特許無効審判
2020-800117
ガラス、プレス成形用ガラス素材、光学素子ブランク、および光学素子
- 審判番号
- 2020-800117
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2016-569368
- 登録番号
- 6291598
- 請求日
- 2020年12月01日
- 審決日
- 2022年02月08日
- 公報発行日
- 2023年08月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】英橋貿易有限公司
- 【請求人代理人】高橋 雄一郎
- 【請求人代理人】望月 尚子
- 【被請求人】HOYA 株式会社
- 【被請求人代理人】塩澤 寿夫
- 【被請求人代理人】渡辺 紫保
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 宮澤 尚之
- 審判官 関根 崇
- 分類
- P1113.537-Y (C03C)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6号、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第6291598号発明「ガラス、プレス成形用ガラス素材、光学素子ブランク、および光学素子」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
1 手続の経緯
(1)本件特許の出願から設定登録に至るまでの経緯
本件特許無効審判事件に係る特許第6291598号(以下、「本件特許」という。)は、HOYA株式会社(以下、「被請求人」という。)が保有するものであり、その請求項1~14に係る発明についての出願は、2016年(平成28年)1月13日(優先権主張 平成27年1月13日(2件)日本国)を国際出願日とする特許出願であって、特願2016-569368号として審査され、平成30年2月16日に特許権の設定登録がされたものである。
(2)別件異議事件における経緯
設定登録時の請求項1~14に係る特許に対して、平成30年4月13日に特許異議申立人である宮園祐爾により特許異議の申立てがされ、異議2018-700308号(以下、この特許異議申立事件を「別件異議事件」という。)として審理され、令和2年4月24日にされた訂正の請求(請求人提出の甲第5号証参照。以下、請求人提出の各甲号証を「甲1」などと略称する。被請求人提出の各乙号証についても同じ。)をふまえて、同年8月11日付けで「特許第6291598号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1~14〕について訂正することを認める。特許第6291598号の請求項1~3、6、7、9、10、12~14に係る特許を維持する。特許第6291598号の請求項4、5、8、11に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」との異議の決定がされ、この決定は、同年8月24日に確定した。
(3)本件特許無効審判事件における経緯
本件は、前記異議の決定の確定後に、英橋貿易有限公司(以下、「請求人」という。)により、前記訂正後の請求項1~3、6、7、9、10、12~14に係る特許を対象として請求されたものである。
本件における手続の経緯は、概略、以下のとおりである。
令和2年12月 1日 審判請求書の提出
令和3年 3月19日 審判事件答弁書の提出(被請求人)
同年 7月 1日 弁駁書の提出(請求人)
同年 9月14日付け 審理事項通知
同年 9月27日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 9月30日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年10月14日 第1回口頭審理
同年10月19日 上申書の提出(請求人)
2 両当事者の主張
(1)請求人の請求の趣旨及び理由
ア 請求人の請求の趣旨は、「特許第6291598号発明の特許請求の範囲の請求項1~3、6、7、9、10、12~14に記載された各発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。」というものである。
イ 請求人の請求の理由(無効理由及び証拠方法)は、審判請求書、令和3年7月1日提出の弁駁書、同年9月27日提出の口頭審理陳述要領書及び同年10月19日提出の上申書の記載からみて、概略、次のとおり整理することができる。
(ア)無効理由(サポート要件違反)
以下のa、bのとおり、サポート要件に関する二つの判断基準のいずれに当てはめてみても、本件特許の請求項1に係る発明(以下、各請求項に係る発明を項番号に合わせて「本件発明1」などといい、総じて「本件発明」という。)及びこれを引用する本件発明2、3、6、7、9、10、12~14に係る特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
したがって、本件特許は、同号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号に該当するため、無効とすべきものである。
a サポート要件の一般的基準への当てはめ
本件特許の願書に添付された明細書(以下、「本件特許明細書」という。また、本件特許の願書に添付された特許請求の範囲を「本件特許請求の範囲」という。)には、本件発明の構成をすべて満たす実施例が存在しないから、本件発明は、サポート要件の一般的基準である、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かとの検討に至る以前に、そもそも発明の詳細な説明に記載された発明であるということはできない。
b 光学ガラス判決が説示する判断基準への当てはめ
光学ガラスの裁判例(後記甲7。以下、「光学ガラス判決」ということがある。)で示された判断基準に基づいて、本件特許明細書の実施例に示された組成物を基本にして、特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても、これに応じて他の成分を適宜増減させることにより、当該特定の成分の増減による物性の変化を調整することで本件発明の物性要件(特に、液相温度が1140℃以下であり、ガラス転移温度が672℃以上であること)を満たす光学ガラスを得ることができるといえない。
(イ)証拠方法
甲1:特開2002-284542号公報
甲2:別件異議事件における令和1年8月9日提出の訂正請求書
甲3:別件異議事件における令和1年8月9日提出の意見書
甲4:別件異議事件における令和1年11月26日付け審尋
甲5:別件異議事件における令和2年4月24日提出の訂正請求書
甲6:異議2020-700178号における令和2年6月10日付け取
消理由通知書
甲7:知財高裁平成28年(行ケ)第10189号審決取消請求事件判決
甲8:英橋貿易有限公司(請求人)のウエブサイト <http://www.eiko-tr
ading.com/>
甲9:英橋貿易有限公司(請求人)代表者 何■如の陳述書(■は「さん
ずい」に「吉」)
甲10:株式会社DELTAのウエブサイト(企業情報)<http://www.de
lta-opt.com/About%20Us.html>
甲11:株式会社DELTAのウエブサイト(環境活動)<http://www.de
lta-opt.com/Enviromental%20Project.html>
甲12:望月尚子作成の電話聞き取り調査報告、令和3年6月17日
甲13:グーグルマップ <https://www.google.com/maps>
甲14:グーグルマップストリートビューの写真 <https://www.google.c
om/maps>
甲15:グーグルマップストリートビューの写真 <https://www.google.c
om/maps>
なお、甲1~甲7は、令和2年12月1日提出の審判請求書に添付して、甲8~甲15は、令和3年7月1日提出の弁駁書に添付して、それぞれ提出されたものである。
(2)被請求人の答弁の趣旨及び理由
ア 被請求人の答弁の趣旨は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」というものである。
イ 被請求人の反論及び証拠方法は、審判事件答弁書及び令和3年9月30日提出の口頭審理陳述要領書の記載からみて、概略、次のとおり整理することができる。なお、被請求人は、令和3年10月14日に行われた第1回口頭審理において、請求人適格についての主張を撤回した(第1回口頭審理調書参照)。
(ア)無効理由について
本件発明は特許法第36条第6号第1号に規定する要件を満たしており、本件特許請求の範囲の記載は同号の規定に適合するものであるから、本件特許は、同法第123条第1項第4号に該当しない。
(イ)証拠方法
乙1:HOYA株式会社オプティクス部門光学材料部門材料開発部 藤原
康裕の陳述書、2021年3月18日
乙2:知財高裁平成20年(行ケ)第10358号審決取消請求事件判決
乙3:知財高裁平成24年(行ケ)第10076号審決取消請求事件判決
乙4:知財高裁平成24年(行ケ)第10016号審決取消請求事件判決
乙5:HOYA株式会社オプティクス部門光学材料部門材料開発部 庄司
昴浩作成の実験成績証明書、2021年3月18日
乙6:HOYA株式会社コーポレート知財室 内倉孝雄の陳述書、202
1年9月29日
なお、乙1~乙5は、令和3年3月19日提出の審判事件答弁書に添付して、乙6は、令和3年9月30日提出の口頭審理陳述要領書に添付して、それぞれ提出されたものである。
3 本件発明について
