2022-004730
微生物集団の改変および微生物相の修飾
- 審判番号
- 2022-004730
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-228858外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
- 請求日
- 2022年03月31日
- 審決日
- 2024年12月24日
- 公報発行日
- 2025年06月27日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】エスエヌアイピーアール・テクノロジーズ・リミテッド
- 【請求人代理人】森田 裕
- 【請求人代理人】今野 智介
- 【請求人代理人】大栗 由美
- 分類
- P18 .121-WZ (C12N)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第29条
- データ出所
- 審決公報(XML)
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結論
理由
目次 ▾ 13項目
第1 手続の経緯
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本願は、平成28年 5月 3日(パリ条約による優先権主張 2015年 5月 6日 (GB)英国、2015年 5月 6日 (GB)英国、2015年 5月 6日 (GB)英国、2015年 5月 6日 (GB)英国、2015年 5月17日 (GB)英国、2015年 5月31日 (GB)英国、2015年 6月20日 (GB)英国、2015年10月17日 (GB)英国、2016年 1月10日 (GB)英国、2016年 1月10日 (GB)英国)を国際出願日とする特願2018-509978号の一部を令和 1年12月19日に新たな特許出願としたものであって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。
同年 6月18日 :意見書・手続補正書の提出
同年 3月31日 :審判請求書の提出
同年 5月12日 :審判請求理由を補充する手続補正書の提出
(以下、この手続補正書による手続補正を「本件補正」という。)
第2 本願発明
本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。(下線部は、本件補正により補正されたと当審が判断した部分である。)
「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えることによる、ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防における使用のための宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステムであって、該混合集団はヒトまたは動物の微生物相であってグラム陰性およびグラム陽性細菌を含み、該混合集団はさらにエシェリキア・コリを含み、該第二細菌は宿主細胞を含み、該宿主細胞は染色体宿主細胞標的配列を含み、該混合集団は該対象に含まれ、続きを表示(全12行)第二亜集団は第一亜集団と異なる細菌種からなり、該システムは、核酸ベクターおよび下記要素(i)~(ii):(i)Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列;(ii)HM-crRNAをコードするスペーサー配列(HM-スペーサー)および反復を含む改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイであって、HM-crRNAは該Casを宿主細胞における標的にガイドし、標的配列を修飾するために宿主標的配列とハイブリダイズできる配列を含むもの;ここで、宿主細胞標的配列と、システムの該要素(i)および(ii)は、宿主細胞と、宿主細胞を形質転換できる核酸ベクターの間で分かれ、ここで、Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列が核酸ベクター内にあり、改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイが核酸ベクター内にあり、そして宿主細胞標的配列が宿主細胞内にあり、ここで、HM-crRNAがCasヌクレアーゼを標的にガイドし、宿主細胞における標的配列を修飾し、それにより宿主細胞が死滅するかまたは宿主細胞増殖が抑制される、を含む、システム。」
第3 優先権主張について
本願は、パリ条約に基づく優先権主張(第1~第5優先権主張の基礎となる英国特許出願第1507773.8号(2015年5月6日出願)(第1優先権基礎明細書)、英国特許出願第1507774.6号(2015年5月6日出願)(第2優先権基礎明細書)、英国特許出願第1507775.3号(2015年5月6日出願)(第3優先権基礎明細書)、英国特許出願第1507776.1号(2015年5月6日出願)(第4優先権基礎明細書)、英国特許出願第1508461.9号(2015年5月17日出願)(第5優先権基礎明細書))がなされているが、以下に示すとおり、これらの主張に基づく優先権主張の利益は享受できない。
1 パリ条約による優先権について
本願発明は、「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えることによる、ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防における使用のための宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステム」を発明特定事項として有する。
第1優先権基礎明細書~第5優先権基礎明細書のいずれにも「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えること」については記載も示唆もなく、本願の発明特定事項である「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えることによる、ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防における使用のための宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステム」は、第1優先権基礎明細書~第5優先権基礎明細書のそれぞれにより明らかにされていたものとはいえない。
