特許無効審判
2011-800075
フッ素置換オレフィンを含有する組成物
- 審判番号
- 2011-800075
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2007-511024
- 登録番号
- 特許第4571183号(P4571183)
- 請求日
- 2011年05月09日
- 審決日
- 2015年09月29日
- 公報発行日
- 2018年04月27日
- 結論
- 請求成立(無効)
- 当事者
- 【請求人】アルケマ フランス
- 【請求人代理人】園田 吉隆
- 【請求人代理人】小林 義教
- 【請求人代理人】藤井 亮
- 【請求人代理人】石岡 利康
- 【請求人代理人】小梶 晴美
- 【請求人代理人】小松 徹郎
- 【請求人代理人】高木 亮
- 【請求人代理人】冨樫 義孝
- 【参加人】ダイキン工業株式会社
- 【参加人代理人】特許業務法人三枝国際特許事務所
- 【被請求人】ハネウェル・インターナショナル・インコーポレーテッド
- 【被請求人代理人】小野 新次郎
- 【被請求人代理人】沖本 一暁
- 【被請求人代理人】松田 豊治
- 【被請求人代理人】牧野 利秋
- 【被請求人代理人】末吉 剛
- 審判長/審判官
- 審判長 豊永 茂弘
- 審判官 橋本 栄和
- 審判官 日比野 隆治
- 分類
- P1113.121-ZA (C09K) / P1113.113-ZA (C09K) / P1113.161-ZA (C09K) / P1113.536-ZA (C09K) / P1113.537-ZA (C09K) / P1113.03 -ZA (C09K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第123条第1項第2号、特許法第134条の2第1項、特許法第29条第1項第3号、特許法第29条の2、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第123条第1項第4号、特許法第134条の2第5項、特許法第181条第2項、特許法第148条第1項、特許法第29条
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
上記当事者間の特許第4571183号発明「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
訂正を認める。
特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
【理 由】
第1 請求の趣旨・手続の経緯
1.設定登録までの経緯
特許第4571183号は、2005年4月29日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2004年4月29日 アメリカ合衆国(US))の国際出願日に出願されたものとみなされる国際特許出願(特願2007-511024号)について、平成22年8月20日に設定登録を受けたものである(請求項の数5。以下、その特許を「本件特許」、その明細書を「本件特許明細書」といい、その明細書、特許請求の範囲及び図面をまとめて「本件特許明細書等」という。)
なお、上記優先権の主張については、本件審判請求人アルケマ フランス(以下「請求人」という。)から、無効である旨の主張がなされているので、後で検討する。
2.本件請求の趣旨及びその理由の概要
請求人は、平成23年5月9日付けで「特許第4571183号発明の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」という趣旨の本件審判を請求し、各特許を無効とすべき理由につき、概略、下記の理由を提示するとともに、下記証拠方法(甲第1号証ないし甲第17号証)を提示した。
(なお、以下、「甲第1号証」ないし「甲第17号証」につき、それぞれ「甲1」ないし「甲17」と略して表記するとともに、本件特許明細書等における特許請求の範囲の請求項1ないし5に係る発明を、ひとまず、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」という。)
無効理由1:本件発明1ないし5は、それらの新規性判断の基準日である国際出願日前に頒布された甲1~甲5に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
無効理由2:本件発明1ないし5は、本件特許の優先日以前の優先日を有し、本件特許の優先日以降に公開された特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲8及び甲9)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
無効理由3:本件発明1ないし5は、それらの進歩性判断の基準日である国際出願日前に頒布された甲1~甲7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、これらの発明についての特許は、無効理由1ないし3に係る点で特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものであるというもの。
無効理由4:本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1ないし5について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
無効理由5:本件発明1ないし5は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないから、請求項1ないし5の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、これらの発明についての特許は、無効理由4又は5の点で特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものであるというもの。
請求人提示の証拠方法:
<請求書に添付>
甲1:国際公開第2004/037913号
(部分訳添付及び甲8を全訳文として援用)
甲2:米国特許出願公開第2004/0089839号明細書
(部分訳添付及び甲9を全訳文として援用)
甲3:米国特許出願公開第2004/0119047号明細書
(部分訳添付及び甲8を全訳文として援用)
甲4:米国特許出願公開第2004/0256594号明細書
(部分訳及び全訳文(甲4-1)添付)
甲5:特開平4-110388号公報
甲6:米国特許5611210号明細書(部分訳添付)
甲7:「Modern REFRIGERATION and AIRCONDITIONING」1988年,THE GOODHEART-WILLCOX COMPANY,INC.発行、p.698~699、p.700~701及びp.949~951(部分訳添付)
甲8:特表2006-512426号公報
甲9:特表2007-510039号公報
甲10:米国特許仮出願第60/421263号明細書(部分訳添付)
甲11:米国特許仮出願第60/421435号明細書(部分訳添付)
甲12:2004年4月29日付けで米国特許商標庁に提出された一部継続出願の願書(写し)(部分訳添付)
甲13:米国特許出願第10/694273号に係る優先権主張を伴う宣誓書(写し)(部分訳添付)
<弁駁書に添付>
甲14:B.C.Langley,“Refrigeration and Air Conditioning”(3rd Edition)1986年,A Reston Book発行,p.525~553
<口頭審理陳述要領書に添付>
甲15:技術資料「製品ごとの国内出荷実績(1986~2013年)」一般社団法人日本冷凍空調工業会作成、(平成27年2月24日付けで下記URLからダウンロードされたもの)(写し)、(URL:http//:www.jraia.or.jp/download/excel/shipments_products.xls)
<平成27年4月30日付け上申書に添付>
甲16:技術資料「地球温暖化係数(GWP:Grobal Warming Potential)」一般社団法人電力土木技術協会作成、(平成27年4月30日付けで下記URLから印刷されたもの)(写し)、(URL:http//:www.jepoc.or.jp/tecinfo/library.php?_w=detail&Library_id=212)
甲17:乙第30号証の部分訳
(なお、甲16及び甲17については、「乙第16号証」及び「乙第17号証」と表記されているが、甲16及び甲17の明らかな誤記と認められる。)
3.以降の手続の経緯
本件審判は、上記2.の請求の趣旨及び理由により請求されたものであり、以降の手続の経緯は、以下のとおりである。
(なお、以下、審判被請求人を「被請求人」、参加人ダイキン工業株式会社を「参加人」とそれぞれいう。)
(1)審理手続の中止まで
平成23年 6月15日 上申書(請求人)
平成23年 6月30日付け 手続補正指令書(方式)
平成23年 8月 1日 手続補正書(方式)
平成23年 8月 5日付け 答弁指令・請求書副本の送付
平成23年11月 7日 審判事件答弁書・訂正請求書
平成23年11月21日付け 弁駁指令(請求人あて)
答弁書・訂正請求書の各副本送付
平成24年 1月13日 弁駁書(請求人)
平成24年 2月 9日付け 弁駁書副本の送付(被請求人あて)
(2)別件無効審判事件と本件審判の審理手続の中止及びその解除
ア.審理手続の中止に至る経緯
本件特許については、本件無効審判のほか無効2011-800035号及び無効2011-800048号の2つの別件審判請求がされていたところ、上記無効2011-800048号事件(以下「48号事件」という。)において、本件審判事件における上記訂正請求と同一の訂正事項の訂正請求がなされた本件特許につき、「訂正を認める。特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との結論である、全ての請求項に係る発明についての本件特許を無効とする旨の審決(第一次審決)が平成24年4月3日付けで行われたので、本件審判事件及び無効2011-800035号審判事件につき、いずれも審理手続を中止することを全ての当事者に平成24年5月10日付けで通知した。
