特許拒絶査定不服審判
2023-019294
ベーパーチャンバ用金属板、ベーパーチャンバ用金属条、ベーパーチャンバおよび電子機器
- 審判番号
- 2023-019294
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2023-533400
- 請求日
- 2023年11月13日
- 審決日
- 2024年01月15日
- 公報発行日
- 2024年03月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】大日本印刷株式会社
- 【請求人代理人】宮嶋 学
- 【請求人代理人】堀田 幸裕
- 【請求人代理人】山下 和也
- 審判長/審判官
- 審判長 水野 治彦
- 審判官 岩▲崎▼ 則昌
- 審判官 間中 耕治
- 分類
- P18 .121-Z (F28F) / P18 .572-Z (F28F) / P18 .575-Z (F28F)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項、特許法第17条の2第3項、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
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特願2023-533400「ベーパーチャンバ用金属板、ベーパーチャンバ用金属条、ベーパーチャンバおよび電子機器」拒絶査定不服審判事件〔令和 5年 6月15日国際公開、WO2023/106384〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2022年(令和4年)12月8日(優先権主張 令和3年12月10日)を国際出願日とする出願であって、その手続の主な経緯は、以下のとおりである。
令和 5年 5月31日 :手続補正書の提出
同 年 6月27日付け:拒絶理由通知書
同 年 8月29日 :意見書の提出
同 年 9月26日付け:拒絶査定
同 年11月13日 :審判請求書、手続補正書の提出
第2 令和5年11月13日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和5年11月13日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正について
(1) 本件補正後の特許請求の範囲の記載
本件補正により、特許請求の範囲の記載は、以下のとおり補正された。(下線部は、補正箇所である。)
「【請求項1】
ベーパーチャンバ用金属板であって、
SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である、
ベーパーチャンバ用金属板。
【請求項2】
前記鉄元素の比率は、前記ベーパーチャンバ用金属板の表面をX線光電子分光法で測定することにより得られた比率である、
請求項1に記載のベーパーチャンバ用金属板。
【請求項3】
前記ベーパーチャンバ用金属板の厚さは、5μm~30μmである、
請求項1または2に記載のベーパーチャンバ用金属板。
【請求項4】
請求項1または2に記載のベーパーチャンバ用金属板を備え、
前記ベーパーチャンバ用金属板が、円筒状に巻かれている、
ベーパーチャンバ用金属条。
【請求項5】
作動流体が封入されたベーパーチャンバであって、
前記作動流体が封入された空間部と、
前記空間部を覆う第1シートと、を備え、
前記第1シートは、金属板で構成され、
前記金属板は、SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記第1シートは、前記空間部に露出する第1露出面を含み、
前記第1露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である、
ベーパーチャンバ。
【請求項6】
前記鉄元素の比率は、前記第1露出面をX線光電子分光法で測定することにより得られた比率である、
請求項5に記載のベーパーチャンバ。
【請求項7】
前記金属板の厚さは、5μm~30μmである、
請求項5または6に記載のベーパーチャンバ。
【請求項8】
前記第1シートとは反対側から前記空間部を覆う第2シートを備え、
前記第2シートは、前記金属板で構成され、
前記第2シートは、前記空間部に露出する第2露出面を含み、
前記第2露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である、
請求項5または6に記載のベーパーチャンバ。
【請求項9】
前記第1シートと前記第2シートとの間に介在された中間シートを備えた、
請求項8に記載のベーパーチャンバ。
【請求項10】
前記中間シートは、前記空間部内に位置するランド部を含み、
前記ランド部は、前記第1シートに接合されている、
請求項9に記載のベーパーチャンバ。
【請求項11】
前記中間シートは、無酸素銅で構成されている、
請求項9に記載のベーパーチャンバ。
【請求項12】
ハウジングと、
前記ハウジング内に収容されたデバイスと、
前記デバイスに熱的に接触した、請求項5または6に記載のベーパーチャンバと、を備えた、
電子機器。」
(2) 本件補正前の特許請求の範囲
本件補正前の令和5年5月31日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。
「【請求項1】
ベーパーチャンバ用金属板であって、
SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である、