2 まとめ
以上のことから、本願発明は、第1優先権基礎明細書~第5優先権基礎明細書に記載されていた発明ではない。
本願の発明特定事項である「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えることによる、ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防における使用のための宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステム」は、本願の第6優先権主張の基礎となる英国特許出願第1509366.9号(2015年5月31日出願)の明細書には記載されているものと認められるから、本願発明の進歩性等の判断の基準日は、第6優先権基礎出願の出願日である2015年5月31日である。
なお、本願発明は、第1~第5優先権主張に基づく優先権主張の利益は享受できないことを、令和 5年12月20日付けの当審による拒絶理由通知書の「優先権主張の利益の享受について」において指摘したところであるが、審判請求人は、令和 6年 7月 9日付けで提出した意見書において、当該指摘事項に対して、何ら反論も釈明もしておらず、当該判断についての争いはない。
第4 拒絶の理由
令和 5年12月20日付けで当審が通知した拒絶理由の理由1Aは、次のとおりのものである。
理由1A
本願発明は、本願の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった以下の引用文献1に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第5 引用文献1の記載
上記のとおり本願請求項1に係る発明の進歩性等の判断の基準日となる2015年5月31日前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献1は、「ゲノム標的化CRISPR-Casシステムを使用したプロブラム可能な細菌株の除去」と題する学術論文であって、次のとおり記載されている。(英文であるため、当審による翻訳文で示す。)
(ア)
「要旨細菌や古細菌のCRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeats)-Cas(CRISPR関連)システムは、CRISPR RNAを用いて外敵の相補的DNAを特異的に認識し、標的DNAの配列特異的切断や分解を引き起こす。最近の研究から、細菌ゲノムの偶発的あるいは意図的な標的化は細胞毒性があり、細胞死につながる可能性があることが示されている。ここで我々は、CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化が、個々の細菌株や細菌種の配列特異的かつ調整可能な除去に利用できることを実証した。大腸菌のI-E型CRISPR-Casシステムをモデルとして、この効果は、ネイティブあるいは輸入システムを用いて引き出すことができ、標的配列のゲノム上の位置、鎖、転写活性に関係なく、同様に強力であることを見出した。さらに、CRISPR RNAを用いたターゲティングの特異性は、純粋培養や混合培養において、非常に類似した株であっても容易に区別することができた。最後に、送達されるCRISPR RNAの収集量を変えることで、混合培養内の個々の株の相対数を調整可能に制御することができた。決定的なのは、観察された細菌除去の選択性とプログラム可能性は、従来の抗生物質、バクテリオファージ、選択可能なマーカー、あるいは調整された増殖条件では事実上不可能であったということである。このような課題が解決されれば、このアプローチは環境および産業用微生物群集の組成を調整可能に制御する新たな手段となり、多剤耐性を回避し、病原微生物と有益微生物を区別する「スマートな」抗生物質の開発に新たな道を開く可能性がある。重要性微生物集団の組成を制御することは、医療、バイオテクノロジー、環境循環において極めて重要である。抗生物質、抗菌ペプチド、溶菌性バクテリオファージなど、さまざまな抗菌戦略が部分的な解決策を提供する一方で、依然として見つかっていないのは、近縁の微生物であっても区別でき、微生物集団の構成を細かく制御できる、一般化されたプログラム可能な戦略である。本研究は、CRISPR-Casシステムと呼ばれる、バクテリアや古細菌のRNA指向性免疫システムが、そのような戦略を提供できることを実証している。これらのシステムは、純粋に配列情報に基づいて個々の細菌株を選択的かつ調整可能に除去するために用いることができ、多剤耐性感染症の治療、工業的発酵の制御、微生物コンソーシアムの研究において機会を創出する。」(第1頁要旨)
(イ)
「ここで我々は、CRISPR-Casシステムによる、個々の菌株の配列特異的標的化と選択的除去の可能性を調べた。大腸菌I型系をモデルとして、標的配列がPAMを含み、スペーサーと相補的である限り、大腸菌ゲノムを標的とすることで細胞を強力に除去できることを見出した。バクテリオファージやプラスミドのターゲティングとは対照的に、ゲノムのターゲティングはシード領域の複数の変異に対応した。さらに、ターゲティングはゲノムの位置、鎖、転写活性に関係なく同様に有効であった。最後に、ゲノム配列情報を用いることで、純粋培養でも混合培養でも、近縁の細菌株を選択的に除去することができた。除去の程度は、ターゲティングプラスミドとノンターゲティングプラスミドを混合することによっても調節できた。我々の発見は、微生物コンソーシアムの組成を調整可能に制御し、多剤耐性感染症を選択的に治療する可能性を開くものである。」(第2頁右欄3~19行)
(ウ)
