特許拒絶査定不服審判
2022-014914
バッテリを管理する装置、方法、及びシステム
- 審判番号
- 2022-014914
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2017-179162外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2022年09月21日
- 審決日
- 2023年11月15日
- 公報発行日
- 2024年04月26日
- 結論
- 請求不成立
- 分類
- P18 .536-Z (G01R)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2017-179162「バッテリを管理する装置、方法、及びシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 4月12日出願公開、特開2018- 59917〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成29年9月19日(パリ条約による優先権主張 2016年10月5日 韓国)の出願であって、その手続の経緯の概略は、次のとおりである。
令和3年 8月30日付け:拒絶理由通知書
同年11月19日 :意見書、手続補正書の提出
令和4年 1月11日付け:拒絶理由通知書
同年 3月 9日 :意見書、手続補正書の提出
同年 6月 9日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
(同月21日 :原査定の謄本の送達)
同年 9月21日 :審判請求書の提出
令和5年 5月31日付け:審尋
同年 8月29日 :回答書の提出
第2 本願発明
本願の請求項1~27に係る発明(以下、請求項の番号に従って「本願発明1」などという。また、これらを総称して「本願発明」という。)は、令和4年3月9日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1~27に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
数個のバッテリのうち、ターゲットバッテリを選択するステップと、
前記ターゲットバッテリの物理量データに基づいて、前記ターゲットバッテリの状態情報を決定するステップと、
前記数個のバッテリのうち前記ターゲットバッテリとは異なる他のバッテリの状態情報を前記ターゲットバッテリの状態情報を決定した方式とは異なる方式で決定するステップであって、前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定するステップと、
を含むバッテリ管理方法。
【請求項2】
前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データ及び前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データに対応する線形近似データとの間の差値に基づいて、前記バッテリそれぞれの変動情報を演算するステップと、
前記変動情報に基づいて前記バッテリのうち前記ターゲットバッテリを決定するステップと、
をさらに含む、請求項1に記載のバッテリ管理方法。
【請求項3】
前記ターゲットバッテリは、変動情報が最大であるバッテリ、変動情報が平均であるバッテリ、及び変動情報が最小であるバッテリのうちいずれか1つ又は2つであるかそれ以上の組合せを含む、請求項2に記載のバッテリ管理方法。
【請求項4】
前記バッテリそれぞれの変動情報を演算するステップは、
前記バッテリそれぞれの基準区間内の時系列の電気的な物理量データそれぞれと前記時系列の電気的な物理量データそれぞれの対応線形近似データとの間の差値を演算するステップと、
前記演算された差値をバッテリごとに和するステップと、
を含む、請求項2に記載のバッテリ管理方法。
【請求項5】
複数のターゲットバッテリが決定された場合、前記ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を演算するステップと、
前記演算された差情報に基づいて、前記ターゲットバッテリのうち前記他のバッテリの対応ターゲットバッテリを特定するステップと、
をさらに含み、
前記他のバッテリの状態情報を決定するステップは、前記対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記対応ターゲットバッテリの状態情報を用いて、前記他のバッテリの状態情報を決定するステップを含む、請求項1に記載のバッテリ管理方法。
【請求項6】
前記対応ターゲットバッテリは、前記他のバッテリの電気的な物理量データと最も類似の電気的な物理量データに対応するターゲットバッテリである、請求項5に記載のバッテリ管理方法。
【請求項7】
複数のターゲットバッテリが決定された場合、前記ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報のうち、最小値に対応するターゲットバッテリを選択するステップをさらに含む、請求項1に記載のバッテリ管理方法。
【請求項8】
前記他のバッテリの基準区間内の時系列の電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの前記基準区間内の対応する時系列の電気的な物理量データとの間の差値を演算し、前記演算された前記差値の和を前記差情報として決定するステップをさらに含む、請求項1に記載のバッテリ管理方法。
【請求項9】
前記バッテリのうちターゲットバッテリを除いたバッテリを確認するステップと、
前記確認されたバッテリの物理量データに基づいて前記確認されたバッテリの状態情報を決定するステップと、
をさらに含む、請求項1に記載のバッテリ管理方法。
【請求項10】
