特許拒絶査定不服審判
2018-006398
電気化学貯蔵バッテリ
- 審判番号
- 2018-006398
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
- 出願番号
- 特願2016-151150
- 請求日
- 2018年05月09日
- 審決日
- 2020年05月28日
- 公報発行日
- 2020年12月25日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】キャボット コーポレイション
- 【請求人代理人】青木 篤
- 【請求人代理人】三橋 真二
- 【請求人代理人】木村 健治
- 【請求人代理人】胡田 尚則
- 審判長/審判官
- 審判長 日比野 隆治
- 審判官 木村 敏康
- 審判官 蔵野 雅昭
- 分類
- P18 .536-WZ (C09C) / P18 .537-WZ (C09C)
- 根拠条文(結論部分から自動抽出・参考)
- 特許法36条4項1号特許法36条6項特許法49条4号
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第6項、特許法第49条第4号
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
特願2016-151150「電気化学貯蔵バッテリ」拒絶査定不服審判事件〔平成28年11月24日出願公開、特開2016-196662〕について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
本願は、2012年12月21日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年12月22日(US)米国〕を国際出願日とする特願2014-548956号の一部を、平成28年8月1日に新たな特許出願としたものであって、平成28年8月30日付けで上申書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
平成29年4月25日付けの拒絶理由通知に対し、平成29年7月27日付けで意見書の提出がなされるとともに手続補正がなされ、
平成29年12月26日付けの拒絶査定に対し、平成30年5月9日付けで審判請求と同時に手続補正がなされ、さらに、平成30年8月2日付けで上申書の提出がなされ、
令和元年7月2日付けの当審による拒絶理由通知に対し、令和2年1月8日付けで意見書の提出とともに手続補正がなされたものである。
第2 本願発明
本願の請求項1~5に係る発明は、令和2年1月8日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)により補正された特許請求の範囲の請求項1~5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】第1の電極および第2の電極を含んでなる鉛蓄電池であって、該第2の電極が、
導電性基材、および、
電池の活性材料、を含み、
該電池の活性材料は、該導電性基材の表面によって支持されており、
該電池の活性材料は、100m2/g~1100m2/gの範囲のブルナウア・エメット・テラー(BET)表面積、10mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)、および22Å~50Åのラマン微結晶平面寸法(La)を有するカーボンブラックを含む、
鉛蓄電池。
【請求項2】前記表面エネルギーが、6mJ/m2以下である、請求項1記載の鉛蓄電池。
【請求項3】前記表面エネルギーが、1mJ/m2~10mJ/m2の範囲である、請求項1記載の鉛蓄電池。
【請求項4】前記カーボンブラックが、少なくとも100m2/gの統計的厚さ表面積(STSA)を有する、請求項1記載の鉛蓄電池。
【請求項5】前記カーボンブラックが、100m2/g~600m2/gの範囲の統計的厚さ表面積(STSA)を有する、請求項1記載の鉛蓄電池。」
なお、上記請求項1~5に係る発明は、上記のとおり、「BET表面積」、「表面エネルギー(SE)」、「ラマン微結晶平面寸法(La)」、及び「統計的厚さ表面積(STSA)」により特定されるものであるが、これらの「機能・特性等」については、以下順に(a)、(b)、(c)、及び(d)と呼称することがある。
第3 令和元年7月2日付けの拒絶理由通知の概要
本件補正前の特許請求の範囲の記載などについて通知された令和元年7月2日付けの拒絶理由通知(以下「先の拒絶理由通知という。)には、理由1及び2として、次の理由が示されている。
理由1:本願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
理由2:本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。
そして、その「記」には、記載不備として、次の1.(1)及び(2)、並びに2.(3)イ.の点が指摘されている。
1.理由1(実施可能要件)について
(1)機能・特性等の「定義」及び「定量方法」について
本願請求項1・・・並びに本願請求項5及び6・・・の記載は、
(a)BET表面積、
(b)表面エネルギー(SE)、
(c)ラマン微結晶平面寸法(La)、及び
(d)統計的厚さ表面積(STSA)
