特許拒絶査定不服審判
2023-009740
水素製造用触媒
- 審判番号
- 2023-009740
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2021-171539
- 請求日
- 2023年06月13日
- 審決日
- 2025年02月12日
- 公報発行日
- 2025年04月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】兵庫県公立大学法人
- 【請求人代理人】田村 榮一
- 【請求人】サンアロイ工業株式会社
- 【請求人代理人】田村 榮一
- 審判長/審判官
- 審判長 宮澤 尚之
- 審判官 後藤 政博
- 審判官 増山 淳子
- 分類
- P18 .113-Z (B01J)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項3号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第1項第3号、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第6項、特許法第126条第7項、特許法第29条第1項、特許法第159条第1項、特許法第53条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2021-171539「水素製造用触媒」拒絶査定不服審判事件〔令和 5年 5月 2日出願公開、特開2023- 61564〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、令和3年10月20日の出願であって、その手続の経緯の概略は以下のとおりである。
令和 4年10月 5日 :手続補正書の提出
令和 4年11月25日付け:拒絶理由通知書
令和 5年 1月26日 :意見書、手続補正書の提出
令和 5年 3月14日付け:拒絶査定
令和 5年 6月13日 :審判請求書、手続補正書の提出
第2 令和 5年 6月13日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和 5年 6月13日付けの手続補正を却下する。
[理由]
1 補正の内容について
本件審判の請求と同時にされた令和 5年 6月13日付けの手続補正は、特許請求の範囲の請求項1についての補正(以下、「本件補正」という。)を含むものであって、本件補正前後の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。
(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載
「【請求項1】
アンモニアボラン(NH3BH3 )から水素(H2)を生成するために用いられる水素製造用触媒であって、
前記水素製造用触媒は、
水溶液中に溶解され前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断し、NH3とB(OH)3を生成するとともに、プロトン(H+)を発生させる炭化タングステン(WC)の骨格中に強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶が固溶され、前記炭化タングステン(WC)の骨格中に前記コバルト(Co)ナノ結晶由来の強磁性領域が形成され、磁場―磁化曲線がヒステリシスカーブを描く強磁性とされ、
前記炭化タングステン(WC)により、前記アンモニアボラン(NH3BH3 )のB-N結合が切断されて生成される前記NH3と前記B(OH)3とともに発生するプロトン(H+)を、前記コバルト(Co)ナノ結晶により磁気吸引し、前記炭化タングステン(WC)を伝導する電子(e)と合体させて水素(H2)を生成する粒径を32μm以下の微細粉末とした炭化タングステン炭化物からなる
ことを特徴とする水素製造用触媒。」
(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載
「【請求項1】
アンモニアボラン(NH3BH3 )から水素(H2)を生成するために用いられる水素製造用触媒であって、
前記水素製造用触媒は、
水溶液中に溶解され前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断し、NH3とB(OH)3を生成するとともに、プロトン(H+)を発生させる炭化タングステン(WC)の骨格中に、3nm~20nmの粒径を有する強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶が固溶され、前記炭化タングステン(WC)の骨格中に前記コバルト(Co)ナノ結晶由来の強磁性領域が形成され、磁場―磁化曲線がヒステリシスカーブを描く強磁性とされ、
前記炭化タングステン(WC)により、前記アンモニアボラン(NH3BH3 )のB-N結合が切断されて生成される前記NH3と前記B(OH)3とともに発生するプロトン(H+)を、前記コバルト(Co)ナノ結晶により磁気吸引し、前記炭化タングステン(WC)を伝導する電子(e)と合体させて水素(H2)を生成する粒径を32μm以下の微細粉末としたタングステン炭化物からなる
ことを特徴とする水素製造用触媒。」
(下線は、本件補正の補正箇所を示す。)
2 本件補正の目的について
本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明の発明特定事項において、炭化タングステン(WC)の骨格中に固溶された「コバルト(Co)ナノ結晶」について、当該「コバルト(Co)ナノ結晶」は所定の粒径を有することが明らかであるところ、その粒径について特定されていなかったのを、「3nm~20nmの粒径を有する」と特定することで、粒径の範囲を限定する補正を含むものであって、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることは明らかであるから、本件補正は特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とすることを含むものである。
3 本件補正の独立特許要件について
上記2のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とすることを含むものであるから、本件補正が適法にされたものであるというためには、特許法第17条の2第6項において準用する特許法第126条第7項の規定(独立特許要件)に適合することが必要である。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかについて検討する。
(1) 引用文献及びその記載事項
ア 引用文献
引用文献1:特開2019-98328号公報
イ 引用文献の記載事項
引用文献1には、次の事項が記載されている。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンモニアボランから水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒であって、
コバルトがタングステン格子中に固溶されたコバルト固溶タングステン合金粉末を炭化してなるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなる水素製造用触媒。
【請求項2】
前記Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、コバルトがタングステン格子中に固溶され、X線回折図形にbccタングステン相ピークが認められるコバルト固溶タングステン合金粉末を炭化してなる請求項1記載の水素製造用触媒。
