特許無効審判
2021-800023
鋼管矢板式係船岸およびその設計方法
- 審判番号
- 2021-800023
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2010-243968
- 登録番号
- 5919620
- 請求日
- 2021年03月30日
- 審決日
- 2022年09月08日
- 公報発行日
- 2024年07月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】日本製鉄 株式会社
- 【請求人代理人】青木 篤
- 【請求人代理人】三橋 真二
- 【請求人代理人】福地 律生
- 【請求人代理人】齋藤 学
- 【請求人代理人】板谷 一弘
- 【請求人代理人】岩田 純
- 【被請求人】JFEスチール 株式会社
- 【被請求人代理人】石川 壽彦
- 【被請求人代理人】近藤 惠嗣
- 審判長/審判官
- 審判長 前川 慎喜
- 審判官 居島 一仁
- 審判官 住田 秀弘
- 分類
- P1113.121-YAA(E02B) / P1113.536-YAA(E02B) / P1113.537-YAA(E02B)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法135条
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第134条の2第1項、特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第2項、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条、特許法第29条、特許法第135条、特許法第169条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5919620号発明「鋼管矢板式係船岸およびその設計方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
特許第5919620号の特許請求の範囲を令和3年7月20日に提出された訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~4について訂正することを認める。
特許第5919620号の請求項1及び3に係る発明についての特許の審判の請求は成り立たない。
特許第5919620号の請求項2及び4に係る発明についての特許の審判請求を却下する。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件は、請求人が、被請求人が特許権者である特許第5919620号(以下「本件特許」という。平成22年10月29日出願、平成28年4月22日登録、請求項の数は4である。)の特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明の特許を無効とすることを求める事案であって、その手続の経緯は、以下のとおりである。
令和 3年 3月30日 審判請求書(以下「請求書」という。)提出
令和 3年 7月20日 審判答弁書(以下「答弁書」という。)提出
令和 3年 7月20日 訂正請求書提出
令和 4年 3月24日 審理事項通知(起案日)
令和 4年 4月15日 請求人より口頭審理陳述要領書(以下「請求人
陳述要領書」という。)提出
令和 4年 5月13日 被請求人より口頭審理陳述要領書(以下「被請
求人陳述要領書」という。)提出
令和 4年 5月27日 第1回口頭審理
第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和3年7月20日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1~4について訂正求めるもので、その訂正の内容は、以下のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。
(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、
鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすことを特徴とする鋼管矢板式係船岸。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
とあるのを、
「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、
鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすことを特徴とする鋼管矢板式係船岸。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
に訂正する。
(2) 訂正事項2
請求項2を削除する。
(3) 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に、
「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法であって、
鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすように設定することを特徴とする鋼管矢板式係船岸の設計方法。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
とあるのを、
「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法であって、
鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすことを特徴とする鋼管矢板式係船岸の設計方法。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
に訂正する。
(4) 訂正事項4
請求項4を削除する。
2 本件訂正に対する請求人の主張
本件訂正の適否について請求人は特に主張していない。
3 訂正の目的の適否、新規事項追加の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
(1) 訂正事項1
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1に係る訂正は、「鋼管矢板」について「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2と」することを限定するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである
イ 新規事項追加の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、段落【0013】に
「(1)本発明に係る鋼管矢板式係船岸は、下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすことを特徴とするものである。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
と、また、段落【0014】に、
「(2)また、上記(1)に記載のものにおいて、前記鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とすることを特徴とするものである。」
との記載があるから、訂正事項1に係る訂正は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2) 訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2に係る訂正は、訂正前の請求項2を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2に係る訂正は、請求項を削除するものであるから、本件特許明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3) 訂正事項3
ア 訂正の目的の適否
訂正事項3に係る訂正は、「鋼管矢板」について「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2と」することを限定するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである
イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、段落【0014】に
「(3)本発明に係る鋼管矢板式係船岸の設計方法は、下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法であって、
鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすように設定することを特徴とするものである。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」
(4)また、上記(3)に記載のものにおいて、前記鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とすることを特徴とするものである。」
との記載があるから、訂正事項3に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4) 訂正事項4
ア 訂正の目的について
訂正事項4に係る訂正は、訂正前の請求項4を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項4に係る訂正は、請求項を削除するものであるから、本件特許明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではなく、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(5) 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、また、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないから、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び6項の規定を満たすものである。
よって、本件訂正を認める。
第3 本件特許発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件特許の請求項1~4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」等といい、本件発明1~4を合わせて「本件発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定されるとおりの以下のものである。なお、請求項2及び4は本件訂正により削除されている。
【請求項1】
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸であって、
鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすことを特徴とする鋼管矢板式係船岸。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)
【請求項3】
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法であって、
鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすように設定することを特徴とする鋼管矢板式係船岸の設計方法。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)
第4 請求人の主張及び証拠方法
1 請求人の主張の概要
請求人は、特許第5919620号の特許請求の範囲の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、その理由として、概ね以下のとおり主張し(審判請求書(以下「請求書」ということがある。)、請求人陳述要領書、第1回口頭審理調書参照。)、証拠方法として下記2のとおり、審判請求書に添付して甲第1号証~甲第5号証を提出している。
(1) 無効理由1(サポート要件違反)
