特許拒絶査定不服審判
2024-012253
糖尿病バイオマーカ
- 審判番号
- 2024-012253
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2022-175993
- 請求日
- 2024年07月25日
- 審決日
- 2025年08月25日
- 公報発行日
- 2026年02月27日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ファイム ファーマ リミテッド
- 【請求人代理人】弁理士法人RYUKA国際特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 加々美 一恵
- 審判官 宮澤 浩
- 審判官 松本 隆彦
- 分類
- P18 .14 -Z (G01N) / P18 .537-Z (G01N)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条1項特許法36条6項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第29条第1項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2022-175993「糖尿病バイオマーカ」拒絶査定不服審判事件〔令和 5年 1月24日出願公開、特開2023- 11814〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2013年(平成25年)5月24日(パリ条約による優先権主張 2012年5月24日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2015-514216号の一部を平成30年2月19日に新たな特許出願(特願2018-27381号)とし、さらにその一部を令和2年9月7日に新たな特許出願(特願2020-150183号)とし、またさらにその一部を令和4年11月2日に新たな特許出願としたものである。その主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和 5年 8月25日付け:拒絶理由通知
令和 6年 3月15日付け:拒絶査定
令和 6年 7月25日 :審判請求書の提出
第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明は、本願の願書に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
被験者から抽出されたサンプルに対し、前記被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法であって、
CD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションを、蛍光ラベルでラベリングする段階と、
前記CD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションを、前記蛍光ラベルを用いて測定する段階と、
CD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)サブポピュレーションを、蛍光ラベルでラベリングする段階と、
前記CD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)サブポピュレーションを、前記蛍光ラベルを用いて測定する段階と、
前記セラピーの有効性を評価する段階と、
を備え、
前記セラピーの間における、前記CD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションに対する前記CD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)サブポピュレーションの高い比または比の増大は、前記セラピーの有効性を示す、方法。」
第3 原査定の理由
原査定の拒絶の理由は、以下のとおりである。
1.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
2.(産業上の利用可能性)この出願の下記の請求項に係る発明は、下記の点で特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。
記
●理由1について
・請求項1
請求項1には、関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法が記載されている。
