特許拒絶査定不服審判
2024-002537
磁性目地処理材、壁構造体の製造方法、壁構造体
- 審判番号
- 2024-002537
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2022-096012
- 請求日
- 2024年02月14日
- 審決日
- 2025年05月09日
- 公報発行日
- 2025年08月29日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】吉野石膏株式会社
- 【請求人代理人】伊東 忠重
- 【請求人代理人】伊東 忠彦
- 審判長/審判官
- 審判長 古屋野 浩志
- 審判官 山本 一
- 審判官 道祖土 新吾
- 分類
- P18 .121-WZ (E04F)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条、特許法第36条、特許法第36条第5項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2022- 96012「磁性目地処理材、壁構造体の製造方法、壁構造体」拒絶査定不服審判事件〔令和 4年 8月23日出願公開、特開2022-123028〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)10月3日を国際出願日とする出願(特願2018-546232号)の一部を令和3年1月22日に新たな特許出願とした特願2021-8585号の一部を令和4年6月14日に新たな特許出願としたものであって(優先権主張 平成28年10月18日)、その手続の経緯の概略は、次のとおりである。
以下、平成28年10月18日を「優先日」という。
令和5年 8月 4日付け:拒絶理由通知
同年10月13日 :意見書、手続補正書の提出
同年11月 8日付け:拒絶査定
(同月14日 :原査定の謄本の送達)
令和6年 2月14日 :審判請求書の提出
同年12月25日付け:拒絶理由通知
令和7年 3月 4日 :意見書の提出
第2 本願発明
令和5年10月13日に提出された手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「 【請求項1】
鉄粉と、バインダーと、防錆剤と、を含有し、前記鉄粉の含有量が2.0g/cm3以上であり、
前記防錆剤を前記鉄粉に対して0.1質量%以上の割合で含有する磁性目地処理材。」
第3 当審拒絶理由の概要
令和6年12月25日付けで当審において通知した本願発明に対する拒絶理由(以下「当審拒絶理由」という。)の概要は、以下のとおりである。
理由1(サポート要件違反)
本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
記
本願発明は、そもそもその前提として課題を有しないもの(鉄粉として「酸化鉄粉」や「アトマイズ鉄粉」を用いたもの)を含んでおり、その結果、請求項1に記載の範囲全体にわたり解決しようとする課題を解決できると当業者が認識できるものと認めることができない。
理由2(進歩性の欠如)
本願発明は、本願の優先日前に日本国内又は外国において発行された、下記の引用文献に記載された発明に基づいて、本願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
記
引用文献1.特開2014-128917号公報(主たる引用例)
引用文献4.米国特許第5843329号明細書(周知技術を示す文献)
引用文献5.特開2014-148048号公報(周知技術を示す文献)
第4 当審の判断
事案に鑑み、理由2(進歩性の欠如)について検討する。
1 引用文献、引用発明等
(1)引用文献1について
ア 引用文献1の記載事項
当審拒絶理由において引用された引用文献1(特開2014-128917号公報)には、次の事項が記載されている。
(ア)特許請求の範囲の記載
「【請求項1】
筆記層と,該筆記層の下層に軟質磁性金属箔層または軟質磁性粉体と有機高分子エラストマーを主体とする軟質磁性体層が形成された四角形状の書板タイルを,劣化した書板の表面に複数枚貼り付けて縦横に目地を形成し,該目地に軟質磁性粉体を有機高分子に混練混合した磁性有機高分子目地材料を充填して硬化させ,劣化した書板の表面を改修することを特徴とする劣化書板の改修工法。
【請求項2】
軟質磁性金属箔層は鉄箔層であることを特徴とする請求項1記載の劣化書板の改修工法。」
(イ)発明の詳細な説明
「【0005】
