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特許拒絶査定不服審判

2025-004346

抗除菌溶液および抗除菌部材並びに抗除菌方法

審判番号
2025-004346
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2024-508753外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2025年03月19日
審決日
2026年04月17日
公報発行日
2026年07月31日
結論
請求不成立
当事者
審判長/審判官
分類
P18 .536-WZ (A01N)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法36条4項1号
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第36条第4項第1号、特許法第36条、特許法第2条第3項第3号
データ出所
審決公報(XML)

事件の表示

特願2024-508753「抗除菌溶液および抗除菌部材並びに抗除菌方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 7年 5月 8日国際公開、WO2025/094321〕について、次のとおり審決する。

結論

結 論 本件審判の請求は、成り立たない。

理由

理 由 第1 手続の経緯 本願は、2023年(令和5年)11月1日を国際出願日とする出願であって、出願後の主な手続の経緯は次のとおりである。 令和6年 2月15日 手続補正書の提出 同年 4月 5日付け 拒絶理由通知 同年 6月 3日 意見書及び手続補正書の提出 同年 9月 3日付け 拒絶理由通知 同年10月11日 意見書及び手続補正書の提出 令和7年 1月 7日付け 拒絶査定 同年 3月19日 審判請求書及び手続補正書の提出 令和8年 1月 6日付け 拒絶理由通知(当審) 同年 3月 6日 意見書及び手続補正書の提出 第2 本願発明について 本願の特許請求の範囲の請求項1~9に係る発明は、令和8年3月6日に提出された手続補正書による補正により補正された特許請求の範囲の請求項1~9に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 亜鉛を含む亜鉛微粒子と、該亜鉛よりもイオン化傾向の小さい小イオン化傾向金属を含む小イオン化傾向金属微粒子とが水中に分散して含有されているゾル溶液であり、かつ照明器具が発生した照明光が照射される照射面に塗布されることによって、該照明光に応じた抗除菌作用を発揮する抗除菌層を前記照射面に形成し得る抗除菌溶液であって、 前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電して、その帯電状態にある前記抗除菌層の表面に前記照明光としての特殊照明光が照射されたときに該特殊照明光の照射によって前記抗除菌層の静電エネルギが上昇して、前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され、該放出される電子から生成されるヒドロキシルラジカルにより、前記照明光に応じた抗除菌作用であって、前記抗除菌層の周囲に浮遊している細菌等微物に及ぶ空間抗除菌作用が発揮され、前記特殊照明光は、可視光の波長範囲に対応する可視光領域のうちの波長が450nm以下で紫外線に近い第1の領域の波長および波長が700nm以上で赤外線に近い第2の領域の波長を有し、前記可視光領域のうちの前記第1の領域および前記第2の領域以外の領域である中間領域すべての範囲の相対強度よりも大きい相対強度を有する近紫ピーク領域が前記第1の領域に含まれ、かつ前記中間領域のいずれかの相対強度よりも大きい相対強度を有する近赤ピーク領域が前記第2の領域に含まれている抗除菌溶液。」 第3 当審合議体が通知した拒絶理由 令和8年1月6日付け拒絶理由通知書において当審合議体が通知した拒絶理由のうち、「理由2」の概要は、次のとおりである(「・・・」は、摘記の省略を表す。) 「理由2(実施可能要件) この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条4項第1号に規定する要件を満たしていない。 ・・・ 記 ・・・ 2 理由2(実施可能要件)について ・請求項1~11 」 そして、上記拒絶理由通知書では、上記「理由2」について、概略、以下の(1)、(5)、(6)及び(7)の事項について、当業者が、その実施をできるように、明確かつ十分に記載されているとは認められない点を指摘している(ここでいう「請求項1~11」とは、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1~11及びそれら各請求項に係る発明のことである。)。 (1)請求項1及び6における「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電して」との事項について ・請求項1、4~6、9 (5)請求項1等における「その帯電状態にある前記抗除菌層の表面に前記照明光としての特殊照明光が照射されたときに該特殊照明光の照射によって前記抗除菌層の静電エネルギが上昇して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」との事項について ・請求項1~11 (6)「放出される電子から生成されるヒドロキシルラジカルによって前記照明光に応じた抗除菌作用」について ・請求項1~11 (7)「特殊照明光」について ・請求項1~11 第4 当審合議体の判断 当審合議体は、上記第3に示した拒絶理由の「理由2」のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと判断する。 その理由は、以下のとおりである。 1 判断の前提 特許法第36条第4項第1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと定めるところ(いわゆる「実施可能要件」)、この規定にいう「実施」とは、物を生産する方法の発明においては、その方法の使用をする行為を含むものであるから(特許法第2条第3項第3号)、物を生産する方法の発明についての実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、出願時の技術常識に照らし、その記載に基づいて、当業者が、その物を生産することができることができる程度のものでなければならない。 以上のことを前提として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本願発明について実施可能要件を満たすか否か、以下、検討する。 2 本願明細書の記載事項 摘記a: 「【発明を実施するための形態】 【0023】 以下、本発明の実施の形態について図面を参照しつつ説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。 【0024】 本発明の実施の形態に係る抗除菌部材10について、図1~図2を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る抗除菌部材10の斜視図である。図2は、図1の2-2線断面図(要部を拡大した断面図)である。 【0025】 抗除菌部材10は、平面視矩形状の板状(パネル状)部材であって、ベース板部17と、抗除菌層20とを有している。抗除菌部材10は、例えば、室内の天井や、床面や壁面に張り付ける等して使用される。ベース板部17は、ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂を用いて形成されている。ベース板部17は、金属や木材等の他の部材を用いて形成されてもよい。ベース板部17の片側の表面が照射面17aとして用いられる。その照射面17aには、後述する照明光が照射される。また、後述する抗除菌溶液20Aが照射面17aに塗布されている。それによって、抗除菌層20が照射面17aに形成されている。 【0026】 (抗除菌層) 抗除菌層20は、多種金属分散液を用いて形成されている。