一方、発明の詳細な説明には、1型糖尿病について具体的に開示されているものの、関節リウマチまたは多発性硬化症については何ら具体的に検討がなされていない。治療の有効性のバイオマーカーについては、実際に検討してみなければ把握し得ないことが出願時の技術常識である。
そのため、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとは言えない。
よって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。
●理由2について
・請求項1
請求項1には「関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」が記載されている。
そのため、医療目的で人間の病状や健康状態等の身体状態又は精神状態について、あるいは、それらに基づく処方や治療又は手術計画について判断する工程を含む方法に該当する。
よって、産業上利用することができる発明に該当しない。
第4 当審の判断
1 本願発明
本願発明は、前記第2で示したとおりである。
2 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)についての判断
(1)本願発明に係る疾患
本願発明は、「被験者から抽出されたサンプルに対し、前記被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」に係る発明であって、セラピーの有効性の決定に係る疾患は、関節リウマチまたは多発性硬化症である。
(2)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には以下の記載がある。なお、摘記中の下線は当審が付したものである。
「 【0002】
本発明は、概して自己免疫、糖尿病の分野に関し、より具体的には1型糖尿病および免疫マーカに関する。
【背景技術】
【0003】
1型真性糖尿病(T1DM)の最もよく見られる形態は免疫介在性疾患であり、そこでは、自己免疫応答によってインスリン分泌β細胞が破壊される。特異的にインスリン分泌β細胞をターゲットとした免疫細胞による膵島の進行性炎症性湿潤を伴うこの疾患の発病には、多くの遺伝因子および環境因子が関連している。その症状は、臨床的発症(前糖尿病)前の予測できない期間(数ヶ月から数年)にわたって進行し、患者がこの疾患と診断された後も続く。
(中略)
【0005】
しかしながら、このスクリーニングは、個々の患者に対しては限られた有用性しかない。抗体スクリーンは、T1DMの高められたリスクレベルを検出することができるが、リスクは一般的な個体群に基づいており、例えば次の数ヶ月内に疾患が発病するかどうか、または、各個人が次の5-10年間にわたって糖尿病にならないであろうかどうかについて、個々の患者に通知することができない。自己免疫性破壊の強度は患者によって変動する。従って、各個人に対してT1DMを発症する個人的リスクを通知し、疾患の発病の時間枠を示すことのできる診断方法に対する要求がある。
(中略)
【0007】
疾患の後臨床段階においてβ細胞機能を維持することを意図したセラピーに対し、T1DMの進行を測定するために刺激C-ペプチド濃度が用いられてきた(Palmer JP, et al., Diabetes 2004; 53:250-264)。しかしながらC-ペプチド濃度の使用は、長期間にわたって繰り返される侵襲的検査(いわゆる混合食負荷試験)を要する。従って、β細胞機能、故にC-ペプチド濃度を低減させる疾患の進行の評価を可能にさせるために、試験は長い間続く。
【0008】
従って、試験(予防試験および治療介入試験の両者)に対する主要評価項目としての役割を果たすより良いマーカ、並びに、T1DM自己免疫の進行性をより速く且つより信頼性高く示すことができ、従って前糖尿病および糖尿病状態を段階分けすることができるより良いマーカに対する要求がある。T1DMの治療に対するセラピーの有効性を測定することができる、および/または、合併症を検出することができるより良好な分析に対する要求もある。
【0009】