(1)本件特許請求の範囲の記載
前記1(2)のとおり、別件異議事件の異議の決定において、令和2年4月24日にされた訂正の請求(甲5)は認められ、この決定は確定しているから、本件特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。
「【請求項1】
質量%表示にて、
B2O3とSiO2との合計含有量が21~32質量%、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が50~63質量%、但し、Yb2O3含有量が1.0質量%以下であり、
ZrO2含有量が4~10質量%、
Ta2O5含有量が2質量%以下、
Li2O、Na2OおよびK2Oの合計含有量が0~2.0質量%、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量が4~11質量%、
B2O3とSiO2との合計含有量に対するB2O3含有量の質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.6~0.828、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するB2O3およびSiO2の合計含有量の質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42~0.53、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するY2O3含有量の質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.10~0.30、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するGd2O3含有量の質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0~0.05、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するNb2O5含有量の質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.95~1、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するZnO含有量の質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.20~0.500、
であり、液相温度が1140℃以下であり、ガラス転移温度が672℃以上であり、屈折率ndが1.825~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である酸化物ガラスであるガラス(但し、B2O3含有量が22.380質量%であり、La2O3含有量が45.680質量%であり、Y2O3含有量が8.780質量%であり、ZnO含有量が4.250質量%であり、SiO2含有量が4.680質量%であり、Nb2O5含有量が7.880質量%であり、かつZrO2含有量が6.350質量%であるガラスを除く)。
【請求項2】
B2O3含有量が17質量%以上である請求項1に記載のガラス。
【請求項3】
B2O3含有量が23質量%以下である請求項1または2に記載のガラス。
【請求項6】
Pbを含まない請求項1~3のいずれか1項に記載のガラス。
【請求項7】
屈折率ndが1.830~1.850の範囲である請求項1~3および6のいずれか1項に記載のガラス。
【請求項9】
着色度λ5が335nm以下である請求項1~3、6および7のいずれか1項に記載のガラス。
【請求項10】
比重dと屈折率ndとが、下記(A)式:
d/(nd-1)≦5.70 …(A)
を満たす請求項1~3、6、7および9のいずれか1項に記載のガラス。
【請求項12】
請求項1~3、6、7、9および10のいずれか1項に記載のガラスからなるプレス成形用ガラス素材。
【請求項13】
請求項1~3、6、7、9および10のいずれか1項に記載のガラスからなる光学素子ブランク。
【請求項14】
請求項1~3、6、7、9および10のいずれか1項に記載のガラスからなる光学素子。」
(2)本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。
ア 「【発明の概要】
【0004】
屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44の範囲であるガラスは、色収差の補正、光学系の高機能化、コンパクト化のために有用な光学素子用の材料である。なお以下において、屈折率は、特記しない限り、d線(ヘリウムの波長587.56nm)における屈折率ndをいうものとする。また、アッベ数は、特記しない限り、νdをいうものとする。周知のように、νdは、F線(水素の波長486.13nm)、C線(水素656.27nm)における屈折率をそれぞれnF、nCとしたとき、νd=(nd-1)/(nF-nC)と定義される。
【0005】
上記範囲の屈折率およびアッベ数を有する高屈折率低分散ガラスについては、その有用性を更に高めるためには、以下の点を満たすことが望まれる。
【0006】
安定供給可能であること。そのためには、希少価値が高い元素であって、近年、市場における需要に対して供給が不足している元素であるGdやTaがガラス組成に占める割合を低減することが望ましい。これに対し、特許文献7に記載されているガラスは、Taを多量に含んでいる。また、特許文献8~14に記載のガラスおよび特許文献17に記載の上記範囲の屈折率およびアッベ数を有するガラスは、Gdを多く含んでいる。
【0007】
ガラス組成においてYbが占める割合が低いこと。これは、以下の理由による。
Ybは近赤外域に吸収を有する。そのため、Ybを多く含むガラス(例えば特許文献16に記載のガラス)は、可視域から近赤外域にわたって高い透過率が必要とされる用途、例えば、監視カメラ、暗視カメラ、車載カメラのレンズ等の光学素子用の材料には適していない。また、Ybは重希土類元素に属し、ガラスの成分としては原子量が大きく、ガラスの比重を増大させる。ガラスの比重が増大すると、レンズが重くなる。その結果、そのようなレンズをオートフォーカス式のカメラレンズに組み込むと、消費電力が大きくなり、電池の消耗が激しくなってしまう。以上の点から、ガラス組成においてYbが占める割合を低減することが望ましい。
【0008】
熱的安定性に優れること。熱的安定性の低いガラスは、ガラスを製造する過程でガラスが失透傾向を示してしまうためである。しかるに、本発明者の検討によれば、例えば特許文献6に記載のガラスは、熱的安定性に劣るものであった。
【0009】
以上の点に鑑み、本発明の一態様は、屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44の範囲であって、ガラス組成においてGd、TaおよびYbの占める割合が低減されているとともに、熱的安定性に優れるガラスを提供する。
【0010】
また一態様では、上記ガラスは、以下の点の1つ以上を更に満たすことも望ましい。
・・・
【0012】
機械加工に適すること。詳しくは、次の通りである。ガラスから光学素子を得る方法としては、精密プレス成形法(例えば特許文献1~4参照)のほかに、ガラスから光学素子ブランクを成形し、この光学素子ブランクに研削加工や研磨加工などの機械加工を行い光学素子に仕上げる方法もある。このような機械加工においてガラスが破損しやすいと、製造歩留りを低下させてしまう。一般に、精密プレス成形用のガラスはガラス転移温度が低いが、ガラス転移温度の低いガラスは機械加工において破損しやすい傾向がある。したがって、機械加工に適したガラスとするためには、ガラス転移温度を精密プレス成形用のガラスより高くすることが望ましい。」
イ 「【0013】
本発明の一態様は、質量%表示にて、
B2O3とSiO2との合計含有量が15~35質量%、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が45~65質量%、但し、Yb2O3含有量が3質量%以下であり、
ZrO2含有量が3~11質量%、
Ta2O5含有量が5質量%以下、
B2O3とSiO2との合計含有量に対するB2O3含有量の質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.4~0.900、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するB2O3およびSiO2の合計含有量の質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42~0.53、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するY2O3含有量の質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.05~0.45、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するGd2O3含有量の質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0~0.05、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するNb2O5含有量の質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.5~1、
であり、屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である酸化物ガラスであるガラス(以下、「ガラス1」という。)、