図2に示すように、その多種金属分散液には、亜鉛微粒子21と、亜鉛よりもイオン化傾向の小さい金属(小イオン化傾向金属)とが分散して含有され、水溶性高分子が含有されている。多種金属分散液が抗除菌溶液20Aに相当する。本実施の形態では、小イオン化傾向金属として、銅と銀が用いられている。抗除菌溶液20Aには、銅と、銀のそれぞれに対応するように、銅微粒子26と、銀ナノ粒子30とが含有されている。そのほか、抗除菌溶液20Aには、後述する添加金属の微粒子(本実施の形態では、後述するバナジウム微粒子40)が含有されている。抗除菌溶液20A(多種金属分散液)は、ゾル溶液であって、水溶液系、溶剤系のどちらでもよいが、水溶液系が好ましい。 【0027】 銀ナノ粒子30は、ナノサイズ(粒子径は約2~30nm程度)の大きさを有する銀の微粒子である(図2において、ドット表示が銀ナノ粒子30を示している)。銀ナノ粒子30は、多種金属分散液の中で銀又は銀イオンとなって含有されている。多種金属分散液に可視光が照射されて電荷分離が誘起されると、銀ナノ粒子30が酸化されて銀イオン(Ag+)が生成される。そのための波長は、主に400nm~450nm程度(好ましくは405nm、450nm)の可視光である。その銀イオンは、ごく微量で極めて強い殺菌作用があり、レジオネラ菌、大腸菌、ブドウ球菌、一般細菌、MRSA、ヘルペスウィルス、赤痢菌、緑膿菌、ポリオウィルス、ロタウィルスなどほとんどの菌に対して有効であることが知られている。銀イオンは、細菌を呼吸できなくさせ、ウィルスについてはenvelope表面を不活性化させて死滅させることで、殺菌、抗除菌作用が発揮される。 【0028】 添加金属は、亜鉛、銅および銀とは異なる別金属(本実施の形態では、バナジウム(V))である。抗除菌溶液20Aには、その添加金属からなる微粒子(例えば、バナジウム微粒子40)または別金属のイオン、別金属の化合物の微粒子またはイオンが含有されている。 【0029】 (抗除菌部材の製造方法) 次に、抗除菌部材10を製造する方法について説明する。抗除菌部材10が製造されるときは、まず、ベース板部17が準備される。その後、抗除菌層形成工程が実行される。 【0030】 抗除菌層形成工程では、抗除菌溶液20Aがベース板部17の照射面17aに塗布される。抗除菌溶液20Aは、前述したように、亜鉛微粒子21と、銅微粒子26と、銀ナノ粒子30と、添加金属40とが分散して含有されているゾル溶液(前述の多種金属分散液)である。この抗除菌溶液20Aが刷毛塗り、スプレーコートなどの方法でベース板部17の照射面17aに塗布される。すると、その抗除菌溶液20Aの塗膜が照射面17aに形成される。その後、ベース板部17が放置されると、塗膜に含まれていた水分が蒸発して固化し、その塗膜が照射面17aに定着する。その定着された塗膜が抗除菌層20となることで、抗除菌部材10が製造される。」 摘記b: 「【0031】 (抗除菌部材10、抗除菌溶液20Aの作用効果) 抗除菌部材10は、例えば、事務所、学校、工場、住宅等の室内において、天井、壁、床等を構成する既存の部材に張り付ける等して取り付けられる。例えば、抗除菌部材10は、図9に示す事務所60に設置して使用される。事務所60は、天井61,壁62,床63を有している。事務所60は、天井61、壁62、床63に囲まれた室内空間64を有している。事務所60において、抗除菌層20が室内空間64を向くように、抗除菌部材10が天井61に張り付けて固定されている。その抗除菌部材10に照明器具としてのLEDベースライト71が取り付けられている。また、壁62には、抗除菌溶液20Aが刷毛塗り、スプレーコートなどの方法で塗布されたことによって、抗除菌層20が形成されている。 【0032】 LEDベースライト71は、ライト本体72と、ライトバー73とを有している。ライトバー73の内側に高演色LEDモジュール75が収容されている。高演色LEDモジュール75は、図示しないLED素子が発光することによって、演色性の高い白色光(平均演色評価数Ra:90~95程度で、本実施の形態において、LED光ともいう)VLを出力する。LED光VLは、波長が380nmから780nmまでの可視光領域を含む広範囲の連続的な発光スペクトルを有している。 【0033】 その高演色LEDモジュール75の発光スペクトル(LED光VLの発光スペクトル)一例が図13に示されている。図13では、横軸が波長(nm)、縦軸が相対強度である。図13に示すように、LED光VLには、近紫ピーク領域R1,R2および近赤ピーク領域R3が含まれている。LED光VLは、本発明における照明光に相当し、後述する特殊照明光にも相当する。 【0034】 近紫ピーク領域R1、R2は、可視光領域(波長が380nmから780nmまでの領域)のうちの紫外線(波長が380nmよりも小さい電磁波)に近い領域(本発明における第1の領域に相当し、波長が380nmから450nm)に相当している。近紫ピーク領域R1には、405nmのピーク波長(相対強度は1.0)が含まれている。近紫ピーク領域R2には、445nmのピーク波長(相対強度は0.68)が含まれている。 【0035】 近赤ピーク領域R3は、可視光領域のうちの赤外線(波長が780nmよりも大きい電磁波)に近い領域(本発明における第2の領域に相当し、波長が700nmから780nm)に相当している。近赤ピーク領域R3には、735nmのピーク波長が含まれている。なお、可視光領域のうちの第1の領域および第2の領域以外の領域(波長が450nmよりも大きくて700nm未満の領域)が本発明における中間領域に相当する。 【0036】 そして、図13に示すように、中間領域に含まれる可視光(以下「中間領域光」ともいう)に関しては、その相対強度の最大値が0.5程度である。そのため、中間領域光すべてについて、相対強度が0.5以下である。これに対し、近紫ピーク領域R1、R2に含まれる可視光(以下「近紫ピーク光」ともいう)に関しては、その相対強度の最大値はそれぞれピーク波長(405nm)の1.0、ピーク波長(445nm)の0.68である。したがって、近紫ピーク光は、中間領域すべての範囲の相対強度よりも大きい相対強度を有する。 【0037】 また、中間領域光に関して、相対強度の最小値は、波長が699nmの0.24である。近赤ピーク領域R3に含まれる可視光(以下「近赤ピーク光」ともいう)に関し、相対強度の最大値はピーク波長(735nm)の0.42である。したがって、近赤ピーク光は、中間領域のいずれかの相対強度よりも大きい相対強度を有する。 【0038】 一方、図9に示すように、事務所60では、LEDベースライト71が発生したLED光VLが室内空間64に向けて照射される。また、そのLED光VLは、天井61、壁62、床63にも照射される。そのため、事務所60において、天井61、壁62,床63は、本発明における照射面に相当する。また前述したように、天井61の抗除菌部材10には、抗除菌層20が形成されている。 【0039】 そして、LEDベースライト71の電源スイッチが投入されると、図示しない商用電源から電力が供給され、LEDベースライト71が点灯する。すると、LEDベースライト71からLED光VLが発生し、そのLED光VLが室内空間64に向けて照射される。また、LED光VLは、天井61の抗除菌部材10、壁62、床63にも照射される。抗除菌部材10、壁62には、それぞれ抗除菌層20が形成されているので、LED光VLがそのそれぞれの抗除菌層20に照射される。」 摘記c: 「【0040】 抗除菌層20には、亜鉛微粒子21と銅微粒子26とが分散していて、それぞれのイオン(亜鉛イオン(Zn2+)22、銅イオン(Cu2+)23)が生成されている(図3参照)。 【0041】 そして、抗除菌層20において、酸化還元反応が発生する。その酸化還元反応には、亜鉛微粒子21の亜鉛(Zn)、亜鉛イオン(Zn2+)22と、銅微粒子26の銅(Cu)、銅イオン(Cu2+)23とによる電子の授受が含まれる。このとき、亜鉛微粒子21を構成する亜鉛(Zn)の酸化反応によって、亜鉛(Zn)が亜鉛イオン(Zn2+)22に変化して電子(2e-)34が放出される。また、銅イオン(Cu2+)23の還元反応によって、銅イオン(Cu2+)23が電子(2e-)34を獲得して銅(Cu)に変化する。 