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特許拒絶査定不服審判

2018-005786

眼鏡レンズ

審判番号
2018-005786
法域
特許
審判種別
拒絶査定不服審判(拒絶査定不服の審決)
出願番号
特願2015-550967外部サイト(J-PlatPat)へ移動します
請求日
2018年04月26日
審決日
2019年04月22日
公報発行日
2019年11月29日
結論
請求不成立
審判長/審判官
分類
P18 .121-Z (G02C) / P18 .575-Z (G02C)
条文(本文から自動抽出・参考)
特許法第29条、特許法第17条の2第5項
データ出所
審決公報(SGML)

事件の表示

特願2015-550967「眼鏡レンズ」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 6月 4日国際公開,WO2015/080160〕について,次のとおり審決する。

結論

【結 論】 本件審判の請求は,成り立たない。

理由

【理 由】 第1 手続の経緯 本件拒絶査定不服審判事件に係る出願(以下,「本件出願」という。)は,2014年(平成26年)11月26日(優先権主張 平成25年11月26日)を国際出願日とする日本語特許出願であって,平成29年5月18日付けで拒絶理由が通知され,同年8月29日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年12月18日付けで拒絶査定(以下,「原査定」という。)がなされた。 本件拒絶査定不服審判は,これを不服として,平成30年4月26日に請求されたものであって,本件審判の請求と同時に手続補正書が提出された。 第2 補正却下の決定 〔補正却下の決定の結論〕 平成30年4月26日提出の手続補正書による手続補正を却下する。 〔理由〕 1 平成30年4月26日提出の手続補正書による手続補正の内容 (1)補正前後の請求項1の記載 平成30年4月26日提出の手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)は,平成29年8月29日提出の手続補正書による補正後(以下「本件補正前」という。)の特許請求の範囲について補正しようとするものであるところ,本件補正前後の請求項1の記載は次のとおりである。(下線は補正箇所を示す。) ア 本件補正前の請求項1 「レンズ基材の少なくとも片面に直接または間接的に蒸着膜(金属膜および金属合金膜を除く)の多層膜を有する眼鏡レンズであって, 前記多層膜は,高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み, 高屈折率層および低屈折率層の総層数は9層以下であり, 高屈折率層の総光学膜厚は,波長λ=780nmにおいてλ/4以上であり,かつ, 前記多層膜を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルが,反射率最大値を800~1350nmの波長域に有する眼鏡レンズ。」 イ 本件補正後の請求項1 「レンズ基材の少なくとも片面に直接または間接的に蒸着膜(金属膜および金属合金膜を除く)の多層膜を有する眼鏡レンズであって, 前記多層膜は,高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み, 高屈折率層および低屈折率層の総層数は9層以下であり, 高屈折率層の総光学膜厚は,波長λ=780nmにおいてλ/4以上であり,かつ, 前記多層膜を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルが,反射率最大値を800~1350nmの波長域に有し,波長1800nm以上の長波長領域における反射率が30%以下であり,かつ 下記式: 太陽光赤外線低減率(%) =100-(太陽光赤外線の透過率) =100-∫dλ[I(λ)×T(λ)]/∫dλI(λ) (上記において,λは,780~2000nmの範囲であり,太陽光赤外線の透過率は,JIS T 7330に規定されている太陽赤外線の透過率であり,I(λ)は,太陽光スペクトル,T(λ)は,前記眼鏡レンズの透過率スペクトルを意味する。) により算出される太陽光赤外線低減率が25%以上である眼鏡レンズ。」 (2)本件補正の内容 本件補正のうち請求項1に係る補正は,補正前の請求項1の末尾の「有する眼鏡レンズ。」という記載を, 「有し,波長1800nm以上の長波長領域における反射率が30%以下であり,かつ 下記式: 太陽光赤外線低減率(%) =100-(太陽光赤外線の透過率) =100-∫dλ[I(λ)×T(λ)]/∫dλI(λ) (上記において,λは,780~2000nmの範囲であり,太陽光赤外線の透過率は,JIS T 7330に規定されている太陽赤外線の透過率であり,I(λ)は,太陽光スペクトル,T(λ)は,前記眼鏡レンズの透過率スペクトルを意味する。) により算出される太陽光赤外線低減率が25%以上である眼鏡レンズ。」 