特許異議申立
2020-700420
強度、延性および成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法
- 審判番号
- 2020-700420
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2016-575839外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2020年06月17日
- 審決日
- 2020年09月28日
- 公報発行日
- 2020年11月27日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】アルセロールミタル
- 【権利者代理人】特許業務法人川口國際特許事務所
- 【異議申立人】前田 洋志
- 分類
- P1651.4 -Y (C21D) / P1651.536-Y (C21D) / P1651.537-Y (C21D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第39条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第2条第3項第2号、特許法第2条第3項第1号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特許第6623183号発明「強度、延性および成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
【結 論】
特許第6623183号の請求項1~18に係る特許を維持する。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第6623183号(以下、「本件特許」という。)の請求項1~18に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)7月3日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2014年(平成26年)7月3日 国際事務局(IB))に国際出願され、令和1年11月29日にその特許権の設定登録がされ、令和1年12月18日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年6月17日に特許異議申立人前田洋志(以下、「申立人」という。)は、全請求項に係る特許について特許異議の申立てを行った。
第2 本件発明
本件特許の請求項1~18の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」等という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1~18に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「 【請求項1】
重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2%≦Mn≦2.4%
0.1%≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有する化学組成を有し、残部がFeおよび不可避不純物である、鋼板を熱処理および被覆することによって、延性が改善され成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、被覆鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%であり、
熱処理および被覆が以下の工程:
- Ac3を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する工程、
- 250℃から350℃の間の焼入れ温度QTまで、焼入れ直後にマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、マルテンサイト含量は少なくとも60%である、
工程、
- 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度において10秒から90秒の間の分配時間Ptの間維持する工程、
- 鋼板を溶融めっきする工程、および
- 鋼板を室温まで冷却する工程
を含み、
最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有しフェライトを含まない、
方法。
【請求項2】
鋼板の化学組成が以下の条件:
0.17%≦C≦0.21%
を満たす、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
鋼板の化学組成が以下の条件:
1.3%≦Si≦1.6%
を満たす、請求項1または2のいずれか一項に記載の方法。
【請求項4】
鋼板の化学組成が以下の条件:
2.1%≦Mn≦2.3%
を満たす、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
溶融めっき工程が亜鉛めっき工程である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
溶融めっき工程が、合金化温度TGAを480℃から510℃の間とする合金化溶融亜鉛めっき工程である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
焼入れの間の冷却スピードが、少なくとも20℃/秒である、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
焼入れの間の冷却スピードが、少なくとも30℃/秒である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
鋼板が焼入れ温度まで焼入れされた後、および鋼板を分配温度PTまで加熱する前に、鋼板を焼入れ温度QTにおいて2秒から8秒の間に含まれる保持時間の間維持する工程をさらに含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
焼入れ温度QTにおける保持時間が3秒から7秒の間に含まれる時間である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2.1%≦Mn≦2.3%
0.1≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有する化学組成を有し、残部がFeおよび不可避不純物である、被覆鋼板であって、被覆鋼板は、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有し、マルテンサイトは少なくとも65%であり、該組織はフェライトを含まず、被覆鋼板の少なくとも一方の面が金属被覆を含み、被覆鋼板の降伏強度が少なくとも800MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%である、被覆鋼板。
【請求項12】
化学組成が以下の条件:
0.17%≦C≦0.21%
を満たす、請求項11に記載の被覆鋼板。
【請求項13】
化学組成が
1.3%≦Si≦1.6%
を満たす、請求項11または12に記載の被覆鋼板。
【請求項14】
金属被覆を含む少なくとも1つの面が亜鉛めっきされている、請求項11から13のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項15】
金属被覆を含む少なくとも1つの面が合金化溶融亜鉛めっきされている、請求項14に記載の被覆鋼板。
【請求項16】
残留オーステナイトが少なくとも0.9%のC含量を有する、請求項11から15のいずれか一項に記載の被覆鋼板。
【請求項17】
残留オーステナイトが少なくとも1.0%のC含量を有する、請求項16に記載の被覆鋼板。
【請求項18】
残留オーステナイトが5μm以下の平均結晶粒径を有する、請求項11から17のいずれか一項に記載の被覆鋼板。」
第3 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、次の甲第1号証~甲第4号証(以下、「甲1」等という。)を提出し、以下の申立理由1~3により、本件発明1~18に係る特許を取り消すべきものである旨、主張している。
甲第1号証(甲1):特許第6685244号公報
甲第2号証(甲2):特開2012-31462号公報
甲第3号証(甲3):特開2009-209450号公報
甲第4号証(甲4):特開2012-229466号公報
1 申立理由1(同日出願)
本件発明11は、本件特許と優先日が同日である甲1に係る出願(特願2016-575867号)の請求項8に記載された発明と同一であり、かつ、当該出願に係る発明は特許されており協議を行うことができないから、特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、請求項11に係る特許は、特許法第39条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
