特許異議申立
2026-700216
刃物
- 審判番号
- 2026-700216
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2025-117887
- 登録番号
- 7738955
- 請求日
- 2026年03月12日
- 審決日
- 2026年09月01日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 維持
- 当事者
- 【権利者】株式会社ファインテック
- 【権利者代理人】南瀬 透
- 【権利者代理人】加藤 久
- 【異議申立人】松本 征二
- 審判長/審判官
- 審判長 本庄 亮太郎
- 審判官 青木 良憲
- 審判官 鈴木 貴雄
- 分類
- P1651.121-Y (B26D) / P1651.537-Y (B26D) / P1651.536-Y (B26D)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7738955号発明「刃物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7738955号の請求項1~4に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
1 特許掲載公報発行までの経緯
特許第7738955号(以下「本件特許」という。)の請求項1~4に係る特許についての出願は、令和7年7月14日にされた特許出願であって、令和7年9月5日に特許権の設定の登録がされ、同月16日に特許掲載公報が発行された。
2 特許異議の申立て以降の経緯
本件特許に対する特許異議の申立て以降の主な経緯は次のとおりである。
(1)令和8年3月12日
特許異議申立人 松本 征二(以下「申立人」という。)による、本件特許の請求項1~4に係る特許に対する特許異議の申立て(申立てのために提出された特許異議申立書を以下「補正前申立書」という。)
(2)同年4月6日
申立人による、補正前申立書の「3 申立ての理由」を補正対象とする手続補正書(方式)の提出(補正がされた特許異議申立書を以下単に「申立書」という。また本決定で申立書の参照箇所を示す際は、この手続補正書(方式)に添付された「3 申立ての理由」に付されたページ番号を用いて、例えば「申立理由〇ページ」と記載する。)
(3)同年5月26日(発送日:同月29日)
取消理由通知書による、本件特許の取消しの理由の通知(以下「取消理由通知」という。)
(4)同年7月27日
特許権者 株式会社ファインテック(以下単に「特許権者」という。)による、意見書(以下単に「意見書」という。)の提出
第2 本件発明
本件特許の請求項1~4に係る発明は、願書に添付した(すなわち、特許掲載公報の)請求項1~4に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(各発明を以下「本件発明1」等といい、総称して「本件発明」という場合がある。)。
「【請求項1】
基部と、先端に刃先を有する刃部とを備え、
前記刃部は、前記基部から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり、かつ、前記刃部の少なくとも一方の側面が、一以上の傾斜平面およびこれに連続する曲面から構成され、前記刃先から基部方向に2μmの位置が前記曲面上に位置する刃物であって、
前記刃部の前記刃先側に最も近い傾斜平面と、この傾斜平面に対向する側面とがなす角度をθ1とし、
前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線がなす角度をθ2としたとき、
10°≦θ1≦30°
4°≦θ2-θ1≦60°
であることを特徴とする刃物。
【請求項2】
基部と、先端に刃先を有する刃部とを備え、
前記刃部は、前記基部から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり、かつ、前記刃部の少なくとも一方の側面が、一以上の傾斜平面およびこれに連続する曲面から構成され、前記刃先から基部方向に2μmの位置が前記曲面上に位置する刃物であって、
前記刃部の前記刃先側に最も近い傾斜平面と、この傾斜平面に対向する側面とがなす角度をθ1とし、
前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線がなす角度をθ2としたとき、
10°≦θ1≦20°
4°≦θ2-θ1≦20°
であることを特徴とする刃物。
【請求項3】
基部と、先端に刃先を有する刃部とを備え、
前記刃部は、前記基部から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり、かつ、前記刃部の少なくとも一方の側面が、一以上の傾斜平面およびこれに連続する曲面から構成され、前記刃先から基部方向に2μmの位置が前記曲面上に位置する刃物であって、
前記刃部の前記刃先側に最も近い傾斜平面と、この傾斜平面に対向する側面とがなす角度をθ1とし、
前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線がなす角度をθ2としたとき、
20°≦θ1≦30°
20≦θ2-θ1≦60°
