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特許無効審判

2024-800030

5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途

審判番号
2024-800030
法域
特許
審判種別
無効審判(無効の審決)
出願番号
特願2005-051217外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
登録番号
4417865
請求日
2024年03月15日
審決日
2024年12月17日
公報発行日
2025年02月28日
結論
請求不成立
当事者
審判長/審判官
分類
P1123.113-Y (C07C) / 標準データ:手続:無効 / 標準データ:123・113-Y (C07C) / 標準データ:出訴:令和07年10009 / 標準データ:確定ステータス:2 維持(出訴有り)
根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
特許法29条特許法123条1項2号特許法169条2項民事訴訟法61条
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条第1項第3号、特許法第29条、特許法第123条第4項、特許法第169条第2項
データ出所
審決公報(XML)、特許情報標準データ(審判)

事件の表示

上記当事者間の特許第4417865号発明「5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

結 論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。

理由

理 由 第1 手続の経緯 1 本件無効審判の請求に係る特許第4417865号(以下「本件特許」という。)の請求項1~8に係る発明についての出願は、平成17年2月25日(優先権主張 平成16年3月30日、平成16年11月30日)にされた特許出願であって、平成21年12月4日に特許権の設定登録がされた(以下、その明細書を「本件特許明細書」といい、特許請求の範囲を「本件特許請求の範囲」という。)。 2 先の無効審判請求の経緯 本件特許に対しては、本件特許の利害関係人である、株式会社東亜産業(以下「請求人」という。)から、本件特許請求の範囲の請求項1に係る発明の特許を無効にすることを求める旨の無効審判の請求がされた(無効2021-800078号:以下「先の無効審判請求」という。)。 特許庁は、令和4年7月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年同月27日に送達された。 請求人は、同年8月23日、審決を不服として知的財産高等裁判所に訴えを提起した(知財高裁令和4年(行ケ)第10091号)。同裁判所は、令和5年3月22日、請求人である「原告の請求を棄却する。」旨の判決を言渡した。請求人は、最高裁判所に上告受理の申立てを行った(最高裁判所令和5年(行ヒ)第217号)が、同年10月5日に受理しないとの決定がされ、上記請求棄却判決が確定し、先の無効審判請求の審決は確定した。 3 さらに、本件特許について、本件特許の利害関係人である、上記2の請求人から、本件特許請求の範囲の請求項1に係る発明の特許を無効にすることを求める旨の無効審判の請求が新たにされた(以下「本件審判の請求」という。)。 以下に、本件審判の請求以後の経緯を整理して示す。 令和6年 3月15日:審判請求書、証拠説明書、甲第1号証~甲第3号証並びに甲第1号証の訳文(抄訳)及び甲第2号証の訳文の提出(請求人) 同年 4月10日:手続補正書(方式)、上申書及び甲1号証の訳文(全文訳)の提出(請求人) 同年 6月17日:審判事件答弁書、証拠説明書及び乙第1号証~乙第3号証の提出(被請求人) 同年 7月22日付け:審理事項通知書 同年 8月22日:口頭審理陳述要領書の提出(被請求人) 同年 同月23日:口頭審理陳述要領書、証拠説明書(2)、甲第4号証~甲第9号証及び甲第4号証の訳文の提出(請求人) 同年 同月27日付け:通知書(特許法第123条第4項に基づく、本件特許の債権者の嘱託人への審判番号の通知) 同年 9月 5日:口頭審理陳述要領書(2)、証拠説明書、乙第4号証及び乙第4号証抄訳の提出(被請求人) 同年 同月13日:証拠説明書(3)、甲第10号証及び甲第11号証の提出(請求人) 同年 同月 同日:口頭審理、調書 同年 同月17日:上申書、証拠説明書(3)及び乙第5号証の提出(被請求人) 同年 同月18日:上申書、証拠説明書(4)及び甲第12号証の提出(請求人) 第2 本件発明 本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は、本件特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、請求項1の記載は、次のとおりである。 「【請求項1】 下記一般式(1) HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1) (式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」 第3 請求人の主張の概要 1 本件審判の請求の趣旨 請求人が主張する本件審判における請求の趣旨は、「特許第4417865号の特許請求の範囲の請求項1に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」である。 2 請求人が主張する無効理由及び証拠方法の概要 請求人は、以下の無効理由1を主張し、証拠方法として甲第1号証~甲第12号証を提出した。 3 審判請求書、口頭審理陳述要領書に記載した無効理由の概要 請求人が主張する無効理由1は概略以下のとおりである(審判請求書「7 請求の理由」の(1)、(3)及び(5)、口頭審理陳述要領書6頁「6.