特許無効審判
2020-800089
モノクローナル抗体
- 審判番号
- 2020-800089
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2009-203514
- 登録番号
- 5159730
- 請求日
- 2020年10月01日
- 審決日
- 2022年05月27日
- 公報発行日
- 2023年05月26日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】ゴードン フリーマン
- 【請求人代理人】宮原 正志
- 【被請求人】小野薬品工業 株式会社
- 【被請求人代理人】青木 篤
- 【被請求人代理人】渡辺 陽一
- 【被請求人代理人】中島 勝
- 【被請求人代理人】重冨 貴光
- 【被請求人代理人】古庄 俊哉
- 【被請求人代理人】辻居 幸一
- 【被請求人代理人】田中 伸一郎
- 【被請求人代理人】小松 邦光
- 【被請求人】本庶 佑
- 【被請求人代理人】青木 篤
- 【被請求人代理人】渡辺 陽一
- 【被請求人代理人】中島 勝
- 【被請求人代理人】岩瀬 ひとみ
- 【被請求人代理人】葛西 陽子
- 【被請求人代理人】湯村 暁
- 【被請求人代理人】石井 将介
- 【被請求人代理人】井垣 太介
- 【被請求人代理人】中村 小裕
- 審判長/審判官
- 審判長 岡崎 美穂
- 審判官 冨永 みどり
- 審判官 齋藤 恵
- 分類
- P1113.151-Y (C07K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第38条、特許法第2条、特許法第123条、特許法第169条
- データ出所
- 審決公報(XML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5159730号発明「モノクローナル抗体」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
理 由
第1 本件審判の概要
1 本件特許について
(1)被請求人である小野薬品工業株式会社(以下「被請求人小野薬品」という。)及び被請求人である本庶佑(以下「被請求人本庶」という。)は、発明の名称を「モノクローナル抗体」とする発明につき、2003年7月2日を国際出願日とする特許出願(特願2004-519238号。先の出願に基づく優先権主張2002年7月3日、2003年2月6日。)の一部を、平成21年9月3日に新たな特許出願である特願2009-203514号(以下「本件特許出願」という。)とした。
(2)本件特許出願については、特許第5159730号(請求項の数は7)として、平成24年12月21日、特許権者を被請求人小野薬品及び被請求人本庶とする特許権が設定登録された。
2 本件審判請求について
請求人ゴードン フリーマン(以下「請求人」という。)は、令和2年10月1日、本件特許に対し特許無効審判を請求し、これに対して、被請求人は令和3年6月18日に答弁書を提出した。
3 請求の趣旨
特許第5159730号の請求項1~7に係る発明についての特許(以下「本件特許」という。)を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。
4 答弁の趣旨
本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。
第2 主な手続の経緯等
1 審判長は、令和3年9月3日付けで両当事者に対し、本件無効事件を無効2020-800088号、無効2020-800090~無効2020-800092号事件と併合して審理を行うことを通知し、同年9月27日付けで口頭審理における審理事項を通知し(審理事項通知書)、これに対して、請求人は同年11月24日付けで、被請求人は同3年12月22日付けで口頭審理陳述要領書を提出した。
2 請求人は、令和3年12月23日付けで当事者尋問申出書及び証人尋問申出書を提出した。
3 令和4年1月12日、第1回口頭審理が行われた。
4 被請求人は、令和4年1月18日に上申書を提出した。
5 請求人は、令和4年3月4日付けで上申書及び尋問事項書を提出した。
6 審判長は、令和4年4月15日付けで両当事者に対し、併合していた審理を分離することを通知した。
以下、書証は、その証拠番号により、甲第1号証を「甲1」、乙第1号証を「乙1」などともいう。
第3 本件各発明の要旨
審決が判断の対象とすべき特許に係る発明の要旨は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1~7に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項の番号に応じて各発明を「本件発明1」などといい、これらを併せて「本件発明」という場合がある。)。
「【請求項1】
PD-1抗体を有効成分として含み、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制する作用を有する癌治療剤(但し、メラノーマ治療剤を除く。)。
【請求項2】
癌が、肺癌、大腸癌または卵巣癌である請求項1記載の癌治療剤。
【請求項3】
肺癌が、肺扁平上皮癌または肺腺癌である請求項2記載の癌治療剤。
【請求項4】
さらに、インターフェロン-αまたは抗CTLA-4抗体と組み合わせることを特徴とする請求項1記載の癌治療剤。
【請求項5】
さらに、化学療法剤と組み合わせることを特徴とする請求項1記載の癌治療剤。
【請求項6】
さらに、癌抗原と組み合わせることを特徴とする請求項1記載の癌治療剤。
【請求項7】
PD-1抗体が、完全ヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体である請求項1記載の癌治療剤。」
第4 請求人の主張
1 無効理由の要点
請求人は、被請求人本庶らとともに、本件特許に係る発明を共同発明したが、被請求人本庶及び被請求人小野薬品は、請求人を発明者とすることなく、被請求人らのみによって本件特許出願した。本件特許は、特許法38条の規定に違反して特許されたものであるから、同法123条1項2号により無効とされるべきものである。
2 証拠
(1)証拠方法として書証を申し出て、下記のとおりの文書(甲1~57、59、61、62、64~75)を提出する。
甲1:産経新聞(抜粋)、「本庶氏と小野薬 絡まる利害」、令和2年6月6日、株式会社産業経済新聞社
甲2:小野薬品のホームページ、(https://www. immunooncology.jp/medical/io-resources/basic/immune-checkpoint-inhibitor.html)
甲3:特許第5159730号公報
甲4:Civil Action No.15-13443-PBS判決(原告ダナファーバーv.被告小野薬品・本庶)、令和1年5月17日、マサチューセッツ地区連邦地方裁判所、Document389
甲5:Case:19-2050判決(被控訴人ダナファーバーv.控訴人小野薬品・本庶)、令和2年7月14日、アメリカ合衆国連邦巡回区控訴裁判所、Document:49
甲6:「Genetics Institute, Inc.」と題する連絡文書(小野薬品工業宛て)、平成11年3月15日
甲7:米国地裁審理における請求人の証言録取書、平成31年2月6日、Document 361
甲8:J.Exp.Med., 2000,Vol.192.No.7,p.1027-1034
甲9:請求人が1999年10月25日の共同研究ミーティングで提示した「BLAST Search Results」と題する書面、平成10年7月27日
甲10:米国地裁審理におけるWoodの証言録取書、Document 360
甲11:米国地裁審理におけるMary Collinsの証言録取書
甲12:電子メール(Mary Collinsから請求人宛)、平成11年7月23日
甲13:LABORATORY NOTEBOOK(抜粋)、請求人、平成11年8月31日
甲14:LABORATORY NOTEBOOK(抜粋)、Vicki Boussiotis、平成11年9月3日
甲15:請求人が1999年10月25日の共同研究ミーティングで提示した「292 inhibits proliferation of previously activated T cells」と題する実験データ
甲16:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年10月4日
甲17の1:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年10月12日
