]により求めた各分割区間のヒストグラムの平均値。Vhist_iはヒストグラムのセグメント値である。
【数6】
[図:0001391993000004.jpg]
ここで、F(iΔf)は周波数fi=iΔfにおける正規化スペクトル(ヒストグラム)値であり、Δfは離散スペクトルの周波数間隔であり、Niは第i分割区間におけるポイント数で、Ni≧1である。」
を、【発明を実施するための最良の形態】における段落【0009】に移行するとともに、
「 図2に示すように、周波数帯域f0~fNにおいて、[数2]により正規化スペクトルのセグメント値Vhistiを求める。
【数2】
Vhist i=μhist i・wi
ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1であり、wiの求め方は、参考文献(宋瀏陽、陳山鵬、王華慶、浦中健:GA統計フィルタとクラスタ分析による知的設備診断法:軸受診断への適用、評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、一般社団法人日本機械学会、13(0),pp.7-10,2014)に示す方法のように、一般的に信号であれば「1」、ノイズであれば「0」にするが、ノイズの強さに応じて0から1までの値にすることもよい。μhist iは[数3]により求めた各分割区間の正規化スペクトルの平均値。Vhist iはセグメント値である。
【数3】
[図:0001391993000005.jpg]
ここで、F(iΔf)は周波数fi=iΔfにおける正規化スペクトル値であり、Δfは離散スペクトルの周波数間隔であり、Niは第i分割区間におけるポイント数で、Ni≧1である。」
と補正することを含んでいる(下線は補正箇所を表す。補正の内容において以下同様。)。
ここで、段落【0009】に「wiの求め方は、参考文献(宋瀏陽、陳山鵬、王華慶、浦中健:GA統計フィルタとクラスタ分析による知的設備診断法:軸受診断への適用、評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、一般社団法人日本機械学会、13(0),pp.7-10,2014)に示す方法のように、一般的に信号であれば「1」、ノイズであれば「0」にするが、ノイズの強さに応じて0から1までの値にすることもよい」との記載を追加する補正を、補正事項1とする。
イ 本願補正2は、特許請求の範囲の記載について、本願補正1により補正された
「 【請求項1】
状態診断やパターン認識のための方法であって、
対象物の信号を予め設定した計測周波数と計測時間で採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルおよび周波数領域のセグメントを求める第2工程と、
前記セグメント値を多変量解析法や人工知能の手法により統合して対象物の状態識別やパターン認識を行う第3工程と、
を有することを特徴とする状態識別法。
【請求項2】
請求項1に記載の状態識別法において、前記周波数領域のセグメントを多変量解析法や人工知能の手法により統合して対象物の状態識別やパターン認識を行うことを特徴とする状態識別法。
【請求項3】
請求項1及び請求項2のいずれか1項に記載の状態識別法において、多変量解析法である主成分分析法と、多変量解析法である正準判別分析法と、人工知能の手法であるニューラルネットワークとのうち、少なくとも一つを用いて、前記周波数領域のセグメントを統合して対象物の状態識別やパターン認識を行うことを特徴とする状態識別法。」
との記載を、
「 【請求項1】
対象物の状態識別またはパターン識別のための方法であって、
対象物の信号を予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間で採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程と、
前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程と、
前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程と、
前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)または人工知能の手法により統合して、多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)または人工知能の手法により対象物の状態識別またはパターン識別を行う第5工程と、
を有することを特徴とする状態識別法またはパターン識別法。
【請求項2】
請求項1に記載の状態識別法またはパターン識別法に従って、
対象物の信号を測定するための信号取得部と、
取得した信号の信号処理部と、
対象物の状態識別またはパターン識別を行うための識別処理部と、
識別結果や状態情報を表示するための表示部と、
を有することを特徴とする、対象物の状態識別またはパターン識別のための装置システム。」
との記載に補正することを含んでいる。
ここで、【請求項1】に「前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程」との記載を追加する補正を、補正事項2とする。