という記載に補正するものである。 2 補正の目的について 本件補正のうち請求項1に係る補正は,補正前の請求項1に係る発明の眼鏡レンズの「多層膜を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトル」における「波長1800nm以上の長波長領域における反射率」について,補正前にはその値が任意であったものを,「30%以下」であるものに限定するとともに,補正前の請求項1に係る発明の眼鏡レンズの「太陽光赤外線低減率」について,補正前にはその値が任意であったものを,「25%以上」であるものに限定する補正である。 そして,本件補正の前後で請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であると認められるから,特許法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 3 独立特許要件について 前記2で述べたとおり,本件補正のうち請求項1に係る補正は,特許法17条の2第5項2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるから,本件補正後の請求項1に係る発明が,同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するのか否か(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるのか否か)について判断する。 (1)本件補正後の請求項1に係る発明 本件補正後の請求項1に係る発明は,前記1(1)イに示した本件補正後の請求項1に記載された事項により特定されるもの(以下,「本件補正発明」という。)と認められる。 (2)引用例 ア 実公平5-32828号公報の記載 原査定の拒絶の理由において「引用文献1」として引用された実公平5-32828号公報(以下,原査定と同様に「引用文献1」という。)は,本件出願の優先権主張の日(以下,「本件優先日」という。)より前に頒布された刊行物であるところ,当該引用文献1には次の記載がある。(下線は,後述する引用発明の認定に特に関係する箇所を示す。) (ア) 「実用新案登録請求の範囲 基材がガラス又はプラスチツクからなるレンズに, (イ) 酸化チタン,酸化セリウム,酸化ジルコニウム,酸化ネオジウム及び酸化タンタルからなる群から選択される1種または2種以上の高屈折率物質と, (ロ) フツ化マグネシウム及び酸化珪素からなる群から選択される1種または2種の低屈折率物質とを, 光学膜厚λ/4(λ=1000nm~1300nm)で交互に繰り返し蒸着させた,紫外・赤外線を遮光するための遮光膜と,該遮光膜上に,可視光の反射防止のための反射防止膜とを形成してなることを特徴とする眼鏡レンズ。」 (イ) 「(産業上の利用分野) 本考案は,紫外・赤外の遮光機能及び反射防止性を有する眼鏡レンズに関する。」(1ページ左下欄17ないし19行) (ウ) 「(従来の技術) 生体組織が放射線に作用されたとき,生体組織はこれらを吸収し,その吸収特性は放射線の波長及び生体組織部位により異なるが,眼組織では可視光線および赤外線は網膜まで達し,長時間もしくは強度に作用するときは,虹彩,網膜,脈絡膜などに重いそして持続的な障害をおこすことは知られている。また,紫外線は角膜,水晶体で良く吸収され,長時間もしくは強度に作用するときにはゆきめ,電気性眼炎の原因となり,白内障の遠因であるとの推定もある。そこで,これらの光線から,眼を保護するため保護眼鏡が要望されており,・・・(中略)・・・ また,特開昭58-90604号公報には,可視光透過性基板上に赤外線遮蔽層と干渉反射層とを交互に複数層積層し,可視光に対しては,良好な透過性を有し,かつ赤外線及び近赤外線に対しては,遮蔽可能に改良された,赤外線遮蔽積層体が提案されている。この発明は特に,前記赤外線遮蔽層として,代表的にはIn2O3にとSn,W,Mo,Tiなどを添加したITO膜が,干渉反射層としては,代表的にはTiO2あるいはSiO2が好適に用いられている。」(1ページ左下欄20行ないし右下欄24行) (エ) 「(考案が解決しようとする課題) ・・・(中略)・・・前述の特開昭58-90604号公報は,主として,車両用窓ガラス等の分野での透明体薄膜の改良であり,この方法では,干渉反射による,可視域での干渉色の発生は避けられず,さらにこの発明の透過率曲線の図から,副次的な干渉反射が可視域に多数発生することが認められている。 これは,用途として,窓ガラスのような一般的な民生品としては,実用上問題のない許容範囲であつても,光学用途としての眼鏡レンズにおいては,その可視域に発生する多数の干渉反射は特に,強度レンズの処方になる程,一層,干渉縞を顕著にさせ,眼鏡レンズとしての装用感や商品価値を著しく低下させるものになる。