特許拒絶査定不服審判
2023-007752
緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測する方法
- 審判番号
- 2023-007752
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2020-518732
- 請求日
- 2023年05月12日
- 審決日
- 2025年05月28日
- 公報発行日
- 2025年11月28日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】アンスティチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】ユニヴェルシテ・ドゥ・ブルターニュ・オクシダンタル(ユ・ベ・オ)
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】エタブリスマン フランセ デュ サン
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】サントル・オスピタリエ・レジオナル・エ・ユニベルシテール・ドゥ・ブレスト
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】アンスティテュ・ナシオナル・ドゥ・ルシェルシュ・プール・ラグリキュルテュール,ラリマンタシオン・エ・ランヴィロンヌマン
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 審判長/審判官
- 審判長 中村 浩
- 審判官 柴原 直司
- 審判官 加々美 一恵
- 分類
- P18 .113-Z (C12Q) / P18 .121-Z (C12Q) / P18 .536-Z (C12Q)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第2項、特許法第17条の2第5項第2号、特許法第17条の2第6項、特許法第36条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2020-518732「緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 4月 4日国際公開、WO2019/063783、令和 2年12月 3日国内公表、特表2020-534859〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2018年9月28日(パリ条約による優先権主張 2017年9月29日、2017年12月7日、いずれも欧州特許庁(EP))を国際出願日とする出願であって、その手続の概要は次のとおりである。
令和3年 6月10日 :手続補正書の提出
令和4年 3月18日付け:拒絶理由通知
令和4年 9月26日 :意見書、手続補正書の提出
令和5年 1月 6日付け:拒絶査定
令和5年 5月12日 :審判請求書、手続補正書提出
第2 補正却下の決定
令和5年 5月12日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正却下の決定の結論]
令和5年 5月12日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1 本件補正について
本件補正は、次に示す本件補正前の請求項1、6を、それぞれ本件補正後の請求項1、6に補正するものを含む。(下線は、補正に関する箇所を示す。)
(補正前)
「 【請求項1】
嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するための方法であって、
- 前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を測定することと;
- 前記被験体から得られた生物学的サンプルを、緑膿菌に非感染の被検体から得られた生物学的サンプルと比較することと;
- ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが低いと決定するか、又はポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが高いと決定することと;
を含む方法。」
「 【請求項6】
嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌(Pa)による肺定着/感染を予防する方法における使用のためのポルフィロモナス属プロバイオティクスを含む医薬組成物であって、前記方法は、
- 請求項1に記載の方法を使用することによって、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを得ることと;
- 前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが高いと結論付けられた場合、処置的に有効な量のポルフィロモナス属プロバイオティクスを前記被験体に投与することを決定することと
を含む、医薬組成物。」
(補正後)
「 【請求項1】
嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するための方法であって、
- 前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を測定することと;
- 前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を、緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量と比較することと;
- 緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して低いと決定するか、又は緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高いと決定することと; を含む方法。
【請求項6】
嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌(Pa)による肺定着/感染を予防する方法における使用のためのポルフィロモナス属プロバイオティクスを含む医薬組成物であって、前記方法は、
