特許訂正審判
2025-390060
- 審判番号
- 2025-390060
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 訂正審判(訂正の審決)
- 出願番号
- 特願2014-500177
- 登録番号
- 5572777
- 請求日
- 2025年04月28日
- 審決日
- 2026年02月16日
- 公報発行日
- 2026年05月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】佐伯 正典
- 【請求人代理人】米山 毅
- 【請求人代理人】服部 智
- 【請求人代理人】大槻 真紀子
- 【請求人代理人】三縄 隆
- 【請求人代理人】青木 悠夏
- 審判長/審判官
- 審判長 冨永 みどり
- 審判官 山村 祥子
- 審判官 小堀 麻子
- 分類
- P141 .856-YC (A61K) / P141 .121-YC (A61K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第126条第1項、特許法第126条第7項、特許法第29条第2項、特許法第126条第5項、特許法第126条、特許法第126条第3項、特許法第126条第6項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特許第5572777号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
令和7年4月28日付け本件訂正審判請求において、特許第5572777号の特許請求の範囲を本件審判請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項6について訂正することを認める。
請求項3~5に係る訂正についての審判請求は成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本件特許第5572777号(以下「本件特許」という。)の請求項1~6に係る特許についての出願は、平成25年2月22日(優先権主張 2012年2月24日 (JP)日本国)を国際出願日とする出願であって、平成26年7月4日に特許権の設定登録がなされ、その後、令和7年4月28日に本件の訂正審判が請求され、同年8月4日に請求人から上申書が提出され、同年9月10日付けで訂正拒絶理由を通知したところ、同年10月20日付けで意見書が提出され、同年10月22日付けで上申書が提出されたものである。
第2 請求の趣旨及び訂正の内容
1 請求の趣旨
本件請求の趣旨は、特許第5572777号の特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項3、4、5、6について訂正することを認める、との審決を求めるものである。
2 訂正の内容
本件審判の請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項3に「前記中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞である、請求項1又は2に記載の細胞製剤。」とあるのを、「前記中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞であり、コラゲナーゼによる処理を経ていない、請求項1又は2に記載の細胞製剤。」と訂正する(請求項3の記載を引用する請求項4、5も同様に訂正する)。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6に「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含む、請求項1に記載の細胞製剤:」とあるのを、「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含み、コラゲナーゼによる処理を経ていない、請求項1に記載の細胞製剤:」と訂正する。
第3 訂正拒絶理由の概要
当審が令和7年9月10日付けで通知した訂正拒絶理由の概要は、次のとおりである。
訂正事項1及び2は、特許法第126条第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
しかし、本件訂正後の請求項3及び6に係る発明は、乙第17号証(以下「乙17」という。)に記載された発明、乙17に記載された事項及び技術常識(乙第18’号証 (以下「乙18’」という。))に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、独立特許要件を満たさない。
したがって、訂正事項1及び2は特許法第126条第7項の規定に適合しないから、本件訂正は認められない。
乙17:国際公開第2010/020005号(令和7年8月4日提出の上申書に添付された被告準備書面(2)で示された乙17)
乙18’:覚道 奈津子他, ヒト脂肪組織由来幹細胞の分離と脂肪・骨・軟骨への分化-幹細胞の供給源としての脂肪組織-, 関西医科大学雑誌, 2008, Vol.59, No.2-4, p.169-176(169~171頁及び奥付が提出されている同乙18の文書の全体)
第4 当審の判断
1 一群の請求項について
訂正前の請求項4、5は、請求項3を引用しているのであって、訂正事項1により記載が訂正される請求項3に連動して訂正されるものであるから、請求項3~5は特許法第126条第3項に規定する一群の請求項である。
2 訂正の目的について
(1)訂正事項1について
訂正前の請求項3は、請求項1を引用する請求項2を引用する形式で記載されているので、引用形式での記載によらない記載に書き下すと、次のとおりとなる。
「脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤であって、
前記細胞製剤が、更に、中胚葉系幹細胞を含み、
前記中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞である、細胞製剤。」
訂正事項1に係る訂正は、コラゲナーゼによる処理について特定されていなかった「細胞製剤」を、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ものに限定するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2)訂正事項2について
訂正前の請求項6は、請求項1を引用する形式で記載されているので、引用形式での記載によらない記載に書き下すと、次のとおりとなる。
「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含み、脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤:
(1)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2)前記工程(1)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離し、脂肪細胞の細胞画分と、脂肪幹細胞の細胞画分とをそれぞれ得る工程、
(3)前記工程(2)で得られた脂肪幹細胞の細胞画分と、前記工程(1)で得られた細胞画分とを混合し、これらが混合された細胞画分を得る工程、
(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程。」
訂正事項2に係る訂正は、コラゲナーゼによる処理について特定されていなかった「細胞製剤」を、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ものに限定するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
3 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについて
(1)訂正事項1について
ア 本件特許の願書に添付した明細書、請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)には、次の記載がある。なお、下線は当審が付したものであり、「・・・」は摘記の省略を示す。
(ア)記載事項1(【0040】~【0051】)
「【0040】
2.細胞製剤の調製方法
本発明においては、脂肪細胞を採取し、必要に応じて分離、濃縮を行い、本発明の細胞製剤として調製することができる。また、脂肪細胞と中胚葉系幹細胞を含む細胞製剤を調製する場合には、これらの細胞の混合物として採取したものを使用してもよく、それぞれの細胞を個別に採取し、その後、両者を混合して本発明の細胞製剤としてもよい。例えば、中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞である場合には、脂肪細胞と同じ組織から同時に調製でき簡便であるため、脂肪組織から脂肪細胞と脂肪幹細胞の混合物を得て、本発明の細胞製剤とすることが好ましい。また、より簡便には、これらの細胞を含む脂肪組織を使用してもよい。
【0041】
脂肪組織から本発明の細胞製剤を調製する場合、好ましい方法として、下記方法(a)~(c)が例示される。但し、脂肪以外の組織から本発明の細胞製剤を調製することを制限するものではなく、脂肪組織以外の組織(例えば、血液、骨髄液、筋等)から本発明の細胞製剤を調製する場合であっても下記方法に準じて、細胞の種類や性質を考慮し、適宜条件を設定して本発明の細胞製剤を調製することができる。以下、方法(a)~(c)についてそれぞれ詳述する。
・・・
【0048】
方法(b)
本発明の細胞製剤を調製する方法(b)は、下記工程を含むことを特徴とする。
(1b)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程;及び
(2b)前記工程(1b)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離する工程。
【0049】
ここで、工程(1b)は上記方法(1a)に記載の通りである。工程(2b)において、脂肪細胞を含む細胞製剤を調製する場合には、工程(1b)において得られた細胞画分の全てを工程(2b)の処理に供して、分離される脂肪細胞のみを使用することができる。また、脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤を調製する場合には、工程(1b)において得られた細胞画分の少なくとも一部、好ましくは半量から脂肪幹細胞を分離し、更にこれを工程(1b)で得られた細胞画分に添加することによって、脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤とすることができる。
【0050】
ここで、脂肪幹細胞を分離する方法としては、例えば、特許文献1に記載の方法が挙げられる。より具体的には、細胞間の結合を分解することにより脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離しやすくするために、細胞画分にタンパク質分解酵素を添加する。タンパク質分解酵素としては、コラゲナーゼ、トリプシン、リパーゼ等が例示され、これらから選択される1種を単独で使用してもよく、2種以上を組合せて使用することもできる。
【0051】
酵素処理された細胞画分から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法から適宜選択され得るが、例えば、遠心分離、濾過等が挙げられる。・・・」
(イ)記載事項2(【0075】、【0076】)
「【0075】
細胞製剤の調製
細胞製剤の調製には、LIPOMAX-SC(Medikan Corp.製,韓国 ソウル)キットを使用した。本細胞製剤の調製工程においては、細胞を全く外気に触れさせることなく行うことが可能であった。具体的な方法は以下の通りである。
【0076】
(i)シリンジ(LIPOMAX-SC用に製造されたシリンジ:Medikan Corp.製,韓国 ソウル)を用いて、各被験者から脂肪吸引を行った。採取された脂肪を含むシリンジを約10分間室温(約25℃)で静置して細胞画分と液体画分に分離し、チュメセント液が含まれる液体画分を廃液した。残された細胞画分を、脂肪組織として試験例2に使用した。その後、シリンジを2200×gで8分間遠心分離にかけた。遠心分離により、上層(フリーオイル)、中間層(脂肪細胞及び脂肪幹細胞)、下層(細胞組織液等の液体画分)の三層に分離した。その後、中間層のみをシリンジ内に残して上下層を廃棄することにより、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物を得た。この濃縮物に対してジェリリング(Gelling)処理を行い、比較的大きな脂肪細胞の微細化を行った。ジェリリング処理は、1~3回行った。ジェリリングには、ドリル(FillerGellerカッター:MEDIKAN社製)を用い、脂肪細胞をカッティングして微細化し、更に2200×gで5分間遠心分離することにより、微細化された脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む混合物を得た。斯して得られた混合物を、微細化された脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤として下記試験例2~5において使用した。」
(ウ)記載事項3(【0083】~【0100】、図1、図2)
「【0083】
試験例2.変形性関節症に起因する疼痛緩和効果(2)
