特許拒絶査定不服審判
2021-010112
核酸及びタンパク質の移動式デバイス分析のためのシステム及び方法
- 審判番号
- 2021-010112
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2019-142122
- 請求日
- 2021年07月29日
- 審決日
- 2024年02月13日
- 公報発行日
- 2024年07月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ナノバイオシム・インコーポレイテッド
- 【請求人代理人】弁理士法人川口國際特許事務所
- 審判長/審判官
- 審判長 上條 肇
- 審判官 長井 啓子
- 審判官 天野 貴子
- 分類
- P18 .536-Z (C12M) / P18 .537-Z (C12M) / P18 .121-Z (C12M)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法29条2項特許法36条4項1号特許法36条6項1号特許法36条6項2号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第36条第4項第1号、特許法第29条第2項
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
特願2019-142122「核酸及びタンパク質の移動式デバイス分析のためのシステム及び方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 1年12月26日出願公開、特開2019-216727〕について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
理 由
第1 手続の経緯
本願は、平成26年3月14日(パリ条約による優先権主張 2013年3月15日 米国、2013年9月9日 米国、2014年3月11日 米国)を国際出願日とする特願2016-502961号の一部を新たな特許出願として令和1年8月1日に出願されたものであって、その主な手続の経緯は以下のとおりである。
令和3年 3月24日付け 拒絶査定
令和3年 7月29日 審判請求書、手続補正書の提出
令和5年 3月 9日付け 拒絶理由通知書
令和5年 9月13日 意見書、手続補正書、誤訳訂正書の提出
第2 特許請求の範囲の記載
本願の特許請求の範囲は、令和5年9月13日提出の手続補正書で補正された、請求項1~50からなるものであって、このうち独立請求項である請求項1、8及び12は、次のとおりのものである。(下線は補正箇所である。また、以下、請求項1に記載された発明を「本願発明1」という。)
「【請求項1】
生体試料の分析のためのシステムであって、
移動式デバイスおよび少なくとも1つの集積チップを備え、前記移動式デバイスおよび前記集積チップはともに、操作の少なくとも1つのサイクルを実行するように構成され、操作の各サイクルは、
a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出することと、
b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記1つ以上の核酸増幅産物を検出することとを含み、
前記移動式デバイスおよび前記集積チップが、前記操作の少なくとも1つのサイクルの操作a)-c)のいずれか中に選択的に分子を制御することが可能であり、
前記分子を制御することは、
核酸分子内のストレスを流体力学的に制御することを含む、システム。」
「【請求項8】
生体試料を分析するように構成された少なくとも1つの集積チップを受け取るように構成された移動式デバイスにおいて前記生体試料を分析する方法であって、前記方法は、
操作の少なくとも1つのサイクルを実行することであって、操作の各サイクルが、
a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出することと、
b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記核酸増幅産物を検出することと
を含む、実行することと、
前記操作の少なくとも1つのサイクルの抽出および検出操作の少なくとも1つ中に個別の核酸分子を制御することと、
を含み、
前記核酸分子を制御することは、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の回転方向を調整することと、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の並進位置を調節することと、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを流体力学的に加えることと、
のうちの少なくとも1つによって行われる、方法。」
「【請求項12】
生体試料の分析のためのシステムであって、
少なくとも1つの集積チップを受け取るように構成された移動式デバイスを備え、前記集積チップは、集積チップにロードされた生体試料を分析するように構成され、
前記システムは、コンピュータープロセッサーをさらに備え、以下のステップを含む操作の少なくとも1つのサイクルを実行するように、システムが構成され、ステップは、
a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出することと、
