特許拒絶査定不服審判
2023-001547
急性虚血性脳卒中の処置のための方法及び医薬組成物
- 審判番号
- 2023-001547
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2020-514330
- 請求日
- 2023年01月30日
- 審決日
- 2025年04月30日
- 公報発行日
- 2025年10月31日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】アンスティチュ ナショナル ドゥ ラ サンテ エ ドゥ ラ ルシェルシュ メディカル
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】ユニヴェルシテ・パリ・シテ
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】ユニヴェルシテ パリ 13 パリ ノール
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】アシスタンス ピュブリク-オピトー ドゥ パリ
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 【請求人】フォンダシオン・オプタルモロジック・アドルフ・ドゥ・ロートシルト
- 【請求人代理人】弁理士法人 津国
- 審判長/審判官
- 審判長 松波 由美子
- 審判官 冨永 みどり
- 審判官 岡山 太一郎
- 分類
- P18 .121-WZ (A61K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2020-514330「急性虚血性脳卒中の処置のための方法及び医薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成30年11月22日国際公開、WO2018/210860、令和2年7月9日国内公表、特表2020-520386〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2018年(平成30年)5月15日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2017年5月16日、2018年2月1日、いずれも(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は、次のとおりである。
令和2年 1月 9日 :国際出願翻訳文の提出
令和4年 2月22日付け :拒絶理由通知
同年 6月 7日 :意見書、手続補正書の提出
同年 9月20日付け :拒絶査定
令和5年 1月30日 :審判請求書の提出
令和6年 7月31日付け :当審による拒絶理由通知
令和7年 1月24日 :意見書の提出
第2 本願発明
本願の請求項に係る発明は、令和4年6月7日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1~26に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1~3に係る発明(以下、請求項の番号に従ってそれぞれ「本願発明1」等という。)は以下のとおりのものである。
「【請求項1】
AISの処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物であって、t-PA及びDNAseを含む医薬組成物。
【請求項2】
AISの処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物であって、t-PAを含み、DNAseと組み合わせて用いられる、医薬組成物。
【請求項3】
AISの処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物であって、DNAseを含み、t-PAと組み合わせて用いられる、医薬組成物。」
第3 拒絶の理由
令和6年7月31日付け拒絶理由通知書において当審が通知した拒絶理由は、概略、次のとおりのものである。
この出願の請求項1~26に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1~5に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
<引用文献等一覧>
5.Am. J. Physiol. Heart Circ. Physiol. (2015) vol.308, issue 5, p.H500-H509
4.Stroke (Feb 2017) vol.48, issue suppl.1, Abstract TMP26
1.特表2010-502629号公報
2.特表2014-502608号公報
3.Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol. (2012) vol.32, no.8, p.1884-1891
第4 当審の判断
1 引用文献に記載された事項
