特許異議申立
2024-700327
炭素繊維及び炭素繊維強化樹脂組成物の製造方法
- 審判番号
- 2024-700327
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 異議申立(異議の決定)
- 出願番号
- 特願2018-022052
- 登録番号
- 7359405
- 請求日
- 2024年04月10日
- 審決日
- 2025年08月19日
- 公報発行日
- 2025年11月28日
- 結論
- 訂正認容
- 当事者
- 【権利者】アイカーボン株式会社
- 【権利者代理人】弁理士法人特許事務所サイクス
- 【異議申立人】飯塚 真理子
- 審判長/審判官
- 審判長 光本 美奈子
- 審判官 弘實 由美子
- 審判官 村守 宏文
- 分類
- P1651.121-YAA(B29B) / P1651.536-YAA(B29B) / P1651.537-YAA(B29B)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第120条の5第9項、特許法第29条、特許法第120条の5、特許法第126条第6項、特許法第126条第5項、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第6項第1号、特許法第120条の5第4項、特許法第126条第7項、特許法第120条の5第2項、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第7359405号発明「炭素繊維及び炭素繊維強化樹脂組成物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。
結論
結 論
特許第7359405号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
特許第7359405号の請求項1~8に係る特許を維持する。
理由
理 由
第1 手続の経緯
第特許第7359405号(以下「本件特許」という。)の出願(特願2018-22052号)は、平成30年2月9日の出願であって、令和5年10月2日に特許権の設定登録がされ(請求項の数8)、同年同月11日に特許掲載公報が発行されたものであって、その後、令和6年4月10日に特許異議申立人である飯塚真理子(以下「申立人」という。)により、本件特許の請求項1~8に係る発明に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続の経緯は、以下のとおりである。
令和6年 9月17日付け 審尋(特許権者宛て)
11月11日 回答書(特許権者)
令和7年 3月11日付け 取消理由通知
4月25日 意見書及び訂正請求書(特許権者)
5月20日付け 通知書(申立人宛て)
前記通知書に対して、申立人からの応答はなかった。
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
(1)令和7年4月25日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、当該訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~8について訂正することを求めるものであって、その内容は次のア、イのとおりである。なお、訂正箇所に下線を付した。
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1における「工程(1)、及び」を「工程(1)、ただし、前記未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂はエポキシ樹脂である、及び」に訂正する。(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2~8も同様に訂正する。)
イ 訂正事項2
請求項8における「熱硬化性樹脂が、」という記載を「前記炭素繊維強化樹脂組成物に含まれる熱硬化性樹脂が、」に訂正する。
(2)一群の請求項について
訂正前の請求項1~8について、請求項2~8は請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1~8に対応する訂正後の請求項1~8は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項であって、本件訂正は、一群の請求項ごとにされたものである。
(3)訂正の適否の判断
ア 訂正事項1
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「未硬化プレプリグに含まれる熱硬化性樹脂」を「エポキシ樹脂」に特定することで、特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、特許法第120条の5第項2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、訂正事項1は、「熱硬化性樹脂」を特定することで限定したものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