「結果大腸菌のI-E型CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化我々はまず、大腸菌K-12のI-E型CRISPR-Casシステムを用いて、天然のゲノム遺伝子座を標的とした場合の影響を評価した。このシステムは、CRISPR RNAプロセシングと標的DNAの切断・分解に必要な2つのオペロン(casABCDEとcas3)に6つのcas遺伝子をコードしている(26)。casABCDEオペロンは、通常の増殖条件下では大腸菌K-12のH-NSによって抑制されるため(27)、6つのcas遺伝子すべてを誘導的に発現する2つのプラスミド(pCasA-EとpCas3)からなる、以前に開発した系を用いた(補足資料の図S1参照)(26)。さらに、大腸菌K-12の内在性CRISPR1配列を改変し、人工スペーサー配列を順次挿入できるようにしたプラスミド(pCRISPR)も作製した(図S1およびS2参照)。操作されたゲノム標的スペーサーをコードするpCRISPRプラスミドを、T7ポリメラーゼの誘導性発現(BW25113-T7)を備え、2つのcas発現プラスミド(pCasA-EおよびpCas3)を保有する大腸菌K-12亜株BW25113細胞に形質転換した(図S1参照)。アッセイの一環として、各ゲノム標的CRISPRプラスミドに対する生存形質転換体数を、元のpCRISPRプラスミドに対する生存形質転換体数で割ることにより、純粋培養における株の除去の代用である形質転換効率を測定した。比率または変換効率が低いほど、除去の程度が大きいことを示す。」(第2頁右欄20~45行)
(エ)
「個々の菌株の配列特異的除去。ゲノム・ターゲティングの柔軟性と配列特異性から、CRISPR-Casシステムを用いて個々の微生物種や菌株を特異的に除去する興味深い可能性が開けてきた。この可能性を探るために、我々は大腸菌の2つの亜株、大腸菌K-12(BW25113-T7)と大腸菌B [BL21(DE3)]に注目した(図4A)。これらの菌株のゲノムは99%以上の配列相同性を有し、ほとんどすべての細胞プロセスが同一であるため(30)、抗菌剤を用いたり、決められた増殖条件下で、どちらか一方の菌株を選択的に除去することは極めて困難である。しかし、CRISPR-Casシステムによって、どちらかの菌株を選択的に標的にすることは可能である。インシリコゲノム解析により、大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)、大腸菌B株特有のPAMフランキング配列(P2プロファージ内に位置するogr遺伝子内)、および両菌株に共通するPAMフランキング配列(タンパク質のフォールディングに関与するgroL遺伝子内)を同定した。続いて、各遺伝子のPAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーを設計し、pCasA-EとpCas3を保有する純粋培養で除去率を測定した(補足資料の図S1)。 予想通り、fucPを標的とするとK-12株のみが除去され、ogrを標的とするとB株のみが除去され、groLを標的とすると両株が除去された(図4B)。CRISPR-Casシステムによるプログラム可能な除去の応用の可能性の一つは、常在菌を温存したまま病原性細菌を標的にすることである。この目標に向けて、我々はヒトの消化管に自然に生息する常在性大腸菌の誘導体である大腸菌K-12(BW25113-T7)と、主要な食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ(SB300A#1、LT2の誘導体)に注目した。両種ともグラム陰性腸内細菌であり、約71%の配列相同性を有している(図4A)(31)。ゲノム解析を用いて、大腸菌特有のPAMフランキング配列(arpA遺伝子内、アセチル・コエンザイムA[CoA]生合成の制御に関与)、サルモネラ・エンテリカ特有のPAMフランキング配列(mviM遺伝子内、推定病原性因子をコード)、および共有のPAMフランキング配列(groL遺伝子内)を標的とするCRISPRスペーサーを設計した。得られたプラスミドをpCasA-EとpCas3を保有する純粋培養に形質転換した(補足資料の図S1)。 予想通り、arpAを標的とすると大腸菌のみが除去され、mviMを標的とするとサルモネラ・エンテリカのみが除去され、groLを標的とすると両菌株が除去された(図4B)。」(第4頁左欄13行~右欄29行)
(オ)
「混合培養における個々の菌株の選択的及び調整可能な除去次に、標的株の選択的除去を評価するために、純粋培養から混合培養に進めた。大腸菌B[BL21(DE3)]と大腸菌K-12(Bw25113-T7)を用いて形質転換実験を繰り返した。ただし、両菌株を共培養し、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-d-ガラクトピラノシド(X-Gal)とイソプロピル-β-d-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加した寒天培地にプレーティングした。これらのプレーティング条件下で、BL21(DE3)は青いコロニーを生じるが、BW25113-T7は白いコロニーを生じる(補足資料の図S8)。 純粋培養を用いた実験と同様に、ogr遺伝子内のPAM-フランキング配列を標的とするとBL21(DE3)が選択的に除去され、fucP遺伝子内のPAM-フランキング配列を標的とするとBw25113-T7が選択的に除去された。さらに、casABCDEオペロン非存在下では、形質転換プラスミドにかかわらず、2つの株は同様の比率で維持された(図5A)。これらの結果は、CRISPR-Casシステムを混合培養における細菌株の選択的除去に用いることができることを示している。上記の混合培養実験では、個々の株を除去または維持するために単一のプラスミドを利用した。我々は、ターゲティングプラスミドとノンターゲティングプラスミドを組み合わせて形質転換することで、ターゲティングされた細胞の一部を除去することができ、集団の構成を制御することができるという仮説を立てた。この仮説を検証するため、異なる量のpCRISPRプラスミドとBL21(DE3)標的化プラスミド(合計100ng)を形質転換し、青色コロニーと白色コロニーの比率を定量した。驚くべきことに、BL21(DE3)標的プラスミドの割合は、BL21(DE3)の選択的除去と強い相関があった(図5B)。ほぼ完全な線形相関(R2 = 1.00)はさらに、ほぼすべての形質転換細胞が、大腸菌Bを除去または維持する単一のプラスミドを受け取ったことを示唆している。したがって、CRISPR-Casシステムは、混合集団の構成を調整可能に調節するように再プログラムすることができると結論付けた。」(第4頁右欄30行~第5頁右欄3行)
(カ)