に関する。」
ウ 「【0015】
ガラス1は、上記範囲の屈折率ndおよびアッベ数νdを有するガラスであって、Gd2O3を含む各種成分(すなわちLa2O3、Y2O3、Gd2O3、Yb2O3)の合計含有量が上記範囲の中で、Gd2O3含有量を分子に、上記各種成分の合計含有量を分母とする上記質量比を満たす。したがって、ガラス組成においてGdが占める割合が低減されている。更に、Ta2O5含有量およびYb2O3含有量がそれぞれ上記の通りであって、ガラス組成においてTaおよびYbが占める割合も低減されている。上記ガラスは、このようにGd、TaおよびYbが占める割合を低減した組成の中で、上述の含有量、合計含有量および質量比を満たす組成調整が行われていることにより、高い熱的安定性(失透しにくい性質)を実現することができる。更には、短波長側の光吸収端の長波長化の抑制、高ガラス転移温度(Tg)化(ガラス転移温度の高温化)も可能となる。」
エ 「【0021】
[ガラス]
本発明の一態様にかかるガラス1およびガラス2は、上記ガラス組成を有し、屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である酸化物ガラスである。以下、ガラス1およびガラス2の詳細について説明する。
【0022】
<ガラス1のガラス組成>
本発明では、ガラス1のガラス組成を、酸化物基準で表示する。ここで「酸化物基準のガラス組成」とは、ガラス原料が熔融時にすべて分解されてガラス中で酸化物として存在するものとして換算することにより得られるガラス組成をいうものとする。また、特記しない限り、ガラス1のガラス組成は、質量基準(質量%、質量比)で表示するものとする。
【0023】
B2O3、SiO2は、ガラスのネットワーク形成成分である。B2O3とSiO2との合計含有量(B2O3+SiO2)が15%以上であると、ガラスの熱的安定性が向上し、製造中のガラスの結晶化を抑制することができる。一方、B2O3とSiO2との合計含有量が35%以下であると、屈折率ndの低下を抑制することができるため、上記した光学特性を有するガラス、すなわち、屈折率ndが1.800~1.850の範囲にあるとともに、アッベ数νdが41.5~44の範囲にあるガラスの作製が可能となる。したがって、ガラス1におけるB2O3とSiO2との合計含有量は、15~35%の範囲とする。B2O3とSiO2との合計含有量の好ましい下限および好ましい上限は、下記表に示す通りである。
【0024】
【表1】
[図:0001399782000001.jpg]
【0025】
ガラスのネットワーク形成成分であるB2O3とSiO2の各成分の含有量の比率は、ガラスの熱的安定性、熔融性、成形性、化学的耐久性、耐候性、機械加工性等に影響を与える。B2O3は、SiO2よりも熔融性を改善する働きが優れているが、熔融時に揮発しやすい。これに対し、SiO2は、ガラスの化学的耐久性、耐候性、機械加工性を改善したり、熔融時のガラスの粘性を高める働きを有する。
一般に、B2O3とLa2O3等の希土類元素を含む高屈折率低分散ガラスでは、熔融時のガラスの粘性が低い。しかし、熔融時のガラスの粘性が低いと熱的安定性が低下する(結晶化しやすくなる)。ガラス製造時の結晶化は、アモルファス状態(非晶質状態)よりも結晶化したほうが安定であり、ガラスを構成するイオンがガラス中を移動して結晶構造をもつように配列することにより生じる。したがって、熔融時の粘性が高くなるようにB2O3とSiO2の各成分の含有量の比率を調整することにより、上記イオンを結晶構造をもつように配列しにくくして、ガラスの結晶化を更に抑制しガラスの熱的安定性を改善することができる。
鋳型に熔融ガラスを流し込んで成形する時、熔融ガラスの粘度が低いと、鋳型内に流し込んだガラスの固化した表面部が依然として熔融状態にあるガラスの内部に巻き込まれて脈理となり、ガラスの光学的な均質性が低下してしまう。成形性の優れたガラスとは、希土類元素を含む高屈折率低分散ガラスの中でも、熔融状態のガラスを鋳型に流し込む時の粘度が比較的高いガラスに相当する。
B2O3とSiO2との合計含有量に対するB2O3含有量の質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.900以下であれば、熔融時の粘性低下を抑制することができ、これによりガラスの熱的安定性を改善したり、熔融時の揮発を抑制することができる。熔融時の揮発は、ガラス組成の変動、特性の変動を大きくする原因となる。そしてその結果、光学的に均質なガラスを成形することを難しくする。したがって、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))を0.900以下として熔融時の揮発を抑制できることは、組成や特性のばらつきの少ないガラスを量産する観点から好ましい。更に、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.900以下であれば、ガラスの化学的耐久性、耐候性、機械加工性の低下を抑制することもできる。これに対し、前述の特許文献15(特開昭57-056344号公報)に記載されているガラス組成では、B2O3含有量は28~30質量%、SiO2の含有量は1~3質量%である(特許文献15の特許請求の範囲参照)。これら成分の含有量から算出される質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))は、0.903~0.968と大きい値になる。
一方、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.4以上であれば、熔融時のガラス原料の熔け残りを防ぐことができるため、熔融性を向上することができる。
以上の点から、ガラス1において、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))を0.4~0.900の範囲とする。ガラス1における質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))の好ましい下限および好ましい上限は、下記表に示す通りである。
【0026】
【表2】
[図:0001399782000002.jpg]
・・・
【0030】
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3は、アッベ数の低下を抑えつつ屈折率を高める働きを有する成分である。また、これらの成分は、ガラスの化学的耐久性、耐候性を改善し、ガラス転移温度を高める働きも有する。
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3)が45%以上であると、屈折率の低下を抑制することができるため、上記した光学特性を有するガラスの作製が可能となる。更に、ガラスの化学的耐久性や耐候性の低下を抑制することもできる。なお、ガラス転移温度が低下すると、ガラスを機械的に加工(切断、切削、研削、研磨など)するときにガラスが破損しやすくなる(機械加工性の低下)が、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が45%以上であると、ガラス転移温度の低下を抑制することができるため、機械加工性を高めることもできる。一方、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が65%以下であれば、ガラスの熱的安定性を高めることができるため、ガラスを製造するときの結晶化の抑制や、ガラスを熔融するときの原料の熔け残りを低減することもできる。したがって、ガラス1において、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量は、45~65%の範囲とする。La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0031】
【表5】
[図:0001399782000003.jpg]
【0032】
ZrO2は、屈折率を高める働きのある成分であり、適量を含有させることにより、ガラスの熱的安定性を改善する働きも有する。また、ZrO2は、ガラス転移温度を高め、機械的な加工時にガラスが破損しにくくする働きも有する。これらの効果を良好に得るために、ガラス1では、ZrO2の含有量を3%以上とする。一方、ZrO2の含有量が11%以下であれば、ガラスの熱的安定性を改善することができるため、ガラス製造時の結晶化やガラス熔融時の熔け残りの発生を抑制することができる。したがって、ガラス1におけるZrO2の含有量は、3~11%の範囲とする。ZrO2含有量の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0033】
【表6】
[図:0001399782000004.jpg]
【0034】
Ta2O5は、先に記載したように、ガラスの安定供給の観点からは、ガラス組成に占める割合を低減することが望ましい成分である。また、Ta2O5は、屈折率を高める働きを有する成分であるが、ガラスの比重を増大させ、熔融性を低下させる成分でもある。したがって、ガラス1におけるTa2O5含有量は、5%以下とする。Ta2O5の含有量の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0035】
【表7】
[図:0001399782000005.jpg]
【0036】