本件特許明細書の段落0056の表1-1には、サンプルNo.1及びNo.2の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)として炭素繊維/エポキシ樹脂(wt比=60/40)の未硬化プリプレグの記載があり、段落0059には、「表1-2に結果を示すように、本方法では、初めに加熱した硝酸、次に水酸化ナトリウムを用いて段階的に溶解することにより、未硬化プリプレグ(No.1、2)及び硬化済みプリプレグ(No.3)に含まれているエポキシ樹脂の大部分を溶解することができたが、炭素繊維表面に樹脂残渣が僅かに確認された。」と記載されており、これらの記載を総合すれば、炭素繊維と熱硬化性樹脂を複合化した複合材料の未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂はエポキシ樹脂であることが把握できるから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
イ 訂正事項2
訂正事項2は、訂正前の請求項8における「熱硬化性樹脂」を「前記炭素繊維強化樹脂組成物に含まれる熱硬化性樹脂」に特定することで、請求項5における製造方法により製造される「炭素繊維強化樹脂組成物」の「熱硬化性樹脂」であることを明らかとするものであるから、特許法第120条の5第項2項ただし書第3号に規定する「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
また、訂正事項2は、「熱硬化性樹脂」を明確にしたものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、または変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものである。
本件特許明細書の段落0052には、「本発明の炭素繊維強化樹脂組成物の別の態様は、炭素繊維強化熱硬化性樹脂組成物であり、熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ジアリルフタレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂からなる群より選ばれた少なくとも一種を挙げることができる。」と記載されているから、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載さいた事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものである。
(4)独立特許要件
本件訂正においては、訂正前の全ての請求項である請求項1~8に対して特許異議の申立てがされているので、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の規定は課されない。
(5)小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書、特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~8〕について訂正することを認める。
第3 訂正後の本件発明
前記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1~8に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」~「本件発明8」といい、総称して「本件発明」ということもある。)は、それぞれ、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
炭素繊維と熱硬化性樹脂を複合化した複合材料であって、熱硬化性樹脂を硬化する前の未硬化プリプレグを、硝酸を1~10Mの範囲の濃度で含む酸性水溶液に浸漬して、未硬化プリプレグの樹脂分の一部を溶出して一部が繊維状化し、かつ樹脂の残渣が残存した物(以下、略繊維状物と称する)を得る工程(1)、ただし、前記未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂はエポキシ樹脂である、及び
工程(1)で得られた略繊維状物を、アルカリ金属及びアルカリ土類金属から成る群から選ばれる少なくとも1種を含むアルカリ性水溶液に浸漬して、略繊維状物の樹脂の残渣分を溶出及び除去して炭素繊維を得る工程(2)、を含む、炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