前記確認されたバッテリの状態情報を決定するステップは、前記確認されたバッテリの対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記確認されたバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報と、前記対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記確認されたバッテリの状態情報が決定された場合、前記確認されたバッテリの物理量データに基づいて前記確認されたバッテリの状態情報を再決定するステップを含み、
前記対応ターゲットバッテリは、前記確認されたバッテリの電気的な物理量データと最も類似の電気的な物理量に対応するターゲットバッテリである、請求項9に記載のバッテリ管理方法。
【請求項11】
バッテリのうちターゲットバッテリそれぞれの物理量データに基づいて、前記ターゲットバッテリそれぞれの状態情報を決定するステップと、
前記ターゲットバッテリとは異なる他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データとの間の差情報を演算するステップと、
前記差情報に基づいて前記ターゲットバッテリのうちの1つを選択するステップと、
前記選択されたターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記選択されたターゲットバッテリの状態情報に基づいて、前記他のバッテリの状態情報を決定するステップと、
を含むバッテリ管理方法。
【請求項12】
前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データに対応する線形近似データとの間の差に基づいて、前記バッテリそれぞれの変動情報を演算するステップと、
前記変動情報に基づいて前記ターゲットバッテリを決定するステップと、
をさらに含む、請求項11に記載のバッテリ管理方法。
【請求項13】
前記差情報を演算するステップは、前記他のバッテリの基準区間内の時系列の電気的な物理量データそれぞれと前記ターゲットバッテリの前記基準区間内の対応する時系列の電気的な物理量データそれぞれの間の差値を演算し、前記演算された差値の和を前記差情報として決定するステップを含む、請求項11に記載のバッテリ管理方法。
【請求項14】
前記ターゲットバッテリのうちの1つを選択するステップは、最小差情報が演算されたターゲットバッテリを選択するステップを含む、請求項11に記載のバッテリ管理方法。
【請求項15】
請求項1ないし請求項14のいずれか1項に記載のバッテリ管理方法を実行するように1つ以上のプロセッシングデバイスを制御する、記録媒体に格納されたコンピュータプログラム。
【請求項16】
数個のバッテリそれぞれの物理量データを受信する通信部と、
前記数個のバッテリのうちターゲットバッテリを選択し、前記ターゲットバッテリの物理量データに基づいて前記ターゲットバッテリの状態情報を決定し、前記バッテリのうち前記ターゲットバッテリとは異なる他のバッテリの状態情報を前記ターゲットバッテリの状態情報を決定した方式とは異なる方式で決定するコントローラであって、前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定するコントローラと、
を含むバッテリ管理装置。
【請求項17】
前記コントローラは、前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記バッテリそれぞれの電気的な物理量データに対応する線形近似データとの間の差値に基づいて前記バッテリそれぞれの変動情報を演算し、前記変動情報に基づいて前記バッテリのうち前記ターゲットバッテリを決定する、請求項16に記載のバッテリ管理装置。
【請求項18】
前記ターゲットバッテリは、変動情報が最大であるバッテリ、変動情報が平均であるバッテリ、及び変動情報が最小であるバッテリのうちいずれか1つ又は2つであるか、それ以上の組合せを含む、請求項17に記載のバッテリ管理装置。
【請求項19】
前記コントローラは、前記バッテリそれぞれの基準区間内の時系列の電気的な物理量データそれぞれと前記時系列の電気的な物理量データそれぞれの対応線形近似データとの間の差値を演算し、前記演算された差値をバッテリごとに和する、請求項17に記載のバッテリ管理装置。
【請求項20】
前記コントローラは、複数のターゲットバッテリが決定された場合、前記ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を演算し、前記演算された差情報に基づいて前記ターゲットバッテリのうち前記他のバッテリの対応ターゲットバッテリを特定し、前記対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記対応ターゲットバッテリの状態情報を用いて前記他のバッテリの状態情報を決定する、請求項16に記載のバッテリ管理装置。
【請求項21】
前記対応ターゲットバッテリは、前記他のバッテリの電気的な物理量データと最も類似の電気的な物理量データに対応するターゲットバッテリである、請求項20に記載のバッテリ管理装置。
【請求項22】
前記コントローラは、複数のターゲットバッテリが決定された場合、前記ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報のうち最小値に対応するターゲットバッテリを選択する、請求項16に記載のバッテリ管理装置。
【請求項23】
前記コントローラは、前記他のバッテリの基準区間内の時系列の電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの基準区間内の対応する時系列の電気的な物理量データとの間の差値を演算し、前記演算された差値の和を前記差情報として決定する、請求項16に記載のバッテリ管理装置。
【請求項24】
前記コントローラは、前記バッテリのうち前記ターゲットバッテリを除いた残りのバッテリを確認し、前記確認されたバッテリの物理量データに基づいて前記確認されたバッテリの状態情報を決定する、請求項16に記載のバッテリ管理装置。
【請求項25】