陳述の要領」の第1、並びに第1回口頭審理調書) 無効理由1(甲第1号証に記載された発明に基づく新規性の欠如) 本件発明1は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができるものでないから、本件発明1の特許は、同法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効にすべきである。 4 証拠方法(甲第1号証~甲第12号証) 請求人の提出した証拠は以下のとおりである。 甲第1号証:Journal of Photochemistry and Photobiology B: Biology, 2002, 67(3), p.187-193 甲第2号証:ScienceDirect, Article Preview, 2023年9月12日印刷, インターネット <URL : https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1011134402002786 > 甲第3号証:LatB Staff, "毎日使うからこそ見直したいPBSのレシピ", Thermo Fisher SCIENTIFIC, 2023年2月13日作成, 2023年9月8日印刷, インターネット <URL : https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/cell_culture_pbs_bid_ts_1/ > 甲第4号証:Journal of Photochemistry and Photobiology B: Biology, 1996, 34(2-3), p. 143-148 甲第5号証:長倉三郎ら編, 岩波 理化学辞典 第5版, 株式会社岩波書店, 2003年11月10日第7刷, 280エンカアル(p.159) 甲第6号証:松村明編, 大辞林 第三版, 株式会社三省堂, 2006年10月27日, p. 287 甲第7号証:財団法人 国際科学振興財団編, 科学大辞典 第2版, 丸善株式会社, 2005年2月28日, p.158-159(乙第2号証に同じ) 甲第8号証:竹内敬人著, 化学の基礎 化学入門コース1, 株式会社岩波書店, 2002年4月5日第8刷, p.165(書籍は甲第11号証に同じ) 甲第9号証:斉藤慶介著, NEW斉藤化学I・II講義の実況中継○1 改訂新版, (株)語学春秋社, 2005年3月15日, p.129-131 (審決注:原文は○の中に1である。) 甲第10号証:GRASグループ株式会社, weblio英和和英辞典 'phosphate', 2024年9月13日印刷, p.1-9 甲第11号証:竹内敬人著, 化学の基礎 化学入門コース1, 株式会社岩波書店, 2002年4月5日第8刷, p.155-156(書籍は甲第8号証に同じ) 甲第12号証:請求人, 口頭審理陳述要領書スライド資料, 2024年9月13日公開, p.1-12(口頭審理において請求人が使用したスライド資料) 第4 被請求人の答弁の趣旨並びにその主張及び被請求人が提出した証拠方法 1 被請求人の主張の概要 被請求人が主張する答弁の趣旨は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。との審決を求める。」である(答弁書の「6 答弁の趣旨」)。 そして、被請求人は、請求人が主張する無効理由1は、審判事件答弁書、口頭審理陳述要領書、上申書において、理由がないものである旨の主張をしているものと認める。 2 証拠方法(乙第1号証~乙第5号証) 被請求人が提出した証拠は以下のとおりである。 乙第1号証:社団法人 日本化学会編, 第2版 標準化学用語辞典, 丸善株式会社, 2005年3月31日, p.77 乙第2号証:財団法人 国際科学振興財団編, 科学大辞典 第2版, 丸善株式会社, 2005年2月28日, p.158-159(甲第7号証に同じ) 乙第3号証:化学大辞典編集委員会編, 化学大辞典2 縮刷版, 共立出版株式会社, 1997年9月20日第36刷, p.355 乙第4号証:CAS Common Chemistry, 2024年9月5日印刷, インターネット <URL : https://commonchemistry.cas.org/detail?cas_rn=14265-44-2 > 乙第5号証:被請求人, 口頭審理陳述要領書別紙(被請求人), 2024年9月13日公開, p.1-10(口頭審理において被請求人が使用したスライド資料) 第5 証拠の記載 1 甲号証の記載事項 訳文については、請求人が提出した翻訳を参照して、当審合議体が作成した(以下、下線は当審合議体によるものであり、「・・・」は記載の省略を表す。)。 (1)甲第1号証(訳文で示す。) 摘記(1a)「要旨 5-アミノレブリン酸(ALA)が癌やその他の疾患の光線力学的治療薬として世界中で評価されている。しかしながら、溶液中でのその安定特性はまだ十分に理解されていない。この研究では、pH緩衝溶液中のALAの分解を調べた。生理的pHに緩衝されたPBS中のALA溶液は不安定であり、278nm付近の光子を吸収する分解生成物を引き起こすことが判明した。細胞内でのポルフィリン生成を刺激する溶液の能力は、分解により徐々に失われるが、その反応速度はUV吸収生成物の形成速度とは異なる。したがって、いくつかの化学経路が生理的pHでの溶解したALAの分解に寄与している可能性がある。UV吸収生成物の形成速度の温度研究でも、複雑な形成プロセスが関与していることが示されている。 キーワード:アミノレブリン酸;光線力学的治療薬;安定性」(187ページ要旨) 摘記(1b)「2.素材と方法 2.1.化学物質 ALA塩酸塩はノルスク・ハイドロ社(ノルウェー)から入手した。ALA塩酸塩は、PBS、又は2mMのL-グルタミン、100U/mlのペニシリン、100μg/mlのストレプトマイシンを添加したRPMI-1640増殖培地(Gibco、NY)に、0~50mMの範囲の濃度で溶解された。