ウ 本願補正2は、図面の【図3】の記載について、本願補正1により補正された
「
[図:0001391993000006.jpg]
」
との記載を
「
[図:0001391993000007.jpg]
」
との記載に補正することを含んでいる。
ここで、【図3】のフローにおいて、「正規化スペクトルをN区間に分割する」工程と「周波数領域のセグメント値を求める」工程との間に、「セグメントの重み係数Wiを求める」工程の記載を追加する補正を、補正事項3とする。
エ 本願補正2は、図面の【図12】の記載について、本願補正1により補正された
「
[図:0001391993000008.jpg]
」
との記載を
「
[図:0001391993000009.jpg]
」
との記載に補正することを含んでいる。
ここで、【図12】の「信号処理部」について、「(バンドパスフィルタ、カルマンフィルタ、統計情報フィルタなどによる測定された信号からノイズを除去する)」との記載を「(バンドパスフィルタ、カルマンフィルタなどにより、ノイズを除去し、正規化スペクトルを求め、セグメントの重み係数Wiを求める)」との記載に変更する補正を、補正事項4とする。
(2)当初明細書等の記載
当初明細書等には、補正事項1ないし4に関連する記載として、以下の記載がある。
ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物の状態診断やパターン認識などの分野において、計測された対象物の時系列信号からノイズを除去した後、その時系列信号の時間領域・周波数領域のヒストグラムを求め、多変量解析法や人工知能の手法によりヒストグラムのセグメント値を統合して対象物の状態を識別する方法であり、また診断装置システムやパターン認識装置システムなどのために上記の状態識別方法を提供できる状態識別方法に関するものである。」
イ 「【背景技術】
・・・
【0003】
これまでに様々な分野で色々な診断装置やパターン認識装置などが提案されており、診断やパターン認識のための処理を行う前に、測定された信号の特徴を抽出する方法も示されている。この点については特に関連性のある過去の文献は下記のようなものがあった。先願[特許文献1、2、3]にはハードウェアによりフィルタリングを行い、フーリエ変換も用いて信号を複数領域に変換し、信号の特徴を抽出する方法とモジュールが提案された。[特許文献4]には安定した特徴を得るのが難しいという問題に対して、識別可能な識別情報を記録し、差分の手段で特徴を有効的に抽出する方法が提案された。[特許文献5]には周波数領域で確率密度の分散値に基づいて目的の音を抽出する方法が提案された。しかし、本発明のような時間領域・周波数領域のヒストグラムの解析方法が見つかっていない。」
ウ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
まず、本発明における主な要素技術の内容について説明する。
(1)時間領域のヒストグラム
・・・
【0010】
更に必要な場合、ヒストグラムの乱れを軽減するために、図3に示している移動平均フィルタ法によりヒストグラムのセグメント(階級)数を縮減する。すなわち、ヒストグラムのセグメント(階級)をN組にすると、各組にt個のセグメント(階級)の度数値(h1~ht)が含まる。t個のセグメント(階級)における度数値(h1~ht)の平均値xiを新たなセグメント値とする。」
エ 「 【0011】
(2)周波数領域のヒストグラム
周波数領域のヒストグラムとは、特定な周波数帯域において対象信号のスペクトルを正規化することにより縦軸の数値が頻度に相当するような正規化スペクトルのことである。
スペクトルの正規化により周波数領域のヒストグラム(正規化スペクトル)(以下、ヒストグラムと略称する)を求める。[数4]は正規化スペクトルを求める一つの式である。
【数4】
[図:0001391993000010.jpg]
ここで、F(f)は周波数帯域f0~fNにおける正規化スペクトル(ヒストグラム)で、F’(f)は対象信号のスペクトルである。正規化スペクトル(ヒストグラム)の例は図13に示している。
【0012】
図4に示すように、周波数帯域f0~fNにおいて、[数5]により正規化スペクトル(ヒストグラム)のセグメント値Vhist_iを求める。
【数5】
Vhist_i=μhist_i・wi
ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1である。μhist_iは[数6]により求めた各分割区間のヒストグラムの平均値。Vhist_iはヒストグラムのセグメント値である。
【数6】
[図:0001391993000011.jpg]
ここで、F(iΔf)は周波数fi=iΔfにおける正規化スペクトル(ヒストグラム)値であり、Δfは離散スペクトルの周波数間隔であり、Niは第i分割区間におけるポイント数で、Ni≧1である。」
オ 「【実施例】
【0028】
図5には本発明の処理流れを示す。以下には、図5に示す流れに沿って、実施手順と実施例を示す。なお、本発明は以下の実施例の内容によって限定されるものではない。
(1)時間領域のヒストグラムを用いた実施手順と実施例