b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記核酸増幅産物を検出することと
を含み、
移動式デバイスおよび集積チップが、前記操作の少なくとも1つのサイクルの抽出および検出操作の少なくとも1つ中に核酸および1つ以上の核酸増幅産物のうちの少なくとも1つが有する個別の分子を制御するように構成されており、
前記個別の分子を制御することは、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の回転方向を調整することと、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の並進位置を調節することと、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを流体力学的に加えることと、
のうちの少なくとも1つを含む、システム。」
第3 当審における拒絶の理由の概要
当審が令和5年3月9日付けで通知した拒絶理由通知は、次の理由1~4を含むものである。
1 理由1(明確性)
本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
2 理由2(サポート要件)
本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3 理由3(実施可能要件)
本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61記載の発明について、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
4 理由4(進歩性)
本願発明1は、本願の優先権主張の日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記
引用文献1: 特表2008-500029号公報
引用文献2(周知例): 国際公開第2012/073114号
第4 当審の判断
1 理由1(明確性)について
(1)拒絶理由が通知された特許請求の範囲の記載
上記第3の理由1が通知された対象は、令和3年7月29日提出の手続補正書(以下、「補正前」という。)の特許請求の範囲であり、このうち請求項8及び12は、それぞれ次のとおりのものである。
「【請求項8】
生体試料を分析するように構成された少なくとも1つの集積チップを受け取るように構成された移動式デバイスにおいて前記生体試料を分析する方法であって、操作の少なくとも1つのサイクルを有し、操作の各サイクルは、
a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出することと、
b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記核酸増幅産物を検出することと
を含み、
ナノスケール制御は、前記操作の少なくとも1つのサイクルの抽出および検出操作の少なくとも1つ中に適用され、
前記ナノスケール制御は、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの回転配向を調整することと、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの翻訳位置を調節することと、
前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つを流体力学的に集束させることと、
のうちの少なくとも1つを含む、方法。」
「【請求項12】
生体試料の分析のためのシステムであって、
少なくとも1つの集積チップを受け取るように構成された移動式デバイスを備え、前記集積チップは、集積チップにロードされた生体試料を分析するように構成され、
コンピュータープロセッサーをさらに備え、以下のステップを含む操作の少なくとも1つのサイクルを実行するように、システムが構成され、ステップは、
a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出することと、
b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記核酸増幅産物を検出することと
を含み、
移動式デバイスおよび集積チップが、前記操作の少なくとも1つのサイクルの抽出および検出操作の少なくとも1つ中にナノスケール制御を適用するように構成されており、
前記ナノスケール制御は、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの回転配向を調整することと、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの翻訳位置を調節することと、
前記少なくとも1つの核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つを流体力学的に集束させることと、
のうちの少なくとも1つを含む、システム。」
(2)拒絶理由の具体的内容
補正前の特許請求の範囲の請求項8及び12において、「ナノスケール制御」、「回転配向」及び「翻訳位置を調節する」とはいかなる意味か、発明の詳細な説明の記載を参照しても不明確であるから、請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61において、特許を受けようとする発明が不明確である。