ガラスの熱的安定性を改善し、比重の増大を抑えつつ、上記の光学特性を実現するために、ガラス1において、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するB2O3およびSiO2の合計含有量の質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))を0.42~0.53の範囲とする。質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42以上であれば、ガラスの熱的安定性を改善することができるため、ガラスの失透を抑制することができる。また、ガラスの比重の増大を抑制することもできる。ガラスの比重が増大すると、このガラスを用いて作製される光学素子が重くなる。その結果、この光学素子を組み込んだ光学系が重くなる。例えば、オートフォーカス式のカメラに重い光学素子を組み込むとオートフォーカスを駆動する際の消費電力が増加し、早く電池が消耗してしまう。ガラスの比重の増大を抑制できることは、このガラスを用いて作製される光学素子およびこの光学素子を組み込んだ光学系の軽量化の低減の観点から好ましい。一方、質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.53以下であれば、上記の光学特性を実現することができる。また、質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.53以下であることは、ガラスの化学的耐久性の改善、高ガラス転移温度(Tg)化の観点からも好ましい。質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0037】
【表8】
[図:0001399782000006.jpg]
【0038】
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の中で、Yb2O3は、先に記載した理由から、ガラス組成において占める割合を低減することが望ましい成分である。そこでガラス1では、Yb2O3含有量を3%以下とする。Yb2O3含有量の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0039】
【表9】
[図:0001399782000007.jpg]
【0040】
Y2O3は、近赤外域の光線透過率を大幅に低下させることなく、ガラスの熱的安定性を改善する働きをする成分である。また、原子量が小さいことから、ガラスの比重の増大を抑える上で好ましい成分である。ただし、Y2O3の含有量が多くなり過ぎるとガラスの熱的安定性は著しく低下し、結晶化しやくなる。また、熔融性が低下する。熱的安定性を改善しつつ、近赤外域の光線透過率を大幅に低下させることなく、比重の増大を抑え、上記の光学特性を有するガラスを作る上から、ガラス1では、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するY2O3含有量の質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))を0.05~0.45の範囲とする。質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0041】
【表10】
[図:0001399782000008.jpg]
【0042】
Gd2O3は、先に記載した理由から、ガラス組成において占める割合を低減することが望ましい成分である。また、GdはYbと同様に重希土類元素に属し、ガラスの成分としては原子量が大きく、ガラスの比重を増大させる。この点からも、ガラス組成においてGdが占める割合を低減することが望ましい。
ガラス1において、Gd2O3の含有量は、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量と、この合計含有量に対するGd2O3含有量により定まる。ガラス1では、上記した光学特性を有する高屈折率低分散ガラスを安定供給する上から、更には高屈折率低分散ガラスとしては比重が小さいガラスを作る上から、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するGd2O3含有量の質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))を0~0.05の範囲とする。質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0043】
【表11】
[図:0001399782000009.jpg]
・・・
【0050】
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3は、屈折率を高める働きのある成分であり、適量を含有させることにより、ガラスの熱的安定性を改善する働きも有する。Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3)が3~15%の範囲であることが、上記の光学特性を実現しつつ、ガラスの熱的安定性を更に改善する上で好ましい。Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量のより好ましい下限およびより好ましい上限を、下記表に示す。
【0051】
【表16】
[図:0001399782000010.jpg]
【0052】
ZnOは、ガラスを熔融するときに、ガラスの原料の熔けを促進する働き、すなわち、熔融性を改善する働きを有する。また、屈折率やアッベ数を調整したり、ガラス転移温度を低下させる働きも有する。・・・
・・・
【0054】
ガラスの熔融性、熱的安定性、成形性、機械加工性等を改善し、上記の光学特性を実現する上から、ZnO含有量の好ましい下限および好ましい上限は、下記表に示す通りである。
・・・
【0058】
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3は、適量を含有させることにより、ガラスの熱的安定性を改善する働きをする。
これら成分のうち、TiO2の含有量が多くなると、ガラスの可視域の透過率が低下して、ガラスの着色が増大する傾向がある。
Ta2O5の作用については、前述の通りである。
WO3については、その含有量が増加すると、ガラスの可視域の透過率が低下してガラスの着色が増大する傾向があり、また比重が増大する傾向がある。
これに対し、Nb2O5は、ガラスの比重、着色、製造コストを増大させにくく、屈折率を高め、ガラスの熱的安定性を改善する働きがある。そこで、ガラス1では、Nb2O5の優れた作用、効果を活かすために、Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するNb2O5の含有量の質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を0.5~1の範囲とする。着色度λ5を低下させ、紫外線照射による紫外線硬化型接着剤の硬化を促進させる上からは、質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を大きくすることが好ましい。質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))のより好ましい下限およびより好ましい上限を、下記表に示す。
【0059】
【表20】
[図:0001399782000011.jpg]
・・・
【0062】
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するZnO含有量の質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))は、熔融性の向上の観点から、0.1以上とすることが好ましい。なお熔融性の低いガラスについて、ガラス原料の熔け残りがないようにするためにガラスの熔融温度を高めたり、熔融時間を長くすると、ガラスの着色が増大する傾向がある。これは、例えば白金等の貴金属製の熔融坩堝内でガラスを熔融する時に、熔融温度を高くしたり、熔融時間を長くすると、坩堝を構成する貴金属が熔融ガラスに溶け込んで、貴金属イオンによる光吸収が生じ、ガラスの着色、特にλ5の値が増大するためと推察される。一方、他のガラス成分の含有量を調整することより熔融性を改善しようとすると、熱的安定性が低下したり、上記の光学特性を有する均質なガラスを得ることが難しくなる場合がある。したがって、ガラスの熔融性を向上するために、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を0.1以上とすることは、ガラスの着色抑制の上でも好ましい。また、ガラスの熱的安定性の更なる改善、ガラス転移温度の低下抑制(これによる機械加工性の改善)、化学的耐久性の改善の観点からは、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を3以下とすることが好ましい。質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))のより好ましい下限およびより好ましい上限を、下記表に示す。
【0063】
【表22】
[図:0001399782000012.jpg]
・・・
【0075】
Rb2O、Cs2Oは高価な成分であり、Li2O、Na2O、K2Oと比較して、汎用的なガラスには適していない成分である。したがって、ガラスの熱的安定性、化学的耐久性、耐候性、機械加工性を維持しつつ、ガラスの熔融性を改善する上から、Li2O、Na2OおよびK2Oの合計含有量(Li2O+Na2O+K2O)の下限および上限は、それぞれ下記表に示す通りとすることが好ましい。
【0076】
【表31】
[図:0001399782000013.jpg]
・・・
【0102】