前記コントローラは、前記確認されたバッテリの対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記確認されたバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報と前記対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて、前記確認されたバッテリの状態情報が決定された場合、前記確認されたバッテリの物理量データに基づいて前記確認されたバッテリの状態情報を再決定し、
前記対応ターゲットバッテリは、前記確認されたバッテリの電気的な物理量データと最も類似の電気的な物理量に対応するターゲットバッテリである、請求項24に記載のバッテリ管理装置。
【請求項26】
バッテリ管理システムにおいて、
バッテリセルを含むバッテリモジュールに対応するスレーブバッテリ管理装置と、
前記スレーブバッテリ管理装置と通信するマスタバッテリ管理装置と、
を含み、
前記バッテリ管理システムは、前記バッテリセルそれぞれの物理量データを受信し、前記バッテリセルのうちで決定されたターゲットセルの物理量データに基づいて前記ターゲットセルの状態情報を決定し、前記バッテリセルのうち前記ターゲットセルとは異なる他のセルの電気的な物理量データと前記ターゲットセルの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記状態情報に基づいて前記他のセルの状態情報を決定する、
バッテリ管理システム。
【請求項27】
前記バッテリ管理システムは、複数のターゲットセルが決定された場合、前記ターゲットセルそれぞれの電気的な物理量データと前記他のセルの電気的な物理量データとの間の差情報を演算し、前記演算された差情報に基づいて前記他のセルの対応ターゲットセルを特定し、前記対応ターゲットセルの電気的な物理量データと前記他のセルの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記対応ターゲットセルの状態情報を用いて前記他のセルの状態情報を決定する、請求項26に記載のバッテリ管理システム。」
第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、次のとおりである。
(実施可能要件違反)
この出願は、発明の詳細な説明の記載が、下記の点で、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
記
請求項1には「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定するステップと」(下線は強調のために示した)と記載されている。
この発明特定事項について検討すると、発明の詳細な説明には、下記の数式により残りのバッテリの状態情報を決定すると記載されている(段落[0086]-[0087])。
残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報
ここで、「バッテリの状態情報」は、SOC、SOHなどの[%]で表される値であり、「差情報」は、基準区間内の時系列毎の複数の電気的な物理量データである電圧データ、電流データ、インピーダンスデータなどのターゲットバッテリとの差値の和である。
そうすると、「差情報」は、0([V]、[A]、[Ω])、あるいは、0に近似した0.1などの値を取り得る。
そして、「差情報」が、0([V]、[A]、[Ω])の値を取る場合、対応ターゲットバッテリの状態情報(ターゲットバッテリの状態情報に相当)と、残りのバッテリの状態情報(他のバッテリの状態情報に相当)は、極めて近い値、あるいは、ほぼ同一の値となると解される。
しかしながら、「対応ターゲットバッテリの状態情報」であるSOCを70[%]とし、「差情報」が、0([V]、[A]、[Ω])であるとした場合、理論的に、「残りのバッテリの状態情報」も70[%]に近似した値となるはずであるが、上記の「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報」に当てはめると、「残りのバッテリの状態情報」は0[%]と算出され、明らかに理論的な値から逸脱した値となる。
(「対応ターゲットバッテリの状態情報」であるSOCを70[%]とし、「差情報」を0.1([V]、[A]、[Ω])とした場合においても、「残りのバッテリの状態情報」は、7[%]と算出され、明らかに理論的な値から逸脱した値となる。)
また、「差情報」は、2([V]、[A]、[Ω])を超える値も取り得る。この「差情報」2([V]、[A]、[Ω])を上記の「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報」に当てはめると、「残りのバッテリの状態情報」は、140[%]と算出され、100[%]を超え、この場合も、明らかに理論的な値から逸脱した値が算出される。
そうすると、発明の詳細な説明に記載された、「ターゲットバッテリの状態情報」と、「差情報」を用いた「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報」という算出方法では、他のバッテリの状態情報を決定することはできない。
請求項11に記載の「前記選択されたターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記選択されたターゲットバッテリの状態情報に基づいて、前記他のバッテリの状態情報を決定するステップと」、請求項16に記載の「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定する…」、請求項26に記載の「前記バッテリセルのうち前記ターゲットセルとは他のセルの電気的な物理量データと前記ターゲットセルの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記状態情報に基づいて前記他のセルの状態情報を決定する」についても同様である。
したがって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1、11、16、26に係る発明、及び、当該請求項1、11、16、26を直接的又は間接的に引用する請求項2-10、12-15、17-25、27に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