本考案は,かかる課題を解決するためになされたものであり,その目的は,膜硬度にすぐれ眼に好ましくないとされる紫外線域,赤外線域をカツトしかつ,可視域において反射防止機能を有する多機能眼鏡レンズを提供することにある。」(1ページ右下欄25行ないし2ページ左欄22行) (オ) 「(課題を解決するための手段) 本考案はかかる上記の目的を達成するためになされたものであり,基材が,ガラス又は,プラスチツクからなるレンズに,下記の(イ)高屈折率物質と(ロ)低屈折率物質とを光学膜厚λ/4(λ=1000nm~1300nm)で交互に繰り返し蒸着させた,紫外・赤外線を遮光するための遮光膜と,該遮光膜上に,可視光の反射防止のための反射防止膜とを形成してなることを特徴とする眼鏡レンズを提供することにある。 イ 高屈折率物質: 酸化チタン,酸化セリウム,酸化ジルコニウム,酸化ネオジウム及び酸化タンタルの1種または2種以上 ロ 低屈折率物質: フツ化マグネシウム及び/又は酸化珪素」(2ページ左欄23ないし38行) (カ) 「また,本考案のレンズの遮光膜は低屈折率物質と高屈折率物質とを交互に繰り返し蒸着させる場合,その順序はいずれであつてもよく,高屈折率物質と低屈折率物質の合計の層の数(レアー数)が4~20層が好ましく,合計の層が少なくなると赤外線域1000~1300nmに於けるピーク層(審決注:誤記であり,正しくは「ピークの幅」と解される。)は広がるが透過率曲線の谷の深さが小となり,反射率が下がる合計の層数(審決注:誤記であり,正しくは「反射率が下がる。合計の層数」と解される。)が多くなるとこのピークの幅は狭くなるが透過率曲線の谷の深さが深くなり反射率は上がる。」(2ページ左欄39行ないし右欄4行) (キ) 「(作用) 本考案の眼鏡レンズは,基材が,ガラス又は,プラスチツクから形成され,そのレンズには,酸化チタン,酸化セリウム,酸化ジルコニウム,酸化ネオジウム及び酸化タンタルの1種または2種以上の高屈折率膜と,フツ化マグネシウム及び/又は酸化珪素の低屈折率膜とが光学膜厚λ/4(λ=1000nm~1300nm)で交互に繰り返し蒸着され,紫外・赤外線の遮光膜が形成される。このため,このレンズに入射した紫外・赤外線は,この遮光膜で遮光される。 さらに,この遮光膜上に可視域の反射防止として,前述の高屈折物質と低屈折物質の蒸着膜が成膜されるので,前記の紫外・赤外線の遮光膜の副次的な作用(一般には広義には,薄膜の干渉作用といわれる。)によるリツプルの発生,反射率の増加が抑制され,透明性に優れた視野をもたらすことができる。」(2ページ右欄9ないし26行) (ク) 「(実施例) 以下,本考案のレンズについて,実施例より説明する。第1図は,本考案の実施例の眼鏡レンズ1の部分断面図である。本実施例の眼鏡レンズ1は,基材2と紫外・赤外を遮光する遮光膜3と可視光域の反射防止膜4とから構成されている。また,前記基材2には,高屈折率物質からなる高屈折率膜5と,低屈折率物質からなる低屈折率膜6とが,交互にそれぞれ,4層ずつ形成された,紫外・赤外遮光膜3が被覆されており,さらに,その遮光膜3上には,可視光域の反射防止を目的とする反射防止膜4が形成されている。以下,本考案の眼鏡レンズ1の製造の実施例を説明する。」(2ページ右欄27ないし39行) (ケ) 「 」 イ 引用文献1に記載された発明 前記ア(ア)ないし(ケ)で摘記した記載を含む引用文献1の全記載から,実用新案登録請求の範囲に記載された眼鏡レンズに関する発明として,次の発明が記載されていると認められる。 「基材がガラス又はプラスチックからなるレンズに, 下記[高屈折率物質]と下記[低屈折率物質]とを光学膜厚λ/4(λ=1000nm~1300nm)で交互に繰り返し蒸着させた,紫外・赤外線を遮光するための遮光膜と, 該遮光膜上に,可視光の反射防止のための反射防止膜と, を形成してなる眼鏡レンズ。 [高屈折率物質] 酸化チタン,酸化セリウム,酸化ジルコニウム,酸化ネオジウム及び酸化タンタルの1種又は2種以上 [低屈折率物質] フッ化マグネシウム及び/又は酸化珪素」(以下,「引用発明」という。) (3)対比 ア 技術的にみて,引用発明の「レンズ」,「遮光膜」及び「眼鏡レンズ」は,本件補正発明の「レンズ基材」,「多層膜」及び「眼鏡レンズ」にそれぞれ対応する。 イ 引用発明の「遮光膜」(本件補正発明の「多層膜」に対応する。以下,「(3)対比」欄において,「」で囲まれた引用発明の構成に付した()中の文言は,当該引用発明の構成に対応する本件補正発明の発明特定事項を指す。)は,「レンズ」(レンズ基材)に高屈折率物質と低屈折率物質とを交互に繰り返し蒸着させものであるから,「レンズ」(レンズ基材)の片面に直接または間接的に設けられた「蒸着膜の多層膜」といえる。 