以下、図5(a)の流れに沿って、時間領域のヒストグラムを用いた実施手順と実施例を説明する。
【0029】
診断対象:送風機(図6)
異常種類:8種類の異常状態(図6)
【0030】
(A)信号計測
振動加速度センサーで信号を測定して信号の波形データを記録し、信号の測定条件はサンプリング周波数:100kHz、サンプリング時間:10秒である。
【0031】
(B)ノイズ除去
バントパスフィルタ方法(カットオフ周波数:1Hz~1000Hz)を用いて、ノイズを除去し、信号の特徴を抽出する。フィルタをかける前とフィルタをかけた後の時系列波形を図7に示している。なお、ノイズ除去方法は他にも多く(ルマンフィルタ、統計情報フィルタなど)ある。
【0032】
(C)信号のヒストグラムの計算
ノイズを除去して、横軸64セグメント(階級)のヒストグラムを求める(図7に示している)。」
カ 「 【0038】
(2)周波数領域のヒストグラムを用いた実施手順と実施例
次に図5(b)の流れに沿って、周波数領域のヒストグラムを用いた実施手順と実施例を説明する。
【0039】
診断対象:送風機(図6)
異常種類:3種類の異常状態(正常、動アンバランス、軸受外輪傷)(図6)
【0040】
(A)信号の測定
振動加速度センサーで信号を測定して信号の波形データを記録し、信号の測定条件はサンプリング周波数:100kHz、サンプリング時間:10秒である。
【0041】
(B)信号のスペクトルの計算
求めた0~200Hzのスペクトルを図12に示している。
【0042】
(C)周波数領域のヒストグラムの計算
[式4]によりスペクトルの正規化を行い、周波数領域のヒストグラム(正規化スペクトル)を求める。正規化スペクトル(ヒストグラム)の例は図13に示している。
【0043】
(D)スペクトルのセグメント値の計算
[数5]により正規化スペクトル(ヒストグラム)のセグメント値を求める。
図14には10ポイントの正規化スペクトルの平均値を1セグメント値として、14セグメント値の例を示している。」
キ 「【図面の簡単な説明】
【0049】
・・・
【図7】動アンバランス状態を例として、ノイズ除去、時間領域のヒストグラムのセグメント値の計算例を示すグラフ。」
ク 「
【図5】
[図:0001391993000012.jpg]
」
ケ 「
【図7】
[図:0001391993000013.jpg]
」
コ 「
【図19】
[図:0001391993000014.jpg]
」
(3)判断
ア 補正事項1について
当審は、補正事項1は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない旨の取消理由を通知したが、補正事項1により段落【0009】に追加された「wiの求め方は、参考文献(宋瀏陽、陳山鵬、王華慶、浦中健:GA統計フィルタとクラスタ分析による知的設備診断法:軸受診断への適用、評価・診断に関するシンポジウム講演論文集、一般社団法人日本機械学会、13(0),pp.7-10,2014)に示す方法のように、一般的に信号であれば「1」、ノイズであれば「0」にするが、ノイズの強さに応じて0から1までの値にすることもよい」との記載は、本件訂正により削除された。
そのため、補正事項1に係る取消理由は解消した。
イ 補正事項2について
当審は、補正事項2で追加された「セグメントの重み係数Wiを求める」工程の具体的方法として、補正事項1で追加された方法が含まれると解釈されることから、補正事項2は当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない旨の取消理由を通知したが、補正事項1で追加された記載は本件訂正により削除された。
また、当初明細書等には、上記(2)エに摘記したとおり、段落【0012】に「図4に示すように、周波数帯域f0~fNにおいて、[数5]により正規化スペクトル(ヒストグラム)のセグメント値Vhist_iを求める。
【数5】
Vhist_i=μhist_i・wi
ここで、wiは各周波数分割区間に対応する重み係数で、wi=0~1である。μhist_iは[数6]により求めた各分割区間のヒストグラムの平均値。Vhist_iはヒストグラムのセグメント値である。」との記載があり、各周波数分割区間のセグメントに対応する重み係数を用いることが読み取れる。
そして、重み係数を用いる以上、何らかの方法により、用いる重み係数を求める必要があることが理解できるところ、重み係数を求める方法自体は従来周知である。
してみると、補正事項2は、当初明細書等のすべの記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、補正事項2に係る取消理由は解消した。
ウ 補正事項3及び4について
当審は、補正事項3及び4に係る「セグメントの重み係数Wiを求める」は、補正事項2と同じ理由により、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない旨の取消理由を通知した。