甲17の2:電子メール(被請求人本庶からWood宛)、平成11年10月13日
甲17の3:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年10月13日
甲18:電子メール(請求人から被請求人本庶宛)、平成11年10月22日
甲19:電子メール(被請求人本庶からWood宛)、平成11年10月22日
甲20:1999年10月25日の共同研究ミーティングに関する「GI/Ono Meeting」と題する書面、平成11年10月25日、Genetics Institute
甲21:Woodが1999年10月25日の共同研究ミーティングで提示した「PD-1 Ligand」と題するプレゼンテーション資料、平成11年10月25日
甲22:請求人が1999年10月25日の共同研究ミーティングで提示した「292, A novel B7 related gene」と題するプレゼンテーション資料、平成11年10月25日
甲23:ミーティング記録、平成11年10月25日頃、柴山
甲24:被請求人本庶が1999年10月25日の共同研究ミーティングで提示した「Summary of studies on PD-1」と題するプレゼンテーション資料、平成11年10月25日
甲25:米国仮出願関係書類(60/164,897)平成11年11月10日、請求人
甲26の1:請求人が2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(Placenta(胎児))」、平成12年6月20日、Dorfman
甲26の2:請求人がケンブリッジでの2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(Tongue Squamous cell carcinoma(舌扁平上皮細胞腫))」、平成12年6月20日、Dorfman
甲26の3:請求人がケンブリッジでの2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(Breast Invasive lobular carcinoma(乳房浸潤性小葉癌))」、平成12年6月20日、Dorfman
甲26の4:請求人がケンブリッジでの2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(Adenocarcinoma lung(肺の腺癌))、平成12年6月20日、Dorfman
甲26の5:請求人がケンブリッジでの2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(ALCL(未分化大細胞リンパ腫))、平成12年6月20日、Dorfman
甲26の6:請求人がケンブリッジでの2000年9月8日の共同研究ミーティングで提示した「免疫組織化学実験の結果(Adenocarcinoma colon(結腸の腺癌))、平成12年6月20日、Dorfman
甲27:請求人がシアトルでの2000年5月13日のSST共同研究ミーティングで提示した「PD-L1」と題するプレゼンテーション資料、平成12年5月12日、請求人
甲28:米国地裁の審理におけるJulia Brownおよび湊の証言録取書、平成31年2月13日、Document 364
甲29:甲8の草稿案、平成12年4月7日、請求人等
甲30:電子メール(被請求人本庶から請求人宛)、平成11年10月26日
甲31:電子メール(被請求人本庶から請求人宛)、平成11年10月27日
甲32:電子メール(被請求人本庶から請求人宛)、平成11年11月5日
甲33:「MATERIAL TRANSFER AGREEMENT」と題する契約書、ダナファーバー・京都大学医学部、平成11年11月2日
甲34の1:電子メール(本庶から請求人宛)、平成11年12月6日
甲34の2:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成12年1月7日
甲34の3:電子メール(Woodから被請求人本庶から請求人宛)、平成12年1月18日
甲34の4:電子メール(被請求人本庶からWood宛)、平成12年1月21日
甲35:連絡文書(被請求人本庶からWood宛)、平成11年12月11日
甲36:Nature Immunology,2001,Vol.2,No.3,p.261-267
甲37:電子メール(請求人から被請求人本庶宛)、平成12年3月24日
甲38:京都での2000年3月27日のSST共同研究ミーティングに関する「The 13RD Honjo/GI/Ono Scientific meeting」と題する書面、平成12年3月27日、被請求人本庶等
甲39:岡崎拓が2000年3月27日の京都でのSST共同研究ミーティングで提示した「PD-1 Antigen」と題するプレゼンテーション資料、平成12年3月27日、岡崎拓等
甲40:Woodが2000年3月27日の京都でのSST共同研究ミーティングで提示した「PD-1:immunoinhibitory receptor」と題するプレゼンテーション資料、平成12年3月27日、Wood
甲41:京都ミーティングの議事録、平成12年3月28日、柴山
甲42:米国地裁の審理におけるBeatriz Carreno の証言録取録、平成30年3月8日
甲43:電子メール(請求人から本庶宛)、平成12年8月23日
甲44:電子メール(被請求人本庶から請求人宛)、平成12年9月6日
甲45の1:Laura Carterが2000年9月8日のSST共同研究ミーティングで提示した「PD-1:PD-L Functional Studies」と題するプレゼンテーション資料、平成12年9月8日
甲45の2:J.LEONARDが2000年9月8日のSST共同研究ミーティングで提示した「PD-1 in Experimental Autoimmune Encephalomyelitis(EAE)」と題するプレゼンテーション資料、平成12年9月8日
甲45の3:2000年9月8日のSST共同研究ミーティングに関する「GI/Ono/GI Scientific Meeting」と題する書面、平成12年9月8日、Genetics Institute
甲46:Woodが2000年9月8日のSST共同研究ミーティングで書き留めた「ミーティング記録」、平成12年9月8日
甲47:本庶が2000年9月8日のSST共同研究ミーティングで提示した「プレゼンテーション資料」、平成12年8月頃、岩井
甲48:電子メール(被請求人本庶から請求人宛)、平成12年9月26日
甲49:「MATERIAL TRANSFER」と題する契約書、平成12年12月10日、ダナファーバー・京都大学等
甲50:平成15年2月21日に開催された第6回特許制度小委員会配付「日本における発明者の決定」と題する書面(https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/tokkyo_shoi/docume nt/seisakubukai-06-shiryou/paper07_1.pdf)
甲51:東京地方裁判所令和2年8月21日判決(平成29年(ワ)第27378号)(乙1の原判決)
甲52:電子メール(被請求人本庶からWood宛)、平成10年9月22日
甲53:米国地裁の審理におけるKENNETH M. MURPHYの証言録取書、平成31年2月8日、Document 363
甲54の1:米国地裁の審理における MARK GREENEの証言録取書(1日目)、平成31年2月11日、Document 364
甲54の2:米国地裁の審理における MARK GREENEの証言録取書(2日目)、平成31年2月12日、Document 366
甲55:米国地裁の審理における本庶の証言録取書(1日目)、平成31年2月7日、Document 362
甲56:米国地裁の審理における本庶の証言録取書(2日目)、平成31年2月8日、Document 363
甲57:2000年9月8日のケンブリッジミーティングの議事録、柴山、平成12年9月8日
甲59:被請求人本庶及びWood間の電子メールのやり取り、平成12年4月6日~平成12年4月8日
甲61:LABORATORY NOTEBOOK、岩井、平成11年3月6日~平成11年5月21日
甲62:ORDER LIST:593U.S.、米国連邦最高裁判所、令和3年5月24日
甲64:Current Opinion in Immunology,2002,Vol.14,p.779-782
甲65:J.Exp.Med.,2003,Vol.197,No.9,p.1083-1091