(3)請求人の応答
上記拒絶理由を受けて、請求人は、令和5年9月13日提出の手続補正書で特許請求の範囲を上記第2のとおりのものに補正するとともに、同日提出の誤訳訂正書で【0209】の「翻訳位置」及び「回転配向」を「並進位置」に訂正し、同日提出の意見書で、「ナノスケール制御」及び「回転配向」との記載を削除したから上記拒絶理由は解消した旨説明する。
(4)判断
上記手続補正書及び誤訳訂正書で、請求項8、12及び段落【0209】において、「回転配向」は、「回転方向」に補正(誤訳訂正)され、「回転方向」という用語自体は、回転する方向という意味であると一応理解されるようになったものの、「個別の分子にストレスを加えるように」「個別の分子の一部の回転方向を調整する」とは、どのようにすることか、発明の詳細な説明の記載を参照しても技術的に理解することができない。
また、上記手続補正書及び誤訳訂正書で、請求項8、12及び段落【0209】において、「翻訳位置」は「並進位置」に補正(誤訳訂正)されたが、「並進位置」は当該技術分野で通常用いられる技術用語であるとは認められず、依然として意味が不明である。なお、剛体の運動態様の一つとして「並進運動」という技術用語は知られているが、「位置」と「運動」が同義であるとは到底いえないから、請求項8、12及び段落【0209】の「並進位置」が「並進運動」のことを意味すると解することもできない。
また、たとえ、「並進位置」が何らかの「位置」を意味するとしても、「個別の分子にストレスを加えるように」「個別の分子の一部の(何らかの)位置を調節する」とは、どのようにすることか、発明の詳細な説明の記載を参照しても技術的に理解することができない。
そして、上記(3)のとおり、請求人は、上記意見書において、拒絶理由で指摘された用語を削除したから当該拒絶理由は解消した旨述べるにとどまり、補正後の請求項8及び12が明確であることについて、何ら説明をしていない。
したがって、上記(2)の拒絶理由の撤回の必要は認められず、本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、22~34、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、35~50の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。
2 理由2(サポート要件)、3(実施可能要件)について
(1)拒絶理由の具体的内容
補正前の特許請求の範囲の請求項8及び12(上記1(1))において、「ナノスケール制御」、「回転配向」及び「翻訳位置を調節する」は、発明の詳細な説明の記載を参酌してもそれらの意味を理解することができないほど発明の詳細な説明の記載が不足しているから、それらを構成要件として含む請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものとは認められない。
同様の理由により、発明の詳細な説明は、請求項8及びそれを引用する請求項9~11、25~41、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、42~61に係る発明を当業者が実施できる程度に記載したものであると認めることもできない。
(2)請求人の応答
請求人の応答は、上記1(3)のとおりである。
(3)判断
上記1(4)で判断したとおり、補正(誤訳訂正)後もなお、請求項8及び12の「前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の回転方向を調整すること」及び「前記核酸および前記核酸増幅産物のうちの少なくとも1つの前記個別の分子にストレスを加えるように、前記個別の分子の一部の並進位置を調節すること」という技術的事項は、発明の詳細な説明の記載を参照しても技術的に理解することができない。
また、請求項8及び12の上記技術的事項は、発明の詳細な説明(【0208】)において、精密制御について引用された2つの学術論文(Wong et al., "Deformation of DNA molecules by hydrodynamic focusing," J.Fluid Mech., 2003, vol.497, pp.55-65 及び Liphardt et al., "Reversible Unfolding of Single RNA Molecules by Mechanical Force," Science, 2001, vol.292, pp.733-737)にさえも、具体的にどのようなことを意味し、どのようにして調節するのかについて記載されていない。むしろ、特に流体力学的集束を用いた例として引用された前者の学術論文には、マイクロ流路において均一な伸長流の流速を変化させると、それに応じたDNA分子の滞留時間の変化や変形(コイル伸長)の程度にはばらつきがあり、これはDNA分子それぞれのコンフォメーション状態の違いに起因するであろうことが記載されており(特に、第60頁~ 5.DNA molecules in homogeneous extensional flow)、請求項8に記載された「個別の分子の一部の回転方向」や請求項12に記載された「個別の分子の一部の並進位置」を、所望のとおりに調節することが困難であろうことを示唆している。