ベーパーチャンバ用金属板。
【請求項2】
前記鉄元素の比率は、前記ベーパーチャンバ用金属板の表面をX線光電子分光法で測定することにより得られた比率である、
請求項1に記載のベーパーチャンバ用金属板。
【請求項3】
前記ベーパーチャンバ用金属板の厚さは、5μm~30μmである、
請求項1または2に記載のベーパーチャンバ用金属板。
【請求項4】
請求項1または2に記載のベーパーチャンバ用金属板を備え、
前記ベーパーチャンバ用金属板が、円筒状に巻かれている、
ベーパーチャンバ用金属条。
【請求項5】
作動流体が封入されたベーパーチャンバであって、
前記作動流体が封入された空間部と、
前記空間部を覆う第1シートと、を備え、
前記第1シートは、金属板で構成され、
前記金属板は、SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記第1シートは、前記空間部に露出する第1露出面を含み、
前記第1露出面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である、
ベーパーチャンバ。
【請求項6】
前記鉄元素の比率は、前記第1露出面をX線光電子分光法で測定することにより得られた比率である、
請求項5に記載のベーパーチャンバ。
【請求項7】
前記金属板の厚さは、5μm~30μmである、
請求項5または6に記載のベーパーチャンバ。
【請求項8】
前記第1シートとは反対側から前記空間部を覆う第2シートを備え、
前記第2シートは、前記金属板で構成され、
前記第2シートは、前記空間部に露出する第2露出面を含み、
前記第2露出面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である、
請求項5または6に記載のベーパーチャンバ。
【請求項9】
前記第1シートと前記第2シートとの間に介在された中間シートを備えた、
請求項8に記載のベーパーチャンバ。
【請求項10】
前記中間シートは、前記空間部内に位置するランド部を含み、
前記ランド部は、前記第1シートに接合されている、
請求項9に記載のベーパーチャンバ。
【請求項11】
前記中間シートは、無酸素銅で構成されている、
請求項9に記載のベーパーチャンバ。
【請求項12】
ハウジングと、
前記ハウジング内に収容されたデバイスと、
前記デバイスに熱的に接触した、請求項5または6に記載のベーパーチャンバと、を備えた、
電子機器。」
2 補正の適否
本願の願書に最初に添付した明細書の段落【0067】には、ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率に関して、「2.0atomic%以上であってもよい」と記載されており、段落【0068】には、第1シートの第1露出面における鉄元素の比率に関して、「2.0atomic%以上であってもよい」と記載されており、段落【0069】には、第2シートの第2露出面における鉄元素の比率に関して、「2.0atomic%以上であってもよい」と記載されている。
そうすると、本件補正後の請求項1に記載された「前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上」であること、本件補正後の請求項5に記載された「前記第1露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上」であること及び本件補正後の請求項8に記載された「前記第2露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上」であることは、いずれも本願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載された事項である。
したがって、本件補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてするものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定を満たすものである。
そして、本件補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である」ことを「前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である」ことに限定し、本件補正前の請求項5に記載された発明を特定するために必要な事項である「前記第1露出面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である」ことを「前記第1露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である」ことに限定し、本件補正前の請求項8に記載された発明を特定するために必要な事項である「前記第2露出面における鉄元素の比率は、8.5atomic%以下である」ことを「前記第2露出面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である」ことに限定するものであって、本件補正前の請求項1、請求項5及び請求項8に記載された発明と、本件補正後の請求項1、請求項5及び請求項8に記載される発明との産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が同条第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。
(1) 本件補正発明