1型糖尿病における自己インスリン生成の減少に対する新たなマーカが、セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションに対するCD4ナイーブ(CD45RO-CD62L+)の比に、また、セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションレベルに見出された。糖尿病、前糖尿病、真性糖尿病への感染し易さ、または、被験者におけるそのような複数の疾病のうちの1または複数に対するセラピーの有効性を診断する方法は、患者から抽出されたサンプルの免疫蛍光分析によってCD4ナイーブ(CD45RO-CD62L+)T細胞のレベルを決定することと、患者から抽出されたサンプルの免疫蛍光分析によってCD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞のレベルを決定することと、CD4ナイーブT細胞のレベルおよびCD4セントラルメモリーT細胞のレベルを定量的に関連付けることとによって実施することができる。ここで、CD4セントラルメモリーT細胞に対するCD4ナイーブT細胞の低い比または比の減少、あるいは、CD4セントラルメモリーT細胞の高いレベルまたはレベルの増大は、自己免疫疾患、前自己免疫疾患、自己免疫への感染し易さ、またはそれらの複数の疾病のうちの1または複数に対する治療の有効性の無さを示す。前糖尿病の状況においては、T1DM特異的自己抗体の存在が、T1DM自己免疫自身の存在を示す。よって、本発明の1つの態様において本明細書に記載される方法は、糖尿病自己抗体が存在するかどうかを決定することと組合わせられる。
(中略)
【0012】
いくつかの実施形態は、真性糖尿病等、被験者における自己免疫疾患に対する治療介入の効果を監視する方法を提供する。これは、自己免疫疾患または疾病に対するセラピーを受ける被験者を選択する段階と、上記被験者からサンプルを抽出する段階と、上記サンプル中のCD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションを測定する段階および任意でCD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)サブポピュレーションを測定する段階と、上記セラピーの有効性を評価する段階とを備える。ここで、セラピーの間における低いCD4セントラルメモリーT細胞レベルまたはその減少、あるいは、CD4セントラルメモリーT細胞サブポピュレーションに対するCD4 T細胞ナイーブの高い比または比の増大は、効果的なセラピーであることを示す。例えばセラピーの開始前に(またはセラピーの開始よりも後だが細胞ポピュレーションの変化の発現よりも前に)、および、継続するセラピーのおよそ3ヶ月および/または6ヶ月の時点で被験者からサンプルが抽出される。
(中略)
【発明を実施するための形態】
【0021】
1型真性糖尿病(T1DM)の最もよく見られる形態は免疫介在性疾患であり、そこでは、自己免疫応答によってインスリン分泌β細胞が破壊される。T細胞が、T1DMに関連した自己免疫において主要な役割を果たす。十分に活性化されるためには、これらの細胞には少なくとも2つの極めて重要な信号が必要であると信じられている。(Marelli-Berg FM, Okkenhaug K, Mirenda V. A Trends Immunol 2007; 28: 267-73。)第1の信号は、抗原提示細胞上のMHC分子の溝中の抗原とT細胞受容体との間の相互作用である。第2の信号は、抗原提示細胞上のCD80およびCD86と、T細胞上のCD28との間の相互作用である。この共刺激性の第2の信号は、細胞の十分な活性化に必要であり、これ無しでは細胞が機能できない。従って、自己免疫および移植用の治療法として共刺激遮断が提案されてきた。(Bluestone JA, St Clair EW, Turka LA. Immunity 2006; 24: 233-38。)
(中略)
【0026】
よって次の仮説が立つ。すなわち、アバタセプトは、ナイーブ細胞が活性化されることを妨げるということ。そして、CD4メモリーT細胞と比較してより高い濃度のCD4ナイーブT細胞の存在は、この化合物が前糖尿病被験者におけるT1DMの発病を遅延させるのに効果的であり、また、T1DM患者におけるインスリン生成の減少を遅延させるのに効果的であることを示すということである。アバタセプトは、CD4ナイーブからCD4セントラルメモリーT細胞への活性化プロセスを妨げるので、CD4セントラルメモリーT細胞レベルを減少させることにより、自己免疫に対するその効果を発揮する。このバイオマーカはまた、(糖尿病抗体と併せた)糖尿病または前糖尿病の進行性を診断するためのアバタセプト等の化合物が存在しない状態で使用することもでき、また、速い進行性の真性糖尿病への感染し易さを決定するために使用することもできる。このマーカは、自己免疫性破壊の強度および病原力、インスリン分泌β細胞の損失速度を監視することができる。
(中略)
【0029】