甲66:PNAS,2002,Vol.99,No.19,p.12293-12297
甲67:岩井のデポジション、平成30年4月4日
甲68:柴山のデポジション、平成30年1月31日
甲69:知的財産高等裁判所、平成27年3月25日判決(平成25年(ネ)第10100号)
甲70:特許庁等、「明細書の作成実務」、平成25年
甲71:電子メール(被請求人本庶からWood宛)、平成11年10月5日
甲72:電子メール(柴山からWood宛)、平成12年6月18日
甲73:電子メール(被請求人本庶からClark宛)、平成12年6月18日
甲74:電子メール(Dorfmanから被請求人本庶宛)、平成12年3月14日
甲75:https://www.immunooncology.jp/medical/potential-of-io-research#potential_videoからダウンロードした録画データ、請求人代理人、令和4年2月
第5 被請求人の主張
1 主張の要点
請求人は、本件発明の共同発明者には該当しない。したがって、本件特許に共同出願違反による無効理由は存在しないから、本件審判の請求は成り立たない。
2 証拠
(1)証拠方法として書証を申し出て、下記のとおりの文書(乙1~乙32)を提出する。
乙1:知的財産高等裁判所、令和3年3月17日判決(令和2年(ネ)第10052号)
乙2:Abul K.Abbas他、「Cellular and Molecular Immunology(分子細胞免疫学)」、第4版、2000年、384-403頁
乙3:NATURE MEDICINE,1999,Vol.5,No.12,p.1365-1369
乙4:米国特許出願(60/150390、PCT/US00/23347の第1優先権書類)
乙5:国際公開01/14557号
乙6の1:平成21年7月14日付け拒絶理由通知書
乙6の2:平成21年9月3日付け意見書
乙7の1:平成24年7月4日付け拒絶理由通知書
乙7の2:平成24年9月7日付け意見書
乙8の1:平成27年10月21日付け拒絶理由通知書
乙8の2:平成27年12月15日付け意見書
乙9:「陳述書(石田昌義氏の陳述書について)」、平成30年4月10日、被請求人本庶
乙10:「陳述書(石田昌義氏の陳述書に対する所感)」、平成30年4月10日、湊
乙11:Immunity,1999,Vol.11,p.141-151
乙12:「PD-L1発現腫瘍の移植実験及びPD-1遺伝子欠失マウスを用いた実験の記録について」、平成30年4月10日、被請求人本庶
乙13:グループミーティングメモ、平成12年7月13日、岩井
乙14:グループミーティングメモ、平成12年9月1日、岩井
乙15の1:実験ノート、平成12年7月25日、岩井
乙15の2:実験ノート、平成12年7月25日、岩井
乙15の3:実験ノート、平成12年7月29日、岩井
乙15の4:実験ノート、平成12年8月2日、岩井
乙16:グループミーティングメモ、平成12年10月27日、岩井
乙17:グループミーティングメモ、平成13年2月2日、岩井
乙18:陳述書、「抗PD-L1抗体の樹立時期について」、平成30年4月10日、田中
乙19:PNAS,2002,Vol.99,No.19,p.12293-12297
乙20:実験ノート、平成11年11月、岡崎拓
乙21:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年11月25日
乙22:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年12月2日
乙23:電子メール(Woodから被請求人本庶宛)、平成11年12月17日
乙24の1:平成27年2月27日付け拒絶理由通知書
乙24の2:平成27年5月8日付け意見書
乙25:特表2003-507491号公報
乙26:グループミーティングメモ、平成12年3月31日、岩井
乙27:実験ノート、平成12年3月16日、岩井
乙28:米国地裁判決の審理における本庶の証言録取書(1日目)(甲55)の抄訳文、令和3年12月22日
乙29:米国地裁判決の審理におけるBrown の証言録取書(甲28)の抄訳文、令和3年12月22日
乙30:The Journal of Immunology,2003,Vol.170,p.1257-1266
乙31:議事録(特許庁産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会第6回特許制度小委員会)、平成15年2月21日開催
乙32:口頭審理における被請求人のプレゼンテーション資料
第6 前提事実
1 技術的背景
(1)B7リガンドとCTLA-4
ヒトの免疫系は多様な細胞の種類を含んでいるが、その中で樹状細胞は、B7-1、B7-2というリガンドを発現する。T細胞が免疫応答を活性化するためには、(i)樹状細胞上の抗原がT細胞に結合する必要があり、また、(ii)樹状細胞上のB7リガンドがT細胞上のCD28受容体に結合する必要がある。T細胞が高度に活性化されると、CTLA-4と呼ばれる阻害受容体を発現し、B7リガンドは、このCTLA-4にも結合する。そして、B7がCTLA-4に結合するとT細胞は不活性化される(甲4、甲5)。
2 本件発明の基本思想
T細胞上における阻害受容体であるPD-1がそのリガンドであるPD-L1及びPD-L2のうちのどちらかに結合すると、T細胞が阻害され、リガンドを発現する細胞を攻撃しない。腫瘍細胞の中には、リガンドを発現し、それによって免疫応答を回避することができるものがある(甲3、【0007】~【0009】)。そこで、本件発明は、このPD-1受容体又はそのPD-1リガンドに結合する抗体を使用して、受容体-リガンド間の相互作用を遮断するという作用機序により、腫瘍細胞におけるPD-L1又はPD-L2リガンドの発現によって阻害されていた腫瘍細胞に対する免疫機能を回復するというものである(甲3、【0012】~【0013】)。
[図:0001396568000001.jpg]
(甲2)
3 経緯
被請求人本庶は、1992年にPD-1を発見した。
被請求人本庶、被請求人小野及びジェネティクス インスティテュート(以下、「GI」ということがある。)は、1999年3月、PD-1のリガンドを特定するための共同研究を行うことに合意した(甲6)。
請求人は、GenBankデータベースでESTと呼ばれる短いヒトcDNA断片のBLAST検索を行った(甲9)。この検索により、B7-1の配列に類似する12のESTリストが作成された(甲9)。このうちの2つのESTは、同じ配列の一部であり、ヒト卵巣腫瘍に由来するもので、この配列を292タンパク質と名付けた(この292は後に「PD-L1」と呼ばれることになる。)。請求人は、292タンパク質の完全長ヒトcDNA配列を同定した(甲7)。
請求人は、1999年7月にGIに292タンパク質をコードする遺伝物質を送付した(甲7、甲10、甲12)。
被請求人本庶は、1999年8月にPD-1は免疫反応を負に制御する旨を記載した論文(乙11)を発表した。
請求人は、1999年9月頃に請求人の研究室の一員であるVicki Boussiotisと共に、292タンパク質が活性化T細胞を阻害することを発見した(甲7、甲14、甲15)。
Woodは、PD-1が292タンパク質と結合することを発見し、1999年10月4日に292タンパク質は、PD-1のリガンドであることを被請求人本庶にメールで伝えた(甲16)。
Woodは、1999年10月12日に被請求人本庶にメールを送り、GIによる成果を伝え、Wood、請求人、被請求人本庶の三者共同による、PD-L1の発見についての雑誌記事の概要を提示し、抗PD-1抗体を送るように被請求人本庶に頼み、被請求人本庶は、1999年10月13日に同意した(甲17の1、甲17の2)。
請求人、被請求人本庶、Woodの三者は、1999年10月25日に米国マサチューセッツ州ケンブリッジで開催された初回ミーティングに参加した(甲20)。
請求人、被請求人本庶、Woodの三者は、PD-1/PD-L1経路の共同研究を続けており(甲30~32)、1999年11月2日に、請求人と被請求人本庶は、第三者に口外禁止のMaterial Transfer Agreementを締結し(甲33)、請求人は、被請求人本庶にPD-L1のcDNAを送付し、被請求人本庶は、請求人にPD-1試薬を送付した。
請求人及びWoodは、1999年11月10日にPD-1/PD-L1経路を活性化又は遮断することにより、腫瘍に対する免疫応答を調節する方法のクレームを含む米国仮特許出願をした(甲25)。
被請求人本庶は、Woodに、1999年12月6日にPD-1/PD-L1経路は免疫応答を抑制する作用を示した実験結果をメールで伝え、実験データを送付した(甲34の1、甲35)。