- 請求項1に記載の方法を使用することによって、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを得ることと;
- 前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高いと結論付けられた場合、処置的に有効な量のポルフィロモナス属プロバイオティクスを前記被験体に投与することを決定することと を含む、医薬組成物。」
2 補正の適否
(1)本件補正は、本件補正前の請求項1の「前記被験体から得られた生物学的サンプルを、緑膿菌に非感染の被検体から得られた生物学的サンプルと比較すること」について、「前記被験体から得られた生物学的サンプル」から「前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量」に対象の客体を特定し、また、「緑膿菌に非感染の被検体から得られた生物学的サンプル」から「緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量」に対象の客体を特定するものである。
(2)本件補正は、本件補正前の請求項1の「ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが低いと決定する」について、「ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合」から「緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、」と比較の対象を特定し、また、本件補正前の請求項1の「リスクが低い」から「リスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して低い」に比較の対象を特定するものである。
(3)本件補正は、本件補正前の請求項1の「ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが高いと決定する」について、「ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、」から「緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、」と比較の対象を特定し、また、本件補正前の請求項1の「リスクが高い」から「リスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高い」に比較の対象を特定するものである。
(4)本件補正は、本件補正前の請求項6の「リスクが高い」について、「リスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高い」に比較の対象を特定するものである。
(5)そして、本件補正前の請求項1、6に記載された発明と、本件補正後の請求項1、6に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一である。
(6)このため、請求項1、6に係る本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに、該当する。
(7)上述のとおり、本件補正は特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものを含むため、本件補正後の請求項1、6に係る発明(以下、それぞれ「本件補正発明1」「本件補正発明6」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。
3 独立特許要件
(1)本件補正発明1の新規性、進歩性について
ア 引用文献
原査定で引用され、本願の最先の優先日前に公知となった、Journal of Cystic Fibrosis,2016年,Vol.15, Suppl.1,S11(以下、原査定と同様に「引用文献1」という。)には以下の記載がある。なお、引用文献1は英語文献のため、当審による翻訳文を以下に示す。下線は当審が付した。
「WS07.3
嚢胞性線維症における緑膿菌(Pa)コロニー形成の初期段階での気道微生物叢プルモタイプ:コホート研究
・・・
目的:この研究の目的は、嚢胞性線維症(CF)肺疾患の管理における重要な転換点での微生物叢を特徴づけ、緑膿菌感染の予測バイオマーカーを特定することでした。
方法:8か月間にわたり、34人のCF患者(中央値年齢: 13.8歳)が追跡され、フォローアップ中に緑膿菌に感染したグループと感染しなかったグループに分けられました。65の喀痰サンプルから得られた呼吸器微生物叢は、16S rRNA遺伝子シーケンシングと18種類の呼吸器ウイルスのRT-PCRスクリーニングを通じて分析されました。
結果:ポルフィロモナスは、緑膿菌に感染しなかった患者で豊富に存在するファイロタイプであり(p値 < 0.001)、非許容性の気道微生物叢の潜在的なバイオマーカーである可能性が示されました。ポルフィロモナスおよび他の属(Selenomonas、Leptotrichia、Parvimonas、Atopobium、Bifidobacterium)は、男性患者で統計的に有意に多く存在しました。CFコホートの気道微生物叢は、時間を通じて安定した3つの異なるクラスター(「プルモタイプ」)に分類され、Streptococcus、Haemophilus、またはStaphylococcusのいずれかが優勢でした。
結論:この研究は、CF患者に長年指摘されてきた性差を説明する新たな手がかりを提供します。CFプルモタイプの機能的な違いの特定は、CF予測医療の新しい戦略を提供する可能性があります。」
イ 引用発明
上記アより、引用文献1には以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。なお、参考のため、認定の主な根拠となった箇所を括弧内に示す。
(引用発明)
嚢胞性線維症(CF)肺疾患の管理における重要な転換点での微生物叢を特徴づけ、緑膿菌感染の予測バイオマーカーを特定するための方法であって(「目的」参照)、
8ヶ月にわたりCF患者を追跡し、フォローアップ中に緑膿菌に感染したグループと感染しなかったグループに分け、喀痰サンプルから得られた呼吸器微生物叢を分析すること、を含む方法であり、(「方法」参照)
