特許拒絶査定不服審判
2023-021341
軟骨細胞または軟骨型細胞を再生するための細胞混成物
- 審判番号
- 2023-021341
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2021-165865外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2023年12月14日
- 審決日
- 2026年04月01日
- 公報発行日
- 2026年09月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】スパイナルサイト, エルエルシー
- 【請求人代理人】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
- 分類
- P18 .121-WZ (A61K) / P18 .536-WZ (A61K) / P18 .537-WZ (A61K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条、特許法第29条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2021-165865「軟骨細胞または軟骨型細胞を再生するための細胞混成物」拒絶査定不服審判事件〔令和 4年 1月 4日出願公開、特開2022- 481〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成29年(2017年)1月13日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2016年1月14日 米国、2016年10月27日 米国)を国際出願日とする特願2018-536724号の一部を、令和3年10月8日に新たな特許出願としたものであって、その主な手続の経緯は、次のとおりである。
令和3年11月 5日 :手続補正書の提出
令和4年11月24日付け:拒絶理由通知書
令和5年 5月29日 :意見書、手続補正書の提出
令和5年 8月14日付け:拒絶査定
令和5年12月14日 :審判請求、手続補正書の提出
令和7年10月27日付け:拒絶理由通知書
令和8年 2月20日 :意見書、手続補正書の提出(以下、この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)
第2 本願発明
本願の請求項に係る発明は、本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1~11に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「個体において老化した椎間板の状態を改善するための組成物であって、個体の老化した椎間板に前記組成物を送達する際に、変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、
該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含み、
前記個体が、PRPを更に提供されている、組成物。」
第3 拒絶の理由
令和7年10月27日付けで当審が通知した拒絶理由のうちの理由2~4は、概略、次のとおりのものである。
1 理由2(進歩性):請求項1~9に係る発明は、下記引用文献3に記載された発明及び引用文献3、4に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
<引用文献等一覧>
3.Nature Communications,2012年,3:1264,DOI: 10.1038/ncomms2226
4.Journal of Cellular Physiology,2006年,Vol.209,pp.744-754,DOI:10.1002/jcp.20765
2 理由3(サポート要件):請求項1~9に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、本願は、特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
3 理由4(実施可能要件): 発明の詳細な説明は、本願出願当時の技術常識に照らしても、請求項1~9に係る発明を実施するためには、当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤や複雑高度な実験等を必要とするものであるから、本願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
第4 理由2(進歩性)について
1 引用文献に記載された事項及び引用発明
(1)引用文献3に記載された事項及び引用文献3に記載された発明
ア 引用文献3に記載された事項
当審の拒絶の理由で引用され、本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献3(Nature Communications,2012年,3:1264,DOI:10.1038/ncomms2226)には、以下の記載がある(原文が英文のため訳文にて示す。また、下線は当審で付した。)。
(ア)第2頁左欄第1-3段落
「椎間板(IVD)の変性は、腰痛の重要な原因であり、経済的にも大きな負担となっている。また、IVDの変性は不安定性を生み出すことで、ほとんどの脊椎疾患の引き金となり、二次的に脊椎の変形や脊柱管狭窄を引き起こす可能性がある。
IVDは、環状線維(AF)に囲まれた内側の髄核(NP)と、IVDと隣接する椎体の間の薄いヒアリン軟骨の終板で構成されている。ゲル状のNPは、高度に水和したプロテオグリカンとコラーゲンとからなる細胞外マトリックス(ECM)を含む無血管組織である。ECMを産生する細胞の消失はIVD変性の原因であるが、IVD変性の病態はほとんど解明されておらず、有効な治療法もない。
IVDは、通常頻繁には置き換えられない長寿命細胞で構成される主要臓器系の他の組織よりも早期に退行性変化を起こす。IVD細胞の機能的能力は、変性及び老化の過程において時間とともに変化する。細胞は、環境によるダメージやストレスによって引き起こされる変化に反応し、細胞老化の状態に入る。その間に、そうした細胞や隣接細胞を取り囲むECMが変化することがある。このような状況下では、関連する幹細胞集団が人の生涯にわたって分化した子孫を生み出すことができれば、IVD細胞集団の回復力は確保される可能性がある。しかし、間葉系譜に分化できる変性したヒトIVDに由来する異質な細胞集団を除けば、NP組織において単一細胞前駆細胞は特定されていない。」
(イ)第2頁左欄第4段落