【0042】 一般に、異なる金属M1、M2が溶液中で電子の授受を行い置換する反応、すなわち、M1+M2+→M1++M2(反応a)と、M1++M2→M1+M2+(反応b)について、次のように考えられる。 【0043】 反応a、反応bのうち、どちらが優勢になるのかは、溶液中の金属の種類や金属微粒子の濃度、溶媒の種類、溶液中における置換に関係するイオンの濃度などで異なるが、最も大きく影響するのはイオン化傾向である。 【0044】 すると、抗除菌層20の場合、上記の酸化還元反応に関わる亜鉛(Zn)、銅(Cu)では、亜鉛のイオン化傾向よりも銅のイオン化傾向が小さい。銅は、亜鉛よりもイオンに変化しにくいので、亜鉛(Zn)が電離してイオンに変化しやすい。反対に、亜鉛イオン(Zn2+)22よりも銅イオン(Cu2+)23が金属(Cu)に変化しやすい。抗除菌層20では、溶媒の種類や各金属微粒子、イオンの濃度などが調整され、亜鉛(Zn)の酸化反応が銅の還元反応よりも優勢である。それゆえ、亜鉛の酸化反応で放出される電子(2e-)34が増加する傾向で、上記の酸化還元反応(本発明における第1の酸化還元反応)が進行する。この場合、銅(Cu)が本発明における第1の金属に相当する。 【0045】 また、抗除菌層20には、亜鉛微粒子21および銅微粒子26とともに銀ナノ粒子30が分散しており、亜鉛イオン(Zn2+)22のほか、銀イオン(Ag+)31が生成されている(図4参照)。そのため、上記の酸化還元反応(第1の酸化還元反応)に加えて、別の酸化還元反応が発生する。その酸化還元反応には、亜鉛微粒子21の亜鉛(Zn)、亜鉛イオン(Zn2+)22と、銀ナノ粒子30の銀(Ag)、銀イオン(Ag+)31とによる電子の授受が含まれる。このとき、亜鉛(Zn)の酸化反応によって、亜鉛(Zn)が亜鉛イオン(Zn2+)22に変化して電子(2e-)34が放出される。また、銀イオン(Ag+)31の還元反応によって、銀イオン(2Ag+)31が電子(2e-)34を獲得して銀(Ag)に変化する。 【0046】 この場合も、亜鉛のイオン化傾向よりも銀のイオン化傾向が小さく、亜鉛(Zn)の酸化反応が銀の還元反応よりも優勢である。そのため、前述の第1の酸化還元反応と同様に、亜鉛の酸化反応で放出される電子(2e-)34が増加する傾向で、上記の酸化還元反応(本発明における第2の酸化還元反応)が進行する。この場合、銀が本発明における第2の金属に相当する。 【0047】 さらに、抗除菌層20には、バナジウム微粒子40が含有されているため、バナジウムによる酸化還元反応が発生する。このとき、図5(a)に示すように、バナジウムによる酸化反応により、バナジウムイオン(V2+)40aがバナジウムイオン(V3+)40bに変化して電子(e-)34が放出される。また、還元反応によって、バナジウムイオン(V3+)40bが電子(e-)34を獲得してバナジウムイオン(V2+)40aに変化する。この場合の酸化還元反応は、バナジウムイオンによる電子の授受になるので、イオン化傾向の違いに起因する優劣なしに酸化還元反応が進行する。そのため、バナジウムによる酸化還元反応は、電子(e-)の増減を伴わないものと考えられる。 【0048】 以上のように、抗除菌層20では、上記の第1、第2の酸化還元反応が電子(e-)34の増加傾向で進行する。そのため、抗除菌層20は、電子が余剰気味な状態(電子余剰状態ともいう)である。その抗除菌層20が形成されているベース板部17は、ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂を用いて形成されているから、その表面(照射面17a)が静電気を帯びて負(マイナス)に帯電しやすい。そうすると、図7に示すように、抗除菌層20において、一方の表面(照射面17aに接する表面で内表面ともいう)20aが正(プラス)に帯電する(帯電35が発生する)。また、余剰気味の電子34が抗除菌層20の他方の表面(照射面17aに接していない表面で外表面ともいう)20bに集まり、それ故、外表面20bが負(マイナス)に帯電する。」 摘記d: 「【0049】 そして、特殊照明光であるLED光VLがこのような帯電状態の抗除菌層20に照射されると、外表面20b付近の電子34がLED光VLの照射によって抗除菌層20から空気中に放出される。これは、LED光VLに近紫ピーク光101aと、近赤ピーク光101bが含まれていることに起因している。図8(a)、(b)には、それぞれ、抗除菌層20に近紫ピーク光101aと、近赤ピーク光101bが照射されて、電子34が放出されている状態が模式的に示されている。 【0050】 近紫ピーク光101aは、波長が中間領域光よりも短く、紫外線に近い波長を有するため、紫外線に近いエネルギ(光子エネルギ)を有する。近紫ピーク光101aの場合、ピーク波長が405nmなので、光子エネルギは約3.06[ev]である。中間領域光の場合、例えば、波長が500nmで、光子エネルギは約2.48[ev]である。また、近赤ピーク光101bの場合、ピーク波長が735nmなので、光子エネルギは約1.68[ev]である。 【0051】 図14には、太陽光の発光スペクトルの一例が示されている。図14では、横軸が波長(nm)、縦軸が相対強度である。図14に示すように、太陽光には波長が380nmから780nmまでの領域の光が含まれているが、近紫ピーク領域R1に対応する405nmの相対強度が0.45程度である。そうすると、近紫ピーク光101aは紫外線に近い大きさの光子エネルギを有するが、その相対強度が中間領域光よりも大きく、その比率(近紫ピーク光101aの相対強度/中間領域光の相対強度)は太陽光よりも大きい。そのため、図8(a)に示すように、近紫ピーク光101aが照射されることによって、より多くのエネルギ102が抗除菌層20に付与される。エネルギ102が付与されることによって、抗除菌層20の電位差が拡大して、抗除菌層20の静電エネルギが上昇する。 【0052】 一方、光(電磁波)が物体に照射された場合、光(電磁波)がその物体の表面で反射されるか、光(電磁波)が物体の内部で吸収または散乱されたあと、その物体を透過する。LED光VLが抗除菌層20に照射された場合も、LED光VLが抗除菌層20の表面で反射されるか、抗除菌層20の内部で吸収または散乱されたあと、抗除菌層20を透過する。 【0053】 ここで、レイリー散乱(Rayleigh scattering)によると、入射光が自然光の場合、その散乱光強度は、入射光の波長の4乗に反比例することが知られている。そうすると、入射光の波長が長くなるにしたがい、散乱光強度が小さくなる。中間領域光と比べて、近赤ピーク光101bの波長が長いので、近赤ピーク光101bの散乱光強度が小さい。つまり、近赤ピーク光101bは抗除菌層20で散乱されにくい。その分、近赤ピーク光101bが中間領域光と比べて抗除菌層20により多く吸収される。図8(b)に示すように、近赤ピーク光101bが抗除菌層20に照射されると、抗除菌層20により、エネルギがより多く吸収される。その吸収されたエネルギ103は、抗除菌層20におけるジュール熱を発生させる。そのジュール熱により、抗除菌層20の電位差が拡大して、抗除菌層20の静電エネルギが上昇する。 【0054】 一方、抗除菌層20の外表面20bには、室内空間64の空気が接触している。その一方で、空気中の塵、ほこり等異物も外表面20bに接触する。 【0055】 一般に、帯電している物体の表面に異物が接触すると、電気的に安定な状態が得られるように、その表面付近の電子が放出される(静電気の放電)。そのため、外表面20bに空気や異物が接触すると、外表面20b付近の電子34が室内空間64の空気中に放出される。 【0056】 以上のように、LED光VLが照射されると、LED光VLに含まれる近紫ピーク光101a,近赤ピーク光101bの照射によって、抗除菌層20の静電エネルギが上昇する。すると、電子34がより放出されやすくなる。そのため、外表面20bに対する空気、異物等の接触に起因して、外表面20b付近の電子34が室内空間64の空気中に放出される現象が発生する。 【0057】 一方、中間領域光は、近紫ピーク光101aよりも波長が長いので、近紫ピーク光101aよりも光子エネルギが小さい。また、中間領域光は、近赤ピーク光101bよりも散乱されやすいので、近赤ピーク光101bよりも抗除菌層20に吸収されにくい。