これらの溶液のpHは、その後5M水酸化カリウムで7.2に調整された。使用した全ての化学物質は分析純度のものであった。」(187ページ右欄6~14行) 摘記(1c)「4.考察 ALA溶液が黄色に変色したという観察はNovoら[7]の知見と一致しており、中性に近いpHで分解がより顕著になるという知見も同様である。我々の実験では、やや類似した実験でpHが7.4から6.1に著しく低下することを見出したNovoらの観察とは対照的に、pHは保存中に変化しなかった。この違いは、おそらく、彼らが我々よりも高濃度のALAを使用したため、使用したリン酸緩衝生理食塩水の緩衝能を超えてしまったことが寄与していると思われる。」(191ページ左欄下から4行~右欄7行) 摘記(1d)「6.注釈 ALA、5-アミノレブリン酸;EDTA、エチレンジアミン四酢酸;FCS、ウシ胎児血清;PBS、リン酸緩衝生理食塩水;PDT、光線力学的治療薬;PpIX、プロトポルフィリンIX」(193ページ左欄3~7行) (2)甲第2号証 甲第1号証のオンライン公開が2002年4月4日であることが記載されている。 (3)甲第3号証 摘記(3a)「毎日使うからこそ見直したいPBSのレシピ ・・・ 細胞や組織を扱う研究者にとって、PBS(phosphate-buffered saline、リン酸緩衝生理食塩水)やDPBS(Dulbecco’s PBS)は欠かすことのできない試薬です。2022年に60周年を迎えたGibcoTMブランドのPBSやDPBSは、おかげさまで多くのお客さまにご愛用いただいています。実のところ、PBSと称される試薬のレシピは1種類ではなく、使用目的などによってさまざまな組成が開発されています。代表的なバリエーションは、2価の陽イオン(カルシウムイオンとマグネシウムイオン)や、エネルギー源(グルコースやピルビン酸)の有無です。これらについては、当社のWebサイトや多くの解説書があるのでそちらをご参照ください。当記事では、細胞培養実験で日常的に使用されているPBSやDPBSの組成に着目します。なお本ブログでは、特に言及しない限り、pH7.4のPBSやDPBSについて記載しています。」 摘記(3b)「PBSの組成のメーカー間比較 はじめに、GibcoブランドのPBS(製品番号10010023)の組成を確認します。そしてこの機会に、メーカー各社が細胞培養用として販売しているPBSの組成の一覧表を作成しました(Table 1)。これらの組成はWeb上の公開情報から入手しています。当社の培地・緩衝液などの組成は、製品ページに表示されているリンク先の組成表で確認することができます。当社の組成表は、含有物質名、分子量(g/mol)、質量濃度(mg/L)、モル濃度(mmol/L = mM)の一覧表となっており、大変便利です。当該PBSは塩化ナトリウム(NaCl)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)を含有しています。Na2HPO4については、メーカーによって無水物と七水和物の違いがありますが、組成としては同等と言えます。C社のように、Web上で組成情報を見つけることができなかったケースもあります。 [図:0001419300000001.jpg] PBSの組成のレシピ間比較 次に、代表的な実験マニュアルに掲載されているレシピを比較します。PBSを自作している方は、毎回特定のレシピを参照されていると思います。ラボ伝統のレシピや先達の実験ノート、実験書のレシピに従っている方もいらっしゃるでしょう。ここでは、下記の3種類の実験書のレシピを確認します。比較するため、GibcoTM PBSも含めてTable 2にまとめました。 (1)「改訂バイオ試薬調製ポケットマニュアル(羊土社、2014)」 定番のマニュアルです。研究室に1冊はもちろん、個人で所有している方もいらっしゃると思います。 (2)「改訂細胞培養実験ハンドブック」(羊土社、2008) こちらも定番の実験書です。 (3)「Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Fourth Edition」(p.1820, Cold Spring Harbor Laboratory Press、2012) 分子生物学実験のバイブルとされています。Volume 3にレシピが掲載されています。 [図:0001419300000002.jpg] 全てPBSと称される溶液であるにもかかわらず、レシピ間でかなりの違いがあります。なお、細胞培養用に限らなければ、PBSのレシピのバリエーションはさらに増えます。例えば、Cold Spring Harbor ProtocolsのRecipeのカテゴリーには、用途別に組成が調節されたPBSのレシピが多数掲載されています(こちら)。 Table 2によると、Gibco PBSの組成はその他のPBSとは一線を画しています。一方、レシピ(1)と(3)の組成は、Na2HPO4が12水和物か7水和物という違いのみで同等です。 Table 2から、細胞培養実験用のPBSとして採用されているレシピには、少なくとも3種類のバリエーションがあることが分かりました。」 (4)甲第4号証(訳文で示す。ただし、翻訳に当事者間で争いのある摘記(4b)については、原文とともに示す。) 摘記(4a)「要旨 尿路上皮性膀胱癌の蛍光診断法の臨床研究の枠組みの中で膀胱内点滴注入用に調製した5-アミノレブリン酸(ALA)の水溶液は不安定であった。ALAのこの化学的不安定性を、濃度、pH、及び反応時間の関数として37℃の水溶液中で研究した。我々の研究により、ALAの反応が不可逆的なプロセスであり、研究したpH範囲(8より低いpH)で少なくとも2つの反応生成物:2,5-(β-カルボキシエチル)ジヒドロピラジン及び2,5-(β-カルボキシエチル)ピラジンが生成されることが分かった。これらの研究の結果、膀胱内点滴注入に使用するALA溶液の調製条件を最適化した:pH5に中和した濃度0.18M(100ml中3gのALA)のリン酸緩衝生理食塩水中のALA溶液を調製し、使用時まで氷状で保存した。