当審の拒絶理由において引用された、本願優先日前に頒布された又は電気通信回路を通じて公衆に利用可能となった引用文献5及び4には、以下の事項が記載されている。なお、下線部は当審合議体が付したものであり、外国語で記載された引用文献については、当審合議体による訳文にて示している。また、「・・・」は記載の省略を意味する。
(1)引用文献5に記載された事項
・記載事項5a(H500頁左欄6行~32行)
「新たな証拠は、好中球細胞外トラップ(NET)が無菌性の炎症と血栓症を結びつける役割を果たす可能性を示唆している。われわれは、心筋虚血再灌流(I/R)中にNETが誘導され、NETを介した微小血栓症が心筋の「no-reflow」に関与している可能性があるという仮説を立てた。Wistar系雄性ラットを45分間の心筋虚血後、無作為にI/R対照群、DNase(DNase I、20g/ラット)群、組み換え組織型プラスミノーゲン活性化因子(rt-PA、420g/ラット)群、DNase+rt-PA群、偽薬対照群に分けた。その場でのNET形成、解剖学的な「no-reflow」領域、および梗塞サイズを再灌流3時間直後に評価した。術後45日目に長期的な左室機能解析と組織学的解析を行った。I/R対照と比較して、DNase+rt-PA群は虚血領域のNET密度(8.38±1.98 vs.26.86±3.07(200×フィールドあたり)、P<0.001)及び「no-flow」領域(15.22±0.06 vs.34.6±0.05%、P<0.05)の減少、並びに梗塞サイズの縮小(38.39±0.05 vs.71.00±0.03%、P<0.001)を示した。さらに、I/R対照と比較して、DNase+rt-PA治療はI/R傷害によって誘発されたLVリモデリングを有意に改善した(LV駆出率:64.22±3.37 vs.33.81±2.98%,P<0.05;LV収縮期圧上昇のLV最大勾配:3,785±216 vs.2,596±299mmHg/s,P<0.05)。この有益な効果はDNase Iまたはrt-PA単独で治療したラットでは観察されなかった。われわれの研究は、I/R障害心筋におけるNETの存在を証明し、心筋I/R障害と冠動脈no-reflowの処置の有望な選択肢となりうる、新しいDNaseベースの再灌流戦略(DNase I+rt-PA)の長期的有用性を確認するものである。」
・記載事項5b(H500頁右欄5行~43行)
「NETが形成される過程はNETosisと呼ばれている(63)。NETは、局所的に高濃度の抗菌タンパク質の助けを借りて、侵入してきた病原体を捕捉し、固定化し、死滅させることにより、微生物感染に対する自然免疫反応において重要な役割を果たしていることを示す証拠が増えている(7,26)。
最近の証拠では、NETが無菌性の炎症と血栓症の関連に関与している可能性も示唆されている(5,17,18,26,38)。NETosisの結果として、外在化したヌクレオソームは、好中球エラスターゼやカテプシンGとともに、病原体のチャレンジなしに血管内血栓形成を誘導することができる(39)。このように、NETは内皮細胞と接触して細胞傷害性プロテアーゼを運ぶことを可能にするプラットフォームとして機能する(22,51)。さらに、NETは赤血球(RBC)を捕捉する足場となり、特に深部静脈血栓症ではRBCリッチ血栓の一因となる(17、18)。さらに、これまでの研究で、好中球が心筋虚血再灌流(I/R)傷害の病因に関与していることが示されており(25,29)、これは再灌流戦略によって心外膜冠動脈の開通性が回復したときに臨床で観察される「no-reflow」現象の主な原因の一つである(43)。冠動脈疾患患者では、NET形成のマーカーである循環DNAとクロマチンのレベルの上昇が、血栓促進状態や有害な心イベントの発生と関連している(4)。
DNAはNETの骨格であり、デオキシリボヌクレアーゼI(DNase I)によって分解されることから(17)、Savchenkoら(52)は最近、1時間の虚血/23時間の再灌流プロトコルを用いたマウスモデルにおいて、DNase Iが細胞外DNAを切断し、梗塞サイズを制限することを報告した。一方、冠動脈微小血栓症は、I/R傷害によるno-reflowを引き起こす重要な病態生理学的プロセスとして認識されている(13,41,55)。しかし、血栓溶解薬である組織型プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)の冠動脈no-reflowに対する有効性は証明されていない(28)。最近の研究で、DNase Iと遺伝子組み換えt-PA(rt-PA)の併用は、どちらか一方だけでは不可能であるが、in vitroでNET誘導血栓を分解できることが示唆された(17)。」
・記載事項5c(H501左欄22行~右欄5行)
「LAD結紮後、45分間虚血を誘導した。再灌流の5分前に介入薬が静脈注射で投与された。対照群には同量のビヒクル(生理的食塩水)が投与された。・・・