2 申立理由2(サポート要件)
(1)申立理由2-1
本件発明1は、「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する」ものである。
しかしながら、本件特許明細書の【実施例】である段落【0042】~【0053】を見ても、具体的な実施例が「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍」したことは記載されていない。
(2)申立理由2-2
本件発明1は、焼入れ直後におけるマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織において、「マルテンサイト含量は少なくとも60%」であることを規定している。
しかしながら、本件特許明細書の【実施例】(【0042】~【0053】)を見ても、具体的な実施例における焼入れ直後の組織が「マルテンサイト含量は少なくとも60%」であることは記載されていない。
(3)申立理由2-3
本件発明1は、「最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有」することを規定する。
同様に、本件発明11は、「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有」することを規定する。
しかしながら、本件特許明細書の【実施例】(【0042】~【0053】)を見ても、「7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する例8」の顕微鏡写真(【図1】)が開示されているのみであり、 他の例については開示がない。
出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の「最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有」するとの範囲及び本件発明11の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有」するとの範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容(例8)を拡張ないし一般化できるとはいえない。
(4)申立理由2-4
本件発明1は、「0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2%≦Mn≦2.4% 0.1%≦Cr≦0.25% Al≦0.5%」を含む化学組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を規定する。
同様に、本件発明11は、「0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1%≦Cr≦0.25% Al≦0.5%」を含む化学組成(残部はFeおよび不可避的不純物)を規定する。
しかしながら、本件特許明細書の【実施例】を見ても、「C=0.19%、Si=1.5%、Mn=2.2%、Cr=0.2%を有し、残部はFeおよび不純物である」化学組成が開示されているのみである(【0042】)。 つまり、0<Al≦0.5%の範囲について、いわゆるサポートが無い。
出願時の技術常識に照らしても、 本件発明1の、「0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2%≦Mn≦2.4% 0.1%≦Cr≦0.25% Al≦0.5%」を含む化学組成(残部はFeおよび不可避的不純物)および本件発明11の「0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1%≦Cr≦0.25% Al≦0.5%」を含む化学組成(残部はFeおよび不可避的不純物)の範囲まで、 発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
(5)申立理由2-5
本件発明1は、「鋼板を分配温度において10秒から90秒の間の分配時間ptの間維持する」ものである。
ここで、本件特許明細書の【表2】を見ると、分配時間ptが60秒、30秒または10秒の試料1~11が開示されているが、このうち、分配時間ptが10秒である試料6および7については、 HER(穴広げ率)およびRA(残留オーステナイトの量)が空欄であり、本件発明1の「穴広げ率HERが少なくとも30%」および「3%から15%の残留オーステナイト」を満たすことは明らかでない。
すなわち、本件特許明細書の【実施例】には、 分配時間ptが10秒である場合に「穴広げ率HERが少なくとも30%」および「3%から15%の残留オーステナイト」を満たす具体例は開示されていない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の「10秒から90秒の間の分配時間pt」の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
(6)申立理由2の結論
よって、本件発明1、11及び本件発明1、11を引用する本件発明2~10、12~18は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、本件特許の請求項1~18に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
3 申立理由3(実施可能要件)
(1)申立理由3-1
本件特許明細書の【表2】に記載された試料10および11は、本件発明1の「化学組成」、 および、各「工程」を満たすものである(ただし、「最終的な組織」に関する記載は除く)。
しかしながら、試料10および11は、それぞれ、「全伸びTE」が「13%」および「9%」であり、本件発明1の「全伸びが少なくとも14%」を満たさない。
すなわち、 本件発明1の「化学組成」および各「工程」を満たせば、本件発明1の「全伸びTE」等を満たす被覆鋼板が必ず得られるものではなく、「全伸びが少なくとも14%」を満たすようにするためには、更に別の要件が必要ということになるが、それは明らかにされていない。
そうすると、当業者は、本件特許明細書(発明の詳細な説明)に基づいて本件発明1を実施しようとした場合に、どのように実施するかを理解できない。
(2)申立理由3-2
本件発明1は、「(鋼板を焼鈍し、冷却した後の組織が)マルテンサイト」を有することを規定する。
ところで、本件発明1においては、鋼板を冷却後に再加熱する。具体的には、「鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板を分配温度において10秒から90秒の間の分配時間Ptの間維持」する。
ここで、甲2~甲4に記載されるように、通常は、鋼板を冷却後に再加熱すると、冷却時に生成したマルテンサイトが焼き戻されて、焼戻しマルテンサイトとなる。
しかしながら、本件発明1における再加熱後の組織は、「85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイト」を有するものであり、すなわち、マルテンサイトは、焼戻しマルテンサイトとはならずに、維持されている。
本件特許明細書を見ても、どのようにすれば、再加熱後に焼戻しマルテンサイトではなくマルテンサイトのまま維持できるのか、明らかにされていない。したがって、本件発明1を当業者が実施しようとした場合、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる。
これは、本件発明1の「最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有」するとの事項と同様に、最終的な組織として単なる「マルテンサイト」を規定する本件特許発明11についても同様である。
(3)申立理由3-3
本件発明11は、「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有」することを規定するが、本件特許明細書において、これを実証する実施例としては、「7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する例8」の顕微鏡写真(【図1】)のみである。
そして、本件発明11は、この組織について、更に、「マルテンサイトは少なくとも65%」であることも規定するが、その点は、例8の顕微鏡写真からも明らかではない。
そうすると、本件特許明細書を見ても、本当に、最終的な組織において、「マルテンサイトは少なくとも65%」にできるのか、明らかではない。
したがって、本件発明11を当業者が実施しようとした場合、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等が必要となる。
(4)申立理由3の結論