工程(1)における樹脂分の溶出量は、浸漬前の未硬化プリプレグの質量を100としたときに、5~95の範囲である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程(2)における樹脂分の溶出量は、工程(1)の浸漬前の未硬化プリプレグの質量を100としたときに、5~95の範囲である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
工程(2)で得られた炭素繊維を酸性水溶液に浸漬して、炭素繊維に付着する樹脂分および/またはサイジング剤をさらに溶出して、水分散性が向上した炭素繊維を得る工程(3)をさらに含む請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の方法により、炭素繊維を製造する工程、得られた炭素繊維を用いて、炭素繊維強化樹脂組成物を製造する工程を含む、炭素繊維強化樹脂組成物の製造方法。
【請求項6】
前記炭素繊維強化樹脂組成物は、炭素繊維と熱可塑性樹脂及び/又は熱硬化性樹脂を含む樹脂組成物であって、(A)炭素繊維と(B)熱可塑性樹脂及び/又は熱硬化性樹脂の合計量を100質量%として、(A)炭素繊維5~95質量%、(B)熱可塑性樹脂及び/又は熱硬化性樹脂5~95質量%からなる炭素繊維強化樹脂組成物である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
熱可塑性樹脂がポリオレフィン系樹脂、ポリアミド系樹脂、スチレン系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリフェニレンスルファイド樹脂、ポリアセタール樹脂、アクリル系樹脂及び塩化ビニル樹脂からなる群より選ばれた少なくとも一種である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記炭素繊維強化樹脂組成物に含まれる熱硬化性樹脂が、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ジアリルフタレート樹脂、不飽和ポリエステル樹脂からなる群より選ばれた少なくとも一種である請求項6に記載の製造方法。」
第4 特許異議の申立ての概要について
申立人は、下記2の証拠方法により、下記1を申立ての理由とする特許異議の申立てをしている。以下、申立人の提示した甲第1号証~甲第13号証をそれぞれ「甲1」~「甲13」ともいう。
1 申立ての理由
(1)申立理由1(進歩性欠如)
ア 申立理由1-1(甲1を主引例とする進歩性欠如)
訂正前の請求項1~8に係る発明は、甲1に記載された発明及び甲1~甲7に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
イ 申立理由1-2(甲2を主引例とする進歩性欠如)
訂正前の請求項1~8に係る発明は、甲2に記載された発明並びに甲1、甲2、甲5、甲6、甲8及び甲9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
ウ 申立理由1-3(甲3を主引例とする進歩性欠如)
訂正前の請求項1~8に係る発明は、甲3に記載された発明及び甲1、甲3、甲5、甲6、甲8及び甲9に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
(2)申立理由2(明確性要件違反)
訂正前の請求項1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
ア 本件特許明細書中に「未硬化」の定義が存在せず、当業者は「未硬化プリプレグ」の技術的意義を把握することができず、結局、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
イ 未硬化プリプレグの樹脂分が「未重合」の未重合物であるとすると、重合物でもある「熱硬化性樹脂」は未硬化プリプレグに含まれないものとなり、技術的な矛盾が生じるから、熱硬化性樹脂は「炭素繊維と熱硬化性樹脂を複合した複合材料であって、熱硬化性樹脂を硬化する前の未硬化プリプレグ」の技術的意義を把握することができず、結局、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
(3)申立理由3(サポート要件違反)
訂正前の請求項1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
ア 技術常識を考慮しても、炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理を行わない場合にまで炭素繊維が得られるとは理解できない。
イ 技術常識を考慮しても、実施例に記載されるエポキシ樹脂以外の樹脂材料についてまで炭素繊維が得られるとは理解できないし、実施例で開示された組成不明のエポキシ樹脂以外のあらゆる種類のエポキシ樹脂についてまで繊維状物が得られるとも理解できない。
(4)申立理由4(実施可能要件違反)
訂正前の請求項1~8に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