本件補正発明は、上記1(1)の請求項1に記載した事項により特定されるとおりのものである。
(2) 引用文献
ア 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である中国特許出願公開第112087920号明細書(以下「引用文献1」という。)には、以下の記載がある。なお、翻訳文は、当審で作成した。(下線は、参考のために当審で付した。以下同様。)
(ア) 「
[図:0001407770000001.jpg]
」
<翻訳文>
「[0034] 図1~図3に示すように、本開示によるステンレス鋼均熱板が概略的に示されており、この均熱板は、主に、携帯電話、タブレット、ノートパソコン、LEDなどの端末電子製品の放熱に使用される。均熱板は、ウィック3と、ステンレス鋼製の上部カバー1及び下部カバー2とからなり、上部カバー1及び下部カバー2は、密閉されたチャンバー4を形成できるように溶接され、ウィック3は、チャンバー4内に設けられ、上部カバー1及び下部カバー2の両方の表面は、不動態化されており、上部カバー1及び下部カバー2の表面全体について不動態化することも、上部カバー1及び下部カバー2の表面について部分的に不動態化することもでき、チャンバー4の内壁の少なくとも全てを不動態化することができる。上部カバー1及び下部カバー2のステンレス鋼の外表面は、ステンレス鋼の本質を保持し、錆や汚れなどが付きにくく、外観が良い。
[0035] 使用時には、放熱作動媒体、例えば、水または他の適切な冷却剤は、均熱板のチャンバー4内に密封され、熱源から均熱板に熱が伝達されると、チャンバー4内の放熱作動媒体は、低真空環境で加熱された後に気化現象を起こし始め、熱を吸収して冷端に向かって流れ、冷えると凝縮して熱を放出し、チャンバー4内のウィック3を経由して熱源端に戻り、放熱作動媒体の吸熱または放熱による物質の相変化によって散熱効果を実現する。
[0036] チャンバー4内の放熱作動媒体には、通常、純水または超純水が採用される。真空状態では、水は、加熱されると気化しやすいため、温度を素早く下げることができ、水蒸気が凝縮すると温度が下がり、一定量の熱が放出されることで、温度を素早く調整し、均熱の機能を達成することができ、さらに、純水や超純水は、金属に対する腐食性も極めて弱く、製品の寿命を保証することができる。
[0037] 上部カバー1及び下部カバー2の表面は、不動態化されており、金属は、酸化性不動態化媒体と相互作用して、金属表面に、非常に薄く、緻密で、被覆性能が良好で、金属表面に強く密着する不動態化膜が形成され、この膜は、通常、酸素と金属の化合物である別の相として存在し、不動態化膜または相形成膜と呼ばれる。この膜は、金属を腐食性媒体から完全に分離する機能を有し、金属と腐食性媒体との直接接触を防止し、金属の溶解速度を大幅に低下させ、金属が基本的に溶解を停止して受動的な状態を形成し、腐食の影響を防ぐ役割を持ち、上部カバー1と下部カバー2とで形成されるチャンバー4の内壁が、チャンバー4内で一般的に使用される放熱作動媒体と水素の析出反応や非凝縮性ガス等を生じないようにすることができ、経時変化等による性能劣化を生じにくく、製品の放熱性能を確保することができる。通常、不動態化処理には、水蒸気不動態化処理が採用され、操作が簡単、低コスト、グリーン、省エネルギー、環境に優しいなどの特徴がある。もちろん、他の適切な不動態化処理液を不動態化処理に使用することもできる。」
(イ) 「
[図:0001407770000002.jpg]
[図:0001407770000003.jpg]
」
<翻訳文>
「[0039] 上部カバー1及び下部カバー2に使用されるステンレス鋼の鋼種には、304、315、316、316L等が含まれるが、これらに限定されるものではなく、先行技術におけるステンレス鋼の他の適切な鋼種とすることもできる。ここでいうステンレス鋼には、基本的にステンレス鋼と同等の性能を有する炭素鋼、合金鋼等も含まれる。」
(ウ) 上記(ア)の段落[0034]及び[0035]の記載事項から、上部カバー1は、ベーパーチャンバを構成するものであることが把握される。そして、上記(ア)の段落[0034]の記載事項及びステンレス鋼に関する技術常識を踏まえると、上部カバー1の表面には、鉄元素が存在するといえる。
イ 引用発明
上記アから、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
<引用発明>
「ベーパーチャンバを構成する上部カバー1であって、
ステンレス鋼316Lからなり、
上部カバー1の表面は、不動態化されており鉄元素が存在する、
上部カバー1。」
ウ 引用文献2の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である特開2001-32100号公報(以下「引用文献2」という。)には、以下の記載がある。
(ア) 「【0014】不動態化は、機械的研磨の316Lステンレス鋼鋼管における鉄に対するクロムの比率に大なる影響を及ぼす。同一管から得たサンプルを種々の不動態時間、昇温した硝酸に曝して、得られた不動態層をXPS(X-線光電子分光)を使用して解析した。表面の化学組成の変化、特に不動態層中の鉄元素の量の変化は、顕著であった。Cr:Fe比率およびクロム酸化物に対するクロム元素の比率に顕著な差が生じた。他の元素では、シリコンおよびモリブデンが変則的な行動を示した。機械的に研磨した管の不動態層に、同等の電解研磨した管よりもより多くの鉄およびクロム元素が存在しており、機械的に研磨した管に、より容易に腐食面が形成されることを示している。」