よって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1、11及び本件発明1、11を引用する本件発明2~10、12~18について、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではなく、本件特許の請求項1~18に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。
第4 当審の判断
以下に述べるように、申立理由1~3によっては,本件特許の請求項1~18に係る特許を取り消すことはできない。
1 申立理由1(同日出願)について
(1)特許法第39条第2項の判断手法について
特許法第39条第2項の規定についての判断を行う場合において、特許出願に係る発明が、その出願日と同日になされた他の出願の請求項に係る発明と同一であるか否かを判断する際には、同日にされた2つの出願の一方を先願と仮定して両者が同一であるか否かの判断を行い、次に、他方を先願と仮定して同様の判断を行い、いずれによっても同一とされる場合に、両発明が同一であると判断することが相当である。
(2)同日出願に係る発明について
本件特許と優先日が同日である出願に係る特許である甲1の請求項8に係る発明(以下、「同日出願発明」という。また、甲1に係る出願を「同日出願」という。)は、その特許請求の範囲の請求項8に記載された、次のとおりのものである。
[同日出願発明]
「鋼の化学組成が重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2.1%≦Mn≦2.3%
0.1%≦Cr≦0.25%
Nb≦0.05%
Ti≦0.05%
Al≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である鋼板であって、前記鋼板が、降伏強度少なくとも850MPa、引張強度少なくとも1180MPa、全伸び少なくとも14%、および穴広げ率HER少なくとも30%を有し、前記鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず、マルテンサイト画分は、少なくとも50%である組織を有する、鋼板。」
なお、甲1に係る特許に対して請求された訂正2020-390044号の訂正審判について、令和2年8月24日付けで請求項1~7を削除する訂正を認める審決がなされ、その後当該審決は確定しているが、当該訂正においては、請求項8については、何ら変更がされていない。
(3)本件発明11と同日出願発明との対比
ア 本件発明11の「重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1≦Cr≦0.25% Al≦0.5% を含有する化学組成を有し、残部がFeおよび不可避不純物である」との発明特定事項は、同日出願発明の「鋼の化学組成が重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1%≦Cr≦0.25% Nb≦0.05% Ti≦0.05% Al≦0.5% を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である」との発明特定事項と、「重量%で 0.15%≦C≦0.25% 1.2%≦Si≦1.8% 2.1%≦Mn≦2.3% 0.1≦Cr≦0.25% Al≦0.5% を含有する化学組成を有し、残部がFeおよび不可避不純物である」点で一致する。
イ 本件発明11の「被覆鋼板」は、同日出願発明の「鋼板」と「鋼板」である点で一致するが、同日出願発明の「鋼板」が「被覆鋼板」を含むかは明らかでない。
ウ 本件発明11の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有し」、「該組織はフェライトを含まず」との発明特定事項は、同日出願発明の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず」との発明特定事項に相当する。
エ 本件発明11の「引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%である」との発明特定事項は、同日出願発明の「引張強度少なくとも1180MPa、全伸び少なくとも14%、および穴広げ率HER少なくとも30%を有し」との発明特定事項に相当する。
オ したがって、本件発明11と同日出願発明とは、以下の一致点で一致し、以下の相違点1~4で一致する。
[一致点]
「 重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2.1%≦Mn≦2.3%
0.1≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有する化学組成を有し、残部がFeおよび不可避不純物である、鋼板であって、鋼板は、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有し、該組織はフェライトを含まず、鋼板の引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%である、鋼板。」
[相違点1]
本件発明11では、「Nb」、「Ti」の含有量については特定されていないのに対し、同日出願発明は、「Nb≦0.05%」、「Ti≦0.05%」である点。
[相違点2]
本件発明11は、「被覆鋼板」であって、「被覆鋼板の少なくとも一方の面が金属被覆を含」むものであるのに対し、同日出願発明の「鋼板」は、「被覆鋼板」を含むか不明である点。
[相違点3]
本件発明11は、「マルテンサイトは少なくとも65%」であるのに対し、同日出願発明は、「マルテンサイト画分は、少なくとも50%である」点。
[相違点4]
本件発明11は、「降伏強度が少なくとも800MPa」であるのに対し、同日出願発明は、「降伏強度」が「少なくとも850MPa」である点。
(4)相違点2についての判断
事案に鑑み、相違点2について判断する。
ア 同日出願発明を先願と仮定した場合について
同日出願発明は、「上記鋼板が、降伏強度少なくとも850MPa、引張強度少なくとも1180MPa、全伸び少なくとも14%、および穴広げ率HER少なくとも30%を有し、前記鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず、マルテンサイト画分は、少なくとも50%である組織を有する」との発明特定事項を備えるものである。
そして、「鋼板」を「被覆」する処理をした場合、「降伏強度」、「引張強度」、「全伸び」、「穴広げ率」及び「鋼板」の組織に影響し得ることは明らかであるが、同日出願の明細書(甲1)には、「被覆」を設けることは何ら記載されておらず、同日出願発明において、「鋼板」を「被覆」する処理をした場合に、同日出願発明の「降伏強度」、「引張強度」、「全伸び」、「穴広げ率」及び「鋼板」の組織を維持することができることが明らかとはいえない。
そうすると、同日出願発明において「上記鋼板が、降伏強度少なくとも850MPa、引張強度少なくとも1180MPa、全伸び少なくとも14%、および穴広げ率HER少なくとも30%を有し、前記鋼板が、3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなりフェライトを含まず、マルテンサイト画分は、少なくとも50%である組織を有する」点を維持しながら、「鋼板」に「金属被覆」を施すことは、周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないものとはいえず、同日出願を先願と仮定した場合には、上記相違点2は、課題解決のための具体化手段における微差であるとは認められない。
イ 本件特許に係る出願を先願と仮定した場合について
本件特許の明細書の【0001】~【0006】を参照すると、本件発明11は、「被覆鋼板」において、「強度、延性および成形性」を改善することを課題とすることが認められる。
そうすると、本件発明11の課題を解決するためには、「被覆鋼板」であることが前提となるのであるから、本件発明11を「被覆鋼板」でない「鋼板」とすることは、阻害されているといえ、周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないものとはいえない。
したがって、本件特許に係る出願を先願と仮定した場合にも、上記相違点2は、課題解決のための具体化手段における微差であるとは認められない。
(3)申立理由1(同日出願)についてのまとめ
したがって、相違点1、3、4について検討するまでもなく、本件発明11と同日出願発明とが同一であるとはいえない。
よって、請求項11に係る特許は、特許法第39条第2項の規定に違反してされたものではなく、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。
2 申立理由2(サポート要件)、申立理由3(実施可能要件)について
(1)発明の詳細な説明の記載について