という「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものである。
しかして、一般に『機能、特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項において、その機能、特定等が標準的なものでなく、しかも当業者に慣用されているものでもない場合は、当該請求項に係る発明について実施可能に発明の詳細な説明を記載するためには、その機能、特性等の定義又はその機能、特性等を定量的に決定するための試験方法又は測定方法を示す必要がある。』とされているところ、本願明細書の段落0037~0043の記載を含む発明の詳細な説明の記載には、上記(a)以外の「機能・特性等」について、その「機能・特性等の定義」及び「機能・特性等を定量的に決定するための試験方法又は測定方法」が、実施可能要件を満たす程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
(2)過度の試行錯誤について
平成29年7月27日付けの意見書の第4頁の「表面積が119m2/gのカーボンブラックを熱処理することが開示されていたとしても、…カーボンブラックが、必然的に本願発明で規定した表面エネルギーおよび/またはラマン微結晶平面寸法を有すると結論付けることは合理的ではないものと思料します。」との主張、及び
平成30年5月9日付けの審判請求書の第6頁の「審判請求人の、カーボンブラックのBET表面積またはラマン微結晶平面寸法は、非多孔質か否か、あるいは官能基の存在によって著しく影響を受けるものである・・・」との主張をも参酌するに、
本願発明の上記(a)~(c)又は(a)~(d)の「機能・特性等」の数値条件の全てを満たす「カーボンブラック」を製造するためには、単純に「カーボンブラックを熱処理」するだけでは足りず、原料となるカーボンブラックの種類を厳選し、その熱処理を含む各種の製造条件を厳選する必要があるものと認めざるを得ない。
してみると、本願明細書の段落0044・・・の記載や、同段落0057・・・の記載にあるような、カーボンブラックの製造方法の概略的な開示だけでは「当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、どのように作るか理解」できないので、本願請求項1及び5~6並びにその従属項に係る発明を実施するために「当業者に期待し得る程度を越え得る試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある」ものと認めざるを得ない。
2.理由2(サポート要件)について ・・・
(3)対比・判断 ・・・
イ.「機能・特性等」の数値範囲について
本願請求項1の「該電池の活性材料は、100m2/g~1100m2/gの範囲のブルナウア・エメット・テラー(BET)表面積、10mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)、および22Å以上のラマン微結晶平面寸法(La)を有するカーボンブラックを含む」という「機能・特性等」の発明特定事項、並びに本願請求項5及び6の「前記カーボンブラックが、少なくとも100m2/gの統計的厚さ表面積(STSA)を有する」等の「機能・特性等」の発明特定事項について・・・本願明細書の発明の詳細な説明には、当該「試料1C~試料1G及び試料2A~2C」の「カーボンブラック」を「鉛蓄電池」に用いた具体例の記載がなく、これらの「カーボンブラック」を用いることと、上記『改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成できるカーボンブラックを用いた鉛蓄電池の提供』という本願発明の課題が解決できるか否かとの関係を明らかにする、例えば「充電受容性」や「サイクル性」や「導電性」や「疎水性」や「ガスの放出量」などの「試験結果」が全く示されていない。・・・また、同段落0058の表4並びに図11には、試料A~Bと比較例A~Cの5つの具体例について、そのBET表面積に対する「質量正規化水素放出電流」についてのプロットが示されているがところ、・・・当該表4にある試料A~Bのものは、上記(c)の「ラマン微結晶平面寸法(La)」の値が不明なものであるから、本願請求項1及びその従属項に記載された発明の具体例に相当しない。・・・そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の有用性を具体的に裏付ける「試験結果」についての記載が見当たらないところ、その段落0026の「カーボンブラックの熱処理」の利点に関する記載や、同段落0027の「表面エネルギー(SE)」や「ラマン微結晶表面寸法(La)」の好ましい数値範囲についての記載を参酌しても、本願請求項1~7に記載された発明特定事項と上記『改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成できるカーボンブラックを用いた鉛蓄電池の提供』という本願発明の課題との関係における「技術的な意味」や「作用機序」について、当業者が理解できる程度の記載がなされていると認めるに至らない。また、そのような記載がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できるといえる「技術常識」も見当たらない。