そのため、近紫ピーク光101a、近赤ピーク光101bに比べて、中間領域光の照射による静電エネルギの上昇は小さい。したがって、中間領域光が照射されても、電子34は放出されない。近紫ピーク光101aおよび近赤ピーク光101bが照射されることで、電子34が放出される大きさまで静電エネルギが上昇して、外表面20b付近の電子34が放出される。 【0058】 また、照明光としてのLED光VLには、銀ナノ粒子30が酸化されて銀イオンが生成される波長の光(銀イオン生成光、波長が400nm~450nmの光)が含まれる。そのため、照明光としてのLED光VLが照射されたことで、抗除菌層20に銀イオンが生成され、その銀イオンによって、抗除菌層20の表面に接触する有機化合物や細菌等微物が不活性化され、これによる抗除菌作用も得られる。 【0059】 そして、電子34の放出が実現されると、図10に示すように、放出された電子(e-)34が室内空間の空気中に存在している酸素(O2)と反応する(S0)。この反応によって、酸素ラジカル(・O)が生成される(S1)。そして、その酸素ラジカル(・O)が空気中に存在している水(H2O)と反応すること(S2)によって、ヒドロキシルラジカル(・OH)が生成される(S3)。 【0060】 ヒドロキルシラジカル(・OH)は、強力な酸化力を有する。そのため、ヒドロキルシラジカル(・OH)は、たんぱく質や糖質など、様々物質と反応する。そのため、室内空間64の空気中において、抗除菌部材10(および壁62に形成されている抗除菌層20)の周囲に浮遊している細菌等微物がヒドロキルシラジカル(・OH)によって分解される。 【0061】 したがって、抗除菌部材10(および壁62に形成されている抗除菌層20)によって、空間抗除菌作用が発揮される。このように、抗除菌部材10には、照射面17aに抗除菌層20が形成されているため、抗除菌部材10によって、空間抗除菌作用が得られる。また、照射面としての壁62に抗除菌溶液が塗布されることで、空間抗除菌作用を有する抗除菌層20を壁62に形成することができる。 【0062】 抗除菌層20(抗除菌層20A)は、亜鉛微粒子21と、銅微粒子26と、銀ナノ粒子30とを含有しているが、酸化チタン等の光触媒を含有していない。そして、LED光VLに含まれる近紫ピーク光101a、近赤ピーク光101bが照射されることにより電子34の放出が実現され、それによる空間抗除菌作用が発揮される。したがって、抗除菌層20(抗除菌層20A)は、近紫外線よりも波長の長い光(可視光)の照射による空間抗除菌作用を有している。 【0063】 ところで、照明光は、照明器具から発生する光、例えばLED光である。そのほか、蛍光灯から発生する光や、白熱電球から発生する光も照明光に相当する。これらの照明光は、人工的な光であって、太陽光とは異なっている。その太陽光には、380nm~780nmの可視光のほか、波長が250nm程度の紫外線、360nm~380nm程度の近紫外線も含まれている。抗除菌層20(抗除菌層20A)は、このような太陽光とは異なる照明光の照射による空間抗除菌作用を有している。」 摘記e: 「【図2】 [図:0001437003000001.jpg] 【図3】 [図:0001437003000002.jpg] ・・・ 【図7】 [図:0001437003000003.jpg] 【図8】 [図:0001437003000004.jpg] 【図9】 [図:0001437003000005.jpg] 【図10】 [図:0001437003000006.jpg] ・・・ 【図13】 [図:0001437003000007.jpg] 」 3 参考文献及び参考文献の記載事項 (1)参考文献 参考文献1:特開2021-057189号公報 参考文献2:Try iT ホームページ,5分でわかる!電解質の正体,[令和8年3月19日検索],<https://www.try-it.jp/chapters-2097/sections-2098/lessons-2107/#:~:text=%E9%9B%BB%E5%> 参考文献3:「基礎化学(’11)」第14回 電子移動とエネルギー,[令和8年3月19日検索],<https://info.ouj.ac.jp/~busitu/kisokagaku/zuhyou14.pdf> 参考文献4:ウィキペディア,「静電気放電」,[令和8年3月19日検索],<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E9%9B%BB%E6%B0%97%E6%94%BE%E9%9B%BB> 参考文献5:ウィキペディア,「異種金属接触腐食」,[令和8年3月19日検索],<https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E7%A8%AE%E9%87%91%E5%B1%9E%E6%8E%A5%E8%A7%A6%E8%85%90%E9%A3%9F> (2)参考文献の記載事項 ア 参考文献1の記載事項 参考文献1には、次の事項が記載されている。 なお、摘記箇所に付した下線は、いずれも当審合議体によるものであり、「・・・」は摘記の省略を示す。他の文献についても同様である。 摘記1a: 「【0130】 上記絶縁性物質の他の材料としては、ポリオレフィン化合物、(メタ)アクリレート重合体、(メタ)アクリレート共重合体、ブロックポリマー、熱可塑性樹脂、熱可塑性樹脂の架橋物、熱硬化性樹脂及び水溶性樹脂等が挙げられる。上記絶縁性物質の材料は、1種のみが用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。 【0131】 ・・・上記水溶性樹脂としては、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンオキシド及びメチルセルロース等が挙げられる。」 イ 参考文献2の記載事項 参考文献2には、次の事項が記載されている。 摘記2a: 「 [図:0001437003000008.jpg] 」 ウ 参考文献3の記載事項 参考文献3には、次の事項が記載されている。 摘記3a: 「 [図:0001437003000009.jpg] 」 摘記3b: 「 [図:0001437003000010.jpg] 」 エ 参考文献4の記載事項 参考文献4には、次の事項が記載されている。 摘記4a: 「静電気放電(Electro-Static Discharge、ESD)とは、帯電した静電気が放電する現象である。 物質や人体は、摩擦、誘導、剥離、接触により電荷を帯びる(帯電する)[1]。帯電するには2つの物体が必要であり、正電荷に帯電する側と負電荷に帯電する側に分かれ両者間には電界が発生する[2]。また両者間には必ず空間など電気的に絶縁する部分が存在する[3]。すなわちコンデンサと同じような状況(寄生容量)に電荷がチャージされている状態が帯電[4]であり、一般に静電気と呼ばれる。静電容量を超えて充電されると、絶縁を破壊して放電が発生する[5]。例えば、雲が正電荷に帯電し、大地が負電荷に帯電して、空気という絶縁を破壊する静電気放電が落雷である。絶縁体である靴を履き、身体が正電荷に帯電しているときに、負電荷に帯電したドアノブにマイクロギャップまで接近した際に放電する現象が、いわゆる静電気と呼ばれている現象である。帯電は自然放電により中和されることもあるが、乾燥している状態などではかなり長期間維持することもある。冬季にトラブルが多いのはこの為である。」 オ 参考文献5の記載事項 参考文献5には、次の事項が記載されている。 摘記5a: 「異種金属接触腐食(いしゅきんぞくせっしょくふしょく)とは、電解液のような腐食環境下で異なる種類の金属が接触し電子電導したときに、片方の金属の腐食が促進される現象である。2種の金属と環境の間で腐食電池が形成されることで生じる。ガルバニック腐食とも呼ばれる。 ・・・ 基本メカニズム 異種金属接触腐食の模式図。卑な金属(M)と貴な金属を水溶液中で接触させるとマクロな腐食回路ができて、卑な金属の腐食(M+イオンの流出)が進む[1]。 電解液中で2種の金属を接触させたとき、2種の金属と電解液の間で電池が形成されて電流が流れる[1]。水溶液中で鉄と銅を接触した場合、「銅 → 鉄 → 水溶液 → 銅」の順で電流が流れる[1]。