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下線は、当審が付した。また、「・・・」は、省略を示す)。
「【0001】
本発明は、強度、延性および成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法に関し、この方法により得られる鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車両用の車体構造用部材および車体パネルの部品などの様々な装備を製造するために、DP(二相)鋼またはTRIP(変態誘起塑性)鋼でできた、亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっき板を使用するのは通常のことである。
【0003】
・・・
【0004】
地球環境保全の観点から自動車の燃料効率を改善するために自動車の重量を削減するため、降伏強度および引張強度が改善された鋼板を有することが望ましい。しかしそのような鋼板は良好な延性および良好な成形性、より詳細には良好な伸びフランジ性も有する必要がある。
【0005】
この点において、降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが25%を超える鋼板を有することが望ましい。測定方法の違いに起因して、ISO規格による穴広げ率HERの値は、JFS T 1001(日本鉄鋼連盟規格)による穴広げ率λの値と非常に異なり同等ではないことを強調する必要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的はそのような鋼板およびそれを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
したがって、本発明は、鋼板を熱処理し被覆することによって、延性が改善され成形性
が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、鋼板の降伏強度YSが少なくとも
800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、
穴広げ率HERが少なくとも30%であり、鋼の化学組成は重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2%≦Mn≦2.4%
0.1%≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である、方法に関する。
【0008】
熱処理および被覆は以下の工程:
- Ac3を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する工程、
- 250℃から350℃の間の焼入れ温度QTまで、焼入れ直後にマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、マルテンサイト含量は少なくとも60%であり、オーステナイト含量は、最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有しフェライトを含まないような含量である、工程、
- 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板をこの温度において10秒から90秒の間の分配時間Ptの間維持する工程、
- 鋼板を溶融めっきする工程、および
- 鋼板を室温まで冷却する工程
を含む。」
「 【0014】
本発明は被覆鋼板にも関し、この鋼の化学組成は重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2%≦Mn≦2.4%
0.1≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である。鋼の組織は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなり、フェライトを含まない。鋼板の少なくとも一方の面は金属被覆を含む。鋼板は降伏強度が少なくとも800MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%である。」
「【0023】
本発明によれば、鋼板は、化学組成が重量%で以下を含有する半製品の熱間圧延および任意選択的に冷間圧延によって得られる:
- 十分な強度を確保し、十分な伸びを得るのに必要である残留オーステナイトの安定性を改善するための、0.15%から0.25%、好ましくは0.17%を超え好ましくは0.21%未満の炭素。炭素含量が高すぎる場合、熱間圧延した鋼板は硬すぎて冷間圧延できず、溶接性が不十分である。
【0024】
- 固溶体を強化し、被覆性に悪影響を与える鋼板の表面の酸化ケイ素を形成させることなく過時効の間に炭化物の形成を遅らせるように、オーステナイトを安定化させるための、1.2%から1.8%、好ましくは1.3%を超え1.6%未満のケイ素。
【0025】
- 少なくとも65%のマルテンサイトを含有する組織を得るための十分な硬化性、1150MPaを超える引張強度を有するため、および延性に悪影響を与える分離の問題を避けるための、2%から2.4%、好ましくは2.1%を超え好ましくは2.3%未満のマンガン。
【0026】
- 硬化性を高めるため、および過時効の間のベイナイトの形成を遅らせるために残留オーステナイトを安定化させるための、0.1%から0.25%のクロム。
【0027】
- 脱酸素の目的で通常の場合に溶鋼に加えられる、最大で0.5%のアルミニウム。好ましくは、Al含量は0.05%に制限される。Alの含量が0.5%を超える場合、オーステナイト化温度は高すぎるために到達しないことになり、鋼は工業的に加工が困難となる。
【0028】
残部は鉄および鋼製造から生じる残留元素である。この点において、Ni、Mo、Cu、Nb、V、Ti、B、S、PおよびNは少なくとも、不可避不純物である残留元素と考えられる。したがって、それらの含量はNiについては0.05%未満、Moについては0.02%未満、Cuについては0.03%未満、Vについては0.007%未満、Bについては0.0010%未満、Sについては0.005%未満、Pについては0.02%未満、Nについては0.010%未満である。Nb含量は0.05%に制限され、Ti含量は0.05%に制限されるが、なぜならそのような値を超えると大きい析出物が形成され成形性が低下することになり、14%の全伸びに到達することをより困難にするからである。
【0029】
鋼板は、当業者に公知の方法に従って、熱間圧延および任意選択的に冷間圧延によって調製される。
【0030】
圧延後、鋼板は酸洗いまたは洗浄され、次いで熱処理および溶融めっきされる。
【0031】
好ましくは連続焼鈍と溶融めっきを組み合わせたライン上で行われる熱処理は、以下の工程を含む:
- 組織が完全にオーステナイトであることを確実にするように、鋼のAc3変態点を超える、好ましくはAc3+15℃を超える、すなわち本発明による鋼については約850℃を超えるが、オーステナイト結晶粒を過度に粗大化させないために1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて、鋼板を焼鈍する工程。鋼板は化学組成および組織を均質化させるのに十分な時間をかけて、焼鈍温度で維持される、すなわちTA-5℃からTA+10℃の間で維持される。この時間は好ましくは30秒を超えるが300秒を超える必要はない。
【0032】
- Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度で冷却することにより、鋼板を焼入れする工程。焼入れの直後にマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を有するようにするため、焼入れ温度は250℃から350℃の間である。この組織は少なくとも60%のマルテンサイトを含有し、3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織(すなわち分配、被覆および室温への冷却後)を得ることができるように十分量のオーステナイトを含有する。好ましくは、冷却速度は20℃/秒以上であり、さらに好ましくは30℃/秒以上、例えば約50℃/秒である。30℃/秒を超える冷却速度は十分である。
【0033】
- 鋼板を430℃から480℃の間、好ましくは435℃から465℃の間の分配温度PTまで再加熱する工程。例えば、分配温度は、鋼板が溶融めっきされるために加熱される必要がある温度、すなわち455℃から465℃の間と等しくてもよい。再加熱速度は再加熱が誘導加熱器によって行われる場合は高くてもよいが、その再加熱速度は鋼板の最終的な特性に対して明確な影響を与えなかった。好ましくは、焼入れ工程と鋼板を分配温度PTまで再加熱する工程との間で、鋼板は焼入れ温度において2秒から8秒の間、好ましくは3秒から7秒の間に含まれる保持時間の間維持される。
【0034】