なお上記の各表において(より)好ましい下限または0%が記載されている成分は、含有量が0%であることも好ましい。複数成分の合計含有量についても同様である。」
オ 「【0190】
<ガラス特性>
次に、ガラス1およびガラス2に共通するガラス特性について説明する。以下に記載するガラスは、ガラス1およびガラス2を指すものとする。
【0191】
(ガラスの光学特性)
上記ガラスは、屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である。
【0192】
屈折率が1.800以上であるガラスは、屈折力の大きなレンズなどの光学素子の材料として好適である。他方、屈折率が1.850よりも高くなると、アッベ数が減少したり、ガラスの熱的安定性が低下する傾向があり、また着色が増大する傾向がある。屈折率の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0193】
【表93】
[図:0001399782000014.jpg]
【0194】
アッベ数が41.5以上のガラスは、光学素子の材料として色収差の補正に有効である。他方、アッベ数が44より大きくなると、屈折率が減少したり、ガラスの熱的安定性が低下する傾向がある。アッベ数の好ましい下限および好ましい上限を、下記表に示す。
【0195】
【表94】
[図:0001399782000015.jpg]
・・・
【0198】
(ガラス転移温度)
上記ガラスは、機械加工性改善の観点から、ガラス転移温度が640℃以上であることが好ましい。ガラス転移温度を640℃以上にすることにより、切断、切削、研削、研磨などガラスを機械的に加工する時に、ガラスを破損しにくくすることができる。
一方、ガラス転移温度を高くし過ぎると、ガラスを高温でアニールしなければならなくなり、アニール炉が著しく消耗する。また、ガラスを成形するときに、高い温度で成形を行わなければならず、成形に使用する型の消耗が著しくなる。
機械加工性の改善、アニール炉や成形型への負担軽減から、ガラス転移温度のより好ましい下限および好ましい上限は、下記表に示す通りである。
【0199】
【表96】
[図:0001399782000016.jpg]
・・・
【0206】
(液相温度)
ガラスの熱的安定性の指標の一つに液相温度がある。ガラス製造時の結晶化、失透を抑制する上から、液相温度LTが1300℃以下であることが好ましく、1250℃以下であることがより好ましく、1200℃以下であることが一層好ましく、1150℃以下であることがより一層好ましい。液相温度LTの下限は、一例として1100℃以上であるが、低いことが好ましく特に限定されるものではない。
【0207】
以上説明した本発明の一態様にかかるガラス(ガラス1およびガラス2)は、高屈折率低分散ガラスであって、光学素子用のガラス材料として有用である。更に、先に記載した組成調整により、ガラスの均質化および着色低減も可能である。加えて、上記ガラスは、成形しやすく、機械的にも加工しやすい。したがって上記ガラスは、光学ガラスとして好適である。」
カ 「【実施例】
【0222】
以下、本発明を実施例に基づき更に説明する。但し本発明は、実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0223】
(実施例1)
下記の表に示す組成を有するガラスが得られるように、原料として酸化物、ホウ酸などの化合物を秤量し、充分、混合してバッチ原料を作製した。
このバッチ原料を白金坩堝中に入れ、1350~1450℃の温度に坩堝ごと加熱し、2~3時間かけてガラスを熔融、清澄した。熔融ガラスを攪拌して均質化した後、予熱した成形型に熔融ガラスを鋳込み、ガラス転移温度付近まで放冷してから直ちに、成形型ごとガラスをアニール炉内に入れた。それから、ガラス転移温度付近で約1時間アニールした。アニールした後、アニール炉内で室温まで放冷した。
このようにして作製したガラスを観察したところ、結晶の析出、泡、脈理、原料の熔け残りは認められなかった。このようにして、均質性の高いガラスを作ることができた。
表100(表100-1~100-7)中のNo.1~33は、ガラス1、表101(表101-1~101-6)中のNo.1~33は、ガラス2である。
【0224】
得られたガラスのガラス特性を、以下に示す方法で測定した。測定結果を下記の表に示す。
(1)屈折率nd、nF、nC、ng、アッベ数νd
降温速度-30℃/時間で降温して得たガラスについて、日本光学硝子工業会規格の屈折率測定法により、屈折率nd、nF、nC、ngを測定した。屈折率nd、nF、nCの各測定値を用いて、アッベ数νdを算出した。
(2)ガラス転移温度Tg
示差走査熱量分析装置(DSC)を用いて、昇温速度を10℃/分にして測定した。
(3)比重
アルキメデス法により測定した。
(4)着色度λ5、λ70、λ80
互いに対向する2つの光学研磨された平面を有する厚さ10±0.1mmのガラス試料を用い、分光光度計により、研磨された面に対して垂直方向から強度Iinの光を入射し、ガラス試料を透過した光の強度Ioutを測定し、分光透過率Iout/Iinを算出し、分光透過率が5%になる波長をλ5、分光透過率が70%になる波長をλ70、分光透過率が80%になる波長をλ80とした。
(5)部分分散比Pg,F
上記(1)で測定したnF、nC、ngの値から算出した。
(6)液相温度
ガラスを所定温度に加熱された炉内に入れて2時間保持し、冷却後、ガラス内部を100倍の光学顕微鏡で観察し、結晶の有無から液相温度を決定した。
【0225】
【表100-1】
[図:0001399782000017.jpg]
【0226】
【表100-2】
[図:0001399782000018.jpg]
【0227】
【表100-3】
[図:0001399782000019.jpg]
【0228】
【表100-4】
[図:0001399782000020.jpg]
【0229】
【表100-5】
[図:0001399782000021.jpg]
【0230】
【表100-6】
[図:0001399782000022.jpg]
【0231】
【表100-7】
[図:0001399782000023.jpg]
」
4 無効理由(サポート要件違反)についての当審の判断
(1)サポート要件の一般的な判断基準への当てはめについて
ア 請求人がサポート要件の一般的基準であるとする判断基準、すなわち、知財高裁特別部判決平成17年(行ケ)第10042号において説示された判断基準は、次のとおりである。
特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に係る規定(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ また、前記の判断基準に当てはめた請求人の主張は、次のように解することができる。
すなわち、前記の判断基準は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、(i)発明の詳細な説明に記載された発明であるか否かを検討し、その上で、(ii)発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して、判断すべきであるとしているところ、本件を前記判断基準に当てはめた場合、前記(i)の検討において既に、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえないので、前記(ii)の検討をするまでもなく、本件特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しない、というものと解される。
そして、請求人が当該(i)の要件を充足しないとする論拠は、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許請求の範囲に記載された発明に該当する具体例(実施例)が何ら示されていないという点に尽き、それ以外の根拠は見当たらない。
ウ そこで当該請求人の主張について検討するに、前記の一般的な判断基準の(i)についての検討は、単に発明の詳細な説明に、特許請求の範囲に記載された発明に該当する具体例(実施例)が存在するか否かのみによって行うべきではなく、実施例以外の発明の詳細な説明や、本件特許の出願時の技術常識などにも照らして行うべきことは明らかである。
これに対して、請求人は、当該(i)についての検討に当たって、実施例以外の発明の詳細な説明の記載などを何ら考慮していないのであるから、当該検討は、前記サポート要件の一般的な判断基準に適切に当てはめたものとはいえず、この時点で適正さを欠くものといわざるを得ない。
そうである以上、請求人が当該(i)の要件を充足しないとする前記論拠に基づいて主張された請求人の無効理由を採用して、本件特許を無効にすることはできない。
エ そして、実際に、発明の詳細な説明の記載などを考慮の上、上記(i)の要件について検討した場合、本件が当該要件を充足することは、後記(4)エ(エ)のとおりであるから、この点からみても請求人が主張する当該無効理由には理由がない。
(2)光学ガラス判決が説示する判断基準への当てはめについて
次に、甲7に係る光学ガラス判決が説示するサポート要件の判断基準に当てはめた場合の請求人の主張について検討をする。
ア 光学ガラス判決に係る事案の特許請求の範囲の記載は,光学ガラスを組成要件及び物性要件によって特定するものであり、そのうち、物性要件は、その発明の課題をそのまま定量的に表現するものであって、組成要件で特定される光学ガラスを、当該課題を解決できるものに限定するための要件ということができるような構成である。そして、当該判決は、その記載がサポート要件に適合するものといえるためには、組成要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え、組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって当該物性要件を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである、と説示したものである。
