特許拒絶査定不服審判
2023-008801
細胞膜透過ペプチドおよびこれを含む細胞内伝達体
- 審判番号
- 2023-008801
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2021-037281
- 請求日
- 2023年05月30日
- 審決日
- 2024年10月16日
- 公報発行日
- 2025年03月28日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】アヴィックスジェン・インコーポレイテッド
- 【請求人代理人】村山 靖彦
- 【請求人代理人】実広 信哉
- 【請求人代理人】阿部 達彦
- 審判長/審判官
- 審判長 福井 悟
- 審判官 荒木 英則
- 審判官 田中 耕一郎
- 分類
- P18 .536-Z (C07K)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2021- 37281「細胞膜透過ペプチドおよびこれを含む細胞内伝達体」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 7月 1日出願公開、特開2021- 98730〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、2017年12月15日(パリ条約による優先権主張 2016年12月16日 (KR)韓国、2017年12月15日 (KR)韓国)を国際出願日とする特願2019-529912号の一部を令和3年3月9日に新たな特許出願としたものであって、令和4年4月15日付け拒絶理由通知に応答して同年10月25日に意見書及び手続補正書が提出されたが、令和5年1月20日付けで拒絶査定がなされ、同年5月30日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。
第2 本願発明
本願の請求項1~6に係る発明は、令和4年10月25日付け手続補正書の特許請求の範囲1~6に記載された事項により特定されるものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
「【請求項1】
次の一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド末端に細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)が結合された細胞内伝達体:
[一般式I]
Cys-Xaa1-Xaa2-Cys-Xaa3-Xaa4-Xaa5-Gly-His-Xaa6-Xaa7-Xaa8-Xaa9-Cys
前記一般式において、Xaa1はAla、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、Trp、Ser、Thr、AsnおよびGlnからなる群より選択され、
Xaa2はAla、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、Trp、Arg、His、Lys、Asn、Ser、ThrおよびGlnからなる群より選択され、
Xaa3およびXaa4は互いに独立にAsp、Glu、Arg、His、Lys、Ser、Thr、Asn、GlnおよびGlyからなる群より選択され、
Xaa5はAsp、Glu、Arg、His、Lys、Ala、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、TrpおよびProからなる群より選択され、
Xaa6およびXaa7は互いに独立にSer、Thr、Asn、Gln、Ala、Val、Ile、Leu、Met、Phe、TyrおよびTrpからなる群より選択され、
Xaa8はLys、AlaまたはArgであり、
Xaa9はAsp、Glu、Ser、Thr、AsnおよびGlnからなる群より選択されるアミノ酸である。」
第3 原査定の拒絶理由
本願発明に対する原査定の拒絶の理由5の概要は、以下のとおりである。
本願明細書中において、細胞透過性を有するペプチドのアミノ酸配列として具体的に記載されているのは、配列番号10~15に示されたもののみであるところ、上記機能を有するペプチドを新たに取得するためには、無数のアミノ酸配列からなるペプチドを作製し、それぞれについて細胞に処理し、細胞透過性の解析を繰り返すことが必要となり、当業者に期待し得る程度を越えた試行錯誤を求めることになるので、本願は、発明の詳細な説明が、当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
上記理由5について、以下で検討する。
第4 当審の判断
1 本願明細書の記載
本願発明の細胞内伝達体に関して、発明の詳細な説明には以下の記載がある。なお、下線は当審合議体が付加した。
(1) 段落0004