上記工程(i)で得られた脂肪組織を、変形性膝関節症を有する被験者に投与し、症状の変化を観察した。なお、被験者は女性3名(6症例(各被験者とも両膝関節に疾患あり):平均年齢69.7歳)であった。脂肪は、各被験者の下腹部から採取されたものを使用した。脂肪採取量はそれぞれ95mL、100mL、105mLであった。採取された脂肪から上記細胞製剤の調製方法の工程(i)に従って脂肪組織を得て、各被験者の膝関節にそれぞれ7mL注入した。また、変形性膝関節症を有する別の1名の被験者を比較対照として、ヒアルロン酸(スベニール(中外製薬(株)製):2.5mL)を膝関節に注入した。本試験例2においては、膝関節に注入を行う際、カニューレの先端を前後左右に回転させて注入部位を刺激する操作は行わなかった。
【0084】
その結果、脂肪組織を注入した被験者3名は、いずれもヒアルロン酸を注入した被験者よりも関節痛の緩和効果が早く出現し、その効果が1か月以上に亘って持続した。
【0085】
試験例3.変形性関節症に対する組織再生効果
変形性膝関節症の女性9名(14症例:平均年齢68.7歳)に対して、上記工程(i)で調製された微細化された脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤(5~10mL、脂肪幹細胞を約75万~200万個を含む)を、先端が斜めにカットされたカニューレを用いて膝関節に注入した。疾患部位、脂肪吸引の具体的な部位、採取された脂肪の量、細胞製剤の注入量、カニューレの先端を前後左右に回転させることにより注入部位を刺激する操作の有無については下表1に示される。各被験者に対する処置、膝関節裂隙の計測結果、及び変形性膝関節症のX線所見の評価基準となっているKellgren&Lawrence分類による評価結果を下表1に要約する。
【0086】
【表1】
[図:0001434424000001.jpg]
【0087】
また、Kellgren&Lawrence分類の具体的な評価項目及び評価基準は以下の通りである。
【表2】
[図:0001434424000002.jpg]
【0088】
代表例として下記被験者A及びBの膝関節のX線写真を図1及び2に示す。
被験者A
施術時年齢72歳 女性
既往症:変形性膝関節症(左膝)
細胞製剤5mLを左膝関節に注入した。細胞製剤の注入前及び注入から約1か月後に撮影した被験者Aの左膝関節外側関節裂隙のX線写真を図1に示す。
【図1】
[図:0001434424000003.jpg]
【0089】
被験者B
施術時年齢60歳 女性
既往症:変形性膝関節症(左右両膝)
細胞製剤それぞれ7mLずつを左右の膝関節に注入した。細胞製剤の注入前及び注入から約1か月後に撮影した被験者Bの左右膝関節内側関節裂隙のX線写真を図2に示す。
【図2】
[図:0001434424000004.jpg]
【0090】
(結果)
治療当日~5日以内(平均2日)で全被験者において膝関節の疼痛が顕著に改善し、その後も疼痛改善状態が持続していた。また、杖歩行をしていた2名は杖なしで歩行することができた。さらに、立ち上がり困難の2名は立ち上がり可能になり、全被験者で歩行が顕著に改善した。
【0091】
代表被験者A及びBのX線写真所見によると、変形性関節症の改善及び関節裂隙の拡大が示された。即ち、図1に示されるように、被験者Aの左膝関節は、治療前では関節裂隙が2.0mであったところ(図1(a))、治療後約1か月で3.3mmまで拡大した(図1(b))。より具体的には、治療前ではKellgren&Lawrence分類のIVであったところ、治療から約1か月でIIまで症状が改善された。また、図2に示されるように、被験者Bの左右膝関節は、治療前では関節裂隙が0mmであったところ(図2(a))、治療後約1か月で2.6mmまで拡大した(図2(b))。より具体的には、治療前ではKellgren&Lawrence分類のIVであったところ、治療から約1か月でIIまで症状が改善された。
【0092】
本試験例3の結果より、変形性膝関節症を有する被験者の膝関節に、微細化された脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤を注入することによって、膝関節内の組織再生が促されたことが示された。これに対して、上記試験例1の比較対照群として脂肪幹細胞が注入された被験者についてのX線写真の所見では、組織再生は認められるものの、組織再生の進行速度や症状の改善は、被験者A及びBに比べ明らかに遅かった。
・・・
【0099】
3.まとめ
・・・また、脂肪組織を注入した場合には、試験例1と同様に早期に痛みが緩和され、その効果の持続がより一層長期に亘って持続した(試験例2)。更に、微細化された脂肪細胞及び中胚葉系幹細胞(脂肪幹細胞)を高濃度で含む細胞製剤を患部に注入することにより、前述の疼痛緩和効果に加えて、患部組織の再生が促された(試験例3)。しかも、脂肪幹細胞のみを注入した場合(試験例1の比較対照群)と、微細化された脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤を注入した場合(試験例3)を比較すると、微細化された脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤を注入した場合には、組織再生効果が相乗的に高められた。・・・脂肪細胞と、脂肪幹細胞のような中胚葉系幹細胞とを組合せて用いると、脂肪細胞(細胞外基質を含む)のはたらきによって、中胚葉系幹細胞が患部に保持され、中胚葉系幹細胞の生着効率や組織再生効率が高められると考えられる。
【0100】
以上の試験例より、本発明の細胞製剤は骨間接合部の疾患の治療、及び筋肉修復に優れた効果を奏することが示された。」
イ このように、本件特許明細書等には、コラゲナーゼに例示される酵素による処理を経て、細胞製剤を製造することが記載されている一方で(記載事項1【0050】)、記載事項2の【0076】には「(i)」として、脂肪吸引により採取された脂肪を含むシリンジを室温で静置し、分離した液体画分を廃液して細胞画分を得たこと、当該細胞画分を含むシリンジを遠心分離し、分離したフリーオイルと液体画分を廃棄して脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物を得たこと、その後、ジェリリング処理を行い、比較的大きな脂肪細胞を微細化することにより、微細化された脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤を得たことが記載されており、コラゲナーゼによる処理を経ることなく脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤を製造したことが記載されている。そして、記載事項3には、コラゲナーゼによる処理を経ることなく製造した細胞製剤により、変形関節症に起因する疼痛緩和効果及び変形性関節症に対する組織再生効果が奏されることが記載されており、当該細胞製剤は、変形関節症を治療するために用いることができるものである。
そうすると、細胞製剤が「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ことを限定する訂正事項1に係る訂正は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。
(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る請求項6についての訂正は、細胞製剤が「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ことを限定するものである。そして、訂正前の請求項6は、細胞製剤に含まれる細胞画分が4つの選択肢で記載されているので、それぞれについて検討する。
まず、訂正前の請求項6のうち、細胞製剤が、「(1)採取された脂肪から液体成分を除去し、細胞画分を得る工程」「で得られる細胞画分」を含むもの、又は「(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程」「で得られる細胞画分」を含むものについて検討する。
本件特許明細書の【0024】には、「通常、脂肪組織には、脂肪細胞と脂肪幹細胞が含まれている。そのため、脂肪細胞と脂肪幹細胞を含む細胞製剤としては、採取された脂肪組織をそのまま使用してもよく、また、採取された脂肪組織から不純物(例えば、脂肪採取の際に注入される麻酔液(所謂チュメセント液)、老化した脂肪細胞、血液、組織液等)を除去したもの、採取された脂肪組織から不純物と一部の脂肪細胞を除去したもの等を使用してもよい。当該細胞製剤の調製方法の好適な例としては、後述する方法(a)~(c)が挙げられる。」と記載され、本件特許明細書【0042】~【0067】の「方法(a)~(c)」の記載も参照すると、上記の「(1)採取された脂肪から液体成分を除去し、細胞画分を得る工程」は、記載事項2の【0076】に「(i)」として記載される工程のうち、脂肪吸引により採取された脂肪を含むシリンジを室温で静置し、分離した液体画分を廃液して細胞画分を得る工程に相当し、また、上記の「(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程」は、記載事項2の【0076】に「(i)」として記載される工程のうち、採取された脂肪から液体画分を廃液して得た細胞画分を含むシリンジを遠心分離し、分離したフリーオイルと液体画分を廃棄して脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物を得る工程に相当すると解される。
そうすると、訂正事項2に係る請求項6についての訂正のうちの上記の細胞製剤についての訂正は、上記訂正事項1で説示した理由と同様の理由により、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
次に、訂正前の請求項6のうち、細胞製剤が「(2)前記(1)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離し、脂肪細胞の細胞画分と、脂肪幹細胞の細胞画分とをそれぞれ得る工程」「で得られる脂肪細胞の細胞画分」、又は「(3)前記工程(2)で得られた脂肪幹細胞の細胞画分と、前記工程(1)で得られた細胞画分とを混合し、これらが混合された細胞画分を得る工程」「で得られる細胞画分」を含むものについて検討する。
本件特許明細書等には、「(2b)前記工程(1b)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離する工程」について(記載事項1【0048】)、「ここで、脂肪幹細胞を分離する方法としては、例えば、特許文献1に記載の方法が挙げられる。より具体的には、細胞間の結合を分解することにより脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離しやすくするために、細胞画分にタンパク質分解酵素を添加する。タンパク質分解酵素としては、コラゲナーゼ、トリプシン、リパーゼ等が例示され、これらから選択される1種を単独で使用してもよく、2種以上を組合せて使用することもできる。」と記載されているように(記載事項1【0050】)脂肪細胞と脂肪幹細胞の分離において、コラゲナーゼ以外のトリプシン等のタンパク質分解酵素を使用することが記載されているから、当該細胞製剤が「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ことを限定する訂正は、本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、訂正事項2に係る訂正は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第126条第5項の規定に適合するものである。
4 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないことについて
上記2に記載したとおり、訂正事項1及び2に係る訂正は、いずれも特許請求の範囲を減縮するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第126条第6項の規定に適合するものである。
5 独立特許要件について
(1)本件特許に係る侵害訴訟事件における特許無効の抗弁
上記2に記載したとおり、訂正事項1及び2に係る訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、訂正後の請求項3及び6に係る発明(以下それぞれ「本件訂正発明3」及び「本件訂正発明6」という。)は、特許法126条7項が規定する要件を充足する必要があり、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。
そこで、本件訂正発明3及び6が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかについて検討を要するところ、本件特許に関し、特許権侵害差止等請求事件(東京地方裁判所 令和6年(ワ)第70475号)において特許無効の抗弁がされ、請求人より令和7年8月4日に、上申書に添付して上記侵害訴訟事件で提出された準備書面及び証拠が提出された。そのうち、特許無効の抗弁に関するものは以下のとおりである。
・令和7年2月28日付けの被告準備書面(2)
・同年4月4日付けの原告第2準備書面
・同年5月16日付けの被告準備書面(4)
・同年6月13日付けの原告第3準備書面
・乙第17号証:国際公開第2010/020005号
・乙第18号証:覚道 奈津子他, ヒト脂肪組織由来幹細胞の分離と脂肪・骨・軟骨への分化-幹細胞の供給源としての脂肪組織-, 関西医科大学雑誌, 2008, Vol.59, No.2-4, p.169-171(乙第18号証として169~171頁及び奥付が提出されている。)
上記準備書面によると、本件訂正発明3、6について、次の無効理由1及び2を含む無効の抗弁がされたので、その内容も含め、以下検討する。