また,引用発明の「遮光膜」(多層膜)において,高屈折率物質及び低屈折率物質としてそれぞれ用いられている「酸化チタン」,「酸化セリウム」,「酸化ジルコニウム」,「酸化ネオジウム」,「酸化タンタル」,「フッ化マグネシウム」及び「酸化珪素」は,いずれも「金属」ではなく,「金属合金」でもない。 したがって,引用発明は,「レンズ基材の少なくとも片面に直接または間接的に蒸着膜(金属膜および金属合金膜を除く)の多層膜を有する眼鏡レンズであ」るとの本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備している。 ウ 引用発明の「遮光膜」(多層膜)は,高屈折率物質と低屈折率物質とを交互に繰り返し蒸着させたものであるから,「高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含」むとの本件補正発明の「多層膜」に係る発明特定事項に相当する構成を具備している。 エ 引用発明において,「高屈折率物質の層」(高屈折率層)の光学膜厚はλ/4(λ=1000nm~1300nm)であるから,その総光学膜厚は,少なくとも250nm(=1000/4)以上である。 ここで,波長780nmの1/4は,195nm(=780/4)である。 そうすると,引用発明において,λが1000nmないし1300nm内のいかなる値であっても,また,「高屈折率物質の層」の層数が,1以上のいかなる自然数であっても,常に,「高屈折率物質の層」の総光学膜厚は波長780nmの1/4(195nm)よりも大きい。 したがって,引用発明は,「高屈折率層の総光学膜厚は,波長λ=780nmにおいてλ/4以上であ」るとの本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備している。 オ 前記アないしエに照らせば,本件補正発明と引用発明は, 「レンズ基材の少なくとも片面に直接または間接的に蒸着膜(金属膜および金属合金膜を除く)の多層膜を有する眼鏡レンズであって, 前記多層膜は,高屈折率層および低屈折率層をそれぞれ1層以上含み, 高屈折率層の総光学膜厚は,波長λ=780nmにおいてλ/4以上である眼鏡レンズ。」 である点で一致し,次の点で相違する,又は一応相違する。 相違点1: 本件補正発明では,「高屈折率層」および「低屈折率層」の総層数が9層以下であるのに対して, 引用発明では,「高屈折率物質の層」と「低屈折率物質の層」の総層数は,特定されていない点。 相違点2: 本件補正発明は,「多層膜」を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルが,反射率最大値を800~1350nmの波長域に有するのに対して, 引用発明では,「遮光膜」を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルが,反射率最大値をどのような波長域に有するのかは,特定されていない点。 相違点3: 本件補正発明は,「多層膜」を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルについて,波長1800nm以上の長波長領域における反射率が30%以下であるのに対して, 引用発明では,「遮光膜」を有する表面において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルについて,1800nm以上の波長領域における反射率の値は,特定されていない点。 相違点4: 本件補正発明は,「100-∫dλ[I(λ)×T(λ)]/∫dλI(λ)」により算出される「太陽光赤外線低減率」が,25%以上であるのに対して, 引用発明では,前記「太陽光赤外線低減率」の値は,特定されていない点。 (4)判断 ア 相違点1の容易想到性について 引用発明の遮光膜において,交互に形成された高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の光学膜厚は,いずれも,1000ないし1300nmの波長範囲内のλに対して1/4の値に設定されているから,技術常識からみて,引用発明は,専ら,1000ないし1300nmの波長範囲内にある波長λを中心とした赤外線を反射するように設計されたものといえる。 しかるに,引用文献1の2ページ左欄39行ないし右欄4行(前記(2)ア(カ))には,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層の合計数が,4ないし20であることが好ましいこと,また,合計数が少なくなると,赤外線域1000ないし1300nmにおけるピークの幅は広がるが,透過率曲線の谷の深さが小となり,反射率が下がること,及び,合計数が多くなると,このピークの幅は狭くなるが,透過率曲線の谷の深さが深くなり,反射率が上がることが記載されている。 