そして、上記1(3)のとおり、請求人は、上記意見書において、拒絶理由で指摘された用語を削除したから当該拒絶理由は解消した旨述べるにとどまり、補正後の請求項8及び12がサポート要件及び実施可能要件を満たすことについて、何ら説明をしていない。
したがって、上記2(1)の拒絶理由の撤回の必要は認められず、本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、22~34、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、35~50の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。また、本願は、特許請求の範囲の請求項8及びそれを引用する請求項9~11、22~34、ないし請求項12及びそれを引用する請求項13~19、35~50に係る発明について、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。
3 理由4(進歩性)について
(1)引用文献の記載事項
ア 引用文献1(特表2008-500029号公報)の記載事項
引用文献1は、「ナノ-PCR:核酸増幅及び検出のための方法及び装置」と題する発明を開示する公報であって、次の事項が記載されている。
(ア)特許請求の範囲
「【請求項1】
ヌクレオチド序列を増幅する方法であって、
前記方法は、
(a)一つ以上の単一ストランドDNAの鋳型ストランドを、前記各鋳型ストランドの一部に相補的な一つ以上のオリゴヌクレオチドプライマーと接触させるステップと、
(b)前記一つ以上のプライマーを前記鋳型ストランドの相補的な部分に混成化させるステップと、
(c)前記鋳型ストランドをDNA重合酵素及び4種類以上のヌクレオシド三リン酸と接触させるステップと、
(d)前記DNA重合酵素による前記プライマーの延長を進め、これにより、前記鋳型ストランドに結合された延長生成物を形成するステップと、
(e)前記延長生成物を前記鋳型ストランドから分離させるステップと、
を含み、
その後、前記ステップ(a)、(b)、(c)、及び(d)を、各反復前に前記(e)ステップを行って1回以上反復し、
前記一つ以上のプライマーを前記鋳型ストランドの相補的な部分に混成化させるステップは、前記鋳型ストランドに対する応力の適用を制御することによって、前記混成化を制御するステップを含む、または、
前記DNA重合酵素によって前記プライマーを延長させるステップは、前記鋳型ストランドに対する応力の適用を制御することによって、各鋳型ストランドに相補的な延長生成物を形成するための前記DNA重合酵素による前記プライマーの延長を制御するステップを含む、または、
前記鋳型ストランドから前記延長生成物を分離させるステップは、前記鋳型ストランドに応力を適用することによって、前記鋳型ストランドから前記延長生成物を分離するステップを含む、または、
前記ステップ(b)、(d)、及び(e)のうち一つ以上の間に前記鋳型ストランドに応力が適用されるものであって、これらの組合わせである、
ことを特徴とする方法。」
「【請求項9】
前記鋳型ストランドに対する応力の適用を制御するステップは、前記鋳型ストランドに対する水力学的応力を制御するステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。」
「【請求項34】
病原菌を検出する方法であって、
請求項1に記載の方法を含み、
前記病原菌と特異的に関連したヌクレオチド序列の存在如何に対して結果物であるDNAを探索するステップをさらに含むことを特徴とする方法。」
「【請求項59】
DNA増幅のための微細流体装置であって、
a)基板と、
b)前記基板内に位置した流れチャンネルと、
c)DNA試料を前記流れチャンネルに導入させうる前記流れチャンネルと流体疎通関係がある流入口及び前記DNAに応力を適用する手段と、
を備え、
前記装置は、前記DNAの変性を促進するために前記流れチャンネルの一つ以上の領域内に温度を調節するために作動的に配置された温度制御器を備えていないことを特徴とする微細流体装置。」
(イ)発明が解決しようとする課題
「【0014】
本発明の方法及び装置は、PCRを行う革新技術を提供することを目的とする。」
(ウ)課題を解決するための手段
「【0015】
本明細書に記載の技術は、PCRが温度循環に対する依存なしに実行可能にする。本技術は、広範囲な周囲温度でまたは制御された温度で適用されうる。複製及び増幅の間に、必要に応じて、正確な制御が可能であり、これにより、多数の性能パラメータでの実質的な改善を可能にする。“ナノ-PCRTM”と呼ばれるこの技術は、核酸のPCR-基盤の検出及び増幅に新たなパラダイムを導入する。」
(エ)発明を実施するための最良の形態
「【0025】
Nano-PCRTM
Nano-PCRTM方法及び装置は、通常的な方法によって賦課される色々な限界点を克服することによって、PCRの検出及び増幅能力を飛躍的に拡張させうる。表1は、現在のPCRの一般的な性能パラメータをNano-PCRTMと比較する。
【0026】
[図:0001411604000001.jpg]
【0027】