このとき、流れる電流は腐食の進展を意味しており、腐食時に形成される電池を腐食電池などと呼ぶ[2]。鉄と銅の例では、鉄の腐食が促進される[1]。すなわち、その水溶液に対して鉄単体で起こる腐食に、銅との接触による腐食が足し合わされることになる[1]。このような、電解液下で異種金属が接触すると片方の金属の腐食がより加速する現象を、異種金属接触腐食という[1]。異種金属接触腐食は主に接触部付近で起き[1]、異種金属接触腐食は局部腐食の一種と位置づけられる[3] [図:0001437003000011.jpg] 」 4 検討 (1)本願発明における「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電している」との事項について ア 本願明細書の説明 本願明細書には、本願発明の「抗除菌溶液」及び「抗除菌層」の実施の形態として、亜鉛微粒子21、銅微粒子26、銀ナノ粒子30、添加金属40及び水溶性高分子が水中に分散して含有されている、ゾル溶液である抗除菌溶液20Aを調製し、これを、ベース板部17の照射面17aに塗布し、抗除菌溶液20Aの塗膜を形成し、塗膜に含まれていた水分が蒸発して固化して定着することにより、図2に示されるような抗除菌層20を形成することが記載されている(【0026】、【0029】【0030】及び【図2】(摘記a及びe))。 そして、この「抗除菌層20」を「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電」させる原理について、本願明細書には、以下の説明がされていると解される。 (ア)図3に示されるように、上記抗除菌層20において、亜鉛微粒子21を構成する亜鉛(Zn)の酸化反応によって、亜鉛(Zn)が亜鉛イオン(Zn2+)22に変化して電子(2e-)34が放出される。また、銅イオン(Cu2+)23の還元反応によって、銅イオン(Cu2+)23が電子(2e-)34を獲得して銅(Cu)に変化する(【0040】、【0041】及び【図3】(摘記c及びe))。 (イ)抗除菌層20において、上記酸化還元反応が生じ、溶媒の種類や各金属微粒子、イオンの濃度などが調整され、亜鉛(Zn)の酸化反応が銅の還元反応よりも優勢である状態が形成され、それゆえ、亜鉛の酸化反応で放出される電子(2e-)34が増加する(【0042】~【0047】及び【図3】(摘記c及びe))。 (ウ)抗除菌層20は、電子が余剰気味な状態となり、また、ベース板部17は、ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂を用いて形成されているので、その表面(照射面17a)が静電気を帯びて負(マイナス)に帯電しやすく、したがって、図7に示すように、抗除菌層20において、一方の表面(照射面17aに接する表面で内表面ともいう)20aが正(プラス)に帯電し、電子34が抗除菌層20の他方の表面20bに集まり、それ故、外表面20bが負(マイナス)に帯電する(【0048】、【図7】及び【図8】(摘記c及びe))。 イ 「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応」について (ア)本願発明の抗除菌層において、「帯電」の素になる「電子」が生成されるためには、上記ア(ア)及び(イ)で述べた酸化還元反応が生じる必要があり、このためには、抗除菌層20又は抗除菌溶液20Aにおいて、亜鉛金属が酸化してイオン化し、抗除菌層における塗膜又は抗除菌溶液を形成する溶媒(以下、まとめて「媒体」ということがある。)に電子を放出し、そこから銅イオンが還元により電子を受け取るという、「媒体」を介した酸化還元反応が起こることが必要であると解される。 そして、そのためには、当該媒体は、電子が移動可能な材料であることが必要である。 (イ)しかしながら、一般的に知られているような、塗膜を形成する水溶性高分子材料は絶縁性である(必要であれば参考文献1の摘記1a等参照。)。 したがって、「抗除菌溶液20Aが刷毛塗り、スプレーコートなどの方法でベース板部17の照射面17aに塗布され」、「ベース板部17が放置されると、塗膜に含まれていた水分が蒸発して固化し、その塗膜が照射面17aに定着」し、「その定着された塗膜が抗除菌層20となる」場合、当該「抗除菌層」において、電子の移動は生じないと考えるべきである。 (ウ)また、仮に微量の水分があったとしても、通常、亜鉛、銅、及び銀は、酸やアルカリ中でない限りイオン化しにくい性質であることから、乾燥塗膜中でイオン化することはほぼなく、イオン化したとしてもわずかな量に限られる上、発生した電子も絶縁性の高分子中を移動できず、また電子は水の中も移動できないから(必要であれば参考文献2、特に摘記2a等参照。)、結局、電子は媒体により隔離され、酸化還元反応は生じず、また、酸化還元反応より抗除菌層を帯電させることもできないと考えられる。 (エ)さらに、仮に特定の抗除菌溶液の組成を選択することにより、抗除菌層における亜鉛や小イオン化傾向金属のイオン化及び酸化還元が可能であったとしても、そのような抗除菌溶液を構成する材料や溶媒の選択は、当業者において周知であるとは認められないし、本願明細書にも記載されていない。 (オ)そうすると、抗除菌溶液が「亜鉛微粒子21、銅微粒子26、銀ナノ粒子30、添加金属40及び水溶性高分子が水中に分散して含有されている、ゾル溶液」であり、また、抗除菌層がそれを乾燥して得られたというのみでは、本願明細書に記載された、媒体を介した「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応」が生じるとは解されず、その実施には、当業者に過度の試行錯誤を要するものと認められる。 ウ 「前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電」するとの事項について (ア)上記ア(イ)及び(ウ)で述べたとおり、「前記亜鉛の酸化反応が・・・優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電」する状態とするために、本願明細書には、亜鉛(Zn)の酸化反応が銅の還元反応よりも「優勢」である状態とし、それゆえ、亜鉛の酸化反応で放出される電子(2e-)34が増加する旨の説明がある。 (イ)しかしながら、仮に上記アで述べた媒体を介した酸化還元反応を実施することが可能であるとしても、亜鉛の酸化と小イオン化傾向金属の還元による電子の移動が、両者の酸化と還元のバランスによって生じるものであるのならば、例えば、参考文献3摘記3bにおいて示されている反応のように、小イオン化傾向金属のイオンが消費されれば、そのような電子の移動は停止するのみであると解される。 よって、例えば、亜鉛が、銅等の小イオン化傾向金属より多く存在していたからといって、「亜鉛(Zn)の酸化反応が銅の還元反応よりも優勢である」ことによる「亜鉛の酸化反応で放出される電子(2e-)34が増加」して「帯電」するという事象は通常生じ得ないと考えられる。 仮に「亜鉛(Zn)の酸化反応が銅の還元反応よりも優勢である」ことによる「電子(2e-)34が増加」する事象が生じるとしても、そのような条件は当業者に周知のものであると解されず、本願明細書にも記載がないから、その実施には、当業者に過度の試行錯誤を要するものと解される。 (ウ)また、上記イで述べたとおり、抗除菌層における亜鉛や小イオン化傾向金属のイオン化及び電子の授受を含む酸化還元反応自体、起こる可能性が低いと考えられる。 しかし、仮に、塗膜に含まれていた水分が蒸発する前の抗除菌溶液などにおいて、亜鉛や小イオン化傾向金属のイオン化が可能であり、亜鉛が、直接銅イオン、水素イオン等のイオンや銅微粒子に接触することにより、電子が亜鉛から当該イオンや銅微粒子へ直接移動することによる酸化還元が生じ得るとしても、当該イオンや、銅微粒子に接触した周辺のイオン等が還元されるだけであり、媒体中に電子を放出することなく進行する蓋然性が高いと解される(必要ならば参考文献3の摘記3b及び参考文献5の摘記5aを参照。)。 他方、電荷保存則により、抗除菌層中の電荷の総量は変わらない。 