本明細書で使用される"被験者"という用語は、自己免疫障害を有するか、または有することが予期される人間またはその他の動物である。従って、いくつかの実施形態において、被験者は本明細書に提供されるような治療処置が必要であろう。好ましい被験者は哺乳動物である。被験者の例としては、これらに限定されるものではないが、ヒト、ウマ、サル、イヌ、ネコ、ネズミ、ラット、ウシ、ブタ、ヤギ、およびヒツジを含む。いくつかの実施形態において、"被験者"は概して糖尿病を有するまたは有すると予期されるヒト患者である。いくつかの実施形態において、"被験者"はここ最近200日、100日、または50日以内に糖尿病と診断されたヒト患者である。いくつかの実施形態において、"被験者"は1型真性糖尿病を有するヒト患者である。いくつかの実施形態において、"被験者"は前糖尿病のヒト患者である。いくつかの実施形態において、"被験者"は最近真性糖尿病と診断されたものの、残存ベータ細胞機能をまだ有しているヒト患者である。いくつかの実施形態において、"被験者"は1型糖尿病以外の自己免疫を有するヒト患者である。そのような自己免疫は、これらに限定されるものではないが、関節リウマチおよび多発性硬化症を含む。
(中略)
【0039】
実施例1 -試験
上記で参照した文献Lancet(参照によりその内容全体が本明細書に組み込まれる)に記載されるように、1型糖尿病と診断された複数の患者に対してアバタセプトを使用する第2相臨床試験が実施された。適格な患者達は、最近100日以内に1型糖尿病と診断され、少なくとも1つの糖尿病関連の自己抗体(マイクロアッセイされたインスリン抗体、グルタミン酸デカルボキシラーゼ-65[GAD-65]抗体、膵島細胞抗原-512[ICA-512]抗体、または膵島細胞自己抗体)を有し、0.2nmol/Lまたはそれより高い刺激C-ペプチド濃度を有する。
(中略)
【0041】
血液サンプルが一元的に分析された。2サイトのエンザイムイムノアッセイ(two-site immunoenzymometric assay)(Tosoh Bioscience, South San Francisco、カリフォルニア州、米国)を用いて、凍結血漿からC-ペプチド濃度が測定された。血液サンプルを、3ヶ月目、6ヶ月目、12ヶ月目、18ヶ月目、および24ヶ月目、並びに、投与の終わりから6ヵ月後の30ヶ月目に取得した。
【0042】
研究に登録された112人の患者のうち、77人がアバタセプトを用いた実験的治療を受けるように無作為に割り当てられ、35人がプラシーボを受けるように割り当てられた。2年にわたるアバタセプトを用いた共刺激変調は、最近発症した1型糖尿病におけるβ細胞機能の低下を9.6ヶ月遅くするという結果を示した。2年後、アバタセプト治療を受けた群はプラシーボ群に比べて、59%高い自己インスリン生成を有していた。アバタセプト治療を受けた群はまた、(同一のインスリン使用量を用いた)試験全体を通して、著しく良好なHbA1c(血糖制御のレベルの測定)を有した。たとえ恐らく数年間は疾患の進行が続くとしても、初期治療介入の有益な効果は、1型糖尿病の臨床診断時点前後にもT細胞活性化がまだ起こることを示唆している。
【0043】
実施例2 -フローサイトメトリー
実施例1の臨床試験の被験者達からの複数の血液サンプルに対するフローサイトメトリー分析が、アバタセプトおよびプラシーボ治療群の両者に対して、0、3、6、12、および24ヶ月目に実行され、試験の終わりから6ヵ月後(30ヶ月目)に追加の分析が行われた。フローサイトメトリーは、細胞等の顕微粒子を流体の流れの中に浮遊させ、一度に1つの細胞をレーザおよび電子検出装置に通過させることによって、これらを計数および調査する通常の技術である。現在の機器は、通常、複数のレーザおよび蛍光検出器を有している。レーザおよび検出器の数を増加させることにより複数の抗体ラベリングが可能になり、また、それらの表現型マーカによって、目標とするポピュレーションをより正確に識別することができる。
(中略)
【0046】
しかしながら、治療の間、セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)サブポピュレーションに対するCD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)比は、アバタセプト群において基準値から著しく増大し、その後、セラピーを止めると基準値へと戻った。プラシーボ群に対する試験の間、より高いCD4セントラルメモリーT細胞が、C-ペプチドのその後の減少と著しい関連があった。アバタセプト群におけるこれらのT細胞の減少は、より遅い速度のC-ペプチドの減少と著しい関連があった。
(中略)
【0048】