- 鋼板を分配温度PTにおいて10秒から90秒の間の時間Ptの間維持する工程。分配温度において鋼板を維持することは、分配の間に鋼板の温度がPT-20℃からPT+20℃の間にとどまることを意味する、
- 任意選択的に、鋼板が溶融めっきされるために加熱される必要がある温度と等しくするために、冷却または加熱によって鋼板の温度を調整する工程。
【0035】
- 鋼板を溶融めっきする工程。溶融めっきは、例えば、亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきであってもよいが、被覆の間に鋼板が設定される温度が650℃未満のままであるならば、あらゆる金属溶融めっきが可能である。鋼板が亜鉛めっきされる場合、通常の条件で行われる。鋼板が合金化溶融亜鉛めっきされる場合、良好な最終的な機械的特性を得るために合金化の温度TGAは高すぎない必要がある。この温度は好ましくは500℃から580℃の間である。
【0036】
- 一般に、被覆後、被覆鋼板は公知の技術にしたがって加工される。特に、鋼板は室温まで冷却される。
【0037】
この処理は、3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織(すなわち分配、被覆および室温への冷却後)を得ることを可能にする。
【0038】
さらに、この処理は少なくとも0.9%、さらに好ましくは少なくとも1.0%、最大で1.6%である、残留オーステナイト中の増加したC含量を得ることを可能にする。
【0039】
さらに、平均のオーステナイト結晶粒径は好ましくは5μm以下であり、ベイナイトまたはマルテンサイトのブロックの平均径は好ましくは10μm以下である。
【0040】
残留オーステナイトの量は例えば少なくとも7%である。
【0041】
そのような処理によって、降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である被覆鋼板を得ることができる。
【実施例】
【0042】
実施例として、以下の組成:C=0.19%、Si=1.5%、Mn=2.2%、Cr=0.2%を有し、残部はFeおよび不純物である、厚さが1.2mmの鋼板を熱間圧延および冷間圧延により製造した。この鋼の理論上のMs変態点は375℃であり、Ac3変態点は835℃である。
【0043】
鋼板の試料は焼鈍、焼入れおよび分配により熱処理され、次いで亜鉛めっきまたは合金化溶融亜鉛めっきされ、機械的特性が測定された。
【0044】
処理の条件および得られる特性は、亜鉛めっきされた試料については表Iに、合金化溶融亜鉛めっきされた試料については表IIに報告される。すべての鋼は実験方法により測定されるAc3を超える温度で焼鈍された。鋼板は焼入れ温度で約3秒間保持された。焼入れの間の冷却スピードは約50℃/秒であった。
【0045】
【表1】
【0046】
【表2】
【0047】
これらの表において、TAは焼鈍温度、QTは焼入れ温度、PTは分配温度、Ptは分配温度で維持する時間、TGAは合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の合金化の温度であり、YSは降伏強度であり、Tsは引張強度であり、UEは一様伸びであり、Teは全伸びであり、HERはISO規格16630:2009に従って測定される穴広げ率である。RA%は微細組織中の残留オーステナイトの量であり、RA結晶粒径は平均のオーステナイト結晶粒径であり、RA中のC%は残留オーステナイト中のC含量であり、BM結晶粒径はマルテンサイトおよびベイナイトの結晶粒径またはブロックの平均径である。
【0048】
亜鉛めっきされた試料1、2、3は、所望の特性、より詳細には所望の延性を得るために、分配温度PTがおよそ460℃、すなわち溶融めっきの温度である必要があることを示している。分配温度PTが400℃以下または500℃以上である場合、特に430-480℃の範囲内ではない場合、延性は大幅に低下し不十分となる。
【0049】
合金化溶融亜鉛めっきされた試料4から9および試料11は、460℃以下の分配温度が最良の結果をもたらすことを示している。
【0050】
例10において、分配は480℃まで加熱し次いで460℃まで直線的に冷却することによって行われた。
【0051】
例4から例8は、460℃の分配温度および10秒から60秒の間の分配時間によって、合金化溶融亜鉛めっき鋼板において所望の特性を得ることが可能であることを示している。これらの例は、分配時間が60秒未満、好ましくは約30秒であることが好ましいことも示しているが、なぜならそのような分配時間では降伏強度は1000MPaを超えるが、一方で分配時間が60秒である場合は1000MPa未満であるからである。図の顕微鏡写真は、7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する例8を示している。
【0052】
例10および例11は、分配温度が460℃を超える場合、延性が著しく低下することを示している。
【0053】
例9は、反対に、分配温度が440℃である場合、すなわち460℃未満である場合、特性、特に延性は良好なままであることを示している。」
「【図1】
」
(2)特許請求の範囲の記載について
本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第2のとおりである。
(3)申立理由2(サポート要件)について
ア サポート要件を検討する観点について
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
以下、上記の観点に立って、本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについて検討する。
イ 本件特許における発明が解決しようとする課題について
上記(1)で摘記した、【0001】~【0006】を参照すると、本件特許における発明が解決使用とする課題は、「亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっき板」のような「被覆鋼板」において、「降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが約1180MPa、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが25%を超える」ような「鋼板およびそれを製造する方法を提供すること」と認められる。
ウ 発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲について
(ア)上記(1)で摘記した、【0007】、【0008】には、課題を解決するための手段として、
「鋼板を熱処理し被覆することによって、延性が改善され成形性が改善された高強度被覆鋼板を製造する方法であって、鋼板の降伏強度YSが少なくとも800MPa、引張強度TSが少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%であり、鋼の化学組成は重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2%≦Mn≦2.4%
0.1%≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である、方法」
であって、
「熱処理および被覆は以下の工程:
- Ac3を超えるが1000℃未満である焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する工程、
- 250℃から350℃の間の焼入れ温度QTまで、焼入れ直後にマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を得るのに十分な冷却スピードで鋼板を冷却することにより、鋼板を焼入れする工程であって、マルテンサイト含量は少なくとも60%であり、オーステナイト含量は、最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有しフェライトを含まないような含量である、工程、
- 鋼板を430℃から480℃の間の分配温度PTまで加熱し、鋼板をこの温度において10秒から90秒の間の分配時間Ptの間維持する工程、
- 鋼板を溶融めっきする工程、および
- 鋼板を室温まで冷却する工程
を含む」方法が記載されている。
(イ)上記(1)で摘記した、【0014】には、課題を解決するための手段として、
「化学組成は重量%で
0.15%≦C≦0.25%
1.2%≦Si≦1.8%
2%≦Mn≦2.4%
0.1≦Cr≦0.25%
Al≦0.5%
を含有し、残部はFeおよび不可避不純物である。鋼の組織は3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなり、フェライトを含まない。鋼板の少なくとも一方の面は金属被覆を含む。鋼板は降伏強度が少なくとも800MPa、引張強度が少なくとも1180MPa、全伸びが少なくとも14%、穴広げ率HERが少なくとも30%である」、「被覆鋼板」が記載されている。