Woodは、被請求人本庶に、2000年1月7日にGIのデータを送り、「292が阻害効果を有することの確認」を行った(甲34の2、甲34の3)。
請求人は、Brigham and Women’s Hospitalに所属するDavid Dorfmanの助けを借りて、2000年1月頃にヒト腫瘍において、PD-L1が発現していることを発見した(甲26、甲27)。
請求人は、2000年3月頃に、甲8の論文(以下、「JEM論文」ということがある。)に「一部の腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するためにPD-L1を使用し得る可能性を示唆している。」(甲29)と追記した(甲8)。
被請求人本庶及び被請求人本庶が主宰する研究室に所属する岩井は、1998年3月から1999年6月頃までに、PD-1-Ig融合タンパク質を作製し、これを用いて抗原提示細胞のほか、腫瘍細胞上にもPD-L1が発現することを確認した(乙9、乙12)。
請求人は、1999年秋頃に2度目のBLAST検索を行い、B7ファミリー分子の中に、PD-L1とは異なる分子を同定し、この分子は、PD-1と結合し、免疫応答を阻害することを発見し、この分子を「PD-L2」と呼んだ。このリガンドがマウス腫瘍細胞上で発現していることを発見した(甲7、甲36)。請求人は、2000年3月24日に被請求人本庶にメールを送り、PD-L2を発見したことを知らせた(甲37)。
被請求人及びWoodは、2000年3月27日に京都で開催されたミーティングに参加した(甲38)。請求人はこのミーティングには参加していない。
請求人、被請求人本庶、Woodは、2000年5月13日にシアトルで開催されたミーティングに参加した。
請求人は、2000年8月23日に、被請求人本庶、Woodに、「PD-L1は・・・一部の腫瘍においても発現され、これらの腫瘍に対する免疫攻撃を弱める役割を有し得る。」と記載した電子メールを送信した(甲43)。
被請求人本庶が主宰する研究室に所属する岩井は、2000年9月1日にB16/PD-L1癌細胞を移植したマウスでは、野生型のB16を移植したマウスの場合と比較して、腫瘍が大きく増殖することを示す実験をした(乙9、乙12、乙14、乙15)。
請求人は、2000年9月6日にPD-L2に関する、請求人、本庶、Woodの共同論文(甲36)の草稿案を送付した(甲44)。
請求人、被請求人本庶、Woodは、2000年9月8日にケンブリッジで開催されたミーティングに参加した。
被請求人本庶は2000年9月26日に請求人に対し、ヒトPD-L1抗体を提供するよう電子メールを送信した(甲48)。2000年10月に新たにMaterial Transfer Agreementを締結し(甲49)、請求人は、被請求人本庶にPD-L1モノクローナル抗体を送付した。
岩井は、2000年10月27日にPD-1遺伝子欠失マウスでは、野生型のB6マウスと比較して、B16/PD-L1癌細胞の増殖が遅くなること示す実験をした(乙9、乙12、乙16)。この実験結果は、本件特許の明細書において、実施例4として開示されている(甲3の実施例4)。
湊が主宰する研究室では、1999年の終わり頃までには、請求人から提供を受けた292のcDNAを使用して、抗PD-L1抗体を作製した(乙10、乙18)。
2001年終わり頃までに、本件特許の明細書における実施例1~3及び5に係る実験が行われた。
被請求人本庶及び湊らは、2002年7月3日に本件特許の優先基礎出願をした。
被請求人及び湊らは、2002年8月1日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に乙19の論文(PNAS論文)を投稿し、当該論文は、2002年9月17日に公刊された。
被請求人本庶及び湊らは、2003年7月2日に上記優先基礎出願に基づく優先権を主張して、本件特許をもたらす国際出願を行った。
第7 当合議体の判断
1 発明者の判断基準
(1)発明者の判断基準について、これまでの裁判例では、裁判所は以下のとおり判示する。
ア 特許法2条1項は、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し、同法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。これらの規定によれば、特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解する(乙1、29頁)。
イ 新しい着想をした者は原則として発明者に該当するが、この着想は、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関する思想として概念化されたものである必要があり、単なる思いつき以上のものでなければならない。また、新しい着想を具体化した者は、その実験やデータの評価などの具体化が当業者にとって自明でない限り、共同発明者たり得る(東京地裁平成18年1月26日判決(平成14(ワ)第8496号))。
ウ 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあり、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分の完成に寄与した者でなければ、発明者ということはできないからである(東京地判平成27年10月30日判決(平成25年(ワ)第32394号)。
(2)上記の裁判例で判示するところを踏まえると、請求人が本件発明の発明者といえるためには、本件発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)(以下単に、「技術的思想」という。)を着想し、又はその具体化に創作的に関与した者でなければならない。そして、本件発明の技術的思想とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分をいう。
2 本件発明1の技術的思想について
(1)本件特許出願の願書に添付された明細書(甲3。以下「本件明細書」という。)には、本件発明に関連するものとして、次の記載がある(審決注:なお、下線は合議体が付したものである。以下同様。)。
ア 技術分野
「本発明は、PD-1、PD-L1、またはPD-L2によって誘導される免疫抑制シグナルを阻害することを特徴とする免疫賦活、癌の治療若しくは感染症の治療のための組成物、およびそれらを用いる治療方法に関する。」(【0001】)
イ 背景技術
「免疫療法は、ほとんどの薬物療法において避け難い副作用が軽減され、極めて特異性の高い治療方法として期待されている。特に、癌治療や感染症治療における薬物療法が、患者に対して大きな負担を課す治療方法であるために、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の回復が重要視されているが、免疫療法は、ヒトがもともと備え持っている免疫反応を外因的な方法によって賦活化させ、薬物投与による負担の一部を肩代わりさせることによって、患者のQOLを回復させる目的のもとに行なうことができる。
免疫の賦活化は、Tリンパ球細胞の免疫反応を活性化させる方法で行なうことができる。T細胞の活性化には、抗原レセプター(TCR)を介した刺激だけでなく、共役刺激分子群(例えば、CD28)を介した付加的な刺激誘導が必要であるといわれている。一方、最近、共役刺激分子群と相同的な構造を有する分子群、CTLA-4とPD-1が発見され、抗原レセプター(TCR)シグナルを抑制するシグナルを発していることが報告されている。T細胞の活性化の方法として、この共役抑制分子の機能を抑制することも有効な1つの手段であると考えられている。
PD-1は免疫グロブリンファミリーに属する55kDのI型膜タンパクとしてクローニングされた(The EMBO Journal,1992年,第11巻,第11号,p.3887~3895、特開平5-336973号公報、特開平7-291996号公報)。ヒトPD-1cDNAは、EMBL/GenBank Acc.No.NM_005018に示される塩基配列で構成され、マウスPD-1cDNAは、Acc.No.X67914に示される塩基配列で構成され、それら発現は、胸腺細胞においてはCD4-CD8-からCD4+CD8+細胞に分化する際に認められる(International Immunology,1996年,第18巻,第5号,p.773~780、Journal of Experimental Medicine,2000年,第191巻,第5号,p.891~898)。また、末梢におけるPD-1の発現は、抗原レセプターからの刺激により活性化したT細胞、B細胞(International Immunology,1996年,第18巻,第5号,p.765~772参照)または活性化マクロファージを含む骨髄細胞に認められることが報告されている。