ア 発明の詳細な説明は、炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理を含まない方法まで開示しているとはいえない。
イ 発明の詳細な説明は、実施例に記載されるエポキシ樹脂以外の樹脂材料を含む未硬化プリプレグを対象とする方法まで開示しているとはいえないし、実施例で開示された組成不明のエポキシ樹脂以外のあらゆる種類のエポキシ樹脂を対象とする方法まで開示しているともいえない。
2 証拠方法
甲第1号証:特開2017-25312号公報
甲第2号証:Journal of Applied Polymer Science, 2004, vol. 95, p.1912-1916
甲第3号証:Korean J. Chem. Eng., 2011, vol.28, no.1, p.449-454
甲第4号証:化学工学会第75年会要旨集, 化学工学会, 2010年, 298頁
甲第5号証:日本接着学会誌, 2010年, 46巻, 11号, 423-428頁
甲第6号証:材料と環境, 1995年, 44巻, 2号, 104-111頁
甲第7号証:国際公開第2017/170770号
甲第8号証:特開2013-107973号公報
甲第9号証:Journal of Analytical and Applied Pyrolysis, 2011, vol.92, p.131-136
甲第10号証:炭素繊維 製造・応用技術の最前線, 2013年5月, 26-29頁
甲第11号証:熱測定, 1984年, 11巻, 1号, 41-42頁
甲第12号証:日本航空宇宙会誌, 2009年4月, 57巻, 第663号, 91-95頁
甲第13号証:日本接着学会誌, 2017年, 53巻, 11号, 391-397頁
第5 取消理由通知の概要
訂正前の請求項1~8に係る特許に対して、当審において、令和7年3月11日に特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(1)取消理由1(サポート要件違反)
訂正前の請求項1~8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂がエポキシ樹脂以外のものである態様について何ら記載されていないし、技術常識を参酌しても、未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂がエポキシ樹脂以外のものである態様において、硝酸やアルカリに対する溶解性が同等であると直ちに推認できず、そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌しても、未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂としてエポキシ樹脂以外のものまで発明の課題を解決できるものとは認識できないから、訂正前の請求項1~8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載された発明ではない。(前記第4 1(3)イに相当)
(2)取消理由2(明確性要件違反)
本件特許の請求項8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。
訂正前の請求項8に係る発明は、「熱硬化性樹脂」が、「炭素繊維強化樹脂組成物」に含まれる熱硬化性樹脂と、「未硬化プリプレグ」に含まれる熱硬化性樹脂のいずれを意味するものであるのか明らかとはいえないから、明確でない。
第6 取消理由についての当審における判断
1 取消理由1(サポート要件違反)について
(1)本件発明の課題
本件発明の課題は、本件特許明細書の段落0013の記載からみて、「炭素繊維複合材料(CFC)から、炭素繊維を劣化させることなく低コストで炭素繊維を回収し、リサイクルする方法を提供すること」であると認める。
(2)未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂について
本件特許明細書には、実施例として、サンプルNo.1、2の「炭素繊維/エポキシ樹脂=60:40」組成(wt比)を有する未硬化プリプレグを原料として用い、硝酸溶解工程(工程(1)に相当)及びアルカリ溶解工程(工程(2)に相当)を行った態様が記載されており、それら態様において、前記未硬化プリプレグに含まれるエポキシ樹脂の大部分が溶解し、炭素繊維表面の樹脂残渣は僅かとなること(実施例1)、そうして得られた炭素繊維と、ポリプロピレン(PP)等の、66ナイロン、ポリカーボネート(PC)、ABS、PBT、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリフェニレンエーテル/ポリスチレン(=60/40質量比)、ポリオキシメチレン(ポリアセタール)、アクリル樹脂又は塩化ビニル樹脂との組成物は、電気分解法、熱分解法により得られた炭素繊維、また中弾性バージン炭素繊維を用いて作成した樹脂組成物と比較していずれも高い強度が得られること(実施例2、3)、すなわち、炭素繊維を劣化させず、高い強度を維持したまま回収できることが、具体的なデータの裏付けをもって記載されている。