「【0004】
本発明者らは、HIV NCペプチドの生理学的活性を研究している最中、NCペプチドが細胞膜透過活性を有しているのを確認し、それにより細胞内物質伝達が可能なドラッグデリバリーシステム(drug delivery system)として利用できるのを確認し、本発明を完成するに至った。」
(2) 段落0012
「【0012】
本明細書において、用語、「細胞内伝達体」は、細胞膜を透過して組織まで浸透できる伝達体を意味する。」
(3) 段落0014~0021
「【0014】
前記一般式Iで表されるポリペプチドは様々なレトロウイルス(例えば、HIV(Human immunodeficiency virus)、MLV(Murine leukemia virus)、SIV(Simian immunodeficiency virus)、RSV(Rous sarcoma virus)、FIV(Feline immunideficiency virus)、EIV(Equine immunideficiency virus))のNCペプチド内に存在するジンクフィンガードメイン(zinc finger domain)の保存配列(Cys-Xaa-Xaa-Cys-Xaa-Xaa-Xaa-Xaa-His-Xaa-Xaa-Xaa-Xaa-Cys)を示すものであり、本発明者らは実験により前記配列を含むポリペプチドが細胞膜透過活性に優れるのを確認し、それにより細胞内物質伝達が可能なドラッグデリバリーシステムとして利用できるということを明らかにした。
【0015】
本発明の一具体例によれば、一般式I(配列番号16)において、前記Xaa1は、疎水性アミノ酸であるAla、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、Trp、極性アミノ酸であるSer、Thr、AsnおよびGlnからなる群より選択されるアミノ酸である。より好ましくは、前記Xaa1は、Phe、Trp、Tyr、AlaおよびGlnからなる群より選択されるアミノ酸である。
【0016】
一具体例によれば、前記Xaa2は、疎水性アミノ酸であるAla、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、Trp、塩基性アミノ酸であるArg、His、Lys、極性アミノ酸であるSer、Thr、AsnおよびGlnからなる群より選択されるアミノ酸である。より好ましくは、前記Xaa2は、Asn、Thr、Lys、LeuおよびTyrからなる群より選択されるアミノ酸である。
【0017】
また、一具体例によれば、前記Xaa3およびXaa4は、互いに独立に、親水性アミノ酸であるAsp、Glu、Arg、His、Lys、Ser、Thr、Asn、GlnおよびGlyからなる群より選択されるアミノ酸である。より好ましくは、前記Xaa3はGly、AspおよびLysからなる群より選択されるアミノ酸であり、Xaa4はArg、Ser、GlyおよびGluからなる群より選択されるアミノ酸である。
【0018】
また、本発明の一具体例によれば、前記Xaa5は、極性アミノ酸を除いたAsp、Glu、Arg、His、Lys、Ala、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、TrpおよびProからなる群より選択されるアミノ酸である。より好ましくは、前記Xaa5は、Pro、Glu、Lys、IleおよびMetからなる群より選択されるアミノ酸である。
【0019】
また、一具体例によれば、前記Xaa6およびXaa7は、互いに独立に、疎水性アミノ酸であるAla、Val、Ile、Leu、Met、Phe、Tyr、Trp、極性アミノ酸であるSer、Thr、AsnまたはGlnからなる群より選択され、より好ましくは、Xaa6はThr、Asn、Gln、Met、TyrおよびTrpからなる群より選択されるアミノ酸であり、Xaa7はAla、MetおよびGlnからなる群より選択されるアミノ酸である。
【0020】
また、一具体例によれば、前記Xaa8はLys、AlaまたはArgであるアミノ酸であり、Xaa9は酸性アミノ酸であるAsp、Glu、極性アミノ酸であるSer、Thr、Asn、Glnからなる群より選択されるアミノ酸であり、好ましくは、Asp、Glu、AsnまたはGlnである。
【0021】
本発明の一具体例によれば、前記一般式Iで表されるアミノ酸配列を含むペプチドは、レトロウイルスのジンクフィンガー(zinc finger)ドメインを含むポリペプチドとして、配列番号17~配列番号23のアミノ酸配列を有するポリペプチドからなる群より選択されてもよい。」
(4) 段落0023~0026
「【0023】