【請求項3】
前記Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、Coを0.3~10.0重量%、Wを84.5~93.6重量%、Cを5.0~6.1重量%の範囲で含有するCo-W-C固溶体相を内包する請求項1又は2記載の水素製造用触媒。
【請求項4】
アンモニアボランから水素を生成するために用いられるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなる水素製造用触媒の製造方法であって、
タングステン成分が99~73mol%、コバルト成分が1~27mol%の比率で混合された混合水溶液を作製し、
次いで、前記混合水溶液を蒸発乾固又は噴霧乾燥し、当該得られた固形物を熱分解した酸化物粉末、又は更に水素熱還元したコバルト固溶タンクステン合金粉末を生成し、
その後、前記コバルト固溶タンクステン合金粉末を炭化処理して生成されてなる
水素製造用触媒の製造方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載された水素製造用触媒とアンモニアボランを混合した水溶液を作製し、
次いで、前記水溶液を加水分解し、前記アンモニアボランから水素ガス(H2)を生成することを特徴とする水素製造方法。」
「【技術分野】
【0001】
本発明は、水素製造用触媒及びその製造法に関し、さらには、その水素製造用触媒を用いて水素を製造する水素製造方法に関する。」
「【0011】
そこで、本発明の技術課題は、高濃度に水素を貯蔵する水素含有化合物であるアンモニアボランから、安定して高能率で水素を生成することを可能とする水素製造用触媒及びその製造方法、さらに水素製造方法を提供することにある。
【0012】
また、本発明の技術課題は、安定して、安価に水素製造用触媒を提供することを可能となし、その水素製造用触媒の製造方法を提供し、この水素製造用触媒を用いた水素製造方法を提供することにある。」
「【0014】
本発明者等は、鋭意研究の結果、コバルト内包タングステン炭化物が、高濃度に水素の貯蔵を可能とする水素含有化合物であるアンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒として有用であることを見出し、本発明の完成に至ったものである。」
「【発明の効果】
【0020】
本発明を構成するCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、親水性を有することから、高濃度に水素の貯蔵を可能とする水素含有化合物であるアンモニアボランを加水分解する際の触媒として用いて好適である。このCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなる触媒は、高濃度に水素の貯蔵を可能とする水素含有化合物であるアンモニアボランから水素ガスを転換する転換率を向上する。
【0021】
本発明に係る触媒は、アンモニアボランを加水分解して生成される水素ガスの転換率を向上することにより、安定して高能率で水素ガスを生成し、さらには、燃料電池自体の小型化を実現することも可能とする。
【0022】
本発明に係る触媒は、白金(Pt)等の貴金属を用いるものでもないので、安価に安定して供給することも可能となる。
【0023】
本発明に係る触媒として用いられるX線回折図形にbccタングステン相ピークが認められるコバルト固溶タングステン合金粉末を炭化したタングステン炭化物は、コバルトがタングステンの粒界中に均一に固溶されているので、一層高い触媒活性を実現できる。
【0024】
さらに、本発明に係る触媒は、プロトン導電体固体電解質の表面に担持させることにより、燃料電池のエネルギー効率を高めることができる。」
「【図面の簡単な説明】
【0025】
・・・
【図2】実施例1の触媒を用いてアンモニアボラン中の水素成分から水素(H2)ガスに転換した転換効率と反応時間との関係を示す図である。」
「【発明を実施するための形態】
【0026】
本実施の形態は、水素含有化合物から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒であって、この触媒は、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなるものであって、このタングステン炭化物は、コバルト(Co)がタングステン(W)格子中に固溶されたコバルト固溶タングステン合金粉末を炭化して作製される。
【0027】
本実施に形態に係るタングステン炭化物を作製するために用いられるコバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液とを混合した混合水溶液を用いて作製される。
【0028】
この混合水溶液は、タングステン成分を99~73mol%含有し、コバルト成分を1~27mol%含有するようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合することが望ましい。
【0029】
上述の混合水溶液は、蒸発乾固処理若しくは噴霧乾燥処理されることにより乾燥物が生成される。ここで得られた乾燥物は、酸化物に熱分解される。乾燥物の酸化物への熱分解は、500℃~600℃の酸素雰囲気中、望ましくは570℃の酸素雰囲気中で2時間程度保持することにより行われる。 【0030】
上記乾燥物を熱分解して作製された酸化物は、水素還元されることにより、コバルト固溶タングステン合金粉末とされる。この水素還元は、上述の工程で得られた酸化物を、750℃~850℃の水素雰囲気中、望ましくは800℃の水素雰囲気中で3時間程度保持することによって行われる。この酸化物が水素還元することにより、コバルト固溶タングステン合金粉末が得られる。
【0031】
ここで作製されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、コバルトがタングステン格子中に非平衡強制固溶されたものとなる。
【0032】
上述ようにして作製されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、炭化処理されることにより、水素含有化合物であるアンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒となるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物とされる。
【0033】
コバルト固溶タングステン合金粉末の炭化処理は、二酸化炭素(CO2)のガス雰囲気中で加熱処理して行われる。例えば、コバルト固溶タングステン合金粉末を反応炉中にセットした後、この反応炉に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉内を約900℃の雰囲気として約20時間加熱する。
【0034】
ところで、コバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンに対するコバルトの含有割合が過剰であると、炭化が阻害され、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物が作製できなかった。上述した混合水溶液の状態で、コバルト成分が30mol%を超えると炭化が阻害され、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物が作製できなかった。
【0035】