本件特許の特許請求の範囲の記載は、次のア~オに示す理由により、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えたものであるから、特許法第36条第6項第1号の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
ア 無効理由1-A
本件特許明細書の段落【0006】~【0008】及び【0023】の記載から、本件特許の目的を達成するためにはMF/MTを1以下とする必要があると理解できる。
ここで、本件特許明細書の表1の17番目の「Case3M-25」、同22番目の「Case3-25」、表2の22番目の「Case1-25」の各々のMF/MTの値が、1.022、1.108、1.103であり、1を超えているので、矢板壁のたわみ性が十分発揮されず、本件特許の課題が解決されない。
以上のとおり、本件特許の請求項1に記載の発明は、発明の詳細な説明に記載された課題を解決するとは限らないから、発明の課題を解決するための手段が反映されているとはいえず、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
イ 無効理由1-B
本件特許明細書の段落【0009】、【0010】、【0012】の記載からみて、図2は、鋼管矢板はL-T継ぎ手を有しφ500×9t~φ1400×16tの範囲であり、係船岸天端が+3m、タイ材取り付け点が+1.5m、鋼管矢板壁の背後にせん断抵抗角40°の裏込石が配置され、海底地盤がlh=24,38,58MN/m3の単層地盤について計算された結果である。
請求項1及び3に記載された式ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118(以下(3)式という。)は、このような前提条件の下で求められたものであるが、これが、明細書の発明の詳細な説明の記載や、出願時の技術常識に照らしても、係船岸がこれらの条件を満たさない場合にまで拡張できるといえる根拠はない。
したがって、上記(3)式に相当する式を特定する請求項1及び3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから、当業者において課題を解決すると認識することができず、特許法第36第6項第1号に適合するものではない。
請求項1及び3の各々の記載を引用する請求項2及び4に係る発明も同様である。
ウ 無効理由1-C
(ア) 本件特許明細書では、なぜρがlhの1次関数で表されるのかについては説明されていない。言い換えれば、上記(3)式を満たすことによって、なぜ発明の課題が解決されるのかは説明されていない。
(イ) さらに、甲第2号証より、最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、「プロットされたデータにはばらつきがあり、μがρだけの関数ではなく、地盤条件の関数にもなっていることがわかる。地盤条件の違いによるこのようなプロットのばらつきをなくすために、新しいパラメタとして、フレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)と地盤反力係数lhとの積として得られる修正フレキシビリティーナンバーω=ρ・lhを用いる」(p.1199右欄)
「μがωだけの関数として表せる可能性を示している。このようにω=ρ・lhは、タイロッド式矢板壁の力学挙動を表示する指標として菫要な意味を持っていることがわかった。」(p.1200左欄)
との事項が当技術分野においては周知であるが、本件発明において、なぜlhと独立した変数であるρをあえてlhの1次関数であると仮定できるのか、本件特許明細書の段落0012の記載を見ても理解することができない。
(ウ) さらに、上記(3)式の左辺ρ(=HT4/EI)の単位は、請求項1に記載のとおり、HTの単位が(m)、Eの単位が(MPa)、Iの単位が(m4/m)であるから、(m/MPa)=(m3/MN)であるが、右辺のlhの単位は(MN/m3)であり、(3)式の左辺と右辺では単位が一致しない。
したがって、請求項1及び3に係る発明は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから、当業者において課題を解決すると認識することができず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
これらの請求項を引用する請求項2及び4も同様である。
エ 無効理由1-D
本件特許明細書の段落【0012】の記載において、HTは海底面からタイ材取り付け位置までの高さ、Eは鋼管矢板のヤング率、Iは単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメントである。鋼管矢板壁の断面2次モーメントは鋼材の強度と関連しない値であるから、ρは鋼管矢板のヤング率を除き、鋼材の強度と関連しない。
そして、Ihは地盤反力係数であるから、右辺は地盤強度に関する。
すなわち、上記(3)式は、鋼管矢板のヤング率を除き、鋼材の強度と関連のないパラメータと、地盤強度を比較したものである。しかしながら、これらを比較することが、特定の条件下ではなく一般的に鋼材降伏強度とどのように関連するのか、本件特許の発明の詳細な説明には記載されていない。 言い換えれば、(3)式を満たすことにより鋼材降伏強度の特性値が担保され、鋼管矢板壁に用いる鋼材重量を低滅できるのか、本件特許の発明の詳細な説明の記載を考慮しても不明である。
したがって、請求項1及び3に係る発明は、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではなく、出願時の技術常識に照らしても、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではないから、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものとして、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
オ 無効理由1-E
本件特許明細書の段落【0012】に以下の記載がある。
「 図2において、lh=24MPaの曲線上にあり、水深-15mで鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=82であり、lh=58MPaの曲線上にあり、水深-15mで鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=96である。
これらからρをlhの1次関数として(lh,ρ)が(24,82)と(58,96)の2点を通る線として設定した。つまり、直線の傾きは、(96-82)/(58-24)=7/17=0.412となり、ρ切片は、82-7/17×24=72.1176=72.118となる。 したがって、鋼材降伏強度の特性値が、315N/mm2よりも大きい鋼管矢板を用いることは、下記の(3)式で表現することができる。 ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118 ・・・(3)式」
そして、本件発明は、鋼重を低減して建設コストを抑制できる鋼管矢板式係船岸を得ることを目的としてなされたものであって(段落【0008】)、さまざまな条件における鋼管矢板式係船岸の試計算を行い得られた知見に基づきなされたものであって(段落【0009】~【0012】)、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/mm2)よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用いることに成るので、鋼管矢板壁に用いる鋼材量を低減することができ、建設コストを抑制でき、また、タイ材や控え工へ作用する荷重が減少するため、両者の鋼材甫量低減にもつながる(段落【0015】)という効果を奏する。
しかしながら、鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2よりも大きくない鋼管矢板を用いた場合であっても、上記(3)式を満たす場合がある。したがって、請求項1及び3に係る発明は、本件発明の効果が得られるとは限らないから、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えたものである。
(2) 無効理由2-A(進歩性違反)
本件特許の請求項1~4に係る発明は、甲第1号証の記載に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(3) 無効理由2-B(進歩性違反)
本件特許の請求項1~4に係る発明は、甲第2号証の記載に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(4) 無効理由3(実施可能要件違反)
本件特許の発明の詳細な説明の記載は、次に示す理由により、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないものであるから、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
本件特許明細書の段落【0007】、【0017】の記載をみても、本件特許明細書では、なぜMF/MTが1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては何ら説明されていない。したがって、本件特許の明細書からは適切なMF/MTの値が、出願時の技術常識に基づいても、当業者が理解することはできず、当業者が実施することができる程度に記載されていない。
したがって、本件特許は特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
2 請求人が提出した証拠
請求人の提出した証拠は、次のとおりである。
<証拠方法>
甲第1号証:「港湾構造物設計事例集(上巻)第1編 係留施設」,平成11年4月,財団法人 沿岸開発技術研究センター,p.6―1~6-34
甲第2号証:「タイロッド式矢板壁の力学挙動の解析」,構造工学論文集,土木学会,1996年3月,Vol.42A,p.1195-1202
甲第3号証:特願2010-243968号の平成27年10月15日付け意見書
甲第4号証:「鋼管矢板式係船岸の設計例」,2021年3月30日,日本製鉄株式会社 建材開発技術部 土木建材技術室
甲第5号証:「港湾の施設の技術上の基準・同解説(上巻)」,平成11年4月,社団法人 日本港湾協会,p.317-322
第5 被請求人の主張及び証拠方法
1 被請求人の主張の概要
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、請求人の主張する理由及び提出した証拠によっては、本件特許発明を無効にすることはできないと主張する。
そして、下記2のとおり、口頭審理陳述要領書に添付して乙第1号証及び乙第2号証を提出している。
2 被請求人が提出した証拠
被請求人の提出した証拠は、次のとおりである。
<証拠方法>
乙第1号証:「建築学生が学ぶ構造力学 Kentiku-kouzou.jp」, “http://kentiku-kouzou.jp/koukouzou-kouzaiyangukeisu.html#:~:text=鋼材(こう)“,令和4年5月8日出力
乙第2号証:「土木構造物の耐震設計ガイドライン(案)」,2001年9月,土木学会地震工学委員会耐震基準小委員会,p.31-35
第6 証拠の記載事項
1 甲第1号証
(1) 甲第1号証に記載された事項
本件特許の出願前に発行された甲第1号証(以下「甲1」という。)には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審合議体が付与した(以下同様)。
ア 6-1頁左欄1~11行
「第6章 矢板式係船岸
6.1 設計の要点
本章では,岸壁前面の矢板壁と控え工をタイ材で結束した,通常の鋼矢板壁の設計について述べる。
矢板式係船岸は,矢板根入れ部の横抵抗と,タイ材で結ばれた控え工の横抵抗とによって,矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持するものである.」
イ 6-3頁右欄10~35行
「b)ロウの方法(根入れ部を弾性床上の梁として解く方法)
矢板壁を安全に設計するには矢板の下端が十分に固定される状態,すなわちフィクストサポート状態が満たされなくてはならない.矢板壁の下端が固定となる根入れ長は,矢板の剛性及び地盤特性により変化する.それらの影響を加味した根入れ長の設計法としてロウの方法がある.