すなわち、仮に、酸化還元反応が生じ、亜鉛の酸化によって電子が放出されても、それらは金属粉末付近に存在し、また、それと等しい正電荷Zn2+が生じ、それらは残存する水中に分散して局所的な負電荷を打ち消すことになると考えられるから、放出された電子によって「電子が余剰気味な状態」が生じて帯電するという現象は生じないものと考えられる。 (エ)上記ア(ウ)で述べたとおり、「抗除菌層の表面」の「帯電」は、「電子の余剰」と「ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂」等の「ベース板部」の帯電により誘発されることが本願明細書において説明されていると解される。 しかしながら、上記で述べたとおり、そもそも抗除菌層は、「電子が余剰気味な状態」とはならないから、「ベース板部」も当該電子により帯電しない。 したがって、帯電しやすい「ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂」からなる「ベース板」に「抗除菌層20」を設けたというのみで、図7に示されるような、「抗除菌層20」において、「電子の余剰」からベース板に接する表面20aが正(プラス)に帯電し、他方の表面20bが負(マイナス)に帯電するという事象は生じ得ない。 エ 小括 以上のとおりであるから、上記イ~ウで述べた理由により、本願発明において「前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電」することは、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、当業者が実施することは困難であると解される。 また、仮に可能であるとしても、本願明細書において、本願発明で使用した抗除菌溶液の具体的かつ詳細な組成や抗除菌層の形成方法、及び本願発明の、亜鉛の酸化が優勢に進む酸化還元反応や帯電現象が生じる条件、裏付けとなるデータ及び文献等について、具体的な説明がなされているものではないから、その実施には、当業者に過度の試行錯誤を要するものであると認められる。 オ 請求人の主張について 請求人は、本願発明の「前記亜鉛と、前記小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電」することが、実施可能要件を満たしている理由として、令和8年3月6日提出の意見書(以下「意見書1」という。)において、以下の主張をしている。 しかしながら、以下で述べるとおり、請求人の主張は採用できない。 (ア)請求人は、主に上記イで述べた理由に対し、意見書1の4(4-2)において以下の主張をしている。 「抗除菌溶液では、亜鉛微粒子および小イオン化傾向金属微粒子が水中に分散している。その亜鉛微粒子は亜鉛を含む微粒子であるが、亜鉛は、水溶液中(水中でも同様)での酸化反応が速く、水中では速やかに溶出して電子を放出し、亜鉛イオンが生成される。小イオン化傾向金属微粒子は、亜鉛よりもイオン化傾向の小さい例えば銅を含む微粒子であるが、銅は亜鉛に比べてイオン化傾向が小さいため、ゾル溶液中で亜鉛のようにイオンとなって溶出することが少ない。・・・ また、亜鉛(Zn2++2e-⇔Zn)、銅(Cu2++2e-⇔Cu)のそれぞれの標準電位は-0.7628[V]、0.337[V]であるから、亜鉛微粒子が負極、小イオン化傾向金属微粒子が正極となり、ゾル溶液中の電子は、小イオン化傾向金属微粒子に向かう。 ・・・ 補正後の請求項5~7に係る抗除菌部材は、抗除菌溶液で形成された抗除菌層を有する。係る抗除菌層は、抗除菌溶液に含まれていた水分が蒸発して固化したものであるが、ゾル溶液中に含まれていた水分が蒸発したからといって、抗除菌溶液に含まれていた亜鉛イオンと、電子までもが一切消滅してしまうと解するだけの技術的な根拠は見当たらず、故に抗除菌溶液と同様の作用効果を有するものと解するのが相当である。」 請求人は、「酸化還元反応」は、抗除菌溶液(水)中で起こるものであり、亜鉛微粒子は、水中では速やかに溶出して電子を放出し、また、標準電位の差により、亜鉛微粒子が負極、小イオン化傾向金属微粒子が正極となり、ゾル溶液中の電子は、小イオン化傾向金属微粒子に向かうから、亜鉛と小イオン化微粒子の間での、媒体を介した酸化還元反応は生じると主張していると解される。 しかしながら、上記ア(ア)で述べたとおり、本願明細書(摘記c)においては、亜鉛の酸化と小イオン化傾向金属(銅イオン)の還元は、抗除菌溶液20Aを乾燥させて得られた「抗除菌層20」内で起こる旨が記載されており、抗除菌溶液20A中で生じるという主張は、本願明細書の記載に基づくものではない。(ちなみに、図3(摘記e)等においては、抗除菌層20の側に「20A」との記載があるが、当該記載があるからといって、本願発明の酸化還元反応が「抗除菌溶液20A」中で生じることが本願明細書に記載されているとは解されない。) また、本願発明の酸化還元反応が、請求人の主張するとおり、抗除菌溶液20Aにおいて生じるものであると解したとしても、上記イで述べたとおり、水中で電子は移動しないから、水中においては、「ゾル溶液中の電子は、小イオン化傾向金属微粒子に向かう。」という事象が生じるとは解されず、よって、本願発明の亜鉛と小イオン化微粒子の間での、媒体を介した酸化還元反応も生じるとは解されない。また、上記ウで述べたとおり、仮に特殊条件下で、抗除菌層において電子が移動する現象が見られたとしても、それによって抗除菌層の表面が帯電するとは考えにくい。 (イ)請求人は、主に上記ウで述べた理由に対し、意見書1の4(4-3)において以下の主張をしている。 「亜鉛の酸化還元反応の速さと、銅の酸化還元反応の速さは、それぞれの交換電流密度で比較できる。交換電流密度は、交換電流を電極の単位面積当たりで定義したものである。平衡状態にあるときの酸化方向への電流と、還元方向への電流との絶対値が等しく共通の値I0になるが、この電流I0を交換電流といい、電極反応速度論における重要なパラメータのひとつである。 交換電流密度は、標準速度定数に比例することが知られている。標準速度定数は、電極反応の速度論的容易さを表すパラメータで、この値が大きいほど速やかに平衡に達し、小さい場合は反応が遅い・・・。亜鉛の電極反応における標準速度定数k0は、銅の電極反応における標準速度定数k0よりも大きいから、亜鉛微粒子が銅微粒子よりも速やかに溶解することになる。 ・・・ 以上の通り、亜鉛の酸化還元反応の速さと、銅の酸化還元反応の速さには前者が後者よりも圧倒的に大きいという相違があり・・・、したがって、ゾル溶液中において、亜鉛微粒子は短時間で亜鉛イオンとなって溶出して電子が放出され、かかる電子は小イオン化傾向金属微粒子(銅微粒子)に向かうも、銅の酸化還元反応の速さが亜鉛の酸化還元反応の速さに比べて極めて緩慢であるため、銅の還元反応による電子消滅が極めて少なく、その結果、亜鉛イオンと、亜鉛から放出される電子がゾル溶液中に残るという状態が継続することとなる。」 上記主張によると、請求人は、亜鉛電極と銅(小イオン化傾向金属)電極について、それぞれ「標準速度定数」という「電極反応の速度を表すパラメータ」が存在し、亜鉛電極の標準速度定数は、銅(小イオン化傾向金属)電極の標準速度定数より大きいので、亜鉛粒子の酸化速度が銅(小イオン化傾向金属)の還元速度を上回るといえ、よって、抗除菌溶液(抗除菌層)中に、亜鉛イオンと電子が蓄積する旨主張していると解される。 しかしながら、請求人は、亜鉛電極と銅電極における「標準速度定数」の値を示しておらず、その大小を判別することができない。 仮に、亜鉛電極の標準速度定数が、小イオン化傾向金属の電極の標準速度定数より大きいとしても、電極を形成しているものでもない、亜鉛微粒子と銅微粒子から生じる亜鉛と小イオン化傾向金属の酸化還元の速度が、「電極」における「標準速度定数」によって説明できる理由が不明であるから、請求人の主張を参酌しても、「抗除菌溶液」又は「抗除菌層」が、「亜鉛微粒子21、銅微粒子26、銀ナノ粒子30、添加金属40及び水溶性高分子」を有しているというのみで、亜鉛の酸化のみが優勢に進み、銅(小イオン化傾向金属)の還元があまり進まず、結果、抗除菌層中に電子が増加するという事象が生じ得るとは解されない。また、上記ウで述べたとおり、仮に特殊条件下で、抗除菌層において電子が移動する現象が見られたとしても、それによって抗除菌層の表面が帯電するとは考えにくい。 (ウ)請求人は、主に上記エで述べた理由に対して、意見書1の4(4-6)において以下の主張をしている。 「亜鉛イオンと、亜鉛から放出される電子が残るという状態がある程度の期間継続するということになる。そのため、かかる抗除菌溶液で形成される抗除菌層では、その表面に亜鉛イオンか、電子が配置される格好になるから、抗除菌層全体として帯電体とみることができる。その帯電体の近傍に誘電体があるとき、その誘電体の帯電体に近い側の面にこれと反対の電荷、遠い側の面に同種の電荷が現れる現象が起こり、これを静電誘導という・・・当初図面の図7に示したように、例えば、抗除菌層20と、樹脂製のベース板部17とが接触していれば、帯電体(抗除菌層20)の近傍に誘電体(ベース板部17は樹脂製なので誘電体である)がある格好になるから、静電誘導が発生する。」 しかしながら、上記説明は、抗除菌層が帯電体であることを前提に、抗除菌層の近傍の誘電体に対して静電誘導を発生させるという説明であって、如何にして抗除菌層を帯電させることができるかということの説明となっておらず、依然として、「ポリプロピレン、ポリカーボネート、アクリル等の樹脂」等の「ベース板部」上に「抗除菌層」を設けたというのみで「帯電」できるとは解されない。 (エ)したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。 (2)本願発明における「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」ることについて ア 本願明細書の記載について 本願明細書には、「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」ることについて、 「一般に、帯電している物体の表面に異物が接触すると、電気的に安定な状態が得られるように、その表面付近の電子が放出される(静電気の放電)。そのため、外表面20bに空気や異物が接触すると、外表面20b付近の電子34が室内空間64の空気中に放出される。 ・・・以上のように、LED光VLが照射されると・・・抗除菌層20の静電エネルギが上昇する。すると、電子34がより放出されやすくなる。そのため、外表面20bに対する空気、異物等の接触に起因して、外表面20b付近の電子34が室内空間64の空気中に放出される現象が発生する。」 と記載されている(【0052】~【0056】及び【図8】(摘記d及びe))。 イ 判断 上記(1)で述べたとおり、そもそも抗除菌層の表面は帯電しないのであるから、「空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」ることも考えられない。 また、電子が空気中へ放出(すなわち放電)される現象は、落雷などの、静電容量を超えて充電された場合のみにおいて生じる現象であると解される(参考文献4、摘記4aを参照。)。 よって、異物が接触して、表面付近の電子が空気中に放出されるという技術常識は存在しないから、「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」ることは、通常起こりえない。 もし、空気中の異物の接触に起因して物体の表面付近の電子が空気中に放出される現象が日常的に生じ得るのであるとするならば、空気中には、日常的に塵や埃などの異物が常に存在しているのであるから、塵や埃は、常に帯電している物体に接触し、帯電している物体から電子を放出させるので、意図的に物体を帯電させない限り、帯電している物体というものは存在し得ないことになるが、塵や埃が存在するドアノブなどにおいて、静電気が発生する現象は、特に冬において日常的に存在しているから、一般的に塵や埃等の異物の接触に起因した放電というものが生じないことは明らかである。 よって、本願発明において「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出」させることは、本願明細書の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、当業者が実施することは困難であると解される。 また、仮に可能であるとしても、本願明細書において、上記電子の放出が生じたことを示すデータ又は文献等や、その現象が生じる条件について具体的な説明がなされているものではないから、その実施には、当業者に過度の試行錯誤を要するものであると認められる。 ウ 請求人の主張について 請求人は、意見書1の4(4-6)において以下の主張をしている。 「そして、抗除菌溶液(抗除菌層)の表面には空気が存在し、その中には多くの場合、埃や塵等の異物が存在している。・・・すると、上記電界Eによって、その異物において誘電分極(絶縁体を電界内においたときに正負の電荷が現れる現象)が発生し、異物の抗除菌溶液(抗除菌層)の表面側がプラスに帯電する。その結果、異物が抗除菌溶液(抗除菌層)の表面に引き寄せられ、その表面に接触する。そのほか、送風等によって空気が移動する場合も、異物が抗除菌溶液(抗除菌層)の表面に接触する。このような接触によって、抗除菌溶液(抗除菌層)の表面に存在していた電荷がその接触の瞬間または直前に異物に向かって移動する。このような現象が静電気の放電である。 一方、補正後に各請求項では、「特殊照明光の照射によって前記抗除菌層の静電エネルギが上昇して、前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」と記載され、照明光の照射が表面付近の電子の放出に対する直接的な要因として記載されているわけではない。補正後に各請求項では、特殊照明光の照射→静電エネルギの上昇→異物の接触→電子の放出となっており、照明光の照射→電子の放出となっているわけではない。」 しかしながら、請求人の主張するような、帯電する物質に、塵や埃が接触した際に、塵や埃への放電が生じるという現象が、一般的に生じるものとは解されない。 また、仮に請求人の主張する塵や埃等の異物への静電気の放電が生じるという現象が生じるとしても、それは、塵や埃等の異物への静電気の放電であって、「電子が空気中に放出され」ているとはいえない。 よって、請求人の主張を参酌しても、「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出さ」せることが当業者に過度の試行錯誤を要することなく可能であるとは解されない。 なお、請求人が、本願発明における「電子が空気中に放出され」との事項を、異物に電子を放出し、異物が空気中に放出されることを意味すると解釈しているとしても、「電子が空気中に放出され」との記載を直ちにそのような意味に解すことはできないし、本願明細書にもそのようなことは一切記載がないから、そのような意味であると解することはできない。 以上より、請求人の上記主張は採用できない。 (3)本願発明における「放出される電子から生成されるヒドロキシルラジカルによって前記照明光に応じた抗除菌作用」について 上記(2)で述べたとおり、「前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」ることについては、当業者が、その実施をできるように、明確かつ十分に記載されているとは認められず、また、それが可能であることを示すデータ又は文献等が示されているものではないから、当該事項によって「放出される電子」「から生成されるヒドロキシルラジカルによって前記照明光に応じた抗除菌作用」についても、当業者が、その実施をできるように、明確かつ十分に記載されているとは認められない。 また、請求人は、意見書1の4(4-7)において、上記4(4-6)で述べたとおり、電子が空気中に放出することは、本願出願時の技術常識からみて可能である旨主張しているが、上記(2)ウで述べたとおり、請求人の主張は採用できない。 (4)本願発明における「特殊照明光」について ア 本願明細書の記載について (ア)本願発明における、「可視光領域のうちの紫外線に近い第1の領域の波長および赤外線に近い第2の領域の波長を有し、前記可視光領域のうちの前記第1の領域および前記第2の領域以外の領域である中間領域すべての範囲の相対強度よりも大きい相対強度を有する近紫ピーク領域が前記第1の領域に含まれ、かつ前記中間領域のいずれかの相対強度よりも大きい相対強度を有する近赤ピーク領域が前記第2の領域に含まれている」スペクトル(以下「本願発明のスペクトル」という。)