しかしながら、上記イで検討したとおり、補正事項2は、当初明細書等のすべの記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないから、補正事項2と同じ理由により、補正事項3及び4は、当初明細書等のすべの記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、補正事項3及び4に係る取消理由は解消した。
エ 以上のとおりであるから、取消理由1(新規事項)によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
2 取消理由2(進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 本件発明1と甲2発明とを対比する。
(ア)
a 甲2発明の「砥石」と、本件発明1の「回転機械」とは、「識別対象物」で共通する。
b 甲2発明の「寿命」は、「砥石」として使用できなくなった状態を表すものであるから、本件発明1の「状態」に相当する。
c 上記a及びbを踏まえると、甲2発明の「砥石の寿命を判定する方法」と、本件発明1の「回転機械の状態識別のための方法」とは、「識別対象物の状態識別のための方法」で共通する。
(イ)
a 甲2発明の「砥石部12に含まれる砥粒の破砕時に発生し且つ砥石部12内を伝播する極めて周波数の高い超音波である破砕音(アコースティックエミッション:AE)」は、「砥石」から発生するものであるから、本件発明1の「回転機械の信号」と、「識別対象物の信号」で共通する。
b 甲2発明の「検出」は、本件発明1の「採取」に相当する。
c 甲2発明の「破砕音を表すAE信号SAE」「の包絡線を表す包絡線信号SEN」を「ハイパスフィルタ30」で「周波数範囲を弁別し」「帯域カットフィルタ34」で「ノイズを除去」した「高周波成分信号SENHF」は、「破砕音」に係る時間の変数であるから、本件発明1の「信号の波形データ」に相当する。
d 上記aないしcを踏まえると、甲2発明の「砥石部12に含まれる砥粒の破砕時に発生し且つ砥石部12内を伝播する極めて周波数の高い超音波である破砕音(アコースティックエミッション:AE)を砥石部12の内側から検出し」、「破砕音を表すAE信号SAE」「の包絡線を表す包絡線信号SEN」を「ハイパスフィルタ30」で「周波数範囲を弁別し」「帯域カットフィルタ34」で「ノイズを除去」した「高周波成分信号SENHF」を得る段階と、本件発明1の「回転機械の信号を予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間で採取して信号の波形データを得る第1工程」とは、「識別対象物の信号を採取して信号の波形データを得る第1工程」で共通する。
(ウ)
a 甲2発明の「最大値を『1』として相対的に大きさを標準化する」ことは、本件発明1の「正規化」に相当する。
b 上記aを踏まえると、甲2発明の「周波数解析手段50は、高周波成分信号SENHFの周波数解析を所定のサンプリング周期毎に実行し、周波数スペクトルを表す信号を出力し」、「ピーク判定手段52は、周波数解析手段50から出力された周波数スペクトルに含まれるピークを判定し」、「高周波成分正規化手段54は、ピーク判定手段52により判定された最大ピークを中心として予め設定された周波数幅の信号を抽出し、その周波数幅内の最大値を『1』として相対的に大きさを標準化する」段階は、本件発明1の「前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程」に相当する。
(エ)
a 甲2発明の「高周波成分正規化手段54」は、「周波数幅内の最大値を『1』として相対的に大きさを標準化するとともに、予め設定された周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力」することから、標準化した周波数スペクトルを「予め設定された周波数区分」に分割しているといえる。
b そして、甲2発明の「周波数区分」は、本件発明1の「周波数区間」に相当する。
c 上記a及びbを踏まえると、「高周波成分正規化手段54」は、「周波数幅内の最大値を『1』として相対的に大きさを標準化するとともに、予め設定された周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力」する甲2発明は、本件発明1の「前記正規化スペクトルを周波数区間に分割して、各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める第3工程」と、「前記正規化スペクトルを周波数区間に分割する第3工程」で共通する工程を備えているといえる。
(オ)
a 甲2発明の「その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ」は、本件発明1の「各周波数分割区間における正規化スペクトル値」に相当する。
b 本件発明1で「各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wi」と特定していることから、本件発明1の「セグメント」は、「周波数分割区間」に対応したものである。
すると、甲2発明の「周波数区分」は、本件発明1の「セグメント」にも相当するといえる。
したがって、甲2発明の「周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ」は、本件発明1の「周波数領域のセグメント値」にも相当する。