現在まで実行されているPCR及びPCR-基盤技術の共通要素は、順次にDNAを変性し、プライマーをアニーリングし、重合酵素を通じてプライマーを延長する温度循環の利用であった。Nano-PCRTMと呼ばれる、本明細書に記載の方法及びその方法を行うための装置は、DNAまたはRNA増幅を行うための温度循環に対する新たな代案を提供するために核酸分子に制御された量の力または応力を適用することを利用する。本明細書で使われるように、核酸に応力を適用することは、核酸を伸張または延長する傾向のある力の核酸に対する直接的及び間接的な適用を含む。例として、応力は、核酸分子自体及び/または核酸に結合された表面、基板、または粒子上に作用するか否かに関係なく、機械的張力の直接適用、流体流れで水力学的な応力または電磁気場によって核酸に適用されうる。複数の応用で、Nano-PCRTMは、伝統的に通常的なPCRの性能及び範囲を制限している一つまたはそれ以上の限界点を克服しうる。」
「【0056】
水力学的な応力を利用したNano-PCRTM
Nano-PCRTM方法は、制御された流体流れで水力学的な応力によって張力をDNAに適用することを利用して行われうる。この方式を利用する方法は、ベンチトップ装置であるか、または代案的に携帯用装置に含まれうるような移動可能なサイズに縮少しうる微細流体装置で行われうる。制御された流体流れで水力学的な応力によってDNAに張力を適用することを利用するNano-PCRTM方法は、制御された流体の流速を提供する任意の配列を利用して行われうる。」
「【0069】
Nano-PCRTM方法の代表的な適用
Nano-PCRTM方法は、病原菌及び生物学的な武器検出用キット及びシステムに採用されうる。そのような病原菌の例は、次のものを含むが、これに限定されていない:アデノ-関連ウイルス(Adeno-AssociatedVirus:AAV)、・・・、呼吸器細胞融合ウイルス(RespiratorySynctitialVirus:RSV)及び豚内因性レトロウイルス(PorcineEndogenousRetrovirus:PERV)。Nano-PCRTM方法は、この方法が提供できる敏感度、正確度及び堅固性の強化のために、全ての環境で全ての病原菌の検出のために利用されうる。」
「【0074】
本方法のさらに他の変形は、RNA上にコーディングされた序列の増幅及び/または検出のために利用されうる。標的序列は、単離されたRNAまたは核酸混合物内のRNA上にコーディングされうる。本方法は:試料(例えば、組織または体液)からRNAを単離するステップと、逆転写を行い、それにより該cDNAを収得するステップと、前記標的序列を前述したように増幅するステップと、を含みうる。そのような方法は、前述したように、試料内に特定の序列の存在を検出するステップと、をさらに含みうる。」
「【0076】
Nano-PCRTM装置
本明細書に記載されたような非温度-駆動PCRを行うために利用される複数の相異なる装置の種類及び構成がある。そのような装置のうち一つは、装置上にある微細流体チャンネル内の流速が制御可能で可変的な微細流体装置である。・・・装置は、携帯用ユニットに含まれうる微細流体装置として製造されうる。」
イ 引用文献2(周知例)(国際公開第2012/073114号)の記載事項
周知例である引用文献2には、次の事項が記載されている。なお、以下の日本語訳による摘記は、引用例に対応する日本語出願の公表公報である特表2013-545475号公報の記載に基づくものであり、その段落番号も便宜上そのまま記載した。(下線は当審にて付記したものである。)
「【請求項1】
試料を受けるように構成されたカセットと、
1つ又は複数の温度制御要素と、
を備え、生物学的反応を行うためのデバイスであって、前記1つ又は複数の温度制御要素が、前記試料に少なくとも1つの温度帯を提供するように構成され、
前記カセットが、前記少なくとも1つの温度帯を経て前記試料を移動させるように構成された1つ又は複数のチャネルを備え、
前記デバイスが、携帯型又はハンドヘルドであるデバイス。」
「【請求項22】
前記カセットが、前記試料の溶解及び/又は前記試料からの核酸の抽出を行うように構成されている請求項1に記載のデバイス。」
「【0049】
例示的な実施形態を図13に示す。この特定の例では、Q-POC使い捨てカセットが、a.試料受けと、b.試料溶解と、を含んでよい。プロジェクトIPRが、特定の溶解緩衝液/条件のためにnexttec(登録商標)(ドイツ)と協働して求められてよい。c.試料調製が、例えば、いくつかの実施形態では、nexttecの吸着剤フィルタをマイクロ流体チャネル内に充填する方法によって行われてよい。d.DNAの濃縮が、いくつかの実施形態では、例えば、DNA抽出によって行われてよい。凍結乾燥された試薬の復元(乾燥試薬を使用する場合)PCR試薬も、このチャンバ内で、又は混合試薬若しくは湿式試薬内で生じることになる。e.熱サイクリング。f.マイクロ流体素子。g.いくつかの実施形態の後で若しくは実施形態内に配列される、ナノワイヤ、又は他のバイオセンサ。h.電子機器がバイオセンサからの信号を読み取りデバイスにリンクするために使用される。i.廃棄物(waste)は単に空のマイクロ流体リザーバである。」
「図13
[図:0001411604000002.jpg]
」
(2)引用発明の認定