であることを特徴とする刃物。
【請求項4】
1.2≦θ2/θ1≦4.0である請求項1から3のいずれか1項に記載の刃物。」
第3 申立人が主張する申立ての理由の概要
1 申立書における申立ての理由について
本件特許の請求項1~4に係る特許に対する、申立人による申立ての理由は、概略、以下のとおりと整理することができる。
(1)申立ての理由1:進歩性欠如(特許法第29条第2項、同法第113条第2号)
・ 請求項1~4:甲第1号証に記載された発明(主引用発明)及び甲第2号証に記載された周知の事項に基づく進歩性欠如(申立理由8~23ページ)
(2)申立ての理由2:進歩性欠如(特許法第29条第2項、同法第113条第2号)
・ 請求項1~4:甲第3号証に記載された発明(主引用発明)並びに甲第2号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された周知の事項に基づく進歩性欠如(申立理由23~32ページ)
(3)申立ての理由3:明確性要件(特許法第36条第6項第2号、同法第113条第4号)
・ 請求項1~3に記載される「傾斜平面」及び「前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線」について(申立理由32~33ページ)
(4)申立ての理由4:サポート要件(特許法第36条第6項第1号、同法第113条第4号)
・ どのような工夫をして図4(a)で示す刃物1を作成したかが記載されておらず、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない(申立理由33ページ)。
(5)申立ての理由5:実施可能要件(特許法第36条第4項第1号、同法第113条第4号)
・ 本件発明に係る刃物(物の発明)について、発明の詳細な説明において当業者がその物を作るための製造方法が記載されていない。また、2μmは結晶粒径レベルのサイズであり、当該サイズに起因する凹凸が存在するため、「2接線」を引いてもいびつな形状となるため、実施することができない(申立理由33~34ページ)。
2 証拠方法
申立人による証拠方法は、書証として申立書に添付して提出された、次の甲第1号証~甲第5号証である。
甲第1号証:国際公開第2014/050884号
甲第2号証:「補間」「補間関数」、機械工学事典、社団法人日本機械学会、2007年1月20日、2刷、1234ページ
甲第3号証:国際公開第2014/050883号
甲第4号証:国際公開第2021/256280号
甲第5号証:国際公開第2021/256279号
(以下、「甲第1号証」等を「甲1」等という。)
第4 取消理由通知の概要
本件特許の請求項1~4に係る特許に対して、取消理由通知に記載した本件特許の取消理由は、概略、次のとおりである。
・ 取消理由:進歩性欠如
本件特許の請求項1~4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(甲号証に記載された発明)に基づいて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1~4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
1 甲1に記載された発明を主引用発明とした進歩性欠如
本件発明1~4:甲1、甲2及び甲4(以下「取消理由1」という。)
2 甲3に記載された発明を主引用発明とした進歩性欠如
本件発明1~4:甲3、甲2及び甲4(以下「取消理由2」という。)
第5 甲1~5に記載された事項、発明又は技術的事項
1 甲1に記載された発明
甲1に記載された事項を、本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の発明特定事項に合わせて整理すると、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
(括弧内に、甲1に記載された事項に対応する本件発明1の発明特定事項、又は、甲1の参照箇所を示す。)
「基部5(基部)と、先端に先端部17(刃先)を有する刃先部7(刃部)とを備え(段落[0026]、[0034]、[図1]~[図3])、
前記刃先部7(前記刃部)は、前記基部5(前記基部)から前記先端部17(前記刃先)に向けて厚みが漸次薄くなり(段落[0029]、[図3])、かつ、前記刃先部7(前記刃部)の少なくとも中心線21に対して左側の面(一方の側面、[図3]における中心線21に対して左側の面)が、直線13aに沿う左刃面9a(一以上の傾斜平面、段落[0029]~[0030]、[図3])及び(および)これに接続部15で連続する凸湾曲面を予め有している刃先先端11(曲面、段落[0029]、[0032]、[図3]~[図4])から構成され、前記先端部17(前記刃先)から基部5(基部)方向に接続部15までの左刃面9a側の最短距離Y1が2μm以上である(2μmの位置が前記曲面上に位置する、段落[0098][表1]の実施例の試料No.25~44、段落[0111][表2]の実施例の試料No.9~24)平刃状切断刃1(刃物)であって、
前記刃先部7(前記刃部)の左刃面9a(前記刃先側に最も近い傾斜平面)と、この左刃面9a(傾斜平面)に対向する右刃面9b(側面)とがなす刃先角度(角度)をθ(θ1)としたとき、