(ウ)上記(1)で摘記した【0023】より、「十分な強度を確保し、十分な伸びを得るのに必要である残留オーステナイトの安定性を改善するため」には、「0.15%から0.25%」の「炭素」が必要と認められる。
(エ)上記(1)で摘記した【0024】より、「固溶体を強化し、被覆性に悪影響を与える鋼板の表面の酸化ケイ素を形成させることなく過時効の間に炭化物の形成を遅らせるように、オーステナイトを安定化させるため」には、「1.2%から1.8%」の「ケイ素」が必要と認められる。
(オ)上記(1)で摘記した【0025】より、「少なくとも65%のマルテンサイトを含有する組織を得るための十分な硬化性、1150MPaを超える引張強度を有するため、および延性に悪影響を与える分離の問題を避けるため」には、「2%から2.4%」の「マンガン」が必要と認められる。
(カ)上記(1)で摘記した【0026】より、「硬化性を高めるため、および過時効の間のベイナイトの形成を遅らせるために残留オーステナイトを安定化させるため」には、「0.1%から0.25%」の「クロム」が必要と認められる。
(キ)上記(1)で摘記した【0027】より、「Alの含量が0.5%を超える場合、オーステナイト化温度は高すぎるために到達しないことになり、鋼は工業的に加工が困難となる」ことより、「アルミニウム」は「最大で0.5%である必要があると認められる。
(ク)上記(1)で摘記した、【0028】より、「炭素」、「ケイ素」、「マンガン」及び「アルミニウム」以外の「残部」は「鉄および鋼製造から生じる残留元素」である必要があると認められる。
(ケ)上記(1)で摘記した、【0029】、【0030】を参照すると、「鋼板」は、「熱間圧延」による圧延後、鋼板は酸洗いまたは洗浄され、次いで熱処理および溶融めっきされる」ことにより製造されることが記載されている。
(コ)上記(1)で摘記した【0031】より、「熱処理」においては、「組織が完全にオーステナイトであることを確実に」し、「オーステナイト結晶粒を過度に粗大化させないため」には、「鋼のAc3変態点を超える」が、「1000℃未満」である「焼鈍温度TA」において、「鋼板を焼鈍する」ことが必要と認められる。
(サ)上記(1)で摘記した【0032】より、「焼入れの直後にマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織を有するようにするため」には、「焼入れ温度は250℃から350℃の間」で「鋼板を焼入れ」することが必要であり、その結果、「この組織は少なくとも60%のマルテンサイトを含有し、3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織(すなわち分配、被覆および室温への冷却後)を得ることができるように十分量のオーステナイトを含有する」ようになることが認められる。
(シ)上記(1)で摘記した、【0033】~【0035】より、「熱処理」の工程は、「鋼板を430℃から480℃の間」の「分配温度PTまで再加熱する工程」、「鋼板を分配温度PTにおいて10秒から90秒の間の時間Ptの間維持する工程」、「鋼板を溶融めっきする工程」を含むことが認められる。
(ス)上記(1)で摘記した、【0029】~【0041】、特に、【0037】、【0041】より、上記(ケ)~(シ)の処理の結果、「3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織(すなわち分配、被覆および室温への冷却後)」が得られ、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である被覆鋼板を得ることができる」ことが認められる。
(セ)上記(1)で摘記した、【0042】~【0053】、図1に記載の実施例を参照すると、本件発明1の組成、処理条件を満たす、試料1~9において、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である」との要件を満たしており、上記課題を解決していることが認められる。
(ソ)なお、実施例のうち、試料10、11は、本件発明1の組成、処理条件を満たすものであるが、本件発明1の「全伸びが少なくとも14%」との事項を満たしていない。
しかしながら、試料10、11は、【0042】に記載の特定の「化学組成」において、【0045】の【表2】に記載の特定の熱処理条件で処理を行ったものであるところ、「全伸び」が、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」によって影響され得ることは明らかであって、当業者であれば、試料10、11において、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」を適宜調整することで、「全伸びが少なくとも14%」を満たし、上記課題を解決し得ることを理解し得ると認められる。
(タ)また、本件特許の明細書には、上記(ウ)~(ク)の組成、(ケ)~(ス)の「処理」以外に、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である被覆鋼板を得ることができる」手段については記載されていない。
(チ)そうすると、「被覆鋼板を製造する方法」が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲であるためには、上記(ウ)~(ク)の組成を有する「鋼板」を、上記(ケ)~(ス)の各工程により処理し、結果として得られる鋼板が、「3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織」を有し、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である」こと、すなわち、上記(ア)の事項を備えることが必要と認められる。
(ツ)また、「被覆鋼板」の発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲であるためには、「被覆鋼板」が、上記(ウ)~(ク)の組成を有し、「3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織」を有し、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である」「被覆鋼板を得ることができる」点を有すること、すなわり、上記(イ)の事項を備えることが必要と認められる。
エ 本件発明と発明の詳細な説明に記載された発明との対比
「被覆鋼板を製造する方法」の発明である本件発明1~10は、上記ウ(ア)で示した事項を全て備えるものであり、「被覆鋼板」の発明である本件発明11~18は、上記ウ(イ)で示した事項を全て含むから、本件発明1~18は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲に含まれると認められる。
したがって、本件発明1~18は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲を超えるものではない。
オ 申立人の主張について
(ア)申立理由2-1について
申立人は、異議申立書第15頁(4)エ(ア)その1において、本件許明1は、「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍する」ものであるが、本件特許明細書の具体的な実施例において、「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍」したことは記載されていない旨、主張する。
しかしながら、請求項1や【0029】に「焼鈍温度TA」において「30秒を超える時間」で「焼鈍する」ことが記載されていることから、当業者であれば、実施例において、焼鈍の時間が明記されていないとしても、「焼鈍温度TA」において「30秒を超える時間」で「焼鈍」していると理解するものと認められる。
また、具体的な焼鈍の時間は、「降伏強度YS」、「引張強度」、「全伸び」、「穴広げ率HER」が本件発明1に記載の数値範囲を満たすように適宜選択すればよいことは当業者に明らかである。
したがって、本件特許明細書の具体的な実施例において、「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍」したことは記載されていないことのみをもって、本件発明1が発明の詳細な説明に記載されたものでないとすることはできない。
また、申立人は、具体的な実施例において「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍」したことは記載されていないことを主張するのみであって、それ以外に、「焼鈍温度TAにおいて30秒を超える時間で鋼板を焼鈍」したものにおいて、上記課題を解決し得ない場合があり得るとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。
よって、申立人の当該主張は採用できない。
(イ)申立理由2-2について