本発明が解決しようとする課題は、保管の際にロール状に巻いておく必要がない四角形状の書板タイルを使用することにより,劣化した筆記面の全体に複数枚の書板タイルを縦横に貼り付けて密着させることができ,このため捲き癖をとるために長時間放置する必要がなく結果として施工を迅速に行うことができる劣化書板の改修工法およびこれに使用する磁性有機高分子目地材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明は、筆記層と,該筆記層の下層に軟質磁性金属箔層または軟質磁性粉体と有機高分子エラストマーを主体とする軟質磁性体層が形成された四角形状の書板タイルを,劣化した書板の表面に複数枚貼り付けて縦横に目地を形成し,該目地に軟質磁性粉体を有機高分子に混練混合した磁性有機高分子目地材料を充填して硬化させ,劣化した書板の表面を改修することを特徴とする劣化書板の改修工法を提供する。
【0007】
請求項2記載の発明は,軟質磁性金属箔層は鉄箔層であることを特徴とする請求項1記載の劣化書板の改修工法を提供する。
(・・・中略・・・)
【0026】
また有機高分子であるエポキシ樹脂主剤EP001(商品名,弾性エポキシ樹脂接着剤主剤,セメダイン社製)100重量部と,軟質磁性粉体である鉄粉(JFEスチール社製 商品名;純鉄粉 品番;S-100 平均粒子径;D50/45μm)850重量部を撹拌混練後,ビーズミルにて混練分散して磁性有機高分子目地材料A主剤を作製し,同じく有機高分子であるエポキシ樹脂硬化剤EP001(商品名,弾性エポキシ樹脂接着剤硬化剤,セメダイン社製)100重量部と軟質磁性粉体である鉄粉(JFEスチール社製 商品名;純鉄粉 品番;S-100 平均粒子径;D50/45μm)850重量部を撹拌混練後,ビーズミルにて混練分散して磁性有機高分子目地材料A硬化剤を作製した。該磁性有機高分子目地材料A主剤と同硬化剤は重量配合比1:1で混練り混合することにより施工現場の温度で硬化する磁性有機高分子目地材料Aとなる。」
イ 引用発明について
上記アから、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。
「劣化書板の改修工法に使用する材料であって、(【0005】)
エポキシ樹脂主剤100質量部及び純鉄粉の軟質磁性粉体である鉄粉850質量部とからなる磁性有機高分子目地材料A主剤と、エポキシ樹脂硬化剤100質量部及び純鉄粉の軟質磁性粉体である鉄粉850質量部とからなる磁性有機高分子目地材料B硬化剤とを重量配合比1:1で混練り混合した、磁性有機高分子目地材料A(【0026】)」
(2)引用文献4、引用文献5の記載および周知技術について
ア 引用文献4の記載事項
当審拒絶理由において引用された引用文献4(米国特許第5843329号明細書)には、以下の事項が記載されている。括弧内に当合議体による日本語訳を付す。
(ア)1欄7~9行
「This invention relates tomagnetic paint or ink additives, paint or other coatings containing the additive, and substrates coated with the magnetic paint or ink coating.」
(本発明は、磁性塗料またはインク添加剤、その添加剤を含む塗料またはその他のコーティング、および磁性塗料またはインクコーティングでコーティングされた基材に関する。)
(イ)3欄50~57行
「This invention further encompasses substrates coated with magnetic products of the invention such as magnetic sign boards and toys. Typical surfaces include rigid wall board, wood, sheet rock, foam, plywood, plastic, fiberboard, paper, cloth, and the like painted or coated with magnetic products of the invention are advantageous because they can be cut on site with conventional wood-working tools sissors[YH7] or knives to provide signs, games, and the like.」
(本発明はさらに、磁気看板や玩具などの本発明の磁性製品でコーティングされた基板も包含する。典型的な表面としては、硬質壁板、木材、石膏ボード、フォーム、合板、プラスチック、ファイバーボード、紙、布などが挙げられ、本発明の磁性製品で塗装またはコーティングされたものは、現場で従来の木工工具、ハサミ、ナイフを使用して切断して、標識、ゲーム用品などを提供できるため有利である。)
(ウ)4欄43~59行
