特許拒絶査定不服審判
2023-013212
汚染物処理方法、汚染物処理装置
- 審判番号
- 2023-013212
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2020-077957外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2023年08月07日
- 審決日
- 2025年02月17日
- 公報発行日
- 2025年05月30日
- 結論
- 請求不成立
- 分類
- P18 .536-WZ (G21F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2020- 77957「汚染物処理方法、汚染物処理装置」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年11月 1日出願公開、特開2021-173649〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、令和2年4月27日の出願であって、その手続の経緯の概略は次のとおりである。
令和 5年 2月17日付け:拒絶理由通知書
同年 4月 7日 :意見書、手続補正書及び手続補足書の提出
同月28日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
同年 8月 7日 :審判請求書の提出
令和 6年 7月22日 :面接
同年 8月29日 :上申書及び手続補足書の提出
同年10月 3日付け:拒絶理由通知書
同年11月29日 :意見書及び手続補正書の提出
第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、令和6年11月29日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1の記載は次のとおりである。
「【請求項1】
放射能汚染によって汚染された汚染土壌の放射能濃度を減じる汚染物の処理方法であって、
汚染土壌を鉄製の容器本体に収容し、前記容器本体の開口部を鉄製の蓋体にて覆う汚染物収容工程と、
前記容器本体又は前記蓋体の表面に一ないし複数個のサマリウムコバルト磁石からなる永久磁石を吸着させることによって20mT以上の磁束密度を発生させる磁石吸着工程と、
前記容器本体に収容された汚染物を前記永久磁石から生じる磁場に晒しながら200℃以上の加熱温度で10分以上加熱する加熱工程と、
を実行し、
前記収容工程では、前記容器本体内を鉄製の区画壁にて複数の小室に仕切り、
前記磁石吸着工程の実行時に前記区画壁の存する位置に前記永久磁石を吸着させることを特徴とする汚染物の処理方法。」
第3 当審拒絶理由の概要
令和6年10月3日付け拒絶理由通知書で通知した拒絶理由(以下「当審拒絶理由」という。)のうち、理由2の概要は次のとおりである。
理由2(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載について下記の点で、特許法第36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
記
本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本願発明で特定された「汚染土壌の放射能濃度を減じる」という記載(以下「本件記載」という。)に係る事項を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認めることはできない。
第4 当審の判断
1 当審の判断の概要
本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、本件記載に係る事項を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
2 当審の判断の詳細な説明
(1) 本願明細書等の記載
本願発明における本件記載、すなわち、「汚染土壌の放射能濃度を減じる」との記載について、本願の明細書、特許請求の範囲及び図面(以下「本願明細書等」という。)には以下の記載がある。
ア 【0001】-【0009】
「【技術分野】
【0001】
本発明は、放射能汚染によって汚染された汚染物を処理するための汚染物処理方法、及び、この処理方法に用いられる汚染物処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
放射性セシウムや放射性ストロンチウムなどの放射性物質によって汚染された土壌や水などの汚染物は、含まれる放射性物質が長期間にわたって放射線を放ち続けることによって周囲環境を悪化させる。又、農作物に取り込まれたりもするため、生体に対して外部被ばくや内部被ばくによる放射線障害を生じさせる。