出願人は、令和 4年 3月 9日付け意見書において、以下の主張をしている。
<出願人の主張>
当業者であれば、本願に開示された「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて残りのバッテリの状態情報を決定する(S233)」(段落[0086])ことを実施することができ、より具体的には、本願の発明の詳細な説明は、[背景技術]として、「バッテリの状態は、バッテリの電流、電圧、及び温度を状態推定アルゴリズムに適用して推定される」ことを記載しており、このような状態推定アルゴリズムを技術常識として有する当業者は、物理量データの差情報に対応するようにターゲットバッテリの状態情報を増/減させることで、残りのバッテリの状態情報を推定及び決定することができる旨、主張している。
上記<出願人の主張>について検討する。
前述のように、本願の発明の詳細な説明には、「ターゲットバッテリの状態情報」と、「差情報」を用いた「残りのバッテリの状態情報」の算出方法として、下式による算出方法しか記載されていない(段落[0087])。
残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報
そして、この算出方法では、明らかに理論的な値から逸脱した値が算出され得る。
また、本願の発明の詳細な説明に記載された算出方法以外の算出方法で、「ターゲットバッテリの状態情報」と、「差情報」を用いて「残りのバッテリの状態情報」を算出することは、本願に係る発明を実施するものではなく、本願とは異なる別の発明を実施するものである。
したがって、出願人の主張は採用できない。
よって、「請求項1-27」に係る発明は、当業者が「請求項1-27」に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明に必要な事項を明確かつ十分に記載されたものではないから、依然として、特許法36条第4項第1号の規定により特許を受けることができない。
第4 審判請求書における請求人の主張
請求人は、審判請求書において、以下の主張をしている。
本願請求項1に記載の「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定する」なる発明特定事項に関連して、本願の発明の詳細な説明の段落[0086]-[0089]においては、それに使用する計算式の一例として、次の数式(1)を記載していた。
「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報 (1)」
一例として記載した数式(1)それ自体は、技術的に誤ったものであり、そのことは、原査定においても『明らかに理論的な値から逸脱した値となる。』として正しく認定されているように、当業者には自明である。
ここで、法上の実施可能要件の主旨は、一部の発明特定事項について、誤った例のみを発明の詳細な説明に記載したことを理由に、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができない、と判断することではないと思料する。
本願の発明の詳細な説明に接した当業者(請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術常識(当業者に一般的に知られている技術(周知技術及び慣用技術を含む。)又は経験則から明らかな事項)を有し、研究開発のための通常の技術的手段を用いることができ且つ設計変更等の通常の創作能力を発揮できることなどの条件を備えた者(特許・実用新案審査基準第II部第1章第1節1.参照)であれば、本願請求項1に記載の上記発明特定事項について、「差情報」とは、基準となるターゲットバッテリと、他のバッテリとの間で、電気的な物理量データがどの程度異なるのかを示すものであることを理解することができる。そして、当業者は、そのような差情報を用いて、基準となるターゲットバッテリの状態情報をどのように換算すれば、他のバッテリの状態情報を決定し得るかを理解し、それを実施することができる。これは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要を強いるものでもない。
特に、本願の発明の詳細な説明が、[背景技術]として、「バッテリの状態は、バッテリの電流、電圧、及び温度を状態推定アルゴリズムに適用して推定される」と記載しているように、当業者は、このような状態推定アルゴリズムを技術常識として知っており、物理量データの差情報に対応するように、基準となるターゲットバッテリの状態情報を換算することで、残りのバッテリ(すなわち、「他のバッテリ」)の状態情報を推定及び決定することができる。
故に、当業者であれば、誤ったものであることが自明な上述の一例に頼ることなく、本願に開示された「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて残りのバッテリの状態情報を決定する(S233)」(段落[0086])ことを実施することができる。
よって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願の請求項1-27に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり、本願はこの拒絶理由を有していないものと思料する。
第5 審尋
当審において、前記第3に示した審判請求書における請求人の主張に対して、以下に示す審尋(審尋事項1及び審尋事項2からなる。)を行った。
1 審尋事項1
(1) 審判請求書における主張1
本願の請求項1の記載における「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定する」に関して、「他のバッテリの状態情報」を決定するための数式として、唯一発明の詳細な説明に記載されているのは、発明の詳細な説明【0087】に記載された「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報 (1)」という数式です。
「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定する」ための、前記の唯一の数式について、請求人は、審判請求書においてこの数式が技術的に誤ったものであることを認めています。