イ.審理手続の中止の解除に至る経緯
本件特許に係る別件48号事件についての第一次審決につき審決取消訴訟が提起され、知的財産高等裁判所において平成24年(行ケ)第10286号事件として審理がされたところ、本件特許につき新たに訂正審判(訂正2012-390122号)が請求されたことに基づき、知的財産高等裁判所は、平成24年10月17日付けで特許法第181条第2項の規定により第一次審決を取り消す旨の決定をした。
そして、別件48号事件については、平成24年10月31日付けの新たな訂正請求による訂正を踏まえて再度審理され、本件特許につき、「訂正を認める。特許第4571183号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との結論の全ての請求項に係る発明についての本件特許を無効とする旨の審決(第二次審決)が平成25年4月2日付けで再度なされた。
さらに、第二次審決につき審決取消訴訟が提起され、知的財産高等裁判所において平成25年(行ケ)第10224号事件として審理がされていたところ、48号事件についての審判請求が平成26年11月12日付けで取り下げられるとともに、その審決取消訴訟についても、平成26年11月25日付けで訴えが取り下げられた。
そこで、当審は、本件審判事件の中止解除を全当事者に平成26年11月28日付けで通知した。
(3)審理再開以降の経緯
審理再開以降の経緯は以下のとおりである。
平成27年 1月 8日付け 審理事項通知書(両当事者あて)
平成27年 3月 5日 口頭審理陳述要領書(請求人)
同日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成27年 3月19日 口頭審理
平成27年 4月 9日 上申書(被請求人)
平成27年 4月20日 参加申請書(参加人)
平成27年 4月21日 手続補正書(参加人)
平成27年 4月24日付け 参加申請書副本送付
(請求人・被請求人あて)
平成27年 4月28日付け 上申書(被請求人)副本送付
(請求人あて)
平成27年 4月30日 上申書(請求人)
平成27年 5月 7日付け 上申書(請求人)副本送付
(被請求人あて)
平成27年 5月21日 意見書(請求人)
平成27年 6月22日付け 参加許否の決定(参加人:参加許可)
平成27年 6月23日付け 意見書副本送付(参加人あて)
同日付け 意見書副本送付(被請求人あて)
4.答弁の趣旨
被請求人は、「訂正を認める、本件無効審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求める。」という趣旨の答弁をし、以降、請求人が主張する上記無効理由は、いずれも理由がない旨の主張をするとともに、以下の証拠方法を提示している。
(なお、以下「乙第1号証」などの各乙号証を「乙1」などと略していう。)
<答弁書に添付>
乙1:D.Clodic et al.“Etude sur la climatisation automobile”1995年12月発行(全文英訳及び部分和訳添付)
乙2:米国特許第3607755号明細書(全文訳添付)
乙3:SAE Internationalが2008年10月に「J2765」規格として発行した「Procedure for Measuring System COP[Coefficient of Performance]of a Mobile Air Conditioning System on a Test Bench」(部分訳添付)
乙4:被請求人が2007年11月19日に作成した社外秘技術資料「Comparative Performance of R1234yf with R134a in Mobile AC Systems」(部分訳添付)
乙5:米国特許第5001287号明細書(パテントファミリーである特表平4-503064号公報援用)
乙6:ARI Standard 700「SPECIFICATIONS FOR FLUOROCARBON REFRIGERANTS」2006年(部分訳添付)
乙7:NASA CONTRACT No.NAS 7-918,「Technical Support Package on Nearly Azeotropic Mixtures to Replace Refrigerant 12」,1992年8月(部分訳添付)
乙8:W.L.Kopko著「Beyond CFCs:Extending the Search for New Refrigerants」Proceedings of ASHRAE’s 1989 CFC Technology Conference,NIST,1989年9月,39~46頁(部分訳添付)
乙9:米国特許商標庁に提示されたG.Rusch博士の2007年10月15日付けの宣誓供述書(全文訳添付)
乙10:技術資料「HFCの種類と用途」、日本フルオロカーボン協会ホームページ(URL:http://www.jfma.org/korekara/youto.html)
乙11:特願平2-231618号(特開平04-110388号)の出願経過情報
乙12:デンソーテクニカルレビュー,第4巻,第2号(1999年)36~41頁
<口頭審理陳述要領書に添付>
乙13:R.R.Singh博士の宣誓供述書、2013年9月10日作成(NIST規格書データベース23添付、本文訳文添付)
乙14:“PARTICIPANTS’ HANDBOOK”2012年5月12日、AHRI(空調暖房冷凍研究所)発行、11頁(部分訳添付)
乙15:“POLLUTION PREVENTION FACT SHEET”No.10,1997年1月、カナダ国環境省発行、5頁左欄5~15行(部分訳添付)
乙16:技術文献「カーエアコン用冷媒について」2010年7月29日、一般社団法人日本自動車工業会発行
乙17:“Toxicity of Possible Impurities and By-products in Fluorocarbon Products”,Technical Report No.103,2008年12月,ECETOC AISBL(欧州化学品環境毒性センター)発行,2頁第3段落及び76頁下から3行~最下行(部分訳添付)
乙18:「製品安全データシート SolsticeTM yf Refrigerant(R-1234yf)(Ver.2.1)」2013年6月13日改訂、ハネウェル社(部分訳添付)
乙19:“A sub-acute(28-day)inhalation toxicity study with 3,3,3-trifluoroprop-1-ene(HFO 1243zf)in rats”,TNO Report,2010年12月,TNO(オランダ応用科学研究機構)発行,6~7頁(部分訳添付)
乙20:ANSI/ASHRAE規格34-2001,2001年,ASHRAE(米国暖房冷凍空調技術者協会)発行,5頁(部分訳添付)
乙21:カーエアコン研究会編著「自動車工学シリーズ カーエアコン[第2版]」2003年1月15日、株式会社山海堂発行、v頁17行~20行、9頁3行~14行
乙22:山岡丈夫著「故障探求実戦シリーズ カー・エアコンのカンどころ」平成元年5月20日、株式会社鉄道日本社発行,3~16頁
乙23:“List of weather records”(URL:http//:en.wikipedia.org/wiki/List_of_weather_records)2012年1月17日掲示(部分訳添付)
乙24:P.Hrnjak博士の宣誓供述書、2012年9月20日作成(宣誓者経歴書添付、本文及び経歴書訳文添付)
乙25:J.A.Baker氏の宣誓供述書、2012年9月9日作成(宣誓者経歴書添付、本文及び経歴書訳文添付)
乙26:Mobile Air Conditioning Society(MACS)Worldwideのホームページ(URL:不明)(訳文添付)
乙27:米国特許商標庁に提示されたD.Bivens氏の2014年4月10日付けの第3宣誓供述書(部分訳添付)
乙28:米国特許7084315号明細書
乙29:米国特許出願公開2011/0312101号明細書
<平成27年4月9日付け上申書に添付>
乙30:“Climate Change 2001”報告書における“6.12 Global Warming Potentials”の欄,IPCC(環境変動に関する政府間パネル)作成(URL:http://www.glida.no/climate/ipcc_tar/wg1/247.htm)(部分訳添付)
乙31:“Scientific Assessment of Ozone Depletion:2002”,Global Ozone Research and Monitoring Project-Report No.47,WMO(世界気象機関)作成(部分訳添付)
乙32:M.D.Hurley et al.,Chemical Physics Letters,Vol.450(2008)p.263~267(部分訳添付)
乙33:T.J.Wallington et al.,Environ.Sci.Technol.,Vol.28,No.7(1994)p.320A~326A(部分訳添付)
乙34:“Glossary of Climate Change Terms”,US EPA(米国環境保護庁)のホームページ(URL:http://www.epa.gov/climatechange/glossary.html)(部分訳添付)
5.参加人ダイキンの参加の趣旨
参加人ダイキンは、参加申請書において、特許法第148条第1項の規定により請求人側に参加するとしている。
第2 本件訂正について
被請求人が別件48号事件で行った本件特許に係る平成24年10月31日付けの訂正請求は、別件48号事件の無効審判請求の取下げにより、訂正請求も取り下げられたものとみなされるので、平成23年11月7日付けの訂正請求の適否につき、平成23年法律63号改正附則第2条第18項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「特許法」という。)に基づいて検討する。
1.訂正の内容