イ(ア)請求人は、前記光学ガラス判決における「光学ガラスの製造に当たって、基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を、物性の変化を調整しながら、他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは、当業者が通常行うことということができるから、光学ガラス分野の当業者であれば、本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして、特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても、これに応じて他の成分を適宜増減させることにより、当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して、もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できるものといえる。」という説示箇所を捉えて、当該判決が説示するサポート要件の判断基準と理解しているところがあるが、当該説示箇所は、前記アの判断基準における「組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって当該物性要件を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時の技術常識から当業者が認識できること」に関し、光学ガラスの分野における出願時の技術常識とは具体的にどのようなものであり、当該技術常識に基づいて物性要件を満たし得ると当業者が認識できる範囲とはどのような範囲であるのかを説示した箇所であって、サポート要件の判断基準そのものについて説示した箇所ではない。
(イ)また、この光学ガラス判決に係る事案は、前記アのとおり、特許請求の範囲の記載が、物性要件として発明の課題をそのまま定量的に表現した特異な構造であるところ、当該判決は、そのような構造の事案に前記(1)の一般的な判断基準をどのように当てはめて検討すべきかを教示したものであるが、当該物性要件とされているのは、あくまで発明の課題に関係する物性につき、これをそのまま定量的に表現した部分を指すのであって、当該課題に関係しない物性を含めたすべての物性に関する部分ではないと解するのが合理的である。
しかるに、請求人は、当該判決の判断基準に本件を当てはめるに当たって、本件発明の課題に係る物性のみならず、本件特許請求の範囲に記載されたすべての物性に関する部分を物性要件と捉えており、妥当ではない。
すなわち、請求人は、審判請求書第8頁の「(4-2-3)」の項において、本件発明が解決しようとする課題(以下、「本件発明の課題」という。)について、本件特許明細書の【0004】、【0006】~【0008】、【0015】の記載(前記3(2)ア及びウ参照)からみて、「屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44の範囲であるガラスは、色収差の補正、光学系の高機能化、コンパクト化のために有用な光学素子用の材料であるため、かかる物性を有する高屈折率低分散ガラスについて、Gd、Taの含有量を減らすことで安定供給可能であり、ガラス組成においてYbが占める割合が低く、熱的安定性に優れているものを、ガラスの組成を調整することで実現することである」としており、それ自体は妥当であると認められるのであるから、当該課題に係る物性としては、屈折率nd、アッベ数νd及び熱的安定性と理解するのが相当である。そして、本件特許明細書の【0206】の記載(前記3(2)オ参照)によれば、当該熱的安定性を定量的に表現したのが液相温度の数値範囲であることが分かるから、前記課題に係るこれらの物性を定量的に表現した、本件特許請求の範囲記載の物性要件としては、屈折率nd、アッベ数νd及び液相温度の数値範囲であるというべきである。これに対し、本件特許請求の範囲に記載されたガラス転移温度の数値範囲は、本件特許明細書の【0012】、【0198】の記載(前記3(2)ア及びオ参照)からみて、機械加工性を定量的に表現したものと解されるのであるから、前記課題に係る物性に関係する物性要件と解すべきではないのに、請求人は、これを物性要件と捉えて標記の当てはめを行っているのである。
なお、請求人は、令和3年10月19日提出の上申書において、本件特許明細書の【0010】、【0012】の記載(前記3(2)ア参照)からみて、ガラス転移温度の制御は、本件発明の解決すべき課題の一つである旨主張するが、本件発明の課題は、上述のとおり請求人が審判請求書において自認したとおりのものとおおよそ認定することができ、これを主たる課題と捉えるべきであって、ガラス転移温度の制御は、副次的な課題と捉えるのが合理的であるから、前記の判決における判断基準への当てはめに際しては、考慮すべき物性要件の対象とする必要はないというべきである。また、同上申書において請求人が説明するとおり、本件特許請求の範囲に記載されたガラス転移温度に関する事項は、別件異議事項において進歩性欠如を回避するために追加された事項にすぎないから、これを本件発明の主たる課題と捉えて検討することは適切ではない。
ウ そうすると、前記イ(ア)の点は措くとしても、前記イ(イ)のとおりの物性要件についての請求人の理解を前提とした、当該判決の判断基準への当てはめは、その前提において既に適正さを欠くので、請求人の上記主張を採用して、本件特許を無効にすることもできない。
(3)小括
以上のとおり、いずれの判断基準への当てはめにおいても、請求人の論拠を採用してサポート要件に適合しないと結論づけることはできないから、請求人が主張する前記無効理由は、理由がない。
(4)光学ガラス判決が説示する判断基準への当てはめについての当審の予備的判断
ここでは、念のため、光学ガラス判決が説示する判断基準に本件を当てはめて、本件特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かを検討したが、以下に示すとおり、サポート要件に適合するものということができる。
ア サポート要件の判断基準
前記(2)アのとおり、組成要件及び物性要件で特定された光学ガラスの発明においては、組成要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え、組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって当該物性要件を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである
イ 本件発明の課題
本件発明の課題は、前記(2)イ(イ)で検討したとおり、「屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44の範囲であるガラスは、色収差の補正、光学系の高機能化、コンパクト化のために有用な光学素子用の材料であるため、かかる物性を有する高屈折率低分散ガラスについて、Gd、Taの含有量を減らすことで安定供給可能であり、ガラス組成においてYbが占める割合が低く、熱的安定性に優れているものを、ガラスの組成を調整することで実現すること」であって、「屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44の範囲であって、ガラス組成においてGd、TaおよびYbの占める割合が低減されているとともに、熱的安定性に優れるガラスを提供する」(前記3(2)アの【0009】)ことであるといえる。
ウ 特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲の記載は、前記3(1)のとおりであるところ、本件発明1は、(光学)ガラスに関するものであって、その組成要件は、
「質量%表示にて、
B2O3とSiO2との合計含有量が21~32質量%、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が50~63質量%、但し、Yb2O3含有量が1.0質量%以下であり、
ZrO2含有量が4~10質量%、
Ta2O5含有量が2質量%以下、
Li2O、Na2OおよびK2Oの合計含有量が0~2.0質量%、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量が4~11質量%、
B2O3とSiO2との合計含有量に対するB2O3含有量の質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.6~0.828、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するB2O3およびSiO2の合計含有量の質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42~0.53、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するY2O3含有量の質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.10~0.30、
