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特許拒絶査定不服審判

2015-021939

殺菌消毒液の製造方法

審判番号
2015-021939
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2014-083053外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2015年12月10日
審決日
2017年01月23日
公報発行日
2017年04月28日
結論
請求不成立
審判長/審判官
分類
P18 .121-Z (A01N)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法29条2項
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条第2項
データ出所
審決公報(SGML)

事件の表示

特願2014-83053「殺菌消毒液の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年8月21日出願公開、特開2014-148526〕について、次のとおり審決する。

結論

【結 論】
本件審判の請求は、成り立たない。

理由

目次 ▾ 9項目
【理 由】

第1 手続の経緯

本願は,平成17年7月28日に出願された特願2005-218755号の一部を平成26年4月14日に新たな特許出願としたものであって,同日付けで上申書が提出され,平成27年2月6日付けの拒絶理由通知に対し,同年4月3日付けで意見書及び手続補正書が提出され,同年10月15日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,同年12月10日付けで拒絶査定不服の審判が請求されたものである。

第2 本願発明

本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成27年4月3日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「ジクロロイソシアヌール酸ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウム、高度サラシ粉、クロラミンTの群より選ばれた塩素剤の水溶液に、炭酸水を混入した後に、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マレイン酸、コハク酸、シュウ酸、グリコール酸、酢酸、塩酸、硫酸、硝酸、硫酸水素ナトリウム、スルファミン酸、リン酸より選ばれる少なくとも一種の酸性物質の水溶液を溶解してpH調整を行うようにし、かつ、前記炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmであることを特徴とする希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法。」

第3 原査定における拒絶理由の概要

原査定における拒絶理由の概要は,

本願発明は,その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物1に記載された発明に基いて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものであって,刊行物1として,国際公開第2004/98657号が引用されている。

第4 当審の判断

当審は,本願は,原査定の理由によって拒絶すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 刊行物1に記載された事項

本願出願日(原出願日)前に頒布された上記刊行物1には,以下の事項が記載されている。

(1a)「このような問題を解消する殺菌方法として、次亜塩素酸(HClO)又は亜塩素酸(HClO2)による殺菌が知られている。この殺菌方法には、殺菌対象がウイルスから真菌や炭疽菌まで広範であること、これらに対して即効的な殺菌効果を発揮すること、耐性菌を生じさせないこと、といった種々の利点がある。」(第1頁第21~25行)

(1b)「従って、HOClリッチな殺菌水を得るためには、塩酸のような酸を加えることによって次亜塩素酸ナトリウム水溶液のpHレベルを調整することが非常に重要である。しかし、酸の添加量が過剰であると、次亜塩素酸ナトリウム水溶液は酸性になり、有害な塩素ガスを発生する。」(第2頁第20~23行)

(1c)「ところで、強酸性領域で、次亜塩素酸ナトリウムは塩素ガス(Cl2)を発生し、他方、亜塩素酸ナトリウムは二酸化塩素ガス(ClO2)を発生する。塩素ガス及び二酸化塩素ガスは、いずれも有毒ガスである。」(第3頁第11~13行)

(1d)「本発明の目的は、機械設備を必要とせず、何時でもどこでも、新鮮な殺菌水を現場で手軽に生成することができ、次亜塩素酸又は亜塩素酸による強力な殺菌を実行できることのできる、pHレベルを弱酸性領域又は中性領域に調整した殺菌水の生成方法、殺菌原料パッケージ及び殺菌水生成キットを提供することにある。」(第4頁第18~22行)

(1e)「本発明に適用可能な原料は、典型例として次亜塩素酸ナトリウムと亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸カルシウムとを含む次亜塩素酸塩又は亜塩素酸塩である。例えば、次亜塩素酸ナトリウムは、結晶状態でも入手可能であるが、一般的には、これを製造するメーカから、典型的には、6%(60,000ppm)又は12%(120,000ppm)の水溶液の状態で提供されている。」(第4頁第30行~第5頁第4行)

(1f)「また、本発明に適用可能な他の原料は、例えば塩酸などの酸である。適用可能な酸の他の例としては、硫酸、炭酸などの無機酸や酢酸などの有機酸を挙げることができる。以下の説明において、製造メーカから提供されるままの濃度の酸を「原液」といい、この「原液」に水を加えて濃度を低下させたものを「希釈濃度」という。例えば、塩酸は、工業用として36%濃度で、家庭用として10%以下の濃度で、製造メーカから提供される。したがって、この製造メーカから入手可能な濃度のままで利用するには、これを「原液」といい、更に水を加えて濃度を低下させたときには「希釈濃度」という。」(第5頁第11~18行)