本明細書において、用語、「NCペプチド」はレトロウイルス(retrovirus)のヌクレオカプシド(nucleocapsid)を構成するポリペプチドを意味し、前記ポリペプチドはレトロウイルスのゲノムRNAに強く結合してリボ核タンパク質コア複合体(ribonucleoprotein core complex)を形成するものとして知られている。
【0024】
本明細書において、用語、「細胞透過ペプチド(cell penetrating peptide、CPP)」はインビトロ(in vitro)および/またはインビボ(in vivo)上で輸送対象のカーゴ(cargo)を細胞内に輸送できる能力を有したペプチドを意味し、細胞透過ペプチドはそのものでリン脂質二重膜の細胞膜を通過できるアミノ酸配列を有するペプチドである。
……
【0026】
本明細書において、用語、「カーゴ(cargo)」は、細胞膜透過ペプチドとして作用するNCペプチドに結合して細胞内に輸送される化学物質、小さい分子化合物、ポリペプチド、核酸などを意味する。」
(5) 段落0056~0057
「【0056】
また、FITC-NCペプチドによる細胞膜透過活性の変化を確認するために前記と同様の方法により、ヘキサペプチド(hexapeptide)、FITC-ヘキサペプチド、FITC-NC-ヘキサペプチド、FITC-13NC35ペプチドおよびFITC-29NC50ペプチドをHeLa細胞に3時間処理し、共焦点レーザ走査顕微鏡で観察した。一方、上記で用いられたヘキサペプチド、PTD-ysペプチド、TLMペプチド、TD1ペプチド、NC-ヘキサペプチド、13NC35ペプチドおよび29NC50ペプチドのアミノ酸配列は下記の表5のとおりである。
【0057】
【表5】
[図:0001419742000001.jpg]
」
(6) 段落0063~0083
「【0063】
実験結果
1.様々なレトロウイルスNCペプチドの細胞膜透過活性の確認
NCペプチド配列の類似(similarity)程度に応じて細胞膜透過活性の程度の差があるか否かを確認するために、FITCが結合されたHIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドとTatペプチドを1.0μMの濃度でRAW264.7細胞に1時間処理した。その結果、図2に示すように、HIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドが細胞膜透過性に優れるのをFITC蛍光明るさを通じて確認し、FACS分析でもHIVのNCペプチドが96.8%、SIVのNCペプチドが54.0%、RSVのNCペプチドが24.2%、MLVのNCペプチドが5.7%の細胞において蛍光が現れるのを確認した。前記実験結果は、HIVをはじめとする種々のレトロウイルスのNCペプチドが既存のTatペプチドに比して細胞膜透過活性に優れることを意味する。また、図2に示すように、HIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドは、ジンクフィンガー(zinc finger)ドメインが保存配列(consensus sequence)として含まれているのを確認することができた。
【0064】
一方、上記で用いられたHIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドのアミノ酸配列は下記の表6のとおりである。
【0065】
【表6】
[図:0001419742000002.jpg]
【0066】
2.HIV-NCペプチドの細胞膜透過活性の確認
前記実験において、細胞膜透過活性の最も高いHIV-NCペプチド(配列番号12)を対象に細胞膜透過活性を濃度別に確認するために、FITC-HIV-NCペプチドを0.5、1、2.5、5.0および10μMの濃度で1時間RAW264.7マクロファージに処理した。1時間後、蛍光顕微鏡(Leica Micoscope Systems、ドイツ)で細胞の蛍光程度を確認した結果、図3aに示すように、FITC-HIV-NCペプチドの濃度が増加するほど、ペプチドの細胞膜透過性が高くなるのを確認することができた。また、蛍光分析器により確認した結果、図3bに示すように、FITC-HIV-NCペプチドの濃度が増加するほど、蛍光信号が増加するのを確認して細胞膜透過性が増加することが分かった。
【0067】
また、処理時間に応じたFITC-HIV-NCペプチドの細胞膜透過程度を確認するために、2.5μmの濃度でRAW264.7細胞に20分、40分および60分間ペプチドを処理した。その結果、図3cに示すように、FITCーHIV-NCペプチドを処理した時間が増加するに伴い、ペプチドの細胞膜透過性が有意に増加するのを蛍光顕微鏡およびFACS分析により確認することができた。
【0068】
また、HIV-NCペプチドの細胞膜透過性を確認するために、HeLa細胞に免疫染色を行って共焦点レーザ走査顕微鏡で観察した。その結果、図4に示すように、多数のHIV-NCペプチドが細胞膜、細胞質および核膜に満遍なく分布しており、一部のHIV-NCペプチドは核内側に分布するのを確認することができた。前記結果は、HIV-NCペプチドが低い濃度で細胞膜を透過することができ、HIV-NCペプチドの細胞膜透過が速い時間内でなされることを意味する。