La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するGd2O3含有量の質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0~0.05、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するNb2O5含有量の質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.95~1、
Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するZnO含有量の質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.20~0.500、
であり、」
「酸化物ガラスである」
「(但し、B2O3含有量が22.380質量%であり、La2O3含有量が45.680質量%であり、Y2O3含有量が8.780質量%であり、ZnO含有量が4.250質量%であり、SiO2含有量が4.680質量%であり、Nb2O5含有量が7.880質量%であり、かつZrO2含有量が6.350質量%であるガラスを除く)」
というガラス組成に関する事項(以下、「本件組成要件」という。)であるということができる。
他方、本件発明1の物性要件のうち、前記課題に係るものは、
「液相温度が1140℃以下であり、ガラス転移温度が672℃以上であり、屈折率ndが1.825~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である」
というガラス特性のうち、ガラス転移温度に関する事項を除く、
「液相温度が1140℃以下であり、屈折率ndが1.825~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である」
というガラス特性に関する事項(以下、「本件物性要件」という。)であるということができる。
エ 「本件組成要件」で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることについて
(ア)発明の詳細な説明には、前記3(2)イのとおり、「質量%表示にて、B2O3とSiO2との合計含有量が15~35質量%、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量が45~65質量%、但し、Yb2O3含有量が3質量%以下であり、ZrO2含有量が3~11質量%、Ta2O5含有量が5質量%以下、B2O3とSiO2との合計含有量に対するB2O3含有量の質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.4~0.900、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するB2O3およびSiO2の合計含有量の質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42~0.53、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するY2O3含有量の質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.05~0.45、La2O3、Y2O3、Gd2O3およびYb2O3の合計含有量に対するGd2O3含有量の質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0~0.05、Nb2O5、TiO2、Ta2O5およびWO3の合計含有量に対するNb2O5含有量の質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.5~1」とのガラス組成を有する、「酸化物ガラス」である「ガラス1」が記載されている(【0013】)。
(イ)そして、発明の詳細な説明には、前記「ガラス1」のガラス組成について、その好ましい範囲として、前記3(2)エのとおり、合計含有量(B2O3+SiO2)が21~32質量%(【0024】【表1】)、合計含有量(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3)が50~63質量%(【0031】【表5】)、Yb2O3含有量が1.0質量%以下(【0039】【表9】)、ZrO2含有量が4~10質量%(【0033】【表6】)、Ta2O5含有量が2質量%以下(【0035】【表7】)、合計含有量(Li2O+Na2O+K2Oの)が0~2.0質量%(【0076】【表31】)、合計含有量(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3)が4~11質量%(【0051】【表16】)、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.60~0.85(【0026】【表2】)、質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.42~0.53(【0036】)、質量比(Y2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0.10~0.30(【0041】【表10】)、質量比(Gd2O3/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))が0~0.05(【0042】)、質量比(Nb2O5/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.95~1.00(【0059】【表20】)、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.20~0.6(【0063】【表22】)であることが記載され、さらに、前記「ガラス1」の具体例として、前記3(2)カに摘記した実施例1のガラス組成のガラスが記載され、質量比(B2O3/(B2O3+SiO2))が0.792~0.828の範囲(【0230】【表100-6】)であるガラス組成のガラスや、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))が0.247~0.500の範囲(【0229】【表100-5】)であるガラス組成のガラスも記載されている。
(ウ)したがって、前記(ア)及び(イ)の記載を併せ考えると、発明の詳細な説明には、前記「ガラス1」の1つの態様として、「本件組成要件」で特定されるガラスが記載されているといえる。
(エ)なお、前記「ガラス1」は、「屈折率ndが1.800~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44」とのガラス特性を有するものであり(【0013】)、また、発明の詳細な説明には、前記「ガラス1」のガラス特性について、その好ましい範囲として、前記3(2)オのとおり、屈折率ndが1.825~1.850(【0191】、【0193】【表93】)、アッベ数νdが41.5~44(【0194】)、液相温度が1150℃以下(【0206】)、ガラス転移温度が665℃以上(【0199】【表96】)であることが記載され、さらに、前記「ガラス1」の具体例である、実施例1のガラスとして、前記3(2)カのとおり、液相温度が1130~1140℃の範囲であるガラス特性を有するガラス(【0231】【表100-7】)や、ガラス転移温度が672~679℃の範囲であるガラス特性を有するガラス(【0231】【表100-7】)も記載されていることを併せ考えると、発明の詳細な説明には、前記「ガラス1」の1つの態様として、「本件組成要件」に加えて、本件発明1の物性要件(「本件物性要件」及びガラス転移温度に関する事項)を満たすガラスが記載されていることを当業者が認識できるものといえる。
オ 「本件組成要件」で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって「本件物性要件」を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時の技術常識から当業者が認識できることについて
(ア)発明の詳細な説明には、前記3(2)ウ及びエによれば、本件発明の課題解決手段として、本件発明1の「本件組成要件」を満たすべき理由が説明されており、「ガラス1は、上記範囲の屈折率ndおよびアッベ数νdを有するガラスであって、・・・このようにGd、TaおよびYbが占める割合を低減した組成の中で、上述の含有量、合計含有量および質量比を満たす組成調整が行われていることにより、高い熱的安定性(失透しにくい性質)を実現することができる」こと(【0015】)が記載され、特に、屈折率、アッベ数及び熱的安定性に対する組成調整に関して、B2O3成分及びSiO2成分は、熱的安定性の向上に寄与し、多すぎると屈折率を低下させる成分であるため、合計含有量(B2O3+SiO2)を21~35%(【0023】、【0024】【表1】)とし、La2O3成分、Y2O3成分、Gd2O3成分及びYb2O3成分は、アッベ数の低下を抑えつつ屈折率を高め、ガラス転移温度を高め、多すぎると熱的安定性を低下させる成分であるため、その合計含有量(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3)を50~63%(【0030】、【0031】【表5】)とし、熱的安定性を改善し、所望の光学特性を実現させ、高ガラス転移温度化の観点から、質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))を0.42~0.53とすること(【0036】)、ZrO2成分は、屈折率を高め、ガラス転移温度を高める成分であって、適量で含有することで熱的安定性を改善させるため、その含有量を4~10%とすることが好ましいこと(【0032】、【0033】【表6】)、Nb2O5成分、TiO2成分、Ta2O5成分及びWO3成分は、屈折率を高める成分であり、適量で含有することで熱的安定性を改善できるため、その合計含有量(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3)を4~11%(【0050】、【0051】【表16】)とし、ZnO成分は、屈折率やアッベ数を調整し、熱的安定性を改善し、ガラス転移温度を低下させる成分(【0052】、【0054】)であり、熱的安定性を改善させ、高ガラス転移温度化とするために、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を0.20~0.6とすること(【0062】、【0063】【表22】)が記載されていることからして、「本件組成要件」において、これら成分含有量、合計含有量及び質量比の特定が、本件発明の課題の解決にとって重要な構成となっていることが理解できる。