c 上記a及びbを踏まえると、「高周波成分正規化手段54」は、「周波数幅内の最大値を『1』として相対的に大きさを標準化するとともに、予め設定された周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力」する甲2発明は、本件発明1の「前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程」と、「前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値を用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程」で共通する工程を備えているといえる。
(カ)
a 甲2発明の「ニューラルネットワーク」と、本件発明1の「多変量解析法」とは、「データ判別法」で共通する。
b 甲2発明の「ニューラルネットワーク演算手段56」が「入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi 」に入力された「周波数区分毎」の「周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号」に対して「出力信号」を出力することと、本件発明1の「前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)により統合」することとは、「前記セグメント値をデータ判別法により統合」することで共通する。
c 甲2発明の「砥石寿命判定手段62は、ニューラルネットワーク演算手段56からの出力信号の大きさが予め設定された判断基準値を越えたか否かを判断」することと、本件発明1の「多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)により回転機械の状態識別を行う」こととは、「データ判別法により識別対象物の状態識別を行う」ことで共通する。
d 上記aないしcを踏まえると、「高周波成分正規化手段54は」「周波数区分毎に、その周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ表す信号を、ニューラルネットワーク演算手段56の入力層の各神経細胞要素(ニューロン)Xi へそれぞれ出力し」、「砥石寿命判定手段62は、ニューラルネットワーク演算手段56からの出力信号の大きさが予め設定された判断基準値を越えたか否かを判断」する甲2発明は、本件発明1の「前記セグメント値を多変量解析法(主成分分析法または正準判別分析法)により統合して、多変量解析法(主成分判別式または正準判別式)により回転機械の状態識別を行う第5工程」と、「前記セグメント値をデータ判別法により統合して、データ判別法により識別対象物の状態識別を行う第5工程」で共通する工程を備えているといえる。
イ そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「識別対象物の状態識別のための方法であって、
識別対象物の信号を採取して信号の波形データを得る第1工程と、
前記波形データの周波数領域における正規化スペクトルを求める第2工程と、
前記正規化スペクトルを周波数区間に分割する第3工程と、
前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値を用いて周波数領域のセグメント値を求める第4工程と、
前記セグメント値をデータ判別法により統合して、データ判別法により識別対象物の状態識別を行う第5工程と、
を有する状態識別法。」
の発明である点において一致し、次の4点において相違する。
(相違点1)
「識別対象物」が、本件発明1においては、「回転機械」であるのに対し、甲2発明においては、「砥石」である点。
(相違点2)
「識別対象物の信号を採取」することについて、本件発明1においては、「予め設定したサンプリング周波数とサンプリング時間」で採取するのに対し、甲2発明においては、「破砕音」の「検出」を連続的に行うのか断続的に行うのかが不明である点。
(相違点3)
「周波数領域のセグメント値」について、本件発明1においては、「第3工程」で「各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求め」、「第4工程」で「前記の各周波数分割区間における正規化スペクトル値と前記重み係数Wiを用いて周波数領域のセグメント値を求める」のに対し、甲2発明においては、「周波数領域のセグメント値」に相当するものは各「周波数区分に対応する周波数スペクトル成分の大きさ」そのものであって、各周波数区分に対応する重み係数を用いて求めるものではない点。
(相違点4)
「データ判別法」が、本件発明1においては、「多変量解析法」であるのに対し、甲2発明においては、「ニューラルネットワーク」である点。
ウ 上記相違点1について検討する。
甲2発明は、「砥石車10の状態が予め設定された砥石寿命すなわちドレスインターバルへ到達したことを判定する演算制御装置38」を使用するが、判定するの「砥石の寿命」、すなわち砥石の状態であって、「砥石車10」を回転駆動する駆動モータの状態を判定するものではない。