申立人は、異議申立書第16頁(4)エ(イ)その2において、本件発明1は、焼入れ直後におけるマルテンサイトおよびオーステナイトからなる組織において、「マルテンサイト含量は少なくとも60%」であることを規定しているが、本件特許明細書の【実施例】(【0042】~【0053】)を見ても、具体的な実施例における焼入れ直後の組織が「マルテンサイト含量は少なくとも60%」であることは記載されていない旨、主張する。
しかしながら、本件特許明細書の【0032】には、「Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度で冷却することにより、鋼板を焼入れする工程」を備えることが記載されており、また、焼入れ時に十分な速度で冷却すれば、マルテンサイトの生成量を増加させ得ることは技術常識であるから、当業者であれば、実施例の焼入れ時の冷却条件であれば「マルテンサイト含量は少なくとも60%」となっていることを理解し得ると認められる。
また、申立人は、具体的な実施例における焼入れ直後の組織が「マルテンサイト含量は少なくとも60%」であることは記載されていないことを主張するのみであって、それ以外に、「マルテンサイト含量は少なくとも60%」とすることができないとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
(ウ)申立理由2-3について
申立人は、異議申立書第16頁(4)エ(ウ)その3において、本件特許明細書の【実施例】(【0042】~【0053】)を見ても、「7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する例8」の顕微鏡写真(【図1】)が開示されているのみであり、 他の例については開示がないから、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の「最終的な組織が3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトを含有」するとの範囲及び本件発明11の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有 」するとの範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容(例8)を拡張ないし一般化できるとはいえない旨、主張する。
しかしながら、例8の「7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する」との組織は、本件発明1、11の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイト」を含有するとの組織に含まれる範囲のものであり、そして、「残留オーステナイト」、「マルテンサイト」及び「ベイナイト」の比率は、原料の鋼板の組成や、加熱条件、冷却条件等の熱処理条件により変更し得ることは技術常識であるから、当業者であれば、例8において、「鋼板」の化学組成や熱処理条件を適宜調整すれば、本件発明1、11の「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイト」を含有するとの組織を得ることができると理解すると認められる。
また、申立人は、具体的な実施例として「7.5%の残留オーステナイトおよび92.5%のマルテンサイト+ベイナイトを含有する例8」のみが記載されていることを主張するのみであって、それ以外に、「3%から15%の残留オーステナイトならびに85%から97%のマルテンサイトおよびベイナイトからなる組織を有」するようにすることができないとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
(エ)申立理由2-4について
申立人は、異議申立書第16、17頁(4)エ(エ)その4において、本件特許明細書の【実施例】を見ても、「C=0.19%、Si=1.5%、Mn=2.2%、Cr=0.2%を有し、残部はFeおよび不純物である」化学組成が開示されているのみである(【0042】)。 つまり、0<Al≦0.5%の範囲について、いわゆるサポートが無い旨、主張する。
しかしながら、【0027】の記載を参照すれば、当業者であれば、「0<Al≦0.5%」であれば、鋼の加工が困難とならず、上記課題の解決を妨げないことを理解し得ると認められる。
また、申立人は、具体的な実施例において「Al」が含まれないことを主張するのみであって、それ以外に、「0<Al≦0.5%」において、上記課題を解決できないとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
(オ)申立理由2-5について
申立人は、異議申立書第17頁(4)エ(オ)その5において、本件特許明細書の【実施例】には、 分配時間ptが10秒である場合に「穴広げ率HERが少なくとも30%」および「3%から15%の残留オーステナイト」を満たす具体例は開示されていないから、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の「10秒から90秒の間の分配時間pt」の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない旨、主張する。
しかしながら、当業者であれば、「分配時間」に応じて組成や他の熱処理条件を調整することで、「穴広げ率HERが少なくとも30%」および「3%から15%の残留オーステナイト」を満たし得る蓋然性が高いと理解するものと認められる。
また、申立人は、「分配時間ptが10秒」である具体的な実施例が存在しないことを主張するのみであって、それ以外に、「分配時間ptが10秒」である場合において、上記課題を解決できないとする具体的な理由(理論的根拠や具体例)を示していない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
カ 申立理由2(サポート要件)についてのまとめ
よって、本件特許の請求項1~18に係る特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。
(4)申立理由3(実施可能要件)について
ア 本件発明1~10について
(ア)実施可能要件を検討する観点について
本件発明1~10は、「高強度被覆鋼板を製造する方法」の発明であって、物を生産する方法の発明に該当するが、物を生産する方法の発明における発明の実施とは、その方法を使用する行為、及びその方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第2号及び第3号)、物を生産する方法の発明について、特許法第36条第4項第1号が定める実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明が、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その方法を使用し、その方法により生産した物を使用することができる程度にその発明が記載されたものでなければならないと解される。そして、物を生産する方法の発明については、その方法を使用することができるためには、当業者がその方法により物を生産できなければならないから、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を生産できるように、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物が記載される必要がある。
よって、この観点に立って、本件発明1~10の実施可能要件について検討する。
(イ)本件発明1~10の実施可能要件についての検討
a 上記(3)ウ(ア)、(ウ)~(ク)で示したとおり、上記(1)で摘記した、【0007】、【0023】~【0028】には、「原材料」である「鋼板」の組成が特定されている。
したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1~10の「原材料」が特定されていると認められる。
b 上記(3)ウ(ア)、(ケ)~(ス)で示したとおり、上記(1)で摘記した、【0008】、【0029】~【0041】には、「鋼板」の処理の条件が特定されるとともに、当該処理により、「3から15%の間の残留オーステナイトならびに85から97%の間のマルテンサイトおよびベイナイトの合計を含有しフェライトを含まない最終的な組織(すなわち分配、被覆および室温への冷却後)」が得られ、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である被覆鋼板を得ることができる」ことが認められる。そうすると、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1~10における「原材料」の「処理工程」が特定されるとともに、「生産物」が特定されていると認められる。