【0003】
2011年の福島第一原子力発電所事故以降、このような汚染物の処理は国際的な課題とされており、様々な処理方法が提案されている(例えば、下記特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-101097号公報
【特許文献2】特開2015-129673号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記特許文献1に開示された放射性物質を含む土壌の処理方法は、汚染された土壌を水と共に密閉容器に収容し、加熱・加圧処理した後、洗浄処理と吸着処理を行うことによって、土壌から放射性物質を除去するものである。
【0006】
しかしながら、前記特許文献1に開示されは方法には、取り除かれた放射性物質を最終的に何処にどのようにして処分するのか、といった将来的な課題が残される。
【0007】
一方、前記特許文献2に開示された汚染物処理方法では、汚染物に含まれる放射性物質の放射能濃度を低下させ、もって汚染物自体から生じる放射線量を削減するものである。これより、前記特許文献2に開示された汚染物処理方法は、汚染物の根本的且つ有効的な処理手段として期待が持たれている。
【0008】
本発明は、汚染物から生じる放射線量の更なる削減を可能にする新規な汚染物の処理方法、及びこの処理方法に用いられる汚染物処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記技術的課題を解決する本発明の汚染物の処理方法は、放射能汚染によって汚染された汚染物の放射能濃度を減じる汚染物の処理方法であって、汚染物を強磁性体からなる容器本体に収容し、前記容器本体の開口部を強磁性体からなる蓋体にて覆う汚染物収容工程と、前記容器本体又は前記蓋体の表面に一ないし複数個の永久磁石を吸着させる磁石吸着工程と、前記容器本体に収容された汚染物を前記永久磁石から生じる磁場に晒しながら加熱する加熱工程と、を実行し、前記収容工程では、前記容器本体内を強磁性体からなる区画壁にて複数の小室に仕切ることを特徴とする(以下、「本発明処理方法」と称する。)。
【0010】
前記本発明処理方法においては、前記磁石吸着工程の実行時に前記区画壁の存する位置に前記永久磁石を吸着させることが好ましい態様となる。」
イ 【0016】-【0022】
「【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明するが、本発明はこの実施形態に限定されるものではない。
【0017】
<本発明処理装置1>
図1に、本発明処理装置1を示す。本発明処理装置1は、加熱用の「炉(2)」と、「容器本体(3)」と、「蓋体(4)」と、「区画壁(5)」と、「永久磁石(6)」と、を具備する。
【0018】
‐炉2‐
本実施形態では、前記炉2としてバッチ式の電気炉を用いた。前記炉2には、排気管21が設けられており、前記排気管21の二次側(出口側)には蒸気冷却水槽22が備えられている。即ち、前記炉2は、加熱によって生じた蒸気等のガスにつき前記排気管21を通じて前記蒸気冷却水槽22に輸送し、前記蒸気冷却水槽22内に貯えられた水に通過させた上で、更にフィルター23に通過させて排出する仕組みとなっている。
【0019】
‐容器本体3‐
前記容器本体3は、強磁性体からなる。本実施形態においては、前記容器本体3として、図2に示す矩形の鉄器(縦196mm×横146mm×深さ34mm)を用いた。
【0020】
‐蓋体4‐
前記蓋体4は、強磁性体からなり、前記容器本体3の開口部を覆う役割を担う。本実施形態においては、前記蓋体4として、図2に示す矩形の鉄板(縦202mm×横150mm×厚み3mm)を用いた。
【0021】
‐区画壁5‐
前記区画壁5は、強磁性体からなり、前記容器本体3内を複数の小室に区画する役割を担う。本実施形態においては、前記区画壁5として、図2に示す鉄製の井桁(壁の高さ34mm、壁の厚さ3mm))を用い、前記容器本体3内を九つの小室に均等に区画した。
【0022】
‐永久磁石6‐
前記永久磁石6は、一ないし複数個が前記容器本体3又は前記蓋体4の表面に吸着させられた状態となされ、磁場を発生させる役割を担う。本実施形態においては、前記永久磁石6として、16kgの吸着力を有するサマリウムコバルト磁石を八個用い、前記蓋体4の表面に吸着させた。なお、都合八個の永久磁石6から生じる磁場は80mTであった。」
ウ 【0023】-【0035】
「【0023】
<本発明処理方法>