また、混合水溶液の状態で、コバルト成分が1mol%以下であると、タングステン炭化物中に固溶されたコバルト成分の割合が十分ではなく、高い触媒活性を得ることができないとみられる。そのため、アンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒として用いるには不十分である。
【0036】
そして、タングステン成分を99~73mol%含有し、コバルト成分を1~27mol%含有するようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合した混合水溶液を出発材料として作製されたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、Coを0.3~10.0重量%、Wを84.5~93.6重量%、Cを5.0~6.1重量%の範囲で含有するものとなる。
【0037】
このタングステン炭化物は、WC骨格がコバルトナノ粒子を内包する状態にある。そして、Coを0.3~10.0重量%含有することにより、高い触媒活性を実現し、アンモニアボランから水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒として用いて有用となる。
【0038】
上述したような組成を有し、上述したような工程を経て作製されたタングステン炭化物を触媒として用いて、アンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するには、上記タングステン炭化物を混合した混合液と、アンモニアボラン粉末を水に投入してアンモニアボランの水溶液を混合する。このタングステン炭化物が混合されたアンモニアボランの水溶液を加水分解すると、下記の式(1)にしたがって水素(H2)ガスが生成される。
NH3BH3+2H2O=NH4++BO2-+3H2 ・・・(1)
【0039】
なお、アンモニアボランの水溶液は、タングステン炭化物を混合した混合液に直接アンモニアボランを投入して溶解するようにしてもよい。
【0040】
Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、アンモニアボランの水溶液を加水分解する際の触媒として機能し、アンモニアボランからの水素の生成を促進する。」
「【実施例】
【0041】
次に、本発明に係る具体的な実施例を説明する。
(実施例1)
【0042】
実施例1は、水素製造用の触媒として用いられるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物であって、コバルト固溶タングステン合金粉末を炭化して生成される。タングステン炭化物を生成するために用いられるコバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液とを混合した混合水溶液を用いて作製される。この混合水溶液は、タングステン(W)とコバルト(Co)がモル比で80:20となるようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合して作製した、 【0043】
この混合水溶液は、蒸発乾固され乾燥物とされる。この乾燥物は570℃の酸素雰囲気中で2時間保持され酸化物に熱分解される。熱分解された酸化物は、800℃の水素雰囲気中で3時間保持され水素還元される。この酸化物は水素還元されることにより、コバルトを非平衡強制固溶したコバルト固溶タングステン合金粉末とされる。
【0044】
ここで得られたコバルト固溶タングステン合金粉末1gを反応炉中に設置し、この反応炉中に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉中を900℃まで昇温して24時間保持することによって炭化処理された。
【0045】
この炭化処理を行う際、CO2ガスを用いて直接炭化することが不可能であるため、反応炉内に予めAl-Fe合金粉末の圧縮成形体を設置しておき、この成形体をCO2ガスから一酸化炭素(CO)ガスへの転換剤として炭化した。
【0046】
上述したような処理工程を経て炭化されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物とされる。このCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物は、図1に示す高分解能透過電子顕微鏡で観察した状態を示す図面代用写真に示すような原子配列を示す。
【0047】
ここで得られたCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物を触媒として用い、以下に示す工程を経てアンモニアボラン(NH3BH3)から水素(H2)ガスを製造した。
まず、上述の工程を経て作製されたCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物の粉末を純水に混合した混合液を準備する。この混合液は、粒径を32μm以下するCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物10.3mgを計量して3.0mlの純水に投入しスターラーを用いて攪拌して作製した。
【0048】
ここで、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物は、粉砕して微細化し、粒径が32μm以下とするものを分級して用いるようにしてもよい。
次に、13.0mgのアンモニアボラン(NH3BH3)の粉末を2.0mlの純水に混合溶解し、アンモニアボラン水溶液を作製した。
【0049】
上述したようにして作製したCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物の混合液とアンモニアボラン水溶液を混合した水溶液を加水分解した。
この加水分解の工程で発生する水素(H2)ガスの体積を測定しモル量に換算した。
【0050】
アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率を下記に示す式2に基づいて評価した。
転換率(%)=(H2ガスモル量×2)/アンモニアボラン中水素成分モル量)・・・(2)
【0051】
上述の水溶液を加水分解してアンモニアボラン中の水素成分から水素(H2)ガスに転換した転換効率と反応時間との関係を図2に示す。
【0052】
図2に示すように、30分経過するまで急速に転換効率が上昇し、45分経過後の転換率は77%であって、水素製造触媒として優れていることが判明した。」
「【図2】
[図:0001420822000001.jpg]
」
(2) 引用文献に記載された発明
引用文献1の特許請求の範囲の記載などによると、引用文献1には、アンモニアボラン(NH3BH3 )から水素を生成するために用いられる水素製造用触媒について記載されている。
そして、引用文献1に記載された実施例1について着目すると、実施例1の触媒は、水素製造用の触媒として用いられるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物であって、コバルト固溶タングステン合金粉末を炭化して生成される(【0042】)。
この触媒は、コバルトがタングステン格子中に固溶されたコバルト固溶タ
ングステン合金粉末を炭化してなるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなる水素製造用触媒である(【請求項1】)。
当該実施例1の記載(【0042】~【0046】)によると、この水素製造用触媒は、次のような工程により製造される。
・タングステン(W)とコバルト(Co)がモル比で80:20となるように、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液を混合して混合水溶液を作製した(【0042】)。