研究プロトコル その場でのNET形成、好中球浸潤、心筋ミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性、無再流面積、および梗塞サイズに対するDNaseベースの介入の効果を評価するために、以下の5群の生存ラットを用いた: I/Rコントロール群(n=33)、DNase(DNase I、Sigma-Aldrich)群(n=38)、rt-PA(Actilyse、Boehringer Ingelheim、Ingelheim、Germany)群(n=35)、DNase+rt-PA治療群(n=33)、偽コントロール群(n=32)。再灌流3時間直後に、各群の一部のラット(各群n=22-27)を安楽死させ、組織学的分析(下記参照)のために心臓を採取し、各群の一部のラット(各群n=5-6)を心筋MPO活性測定に用いた。DNase Iの投与量は20g/ラットであった。成体ラットの血液量を20mlと仮定すると、20gのボーラス注射は1.0g/mlの一過性血漿中濃度をもたらす。この濃度は、NET形成によって誘発される痰の粘性を減少させる能力をin vitroで示した(54)。rt-PAのボーラス注射量は420g/ラットであり、20g/mlのrt-PAの一過性血漿中濃度を生じたが、これは、25g/mlの濃度のrt-PAとDNase Iとの組み合わせがin vitroでNET誘導血栓を分解できることを示したFuchsらの研究(17)と同様であった。」
・記載事項5d(H502頁右欄下から25行~最終行)
「DNase Iとrt-PAの併用は、心筋I/Rによる解剖学的no-reflowを減少させる。
心筋の解剖学的no-reflowを検出するためのよく知られた方法(紫外線下のチオフラビンSとエバンスブルー)を用いて、このモデルにおいて、心臓横断面のAARとTAの比が同等であることを示し、虚血障害の大きさが全群で同程度であることを示した(図3H)。この条件に基づいて、DNase Iとrt-PAの併用介入は、I/R対照と比較して、虚血領域のno-reflow面積を有意に減少させることがわかった(15.2±5.6 vs.34.6±5.0%,P<0.05)。DNase Iまたはrt-PA単独治療群では、I/R対照群と比較してno-reflowの大きさに有意差は認められなかった(すべてP<0.05)(図3I)。
DNase Iとrt-PAの併用は梗塞サイズを制限する。
初期の心筋救済に対するDNaseに基づく介入の効果を調べるために、エバンスブルーとTTC染色を用いた。代表的な心臓切片を図4Aに示す。Fig.4Bに示すように、AARとTAの比に群間で有意差は認められなかった(Fig.4B)。心筋no-reflow面積の結果と同様に、I/R対照群と比較してDNase I+rt-PA群ではIA対AAR比に有意な減少がみられた(38.4±5.0 vs.71.0±3.5%; P<0.001)。IA対AAR比は、I/R対照群と比較して、DNase I投与群でもrt-PA投与群でも有意差は認められなかった(図4C)。」
・記載事項5e(図3、図4)
「
[図:0001427078000001.jpg]
図3.DNase Iとrt-PAの併用は、I/R傷害によって誘発された心筋の解剖学的「no-reflow」を抑制した。A-E:代表的な紫外線下でのチオフラビンS染色とエバンスブルー染色。FとG:それぞれ無再流域とエバンスブルー灌流域の認識方法のスキーム。HとI:それぞれ、全心切片面積(TA)に対する危険域面積(AAR)の比と、AARに対する無再流域面積(NR)の比の統計的比較。散布図中の横線は平均値を示す。*P<0.05.
[図:0001427078000002.jpg]
図4.DNase Iとrt-PAの併用は梗塞サイズを制限する。A:代表的なTTCとエバンスブルー染色による心臓横断切片。紺色の領域はEvans blue灌流領域を示す。非Evans blue灌流領域はAARを示す。赤色領域は生存心筋を示し、AAR内の白色領域は梗塞領域(IA)を示す。BとC:それぞれ虚血の大きさの指標であるTAに対するAARと心筋救済の指標であるAARに対するIAの統計的比較。散布図の横線は平均値を示す。***P<0.001.」
・記載事項5f(H506頁右欄7行~H507頁左欄18行)
「最近、前述の同じグループがin vitroモデルでNET誘導血栓がrt-PAに抵抗性であることを示した(18)。さらに、ヒトの生体外血栓のマトリックス中に細胞外ヒストン/DNA複合体の広範なネットワークが観察された(46)。このエビデンスを支持するものとして、急性心筋梗塞患者の冠動脈血栓吸引標本にNETが存在することが最近報告された(12)。これらの結果はわれわれの所見と一致しており、DNase Iと血栓溶解療法を併用することで、NETを介した血栓症を標的とする相乗効果が得られることを強調している。以上をまとめると、我々のデータは、好中球それ自体ではなく、NETが誘発する血栓症がI/R傷害による微小循環閉塞を媒介したことを示唆している。