表1は、3、6、12、および24ヶ月目に対する、CD4セントラルメモリーT細胞に対するCD4ナイーブT細胞の比に関する、logで与えられた基準値からの最小二乗平均変化、および、基準値からの標準偏差並びにp値を与える。基準値から30ヶ月目は、被験者がセラピーを止めており、30ヶ月目データとして与えられる。薬剤群およびプラシーボ群の間のp値は、同一の訪問時における複数の群間のものである。
【表1】
[図:0001431775000001.jpg]
」
(3)判断
ア まず、本願発明の解決しようとする課題は、上記(2)の【0002】~【0008】によれば、T1DM(1型真性糖尿病)の治療に対するセラピーの有効性を決定することであるところ、本願発明は、上記第2で記載したとおり、「被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」であるから、本願発明の課題に対応しておらず、本願発明の課題を解決できると認識されるものではない。
イ また、上記(2)によれば、本願の明細書の【0039】中の「実施例1-試験 上記で参照した文献Lancet(参照によりその内容全体が本明細書に組み込まれる)に記載されるように、1型糖尿病と診断された複数の患者に対してアバタセプトを使用する第2相臨床試験が実施された。」という記載から、実施例1では1型糖尿病患者からサンプルを採取して各種実験が実施されたことが読み取れる。また、【0043】には実施例2について「実施例1の臨床試験の被験者達からの複数の血液サンプルに対するフローサイトメトリー分析が、アバタセプトおよびプラシーボ治療群の両者に対して、0、3、6、12、および24ヶ月目に実行され、試験の終わりから6ヵ月後(30ヶ月目)に追加の分析が行われた。」とあることからして、実施例2においても、実施例1と同様に1型糖尿病患者について実験が行われたことが読み取れる。
一方、本願の明細書には、関節リウマチや多発性硬化症の患者について、何らかの実験検討をした記載は見当たらない。
また、【0003】や【0021】には「1型真性糖尿病(T1DM)の最もよく見られる形態は免疫介在性疾患であり」との記載があり、1型真性糖尿病が免疫介在性疾患であることが読み取れる。【0009】には「CD4セントラルメモリーT細胞に対するCD4ナイーブT細胞の低い比または比の減少、あるいは、CD4セントラルメモリーT細胞の高いレベルまたはレベルの増大は、自己免疫疾患、前自己免疫疾患、自己免疫への感染し易さ、またはそれらの複数の疾病のうちの1または複数に対する治療の有効性の無さを示す。」とあり、【0012】には「いくつかの実施形態は、真性糖尿病等、被験者における自己免疫疾患に対する治療介入の効果を監視する方法を提供する。」とあり、【0026】には「アバタセプトは、CD4ナイーブからCD4セントラルメモリーT細胞への活性化プロセスを妨げるので、CD4セントラルメモリーT細胞レベルを減少させることにより、自己免疫に対するその効果を発揮する。」、「このマーカは、自己免疫性破壊の強度および病原力、インスリン分泌β細胞の損失速度を監視することができる。」とあるように、本願明細書には、CD4セントラルメモリーT細胞サブポピュレーションに対するCD4T細胞ナイーブの比が自己免疫疾患に関連することについての記載が存在する。【0029】には「本明細書で使用される被験者という用語は、自己免疫障害を有するか、または有することが予期される人間またはその他の動物である。」とあり、自己免疫障害を有する被験者を採用することについても記載が存在する。
しかしながら、これらの記載はいずれも一般的な記載にとどまり、実際に関節リウマチや多発性硬化症について患者のデータを提示したものではない。また、関節リウマチや多発性硬化症の発症や治療について、1型糖尿病との関連性を示すものでもなく、また、自己免疫疾患全体に該当するものであることをデータや作用機序に基づいて示すものでもない。実際、1型糖尿病と関節リウマチや多発性硬化症は、いずれも同じ自己免疫疾患に属するものであっても、それぞれ発症する組織、器官も違えば、症状も異なっており、それぞれに対する治療もまた異なることは、当業者にとって例示するまでもなく技術常識である。
とすると、「被験者から抽出されたサンプルに対し、前記被験者の1型糖尿病に対するセラピーの有効性を決定する方法」についてはともかく、「被験者から抽出されたサンプルに対し、前記被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」に係る本願発明については、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されていないし、技術常識を勘案したとしても、本願発明が記載されているに等しいといった事情も見当たらない。
ウ 以上のことから、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。