引用文献1は、ナノ-PCRTMと称される、PCRにおいてDNAの鋳型ストランドに対する応力の適用を制御する核酸増幅技術を開示する特許文献であって、ナノ-PCRTMにつき、携帯用ユニットに含まれる、微細流体チャンネル内の流速が制御可能で可変的な微細流体装置において、水力学的な応力を適用する態様が推奨され(上記(1)ア(ア)の、特に、表1、【0056】、【0076】)、利用の代表例として病原菌や生物学的武器の検出が挙げられている(上記(1)ア(ア)の、特に、【0069】)。したがって、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「病原菌や生物学的武器の検出のための装置であって、携帯用ユニットと、当該携帯用ユニットに含まれる、微細流体チャンネル内の流速が制御可能で可変的な微細流体装置とを備え、当該装置において、鋳型ストランドDNAに対する水力学的な応力の適用を制御してPCRを行って、病原菌や生物学的武器を検出する、装置。」(以下、「引用発明」という。)
(3)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「病原菌や生物学的武器の検出のための装置」、「携帯用ユニット」、「微細流体装置」、「PCR」、「鋳型ストランドDNAに対する水力学的な応力の適用を制御して」は、それぞれ、本願発明の「生体試料の分析のためのシステム」、「集積チップ」、「移動式デバイス」、「b)前記少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成すること」、「核酸分子内のストレスを流体力学的に制御すること」に相当する。そして、引用発明の「PCRを行って、病原菌や生物学的武器を検出する」とは、PCRを行って得られた核酸増幅産物の検出により、病原菌や生物学的武器を検出するという意味であることが自明であるから、本願発明1と引用発明とは、
「生体試料の分析のためのシステムであって、
移動式デバイスおよび少なくとも1つの集積チップを備え、前記移動式デバイスおよび前記集積チップはともに、操作の少なくとも1つのサイクルを実行するように構成され、操作の各サイクルは、
b)少なくとも1つの核酸から1つ以上の核酸増幅産物を生成することと、
c)前記1つ以上の核酸増幅産物を検出することとを含み、
前記移動式デバイスおよび前記集積チップが、前記操作の少なくとも1つのサイクルの操作b)中に選択的に分子を制御することが可能であり、
前記分子を制御することは、
核酸分子内のストレスを流体力学的に制御することを含む、システム。」
である点で一致し、次の点で相違する。
相違点:本願発明1は、「a)前記試料から少なくとも1つの核酸を抽出すること」を実行するように構成されているのに対して、引用発明は、そのように構成されることが特定されていない点。
(4)判断
上記相違点について検討すると、PCR等の核酸の増幅や検出を行う小型携帯用装置を本体デバイス(引用発明の「携帯用ユニット」)とそれに挿入して用いるカセット(引用発明の「微細流体装置」)を含むものとし、当該装置を試料からの核酸抽出も行うように構成することは、例えば引用文献2に記載されているとおり周知技術である。
一方、引用発明は、「携帯用ユニット」とそれに含まれる「微細流体装置」とを備えた「病原菌や生物学的武器の検出のための装置」であるところ、PCRを行って病原菌や生物学的武器を検出するものであるから、当該PCRに先立って、病原菌や生物学的武器が含まれる可能性のある試料から核酸を抽出する必要があることは自明であり、引用発明に上記周知技術を適用することは、当業者が容易になし得る程度のことである。そして、本願発明1が引用発明及び周知技術から予想される以上の格別顕著な効果を有するとは認めることができない。
したがって、本願発明1は、引用文献1に記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5)請求人の主張について
令和5年9月13日付け意見書において、請求人は、引用文献1も2も、操作a)中または操作c)中に分子を制御することについて開示も示唆もしていないし、当該操作中に分子を制御することから利益が得られることを認識していないから、本願発明1は、引用文献1及び2に対して進歩性を有する旨主張する。
しかし、本願発明1(上記第2の請求項1)では、分子を制御する時期について、「操作a)-c)のいずれか中に選択的に分子を制御することが可能であり」と択一的に特定されているから、本願発明1には、操作a)中に分子を制御する場合、操作b)中に分子を制御する場合、及び操作c)中に分子を制御する場合の、3つの場合が含まれる。そして、本願発明1のうち、操作b)中に分子を制御する場合について、進歩性が否定されることは、上記(4)で判断したとおりである。3つの選択肢により択一的に記載された本願発明1に進歩性を認めるためには、上記3つの場合すべてが進歩性を有していなくてはならないことはいうまでもないから、操作a)中に分子を制御する場合、及び操作c)中に分子を制御する場合という2つの場合についてのみ進歩性を主張する請求人の上記主張は、上記(4)の判断に影響を与えるものではない。
(6)小括
このとおり、本願発明1は、引用文献1に記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
第5 むすび
以上の次第であるから、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定を満たしておらず、発明の詳細な説明が同条第4項第1号の規定を満たしておらず、また、本願発明1は、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2021-010112