θ=10度(段落[0111][表2]の実施例9~24)又は30度(段落[0098][表1]の実施例25~44)(10°≦θ1≦30°)
である平刃状切断刃1(刃物)。」
2 甲2に記載された事項
甲2には次の事項が記載される。
(1)「補間」
「飛び飛びに与えられた点を連続的に接続する場合、適当な関数を選び、途中の点をその関数値として推定すること。この関数が直線を表す式の場合、直線補間、円を表す式の場合、円弧補間、放物線を表す場合、放物線補間という。」
(2)「補間関数」
「与えられた点以外関数値は補間によって求められる。補間に最もよく用いられるものが線形補間である。この場合補間関数は一次式である。そのほか、二次補間、三次補間、指数補間がよく用いられる。」
3 甲3に記載された発明
甲3に記載された事項を、本件発明1の発明特定事項に合わせて整理すると、甲3には、次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されているといえる。
(括弧内に、甲3に記載された事項に対応する本件発明1の発明特定事項、又は、甲3の参照箇所を示す。なお、甲3においては、符号11について「刃先先端11」又は「刃先先端部11」(段落[0030])と記載が混在しているが、「刃先先端11」に統一して以下記載する。)
「基部5(基部)と、先端に刃先([図3]において刃先先端11として図示される下に凸形状の太曲線の最下方位置)を有する刃先部7(刃部)とを備え(段落[0024]、[図1]~[図3])、
前記刃先部7(前記刃部)は、前記基部5(前記基部)から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり(段落[0027]、[図3])、かつ、前記刃先部7(前記刃部)の中心線21に対して左側の面及び右側の面(少なくとも一方の側面、[図3]における中心線21に対して左側及び右側の面)が、直線13a、13bにそれぞれ沿う左刃面9a、右刃面9b(一以上の傾斜平面、段落[0027]~[0028]、[図3])及び(および)これに接続部15で連続する凸湾曲面を予め有している刃先先端11(曲面、段落[0027]、[0030]、[図3]~[図4])から構成され、前記刃先から基部5(基部)方向の接続部15までの位置が前記刃先先端11(前記曲面)上に位置する(段落[0030])平刃状切断刃1(刃物)であって、
前記刃先部7(前記刃部)の左刃面9a(前記刃先側に最も近い傾斜平面)と、この左刃面9a(傾斜平面)に対向する右刃面9b(側面)とがなす刃先角度(角度)をθ(θ1)としたとき、
θ=10度(段落[0076][表1]の実施例の試料No.5~8、及び、段落[0086][表2]の実施例の試料No.21~24)又は30度(段落[0076][表1]の実施例の試料No.9~12)(10°≦θ1≦30°)
である平刃状切断刃1(刃物)。」
4 甲4に記載された技術的事項
(1)甲4の段落[0025]、[0030]の記載及び[図1]の図示内容から、甲4には、次の技術的事項(以下「甲4記載の技術的事項1」という。)が記載されているといえる。
「平刃状切断刃において、縦断面において刃先121tに近づくにつれて刃部120の幅が細くなるように外形が曲線形状とされることが好ましく、曲線形状は、単一の曲率半径を有するものであってもよく、複数の曲率半径を有する、いわゆる複合R形状であってもよいこと。」
(2)また、甲4の段落[0019]~[0021]、[0025]、[0030]の記載及び[図1]の図示内容から、甲4には、次の技術的事項(以下「甲4記載の技術的事項2」という。)が記載されているといえる。
「切断刃1において、縦断面において刃先121tに近づくにつれて刃部120の幅が細くなるように外形が曲線形状とされることが好ましく、刃先121tの欠け(チッピング)を防止するために、刃先121tを含む刃部120の特定の点を通る二次関数に着目すること。」
5 甲5に記載された技術的事項
甲5の段落[0038]~[0039]の記載及び[図4]の図示内容から、甲5には、次の技術的事項(以下「甲5記載の技術的事項」という。)が記載されているといえる。
「基部110に近い部分では外表面121sは直線形状であるが、刃先121tに近づくにつれて曲線形状となり、かつ曲率半径が小さくなる切断刃1において、刃先121tの曲率半径は単一であってもよく、刃先121tの曲率半径は複数存在して、いわゆる複合R形状とされていてもよいこと。」
第6 甲1発明を主引用発明とした進歩性欠如について
取消理由1(上記第4の1)及び申立ての理由1(上記第3の1(1))について、特許権者による意見書での主張を踏まえて、以下判断する(特に下記1(2)ウを参照。)。
1 本件発明1について
(1)本件発明1と甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比すると、次のアの一致点で一致し、次のイの相違点1で相違する。
ア 一致点
「基部と、先端に刃先を有する刃部とを備え、
前記刃部は、前記基部から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり、かつ、前記刃部の少なくとも一方の側面が、一以上の傾斜平面およびこれに連続する曲面から構成され、前記刃先から基部方向に2μmの位置が前記曲面上に位置する刃物であって、