(イ) 「【0025】ステンレス鋼316Lのサンプルを高温の硝酸に種々の時間浸した場合の表面の化学組成を表1に示す。データは、表面の40Å(12原子)以内における原子番号3以上の元素の構成を原子パーセントで示したものである。図1および図2に、金属元素のみの表面原子濃度を不動態処理時間の関数として示す。
【0026】
【表1】
[図:0001407770000004.jpg]
【0027】これらのデータは、クロムおよび酸素の濃度は、30分の不動態処理で最大値に達し、鉄は最低値を示すことを明らかにしている。表2および図3におけるようにデータを鉄に対する金属元素の比率で比較すると、Cr/Fe比の最大値は30分の不動態処理で生じており、理由は不明であるが、15分および60分の何れの不動態処理の場合にもCr/Fe比は減少している。Ni/Fe比およびMo/Fe比は何れも15分処理で最大値に達し、30分の処理後は減少し始めている。
【0028】
【表2】
[図:0001407770000005.jpg]
」
(ウ) 「【0067】この追加の試験の結果から、以下のとおりの結論が得られる。
1. ステンレス鋼管は、その内周面を調整することで、その寿命を改善することが可能である。二つの最も普通の方法は,電解研磨と酸による不動態処理である。この何れにおいても、最良の耐蝕性を得るためには、そのCr/Fe比を1.0に近い値、あるいはこれを超えた値にすることが必要である。
2. 不動態層内の自由鉄(Free iron)の量は、不動態層の安定化には重要である。自由鉄が鉄の酸化物以上になると、表面膜は安定性を失い、使用中に破壊してしまう。
3. 不動態処理は、比較的短時間で最適Cr/Fe比に達し,その後,逆戻りする。
4. 不動態層の特徴から、それは本質的には、クロマイトスピネルの特徴を有する結晶であるとみられる。
5. 軌道溶接面には鉄とマンガンが多く、クロムは非常に少なくなっており、溶接のままの表面は耐蝕性に乏しいことを示唆している。
6. 溶接の熱影響ゾーンを覆う暗色酸化物には、Crが非常に高く、鉄が少ない。このことは、その酸化物が非常に良好な耐蝕性を有するクロマイトであることを示している。
7. 溶接表面に時々生じるスラグスッポトは、鋼からのインクルージョンの集まりである。ガス遮蔽が不完全な条件では、これらのスラグスポットは、溶接溶湯池でのシリコン、鉄、およびクロムの酸化により生じたものとみられる。」
(エ) 「【図3】
[図:0001407770000006.jpg]
」
(オ) 上記(ウ)には、ステンレス鋼のCr/Fe比を1.0に近い値、あるいはこれを超えた値にすることで最良の耐蝕性が得られることが記載されているところ、上記(イ)の段落【0027】及び上記(エ)には、ステンレス鋼316Lのサンプルを高温の硝酸に30分だけ浸して不動態層を形成した場合にCr/Fe比が最大値になることが記載されている。そして、上記(イ)の段落【0026】の【表1】には、ステンレス鋼316Lのサンプルを高温の硝酸に30分だけ浸して不動態層を形成した場合、その表面における鉄元素の比率は、5.7原子パーセントであることが示されている。
エ 引用文献2に記載された技術
上記ウから、引用文献2には、以下の技術(以下「引用文献2に記載された技術」という。)が記載されていると認められる。
<引用文献2に記載された技術>
「ステンレス鋼316Lのサンプルを高温の硝酸に30分だけ浸して不動態層を形成した場合、その表面における鉄元素の比率は、5.7原子パーセントであること。」
(3) 対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。
ア 引用発明の「ベーパーチャンバ」は、本件補正発明の「ベーパーチャンバ」に相当する。引用発明の「上部カバー1」は、金属の一種である「ステンレス鋼316Lからな」るものであるから、本件補正発明の「金属板」に相当する。
そうすると、引用発明の「ベーパーチャンバを構成する上部カバー1」は、本件補正発明の「ベーパーチャンバ用金属板」に相当する。
イ 本件補正発明の「SUS316LまたはSUS316LTAで構成され」ることは、「SUS316L」と「SUS316LTA」とのいずれか一方で「構成され」ることを意味するから、引用発明の「ステンレス鋼316Lからな」ることは、本件補正発明の「SUS316LまたはSUS316LTAで構成され」ることに相当する。
ウ 引用発明の「表面」及び「鉄元素」は、それぞれ、本件補正発明の「表面」及び「鉄元素」に相当する。
そうすると、引用発明の「上部カバー1の表面は、不動態化されており鉄元素が存在する」ことと、本件補正発明の「前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、2.0atomic%以上8.5atomic%以下である」こととは、「前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、所定値である」ことの限りにおいて一致する。
エ 上記ア~ウから、本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
<一致点>
「ベーパーチャンバ用金属板であって、
SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、所定値である、
ベーパーチャンバ用金属板。」
<相違点1>
「ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率」に関して、本件補正発明は、「2.0atomic%以上8.5atomic%以下である」のに対して、引用発明は、不動態化され鉄元素を有しているが、その具体的な比率を特定していない点。