前記本発明処理装置1は、放射能汚染によって汚染された汚染物から生じる放射線量を削減する本発明処理方法を実行するための装置である。前記本発明処理方法では、汚染物を前記容器本体3に収容し、前記容器本体3の開口部を前記蓋体4にて覆う「汚染物収容工程」と、前記容器本体3又は前記蓋体4の表面に一ないし複数個の永久磁石6を吸着させる「磁石吸着工程」と、前記容器本体3に収容された汚染物を前記永久磁石6から生じる磁場に晒しながら加熱する「加熱工程」と、を実行する。又、前記収容工程では、前記容器本体3内を前記区画壁5にて複数の小室に仕切る。以下、前記本発明処理方法を用いて行った実施例について詳細に説明する。
【0024】
<汚染物>
汚染物として、汚染土壌(福島県にて採取したもの)を用いた。この汚染土壌の放射能濃度を、Ge半導体スペクトロメータ(SEG-EMS:セイコーEG&G社製)を用いて測定した。又、汚染土壌は、14%の水分を含んでいたため、乾燥器内で十分に乾燥させることによって乾燥状態とし、この乾燥状態の汚染土壌の放射能濃度についても測定した。その結果を下記表1に示す。
【0025】
【表1】
[図:0001421863000001.jpg]
【0026】
表1の結果より、汚染土壌に水分が含まれていると、放射能濃度が実際の値より低い値となって測定されることが確認された。」
【0027】
‐収容工程‐
前記容器本体3内を前記区画壁5にて複数の小室に区画したうえで、乾燥前の汚染土壌を各小室に収容し、前記容器本体3の開口部を前記蓋体4にて覆うことによって前記収容工程を実行した。なお、前記容器本体3内に収容した汚染土壌は300gであった。
【0028】
‐永久磁石吸着工程‐
前記収容工程の実行後、前記蓋体4の表面に前記永久磁石6を吸着させることによって前記永久磁石吸着工程を実行した。前記永久磁石吸着工程を実行するにあたり、実施例1では、図3(a)に示すように、各小室上に前記永久磁石6を配置した。又、実施例2では、図3(b)に示すように、前記区画壁5上に前記永久磁石6を配置した。更に、実施例3では、図3(c)に示すように、前記区画壁5が交差する位置(及び前記容器本体3の四隅)に前記永久磁石6を配置した。なお、前記永久磁石吸着工程は、前記収容工程の実行前に行うこともできる。
【0029】
‐加熱工程‐
前記収容工程及び前記永久磁石吸着工程の実行によって、開口部が前記蓋体4によって覆われた状態で汚染土壌が収容された前記容器本体3を前記炉2内に載置し、前記蓋体4の表面に吸着させた前記永久磁石6が発生させる磁場に晒しながら、380℃の温度条件下、30分加熱した。
【0030】
[比較例1]
比較例1として、前記容器本体3内を前記区画壁5にて区画せずに、実施例1~3と同様の条件で各工程を実行した。なお、永久磁石6の配置は、図3(d)の状態とした。
【0031】
[比較例2]
比較例2として、前記容器本体3内をセラミック製の区画壁にて複数の小室に区画したうえで、実施例1~3と同様の条件で各工程を実行した。なお、永久磁石6の配置は、図3(c)の状態とした。
【0032】
各実施例及び各比較例の実施後、前記炉2内から取り出し、前記容器本体3が常温となった後に前記蓋体4を開け、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌(以下、「処理土壌」と称する。)の放射能濃度を測定した。その結果を下記表2に示す。
【0033】
【表2】
[図:0001421863000002.jpg]
【0034】
表2に示す結果より、本発明処理方法を実行した実施例1~3については、いずれも10%以上の放射濃度の低下が認められた。又、永久磁石6の配置につき、前記区画壁5の存する位置(特に前記区画壁5の交差する位置)に吸着させれば、より一層効果的に放射能濃度を減ずることができることが確認された。
【0035】
一方、前記区画壁5の無い比較例1や、セラミック製の区画壁にて容器本体3内が区画された比較例2については、放射能濃度の低下は5~6%程度にとどまることが確認された。」
エ 【図1】-【図3】
「【図1】
[図:0001421863000003.jpg]
【図2】
[図:0001421863000004.jpg]
【図3】
[図:0001421863000005.jpg]
」
(2) 提出物件
請求人が令和6年9月2日に提出した手続補足書における提出物件について、以下、
「放射線抑制確認試験における放射線測定と放射能分析報告書」を「提出物件1」といい、
「放射線抑制試験」を「提出物件2」といい、
「放射線抑制技術」を「提出物件3」といい、
「トリチウム研究試験計画の概要と準備状況」を「提出物件4」といい、
「β崩壊メカニズムとエネルギー影響の考察」を「提出物件5」ということにする。