・混合水溶液は、蒸発乾固され乾燥物とされ、この乾燥物は570℃の酸素
雰囲気中で2時間保持され酸化物に熱分解され、この熱分解された酸化物は、800℃の水素雰囲気中で3時間保持され水素還元されることにより、コバルトを平衡強制固溶したコバルト固溶タングステン合金粉末とされる(【0043】)。
・得られたコバルト固溶タングステン合金粉末1gを反応炉中に設置し、この反応炉中に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉中を900℃まで昇温して24時間保持することによって炭化処理する(【0044】)。
・この炭化処理を行う際、反応炉内に予めAl-Fe合金粉末の圧縮成形体を設置しておき、この成形体をCO2ガスから一酸化炭素(CO)ガスへの転換剤として炭化した(【0045】)。
・炭化されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物である(【0046】)。
次に、得られたCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物を触媒として、以下の工程によりアンモニアボラン(NH3BH3)から水素(H2)ガスを製造している(【0047】~【0051】、図2)。
・Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物は、粉砕して微細化し、粒径が32μm以下の粉末として、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物10.3mgを計量して3.0mlの純水に投入しスターラーを用いて攪拌して混合液を作製した(【0047】、【0048】)。
・13.0mgのアンモニアボラン(NH3BH3)の粉末を2.0mlの純水に混合溶解し、アンモニアボラン水溶液を作製した(【0048】)。
・上記のCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物の混合液と、アンモニアボラン水溶液を混合した水溶液でアンモニアボランを加水分解して水素ガスに転換した(【0049】)。
・アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率を下記に示す式2に基づいて評価した。
転換率(%)=(H2ガスモル量×2)/アンモニアボラン中水素成分モル量)・・・(2) (【0050】)
・得られた水素ガス転換率と反応時間との関係が図2に示されている(【0051】)。
以上のことから、引用文献1には、アンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成する水素製造用触媒として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認定することができる。
「タングステン(W)とコバルト(Co)がモル比で80:20となるように、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液を混合して混合水溶液を作製し、この混合水溶液は、蒸発乾固され乾燥物とされ、この乾燥物は570℃の酸素雰囲気中で2時間保持され酸化物に熱分解され、この熱分解された酸化物は、800℃の水素雰囲気中で3時間保持され水素還元されることにより、コバルトを非平衡強制固溶したコバルト固溶タングステン合金粉末とし、得られたコバルト固溶タングステン合金粉末1gを反応炉中に設置し、この反応炉中に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉中を900℃まで昇温して24時間保持することによって炭化処理し、炭化処理を行う際に、反応炉内に予めAl-Fe合金粉末の圧縮成形体を設置しておき、この成形体を
CO2ガスから一酸化炭素(CO)ガスへの転換剤として炭化して得られたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物であって、
得られたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物を、粉砕して微細化した粒径が32μm以下の粉末として、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物10.3mgを計量して3.0mlの純水に投入し、スターラーを用いて攪拌して混合液を作製し、13.0mgのアンモニアボラン(NH3BH3)の粉末を2.0mlの純水に混合溶解してアンモニアボラン水溶液を作製し、上記混合液と上記アンモニアボラン水溶液とを混合した水溶液でアンモニアボランを加水分解して水素ガスに転換し、アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率を下記に示す式2に基づいて評価し、
転換率(%)=(H2ガスモル量×2)/アンモニアボラン中水素成分モル量)・・・(2)
水素ガス転換率と反応時間との関係は、図2に示すように、30分経過するまで急速に転換効率が上昇し、45分経過後の転換率は77%である、水素製造用触媒。
【図2】
[図:0001420822000002.jpg]
」
(3) 本件補正発明と引用発明との対比
本件補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明は、粒径が32μm以下の粉末であるCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物と純水の混合液と、アンモニアボラン水溶液とを混合した水溶液でアンモニアボランを加水分解して水素ガスに転換するものであるから、本件補正発明と同様に、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物は、アンモニアボラン(NH3BH3)から水素(H2)を生成するために用いられる水素製造用触媒であるといえる。
そうすると、本件補正発明と引用発明とは、
「アンモニアボラン(NH3BH3)から水素(H2)を生成するために用いられる水素製造用触媒であって、粒径を32μm以下の微細粉末としたタングステン炭化物からなることを特徴とする水素製造用触媒。」
である点で一致し、以下の点で一応相違する。
[相違点]
本件補正発明は、
「前記水素製造用触媒は、
水溶液中に溶解され前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断し、NH3とB(OH)3を生成するとともに、プロトン(H+)を発生させる炭化タングステン(WC)の骨格中に、3nm~20nmの粒径を有する強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶が固溶され、前記炭化タングステン(WC)の骨格中に前記コバルト(Co)ナノ結晶由来の強磁性領域が形成され、磁場―磁化曲線がヒステリシスカーブを描く強磁性とされ、
前記炭化タングステン(WC)により、前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合が切断されて生成される前記NH3と前記B(OH)3とともに発生するプロトン(H+)を、前記コバルト(Co)ナノ結晶により磁気吸引し、前記炭化タングステン(WC)を伝導する電子(e)と合体させて水素(H2)を生成する」