(4) 判断
相違点1について検討する。
引用文献2に記載された技術の「5.7原子パーセント」という数値は、相違点1に係る本件補正発明の「2.0atomic%以上8.5atomic%以下」という数値範囲に包含されるものである。
引用発明と引用文献2に記載された技術とは、どちらも表面が不動態化したステンレス鋼316Lに関するものであるから、技術分野が共通する。そして、上記(2)ア(ア)の段落[0037]の記載事項及び上記(2)ウ(ウ)の記載事項から、耐腐食性能を高くすることは、引用発明及び引用文献2に記載された技術に内在する課題であるから、両者の解決しようとする課題が共通する。
そうすると、引用発明において、ステンレス鋼316Lからなる上部カバー1の耐腐食性能を高くするために引用文献2に記載された技術を適用し、不動態化されている表面における鉄元素の比率を相違点1に係る本件補正発明の数値範囲内である5.7原子パーセントにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
そして、本件補正発明の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献2に記載された技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。
したがって、本件補正発明は、引用発明及び引用文献2に記載された技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5) 審判請求人の主張について
令和5年11月13日に提出された審判請求書において、審判請求人は、引用文献1及び引用文献2に対する本件補正発明の進歩性に関して、概略、以下のように主張する。
「引用文献1と引用文献2とは、課題、作用、機能が共通しておらず、引用文献2を引用文献1に組み合わせる動機付けが存在しない。」(第6ページ第20行~第7ページ第2行、以下「主張1」という。)
「引用文献1-2を組み合わせたとしても、ベーパーチャンバの熱輸送性能の低下を抑制するために、ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率を2.0atomic%以上8.5atomic%以下に規定するという本願発明の特徴に想到することはできない。それどころか、引用文献1-2を組み合わせたとしても、ベーパーチャンバの熱輸送性能の低下を抑制するために、鉄元素の比率をどの程度にすればよいかという着想すら生じ得ない。」(第7ページ第4行~第25行、以下「主張2」という。)
「本件補正発明は、ベーパーチャンバの熱輸送性能の低下を抑制できるという有利な効果を奏するものである。」(第7ページ第28行~第10ページ第16行、以下「主張3」という。)
審判請求人の主張1について検討する。
引用発明と引用文献2に記載された技術とを組み合わせる動機付けが存在することは、上記(4)で説示したとおりである。
審判請求人の主張2について検討する。
上記(2)ア(ア)に説示したとおり、引用文献1の段落[0037]には、上部カバー1の表面に形成された不動態化膜が腐食の影響を防ぐ役割を持つこと及び「経時変化等による性能劣化を生じにくく、製品の放熱性能を確保することができる」と記載されており、上部カバー1の耐蝕性を高くすると、「ベーパーチャンバの熱輸送性能の低下」が抑制されることは、引用文献1に記載されている事項である。
また、上記(4)で説示したとおり、引用文献2に記載された技術の「5.7原子パーセント」という数値は、本件補正発明の「2.0atomic%以上8.5atomic%以下」という数値範囲に包含されるものである。
そして、審判請求人が主張する「本願発明の特徴」は、引用文献1及び引用文献2に記載されており、引用発明に引用文献2に記載された技術を組み合わせる動機付けがある。
そうすると、引用発明において、引用文献2に記載された技術を適用し、不動態化されている表面における鉄元素の比率を本件補正発明の数値範囲内である5.7原子パーセントにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
審判請求人の主張3について検討する。
上記(2)ア(ア)に説示したとおり、引用文献1の段落[0037]には、「経時変化等による性能劣化を生じにくく、製品の放熱性能を確保することができる」と記載されており、「ベーパーチャンバの熱輸送性能の低下を抑制できる」という効果は、当業者が予測し得るものである。
よって、審判請求人の主張は、いずれも採用することができない。
3 本件補正についてのむすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし12に係る発明は、令和5年5月31日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記第2[理由]1(2)の請求項1に記載されたとおりのものである。
2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、以下のとおりである。
本願発明は、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1ないし引用文献3に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献1:中国特許出願公開第112087920号明細書(上記「引用文献1」と同一の文献である。)