前記刃部の前記刃先側に最も近い傾斜平面と、この傾斜平面に対向する側面とがなす角度をθ1としたとき、
10°≦θ1≦30°
である刃物。」
イ 相違点1
本件発明1においては、「前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線がなす角度をθ2としたとき、
4°≦θ2-θ1≦60°
である」のに対し、
甲1発明においては、角度θ2がどの程度であるのか、不明である点。
(2)相違点1に対する当審の判断
ア 甲1発明の認定において参照した、刃先角度θ(本件発明1のθ1に相当)が30度の段落[0098][表1]の実施例の試料No.25~44、及び、刃先角度θが10度の段落[0111][表2]の実施例の試料No.9~24について、刃先(先端部17)から基部(基部5)方向に2μmの位置で、刃部(刃先部7)の両側面に刃渡り方向(甲1の図2の左右方向)と直交する平面上(図3の面)でそれぞれ接する2接線がなす角度θ2がどの程度の値であるのか、明示的な記載はない。
イ 一方、取消理由通知では、相違点1に関して、次のように判断した。
(ア)次の(a)~(c)を踏まえれば、甲1発明における刃先先端11の形状を二次関数で補間して数式化して具現化することで、刃先の各位置における形状を設計し、当該数式化した形状に加工しようと試みることは、当業者であれば適宜なし得たことである。
(a)刃物一般において、刃先から基部に向けての形状を、緩やかにカーブした蛤形状とすることは、刃物の強度と切れ味のバランスを取る目的で、日本刀や包丁などに用いられているように、慣用技術であったこと(本件明細書の段落【0005】)。
(b)甲4記載の技術的事項2(上記第5の4(2))として示されるように、刃先の緩やかにカーブした形状を最適化することで、欠け(チッピング)を防止するために、刃先の形状として二次関数に着目することが、当業者の通常の創作能力の範ちゅうであったこと。
(c)甲2に記載された事項(上記第5の2)として示されるように、飛び飛びに与えられた点を連続的に接続する場合の補間として、円弧補間や二次補間(放物線補間)、指数補間等が一般的によく知られていること。
(イ)上記(ア)を踏まえた甲1発明の刃先先端11の二次曲線は、次の条件(a)~(c):
(a)先端部17を通ること。
(b)接続部15を通ること。
(c)接続部15で二次曲線の接線と直線13a又は直線13bの傾きが等しくなること(段落[0032])。
を満たすと仮定したうえで、刃先先端11の二次曲線をx-y座標系での二次関数として設定し、角度θ2の値を算出したところ、甲1発明の認定に参照した試料のうち、試料No.37~39、及び、試料No.17~20は、それぞれ、次の数値で構成されると推認した。
[図:0001439237000001.jpg]
(ウ)上記(イ)の試料No.37~39、及び、試料No.17~20のθ2-θの値は、本件発明1にて特定される、4°以上60°以下の数値範囲のものであるから、甲1発明において、甲2に記載された事項、及び、甲4記載の技術的事項2を参照することで、上記相違点1に係る本件発明1のように構成することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。
ウ 取消理由通知に対する特許権者からの意見書を踏まえた合議体の判断を、以下詳述する。
(ア)甲1には、刃先先端11について図3に図示があるにとどまり、発明の詳細な説明においても刃先先端11の形状を特定する記載は存在しないものの、取消理由通知では、上記イ(ア)(a)~(c)を根拠として、甲1発明の刃先先端11の形状を二次曲線とすることは容易であると判断した。
(イ)しかし、上記イ(ア)(a)のとおり、刃物一般において、刃先から基部に向けての形状を、緩やかにカーブした蛤形状とすることがよく知られていたとしても、当該形状が二次曲線を有すると断定することはできない。
(ウ)また、上記イ(ア)(b)に甲4記載の技術的事項2として示したように、刃先の形状として二次関数に着目することが当業者にとって一般的であったとしても、同文献(甲4)には、甲4記載の技術的事項1として、単一の曲率半径を有するものであってもよく、複数の曲率半径を有する、いわゆる複合R形状であってもよいことが併せて示されるように、接続部15から先端部17までの曲面を1つの二次曲線として近似されることまでを示唆するものであるともいえない。しかも、甲1の段落[0081]及び図4には、接続部15が点ではなく、刃面9aと刃先先端11とを結ぶ曲線を有することが示されており、甲1発明において甲4記載の技術的事項2を参考としたとしても、接続部15の上端の刃面9aとの接続点から、接続部15及び刃先先端11が1つの二次曲線として形成されると仮定することの十分な裏付けもない(1つの曲線で表せるならば、接続部15は点として説明がされるはずである、と解される。)。
(エ)さらに、上記イ(ア)(c)に甲2に記載された事項として示した点は、刃物の形状について記載されたものでなく、甲2に記載された事項のみをもって、甲1発明の刃先先端11の形状を、円弧補間や二次補間(放物線補間)、指数補間等で補間可能であると解釈することには、論理の飛躍があるといわざるを得ない。