このため、本願請求項1~7に記載された発明の広範な範囲の全てが、上記課題を解決できるといえることについて、その範囲が「単なる憶測」ではなく「具体例の開示がなくとも当業者に理解できる」又は「特許出願時の技術常識を参酌して認識できる」程度に発明の詳細な説明が記載されているとは認められない。
第4 当審の判断
1.理由1(実施可能要件)について
(1)機能・特性等の「定義」及び「定量方法」について
ア.上記(c)の「ラマン微結晶平面寸法(La)」について
本件補正後の本願請求項1の記載は「22Å~50Åのラマン微結晶平面寸法(La)を有するカーボンブラックを含む」という「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものである。
そして、本願明細書の段落0038には「ラマン測定La(微結晶平面寸法)は、Gruberら、”Raman studies of heat-treated carbon blacks”、Carbon、第32巻第7号、p.1377-1382,1994に基づいており、これを参照することによって本明細書の内容とする。」との説明がなされている。
しかしながら、当該「他の文献」を引用した記載については、その内容が依然として明らかにされていない。
このため、審判請求人の令和2年1月8日付けの意見書の第2頁における『上記の「これを参照することによって本明細書の内容とする」の記載は、本願の原出願であるPCT/US2012/071269における「which is incorporated herein by reference」の記載の翻訳文であって、米国の特許実務における慣用の表現であり、その忠実な翻訳文であるところの本願明細書に記載されたものであって、本願明細書において特段の意味を有する記載でないことは当業者には容易に理解されるものであると思料します。そして、上記のGruberらの文献の引用は、当該方法の出典、根拠を明らかにするものであり、その具体的方法は、本願明細書の段落0038~0040に、口語体で、技術的に正確かつ簡明に記載されています。よって、上記の項目について、当業者は容易に実施可能であるものと思料します。』との主張を斟酌しても、上記(c)の「機能・特性等」を定量的に決定するための方法を明確に理解することができない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1及びその従属項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
イ.上記(b)の「表面エネルギー(SE)」について
本件補正後の本願請求項1の記載は「10mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)…を有するカーボンブラックを含む」という「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものである。
そして、本願明細書の段落0039には「カーボンブラック試料の表面エネルギー(SE)は、質量測定計測器を使って水蒸気吸着量を測定することにより測定された。カーボンブラック試料は、湿度室内の微量天秤上に載せられ、相対湿度の一連の段階的変化において平衡化された。」との説明がなされている。
しかしながら、当該「湿度室内の微量天秤上に載せられ、相対湿度の一連の段階的変化において平衡化された」との記載にある「相対湿度」の条件や「一連の段階的変化」の条件などの「具体的な測定方法」が、発明の詳細な説明に記載されていない。
この点に関して、審判請求人の令和2年1月8日付けの意見書の第3頁では『本願明細書の段落0041~0043には…試料の拡張厚(mJ/m2)が、πe/BETとして計算された。…と詳細に説明されています。なお、「相対湿度の一連の段階的変化」の範囲は、当業者が通常の知識に基づいて適宜定め得るものであると思料します。』との主張がなされているが、当該「相対湿度の一連の段階的変化」を、どのような「技術常識」に基づいて「適宜定め得る」のかが明らかにされていない。
このため、上記意見書の主張を参酌しても、上記(b)の「機能・特性等」を定量的に決定するための方法を明確に理解することができない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1及びその従属項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
(2)過度の試行錯誤について
本件補正後の本願請求項1の記載は「該電池の活性材料は、100m2/g~1100m2/gの範囲のブルナウア・エメット・テラー(BET)表面積、10mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)、および22Å~50Åのラマン微結晶平面寸法(La)を有するカーボンブラックを含む」という「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものであり、本件補正後の本願請求項4及び5の記載は「前記カーボンブラックが、少なくとも100m2/gの統計的厚さ表面積(STSA)を有する」等の「機能・特性等によって物を特定しようとする記載」を含むものである。