「NP幹細胞及び前駆細胞を同定するために、まずメチルセルロース半固形培地を用いたコロニー形成アッセイ(CFA)を行った。この方法は、造血幹/前駆細胞の評価に確立され、様々な臓器の組織特異的幹/前駆細胞の同定に用いられている。我々は、様々な表面マーカーを用いてヒトとマウスのNP細胞を選別し、コロニーを形成する能力を評価した。このプレスクリーニングに続いて、in vitroではクローン形成能を、in vivoでは増殖能と自己再生能を評価した。最後に、チロシンキナーゼ受容体Tie2とジシアロガングリオシド2(GD2)の2つのマーカーを用いて、成体マウス(m)とヒト(h)のNP細胞から精製した集団に前駆細胞を特定した。その結果、Tie2のリガンドであるアンジオポエチン-1が、これらの前駆細胞の維持とNP細胞のアポトーシスからの保護に重要な役割を果たすことが明らかになった。本研究は、hNP組織におけるこれらの前駆細胞の頻度が、IVD変性や老化の臨床的程度と相関しているという仮説を探るために行われたものである。」
(ウ)第2頁左欄第5段落
「表面マーカーによる前駆細胞の選択。mNPの前駆細胞を特定する手がかりを探るため、8-10週齢のC57BL/6マウスの尾部IVDから採取したNP細胞をメチルセルロース培地中のCFAで評価した。10日後、接着性の線維芽細胞コロニーとスフェロイドコロニーが観察された。この2種類のコロニーをそれぞれmNP colony-forming units-fibroblastic(mNP-CFU-F)およびmNP Colony-forming units-spherical(mNP-CFU-S)と名付けた。mNP-CFU-SはII型コラーゲンとアグリカンに強く陽性であったが、mNP-CFU-Fは主に陰性であった。したがって、mNP-CFU-SはmNP-CFU-FよりもNPに近い表現型になると考えられた(図1a)。」
(エ)第2頁左欄最終段落-右欄第2行
「次に、幅広い抗体パネルを用いて、どの細胞表面マーカーがmNP-CFU-Sの形成能と相関しているかを同定した(Methods)。GD2が最も関連性の高いマーカーとして同定された。」
(オ)第2頁右欄第2段落第1行-第8行
「これらのGD2+細胞の前駆細胞を見つけるために、マウスの初代培養を調査し、Tie2+GD2-及びTie2+GD2+のサブ集団からなるTie2を発現する集団を特定した。Tie2+細胞の役割を理解するために、10日間培養したmNP細胞からTie2+GD2-細胞を選別し、継代した。10日後、8.0±2.7%の細胞がTie2+GD2+であった(補足図S2)。したがって、Tie2+GD2-細胞は、Tie2+GD2+細胞の前駆細胞であることが確認された。」
(カ)第2頁右欄第3段落
「ヒトNP細胞においても、Tie2、GD2、CD24の発現に同様の変化が観察された(補足図S4)。初代hNP細胞から選別されたTie2+GD2-細胞はTie2+GD2+細胞を生成し、14日目のTie2+GD2+細胞頻度は14.5±5.6%であった。一方、選別されたTie2-GD2+細胞は、Tie2+GD2-細胞もTie2+GD2+細胞も生成しなかった(補足図S5)。これらのマーカーの経時変化から、Tie2+GD2-CD24-細胞を起点として、Tie2+GD2+CD24-細胞、Tie2-GD2+CD24-細胞、Tie2-GD2-CD24+細胞の順で階層化することが示唆された。命名法を簡略化するため、以後、hNP細胞集団を以下のように呼ぶことにする:Tie2+GD2-CD24-(Tie2単独陽性細胞)をT/sp細胞、Tie2+GD2+CD24-(Tie2及びGD2の2重陽性細胞)をTG/dp細胞、Tie2-GD2+CD24-(GD2単独陽性細胞)をG/sp細胞、Tie2-GD2-CD24+(CD24単独陽性細胞)を24/sp細胞。」
(キ)第2頁右欄第4段落第1-15行
「hNP前駆細胞の選別用マーカーを確認するために、以下の実験を行った。まず、TG/dp、G/sp、24/spの各細胞でCFAを行った。予想どおり、TG/dp細胞は、3つの集団(G/sp:120.0±14.3/1000、24/sp:11.4±2.8/1000)の中で最も高いhNP-CFU-Sの形成頻度を示した(202.0±12.1/1000)(図1c)。マウスでの結果と同様に、免疫細胞化学的には、hNP-CFU-SはII型コラーゲンとアグリカンに陽性であり、hNP-CFU-Fとは著しいコントラストを示した(図1d)。ECM産生は、免疫蛍光法およびフローサイトメトリーによって定量的に分析した(補足方法)。コラーゲンおよびアグリカン陽性細胞の割合は、hNP-CFU-F(II型コラーゲン:0.9±0.1%、アグリカン:12.1±4.9%)よりもhNP-CFU-S(II型コラーゲン:34.3±6.9%、アグリカン:82.4±4.9%)において高い(図1e)。」
(ク)第3頁左欄第2段落-第4頁右欄6行
「TG/dp細胞における単細胞由来の多能性細胞。Tie2を発現している集団の中に前駆細胞が存在すると予測し、その幹細胞としての性質を確認するために以下の実験を行った。ただし、単一のT/sp細胞では十分に増殖しないため、TG/dpをクローン実験に使用した。hNP-CFU-Sが単一細胞由来であることを証明するため、TG/dpの単一細胞を別々にメチルセルロース培地に接種し、hNP-CFU-Sの発生を確認した(図2a)。単一TG/dp細胞または単一24/sp細胞から開始した集団倍加アッセイの結果、TG/dpクローンは27細胞倍加を越えて大きく拡大する高い増殖能を有していたが、24/spクローンは著しく劣っていた(図2b)。
In vitroでの多能性分化能を評価するため、TG/dpクローン培養物を21日間、脂肪、骨、軟骨形成に向けた誘導に供した(図2c)。試験した10個のクローンのうち9個は2重性(つまり、2つの細胞系列に分化できる)、4個は3重性(3つの細胞系列全てに分化できる)であった。したがって、これらのクローンは多能性であった(表1)。生体内での可能性を評価するため、NPへの分化と骨形成が評価された。まず、TG/dpクローンにEGFP遺伝子を導入し、非肥満性糖尿病/重症複合免疫不全(NOD/SCID)マウス(1×105/IVD)の損傷尾部IVDに細胞を注入した。偽コントロールとして、24/spクローンの細胞を同数(1×105/IVD)注入した。バイオルミネッセンスイメージングにより、移植されたクローンの生存と滞留時間を評価した。12週間後、採取したTG/dpクローンを注入したIVDの組織学的解析では、II型コラーゲン共発現により検出されたNP表現型を持つEGFP+細胞の生存が認められたが、偽コントロールでは細胞は1-2週間で消失した(図2d)。」
(ケ)第10頁左欄から右欄にわたる段落