PD-1の細胞内領域には、ITIMモチーフ(Immunoreceptor Tyrosine-based Inhibitory Motif)があり、免疫反応に対する抑制ドメインと考えられている。さらに、PD-1欠損マウスが、糸球体腎炎、関節炎といったループス様自己免疫病(C57BL/6遺伝子背景の場合)(International Immunology,1998年,第10巻,第10号,p.1563~1572、Immunity,1999年,第11巻,第2号,p.141~151)や拡張性心筋症様疾患(BALB/c遺伝子背景の場合)(Science,2001年,第291巻,第5502号,p.319~332)を発症することから、PD-1が自己免疫疾患発症、特に、末梢自己免疫寛容の制御因子であることも示唆されている。
PD-1のリガンドであるPD-L1(ヒトPD-L1cDNAはEMBL/GenBank Acc.No.AF233516、マウスPD-L1cDNAはNM_021893で示される塩基配列で構成される。)は、活性化した単球や樹状細胞などのいわゆる抗原提示細胞に発現している(Journal of Experimental Medicine,2000年,第19巻,第7号,p.1027~1034)。これら細胞は、Tリンパ球細胞に対して、さまざまな免疫誘導シグナルを誘導する相互作用分子を提示しており、PD-L1は、PD-1による抑制シグナルを誘導する分子の1つである。PD-L1リガンド刺激は、PD-1を発現しているTリンパ球細胞の活性化(細胞増殖、各種サイトカイン産生誘導)を抑制することが示されている。さらに、PD-L1の発現は、免疫担当細胞のみでなく、ある種の腫瘍細胞株(単球性白血病由来細胞株、肥満細胞種由来細胞株、肝癌由来細胞株、神経芽細胞種由来細胞株、乳癌由来各種細胞株)でも確認されている(Nature Immunology,2001年,第2巻,第3号,p.261~267参照)。」(【0003】~【0007】)
「PD-L2(ヒトPD-L2cDNAはEMBL/GenBank Acc.No.NM_025239、マウスPD-L2cDNAはNM_021896で示される塩基配列で構成される(Nature Immunology,2001年,第2巻,第3号,p.261~267)。)は、PD-1の第2番目リガンドとして同定されたが、その発現と機能はPD-L1とほぼ同じであることが報告されている。」(【0008】)
「PD-1に代表される共役抑制分子からの抑制シグナルは、抗原レセプター(TCR)および共役刺激分子によるポジティブなシグナルを適性に制御するメカニズムによって、リンパ球発生または成熟過程での免疫寛容や自己抗原に対する異常な免疫反応を制御していると考えられている。また、ある種の腫瘍やウイルスは、直接的もしくは間接的なメカニズムによって、T細胞の活性化および増殖を遮断し、これら共役抑制分子を自らに対する宿主免疫反応を衰弱させるのに利用していると考えられている(Cell,1992年,第71巻,第7号,p.1093~1102、Science,1993年,第259巻,第5093号,p.368~370参照)。さらに、T細胞の機能障害に起因すると考えられている疾患の一部では、これら共役抑制分子の異常がT細胞の機能障害を起していると考えられている。」(【0009】)
ウ 発明が解決しようとする課題
「【発明の開示】
本発明の課題は、PD-1、PD-L1、またはPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物およびこの機構を介した癌治療または感染症治療のための組成物の提供にある。」(【0012】)
エ 課題を解決するための手段
「本発明者らは、癌治療または感染症治療における新たな標的として、PD-1、PD-L1、またはPD-L2に注目し、PD-1、PD-L1、またはPD-L2による抑制シグナルを阻害する物質が、免疫機能の回復、さらには賦活機構を介して癌の増殖を阻害することを見出した。さらに、感染したウイルスの排除にPD-1シグナル、具体的にはPD-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2の相互作用が関与していることを見出した。これら事実に基いて、PD-1、PD-L1、またはPD-L2による抑制シグナルを阻害する物質が、癌または感染症に対して治療効果を有することを見出し、本発明を完成した。」(【0013】)
「本発明中のPD-1、PD-L1、またはPD-L2による免疫抑制シグナルは、少なくともPD-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2との相互作用、PD-1の細胞内シグナルから構成される。さらに、PD-1、PD-L1、またはPD-L2分子自身の産生もこれに含まれる。
本発明中のPD-1、PD-L1、またはPD-L2による免疫抑制シグナルは、PD-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2との相互作用またはPD-1の細胞内シグナルの直接的あるいは間接的な阻害によって阻害される。これらの阻害活性を有する物質として、PD-1、PD-L1、またはPD-L2にそれぞれ選択的に結合する物質が挙げられる。好ましくは、例えば、タンパク質、ポリペプチド若しくはペプチド、ポリヌクレオチド若しくはポリヌクレオシド、抗体若しくはそれら誘導体、有機合成化合物、無機化合物、または天然物が挙げられる。特に、特異性に優れた物質として、PD-1、PD-L1、またはPD-L2に対する抗体が挙げられる。」(【0017】、【0018】)
「PD-1、PD-L1、またはPD-L2に対する抗体は、PD-1、PD-L1、またはPD-L2による免疫抑制シグナルを阻害するものであれば、ヒト由来抗体、マウス由来抗体、ラット由来抗体、ウサギ由来抗体またはヤギ由来抗体のいずれの抗体でもよく、さらにそれらのポリクローナル若しくはモノクローナル抗体、完全型若しくは短縮型(例えば、F(ab’)2、Fab’、FabまたはFv断片)抗体、キメラ化抗体、ヒト化抗体または完全ヒト型抗体のいずれのものでもよい。
そのような抗体は、PD-1、PD-L1、またはPD-L2の細胞外領域の部分タンパク質を抗原として、公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。細胞外領域の部分タンパク質は、公知のタンパク質発現ならびに精製法によって調製することができる。」(【0020】、【0021】)
「抗体製剤としては、モノクローナル抗体あるいはその修飾体がより好ましい。
モノクローナル抗体産生細胞の作製は、抗原で免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し、最終免疫の2~5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を同種または異種動物の骨髄腫細胞と融合させることにより、継代培養可能なモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作製することにより行なうことができる。抗原タンパク質の投与は、抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤と共に行なう。投与には、抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与するのが一般的である。また、“DNA免疫”と呼ばれる方法によっても、動物を免疫することができる。この方法は、免疫動物の後足前脛骨筋にカルジオトキシン(Cardiotoxin)を処置し、さらに抗原タンパク質を発現するベクターを導入した後、組織修復の過程でベクターが筋細胞に取りこまれ、タンパク質を発現する現象を利用した方法である(Nature Immunology,2001年,第2巻,第3号,p.261~267)。