これらの条件下で調製した溶液は安定であり、膀胱腫瘍の蛍光診断に使用され、良好な結果が得られた。ALAの点滴注入前と点滴注入直後の患者の尿を比較することにより、尿のpHと組成がALAの反応の程度と点滴注入中に形成される反応生成物の性質に及ぼす影響を調査した。 キーワード:化学的不安定性、5-アミノレブリン酸、蛍光診断、膀胱腫瘍、癌」(143ページ要旨) 摘記(4b)「(原文)2. Experimental details Aqueous solutions of ALA at different pH and concentration values were prepared by dissolving the appropriate amount of 5-aminolevulinic acid hydrochloride (Merck) in bidistilled water and adding NaOH (Merck, p.a.) to obtain the required pH. All solutions were buffered using a ten-times concentrated Dulbecco's phosphate-buffered saline (Gibco BRL) to obtain the phosphate and salts concentrationsusually used for biological media (total concentration of phosphates, 9.6 mM; concentration of additional salts, 0.140 M). Saline without bivalent cations was used to avoid the formation of ALA precipitates in basic media. HCi (Merck) was added if necessary to acidify the solutions of ALA. Anaerobic solutions were prepared by bubbling nitrogen in the aqueous solution for 1 h before adding ALA. ; (訳文)2.実験の詳細 適当量の5-アミノレブリン酸塩酸塩(Merck)を二回蒸留水中に溶解し、NaOH(Merck、p.a.)を添加して必要なpHを得ることにより、さまざまなpH及び濃度のALA水溶液を調製した。全ての溶液を、10倍濃縮したダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(Gibco BRL)を用いて、生物学的媒体に通常使用されるリン酸及び塩の濃度(リン酸の総濃度、9.6mM;追加の塩の濃度、0.140M)になるように、緩衝化した。塩基性媒体中でのALA沈殿物の形成を回避するために、二価カチオンを含まない生理食塩水を使用した。必要に応じてHCl(Merck)を添加して、ALAの溶液を酸性化した。ALAを添加する前に、水溶液中で窒素を1時間バブリングして嫌気性溶液を調製した。」(144ページ左欄27~41行) (5)甲第5号証 摘記(5a)「274 塩[・・・][1]陽イオンと陰イオンが電荷を中和する形で生じた化合物の総称.また酸*の解離できる水素原子を金属イオンで置換したもの,あるいはブレーンステッド酸・塩基がちょうど中和されたときの生成物とみることもできる.・・・ [2]有機塩基と酸の付加化合物.」(280エンカアル(159ページ)左欄274の1行~右欄7行) (6)甲第6号証 摘記(6a)「【塩】 酸と塩基との中和反応によって生じるイオン化合物。酸の水素イオンを金属などの陽イオンでおきかえた化合物、または塩基の水酸化物イオンを酸の陰イオンでおきかえた化合物とみることもできる。典型的な塩はイオン結晶の固体で、水によく溶けるものが多い。」(287ページ2段7~11行) (7)甲第7号証 摘記(7a)「えん 塩 [salt] 金属イオンあるいは陽イオン性の基と陰イオン性の基とからなる化合物で,無機化合物,有機化合物に共通した名称である.多塩基酸あるいは多酸塩基の塩には,中和の完全な正塩,水素イオンの残っている酸性塩,水酸基や酸素イオンの残っている塩基性塩がある.水溶液中では解離して陰陽両イオンに分かれ,電気伝導性を示す.」(158ページ右欄下から3~1行) (8)甲第8号証 摘記(8a)「(b)塩 酸,塩基にはそれぞれ対イオンがあり,それらを含めた反応が起こる.典型的な中和反応 HCl + NaOH → H2O +NaCl 酸 塩基 水 塩 では,水のほかに酸の対イオンである塩化物イオンCl-と,塩基の対イオンであるナトリウムイオンNa+から,塩化ナトリウムNaClが生じる.中和反応によって生じたこのような物質を塩(えん)という.水溶液中で反応が進行する限り,ナトリウムイオンと塩化物イオンはそれぞれイオンとして独立に存在していて,塩化ナトリウムになっているわけではない.しかし水分を蒸発させれば,後には塩化ナトリウムが残る.」(165ページ11~20行) (9)甲第9号証 摘記(9a)「塩の定義はいろいろあるんだけど,「陽イオンと陰イオンのH+とOH-以外の組合せ」と言ってもいいし,あるいは,「酸や塩基のH+やOH-の代わりに,別の陽イオンや陰イオンを入れたもの」と言ってもいい。 でもみなさんに一番わかりやすいのは,「酸や塩基の反応の末に生じた水以外の物質」という考え方ですね。まあいくつか定義のしかたがあるんですけど,この塩というものの存在を認めてしまうと,以下の様に塩を水に溶かした時の液性の話はどの先生からも教えてもらえるんです。 (1)強酸,強塩基の塩は,水に溶けて,中性。 (2)強酸,弱塩基の塩は,水に溶けて,弱酸性。 (3)弱酸,強塩基の塩は,水に溶けて,弱アルカリ性。」