平成23年11月7日付けの訂正請求は、本件特許に係る明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付した明細書及び特許請求の範囲のとおりに訂正(以下、「本件訂正」という。)することを求めるものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の「自動車の空調装置におけるテトラフルオロプロペン(HFO-1234)を含む組成物の冷媒としての使用。」を「自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用。」と訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5を削除する。
2.本件訂正の適否についての検討
(1)特許法第134条の2第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とするか否かについて
訂正事項1に係る訂正は、訂正前の請求項1における「テトラフルオロプロペン(HFO-1234)」の種類を、訂正前の請求項5の記載に基づき「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」と下位概念に限定した上で、訂正事項2に係る訂正のとおり、訂正前の請求項5を削除しているのであるから、訂正事項1と訂正事項2により併せて特許請求の範囲を実質的に減縮していることが明らかである。
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものといえる。
(2)特許法第134条の2第5項で準用する同法第126条第3項及び同法同条第4項の規定に適合するか否かについて
上記(1)でも説示したとおり、本件訂正における訂正事項1及び2は、訂正前の請求項に記載された事項に基づき、併せて特許請求の範囲を実質的に減縮していることが明らかであるから、本件訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであると認められるとともに、実質上特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないことは明らかである。
したがって、本件訂正は、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項の規定及び同法同条第4項の規定のいずれにも適合するものである。
(3)小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第5項において準用する同法第126条第3項の規定及び同法同条第4項の規定のいずれにも適合するものであるから、適法なものである。
3.本件訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、平成23年11月7日付けで請求された訂正を認める。
第3 本件特許
上記第2で示したように、平成23年11月7日付けの訂正請求は適法なものであるから、本件特許の請求項1~4に係る発明は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1~4に記載された以下の事項により特定されるとおりのものである(以下、訂正後の請求項1~4に係る発明を、改めて、項番に従い、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」ということがある。また、訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
「【請求項1】
自動車の空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用。
【請求項2】
前記組成物が潤滑剤をさらに含む、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記潤滑剤が前記組成物の30~50重量%の量で存在する、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤を含む、請求項2に記載の使用。」
第4 請求人の主張する無効理由の概要
1.訂正に基づく請求の趣旨及び根拠とする無効理由
請求人は、請求の趣旨を「特許第4571183号発明の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」とする本件無効審判請求を行い、その請求の根拠として、上記第1の2.で示した無効理由1ないし5を提示している。
そして、被請求人による上記訂正請求の後に請求人が提出した弁駁書の主張に照らすと、本件に係る請求人の請求の趣旨は「訂正後の特許第4571183号の請求項1ないし4に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」というものであり、請求人の主張する無効理由は、以下のとおりのものであると整理することができる。
無効理由1:本件発明1ないし4は、それらの新規性判断の基準日である国際出願日前に頒布された甲1~甲5に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
無効理由2:本件発明1ないし4は、本件特許の優先日以前の優先日を有し、本件特許の優先日以降に公開された特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲8及び甲9)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
無効理由3:本件発明1ないし4は、それらの進歩性判断の基準日である国際出願日前に頒布された甲1~甲7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、これらの発明についての特許は、無効理由1ないし3に係る点で特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものであるというもの。
無効理由4:本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1ないし4について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
無効理由5:本件発明1ないし4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないから、請求項1ないし4の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、これらの発明についての特許は、無効理由4又は5の点で特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものであるというもの。
2.無効理由に係る主張の撤回
請求人は、平成27年3月5日付け口頭審理陳述要領書において、上記無効理由2に係る主張を撤回し、被請求人は、口頭審理において当該撤回につき同意した。
3.小括(本件の審理対象)
したがって、本件において審理すべき請求人が主張する無効理由は、無効理由1及び無効理由3ないし無効理由5である。
第5 当審の判断
当審は、本件発明1ないし4に係る特許は、請求人が主張する上記無効理由3により無効とすべきものと判断する。
以下、詳述する。
I.前提
無効理由につき検討するにあたり、前提となる事項につき検討する。
1.物質名について(前提)
以下の物質は、文献によって略称表現が異なるが、「HFC-」及び「HFO-」はハイドロフルオロカーボン及びその一種であるハイドロフルオロオレフィン、「CFC-」はクロロフルオロカーボン並びに「HCFC-」はハイドロクロロフルオロカーボンのそれぞれ頭文字略称であるのに対して、「R-」は冷媒の略号であり、同じ物質を意味することが当業者に自明であるので、以下の各物質については、文献の記載をそのまま引用する場合を除き、括弧内左側の略称に統一して表記する。
1,1,1,2-テトラフルオロエタン
(HFC-134a又はR-134a)
2,3,3,3-テトラフルオロプロペン
(HFO-1234yf又はR-1234yf)
1,3,3,3-テトラフルオロプロペン(cis形とtrans形がある。)
(HFO-1234ze又はR-1234ze)
ジクロロジフルオロメタン
(CFC-12又はR-12)
クロロジフルオロメタン
(HCFC-22又はR-22)
1,1-ジフルオロエタン
(HFC-152a又はR-152a)
ジフルオロメタン
(HFC-32又はR-32)
2.本件特許に係る出願の優先権主張の適否について
請求人は、本件審判請求書、弁駁書及び口頭審理陳述要領書において、本件特許に係る出願が、その優先権主張につきパリ条約における規定に適合せず、優先権の利益を享受できないものである旨主張しているので、以下検討する。
(1)優先権主張に至る経緯
本件特許に係る国際特許出願については、米国特許出願10/837525号(出願日2004年4月29日)(以下「基礎出願」という。)を基礎として、パリ条約に基づく優先権を主張するものである。
そして、当該基礎出願は、米国出願10/694273号、同10/695212号及び同10/694272号の3件の出願に基づく一部継続出願(Continuation-in-part of application)であり(甲4参照)、この3件のうち少なくとも前2者については、米国において本件の優先日より後で国際出願日より前に出願公開されているものと認められる(甲2及び甲3参照)。
(2)パリ条約における規定
パリ条約の第4条には、以下のとおり規定されている。
「第4条 優先権
A(1) いずれかの同盟国において正規に特許出願若しくは実用新案,意匠若しくは商標の登録出願をした者又はその承継人は,他の同盟国において出願することに関し,以下に定める期間中優先権を有する。
(2) 各同盟国の国内法令又は同盟国の間で締結された2国間若しくは多数国間の条約により正規の国内出願とされるすべての出願は,優先権を生じさせるものと認められる。
(3) 正規の国内出願とは,結果のいかんを問わず,当該国に出願をした日付を確定するために十分なすべての出願をいう。