その上で、当業者であれば、本願請求項1に記載の上記発明特定事項について、「差情報」とは、基準となるターゲットバッテリと、他のバッテリとの間で、電気的な物理量データがどの程度異なるのかを示すものであることを理解することができ、当業者は、そのような差情報を用いて、基準となるターゲットバッテリの状態情報をどのように換算すれば、他のバッテリの状態情報を決定し得るかを理解し、それを実施することができる旨主張しています。
(2) 回答を求める事項1
実施可能要件の立証責任は請求人にあります。
請求人におかれては、このことを理解した上で、「残りのバッテリの状態情報」を求めるための、技術的に正しい数式を明らかにしてください。
また、その正しい数式が、発明の詳細な説明の記載及び技術常識から当業者が理解できるものであることを、必要な証明を行った上で、明確、具体的かつ十分に説明してください。
2 審尋事項2
(1) 審判請求書における主張2
審判請求書で、請求人は、次のように主張しています(下線は合議体による。以下同様。)。
本願の発明の詳細な説明が、[背景技術]として、「バッテリの状態は、バッテリの電流、電圧、及び温度を状態推定アルゴリズムに適用して推定される」と記載しているように、当業者は、このような状態推定アルゴリズムを技術常識として知っており、物理量データの差情報に対応するように、基準となるターゲットバッテリの状態情報を換算することで、残りのバッテリ(すなわち、「他のバッテリ」)の状態情報を推定及び決定することができます。
ゆえに、当業者であれば、誤ったものであることが自明な上述の一例に頼ることなく、本願に開示された「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて残りのバッテリの状態情報を決定する(S233)」(段落[0086])ことを実施することができます。
(2) 前記(1)の審判請求書における主張2に対する合議体の見解
ア 本願明細書の開示
本願の明細書には、次の記載があります。
「【0003】
バッテリの個数が少なければ、レガシープロセッシング装置(例えば、低性能/低価格のプロセッシング装置)で状態推定アルゴリズムを実行してもバッテリの状態を早く推定することができる。バッテリの個数が多いと、バッテリの状態に影響を及ぼす因子が多くなる。そのため、状態推定アルゴリズムが複雑になり、レガシープロセッシング装置を用いてバッテリの状態を迅速に推定することが難しい。
【0004】
高性能のプロセッシング装置を用いて複雑な状態推定アルゴリズムを実行させれば、バッテリの状態は迅速に推定されるが、このような高性能プロセッシング装置は価格が高く、オペレーティングシステム(例えば、リナックス(登録商標))が必要なこともある。そのため、バッテリ管理装置の原価が増加するとともにオペレーティングシステムに関する管理が求められる。」
「【0087】
残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報 (1)
上記の数式(1)で、差情報は残りのバッテリの差情報のうち最も小さい値として、対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を示す。
【0088】
一例として、下記の表4のように、複数のバッテリの状態情報が決定されると仮定する。
【0089】
【表4】
[図:0001408455000001.jpg]
マスタバッテリ管理装置は、残りのバッテリの物理量データを利用せず、残りのバッテリの状態情報を決定する。そのため、バッテリそれぞれの状態情報を決定する時間及びデータ処理量を減らし得る。」
イ 明細書の記載を踏まえた合議体の見解
明細書の【0003】~【0004】、【0088】~【0089】の記載を参酌すると、従来技術の状態推定アルゴリズムについては、高性能のプロセッシング装置を用いて実行させれば、バッテリの状態は迅速に推定されるが、このような高性能プロセッシング装置は価格が高く、オペレーティングシステム(例えば、リナックス(登録商標))が必要なこともあるという課題を認識し、本願発明によれば、残りのバッテリの物理量データを利用せず、残りのバッテリの状態情報を決定するため、バッテリそれぞれの状態情報を決定する時間及びデータ処理量を減らし得ると説明しているのであり、背景技術として説明されている状態推定アルゴリズムと本願発明の手法は、明細書の発明の詳細な説明の記載としては質的に異なると説明しているのであるから、「当業者は、このような状態推定アルゴリズムを技術常識として知っており、物理量データの差情報に対応するように、基準となるターゲットバッテリの状態情報を換算することで、残りのバッテリ(すなわち、「他のバッテリ」)の状態情報を推定及び決定することができます」との主張は、失当であると合議体は考えております。
(3) 回答を求める事項2
請求人におかれては、前記(2)の合議体の見解に対する請求人の意見を、必要な証明を行った上で、明確、具体的かつ十分に説明してください。
また、併せて「差情報」を用いて「他のバッテリの状態情報」を決定できる「状態推定アルゴリズム」がどのようなものであるか、及び、当該「状態推定アルゴリズム」を当業者はどのようにして過度の負担なく作成することができるのかについて、必要な証明を行った上で、明確、具体的かつ十分に説明してください。
第6 審尋に対する請求人の回答
前記第5の審尋に対して、請求人は、令和5年8月29日付で回答書を提出し、次のとおり回答した。
本願の[背景技術]は、段落[0002]にて、バッテリの電流、電圧、及び温度を状態推定アルゴリズムに適用してバッテリの状態を推定することができることを記載しています。