心筋I/R傷害後のNETを介した微小血管血栓症のメカニズムとして提唱されているものを図7に示す。虚血性障害はIL-8などの炎症性サイトカインの放出や活性酸素の発生を助長しこれらはNETosisの誘導に不可欠な誘因である(6,15,34)。NETが冠動脈微小循環の血栓症を促進する過程には、次のようなメカニズムがある。第一に、NETは接触経路を通して第XII因子(58)と結合し、活性化させ、凝固カスケードの活性化を促進する。第2に、NETに結合したヒストンが循環にさらされると、血小板が結合して活性化され、血漿フィブリノーゲン(16)と架橋し、血小板依存性トロンビン(53)が生成され、フィブリノーゲンがフィブリンに変換される。第3に、NETは組織因子に結合し、外因性凝固経路の活性化を促進することができる(14)。第四に、好中球エラスターゼに結合したNETは組織因子経路インヒビターを切断する能力があり、内因性の抗凝固作用を不活性化する(39)。その結果、再灌流が開始されると、上記のメカニズムがNETとフィブリンで形成された足場と協調して赤血球を捕捉し、血栓を増殖させることになる。したがって,NETを標的とするDNase Iとフィブリンを標的とするrt-PAを併用することは,NETとフィブリンが提供する血栓の網目状の骨格構造を破壊する理想的な選択肢となる。」
(2)引用文献4に記載された事項
・記載事項4a(全文)
「アブストラクト
序論:好中球細胞外トラップ(NETs)は、主に糸状DNAの鎖と、クロマチンやヒストンのアイソフォームなどの核タンパク質、分泌性好中球顆粒タンパク質から構成されている。最近の研究で、NETが静脈血栓中に存在し、足場として機能している可能性が示され、血栓溶解治療に関与している可能性が示された。
仮説:急性虚血性脳卒中(AIS)患者から採取した脳動脈血栓にもNETが存在する。
方法:発症後8時間以内に血管内治療(うち8例はアルテプラーゼ血栓溶解療法)を施行したAIS患者10例(33~78歳,女性4例)から10個の動脈血栓が採取された.ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、免疫蛍光染色(DNAを標識する抗ヒストンH3およびヘキスト33342を含む)および電子顕微鏡検査を行い、血栓中のフィブリンおよび/またはNETの存在を同定した。
結果:血栓は中大脳動脈から4例,内頸動脈から3例,脳底動脈から3例であった.5例は心塞栓症,5例は大動脈アテローム性動脈硬化症であった.HE染色では10例すべての脳動脈血栓に多量のフィブリンと白血球が認められた。また、免疫蛍光染色により10/10の脳動脈血栓にNETs構造が同定された。さらに,10個すべての血栓で好中球が放出したDNAネットワークがフィブリンとともに存在することが電子顕微鏡で確認された。
結論:我々の結果は、AIS患者の動脈血栓中にNETが存在することを直接的に証明した。NETは心原性血栓と動脈硬化性血栓の両方において、フィブリンに加えてもう一つの構造成分として機能する可能性がある。NETは再疎通治療の新たターゲットとなりうる。
キーワード:好中球細胞外トラップ(NETs);動脈血栓;急性虚血性脳卒中」
2 引用文献5に記載された発明
前記1(1)記載事項5a~fを踏まえると、引用文献5には、次の発明(以下「引用発明5」という。)が記載されていると認められる。
「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞の処置に用いるための医薬組成物であって、組み換えt-PA(Actilyse)及びDNase Iを含む医薬組成物。」
3 本願発明1について
(1)対比
本願発明1と引用発明5とを対比する。
引用発明5の「組み換えt-PA(Actilyse)」及び「DNase I」は、それぞれ本願発明1の「t-PA」及び「DNAse」に相当する。
また、引用発明5の「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞」は、虚血性疾患であり、本願発明1の「AIS」とは、本願明細書の【0002】の記載及び技術常識に照らし、急性虚血性脳卒中のことであるから、引用発明5の「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞の処置に用いるための医薬組成物」は、本願発明1の「AISの処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物」と、「虚血性疾患の処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物」である点で共通する。
そうすると、本願発明1と引用発明5は、
「虚血性疾患の処置を必要とする患者におけるその処置における使用のための医薬組成物であって、t-PA及びDNAseを含む医薬組成物。」
である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
「虚血性疾患」が、本願発明1では「AIS」であるのに対し、引用発明5では「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞」である点。
(2)判断
ア 相違点1について