「Any type of ferromagnetic particle may be used in the practice of the invention. Ferromagnetic particles useful in the present invention include, but are not limited to, powdered iron, magnetic iron oxide, magnetic powdered steel, and magnetic iron alloys with nickel, zinc, copper, and the like, and mixtures thereof. Oxidized iron is generally not preferred for many embodiments as it tends to discolor the paint, particularly when used in water-based paints. However, iron oxide is employed in embodiments wherein pigmentation is desired; in one embodiment, coloring matter is formed in situ in an aqueous medium in which precipitated iron oxide particles are suspended, and pigment is obtained from the suspension. Powdered iron is preferred in many embodiments. Examples of some products useful in the practice of the invention are given hereafter.」
(本発明の実施においては、任意の種類の強磁性粒子を使用することができる。本発明で有用な強磁性粒子には、粉末鉄、磁性酸化鉄、磁性粉末鋼、ニッケル、亜鉛、銅などを含む磁性鉄合金、およびそれらの混合物が含まれるが、これらに限定されない。酸化鉄は、特に水性塗料に使用される場合、塗料を変色させる傾向があるため、多くの実施形態では一般に好ましくない。しかし、着色が望まれる実施形態では酸化鉄が使用され、一実施形態では、沈殿した酸化鉄粒子が懸濁されている水性媒体中で着色物質がその場で形成され、その懸濁液から顔料が得られる。多くの実施形態では粉末鉄が好ましい。本発明の実施に有用ないくつかの製品の例を以下に示す。)
(エ)6欄54~63行
「Some additive embodiments optionally contain whiteners, which are typically added in amounts sufficient to lighten the coating. Useful whiteners include, but are not limited to, antimony oxide, zinc oxide, titanium oxide, zinc sulfate, and mixtures of these with each other and with other whiteners conventionally used in the art. Sodium benzoate is added to some additive embodiments to inhibit rusting, typically in an amount ranging from about 1.5% to about 3% per weight iron, but other antirust compounds or mixtures known to those skilled in the art may also be employed.」
(いくつかの追加の実施形態には、オプションとして、コーティングを明るくするのに十分な量で通常添加される白色化剤が含まれる。有用な白色材料としては、酸化アンチモン、酸化亜鉛、酸化チタン、硫酸亜鉛、およびこれら相互の混合物、ならびに当該技術分野で従来使用されている他の白色材料との混合物が挙げられるが、これらに限定されない。いくつかの追加の実施形態では、錆びを防止するために安息香酸ナトリウムが添加され、通常は鉄の重量に対して約1.5%から約3%の範囲の量で添加されるが、当業者に知られている他の防錆化合物または混合物も使用できる。)
イ 引用文献5の記載事項
当審拒絶理由において引用された引用文献5(特開2014-148048号公報)には、以下の事項が記載されている。
「【0001】