B すなわち,A(1)に規定する期間の満了前に他の同盟国においてされた後の出願は,その間に行われた行為,例えば,他の出願,当該発明の公表又は実施,当該意匠に係る物品の販売,当該商標の使用等によつて不利な取扱いを受けないものとし,また,これらの行為は,第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない。優先権の基礎となる最初の出願の日前に第三者が取得した権利に関しては,各同盟国の国内法令の定めるところによる。
C(1) A(1)に規定する優先期間は,特許及び実用新案については12箇月,意匠及び商標については6箇月とする。
(2) 優先期間は,最初の出願の日から開始する。出願の日は,期間に算入しない。
・・(中略)・・
(4) (2)にいう最初の出願と同一の対象について同一の同盟国においてされた後の出願は,先の出願が,公衆の閲覧に付されないで,かつ,いかなる権利をも存続させないで,後の出願の日までに取り下げられ,放棄され又は拒絶の処分を受けたこと,及びその先の出願がまだ優先権の主張の基礎とされていないことを条件として,最初の出願とみなされ,その出願の日は,優先期間の初日とされる。この場合において,先の出願は,優先権の主張の基礎とすることができない。
・・(後略)」
(3)検討
ア.出願同士の手続的関係について
上記基礎出願及び他の米国出願はいずれも上記パリ条約第4条の「A」項でいう「正規の国内出願」に該当するものと認められる。
そして、上記基礎出願が、上記パリ条約第4条の「B」項及び「C」項でいう「最初の出願」に該当するならば、上記パリ条約第4条の「B」項でいう「不利な取扱いを受けない」及び「第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない」という、いわゆる「優先権の利益」を享受できるものと理解される。
また、上記パリ条約第4条の「C(4)」項では、同項でいう「同一の対象」についての一国内における「先の出願」及び「後の出願」の関係において、「公衆の閲覧に付されないで」を含む一定条件を満たせば「後の出願」が「最初の出願」とみなされることも規定されているところ、本件の場合でいう上記「先の出願」に相当する米国出願10/694273号、同10/695212号及び同10/694272号の3件の出願は、いずれも出願後に出願公開されているから、「同一の対象」に係るものであれば、「後の出願」である上記基礎出願が上記「最初の出願」とみなされるべき条件を満たすことはない。
イ.出願同士の内容的対応関係について
上記米国出願10/694273号、同10/695212号及び同10/694272号の各明細書の記載を検討すると、HFO-1234yfなどのハイドロフルオロオレフィンを空調装置の冷媒などの熱移動媒体として使用すること及びその使用による熱力学特性については記載されているものの、「自動車の空調装置における冷媒としての使用」については、具体的に記載されていない。
それに対して、上記基礎出願の明細書には、「The present methods,systems and compositions are thus adaptable for use in connection with automotive air conditioning systems and devices,commercial refrigeration systems and devices,chillers,residential refriderator and freezers,general air conditioning systems,heat pumps,and the like.」([0053]、下線は当審が付した。)と発明に係る組成物の自動車の空調装置における冷媒として使用することが明示されており、当該記載に基づいて、本件特許においても「自動車の空調装置における・・組成物の冷媒としての使用」とされているから、「自動車の空調装置における冷媒として使用すること」が、技術上の新たな相違点となることは明らかである。
してみると、上記基礎出願と上記3件の米国出願とは、異なる発明を対象とするものであり、「同一の対象」に係るものということができない。
ウ.小括
したがって、上記基礎出願は、上記3件の米国出願に係る事項に新たな技術的事項を導入した発明に係るものと認められるから、優先権主張の適否につき検討する上で上記3件の米国出願とは関係がない、新たな「正規の(米国)国内出願」であるものと認められる。
よって、本件特許に係る国際出願についての優先権主張は、上記パリ条約第4条の規定に適合するものであり、優先権の利益を享受することができるものである。
(4)優先権主張の適否についての検討のまとめ
以上のとおりであるから、本件特許における出願の特許性(新規性・進歩性等)の判断における基準日(優先日)は、上記基礎出願の日、すなわち2004年4月29日である。
II.無効理由についての検討
事案に鑑み、請求人が主張する無効理由のうち、無効理由3、特に甲5を主たる引用例とする理由(無効理由3-2)につき検討する。
なお、無効理由3は、「本件発明1ないし4は、それらの進歩性判断の基準日である・・出願日前に頒布された甲1~甲7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」ということを根拠とするものであるところ、本件特許に係る出願の優先日(2004年4月29日)前に頒布された刊行物である甲5ないし7に記載された発明に基づいて、上記無効理由が成立するか否か、本件発明1及び同発明をいずれも引用する本件発明2ないし4につき併せて検討する。
1.各甲号証の記載事項
請求人が提示した甲号証のうち主なものには、それぞれ以下の事項が記載されている。
(1)甲5
甲5には、以下の事項が記載されている。
(1a)「1.分子式:C3HmFn
(但し、m=1~5,n=1~5且つm+n=6)
で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体。」(1頁、特許請求の範囲)
(1b)「産業上の利用分野
本発明は、冷凍機、ヒートポンプなどで使用される熱伝達用流体に関する。」(1頁左下欄9~11行)
(1c)「従来技術とその問題点
従来、ヒートポンプの熱媒体(冷媒)としては、クロロフルオロ炭化水素、フルオロ炭化水素、これらの共沸組成物ならびにその近辺の組成物が知られている。これらは、一般にフロンと称されており、現在R-11(トリクロロモノフルオロメタン)、R-22(モノクロロジフルオロメタン)、R-502(R-22+クロロペンタフルオロエタン)などが主に使用されている。
しかしながら、近年、大気中に放出された場合に、ある種のフロンが成層圏のオゾン層を破壊し、その結果、人類を含む地球上(審決注:「地球状」と記載されているが「地球上」の誤記と認める。)の生態系に重大な悪影響を及ぼすことが指摘されている。従って、オゾン層破壊の危険性の高いフロンについては、国際的な取決めにより、使用および生産が規制されるに至っている。規制の対象になっているフロンには、R-11とR-12とが含まれており、またR-22については、オゾン層破壊への影響が小さいため、現在規制の対象とはなっていないが、将来的には、より影響の少ない冷媒の出現が望まれている。冷凍・空調設備の普及に伴って、需要が毎年増大しつつあるフロンの使用および生産の規制は、居住環境をはじめとして、現在の社会機構全般に与える影響が極めて大きい。従って、オゾン層破壊問題を生じる危険性のない或いはその危険性の極めて小さい新たなヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)の開発が緊急の課題となっている。」(1頁左下欄14行~2頁左上欄4行)
(1d)「問題点を解決するための手段
本発明者は、ヒートポンプ或いは熱機関に適した熱伝達用流体であって、且つ当然のことながら、大気中に放出された場合にもオゾン層に及ぼす影響が小さいか或いは影響のない新たな熱伝達用流体を得るべく種々研究を重ねてきた。その結果、特定の構造を有する有機化合物がその目的に適合する要件を具備していることを見出した。
すなわち、本発明は、下記の熱伝達用流体を提供するものである:
「分子式:C3HmFn
(但し、m=1~5,n=1~5且つm+n=5)
で示され且つ分子中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱伝達用流体。」」(2頁左上欄5行~末行)
(1e)「本発明で使用する代表的な化合物の主な物性は、以下の通りである。
I.F3C-CH=CH2(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン)
沸点 -17.0℃
臨界温度 126℃
臨界圧力 41kg/cm2
分子量 ・・・(審決注:省略する。「96.05」と記載されているのは誤記と認める。)
II.F3C-CH=CHF(審決注:「F3C」と記載されているが「F3C」の誤記と認める。)(1,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン)
沸点 -16.0℃
臨界温度 121℃
臨界圧力 39.1kg/cm2
分子量 114.04」(2頁右上欄1行~14行)
(1f)「本発明において熱伝達用流体として使用するC3HmFnで示される化合物は、オゾン層に影響を与える塩素原子および臭素原子を全く含まないので、オゾン層の破壊問題を生じる危険性はない。」(2頁左下欄9~13行)
(1g)「また、一方では、C3HmFnで示される化合物は、ヒートポンプ用熱媒体としての特性にも優れており、成績係数、冷凍能力、凝縮圧力、吐出温度などの性能において、バランスが取れている。さらに、この化合物の沸点は、現在広く使用されているR-12,R-22、R-114およびR-502のそれに近いため、これら公知の熱媒体の使用条件下、即ち蒸発温度-20から10℃および凝縮温度30から60℃での使用に適している。」(2頁左下欄14行~右下欄5行)
(1h)「また、本発明においては、C3HmFnで示される化合物を少なくとも含み、R-22(CHClF2),R-32(CH2F2),R-124(CF3CHClF),R-125(CF3CF2H),R134a(CF3CFH2),R-142b(CH3CClF2)、143a(CF3CH3)およびR-152(CHF2CH3)からなる群から選ばれた少なくとも一種を含む混合物を熱伝達用流体として使用しても良い。この混合物を使用する場合には、低沸点の冷媒を混合することにより、更に冷凍能力を向上させたり、蒸発潜熱の大きな冷媒を混合することにより、成績係数を向上させたり、或いは冷凍機油との溶解性を改善したりすることができる。