免疫される動物としては、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギ、ウサギまたはモルモットが可能であるが、好ましくはマウスまたはラットが用いられる。融合操作は、コーラー(Kohler)とミルシュタイン(Milstein)の方法(Nature,1975年,第256巻,第5517号,p.495~497)で実施することができ、融合促進剤としては、ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルスなどが用いられる。骨髄腫細胞としては、P3U1、NS1、SP2/0、AP1などの骨髄腫細胞が挙げられるが、通常P3U1がよく利用される。モノクローナル抗体産生細胞の選別は、例えば、抗原タンパク質を直接あるいは担体と共に吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加することによるELISA法などにより検出して行なうことができる。さらに、ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、ELISA法によって測定できる。モノクローナル抗体の分離精製は、上記のポリクローナル抗体の分離精製と同様の免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。具体的には、国際受託番号FERM BP-8392で識別されるハイブリドーマが産生する抗ヒトPD-1抗体あるいは国際受託番号FERM BP-8396で識別されるハイブリドーマが産生する抗マウスPD-L1抗体である。」(【0023】、【0024】)
オ 発明を実施するための形態
「【産業上の利用可能性】
本発明者らは、癌細胞移植動物モデルへの投与によって、癌の増殖を顕著に抑制し個体の延命効果を発揮する物質として、PD-1、PD-L1の機能を阻害するそれぞれの特異的抗体(抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体)を発明した。これら抗体は、PD-1を発現しているCTL(細胞傷害性Tリンパ球細胞)へのPD-L1リガンドの提示によって相対的に低下する細胞傷害活性を回復あるいは増強させる作用を示した(実施例1,第1図参照)。これは、CTLによる癌細胞に対する細胞傷害活性が、これら抗体の投与によって増強しうることを示唆するものである。さらに、抗PD-L1抗体の投与は、PD-L1を人為的に発現させた肥満細胞腫由来細胞株を移入した同系マウスを用いた癌細胞移植動物モデル(蛋白質・核酸・酵素、1981年、26巻、3号、p.208~224)において、癌細胞の増殖、浸潤および転移を抑制し、個体の延命効果を示した(第2図、第3図参照)。さらに、この抗体によるPD-L1機能の阻害による効果と同様の効果が、PD-1の機能あるいは産生を阻害することによって得られることが示唆された。これは、PD-1欠損マウスを用いた癌移入モデルでは、移入癌細胞の増殖が全く認められなかったからであり、PD-1の機能阻害あるいは産生阻害も有効な癌治療方法になることを示すものである(実施例5,第5図参照)。」(【0046】)
「実施例1
マウスPD-L1発現ベクターの作製は、マウスPD-L1cDNA(Journal of Experimental Medicine,2000年,第19巻,第7号,p.1027~1034)を制限酵素EcoRIで消化して、発現ベクターpApuroXS(The EMBO Journal,1994年,第13巻,第6号,p.1341~1349)に挿入し、連結させることによって行った。作製した発現ベクターpApuroXS-PD-L1のP815細胞への導入は、エレクトロポーレーション法(360V、500μF)で行った。P815細胞の培養は、FCS(10%)、2-メルカプトエタノール(10-5M)、各種抗生物質含RPMI-1640培地で培養できるが、さらに、抗生物質ピューロマイシン(Puromycin;3μg/ml)を含んだ培地の培養に対して耐性の同細胞株を継代培養することによって、マウスPD-L1を安定的に発現する形質転換P815細胞株を取得した。PD-L1の発現は、フローサイトメトリー解析にて確認した。図1(A)にH-2Ld特異的2C CTLクローンのPD-1発現(i)と、P815(肥満細胞種由来細胞株)のPD-L1発現安定形質転換株でのPD-L1発現(ii)を示すフローサイトメトリーを示す。
同様の方法で、PD-L1を安定的に発現する形質転換B16細胞株(B16/PD-L1)を取得した(図1(A)(iii)~(v)参照)。ここでは発現ベクターとして同様の方法で作製したpEFBOSneo-PD-L1(Nucleic Acid Research,1990年,第18巻,第17号,p.5322)を用い、細胞株の選択培養にはG418(0.5mg/ml)を使用した。
全長マウスPD-L1cDNAの3'末端側に6個のヒスチジンがタンデムに並んだペプチドタグ(His-Tag)を連結させたタンパク質をコードするcDNAを制限酵素EcoRIおよびNotIで消化して、発現ベクターpVL1393(商品名:Clontechより購入)に挿入させた。続いて、この発現ベクターをSF9昆虫細胞(Invitrogenより購入)に導入して、封入体を回収した。この封入体ウイルスをHiFive昆虫細胞(Invitrogenより購入)に2日間、27℃下で培養することによって感染させた。溶解緩衝液(Tris-HCl(50mM,pH7,含1%TritonX-100)、EDTA(10mM)、NaCl(150mM)、各種プロテアーゼ阻害剤)で溶解させた細胞溶解液を、Ni-セファロースカラムクロマトグラフィーで処理することによって、抗原となる精製PD-L1タンパク質を取得した。
透析した同PD-L1タンパク質を完全フロイントアジュバンドと共に8週令メスWhisterラット(SLC Japanより購入)に免疫して、数日後、末梢リンパ節から回収した2×108細胞を、PEG1500(Amershamより購入)を用いて同数のSP2/0細胞と細胞融合させた。さらに、RPMI1640培地(HAT(Sigmaより購入)、Origen(10%,Igenより購入)、FCS(10%)、2-メルカプトエタノール(10-5M)、各種抗生物質)で培養することによって選択し、産生抗体の存在をフローサイトメトリー解析にて確認した。これによって樹立されたハイブリドーマ(国際受託番号:FERM BP-8396で認識されるハイブリドーマ)をBalb/C nu/nuマウスに移入して、後に腹水からの回収液をプロテインGセファロースカラムクロマトグラフィーで精製することによって、PD-L1に対するモノクローナル抗体(1-111)を取得した。フローサイトメトリー等で使用される抗体は、Sulfo-NHS-LC-biotin(商品名:Pierceより購入)を用いてビオチン化したものを用いた。
また、同様の方法に従い、抗ヒトPD-1抗体(国際受託番号:FERM BP-8392で認識されるハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体)を作製した。
細胞傷害性アッセイは、51Cr(クロム)遊離アッセイによって行った。
2C細胞(Journal of Immunology,1996年,第157巻,第2号,p.670~678)は、2CトランスジェニックB6マウス由来の(H-2L)dアロ反応性の細胞傷害性T細胞である。図1(B)に、2C細胞(E:エフェクター)を51Crラベル化したP815細胞(T:ターゲット)と共に(○)または3つのPD-L1発現P815細胞株(P815/PD-L1)(□、◇、△)と共にあるいはさらに10mg/mlラットanti-PD-L1F(ab')2IgG存在下(▲)を、さまざまなE/T比で混合して、4時間で遊離される51Crを測定した結果を示す。
抗PD-L1抗体(anti-PD-L1F(ab')2)は、細胞傷害性Tリンパ球細胞の低下した細胞傷害活性を回復させた。これらの結果から、PD-L1の機能を阻害することによるPD-1およびPD-L1シグナルの阻害は、癌細胞に対する細胞傷害活性を増強させることができると考えられる。
」(【0089】)
「【図1】
[図:0001396568000002.jpg]
」
「実施例2
1×106細胞のP815細胞(n=6)またはP815/PD-L1細胞(n=6)を同系DBA/2マウスの皮下にそれぞれ移入し、腫瘍増殖とマウスの生存率を評価した。その結果を図2(A)に示す。図中、○はP815細胞株移植群、□、△はPD-L1発現P815細胞株移植群である。さらにP815/PD-L1細胞を移入した群の組織学的解析を行った。移入20日後のマウスの腹壁ならびに腹膜腔の組織切片を、10%ホルムアルデヒドで固定、パラフィンで砲架して、ヘマトキシリン、エオジンで染色して得られた染色像を図2(B)に示す。図中、aは腹壁および腹膜への腫瘍細胞の浸潤を示す40倍像、bは同じく400倍像であり、cは脾臓への転移、dは肝臓への転移を示す。