そうすると、炭素繊維とエポキシ樹脂とを有する未硬化プリプレグを原料として用い、工程1及び工程2を行うことで、実施例の前記(1)の課題を解決し得ることが開示されていると認められる。
したがって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であるし、本件発明2~8も同様の理由から、発明の詳細な説明に記載された発明である。
(3)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書において、「一般に、高分子は、その化学構造や分子量等により化学的性質が大きく異なっている」、「甲第6号証には、様々な種類の高分子について、様々な分解様式があることを開示している」、「甲第5号証には、エポキシ樹脂であっても、化学構造によって酸・アルカリ環境下の腐食・劣化耐性が異なることが開示されている」、「酸無水物硬化エポキシ樹脂は、水酸化ナトリウム水溶液により重量が減少するのに対し、硫酸では重量が却って増加することが刊行物5により示されている」、「一方で、アミン硬化エポキシ樹脂の場合、酸の中でも硝酸のみにより重量が減少していることが示されている」、「これに対し、本件特許の発明の詳細において具体的に実施例において使用されているのは、化学構造も不明なエポキシ樹脂のみである」、「他の構造、例えば酸に対して耐食性を有する酸無水物硬化エポキシ樹脂や、アルカリに対して耐食性を有するアミン硬化エポキシ樹脂についてまで、上記工程(1)、(2)のみにより炭素繊維が得られるとは、本件特許の発明の詳細に接した当業者は、理解できない」、「ましてや全く化学構造が異なるエポキシ樹脂以外の樹脂材料を含む未硬化プリプレグについてまで、上記工程(1)、(2)のみにより繊維状物が得られるとは、本件特許の発明の詳細に接した当業者は、理解できない」と主張している。(前記第4 1(3)イに相当)
そこで当該主張について検討する。
本件発明1は、「未硬化プリプレグに含まれる熱硬化性樹脂」が「エポキシ樹脂」に特定されているから、エポキシ樹脂以外の樹脂材料を含む未硬化プリプレグについての主張は採用できない。
前記(2)で示したとおり、本件特許明細書の炭素繊維/エポキシ樹脂組成の未硬化プリプレグを原料として用いた実施例の記載から、工程(1)及び(2)を含む本件発明は、電気分解法、熱分解法と比べて、低コストなだけでなく、炭素繊維を劣化させず、高い強度を維持したまま回収できることは明らかであるといえる。
確かに、本件特許明細書には、前記実施例で用いたエポキシ樹脂の化学構造等は明らかとされていないし、甲5を参酌すると、エポキシ樹脂であっても、化学構造によって酸・アルカリ環境下の腐食・劣化耐性が異なるものと理解される。
しかしながら、申立人も記載しているとおり、甲5には、酸に対して耐食性を有する酸無水物硬化エポキシ樹脂は、水酸化ナトリウム水溶液により重量が減少すること、すなわち、アルカリ溶出可能であること、アルカリに対して耐食性を有するアミン硬化エポキシ樹脂は、硝酸により重量が減少すること、すなわち、硝酸溶出可能であることが示されているところ、エポキシ樹脂が酸又はアルカリに対して耐食性を有するものであっても、工程(1)及び(2)を組み合わせ、さらに、酸及びアルカリの濃度、溶解温度、溶解時間等の条件を適宜調整することで、未硬化プリプレグから繊維状物が取り出せるものと、当業者は理解できる。
したがって、前記申立人の主張はいずれも採用できない。
2 取消理由2(明確性要件違反)
本件発明8は、「熱硬化性樹脂」が「前記炭素繊維強化樹脂組成物に含まれる熱硬化性樹脂」に特定されているから、「未硬化プリプレグ」に含まれる熱硬化性樹脂を意味するものでないことは明らかである。
したがって、本件発明8は明確である。
第7 取消理由通知において採用しなかった申立ての理由について
1 申立理由1(進歩性欠如)
(1)申立理由1-1(甲1を主引例とする進歩性欠如)
申立人は、甲1には、実施例8及び9において具体的に、CFRPから炭素繊維を分離すること、酸性組成物により廃CFRPを処理してエポキシ樹脂硬化物を分離していること、エポキシ樹脂硬化物を4mol/L次亜塩素酸ナトリウム水溶液100mLでエポキシ樹脂硬化物を完全に分解して炭素繊維を分離していることが記載されており(段落0164、0165)、ここで、段落0063には、「エポキシ樹脂硬化物は、硬化したエポキシ樹脂だけでなく、一部硬化したエポキシ樹脂または硬化反応中に生成される中間物質(いわゆるエポキシ樹脂プレポリマーまたはプリプレグ)もまた含むように定義される」と記載されており、エポキシ樹脂硬化物は、未硬化プレプリグも含む概念であるから、本件発明1と甲1に記載の発明とは、甲1に記載の発明が、酸性水溶液として、硝酸を1~10Mの範囲の濃度で含むものを使用するものでないことで相違するものの、甲2~甲6にも開示されるように、炭素繊維・樹脂複合材料のリサイクルやエポキシ樹脂のリサイクルにおいて、1~10Mの範囲の濃度の硝酸を含む酸性水溶液を用いることは、本件特許に係る出願の時において周知の事項であるから、甲1に記載の発明において酸性組成物として1~10Mの範囲の濃度の硝酸水溶液を採用することは、当業者が容易になし得ることであり、また、それによって奏される効果は、甲1~甲6の記載に接した当業者が予期し得るものであると主張している。