推定することが望まれるバッテリの状態には、例えば充電状態(SOC:State Of Charge)、寿命(SOH:State Of Health)、及び/又は残存容量(本願明細書の段落[0043]、[0064])など、種々のものが想定され、そして、それぞれの状態について、推定を行うためのアルゴリズム/近似式が種々検討されており、当業者ごとに異なるものを使用することができます。本願は、いずれか特定のバッテリ状態に限定することも、いずれか特定のアルゴリズム/近似式に限定するも意図しておりません。非常に簡単な例を挙げれば、特開2001-351698号は、バッテリの開路電圧(OCV)と充電状態(SOC)との間に直線的な関係があることを記載しており、また、残存容量が電圧に略比例することも知られたことであります。また、他の一例として、特表2010-518390号は、[背景技術]欄にて、バッテリの充電状態(SoC)指示用の多くの方法が知られていることを記載した上で、SoCをバッテリの起電力(EMF)の関数として定めることを開示しています。
一方、本願の段落[0003]-[0004]は、バッテリの個数が多いとき、因子を増やしてアルゴリズムを複雑にする場合には、計算リソースの増強が必要になることを、問題点として述べるものであり、本願は、そのような因子の追加をせずに、当業者それぞれが既に使用している状態推定アルゴリズムを使用し続け得るようにする発明を開示するものであります。
換言すれば、本願明細書の段落[0064]及び図2のステップS220(例えば、請求項1に係る発明が含む「前記ターゲットバッテリの物理量データに基づいて、前記ターゲットバッテリの状態情報を決定するステップ」に対応)において、当業者それぞれが既に使用している状態推定アルゴリズムを使用することができます。
次いで、本願明細書の段落[0066]-[0086]は、図2のステップS231において、他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を演算する例を詳細に説明しています。
そして、本願明細書の段落[0086]-[0089]は、図2のステップS233において、上述のようにして得られたターゲットバッテリの状態情報と、図2のステップS231で演算された差情報とに基づいて、他のバッテリの状態情報を決定することを例示しています。
図2のステップS231の例で計算された差情報は、実際の差分値に基づいており、故に、審判請求書においても述べましたように、段落[0087]に記載の数式(1)及び段落[0089]の表4中の数式に示された差情報の乗算は技術的に誤ったものであり、そのことは当業者には自明であります。
しかしながら、本願の発明の詳細な説明に接した当業者であれば、ステップS233における他のバッテリの状態情報の決定が、ターゲットバッテリの状態情報を、電気的な物理量データの差分値に相当する分だけ増減させるものであることを理解することができます。すなわち、当業者であれば、使用している既知の状態推定アルゴリズムの式中の上記電気的な物理量データに対応するパラメータについて、ターゲットバッテリでの値を上記差分値だけ増減させればよいことを理解することができます。具体的には、対応するパラメータをXとし、基準となるターゲットバッテリにおける値をXref、対象とする他のバッテリの値をX、差分値をdiff=Xref-Xとすれば、状態推定アルゴリズムの式中のXrefを、Xref-diffに置き換えればよいことが分かります。これは、XrefをXで置き換えることに他なりませんが、ターゲットバッテリの状態情報と差情報とに基づく決定においては、計算済みのターゲットバッテリの状態情報を利用してデータ処理量を減らすことができます。例えば、既知の状態推定アルゴリズムの式がパラメータXに比例するものである場合には、計算済みのターゲットバッテリの状態情報に(1-diff/Xref)を乗算すればよく、パラメータXに反比例するものである場合には、計算済みのターゲットバッテリの状態情報を(1-diff/Xref)で除算すればよいということになります。
当業者は、それぞれが使用している既知の状態推定アルゴリズムの式に基づいて、このような差情報を用いた換算式を決定することができるのであり、これは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要を強いるものではありません。
以上のように、当業者は、本願に開示された「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて残りのバッテリの状態情報を決定する(S233)」(段落[0086])ことを実施することができます。
よって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が本願の請求項1-27に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであると思料いたします。
第7 当合議体の判断
1 本願発明1から本願発明27に共通する技術事項
(1) 他の請求項を引用しない、いわゆる、独立形式の請求項に対応する本願発明1、本願発明11、本願発明16及び本願発明26は、それぞれ、次のアからエに示す技術事項を発明特定事項としている。
ア 本願発明1
「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定するステップ」
イ 本願発明11
「前記選択されたターゲットバッテリの電気的な物理量データと前記他のバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記選択されたターゲットバッテリの状態情報に基づいて、前記他のバッテリの状態情報を決定するステップ」
ウ 本願発明16
「前記他のバッテリの電気的な物理量データと前記ターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記ターゲットバッテリの状態情報に基づいて前記他のバッテリの状態情報を決定するコントローラ」
エ 本願発明26
「前記バッテリセルのうち前記ターゲットセルとは異なる他のセルの電気的な物理量データと前記ターゲットセルの電気的な物理量データとの間の差情報、及び前記状態情報に基づいて前記他のセルの状態情報を決定する」
(2) そして、本願の請求項2~10、12~15,17~25及び27は、それぞれ本願の請求項1、11、16及び26の記載を、直接又は間接的に引用している。
(3) したがって、本願発明1~27はいずれも次の技術事項を特定している。