P815細胞を移植した群では、P815細胞の増殖は抑えられており、6~7週目では30%が生存したのに対して、PD-L1を発現するP815細胞(P815/PD-L1)を移植した群では、癌細胞の増殖は著しく、2~4週目までに全例が死亡した(図2(A))。P815/PD-L1は、腹膜腔、さらに、腹腔へ浸潤しており、また、肝および脾臓への転移が認められた(図2(B)a~d参照)。」(【0090】)
「【図2】
[図:0001396568000003.jpg]
」
「実施例3
P815細胞を移入し免疫したマウスから細胞傷害性T細胞CTLを調整し、2×106個数のCTL細胞と、5×106個数のP815細胞またはP815/PD-L1細胞のみ、あるいはanti-PD-L1F(ab')2IgG(10mg/ml)存在下でP815/PD-L1細胞をそれぞれ混合培養し、24時間後の培養上清中のIFN-γをELISAキット(Bioscienceから購入)で測定した。その結果を図3(A)に示す。
また、図3(B)に、3×106個数のP815/PD-L1細胞を皮下移入した同系DBA/2マウス(n=10)に、ラットIgG(□)あるいはanti-PD-L1F(ab')2IgG(0.1mg/一匹)(○)を、細胞移入後1、3、5、7日後にそれぞれ腹腔内投与し、腫瘍増殖とマウスの生存率を評価した結果を示す。
抗PD-L1抗体は、P815/PD-L1により抑制された細胞傷害性Tリンパ球細胞からのIFN-γ産生を回復させた(図3(A))。抗PD-L1抗体の投与は、癌細胞増殖を抑制し、明確な生存効果を示した(図3(B))。この結果は、抗PD-L1抗体の投与が癌治療に有効であることを示している。」(【0091】)
「【図3】
[図:0001396568000004.jpg]
」
「実施例4
1×106個数のB16メラノーマ(n=6)またはB16/PD-L1細胞(n=6)をB6マウスにはそれぞれ皮下移入し、同数のB16/PD-L1細胞をPD-1トランスジェニックB6マウス(n=5)およびPD-1遺伝子ホモ欠損B6マウス(PD-1-/-(n=4))(Science,2001年,291巻,5502号,p.319~332)に移入し、以後25日までそれぞれの腫瘍増殖を測定した。その結果を図4に示す。」(【0092】)
「【図4】
[図:0001396568000005.jpg]
」
「実施例5
2.5×108個数のJ558Lミエローマ細胞を皮下移入した同系Balb/Cマウス(n=9)に、ラットIgGあるいはanti-PD-L1F(ab')2IgG(0.1mg/一匹)を細胞移入後3、5、7日後にそれぞれ腹腔内投与し、腫瘍増殖を評価した(図5(B))。また、同様にJ558Lミエローマ細胞を皮下移入したPD-1ホモ欠損マウスとBalb/C(n=4)での腫瘍増殖を比較した(図5(C))。
抗PD-L1抗体の投与は、PD-L1を発現しているJ558癌細胞(図5(A)に各種ミエローマ細胞株でのPD-L1発現を示すフローサイトメトリーを示す。)の増殖を抑制した(図5(B))。また、J558細胞を移植したPD-1欠損マウスでは移植癌細胞の増殖は完全に阻害された(図5(C))。これらの結果は、PD-L1もしくはPD-1の阻害が癌治療に有効であることを示している。」(【0093】)
「【図5】
[図:0001396568000006.jpg]
」
(2)上記(1)の本件明細書の記載によれば、本件発明1の技術的思想は、従来、PD-1による抑制シグナルを誘導する分子であるPD-L1リガンド刺激又はPD-L2リガンド刺激が、PD-1を発現しているTリンパ球細胞の活性化(細胞増殖、各種サイトカイン産生誘導)を抑制するとされ、また、PD-1に代表される共役抑制分子からの抑制シグナルが、抗原レセプター(TCR)及び共役刺激分子によるポジティブなシグナルを適性に制御するメカニズムによって、リンパ球発生又は成熟過程での免疫寛容や自己抗原に対する異常な免疫反応を制御していると考えられていたところ、本件発明1は、PD-1、PD-L1又はPD-L2による抑制シグナルを阻害して、免疫賦活させる組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課題とし、この課題を解決するための手段として、抗PD-1抗体がPD-1分子と、PD-L1分子又はPD-L2分子の相互作用を阻害することにより癌免疫の賦活をもたらし、インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制することを見出した点にあると認められる。
3 本件発明1についての当審の判断
(1)請求人は、請求人が本件発明1の共同発明者である旨主張するが、合議体は、請求人は本件発明1の共同発明者に該当するものと認めることはできないと判断する。
以下、請求人が、本件発明1の技術的思想の着想及びその具体化における請求人の貢献であると主張する点について検討する。
(2)請求人は、令和2年9月30日付け審判請求書、令和3年11月24日付け口頭審理陳述要領書及び令和4年3月4日付け上申書において、本件発明1の技術的思想の着想及びその具体化における請求人の貢献について以下のとおり主張する。
(i)請求人は、292配列を決定し、292分子がB7リガンドであること及び、B7-1やB7-2とは異なる機能・性質を有しているという情報を、Woodが所属しているジェネティクス インスティテュート(GI)に提供することにより、Woodによる受容体(PD-1)の特定に貢献した(甲7)。
(ii)請求人は、Boussiotisと共に、292が免疫応答に対する阻害効果を有することを明らかにした(甲7、甲13、甲14、甲15)。
(iii)請求人は、被請求人本庶にマウスPD-L1cDNAを提供し、それが使用されて、本件明細書の実施例で使用されたマウス抗PD-L1抗体(1-111)が作製された(甲33)。
(iv)請求人は、PD-1/PD-L1経路が抗腫瘍効果と何らかの関わりがあるのではないかと着想を得て、米国仮特許出願をした(甲25)。
(v)請求人は、Dorfmanの助力で、免疫組織化学(IHC)実験を行い、PD-L1は、様々な種類のヒト腫瘍において高度に発現されることを示した(甲26、甲27、甲53、甲54)。
(vi)請求人は、Wood及び被請求人本庶と共同執筆した論文(甲8)(以下「JEM論文」ということがある。)の草稿に、腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するためにPD-L1を使用する可能性について一文を追記した(甲29)。
(vii)請求人は、PD-L2を発見し(甲36)、請求人及びWoodは、それがPD-1に結合して免疫応答を阻害することを示し、一定のマウス腫瘍細胞において発現されることを発見し(甲7、甲10)、この発見を被請求人本庶に電子メールで伝えた(甲37)。
(viii)請求人は、抗ヒトPD-L1抗体を作製し、その抗体が、PD-1/PD-L1経路を遮断することを発見した(甲7、甲27)。
(3)本件発明1の技術的思想の着想及びその具体化における貢献であると請求人が主張する点についての当合議体の判断
ア 主張(i)、(ii)、(v)及び(vii)について
(i)請求人が、後にPD-L1と称される292をコードするDNAの塩基配列を発見したこと、(ii)PD-L1が活性化T細胞を阻害することを見出したこと、(v)PD-L1が腫瘍細胞において発現していること、及び、(vii)PD-L2をコードするDNAの塩基配列を発見したことは、本件明細書において、【背景技術】として「JournalofExperimentalMedicine,2000年,第19巻,第7号,p.1027~1034」(甲8)、「NatureImmunology,2001年,第2巻,第3号,p.261~267」(甲36)といった本件特許出願時既に公知の文献を挙げて記載されているように、本件発明1の従来技術又は前提となる技術に相当するものであって、本件発明1の上記技術的思想を構成するものではない。したがって、本件発明1の上記技術的思想の従来技術又は前提となる技術に関して、請求人が個々の実験を遂行した者であったとしても、請求人が本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的に関与した者であったとはいえない。
イ 主張(iii)について
被請求人本庶が主宰する研究室及び湊が主宰する研究室において行われた実験において、請求人が送付した292cDNAは、腫瘍細胞へのトランスフェクション、及び、本件明細書の実施例において使用された抗PD-L1抗体(1-111)の作製のために使用されたが(審決注:この点について、両当事者に争いはない。(被請求人による答弁書39頁5))、請求人は、実験材料の提供以外には、本件明細書に記載の実施例1~5の実験に関与していない。