そこで検討すると、甲2、甲3に記載されているのは、炭素繊維とエポキシ樹脂との複合体を8M以上の硝酸水溶液で処理し、エポキシ樹脂を完全に分解させる技術であり、甲4~甲6に記載されているのは、アミン硬化エポキシ樹脂に対して硝酸のみが著しい分解作用を示すことであって、いずれも硝酸水溶液での処理単独でエポキシ樹脂を完全に分解させる技術についての記載である。
一方、甲1の実施例8、9において具体的に用いられている酸性水溶液は「酢酸」のみであり、甲1の段落0131には、酸性組成物が「酸性物質を含む液相組成物であってよい」との記載はあるものの、具体的な酸性物質は記載されておらず、段落0126には、酸性組成物による処理の技術的意義について、「エポキシ樹脂硬化物の反応表面積を増加させるように前処理する」との記載に留まり、酸性組成物がエポキシ樹脂硬化物に対してどのように作用するのか具体的なところが何ら記載されていない。
そうすると、甲2~甲6の記載を参酌しても、エポキシ硬化樹脂に対する作用効果が酢酸とは明らかに異なる硝酸水溶液を、甲1に記載の発明における酸性組成物として適用することが動機付けられるものではない。
したがって、前記申立人の主張は採用できない。
(2)申立理由1-2(甲2を主引例とする進歩性欠如)
申立人は、甲2には、炭素繊維を含むエポキシ複合材料を8M硝酸水溶液により処理してエポキシ樹脂の分解を行うことが記載されているから(甲2の第1912頁右欄~第1914頁左欄のMaterials and sample preparation、第1914頁右欄のDecomposition processing of the epoxy resin)、本件発明1と甲2に記載の発明とは、甲2に記載の発明が、酸性水溶液の処理対象が未硬化プリプレグでなく、また、アルカリ性水溶液に浸漬して略繊維状物の樹脂分を溶出して炭素繊維を得る工程(2)を含むものでないことで相違するものの、甲1(段落0063、0083)、甲8(請求項1、段落0001)にも開示されるように、未硬化プリプレグ等の炭素繊維強化樹脂中間基材から炭素繊維を回収することは周知であるし、また、エポキシ樹脂をアルカリ性溶液に浸漬して樹脂分の少なくとも一部を溶出させる工程は、甲1、甲5、甲6、甲9にも開示されているように、本願出願前において周知の事項であり、ここで、エポキシ樹脂の組成によって酸やアルカリ水溶液中での耐食性が大きく異なることも、例えば甲5(第423頁左欄)に記載されているように周知であるから、甲2に記載の発明において、エポキシ樹脂複合材料として未硬化プリプレグを採用し、硝酸水溶液による処理を行った後、酸性水溶液により分解、溶出させることができなかった樹脂分を分解・溶出させることを目的として、アルカリ性溶液により処理を行うことは、当業者が容易になし得ることであり、さらに、それによって奏される効果は、当業者が予期し得るものであると主張している。
そこで検討すると、甲2に記載されているのは、炭素繊維とエポキシ樹脂との複合体を8M以上の硝酸水溶液で処理し、エポキシ樹脂を完全に分解させる技術であり、甲2には、アルカリ性溶液による処理を行う技術は何ら記載も示唆もされていないところ、エポキシ樹脂の組成によって酸やアルカリ水溶液中での耐食性が大きく異なることが周知であるとしても、そのことをもって直ちに、甲2に記載された発明に、さらにアルカリ性溶液による処理を行うことが動機付けられるものではない。
したがって、前記申立人の主張は採用できない。
(3)申立理由1-3(甲3を主引例とする進歩性欠如)
申立人は、甲3には、炭素繊維補強エポキシ複合材料を硝酸水溶液により処理して、エポキシマトリックスを分解させることが記載されているから(第450頁、3. Experimental Procedures)、本件発明1と甲3に記載の発明とは、甲3に記載の発明が、酸性水溶液の処理対象が未硬化プリプレグでなく、また、アルカリ性水溶液に浸漬して略繊維状物の樹脂分を溶出して炭素繊維を得る工程(2)を含むものでないことで相違するものの、前記(2)で示したのと同様に、甲3に記載の発明において、エポキシ樹脂複合材料として未硬化プリプレグを採用し、硝酸水溶液による処理を行った後、酸性水溶液により分解、溶出させることができなかった樹脂分を分解・溶出させることを目的として、アルカリ性溶液により処理を行うことは、当業者が容易になし得ることであり、さらに、それによって奏される効果は、当業者が予期し得るものであると主張している。