「他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及びターゲットバッテリの状態情報に基づいて他のバッテリの状態情報を決定する」
(4) 以下、上記(3)の点について、検討する。
2 発明の詳細な説明に記載された事項
本願の発明の詳細な説明には、以下記載されている。なお、下線は当合議体によるものである。
(1) 【0043】~【0046】
「【0043】
マスタバッテリ管理装置130は、バッテリ110の状態情報を決定する。状態情報は、例えば、バッテリ110の充電状態情報(SOC:State Of Charge)、寿命情報(SOH:State Of Health)及び/又は残存容量情報を含む。また、状態情報はSOCとSOHとを乗算した値とし得る。以下、図2を参照しながら、一実施形態に係るバッテリ管理システムを説明する。
【0044】
図2は、一実施形態に係るバッテリ管理システムの動作方法を説明するためのフローチャートである。
【0045】
一実施形態に係るバッテリ管理システムは、マスタバッテリ管理装置及びスレーブバッテリ管理装置を含む。図2に示された例は、マスタバッテリ管理装置によって実行される。しかし、これに制限されることなく、図2に示された例はスレーブバッテリ管理装置によって実行され得る。以下、図2に示された例はマスタバッテリ管理装置によって実行されると仮定する。
【0046】
マスタバッテリ管理装置は、複数のバッテリそれぞれの物理量データをスレーブバッテリ管理装置から受信する。バッテリは、例えば、バッテリセル又はバッテリモジュールを示す。物理量データは、電圧データ及び/又は電流データなどの電気的な物理量データと温度データなどの熱的物理量データを含む。」
(2) 【0086】~【0089】
「【0086】
対応ターゲットバッテリが決定された場合、マスタバッテリ管理装置は、対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及び対応ターゲットバッテリの状態情報に基づいて残りのバッテリの状態情報を決定する(S233)。一実施形態において、マスタバッテリ管理装置は下記の数式(1)により残りのバッテリの状態情報を決定する。
【0087】
残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報 (1)
上記の数式(1)で、差情報は残りのバッテリの差情報のうち最も小さい値として、対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を示す。
【0088】
一例として、下記の表4のように、複数のバッテリの状態情報が決定されると仮定する。
【0089】
【表4】
[図:0001408455000002.jpg]
マスタバッテリ管理装置は、残りのバッテリの物理量データを利用せず、残りのバッテリの状態情報を決定する。そのため、バッテリそれぞれの状態情報を決定する時間及びデータ処理量を減らし得る。」
3 当合議体の判断
(1) 式(1)は誤ったものであること
ア 前記2で摘記したとおり、発明の詳細な説明(明細書の段落【0086】~【0087】参照)には、「残りのバッテリの状態情報」を求めるための唯一の例として、次の式(1)を用いることが記載されているが、以下のイにおいて示すように、当該式は誤ったものであり、このこと自体は、審判請求書において請求人も認めるところである。
「残りのバッテリの状態情報=対応ターゲットバッテリの状態情報×差情報 (1)」
イ(ア) 上記式(1)においては、「差情報」が1に近ければ「残りのバッテリの状態情報」は「対応ターゲットバッテリの状態情報」に近いものとなり、「差情報」が0に近ければ「残りのバッテリの状態情報」は0に近いものとなる。
(イ)a ここで、「差情報」について、明細書の段落【0087】を参酌すると、「差情報は残りのバッテリの差情報のうち最も小さい値として、対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を示す」とされており、「残りのバッテリの電気的な物理量データ」が「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データ」に近ければ、「差情報」は0に近いものとなる。
b なお、明細書の段落【0043】は、「状態情報」について、次のとおり説明されている。
「状態情報は、例えば、バッテリ110の充電状態情報(SOC:State Of Charge)、寿命情報(SOH:State Of Health)及び/又は残存容量情報を含む。また、状態情報はSOCとSOHとを乗算した値とし得る。」
c また、明細書の段落【0046】は、「物理量データ」について、次のとおり説明されている。
「物理量データは、電圧データ及び/又は電流データなどの電気的な物理量データと温度データなどの熱的物理量データを含む。」
(ウ)a 前記の「状態情報」や「物理量データ」については、バッテリの特性が反映されるものであることは当業者における通常の理解であり、異なるバッテリについて、「状態情報」が近い値となれば、「物理量データ」も近い値となると考えるのが、技術常識である。
b したがって、「残りのバッテリの電気的な物理量データ」が「対応ターゲットバッテリの電気的な物理量データ」に近ければ、「差情報」は0に近いものになり、「残りのバッテリの状態情報」は「対応ターゲットバッテリの状態情報」に近いものになる。
c しかるに、前記式(1)からすると、「差情報」が0に近いと、「残りのバッテリの状態情報」は0に近いものとなり、明らかに理論的な値から逸脱した値となる。
d したがって、式(1)は、「残りのバッテリの状態情報」を求めるための式としては、誤ったものであることは明らかである。
(2) 請求人の主張について
ア 請求人の主張内容
(ア) 請求人は、審判請求書において、式(1)それ自体は、技術的に誤ったものであることを認めつつも、本願の発明の詳細な説明に接した当業者であれば、本願の請求項1における「差情報」とは、基準となるターゲットバッテリと、他のバッテリとの間で、電気的な物理量データがどの程度異なるのかを示すものであることを理解することができ、当業者は、そのような差情報を用いて、基準となるターゲットバッテリの状態情報をどのように換算すれば、他のバッテリの状態情報を決定し得るかを理解し、それを実施することができる旨主張している。