(オ)してみると、甲1発明において、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項2を参考としたとしても、上記相違点1に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到し得たということはできない。
エ また、申立人は申立書において、甲1発明の刃先先端11の形状として甲2に記載された事項を参考として、二次関数のほか、指数関数を採用した場合のθ2の値に基づく主張もしている。
しかしながら、上記ウ(エ)のとおりであるから、甲1発明及び甲2に記載された事項に基づいて、上記相違点1に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到し得たということはできない。
(3)小括
したがって、本件発明1は、甲1発明、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項1~2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
2 本件発明2~4について
本件発明2~3は、本件発明1のθ1及びθ2-θ1の数値範囲をそれぞれ狭めたものであるから、上記1のとおり、本件発明1が甲1発明、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項1~2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件発明2~3についても同様に、甲1発明、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項1~2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
また、本件発明4は、請求項1~3の記載を引用するものであるから、本件発明1~3と同様に、甲1発明、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項1~2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
第7 甲3発明を主引用発明とした進歩性欠如について
取消理由2(上記第4の2)及び申立ての理由2(上記第3の1(2))について、特許権者による意見書での主張を踏まえて、以下判断する(特に下記1(2)ウを参照。)。
1 本件発明1について
(1)本件発明1と甲3発明との対比
本件発明1と甲3発明とを対比すると、次のアの一致点で一致し、次のイの相違点2で相違する。
ア 一致点
「基部と、先端に刃先を有する刃部とを備え、
前記刃部は、前記基部から前記刃先に向けて厚みが漸次薄くなり、かつ、前記刃部の少なくとも一方の側面が、一以上の傾斜平面およびこれに連続する曲面から構成され、前記刃先から基部方向の所定の位置が前記曲面上に位置する刃物であって、
前記刃部の前記刃先側に最も近い傾斜平面と、この傾斜平面に対向する側面とがなす角度をθ1としたとき、
10°≦θ1≦30°
である刃物。」
イ 相違点2
本件発明1においては、「前記刃先から基部方向に2μmの位置が前記曲面上に位置」し、「前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線がなす角度をθ2としたとき、
4°≦θ2-θ1≦60°
である」のに対し、
甲3発明においては、刃先から基部5(基部)方向の接続部15までの位置が刃先先端11(曲面)上に位置するものの、当該接続部15が刃先から基部5方向に2μmより離れているか不明であり、また、離れている場合に、角度θ2がどの程度の値であるのか、不明である点。
(2)判断
ア 甲3発明の認定において参照した、刃先角度θ(本件発明1のθ1に相当)が10度の段落[0076][表1]の実施例の試料No.5~8、及び、段落[0086][表2]の実施例の試料No.21~24、及び、刃先角度θが30度の段落[0076][表1]の実施例の試料No.9~12について、刃先から基部(基部5)方向に2μmの位置が、刃先先端11(曲面)上に位置するのか、また、位置する場合に、刃部(刃先部7)の両側面に刃渡り方向(甲3の図2の左右方向)と直交する平面上(図3の面)でそれぞれ接する2接線がなす角度θ2がどの程度の値であるのか、明示的な記載はない。
イ 一方、取消理由通知では、相違点2に関して、上記第6の1(2)イと同様に、甲3発明における刃先先端11の形状を二次関数で補間した形状に加工しようと試みることは、当業者であれば適宜なし得たことであるとの前提で、甲3発明の刃先先端11の二次曲線は、次の条件(a)~(c):
(a)刃先(原点)を通ること。
(b)接続部15を通ること。
(c)接続部15で二次曲線の接線と直線13a又は直線13bの傾きが等しくなること(段落[0030])。
を満たすと仮定し、刃先先端11の二次曲線をx-y座標系での二次関数として設定し、刃先から基部5方向の接続部15までの長さ、及び、角度θ2の値を算出したところ、甲3発明の認定に参照した試料のうち、試料No.7~8、12、及び、23~24は、それぞれ、次の数値で構成されると推認した。