(3) 本件記載の意味について
まず、本願発明における本件記載、すなわち、「汚染土壌の放射能濃度を減じる」ことの意味について検討する。
本件記載のうち「放射能濃度」は、本願明細書等の【0025】、【0033】の記載によれば、「Bq/kg」の単位で表される量であるところ、これを「減じる」ためには、(ア)分子(放射能の量)を小さくするか、又は(イ)分母(汚染土壌の質量)を大きくすることが必要である。そして、技術常識に照らせば、(ア)としては、(i)汚染土壌中の放射性物質を汚染土壌から分離すること、(ii)汚染土壌中の放射性物質を非放射性物質に変換させること、の2つが考えられ、(イ)としては、(iii)汚染土壌に非放射性物質を加えること、が考えられる。
加えて、(ii)についてさらにみると、放射性物質が一般に放射性核種固有の壊変定数(1個の不安定核が単位時間に壊変する確率のことをいい、崩壊定数ともいう。)に基づいて壊変されることに照らせば、時間の経過の結果としても、放射能濃度を減じることができるといえる。そうすると、(ii)としては、(iiの1)時間の経過の結果、壊変定数に従う確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることがまずは考えられるが、それとは別に、論理的には、(iiの2)時間の経過の結果、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることも、考えられることになる。
しかるところ、本願発明の各工程(「汚染物収容工程」、「磁石吸着工程」及び「加熱工程」)は、本願明細書等の記載をみても前記(iii)の処理を行うものではないから、本件記載は、前記(iii)の処理を行うことを意味するものではないと解するのが相当である。また、本願明細書等の発明が解決しようとする課題についての記載、特に、「取り除かれた放射性物質を最終的に何処にどのようにして処分するのか、といった将来的な課題が残される」との記載(【0006】)を考慮すれば、本件記載は、前記(i)の処理を行うことを意味するものでもないと解するのが相当である。
そうすると、本件記載は、前記(ii)を意味していると解するのが相当であり、さらに、本願明細書等の記載によれば、汚染土壌のCs-134(半減期2.0652年)、Cs-137(半減期30.1年)による放射能濃度が、本願発明の処理方法を実施した後に通常の半減期による減少を超えて減少していることから(【0025】・【0033】等)、本件記載は、前記(iiの2)時間の経過の結果、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることを意味していると解するのが相当である。
以上のとおりであるから、本件記載は、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることを意味していると解して検討する(なお、この理解が妥当であることは、令和6年11月29日に提出した意見書(以下、単に「意見書」という。)で請求人も認めている。)。
(4) 汚染土壌の放射能濃度を減じる方法について
前記(3)のとおり、本件記載である「汚染土壌の放射能濃度を減じる」ことは、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることを意味していることから、以下、当業者が、本願の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づき、本願発明に係る方法によって、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることができるかについて検討する。
ア 本願出願時の技術常識について
放射性核種の壊変定数は、核種に固有な量であり、地球上で経験する程度の環境(圧力、温度等)の変化には影響されないことが技術常識(例えば、原子力ハンドブック編集委員会, 「原子力ハンドブック」, 第1版, 株式会社オーム社, 平成19年11月20日,pp.56-57、特に、「[2]壊変確率、寿命、半減期」や、清水 榮, 「外部作用による放射能半減期の変化」, RADIOISOTOPES, 公益社団法人日本アイソトープ協会, 1973年8月15日, Vol. 22, No. 8, pp.455-465、特に、「1.はじめに」等を参照。)であり、この背景には、放射能が原子核の現象であり、通常起こすことのできる物理的、化学的作用に比してはるかに強大な核力の支配する領域であるという事情があることが、本願出願時の技術常識である。
イ 本願発明が汚染土壌の放射能濃度を減じる原理について