「図5 混合培養における個々の菌株の選択的及び調整可能な除去(A) 混合培養におけるBW25113-T7とBL21(DE3)の選択的除去。pCas3およびpCasA-E(+casABCDE)またはpCasA-E′(-casABCDE)のいずれかを保有する同数のBW25113-T7およびBL21(DE3)細胞を、エレクトロポレーション用の調製前に混合した。示したpCRISPRプラスミドでエレクトロポレーションした混合培養物を、IPTG、X-Gal、l-アラビノース、IPTG、および抗生物質を含むLB寒天培地上にプレーティングした。BL21(DE3)のみがlacZ遺伝子を持ち、青いコロニーが得られる(補足資料の図S8)。プレートは3つの独立した実験の代表的なものである。(B)混合培養におけるBL21(DE3)の調整可能な除去。大腸菌B標的プラスミド(pCRISPR-ogr)と非標的プラスミド(pCRISPR)の比率を変えて、合計100ngの細胞を形質転換した以外は、パネルAに記載した方法と同様に形質転換を行った。青色コロニーと白色コロニーの比は、pCRISPRプラスミドで形質転換した同じ培養の青色コロニーと白色コロニーの比に対して正規化した。数値は3つの独立した実験から得られたデータの幾何平均とSEMを表す。」(第5頁 図5説明文)
(キ)
「微生物の選択的及び調整可能な除去のためにCRISPR-Casシステムを川下で利用する場合、間違いなく送達が最も直接的な課題となる。しかし、ナノ粒子の開発とバクテリオファージの工学的利用が、解決策の可能性を示している。CRISPR-RNAの送達は、微生物への送達手段としてナノ粒子をさらに研究するきっかけになるかもしれない。これとは別に、バクテリオファージは異種タンパク質の発現、遺伝子導入、細菌感染の治療に広く用いられてきた(39, 40)。溶原性バクテリオファージやファージミドは、広い宿主範囲を持つため、CRISPR-Casをコードするコンストラクトの送達に特に有益である(41-43)。銀ナノ粒子や溶菌性バクテリオファージも細菌の除去に使用できるが(44, 45)、ゲノム標的CRISPR-Casシステムのような特異性やプログラム性に欠け、微生物コンソーシアムの組成を調整可能に制御するための投与は容易ではない。ひとたび送達の課題が克服されれば、CRISPR-Casシステムは、多様な生態学的ニッチや科学分野において、細菌個体群を制御するために利用されることになるだろう。バイオテクノロジー分野では、CRISPR-Casシステムを用いて、汚染微生物を選択的に除去したり、工業プロセスや環境サンプル中の微生物コンソーシアムの組成を調整可能に制御したりすることができる。医学の分野では、CRISPR-Casシステムは、腸内細菌叢の組成を制御したり、一般的に感染する抗生物質耐性の様式を回避し、有益な細菌と病原性細菌を区別する「スマートな」抗生物質として使用される可能性がある。複数の菌株を除去する必要がある用途では、共有配列またはユニークな配列を標的とする複数のスペーサーを単一のCRISPRアレイにコードすることができる。このアレイをcas遺伝子一式と組み合わせることで、CRISPR-Casシステムの機能を欠く菌株を除去することも可能である(15, 46)。CRISPR-Casシステムは塩基配列に特異的なターゲティングを行うため、数塩基対しか離れていない株を区別するのに利用できる。CRISPR-Casシステムの利用には、細菌集団のゲノム配列に関する詳細な知識が必要であるが、強力なメタゲノミクスツールとともに、ハイスループット配列決定のコストが低下し、速度も向上しているため、この課題は軽減されるであろう。全体として、CRISPR-Casシステムは、産業および医療目的で微生物を選択的及び調整可能に除去するユニークな機会を提供し、この多用途免疫システムの用途は拡大し続けている(11, 20, 23, 47, 48)。」(第6頁左欄17~60行)
第6 当審の判断
1 引用文献1に記載された発明
引用文献1は、「ゲノム標的化CRISPR-Casシステムを使用したプロブラム可能な細菌株の除去」と題する学術論文であって、CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化によりゲノム中に標的化配列を有する細菌株や細菌種を選択的、特異的にプログラム可能に除去できることを報告する文献であって(記載事項(ア))、CRISPR RNAプロセシングと標的DNAの切断・分解に必要な2つのオペロン(casABCDEとcas3)に6つのcas遺伝子をコードしているI-E型CRISPR-Casシステムと人工スペーサー配列を順次挿入できるようにしたプラスミド(pCRISPR)を作製したこと、操作されたゲノム標的スペーサーをコードするpCRISPRプラスミドを、T7ポリメラーゼの誘導性発現(BW25113-T7)を備え、2つのcas発現プラスミド(pCasA-EおよびpCas3)を保有する大腸菌K-12亜株BW25113細胞に形質転換したこと(記載事項(ウ))、大腸菌B[BL21(DE3)]と大腸菌K-12(Bw25113-T7)を用いて、両菌株を共培養したこと(記載事項(オ))、大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を同定し、PAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーを設計したこと(記載事項(エ))、純粋培養を用いた実験と同様に、fucP遺伝子内のPAM-フランキング配列を標的とするとBw25113-T7が選択的に除去されたこと(記載事項(オ))、これら、CRISPR-Casシステムは、混合集団の構成を調整可能に調節するように再プログラムすることができ(記載事項(オ))、CRISPR-Casシステムは、多様な生態学的ニッチや科学分野において、産業および医療目的で細菌個体群を制御し、汚染微生物を選択的に除去したり、工業プロセスや環境サンプル中の微生物コンソーシアムの組成を調整可能に制御したりすることができること(記載事項(キ))が記載されている。
したがって、引用文献1には、