・無効理由1:乙17を主引例とする新規性欠如
・無効理由2:乙17を主引例とする進歩性欠如
(2)無効理由1及び2(乙17に基づく新規性欠如及び進歩性の欠如)について
ア 乙17に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献である乙17(国際公開第2010/020005号)には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付したものであり、「・・・」は摘記の省略を示す(以下同じ。)。また、乙17は英文であるため、その記載事項は当審による翻訳文で示す。
(ア)記載事項17-1(特許請求の範囲)
「1 脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液の、対象における炎症性疾患の治療、軟骨又は骨の疾患の治療及び/又は炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のための医薬組成物の製造のための使用。
・・・
3 請求項1又は請求項2のいずれかに記載の使用であって、医薬組成物が無細胞抽出物である使用。
4 請求項1から請求項3のいずれかに記載の使用であって、脂肪組織由来細胞懸濁液が対象に対して自己由来である使用。
・・・
6 請求項1から請求項5のいずれかに記載の使用であって、対象がヒトである使用。
・・・
8 請求項1から請求項7のいずれかに記載の使用であって、炎症性疾患が関節関連の炎症性疾患、角膜炎、皮膚炎又は創傷治癒から選択される使用。
・・・
15 次を含む医薬組成物:
(i) 脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液;又は、
(ii) 脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液から調製された無細胞抽出物;
及び薬学的に許容される担体又は希釈剤。
16 哺乳動物から得られた脂肪組織のサンプルから脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を生成する方法であって、以下を含む方法:
脂肪組織のサンプルを分離して、脂肪細胞を含む細胞懸濁液を形成すること;
細胞懸濁液を遠心分離して、細胞ペレット、脂肪細胞を含む浮遊細胞層、並びに細胞ペレット及び浮遊細胞層に比べて細胞が減少した中間層を形成すること;
中間層を除去し、細胞ペレット及び浮遊細胞層を混合して、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を形成すること。」
(イ)記載事項17-2(1頁15行~30行)
「発明の背景
脂肪組織は、大きく脂質で満たされた脂肪細胞の細胞集団と、様々な結合繊維に関連する細胞、並びに毛細血管及びより大きな血管に関連する細胞を含む非脂肪細胞の集団を含む。非脂肪細胞集団はまた、様々な浸潤免疫細胞、並びに神経系に関連する細胞及び細胞過程から構成される。さらに、非脂肪細胞集団は脂肪組織由来の成体幹細胞の集団を含むと考えられており、そのため、脂肪組織を様々な治療用途のための単離された成体幹細胞の供給源として使用することに関心が持たれてきた。
一般的に、脂肪組織由来の推定成体幹細胞を得る方法は、脂肪組織由来の非脂肪細胞から脂肪細胞を除去することを含み、それは、コラゲナーゼ等の酵素で脂肪組織を消化し、それから消化されたサンプルを遠心分離することにより、遊離した細胞を分離することを必要とする。遠心分離中に、脂肪組織由来の非脂肪細胞は脂肪細胞から分離されてペレットを形成し、一方、脂質を含む脂肪細胞は浮遊する。非脂肪細胞を含む画分は、それから組織幹細胞の供給源として使用される。」
(ウ)記載事項17-3(3頁19行~28行)
「好ましい実施形態の詳細な説明
本明細書においては、脂肪細胞画分の少なくとも実質的な部分を保持する脂肪組織由来細胞懸濁液を含む組成物、及び炎症性疾患、軟骨又は骨の疾患の治療、もしくは炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のためのこれらの組成物の使用について記載する。提案される作用機序に拘束されることを意図するものではないが、脂肪細胞及び/又は脂肪細胞と脂肪組織由来の非脂肪細胞との相互作用が、炎症性疾患、軟骨又は骨の疾患の治療、もしくは炎症性疾患に関連する疼痛の緩和における脂肪組織由来細胞懸濁液の治療活性に寄与する可能性があると考えられる。」
(エ)記載事項17-4(4頁12行~8頁12行)
「脂肪組織
脂肪組織は、ヒトの脂肪組織又は哺乳動物の脂肪組織であってもよい。
・・・
脂肪組織は、身体のいかなるアクセス可能な部位に由来していてもよい。例えば、皮下脂肪は表層の創傷のみで容易にアクセス可能であり、又は鍵穴手術技術を用いて採取することができる。皮下脂肪組織は、脂肪吸引技術を用いて採取することができる。
・・・
脂肪組織由来細胞懸濁液
本明細書において使用される「脂肪組織由来細胞懸濁液」という用語は、脂肪組織から分離された細胞、脂肪組織の小さい凝集体又は断片、もしくは分離細胞、脂肪組織の小さい凝集体又は断片の二つ以上の混合物を包含する。
細胞懸濁液は、当業者が容易に入手できる技術を用いて脂肪組織を機械的に分離することによって得ることができる。脂肪組織の機械的分離に適した方法は任意に使用可能であり、例えば、刃物又はハサミで脂肪組織を細断すること、又は脂肪組織を適切な孔径のスクリーン又はメッシュに通して、組織を分離細胞及び/又は脂肪組織の小片に分解することが挙げられる。適切な技術の組み合わせを使用してもよい。分離された脂肪組織由来の細胞が、例えば培地中で静置されることにより、再集合してより大きな集合体を形成すると、小さい脂肪組織の凝集体が形成されることがある。脂肪組織の小片又は凝集体は、最大径が10ミリメートル未満、5ミリメートル未満、1ミリメートル未満、500マイクロメートル未満又は250マイクロメートル未満であってもよい。特定の実施形態においては、一つ又はそれ以上のプロテアーゼ酵素を使用せずに、機械的分離技術のみが使用される。これらの実施形態で用いられる技術は、迅速に脂肪組織由来細胞懸濁液を生成するために使用される。
脂肪組織由来細胞懸濁液は、メッシュ又はスクリーンを通して濾過され、孔径より大きい細胞凝集体又は組織片を除去してもよい。
特定の実施形態においては、脂肪組織を脂肪組織由来細胞懸濁液に分離することを促進するためにプロテアーゼ酵素が使用される。このような用途に適した酵素は当業者に周知であり、トリプシン及びコラゲナーゼを含むが、これらに限定されない。これらの酵素は、細胞懸濁液の望ましい生体内使用と適合しない可能性があるため、通常は使用前に除去及び/又は不活化される。特定の実施形態においては、脂肪組織由来細胞懸濁液を生成するために、脂肪組織の機械的分離技術とプロテアーゼ酵素との組み合わせが用いられる。
特定の実施形態において、細胞懸濁液は培地中に懸濁されてもよい。培地は、脂肪組織の分離の前、分離中又は分離後に添加されてもよい。培地は、組織培養用培地のように、適切な培養条件下で脂肪組織細胞の生存を少なくとも24時間維持可能な培地であってもよい。培地は、リン酸緩衝生理食塩水又はHEPES緩衝生理食塩水等のように、少なくとも1時間脂肪組織細胞の生存を維持可能な等張緩衝液であってもよい。
・・・
特定の実施形態において、脂肪組織由来細胞懸濁液の調製は遠心分離工程を含む。培地のような液体中に懸濁された分離細胞もしくは脂肪組織の小片又は凝集体の遠心分離は、約500 gで10分間、又は脂肪組織由来の非脂肪細胞を含む細胞ペレットを生成するのに十分な時間及び遠心力で行われ、その上に培地層が存在し、その上に次に脂肪細胞を含む層が浮遊し、最上層には破裂した脂肪細胞に由来する脂質層が浮遊する。遠心分離後、特定の実施形態においては、脂質層及び培地層は廃棄され、残された細胞は混合され、脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液が得られる。・・・
・・・
脂肪組織由来細胞懸濁液は脂肪細胞を含む。特定の実施形態において、脂肪細胞は生存能力のある脂肪細胞を含む。特定の実施形態において、脂肪細胞は細胞質内に検出可能な量の脂質を保持しており、脂質によって生じる異なる密度に基づいて脂肪組織由来の非脂肪細胞と分離される。
・・・
特定の実施形態において、脂肪組織由来細胞懸濁液は脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む。このような実施形態では、本明細書に記載の遠心分離工程を含む方法により、脂肪細胞層及びペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞の両方を収集することで、脂肪組織由来懸濁液を容易に調製することができる。」
(オ)記載事項17-5(8頁15行~10頁32行)
「医薬組成物
特定の観点において、生存可能な脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、医薬組成物の製造に使用される。
・・・
・・・無細胞抽出物は、細胞死又は脂肪組織細胞の破壊に伴って細胞から放出される細胞由来分子を含んでいてもよい。無細胞抽出物は、脂肪組織由来細胞懸濁液の細胞による分泌物を含んでいてもよい。
・・・
第2の観点の特定の実施形態において、医薬組成物は、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液又は、上記のように脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液によって生成された無細胞抽出物を含む。通常、医薬組成物は薬学的に許容される担体又は希釈剤も含む。
・・・
これらの実施形態において、医薬組成物は細胞懸濁液ではなく無細胞抽出物を含んでもよく、脂肪組織由来細胞懸濁液が免疫系の細胞を含む場合に、医薬組成物に対する宿主の免疫応答又は移植片対宿主病の可能性を最小限に抑えるためである。
・・・
第1及び第2の観点における特定の実施形態において、医薬組成物は炎症部位、骨又は軟骨の損傷部位、又は疼痛が生じている部位に直接投与されてもよい。例えば、炎症性疾患が関節関連の炎症性疾患である場合、医薬組成物は滑液中、及び/又は関節包内又はその周囲、及び/又は関節を覆う又は囲む筋肉内、及び/又は関節を覆う組織への皮下投与によって直接投与されてもよい。」
(カ)記載事項17-6(12頁17行~14頁31行)
「炎症性疾患
医薬組成物は、炎症性疾患の治療及び/又は対象における炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のために投与されてもよい。
・・・
炎症は、以下を含むがこれらに限定されない多くの疾患において認められている:・・・関節炎(及び関連する疾患及び症状を含む;急性関節炎、抗原誘導性関節炎、慢性リンパ球性甲状腺炎に関連する関節炎、コラーゲン誘導性関節炎、若年性関節炎、リウマチ性関節炎、変形性関節症、予後及び連鎖球菌誘導性関節炎、脊椎関節症、痛風性関節炎など)
・・・
軟骨又は骨の疾患
医薬組成物は、対象における軟骨又は骨の疾患の治療のために投与されてもよい。また、例えば骨折が骨及び軟骨の両方に関与する場合のように、軟骨及び骨の疾患の組み合わせの治療のために投与されてもよい。軟骨又は骨の疾患には、軟骨の骨折、骨の骨折、例えば外傷性の軟骨又は骨の骨折が含まれてもよい。軟骨又は骨の疾患には、例えば外傷性軟骨骨折後に適切な骨表面への軟骨の接着が失われることが含まれてもよい。軟骨又は骨の疾患には、例えば骨粗鬆症、軟骨不全、軟骨摩耗又は軟骨機能不全等の対象者のような、骨又は軟骨の体積又は強度の喪失が含まれてもよい。」
(キ)記載事項17-7(実施例3、4、19)
「実施例3.脂肪組織由来細胞懸濁液からの無細胞抽出物の調製
10gのイヌ脂肪組織サンプルをハサミで細かく刻み、5mlのDMEMと混合した。自己由来のイヌ血清を濾過滅菌し、1mlを刻んだ組織混合物に添加した。
組織混合物は、撹拌せずに37℃で一晩インキュベートされた。サンプルは1500gで15分間遠心分離され、浮遊脂肪細胞層と脂肪組織由来非脂肪細胞のペレットとの間の液体層が慎重に採取された。
実施例4.脂肪組織由来細胞懸濁液からの無細胞抽出物の別法による調製
10gの脂肪組織をイヌの鼠径部から切除により採取した。脂肪組織は生理食塩水で洗浄され、ハサミで細かく刻まれた後、20mlのDulbecco改良イーグル培地(DMEM、Sigma)と混合された。コラゲナーゼ(Sigma)を最終濃度0.05%となるように添加し、サンプルは37℃で90分間インキュベートされた。インキュベーション中、サンプルは15分ごとに手で穏やかに反転された。
サンプルは無菌的にステンレス製メッシュ(孔径300μm)で濾過され、50mlの遠心チューブに移され、500gで15分間遠心分離された。
遠心後、サンプルには4つの異なる層が認められた:表面の小さい(厚さ2mm)遊離脂質層、その下に白色の厚さ10mmの脂肪細胞層、次に透明なDMEM層、次に脂肪組織由来非脂肪細胞のペレット。小さい脂質層はパスツールピペットで慎重に除去された。新しいパスツールピペットを、脂肪細胞層を通して注意深く挿入し、浮遊脂肪細胞及びペレット細胞を乱さないようにDMEMを除去した。これにより、少量のDMEM中に懸濁される浮遊脂肪細胞及びペレット細胞を含むサンプルが得られた。浮遊脂肪細胞及びペレット細胞はパスツールピペットで穏やかに混合され、15mlの遠心チューブに移された。
細胞はコラゲナーゼを除去するために、以下の手順でDMEMで洗浄された。DMEMが最終容量14mlまで加えられ、サンプルは500gで10分間遠心分離された。これにより、3つの異なる層:浮遊脂肪細胞、DMEM、ペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞が得られた。DMEMは、パスツールピペットを脂肪細胞層を通して挿入して、脂肪細胞及びペレット細胞を乱さないように注意しながら、慎重に除去された。