no-reflow現象とは、一定時間の虚血の後に冠動脈を再灌流しても、心筋への血流が回復しない現象をいうが、引用文献5は、心筋虚血再灌流(I/R)中に、「好中球細胞外トラップ(NET)」が誘導され、NETを介した微小血栓症が心筋の「no-reflow」に関与している可能性があるという仮説のもと、NETの骨格であるDNAを切断するDNase I及び/又は血栓溶解薬であるt-PAによる治療効果を確認した学術論文であって、心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflowの大きさ及び梗塞のサイズが、DNase I及びrt-PAを併用することで有意に減少する一方、DNase I又はrt-PA単独による処置においては、そのような有意な減少が見られなかったことが記載されている(前記1(1)記載事項5a、5d、5e)。そして、引用文献5には、これらの結果が、NETが誘発する血栓症が、I/R傷害による微小循環閉塞を媒介したことを示唆するものであり、NETを標的とするDNase Iとフィブリンを標的とするrt-PAを併用することは、血栓の増殖のメカニズムが、NETとフィブリンで形成された足場と協調した赤血球の捕捉によるものであることに照らせば、NETとフィブリンが提供する血栓の網目状の骨格構造を破壊する理想的な選択肢となることが説明されている(同記載事項5f)。
他方、引用文献4には、「最近の研究で、NETが静脈血栓中に存在し、足場として機能している可能性が示され、血栓溶解治療に関与している可能性が示された。」ことを踏まえ、急性虚血性脳卒中(AIS)患者から採取した脳動脈血栓にもNETが存在するとの仮説のもと、AIS患者から取得した血栓全てにおいて、好中球が放出したDNAネットワークがフィブリンとともに存在することを電子顕微鏡で確認し、AIS患者の動脈血栓中にNETが存在することを直接的に証明したこと、及び、NETは心原性血栓と動脈硬化性血栓の両方において、フィブリンに加えてもう一つの構造成分として機能する可能性があり、NETが再疎通治療の新たターゲットとなりうることが記載されている(前記1(2)記載事項4a)。
そして、引用発明5も、引用文献4に記載の事項も、ともに、虚血性疾患において血栓溶解治療を適用する際に、血管中で血栓の足場として存在するNETに着目したものである点で、軌を一にするものであり、引用発明5において、引用文献4の記載から、NETとフィブリンが提供する血栓に起因するno-reflow及び梗塞と同様に、フィブリンに加えてNETを構成成分として含む血栓を有するAISにおいても、t-PA及びDNAseの併用による治療が有効であることを期待して、AISの処置に用いることは、当業者が容易になし得ることである。
イ 本願発明1の効果について
本願明細書には、AIS患者から回収された血栓に対して、t-PA及びDNAse Iを同時投与することで、t-PA又はDNAse I単独と比較してエクスビボ血栓溶解が促進されることが記載されている(本願明細書段落【0063】及び【0064】、図2及び5)。
一方、引用文献5には、上記アのとおり、心筋虚血再灌流(I/R)によるno-reflowの大きさ及び梗塞のサイズが、DNase I及びrt-PAを併用することで有意に減少する一方、これら単独による処置ではそのような有意な減少が見られなかったことが記載されており(前記1(1)記載事項5a、5d、5e)、これらの併用による効果は、単独で使用する場合の効果の和を超えた相乗効果を示すものであると認められる。
そして、引用文献5に記載されているように、冠動脈微小血栓症が、I/R傷害によるno-reflowを引き起こす重要な病態生理学的プロセスであることは周知の事項であり(要すれば、前記1(1)記載事項5b参照)、DNase Iと血栓溶解療法を併用することで、NETを介した血栓症を標的とする相乗効果が得られることも知られていたことを踏まえると(同記載事項5b、5f)、上記心筋虚血再灌流(I/R)によるno-reflowの大きさ及び梗塞のサイズの減少における相乗効果が、血栓の減少により奏されたことは当業者に明らかであり、この点、引用文献5において、心筋I/R傷害後のNETを介した微小血管血栓症のメカニズムが示された上で、「NETを標的とするDNase Iとフィブリンを標的とするrt-PAを併用することは,NETとフィブリンが提供する血栓の網目状の骨格構造を破壊する理想的な選択肢となる」と結論付けていることとも符合する(同記載事項5f)。
そうしてみると、引用文献5には、t-PAとDNAseを併用することにより、冠動脈微少血栓症を相乗的に減少させたことが実質的に記載されているといえ、同じくフィブリンに加えてNETを構造成分として含む血栓を有するAIS患者においても、これらの併用により同効が奏されることは、当業者が十分に予測し得ることであるから、本願発明1の効果が、当業者が予測困難な格別顕著なものとは認められない。
ウ 請求人の主張について
(ア)請求人の主張の概要
請求人は、令和7年1月24日提出の意見書において、概略、以下の主張をし、本願発明1を、引用文献5および4に基づき、当業者が容易に発明することができたとはいえない旨主張している。