(129ページ6~17行) 摘記(9b)「例えば,CH3COONaというのを考えてください。・・・ CH3COONaは水に溶けて,CH3COO-とNa+になるでしょう。それぞれ,塩基であり酸であるわけです。つまり,CH3COO-は塩基として働きます。 ・・・ 言い方を変えると,塩というのは「異なる塩基と酸の共役の酸と塩基が,電荷を合わせて存在している物質」と,言えますね。ということは,水に溶かすと,水中に酸と塩基がいっぺんに出現しちゃうんです。」(129ページ下から3行~130ページ下から4行) (10)甲第10号証 各種辞書に「phosphate」の意味が記載されていることが示されているところ、「リン酸塩(燐酸塩)」だけでなく、「リン酸エステル」及び「リン酸」などの意味も示されている。 (11)甲第11号証 摘記(11a)「9.2 酸・塩基理論 (a)化学平衡 化学反応によって物質A,B,C,…が物質X,Y,Z,…に変化する(正反応)と同時に,物質X,Y,Z,…が物質A,B,C,…に変化する(逆反応)場合,このような化学反応を可逆反応(reversible reaction)といい,下式のように2重矢印で表わす. [図:0001419300000003.jpg] ここで,左辺の物質は反応物(reactant),右辺の物質は生成物(product)と呼ばれる. 反応の初期においては生成物の濃度が低いため,逆反応の速度は遅い.しかし反応の進行とともに逆反応の速度が大きくなる一方,正反応の速度は小さくなり,ついに正反応の速度と逆反応の速度が等しくなる.このとき,見かけ上化学反応は起こらず,反応物と生成物の割合は一定に保たれる.このような状態を化学平衡(chemical equilibrium)という.それぞれの反応について,反応物と生成物の割合は温度によって変化する.」(155ページ12~下から2行) 摘記(11b)「(b)電離平衡 電解質ABが水に溶けて成分イオンA-とB+になる反応,すなわち電離(electrolytic dissociation, ionization)も一種の可逆反応である. [図:0001419300000004.jpg] この場合の化学平衡は電離平衡と呼ばれる.電離平衡に対する平衡定数を電離定数といい,上式に対しては以下のように定義できる. [図:0001419300000005.jpg] ここで[AB],[A-],[B+]は電解質AB,陰イオンA-,陽イオンB+の平衡時における濃度である.なお,厳密な取扱いをする際には,濃度ではなく活量(activity)を用いる必要があるが,本書の範囲では濃度を用いても議論の本筋には影響はない.」(156ページ3~11行) 2 乙号証の記載事項 (1)乙第1号証 [図:0001419300000006.jpg] 摘記(1α)「塩・・・酸と塩基との反応によって生じる化合物で,塩基の陽性成分と酸の陰性成分とからなるもの.たとえば,塩酸と水酸化ナトリウムから生じる塩化ナトリウムNaCl,塩酸とアニリンから生じる塩化アニリニウム(アニリン塩酸塩)C6H5NH3Clなど.」(77ページ右欄下から19~14行) (2)乙第2号証 甲7号証に同じ (3)乙第3号証 摘記(3α)「かごうぶつ 化合物・・・ 2種以上の元素の原子が互いに化学結合*力によって結合することを化合といい,化合によって生じ,一定組成をもち各成分の性質がそのまま現われていないような物質を化合物という.また付加化合物*,分子化合物*,水化物*のような高次化合物*も化合物といっている.化合物は原則として定比例の法則*に従う.すなわち各元素の結合割合は一つの化合物については常に一定であって,混合物*とは区別される.」(355ページ下から18~8行) (4)乙第4号証 摘記(4α)「 [図:0001419300000007.jpg] 」 以下、各甲号証及び乙号証を、対応する番号ごとに「甲1」及び「乙1」等という。 なお、甲2は甲1の公開日を明らかにする証拠であり、甲3、6、7、9及び10、並びに、乙1、2及び4は、本件特許出願の優先日前に公知の証拠ではないが、優先日前後で立証する事実に変化がないといえる化学的事実を示すための証拠である。 第6 無効理由についての当審合議体の判断 1 当審合議体は、無効理由1には理由がないものと判断する。 理由は以下のとおりである。 2 甲号証に記載された発明並びに甲号証及び乙号証から認定できる技術的事項 (1)甲1発明 ア 甲1はpH緩衝溶液中の5-アミノレブリン酸の安定性に関して研究した技術文献(摘記(1a))であって、甲1の「2.素材と方法」(摘記(1b))の記載によると、5M水酸化カリウムでpH7.2に調整される前の溶液として、5-アミノレブリン酸塩酸塩を、PBSに0~5mMの濃度で溶解して溶液を形成することが記載され、「PBS」とは、「リン酸緩衝生理食塩水」を意味しているので(摘記(1d)「6.注釈」参照)、以下の発明が記載されているといえる(以下「甲1発明」という。)。 <甲1発明> 「5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水に0~5mMの濃度で溶解した溶液。」 イ 甲1発明の認定に関する被請求人の主張の検討 被請求人は、審判事件答弁書8ページ及び口頭審理陳述要領書3ページにおいて、甲1に記載された発明としては、上記「甲1発明」に対して、「pHを5M水酸化カリウムで7.2に調整した溶液。」である「5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水に0~5mMの濃度で溶解し、pHを5M水酸化カリウムで7.2に調整した溶液。」を、甲1の研究の目的から認定すべき旨の主張をしている。そして、この主張は引用発明の認定の可否に関するものである以上、甲1発明が認定できないことを主張していると理解せざるを得ない。 しかし、甲1には、被請求人の主張する、上記「甲1発明」をさらに「pHを5M水酸化カリウムで7.2に調整した溶液。」