(4)審判請求書での請求人の主張について
ア 請求人の主張
請求人は、審判請求書で「本願明細書にあたった当業者であれば、1型糖尿病に対して有効な本願発明の方法は、同じ自己免疫疾患である関節リウマチおよび多発性硬化症に対しても有効であると当然に理解する。よって、1型糖尿病について記載した本願明細書にあたった当業者であれば、関節リウマチおよび多発性硬化症についても本願発明を拡張および一般化できると当然に理解できるものである。」と主張し、その具体的な根拠として以下の2点を主張している。
主張1:1型糖尿病、関節リウマチ、および多発性硬化症は、いずれも自己免疫疾患であることは、当業者にとって技術常識である。また、自己免疫の発症機構について、自己抗体が産生されることで、自己の組織を攻撃することが知られている。1型糖尿病と関節リウマチ、多発性硬化症では確かに発症する器官や症状に差異が見られるかも知れないが、これらの自己免疫疾患の発症における分子メカニズムは共通であることは当業者に広く知られている。例えば、細菌やウイルスなどの病原体が感染すると、ナイーブT細胞は増殖してエフェクターT細胞となり、病原体を排除する。感染がおさまると、大部分のエフェクターT細胞は死滅するものの、一部はセントラルメモリーT細胞として生き残ることは、どの器官であっても共通である。換言すれば、1型糖尿病、関節リウマチおよび多発性硬化症は、すべて同じ病的なT細胞媒介免疫破壊プロセスを伴う自己免疫疾患であり、これらの唯一の違いは標的臓器である。例えるなら、射撃場のように、標的は変わるものの、銃と弾丸は同じである。
主張2:以下の文献(N Engl J Med 2020;383:1156-66)は、自己免疫疾患の共通の病態メカニズムを解説した、非常に包括的なレビュー論文であり、例えば、1161ページの免疫寛容の誘導の章には、「歴史的に、自己免疫疾患や臓器移植拒絶反応の患者にとって唯一の選択肢は、重篤な副作用のリスクが高い、広範囲の免疫抑制薬の使用であった。カルシニューリン阻害剤、グルココルチコイド、腫瘍壊死因子αおよびインターロイキン-1拮抗薬などの承認された治療法は、継続的な治療を必要とし、寛容の誘導ではなく免疫機能不全の最終段階をターゲットとしている。免疫寛容の分子的および機能的基礎に関する理解が深まったことで、治療の状況を根本的に変える可能性のある寛容誘発薬の開発が促進された。」と記載されている。また、1162ページ右欄には、「過去数年間、組織反応性免疫の媒介に関与する高度に活性化した病原性T細胞を選択的に標的とする治療法が開発されてきた。これらの治療法には、抗CD3モノクローナル抗体(テプリズマブ)、CD2共刺激受容体LFA-3の可溶性形態(アレファセプト)、低用量抗胸腺細胞グロブリンなどがある。これらの生物学的製剤は、高度に活性化したエフェクター細胞のアポトーシスと機能的不活性化を誘導し、ナイーブT細胞とTreg細胞をそのままにするか、制御経路を拡大することさえあることが示されている。このクラスの治療薬は、患者が短期間しか治療されなかった場合でも、さまざまな自己免疫疾患に有効であることが示されている。」旨の記載があり、これにより、1型糖尿病の治療の可能性が示唆されている。さらに、図1および2に記載の共刺激経路の阻害剤により、間接リウマチを治療し得る旨も記載されている。加えて、免疫寛容に重要な関与をしているTreg細胞の数と活性を制御することにより、腎臓または肝臓移植、尋常性天疱瘡、全身性エリテマトーデス、炎症性腸疾患、自己免疫性肝炎、アレルギー、喘息などの適応症に対するTreg細胞療法の安全性と有効性が検討されている。この文献によれば、自己免疫疾患の病態メカニズムは、多くの部分で共通していることを付言する。
イ 請求人の主張に対する合議体の判断
(ア)主張1について
上記(3)で述べたとおり、1型糖尿病と関節リウマチや多発性硬化症は、いずれも同じ自己免疫疾患に属するものであっても、それぞれ発症する組織、器官も違えば、症状も異なっており、それぞれに対する治療もまた異なるものである。請求人は「これらの自己免疫疾患の発症における分子メカニズムは共通である」旨の主張をしているが、当該「共通」の「分子メカニズム」が具体的にどういうものであるかについては主張がないし、例示されている「細菌やウイルスなどの病原体が感染すると、ナイーブT細胞は増殖してエフェクターT細胞となり、病原体を排除する。感染がおさまると、大部分のエフェクターT細胞は死滅するものの、一部はセントラルメモリーT細胞として生き残ることは、どの器官であっても共通である。」は、自己免疫疾患だけでなく、免疫機構一般に該当するものである。仮に、請求人の主張に沿った場合、関節リウマチまたは多発性硬化症だけでなく、ごく一般的な細菌、ウイルス感染についてのセラピーの有効性を決定する方法についてまでもが、本願明細書に記載されていることとなってしまい、到底採用することはできない。