そして、甲2全体の記載を見ても、駆動モータなどの回転機械の状態を判定することを開示又は示唆する記載は見当たらない。
また、甲1技術事項は、補間法によって、既知の周波数点における重み係数WaiからスペクトルAiの周波数点における重み係数Wiを算出することを開示するが、甲1全体の記載を見ても、回転機械の状態を判定することを開示又は示唆する記載は見当たらない。
さらに、本件特許の優先日当時、砥石の寿命を判定するために、砥石車を回転駆動する駆動モータの状態を判定することが技術常識であったとはいえない。
してみると、甲2発明において、識別対象物を「砥石」に代えて「回転機械」とすることを動機付ける事情があるとは認められない。
したがって、甲2発明において、識別対象物を「砥石」に代えて「回転機械」とすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
エ 以上のとおりであるから、相違点2ないし4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲1技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明2について
ア 本件発明2は、本件発明1を実行するための装置システムの発明に相当するものであるから、本件発明1と甲2発明との対比を踏まえて、本件発明2と甲2発明(砥石寿命判定装置8)とを対比する。
(ア)甲2発明の「AEセンサ18」と、本件発明2の「回転機械の信号を測定するための信号取得部」とは、「識別対象物の信号を測定するための信号取得部」で共通する。
(イ)甲2発明の「プリアンプ20」、「包絡線発生回路22」、「ハイパスフィルタ30」、「帯域カットフィルタ34」、「ローパスフィルタ32」、「A/D変換器36」、「周波数解析手段50」、「ピーク判定手段52」、「高周波成分正規化手段54」、「記憶手段58」及び「低周波成分正規化手段60」は、併せて本件発明2の「取得した信号の信号処理部」に相当する。
(ウ)甲2発明の「ニューラルネットワーク演算手段56」及び「砥石寿命判定手段62」は、併せて本件発明2の「回転機械の状態識別を行うための識別処理部」と、「識別対象物の状態識別を行うための識別処理部」で共通する。
(エ)甲2発明の「砥石寿命であることを示す画像を」「出力」する「出力装置40」は、本件発明2の「識別結果や状態情報を表示するための表示部」に相当する。
(オ)甲2発明の「砥石寿命判定装置8」と、本件発明2の「回転機械の状態識別のための装置システム」とは、「識別対象物の状態識別のための識別処理部」で共通する。
イ そうすると、本件発明2と甲2発明とは、上記相違点1ないし4のみで相違する。
ウ 上記相違点1については、上記(1)ウで検討したとおりであるから、本件発明2は、本件発明1と同じ理由により、甲2発明及び甲1技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)以上のとおりであるから、取消理由2(進歩性)によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
第7 取消理由通知書(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由について
1 申立理由1(進歩性)について
(1)申立人は、特許異議申立書において、本件訂正前の請求項1及び2に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。
(2)しかしながら、本件訂正により、本件発明1及び2では、「対象物」が「回転機械」に限定されたことから、申立人が認定する甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)を主引用発明とした場合であっても、本件発明1及び2と甲1発明との間には、申立人が認定する相違点に加え、上記相違点1と同じく、識別対象物に係る相違点が存在する。
そして、上記第6の2(1)ウで述べたとおり、甲1及び甲2には、回転機械の状態を判定することを開示又は示唆する記載は見当たらないから、甲1発明において識別対象物を回転機械とすることを動機付ける事情があるとは認められない。
したがって、甲1発明において、識別対象物を「回転機械」とすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
よって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明1及び2は、甲1発明及び甲2に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)以上のとおりであるから、申立人の申立理由1(進歩性)は採用することができない。
2 申立理由2(新規事項)について