(イ) 前記審判請求書における請求人の上記主張に対して、当審においては、前記第5のとおり、審尋し、「残りのバッテリの状態情報」を求めるための、技術的に正しい数式を明らかにするとともに、当該正しい数式が、発明の詳細な説明の記載及び技術常識から当業者が理解できるものであることを、必要な証明を行った上で、明確、具体的かつ十分に説明するように求めた。
(ウ) 上記審尋に対して、請求人は、例えば、既知の状態推定アルゴリズムの式がパラメータXに比例するものである場合には、計算済みのターゲットバッテリの状態情報に(1-diff/Xref)を乗算すればよく、パラメータXに反比例するものである場合には、計算済みのターゲットバッテリの状態情報を(1-diff/Xref)で除算すればよいということになるなどと主張する。
イ 審判請求書における主張1に対する当合議体の判断
(ア) 請求人は、「例えば、既知の状態推定アルゴリズムの式がパラメータXに比例するものである場合には、計算済みのターゲットバッテリの状態情報に(1-diff/Xref)を乗算すればよく」と主張しているところ、これは、次に示す本願の【図4A】を例に挙げて説明すれば、ターゲットバッテリの電圧データをvx1・・・vxnとし、残りのバッテリをバッテリXとしてその電圧データをva1・・・vanとして、バッテリXの状態情報を次の式(以下「式X」という。)で算出することを意味する。
バッテリXの状態情報
= 対応ターゲットバッテリの状態情報 × {1 - (vx1 - va1)/vx1}
= 対応ターゲットバッテリの状態情報 × va1 /vx1 (式X)
[図:0001408455000003.jpg]
(イ)a すなわち、請求人が回答書において「diff」及び「Xref」と表記しているものはそれぞれ「vx1 - va1」及び「vx1」に対応するところ、次のbに摘記した本願の明細書の記載(下線は当審による。)を参酌すると、前者は、請求項に記載された「差情報」ではなく、「差値」である。
b 明細書の記載
「【0066】
残りのバッテリの状態情報を決定するために、一実施形態において、マスタバッテリ管理装置は、ターゲットバッテリそれぞれの電気的な物理量データと残りのバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報を演算する(S231)。例えば、マスタバッテリ管理装置は、残りのバッテリの基準区間内の複数の電気的な物理量データ(例えば、時系列的な複数の電圧データ)及びターゲットバッテリの基準区間内の複数の電気的な物理量データ(例えば、時系列的な複数の電圧データ)の間の差値を演算する。マスタバッテリ管理装置は、演算された差値の和を差情報として決定する。以下、図4A~図4Cを参照しながら、差情報の演算について説明する。」
「【0071】
マスタバッテリ管理装置は、第1ターゲットバッテリの電圧データ420とバッテリ_1の電圧データ410との間の差値を演算する。例えば、マスタバッテリ管理装置は下記のように差値を演算する。
【0072】
△vx-a_1=vx1-va1,△vx-a_2=vx2-va2,△vx-a_3=vx3-va3,△vx-a_4=vx4-va4、及び...△vx-a_n=vxn-van
マスタバッテリ管理装置は、基準区間内の時点(又は、タイムインデックス)ごとに、第1ターゲットバッテリの電圧データとバッテリ_1の電圧データとの間の差値を演算する。上のように、基準区間内のそれぞれの時点に該当する差値が演算される。」
(ウ) すなわち、回答書に示した式は、他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の「差値」を用いたものであり、本願発明の特定事項である「他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及びターゲットバッテリの状態情報に基づいて他のバッテリの状態情報を決定する」ことの例ではない。
(3) 当合議体の判断のまとめ
前記(1)において検討したとおり、本願発明の特定事項である「他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及びターゲットバッテリの状態情報に基づいて他のバッテリの状態情報を決定する」ことの実施例として明細書の発明の詳細な説明に開示された唯一の例である式(1)は誤ったものである。
当審において、審尋し、「残りのバッテリの状態情報」を求めるための、技術的に正しい数式を明らかにするとともに、当該正しい数式が、発明の詳細な説明の記載及び技術常識から当業者が理解できるものであることを、必要な証明を行った上で、明確、具体的かつ十分に説明するように求めたところ、請求人は、回答書において、前記式Xを示したが、これは、「差値」を用いたものであって、「差値」の和である「差情報」を用いたものではないから、本願発明の実施例に相当するようなものではない。
したがって、請求人の審判請求書における主張及び回答書における回答を踏まえても、本願の発明の詳細な説明は、本願発明における「他のバッテリの電気的な物理量データとターゲットバッテリの電気的な物理量データとの間の差情報、及びターゲットバッテリの状態情報に基づいて他のバッテリの状態情報を決定する」ことをどのように行うのかについて、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
第5 むすび
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明1~27について、経済産業省令で定めるところにより、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。
したがって、本願は、本願発明1~27について、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
よって、結論のとおり審決する。
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2022-014914