という発明特定事項を有し、当該水素製造用触媒は、炭化タングステン(WC)の骨格中にコバルト(Co)ナノ結晶が固溶されたものであって、強磁性であるなどの微細構造及び物性に関する発明特定事項が特定されると共に、アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断するなどしてアンモニアボランから水素(H2)を生成する際の触媒機構が特定されているものである。
これに対して、引用発明は、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物ではあるが、本件補正発明の上記発明特定事項で特定される水素製造用触媒の微細構造及び物性並びに触媒機構については規定されていない。
(4) 判断
上記相違点について検討する。
ア 本件補正発明に係る水素製造用触媒に関して、令和4年10月5日付けで手続補正された本願明細書及び図面には次のとおり記載されている。
(ア)本件補正発明に係る水素製造用触媒の製造工程及び得られた触媒を用いてアンモニアボランから水素を生成する際の触媒機構について
「【0021】
本実施の形態は、水素含有化合物であるアンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒であって、この触媒は、Co-W-C固溶体相を内包し磁性が付与されたタングステン炭化物からなるものであって、このタングステン炭化物は、強磁性のコバルト(Co)がタングステン(W)格子中に非平衡強制固溶されたコバルト固溶タングステン合金粉末を炭化して作製される。
【0022】
本実施の形態に係るタングステン炭化物を作製するために用いられるコバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液とを混合した混合水溶液を用いて作製される。
【0023】
この混合水溶液は、タングステン成分を99~73mol%含有し、強磁性のコバルト成分を1~27mol%含有するようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合することが望ましい。
【0024】
上述の混合水溶液は、蒸発乾固処理若しくは噴霧乾燥処理されることにより乾燥物が生成される。ここで得られた乾燥物は、酸化物に熱分解される。乾燥物の酸化物への熱分解は、500℃~600℃の酸素雰囲気中、望ましくは570℃の酸素雰囲気中で2時間程度保持することにより行われる。 【0025】
上記乾燥物を熱分解して作製された酸化物は、水素還元されることにより、コバルト固溶タングステン合金粉末とされる。この水素還元は、上述の工程で得られた酸化物を、750℃~850℃の水素雰囲気中、望ましくは800℃の水素雰囲気中で3時間程度保持することによって行われる。この酸化物が水素還元されることにより、コバルト固溶タングステン合金粉末が得られる。
【0026】
ここで作製されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、コバルト(Co)がタングステン格子中に非平衡強制固溶されたものとなる。
【0027】
上述のようにして作製されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、炭化処理されることにより、Co-W-C固溶体相を内包して内部磁場が付与されたタングステン炭化物とされる。この内部磁場が付与されたタングステン炭化物は、水素含有化合物であるアンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒として用いられる。
【0028】
ところで、コバルト固溶タングステン合金粉末の炭化処理は、二酸化炭素(CO2)ガス雰囲気中で加熱処理して行われる。例えば、コバルト固溶タングステン合金粉末を反応炉中にセットした後、この反応炉にCO2ガスを流入し、反応炉内を約900℃の雰囲気として約20時間加熱する。
【0029】
ところで、コバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンに対するコバルトの含有割合が過剰であると、炭化が阻害され、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物の作製が困難であった。上述した混合水溶液の状態で、コバルト成分が30mol%を超えると炭化が阻害され、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物が作製できなかった。
【0030】
また、混合水溶液の状態で、強磁性のコバルト成分が1mol%以下であると、タングステン炭化物中に固溶されたコバルト成分の割合が十分ではなく、高い触媒活性を得ることができない。これは、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物の磁化が十分に得られないため、磁性を利用した触媒特性が得られないためとみられる。そのため、アンモニアボラン(NH3BH3)から水素を生成するために用いられる水素製造用の触媒として用いるには不十分である。
【0031】
そして、タングステン成分を99~73mol%含有し、コバルト成分を1~27mol%含有するようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合した混合水溶液を出発材料として作製されたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、Coを0.3~10.0重量%、Wを84.5~93.6重量%、Cを5.0~6.1重量%の範囲で含有するものとなる。
【0032】
このタングステン炭化物は、炭化タングステン(WC)の骨格中に、Co-W-C固溶体相を内包する構造を有する。この内包されたCo-W-C固溶体相は、純Coに近い成分、及びCo-W-Cの3成分系状態図の相平衡によって決定されるW成分とC成分を含有する。このCo-W-C固溶体相は強磁性元素コバルトの性質を反映していることから以下では強磁性コバルトナノ結晶と称する。コバルトナノ結晶は、コバルト原子が結晶した構造を有する結晶体であって、数nm~数十nmの粒径を有する多結晶体である。 【0033】
触媒として用いられるタングステン炭化物は、アンモニアボランの水溶液に均一に混合された水溶液を構成するため、例えば粉砕処理され、粒径を32μm以下にすることが望ましい。
【0034】
本実施の形態を構成するタングステン炭化物は、炭化タングステン(WC)の骨格中に強磁性のコバルトナノ結晶を内包したものであって、磁場-磁化曲線がヒステリシスループを描き、強磁性を呈する。強磁性を呈するタングステン炭化物は、高い触媒活性を実現し、アンモニアボランから水素を生成するために用いられる水素製造用触媒として機能する。
【0035】
上述したような組成を有し、上述したような工程を経て作製されたタングステン炭化物を触媒として用いて、アンモニアボラン(NH3BH3 )から水素を生成するには、タングステン炭化物と水を混合した混合液と、結晶体としてのアンモニアボランを溶解したアンモニアボランの水溶液を混合する。このタングステン炭化物が混合されたアンモニアボランの水溶液を加水分解すると、下記の式(1)にしたがって水素(H2)ガスが生成される。 NH3BH3+2H2O=NH4++BO2-+3H2 ・・・(1)
【0036】
なお、アンモニアボラン(NH3BH3 )の水溶液は、タングステン炭化物を混合した混合液に直接アンモニアボランを投入して溶解するようにしてもよい。
【0037】
Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物は、アンモニアボラン(NH3BH3 )の水溶液を加水分解する際の触媒として機能し、アンモニアボランからの水素の生成を促進する。
【0038】