本願の発明の詳細な説明には、本願発明が汚染土壌の放射能濃度を減じる原理については何ら記載されていない。そして、本願発明で特定された各工程は、前記アの意味での環境にほかならないことから、当該各工程によって、時間の経過の結果、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させるということは、これに整合する技術常識が単に存在しない場合とは異なり、より進んで、技術常識、つまり前記アで示した放射性核種の壊変定数は、核種に固有な量であり、地球上で経験する程度の環境の変化には影響されないという技術常識に反している。なお、請求人も、本願発明によって汚染土壌の放射能濃度を減じることが本願出願時のみならず現在の技術常識にも整合しているとはいえないと説明している。
したがって、本願の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識からは、本願発明で特定された各工程によって、原理的に、汚染土壌の放射能濃度を減じることができる、すなわち、壊変定数を超える確率で放射性物質を非放射性物質に変換させることができるとは、到底いえない。
ウ 発明の詳細な説明に記載された実施形態について
前記イのとおり、本願発明は、原理的に汚染土壌の放射能濃度を減じることができるとはいえないものであることから、さらに進んで、本願の発明の詳細な説明が、当業者が汚染土壌の放射能濃度を減じる方法を実施できるように記載されているかについて検討する。
本願の発明の詳細な説明には、実施形態として実施例1~3及び比較例1、2の測定結果が記載されているが、前記イのとおり、本願発明の特定事項及び本願の発明の詳細な説明の記載は、これに整合する技術常識が単に存在しない場合とは異なり、より進んで、技術常識に反しているという事情があることから、その測定データ及びその解釈に係る記載の信用性及び妥当性はより慎重に判断されるべきである。そして、以下の点を考慮すると、本願の発明の詳細な説明のこれらの記載を直ちに信用することはできず、妥当であると評価することもできない。
(ア) 測定データに係る記載の信用性について
前述のとおり本願の発明の詳細な説明の測定データに係る記載の信用性はより慎重に判断されるべきであるところ、本願の発明の詳細な説明に記載された測定データ、つまり、処理前の汚染土壌の放射能濃度とされる数値(【0025】の【表1】)及び容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度とされる数値(【0033】の【表2】の「放射能濃度(Bq/kg)」の欄)は、当事者から中立で、かつ能力のある第三者によって取得されたものとはいえない。なお、提出物件1~5については後記エに示すとおりいずれも本願発明を実施したものではないが、それを措くとしても、同一の試験に係る資料と解される提出物件1、2の試験は、第三者の関与がうかがわれるが、試験者が請求人であると解される(提出物件2の1頁の「試験者」の欄)ことから、完全な中立性が担保されているわけではないし、提出物件3~5の記載からは、当事者から中立で、かつ能力のある第三者による試験が行われたのかが不明である。
したがって、本願の発明の詳細な説明の測定データに係る記載は信用し難いと言わざるを得ない。
(イ) 測定データの解釈に係る記載の妥当性について
次に、本願の発明の詳細な説明の実施形態に係る実施例1~3及び比較例1、2の測定データの解釈に係る記載、つまり、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率とされる数値(以下「記載減少率」という。【0033】の【表2】の「減少率」の欄。)の妥当性について検討する。しかるに、記載減少率は、本願発明に係る処理を行っていない汚染土壌(乾燥後)のCs合計の放射能濃度とされる1136Bq/kg(以下「記載対照乾燥後放射能濃度」という。【0025】の【表1】。)と、本願発明に係る処理後の汚染土壌の放射能濃度とされる数値(以下「記載処理後放射能濃度」という。【0033】の【表2】。)とから算出されている(以下、この算出手法を「本件算出手法」という。)と解されるところ、以下のとおり、記載対照乾燥後放射能濃度、記載処理後放射能濃度及び本件算出手法によっては、記載減少率をもって、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率であると評価することができるとはいえない。
a 実施例1~3及び比較例1、2の汚染土壌の処理前の放射能濃度について