浮遊細胞及びペレット細胞は、4mlのDMEMと1mlの濾過滅菌された自己血清に再懸濁され、パスツールピペットで混合された。細胞混合物は、37℃で一晩、100rpmで撹拌しながらインキュベートされた。サンプルは1500gで15分間遠心分離され、浮遊層とペレット層の間の液体が慎重に採取された。液体サンプルはその後、濾過滅菌された。
・・・
ヒト治療
実施例19.自己脂肪組織由来細胞懸濁液によるヒト対象の変形性関節症の治療
左膝の変形性関節症を有する64歳の女性対象が、治療に対するインフォームドコンセントを提供した。右膝のMRI画像では、膝蓋大腿関節及び内側コンパートメントに広範な変形性関節症の変化、特に外側半月板を含む、膝半月板の変性及び短い放射状断裂が見られた。関節リウマチに関連する軽度の滑膜穿孔が存在したが、全体としてMRIは、変形性関節症の変化がリウマチの影響を上回ることを示唆した。
放射線科医による膝の検査では、内側関節コンパートメントの狭小化及び関節縁の骨棘形成を伴う変形性関節症の変化が報告され、膝蓋大腿関節にもさらなる変性変化が存在した。関節液貯留又はその他の関節内異常は検出されず、骨折又は急性損傷の兆候も検出されなかった。
以前の治療には、非ステロイド性抗炎症薬及び鎮痛薬を含む薬物治療並びに理学療法が含まれた。対象は膝の広範な腫脹により二度入院していた。
脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、以下のプロトコルに従って調製された。
標準的な脂肪吸引法を用いて、対象の腹部から、脂肪吸引サンプルが採取された。30 mlの脂肪吸引物及びチュメセント液(1リットルの塩化ナトリウムに加えて、8.4%炭酸水素ナトリウム1ml、1:1000アドレナリン1ml、リドカイン40mg)が、滅菌条件下で50mlのシリンジに垂直に配置された。脂肪とチュメセント液は分離され、チュメセント液は50mlの滅菌遠心チューブに移され、脂肪は0.45%塩化ナトリウム及び2.5%グルコースを含む滅菌溶液中のコラゲナーゼを含む50mlの滅菌遠心チューブに移された。脂肪サンプルは37℃で45分間消化され、その間、チューブは10分ごとに反転された。
消化された遠心チューブは室温で400gで10分間遠心分離され、浮遊脂肪細胞とペレット細胞の間の層が除去された。細胞ペレット及び浮遊脂肪細胞は組み合わせられ、0.45%塩化ナトリウム及び2.5%グルコースを含む滅菌溶液並びに濾過滅菌された自己血清を含む3本の15ml滅菌遠心チューブに移され、サンプルは室温で400 gで10分間遠心分離された。
ペレット細胞と浮遊脂肪細胞の間の層が除去され、組み合わされた細胞調製物は、0.45%塩化ナトリウム及び2.5%グルコースを含む滅菌溶液で9mlに希釈された。サンプルを穏やかに混合する間に凝集体が形成され、これが除去された。最終的なサンプルの容量は8mlで、細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含んでいた。
対象は、膝に局所麻酔を施され、それから、23ゲージ針を関節腔に挿入して細胞が注射された。
対象は、0は痛みなし、10は最悪の痛みを意味する0から10の尺度で、彼女が経験する痛みを評価するよう求められた。対象は、出産の痛みを10、子宮摘出術後の痛みを8、膝の痛みを2.5~8と評価した。
治療の7日前には、膝の痛みを8と評価していた。治療当日には、治療前の痛みを2.5と評価した。
手術翌日(1日目)、対象は脂肪吸引物が採取された腹部に痛みを感じた。膝は張っているようだが痛くは感じなかった。処置された膝に異常な感覚や打撲傷はなかった。対象は経口パラセタモールを服用していたが、これは主に風邪及び咽頭痛によるものであり、痛みによるものではなかったと述べた。
2日目には、対象に腹部の痛みはなく、切開部位にわずかな痛みがあるのみであった。対象は、通常朝及びシャワー時に感じる膝の痛みがないことに気づいたが、それが治療によるものか、彼女が比較的活動的でなかったためであるのかはわからなかった。対象は風邪及び咽頭痛に対して経口パラセタモールを継続して服用していた。
3日目までに、対象の腹部はかなり回復していた。対象は一日中買い物をして過ごした。通常、一日中立っていると膝及び足首が腫れるが、処置後の対象に腫れはなかった。対象の右手首も係属して腫れていなかった。膝の痛みについて尋ねられると、対象は、痛みはないと答えた。対象は非ステロイド性抗炎症薬を服用していなかったが、風邪のために経口パラセタモールを継続して服用していた。
4日目には、対象は、引き続き膝の痛みがないと報告した。3日目の買い物後、右腕及び手に痛みがあった。対象は、それを試みると痛みを感じるために、物を拾うためにしゃがむことや膝を曲げることはまだできなかった。
11日目から120日目(これまでに検査された最新日)までのフォローアップにおいて、対象は膝の痛みがないと報告し続けている。」
イ 引用発明
(ア)乙17には、「脂肪組織は、大きく脂質で満たされた脂肪細胞の細胞集団と、様々な結合繊維に関連する細胞、並びに毛細血管及びより大きな血管に関連する細胞を含む非脂肪細胞の集団を含む」ものであり、「非脂肪細胞集団は脂肪組織由来の成体幹細胞の集団を含むと考えられており、そのため、脂肪組織を様々な治療用途のための単離された成体幹細胞の供給源として使用することに関心が持たれてきた」という技術的背景のもと(記載事項17-2)、「脂肪細胞及び/又は脂肪細胞と脂肪組織由来の非脂肪細胞との相互作用が、炎症性疾患、軟骨又は骨の疾患の治療、もしくは炎症性疾患に関連する疼痛の緩和における脂肪組織由来細胞懸濁液の治療活性に寄与する可能性があると考えられる」ことから(記載事項17-3)、「脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む」「脂肪組織由来細胞懸濁液」「を含む組成物」を調製し、これを「炎症性疾患、軟骨又は骨の疾患の治療、もしくは炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のため」に「使用」することが記載されている(記載事項17-4)。そして、特許請求の範囲第1項には、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液の、対象における炎症性疾患の治療、軟骨又は骨の疾患の治療及び/又は炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のための医薬組成物の製造のための使用。」と記載され、脂肪組織由来細胞懸濁液の生成方法として、特許請求の範囲の第16項には、「哺乳動物から得られた脂肪組織のサンプルから脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を生成する方法であって、以下を含む方法:
脂肪組織のサンプルを分離して、脂肪細胞を含む細胞懸濁液を形成すること;
細胞懸濁液を遠心分離して、細胞ペレット、脂肪細胞を含む浮遊細胞層、並びに細胞ペレット及び浮遊細胞層に比べて細胞が減少した中間層を形成すること;
中間層を除去し、細胞ペレット及び浮遊細胞層を混合して、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を形成すること。」と記載されている。
(イ)そして、乙17の明細書には、脂肪細胞と非脂肪細胞の分離挙動として、「脂肪細胞は細胞質内に検出可能な量の脂質を保持しており、脂質によって生じる異なる密度に基づいて脂肪組織由来の非脂肪細胞と分離される」(記載事項17-4)こと、「遠心分離中に、脂肪組織由来の非脂肪細胞は脂肪細胞から分離されてペレットを形成し、一方、脂質を含む脂肪細胞は浮遊する」(記載事項17-2)ことが記載されていることを踏まえて、脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を遠心分離により調製する方法についての記載をみると、記載事項17-4には、「特定の実施形態において、脂肪組織由来細胞懸濁液は脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む。このような実施形態では、本明細書に記載の遠心分離工程を含む方法により、脂肪細胞層及びペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞の両方を収集することで、脂肪組織由来懸濁液を容易に調製することができる。」(8頁8行~12行)と記載されている。
(ウ)また、乙17には、「生存可能な脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、医薬組成物の製造に使用される」ものであり、「炎症性疾患が関節関連の炎症性疾患である場合、医薬組成物は滑液中、及び/又は関節包内又はその周囲、及び/又は関節を覆う又は囲む筋肉内、及び/又は関節を覆う組織への皮下投与によって直接投与されてもよ」く(記載事項17-5)、「変形性関節症」を含む「炎症性疾患の治療及び/又は対象における炎症性疾患に関連する疼痛の緩和のために投与され」たり、「軟骨摩耗又は軟骨機能不全等の対象者のような、骨又は軟骨の体積又は強度の喪失」のような「対象における軟骨又は骨の疾患の治療のために投与されてもよい」ことが記載されている(記載事項17-6)。
(エ)そして、乙17には、上記(ア)~(ウ)の技術的思想を具現化した、「自己脂肪組織由来細胞懸濁液によるヒト対象の変形性関節症の治療」と題する実施例19において、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、以下のプロトコルに従って調製された。」と記載した上で、「対象の腹部から、脂肪吸引サンプルが採取され」、「脂肪吸引物及びチュメセント液」が「シリンジ」に「配置された」後に、「脂肪とチュメセント液は分離され」、「脂肪は0.45%塩化ナトリウム及び2.5%グルコースを含む滅菌溶液中のコラゲナーゼを含む50mlの滅菌遠心チューブ」で「消化され」、「消化された遠心チューブは」「遠心分離され」、「浮遊脂肪細胞とペレット細胞の間の層が除去され」、「細胞ペレット及び浮遊脂肪細胞は組み合わせられ」、「滅菌遠心チューブに移され」、「遠心分離された」後、「ペレット細胞と浮遊脂肪細胞の間の層が除去され」、「組み合わされた細胞調製物は」、「希釈され」、「サンプルを穏やかに混合する間に凝集体が形成され、これが除去され」、「最終的なサンプル」は、「細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含んでいる」、「自己脂肪組織由来細胞懸濁液」を調製したことが記載され、さらに、「変形性関節症」である「ヒト対象」の「関節腔に」「注射した」ところ、「手術翌日(1日目)」から、「膝は張っているようだが痛くは感じなかった」ばかりか、「11日目から120日目(これまでに検査された最新日)までのフォローアップにおいて、対象は膝の痛みがないと報告し続けている」ことが記載されている(記載事項17-7)。
(オ)そうすると、上記(ア)~(ウ)の記載を踏まえた上記(エ)の記載からみて、乙17には、次の発明が記載されていると認める(以下「引用発明」という。)。
「対象の腹部から採取された脂肪吸引物及びチュメセント液をシリンジに配置し、脂肪とチュメセント液を分離する工程、
分離された脂肪をコラゲナーゼにより消化する工程、
消化された脂肪を遠心分離して、浮遊脂肪細胞とペレット細胞の間の層を除去し、細胞ペレット及び浮遊脂肪細胞を組み合わせ、これを繰り返す工程、及び
組み合わされた細胞調製物を希釈し、形成された凝集体を除去する工程、
により得られた、細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含む自己脂肪組織由来細胞懸濁液を含む、ヒト対象の変形性関節症を治療するための医薬組成物。」
ウ 乙18’に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献である乙18’(覚道 奈津子他, ヒト脂肪組織由来幹細胞の分離と脂肪・骨・軟骨への分化-幹細胞の供給源としての脂肪組織-, 関西医科大学雑誌, 2008, Vol.59, No.2-4, p.169-176))には、次の事項が記載されている。
(ア)記載事項18-1(要旨)
「近年,脂肪組織由来幹細胞(adipose-derived stem cells; ASCs)が発見され、骨髄間葉系幹細胞と同様の多分化能をもつと報告されている.今回我々は,走査電子顕微鏡でのヒト正常脂肪組織の観察を行い,腹部皮下脂肪組織から分離したASCsを用いた脂肪・骨・軟骨への分化誘導を行った.さらに,ハイドロキシアパタイト上に播種したASCsに骨分化誘導を行い,3次元形状をもつ誘導骨の作成を試みた.ASCsは、脂肪・骨・軟骨すべての成熟細胞へ分化可能であることが各種特殊染色により証明され,脂肪組織は再生医療において用いられる間葉系幹細胞の供給源として有用であると考えられた.」
(イ)記載事項18-2(170頁左欄9行~下から6行)
「材料と方法
ヒト脂肪組織由来幹細胞の分離・培養
・・・手術の余剰組織から無菌的に得られた1g前後のヒト脂肪組織を採取後,PBS(phosphate buffered saline)で十分に洗浄し,血管,結合組織等を除去後,組織を細分化し,コラゲナーゼタイプII(Sigma, ST Louis)にて40分40℃にて震盪させ,組織を消化した.消化終了後,基礎培地を加えて1,300rpm 3minにて遠心処理行い,下部に沈殿した細胞ペレット(cell pellet)を新しい基礎培地の入った遠心管に移して攪拌し,洗浄した.この作業を3回繰り返し,十分にコラゲナーゼを洗浄する.最後に細胞成分を100mmのメッシュでろ過したのち,基礎培地にて37℃,5%CO2の条件下で培養を行い,3継代したものを以下の分化誘導実験に用いた.脂肪・骨細胞への誘導は24wellプレートに1×104cell/wellで播種した細胞を用い,軟骨細胞への誘導は、遠沈管培養法10)を利用した.」