「細胞の分離と培養hNPとmNPの組織をTrypLE Express(Gibco)、次いでコラゲナーゼ-P(Roche)で消化し、α-minimal essential medium(α-MEM;Gibco)で2回洗浄後、10%牛胎児血清(Cell Culture Bioscience)添加α-MEMで培養を行った。すべての細胞培養は、37℃、5%O2、5%CO2の低酸素条件下で実施した。」
(コ)Supporting Online Materialの第17頁最終段落-第18頁第1段落第5行
「精製ヒトNP細胞の傷害尾部IVDおよび骨欠損マウスへの移植によるin vivoでの多能性分化。手術用顕微鏡および全身麻酔下で、成熟したNOD/SCIDマウス(12週、雌、n=6)の尾椎間板の損傷を、細胞注入の前に、27ゲージ針を用いてNPを一回吸引することにより実施した。EGFP標識・選別したhNP細胞(5.0×105)を、27ゲージ針付きインスリンシリンジ(テルモ)を用いて50μLのPBSに懸濁した。約10μLの細胞懸濁液をマウスの損傷した尾部IVDに注入した。移植から12週間後、マウスをエーテル麻酔で犠牲にし、尾部IVDを切除して免疫組織化学を調べた。」
(サ)Supporting Online Materialの第18頁第2段落
「バイオルミネッセンスイメージング(BLI)。マウスをイソフルラン吸入麻酔し、BLIシステム(XENOGEN社製)に入れ、CCDカメラで画像を取得した。検出範囲は尾椎椎間板とした。GFPを検出するフィルターを使用し、自家蛍光の校正には細胞移植をしていない陰性コントロールマウスを使用した。データ解析はLiving ImageTM Software(Caliper Life Sciences)を用いて行った。画像は12週まで全グループで1週間ごとに解析した。」
イ 引用文献3に記載された発明
前記ア(カ)によれば、引用文献3には、ヒトTG/dp(Tie2+GD2+2重陽性)クローン細胞がヒト髄核に由来することが記載されており、前記ア(ク)及び(コ)によれば、ヒトTG/dp(Tie2+GD2+2重陽性)クローン細胞にEGFP遺伝子を導入して、標識することが記載されている。
また、前記ア(コ)によれば、そのようにして得られた細胞は懸濁物の状態であるが、前記ア(ク)には、当該細胞の懸濁物をNOD/SCIDマウスの尾部椎間板に注入することが記載されている。このNOD/SCIDマウスの尾部椎間板は、前記ア(コ)によれば、髄核部分を吸引除去されたものであるが、前記ア(ク)には、当該EGFP標識ヒトTG/dpクローン細胞が12週間後も生存し、当該細胞が椎間板の髄核部分でII型コラーゲンを産生したことが記載されている。
そうすると、引用文献3には、次の発明が記載されているといえる。
「マウスの椎間板に注入するための懸濁物であって、ヒト髄核に由来するヒトTG/dp(Tie2+GD2+2重陽性)クローン細胞をEGFP標識して得た細胞を含む懸濁物であって、髄核部分を吸引除去されたNOD/SCIDマウスの尾部椎間板に注入すると、前記EGFP標識ヒトTG/dpクローン細胞が少なくとも12週間にわたって注入部椎間板で生存し、同細胞が椎間板の髄核部分でII型コラーゲンを産生する、懸濁物。」(以下「引用発明3」という。)
(2)引用文献4に記載された事項
当審の拒絶の理由で引用され、本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献4(Journal of Cellular Physiology,2006年,Vol.209,pp.744-754,DOI:10.1002/jcp.20765)には、以下の記載がある(原文が英文のため当審による訳文にて示す。また、下線は当審で付した。)。
(ア)第744頁左欄第1段落
「椎間板(IVD)は、脊椎の外在的応力を抑制し、柔軟性を提供する特異的な荷重支持組織である。椎間板は3つの異なる軟骨組織(外側から内側へ):環状線維(AF)、移行帯(TZ)、髄核(NP)から構成されている。これら3つのIVD構造のうち、NP組織はその力学的特性から、IVD生理学にとって最も重要である(Oegema,2002;Hunter et al.,2003)。NP組織の細胞外マトリックス(ECM)に含まれる水、プロテオグリカン、コラーゲンは、構造に流動性と粘弾性を与え、衝撃吸収材として作用し、引張機能を維持し、IVDの圧縮荷重から保護する(Bibby et al.,2001;Sato et al.,2001;Oegema,2002;Melrose et al.,2003)。」
(イ)第744頁左欄第2段落
「椎間板変性による腰痛は、通常、NPの中心部で起こり、椎間板の高さが減少し、隣接する脊柱構造に損傷を与える。椎間板変性は、20歳から50歳の成人集団によく見られる疾患である(Biering-Sorensen,1982;Cole et al.,1985;Miller et al.,1988;Buckwalter,1995)。並行して、ECMの分解も高齢者のNPで増加している(Jahnke and McDevitt,1988;Sztrolovics et al.,1997)。若い椎間板では、プロテオグリカン含量の割合が高く、タイトなコラーゲンネットワークが見られ、流体の流れを提供している(Pearce et al.,1989;Krajickova et al.,1995)。」
(ウ)第749頁右欄第2段落
「PRPによる異なる年齢のヒト髄核の増殖
PRP中の1ng/ml TGF-β1が24hNPの細胞増殖に最適な濃度であることを示した図1の結果に基づき、33歳、47歳、50歳、68歳、76歳の他の年齢のボランティアから採取したhNPの細胞増殖を、このPRP条件下で調べた。図3から、どの年齢においても、hNP細胞の増殖はPRP(1ng/ml TGF-β1)により明らかに増加し、1%FBSまたは無血清培地で培養したものより約7~11倍高かった。細胞増殖の誘導は3日目から明らかで、9日目にピークに達した。」
(エ)第749頁右欄第3段落~第750頁左欄第1段落
「PRPによるhNP細胞の軟骨形成特異的遺伝子の誘導
PRPに対するhNPの軟骨形成特異的遺伝子発現を調べるため、PRP培地で2日間(PRP-d2)および9日間(PRP-d9)培養した異なる年齢のhNP細胞を、1%FBS培地で培養したものと比較した。RT-PCRの結果、軟骨形成遺伝子、II型コラーゲン、およびアグリカンの発現はすべて、PRPで9日間処理した場合に有意に増加した(図4A,B)。II型コラーゲンの転写因子であるSox9も明らかに誘導された(図4C)。各群の1%FBSでの遺伝子発現で正規化した後、3つのマーカー遺伝子の発現をプールすると、ボランティアの年齢と逆関数を示した(図4D)。mRNAレベルの誘導率は、PRP中で9日間培養した細胞で高かった。」
(オ)第750頁左欄第2段落
「PRPは培養細胞におけるプロテオグリカンマトリックスの蓄積を促進する