その結果、ポルフィロモナスは緑膿菌に感染しなかった患者で豊富に存在するファイロタイプであり、非許容性の気道微生物叢の潜在的なバイオマーカーである可能性が示された、(「結果」参照)
方法。
ウ 対比
本件補正発明1と引用発明とを対比する。
(ア)「嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するための方法であって、」の構成について
引用発明の「CF患者」は、本件補正発明1の「嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体」に相当する。
また、引用発明はCF患者のサンプルから呼吸器微生物叢を分析して結果を得ていることから、呼吸器微生物叢の分析結果のデータが提供されていることは明らかである。
一方、引用発明における前記データは「緑膿菌感染の予測バイオマーカーを特定するため」に得たものであって、「緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するための」ものではない。
(イ)「前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を測定することと;」の構成について
引用発明の「CF患者を追跡」して「喀痰サンプル」を「分析」することは、その結果「ポルフィロモナスは緑膿菌に感染しなかった患者で豊富に存在するファイロタイプ」であることが判明していることからみて、ポルフィロモナスについて「豊富」という存在量に関する結果を得ていることが明らかだから、本件補正発明1の「前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を測定すること」に相当し、引用発明は本件補正発明1の上記構成を満たしている。
(ウ)「前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を、緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量と比較することと;」の構成について
引用発明の「CF患者を追跡」し、「フォローアップ中に緑膿菌に感染したグループと感染しなかったグループに分けた」上で「喀痰サンプル」を「分析」することは、その結果、「ポルフィロモナスは緑膿菌に感染しなかった患者で豊富に存在するファイロタイプ」であることが判明していることからみて、緑膿菌に感染しなかったグループのポルフィロモナス存在量と緑膿菌に感染したグループのポルフィロモナス存在量を比較していることが明らかであり、発明は本件補正発明1の上記構成を満たしている。
(エ)「 - 緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して低いと決定するか、又は緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高いと決定すること」の構成について
引用発明には当該構成は存在しない。
(オ)「を含む方法。」の構成について
上記(ア)参照。
(カ)対比のまとめ
上記(ア)~(オ)より、本件補正発明1と引用発明との一致点、相違点はそれぞれ以下のとおりである。
(一致点)
嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体についてのデータを提供する方法であって、
- 前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を測定することと;
- 前記被験体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量を、緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプル中のポルフィロモナス属の細菌の存在量と比較することと;
を含む方法。
(相違点1)
本件補正発明1におけるデータは「緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するため」のものであるのに対し、引用発明におけるデータは「緑膿菌感染の予測バイオマーカーを特定するため」のものである点
(相違点2)
本件補正発明1は「- 緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して低いと決定するか、又は緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高いと決定すること」という構成を有する一方、引用発明は当該構成を有さない点
エ 判断
(ア)相違点1について
引用発明は「嚢胞性線維症(CF)肺疾患の管理における重要な転換点での微生物叢を特徴づけ、緑膿菌感染の予測バイオマーカーを特定する目的で」行われたものであって、その結果、「ポルフィロモナスは緑膿菌に感染しなかった患者」の「潜在的なバイオマーカーである可能性」が判明したのであるから、引用発明における「緑膿菌感染の予測バイオマーカー」として、「ポルフィロモナス」を採用し、「嚢胞性線維症(CF)肺疾患の管理」に用いることが示唆されている。そして、特定の細菌である「ポルフィロモナス」による「嚢胞性線維症(CF)肺疾患の管理」は、嚢胞性線維症(CF)の進行において肺などの呼吸器の細菌感染が重要な役割を果たしているという技術常識に鑑みるに、緑膿菌による肺定着/感染についての管理も意図していることは、当業者にとって明らかである。とすると、引用文献1からは、引用発明の分析で得た微生物叢についてのデータが、「嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するため」に有用であることが当業者に自明であるというべきだから、引用発明の方法を、「緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測するためのデータを提供するため」に用いることは、当業者にとって容易になし得たことである。
(イ) 相違点2について
引用発明において、緑膿菌に感染しなかったグループでは、緑膿菌に感染したグループに比較してポルフィロモナスの存在量が豊富であったことから、引用発明では、ポルフィロモナスの存在量が豊富である場合、緑膿菌の感染リスクが低いことを示唆するものである。