「細菌の混合集団の構成を調整可能に調節する方法における標的株の選択的除去を評価するためのCRISPR-Casシステムであって、細菌の混合集団は、大腸菌B[BL21(DE3)]と大腸菌K-12(Bw25113-T7)からなり、該システムは、(a)大腸菌K-12(Bw25113-T7)および(b)(a)の大腸菌K-12(Bw25113-T7)について少なくとも一つの核酸ベクターおよび下記要素(i)~(ii):(i)CRISPR RNAプロセシングと標的DNAの切断・分解に必要な2つのオペロン(casABCDEとcas3)に6つのcas遺伝子をコードしているcas発現プラスミド(pCasA-EおよびpCas3);(ii)大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を標的とする、PAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーをコードするpCRISPRプラスミド;ここで、システムの該要素(i)が形質転換によって大腸菌K-12(Bw25113-T7)内の核酸ベクター内にあり、(ii)は大腸菌外のpCRISPRプラスミド内にあり、標的PAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)が大腸菌K-12(Bw25113-T7)内にあり、ここで、大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を標的とする、PAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーがcasABCDEとcas3を標的にガイドし、大腸菌K-12(Bw25113-T7)におけるPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を修飾し、それにより大腸菌K-12(Bw25113-T7)が死滅するを含み、ここで、混合集団は大腸菌を含む、システム。」(引用発明1)
が記載されている。
2 本願発明と引用発明1との対比
本願発明と引用発明1を対比する。
引用発明1の「細菌の混合集団の構成を調整可能に調節する」は、本願発明の「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変える」に相当し、
以下同様に、
引用発明1の「CRISPR-Casシステム」は、本願発明の「宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステム」に、
引用発明1の「大腸菌B[BL21(DE3)]と大腸菌K-12(Bw25113-T7)からなる細菌の混合集団」は、本願発明の「該混合集団はグラム陰性細菌を含み、該混合集団はさらにエシェリキア・コリを含み、」に、
引用発明1の「大腸菌K-12(Bw25113-T7)」、「大腸菌B[BL21(DE3)]」は、本願発明の「染色体宿主細胞標的配列を含」む「第二細菌の細胞の亜集団/第二亜集団」、「第一細菌の細胞の亜集団/第一亜集団」に、
引用発明1の「(i)CRISPR RNAプロセシングと標的DNAの切断・分解に必要な2つのオペロン(casABCDEとcas3)に6つのcas遺伝子をコードしているcas発現プラスミド(pCasA-EおよびpCas3)が形質転換によって大腸菌K-12(Bw25113-T7)内の核酸ベクター内にあり」は、本願発明の「(i)Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列」に、
引用発明1の「(ii)大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を標的とする、PAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーをコードするpCRISPRプラスミド」は、本願発明の「(ii)HM-crRNAをコードするスペーサー配列(HM-スペーサー)および反復を含む宿主細胞標的配列および改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイであって、HM-crRNAは該Casを宿主細胞における標的にガイドし、標的配列を修飾するために宿主標的配列とハイブリダイズできる配列を含むもの」に、
引用発明1の(i)が「形質転換によって大腸菌K-12(Bw25113-T7)内の核酸ベクター内にあり」、(ii)が「大腸菌外のpCRISPRプラスミド内にあり、」は、本願発明の「宿主細胞標的配列と、システムの該要素(i)および(ii)は宿主細胞と、宿主細胞を形質転換できる少なくとも一つの核酸ベクターの間で分かれ、」、「Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列が少なくとも一つの核酸ベクター内にあり、」、「そして改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイが少なくとも一つの核酸ベクター内にあり」に、
引用発明1の「標的PAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)が大腸菌K-12(Bw25113-T7)内にあり、」は、本願発明の「宿主細胞標的配列が宿主細胞内にあり、」に、
引用発明1の「大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を標的とする、PAM隣接プロトスペーサーを認識するCRISPRスペーサーがcasABCDEとcas3を標的にガイドし、大腸菌K-12(Bw25113-T7)におけるPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)を修飾し、それにより大腸菌K-12(Bw25113-T7)が死滅する」は、本願発明の「HM-crRNAがCasヌクレアーゼを標的にガイドし、宿主細胞における標的配列を修飾し、それにより宿主細胞が死滅するかまたは宿主細胞増殖が抑制される」に、
それぞれ相当する。
そうすると、本願発明と引用発明1は、