ここで、上述したタングステン炭化物が、アンモニアボランから水素を生成する際に触媒としての機能について図1を参照して説明する。
【0039】
結晶固体であるアンモニアボラン(NH3BH3(cr))を溶解した水溶液(NH3BH3 (aq))に、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物の混合液を混合した水溶液を加水分解すると、アンモニアボラン(NH3BH3 )の分子が、W-B 結合の引力相互作用によってWC骨格中に吸引される。そして、アンモニアボラン(NH3BH3)を構成するホウ素(B)と窒素(N)の結合であるB-N結合が切断され、安定な気体であるNH3(aq)と不安定な気体であるB(OH)3(aq)が生成される 。このとき、図1に示す水素生成反応の模式図に示すように、プロトン(H+)を発生させる。ここで発生し、放出されたプロトン(H+)は、Coの磁気スピンにより吸引される。すなわち、プロトン(H+)の核スピン(Nucleus Spin)がCoの電子スピン(Electronic Spin)と平行に配列し、WCを伝導する電子eと合体して水素分子H2を生成する。」
「【図1】
[図:0001420822000003.jpg]
」
(イ)本件補正発明に係る水素製造用触媒の製造の具体例について
「【実施例】
【0040】
次に、本発明に係る水素製造用触媒の具体的な実施例を説明する。
(実施例1)
【0041】
実施例1は、水素製造用触媒として用いられるCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物であって、コバルト固溶タングステン合金粉末を炭化して生成されるる。タングステン炭化物を生成するために用いられるコバルト固溶タングステン合金粉末は、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液とを混合した混合水溶液を用いて作製される。この混合水溶液は、タングステン(W)とコバルト(Co)がモル比で80:20となるようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合して作製した、 【0042】
この混合水溶液は、蒸発乾固され乾燥物とされる。この乾燥物は570℃の酸素雰囲気中で2時間保持され酸化物に熱分解される。熱分解された酸化物は、800℃の水素雰囲気中で3時間保持され水素還元される。この酸化物は水素還元されることにより、コバルトを非平衡強制固溶したコバルト固溶タングステン合金粉末とされる。
【0043】
ここで得られたコバルト固溶タングステン合金粉末1gを反応炉中に設置し、この反応炉中に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉中を900℃まで昇温して24時間保持することによって炭化処理された。
【0044】
この炭化処理を行う際、CO2ガスを用いて直接炭化することが不可能であるため、反応炉内に予めAl-Fe合金粉末の圧縮成形体を設置しておき、この成形体をCO2ガスから一酸化炭素(CO)ガスへの転換剤として炭化した。
【0045】
上述したような処理工程を経て炭化されたコバルト固溶タングステン合金粉末は、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物とされる。このCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物をEPMA観察した結果を図2に示す。SEM像と対応するWとC のX線像より、WCの骨格が形成されていることが分かった。また、CoのX線像より、 WCの骨格中に金属相が形成されていることが理解できる。
すなわち、図2の(a)はSEM像である。(a)において、白く見える部分がWC骨格 であり、黒く見える部分がCoナノ結晶のドメインである。(a)において示されるCo ナノ結晶は、3nm~20nmの粒径を有する多結晶体からなるドメインであった。
そして、図2の(b)は、WのX線像であり、WC骨格の形成を示す。図2(c)は、CoのX線像であり、WC骨格中のCoナノ結晶のドメインの形成を示す。図2(d)は、 CのX線像であり、WC骨格の形成を示す。」
「【0073】
・・・ 本実施例のタングステン炭化物の水素(H2)ガス生成速度 (NHER)がPtナノ粒子のそれを凌駕し、W-Co合金が劣ることに着目し、本実施 例のタングステン炭化物とW-Co合金の磁化測定を行った。
【0074】
本実施例のタングステン炭化物とW-Co合金の磁化測定は、4Kで行った。その結果を 図4の磁場-磁化曲線に示す。本実施例のタングステン炭化物は、図4に示すようにヒステリシスカーブを描き、強磁性であることが判明した。
【0075】
本実施例のタングステン炭化物の磁化がCoによるものとすると、飽和磁化(Ms)は、 Co1原子あたり1.50μBとなった。同様にして、308Kで磁化測定した本実施例の飽和磁化(Ms)は、Co1原子あたり1.42μBとなった。なお、バルクのコバルト結晶の飽和磁化(MS)は、1.7μBである。
【0076】
一方、W-Co合金の磁場-磁化曲線は、図4に示すように磁化が小さく、スピングラス (非磁性)であることが分かった。これは、体心立方格子(bcc)の原子配置を有する タングステン原子の格子中にCo原子が孤立して存在すると、Co原子の3d電子の交換エネルギーが低下してスピングラスになることが分かった。
【0077】
以上より、本実施例に係るタングステン炭化物は、強磁性を有することにより、アンモニアボランから水素(H2)ガスを生成する際の触媒として機能することが実証されたところである。
【0078】
また、本実施例のタングステン炭化物を触媒に用いたときの単位面積あたりの水素(H2 )ガス生成速度(NHER)は、上述したように、Ptナノ粒子を触媒に用いたときより 約30%優れていることが示された。
【0079】
これは、図1を参照して説明したように、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物を構成するWC骨格は、Pt類似の電子状態密度(DOS)に由来し、アンモニアボランのN-B結合を切断してプロトン(H+)を発生させる。そして、放出されたプロトン(H+)がCoの磁気スピンにより吸引される。すなわち、プロトン(H+)の核スピン (Nucleus Spin)がCoの電子スピン(Electronic Spin)と平行に配列し、WCを伝導する電子eと合体して水素分子H2を生成する。」
「【図2】
[図:0001420822000004.jpg]
」
「【図4】
[図:0001420822000005.jpg]
」
(ウ)上記(イ)の実施例1で得られた触媒を用いた、アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率の評価試験について
「(実施例2)
【0080】
次に、実施例1のタングステン炭化物を触媒に用いて、アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率を評価した。転換率の評価は、下記に示す式(2)に基づいて評価した。
転換率(%)=(H2ガスモル量×2)/アンモニアボラン中水素成分モル量)・・・(2)
【0081】
本実施例では、実施例1で作製したCoナノ結晶内包タングステン炭化物の粉末を純水に混合した混合液を準備した。この混合液は、粒径を32μm以下するCo-W -C固溶体相内包タングステン炭化物10.3mgを計量して3.0mlの純水に投入しスターラーを用いて攪拌して作製した。
【0082】