c 上記(1)で摘記した、【0042】~【0053】、図1に記載の実施例を参照すると、本件発明1の組成、処理条件を満たす、試料1~9において、「降伏強度YSが少なくとも800MPaであり、引張強度が少なくとも1180MPaであり、全伸びが少なくとも14%であり、ISO規格16630:2009による穴広げ率HERが少なくとも30%である」との要件を満たすことが記載されている。
d なお、実施例のうち、試料10、11は、本件発明1の組成、処理条件を満たすものであるが、本件発明1の「全伸びが少なくとも14%」との事項を満たしていない。
しかしながら、試料10、11は、【0042】に記載の特定の「化学組成」において、【0045】の【表2】に記載の特定の熱処理条件で処理を行ったものであるところ、「全伸び」が、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」によって影響され得ることは明らかであって、また、当業者が、試料10、11において、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」を調整し、「全伸びが少なくとも14%」を満たすような条件を探索するために、過度の試行錯誤や複雑高度な実験を要するとは認められない。
したがって、試料10、11が、本件発明1の組成、処理条件を満たすものであるが、本件発明1の「全伸びが少なくとも14%」との事項を満たしていないことからは、本件特許の明細書の発明の詳細な説明が、本件発明1~10の方法を使用することができるように記載したものでないとはいえない。
e 上記a~dより、本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1~10について、(i)原材料、(ii)その処理工程及び(iii)生産物が明確かつ十分に特定されているから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1~10の方法を使用することができるように記載されたものと認められる。
f また、上記(1)で摘記した【0002】にも記載のように、「被覆鋼板」が、自動車車両用の車体構造用部材や装備、また、その他構造材等に使用可能であることは技術常識であるから、本件特許の明細書の発明の詳細な説明が、本件発明1~10の方法で生産された「被覆鋼板」を当業者が使用することができる程度に記載されたものであることは明らかである。
g したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1~10を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
イ 本件発明11~18について
(ア)実施可能要件を検討する観点について
本件発明11~18は、「被覆鋼板」の発明であって、物の発明に該当するが、物の発明における発明の実施とは、そのものの生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について、特許法第36条第4項第1号が定める実施可能要件を満たすためには、発明の詳細な説明が、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を製造し、使用することができる程度にその発明が記載されたものでなければならないと解される。
よって、この観点に立って、本件発明11~18の実施可能要件について検討する。
(イ)本件発明11~18の実施可能要件についての検討
a 本件発明11~18の「被覆鋼板」は、本件発明1~10の製造方法により製造し得ると認められるが、本件特許の明細書の発明の詳細な説明が、当業者が本件発明1~10を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであることは、上記ア(イ)のとおりである。
したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明11~18の「被覆鋼板」を製造することができるように明確かつ十分に記載されたものであると認められる。
b また、「被覆鋼板」に関し、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に当業者が使用することができる程度に記載されていることは、上記ア(イ)fのとおりである。
c したがって、本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明11~18を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
ウ 申立人の主張について
(ア)申立理由3-1について
申立人は、異議申立書第18頁(4)オ(ア)その1において、本件特許明細書の【表2】に記載された試料10および11が、本件発明1の「化学組成」、 および、各「工程」を満たすが、本件発明1の「全伸びが少なくとも14%」を満たさないことを根拠として、「全伸びが少なくとも14%」を満たすようにするためには、本件発明1に記載された要件以外の別の要件が必要ということになる旨、主張する。
一方で、試料10、11は、【0042】に記載の特定の「化学組成」において、【0045】の【表2】に記載の特定の熱処理条件で処理を行ったものであるところ、「全伸び」が、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」によって影響され得ることは明らかであるから、特定の組成、熱処理条件で処理を行ったものである試料10、11において、「全伸びが少なくとも14%」でないからといって、「全伸びが少なくとも14%」を満たすようにするためには、更に別の要件が必要と直ちに結論付けることはできない。
また、当業者が、試料10、11において、「化学組成」や「焼鈍温度」、「焼入れ温度」、「分配温度」、「分配時間」を調整し、「全伸びが少なくとも14%」を満たすような条件を探索するために、過度の試行錯誤や複雑高度な実験を要するとは認められないことは、上記ア(イ)dに示したとおりである。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
(イ)申立理由3-2について
申立人は、異議申立書第18、19頁(4)オ(イ)その2において、「分配温度」での再加熱に関し、「本件特許明細書をみても、どのようにすれば、再加熱後に焼戻しマルテンサイトではなくマルテンサイトのまま維持できるのか、明らかにされていない」旨、主張する。
しかしながら、本件特許明細書の記載を参照すると、「マルテンサイト」との用語のみが用いられ、通常の焼入れままの「マルテンサイト」と、焼入れ後に焼戻しされた「焼戻しマルテンサイト」とを使い分けた上で、「分配温度」での再加熱後に「マルテンサイト」の状態が維持されることが記載されているのではないから、当業者が本件特許の明細書を参照すれば、本件特許においては、「焼戻しマルテンサイト」も含めて「マルテンサイト」と表現していることが明らかであり、本件特許においても、「焼戻しマルテンサイト」が生じるような処理である「分配温度」での再加熱の後には、当然に「焼戻しマルテンサイト」が生じていると合理的に理解すると認められる。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
(ウ)申立理由3-3について
申立人は、異議申立書第19頁(4)オ(ウ)その3において、本件特許明細書では、所定の組織を有することを実証する実施例が例8の顕微鏡写真のみであり、本件特許明細書を見ても、本当に、最終的な組織において、「マルテンサイトは少なくとも65%」にできるのか、明らかではない旨、主張する。
しかしながら、本件特許明細書の【0032】には、「Ms変態点を下回る焼入れ温度QTまでフェライトおよびベイナイトの形成を避けるのに十分な冷却速度で冷却することにより、鋼板を焼入れする工程」を備えることが記載されており、また、焼入れ時に十分な速度で冷却すれば、マルテンサイトの生成量を増加させ得ることは技術常識であるから、当業者が焼入れ時の冷却条件を調整して「マルテンサイトは少なくとも65%」とするために、過度の試行錯誤や複雑高度な実験を要するとは認められない。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。
エ 申立理由3(実施可能要件)についてのまとめ
よって、本件特許の請求項1~18に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではなく、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものではない。
第5 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1~18に係る特許は、特許異議申立書に記載された申立理由1~3によっては、取り消すことができない。
また、他に本件特許の請求項1~18に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2020-700420