「細菌の混合集団における第一および第二細菌の細胞の亜集団の相対比率を変えるための宿主修飾(HM)CRISPR/Casシステムであって、該混合集団はグラム陰性細菌を含み、該混合集団はさらにエシェリキア・コリを含み、該第二細菌は宿主細胞を含み、該宿主細胞は染色体宿主細胞標的配列を含み、該混合集団は該対象に含まれ、第二亜集団は第一亜集団と異なり、続きを表示(全11行)該システムは、核酸ベクターおよび下記要素(i)~(ii):(i)Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列;(ii)HM-crRNAをコードするスペーサー配列(HM-スペーサー)および反復を含む改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイであって、HM-crRNAは該Casを宿主細胞における標的にガイドし、標的配列を修飾するために宿主標的配列とハイブリダイズできる配列を含むもの;ここで、宿主細胞標的配列と、システムの該要素(i)および(ii)は、宿主細胞と、宿主細胞を形質転換できる核酸ベクターの間で分かれ、ここで、Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列が核酸ベクター内にあり、改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイが核酸ベクター内にあり、そして宿主細胞標的配列が宿主細胞内にあり、ここで、HM-crRNAがCasヌクレアーゼを標的にガイドし、宿主細胞における標的配列を修飾し、それにより宿主細胞が死滅するかまたは宿主細胞増殖が抑制される、を含む、システム。」
である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。
<相違点1>
本願発明は、「混合集団はヒトまたは動物の微生物相であってグラム陰性およびグラム陽性細菌を含」み「第二亜集団は第一亜集団と異なる細菌種からな」るのに対し、引用発明1では、混合集団はグラム陽性細菌を含まない混合培養組成物であって、第二亜集団は第一亜集団といずれもエシェリキア・コリという同一の細菌種であって、異なる細菌種からなるものではない点。
<相違点2>
本願発明は、「ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防における使用のための」ものであるのに対し、引用発明1では、標的株の選択的除去を評価するためのものである点。
3 本願発明と引用発明1との相違点についての判断
(1) 相違点1について
引用文献1は、「ゲノム標的化CRISPR-Casシステムを使用したプロブラム可能な細菌株の除去」と題する学術論文であって、CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化によりゲノム中に標的化配列を有する細菌株や細菌種を選択的、特異的にプログラム可能に除去できることを報告する文献であって(記載事項(ア))、大腸菌のI-E型CRISPR-Casシステムをモデルとして、CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化が、個々の細菌株や細菌種の配列特異的かつ調整可能な除去に利用できることを実証したこと(記載事項(ア)、(イ))、ゲノム・ターゲティングの柔軟性と配列特異性から、CRISPR-Casシステムを用いて個々の微生物種や菌株を特異的に除去する興味深い可能性が開けてきたこと、CRISPR-Casシステムによるプログラム可能な除去の応用の可能性の一つは、常在菌を温存したまま病原性細菌を標的にすることであること、この目標に向けて、我々はヒトの消化管に自然に生息する常在性大腸菌の誘導体である大腸菌K-12(BW25113-T7)と、主要な食品病原体であるサルモネラ・エンテリカに注目したこと(記載事項(エ))、CRISPR-Casシステムは、腸内細菌叢の組成を制御したり、一般的に感染する抗生物質耐性の様式を回避し、有益な細菌と病原性細菌を区別する「スマートな」抗生物質として使用される可能性があること、CRISPR-Casシステムは、産業および医療目的で微生物を選択的及び調整可能に除去するユニークな機会を提供し、この多用途免疫システムの用途は拡大し続けていること(記載事項(キ))が記載されている。
引用文献1は、細菌種の配列特異的かつ調整可能な除去に利用できることやCRISPR-Casシステムを用いて個々の微生物種を特異的に除去すること、常在性大腸菌を温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を標的にするCRISPR-Casシステムによるプログラム可能な除去に応用すること、腸内細菌叢の組成を制御したり、一般的に感染する抗生物質耐性の様式を回避し、有益な細菌と病原性細菌を区別する「スマートな」抗生物質として使用することを要旨、将来的な目標、課題とするものであって、用いられた大腸菌は、単にモデルとしてのものに過ぎない。
したがって、標的株の選択的除去ができた引用発明1のモデルとしての混合培養組成物を、これら引用文献1に記載された要旨、目標や課題に沿って、腸内細菌叢を対象に常在性大腸菌を温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を標的にするようにすることは、引用文献1に接した当業者にとって容易に想到しうることである。
そして腸内細菌叢は、バクテロイデスやプロテオバクテリアなどのグラム陰性菌およびファーミキューテスやアクチノバクテリア(放線菌)などのグラム陽性菌を含む混合集団であることが明らかであるから、腸内細菌叢において常在性大腸菌すなわちエシェリキア・コリを温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を標的にするようにすることは、「ヒトまたは動物の微生物相であってグラム陰性およびグラム陽性細菌を含」む混合集団において「第二亜集団は第一亜集団と異なる細菌種からな」るものを対象に使用することに他ならない。
したがって、相違点1は、引用文献1に接した当業者が容易に想到しうる程度のことでしかない。
(2) 相違点2について
上記(1)のとおり、標的株の選択的除去ができた引用発明1のモデルとしての混合培養組成物を、これら引用文献1に記載された要旨、目標や課題に沿って、腸内細菌叢を対象に常在性大腸菌を温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を標的にするようにすることは、引用文献1に接した当業者にとって容易に想到しうることである。
そして、腸内細菌叢を対象に常在性大腸菌を温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を選択的に除去することは、「ヒトまたは動物対象における細菌宿主細胞が介在する疾患または状態の処置または予防」に他ならないから、相違点2についても相違点1と同様に当業者が容易に想到しうることであるといえる。
4 本願発明の効果及び請求人の主張について