(1g)「 第1成分の次亜(亜)塩素酸塩と、第2成分の酸とを混合することにより、殺菌水はそのpHレベルが弱酸性領域又は中性領域となるように、第1、第2の成分が予め調整されているが、第2成分(酸)によるpH調整が余りにも敏感であると強酸性領域に入って塩素ガスが発生してしまう虞がある。また、生成した殺菌水が長期に亘って未使用であると、殺菌水のpHが低下して塩素ガスが発生して殺菌効果が低下し易い。このような問題を解消するのに、第2成分(酸)によるpH調整を緩和するために緩衝剤を入れるのが好ましい(図3~図5)。例えば、重炭酸塩のような緩衝剤を、第1、第2の成分を混合する際に入れるのがよい(図3、図4)。また、他の例としては、第1成分を収容した第1の収容空間に予め重炭酸塩のような緩衝剤を混入させておいてもよい(図5)。・・・

炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムなどの緩衝剤を加えることにより、第2成分(酸)によるpH調整を緩和することができ、殺菌水のpHが強酸性領域に入るのを防止することができる。また、生成した殺菌水は緩衝剤を含むことから、生成した殺菌水を使い切るまでのpHの変動を抑えることができ、殺菌水を安定的に弱酸性又は中性領域を保持することができ、これにより次亜(亜)塩素酸による殺菌効果を維持することができる。」(第5頁第30行~第6頁第18行)

(1h)「また、緩衝剤入りの殺菌水は、これを希釈して使用するときにもpHの変動を抑えることができる。なお、希釈するために使用する水が中性から離れた、例えばpH9のアルカリ水であれば、希釈により殺菌水がアルカリ側に変化してしまう虞がある。これに対応するために、希釈する際に使用するための酸(例えばHCl)及び緩衝剤(例えば炭酸水素ナトリウム)を容器に入れてユーザに提供すると共に使用する量を記載したマニュアルをユーザに提供するのが好ましい。緩衝剤の代わりに炭酸ガスボンベをユーザに提供してもよい。希釈するときに酸と共に緩衝剤を入れるため、希釈に伴う殺菌水の大きなpHの変化を抑えて希釈後の殺菌水を中性及び弱酸性に維持することが容易になる。」(第6頁第30行~第7頁第9行)

(1i)「また、本発明に従って生成される殺菌水は、これを水で希釈して使用してもよい。この場合、空間殺菌を念頭に入れると、本発明に従って生成される殺菌水の有効塩素濃度が約50~60,000ppm、好ましくは50~10,000ppm、より好ましくは50~2,000ppm、最も好ましくは50~1,000ppmとなるように、第1、第2成分を調整するのがよい。ここに、有効塩素濃度とは、遊離塩素濃度と実質的に同義である。」(第8頁第16~20行)

(1j)「本発明による殺菌水生成キット又は殺菌原料パッケージを使って生成した殺菌水は、従来と同様に、大量の野菜や食肉などの食品の洗浄及び殺菌や、病院などの空間殺菌のために使用することができ、これにより、高価な殺菌水生成装置を設置する必要が無くなる。」(第9頁第29行~第10頁第3行)

(1k)「第2実施例の殺菌原料パッケージ20は、比較的大量の原料をユーザに提供するのに都合がよい。上述した操作により、ボトル21内の成分を混合したときに、生成された殺菌水が例えば10,000ppmの有効塩素濃度を有するように第1、第2成分を調整してもよい。ユーザは、密閉キャップ5で密閉した状態のボトル21内で殺菌水を生成した後、これを小分けし、適当に水で希釈して使用することができる。このような使用態様は、大量に殺菌水を使用する例えば病院などでは好都合である。希釈するために使用する水が例えばアルカリ性である環境であれば、希釈することによって殺菌水のpHが変動するのを抑えるために、容器に入れた酸をユーザに提供するのがよく、また、これに加えて炭酸水素ナトリウムのような緩衝剤を入れた容器をユーザに提供するのがよい。」(第19頁第30行~第20頁第10行)