(イ)主張2について
主張2で挙げられた文献は2020年に公知となった文献であって、本願の遡及出願日である平成25年(2013年)5月24日よりかなり後に公知となった文献であり、本願の遡及出願日の技術常識を裏付けるものして採用できるものではない。
また、例えば、多発性硬化症の治療薬であるインターフェロンβは、1型糖尿病の増悪又は発症をもたらすことが知られている(「日本標準商品分類番号876399 総合製品情報概要 特定生物由来製品・劇薬・処方箋医薬品注遺伝子組換え型インターフェロン-β-1b製剤 ベタフェロン皮下注用960万国際単位」(https://pharma-navi.bayer.jp/sites/g/files/vrxlpx9646/files/2021-12/BFN_PRI_202112150.pdf)の「4.副作用」の項に「1型糖尿病の増悪又は発症(頻度不明)〕があらわれることがある」(16頁)との記載がある。)。自己免疫疾患における病態のメカニズムが多くの部分で共通していても、セラピーの有効性は、それぞれ疾患毎に検討する必要があることは上記した例からも明らかであり、ある疾患に対するセラピー有効性を決定する方法が、他の疾患においても具体的なデータに基づく検討をすることなく有効であるとまでいえるような技術常識が存在していたと認められるものではない。
(ウ)まとめ
以上のとおり、主張1及び主張2は採用できないものであるから、「1型糖尿病について記載した本願明細書にあたった当業者であれば、関節リウマチおよび多発性硬化症についても本願発明を拡張および一般化できると当然に理解できるものである。」という主張についても採用できない。
3 特許法第29条第1項柱書(産業上の利用可能性)についての判断
(1)判断
本願発明は、「被験者から抽出されたサンプルに対し、前記被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」である。
セラピーの対象は被験者であり、上記2(2)の【0041】の「血液サンプルが一元的に分析された。2サイトのエンザイムイムノアッセイ(two-site immunoenzymometric assay)(Tosoh Bioscience, South San Francisco、カリフォルニア州、米国)を用いて、凍結血漿からC-ペプチド濃度が測定された。血液サンプルを、3ヶ月目、6ヶ月目、12ヶ月目、18ヶ月目、および24ヶ月目、並びに、投与の終わりから6ヵ月後の30ヶ月目に取得した。」、【0042】の「2年後、アバタセプト治療を受けた群はプラシーボ群に比べて、59%高い自己インスリン生成を有していた。」、【0043】の「実施例1の臨床試験の被験者達からの複数の血液サンプルに対するフローサイトメトリー分析が、アバタセプトおよびプラシーボ治療群の両者に対して、0、3、6、12、および24ヶ月目に実行され、試験の終わりから6ヵ月後(30ヶ月目)に追加の分析が行われた。」、【0046】の「治療の間、セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)サブポピュレーションに対するCD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)比は、アバタセプト群において基準値から著しく増大し、その後、セラピーを止めると基準値へと戻った。」という記載から、セラピーの有効な結果(自己インスリン生成)と、セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)サブポピュレーションに対するCD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)比の増大に関連があることが把握される。本願発明の、この比に基づいてセラピーの有効性を決定することは、これから行うセラピーの効果の予測ではなく、比の増大に基づいて治療中の被験者の状態(行っているセラピーが被験者において有効に作用しているか否か)を判断することであるから、医療目的で人間の病状や健康状態等の身体状態又は精神状態について、あるいは、それらに基づく処方や治療又は手術計画について判断する工程を含む方法に該当することは明らかである。
よって、本願発明は、産業上利用することができる発明に該当しない。
(2)審判請求書での請求人の主張について
ア 請求人の主張