この点に関して、審判請求人の令和2年1月8日付けの意見書の第3~4頁では『本願発明における原料はカーボンブラックのみであるので、原料の組み合わせについては検討の必要がなく、そして本願発明における「カーボンブラックの熱処理は、通常は、ファーネスブラックプロセス等の、当分野において一般的に知られる方法によって予め形成された、カーボンブラックの後処理を表す」(本願明細書の段落0026)ことが記載されており、すなわち、原料のカーボンブラックとして、通常知られているファーネスブラック等のカーボンブラックを用いることができ、「不活性ガスの雰囲気」で(同段落0026他)、「1100℃~1700℃の範囲の温度」で(同段落0027他)熱処理されることが記載されています。BET表面積、表面エネルギー(SE)およびラマン微結晶平面寸法(La)と熱処理の温度との間の関係は、平成30年5月9日提出の審判請求書において図1~図3に示したように当業者が通常行う実験によって容易に明らかとなります。従って、当業者は、本願発明を、本願明細書の記載を参酌して、過度な試行錯誤や複雑高度な実験をすることなく、容易に実施できるものと思料します。』との主張がなされている。
しかしながら、平成30年5月9日付けの審判請求書の第7~8頁には『更に、審判請求人は、審査官殿の、カーボンブラックの(BET)表面積と、表面エネルギー(SE)及びラマン微結晶平面寸法(La)には相関関係があるとの結論は妥当ではないことを明らかにするために以下の検討を行いました。
下記の図1~3は、カーボンブラックの(BET)表面積と、表面エネルギー(SE)及びラマン微結晶平面寸法(La)の関係について、本願明細書の表1および表2に記載された、100~1600℃の熱処理前後のそれぞれのカーボンブラックのカーボンブラックの(BET)表面積と、表面エネルギー(SE)及びラマン微結晶平面寸法(La)のデータをそれぞれプロットしたものです。
これらの図からは、それぞれの物性の挙動は、原料のカーボンブラックによって明らかに異なっており、従って、審査官殿の、カーボンブラックの(BET)表面積と、表面エネルギー(SE)及びラマン微結晶平面寸法(La)の関係が相関性を有するとの結論は、これらのことからも理由がないものと思料します。
【図1】
【図2】
【図3】
従って、先に提出した意見書でも述べたとおり、本願発明は、引用文献1および2に記載された発明から容易になされるものではないものと思料します。』との主張にある「図1~図3に示した」ような実験結果は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に全く記載のないものである。
そして、例えば、上記「図1」に示される実験結果では、1000~1500℃の加熱温度範囲において、上記(a)の「BET表面積」の値が、その試料1A~1G(実線)では大きな変動が生じているのに対して、その試料2A~2C(破線)では大きな変動が生じていないなど、上記主張の下線部にあるように「これらの図からは、それぞれの物性の挙動は、原料のカーボンブラックによって明らかに異なって」いることが理解されるので、上記意見書の「本願発明における原料はカーボンブラックのみであるので、原料の組み合わせについては検討の必要がなく」との主張は妥当であるとはいえない。
加えて、平成29年7月27日付けの意見書の第4頁では「表面積が119m2/gのカーボンブラックを熱処理することが開示されていたとしても、…カーボンブラックが、必然的に本願発明で規定した表面エネルギーおよび/またはラマン微結晶平面寸法を有すると結論付けることは合理的ではないものと思料します。」との主張がなされており、
平成30年5月9日付けの審判請求書の第6頁では「審判請求人の、カーボンブラックのBET表面積またはラマン微結晶平面寸法は、非多孔質か否か、あるいは官能基の存在によって著しく影響を受けるものである」との主張がなされている。
してみると、本願発明の上記(a)~(c)又は(a)~(d)の「機能・特性等」の数値条件の全てを満たす「カーボンブラック」を製造するためには、単純に「カーボンブラックを熱処理」するだけでは足りず、原料となるカーボンブラックの種類を厳選し、その熱処理を含む各種の製造条件を厳選する必要があるものと認めざるを得ない。
以上のことから、本願明細書の段落0044の「実施例1 ファーネスカーボンブラックを、不活性雰囲気(N2)の下で、選択された温度で1または2時間の滞留時間の間、1000℃~1600℃の高温で処理した。」との記載や、同段落0057の「試料の比較例A、比較例B、および比較例Cは、熱処理が行われていないファーネスカーボンブラックの比較試料である。試料AおよびBは、試料比較例Aおよび比較例Bを、1300℃で2時間それぞれ熱処理することによって形成される。」との記載にあるような、カーボンブラックの製造方法の概略的な開示だけでは「当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、どのように作るか理解」できないので、本願請求項1~5に係る発明を実施するために「当業者に期待し得る程度を越え得る試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要がある」ものと認めざるを得ない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願請求項1~5に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものであるとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