(1)申立人は、特許異議申立書において、本願補正2による、段落【0016】及び【0021】に、それぞれ「なお、|z’ij| がZ0i+ΚσZ0i,i= 1,2,…,rより大きいほど、対象物の状態が「正常でない(異常)」の程度が小さい、つまり異常の程度が重いと判定する。」(以下「追加事項1」という。)及び「なお、|z’ij| がZki+ΚσZki,i= 1,2,…,rより大きいほど、対象物の状態が「状態kでない」程度が大きいと判定する。」(以下「追加事項2」という。)(当審注:「Z0i」及び「Zki」における「Z」は、オーバーバー付きである。)の記載を追加する補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、請求項1及び2に係る発明は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、同法第113条第1号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。
(2)主成分分析及び正準判別分析法において、対象物と正常状態との差が大きいほど正常でない程度が大きくなる傾向が見られることは技術常識であるから、追加事項1及び2が、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
なお、追加事項1における「対象物の状態が「正常でない(異常)」の程度が小さい、つまり異常の程度が重い」は、「つまり」の前後の記載が整合しない。しかしながら、段落【0016】の記載から「Z0i」及び「σZ0i」はそれぞれ正常状態で得られた平均値及び標準偏差であることから、「|z’ij|」が大きい場合が正常でないと理解することができる。そのため、「「正常でない(異常)」の程度が小さい」は、「「正常でない(異常)」の程度が大きい」の誤記であると解される。
(3)以上のとおりであるから、申立人の申立理由2(新規事項)は採用することができない。
3 申立理由3(サポート要件)について
(1)申立人は、特許異議申立書において、本件発明1及び2に係る「第3工程」は、新規事項の追加に該当するものであり、当初明細書等には記載も示唆もされていなかったものであって、本件発明1及び2は発明の詳細な説明に記載されたものではないから、請求項1及び2に係る発明は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。
(2)発明の詳細な説明には、「第3工程」に係る「各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める」ことは明記されていないが、段落【0009】に各周波数分割区間に対応する重み係数を用いることは記載されており、上記第6の1(3)イで述べたように、重み係数を用いる以上、何らかの方法により、用いる重み係数を求める必要があることが理解でき、重み係数を求める方法自体は従来周知である。
そして、図面の【図3】及び【図12】には、「セグメントの重み係数Wiを求める」ことが記載されている。
してみると、「第3工程」が発明の詳細な説明に開示された範囲を超えるものとはいえない。
(3)以上のとおりであるから、申立人の申立理由3(サポート要件)は採用することができない。
第8 申立人の主張について
(1)ア 申立人は、令和4年6月24日提出の意見書(以下「申立人意見書」という。)において、本件訂正請求における訂正事項3は、特許請求の範囲については何ら訂正するものではないが、請求項1に記載された「第3工程」の解釈に影響を与え、その結果、実質上、請求項1に記載された発明を特定するための事項を拡張又は変更するものであり、本件訂正は特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものではなく、認められるできものではない旨主張する。
イ しかしながら、訂正事項3で削除された記載は、「wiの求め方は、参考文献・・・に示す方法のように、・・・にすることもよい」との記載から理解されるように例示的な記載であって、本件訂正前の明細書、特許請求の範囲及び図面には、本件訂正前の請求項1に係る「第3工程」の「各周波数分割区間に対応するセグメントの重み係数Wiを求める」が、本件訂正前の段落【0009】に記載されていた「参考文献」に記載された方法によるものに限られると限定的に解釈すべき記載は見当たらないから、訂正事項3により「第3工程」の範囲が拡張又は変更されるものではない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
(2)ア 申立人は、申立人意見書において、本件訂正が認められるとしても、補正事項3及び4は、当初明細書等に記載した事項の範囲内でしたものでないから、請求項1及び2に係る発明は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、同法第113条第1号に該当し、取り消されるべきものである旨主張する。
イ しかしながら、上記第6の1(3)ウで述べたとおり、補正事項3及び4は、当初明細書等のすべの記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
よって、申立人の上記主張は採用できない。
第9 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2021-700509