が記載されており、その溶液について考察(摘記(1c))がされているとしても、「pHを5M水酸化カリウムで7.2に調整」する前段階の溶液である「甲1発明」についても、少なくともその段階で溶液として存在しており、ひとまとまりの技術的思想を表す発明として記載されているといえる。すなわち、上記のように、刊行物に記載された発明が1つに限定されるとは限らないのはいうまでもない。 したがって、甲1の研究目的に着目して甲1発明が認定できないことを前提とする被請求人の主張は採用できない。 (2)甲3から認定できる技術的事項 甲3には、「PBS」である「リン酸緩衝生理食塩水」としてさまざまな組成が開発され、レシピバリエーションも多数存在し、レシピ間でかなりの違いがあることが理解でき(摘記(3a)及び(3b))、具体例として、「NaCl、KH2PO4、Na2HPO4、Na2HPO4-7H2O」を含む例(Table 1)と「NaCl、KCl、KH2PO4、Na2HPO4、Na2HPO4-7H2O、Na2HPO4-12H2O」を含む例(Table 2)が示されているといえる。 (3)甲4から認定できる技術的事項 甲4はALAの化学的不安定性を、濃度、pH、及び反応時間の関数として37℃の水溶液中で研究した技術文献(摘記(4a))であり、甲4の実験の詳細(摘記(4b))では、生物学的媒体に通常使用される濃度(リン酸の総濃度、9.6mM;追加の塩の濃度、0.140M)になるように、10倍濃縮したダルベッコのリン酸緩衝生理食塩水(Gibco BRL)を、5-アミノレブリン酸塩酸塩の水溶液のNaOH調整液に対して、使用して緩衝化する点が示されているといえる。 (4)甲5~9並びに乙1及び3から認定できる技術的事項 ア 甲5~9並びに乙1及び3には「塩」及び「化合物」に関する用語の説明や技術的意味が示されている。 まず、甲5は技術用語を示す辞典であって、甲5の塩の項目に「陽イオンと陰イオンが電荷を中和する形で生じた化合物の総称.」又は「有機塩基と酸の付加化合物.」(摘記(5a))であると用語の定義が示されている。 つぎに、甲6は一般用語を示す辞典であって、甲6の塩の項目に「酸と塩基との中和反応によって生じるイオン化合物。・・・典型的な塩はイオン結晶の固体で、水によく溶けるものが多い。」(摘記(6a))と用語の定義が示されている。 さらに、甲7は技術用語を示す辞典であって、甲7の塩の項目に「金属イオンあるいは陽イオン性の基と陰イオン性の基とからなる化合物で,無機化合物,有機化合物に共通した名称である.・・・水溶液中では解離して陰陽両イオンに分かれ,電気伝導性を示す.」(摘記(7a))と用語の定義が示されている。 そして、甲8は化学の入門書であって、甲8の塩の欄に「中和反応によって生じたこのような物質を塩(えん)という.水溶液中で反応が進行する限り,ナトリウムイオンと塩化物イオンはそれぞれイオンとして独立に存在していて,塩化ナトリウムになっているわけではない.」(摘記(8a))と用語の説明が示されている。 そして、甲9は高校生向け化学の参考書であって、甲9の塩の定義として「陽イオンと陰イオンのH+とOH-以外の組合せ・・・酸や塩基の反応の末に生じた水以外の物質・・・異なる塩基と酸の共役の酸と塩基が,電荷を合わせて存在している物質」(摘記(9a)及び(9b))であることが示されている。 また、乙1は技術用語を示す辞典であって、乙1の塩の項目に「酸と塩基との反応によって生じる化合物で,塩基の陽性成分と酸の陰性成分とからなるもの.」(摘記(1α))であると用語の定義が示されている。 そして、乙3は技術用語を示す辞典であって、乙3の化合物の項目に「2種以上の元素の原子が互いに化学結合力によって結合することを化合といい,化合によって生じ,一定組成をもち各成分の性質がそのまま現われていないような物質を化合物という.また付加化合物*,分子化合物*,水化物*のような高次化合物*も化合物といっている.」(摘記(3α))ということが示されている。 イ ここで、甲5の「陰イオン」及び「付加化合物の酸」並びに甲7の「陰イオン性の基」は、乙1の「酸の陰性成分」であり、甲5の「陽イオン」及び「付加化合物の有機塩基」並びに甲7の「金属イオンあるいは陽イオン性の基」は、乙1の「塩基の陽性成分」である。 そうすると、上記甲5~9並びに乙1及び3から認定できる技術的事項を総合して検討すると、化学結合力によって結合しているのが「化合物」であって、「塩」とは、「酸の陰性成分(陰イオンや付加化合物の酸等)」と「塩基の陽性成分(陽イオンや付加化合物の有機塩基等)」の「電荷が中和」され、「化学結合力によって結合」した「化合物」であって、例えば、溶液中において「陽イオン」と「陰イオン」が「分離」した、「電荷が両者で中和されていない状態」を含めて意味するとの上記証拠に反する定義の存在は把握できない。 (5)甲10及び乙4から認定できる技術的事項 甲10及び乙4によると、化学英語における「phosphate」が、「リン酸塩(燐酸塩)」又は「リン酸」だけでなく、「リン酸エステル」なども意味し得ることが理解できる。 (6)甲11から認定できる技術的事項 甲11によると、電解質ABが水に溶けて成分イオンA-とB+になる電離は可逆反応であり、電離平衡により、電解質ABの活量に対する、イオンA-の活量とイオンB+の活量の積の割合は一定に保たれることが理解される(摘記(11a)及び(11b))ものの、他のイオン種が共存する場合にどのような電離平衡となるのかの示唆はない。 3 無効理由1(甲1発明に基づく新規性の欠如)について (1)対比 本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「5-アミノレブリン酸」は、本件発明1の「HOCOCH2CH2COCH2NH2」であって、 本件発明1の「下記一般式(1) HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1) (式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩」は、甲1発明の「5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水に0~5mMの濃度で溶解した溶液」と「5-アミノレブリン酸」に関する物である点で共通する。 