本発明で使用するC3HmFnで示される化合物或いはC3HmFnで示される化合物とR-22,R-32,R-124,R-125,R-134a,R-142b,R-143aおよびR-152aの少なくとも一種との混合物は、ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている。」(2頁右下欄6行~3頁左上欄11行)
(1i)「発明の効果
本発明による熱伝達用流体によれば、下記の様な顕著な効果が達成される。
(1)従来からR-12,R-22或いはR-502を熱媒体として使用してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られる。
(2)熱媒体としての優れた性能のゆえに、機器設計上も有利である。
(3)仮に本発明による熱伝達用流体が大気中に放出された場合にも、オゾン層破壊の危険性はない。」(3頁左上欄12行~右上欄4行)
(1j)「実施例1
熱媒体としてF3C-CH=CH2(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン)を使用する1馬力のヒートポンプにおいて、蒸発器における熱媒体の蒸発温度を-10℃,-5℃,5℃および10℃とし、凝縮器における凝縮温度を50℃とし、過熱度および過冷却度をそれぞれ5℃および3℃として、運転を行なった。
また、比較例として、R-12(比較例1)、R-22(比較例2)およびR-502(比較例3)を熱媒体として使用して、上記と同一条件下にヒートポンプの運転を行なった。
これらの結果から、成績係数(COP)および冷凍効果を次式により、求めた(第1図に示すモリエル線図参照)。
COP=(h1-h4)/(h2-h1)
冷凍効果=h1-h4
h1・・・蒸発器出口の作動流体のエンタルピー
h2・・・凝縮器入口の作動流体のエンタルピー
h4・・・蒸発器入口の作動流体のエンタルピー
本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図を第2図に示す。
COPおよび冷凍能力の算出結果を比較例1~3の結果と対比して第3図および第4図にそれぞれ示す。
なお、第3図に示す成績係数は、R-22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定値(COPB)で、それぞれの熱媒体の測定値(COPA)を除したものである。特に、本発明による熱媒体の結果は、“○”で示してある。
また、第4図に示す冷凍能力は、R-22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定値(能力B)で、それぞれの熱媒体の測定値(能力A)を除したものである。本発明による熱媒体の結果は、やはり“○”で示してある。
第3図から明らかな様に、本実施例による作動流体は、COPに関して、R-12およびR-22と同程度の良好な値を示している。さらに、第4図から明らかな様に、冷凍効果に関して、R-12よりも高めの値を示している。」(3頁右上欄8行~右下欄11行)
(1k)「実施例2
熱媒体としてF3C-CH=CHF(1,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン)を使用するとともに、蒸発器における熱媒体の蒸発温度を5℃とする以外は実施例1と同様にしてヒートポンプの運転を行なった。
成績係数および冷凍能力を下記第2表に示す。何れの数値も、R-22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定値(COPBおよび冷凍能力B)により本発明熱媒体の測定値(COPAおよび冷凍能力A)を除した数値で示してある。
第 2 表
実施例2 R-12 R-502
COPA/COPB 1.01 1.02 0.92
能力A/能力B 0.43 0.61 1.03
」(4頁左上欄17行~右上欄13行)
(1l)「実施例5
熱媒体としてF3C-CF=CH2を使用する以外は実施例1と同様にして、ヒートポンプの運転を行なったところ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」(4頁右下欄8~12行)
(1m)「第1図は、実施例において成績係数(COP)および冷凍効果求めるために使用したモリエル線図である。
第2図は、本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図である。
第3図は、実施例1および比較例1~3によるCOPを示すグラフである。
第4図は、実施例1および比較例1~3による冷凍能力を示すグラフである。」(4頁右下欄14行~5頁左上欄4行)
(1n)「
」(6頁)
(1o)「
」(6頁)
(1p)「
」(7頁)
(1q)「
」(7頁)
(2)甲6
甲6には、以下の事項が記載されている。(なお、訳文として甲6のパテントファミリーである特表平8-507524号公報の記載を援用する。記載箇所については甲6原文の記載箇所に基づき指摘する。)
(2a)「冷媒、溶剤、発泡剤、噴射剤、及び消火剤は、長期間にわたる貯蔵と使用中に化学的に安定でなければならず、また、その中に収容される収納システムと非反応性であるべきである。冷媒は、通常、極限の-98℃から8℃の間の温度で作動される。大部分の住宅、商業、及び施設の用途では、-23℃から8℃の範囲にある。・・(中略)・・
冷媒は、装置の一つの領域において蒸発して熱を吸収することにより作動し、装置の他の部分で再凝縮されて熱を放出する。要求される効果特性は、適当な蒸気圧カーブ、蒸発のエンタルピー、溶解挙動(油との混和性を含む)、毒性、及び燃焼性を含み、CFC12、114、500及び502が、適当な沸点及び作動圧、蒸発エンタルピー、鉱油系潤滑剤との混和性、低毒性、及び不燃性などの要求される物理的特性を有するため、長年にわたって冷媒として使用されてきた。さらに、CFCは、金属やシール材料に対して比較的不腐食性である。一般に使用されている冷媒(典型的な蒸発器と凝縮器の温度、及び典型的な用途を含む)を表2に示す。
」(原文4欄22行~5欄17行)
(2b)「発明の要約(発明の開示)
本発明の第1の目的は、冷蔵、溶剤洗浄、発泡、エアゾール噴射及び消火の用途に、比較的無毒性の薬剤を提供することにある。本発明の他の目的は、不燃性で、環境に安全な物質の組成物を提供することにある。本発明の更なる他の目的は、クリーンで、電気的不伝導性のフルオロヨードカーボン化合物を提供することにある。本発明の更なる他の目的は、ゼロのオゾン破壊能、低い地球温暖化能、及び無視できる大気及び地球環境への影響を有するニート及びブレンドされたフルオロヨードカーボンを提供することにある。
本発明の一つの利点は、現存の冷媒、溶剤、発泡剤、エアゾール噴射剤、及び消火剤の低コストの複製物であることにある。本発明の他の利点は、フルオロヨードカーボンと選択された添加剤とのブレンドによる特性の最適化にある。本発明の更なる他の利点は、現存の化学物質の代替として、フルオロヨードカーボンの有効で、幾つかの場合には、より優れた組成物の提供にある。」(原文7欄21行~44行)
(3)甲7
甲7には、以下の事項が記載されている。(なお、記載の摘示にあたって請求人が提示した訳文に基づき摘示する。記載箇所は原文の記載箇所に基づき指摘する。)
(3a)「移動車両の空調には、通常の冷蔵又は空調設備では見られない問題がいくつか生じる。圧縮器はエンジンによって駆動されるため、エンジン速度が変わるとその速度も変わる。該システムの冷却能力は通例、最も好ましくない温度及び速度状態でも冷房負荷を処理するのに十分である。その結果、通常の運転状態では、該システムは必要以上の能力を有している。
この問題は、圧縮器駆動プーリのハブに磁気クラッチを設けることによって解決される。該クラッチはサーモスタットにより制御される。客室温度が望ましいレベルまで低下すると、サーモスタットが圧縮器駆動プーリで磁気クラッチを解除し、圧縮器が回転を止める。次いで冷却が再び必要になると、磁気クラッチは圧縮器と契合する。
磁気クラッチが契合している間は、コンプレッサはエンジンから動力を得る。加速のために駆動力が必要な際は、コンプレッサを切り離すためにカットアウトスイッチが用いられる。
自動車の空調にはさらに別の問題がある。蒸発器は空中から水分を凝結する。蒸発器温度が凍結温度以下に維持されると、この水分が凍結し、蒸発器に付着する。まもなく蒸発器は完全に凍結する。空気は内部を循環できない。この問題は、吸込管に吸込絞り弁を配置することによって解決される。当該弁は、蒸発器内の圧力が、蒸発器内の冷媒の温度が水分を蒸発器表面に凍結せしめる圧力を僅かに上回るように維持する。
先述の自動車の空調の記述は簡潔なものに留めた。自動車の空調に関する詳述については第27章を参照のこと。」(原文699頁右欄17行~701頁右欄6行)
(3b)「第27章 自動車の空調
・・(中略)・・
先の章で述べられた原理の多くは、自動車の空調にも当てはまる。多くの特有の適用及び設計における僅かな変更があるが、これらは技術者であれば理解されるべきである。
自動車の空調装置は、冷却作用を備え付けるために車のエンジンによって駆動される冷却システムを使用する。暖かいエンジン冷却液は、必要に応じて客室に熱を供給する。」(原文949頁1行(章題部)~右欄2行)
(3c)「冷却が必要な場合、空調システムが作動される。それはプレナムチャンバ(ダッシュ下の囲い又はハウジング)内の蒸発器を用いて、客室を循環する空気を冷却する。車のエンジンはベルトを用いて圧縮器を駆動して該システムにR-12を送り出す。」(原文950頁左欄2行~7行)
(3d)「
・・(中略)・・
低圧側の圧力低下が蒸発器温度を下げる。蒸発器表面温度は33°F(0.5℃)を下回るべきではない。蒸発器が短時間でも32°F(0℃)以下の温度で動作すると、その表面は氷で覆われる。これにより蒸発器内の空気循環が停止し、冷気は客室に入ることができなくなる。
・・(中略)・・
典型的な自動車空調システムは、自動車を約10分で110°F(43℃)から85°F(29℃)まで冷却する。日なたで窓を閉めて駐車したとき車内は150°F(66℃)に達しうる。最大の熱負荷又は熱利得は、車窓を介して伝わる太陽負荷及び熱である。」(原文951頁最上行(図)~右欄26行)