hNP細胞におけるプロテオグリカンの蓄積を明らかにするために、次にアルシアンブルー染色によってGAG沈着に対するPRPの効果を調べた。GAGはhNP細胞から合成される最も豊富なプロテオグリカンマトリックスである。アルシアンブルー陽性染色は5日目に出現したが、1%FBS投与群では9日間の培養中に出現しなかった(図5A)。hNP細胞が長期培養中にプロテオグリカン合成能力を失うかどうかを調べるため、NP細胞に対するPRPの時間依存的効果を検出した。図5Bに示すように、1%FBS培地で培養した細胞では、分泌されるGAGの比率が5日目以降に減少した。PRP中で培養したヒトNP細胞の相対的GAG蓄積量は、1%FBS培地と比較して、7日目に最高値に達し、9日目まで続いた。細胞から合成されるGAGは、9日間のPRP処理で有意に誘導された。」
(カ)第750頁左欄第3段落
「PRPはhNP細胞においてSmad2/3のリン酸化を活性化する
Smad2/3は、軟骨形成遺伝子に影響を及ぼすTGF-β1活性化に特異的な重要な制御タンパク質であると推定されている(Furumatsu et al.、2005)。PRPがSmad経路を介してヒトNPの軟骨形成をどのように刺激するかを評価するために、リン酸化Smad2/3(p-Smad2/3)をウェスタンブロット分析により検出した。TGF-β1(陽性対照として10ng/ml)処理のみでは、30分後にSmad2/3のリン酸化が活性化されたが、120分後にはリン酸化が減少したのに対し、PRP(1ng/ml TGF-β1)では、30分後にp-Smad2/3が高度に活性化され、120分まで持続した(図6A)。p-Smad2/3の発現を正規化し、コントロール群と比較した(図6B)。これらの結果は、PRPのTGF-β1がhNPの軟骨形成を促進する主要な役割を担っているという我々の仮説と一致している。」
(キ)第750頁右欄第3段落第751頁第1段落
「PRPの抗アポトーシス効果
PRPによる抗アポトーシス効果を調べるため、hNP細胞を10ng/mlのIL-1βで24時間処理した後、PRP(TGF-β1 1ng/ml)で24時間処理した。アポトーシス細胞は、フローサイトメトリーを用いて細胞周期を調べ、サブG1期の細胞パーセンテージとして定義した。その結果、アポトーシス細胞数はIL-1β群と比較してPRP群で劇的に減少した(*P<0.05)(図8)。」
(ク)第753頁第2段落
「TGF-β1やIGF-Iのような成長因子はPRPの主成分であり、椎間板生理学に対するそれらの影響は以前に報告されている(Osadaら、1996;Konttinenら、1999;Matsunagaら、2003)。しかしながら、ドナーの健康状態の加齢に関係する膜結合レセプターもまた、細胞応答を妨げる可能性のある懸念すべきもう一つの因子である。細胞膜上の成長因子レセプターの変化が老化に関与している可能性がある。TGF-β1とそのレセプターは若いSAMマウスでは豊富であるが、加齢の過程で枯渇する(Matsunaga et al.,2003)。ウサギNPのIGF-Iレセプターは、加齢の後期にはダウンレギュレートされる(Okuda et al.,2001)。したがって、加齢に伴って減少するレセプターは、我々の研究における高齢者のNP細胞に対するPRPの影響成長因子の限界を解明する上で非常に重要かもしれない。ヒトにおける椎間板変性の発症年齢は約30-50歳であることから(Hunter et al.,2003)、PRPはさらなる椎間板破壊を予防するための大きな可能性を秘めた治療基質である可能性がある。」
(ケ)第753頁第3段落
「結論として、PRPを椎間板再生における軟骨分化に応用したのは、本研究が初めてであると考えられる。その結果、PRP中のTGF-β1によって特異的に活性化されたSmadシグナル伝達経路を介して、PRPがmRNA発現、II型コラーゲン、およびECM合成を促進し(図9)、hNP細胞の増殖速度を促進するという概略モデルが示された。また、PRPに含まれる成長因子が成長因子カクテルの中で協調的に反応し、hNPの分化を維持することも考えられ、これは将来的に椎間板再生の臨床応用に重要である。」
(3)周知技術を示すための参考文献1に記載された事項
本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった参考文献1(J.Biomed.Mater.Res.A.,2011年,98A(3),p.412-24,doi:10.1002/jbm.a.33129,Epub.2011年5月)は、「アルギン酸ビーズに封入した新生児ヒト真皮線維芽細胞を静水圧下、低酸素条件下及び骨形成タンパク質(BMP)-2存在下で軟骨分化誘導する」と題する学術文献であって、以下の記載がある(原文が英文のため当審による訳文にて示す。また、下線は当審で付した。)。
(ア)要約
「本研究では、椎間板修復のための潜在的細胞源として新生児ヒト真皮線維芽細胞(nHDF)を評価した。nHDFの軟骨分化を、静水圧下及び非静水圧下、正常酸素条件及び低酸素条件下で検討した。さらに、機械的刺激と骨形成タンパク質(BMP)-2がnHDFの軟骨分化に及ぼす相乗効果の可能性を評価した。機械刺激は特注のバイオリアクターシステムを用いて、アルギン酸ビーズに封入した細胞に対し、1Hzの周波数で1週間又は3週間、1日4時間適用した。一般的に、培養21日後には、3週間の断続的な機械刺激に曝露したグループを除き、すべてのグループで高い細胞生存率が観察された。低酸素条件下で長期断続的に機械刺激を適用すると、0日目からコラーゲン生合成速度が上昇した。このグループにBMP-2を補給すると、0日目のグループと比較してアグリカン遺伝子発現の上昇とコラーゲン産生速度の増加が見られ、nHDFの軟骨分化が促進された。このように、低酸素環境、BMP-2補給、及び長期断続的な動的静水圧の組み合わせは、nHDFの軟骨分化を強力に促進することが明らかとなった。」
(イ)第2頁左欄最終段落-右欄第1段落第3行
「真皮線維芽細胞の軟骨分化を目的としたこれまでのアプローチには、乳酸存在下での高密度マイクロマス培養12、脱灰骨粉末/マトリックス存在下での培養11,34、インスリン様成長因子(IGF)-1で前処理した線維芽細胞のアグリカン基質上での培養10などがある。動的静水圧と低酸素状態が、多数の細胞タイプにおける軟骨誘導及び軟骨形成表現型の維持に果たす役割に関する既存の知見に基づき、これらのシグナルを組み合わせることで、HDFの軟骨分化に対する生体模倣戦略が得られる可能性がある。本研究では、新生児ヒト真皮線維芽細胞(nHDF)の軟骨分化を、(1)動的静水圧、(2)低酸素状態、という2つの主要な潜在的軟骨形成シグナルを単独又は組み合わせて用い、3Dアルギン酸ビーズ内で検討した。完全実施要因計画を採用し、生体力学的刺激を短期(1週間)又は長期(3週間)にわたり断続的に適用した(静置培養を対照とした)。また、低酸素培養は5%O2で行い、20%O2の常酸素状態を対照条件とした。さらに、低酸素/常酸素条件下において、生体力学的刺激と生化学的刺激を同時に与えて軟骨分化を評価した。生化学的刺激は、培地へのBMP-2補充によって与えた。」