2.理由2(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断手法について
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(…)が証明責任を負うと解するのが相当である。…当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。そうであれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに,特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。』とされている〔平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕。
(2)本願発明の「解決しようとする課題」について
本件補正後の本願請求項1~5に係る発明の「解決しようとする課題」は、本願明細書の段落0027の「高表面積熱処理カーボンブラックを調製するための最適パラメータは、改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成するために、カーボンブラックが、例えば、鉛蓄電池において使用するために好適であるように、実験的に定めることができる。」との記載を含む発明の詳細な説明の全体の記載からみて『改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成できるカーボンブラックを用いた鉛蓄電池の提供』にあるものと認められる(令和2年1月8日付けの意見書の第4頁第48行~第5頁第3行参照。)。
(3)本願明細書の記載
本願明細書の段落0016には「図1を参照すると、鉛蓄電池100は、第1の電極102、第2の電極104、および電解質106を含む電気化学貯蔵バッテリである。」との記載がなされ、
同段落0026には、鉛蓄電池における使用のための「カーボンブラックの熱処理」の利点が記載され、
同段落0027には、3mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)、25Å~50Åの範囲のラマン微結晶平面寸法(La)、100m2/g~1100m2/gの範囲のBET表面積を有する熱処理カーボンブラックを生じるように、1100℃~1700℃の範囲の温度でカーボンブラックを加熱することによって調製されたカーボンブラックは、鉛蓄電池に使用するために好適なカーボンブラックを提供できることが記載され、
同段落0045の表1の試料1C~試料1G、及び同段落0049の表2の試料2A~2Cには、上記(a)~(d)の「機能・特性等」の数値範囲を満たす「カーボンブラック」が得られたことが記載され、
同段落0058の表4並びに図11及び図12には、上記(c)の「機能・特性等」の数値範囲を満たすか否か不明の「カーボンブラック」について、そのBET表面積(図11)又はSTSA表面積(図12)に対する「質量正規化水素放出電流」についてのプロットが示されている。」
(4)対比・判断
本件補正後の本願請求項1の「該電池の活性材料は、100m2/g~1100m2/gの範囲のブルナウア・エメット・テラー(BET)表面積、10mJ/m2以下の表面エネルギー(SE)、および22Å~50Åのラマン微結晶平面寸法(La)を有するカーボンブラックを含む」という「機能・特性等」の発明特定事項、並びに本件補正後の本願請求項4及び5の「前記カーボンブラックが、少なくとも100m2/gの統計的厚さ表面積(STSA)を有する」等の「機能・特性等」の発明特定事項について、
本願明細書の段落0045及び0049の表1及び表2には、上記(a)~(d)の「機能・特性等」の数値範囲を全て満たす試料1C~試料1G及び試料2A~2Cの「カーボンブラック」の具体例が記載されている。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、当該「試料1C~試料1G及び試料2A~2C」の「カーボンブラック」を「鉛蓄電池」に用いた具体例の記載がなく、これらの「カーボンブラック」を用いることと、上記『改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成できるカーボンブラックを用いた鉛蓄電池の提供』という本願発明の課題が解決できるか否かとの関係を明らかにする、例えば「充電受容性」や「サイクル性」や「導電性」や「疎水性」や「ガスの放出量」などの「試験結果」が全く示されていない。
このため、当該「試料1C~試料1G及び試料2A~2C」の具体例すら、その課題を解決できることを認識できない。
また、同段落0058の表4及び図11には、試料A~Bと比較例A~Cの5つの具体例が記載されているところ、当該表4にある試料A~Bのものは、上記(c)の「ラマン微結晶平面寸法(La)」の値が不明なものであるから、本願請求項1及びその従属項に記載された発明の具体例に相当しない。