【0069】
3.様々な細胞におけるHIV-NCペプチドの細胞膜透過活性の確認
細胞の種類に応じてHIV-NCペプチドの細胞膜透過活性に差があるか否かを確認するために、RAW264.7、THP-1、CEM、MDCKおよび293FT細胞にFITC-HIV-NCペプチドを1.0、2.5および5.0μMの濃度で1時間または2時間処理した。その結果、図5a~5eに示すように、FITC-HIV-NCペプチドの濃度が増加するに伴い、ペプチドの細胞膜透過性が有意に増加するのを蛍光顕微鏡およびFACS分析により確認することができた。図5aはRAW264.7(マウスマクロファージ)、図5bはTHP-1(ヒト単球細胞株)細胞の結果であり、図5cはCEM、図5dはMDCK(Madin-Darby canine kidney、イヌ腎臓由来細胞)および図5eは293FT(ヒト胎児腎臓細胞由来)の結果である。前記結果は、HIV-NCペプチドが癌細胞、免疫細胞、上皮細胞などの様々な細胞膜を透過できることを意味する。
【0070】
4.HIV-NCペプチドとTatペプチドの細胞膜透過活性の比較
HIV-NCペプチドの細胞膜透過活性の程度を確認するために、既存の細胞透過タンパク質として知られたTatペプチドとの比較実験を行った。緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescence Protein、GFP)が結合されたHIV-NCペプチド(以下、GFP-HIV-NCペプチド)を0.25、0.5、1.0、2.5および5.0μMの濃度で、GFP-Tatペプチドを1.0、2.5、5.0および10μMの濃度で、各々1時間RAW264.7細胞に処理し、1時間後、ペプチドの蛍光程度を確認した。その結果、図6aおよび6bに示すように、GFP-HIV-NCペプチドは0.25μMの低い濃度で蛍光が現れる反面、GFP-Tatペプチドは10μMの高い濃度でも蛍光が微小に現れるのを確認することができた。また、細胞を回収してFACSで分析した結果、図6aおよび6bに示すように、GFP-HIV-NCペプチドは1μMの濃度で99.9%の細胞が蛍光を示すが、GFP-Tatペプチドは同一の濃度で4.3%の細胞が蛍光を示すのを確認した。
【0071】
また、蛍光分析器により確認した結果、図6cに示すように、GFP-HIV-NCペプチドは、濃度が増加するに伴い、細胞膜透過性も増加するが、GFP-Tatペプチドは、処理濃度に関係なく、細胞膜透過性が非常に低いのを確認することができた。前記実験結果は、既存の細胞透過タンパク質としてよく知られたTatペプチドに比して、HIV-NCペプチドが高効率の細胞透過ペプチドであることを意味する。
【0072】
5.HIV-NCペプチドと他の細胞透過ペプチドの細胞透過活性の比較
FITC-HIV-NCペプチド、FITC-Tatペプチド、FITC-MA11ペプチド、FITC-PTD-ysペプチド、FITC-TLMペプチド、FITC-TD1ペプチドをHeLa細胞に処理した後、各ペプチドの細胞膜透過程度を確認した。
【0073】
その結果、図7に示すように、FITC-TLMペプチドおよびFITC-TD1ペプチドは、20μMの高濃度で処理したにもかかわらず、細胞膜をほぼ透過することができなかったが、FITC-HIV-NCペプチドは、3μMで処理しても、蛍光信号が強く現れて、細胞膜透過活性に顕著に優れるのを確認することができた。また、FITC-HIV-NCペプチドの細胞膜透過活性は、FITC-MA11ペプチドに比して約2.5倍、FITC-Tatペプチドに比して約7倍、FITC-PTD-ysペプチドに比して約10倍ほど優れるのを確認することができた。
【0074】
6.NCペプチド内のジンクフィンガードメインの細胞膜透過活性の確認
実験結果1において多数種のレトロウイルスNCペプチドが細胞膜透過活性があるのを確認し、図2に示すように、HIV、SIV、RSVは2個、MLVは1個のジンクフィンガードメイン(zinc finger domain)があるのを確認した。
【0075】
そこで、細胞膜透過活性が種々のNCペプチド内の保存配列(consensus sequence)であるジンクフィンガードメインによって表れるか否かを確認するために、HIV-NCペプチドの13番目のアミノ酸~35番目のアミノ酸からなる1番目のジンクフィンガードメインを含むペプチド(13NC35ペプチド、配列番号10)と、29番目のアミノ酸~50番目のアミノ酸からなる2番目のジンクフィンガードメインを含むペプチド(29NC50ペプチド、配列番号11)を対象にFITCを結合させ、HeLa細胞における細胞膜透過活性を確認した。