また、引用発明における上記事実は、緑膿菌に感染したグループでは、緑膿菌に感染しなかったグループに比較してポルフィロモナスの存在量が少なかったということと同義であるから、同様に、引用発明は、ポルフィロモナスの存在量が少ない場合、緑膿菌の感染リスクが高いことを示唆するものであるといえる。
とすると、引用発明からのこれらの示唆を元に、ポルフィロモナスをバイオマーカーとして用いて得た結果の解釈にあたり、「緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が多いと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して低いと決定するか、又は緑膿菌に非感染のCF被検体から得られた生物学的サンプルと比較して、ポルフィロモナス属の細菌の存在量が少ないと測定された場合、前記被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが緑膿菌に非感染のCF被検体と比較して高いと決定する」とすることは、当業者が何らの困難性もなくなし得たものである。
(ウ)小括
上記(ア)(イ)より、本件補正発明1は引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
オ 審判請求書での主張とそれに対する判断
請求人は、審判請求書で「引用文献1には、ポルフィロモナスは、Pa陰性に感染していない患者における豊富なフィロタイプであるため(p値<0.001)、非許容性気道微生物叢の潜在的なバイオマーカーであったとの記載はありますが、ポルフィロモナスの存在量が少ないことが、緑膿菌の肺定着/感染を予測可能とすることの記載は一切ありません。また、これを示唆する記載もありません。」と主張しているが、これに対する判断は上記エのとおりであり、採用することができない。
(2)本件補正発明6の実施可能要件について
ア 実施可能要件の判断規範
本件補正発明6は、ポルフィロモナス属プロバイオティクスが、緑膿菌による肺定着/感染を予防するという薬理作用を示す医薬組成物についての発明である。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明に当業者が本件補正発明6を実施できる程度に明確かつ十分に記載したといえるためには、薬理試験の結果等により、有効成分がその属性を有していることを実証するか、又は合理的に説明する必要がある。
また、薬理試験結果は、請求項に係る医薬発明における化合物等に薬理作用があることを確認するためのものである。したがって、原則、(i)どの化合物等を、(ii) どのような薬理試験系において適用し、(iii)どのような結果が得られたのか、そして、(iv)その薬理試験系が請求項に係る医薬発明の医薬用途とどのような関連性があるのか、の全てが、薬理試験結果として明らかにされなくてはならない。
イ 本件明細書の記載
本件明細書には以下の記載がある。
「【0042】
本発明の更なる目的は、嚢胞性線維症(CF)に罹患している被験体における、緑膿菌による肺定着/感染を予防する方法であって、
- 本発明の方法を使用することによって、緑膿菌による肺定着/感染の発現リスクを予測することと;
- 該被験体が緑膿菌の肺定着/感染を発現するリスクが高いと結論付けられた場合、処置的に有効な量のポルフィロモナス属プロバイオティクスを該被験体に投与することと
を含む方法に関する。
【0043】
本明細書で使用するとき、用語「予防」とは、所与の病態を獲得又は発現するリスクの減少を指す。
【0044】
本明細書で使用するとき、用語「プロバイオティクス」とは、適切な処置量で投与されたときに被験体に健康上の利益を与える、生存している微生物である。健康上の利益は、プロバイオティクスによる栄養素及び/若しくは補因子の生成、プロバイオティクスと病原体との競合、並びに/又はプロバイオティクスによる被験体における免疫応答の刺激の結果である。
【0045】
用語「投与する」又は「投与」とは、例えば、粘膜、皮内、静脈内、皮下、筋肉内、関節内への送達、及び/又は本明細書に記載されるか若しくは当技術分野において公知である任意の他の物理的送達方法によって、体外に存在する物質を被験体に注射又は他の方法で物理的に送達する行為を指す。疾患又はその症状を処置するとき、物質の投与は、典型的には、疾患又はその症状の発生後に行われる。疾患又はその症状を予防するとき、物質の投与は、典型的には、疾患又はその症状の発生前に行われる。
【0046】
「処置的に有効な量」とは、任意の医学的処置に適用可能な合理的なベネフィット/リスク比で、緑膿菌による肺定着/感染を予防する方法において使用するのに十分な緑膿菌特異的抗生物質の量を意味する。本発明の化合物及び組成物の合計日用量は、適切な医学的判断の範囲内で主治医によって決定されることが理解されるであろう。任意の特定の被験体についての具体的な処置的に有効な用量レベルは、被験体の年齢、体重、全身健康、性別、及び食生活;使用される具体的な化合物の投与時間、投与経路、及び排出速度;処置期間;並びに医学分野で周知の類似要因を含む、様々な要因に依存する。例えば、所望の処置効果を達成するのに必要な用量よりも低いレベルの化合物の用量で開始し、そして、該所望の効果が達成されるまで投与量を徐々に増加させることは、当技術分野の技能の範囲内で周知である。しかし、生成物の日用量は、成人1人当たり1日当たり0.01~1,000mgという広範囲にわたって変動し得る。典型的には、処置される被験体に対する投与量を症状に合わせて調整するために、組成物は、活性成分 0.01、0.05、0.1、0.5、1.0、2.5、5.0、10.0、15.0、25.0、50.0、100、250、及び500mgを含有する。医薬は、典型的には、活性成分 約0.01mg~約500mg、典型的には、活性成分 1mg~約100mgを含有する。有効量の薬物は、通常、1日当たり0.0002mg/kg(体重)~約20mg/kg(体重)、特に、1日当たり約0.001mg/kg(体重)~7mg/kg(体重)の投与量レベルで供給される。」
ウ 判断
上記イに記載したように、本件明細書の【0042】~【0046】には、ポルフィロモナス属プロバイオティクスを被験体に投与することについての一般記載があり、【0044】には「本明細書で使用するとき、用語「プロバイオティクス」とは、適切な処置量で投与されたときに被験体に健康上の利益を与える、生存している微生物である。」との記載も存在する。また、本願明細書には実施例の開示があり、ポルフィロモナスの存在量と緑膿菌感染との間に相関関係があることは読み取れるといえる。