矢板の根入れ長をロウの方法で求める場合は,式(6.3)を満足するように求めればよい.
δs = DF/HT≧5.0916ω-0.2―0.2591
式(6.3)
ここに,
δs;矢板の根入れ長とタイ材取付点から海底面までの高さの比
DF;矢板の根入れ長(m)
HT;タイ材取付点から海底面までの高さ(m)
ω;シミラリティーナンバー(=ρ・lh)
ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)(m3/MN)
E;矢板のヤング係数(MN/m2)
I;矢板の単位幅当たりの断面二次モーメント(m4/m)
lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)」
ウ 6-5頁左欄下から6行~右欄下から2行
「b)ロウの方法
ロウの方法の中で,仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメント及びタイ材取付点反力を補正する簡便法がある.簡便法は,仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメントを式(6.4)及び式(6.5)で,また,タイ材取付点反力を式(6.6)及び式(6.7)によって修正する方法である.
μN = MF/MT ≧ 3.8625ω-0.2 + 0.2255
式(6.4)
μS = MF/MT ≧ 4.5647ω-0.2 + 0.1329
式(6.5)
(中略)
μS;地震時におけるたわみ曲線解析において収束根入れ長DFのときの最大曲げモーメントMFとタイ材取付点及び海底面を支点とした仮想ばり法の設計の最大曲げモーメントのMTとの比
(中略)
(6) 矢板の断面
矢板の断面は,前項で算出した曲げモーメントにより算出した応力度が許容応力度を越えないように決定する.
矢板壁に使用する矢板は,U型矢板,鋼管矢板を選定する場合が多い.」
エ 6-12頁左欄
「iii)使用材料の許容応力
使用する鋼材の許容応力度は表-6.5に示すとおりである.
[図:0001411614000001.jpg]
」
オ 図-6.9
「
[図:0001411614000002.jpg]
」
カ 図6.25~6.27
「
[図:0001411614000003.jpg]
[図:0001411614000004.jpg]
[図:0001411614000005.jpg]
」
(2) 甲1発明及び甲1方法発明
前記(1)の記載から、甲1には次の甲1発明及び甲1方法発明が記載されている。
<甲1発明>
「矢板根入れ部の横抵抗と,タイ材で結ばれた控え工の横抵抗とによって、矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持する矢板式係船岸において(6-1頁左欄1~11行)、
矢板壁に使用する矢板は、鋼管矢板を選定し(6-5頁左欄下から6行~右欄下から2行)、
仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメントを次の式1によって修正する簡便法で求める矢板式係船岸
。
μS = MF/MT ≧ 4.5647ω-0.2 + 0.1329
式1
ただし、
μS;地震時におけるたわみ曲線解析において収束根入れ長DFのときの最大曲げモーメントMFとタイ材取付点及び海底面を支点とした仮想ばり法の設計の最大曲げモーメントのMTとの比
ω;シミラリティーナンバー(=ρ・lh)
ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)(m3/MN)
E;矢板のヤング係数(MN/m2)
I;矢板の単位幅当たりの断面二次モーメント(m4/m)
lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)
(6-3頁右欄10~35行、6-5頁左欄下から6行~右欄下から2行)」
<甲1方法発明>
「矢板根入れ部の横抵抗と、タイ材で結ばれた控え工の横抵抗とによって,矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持する矢板式係船岸の鋼矢板壁の設計方法において(6-1頁左欄1~11行)、
矢板壁に使用する矢板は、鋼管矢板を選定し(6-5頁左欄下から6行~右欄下から2行)、
仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメントを次の式1によって修正する簡便法で求める矢板式係船岸及び鋼矢板壁の設計。
μS = MF/MT ≧ 4.5647ω-0.2 + 0.1329
式1
ただし、
μS;地震時におけるたわみ曲線解析において収束根入れ長DFのときの最大曲げモーメントMFとタイ材取付点及び海底面を支点とした仮想ばり法の設計の最大曲げモーメントのMTとの比
ω;シミラリティーナンバー(=ρ・lh)
ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)(m3/MN)
E;矢板のヤング係数(MN/m2)
I;矢板の単位幅当たりの断面二次モーメント(m4/m)
lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)
(6-3頁右欄10~35行、6-5頁左欄下から6行~右欄下から2行)」
2 甲第2号証
(1) 甲第2号証に記載された事項
本件特許の出願前に発行された甲第2号証(以下「甲2」という。)には、次の事項が記載されている。
ア 1195頁左欄1~20行
「1.はじめに
一般に,港湾のタイロッド式矢板壁の計算法は,現行の「港湾の施設の技術上の基準・同解説1)」(以下,技術基準と略称する)に示されている仮想ばり法が基本となっている。これは, TschebotarioffやRoweの実験的・理論的研究,および過去の破壊事例などを考慮して提案されたものであり,砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれたU型鋼矢板のようなたわみやすい矢板壁を対象としている。また,海底地盤が軟弱な場合および矢板の剛性が海底地盤の地盤反力係数に比べて比較的大きい場合には別の方法で検討するよう述べられ,その方法としてたわみ曲線法2)が解説されている。
ところが,岸壁の大水深化に伴い大断面の矢板が必要となり,鋼管矢板が導入されるようになった。それによって,矢板壁の剛性が大きく変化し,現行設計法の仮定が成立しなくなってきている。
そこでRoweの方法を改良してタイロッド式矢板壁の断面剛性や地盤の特性を考慮した解析を行い,解析手法の妥当性について検討し,さらに一般的なタイロッド式矢板壁の力学的な挙動特性について検討した。」
イ 1199頁右欄5行~120
0頁左欄3行
「5.解析計算と修正フレキシビリティ・ナンバー
タイロッド式矢板壁の力学的挙動について,実際の設計条件の範囲を広くカバーするように表-2~4に示す諸条件の組合わせを用いて,72ケースの基本モデルについて解析計算を実施した。図-6にここで示される記号の意味を示す。
ここでは,式(4)による収束根入れ長の時の解析結果と仮想ばり法による解析結果と比較することにより議論を進めていく。特に断らない限り,サフィックスTは仮想ばり法による計算値であり,サフィックスFは式(4)を用いた収束根入れ長の時の計算値であることを示している。
図-7に解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について示す。この結果によるとμはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっていることがわかる。
地盤条件の違いによるこのようなプロットのばらつきをなくすために,新しいパラメータとして,フレキシビリティ・ナンバーρ=HT4/EIと地盤反力係数lhとの積として得られる修正フレキシビリティー・ナンバーω=ρ・lhを用いる。」
ウ 1201頁左欄下から7行~1202頁左欄11行
「7. 矢板の剛性と鋼種の影響
タイロッド式矢板壁の力学的挙動は,矢板の剛性の影響を受ける。例えば鋼管矢板のような剛性の高い矢板を用いると,曲げモーメントが増大することが問題となるが,定量的にこの問題を解明することはこれまであまり行われていないのが実状である。本研究の解析法によって,矢板の剛性の影響を定量的に把握することが可能となったので以下のような検討をおこなった。