(1l)「殺菌水生成キット80は、図30に例示したように、第1、第2成分を収容した第1、第2ボトル81、82と、マニュアル84とを組にして、例えば耐水性のバッグ87に入れて消費者に提供してもよい。これを入手したユーザは、マニュアル84の指示に従って、適当な容器に所定量の水を入れた後に、第1、第2容器81、82の成分を入れることで、所定濃度の弱酸性領域又は中性領域の殺菌水を生成することができる。第1成分に加えて炭酸水素ナトリウムを第1ボトル81に収容してもよい。その代わりに、炭酸水素ナトリウムのような緩衝剤を収容した第3ボトル(図示せず))又は炭酸ガスボンベをキット80に加えて、ユーザが殺菌水を生成するときに、第1、第2の成分と共に炭酸水素ナトリウム又は炭酸ガスを混合するようにしてもよい。」(第26頁第21行~第27頁第1行)

(1m)「また、生成した殺菌水を水で希釈して使用するときにも、使用する水が例えばアルカリの井戸水であれば、炭酸水素ナトリウムなどの緩衝剤と共に塩酸などの酸を共に添加して炭酸を生成できるようにすれば、同じ緩衝効果を得ることができる。なお、生成した殺菌水に炭酸ガス又は高濃度の炭酸水を添加することにより緩衝効果を得るようにしてもよい。」(第37頁第20~24行)

2 刊行物1に記載された発明

刊行物1には,「次亜塩素酸・・・による強力な殺菌を実行でき・・・pHレベルを弱酸性領域又は中性領域に調整した殺菌水の生成方法」(摘記1d参照)について,「第1成分の次亜(亜)塩素酸塩と、第2成分の酸とを混合する」(摘記1g参照)ことが記載され,第1成分として「適用可能な原料は、典型例として次亜塩素酸ナトリウム・・・を含む次亜塩素酸塩・・・で・・・例えば、次亜塩素酸ナトリウムは・・水溶液の状態で提供され」(摘記1e)ること,第2成分として「適用可能な他の原料は・・・塩酸などの酸で・・・酸の他の例としては、硫酸・・などの無機酸や酢酸などの有機酸を挙げることができ・・例えば、塩酸は・・工業用として36%濃度で、家庭用として10%以下の濃度で・・提供され・・水を加えて濃度を低下させたときには「希釈濃度」という」(摘記1f参照)ことが記載されている。

また,刊行物1における「第2成分(酸)によるpH調整を緩和するために緩衝剤を入れるのが好ましい・・・第1成分を収容した第1の収納空間に予め重炭酸塩のような緩衝剤を混入させておいてもよい」(摘記1f参照)という記載からみて,第1成分に緩衝剤を混入させた後に,第2成分を混合するのが好適であることが示されているといえる。また,「緩衝剤の代わりに炭酸ガスボンベをユーザに提供してもよい。」(摘記1h参照),「第1、第2の成分と共に炭酸水素ナトリウム又は炭酸ガスを混合するようにしてもよい。」(摘記1l参照)と記載されるように,緩衝剤の代わりに炭酸ガスを使用することも記載されている。

さらに,刊行物1には,「生成した殺菌水は・・病院などの空間殺菌のために使用する」(摘記1h参照)こと,その使用形態について,「殺菌水を生成した後、これを小分けし、適当に水で希釈して使用する・・使用形態は・・例えば病院などでは好都合である」(摘記1i参照)こと,「生成される殺菌水は、これを水で希釈して使用・・の場合、空間殺菌を念頭に入れると・・生成される殺菌水の有効塩素濃度が約50~60,000ppm・・となるように・・調整するのがよい」(摘記1g参照)ことが記載されており,これらの記載からみて,生成する殺菌水は,病院などの空間殺菌のために好適に使用するものの場合,水で希釈して使用できるように,有効塩素濃度が50~60,000ppm程度に調整され,その後水で希釈して使用するものであるといえる。

してみると,刊行物1には,

「水で希釈して使用するための、有効塩素濃度が50~60,000ppm程度に調整された殺菌水の生成方法であって、第1成分の次亜塩素酸ナトリウム水溶液に緩衝剤又は炭酸ガスを混入させた後に、第2成分の水を加えて希釈濃度とした塩酸を混合して、pHレベルを弱酸性領域又は中性領域に調整する方法」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 対比・判断