このため、当該「試料A~B」の具体例すら、その課題を解決できることを認識できない。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の有用性を具体的に裏付ける「試験結果」についての記載が見当たらないところ、その段落0026の「カーボンブラックの熱処理」の利点に関する記載や、同段落0027の「表面エネルギー(SE)」や「ラマン微結晶表面寸法(La)」の好ましい数値範囲についての記載を参酌しても、本願請求項1~5に記載された発明特定事項と上記『改善された充電受容性およびサイクル性を維持しながら、高導電性、高疎水性、および低減されたガス放出を達成できるカーボンブラックを用いた鉛蓄電池の提供』という本願発明の課題との関係における「技術的な意味」や「作用機序」について、当業者が理解できる程度の記載がなされていると認めるに至らない。また、そのような記載がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できるといえる「技術常識」も見当たらない。
このため、本願請求項1~5に記載された発明の広範な範囲の全てが、上記課題を解決できるといえることについて、その範囲が「単なる憶測」ではなく「具体例の開示がなくとも当業者に理解できる」又は「特許出願時の技術常識を参酌して認識できる」程度に発明の詳細な説明が記載されているとは認められない。
したがって、本願請求項1~5に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないので、本願請求項1~5の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
(5)審判請求人の主張について
サポート要件に関して、審判請求人の令和2年1月8日付けの意見書の第5頁では『しかしながら、本願明細書の実施例1および2では、ラマン微結晶平面寸法(La)の値が具体的に示されています。従って、本願発明の実施例として記載した実施例3において、本願実施例3の表4においてラマン微結晶平面寸法(La)の値の記載がないことをもって、表4にある試料A~Bのものは、上記(c)の「ラマン微結晶平面寸法(La)」の値が不明なものであるから、本願請求項1及びその従属項に記載された発明の具体例に相当しない、とすることには、理由がないものと思料します。
上記の点について、本願発明者らは、本願明細書の実施例2(当審註:実施例3の誤記と思われる。)における表4の試料のラマン微結晶平面寸法(La)について実験結果を保有しておりましたので、それらの値を以下に示します。下記の表から明らかなように、試料AおよびBは、本願請求項1に規定する数値範囲内であって本願発明の具体例であることは明らかであり、比較例AおよびBは、その数値範囲外の値を示しています。
従って、上記の拒絶理由は、「本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の有用性を具体的に裏付ける『試験結果』についての記載が見当たらない」との、本願明細書および図面の誤った理解に基づくものであると思料します。』との主張がなされている。
しかしながら、上記「本願明細書の実施例2における表4の試料のラマン微結晶平面寸法(La)について実験結果」について、一般に『特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。』とされているので、当該「実験結果」については参酌できない。
また、上記「本願明細書の実施例1および2では、ラマン微結晶平面寸法(La)の値が具体的に示されています。」との主張がなされている。
しかしながら、平成30年5月9日付けの審判請求書の第7頁の『更に、審判請求人は、審査官殿の、カーボンブラックの(BET)表面積と、表面エネルギー(SE)及びラマン微結晶平面寸法(La)には相関関係があるとの結論は妥当ではないことを明らかにするために以下の検討を行いました。』との主張を参酌するに、例えば、本願明細書の表2の試料2Bの熱処理カーボンブラックの特質が、BET表面積169m2/gで、Laラマンが28.8Åであるからといって、試料2Bと同程度のBET表面積159m2/gを有する表4の試料AのLaラマンも同程度にある(令和2年1月8日付けの意見書の第5頁の表では37.5Å)と類推できるような相関関係があるとはいえず、実施例1及び2の実験結果から、実施例3の表4のものの「ラマン微結晶平面寸法(La)」が本願発明の範囲にあると推論することが妥当であるとはいえない。
さらに、令和2年1月8日付けの意見書の第4頁では『カーボンブラックを用いることによって、充電受容性およびサイクル性は担保されるものです。』等の主張がなされているが、例えば、本願明細書の段落0021の「カーボンの高い充填量は、サイクル性を低下させる可能性がある。…カーボンの存在は水素放出率の増加…につながる可能性がある。」との記載からみて、カーボンブラックを用いることで「サイクル性」や「ガスの放出量」などの性能が必ず担保されるとはいえない。
したがって、上記審判請求人の主張は採用できない。
第5 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項第1号及び第6項に規定する要件を満たしていないものであるから、特許法第49条第4号の規定に該当し、その余のことを検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
審決本文(J-PlatPat)
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2018-006398