矢板の剛性を支配する因子としては,矢板の鋼材の材質の硬軟に基づく許容応力度の高低からくる必要断面の大小によるものと,矢板の種類別の断面形式の差からくる形状的特性によるものとの,大きく分けて二つの要因が考えられる。
図-12に常時の場合の計算結果に基づいて,前面水深ごとに鋼材の種類の違いによる断面二次モーメントの違いを示した。ここでは分母に普通鋼を用いた場合の値を,分子に高張力鋼を用いた場合の値を用いて比を取っている。実在矢板の型が不連続であることを反映しているために水深-8m以下では計算ケースごとのばらつきが大きいが,高張力鋼を用いることにより,断面二次モーメントについては最大で7割近く低下するケースがあることがわかる。一般的には,水深が大きいケースほど,高張力鋼の矢板を用いることによる矢板の断面の小型化が可能となる。水深の小さい場合には,矢板の断面サイズの間隔が相対的に粗いため,高張力鋼を用いても,次の小型断面サイズでは断面強度が不足し,矢板の断面を小型化することのできないケースがある。
従来は主に断面不足のために許容応力度の超過が起こる場合の対応策として高張力鋼の矢板を利用することが多かったが,本解析の結果,同一の設計条件のもとでも,高張力鋼の矢板を用いて矢板の剛性を低下させることにより,修正フレキシビリティー・ナンバーが大きくなるため,最大曲げモーメントMF,タイロッド張力TF,収束根入長DFの各値が,すべて低い値になることがわかった。すなわち,断面剛性の低い高張力鋼の矢板材を利用することによって,曲げモーメントの低下による矢板の断面の小型化だけでなく,根入長やタイロッド材も小さくてすむという効果がある。すべての計算結果をもとに比較すると,高張力鋼の鋼矢板を用いた場合の設計諸値は,普通鋼の場合に比べて,概ね最大曲げモーメントでは6~7%,タイロッド張力では3%程度低い値になっている。また,フィックスドアースサポート状態の収束根入長DFも9~12%低い値になっている。断面小型化と根入長の短縮の影響を合成した鋼矢板の鋼材重量の比較から,その差は平均20~30%であり,最大は60%にも及ぶケースもあり,高張力鋼の矢板を用いると多くの場合に経済的設計になると考えられる。
別種鋼矢板の比較検討では,大水深の矢板壁において,大断面の鋼管矢板を選択したケースについて,紐合せ矢板を代替案として用いた場合の検討を行った。
図-13には,前面水深とそれぞれの矢板を用いた場合の最大曲げモーメントとの関係を地盤種別ごと整理した結果を示す。ここでφ=30゜と40゜の場合のみ示す。
水深の大きな場合にのみ,鋼管矢板を用いる必要が生じているが,鋼管矢板を用いると締まった地盤以外では著しい応力度の超過に陥ることがわかる。この傾向は普通鋼の鋼管矢板においてより顕著である。一方,組合せ矢板では,応力度超過の懸念がずっと少ない。鋼管矢板の利用による応力度の超過に対処するためにより大断面の鋼管矢板を採用すれば,また断面剛性が増大して最大曲げモーメントも増大するので,さらに断面を大きくしなければならないという悪循環に陥るケースが見られた。また,根入長について見ても,剛性の高い鋼管矢板は,組合せ矢板に比べていずれもより長い収束根入長を必要とし,ゆるい地盤では約1.5倍もの根入長を必要とするケースがみられた。
以上のような,鋼管矢板と組合せ矢板についての比較解析結果から,力学的には剛性の低い矢板の利用の方が望ましい面が多いと評価される。
これらの比較のように,矢板の剛性をむやみに大きくすることは,タイロッド式矢板壁の設計において不利に働くことが多い。」
エ 表-1~4
「
[図:0001411614000006.jpg]
[図:0001411614000007.jpg]
[図:0001411614000008.jpg]
[図:0001411614000009.jpg]
」
エ 図-6、7及び13
「
[図:0001411614000010.jpg]
[図:0001411614000011.jpg]
[図:0001411614000012.jpg]
」
オ 前記イ~エから読み取れる事項
前記イ、前記ウの表-2~4及び前記エの図-13の記載内容から次のことが読み取れる。
「図-7は、タイロッド式矢板壁において、鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果を示すこと。」
(2) 甲2発明
前記(1)の記載から、甲2には次の甲2発明及び甲2方法発明が記載されている。
<甲2発明>
「砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とした港湾のタイロッド式矢板壁であって(1195頁左欄1~20行)、
タイロッド式矢板壁において、鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において(イ~エから読み取れる事項)、
解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっている、(1199頁右欄5行~1200頁左欄3行)
タイロッド式矢板壁。」
<甲2方法発明>
「砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とした港湾のタイロッド式矢板壁の計算法であって(1195頁左欄1~20行)、
タイロッド式矢板壁において、鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において(イ~エから読み取れる事項)、
解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっている、(1199頁右欄5行~1120頁左欄3行)
タイロッド式矢板壁の計算法。」
3 甲第4号証
本件特許の出願前に発行された甲第4号証(以下「甲4」という。)の4~5頁に次の事項が記載されている。
「1-7矢板材料
材料名 φ600x16(L75)
外径×厚さ φ600.0×t16 mm
継手間隔 71.7 mm
ヤング率 E=200000 N/mm2
断面二次モーメントI0= 186000 cm4(腐食前)
断面係数 Z0= 6220 cm3(腐食前)
腐食代 t1=1.00 mm(前面側) t2=1.00 mm(背面側)
継手効率(I0に関して)μ=1.00
継手効率(Z0に関して)μ=1.00
長さの丸め値 0.50m
許容応力度 σa =185 N/mm2(常時)
σa' =278 N/mm2(地震時)
材料の低減 根入れ長計算時のI0を低減しない
断面力・変位計算時のI0を低減する
応力度計算時のZ0を低減する」
4 甲第5号証
本件特許の出願前に発行された甲第5号証(以下「甲5」という。)には、次の事項が記載されている。
(1) 318頁
「
[図:0001411614000013.jpg]
」
(2) 321頁
「
[図:0001411614000014.jpg]
」
第7 当審の判断
1 無効理由1(サポート要件違反)について
(1) 本件発明の構成、本件発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段について
ア 本件特許について本件特許の訂正後の請求項1及び3に係る発明(以下、それぞれを「本件発明1」等といい、まとめて「本件発明」という。)は、
(ア) 「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2と」すること(以下「鋼材降伏強度の特性値に係る構成」という。)、及び、
(イ) 「鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすこと」、なお、「前記下式は次式「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」(以下「ρの式に係る構成」という。)との構成を備えるものである。
イ 本件発明が解決しようとする課題について
本件発明が解決しようとする課題は、発明の詳細な説明の記載からみて、「船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという」(段落【0007】)ことと認められる。
ウ 式「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」について