[図:0001439237000002.jpg]
そして、試料No.7~8、12、及び、23~24の、刃先から基部5方向の接続部15までの長さは、本件発明1にて特定される2μm以上であり、θ2-θの値は、本件発明1にて特定される、4°以上60°以下の数値範囲のものであるから、甲3発明において、甲2に記載された事項、及び、甲4記載の技術的事項2を参照することで、上記相違点2に係る本件発明1のように構成することは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。
ウ 取消理由通知に対する特許権者からの意見書を踏まえた合議体の判断は、上記第6の1(2)ウと同様である。すなわち、
(ア)甲3には、刃先先端11について図3に図示があるにとどまり、発明の詳細な説明においても刃先先端11の形状を特定する記載は存在しないものの、取消理由通知では、上記第6の1(2)イ(ア)(a)~(c)を根拠として、甲3発明の刃先先端11の形状を二次曲面とすることは容易であると判断した。しかしながら、上記第6の1(2)イ(ア)(a)~(c)を根拠として、甲3発明において、甲2に記載された事項及び甲4記載の技術的事項2を参考としたとしても、上記相違点2に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到し得たということはできないことは、上記第6の1(2)ウで検討したとおりである。
エ また、申立人は申立書において、甲3発明の刃先先端11の形状として甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1及び甲5記載の技術的事項を参考として、二次関数のほか、円弧を採用した場合のθ2の値に基づく主張もしているが、上記第6の1(2)エと同様に、甲3発明、並びに、甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1及び甲5記載の技術的事項に基づいて、上記相違点2に係る本件発明1の構成を当業者が容易に想到し得たということはできない。
(3)小括
したがって、本件発明1は、甲3発明、甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1~2、及び、甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
2 本件発明2~4について
本件発明2~3は、本件発明1のθ1及びθ2-θ1の数値範囲をそれぞれ狭めたものであるから、上記1のとおり、本件発明1が甲3発明、甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1~2及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件発明2~3についても同様に、甲3発明、甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1~2及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
また、本件発明4は、請求項1~3の記載を引用するものであるから、本件発明1~3と同様に、甲3発明、甲2に記載された事項、甲4記載の技術的事項1~2及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。
第8 取消理由通知にて採用しなかった申立ての理由について
申立人の申立書による申立ての理由(上記第3)のうち、取消理由通知にて採用しなかった理由について、以下判断を示す。
1 申立ての理由3(明確性要件)
(1)申立人の主張(申立理由32~33ページ)
請求項1~3に記載される「傾斜平面」の特定方法に関し、本件明細書の段落【0052】によれば、「電子顕微鏡VE-8000」にて観察した旨記載されるが、存在しない品番である。また、平面かどうかを決定するためのパラメータの記載がない。さらに、「前記刃先から基部方向に2μmの位置で前記刃部の両側面に刃渡り方向と直交する平面上でそれぞれ接する2接線」に関しても「傾斜平面」と同様に不明確であるとともに、2μmは有効数字を勘案すると1.5μm以上2.5μm未満であるため、どの位置において接線を形成すべきかが明確でない。
(2)当審の判断
意見書によれば、電子顕微鏡の正しい品番は「VE-8800」であるとのことである。そして、当該品番の誤記により、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに本件発明が不明確になるとまでいうことはできない。
また、「平面」か否かを示すパラメータについては、JIS規格(例えばJIS B 0684)など、当業者により通常認識される手段により特定されるものである。
さらに、本件明細書の段落【0006】~【0007】には、本件発明が着目する領域については「刃先から2μm前後」と記載する一方、段落【0013】の接線角度θ2の定義については「刃先から基部方向に2μmの位置」で刃部の両側面にそれぞれ接する2接線がなす角度であると記載しており、「2μm前後」と「2μmの位置」とで用語を使い分けている。このような記載に加え、図4(c)の図示内容も考慮すれば、請求項1~3に記載された「2μm」は、測定結果を有効数字一桁に丸めて特定したものではなく、接線角度θ2を求めるための基準位置を範囲を有することなく1点で特定する数値であると理解される。