しかしながら、本件明細書には、ポルフィロモナス属プロバイオティクスを実際に被験体に投与した実施例は記載されておらず、(i)どの化合物等を、(ii)どのような薬理試験系において適用し、(iii)どのような結果が得られたのか、についての開示は存在しないし、ポルフィロモナスの存在量が緑膿菌の感染予防に影響を及ぼすことを示すデータは見当たらない。
また、本願明細書の実施例に示された相関関係からは、「ポルフィロモナスの存在量」と「緑膿菌感染」のいずれが原因となっていずれがその影響を受けるものであるかまでは読み取ることができないから、本願明細書に示されたデータは、ポルフィロモナスの存在量が緑膿菌の感染予防に影響を及ぼすことを裏付けるものではない。
ここで、ポルフィロモナス属細菌は、一般に人体にとって病原性を有し得ることは証拠を示すまでもなく周知であり、そのような病原性を有し得る細菌を、緑膿菌による肺定着/感染を予防するという生体に有益な医薬として使用できることは、薬理試験結果などの具体的裏付けなくしては、当業者といえども理解することはできない。それにもかかわらず、上述のように本願明細書にはポルフィロモナス属プロバイオティクスを実際に被験体に投与した実施例が一切存在しておらず、本件補正発明6を実施しようとした当業者は、本件補正発明6が医薬組成物として使用できることの何らの手がかりも与えられていない。そして、病原性を有し得る細菌を用いて生体に有益な医薬を使用できることを確認するためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要があるといわざるを得ない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
エ 審判請求書での主張とそれに対する判断
(ア) 審判請求書での主張
請求人は、令和4年9月26日付け意見書において、緑膿菌感染マウスモデルC587BI6を試験に用い、第1グループ(コントロール群、n=9)にはNaClを、第二グループ(n=8)にはポルフィロモナス属プロバイオティクスを投与した後、緑膿菌株PAO1をマウスに感染させ、感染後24時間において、両群の緑膿菌感染量(肺のCFU/g)を測定した実験データを示し、審判請求書にて当該データを援用して本件補正発明6が実施可能要件を満たす旨の主張をしている。
(イ) 判断
上記(ア)の実験データは、本願出願日後に明らかにされたデータである。そして、上記ウで示したように、本願明細書にはポルフィロモナス属プロバイオティクスを緑膿菌による肺定着/感染を予防する方法において使用できることについて記載されておらず、当該用途におけるポルフィロモナス属プロバイオティクスの有用性について客観的な裏付けとなる記載が全くないのであり、このような場合にまで、出願後に提出した薬理試験結果を考慮することは、許されないというべきである。
(3)補正却下についてのむすび
本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、本件補正における他の補正部分について検討するまでもなく、本件補正は、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。
第3 本願発明について
本件補正は上記第2のとおり却下されたので、本願の請求項1~8に係る発明は、令和4年9月26日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1~8に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1および請求項6に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」「本願発明6」という。)は、その請求項1および請求項6に記載された事項により特定される、上記第2 1(1)の(補正前)に記載されたとおりのものである。
第4 原査定の理由
原査定の拒絶の理由は、この出願の請求項1に係る発明は、本願の優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というもの、および、この出願の発明の詳細な説明は、緑膿菌による肺定着/感染を予防する方法において、ポルフィロモナス属プロバイオティクスを使用できることを当業者が理解できるように記載されていないから、当業者が請求項6に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、というものを含む。
引用文献1:Journal of Cystic Fibrosis,2016年,Vol.15, Suppl.1,S11
第5 判断
1 進歩性について
(1) 引用文献
引用文献1の記載事項は、上記第2 3(1)アに記載したとおりである。
(2) 対比、判断
本願発明は、上記第2の2で検討したとおり、本件補正発明から、比較の客体の限定を省き、また比較対象の限定を省いたものである。
とすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、その発明特定事項の一部を限定したものに相当する本件補正発明1が、前記第2の3(1)エで説示したとおり、引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
2 実施可能要件について
本願発明の発明特定事項を全て含み、その発明特定事項の一部を限定したものに相当する本件補正発明6について、上記第2 3(2)ウで説示したとおり、本願発明の詳細な説明が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないのであるから、本願発明6についても、本願発明の詳細な説明は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものである。
第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、また、本願の発明の詳細な説明は、特許法第36条4項第1号の規定を満たしていないので、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-007752