a 引用文献5を主引例とすることについて
引用文献5は、心筋虚血再灌流に関する文献、すなわち心臓に関しており、本願発明1(急性虚血性脳卒中(AIS))とは全く異なる医学的状態に関連するものであって、これを主引例として本願発明と対比することはできない。
b 引用文献4について
引用文献4は、動脈血栓におけるNETsの存在を示し、それらが再疎通治療の潜在的なターゲットになり得ることを示唆しているに過ぎず、引用文献4は、t-PAとの併用を提案するものではなく、NETsが血栓のt-PA抵抗性の原因であることを示唆するものでもない。引用文献4は、当業者に対して再疎通治療のためにDNAseを使用することを促す可能性はあるものの、DNAseの注入がAISにおけるt-PA誘導血栓溶解の効果を向上させるために相乗効果を有していることを一切示唆していない。
(イ)検討
a 請求人の主張aについて
前記ア及びイにおいて説示したとおり、引用文献5には、「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞」が、NETを足場とする血栓症に起因すること、及び、フィブリンを標的とするrt-PAとNETを標的とするDNase Iを併用することで、NETとフィブリンが提供する血栓に起因するno-reflow及び梗塞が減少することが記載されている。
そして、本願発明1の急性虚血性脳卒中(AIS)と、引用文献5に記載の「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞」は、その発生部位こそ脳と心臓で異なるものの、共にNETを足場とする血栓症に起因する虚血性疾患であって、血栓治療が適用される点で軌を一にするものであるところ、「全く異なる医学的状態に関連するもの」とはいえず、むしろ発症メカニズムやその治療方法の点で密に関連する疾患といえ、前記請求人の主張aは採用することはできない。
b 請求人の主張bについて
前記アにおいて説示したとおり、引用文献4には、急性虚血性脳卒中(AIS)患者から取得した血栓全てにおいて、好中球が放出したDNAネットワークがフィブリンとともに存在することを電子顕微鏡で確認し、AIS患者の動脈血栓中にNETが存在することを直接的に証明したうえで、NETが心原性血栓と動脈硬化性血栓の両方において、フィブリンに加えてもう一つの構造成分として機能する可能性があり、NETが再疎通治療の新たターゲットとなりうることが記載されている。
確かに、請求人が主張するように、引用文献4には、t-PAとDANase Iを併用することを、直接的に提案する旨の記載はないものの、当業者に対して再疎通治療のためにDNAseを使用することを促す可能性について示されているのであり、他方、前記aで説示したとおり、引用文献5には、「心筋虚血再灌流(I/R)により引き起こされるno-reflow及び梗塞」が、NETを足場とする血栓症に起因すること、及び、フィブリンを標的とするrt-PAとNETを標的とするDNase Iを併用することで、NETとフィブリンが提供する血栓に起因するno-reflow及び梗塞が減少することが記載されているのであるから、これらの引用文献5及び4の記載に接した当業者であれば、NETとフィブリンが提供する血栓に起因するno-reflow及び梗塞と同様に、フィブリンに加えてNETを構成成分として含む血栓を有することが確認されたAISにおいても、t-PAによる血栓溶解治療の効果を向上させるための相乗効果を期待して、t-PA及びDNAseを併用しようとする動機付けが十分にあり、その効果も予測し得るものである。したがって、前記請求人の主張bは、採用することができない。
エ 小括
上記のとおりであるから、本願発明1は、引用発明5、引用文献5及び4に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 本願発明2及び3について
本願発明2及び3は、本願発明1の「t-PA及びDNAseを含む医薬組成物」との特定を、それぞれ「t-PAを含み、DNAseと組み合わせて用いられる、医薬組成物」又は「DNAseを含み、t-PAと組み合わせて用いられる、医薬組成物」との特定に置き換えたものである。
そして、本願発明2又は3と引用発明5を対比すると、両者は前記(1)で示した相違点1で相違するものである。
したがって、前記(2)で本願発明1について検討したのと同様に、本願発明2及び3は、引用発明5、引用文献5及び4に記載された事項に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
第5 むすび
以上のとおり、本願の請求項1~3に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は、その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
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2023-001547