(4)周知技術を示すための参考文献2に記載された事項
本願優先日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった参考文献2(PLoS One,2013年,8(10),e77365,doi:10.1371/journal.pone.0077365.eCollection2013)は、「特定の因子によるヒト真皮線維芽細胞培養からの軟骨形成細胞の直接誘導」と題する学術文献であって、以下の記載がある(原文が英文のため当審による訳文にて示す。また、下線は当審で付した。)。
(ア)要約
「硝子軟骨を用いた大規模軟骨欠損の修復は、依然として困難な臨床課題である。我々は最近、2つのリプログラミング因子(c-Myc と Klf4)と1つの軟骨形成因子(SOX9)の強制発現により、マウス真皮線維芽細胞培養から多能性状態を経ることなく軟骨形成細胞を誘導できることを報告した。我々は、ヒト真皮線維芽細胞(HDF)培養から、同じ因子を用いて人工軟骨細胞(iChon)を作製した。iChon細胞を選択するため、軟骨細胞特異的COL11A2プロモーター/エンハンサーを発現するレンチウイルスレポーターベクターを開発した。ヒトiChon細胞は、線維芽細胞ではなく軟骨細胞のマーカー遺伝子を発現し、非軟骨性COL11A2陰性細胞から誘導された。ヒトiChon細胞はヌードマウスにおいて軟骨を形成したが、腫瘍は形成しなかった。このアプローチは、多能性幹細胞を介さずにヒトの皮膚から直接軟骨を調製することにつながる可能性がある。」
2 対比
本願発明と引用発明3を対比する。
本願明細書の【0013】には、「特定の実施形態において、髄核細胞および/または髄核細胞に分化することができる細胞は、栄養マトリックス(nutrient matrix)または血管有り無しを含めて、NPの1つまたは複数の成分(脊索細胞および/またはTie2+細胞など)に加えて提供される。」との記載があることからすると、Tie2+細胞はNP、すなわち髄核の成分の一つであるといえ、髄核は椎間板に含まれるから、引用発明3の「ヒト髄核に由来するヒトTG/dp(Tie2+GD2+2重陽性)クローン細胞」「を含む懸濁物」は、本願発明の「人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる」「細胞混成物」「を含有」する「組成物」であって、「該細胞混成物が」「Tie2+細胞を含」むものに相当する。
また、引用発明3の「マウスの椎間板に注入する」ことは、本願発明の「個体の」「椎間板に」「組成物を送達する」ことに相当する。
そうすると両者は、
「個体の椎間板に組成物を送達する際に、人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物を含有し、
該細胞混成物がTie2+細胞を含む、組成物。」
である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
組成物が、本願発明では、個体の「老化した」椎間板に送達され、「個体において老化した椎間板の状態を改善するため」のものであって、細胞混成物を「有効量」含有するのに対し、引用発明3では、個体の髄核部分を吸引除去された椎間板に投与されると、含有する細胞が髄核部分にII型コラーゲンを産生するものである点。
<相違点2>
細胞混成物が、本願発明は、「変性過程を発病していない」人間の椎間板由来のものであるのに対し、引用発明3はそのような特定がない点。
<相違点3>
個体が、本願発明では、「PRPを更に提供されている」のに対し、引用発明3はそのような特定がない点。
<相違点4>
細胞混成物が、本願発明では、「線維芽細胞」を含むものであるのに対し、引用発明3はそのような特定がない点。
3 判断
(1)相違点1について
引用文献3には、IVD変性の原因に関して、「ゲル状のNPは、高度に水和したプロテオグリカンとコラーゲンとからなる細胞外マトリックス(ECM)を含む無血管組織であり、ECMを産生する細胞の消失はIVD変性の原因である。」(前記1(1)ア(ア)の第2段落)」と記載されている。
ここで、引用発明3の「髄核部分を吸引除去されたNOD/SCIDマウスの尾部椎間板」とは、前記1(1)ア(ア)における「ゲル状のNP」が、「細胞外マトリックス(ECM)を含む無血管組織」を失い、「ECMを産生する細胞を消失」した状態を示すから、変性した椎間板の病態モデルに相当するものである。そして、引用発明3において、注入された懸濁物中の細胞が「注入部椎間板で生存し、同細胞が椎間板の髄核部分でII型コラーゲンを産生する」ことは、つまり、「髄核部分にII型コラーゲンを産生する細胞が送達される」ことであり、これは、椎間板変性の原因とされている「ECMを産生する細胞の消失」を回復することを意味するものであると認められる。
そうすると、引用発明3の、細胞を含む懸濁物について、椎間板が変性している老化した椎間板において、ECMを産生する細胞の消失を回復し、個体の老化した椎間板を治療する効果を期待して、その「有効量」を個体の「老化した」椎間板に送達して、「個体において老化した椎間板の状態を改善するため」の用途に適用し、前記相違点1の構成に至ることは、当業者にとって容易になし得たことである。
(2)相違点2について
引用文献3には、「IVD細胞の機能的能力は、変性及び老化の過程において時間とともに変化する。細胞は、環境によるダメージやストレスによって引き起こされる変化に反応し、細胞老化の状態に入る。」と記載されていることから(前記1(1)ア(ア)の第3段落)、椎間板細胞は、変性過程を経て、細胞老化状態となるものである。そうすると、引用発明3において、椎間板に注入するための懸濁物に含まれる、ヒト髄核に由来する細胞を、変性過程を経ておらず、老化状態となっていないもの、すなわち、「変性過程を発病していない」人間の椎間板由来のものにすることは、当業者が容易に想到し得ることである。
(3)相違点3について
前記1(2)(ウ)~(オ)、(ケ)によれば、引用文献4には、多血小板血漿(PRP)がヒト髄核細胞のmRNA発現、II型コラーゲン、およびECM合成を促進し、また、ヒト髄核細胞(hNP)のアポトーシスを抑制し、増殖速度を促進する効果を有していることが記載されており、前記1(2)(ク)、(ケ)によれば、PRPのこれらの効果を踏まえつつ、PRPに含まれる成長因子が「hNPの分化を維持」し、将来的に椎間板再生の臨床応用に重要であることが記載され、PRPが「さらなる椎間板破壊を予防するための大きな可能性を秘めた治療基質」であることが示唆されている。