式「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」(以下、「ρの式」という。)に関し、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の段落【0011】に
「他方、図2に示すように、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/mm2)よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用いた場合(450N/mm2、550N/mm2)を見ると、450N/mm2では、ρは94から256、MF/MTは0.80~1.11に分布し、550N/mm2では、ρは154から279、MF/MTは0.79~1.02に分布することがわかる。
したがって、鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2より大きい鋼管矢板(ここでは、例として450N/mm2と550N/mm2)を用いることでMF/MTが従来材に比べて大幅に小さくなり、鋼重を減らすことができ、建設コストが増大を抑制できる。また、図2のグラフから分かるように、破線で示した曲線の傾きの絶対値が小さく、少々の条件変更では、発生する曲げモーメントの変化が小さく、設計に対して鈍感であることがわかる。
こように、鋼材降伏強度の特性値が、少なくとも315N/mm2よりも大きい鋼管矢板を用いることが有効であるとの知見を得た。」、
段落【0012】に
「さらに、ρを用いて、ρの領域として地盤反力係数lhとの関係で表現することを以下のように考えた。
図2において、lh=24MPaの曲線上にあり、水深-15mで鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=82であり、lh=58MPaの曲線上にあり、水深-15mで鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2の場合における図中最も右にある▲のρの値はρ=96である。
これらからρをlhの1次関数として(lh,ρ)が(24,82)と(58,96)の2点を通る線として設定した。つまり、直線の傾きは、(96-82)/(58-24)=7/17=0.412となり、ρ切片は、82-7/17×24=72.1176=72.118となる。
したがって、鋼材降伏強度の特性値が、315N/mm2よりも大きい鋼管矢板を用いることは、下記の(3)式で表現することができる。
ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118 ・・・(3)式
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであり、具体的には以下の構成を備えてなるものである。」と記載されている。
また、図2は以下のとおりである。
「【図2】
[図:0001411614000015.jpg]
」
そして、段落【0017】に「本発明においては、SKY490の鋼材降伏強度の特性値(315N/mm2) よりも降伏強度が大きい鋼管矢板を用い、MF/MTの値を最大でも1.1程度までとして、ρとの関係でMF/MTの変化が小さい領域で合理的な設計を行うことで、鋼材使用重量を減らし、建設コストを低減できる。」の記載されている。
これらの記載からみて、次のような考え方で前記ρの式を求めたことが理解できる。
(ア) 図2において、同じ鋼材降伏強度の特性値を示す印(□、■、△等)と地盤反力係数lhの関係や地盤反力係数lhの値毎に破線で結ばれた曲線に着目すると、ρとMF/MTの関係式(破線で結ばれる曲線)は、地盤反力係数lhの値毎に決まる関係がある。
(イ) 図2からみて、鋼材降伏強度の特性値が大きい鋼管矢板を用いることでMF/MTが従来材に比べて小さくなるとともに、鋼重を減らすことができ、建設コストの増大を抑制できるから、ρの値が大きくなるように設計すると良いこと。その際に、MF/MTが所定の範囲にあるとよいこと。
(ウ) 上記(ア)、(イ)に基づき、図2からρの値の範囲をlhを用いて表すとよいことを見いだした。具体的には、鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2におけるρとlhの関係式(一次関数の式)を作成し、不等号(>)で両辺をつないだ式((3)式)であれば、鋼材降伏強度の特性値が従来材の315N/mm2より大きな場合にMF/MTが所定の範囲に入りつつ成立し得ること。
エ 本件発明における課題を解決するための手段について
(ア) 前記課題とρの式に係る構成との関係について
上記ρの式において、特定の鋼管において地盤反力係数lhとHTを決めた場合、上記(3)式を満たすρを求めるには、ρ(=HT4/EI)を右辺の値よりも大きくする必要があり、鋼管のヤング率Eは鋼種によらずほぼ同じと仮定でき、HTが決まった値であるため、Iを小さくすることでρの値を大きく設計できる。
ここで、Iは単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)であり、鋼管の断面2次モーメントは、断面形状の面積が大きいほど大きな値となるというのが技術常識(管の外径をD,内径をdとするとI=π(D4-d4)/64となる。)であるからIも同様の傾向を有するといえるから、Iを小さくすることで、断面形状の面積が小さくなり、その結果として鋼管の鋼重が低減されることが理解できる。
(イ) 前記課題と鋼材降伏強度の特性値に係る構成の関係について
段落【0011】に記載されたように鋼材降伏強度の特性値を大きくするほど、対応するρの値の大きな値の範囲に分布する傾向であるから、このことを前記ウ及び前記(ア)で検討したρと鋼重の関係を踏まえると、鋼材降伏強度の特性値に係る構成は、鋼重を減らすことに貢献する構成である。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)からみて、ρの式に係る構成及び鋼材降伏強度の特性値に係る構成により、前記課題を達成することがいえる。
(2) 無効理由1-Aについて
前記(1)で検討したとおり、本件特許の明細書に記載された事項全体からみて、本件発明の課題は「船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという」であり、その課題を解決する手段は、「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2と」すること(以下「鋼材降伏強度の特性値に係る構成」という。)、及び、「鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たすこと」、「なお、前記下式は次式「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」である。
そのため、請求人が主張する本件特許の目的を達成するためにはMF/MTを1以下とすることは、本件特許の課題を解決するための手段の要件とするものではないから、請求人の主張は理由がない。
仮に、MF/MTの値が間接的に課題を解決する手段に関係があるとしても、本件特許明細書の段落【0007】には「言い換えれば、MF/MTが1を越えるケースでは、矢板壁のたわみ性が十分発揮されていないことになる。」と記載されているものの、段落【0011】~【0012】には、MF/MTの値が1の近傍の範囲で検討されていることからみて、必ずしも、「MF/MTを1以下とする」ことが課題を解決するための手段として必須であることが本件特許明細書に記載されているとはいえない。
よって、そのような条件を本件特許の課題を解決するための手段の要件に加えることはできない。
また、本件発明1及び3にMF/MTを1以下とすることを構成として記載されていない。
そして、本件発明1及び3は前記課題を解決するための手段を有するから、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるので、特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしている。
よって、無効理由1-Aは理由がない。
(3) 無効理由1-Bについて