したがって、請求項1~3の記載は、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として判断すれば、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとまでいうことはできず、本件発明は、明確であるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たすものである。
2 申立ての理由4(サポート要件)
(1)申立人の主張(申立理由33ページ)
本件明細書の段落【0043】には、図4(a)で示す刃物1を製作し、評価した旨が記載されるが、当該刃物1をどのような工夫により作成したのかその製造方法が記載されておらず、課題を解決するための手段が反映されているとはいえず、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない(申立理由33ページ)。
(2)当審の判断
申立人の上記(1)の主張は、発明の詳細な説明に、刃物1をどのような工夫のもとで製造するのかの記載がない、というものであるから、特許請求の範囲に記載された事項により特定される本件発明1~4が、発明の詳細な説明に記載した事項の範囲内か否かを要件とするサポート要件違反の主張というよりは、実施可能要件違反の主張であると解される(当該主張については下記3において検討する。)。
また、課題を解決するための手段として、本件発明には、θ1及びθ2-θ1の具体的な数値範囲が特定されており、発明の詳細な説明に、他の解決手段が記載されているともいうことはできない。
したがって、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された事項の範囲内であるといえるから、本件発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである。
3 申立ての理由5(実施可能要件)
(1)申立人の主張(申立理由33~34ページ)
本件発明に係る刃物(物の発明)について、発明の詳細な説明において当業者がその物を作るための製造方法が記載されていない。また、2μmは結晶粒径レベルのサイズであり、当該サイズに起因する凹凸が存在するため、「2接線」を引いてもいびつな形状となるため、実施することができない。
(2)当審の判断
物の発明について実施をすることができるというためには、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者が、過度の試行錯誤を要することなく、当該物を製造し、かつ、使用することができる必要がある。
ここで、本件明細書には、刃先形状をμm単位で形成することが従来技術であること(段落【0005】)に加え、刃物の材質(段落【0028】)及び刃部の形状(段落【0031】)が記載されるとともに、刃先の断面形状を電子顕微鏡によって観察すること、及び当該断面形状に基づいてθ1及びθ2を求めること(段落【0044】)が記載されている。
そうすると、当業者であれば、本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本件発明において特定される数値範囲を満たす刃物を、過度の試行錯誤を要することなく製造することができるといえる。
また、本件明細書の段落【0028】によると、WCの粒径としては0.1μm~2.5μmが望ましいところ、この粒径が刃先から2μmの位置と同程度であり得るとしても、研磨等により滑らかな表面になると解され、電子顕微鏡によって断面形状を観察できるのであるから、刃部の形状を把握し、刃先から基部方向に2μmの位置における接線を定めることができるものと認められる。乙第1号証に示された刃先断面の電子顕微鏡写真も、刃部の形状を把握し得ることを裏付けるものといえる。したがって、結晶粒に起因する微細な凹凸が存在し得ることのみをもって、2接線を定めてθ2を求めることができないとはいえない。
「乙第1号証(特許権者の製品に係る刃物の刃先断面の一部を電子顕微鏡により撮影した写真)
[図:0001439237000003.jpg]
」
したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、当該記載及び出願当時の技術常識に基づいて、当業者が本件発明を過度の試行錯誤を要することなく実施することができる程度に記載されたものであるといえるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすものである。
第9 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1~4に係る特許は、当審から通知した取消理由、及び、特許異議申立書における申立ての理由によっては取り消すことはできない。また、他に本件特許の請求項1~4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2026-700216