(4)甲14
甲14には、以下の事項が記載されている。(なお、記載の摘示にあたって請求人が弁駁書中で提示した訳文に基づき摘示する。記載箇所は原文の記載箇所に基づき指摘する。)
(4a)「自動車の空調
自動車の空調システムは、住居あるいは商業施設の空調システムと同じ基本的冷却システムを用いる。自動車の空調システムの他の空調システムとの主要な相違点は、:(1)機器相互の接続の仕方、(2)圧縮機の駆動方法、(3)自動車内部の温度変化が急激であること、(4)自動車に用いる気流制御ダンパーのシステムが複雑であることである。
自動車の暖房は温水ボイラーを用いた暖房と概ね同じ方法によって行なわれる。自動車の場合には、熱水はラジエータからとられて加熱コイルを流れ、ここで空気が導入されて熱せられる。
自動車の空調ユニットは所望の機能のために空気を導入するためにドアおよびダンパーを使用する。これらは所望のコイルを流れる空気の量及びコイルをバイパスする空気の量を制御するために用いられる。このバイパスは温度制御を補助するために行なわれるものである。これらダンパーの配置と制御方法は製造者によって異なる。
運転
自動車の空調システムは他のタイプの空調システムと基本的に同様に機能する。その目的は自動車の内部から熱と湿気を除去し、この熱と湿気を外部の空気に受け渡すこと、および空気の清浄である。
使用されている熱伝達の原理は他のシステムと同じである。冷却システムは高圧側と低圧側に分割される。(図21-1参照)高圧側は:(1)圧縮機の吐出側と高圧側サービスバルブ、(2)凝縮器、(3)受取乾燥器、(4)拡張バルブの吸入側、および、(5)すべての機器への接続ホースを含む。」(原文525頁1行(表題)~右欄5行)
2.甲5に記載された発明
甲5には、特許請求の範囲第1項に「分子式:C3HmFn(但し、m=1~5,n=1~5且つm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体」の発明が記載されており(摘示(1a))、該熱媒体は、「冷凍機、ヒートポンプなどで使用される熱伝達用流体」であることも記載されている(摘示(1b))。
そして、上記発明で使用する「代表的な化合物の主な物性」として以下のI及びIIの化合物の沸点、臨界温度、臨界圧力が示されている(摘示(1e))。なお、IIの化合物は、立体異性体2種が存在するが、甲5では区別されていない。
I.F3C-CH=CH2(3,3,3-トリフルオロ-1-プロペン)
II.F3C-CH=CHF(1,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン)
また、「C3HmFnで示される化合物は、ヒートポンプ用熱媒体としての特性にも優れており、成績係数、冷凍能力、凝縮圧力、吐出温度などの性能において、バランスが取れている。さらに、この化合物の沸点は、現在広く使用されているR-12,R-22、R-114およびR-502のそれに近いため、これら公知の熱媒体の使用条件下、即ち蒸発温度-20から10℃および凝縮温度30から60℃での使用に適している。」と記載され(摘示(1g))、「本発明で使用するC3HmFnで示される化合物・・・は、ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている」とも記載されている(摘示(1h))。
さらに、実施例1において上記Iの化合物、実施例2において上記IIの化合物(HFO-1234zeである。)及び実施例5において
F3C-CF=CH2
(審決注:上記IIの化合物と同様に表記すると、2,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペンである。「-1-」は省略しても化学構造上の疑義が生じないから、2,3,3,3-テトラフルオロプロペン、すなわちHFO-1234yfである。)
で表される化合物について、COP及び冷凍能力が測定され、HCFC-22のCOP及び冷凍能力と比較されており、その測定条件は、「1馬力のヒートポンプにおいて、蒸発器における熱媒体の蒸発温度を・・・5℃・・・とし、凝縮器における凝縮温度を50℃とし、過熱度および過冷却度をそれぞれ5℃および3℃として、運転を行なった」とのものである。
そして、実施例1では、図3及び図4からみて、上記Iの化合物に係る5℃の蒸発温度における上記HCFC-22のCOP及び冷凍能力との比(以下「相対COP」及び「相対能力」という。)が、相対COPにつき1.0を僅かに上まわる程度であること及び相対能力につき0.7程度であることがそれぞれ記載されるとともに、HFO-1234yfの構造異性体であるHFO-1234zeを使用した実施例2では、相対COPにつき1.01及び相対能力につき0.43であることが示され、実施例5では「実施例1とほぼ同様の結果が得られた」と記載されている(摘示(1j)~(1q))。
これらの記載を総合すると、甲5には、
「分子式:C3HmFn(ただし、m=1~5,n=1~5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体であって、該有機化合物は2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである場合を含む熱媒体と、ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる熱媒体組成物の、ヒートポンプにおける使用。」
の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されているということができる。
3.本件発明1ないし4との対比・検討
(1)本件発明1について
ア.対比
本件発明1と甲5発明とを対比すると、甲5発明における「分子式:C3HmFn(ただし、m=1~5,n=1~5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体であって、該有機化合物は2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである場合を含む熱媒体」は、本件発明1における「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」に相当し、甲5発明における「熱媒体と、ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる熱媒体組成物」は、2,3,3,3-テトラフルオロプロペンである場合を含む熱媒体を含有する組成物であるから、本件発明1における「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物」に相当する。
そして、甲5発明における「熱媒体」は、ヒートポンプシステム中で移動することにより、ある局所から他の局所に熱を移動させる媒体なのであるから、熱を移動させ局所を冷却する「冷媒」と軌を一にするものであり、当該「熱媒体」は、本件発明1における「冷媒」に相当するものと認められると共に、甲5発明における「ヒートポンプ」は、甲5において、「本発明は、冷凍機、ヒートポンプなどで使用される熱伝達用組成物に関する」とされ、その従来技術とその問題点として「冷凍・空調設備の普及に伴って」と記載されている(摘示(1b)及び(1c)参照)とおり、ヒートポンプ(装置)に空調装置が包含されていることは明らかであるから、当該「ヒートポンプ」は、本件発明1における「空調装置」に相当するものと認められる。
してみると、甲5発明における「熱媒体組成物の、ヒートポンプにおける使用」は、本件発明1における「空調装置における、・・組成物の冷媒としての使用」に相当するものと認められる。
したがって、本件発明1と甲5発明とは、
「空調装置における2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)を含む組成物の冷媒としての使用」
の点で一致し、下記の点でのみ相違する。
相違点1:本件発明1では、「自動車の空調装置」であるのに対して、甲5発明では、「ヒートポンプ」である点
イ.相違点に係る検討
上記相違点1につき検討すると、甲6及び甲7にもそれぞれ記載されている(摘示(2a)及び(2b)並びに摘示(3a)ないし(3d)参照)とおり、CFC-12などのクロロフルオロカーボン類などを含むフッ素化炭化水素化合物、いわゆるフロン化合物を、「Auto A/C」すなわち自動車用空調装置を含む空調装置において、凝縮温度125°F(約52℃)以下の条件における冷媒として使用することは、本件特許に係る出願日(優先日)前における当業者の周知慣用の技術であったものと認められる。
そして、カーエアコンなどの蒸気圧縮型空調装置の冷媒化合物を選定するにあたり、使用温度領域(環境温度及び排出温度(凝縮温度))がその冷媒化合物の(標準)沸点以上臨界温度未満の範囲にないと冷媒として使用できるものではないことが当業者の技術常識である(必要ならば下記参考文献1参照のこと)ところ、上記甲6にも記載されている(摘示(2a)参照)とおり、従来、自動車用のものを含む空調装置における冷媒として使用されるCFC-12は、35°F(約2℃)以下の蒸発温度及び125°F(約52℃)以下の凝縮温度で使用されるものであるのに対して、甲5にも記載されている(摘示(1e)参照)とおり、HFO化合物のうちハイドロフルオロプロペン化合物は、概ね-16~-17℃程度の沸点及び121~126℃程度の臨界温度を有し、特にHFO-1234yfは、-29℃(244.9K)の沸点と97℃(370.4K)の臨界温度を有するものである(必要ならば下記参考文献2参照)から、90℃前後までの排出温度が許容できるカーエアコンのフロン化合物系の冷媒として選択することは、当業者が適宜なし得ることである。
また、本件明細書の記載及び甲5並びに甲6、甲7又は甲14の記載を検討しても、甲5発明におけるヒートポンプに使用されるハイドロフルオロカーボンの一種である2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなるハイドロフルオロオレフィンを含む熱媒体組成物を、自動車の空調装置における冷媒として使用することを妨げる技術的要因などが存するものとは認められず、むしろ、甲14に記載されている(摘示(4a)参照)とおり、自動車用の空調装置における冷媒に対しても、他の空調装置における冷媒に要求される熱力学的又はその他の特性の点で同一の特性が要求されることが当業者の周知技術であるから、甲5発明のヒートポンプ用熱媒体組成物を自動車の空調装置における冷媒として使用することに格別な技術的創意が存するものとも認めることができない。