(1)対比

本願発明と引用発明を対比する。

刊行物1における「次亜塩素酸・・・による殺菌・・・方法には、殺菌対象がウイルスから真菌や炭疽菌まで広範である・・・といった・・・利点があ」(摘記1a参照)り,「生成した殺菌水は・・・大量の野菜や食肉などの食品の洗浄及び殺菌や、病院などの空間殺菌のために使用する」(摘記1j参照)という記載からみて,引用発明における「殺菌水」は,病原性微生物の死滅,つまり「消毒」(化学大辞典編集委員会編,「化学大辞典4 縮刷版」,縮刷版第32刷,共立出版株式会社,1989年8月15日,第807頁,「消毒」を参照)を意図したものであると認められるから,引用発明における「殺菌水」は,本願発明における「殺菌消毒液」に相当する。

また,引用発明における「殺菌水」は,「水で希釈して使用するための、有効塩素濃度が50~60,000ppm程度に調整された殺菌水」であり,それは,水で希釈して使用するようにした濃縮液であるといえるから,本願発明における「希釈用濃縮殺菌消毒液」に相当する。

そうすると,引用発明における「水で希釈して使用するための、有効塩素濃度が50~60,000ppm程度に調整された殺菌水の生成方法」は,本願発明における「希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法」に相当する。

さらに,引用発明における「次亜塩素酸ナトリウム水溶液」は,本願発明における「塩素剤」が「次亜塩素酸ナトリウム」である場合の「塩素剤の水溶液」に相当し,引用発明における「水を加えて希釈濃度とした塩酸」は,本願発明における「酸性物質」が「塩酸」である場合の「酸性物質の水溶液」に相当する。

そして,引用発明における「緩衝剤又は炭酸ガス」も本願発明の「炭酸水」も,ともに「物質」という点で共通している。

そうすると,本願発明と引用発明とは,

「次亜塩素酸ナトリウムの塩素剤の水溶液に、物質を混入した後に塩酸の酸性物質の水溶液を溶解してpH調整を行うようにした希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法。」である点で一致し,以下の点で相違する。

(i)物質を混入する際,本願発明は,「炭酸水で希釈し」,「前記炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmである」のに対して,引用発明では,「緩衝剤または炭酸ガスを混入した」点(以下「相違点(i)」という。)

(2)相違点(i)の検討

刊行物1における「生成した殺菌水に炭酸ガス又は高濃度の炭酸水を添加することにより緩衝効果を得るようにしてもよい」(摘記1j参照)という記載からみて,高濃度の炭酸水も,炭酸水素ナトリウムのような緩衝剤や炭酸ガスの代わりに緩衝作用を奏する物質として使用可能であることが示唆されているといえる。

そして,引用発明における「緩衝剤」,「炭酸ガス」は,緩衝作用,すなわち,その後に溶液に酸性物質を添加しても,pHが大きく変動しないようにする安定化効果を奏するために添加されるものであることは当業者にとって自明のことといえ,また,炭酸ガスを水に溶解させることで炭酸水が生じることも自明のことであるから,引用発明において,塩素剤の水溶液に,「緩衝剤」あるいは「炭酸ガス」の代わりに,同様の緩衝作用を有する高濃度の「炭酸水」を用いること,すなわち,塩素剤の溶液に炭酸水を加えて希釈することは当業者が容易に想到できたことである。

次に,本願発明においては,炭酸水の濃度が「遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmである」と限定されているが,本願明細書には,「この炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmであり」との記載があるだけで(【0010】参照),この遊離炭酸濃度の範囲とする技術的な意味については記載されていない。

また,本願明細書の「塩素剤水溶液を炭酸水・・・で希釈することにより・・・酸性側或いはアルカリ側に傾くのを阻止する働きがある」,「pHのバッファ効果といわれるもので、少し塩酸が入りすぎても簡単にpHが下がることはなく製造時の安全性が確保される。当然、殺菌消毒水が微生物や有機物などと反応して消費されることによる酸性への移行も防止されることになり使用時の安全性が確保される」という記載(【0012】~【0014】参照)や「炭酸水溶液による二酸化炭素にpH安定効果があり、殺菌する対象や希釈液、例えば、水道水で希釈したときでもpHに影響を与えることがないため、安定した殺菌消毒液を提供することができる」という記載(【0016】参照)からみて,仮に,本願発明における炭酸水の遊離炭酸濃度の数値範囲は,殺菌消毒液の製造時や希釈時又は使用時における安定性や安全性が確保できる程度にpHのバッファ効果,すなわち,緩衝効果が発揮される範囲を選択することを意図したものと解することができるとしても,塩素剤水溶液を希釈する炭酸水の遊離炭酸濃度を限定しても,塩素剤水溶液の塩素剤濃度,炭酸水との混合割合によって,その緩衝効果は当然変化するので,そもそも,炭酸水の遊離炭酸濃度の数値範囲のみを限定することに技術的意味が認められない。