ここで、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物は、粉砕して微細化し、粒径が32μm以下とするものを分級して用いるようにしてもよい。 次に、13.0mgのアンモニアボラン(NH3BH3)の粉末を2.0mlの純水に混合溶解し、アンモニアボラン水溶液を作製した。
【0083】
上述したようにして作製したCo-W-C固溶体相内包タングステン炭化物の混合液とアンモニアボラン水溶液を混合した水溶液を加水分解した。 この加水分解の工程で発生する水素(H2)ガスの体積を測定しモル量に換算した。アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換 率を前記式(2)に基づいて評価した。
【0084】
上述の水溶液を加水分解してアンモニアボラン中の水素成分から水素(H2)ガスに転換した転換効率と反応時間との関係を図5に示す。
【0085】
図5に示すように、30分経過するまで急速に転換効率が上昇し、45分経過後の転換率は77%であって、水素製造触媒として優れていることが判明した。」
「【図5】
[図:0001420822000006.jpg]
」
イ 本願明細書に記載された実施例1(以下、「本願実施例1」という。)についてみると、本願実施例1に記載されたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物からなる触媒製造工程は、【0041】~【0046】に記載されたとおりのものである。
また、本願明細書の【0080】~【0085】及び図5では、実施例2(以下、「本願実施例2」という。)として、本願実施例1で製造した水素製造用触媒を用いてアンモニアボランから水素を生成している。
ウ そうすると、本願明細書の実施例(本願実施例1、2、図5)には、次の事項からなる水素製造用触媒(以下、「本願実施例触媒」という。)が記載されていると認められる。
「タングステン(W)とコバルト(Co)がモル比で80:20となるように、タングステンイオンを含むタングステン酸アンモニウムの水溶液とコバルトイオンを含む酢酸コバルトの水溶液を混合して混合水溶液を作製し、この混合水溶液は、蒸発乾固され乾燥物とされ、この乾燥物は570℃の酸素雰囲気中で2時間保持され酸化物に熱分解され、この熱分解された酸化物は、800℃の水素雰囲気中で3時間保持され水素還元されることにより、コバルトを非平衡強制固溶したコバルト固溶タングステン合金粉末とし、得られたコバルト固溶タングステン合金粉末1gを反応炉中に設置し、この反応炉中に二酸化炭素(CO2)ガスを流入し、反応炉中を900℃まで昇温して24時間保持することによって炭化処理し、炭化処理を行う際に、反応炉内に予めAl-Fe合金粉末の圧縮成形体を設置しておき、この成形体を
CO2ガスから一酸化炭素(CO)ガスへの転換剤として炭化して得られたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物であって、
得られたCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物を、粉砕して微細化した粒径が32μm以下の粉末として、Co-W-C固溶体相内包タングステン炭化物10.3mgを計量して3.0mlの純水に投入し、スターラーを用いて攪拌して混合液を作製し、13.0mgのアンモニアボラン(NH3BH3)の粉末を2.0mlの純水に混合溶解してアンモニアボラン水溶液を作製し、上記混合液と上記アンモニアボラン水溶液とを混合した水溶液でアンモニアボランを加水分解して水素ガスに転換し、アンモニアボラン(NH3BH3)に含有する水素成分から水素(H2)ガスへの転換率を下記に示す式2に基づいて評価し、
転換率(%)=(H2ガスモル量×2)/アンモニアボラン中水素成分モル量)・・・(2)
水素ガス転換率と反応時間との関係は、図5に示すように、30分経過するまで急速に転換効率が上昇し、45分経過後の転換率は77%である、水素製造用触媒。
【図5】
[図:0001420822000007.jpg]
」
エ ここで、上記Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物製造工程は、本件補正発明の触媒の製造工程として説明されている本願明細書のタングステン成分を99~73mol%含有し、コバルト成分を1~27mol%含有するようにタングステン酸アンモニウムの水溶液と酢酸コバルトの水溶液を混合した混合水溶液を出発材料として、乾燥物を生成し、酸化物に熱分解した後、水素雰囲気中で水素還元し、コバルト固溶タングステン合金粉末とし、これを二酸化炭素ガス雰囲気中で炭化処理する工程(【0021】~【0028】)と合致する。
そうすると、上記「炭化したCo-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物」を含む本願実施例触媒は、本願明細書【0040】に記載されているとおり、「本発明に係る水素製造用触媒の具体的な実施例」に相当するといえる。
オ 本願明細書によると、「Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物」は、アンモニアボラン(NH3BH3 )の水溶液を加水分解する際の触媒として機能し、アンモニアボランからの水素の生成を促進するとされる(【0037】)。
さらに、上記タングステン炭化物が、アンモニアボランから水素を生成する際に触媒としての機能について図1を参照して説明されている(【0038】、【0039】)。
これによると、「結晶固体であるアンモニアボラン(NH3BH3(cr))を溶解した水溶液(NH3BH3(aq))に、Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物の混合液を混合した水溶液を加水分解すると、アンモニアボラン(NH3BH3 )の分子が、W-B結合の引力相互作用によってWC骨格中に吸引される。そして、アンモニアボラン(NH3BH3)を構成するホウ素(B)と窒素(N)の結合であるB-N結合が切断され、安定な気体であるNH3(aq)と不安定な気体であるB(OH)3(aq)が生成される 。このとき、図1に示す水素生成反応の模式図に示すように、プロトン(H+)を発生させる。ここで発生し、放出されたプロトン(H+)は、Coの磁気スピンにより吸引される。すなわち、プロトン(H+)の核スピン(Nucleus Spin)がCoの電子スピン(Electronic Spin)と平行に配列し、WCを伝導する電子eと合体して水素分子H2を生成する。」とされる。
そうすると、本願実施例触媒は、上記相違点に係る本件補正発明の発明特定事項である「前記水素製造用触媒は、水溶液中に溶解され前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断し、NH3とB(OH)3を生成するとともに、プロトン(H+)を発生させる炭化タングステン(WC)」であり、「前記炭化タングステン(WC)により、前記アンモニアボラン(NH3BH3 )のB-N結合が切断されて生成される前記NH3と前記B(OH)3とともに発生するプロトン(H+)を、前記コバルト(Co)ナノ結晶により磁気吸引し、前記炭化タングステン(WC)を伝導する電子(e)と合体させて水素(H2)を生成する」という触媒機構を有しているといえる。