(ウ)記載事項18-3(173頁左欄1行~9行)
「軟骨細胞の分化について
軟骨分化誘導培地で遠心管培養した細胞は,microfuge tubeの底面で白色細胞塊を形成し,培養期間が長くなるに従い細胞塊の大きさが増大した.培養14日目にて軟骨細胞への分化を確認するAlcian Blue染色,Collagen type II免疫染色にて細胞塊は陽性所見を示した.2検体から採取したASCsのうち,2検体とも軟骨分化誘導可能であった.」
エ 本件特許の優先日前における周知技術
(ア)参考文献1~3の記載に基づいて認定される周知技術(以下「周知技術1」という。)
a 周知技術を示すために提示する、参考文献1に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献であるSpace Medicine & Medical Engineering,2008,Vol.21, No.6, p.477-481(以下「参考文献1」という。)には、次の事項が記載されている。また、参考文献1は外国語で記載されているため、その記載事項は当審による翻訳文で示す(以下同様)。
「要旨:目的 骨及び臓組織工学のための種細胞を提供する目的で、脂肪組織由来間葉系幹細胞を体外で培養し、骨芽細胞及び心筋細胞様細胞への分化誘導を行った。
方法 間葉系幹細胞は、Wistarラットの脂肪組織からトリプシン消化法により分離・培養した。・・・
結果 分離された細胞の90%以上がCD44、CD13及びCD29抗原を発現した。一部の細胞はα-サルコメアアクチン及びデスミンを発現した。骨誘導培地で14日間誘導した細胞はアルカリホスファターゼを発現し、21日間誘導した細胞はオステオカルシンを発現し、少量の細胞外カルシウム沈着が認められた。10μmol/Lの5-アザシチジンで14日間培養した後、細胞はNKx2.5、α-サルコメアアクチン及びCx43を発現した。
結論 脂肪組織から消化法により間葉系幹細胞を得ることができる。これらの細胞は骨芽細胞及び心筋細胞様細胞に分化可能であり、骨及び心臓組織工学のための種細胞を提供できる。」(要旨)
b 周知技術を示すために提示する、参考文献2に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献であるJournal of Shandong University(Health Sciences), 2005, Vo.43, No.7, p. 578-581(以下「参考文献2」という。)には、次の事項が記載されている。
「[要旨]目的:ラットにおいて、脂肪組織由来間葉系幹細胞を体外で分離・培養し、それらを心筋細胞へ誘導する方法を確立すること。
方法:脂肪組織は、2か月齢のSDラットの腸間膜から採取した。0.08%トリプシンを用いて脂肪組織を消化し、間葉系幹細胞を得た。播種後7~10日で、紡錘形の単層細胞が得られた。第3継代細胞を心筋細胞への誘導及び表面分子の検出に使用した。細胞は10μmol/Lの5-アザシチジンで24時間処理した。誘導後3週間で、抗デスミン及び抗α-アクチニンモノクローナル抗体を用いて免疫細胞化学法により検出した。
結果:90%の細胞はCD13及びCD44陽性の間葉系幹細胞であった。5-アザシチジンで3週間誘導した後、細胞はデスミン及びα-アクチニン陽性の心筋細胞群に分化した。
結論:消化法を用いることで、体外で多数の間葉系幹細胞を得ることができ、これらの細胞は5-アザシチジンによって心筋細胞に分化可能である。」(要旨)
c 周知技術を示すために提示する、参考文献3に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献である国際公開第2008/099696号(以下「参考文献3」という。)には、次の事項が記載されている。
「【0022】
このように構成された本実施形態に係る脂肪組織消化装置2を用いて脂肪組織を消化するには、透明容器3内にヒトその他の哺乳類から採取した脂肪組織と、例えば、トリプシンのようなタンパク質分解酵素と、生理食塩水とを投入し、揺動機構4を作動させる。
揺動機構4の作動によって透明容器3がベース5に対して揺動させられることにより、タンパク質分解酵素を含む生理食塩水内で脂肪組織が攪拌され、脂肪組織が酵素によって消化される。その結果、時間の経過とともにフリーリピッド層Aに含まれる脂肪組織をつないでいるコラーゲンが分解されて、細胞や細胞外組織等の微小組織が生理食塩水内に溶け出し、組織層Bとなり、その後、さらに消化が進行して細胞懸濁液層Cとなる。」(【0022】)
d 周知技術1
参考文献1、2には、脂肪組織をトリプシンで消化することにより間葉系幹細胞が分離されたことが記載され(上記a、b)、参考文献3には、「脂肪組織が」「トリプシンのようなタンパク質分解酵素」「によって消化され」、「脂肪組織をつないでいるコラーゲンが分解されて、細胞や細胞外組織等の微小組織が生理食塩水内に溶け出し」、「細胞懸濁液層Cとなる」ことが記載されていること(上記c)を踏まえると、脂肪組織をトリプシンで消化し、細胞を分離することは本件特許の優先日前における周知技術であった。
(イ)参考文献4、5の記載に基づいて認定される周知技術(以下「周知技術2」という。)
a 周知技術を示すために提示する、参考文献4に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献であるCytotherapy, 2009, Vol.11, No.6, p.706-15(以下「参考文献4」という。)には、次の事項が記載されている。
「背景と目的
脂肪組織から細胞を分離する初期の方法が開発されて以来、間葉系間質細胞(MSC)の収量を改善するための取り組みはほとんど行われていない。本研究の目的は、組織消化を行わずに脂肪吸引検体からMSC集団を分離し、新鮮に分離した細胞の凍結保存の可能性を評価することである。
方法
MSC集団は、13人の患者の脂肪吸引検体から機械的解離によって分離した。機械的に処理された脂肪吸引脂肪組織(MPLA)細胞は、in vitroでの細胞増殖後、形態学的解析、MSC表面マーカーの発現、及び分化試験によって特徴づけられた。
結果
機械的解離により、標準的及び振動補助脂肪吸引のいずれの場合も、多量の接着性MSCが得られた。脂肪吸引検体を機械的処理まで4℃で1~2日保存しても、MPLA細胞の含有量は変化しなかった。新鮮に分離したMPLA細胞は、MSC集団を失うことなく凍結保存することが可能であった。接着性MPLA細胞はCD45及びCD31陰性であり、CD34、CD105、CD44、及びCD90陽性であった。また、脂肪分化、骨分化、軟骨分化の能力を示し、文献で既に報告されている他のMSC集団と同様であった。
結論
本研究で記載した機械的手法により、ヒト脂肪吸引検体からMSCを分離することができ、時間とコストを大幅に削減できる。新鮮に分離したMPLA細胞の凍結保存と併せることで、軟組織増強や組織工学などの治療応用のためにMSCを採取・保存することが容易になった。」(要旨)
b 周知技術を示すために提示する、参考文献5に記載された事項
本件特許の優先日前に発行された文献である特開2009-294184号公報(以下「参考文献5」という。)には、次の事項が記載されている。
「【0017】
このように構成された本実施形態に係る生体組織処理装置1の作用について以下に説明する。
本実施形態に係る生体組織処理装置1を用いて脂肪組織Aから種々の脂肪由来細胞を採取するには、図3に示されるように、処理容器2内に所定の深さ位置まで乳酸リンゲル液Bを貯留し、メッシュ部材3の上方の空間にヒトその他の哺乳類から採取した脂肪組織Aを載置する。脂肪組織Aは、自重によりメッシュ部材3に密着し、その全ての透孔3aを塞ぐようになる。そして、脂肪組織Aは、メッシュ部材3を食い込ませた状態でメッシュ部材3上に支持される。
【0018】
この状態で、処理容器2の上部開口2aを蓋体8により閉塞すると、下向きに配置される超音波発振器4がメッシュ部材3上の脂肪組織Aに密着させられる。そして、超音波発振器4を作動させることにより、メッシュ部材3上の脂肪組織Aに対して超音波Cを供給する。これにより、脂肪組織Aは超音波Cの作用によって軟化させられる。
・・・
【0020】
メッシュ部材3の透孔3aは脂肪組織Aによって閉塞されているので、メッシュ部材3の下方の空間を減圧すると、メッシュ部材3上に搭載されている脂肪組織Aがメッシュ部材3の透孔3aを介して下方の空間に吸引される。メッシュ部材3は、細いワイヤにより構成されているので、吸引された脂肪組織Aは、メッシュ部材3を構成しているワイヤによって切断されながら細長い断片となって下方の空間に移動する。
・・・
【0022】
脂肪組織Aを細かく切断することにより、切断面から滲出液が滲み出してくる。滲み出した滲出液は乳酸リンゲル液B内に流出する。この状態で、攪拌手段6を作動させて、攪拌子14を回転させることにより、脂肪組織Aの断片が入った乳酸リンゲル液Bを攪拌する。これにより、脂肪組織Aの断片からの滲出液の滲み出しを促進することができる。
【0023】
攪拌を終えた後、静置することにより、処理容器2内の細胞懸濁液は2層に分離する。上層は脂肪組織A、下層は滲出液(図示略)である。この状態で、排出口7を開放することにより、下層の滲出液を排出・回収し、その後、滲出液を遠心分離し、必要に応じて溶血処理等により赤血球を除去することにより、間葉系幹細胞のみならず造血幹細胞を含む細胞群を得ることができる。
【0024】
このように、本実施形態に係る生体組織処理装置1によれば、処理容器2内のメッシュ部材3上に脂肪組織Aを搭載するだけの簡易な操作で、脂肪組織Aから滲出液を採取することができ、滲出液に含まれている間葉系幹細胞や造血幹細胞を含む細胞群を容易に得ることができる。特に、消化酵素を用いて間葉系幹細胞を単離させる従来の方法では回収できなかった造血幹細胞等の他の重要な細胞も健全な状態で回収することができるという利点がある。
また、脂肪組織Aを摺り潰すのではなく、細長く切断するだけなので、各種細胞に与えるダメージが少なく、健全な細胞を高い回収率で回収することができるという利点もある。」(【0017】、【0018】、【0020】、【0022】~【0024】)
c 周知技術2
参考文献4には、「組織消化を行わずに脂肪吸引検体からMSC集団を分離」する目的で、「機械的解離により」「多量の接着性MSCが得られた」ことが記載されており(上記a)、参考文献5には、「脂肪組織Aを摺り潰すのではなく、細長く切断する」と、「各種細胞に与えるダメージが少なく、健全な細胞を高い回収率で回収することができる」上に、「消化酵素を用いて間葉系幹細胞を単離させる従来の方法では回収できなかった造血幹細胞等の他の重要な細胞も健全な状態で回収することができる」ことが記載されている(上記b)。
したがって、脂肪組織から、消化酵素を用いることなく機械的技術により、脂肪細胞から分離された脂肪組織由来の幹細胞を得ることは、本件特許の優先日前における周知技術であった。
オ 本件訂正発明3について
(ア)対比
本件訂正発明3と引用発明を対比する。
a 本件訂正発明3は、請求項1を引用する請求項2を引用する形式で記載されているので、引用形式での記載によらない記載に書き下すと、次のとおりとなる。
「脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤であって、
前記細胞製剤が、更に、中胚葉系幹細胞を含み、
前記中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞であり、コラゲナーゼによる処理を経ていない、細胞製剤。」
b 上記イで述べたように、引用発明は、上記イ(ア)~(ウ)の技術的思想を具現化した実施例19の記載から認定されたものであるところ、上記イ(ア)で述べた、特許請求の範囲第16項の「哺乳動物から得られた脂肪組織のサンプルから脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を生成する方法であって、以下を含む方法:
脂肪組織のサンプルを分離して、脂肪細胞を含む細胞懸濁液を形成すること;
細胞懸濁液を遠心分離して、細胞ペレット、脂肪細胞を含む浮遊細胞層、並びに細胞ペレット及び浮遊細胞層に比べて細胞が減少した中間層を形成すること;
中間層を除去し、細胞ペレット及び浮遊細胞層を混合して、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を形成すること。」との記載、及び上記イ(イ)の「特定の実施形態において、脂肪組織由来細胞懸濁液は脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む。このような実施形態では、本明細書に記載の遠心分離工程を含む方法により、脂肪細胞層及びペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞の両方を収集することで、脂肪組織由来懸濁液を容易に調製することができる」(記載事項17-4)との記載からみて、引用発明の「浮遊脂肪細胞」は、「浮遊した」「脂肪細胞」を意味するものである。
したがって、引用発明の「浮遊脂肪細胞」は、本件訂正発明3の「脂肪細胞」に相当する。