さらに,炭酸水の「遊離炭酸濃度」とは,水中に溶解している炭酸ガスの濃度を意味すると解されるところ,常圧で水1容量に溶解する炭酸ガスの容積は10℃で1.194容量,20℃で0.876容量であるから(化学大辞典編集委員会編,「化学大辞典6 縮刷版」,縮刷版第32刷,共立出版株式会社,1989年8月15日,第697~698頁,「二酸化炭素」参照),通常,炭酸水の使用が想定される温度範囲(10~20℃)では,最大(飽和炭酸水)でも遊離炭酸濃度は2370ppm~1750ppmにしかならず,高濃度の炭酸水であれば,必然的に遊離炭酸濃度が100~3000ppmの範囲になるものといえる。

してみると,本願発明の炭酸水の遊離炭酸濃度の数値範囲を100ppm~3000ppmとした点に何ら技術的意味が認められない上に,高濃度の炭酸水であれば,必然的に遊離炭酸濃度が100~3000ppmの範囲になるのであるから,引用発明において,緩衝剤,炭酸ガスの代わりに高濃度の炭酸水を使用する際に,炭酸水の遊離炭酸濃度の範囲として上記数値範囲に限定することに格段の困難性は認められない。

(3)本願発明の効果

本願発明及びそれにより得られる殺菌消毒液について,本願明細書には,「希釈液のpHが低いものを使用する時でも、希釈中の急激なpH値の下降で塩素ガスが発生する危険性を回避できる」こと(【0011】参照),「少し塩酸が入りすぎても簡単にpHが下がることはなく製造時の安全性が確保されること」,「殺菌消毒水が微生物や有機物などと反応して消費されることによる酸性への移行も防止されることになり使用時の安全性が確保される」こと(【0014】参照)が記載され,酸によるpH調整時や使用時において,pH値の下降及びそれよる塩素ガスの発生の危険を回避できること(すなわち,緩衝効果があること)が記載されている。

一方,刊行物1には,「HOClリッチな殺菌水を得るためには、塩酸のような酸を加えることによって次亜塩素酸ナトリウム水溶液のpHレベルを調整する・・・酸の添加量が過剰であると、次亜塩素酸ナトリウム水溶液は酸性になり、有害な塩素ガスを発生する。」,「強酸性領域で、次亜塩素酸ナトリウムは塩素ガス(Cl2)を発生し・・塩素ガス・・は・・有毒ガスである」(摘記1b,1c参照)ことが記載され,この問題に対応して,「緩衝剤を加えることにより、第2成分(酸)によるpH調整を緩和することができ、殺菌水のpHが強酸性領域に入るのを防止することができ」,「緩衝剤入りの殺菌水は、これを希釈して使用するときにもpHの変動を抑えることができ」(摘記1g,1h参照)ることが記載されている。

そして,炭酸水も炭酸水素ナトリウムなどの緩衝剤や炭酸ガスと同様に緩衝効果を奏するものであるから,引用発明において「炭酸水」を使用すれば,その後の酸によるpH調整時,殺菌水の希釈時においても,pH値の下降及びそれによる塩素ガスの発生の危険を回避できることは当業者に明らかであるといえる。

また,刊行物1における「生成した殺菌水を使い切るまでのpHの変動を抑えることができ・・殺菌効果を維持することができ」(摘記1g参照),「殺菌水を生成した後、これを小分けにし、適当に水に希釈して使用することができる」(摘記1k参照)との記載からみて,引用発明により得られる殺菌水は,水で希釈してすぐに使用できる濃縮液であることが示唆されているといえ,そのことで輸送や保管に好適であることは当業者に自明の効果といえる。

さらに,本願明細書には,上述のとおり,炭酸水の遊離炭酸濃度を「100ppm~3000ppm」という数値範囲に特定することによる臨界的な意義について記載はないし,仮に,この濃度範囲とすることで,適切な緩衝効果が得られるとしても,高濃度の炭酸水を使用することで必然的に得られる効果であるといえる。