について、本願明細書には、近紫ピーク領域R1、R2からなる第1の領域、近赤ピーク領域R3である第2の領域及び第1の領域および第2の領域以外の領域(波長が450nmよりも大きくて700nm未満の領域)が本発明における中間領域からなること、及びその具体例として、図13に示される、 ・中間領域に含まれる可視光がその相対強度の最大値が0.5、最小値が0.24 ・近紫ピーク領域R1、R2に含まれる可視光の相対強度が1.0及び0.68であること、 ・近赤ピーク領域R3に含まれる可視光の相対強度の最大値は0.24 であるものが記載されている(【0034】~【0037】及び【図13】(摘記b及びe))。 (イ)上記本願発明のスペクトルを発光するLEDについて、本願明細書【0033】(摘記b)には、 「その高演色LEDモジュール75の発光スペクトル(LED光VLの発光スペクトル)一例が図13に示されている。・・・LED光VLは、本発明における照明光に相当し、後述する特殊照明光にも相当する。」 と、「演色LEDモジュール75」であることが記載されている。 イ 判断 本願発明のスペクトルを有する「特殊照明光」を発光する「照明器具」の入手手段又はその製造手段については、当業者において周知のものではあるとは認められない。 また、上記ア(イ)で述べたとおり、本願明細書には、上記「特殊照射光」を「高演色LEDモジュール75」によって実施した旨の記載がされているが、高演色LEDモジュールが、必ずしも上記スペクトルを有するとは限らない。また、本願明細書には、上記以外に、本願発明のスペクトルを有する「特殊照明光」を発光する「照明器具」について説明している記載はない。 よって、本願発明のスペクトルを有する「特殊照明光」を照射することは、当業者に過度の試行錯誤を要するものと認められる。 ウ 請求人の主張について 請求人は、意見書1の4(4-8)において以下の主張をしている。 「しかしながら、・・・「特殊照明光」とはどのようなものなのかさえ明らかにされていさえすれば、当業者であれば、当初明細書および当初図面を参照することによってその実施することができる、という点は至極明らかである。 ・・・ 本願以前の出願(例えば、特開2010-29185号公報の段落番号0016参照)に記載されているように、当業者にとって明らかな事項である。LEDに関しては、光の三原色を再現し得るものがすでに存在し、各色のLEDの材料や明るさの比率、蛍光体の組み合わせを変更するなどして所望の発光スペクトルが得られるようにすることも可能であり、当初明細書や当初図面を参照しながら特殊照明光が得られるようにすることも、当業者であれば、可能なことが明らかである。また、当業者であれば、高演色LEDモジュールについて、実施できないといったことは想定されないし、期待し得る程度を超える思考錯誤や複雑高度な実験等を要するといった実施困難なことも想定されない。同様の理由で、特殊照明光を照射するのに当業者に過度の試行錯誤を要するようなこともない。」 請求人は、本願発明の「特殊照明光」を発光するLEDモジュールは、各色のLEDの材料や明るさの比率、蛍光体の組み合わせを変更するなどして所望の発光スペクトルが得られるようにすることが可能である旨主張していると解される。 しかしながら、本願発明の発明特定事項については、当業者において過度の試行錯誤を要することなく「可能」であるように明細書に記載されていなければ、実施可能要件を満たしているとはいえない。 また、請求人は、本願発明の発光スペクトルを発光する照明器具について、その入手手段について釈明しているものでもなく、一般的な手法によりできるという具体的な根拠も示していない。 さらに、請求人は、特開2010-29185号に記載の方法によれば可能であることは明らかである旨の主張をしているが、上記公報は「機能改変コレステロールエステラーゼおよびその製造方法」に関するものであり、LEDに関する記載はない。 よって、請求人の上記主張は採用できない。 (5)試験報告書について 請求人は、意見書1に添付して「試験報告書」を提出して、意見書1の4(4-9)~(4-11)において、本願発明が実施可能要件を満たす旨の主張をしていると解される。 ア 試験報告書及び意見書1の記載事項 試験報告書には、以下の事項が記載されている。 「1.試験表題 資材の細菌不活性化試験 ・・・ 9.試験品 1. 40wベースライト 2. 40w蛍光管タイプ LEDライト ・・・ [図:0001437003000012.jpg] [図:0001437003000013.jpg] [図:0001437003000014.jpg] [図:0001437003000015.jpg] 」 また、意見書1の4(4-11)には、以下の事項が記載されている。 「(4-11)試験報告書の記載事項 試験報告書には、試験品(1. 40wベースライト(当初明細書0032に記載のLEDベースライト71に相当)、(2. 40w蛍光管タイプ LEDライト(LEDベースライト71と形状が異なるが、同じ抗除菌層が形成されている)と、対照区とについて菌(大腸菌)の減少率を比較する試験の結果が記載されている。これによると、試験品1、試験品2ともに試験開始から24時間後に菌が減少していることが確認される。」 イ 判断 (ア)本願明細書【0031】~【0032】には、 「抗除菌層20が室内空間64を向くように、抗除菌部材10が天井61に張り付けて固定され、その抗除菌部材10に照明器具としてのLEDベースライト71が取り付けられている。」 と記載され、また、【図9】にその様子が示されている(摘記b及びe)。 そうすると、本願明細書に記載されている「LEDベースライト71」は、抗除菌層に取り付けられた単なるLEDベースライトであると解される。 また、上記意見書1の記載箇所には、「2. 40w蛍光管タイプ LEDライト(LEDベースライト71と形状が異なるが、同じ抗除菌層が形成されている」記載されているが、LEDライトにどのような組成の抗除菌層が、どのような状態で形成されているのか不明である。 さらに、本願発明は、本願発明のスペクトルを有する「特殊照明光」を照射することにより「空間抗除菌作用」が発揮されるものと解されるが、「40wベースライト」及び「40w蛍光管タイプ LEDライト」が本願発明のスペクトルを有するものであるのか否か不明である。 よって、試験報告書に記載された試験品と、本願発明との関係を理解できない。 (イ)試験品1も2も同じ抗除菌層を有するLEDであるとすると、菌の減少がLEDのみによってもたらされた可能性もあるので、本願発明によってもたらされる抗除菌効果であるか否かは不明である。 (ウ)さらに、試験結果は、シャーレにおける菌の減少について示されている。 しかしながら、この結果と、本願発明の「小イオン化傾向金属とによる電子の授受を含む酸化還元反応のうちの前記亜鉛の酸化反応が前記小イオン化傾向金属の還元反応よりも優勢であることによって前記抗除菌層の表面が帯電して、その帯電状態にある前記抗除菌層の表面に前記照明光としての特殊照明光が照射されたときに該特殊照明光の照射によって前記抗除菌層の静電エネルギが上昇して、前記抗除菌層の表面に対する空気中の異物の接触に起因して前記抗除菌層の表面付近の電子が空気中に放出され」る構成との関係について、具体的な説明は記載されていない。 (エ)以上のとおりであるから、上記「試験報告書」及び意見書の内容を参酌しても、本願発明が、本願明細書及び本願出願時の技術常識に基づいて、当業者が過度の試行錯誤なく実施できるとは認められない。 (6)まとめ したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明について当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえない。 第5 むすび 以上のとおりであるから、本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。

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2025-004346

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