【0076】
その結果、図8および図9に示すように、13NC35ペプチドと29NC50ペプチドの両方とも濃度に比例して蛍光信号が増加するのを確認することができた。これは、NCペプチドのジンクフィンガードメインが細胞膜透過活性を示す重要な部分であることを意味する結果である。
【0077】
一方、HIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドのジンクフィンガードメインのアミノ酸配列は下記の表7に示す。
【0078】
【表7】
[図:0001419742000003.jpg]
【0079】
7.HIV-NCペプチドの生体内組織への浸透および組織細胞における分布有無の確認
【0080】
NCペプチドが生体内組織に浸透して組織細胞に満遍なく分布するか否かを確認するために、マウス尾静脈にHIV-NCペプチドを投与した結果、図10に示すように、腎臓、肝臓、肺、心臓および脾臓組織細胞に満遍なく分布することが分かった。特に腎臓、肝臓および肺組織細胞に対する分布効率が顕著に優れていた。その反面、Tatペプチドは、腎臓を除いた他の組織にはほぼ分布しないのを確認することができた。
【0081】
また、眼球の硝子体内と網膜下への投与経路を通じてHIV-NCペプチドを投与した結果、図11に示すように、蛍光信号が強く現れるのを確認して、HIV-NCペプチドが眼球投与経路を通じて眼球組織を浸透して網膜細胞に満遍なく分布することが分かった。
【0082】
8.HIV-NCペプチドによるポリペプチドの細胞膜透過有無の確認
ポリペプチドをカーゴ(cargo)にしてHIV-NCペプチドによる細胞膜透過が可能であるか否かを確認するために、HIV-NCペプチドにヘキサペプチドを結合して細胞に処理して蛍光信号を観察した。その結果、図12に示すように、ヘキサペプチドそのものは細胞膜を透過することはできないが、HIV-NCペプチドと結合した場合には細胞膜透過が可能であり、濃度に比例して細胞膜透過活性が増加するのを確認することができた。
【0083】
9.HIV-NCペプチドによるポリヌクレオチドの細胞膜透過有無の確認
ポリヌクレオチドをカーゴ(cargo)にしてHIV-NCペプチドによる細胞膜透過が可能であるか否かを確認するために、HIV-NCペプチドとsiGLO RNAを結合してMT4細胞に処理した後に細胞を観察した。その結果、図13に示すように、HIV-NCペプチドの処理濃度に応じてGFP蛍光信号が増加するのを確認し、siGLOの細胞膜透過程度が増加したことが分かった。この結果は、HIV-NCペプチドがポリヌクレオチドの細胞膜透過程度を顕著に改善できることを意味する。」
2 実施可能要件の判断
(1) 発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するか否かは、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているか否かを検討して判断すべきものと解される。
特に、物の発明について実施可能要件を充足するには、明細書の発明の詳細な説明において、当業者が、明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、かつ、使用することができる程度の記載があることを要するものと解される。
この観点で本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、本願発明では「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド末端に細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)が結合された細胞内伝達体」という発明特定事項を有するから、本願発明が実施可能要件に適合するためには、本願明細書の発明の詳細な説明に、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド末端に細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)が結合された細胞内伝達体」を製造でき、かつ、それが細胞内伝達体として使用できることを当業者が認識できる記載が必要であるといえる。