c 上記イ(イ)の「特定の実施形態において、脂肪組織由来細胞懸濁液は脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む。このような実施形態では、本明細書に記載の遠心分離工程を含む方法により、脂肪細胞層及びペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞の両方を収集することで、脂肪組織由来懸濁液を容易に調製することができる」(記載事項17-4)との記載からみて、引用発明の「ペレット細胞」及び「細胞ペレット」は、「ペレット化された脂肪組織由来非脂肪細胞」である。そして、乙17には、「非脂肪細胞を含む画分は」「組織幹細胞の供給源として使用される」ことが記載されていることからみて(記載事項17-2)、「ペレット化された脂肪組織由来の非脂肪細胞」である、引用発明の「ペレット細胞」及び「細胞ペレット」は、脂肪組織に存在する組織幹細胞、すなわち、脂肪幹細胞を含むものである。加えて、本件特許の明細書(以下「本件特許明細書」という。)の「中胚葉系幹細胞として具体的には、脂肪幹細胞、骨髄幹細胞、造血幹細胞等が例示され、これらの幹細胞は従来公知の方法に従って細胞の種類に応じて各組織から得ることができる。」という記載からみて(【0020】)、脂肪幹細胞は中胚葉系幹細胞である。
したがって、引用発明の「ペレット細胞」及び「細胞ペレット」は、本件訂正発明3の「中胚葉系幹細胞」である「脂肪幹細胞」を含むものである。
d 引用発明は、「細胞ペレット」及び「浮遊脂肪細胞」が「組み合わされた細胞調製物を希釈し、形成された凝集体を除去する工程」を経て得られるものであるが、引用発明の認定の基になった実施例19は、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、以下のプロトコルに従って調製された。」と記載した上で、そのプロトコルとして、「凝集体」を「除去」する工程も含めて「最終サンプル」を得ているから(記載事項17-7)、引用発明の「自己脂肪組織由来細胞懸濁液」は脂肪細胞を含むものである。
また、上記イ(ア)で述べたように、そもそも、引用発明は、脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を含む組成物を炎症性疾患等の治療等のために使用することを目的としてなされた発明であることからみても、引用発明は、脂肪細胞及び脂肪組織由来非脂肪細胞を含むものであるといえる。
そうすると、引用発明は、「凝集体を除去する工程」を経ても、脂肪細胞を含むものである。
e 本件訂正発明3の「変形関節症」について、本件特許明細書をみると、「変形関節症」という用語自体は記載されていないが、「また、骨間接合部の疾患とは、ヘルニア(脱出)、変形、変性、炎症等が挙げられ、具体的には、椎間板ヘルニア、変形性脊椎症等の脊椎疾患;変形性関節症(変形性股関節症、変形性膝関節症等を含む)、慢性関節症等の関節疾患;関節リウマチ等の自己免疫性疾患;膝関節特発性骨壊死症、大腿骨頭壊死症等の骨壊死症等が例示され、好ましくは椎間板ヘルニア、変形性関節症、慢性関節症、膝関節特発性骨壊死症、大腿骨頭壊死症が挙げられる。」(【0028】)、及び「試験例3.変形性関節症に対する組織再生効果 変形性膝関節症の女性9名(14症例:平均年齢68.7歳)に対して、上記工程(i)で調製された微細化された脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含む細胞製剤(5~10mL、脂肪幹細胞を約75万~200万個を含む)を、先端が斜めにカットされたカニューレを用いて膝関節に注入した。」(【0085】)と記載されていることからみて、本件訂正発明3の「変形関節症」は、「変形性関節症」と同義であると解される。
したがって、引用発明の「変形性関節症」は、本件訂正発明3の「変形関節症」に相当する。
f 「製剤」の字義は、「医薬品を治療目的に応じて調合・成型すること。またその製品。」であることを踏まえると(広辞苑第五版1603頁)、本件訂正発明3の「細胞製剤」は、細胞を含むように調合された医薬品を意味すると解される。
そうすると、引用発明の「細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含む自己脂肪組織由来細胞懸濁液を含む」「医薬組成物」は、本件訂正発明3の「細胞製剤」に相当する。
g 以上のa~fの検討を踏まえると、本件訂正発明3と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
<一致点>
「脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤であって、
前記細胞製剤が、更に、中胚葉系幹細胞を含み、
前記中胚葉系幹細胞が脂肪幹細胞である、細胞製剤。」
<相違点1>
細胞製剤が、本件訂正発明3では「コラゲナーゼによる処理を経ていない」のに対し、引用発明では「コラゲナーゼにより消化する工程」を経ている点。
(イ)判断
a 新規性について
本件訂正発明3は、上記相違点1で引用発明と相違する。
ここで、採取された組織を原料として製造される細胞製剤は、製造方法が異なれば、細胞製剤に含まれる細胞の組成、不純物の含有量、細胞外基質の状態、及びその性状等が様々に異なるものとなり得ることを、当業者は当然に理解する。
そうすると、コラゲナーゼによる処理の有無により、細胞製剤は異なるものとなり得るから、相違点1は実質的な相違点である。
したがって、本件訂正発明3は、乙17に記載された発明ではない。
b 進歩性について
(a)相違点1について
i 本件訂正発明3は、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ことが特定されているところ、コラゲナーゼ以外の酵素による処理を経ているものを包含するものであるから、まず、本件訂正発明3のうち、コラゲナーゼ以外の酵素による処理を経ている、細胞製剤である態様について検討する。
乙17には、「特定の実施形態においては、脂肪組織を脂肪組織由来細胞懸濁液に分離することを促進するためにプロテアーゼ酵素が使用される。このような用途に適した酵素は当業者に周知であり、トリプシン及びコラゲナーゼを含むが、これらに限定されない。」と記載されている(記載事項17-4)。ここで、上記エ(ア)dのとおり、脂肪組織をトリプシンで消化し、細胞を分離することは周知技術(上記周知技術1)であるところ、これを知る当業者が、乙17における、脂肪組織から脂肪組織由来細胞懸濁液を分離するために、トリプシンを含む周知のプロテアーゼ酵素が使用される旨の記載に接したのであれば、引用発明において、「コラゲナーゼにより消化」することに代えて、脂肪組織から細胞を分離することを促進する用途に適した、コラゲナーゼ以外の、トリプシン等のプロテアーゼ酵素により処理を行って引用発明と同様の治療活性を奏する細胞懸濁液を得ることは、容易に想到し得ることであり、そのような処理を経て得られた細胞製剤は、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ものである。
ii 本件訂正発明3は、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ことが特定されているところ、コラゲナーゼによる処理を含めた酵素による処理を経ていないものを包含するものであるから、次に、本件訂正発明3のうち、酵素による処理を経ていない、細胞製剤である態様について検討する。
乙17には、「細胞懸濁液は、当業者が容易に入手できる技術を用いて脂肪組織を機械的に分離することによって得ることができる。脂肪組織の機械的分離に適した方法は任意に使用可能であり、例えば、刃物又はハサミで脂肪組織を細断すること、又は脂肪組織を適切な孔径のスクリーン又はメッシュに通して、組織を分離細胞及び/又は脂肪組織の小片に分解することが挙げられる。」、「特定の実施形態においては、一つ又はそれ以上のプロテアーゼ酵素を使用せずに、機械的分離技術のみが使用される。これらの実施形態で用いられる技術は、迅速に脂肪組織由来細胞懸濁液を生成するために使用される。」(記載事項17-4)と記載されるように、脂肪組織から細胞懸濁液を得る際に、プロテアーゼ酵素を使用せずに機械的技術のみを使用できることが示唆されている。
ここで、一般に、酵素による反応は一定の時間を要するものであるから、脂肪組織から細胞を分離するに際して、処理にかかる時間を削減することは自明の課題であって(例えば、上記エ(イ)aの参考文献4の要旨「結論」の項)、乙17にも、プロテアーゼ酵素は、細胞懸濁液の望ましい生体内使用と適合しない可能性があるため、通常は使用前に除去及び/又は不活化する工程を設ける必要が生じることが記載されていることも併せ考慮すると(記載事項17-4)、酵素であるコラゲナーゼにより消化する工程を含む引用発明においても、コラゲナーゼ処理を採用したことに起因する処理にかかる時間を削減しようとすることは当業者にとって動機付けられることである。そして、上記エ(イ)cのとおり、脂肪組織から、消化酵素を用いることなく機械的技術により、脂肪細胞から分離された脂肪組織由来の幹細胞を得ることは周知技術(上記周知技術2)であることを知る当業者が、乙17における、脂肪組織から細胞懸濁液を得る際に、プロテアーゼ酵素を使用せずに、刃物又はハサミや適切な孔径のスクリーン又はメッシュといった機械的技術のみを使用できる旨の示唆に従って、引用発明において、脂肪をコラゲナーゼにより消化することに代えて、機械的技術のみを採用して脂肪細胞から分離された脂肪組織由来の幹細胞を得、同時に得られることが明らかな脂肪細胞を含む画分をこれと組み合わせて引用発明と同様の細胞懸濁液を得ることは、容易に想到し得ることであり、そのような工程を経て得られた細胞製剤は、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ものである。
(b)効果について
i 本件特許明細書において確認された効果について
乙17には、引用発明に係る、自己脂肪組織由来細胞懸濁液を含む医薬組成物を「関節腔に挿入して」「注射」すると、「11日目から120日目(これまでに検査された最新日)までのフォローアップにおいて、対象は膝の痛みがないと報告し続けている。」と記載されているから(記載事項17-7)、本件特許明細書の試験例において確認された、疼痛緩和効果が出現し、持続するという効果は、乙17に記載された事項に基づいて、当業者が予測できた範囲を超える顕著な効果であるとはいえない。
また、乙18’には、「脂肪組織由来幹細胞(adipose-derived stem cells;ASCs)」は、「骨髄間葉系幹細胞と同様の多分化能をもつと報告されて」おり、「軟骨分化誘導可能であ」ることが記載されているように(記載事項18-1、18-3)、脂肪幹細胞を軟骨細胞に誘導できることは、本件特許の優先日前における技術常識であるところ、引用発明は脂肪幹細胞を含むものであるから(上記(ア)c)、本件特許明細書の試験例において確認された、膝関節内の組織再生が促されるという効果は、当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著な効果であるとは認められない。
ii 上記(a)のiの場合に係る発明の奏する効果について
本件訂正発明3のうち、コラゲナーゼ以外の酵素による処理を経ている細胞製剤の場合に係る発明の奏する効果について検討すると、本件特許明細書には、脂肪幹細胞がコラゲナーゼ以外の、トリプシン等のプロテアーゼ酵素による処理を経ている細胞製剤と、コラゲナーゼによる処理を経ている細胞製剤を比較した薬理試験結果が記載されているものでもないから、本件訂正発明3の構成により奏される効果が、当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるとはいえない。
iii 上記(a)のiiの場合に係る発明の奏する効果について
本件訂正発明3のうち、酵素による処理を経ていない細胞製剤の場合に係る発明の奏する効果について検討すると、本件特許明細書には、コラゲナーゼを含めたプロテアーゼ酵素による処理を経ていない細胞製剤と、プロテアーゼ酵素による処理を経た細胞製剤を比較した薬理試験結果が記載されているものでもないから、本件訂正発明3の構成により奏される効果が、当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるとはいえない。
(ウ)請求人の主張について
a 請求人の主張
請求人は、令和7年10月20日付けの意見書において、訂正拒絶理由に対して、おおむね次のように主張する。
(a)乙17において、実施例8、10、11、12、13、18では、脂肪組織を分離したうえで、中間層である無細胞抽出物を治療に用いている一方で、実施例19では、中間層を除去しており、乙17は、真逆のものを治療に用いているから、信頼性に乏しい文献である。
また、治療できるとされる疾患についても大量に列記しており、この中には脂肪細胞を注入すれば血管が詰まり、即死につながる疾患も挙げられている。
したがって、乙17から引用発明を認定するのは不適切である(意見書9頁4)。
(b)乙17の実施例19では、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液」との表現があるが、請求項3及び実施例3の無細胞抽出物の記載を参酌すれば、最終的に調製される医薬組成物に脂肪細胞が含まれることを意味しない(意見書3頁(3))。
(c)乙17の実施例19には、「浮遊脂肪細胞とペレット化細胞との間の層が除去された」と記載されているが、実施例4には、「遠心分離した試料内に4つの異なる層が見られた:表面上の遊離脂質の小さな(2mm厚)層、その下には脂肪細胞の白色の10mm厚の層、次いで、DMEMの大きな透明な層、次いで脂肪組織由来非脂肪細胞のペレット。」と記載されているから、実施例19における間の層を除去すると、2番目の脂肪細胞の層及び3番目のDMEMの層が除去される。したがって、実施例19の医薬組成物に脂肪細胞は含まれていない。しかも、乙17には、浮遊脂肪細胞は「表面上の遊離脂質の小さな(2mm厚)層」、すなわち脂肪細胞以外の遊離された脂質と定義されているから、「浮遊脂肪細胞」が「脂肪細胞」に相当するという認定は誤りである(意見書4頁(2))。