本発明は、既存の壁や柱、戸、ボード、及びパーテーションなどの下地面に対し、永久磁石が磁気吸着可能な磁性面を塗装によって形成するものであって、より詳しくは、磁気吸着力(磁着力)を確保しつつ錆の発生を抑えた磁性膜構造に関するものである。
・・・(中略)・・・
【0008】
そこで本発明は、鉄粉の持つ高い磁着力の低下を極力防ぎ、必要な磁着力を確保するとともに、鉄粉が錆びるという不具合を防止する磁性膜構造を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
課題を解決する為に本発明は、平均粒子径が20ミクロン以上の鉄粉100重量部と、平均粒子径が2ミクロン以上且つ上記鉄粉の平均粒子径の値の10分の1以下の亜鉛粉5~30重量部とを、塗料樹脂バインダー内に含有させた材料を、既存の壁や柱、戸、ボード、及びパーテーションなどの下地の表面に塗装し硬化させてなる防錆型磁性塗料層とした。
・・・(中略)・・・
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、磁石をひきつける磁着力が高く且つ安価な軟磁性材である鉄粉を主成分とした塗料でもって、任意の下地面を磁性面とする事が出来るのみならず、鉄粉の高い磁着力の低下を押さえつつ、磁性層内の鉄粉の錆を防止することが出来る。
【0017】
即ち、個々の鉄粉周辺に特定の粒子径の亜鉛粉を特定量存在させる事により、鉄粉表面において亜鉛の犠牲防食効果が発揮されて、鉄粉の錆の発生を防ぐ事が出来たと考えられる。」
ウ 周知技術1について
上記ア、イより、以下の事項が周知技術(以下「周知技術1」という。)であると認める。
[周知技術1]
「壁やボード等に対して用いられる、鉄粉を含み着磁性を有する塗料において、錆の防止を目的とした防錆剤を用いること。」
2 本願発明について
(1)引用発明との対比、検討
ア 引用発明の「軟質磁性粉体」である「鉄粉」は「純鉄粉」なのであるから、本願発明の「鉄粉」に相当する。また、引用発明の「磁性有機高分子材料A主剤」と「磁性有機高分子材料A硬化剤」とが混練り混合された「磁性有機高分子目地材料A」に含まれる「エポキシ樹脂主剤」及び「エポキシ樹脂硬化剤」はいずれも本願発明の「バインダー」に相当し、鉄粉を目地材料に含ませる機能を有する点で両者は一致する。さらに、引用発明の「磁性有機高分子目地材料A」は本願発明の「磁性目地材料」に相当する。
イ 引用発明の「磁性有機高分子目地材料A」は「磁性有機高分子材料A主剤」と「磁性有機高分子材料A硬化剤」とを混練り混合したものであって、「磁性有機高分子材料A主剤」は「エポキシ樹脂主剤」及び「鉄粉」からなり、「磁性有機高分子材料A硬化剤」は「エポキシ樹脂硬化剤」及び「鉄粉」からなるのであるから、本願発明の「磁性目地材料」と引用発明1の「磁性有機高分子目地材料A」は、「鉄粉」と「バインダー」を含有するものである点で一致する。
(2)一致点及び相違点
上記(1)を踏まえると、本願発明と引用発明は次のアに示す一致点で一致し、イに示す相違点において相違する。
ア 一致点
「鉄粉とバインダーとを含有する磁性目地処理材。」
イ 相違点
(ア)相違点1
本願発明の磁性目地処理材における鉄粉の含有量は2.0g/cm3以上であるのに対し、引用発明の磁性有機高分子目地材料Aにおける鉄粉の含有量は特定されていない点。
(イ)相違点2
本願発明の磁性目地処理材は、防錆剤を鉄粉に対して0.1質量%以上の割合で含有するのに対し、引用発明の磁性有機高分子目地材料Aは防錆剤を含有しない点。
(3)判断
上記相違点1及び相違点2について検討する。
ア 相違点1について
(ア)数値限定の技術的意義
本願明細書の【0085】によれば、本願発明において鉄粉の含有量を2.0g/cm3以上とする理由は「十分な鉄粉を含有しているといえ、該目地処理材が固まった場合に十分なマグネットの吸着力を示し、好ましいから」である。そうすると当該数値限定は、マグネットを吸着可能にするという当然に求められる機能を奏するための最低限の値を特定したにすぎず、当該特定に格別の技術的意義を認めることができない。してみれば、この点は実質的にみて相違点を構成しないものと認められる。
(イ)引用発明における鉄粉含有量の推定
引用発明において、鉄粉の密度を7.87g/cm3(鉄の密度)と仮定し、バインダーであるエポキシ樹脂の密度を一般的な数値である1~2g/cm3程度と見積もると、鉄粉の含有量は概ね4.1~5.4g/cm3程度となり、2.0g/cm3以上となる。そうすると、そもそもこの点は相違点でない蓋然性が高い。また、引用発明は本願発明と同様にマグネット部品を吸着させるために鉄粉を含有させていることからみても、このような目的を達成するのに必要な鉄粉量を含有させれば、本願発明の同程度の鉄粉含有量となる蓋然性が高い、ともいえる。
(ウ)相違点1についてのまとめ