ここで、医薬分野において、医薬の治療効果が高まることを期待して複数の有効成分を組み合わせて適用してみることは広く行われていることであるところ、引用文献3と引用文献4とは、椎間板変性に対する治療効果について記載している点で共通しているから、髄核部分でII型コラーゲンを産生する細胞の送達に係る引用発明3において、引用文献4に記載された事項を参考に、PRPによって、送達された細胞の分化・増殖や、II型コラーゲンの合成の促進を介し、椎間板再生及び椎間板破壊予防につき相加ないし相乗的な効果が発揮されることを期待して、個体に「PRPを更に提供」するようにして、前記相違点3の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得たことである。
(4)相違点4について
ア 本願優先日当時における周知の事項について
参考文献1及び2によれば、本願優先日当時、線維芽細胞は椎間板修復のための細胞源として様々な検討が行われており(前記1(3)(ア)、(イ)、前記1(4)(ア))、実際に、所定の処理をした線維芽細胞は、軟骨細胞へ分化し(前記1(3)(ア))、生体内において軟骨を形成すること(前記1(4)(ア))は、周知の事項であった。
このことは、本願明細書において、背景技術を示す【0005】に「線維芽細胞は、軟骨細胞の再生に使用されてきた。例えば、線維芽細胞は、機械的応力がかかっている低酸素環境において軟骨細胞への分化を誘導することが証明されている。」と記載されていることとも整合する。
イ 相違点4についての判断
ここで、椎間板が軟骨組織から構成され(前記1(2)(ア))、椎間板再生の臨床において軟骨分化は望まれる課題であったところ(前記1(2)(ケ))、医薬分野において、医薬の治療効果が高まることを期待して複数の有効成分を組み合わせて適用してみることは広く行われていることであるから、椎間板の髄核部分でII型コラーゲンを産生する作用を有する引用発明3において、椎間板の状態の改善について相加ないし相乗的な効果が発揮されることを期待して、前記アで述べたとおり、椎間板修復のための細胞源として検討され、軟骨への分化し、生体内で軟骨を形成することが周知である線維芽細胞を含めることは、当業者が容易に想到し得ることである。
(5)効果について
引用文献3、4に記載された事項及び前記周知の事項に基づいて、Tie2+細胞、線維芽細胞及びPRPにより変性した椎間板に対する回復・再生効果が一定程度期待できることは前記(1)及び(3)で記載したとおりである。
一方、本願明細書には、【0051】に実施例として、
「実施例1
本開示の方法の一例は、同種異系、異種もしくは自家髄核細胞、および/もしくはそこから生成される馴化培地、および/もしくはSox9もしくは軟骨の産生を助ける他の遺伝子ならびに/または脊索細胞、および/もしくはTie2+細胞、および/もしくは多血小板血漿(PRP)の導入がある。ある特定の実施形態において、そのような送達は、健康な髄核中に多量に見いだせる細胞を送達することによって分化過程に有益になる。Sox9もしくは他の遺伝子、脊索細胞および/またはTie2+の量の減少は、変性椎間板疾患の発病において重要な役割を演ずる。線維芽細胞分化から生じた新たな核へこれらの細胞を加え戻すことにより、新しく分化した細胞にとってより強力で、活気ある環境が得られることになる。軟骨は、血流および栄養分への接近が一般に少ないので、身体において再生することが最も難しい組織であると考えられる。この理由のため、Sox9もしくは他の遺伝子、脊索細胞、Tie2+細胞および/またはPRPなど他のエレメントを、線維芽細胞混合物に添加することができる。本研究は、これらの細胞型の減少が実際に、変性椎間板疾患のきっかけまたは起源であり得ることを示唆している。」
と記載はされているものの、本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「組成物」を、「PRPを更に提供されている」「個体」に使用したときに、個体において老化した椎間板の状態を改善するための組成物としていかなる効果が奏されるのか、具体的に確認した記載はなされていないから、本願発明が、引用文献3、4及び前記周知の事項から当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏するとは認められない。
(6)審判請求人の主張について
ア 審判請求人の主張
審判請求人は、令和8年2月20日受付の意見書において、概略以下の(ア)~(ウ)の点を理由として、本願発明は進歩性を有する旨主張する。
(ア)引用文献3において使用された組織は、既に損傷又は炎症応答を受けた組織であり、本願発明のように変性過程を発病していない人間の椎間板由来細胞とは本質的に異なる。
(イ)引用文献3は、TG/dp(Tie2+GD2+2重陽性)クローン細胞の単独投与のみを開示するものであって、当該細胞を他の細胞等と併用することは教示していないし、引用文献4は線維芽細胞を教示するものではないから、本願発明の細胞混成物への動機付けは存在しない。
(ウ)補足実験によれば、線維芽細胞は、髄核細胞馴化培地(NP CM)及びTie2+細胞の存在下において、NP CM単独又はTie2+細胞単独の場合よりも、軟骨細胞への分化率が高いことが示されており、本願発明は、予測困難な相乗効果を奏するものである。
(図表2)
[図:0001438629000001.jpg]
イ 審判請求人の主張に対する判断
(ア)主張(ア)について
前記(2)で説示したとおり、ヒト髄核に由来する細胞を、老化状態となっていないものを用いることは、当業者であれば当然に行い得ることである。
(イ)主張(イ)について
前記(4)で説示したとおり、Tie2+細胞を含む引用発明3に、軟骨細胞へ分化し、軟骨を形成することが周知である線維芽細胞を含めることは、当業者が容易に想到し得ることである。
(ウ)主張(ウ)について
本願発明は、「該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含み」と特定されるものである。
一方、審判請求人が同意見書において示した補足実験は、線維芽細胞は、特定の処理により得られた髄核細胞馴化培地(NP CM)及びTie2+細胞の存在下において、髄核細胞馴化培地単独又はTie2+細胞単独の場合よりも、軟骨細胞への分化率が高いことが示すものであるところ、当該補足実験の実験系は、本願発明で特定する「線維芽細胞及びTie2+細胞」以外に特定の処理により得られた髄核細胞馴化培地を含むものである。ここで髄核細胞馴化培地とは、髄核細胞及びその分泌物を含むものであるから、当該補足実験の結果は、本願発明で特定する「線維芽細胞及びTie2+細胞」の2つの細胞を含有しさえすれば、髄核由来の様々な成分を含む髄核細胞馴化培地の存否にかかわらず、線維芽細胞の軟骨細胞への分化率が高くなることを示したものではない。したがって、当該補足実験で示された効果は、本願発明の「該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」むものの効果を示すものとは認められないから、当該補足実験により示された結果は本願発明の構成が奏する効果として参酌することはできない。