本件算出手法が成立し、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率が記載減少率であると評価することができるというためには、実施例1~3及び比較例1、2において観念される、記載処理後放射能濃度に対応する処理前の放射能濃度(以下「処理前放射能濃度」という。)が、記載対照乾燥後放射能濃度に係る汚染土壌の乾燥前の放射能濃度(以下「記載対照乾燥前放射能濃度」という。【0025】の【表1】の「汚染土壌(乾燥前)」の欄。)との間で、互いに同一であることが少なくとも必要となる。しかるところ、本願の発明の詳細な説明には、実施例1~3及び比較例1、2の処理前放射能濃度が記載されておらず、これらが記載対照乾燥前放射能濃度と一致する担保も存在しないことから、これらの処理前放射能濃度及び記載対照乾燥前放射能濃度が互いに同一であったのかどうか不明である。
この点、記載対照乾燥前放射能濃度を測定した際の汚染土壌と実施例1~3及び比較例1、2に係る汚染土壌が互いに異なるものであることは、いずれの汚染土壌も実験前は乾燥前の状態にある一方で実験後は乾燥後の状態にあり、そうである以上、実験後に他の実験に使い回したとは解せないことから、明らかである。そして、汚染土壌の放射能濃度がサンプルによって異なることも当然であるから、本願の発明の詳細な説明の記載からは、実施例1~3及び比較例1、2の処理前放射能濃度は不明というほかない。
これに対し請求人は、試料の処理前放射能濃度は【0025】に記載されており、この試料を300gずつ試験に供したことも【0027】に記載されている旨を意見書で主張しているが、同一のサンプルを他の実験に使い回したとは解せないことは、前述のとおりである。請求人の当該主張が、【0025】の汚染土壌と【0027】の汚染土壌が同一サンプルから取り分けられたものであるとの主張と解したとしても、本願の発明の詳細な説明には、その趣旨に沿う内容は記載されておらず、請求人の主張は本願明細書等の記載に基づくものではない。さらに、【0025】の汚染土壌と【0027】の汚染土壌が同一サンプルから取り分けられたものであるとしても、サンプル内における放射能濃度分布が一様であるとは限らず、本願の発明の詳細な説明には、当該同一サンプル内における放射能濃度分布が一様であることを理解できる記載は見当たらないから、やはり実施例1~3及び比較例1、2の処理前放射能濃度は不明というほかない。
このように、本願の発明の詳細な説明の記載からは、実施例1~3及び比較例1、2の処理前放射能濃度が不明であり、記載対照乾燥前放射能濃度との間で互いに一致するとはいえないから、本件算出手法が成立しているとはいえない。
b 処理後の水分量について
本件算出手法が成立し、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率が記載減少率であると評価することができるというためには、記載対照乾燥後放射能濃度と実施例1~3及び比較例1、2に係る記載処理後放射能濃度とが互いに比較可能であることが少なくとも必要であるところ、そのためには、記載対照乾燥後放射能濃度を測定したときの汚染土壌が乾燥している(【0024】)ことから、実施例1~3及び比較例1、2に係る処理後の汚染土壌も乾燥している必要がある。しかるところ、本願の発明の詳細な説明には、実施例1~3及び比較例1、2の処理後の水分量及び重量がいずれも記載されておらず、乾燥しているか否かが不明である。
この点、前記aで指摘した点を措けば、処理後の実施例1~3及び比較例1、2の測定データが(放射能濃度ではなく)総放射能量(Bq)であれば、処理後に乾燥しているか否かを問わず比較可能であると考えられるが、本願の発明の詳細な説明には、総放射能量(Bq)は記載されていない。
このように、本願の発明の詳細な説明の記載からは、実施例1~3及び比較例1、2に係る処理後の汚染土壌が乾燥しているか否かが不明であり、記載対照乾燥後放射能濃度と実施例1~3及び比較例1、2に係る記載処理後放射能濃度とが互いに比較可能であるとはいえないから、本件算出手法が成立しているとはいえない。
c セシウムの排気について
本件算出手法が成立し、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率が記載減少率であると評価することができるというためには、実施例1~3及び比較例1、2において処理前に容器本体3内に存在した放射性物質が処理後に容器本体3の外に排出されていない必要があり、そのため、記載処理後放射能濃度がこの点が担保された数値である必要がある。
そして、本願の発明の詳細な説明によれば、容器本体3は炉2に載置されており、加熱によって生じた蒸気等のガスにつき炉2に設けられた排気管21を通じて蒸気冷却水槽22へ輸送し、蒸気冷却水槽22内に蓄えられた水に通過させた上で、更にフィルター23に通過させて排出するとされている(【0018】・【0029】・図1)。しかしながら、本願の発明の詳細な説明には、炉2、排気管21、蒸気冷却水槽22、フィルター23及び排出先におけるセシウムの量が記載されていないことから、処理前に容器本体3内に存在した放射性物質が処理後に容器本体3の外に排出されていないことが確認されているとはいえない。