してみると、甲5発明におけるヒートポンプに使用される2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む熱媒体組成物を、上記当業者の周知慣用の技術に基づき、自動車の空調装置における冷媒として使用することは、当業者が適宜なし得ることと認められる。
したがって、上記相違点1は、当業者が適宜なし得ることである。
参考文献1:乙竹直編著「代替フロンの探索」1989年12月20日、株式会社工業調査会発行、60~63頁
参考文献2:ロシア特許第2073058号公報(5頁上段「表」参照)
ウ.本件発明の効果について
本件発明の効果につき本件明細書の記載に基づき検討すると、本件明細書の実施例1に係る記載(【0057】~【0060】)からみて、本件発明に係る「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」は、従来技術であるHFC-134aを使用した場合に比して、相対能力(比)の点で優れ、相対COP(比)及び排出温度の点で劣るものと認められるから、冷却/空調サイクルにおける熱力学特性の点で、本件発明に係る冷媒(組成物)が格別顕著な効果を奏するものとは認められない。
また、環境問題に係る効果につき検討すると、オゾン破壊係数(ODP)及び地球温暖化指数(GWP)は、いずれもその物質の有意量が大気中に放出された場合に関する物質の特性であって、実質的な閉鎖系である自動車の空調装置の循環系の中での冷媒としての使用における発明の効果であるとはいえない。
(なお、仮に、当該冷媒が、空調機器からの定常的な漏出及び自動車事故又は冷媒交換時の事故等の何らかの偶発的な要因により大気中に放出された場合であることを前提とすると、本件発明における「2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)」は、大気寿命が11日と極めて短いのに対して、従来技術に係るHFC-134aは、13年と長いから、大気中で一定以上の長期間(例えば数年以上)安定に存在するとともにその物質が成層圏のオゾン層に到達することが前提となるオゾン破壊係数(ODP)及び同様に大気中で一定以上の長期間(例えば数年以上)安定に存在することが前提となる地球温暖化指数(GWP)の点において、本件発明におけるHFO-1234yfは、その前提を欠くものであるから、いずれも実質的に無視できる(0に近い)という効果を奏するものと認めることはできる。
しかしながら、本件発明におけるHFO-1234yfなる物質は、大気寿命が11日と極めて短く、その短い大気寿命の経過により分解して、フッ化水素(HF)及びトリフルオロ酢酸(TFA)が生成する(被請求人が提出した平成27年4月9日付け上申書、乙32及び乙33参照)ところ、いずれも水溶性が高く極めて酸性度が高いものであり、特にHFは毒物として本邦の法令(「毒物及び劇物取締法」(昭和25年12月28日法律第303号)並びにその指定令(昭和40年1月4日政令第2号))で指定されているほどの有害なものであるから、当該分解生成物が大気中で発生した場合、新たな環境問題(例えば「酸性雨」など)を生じる可能性が高いものと認められる。)
さらに、甲5には、甲5発明におけるヒートポンプに使用される2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなどの熱媒体が、「要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている」(摘示(1h)参照)から、本件発明におけるHFO-1234yfを使用した場合が、潤滑油との相溶性又は材料に対する非浸蝕性などに係る効果において、甲5発明に比して特段に優れるものと認めることはできない。
してみると、本件発明の効果が、甲5発明の効果に比して、格別顕著なものであるということができない。
エ.小括
したがって、本件発明1は、甲5発明及び甲6、甲7並びに甲14に開示された当業者の周知(慣用)技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)本件発明2ないし4について
ア.対比
本件発明2ないし4と上記甲5発明とをそれぞれ対比すると、上記甲5発明では、「ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油」を更に使用することが開示されているから、本件発明2については、上記(1)ア.で指摘した相違点1を除き、新たな相違点が存するものとは認められず、その余で一致する。
また、本件発明3及び4については、上記(1)ア.で指摘した相違点1に加えて、新たに以下の相違点が存するものと認められ、その余で一致する。
相違点2:本件発明3では、「潤滑剤が前記組成物の30~50重量%の量で存在する」のに対して、甲5発明では、潤滑剤の組成比(範囲)につき規定されていない点
相違点3:本件発明4では、「潤滑剤がポリアルキレングリコール潤滑剤を含む」のに対して、甲5発明では、「ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油」である点
イ.相違点に係る検討
上記相違点1については、上記(1)イ.で説示したとおりの理由により、当業者が適宜なし得ることであり、当該相違点により格別な効果を奏し得るものとも認められない。
また、上記相違点2につき検討すると、甲5には、甲5発明におけるヒートポンプに使用される2,3,3,3-テトラフルオロプロペンなどの熱媒体が、「要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている」(摘示(1h)参照)から、当該相溶性がある範囲で所望の組成比、例えば30~50重量%で潤滑剤を使用することに格別な技術的創意が存するものではなく、本件明細書の記載に基づき検討しても、潤滑剤の組成比を30~50重量%の範囲とすべき技術的要因又は臨界的意義が認識できるような記載が存するものでもない。
してみると、上記相違点2についても当業者が適宜なし得ることである。
さらに、上記相違点3につき検討すると、本件明細書にも記載されている(【0029】)とおり、本件発明において、ポリアルキレングリコール潤滑剤は、「一般に用いられる冷却潤滑剤でヒドロフルオロカーボン(HFC)冷媒とともに冷却機械類において用いられるポリオールエステル(POEs)、ポリアルキレングリコール(PAGs)、シリコーン油、鉱油、アルキルベンゼン(ABs)およびポリ(アルファ-オレフィン)(PAO)などを、本発明の冷媒組成物とともに用いてもよい。」との潤滑剤群における単なる一つの選択肢であるものと認められ、従来のカーエアコンを含むヒートポンプで使用されるHFC冷媒に混和される潤滑剤として、ポリアルキレングリコール潤滑剤が当業者の周知慣用のものであったものと理解するのが自然である。
(なお、この点につき更に必要であるならば下記参考文献3参照。)
してみると、甲5発明における「ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油」として、当該周知慣用の技術に基づき、ポリアルキレングリコール潤滑剤を使用した点に格別な技術的創意が存するものではなく、本件明細書の記載に基づき検討しても、潤滑剤としてポリアルキレングリコール潤滑剤を使用すべき技術的要因などが認識できるような記載が存するものでもない。
したがって、上記相違点3についても、当業者が適宜なし得るものと認められる。
そして、上記(1)ウ.で説示したとおり、本件明細書の記載を検討しても、上記相違点1ないし3に係る事項により、本件発明が格別顕著な効果を奏しているものとは認められない。
ウ.小括
以上のとおりであるから、本件訂正発明2ないし4のいずれについても、甲5発明及び甲6、甲7並びに甲14に開示された当業者の周知(慣用)技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。
参考文献3:「HFC系冷媒 ハンドブック」1998年12月、ダイキン工業株式会社発行、25~27頁
(3)対比・検討のまとめ
以上のとおり、本件発明1ないし4は、いずれも甲5発明及び当業者の周知(慣用)の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
4.被請求人の主張について
(1)被請求人の主張事項
被請求人は、平成23年11月7日付け審判事件答弁書及び平成27年3月5日付け口頭審理陳述要領書において、本件発明のような自動車の空調装置における冷媒については、概略以下の(a)ないし(g)の要求される事項が存在し、本件発明の冷媒では、それらを全て満足するものであり、更に従来の自動車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換できる冷媒として使用できることを主張し(答弁書13~17頁)、もって本件発明が進歩性を有する旨主張しているので以下検討する。
(a)毒性が低いか許容できること
(b)GWPが低いこと
(c)オゾン破壊係数(ODP)が低いこと
(d)燃焼性が無いか又は低いこと
(e)高い凝縮温度条件下で優れた冷却性能を有すること
(f)圧縮機潤滑剤との混和性に優れること
(g)機器及び潤滑剤との安定性に優れること
(2)各点に係る検討
ア.上記(a)の点について
上記(a)の点につき検討すると、本件発明におけるHFO-1234yfは、乙19などからみて、それ自体は極めて低い急性毒性を有することが認められるが、その急性毒性は、本件発明の冷媒がドロップインとして用いることができるという従来技術であるHFC-134aでも同程度であるものと認められる。
また、上記3.(1)ウ.でも説示したとおり、本件発明におけるHFO-1234yfは、極めて短い大気寿命を有するものであるから、自動車車内の空気中に漏出した場合、大気寿命経過後にHF及びTFAなる毒性及び刺激性(劇性)を有する分解生成物が存することになり、障害となる可能性も大きいものと理解するのが自然である。(なお、従来のHFC-134aは、大気寿命が極めて長いから、同様の分解生成物が発生するとしても障害となる可能性は極めて低いものといえる。)