(エ)よって、請求人の主張はいずれも採用できない。
(7)小括
以上のとおりであるから、本願発明は、引用文献3に記載された発明、引用文献3、4に記載された事項及び周知の事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第5 理由3(サポート要件)について
1 判断の前提
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載を対比し、特許請求の範囲で特定された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って、本願発明がサポート要件を満たすかについて検討する。
2 本願発明の課題
本願明細書の発明の詳細な説明(以下単に「発明の詳細な説明」という。)の【0010】には「本開示は、例えば成功裏に脊椎円板を修復および/または再生するための効果的かつ単純な方法ならびに組成物に関する。」と記載されていることから、本願発明1の解決しようとする課題は、「成功裏に脊椎円板を修復および/または再生するための効果的かつ単純な方法ならびに組成物を提供すること」にあると認められる。
3 発明の詳細な説明
発明の詳細な説明には、次の内容が記載されている。
ア 【0003】
「一般に、軟骨は、一度損傷を受けたら自然に再生されない組織である。近年では、研究室において損傷組織の一部を再生することによって損傷を受けた生物組織を再建する試みがなされている。「組織工学」と定義されるこの手法は、大きな注目を集めている。」
イ 【0009】
「損傷を受けたまたは疾患のある脊椎円板において完全な組織機能を復元することは、難題である。人工椎間板交換または核置換のような従来の方法があるとはいえ、これらの治療法に関連する多くの弱点がまだ存在する。例えば人工椎間板交換は、カスケード効果として公知の、患部の上下にある他の椎骨へ機械的応力が移動および転移する傾向があり得る。」
ウ 【0013】
「特定の実施形態において、髄核細胞および/または髄核細胞に分化することができる細胞は、栄養マトリックス(nutrient matrix)または血管有り無しを含めて、NPの1つまたは複数の成分(脊索細胞および/またはTie2+細胞など)に加えて提供される。」
エ 【0015】
「健康な椎間板由来の細胞混成物の有効量を提供することによって、個体において老化した椎間板の状態を改善するための方法を包含する。・・・本開示の方法は、変性過程を発病していない人間の椎間板中に見いだせる細胞混成物の有効量を、老化した椎間板を有する個体に提供することによって、個体において老化した椎間板の状態を改善する方法を含む。変性過程を発病していない1人または複数人の人間の1つまたは複数の椎間板中に見いだせる細胞混成物は、髄核細胞、軟骨細胞、線維芽細胞(骨、軟骨および/または筋肉を含めた身体の結合組織由来の少なくとも皮膚線維芽細胞もしくは線維芽細胞を含める)、幹細胞および/または脂肪細胞の有効量を含むことができる。細胞混成物は、例えば、コラーゲン原線維、プロテオグリカンおよび/またはアグリカンなどの非細胞成分を含むこともできる。」
オ 【0031】
「一部の事例において、髄核(NP)由来の1つまたは複数の成分の有効量が、NP由来の1つまたは複数の成分を受ける必要がある個体に提供され;特定の事例において、例えば、NP由来の1つまたは複数の成分は、脊索細胞、脊索細胞馴化培地、小さい軟骨細胞様細胞、コラーゲン原線維、プロテオグリカンおよび/またはアグリカンを含む。」
カ 【0049】
「特定の実施形態において、本開示は、細胞の内容物および1つまたは複数のより若く、より力強い椎間板に存在するまたはそれから単離されるいくつかの細胞を含む細胞混成物を提供する工程によって老化した椎間板の環境を改善するための方法を包含する。方法は、変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を、老化した椎間板を有する個体に提供することによって、個体において老化した椎間板の状態を改善するために含まれる。特定の実施形態において、細胞混成物は、線維芽細胞;幹細胞;脂肪細胞;脊索細胞;Tie2+細胞;PRP+細胞;Sox9+細胞;TGFB1+細胞;CTGF+細胞;WISP1+細胞、WISP2+細胞またはその組合せを含む。特定の事例において、個体は、Tie2遺伝子産物;多血小板血漿(PRP);Sox9遺伝子産物;TGFB1遺伝子産物;CTGF遺伝子産物;WISP1遺伝子産物;WISP2遺伝子産物;またはその組合せのうち1つまたは複数を提供される。」
キ 【0051】
「実施例1
本開示の方法の一例は、同種異系、異種もしくは自家髄核細胞、および/もしくはそこから生成される馴化培地、および/もしくはSox9もしくは軟骨の産生を助ける他の遺伝子ならびに/または脊索細胞、および/もしくはTie2+細胞、および/もしくは多血小板血漿(PRP)の導入がある。ある特定の実施形態において、そのような送達は、健康な髄核中に多量に見いだせる細胞を送達することによって分化過程に有益になる。Sox9もしくは他の遺伝子、脊索細胞および/またはTie2+の量の減少は、変性椎間板疾患の発病において重要な役割を演ずる。線維芽細胞分化から生じた新たな核へこれらの細胞を加え戻すことにより、新しく分化した細胞にとってより強力で、活気ある環境が得られることになる。軟骨は、血流および栄養分への接近が一般に少ないので、身体において再生することが最も難しい組織であると考えられる。この理由のため、Sox9もしくは他の遺伝子、脊索細胞、Tie2+細胞および/またはPRPなど他のエレメントを、線維芽細胞混合物に添加することができる。本研究は、これらの細胞型の減少が実際に、変性椎間板疾患のきっかけまたは起源であり得ることを示唆している。」
4 判断
前記3の発明の詳細な説明の記載では、本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物」であって、「該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「細胞混成物」が、それらを「PRPを更に提供されている」「個体」に使用した場合に、どのような「個体の老化した椎間板の治療」効果を奏するのかについて具体的な薬理試験データは何ら記載されていない。