請求人は、審判請求書において、概ね以下のとおり主張している。
(主張1)
引用発明1では、本発明における要素(i)に相当するCasヌクレアーゼをコードする核酸配列、Cas3およびCasABCDEと、本発明における要素(ii)に相当するHM-CRISPRアレイとが、それぞれ異なるベクターに含まれており、合計3つのベクターが用いられているが、補正後の請求項1に係る発明は、上記要素(i)および(ii)は同じベクターに含まれることが規定されているので、この点もさらなる相違点となり得る。
本発明のような要素(i)および(ii)が含まれる1つのベクターを用いた場合、引用発明1のように3つのベクターを用いる場合に比べて、細胞の形質転換効率が向上する(逆に言えば、1つの細胞に3つのベクターを導入する必要がある場合は形質転換効率は低くなる)ので、この点でも本発明は有利な効果を奏する。
(主張2)
遺伝子の配列特異性をもって、CRISPR/Casシステムにより、同一種の異なる株の細菌を含む混合細菌集団において特定の株の細菌を死滅させることや、単独種のみを含む純粋培養においてその種の細菌を死滅させることが、引用発明1により公知になっていたとしても、遺伝子の配列特異性による可能性だけではなく、「水平遺伝子伝達」や「クオラムセンシング」の影響を考慮しなければならない、異なる種の細菌(グラム陰性菌およびグラム陽性菌)を含む混合細菌集団において、CRISPR/Casシステムにより特定の種の細菌を死滅させようとすることは、「Gautam Dantas教授による宣言(宣誓書)」に加えて上記の多数の参考資料によっても示されている当業者の技術常識により、当業者にとって阻害要因があったといえる。引用文献1において、「純粋培養」ではなく、複数の種、特に陰性菌およびグラム陽性菌の「混合培養」による裏付けのない期待のみが示唆されているとしても、主張(イ)との関係で言及されている「強い動機付け」とはなり得ない。
(主張3)
引用発明1によって記載または示唆されているといえるのは、大腸菌の異なる株(K-12株およびB株)について、純粋培養および混合培養の両方において、それぞれの菌株に特有のPAMフランキング配列を標的とするCRISPR/Casシステムにより当該菌株を除去できたことや、どちらもグラム陰性菌である、大腸菌(エシェリキア・コリ)およびサルモネラ菌(サルモネラ・エンテリカ)について、それぞれの純粋培養において、それぞれの菌種に特有のPAMフランキング配列を標的とするCRISPRシステムにより当該菌種を除去できたこと、に限定される。引用文献1には、補正後の請求項1で特定されているような、グラム陰性菌およびグラム陽性菌を含み、さらにエシェリキア・コリを含む混合培養(混合集団)において、特定の種(亜集団)を除去することができるということは、記載も示唆もされていない。引用文献1において、グラム陰性菌同士(大腸菌およびサルモネラ菌)については、大腸菌の異なる株とは異なり、純粋培養に対する処理を混合培養に対しても処理するというステップが進められていないことに鑑みれば、当業者にとって、異なる種の混合培養に適用することへの阻害要因があったことが推認される。引用文献1の記載事項(ア)(第1頁要旨)において、文言上は、個々の「細菌種」についても、CRISPR/Casシステムによって配列特異的に除去できることが示唆されているように見えるかも知れないが、引用文献1において実証されているのは、細菌種については純粋培養において配列特異的な除去に成功したことのみである。
さらに、当業者は、混合細菌集団、特に本発明で規定するような「グラム陽性細菌およびグラム陰性細菌の混合集団」において、CRISPR/Casシステムの使用により特定の種の細菌を死滅させることを具体的に例証した実験的証拠が引用文献1に開示されていない限り、そのようなことが予測可能であるとは考えない。裏付けのない文言による可能性のみで引用発明1の相違点1に係る構成を本発明の構成としたとしても、そのような実施形態によってグラム陽性細菌およびグラム陰性細菌の混合集団において特定の種の細菌を死滅させることができるという効果が奏されることは、本願出願当時の当業者にとって予測することができなかった顕著な効果というべきものである。たとえ、CRISPR/Casシステムを実施するための操作(培養条件等)が、引用発明1における、同一種の異なる株の細菌を含む混合細菌集団を対象とする場合や、単独種のみを含む純粋培養を対象とする場合と類似しており、「示唆されたとおりの方法」であったとしても、補正後の請求項1に係る発明の構成とすることによって奏される効果は「当業者において予想どおりの効果」ではない。
主張(1)について
請求人は、補正後の請求項1に係る発明は、上記要素(i)および(ii)は同じベクターに含まれることが規定されているので、この点もさらなる相違点となり得ると主張する。
しかしながら、請求項1の要素(i)、(ii)及びベクターに係る発明特定事項は、
「該システムは、核酸ベクターおよび下記要素(i)~(ii):(i)Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列;(ii)HM-crRNAをコードするスペーサー配列(HM-スペーサー)および反復を含む改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイであって、HM-crRNAは該Casを宿主細胞における標的にガイドし、標的配列を修飾するために宿主標的配列とハイブリダイズできる配列を含むもの;ここで、宿主細胞標的配列と、システムの該要素(i)および(ii)は、宿主細胞と、宿主細胞を形質転換できる核酸ベクターの間で分かれ、ここで、Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列が核酸ベクター内にあり、改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイが核酸ベクター内にあり、そして宿主細胞標的配列が宿主細胞内にあり、」
であって、文言上システムの該要素(i)および(ii)はそれぞれ核酸ベクター内にあることは規定されているが、それらの核酸ベクターが同一であることを規定する記載はない。
したがって、請求人の「上記要素(i)および(ii)は同じベクターに含まれることが規定されているので、この点もさらなる相違点となり得る」との主張は、特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから採用することができない。