引用文献2:特開2001-32100号公報(周知技術を示す文献)(上記「引用文献2」と同一の文献である。)
引用文献3:特開平7-252631号公報(周知技術を示す文献)
3 引用文献
(1) 引用文献1
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1の記載事項及び引用発明は、上記第2[理由]2(2)ア及びイに記載したとおりである。
(2) 引用文献2及び引用文献3
ア 引用文献2の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献2の記載事項は、上記第2[理由]2(2)ウに記載したとおりである。
イ 引用文献3の記載事項
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献3には、以下の記載がある。
(ア) 「【0029】試料のステンレス鋼は、SUS316Lを基本とし、Mn:0.66%、P:0.025%、S:0.00l%としたオーステナイト系ステンレス鋼を用いた。これを、電解研磨(EP)、砥粒なしの電解複合研磨(ECB)、SiC系砥粒#1500の電解複合研磨、SiC系砥粒#2500の電解複合研磨の4種類の研磨処理した。これらの表面として、0.7μmRmax以下の表面粗度が得られた。なお、~の試料はそれぞれ10個ずつ用意した。
【0030】研磨処理下後のこれらの各試料をX線回折装置にて分析した。その結果、表面の違いにより回折X線の回折角2θの42度から44度未満の範囲にて検出される最大ピークの強度値と44度から46度未満の範囲にて検出される最大ピークの強度値との強度比が異なることがわかった。
【0031】次に、酸化不動態処理後、不動態膜をXPS分析した。不動態酸化膜中の鉄分の検出量はXPS計測によった。」
(イ) 「【0035】上記X線回折の結果及びXPS解析の結果を図2~図5に示す。」
(ウ) 「【0038】図2bに示すように、最表面からすでに鉄分を10%以上含む酸化膜を形成してまっていることがわかる。なおスパッタによるエッチング速度は7nm/minである。なお、後の実験例におけるエッチング速度も同じである。」
(エ) 「【0050】なお、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、配管、プロセス装置、接ガス部品(例えば、弁のダイヤフラム)、接流体部品等の構成材料に好適に用いられる。」
(オ) 「【図3】
[図:0001407770000007.jpg]
」
(カ) 上記(ウ)から、上記(オ)の実線のグラフのうち、横軸が0のときの縦軸の値が試料の最表面における鉄元素の比率を示すものであって、約5 ATOM PERCENTであることが看取される。
ウ 引用文献2、3に記載された周知技術
上記第2[理由]2(2)ウ及び上記イから、以下の技術は、周知技術(以下「引用文献2、3に記載された周知技術」という。)であると認められる。
<引用文献2、3に記載された周知技術>
「不動態化したステンレス鋼316Lの表面における鉄元素の比率を約5原子パーセントにすること。」
4 対比
上記第2[理由]2(3)の対比を踏まえると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
<一致点>
「ベーパーチャンバ用金属板であって、
SUS316LまたはSUS316LTAで構成され、
前記ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率は、所定値である、
ベーパーチャンバ用金属板。」
<相違点2>
「ベーパーチャンバ用金属板の表面における鉄元素の比率」に関して、本願発明は、「8.5atomic%以下である」のに対して、引用発明は、不動態化され鉄元素を有しているが、その具体的な比率を特定していない点。
5 判断
相違点2について検討する。
引用文献2、3に記載された周知技術の「約5原子パーセント」という数値は、相違点2に係る本願発明の「8.5atomic%以下」という数値範囲に包含されるものである。
引用発明と引用文献2、3に記載された周知技術とは、どちらも表面が不動態化したステンレス鋼316Lに関するものであるから、技術分野が共通する。そして、上記(2)ア(ア)の段落[0037]の記載事項、上記(2)ウ(ウ)の記載事項及び上記3(2)イ(エ)の記載事項から、耐腐食性能を高くすることは、引用発明及び引用文献2、3に記載された周知技術に内在する課題であるから、両者の解決しようとする課題が共通する。
そうすると、引用発明において、ステンレス鋼316Lからなる上部カバー1の耐腐食性能を高くするために引用文献2、3に記載された技術を適用し、不動態化されている表面における鉄元素の比率を相違点2に係る本願発明の数値範囲内である約5原子パーセントにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
そして、本願発明の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献2、3に記載された周知技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。
したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献2、3に記載された周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-019294