(d)コラゲナーゼ処理は、脂肪組織から脂肪幹細胞を単離する際に用いられる技術であることは技術常識であるから(乙17の背景技術)、実施例19において、脂肪細胞は取り除かれていると理解されるべきである(意見書5頁(3))。
(e)実施例19では、凝集体を形成したうえで、除去して医薬組成物を調製しているところ、脂肪細胞は、脂肪幹細胞と比較して極めて大きいので、凝集して除去するのであれば、脂肪細胞と考えられるから、実施例19において調製された医薬組成物は、凝集体、すなわち脂肪細胞が除去されたものと認定されるべきである(意見書5~6頁(4))。
(f)請求人は、乙17の実施例19のように、ヒトを対象として、脂肪組織から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離する技術において、コラゲナーゼ以外の酵素を使う例を知らないから、他の酵素を想到することは容易ではない(意見書7頁(1))。
(g)乙17において、機械的分離された前駆体である細胞懸濁液が用いられているのは、実施例3、8、10、11、12、13、18であるが、最終的な医薬組成物は、いずれも「無細胞抽出物」である。したがって、乙17には、無細胞抽出物を得るために、前駆体である細胞懸濁液について、機械的分離技術が用いられることが記載されているにすぎず、実施例19のような医薬組成物について、機械的分離技術を用いられることについては、記載も示唆もなされていない(意見書7~9頁(2))。
b 請求人の主張に対する当審の判断
(a)主張(a)について
乙17の請求項1には、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を含む医薬組成物に関する発明が記載されており、請求項3には、無細胞抽出物である医薬組成物に関する発明が記載されており、請求項15には、両者が択一的に記載されている(記載事項17-1)。そして「無細胞抽出物は、脂肪組織由来細胞懸濁液の細胞による分泌物を含んでいてもよい」こと、「医薬組成物は細胞懸濁液ではなく無細胞抽出物を含んでもよく、脂肪組織由来細胞懸濁液が免疫系の細胞を含む場合に、医薬組成物に対する宿主の免疫応答又は移植片対宿主病の可能性を最小限に抑えるためである」ことが記載されている(記載事項17-5)。
このように、乙17には、請求項1に係る発明及び請求項3に係る発明が請求項15において択一的に記載されるように、両発明は、技術的思想が異なる別の発明として記載されている。
そして、乙17に少なくとも2つの発明が記載されていることをもって、乙17が信頼性に乏しい文献であるとはいえない。
また、乙17の記載に基づいて認定した引用発明は、「ヒト対象の変形性関節症を治療するための医薬組成物」という医薬用途発明であるところ、仮に乙17の明細書に複数記載された疾患の中に、治療できない疾患が含まれていたとしても、引用発明の医薬用途である「ヒト対象の変形性関節症を治療するため」は、実施例をもってその治療効果が確認されている以上、当該医薬用途発明を認定することが不適切である理由にはならない。
したがって、請求人の主張(a)を検討しても、引用発明の認定に誤りがあるとはいえない。
(b)主張(b)について
上記(a)に説示したとおり、乙17には、引用発明とは異なる発明として、無細胞抽出物を含む医薬組成物に係る発明が記載されているのであるから、請求項3や実施例3の無細胞抽出物を含む医薬組成物についての記載を根拠にして、引用発明の医薬組成物に脂肪細胞が含まれない旨の請求人の主張(b)は採用することができない。
(c)主張(c)について
上記イ(ア)~(ウ)の技術的思想を具現化した実施例19には、「脂肪は0.45%塩化ナトリウム及び2.5%グルコースを含む滅菌溶液中のコラゲナーゼを含む50mlの滅菌遠心チューブに移された。脂肪サンプルは37℃で45分間消化され、その間、チューブは10分ごとに反転された。消化された遠心チューブは室温で400gで10分間遠心分離され、浮遊脂肪細胞とペレット化細胞との間の層が除去された」と記載されている(記載事項17-7)。この記載は、コラゲナーゼにより消化された脂肪を遠心分離することにより、浮遊脂肪細胞とペレット化細胞の間に層が形成され、その層を除去したことを意味することは明らかである。そして、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、以下のプロトコルに従って調製された」と記載されているとおり(記載事項17-7)、実施例19は、そもそも脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を調製することを目的とするものであるから、わざわざ脂肪細胞を除去するとは考えがたい。
さらに、実施例4は、「脂肪組織由来細胞懸濁液からの細胞を含まない抽出物の別法による調製」と題が付されたものであって、請求項3の無細胞抽出物を含む医薬組成物に関する発明を具現化したものであり、脂肪組織をハサミで細かく刻んだ後、コラゲナーゼで消化して、「遠心後、サンプルには4つの異なる層が認められた:表面の小さい(厚さ2 mm)遊離脂質層、その下に白色の厚さ10 mmの脂肪細胞層、次に透明なDMEM層、次に脂肪組織由来非脂肪細胞のペレット」から、小さい脂質層及びDMEM層を除去するものである。そうすると、実施例19の「浮遊脂肪細胞とペレット化細胞との間の層が除去された」との記載を、異なる発明の実施例である実施例4の記載に当てはめて、実施例19の最終投与製剤には、脂肪細胞は含まれない旨の主張は妥当性を欠き、採用することはできない。
また、請求人は、乙17には、浮遊脂肪細胞は「表面上の遊離脂質の小さな(2mm厚)層」、すなわち脂肪細胞以外の遊離された脂質と定義されている旨主張するが、乙17にはそのような定義を記載した箇所は見当たらない。
したがって、請求人の主張(c)を検討しても、引用発明の認定に誤りがあるとはいえない。
(d)主張(d)について
請求人が当該主張の根拠として挙げる乙17の背景技術の記載とは、以下のとおりである。
「発明の背景
脂肪組織は、大きく脂質で満たされた脂肪細胞の細胞集団と、様々な結合繊維に関連する細胞、並びに毛細血管及びより大きな血管に関連する細胞を含む非脂肪細胞の集団を含む。非脂肪細胞集団はまた、様々な浸潤免疫細胞、並びに神経系に関連する細胞及び細胞過程から構成される。さらに、非脂肪細胞集団は脂肪組織由来の成体幹細胞の集団を含むと考えられており、そのため、脂肪組織を様々な治療用途のための単離された成体幹細胞の供給源として使用することに関心が持たれてきた。
一般的に、脂肪組織由来の推定成体幹細胞を得る方法は、脂肪組織由来の非脂肪細胞から脂肪細胞を除去することを含み、それは、コラゲナーゼ等の酵素で脂肪組織を消化し、それから消化されたサンプルを遠心分離することにより、遊離した細胞を分離することを必要とする。」(記載事項17-2)
この記載によれば、コラゲナーゼ等の酵素は、単に脂肪組織を消化する目的で使用されているものであって、コラゲナーゼ処理が、脂肪組織から脂肪幹細胞だけを限定して単離する際に用いられる技術であることを示すものではない。
そうすると、コラゲナーゼが脂肪幹細胞の単離の際に使用されるとしても、そのことは、コラゲナーゼ処理をしたら、脂肪細胞がおのずと除かれることや、その後に必ず脂肪細胞が除去されることを意味しない。
したがって、請求人の主張(d)は採用することができない。
(e)主張(e)について
引用発明の「自己脂肪組織由来細胞懸濁液」の認定の基になった実施例19には、「脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液は、以下のプロトコルに従って調製された。」と記載された上で、そのプロトコルとして、「凝集体」を「除去」する工程も含めて「最終サンプル」を得ており、さらに、イ(ア)で述べたように、引用発明は、脂肪細胞及び脂肪組織由来の非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を含む組成物を炎症性疾患等の治療等のために使用することを前提とした技術であることからみても、引用発明は、脂肪細胞を含むものである。
したがって、請求人の主張(e)は採用することができない。
(f)主張(f)について
上記エ(ア)dのとおり、本件特許の優先日前において、脂肪組織をトリプシンで消化し、細胞を分離することは周知技術であった(周知技術1)。
また、乙17には、脂肪組織を脂肪組織由来細胞懸濁液に分離することを促進するために、トリプシン及びコラゲナーゼを含むが、これらに限定されないプロテアーゼ酵素が使用されることが記載されているように(記載事項17-4)、脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を調製する方法において使用できるプロテアーゼ酵素として、トリプシンとコラゲナーゼが並列して記載されている。
そうすると、引用発明において、コラゲナーゼにより消化することに代えて、周知技術でもあるトリプシンにより処理を行うことは当業者が容易に想到し得ることである。
したがって、請求人の主張(f)は採用することができない。
(g)主張(g)について
請求人は、乙17の実施例の記載に基づいて、機械的分離技術は、無細胞抽出物の前駆体を得るために用いられているにすぎず、実施例19のような医薬組成物において、機械的分離技術を用いられることは記載も示唆もなされていない旨主張する。
しかしながら、乙17には、実施例以外の明細書において、「細胞懸濁液は、当業者が容易に入手できる技術を用いて脂肪組織を機械的に分離することによって得ることができる。脂肪組織の機械的分離に適した方法は任意に使用可能であり、例えば、刃物又はハサミで脂肪組織を細断すること、又は脂肪組織を適切な孔径のスクリーン又はメッシュに通して、組織を分離細胞及び/又は脂肪組織の小片に分解することが挙げられる。」と記載され、「特定の実施形態においては、一つ又はそれ以上のプロテアーゼ酵素を使用せずに、機械的分離技術のみが使用される。これらの実施形態で用いられる技術は、迅速に脂肪組織由来細胞懸濁液を生成するために使用される。」(記載事項17-4)と記載されているように、脂肪組織から細胞を含む懸濁液を得る際に、プロテアーゼ酵素を使用せずに機械的技術のみを使用できることが示唆されているのであるから、請求人の主張(g)は、乙17の記載に照らして、採用することはできない。
また、上記エ(イ)dのとおり、本願優先日前において、消化酵素を用いることなく脂肪組織から機械的技術により細胞を得ることは周知技術であったのだから(周知技術2)、その点でも、請求人の主張(g)は採用できない。
(エ)小括
以上のとおり、本件訂正発明3は、引用発明並びに乙17に記載された事項、乙18’に示された技術常識、及び参考文献1~5に示された周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ 本件訂正発明6について
(ア)対比
本件訂正発明6と引用発明を対比する。
a 本件訂正発明6は、請求項1を引用する形式で記載されているので、引用形式での記載によらない記載に書き下すと、次のとおりのものである。
「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含み、コラゲナーゼによる処理を経ていない、脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤:
(1)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2)前記工程(1)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離し、脂肪細胞の細胞画分と、脂肪幹細胞の細胞画分とをそれぞれ得る工程、
(3)前記工程(2)で得られた脂肪幹細胞の細胞画分と、前記工程(1)で得られた細胞画分とを混合し、これらが混合された細胞画分を得る工程、
(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程。」
b 上記オ(ア)b、c、及びfでの検討を踏まえると、引用発明の「浮遊脂肪細胞」は、本件訂正発明6の「脂肪細胞」に相当し、引用発明の「ペレット細胞」及び「細胞ペレット」は、本件訂正発明6の「脂肪幹細胞」を含むものであり、引用発明の「細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含む自己脂肪組織由来細胞懸濁液を含む、ヒト対象の変形性関節症を治療するための医薬組成物」は、本件訂正発明6の「変形関節症を治療するための細胞製剤」に相当する。
c 引用発明の「対象の腹部から採取された脂肪吸引物」は、本件訂正発明6の工程(1)の「採取された脂肪」に相当する。そして、本件訂正発明6の工程(2)及び工程(4)はいずれも「前記工程(1)から得られた細胞画分」を使用するものであり、工程(3)は「前記工程(2)で得られた脂肪幹細胞の細胞画分」を使用するものであるから、「前記工程(1)から得られた細胞画分」を使用するものである。
そうすると、引用発明の「対象の腹部から採取された脂肪吸引物」を原料とする「工程」を経て製造された医薬組成物は、本件訂正発明6の工程(1)~工程(4)のいずれの工程にも含まれる、工程(1)の「採取された脂肪」を原料とする工程を経て製造された細胞製剤と、「採取された脂肪を原料として製造された」点で共通する。
d そして、引用発明の「細胞生存率90%の細胞約2,000万個を含む自己脂肪組織由来細胞懸濁液を含む、ヒト対象の変形性関節症を治療するための医薬組成物」は、脂肪細胞及び脂肪幹細胞を含むものであるから、本件訂正発明6の「脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤」に相当する。