請求人は、本件特許明細書の段落【0009】、【0010】及び【0012】の記載からみて、図2は、鋼管矢板はL-T継ぎ手を有しφ500×9t~φ1400×16tの範囲であり、係船岸天端が+3m、タイ材取り付け点が+1.5m、鋼管矢板壁の背後にせん断抵抗角40°の裏込石が配置され、海底地盤がlh=24,38,58MN/m3の単層地盤という条件で計算されたものであるから、図2から導出された「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」の式が明細書の発明の詳細な説明の記載や、出願時の技術常識に照らしても、係船岸がこれらの条件を満たさない場合にまで拡張できるといえる根拠はない旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0005】に記載から、ρの式は、従来から実務で用いられ周知といえる「Roweの修正法」に基づくものであり、請求人が主張するような鋼管矢板に関する他の条件によらず成立するものといえる。そうすると、「Roweの修正法」に基づくρの式についても同様のことが成立するといえる。
よって、鋼管矢板に関する各種条件での実施例が記載されていないことを根拠として、本件発明1及び3が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないという主張は成立しない。
よって、無効理由1-Bは理由がない。
(4) 無効理由1-Cについて
(ア) 前記(1)ウで検討したとおり、前記ρの式はρとlhとの関係図から一次関数で表すことを想起したものであり、前記(1)エで検討したとおり、得られた前記ρの式は課題を解決する手段を構成するものである。
(イ) 請求人が主張する甲2に記載された「地盤条件の違いによるこのようなプロットのばらつきをなくすために新しいパラメータとして,フレキシビリティ・ナンバーρ=HT4/EIと地盤反力係数lhとの積として得られる修正フレキシビリティー・ナンバーω=ρ・lhを用いる。」との記載(前記第6の2(1)ウを参照。)についても、本件発明の明細書の図2もMF/MTとρの関係は、地盤条件である地盤反力係数lhに応じて異なることから「ばらつき」があるといえ、甲2はそうした「ばらつき」がなくなるようなMF/MTに関する式を作成するには、修正フレキシビリティー・ナンバーω=ρ・lhを用いるとよいことが記載されているものであり、本件特許と異なる手法について検討したものであり、前記(1)エで検討した結果を左右するものではない。
(ウ) 請求人は「上記(3)式の左辺ρ(=HT4/EI)の単位は、請求項1に記載のとおり、HTの単位が(m)、Eの単位が(MPa)、Iの単位が(m4/m)であるから、(m/MPa)=(m3/MN)であるが、右辺のlhの単位は(MN/m3)であり、(3)式の左辺と右辺では単位が一致しない。」と主張しているが、「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」においてlhの係数0.412が両者の単位を変換する単位を有すると理解するのが、物理量の相関式を理解する際の技術常識であるから、式の両辺で単位が一致しないとはいえない。よって、請求人の主張は、前記(1)エで検討した結果を左右するものではない。
(エ) よって、本件発明1及び3が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでないという主張は成立しない。
よって、無効理由1-Cは理由がない。
(5) 無効理由1-Dについて
請求人は、前記ρの式は、鋼管矢板のヤング率を除き、鋼材の強度と関連のないパラメータと、地盤強度を比較したものであるが、これらを比較することが、特定の条件下ではなく一般的に鋼材降伏強度とどのように関連するのか、本件特許の発明の詳細な説明には記載されていない。言い換えれば、前記ρの式を満たすことにより鋼材降伏強度の特性値が担保され、鋼管矢板壁に用いる鋼材重量を低滅できるのか、本件特許の発明の詳細な説明の記載を考慮しても不明である旨主張している。
しかしながら、前記ρの式(前記主張の前記(3)式に相当する。)について、前記(1)ウで検討したとおり、図2のρとMF/MTの関係式(破線で結ばれる曲線)が、地盤反力係数lhに基づいており、ρの値が大きく、MF/MTが所定の範囲にあることを基にして求めたものであり、その結果として、前記(1)エで検討したとおり、ρの式に係る構成及び鋼材降伏強度の特性値に係る構成により従来材に比べ鋼重を減らすことができるものであるから、前記主張は成立しない。
よって、無効理由1―Dは理由がない。
(6) 無効理由1-Eについて
請求人は、甲4や甲5に記載されているような鋼材降伏強度の特性値が315N/mm2よりも大きくない鋼管矢板を用いた場合であっても、上記(3)式を満たす場合がある旨主張しているが、本件発明1及び3は、前記(1)エで検討したとおり、前記ρの式に係る構成及び前記鋼材降伏強度の特性値に係る構成により、課題を解決する手段を構成するものであり、前記鋼材降伏強度の特性値に係る構成を満たさない場合に前記ρに係る式を満たさないことがあることにより、本件発明1及び3が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えたものとするとはいえない。
よって、無効理由1-Eは理由がない。
(7) サポート要件についてのまとめ
以上検討のとおり、本件発明1及び3は、前記鋼材降伏強度の特性値に係る構成及び前記ρの式に係る構成により、「船舶の大型化による係船岸の大水深化や、これまでよりも耐震性能に優れることが求められるなど、必要とされる矢板壁の剛性が増大している。これにより、必要となる根入れ長も長くなっている。このことにより、鋼重が増すと共に建設コストが増大するという」という課題を解決できることは、当業者にとって認識可能である。
したがって、本件訂正発明1及び3に係る特許は、特許法36条6項1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。
2 無効理由2(進歩性違反)について
(1) 無効理由2-A(進歩性違反)について
ア 本件発明1について
(ア) 本件発明1と甲1発明との対比
甲1発明の「矢板式係船岸」は、「矢板壁に使用する矢板は、鋼管矢板を選定し」、「矢板根入れ部」の横抵抗と「タイ材で結ばれた控え工」の横抵抗とによって、「矢板壁に作用する外力(土圧・残留水位など)を支持する」から、本件発明1の「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、次の一致点で一致し、次の相違点1Aで相違する。
<一致点>
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸。
<相違点1A>
本件発明1が、「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たす」、
「 ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」のに対し、甲1発明の「矢板式係船岸」は、「仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメント及びタイ材取付点反力を補正する簡便法で求める」ものであるが、「ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)」と「lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)」についての相関式について記載がなく、鋼材降伏強度が不明である点。
(イ) 相違点1Aについての判断
甲1発明の「矢板式係船岸」は、「ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)」と「lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)」の積である「ω;シミラリティーナンバー(=ρ・lh)」を用いた「μS = MF/MT ≧ 4.5647ω-0.2 + 0.1329」という関係式を満たすものであるが、甲1の図6.9等の記載は「ω」を用いたものであり、「ρ」と「lh」の数値の相関関係が記載も示唆もされていないことから、
「ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118」を満たすものが記載されているとはいえず、自明ともいえない。