ここで、請求項1の記載をみると、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、14残基のアミノ酸からなるポリペプチドであり、N末端側からみて1番目、4番目、及び14番目がシステイン、9番目がヒスチジン、8番目がグリシンで特定されているだけであって、その他の箇所は、請求項1の記載や1(3)にあるように、複数のアミノ酸から択一的に選択可能なように記載され、それらの組合せを計算すると全部で6億9984万種のポリペプチドを含むものとなっている。また、このポリペプチドの末端に結合される「細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)」は、ポリペプチドのいずれの末端側に結合されるのかが特定されておらず、かつ、1(4)にもあるように、「カーゴ(cargo)」にあたる具体的な被輸送物に関する限定もないため、任意の分子が該当する。これらの点と1(2)の記載を考慮すると、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド末端に細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)が結合された細胞内伝達体」を製造でき、かつ、それが細胞内伝達体として使用できるといえるためには、その前提として、6億9984万種のポリペプチドを含む14残基のアミノ酸より構成される「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」自体が、細胞膜を透過して組織まで浸透できる細胞内伝達体として機能することを、本願明細書の発明の詳細な記載及び本願出願時の技術常識に基づき当業者が推認できる必要があるといえる。
(2) 上記1(1)では、HIV NCペプチドが細胞膜透過活性を有しているのを確認し、それにより細胞内物質伝達が可能なドラッグデリバリーシステムとして利用できるのを確認し、本発明を完成するに至ったことが記載され、また、1(6)では、「FITCが結合されたHIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチド」(各NCペプチドのアミノ酸配列は配列番号12~15に対応する。)や「緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescence Protein、GFP)が結合されたHIV-NCペプチド」、「HIV-NCペプチドの13番目のアミノ酸~35番目のアミノ酸からなる1番目のジンクフィンガードメインを含むペプチド(13NC35ペプチド、配列番号10)と、29番目のアミノ酸~50番目のアミノ酸からなる2番目のジンクフィンガードメインを含むペプチド(29NC50ペプチド、配列番号11)を対象にFITCを結合させ」たものが細胞膜透過活性を示すことについて、具体的な試験結果とともに記載されているので(配列番号10~11は1(5)の表5を参照のこと。)、本願明細書の発明の詳細な説明には、配列番号10~15のアミノ酸配列を有するポリペプチドについては、それ自体で細胞膜を透過して組織まで浸透できる細胞内伝達体として機能することが記載されているといえる。
一方、上記1(6)の段落0076では、FITCを結合させた13NC35ペプチド及び29NC50ペプチドの試験結果を踏まえ、NCペプチドのジンクフィンガードメインが細胞膜透過活性を示す重要な部分であることを意味する結果であるとの記載があり、段落0077、表7では、「HIV、SIV、RSVおよびMLVのNCペプチドのジンクフィンガードメインのアミノ酸配列」として配列番号17~23として「一般式Iで表されるアミノ酸配列」を具体化した14残基のアミノ酸配列が記載されている。
しかし、配列番号10~15をみればわかるように、これらのポリペプチドはいずれも、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」のN末端側、C末端側の双方に、8残基以上のアミノ酸が更に付加しているので、22残基以上のアミノ酸配列を有する配列番号10~15のポリペプチドの実験結果や上記の段落0076、0077の記載を根拠にして、14残基しかアミノ酸を有しない配列番号17~23のポリペプチドが、それ自体で細胞膜を透過して組織まで浸透できる伝達体として機能することを当業者は推認できない。
(3) 配列番号17~23のポリペプチドを上位概念化した「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」に関し、1(3)では様々なレトロウイルスのNCペプチド内に存在するジンクフィンガードメインの保存配列を示したものであると記載されているが、保存配列のうちアミノ酸が特定されているのはN末端側からみて1番目、4番目、及び14番目のシステイン、並びに9番目がヒスチジンのいわゆるCCHC配列のみである。(1)で述べたように、請求項1の一般式Iでは、上記システイン、ヒスチジンに関する箇所に加え、N末端側からみて8番目がグリシンに特定され、残りの9残基は複数のアミノ酸から択一的に選択可能なように記載されているので、それらの組合せを計算すると6億9984万種のポリペプチドが含まれている。