(イ)そして、発明の詳細な説明には、前記3(2)カのとおり、「本件組成要件」を満たしつつ、「本件物性要件」を満足するガラスが、実施例1のNo.1、5、7、16、21~24、27、28、30~32のガラス(以下、「参考例のガラス」という。)として具体的に記載されており、この「参考例のガラス」は、当業者において本件発明の課題を解決できると認識できるものである。
(ウ)a 他方、前記「参考例のガラス」は、「本件組成要件」の成分含有量及び質量比の各数値範囲を網羅するものでないため、発明の詳細な説明の記載に基づき、「本件組成要件」で特定されるガラスが高い蓋然性をもって「本件物性要件」を満たしていると認識できるかについて、さらに検討する。
b まず、光学ガラスの分野における技術常識に目を向けると、光学ガラスの製造に関して、ガラスの物性が多くの成分の総合的な作用により決定されるものであるため、ターゲットとされる物性を有する光学ガラスを製造するにあたり、既知の光学ガラスの配合組成を基本にして、その成分の一部を、当該物性に寄与することが知られている成分に置き換える作業を行い、ターゲットでない他の物性に支障がでないように複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで当該配合組成を見出すのが通常行われる手順であり、このことは、本件特許出願の優先日当時において、光学ガラスの技術分野の技術常識であったものと認められる。そして、このような技術常識からすれば、光学ガラス分野の当業者であれば、発明の詳細な説明の実施例に示された組成物を基本にして、特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても、これに応じて他の成分を適宜増減させることにより、当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して、もとの組成物と類似のガラス特性を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解することができる。
c また、前記(ア)のとおり、当業者は、発明の詳細な説明の記載から、「本件物性要件」を満たすガラスを得るためには、合計含有量(B2O3+SiO2)、合計含有量(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3)、質量比((B2O3+SiO2)/(La2O3+Y2O3+Gd2O3+Yb2O3))、ZrO2含有量、合計含有量(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3)、及び、質量比(ZnO/(Nb2O5+TiO2+Ta2O5+WO3))を一定範囲とすることが特に重要であることを理解するのであるから、これらの条件を維持しながら、発明の詳細な説明の前記「参考例のガラス」を基本にして、光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上述のような成分調整を行うことにより、高い蓋然性をもって「本件物性要件」を満たすガラスが得られることも理解するというべきである。
d ここで、請求人は、発明の詳細な説明に記載された具体例からは「本件組成要件」及び「本件物性要件」、さらにはガラス転移温度の要件(この要件が必ずしも必要でないことは上述のとおり)を満たすガラスを得ることができない旨を主張しているので、この点について検討すると、前記(ア)に記載したとおり、B2O3成分及びSiO2成分は、熱的安定性の向上に寄与し、多すぎると屈折率を低下させる成分であり、Nb2O5成分は、屈折率を高め、適量含有することで熱的安定性を改善できる成分であり、ZnO成分は、屈折率やアッベ数を調整し、熱的安定性を改善し、ガラス転移温度を低下させる成分であることをふまえて、前記「参考例のガラス」のうち、例えば、No.5、16又は24のガラスを基本にして、このガラス組成を、「本件組成要件」の範囲内において、ZnO成分の含有量を減らして、Nb2O5成分、B2O3成分又はSiO2成分の含有量を増すことで、熱的安定性の指標である液相温度、屈折率及びアッベ数を「本件物性要件」の範囲内としつつ、ガラス転移温度をも含めた、本件発明1の物性要件の範囲内まで高めることが可能であることを当業者であれば理解できる。そして、このことは、乙1の実験成績証明書によっても裏付けられている。
(エ)以上のとおり、「本件組成要件」に規定された数値範囲の全体にわたって、「本件物性要件」を満たすガラスを得ることを当業者が認識できるから、「本件組成要件」で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって「本件物性要件」を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時(優先日当時)の技術常識から当業者が認識できるといえる。
カ 請求人の主張について
請求人は、概略、以下のような主張もしているので、ここで検討をする。
すなわち、光学ガラス判決における光学ガラスのサポート要件の充足性は、物性要件及び組成要件の双方を満たす既知のガラスを基本にして判断しているところ、本件特許明細書の実施例1のNo.5、16、24のガラスは、本件発明1の物性要件を満たさないため、判断の基本となる既知のガラスといえないから、No.5、16、24のガラスを基本として、サポート要件の充足性を判断できないし、また、No.5、16、24のガラスを基本にできたとしても、本件特許明細書には、当該ガラスを基本にして、ZnO成分、Nb2O5成分、B2O3成分及びSiO2成分の含有量を変えることで、本件発明1の物性要件を満たすガラスを製造できることについて記載も示唆もされていないから、本件発明1の組成要件及び物性要件を満たすガラスを実現できる蓋然性が高いとはいえない(口頭審理陳述要領書第12頁「6-2-2-2」の項~第17頁「6-2-2-6」の項参照)。
加えて、本件特許明細書において、本件発明1の物性要件を唯一満足する実施例1のNo.12のガラスが、本件発明1の組成要件を満たさないから、本件発明はサポート要件を満足しない(上申書第3頁「6-2」の項参照)。
そこで、検討するに、光学ガラス判決がいう「既知の光学ガラス」とは、発明の課題解決にとって重要な構成として選択した物性要件を満たす光学ガラスと解されるところ、本件発明の課題は、前記イで示したとおりであるから、当該課題を解決できる「参考例のガラス」である実施例1のNo.5、16、24のガラスを、当該「既知の光学ガラス」として取り扱うことに差し障りはない。
また、本件特許明細書には、前記オ(ア)で検討したとおり、屈折率、アッベ数及び熱的安定性に対する組成調整に関して、特に重要な成分含有量及び質量比が記載されているから、実施例1のNo.5、16、24のガラスを基本として、本件発明1の組成要件及び物性要件を満たすガラスに到達することが可能であることは、前記オ(ウ)dで検討したとおりである。
加えて、本件発明1の組成要件を満足しないNo.12のガラスがあるからといって、そのことがサポート要件に適合しない理由とはならない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。
キ 小括
以上のとおり、光学ガラス判決が説示する判断基準に当てはめて検討してみると、本件特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するものということができる。
(5)無効理由についての当審の判断のまとめ
以上の検討のとおり、請求人がサポート要件に適合しないとする論拠は、前記2つの判断基準のそれぞれに本件を適切に当てはめたものではなく、適正さに欠くものであるし、光学ガラス判決の判断基準に実際に当てはめてみると、本件特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するものということができるから、請求人が主張する無効理由に理由はない。
5 むすび
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1~3、6、7、9、10、12~14に係る発明についての特許は、請求人の主張する無効理由によっては無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人の負担とすべきものとする。
よって、結論のとおり審決をする。
審決本文(J-PlatPat)
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2020-800117