したがって、請求人が主張する当該貢献は、本件発明の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできない。
ウ 主張(iv)について
請求人は、米国仮特許出願(甲25)をしたことを根拠に、PD-1/PD-L1経路が抗腫瘍効果と何らかの関わりがあるのではないかと着想を得た旨主張する。
請求人が出願した米国仮特許出願(甲25)の特許請求の範囲には、
「1.免疫細胞を、PD-1を経由したシグナリングをモジュレーションする作用剤と接触させて、そのことにより、免疫応答をモジュレーションすることを特徴とする、免疫応答をモジュレーションする方法。
2.免疫応答がダウンレギュレーションされる、請求項1の方法。
・・・
7.免疫応答がアップレギュレーションされる、請求項1の方法。」
という記載はあるものの、甲25の明細書中には、PD-1の免疫抑制シグナルを阻害することにより免疫機能を回復させるという、PD-1の免疫抑制シグナル阻害による癌免疫応答賦活メカニズムについては全く具体的な記載がないから、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関する思想として概念化されたものであるとはいえず、甲25の出願をしたことは、請求人が本件発明1の上記技術的思想を着想した根拠とは認められない。
エ 主張(vi)について
請求人は、JEM論文(甲8)に「また、3つのPD-L1のESTがヒトの卵巣腫瘍由来であるように、PD-L1はいくつかの癌において発現される。これは一部の腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するためにPD-L1を使用しうる可能性を示唆している。」(甲29)という追記をしたことを根拠に、請求人が、一部腫瘍がPD-1/PD-L1経路による免疫応答の阻害作用を利用しているとの着想を得た旨主張する。しかしながら、JEM論文には、腫瘍に発現したPD-L1が抗腫瘍免疫応答を阻害することを実際に実証する実験データやその分析結果等の記載がないことに照らすと、当該追記は、腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するために、PD-L1を使用している可能性があることの仮説を述べたものにとどまる。
したがって、請求人が主張する当該貢献は、本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできない。
オ 主張(viii)について
請求人は、抗ヒトPD-L1抗体を作製し、その抗体が、PD-1/PD-L1経路を遮断することを発見したことを根拠に、請求人は、着想及び具体化に対する貢献をした旨主張する(甲27)。
この主張の根拠とする甲27は、2000年5月に開催されたシアトルでのミーティングにおいて、請求人が発表の際に使用したプレゼンテーション資料であって、以下の事項が記載されている。
「抗ヒトPD-L1mAb
7つのmAb
すべて、PD-L1をトランスフェクトした細胞へのPD-1-Igの結合を遮断する」
このように、甲27には、PD-1がPD-L1をトランスフェクトした細胞へ結合することを、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体が遮断したことが記載されており、この記載からみて、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体が、PD-1/PD-L1経路を遮断することを確認したとする実験は、インビトロ実験であると認められる。そして、PD-1/PD-L1経路を遮断できることの他には、抗ヒトPD-L1モノクローナル抗体がどのような作用を持つのか示されていない。
甲27に、請求人が抗ヒトPD-L1抗体を作製し、当該抗体がPD-1/PD-L1経路の阻害信号を遮断することができることをインビトロ実験にて確認したことが記載されていたとしても、甲27において、PD-1とPD-L1との相互作用に伴う制御シグナルを遮断することによって癌に対する免疫を賦活化することができるか否かは解明されていない。生体内における癌に対する免疫応答には、PD-1以外にも様々な因子が複雑に関係しており、T細胞の活性化に関与する刺激/抑制経路は他にも多数存在するため、PD-1/PD-L1経路を遮断することにより、癌に対する免疫を賦活化できるか否かは、実際に生体内で実験を行わなければ確認することはできないといえる。
そうすると、請求人が作製した抗ヒトPD-L1抗体が、インビトロ実験にてPD-1/PD-L1経路を遮断することを発見したことをもって、本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に対する創作的な関与とすることはできない。
そもそも、請求人が作製した抗ヒトPD-L1抗体は、本件明細書の実施例における実験には使用されておらず、本件明細書において実際に使用された抗PD-1抗体は、湊が主催する研究室で作製された1-111抗体である(乙18)。
カ したがって、請求人が主張する貢献は、いずれも本件発明1の上記技術的思想の着想又はその具体化に創作的な関与に当たるものと認めることはできない。
(4)その他の請求人の主張
請求人は、上記の主張以外に、以下の点を主張する。
(ix)請求人、被請求人本庶、Woodは共同研究を行っており、一体的かつ連続的な協力関係にあり、その結果として、本件発明の着想及び具体化が創出された。
(x)請求人の貢献が仮に公知であったとしても、共同研究者の場合には公表という事実によって、それ以前に共同研究者が当該発明に貢献したという事実が消えるわけではない。
(5)その他の主張についての当審の判断
ア (ix)について
請求人が被請求人本庶と共同研究を行っていたという事実のみにより、請求人が本件発明1の共同発明者に該当することにはならない。
そして、上記(3)で検討したとおり、請求人が貢献であると主張する点はいずれも、本件発明1の上記技術的思想の着想及びその具体化に創作的に関与したものではない以上、この主張は採用できない。
イ (x)について
本件における争点は、請求人が本件発明の技術的思想の着想又はその着想の具体化に創作的に関与したか否かであり、公知の従来技術に対する関与は請求人が共同発明者であることを基礎付けるものにはなり得ない。
仮に、請求人が公知となった従来技術に対する関与があったとしても、それは本件発明1の上記技術的思想の着想及びその具体化における創作的な関与とはいえない。
そして、上記(3)で検討したとおり、請求人が貢献と主張する点はいずれも、本件発明1の上記技術的特徴の着想及びその具体化に創作的に関与したものではない以上、この主張は採用できない。
(6)本件発明1についての小括
以上のとおり、請求人が、本件発明1の上記技術的思想の着想及びその具体化に現実に創作的に関与したことを認めるに足りる証拠は見当たらない。
よって、請求人は、本件発明1の共同発明者には該当しないから、無効理由には理由がなく、請求人が提出した証拠方法によっては、本件発明1に係る特許は無効とされるべきであるとはいえない。
4 本件発明2~7についての当審の判断
上記3のとおり、請求人による主張と請求人が提出した証拠方法によっては、本件発明1に係る特許は無効とされるべきとはいえない。
そして、請求項1を引用し、本件発明1の発明特定事項をすべて有する本件発明2~7についても、同様の理由により、請求人が提出した証拠方法によっては、本件発明2~7に係る特許は無効とされるべきとはいえない。
5 小括
以上のとおりであるから、本件発明1~7に係る特許は、特許法38条の規定に違反してなされた特許出願に対して特許されたものではない。
なお、請求人は4名の証人尋問を申し出ているが、請求人が提出した尋問事項申出書の内容を検討した結果、証人尋問によって証明すべき事実は、それらを事実と仮定しても上記判断を左右するものとは認められないから、証人尋問は行わないこととした。
第8 むすび
以上のとおり、本件発明1~7に係る特許は、特許法38条の規定に違反してなされた特許出願に対して特許されたものでもないから、特許法123条1項2号の規定に該当せず、無効とされるべきとはいえない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定により準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2020-800089