しかし、上記1(3)に記載されるXaa1~Xaa9の各選択肢の説明をみると、例えば、疎水性アミノ酸と極性アミノ酸(Xaa1、Xaa6、Xaa7)、疎水性アミノ酸と塩基性アミノ酸と極性アミノ酸(Xaa2)、極性アミノ酸以外(Xaa5)、酸性アミノ酸と極性アミノ酸(Xaa9)のように、アミノ酸の化学的特性が大きく異なるものがグループ化されているので、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」が、総じて、本願明細書の実施例で細胞内伝達体の効果が裏付けられている配列番号10~15のアミノ酸配列を有するポリペプチドと同様の化学的特性を備えることは期待できない。
また、1(5)の段落0076では「NCペプチドのジンクフィンガードメインが細胞膜透過活性を示す重要な部分であることを意味する」と記載されるところ、Xaa2~Xaa5のアミノ酸の選択肢には、ヒスチジンも含まれ、ヒスチジンが選択された「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、ジンクフィンガードメイン中のCCHC配列に更に最大4個のHが含まれることになるので、当該ポリペプチドが、総じて、配列番号10~15のアミノ酸配列を有するポリペプチドと同様の生物学的特性を備えることは期待できない。
(4) 上記(2)を踏まえると、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」は、それを具体化した配列番号17~23のポリペプチドであっても、それ自体で細胞膜を透過して組織まで浸透できる伝達体として機能することを当業者は推認できない。
また、上記(3)を踏まえると、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」には、6億9984万種のポリペプチドが含まれ、本願明細書の実施例で細胞内伝達体の効果が裏付けられている配列番号10~15のアミノ酸配列を有するポリペプチドと同様の化学的特性、生物学的特性を備えることが期待できないものが相当程度含まれている。
したがって、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」自体が、細胞膜を透過して組織まで浸透できる細胞内伝達体として機能することは、本願明細書の発明の詳細な記載及び本願出願時の技術常識に基づき当業者は推認することができない。
よって、「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド末端に細胞内輸送対象のカーゴ(cargo)が結合された細胞内伝達体」を製造し、かつ、それを細胞内伝達体として使用するには、著しく多数のポリペプチドを製造する必要があるとともに、それらのポリペプチドに対し、細胞内伝達体として機能するか否かを判別する試験を行う必要があるため、本願発明の実施には、当業者に過度の試行錯誤・実験を要するものと認められる。
3 小括
以上からすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないので、本願発明は、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないものである。
4 審判請求人の主張
審判請求人は、令和4年10月25日付け意見書及び審判請求書において、追加データが記載された「参考資料1」を示しつつ、 (Cys-Xaa1-Xaa2-Cys-Xaa3-Xaa4-Xaa5-Gly-His-Xaa6-Xaa7-Xaa8-Xaa9-Cys中における)、-CCHC-配列が細胞透過性の必須部分であり、本願明細書は、CCHC配列の特徴(効果)を十分に開示する旨を主張するとともに、追加データは、ジンクフィンガードメイン中のCCHC配列が細胞透過性の必須部分であることを示していること、すべてのCCHC配列がSSHS配列に置換されると、細胞透過性が失われること、他のアミノ酸は細胞透過性にとって必須ではないことを示している旨を主張する。
しかし、「参考資料1」の試験に使用されたポリペプチドはいずれも「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」のN末端側、C末端側の双方にアミノ酸が更に結合されたものであって、その試験結果はアミノ酸配列が配列番号10~15で表されるポリペプチドによる試験結果と同程度の内容に過ぎないし、6億9984万種のポリペプチドを含む「一般式Iで表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド」がそれ自体で、細胞膜を透過して組織まで浸透できる細胞内伝達体として機能することを実証するものでもない。
したがって、上記主張はいずれも採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないので、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2023-008801