e したがって、本件訂正発明6と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
<一致点>
採取された脂肪を原料として製造された、脂肪細胞を含む、変形関節症を治療するための細胞製剤。
<相違点2>
細胞製剤が、本件訂正発明6では、「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含」むものであり、上記工程(1)~(4)が、
「(1)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程、
(2)前記工程(1)で得られた細胞画分の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離し、脂肪細胞の細胞画分と、脂肪幹細胞の細胞画分とをそれぞれ得る工程、
(3)前記工程(2)で得られた脂肪幹細胞の細胞画分と、前記工程(1)で得られた細胞画分とを混合し、これらが混合された細胞画分を得る工程、
(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程。」であって、「コラゲナーゼによる処理を経ていない」ものであるのに対し、引用発明では、
「対象の腹部から採取された脂肪吸引物及びチュメセント液をシリンジに配置し、脂肪とチュメセント液を分離する工程、
分離された脂肪をコラゲナーゼにより消化する工程、
消化された脂肪を遠心分離して、浮遊脂肪細胞とペレット細胞の間の層を除去し、細胞ペレット及び浮遊脂肪細胞を組み合わせ、これを繰り返す工程、及び
組み合わされた細胞調製物を希釈し、形成された凝集体を除去する工程、
により得られた」ものである点。
(イ)判断
a 新規性について
採取された組織を原料として製造された細胞製剤は、製造方法が異なれば、細胞製剤に含まれる細胞の組成、不純物の含有量、細胞外基質の状態、及びその性状等が様々に異なるものとなり得ることを、当業者は当然に理解する。
そして、上記相違点2において認定したとおり、本件訂正発明6と引用発明は、細胞製剤の製造方法が異なるものであるから、物として異なり得るものである。
したがって、相違点2は実質的な相違点であるから、本件訂正発明6は、乙17に記載された発明ではない。
b 進歩性について
(a)相違点2について検討する。
i 本件訂正発明6に係る細胞製剤は、「下記工程(1)で得られる細胞画分、下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分、下記工程(3)で得られる細胞画分、又は下記工程(4)で得られる細胞画分を含み」と、4つの細胞画分が選択肢で記載されているので、以下、それぞれの場合について検討する。
ii 本件訂正発明6に係る細胞製剤のうち、「下記工程(1)で得られる細胞画分」、又は「下記工程(4)で得られる細胞画分」を含む場合について検討する。
「下記工程(1)で得られる細胞画分」は、「採取された脂肪から液体画分を除去し」て得られるものである。また、「下記工程(4)で得られる細胞画分」は、「採取された脂肪から液体画分を除去し」て得られた細胞画分から「不純物を除去し」て得られる「脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる」ものである。
ここで、採取された組織を原料として製造される細胞製剤は、製造方法が異なれば、細胞製剤に含まれる細胞の組成、不純物の含有量、細胞外基質の状態、及びその性状等が様々に異なるものとなり得るから、本件訂正発明6に特定される細胞製剤も、上記の「採取された脂肪から液体画分を除去」する工程の内容、及び、「採取された脂肪から液体画分を除去し」て得られるものから「不純物を除去」する工程の内容により、様々に異なり得る。
そこで、上記「採取された脂肪から液体画分を除去」する工程、及び「不純物を除去」する工程について、本件特許明細書には、以下の記載がある。
「【0042】
方法(a)
本発明の細胞製剤を調製する方法(a)は、(1a)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程を含む。
【0043】
ここで、採取された脂肪とは、脂肪吸引、脂肪切除、除脂術等により脂肪組織から採取された、脂肪組織由来の細胞画分及び液体画分の混合物を指す。細胞画分には、脂肪細胞、脂肪幹細胞及び不純物(血球、死活細胞、老化細胞等)が含まれる。また、液体画分には、チュメセント液、細胞組織液等が含まれる。」
「【0055】
方法(c)
本発明の細胞製剤を調製する方法(c)は下記:
(1c)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程;ならびに
(2c)前記工程(1c)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞及び脂肪幹細胞の濃縮物を得る工程、を含む。
【0056】
ここで、工程(1c)については、上記方法(1a)に記載の通りである。工程(2c)においては、細胞画分から不純物を除去して濃縮する。不純物除去及び濃縮の方法としては特に限定されず、従来公知の方法から適宜選択され得るが、簡便には、例えば特許文献3に記載されるウェイトフィルターを備えたシリンジを使用することにより、壊れた脂肪細胞から遊離したフリーオイル、死活細胞、老化細胞等の不純物が除去され、健全な脂肪細胞及び脂肪幹細胞の濃縮物が得られる。」
上記の記載からみて、本件訂正発明6の「採取された脂肪から液体画分を除去」する工程は、採取された脂肪からチュメセント液、細胞組織液等を除去する工程であると解される。また、本件訂正発明6の「不純物を除去」する工程は、そうして得られた細胞画分から、壊れた脂肪細胞から遊離したフリーオイル、死活細胞、老化細胞等を除去する工程であると解される。
一方、上記イで説示したように、引用発明は、脂肪組織は脂肪細胞の集団と、結合繊維や血管に関連する非脂肪細胞の集団を含み、非脂肪細胞の集団には脂肪組織由来の成体幹細胞が含まれているため、脂肪組織は治療用途のための単離された成体幹細胞の供給源として関心がもたれていたという技術的背景のもと、「脂肪細胞および/または脂肪細胞と非脂肪細胞の相互作用」が炎症性疾患や軟骨・骨疾患の治療、炎症性疾患に伴う疼痛緩和といった治療活性に寄与する可能性があることに着目して、脂肪細胞と非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を調製し、これを炎症性疾患や軟骨・骨疾患の治療、疼痛緩和のために使用することを目的としてなされた発明である。
そして、脂肪組織は、脂肪細胞及び非脂肪細胞以外にも、様々な成分を含むものであるところ、引用発明では、採取された脂肪吸引物から分離された脂肪をコラゲナーゼで消化することにより、脂肪細胞と、非脂肪細胞を含む細胞ペレットを一旦分離した後に、脂肪細胞とペレット細胞の間の層、すなわち、脂肪組織の小片及び凝集体を含む層を廃棄して(記載事項17-4)、脂肪細胞と細胞ペレットを混合するという工程、さらに、希釈して形成された凝集体を除去する工程を含む製造方法により製造した細胞懸濁液を、変形性関節症であるヒト対象に投与して治療活性を確認している。
このように、引用発明は、脂肪細胞と非脂肪細胞を一旦分離する工程も含む方法で、脂肪細胞及び非脂肪細胞以外の、脂肪組織の小片及び凝集体を含む層を廃棄する工程及び希釈して形成された凝集体を除去する工程を経て、脂肪細胞と非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を製造して、この細胞懸濁液が、「脂肪細胞および/または脂肪細胞と非脂肪細胞の相互作用」に関連すると推認される治療活性を奏することを確認しているものであるから、脂肪細胞と非脂肪細胞を一旦分離する工程は、脂肪組織の小片及び凝集体を含む層の廃棄、及び、非脂肪細胞の脂肪細胞からの分離を可能にして、得られる細胞懸濁液中の脂肪細胞と非脂肪細胞との相互作用を可能とし得ることを当業者は想起する。
そうすると、引用発明において、あえて、脂肪細胞と非脂肪細胞を分離して、脂肪組織の小片及び凝集体を含む層を廃棄することなく、いわば、採取された脂肪から液体画分を除去しただけの工程である本件訂正発明6の「(1)採取された脂肪から液体画分を除去し、細胞画分を得る工程」により得られる細胞画分を含む細胞製剤を得ようとすること、又は、脂肪細胞と非脂肪細胞を分離して、脂肪組織の小片及び凝集体を含む層を廃棄することなく、採取された脂肪から液体画分を除去した上で、不純物を除去しただけの工程である本件訂正発明6の「(4)前記工程(1)で得られた細胞画分から不純物を除去し、脂肪細胞と脂肪幹細胞の濃縮物からなる細胞画分を得る工程」により得られる細胞画分を含む細胞製剤を得ようとすることは、上記治療活性の観点に加えて、純度の観点からみても、乙17、乙18’、参考文献1~5の記載に接した当業者にとって動機付けられるものではない。
したがって、本件訂正発明6のうち、「工程(1)で得られる細胞画分」、又は「工程(4)で得られる細胞画分」を含む細胞製剤に至ることは、当業者であっても容易に想到するものではない。
iii 本件訂正発明6に係る細胞製剤のうち、「下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分」を含む場合について検討する。
本件訂正発明6の「下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分」は、「工程(1)で得られる細胞画分」の少なくとも一部から脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離する工程を経て得られる、脂肪細胞の細胞画分であるところ、上記iiで説示したように、引用発明は、脂肪細胞と非脂肪細胞の相互作用が炎症性疾患や軟骨・骨疾患の治療、炎症性疾患に伴う疼痛緩和といった治療活性に寄与する可能性があることに着目し、脂肪細胞と非脂肪細胞の両方を含む脂肪組織由来細胞懸濁液を調製し、これを炎症性疾患や軟骨・骨疾患の治療、疼痛緩和のために使用することを目的としてなされた発明であるから、本件訂正発明6の「下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分」が、脂肪細胞と非脂肪細胞の両方を含む引用発明と同様の治療活性を奏することを、乙17、乙18’、参考文献1~5の記載をみても当業者は認識し得ない。
なお、乙17には、特許請求の範囲に「1 脂肪細胞を含む脂肪組織由来細胞懸濁液の、対象における炎症性の疾患の治療・・・のための医薬組成物の製造のための使用。」と記載され、「脂肪細胞・・・が炎症性疾患・・・における脂肪組織由来細胞懸濁液の治療活性に寄与する可能性があると考えられる。」(記載事項17-3)との記載があり、脂肪細胞のみを含む脂肪細胞懸濁液の調製(例7)の記載もあるが、脂肪細胞のみを含む脂肪細胞懸濁液が、脂肪細胞自体による治療活性を奏することは、乙17において確認されていないから、乙17の上記の記載事項を考慮しても、「下記工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分」が引用発明と同様の治療活性を奏することを当業者は認識し得ない。
したがって、本件訂正発明6のうち、「工程(2)で得られる脂肪細胞の細胞画分」を含む細胞製剤に至ることは、当業者であっても容易に想到するものではない。
iv 本件訂正発明6に係る細胞製剤のうち、「下記工程(3)で得られる細胞画分」を含む場合について検討する。
本件訂正発明6の「下記工程(3)で得られる細胞画分」は、上記iiiの「下記工程(2)で得られる脂肪幹細胞の細胞画分」と、上記iiの「下記工程(1)で得られる細胞画分」とを混合して得られるものであるところ、上記iiで説示したように、引用発明を出発点にして、本件訂正発明6の「下記工程(1)で得られる細胞画分」に至ることは、当業者が容易に想到するものではない以上、そのような本件訂正発明6の「下記工程(1)で得られる細胞画分」と混合して、細胞製剤を得ようとすることもまた、当業者が容易に想到し得るものではない。
したがって、本件訂正発明6のうち、「工程(3)で得られる細胞画分」を含む細胞製剤に至ることは、当業者であっても容易に想到するものではない。
(b)以上のとおり、相違点2は、当業者が容易に想到し得るものではない。
(ウ)小括
以上の検討によれば、本件訂正発明6は、引用発明並びに乙17に記載された事項、乙18’に示された技術常識、及び参考文献1~5に示された周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3)まとめ
以上のとおり、本件訂正発明3は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、訂正事項1に係る訂正は、特許法第126条第7項の規定に適合しない。
また、本件訂正発明6は、特許出願の際独立して特許を受けることができないとする理由は見いだせないから、訂正事項2に係る訂正は、特許法126条7項の規定に適合するものである。
第5 むすび
以上のとおり、請求項3についての訂正は、特許法第126条第7項の規定に適合しないものであるから、一群の請求項である請求項3~5についての訂正は認められない。
また、請求項6についての訂正は、特許法第126条第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第5項~第7項の規定に適合するので、請求項6についての訂正を認める。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2025-390060