カ また、本願明細書には、本願実施例1の「Co-W-C固溶体相を内包するタングステン炭化物」の触媒について、EPMA観察した結果が示され、これによると、「SEM像と対応するWとCのX線像より、WCの骨格が形成されていることが分かった。また、CoのX線像より、 WCの骨格中に金属相が形成されていることが理解できる。すなわち、図2の(a)はSEM像である。(a)において、白く見える部分がWC骨格 であり、黒く見える部分がCoナノ結晶のドメインである。(a)において示されるCo ナノ結晶は、3nm~20nmの粒径を有する多結晶体からなるドメインであった。 そして、図2の(b)は、WのX線像であり、WC骨格の形成を示す。図2(c)は、CoのX線像であり、WC骨格中のCoナノ結晶のドメインの形成を示す。図2(d)は、 CのX線像であり、WC骨格の形成を示す。」(【0045】)とされ、また、同触媒について、「本実施例のタングステン炭化物とW-Co合金の磁化測定は、4Kで行った。その結果を 図4の磁場-磁化曲線に示す。本実施例のタングステン炭化物は、図4に示すようにヒステリシスカーブを描き、強磁性であることが判明した。」(【0074】)とされている。
これらの記載から、本願実施例触媒は、本件補正発明の発明特定事項である「炭化タングステン(WC)の骨格中に、3nm~20nmの粒径を有する強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶が固溶され、前記炭化タングステン(WC)の骨格中に前記コバルト(Co)ナノ結晶由来の強磁性領域が形成され、磁場―磁化曲線がヒステリシスカーブを描く強磁性とされ」るという微細構造及び物性を有しているといえる。
キ 以上から、本願実施例触媒は、本件補正発明の発明特定事項である「水素製造用触媒は、水溶液中に溶解され前記アンモニアボラン(NH3BH3)のB-N結合を切断し、NH3とB(OH)3を生成するとともに、プロトン(H+)を発生させる炭化タングステン(WC)の骨格中に、3nm~20nmの粒径を有する強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶が固溶され、前記炭化タングステン(WC)の骨格中に前記コバルト(Co)ナノ結晶由来の強磁性領域が形成され、磁場―磁化曲線がヒステリシスカーブを描く強磁性とされ、
前記炭化タングステン(WC)により、前記アンモニアボラン(NH3BH3 )のB-N結合が切断されて生成される前記NH3と前記B(OH)3とともに発生するプロトン(H+)を、前記コバルト(Co)ナノ結晶により磁気吸引し、前記炭化タングステン(WC)を伝導する電子(e)と合体させて水素(H2)を生成する」という結晶構造及び物性並びに触媒機構を有するといえる。
ク 次に、引用発明の記載と、本願実施例触媒の構成とを比較すると、「アンモニアボラン中の水素成分から水素(H2)ガスに転換した転換効率と反応時間との関係を示す図」が、前者は図2と規定され、後者は図5とされているが、各図面の記載からみて、同一の評価結果を示していると認められ、その他の記載事項も同一である。
そうすると、引用発明と本願実施例触媒とは、同一の触媒材料であると認められるところ、当然に両者は、同一の微細構造及び物性並びに触媒機構を有するといえるから、引用発明に係る水素製造用触媒は、本件補正発明の上記相違点に係る発明特定事項を備えるものである。
したがって、上記相違点は、本件補正発明と引用発明との実質的な相違点であるとはいえないから、本件補正発明は、引用発明であって、引用文献1に記載された発明である。
ケ よって、本件補正発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない発明であって、特許出願の際独立して特許を受けることができない。
(5) 審判請求人の主張についての検討
審判請求人は、審判請求書において、「本願の請求項1に係る発明は、 ・・・ タングステン炭化物を混合したアンモニアボランの水溶液を加水分解することにより水素(H2)が生成される機序を明らかにし、さらに、この知見に基づきさらに研究を重ねた結果、白金(Pt)代替の触媒として、Ptと同等の水素生成能を実現するため、引用文献1では明らかにされていなかった炭化タングステン(WC)の骨格中に、粒径を3nm~20nmとする微少な強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶を固溶したタングステン炭化物であって、且つ粒径を32μm以下としたタングステン炭化物を水素製造用触媒とて用いるものであり、引用文献1に記載され、あるいは示唆された発明でもなく ・・・ 」(「(3)引用文献記載の発明との対比 (ア)請求項1に係る発明について」の欄)などと主張している。
上記の主張について検討すると、確かに審判請求人が指摘するとおり、引用文献1には、アンモニアボランの加水分解による水素が生成される機序や、タングステン炭化物の微細構造等に関する記載はなく、本件補正発明には新たな知見が付加されているものの、これらの知見は、上記 (4) で検討したように、本件補正発明と引用発明との一応の相違点として挙げたものであって、実質的な相違点になるとはいえないから、触媒材料自体としては、本件補正発明に係る水素製造触媒と引用発明1に係る水素製造用触媒とは、同一の物であると認めることが相当である。
したがって、審判請求人の主張は採用できない。
(6) 補正の却下の決定のむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する特許法第126条第7項の規定に違反するので、特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、本件補正(令和5年6月13日付けの手続補正)については、前記 [補正却下の決定の結論] のとおり決定する。
第3 本願発明について
1 本願発明
令和5年6月13日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、令和5年1月26日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものである(第2 1 (1) 参照)。
2 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、令和4年11月25日付けの拒絶理由通知書に記載した理由1、2であって、そのうちの理由1は、この出願の請求項1、2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて利用可能となった上記引用文献1(特開2019-98328号公報)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない、というものである。
3 対比・判断
本願発明は、上記第2で検討した本件補正発明(第2 1 (2) )において、強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶の「3nm~20nmの粒径を有する」という発明特定事項による限定がなく、また、「炭化タングステン炭化物」と記載されているが、これは本件補正発明で「タングステン炭化物」と補正されたように明らかな誤記であることが理解できる。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、強磁性のコバルト(Co)ナノ結晶の粒径の限定をした本件補正発明は、上記第2で検討したとおり、引用文献1に記載された発明であるから、本願発明についても、同様の理由により、引用文献1に記載された発明であるといえる。
したがって、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定により特許を受けることができない。
第4 むすび
上記第3で検討したとおり、本願発明、すなわち、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-009740