なお、提出物件1は後記エのとおり本願発明を実施したものではないものの、その4.6(2)に蒸気冷却水槽通過後の排気中放射能濃度が検出限界値以下であったことが記載されているが、その測定値-BG値(cpm)は3.3cpmと0ではないことから、放射性物質が排気されているものと解される。
このように、本願の発明の詳細な説明の記載からは、実施例1~3及び比較例1、2において処理前に容器本体3内に存在した放射性物質が処理後に容器本体3の外に排出されていないとはいえないから、本件算出手法が成立しているとはいえない。
d 以上a~cで示した理由により、本願の発明の詳細な説明に記載された記載対照乾燥後放射能濃度、記載処理後放射能濃度及び本件算出手法によっては、記載減少率をもって、容器本体3内に存する加熱処理後の汚染土壌の放射能濃度の減少率であると評価することができるとはいえない。
したがって、本願の発明の詳細な説明の実施形態に係る実施例1~3及び比較例1、2の測定データの解釈に係る記載が妥当であるとはいえない。
(ウ) 小括
前記(ア)及び(イ)のとおり、本願の発明の詳細な説明の測定データ及びその解釈に係る記載を直ちに信用することはできず、妥当であると評価することもできないことから、本願の発明の詳細な説明は、当業者が汚染土壌の放射能濃度を減じる方法を実施できるように記載されているとはいえない。
エ 提出物件1~5について
提出物件1、2、4及び5に係る試験は、区画壁を有する本願発明を実施したものではないため(特に、提出物件4に係る試験はトリチウムの分離に関する試験であり、本願発明との関連は認められない。)、これをもって本願発明の実施可能要件充足性が立証されるものとはいえない。
提出物件3は、本願発明と同様に鉄製容器内部に区画壁(格子)を設けた実施例を記載するものであるが、実験手順の詳細が不明であり(例えば、本願の発明の詳細な説明の実施例のように乾燥前の汚染土壌を用いるのか、提出物件1のように水溶液を混合しているのかも不明であるし、前記ウ(イ)で指摘した点を明らかにするものでもない。)、また、測定結果自体も本願の発明の詳細な説明の【0025】の【表1】、【0033】の【表2】の値とは異なっているから、本願発明との関連は不明である。したがって、提出物件3をもって本願発明の実施可能要件充足性が立証されるものともいえない。
(5) 請求人の主張について
請求人は、本願発明の実施の際に実行される「汚染物収容工程」、「磁石吸着工程」、並びに、「加熱工程」は、いずれも当業者であれば実行可能な工程であり、これらの各工程の実行によって本願発明の効果である放射能汚染によって汚染された汚染物の放射能濃度を減じる効果が奏されるため、本願発明は当業者が実行し得る一定の手段によって一定の効果を達成することができるものであることから、本願発明について実施可能要件を否定する余地はない旨を主張している。
しかしながら、本願発明の特定事項及び本願の発明の詳細な説明の記載は、整合する技術常識が単に存在しない場合とは異なり、より進んで、技術常識に反しているという事情がある以上、その測定データ及びその解釈に係る記載の信用性及び妥当性はより慎重に判断されるべきであること、そのように測定データ及びその解釈に係る記載内容を検討した結果、これらを直ちに信用することはできず、妥当であると評価することもできないことから、本願の発明の詳細な説明は、当業者が汚染土壌の放射能濃度を減じる方法を実施できるように記載されているとはいえないことは前記(4)ウで説示したとおりである。そのため、請求人の主張の前提である、各工程の実行によって汚染物の放射能濃度を減じる効果が奏されることが、本願の発明の詳細な説明の記載により裏付けられているとは認められない。
したがって、請求人の主張を採用することはできない。
(6) 理由2(実施可能要件違反)についてのまとめ
以上によれば、当業者は、本願の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて、本願発明に係る方法によって、汚染土壌の放射能濃度を減じることができるとはいえないから、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
3 当審の判断のまとめ
以上検討のとおり、本願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-013212