なお、仮に請求人の主張のとおり、本願発明が「上記要素(i)Casヌクレアーゼをコードする少なくとも一つの核酸配列および(ii)HM-crRNAをコードするスペーサー配列(HM-スペーサー)および反復を含む改変された宿主修飾(HM)CRISPRアレイは同じベクターに含まれることが規定されている」としても、CRISPR/Casシステムにおいて、そのような構成は周知のものでしかなく(国際公開第2015/031775号の21頁26~30行、国際公開第2014/165349号の[00053]段落、国際公開第2014/089290の[0080]段落等)、当業者が容易になし得る発明であるということに変わりはない。
主張(2)について
請求人は、Gautam Dantas教授による宣誓書及び参考資料1~9を挙げて、遺伝子の配列特異性による可能性だけではなく、「水平遺伝子伝達」や「クオラムセンシング」の影響を考慮しなければならないと主張し、異なる種の細菌(グラム陰性菌およびグラム陽性菌)を含む混合細菌集団において、CRISPR/Casシステムにより特定の種の細菌を死滅させようとすることは、当業者にとって阻害要因があったと主張する。
しかしながら、Gautam Dantas教授による宣誓書及び参考資料1~9に記載された事項は、異なる種の細菌(グラム陰性菌およびグラム陽性菌)を含む混合細菌集団においてCRISPR/Casシステムを使用した場合に発生する可能性のある偶然標的DNAを含む間違った細菌を標的化する可能性、異なる細菌種は、細菌群集内で競合的および/または相互保護的な相互作用に関与する可能性、抗生物質などの外部ストレスに対する個々の種の応答に影響を与える可能性などがあることについての推測を表しているに止まり、異なる種の混合細菌集団でCRISPR/Casシステムを実施できないことについての証拠を示すものではないから、異なる細菌株に代えて異なる細菌種に対して実施することを当業者に断念させるに足りるものとは認められない。
さらに、引用文献1には、第5(ア)、(エ)、(キ)に記載したとおり、細菌種の配列特異的かつ調整可能な除去に利用できることやCRISPR-Casシステムを用いて個々の微生物種を特異的に除去すること、常在性大腸菌を温存したまま食品病原体であるサルモネラ・エンテリカ等の病原性細菌を標的にするCRISPR-Casシステムによるプログラム可能な除去に応用することが示唆されているから、このような引用文献1の記載に接した当業者は、微生物種を特異的に除去する応用を進める強い動機付けを抱くものと解される。
よって、請求人が主張するような、偶然標的DNAを含む間違った細菌を標的化する可能性、異なる細菌種は、細菌群集内で競合的および/または相互保護的な相互作用に関与する可能性、抗生物質などの外部ストレスに対する個々の種の応答に影響を与える可能性があったとしても、上記の強い動機付けを打ち消してまで、微生物種を特異的に除去する応用を断念するほどの事情があったとは認められない。
主張(3)について
請求人は、引用文献1によって、記載または示唆されているといえるのは、大腸菌の異なる株(K-12株およびB株)について、純粋培養および混合培養の両方において、それぞれの菌株に特有のPAMフランキング配列を標的とするCRISPR/Casシステムにより当該菌株を除去できたことや、どちらもグラム陰性菌である、大腸菌(エシェリキア・コリ)およびサルモネラ菌(サルモネラ・エンテリカ)について、それぞれの純粋培養において、それぞれの菌種に特有のPAMフランキング配列を標的とするCRISPRシステムにより当該菌種を除去できたこと、に限定されると主張する。
しかしながら、実験的に実証されたこと以外の記載もまた、引用文献1に記載された内容であり、当業者にとってこれら記載は引用発明をさらに発展応用させるための動機付けとなるものであるから、請求人の主張は採用することができない。
また、請求人は、「当業者は、混合細菌集団、特に本発明で規定するような「グラム陽性細菌およびグラム陰性細菌の混合集団」において、CRISPR/Casシステムの使用により特定の種の細菌を死滅させることを具体的に例証した実験的証拠が引用文献1に開示されていない限り、そのようなことが予測可能であるとは考えない。」ことを前提に効果の顕著性について縷々主張する。
しかしながら、引用文献1の記載事項(ア)のとおり、大腸菌の2つの亜株、大腸菌K-12(BW25113-T7)と大腸菌B [BL21(DE3)]に対して、CRISPR-Casシステムによって、どちらかの菌株を選択的に標的にすることは可能であること、具体的に、大腸菌K-12株特有のPAMフランキング配列(l-フコースの輸送に関与するfucP遺伝子内)、大腸菌B株特有のPAMフランキング配列(P2プロファージ内に位置するogr遺伝子内)、および両菌株に共通するPAMフランキング配列(タンパク質のフォールディングに関与するgroL遺伝子内)を同定し、fucPを標的とするとK-12株のみが除去され、ogrを標的とするとB株のみが除去され、groLを標的とすると両株が除去されることが実証されている。これはCRISPR-Casシステムの標的配列に依存して標的核酸を切断、除去するメカニズムを使用しているのであるから、第一および第二細菌間で異なる配列を標的とする限り、第一および第二細菌がどのような生物学上の分類に属するかに左右されないことは当業者にとって明らかであり、そのことは引用文献1の記載事項(ア)や記載事項(エ)に、「ここで我々は、CRISPR-Casシステムによるゲノム標的化が、個々の細菌株や細菌種の配列特異的かつ調整可能な除去に利用できることを実証した。」、「ゲノム・ターゲティングの柔軟性と配列特異性から、CRISPR-Casシステムを用いて個々の微生物種や菌株を特異的に除去する興味深い可能性が開けてきた。・・・CRISPR-Casシステムによって、どちらかの菌株を選択的に標的にすることは可能である。」と記載されているとおりである。
請求人の主張はその前提において誤りがあり、採用することができない。
請求人が提出した各証拠もこれを覆すことができるものではないことは主張(2)について述べたとおりである。
したがって、請求人の主張はいずれも採用できない。
第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2022-004730