しかしながら、前記(2)で示したのと同様に、甲3には、アルカリ性溶液による処理を行う技術は何ら記載も示唆もされていないところ、エポキシ樹脂の組成によって酸やアルカリ水溶液中での耐食性が大きく異なることが周知であるとしても、そのことをもって直ちに、甲3に記載された発明に、さらにアルカリ性溶液による処理を行うことが動機付けられるものではない。
したがって、前記申立人の主張は採用できない。
2 申立理由2(明確性要件違反)
申立人は、本件特許明細書中に「未硬化」の定義が存在せず、当業者は「未硬化プリプレグ」の技術的意義を把握することができず、結局、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であると主張している。(前記第4 1(2)アに相当)
また、未硬化プリプレグの樹脂分が「未重合」の未重合物であるとすると、重合物でもある「熱硬化性樹脂」は未硬化プリプレグに含まれないものとなり、技術的な矛盾が生じるから、熱硬化性樹脂は「炭素繊維と熱硬化性樹脂を複合した複合材料であって、熱硬化性樹脂を硬化する前の未硬化プリプレグ」の技術的意義を把握することができず、結局、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であると主張している。(前記第4 1(2)イに相当)
しかしながら、本件特許明細書の段落0019には、「未硬化プリプレグは、CFC製品を製造する過程で生じる端材や不良品等として回収される物であることができる」と記載されており、「未硬化プリプレグ」は、製造された後、硬化されて製品となるまでの間の保管の際に、ある程度の時間が経過するのが一般的であることも考慮すると、未硬化プリプレグは、熱硬化性樹脂のモノマー成分と架橋剤とが徐々に反応し、硬化したものを一部含む状態のものであり、完全な未重合物でないことは明らかである。
したがって、前記申立人の主張はいずれも採用できない。
3 申立理由3(サポート要件違反)
申立人は、本件特許明細書に記載される実施例では、全てのサンプルに対して炭酸水素ナトリウム水溶液にて前処理を行った後、工程(1)及び(2)を行っており、炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理を行わなかった場合にまで炭素繊維が得られることについては何ら実証されていないから、技術常識を考慮しても、炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理を行わない場合にまで炭素繊維が得られるとは理解できないと主張している。(前記第4 1(3)アに相当)
しかしながら、本件特許明細書の段落0060には、「初めに酸ではなくアルカリ性水溶液を用いた場合には、エポキシ樹脂は溶解せず、羊毛状の炭素繊維を得ることはできないが、積層されている未硬化プリプレグの層間接着に作用し、プリプレグを1枚ずつ容易に剥がすことが可能になる。そのため、廃材の前処理方法(工程(1)に先だって実施)としては非常に有用である。よって本方法では未硬化プリプレグの前処理剤として、弱アルカリ性である炭酸水素ナトリウム水溶液を用い、数分~数日浸漬し、プリプレグが剥がしやすくすることもできる」と記載されており、当該記載から、炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理は、未硬化プリプレグが積層している場合に、層間剥離させるのに好適な任意の前処理工程であると理解できる。すなわち、当該前処理が必須でなくても、炭素繊維が得られるものと理解できる。
一方、申立人は、当該前処理がなければ炭酸水素ナトリウム水溶液による前処理を行わなかった場合にまで炭素繊維が得られることについては何ら実証されていないと述べるに留まり、当該前処理を行わなかった場合に炭素繊維が得られない又は得られるとまではいえないことの具体的な根拠は示していない。
したがって、前記申立人の主張は採用できない。
4 申立理由4(実施可能要件違反)
申立人の主張は、前記第6 1(3)及び前記3で示したサポート要件についての主張と同様であることから、申立人の実施可能要件についての主張(前記第4 1(4)ア、イに相当)も同様に採用できない。
また、申立人の実施可能要件についての主張は、前記のとおり、サポート要件違反を主張するものであって、実施可能要件違反についての主張ではないし、本件特許明細書には本件発明の方法を使用できるように記載されているから、実施可能要件を満たしている。
第8 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1~8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1~8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
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2024-700327