したがって、両者は、 「5-アミノレブリン酸に関する物。」である点で一致し、以下の点で相違している。 <相違点1> 本件発明1は、「下記一般式(1) HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1) (式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。」であるのに対して、甲1発明は「5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水に0~5mMの濃度で溶解した溶液。」である点。 (2)相違点1の判断 ア 本件発明1の塩について 本件発明1は、「一般式(1) HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1) (式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩」という特定化合物のリン酸塩を発明特定事項とするものであるので、以下イに示す塩の技術的意味に沿って、相違点の判断を行うこととする。 イ 塩の技術的意味について 上記2(4)イで検討したように、技術常識からみて、塩とは「酸の陰性成分(陰イオンや付加化合物の酸等)と塩基の陽性成分(陽イオンや付加化合物の有機塩基等)の電荷が中和され、化学結合力によって結合した化合物」であると理解すべきであり、溶媒がない状態で単離された形態を取り得ると考えられる(以下「化合物として単離された塩の場合」という。)。 また、本件特許明細書全体の記載(特に、【0017】における「本発明の5-アミノレブリン酸リン酸塩は、固体でも溶液でもよい。溶液とは、水をはじめとする溶媒に溶解又は分散した状態を示すが、そのpHがpH調整剤等によって調整されたものでもよい。」という記載)を参照し理解した上で、塩の技術的意味を理解すると、「溶媒に溶解又は分散した状態」の「塩」は、溶質と溶媒の混合物中の一成分として、その陰性成分と陽性成分が化学結合力により結合した形態をとり得ると考えられる(以下「混合物の一成分として存在する塩の場合」という。)。 したがって、本件発明1の塩の技術的意味としては、「化合物として単離された塩の場合」と「混合物の一成分として存在する塩の場合」について検討する。 さらに、「混合物の一成分として存在する塩の場合」の検討にあたっては、当該混合物に含まれる溶媒が「水」の場合に、水に溶けた「塩」はイオン化し、水和され、あるいは、電離平衡の状態となることが明らかであるから(上記2(6))、「水溶液中で各種イオンが水和状態である場合」と「水溶液中で各種イオンが電離している状態と電離していない状態の平衡状態を有している場合」について行うものとする。 ウ 甲1発明におけるイオン成分について 甲1発明は、「リン酸緩衝生理食塩水」の詳細な成分及び濃度は不明であるものの、当該「リン酸緩衝生理食塩水」に対して「5-アミノレブリン酸塩酸塩」を溶解した溶液であるから、「5-アミノレブリン酸塩酸塩」は「5-アミノレブリン酸」、「H+」及び「Cl-」に電離・水和して水溶液中に存在し、何らかの電離平衡状態が存在しているものである。また、摘記(3b)によると、「リン酸緩衝生理食塩水」は少なくとも「NaCl、KH2PO4、Na2HPO4」を含有するから、当該溶液には「Na+、Cl-、K+、H2PO4-、HPO42-」のイオン成分が含まれていると認められる。 そうすると、甲1発明は、少なくとも「5-アミノレブリン酸、H+、Na+、Cl-、K+、H2PO4-、HPO42-」をイオン状態で含む水溶液であるといえる。 エ 本件発明1の塩に該当するかどうかの判断 (ア)化合物として単離された塩の場合 本件発明1について、塩が化合物として単離されたものを意味する場合、甲1発明の溶液は、溶質と溶媒の混合物であって、溶媒がない状態で「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が単離されているものでないことが明らかであるから、本件発明1と甲1発明の溶液は異なる。 (イ)混合物の一成分として存在する塩の場合 a 甲1発明の各種イオンが水和状態である場合 甲1発明の溶液に、「5-アミノレブリン酸」、「H+」及び「H2PO4-」(又は「HPO42-」)のイオンが水和状態で単に含まれていたとしても、当該イオンは相互に化学結合力によって結合していないから塩であるとはいえず、当然に本件発明1の塩にも該当しない。 b 甲1発明の各種イオンが電離している状態と電離していない状態の平衡状態を有している場合 甲1発明は上記aに示したイオン以外に少なくとも「Na+」、「Cl-」及び「K+」を含有し、かつ、各種イオンの濃度が不明な水溶液である。 さらに、甲1発明は、pH緩衝溶液中の5-アミノレブリン酸の分解を調べるためのpH調整前の溶液であって、いずれにしても「5-アミノレブリン酸」の各種イオンを含めた系における平衡状態は全く不明である。 そうすると、複数のイオンが濃度不明な状態で存在し、かつ、多数の電離平衡状態(平衡式)が想定されるなか、特定のイオンの組合せが、有効なイオン濃度(活量)で特定の電離平衡により「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を生成しているとする具体的な説明や証拠は存在しないし、各種イオン濃度に関係なく、かつ、平衡の優先順位を考慮することなく「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を生成する電離平衡が生じるという技術常識も確認できない。 