主張3:審査基準によれば(特許・実用新案審査基準 第III部第1章 発明該当性及び産業上の利用可能性)、「人間を診断する方法」は、医療目的で以下の(i)または(ii)について判断する工程を含む方法をいうとされている。
(i)人間の病状や健康状態等の身体状態または精神状態
(ii)上記(i)の状態に基づく処方や治療または手術計画
しかし、本願発明は、「前記被験者の関節リウマチまたは多発性硬化症に対するセラピーの有効性を決定する方法」、つまり、「治療の有効性を決定する方法」に係る発明である。つまり、患者は本願発明の方法を適用する以前に、すでに関節リウマチおよび/または多発性硬化症と診断されており、本願発明の方法は、患者を診断するためのものではない。具体的には、本願発明は、被験者から抽出されたサンプルを用いて、CD4セントラルメモリーT細胞サブポピュレーションとCD4 T細胞ナイーブサブポピュレーションとの比を調べることで、治療が有効であるかどうかを決定するものである。「治療の有効性を決定する方法」は、人間の身体状態または精神状態について判断するものではなく、治療の有効性(有効性があるか無効なのか)を判断するものである。そのため、本願発明は、(i)に該当しない。また、「治療の有効性を決定する方法」は、身体状態に基づく治療自体を判断するものではなく、治療の有効性を判断するものであるため、上記(ii)にも該当しない。したがって、本願に係る発明は、上記の(i)および(ii)のいずれにも該当しないため、「人間を診断する方法」に相当しない。
主張4:審査基準によれば、「人体から試料又はデータを収集する方法、人体から収集された試料又はデータを用いて基準と比較するなどの分析を行う方法は、人間を診断する方法に該当しない」との記載がある(3.2.1(3)の(i))。また、審査基準には、「人間から採取したものを採取した者と同一人に治療のために戻すことを前提にしていない方法は、人間を診断する方法に該当しない」との記載がある(3.2.1(4)の(i))。
本願発明はいずれも、被験者から抽出されたサンプルを用いて、セラピーの有効性を決定する方法に係るものであり、人間から採取したものを、同一人に治療のために戻すことを前提としていない。そして、本願発明は、人体から収集された試料又はデータを用いて基準と比較するなどの分析を行う方法に該当する。つまり、審査基準に基づけば、本願発明はいずれも、「人間を診断する方法」に該当しないことは明らかである。
イ 請求人の主張に対する合議体の判断
(ア)主張3について
本願発明は、関節リウマチおよび/または多発性硬化症の診断を行う方法ではなく、(1)で説示したように、本願発明は、治療中の被験者の状態(行っているセラピーが被験者において有効に作用しているか否か)の判断を行うものであり、本願発明で用いられるサンプルは身体状態を反映したものであるから、身体状態(体内血液中のCD4セントラルメモリーT細胞サブポピュレーションとCD4 T細胞ナイーブサブポピュレーションとの比)に基づく治療自体を判断するものといえるから、主張3は採用することができない。
(イ)主張4について
本願発明は、「セラピーの有効性を示す」「前記セラピーの間における、前記CD4セントラルメモリー(CD45RO+CD62L+)T細胞サブポピュレーションに対する前記CD4 T細胞ナイーブ(CD45RO-CD62L+)サブポピュレーションの高い比または比の増大」を用いて「セラピーの有効性を評価」して、「セラピーの有効性を決定する」ものであるから、単に基準と比較したり分析するだけではなく、「セラピーの有効性を決定する」という治療についての判断を行うものである。そうすると、本願発明は、審査基準の第III部第1章3.1.1(3)の「人間を診断する方法は、医療目的で以下の(i)又は(ii)について判断する工程 を含む方法をいう。
(i) 人間の病状や健康状態等の身体状態又は精神状態
(ii) 上記(i)の状態に基づく処方や治療又は手術計画」に該当するとともに、3.2.1(3)のただし書きで「ただし、医療目的で以下の(a)又は(b)について判断する工程を含む場合を除く。
(a) 人間の病状や健康状態等の身体状態又は精神状態
(b) 上記(a)の状態に基づく処方や治療又は手術計画」と「『人間を手術、治療又は診断する方法の発明』に該当しない発明」から除かれる場合に該当するものである。よって、主張4は採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件及び同法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないものであるから、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2024-012253