4 請求人の主張

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(1)請求人の主張の概要

請求人は,審判請求書で概略以下のような主張をしている。

引用文献1(審決注:「刊行物1」である。以下同じである。)の発明は,次亜塩素酸ナトリウム等の水溶液を,現場で,中性ないし酸性側にpH調整しようとするものであって,それら成分を混合するに際し,pHレベルによって有害な塩素ガスが発生することを防止するために「炭酸水素ナトリウム又は炭酸ガス」等のpH調整用緩衝剤を,各成分の混合と同時に,或いは,「第1成分(次亜塩素酸ナトリウム)を入れた第1容器」中に予め混入するなどして,更に混入せることをその特徴とするものであり,そのために,各種の独立した薬品容器を予めセットすることをその特徴とするものであって,本願発明における,予め,希釈用濃縮殺菌消毒液を製造し,これを,その後の殺菌消毒現場において希釈して用いようとする技術思想に基づく発明ではなく,また,pH調整用緩衝剤として,「炭酸水」を用いてそれを混入する発明でもない。

引用文献1の発明は,殺菌消毒を必要とする現場において,手軽にpH調整して新鮮な殺菌水を提供しようとする発明であることから,単に,現場で生成した殺菌水を,更に引き続き,水で希釈して用いることができること,また,殺菌水の遊離炭酸濃度についてはこれを考慮した記載はない。それは,引用文献1の発明においては,希釈に用いる水について,本願発明におけるような酸性の地下水や水道水等を意識したものではないことから,そこでの現場で生成した殺菌水を更に引き続き行なわれる希釈操作に対しては,特にpH調整,すなわち,バッファー効果を備える必要性があるとの認識(技術思想)すらなされていないことによる。

引用文献1の希釈液が,たとえ,酸性の地下水や水道水であったとしても,希釈時に塩素ガスが発生することがないよう,そのような観点から、「高濃度炭酸水」を意図したものでもなければ,その「高濃度炭酸水」の遊離炭酸濃度を特定しようとするものでもないことは引用文献1の記載から明らかといえる。

(2)検討

請求人は,刊行物1は,現場で,中性ないし酸性側にpH調整しようとするものであって,それら成分を混合するに際し,pHレベルによって有害な塩素ガスが発生することを防止するために「炭酸水素ナトリウム又は炭酸ガス」等のpH調整用緩衝剤を,各成分の混合と同時に,或いは,「第1成分(次亜塩素酸ナトリウム)を入れた第1容器」中に予め混入するものであり,そのために,各種の独立した薬品容器を予めセットすることをその特徴とすると主張するが,本願発明は,あくまでも,「希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法」の発明であって,その発明特定事項として「塩素剤の水溶液に、炭酸水を混入した後に、・・・塩酸・・・の水溶液を溶解してpH調整を行う」とされているにすぎず,たとえ,各種の独立した薬品容器を予めセットするものであっても,この発明特定事項を有するものであればその構成を充足するものである。

そして,引用発明は,上記3(1)で述べたとおり,水で希釈するための殺菌水に関するものであって(摘記1h,1i参照),刊行物1における「第2成分(酸)によるpH調整を緩和するために緩衝剤を入れるのが好ましい・・・第1成分を収容した第1の収納空間に予め重炭酸塩のような緩衝剤を混入させておいてもよい」(摘記1f参照)という記載からみて,第1成分に緩衝剤を混入させた後に,第2成分を混合するのが好適であることが示されているといえるから,緩衝剤が炭酸水であることを除いて,本願発明の上記構成を充足するものである。

次に,刊行物1には,高濃度の炭酸水を使用して緩衝効果を得ることが記載されており(摘記1j参照),この記載からすれば,炭酸水素ナトリウムなどの緩衝剤や炭酸ガスに代えて高濃度炭酸水を使用することが当業者に容易に想到し得ることは上記3(2)で述べたとおりである。

また,刊行物1は,希釈に用いる水について,本願発明における酸性の地下水や水道水等を意識したものでないとも主張するが,本願発明は,「希釈用濃縮殺菌消毒液」としか特定されておらず,希釈に用いる水が「酸性の地下水や水道水等」に限定されているわけではないから,請求人の主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。

そして,炭酸水の遊離炭酸濃度を100ppm~3000ppmとした技術的意味については本願明細書に一切記載されておらず,また,高濃度炭酸水であれば通常使用が想定される温度範囲では,この数値範囲となることから,この数値限定に格別の困難性がないことも上記3(2)で述べたとおりである。

したがって,請求人の主張はいずれも採用できない。

第5 むすび

以上のとおりであるから,本願発明は本願の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1に記載された発明に基いて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。

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2015-021939

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