そして、甲1の記載からも「ρ」と「lh」の相関式を導出することが自明ともいえない。
また、甲1の表6.5に鋼管矢板としてSKY490の曲げ引張応力度について記載はあるものの、他の鋼管矢板の例が記載されていないことからみて、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とすることを示唆するとはいえない。
よって、当業者といえども、甲1発明から「ρ」と「lh」の相関式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2としたものに設計し、相違点1Aのようにすることはできないから、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
イ 本件発明3について
(ア) 本件発明3と甲1方法発明との対比
前記ア(ア)で検討したことを踏まえると、甲1方法発明の「矢板式係船岸の鋼矢板壁の設計方法」は、本件発明3の「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法」に相当する。
そうすると、本件発明3と甲1方法発明とは、次の一致点で一致し、次の相違点3Aで相違する。
<一致点>
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法。
<相違点3A>
本件発明3が、「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たす」、
「 ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」のに対し、甲1方法発明の「鋼矢板壁の設計方法」は、「仮想ばり法で求めた矢板の最大曲げモーメント及びタイ材取付点反力を補正する簡便法で求める」ものであるが、「ρ;フレキシビリティーナンバー(=HT4/EI)」と「lh;矢板壁の地盤反力係数(MN/m3)」についての相関式について記載がなく、鋼材降伏強度が不明である点。
(イ) 相違点3Aについての判断
相違点3Aについて、前記ア(イ)で相違点1Aについて検討したのと同様であるから、本件発明3は、甲1方法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
ウ 請求人の主張
請求人は、審判請求書において「本件特許の図2中の曲線は、甲第1号証の図6-6.9中の曲線と実質的に同一である。」(審判請求書18頁18~19行)とし、「請求項1に記載の式は、図2において、降伏強度315N/mm2、水深15mの条件でのρとlhの関係を示したにすぎない」((審判請求書18頁38~40行)及び「降伏強度が大きい鋼材を用いることにより鋼材重量を低減できることは当業者には自明であり、具体的にどの程度の降伏強度を有する鋼板を用いるかは設計事項にすぎない。」(審判請求書19頁5~7行)と主張し、加えて、この主張の詳細について、口頭審理陳述要領書で次の主張をしている。
(ア) 降伏強度315N/mm2,水深15mというパラメータを選択することには、特に技術的な意義はなく、水深15mとなる環境で鋼管矢板式係船岸を構築することは、例をあげるまでもなく公知の技術であり、鋼管矢板を用いた鋼管矢板式係船岸に、工場で製造される鋼管矢板SKY490(鋼材降伏強度315N/mm2以上)が適用できることは、本件特許明細書の段落0002に記載のとおり、公知の技術である。すなわち、降伏強度315N/mm2,水深15mというパラメータの選択は、公知の鋼管矢板式係船岸に用いられる鋼材の降伏強度や水深を選択したにすぎない(口頭審理陳述要領書6頁14~21行)。
(イ) 本件特許明細書の段落【0009】~ 【0012】に説明されるとおり、種々の公知のパラメータを選択し、鋼管矢板式係船岸の試計算を行い、甲第1号証の図6.9と同様の試計算結果を分析するためのグラフにプロットし、計算に用いた 鋼材降伏強度の特性値別に分類し、近似式を得たにすぎず、請求項1に記載の式を導出することに特段の困難性はない(口頭審理陳述要領書6頁23~27行)。
(ウ) 仮に、請求項1に記載された式を導出することが容易ではないとしても、前述のとおり、ρの式に係る構成は「鋼材降伏強度の特性値が、315N/mm2よりも大きい鋼管矢板を用いること」を表現を変えて特定したものであると理解される(口頭審理陳述要領書6頁29~32行)。
(エ) 降伏強度が異なる材料を構造物に使用する場合、構造物の外部からの耐荷重を等しくするためには、降伏強度が小さい材料は、荷重を受ける面の面積を大きくする必要があり、降伏強度が大きい材料は、荷重を受ける面の面積を小さくすることができ、これは当業者には自明であり、必要な耐荷重が決定された場合に、実際に、どのような降伏強度の鋼板を用いるかは、構造物の大きさの制限や、鋼板の価格(一般的に、降伏強度が大きい鋼板のほうが高価格である)、製造、輸送コストを考慮して決まる。よって、鋼管矢板を設計する際に具体的にどの程度の降伏強度を有する鋼板を用いるかは、設計事項にすぎない(口頭審理陳述要領書9頁5~14行)。
エ 請求人の主張についての検討
(ア) 前記ウ(ア)の主張について、鋼管矢板を用いた鋼管矢板式係船岸に、工場で製造される鋼管矢板SKY490(鋼材降伏強度315N/mm2以上)が適用できることは、本件特許明細書の段落0002に記載のとおり、公知の技術であるものの、本件発明1及び3は降伏強度315N/mm2,水深15mというパラメータを選択をしたものではなく、ρ、lh、鋼材降伏強度の特性値という3つのパラメータにより鋼管矢板壁を特定したものであり、前記ア及びイで検討したとおり、甲第1号証にρ、lh、の関係と、鋼材降伏強度の特性値を組み合わせることについて記載も示唆もない。
よって、前記ウ(ア)の主張は採用できない。
(イ) 前記ウ(イ)の主張について、前記ρの式は、前記1(1)ウで検討したとおり導出されたものであり、前記1(1)エで検討したとおり本件発明の課題を解決する手段としての技術的意義を有するものであるから、前記ウ(イ)の主張は採用できない。
(ウ) 前記ウ(ウ)の主張について、前記ρの式に係る構成は前記1(1)で検討したとおり、ρとlh、についての関係式を表すものであり、単に鋼材降伏強度の特性値が、315N/mm2よりも大きい鋼管矢板を用いるものを表す物ではない。
よって、前記ウ(ウ)の主張は採用できない。
(エ) 前記ウ(エ)の主張について、降伏強度と荷重を受ける面の関係について及び単に適宜の降伏強度の鋼板(管)を設計することは、請求人の主張のとおりであるものの、本件発明1及び3のρの式とあわせて設計することが周知や自明であるともいえず、前記ア及びイで検討したとおり、甲1発明又は甲1方法発明から当業者が容易に想到し得ることともいえない。
よって、前記ウ(エ)の主張は採用できない。
(2) 無効理由2-B(進歩性違反)について
ア 本件発明1について
(ア) 本件発明1と甲2発明との対比
甲2発明の「港湾のタイロッド式矢板壁」は、「砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とし」ているから、「タイロッド」により「矢板壁」を支持すること及び「タイロッド」に「矢板壁」を支持するための構成である控え工を有することは自明である。
また、港湾のタイロッド式矢板壁が船舶の係留等に用いる係船岸を用途としたものを含むことも自明である。
そして、甲2発明の「港湾のタイロッド式矢板壁」は、「鋼管矢板を含む矢板」を含むものである。
よって、甲2発明の「砂質地盤または固い粘土地盤中に打ち込まれた矢板壁を対象とした港湾のタイロッド式矢板壁」は、本件発明1の「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明とは、次の一致点で一致し、次の相違点1Bで相違する。
<一致点>
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸。
<相違点1B>
本件発明1が、「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たす」、
「 ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」のに対し、甲2発明の「港湾のタイロッド式矢板壁」は、「鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において、