上記(ア)、(イ)で検討したように、そもそもこの点は実質的にみて相違点であるとは認められない。また仮に実質的な相違点であるとしても、磁性目地処理材に対してどの程度鉄粉を含有させるかは、バインダーの種類や磁性有機高分子目地材料に求める磁性等に応じて当業者が適宜設計できるものにすぎないものと認められるから、いずれにせよ、この点を特許性の根拠とすることはできない。
イ 相違点2について
(ア)周知技術について
上記1(2)ウで検討したとおり、「壁やボードに対して用いられる、鉄粉を含み着磁性を有する塗料において、錆の防止を目的とした防錆剤を用いること。」(周知技術1)は周知技術である。
なお、この周知技術は、例えば引用文献4における「Additives of the invention so formulated are then simply blended into any oil-, latex- or lacquer-based paint, ink or coating in proportions that do not significantly change the viscosity of the paint or ink (i.e., by no more than about 25%), and then painted on a surface in a conventional manner.」(3欄40~45行:このように配合された本発明の添加剤は、油性、ラテックス性(当審注:コーキング材料等の比較的粘度が高いものとして用いられることがある。)、またはラッカー性の塗料、インク、またはコーティング剤に、塗料またはインクの粘度を著しく変化させない割合(すなわち、約25%以下)で単に混合され、その後、従来の方法で表面に塗装される。)、「A polyvinyl acetate polymer and/or copolymer such as Floetrol(R)(当審注:(R)は〇の中にR、以下同様) is particularly advantageous in embodiments for a universal additive for latex or oil magnetic paints, inks, or coatings.」(5欄13~16行:Floetrol(R)などのポリ酢酸ビニルポリマーおよび/またはコポリマーは、ラテックスまたはオイル磁性塗料、インク、またはコーティング用の汎用添加剤の実施形態に特に有利である。)といった記載からみて、本願発明(【0111】ではバインダーとして「酢酸ビニル」が用いられている。)や引用発明のように、目地処理材に用いるような比較的粘度の高い塗料に対しても適用が想定され得ることは、当業者に明らかである。
(イ)周知技術を適用することについて
引用発明の鉄粉は、目地処理材に磁性を付与し、マグネット部品を吸着するために用いられているところ、鉄が錆びて赤錆となると磁性が損なわれることは技術常識であるから、引用発明に当たった当業者は、当然に鉄粉の発錆によるマグネット部品の吸着性低下の課題を認識するものと認められる(このことは、引用発明において用いられているバインダーが一定の吸水性を有するエポキシ樹脂であり、発錆の原因となる水分の混入が想定されることからも首肯できる。)。
してみれば、引用発明の「劣化書板の改修工法」に用いる「磁性有機高分子目地材料A」においても、錆びの発生による磁性低下、すなわちマグネット部品の吸着性低下を防ぐために、周知技術1のように防錆剤を用いることは、当業者が容易に想到できたことである。
(ウ)防錆剤の分量の下限値について
本願明細書の発明の詳細な説明には、防錆剤の分量の下限値につき、その技術的意義は具体的に記載されていないところ、その分量は防錆効果が発揮される程度であればよいという程度の特定であると認められる。そうすると、この数値限定に格別の技術的意義は認められないから、この点に進歩性の根拠を認めることができない。
またそもそも、防錆剤の分量は防錆剤の種類等に応じて適宜決定されるべきものとも考えられるが、上記引用文献4では1(2)ア(エ)で摘記したとおり、防錆剤である「安息香酸ナトリウム」の添加量は「鉄の質量に対して約1.5%から約3%の範囲の量」とされ、上記引用文献5では上記1(2)イ(ア)で摘記したとおり、【0009】に「鉄粉100質量部と・・・(中略)・・・亜鉛粉5~30質量部とを、塗料樹脂バインダー内に含有させ」と記載され、すなわち防錆剤である「亜鉛粉」は鉄の質量に対して5~30%の範囲で添加されている。このようなことからみても、防錆剤の下限値を、鉄粉に対して0.1質量%の割合とすることは、当業者の通常の創作活動の範囲で設計し得る程度のことであり、進歩性を認めることができない。
(エ)相違点2についてのまとめ