しかも、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」という一行記載が存在していても、当該塩の製造方法が技術常識でない状況では、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を引用発明として認定できないのであるから(例えば、先の無効審判に対する審決の知財高裁令和4年(行ケ)第10091号)、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」という一行記載すらない甲1から「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を認定し、結果として記載されているに等しいと判断し、引用発明として認定することはできない。 よって、甲1発明の溶液は、化学結合力によって結合した「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を含む水溶液ともいえない。 オ したがって、相違点1は実質的相違点である。 (3)審判請求人の主張の検討 ア 無効理由1に関する請求人の主張 (ア)甲4に記載された技術事項に関する主張 請求人は、口頭審理陳述要領書5及び6ページにおいて、摘記(4b)の「(原文)to obtain the phosphate and salts concentrations usually used for biological media (total concentration of phosphates, 9.6 mM; concentration of additional salts, 0.140 M)」における「phosphate」は、各単語の単数形及び複数形の記載から「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を意味するものとし、この前提に立つと、同様の緩衝化工程を有する甲1においても同様であることを主張している。(第1回口頭審理調書別紙1(3)も同趣旨。) (イ)塩の定義に関する主張 請求人は、口頭審理陳述要領書8及び9ページにおいて、「塩」とは、「化学結合力によって結合してなる物質(化合物)」に限定されず、溶液中でイオンに分かれたものも塩である旨主張している。(第1回口頭審理調書別紙1(1)も同趣旨。) (ウ)塩の平衡に関する主張 請求人は、審判請求書7(4)イ(ウ)(7ページ13~18行)において、「水、5-アミノレブリン酸イオン及びリン酸イオンを含む物質は、言い換えれば、5-アミノレブリン酸リン酸塩を水に溶解させたものに他ならない。このように、甲第1号証に記載された物質は、リン酸水溶液に溶解させたもの、すなわちリン酸塩そのものである。すなわち、5-アミノレブリン酸塩酸塩をPBSに溶解させることにより、水溶液中に5-アミノレブリン酸リン酸塩が生成されたといえる。」と主張し、証拠説明書(3)において、甲11により「電離は可逆反応であり、反応物と生成物の割合は一定に保たれること」を述べるとともに、口頭審理において、「5-アミノレブリン酸とリン酸とが化学結合力により結合してなる物質」が一部存在する旨の主張をしている(第1回口頭審理調書別紙1(2))。 イ しかしながら、上記請求人の主張は、以下のとおりいずれも採用できない。 (ア)上記ア(ア)について 上記「phosphate and salts」における「phosphate」が「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を意味するとの直接の記載はない(そもそも「salts」が、生成した系の中に存在するあらゆる塩を意味していることを前提とすることも誤りである。)。 そして、文脈から「phosphate」が「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を意味するものともいえない。 更にいえば、上記主張の根拠となる甲4と、甲1の関係を示す証拠もない。 したがって、上記ア(ア)の主張は採用できない。 (イ)上記ア(イ)について 前記2(4)で説示したとおり「塩」とは「酸の陰性成分(陰イオンや付加化合物の酸等)と塩基の陽性成分(陽イオンや付加化合物の有機塩基等)の電荷が中和され、化学結合力によって結合した化合物」であって、甲5~9のいずれを参照しても、「陽イオン」と「陰イオン」の両者によって「電荷が中和」されずに、分離状態のものも「塩」を意味するとの記載はないし、本件特許明細書にもそのような分離状態でも塩に該当するとする直接的な記載はない。 したがって、塩の技術常識に反する上記ア(イ)の主張は採用できない。 (ウ)上記ア(ウ)について 電離平衡を考慮したとしても、上記(2)エ(イ)bに説示したとおり、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を生成しているとする具体的な説明や証拠は存在しないし、当業者は「5-アミノレブリン酸リン酸塩」が存在していることを試行錯誤なく理解できるとする甲1の記載や技術常識も確認できないから、上記ア(ウ)の主張は採用できない。 (4)小括 したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、本件発明1についての特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものではなく、請求人が主張する無効理由1によって無効とすることはできない。 第7 むすび 以上のとおり、本件発明1の特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当せず、無効理由1の理由によって無効すべきものではない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって結論のとおり決定する。

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2024-800030

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