してみると、本件発明が、上記(a)の点で優れるということはできない。
イ.上記(b)及び(c)の各点について
上記(b)及び(c)の各点につき併せて検討すると、上記3.(1)ウ.でも説示したとおり、オゾン破壊係数(ODP)及び地球温暖化指数(GWP)は、いずれもその物質の有意量が大気中に放出された場合に関する物質の特性であるから、漏出、不完全回収などが起きた場合のリスクに係る事項である。
しかるに、本件発明におけるHFO-1234yf及び従来技術に係るHFC-134aは、共にODPは0である(必要ならば下記参考資料4参照)。
してみると、本件発明が上記(b)の点で本件発明が優れるということはできない。
また、本件発明におけるHFO-1234yfは、極めて短い大気寿命で分解し、短期間で大気中から消失するものであるから、一定期間大気中に存在することによる温室効果の指標である地球温暖化指数(GWP)については、実質的に0であるものと認められ、従来のHFC-134a(GWP=1430)に比して、他の点はさておき、優れるものといえる。
してみると、本件発明は上記(c)の点では優れるということはできる。
参考資料4:技術資料「特定フロン(CFC/HCFC)およびフルオロカーボン類の環境・安全データ一覧表」2013年2月16日、日本フルオロカーボン協会作成(発行)
ウ.上記(d)の点について
上記(d)の点につき検討すると、本件発明におけるHFO-1234yfは、乙16の記載からみて、ホットプレート冷媒吹付け試験では、従来のHFC-134aと同様の不燃性性状を有するもの(30頁)の、6.2%の爆発下限界濃度を有する可燃性であるもの(25頁)とも認められる。これは、単に高温の部材表面に冷媒が存在しただけでは燃焼しないが、冷媒ガスが上記濃度以上の場合に直接着火すると燃焼(又は爆発)することを意味するものと認められる。
そして、HFO-1234yfは6.2%以上の範囲で燃焼が起きるのに対して、従来のHFC-134aは実質的に不燃性であることが当業者の技術常識であるから、当該燃焼性につき、本件発明におけるHFO-1234yfは、従来のHFC-134aに比して劣るものと理解するほかはない。
なお、6.2%なる爆発下限界濃度は、自動車のエンジン燃料として使用される水素ガス(4.0%)又はメタノール(6.72%)と略同等の濃度であり(必要ならば化学大辞典「爆発限界」の項参照)、本件発明におけるHFO-1234yfにつき、「燃焼性が無いか又は低い」と評価することはできないものと認められる。
してみると、本件発明は上記(d)の点で優れるということはできない。
エ.上記(e)の点について
上記(e)の点につき検討すると、上記3.(1)ウ.でも説示したとおり、本件明細書の実施例1に係る記載(【0057】~【0060】)からみて、本件発明に係るHFO-1234yfは、従来技術であるHFC-134aを使用した場合に比して、相対能力(比)の点で優れ、相対COP(比)及び排出温度の点で劣るものと認められる。
してみると、本件発明は上記(e)の点で優れるということはできない。
オ.上記(f)及び(g)の点について
上記(f)及び(g)の点につき併せて検討すると、甲5には、「ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば、潤滑油との相溶性、材料に対する非浸蝕性など)に関しても、問題はないことが確認されている」と記載されている(摘示(1h)参照)とおり、冷媒とそれと組み合わせて使用する潤滑剤との相溶性及びヒートポンプ装置における構成材料との非浸食性などの(機器の)安定性については、冷媒材料の使用にあたり当業者が当然に留意すべきことであり、更にHFO-1234yfを含む一般式で表されるハイドロフルオロプロペンを使用した場合につき上記相溶性及び安定性につき確認されているのであるから、本件発明におけるHFO-1234yfが特に上記相溶性及び安定性につき優れるものとは認めることができない。
してみると、本件発明は甲5発明に比して上記(f)及び(g)の点で優れるということができない。
カ.上記「従来の自動車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換できる冷媒として使用できる」との主張について
上記「ドロップイン置換できる冷媒として使用できる」との主張につき本件明細書の記載に基づき検討する。
本件明細書には、「CFC冷媒の代替物については、CFC冷媒を用いて現在使用されている在来の蒸気圧縮技術に対して大きな工学的設計変更を行なわずに実施されることが望ましいと、一般に考えられる。」と記載され(【0009】)、「特定の態様においては、本発明の組成物、特にトランスHFO-1234zeをかなりの割合で含む組成物、そして幾つかの態様においては本質的にトランスHFO-1234zeからなる組成物を、HFC-134aなどの現行の冷媒の代替物として用いるのが好ましい。特定の適用においては、本発明の冷媒は大きな排気量の圧縮機を使用する利益をもたらす可能性があり、それによってHFC-134aなどの他の冷媒よりも高いエネルギー効率が得られる。従って、本発明の冷媒組成物、特にトランスHFP-1234zeを含む組成物は、冷媒を置き換える適用についてのエネルギーを基礎とすることに関して、競争力のある利益をもたらす可能性がある。」(【0030】)との記載はあるものの、HFO-1234yfを使用する場合については、特に言及されていない。
そして、本件明細書の実験例に係る部分では、以下のa.ないしc.の事項が記載されているのみであり、HFC-134aとHFO-1234yfとの置換可能性を認識できるような具体的記載はない。
a.実施例1(【0057】~【0060】)において、HFO-1234yfを含む4種のHFO化合物の熱力学的な性能につき、HFC-134aと相対比較した上で、「HFC-134aよりも良好なエネルギー効率を有し(1.00と比較して1.02、1.04および1.13)、そして本冷媒組成物を用いる圧縮機は有利な排出温度をもたらすであろう(175と比較して158、165および155)、ということを示す。というのは、この排出温度の結果は、補修管理の問題の低減をもたらすと考えられるからである。」と、HFC-134aとHFO-1234yf以外の他のHFO化合物との熱力学的特性については評価記載されているものの、HFC-134aとHFO-1234yfとの対比評価については記載されていない。
b.実施例2(【0061】~【0063】)及び実施例3(【0064】~【0067】)においては、HFO-1234yf以外の他のHFO化合物につき、潤滑剤との相溶性につき検討し、当該化合物と潤滑剤との冷媒組成物につき「アルミニウム、鋼および銅と接触したときに安定である、ということを示す。」(【0067】)と記載されているのみであり、HFO-1234yfを使用した場合に係る記載はない。
c.比較例(【0068】~【0069】)においては、鉱油及びCFC-12からなる組成物につき金属片と加熱状態で1週間接触させた時の組成物が黒変したことにより組成物又は金属が分解したことを示す旨記載されている。
また、本件明細書の記載を検討しても、HFC-134aとHFO-1234yfとの置換可能性を認識できるような他の事項は記載されていない。
してみると、本件発明におけるHFO-1234yfを「従来の自動車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換できる冷媒として使用」することは、本件明細書に記載した事項ではない。
さらに、被請求人が提示した乙16の記載(特に25~26頁)からみて、HFO-1234yfを冷媒とするにあたり、従来のHFC-134a使用のカーエアコンシステムの種々の部材、特に冷媒配管系部材につき追加・変更するシステム装置の改造が必要であったものと認められるから、この点から見ても、本件発明におけるHFO-1234yfを「従来の自動車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換できる冷媒として使用」することができるということはできない。
したがって、上記「従来の自動車の空調装置の冷媒であるHFC-134aに対するドロップイン置換できる冷媒として使用できる」との主張は、本件明細書の記載に基づかないものであるか、技術的根拠を欠くものであるから、いずれにしても当を得ないものである。
(3)小括
以上のとおりであるから、本件発明は、GWPの点では優れるものの、その余の点では、甲5発明又は従来技術に比して、同等以下又は劣るものと認められるから、総合すると、甲5発明に対して進歩性を有するものと認めることができない。
したがって、被請求人の上記主張は、当を得ないものであり、上記3.の当審の検討結果を左右するものではない。
5.無効理由3についての検討のまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は、いずれも甲5に記載された発明及び当業者の周知慣用の技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。
III.当審の判断のまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は、いずれも、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができるものではないから、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし4に係る発明についての特許は、いずれも特許法第29条の規定に違反してされたものであって、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
第6 むすび
以上のとおり、本件訂正後の請求項1ないし4に係る発明についての特許は、その余につき検討するまでもなく、いずれも無効とすべきものである。
本件審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2011-800075