上記(ア)~(ウ)で検討したように、相違点2について進歩性を認めることができない。
ウ 当審拒絶理由に対する意見書における請求人の主張について
(ア)請求人の主張の概要
請求人は、令和7年3月4日提出の意見書(以下、単に「意見書」という。)の2.2において、概略次の主張をしている。
a 請求人の主張1(引用文献1の記載)
引用文献1の【0018】には「ここで軟質磁性粉体とは磁石に吸着する物質のうち磁気の影響が無くなると磁石で無くなってしまう鉄,砂鉄粉,ソフトフェライトなどを言い,硬質磁性粉体とは磁石に吸着する物質であって一旦磁化されると半永久的に外部に磁束を供給するハードフェライト,アルニコ磁石などを言う。」と記載されていることから、引用文献1では室温において常磁性を示すヘタマイトを排除していない。したがって、当審拒絶理由における「引用発明の鉄粉は、目地処理材に磁性を付与し、マグネット部品を吸着するために用いられているところ、鉄が錆びて赤錆となると磁性が損なわれることは技術常識であるから、引用発明に当たった当業者は、当然に鉄粉の発錆によるマグネット部品の吸着性低下の課題を認識するものと認められる」との点は失当である。
b 請求人の主張2(防錆剤を添加する動機について)
引用文献1の実施例において軟質磁性粉体が純鉄粉であったとしても、目地処理材に用いる場合には防錆剤を添加しておらず、また引用文献1においては防錆剤を添加することは記載も示唆もされていない。そうすると、引用文献1に記載された発明において防錆剤を添加する動機はない。
(イ)請求人の主張についての見解
a 主張1について
引用発明として認定している「磁性有機高分子目地材料A」は、引用文献1の【0026】に記載されている「鉄粉」であり、請求人の主張する「ヘタマイト」ではない。また仮に、引用発明が「ヘタマイト」を除外しないものとしても、「鉄粉」の使用を妨げないことは、請求人の提示する【0018】の記載からも、また「磁性有機高分子目地材料A」の成分について具体的に記載された【0026】からも明らかである。
そして、鉄粉を用いた場合には、上記イ(イ)で検討したとおり、当然に鉄粉の発錆によるマグネット部品の吸着性低下の課題を認識するものと認められる。
したがって、上記請求人の主張1は採用できない。
b 主張2について
「磁性有機高分子目地材料A」の成分として鉄粉を用いた場合には、当業者が当然に鉄粉の発錆によるマグネット部品の吸着性低下の課題を認識することは、上記イ(イ)で検討したとおりであり、引用文献1の開示内容が、書板タイルの軟質磁性体層には防錆剤(酸化防止剤)が用いられ、「磁性有機高分子目地材料A」には防錆剤が用いられていないものだとしても、このことは上記イ(イ)の判断を左右しない。
なぜならば、引用文献1のこのような開示内容が、引用文献1における発明者が何らかの理由で目地材料には防錆剤が不要であると判断したことを示すものだとしても、「磁性有機高分子目地材料A」に含まれる鉄粉の発錆についての上記課題を当業者が認識することを妨げるものとは到底考えられないからである。
すなわち、上記引用文献1の開示内容は、当業者が防錆剤を利用するとの自然な着想に至ることを妨げるものとは認められない。
(ウ)請求人の主張のまとめ
上記(ア)、(イ)で検討したとおり、上記請求人の主張1及び主張2は、いずれも上記ア、イの判断を左右するものとは認められない。
なお、請求人は当審拒絶理由における理由1(サポート要件違反)に対して、意見書において「防錆剤は本願発明の課題解決のために必須の成分ではありません」と主張している。そもそも、特許請求の範囲には「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載」するものであって(特許法第36条第5項)、特段の事情がない限り、必須の成分でないのであれば特許請求の範囲に記載すべきではないものと思われるが、いずれにせよ、もし本当に課題解決手段として防錆剤が必須のものでないならば、課題解決に寄与しない防錆剤の有無は、本質的な意味では課題解決手段との関係において特段の影響を及ぼさない構成にすぎず、防錆剤を採用するように設計する程度は、鉄と防錆剤の関係に鑑み当業者の通常の創作活動の範囲の事項であるというべきものであって 、そのような点に進歩性を認めることは到底できない。
(3)本願発明についての判断のまとめ
よって、本願発明は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。
第5 むすび
以上検討のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
J-PlatPatの審決検索トップを開きます。番号入力で「審判番号」を選び、下の番号を貼り付けて検索してください。
J-PlatPat 審決検索を開く
2024-002537