解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっている」であり、鋼材降伏強度が不明である点。
(イ) 相違点1Bについての判断
甲2発明において、「解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっている」ことは、「最大曲げモーメント比μ」が「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤条件」の関数になっていることを示唆するものであり、甲2の表-1,2等の記載からみて「地盤条件」の例として「地盤反力係数」が挙げられことが読み取れる。
しかしながら、上記の構成は「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」についての関係を明らかにし、それを用いて「矢板壁」の条件を想起することの技術思想を表すものでなく、そのような技術思想自体が自明ともいえない。
また、甲2の表-4に、4種類の鋼矢板の「設計許容応力度」が記載されているが、鋼材の材質からみて鋼材降伏強度が400~700N/mm2の範囲のものではない。
そうすると、甲2発明には「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」の関係から条件式を導出し、所定の範囲の鋼材降伏強度とともに設計することが記載されておらず、示唆されているともいえない。
よって、当業者といえども、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」の相関関係から条件式を導出し、鋼管矢板の鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2としたものに設計し、相違点1Bのようにすることはできないから、本件発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
イ 本件発明3について
(ア) 本件発明3と甲2方法発明との対比
前記ア(ア)で検討したことを踏まえると、甲2方法発明の「タイロッド式矢板壁の計算法」は、本件発明3の「下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法」に相当する。
そうすると、本件発明3と甲2方法発明とは、次の一致点で一致し、次の相違点3Bで相違する。
<一致点>
下端側を地盤に根入れすると共に上端側をタイ材によって控え工で支持する鋼管矢板式係船岸の設計方法。
<相違点3B>
本件発明3が、「鋼管矢板の設計で用いることができる鋼材降伏強度の特性値を400~700N/mm2とし、鋼管矢板壁の剛度を表すパラメータρ(=HT4/EI)が下式を満たす」、
「 ρ(=HT4/EI)>0.412lh+72.118
但し、HT:海底面からタイ材取り付け位置までの高さ(m)
E:鋼管矢板のヤング率(MPa)
I:単位幅あたりの鋼管矢板壁の断面2次モーメント(m4/m)
lh:地盤反力係数(MN/m3)」のに対し、甲2方法発明の「港湾のタイロッド式矢板壁」は、「鋼管矢板を含む矢板の種類、土質条件、震度について異なるものの組み合わせを用いたモデルについて解析計算した結果において、
解析の結果得られた最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係について、μはρの増加によって低下する傾向にあることがわかるが,プロットされたデータにはばらつきがあり,μがρだけの関数ではなく,地盤条件の関数にもなっている」であり、鋼材降伏強度が不明である点。
(イ) 相違点3Bについての判断
相違点3Bについて、前記ア(イ)で相違点1Bについて検討したのと同様であるから、本件発明3は、甲2方法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
ウ 請求人の主張
請求人は、口頭審理陳述要領書において、甲第2号証について次の主張をしている。
甲第2号証は、鋼矢板の材質、震度、土質条件、水深等をパラメータとしてタイロッド式矢板壁の支配方程式を用いた解析方法であり、純粋に力学的な解析を行うものであるから、鋼材降伏強度の特性値が400~ 700N/mm2となったとしても、表-4に示される範囲の鋼材強度の特性値と同様の考え方ができるものである。したがって、甲第2号証は、鋼材降伏強度が400~ 700N/mm2のものについての解析手法として理解しても妥当である(口頭審理陳述要領書13~20行)。
エ 請求人の主張についての検討
甲第2号証は、最大曲げモーメント比μ=MF/MTとフレキシビリティーナンバーρ(=HT4/EI)の関係が記載されているが、「フレキシビリティーナンバーρ」と「地盤反力係数」についての関係を明らかにし、それを用いて「矢板壁」の条件を想起することの技術思想を表すものでなく、そのような技術思想自体が自明ともいえない。
よって、前記主張は採用できない。
(3) 進歩性のまとめ
以上検討のとおり、本件発明1及び3は、甲1発明又は甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件発明1及び3に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたされたものではない。
3 無効理由3(実施可能要件違反)について
請求人は、本件特許明細書の段落【0007】、【0017】の記載をみても、本件特許明細書では、なぜMF/MTが1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては何ら説明されていないから、本件特許の明細書からは適切なMF/MTの値が、出願時の技術常識に基づいても、当業者が理解することはできず、当業者が実施することができる程度に記載されていない旨主張している。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0007】に「(2)式において1を越える場合は、矢板壁の剛性が高いため、従来の方法、すなわち仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であることを示している。言い換えれば、MF/MTが1を越えるケースでは、矢板壁のたわみ性が十分発揮されていないことになる。」と記載されているが、MF/MTが1を超えたケースが、従来の方法、すなわち仮想ばり法で求めた最大曲げモーメントでは不十分であることを示すものであり、明細書の段落【0011】、【0012】及び【0017】に記載されているようにMF/MTが1を超えたものが記載されていることからみて、必ずしも矢板壁を実施できないことを示すものとまではいえない。
また、MF/MTが1を超えて1.1程度まで許容されるのかについては、「許容される」ことが本件特許明細書に記載されておらず、また、前記で言及したとおり、MF/MTが1を越えるケースについて本件特許明細書に記載されていることから、実施できる程度に説明されているものである。
よって、本件特許明細書は、本件発明1及び3を実施することができるように記載されたものであるから、本件発明1及び3に係る特許は、特許法36条4項1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。
第8 むすび
本件発明1及び3に係る特許は、請求人が主張する無効理由及び提出した証拠方法によっては、無効とすることはできない。
また、本件発明2及び4に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項2及び4に係る特許に対して、請求人がした審判の請求については、対象となる請求項が存在しないものとなった。よって、本件特許の請求項2及び4に係る特許についての本件審判の請求は、特許法第135条の規定により却下する。
審判に関する費用については、特許法169条2項において準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
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2021-800023