一方、前記3ア、イによれば、軟骨は一度損傷すると自然には回復しないものであり、損傷を受けたまたは疾患のある脊椎円板において完全な組織機能を復元することは難題であるというのが本願出願当時における技術常識であったと認められる。また、医薬分野において、細胞や細胞から放出される生理活性分子は、培養条件や製剤中の他の成分によりその性質が変化するため、それらを含む製剤の生理活性は確認してみるまではわからないということも技術常識であった。例えば、Tie2+細胞についてみても、引用文献3には、Tie2+GD+細胞は高い増殖能を有し、hNP-CFU-Sを発生させることができるが、Tie2+細胞であってもGD2-である細胞(すなわちT/sp細胞)では十分な増殖性が得られないことが記載されていることから(前記第4 1(1)ア(ク))、Tie2+細胞でありさえすれば、同一の生理活性が期待できるともいえないことは明らかである。
そうすると、本願出願当時の技術常識に照らしても、発明の詳細な説明において、本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「組成物」を、「PRPを更に提供されている」「個体」に使用したときに、「成功裏に脊椎円板を修復および/または再生するための効果的かつ単純な方法ならびに組成物」を提供するという課題を解決できると当業者は認識できるとはいえない。
5 審判請求人の主張について
審判請求人は、令和8年2月20日受付の意見書において、本願明細書には、変性過程を発病していない椎間板由来の細胞混成物を提供することにより、老化した椎間板の状態を改善するという技術思想が記載されており、当該細胞混成物には、線維芽細胞、脊索細胞、Tie2+細胞等が含まれ得ることが具体的に開示されているものであり、本願発明1は、この明細書の記載に基づき、細胞混成物の構成を線維芽細胞及びTie2+細胞に限定したものであって、このような限定は、明細書に開示された複数の実施形態のうち特定の態様を抽出した減縮であると主張する。
そこで、発明の詳細な記載をみると、前記3カには、次のような記載がある。
「特定の実施形態において、本開示は、細胞の内容物および1つまたは複数のより若く、より力強い椎間板に存在するまたはそれから単離されるいくつかの細胞を含む細胞混成物を提供する工程によって老化した椎間板の環境を改善するための方法を包含する。方法は、変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を、老化した椎間板を有する個体に提供することによって、個体において老化した椎間板の状態を改善するために含まれる。特定の実施形態において、細胞混成物は、線維芽細胞;幹細胞;脂肪細胞;脊索細胞;Tie2+細胞;PRP+細胞;Sox9+細胞;TGFB1+細胞;CTGF+細胞;WISP1+細胞、WISP2+細胞またはその組合せを含む。」
このように、発明の詳細な説明には、細胞混成物は、複数の選択肢で記載された細胞又はその組合わせを含むことが記載されており、この選択肢の中に、「線維芽細胞」及び「Tie2+細胞」は含まれているものの、その組み合わせは多種多様であり、これらの複数の選択肢の中から特にこの2つの細胞だけを取り出して、「線維芽細胞及びTie2+細胞」を含む細胞混成物を用いて、老化した椎間板の状態を改善するという技術的思想が開示されているとは認められない。
よって、請求人の主張は採用できない。
6 小括
以上のとおりであるから、本願発明について、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
第6 理由4(実施可能要件)について
1 判断
本願発明は「個体の変性した椎間板の治療用組成物」という医薬用途に関する物の発明であるが、物の発明について実施可能要件を充足するためには、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があることが必要である。
この点、前記第5 4で説示したのと同様、本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「組成物」を、「PRPを更に提供されている」「個体」に使用したときに、個体の老化した椎間板の治療用組成物としていかなる効果が奏されるのか、具体的な薬理試験データは開示されていない。
そして、前記第5 3ア、イによれば、軟骨は一度損傷すると自然には回復しないものであり、損傷を受けたまたは疾患のある脊椎円板において完全な組織機能を復元することは難題であるというのが本願出願当時における技術常識であったと認められる。また、医薬分野において、細胞や細胞から放出される生理活性分子は、培養条件や製剤中の他の成分によりその性質が変化するため、それらを含む製剤の生理活性は確認してみるまではわからないということも技術常識であった。例えば、Tie2+細胞についてみても、引用文献3には、Tie2+GD+細胞は高い増殖能を有し、hNP-CFU-Sを発生させることができるが、Tie2+細胞であってもGD2-である細胞(すなわちT/sp細胞)では十分な増殖性が得られないことが記載されていることから(前記第4 1(1)ア(ク))、Tie2+細胞でありさえすれば、同一の生理活性が期待できるともいえないことは明らかである。
そうすると、発明の詳細な説明において、本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「組成物」を、「PRPを更に提供されている」「個体」に使用したときの薬理データが示されていない以上、本願出願当時の技術常識に照らしても、実際に本願発明の「変性過程を発病していない人間の椎間板由来の、またはその中に見いだせる細胞混成物の有効量を含有し、該細胞混成物が、線維芽細胞及びTie2+細胞を含」む「組成物」を、「PRPを更に提供されている」「個体」に使用したときに、「個体の老化した椎間板の治療」に使用できるか否かを逐一試験するという当業者に期待し得る程度を越えた試行錯誤を要するものである。
したがって、発明の詳細な説明は、本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。
2 小括
以上のとおりであるから、本願は、特許法第36条4項1号に規定する要件を満たしていない。
第7 むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。また、本願は、特許請求の範囲の記載が同法36条6項1号に規定する要件を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載が同条4項1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-021341