そうすると,引用発明において,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層の合計数を,好ましいとされた「4ないし20層」という数値範囲の中で,いかなる値に設定するのかは,得られる反射率特性と製造コスト等を総合的に勘案し,当業者が適宜決定すれば足りる設計上の事項というべきである。 そして,前記層の合計数を相違点1に係る「9層以下」とすることで,格別顕著な効果や異質な効果を奏するものとも認められない。 以上によれば,引用発明において,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層の合計数を4層以上9層以下とすること,すなわち,相違点1に係る本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,引用文献1の記載に基づいて,当業者が適宜なし得たことである。 イ 相違点2について 引用発明の遮光膜において,交互に形成された高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の光学膜厚は,いずれも,1000ないし1300nmの波長範囲内のλに対して1/4の値に設定されているところ,このような構成の遮光膜において,反射率が最大となる波長がλとなることは,当業者における技術常識である。 したがって,反射防止膜による影響を考慮したとしても,引用発明において,反射率が最大となる波長が,1000ないし1300nmの波長範囲内か,少なくとも,その近傍に存在していることは明らかである。 そうすると,引用発明は,「遮光膜」を有する表面(すなわち,反射防止膜の表面)において380~2000nmの波長域で測定される反射スペクトルが,最大反射率を800~1350nmの波長域に有しているものと強く推認される。 以上によれば,相違点2は実質的な相違点でない。 ウ 相違点3の容易想到性について (ア) 前記アでも述べたように,引用文献1の2ページ左欄39行ないし右欄4行(前記(2)ア(カ))には,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層の合計数が少なくなると,赤外線域1000ないし1300nmにおけるピークの幅は広がるが,透過率曲線の谷の深さが小となり,反射率が下がること,及び,合計数が多くなると,このピークの幅は狭くなるが,透過率曲線の谷の深さが深くなり,反射率が上がることが記載されている。すなわち,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層の合計数が少なくなるほど,設計波長λを中心とする反射帯域における反射率が低下することが,記載されている。 また,高屈折率物質の層と低屈折率物質の層を交互に形成した誘電体多層膜からなる反射膜において,層の合計数が少なくなるほど,設計波長λを中心とする反射帯域の周囲に発生するリップルにおける反射率も低下することは,光学薄膜の技術分野における技術常識である。 しかるに,引用発明の[高屈折率物質]及び[低屈折率物質]を用いた遮光膜であって,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の光学膜厚がいずれもλ/4(λ=1000nm~1300nm)であり,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の合計数が4層以上9層以下の遮光膜は,層の合計数が少ないことを考慮すると,1800nm以上2000nm以下の波長領域における反射率が30%以下となる蓋然性がきわめて高い。例えば,引用文献1に記載された実施例1と同様に,[高屈折率物質]として酸化ジルコニウム(波長632.8nmにおける屈折率2.21)を用い,[低屈折率物質]として酸化珪素(波長632.8nmにおける屈折率1.46)を用い,レンズの材料としてCR-39(波長632.8nmにおける屈折率1.50)を用い,遮光膜の層の合計数を9層(酸化ジルコニウムが5層)とし,さらに,設計波長を1000ないし1300nmという波長範囲の中央値である1150nmとしたときの遮光膜表面の1800ないし2000nmの波長領域における反射率の最大値は,コンピュータシミュレーションを用いて計算すると,約14%(波長1800nm)である(各材料の屈折率における波長分散については考慮せずに計算した。以下,同様。)。また,前記遮光膜について,層の合計数を4層(最外層が酸化ジルコニウム)とする以外は同一の構成の遮光膜表面の1800ないし2000nmの波長領域における反射率の最大値は,約14%(波長1800nm)である。 そうすると,反射防止膜による影響を考慮したとしても,前記アで述べた構成の変更を行った引用発明は,1800nm以上2000nm以下の波長領域における反射率が30%以下となる蓋然性がきわめて高いと認められる。 したがって,前記アで述べたのと同様の理由で,引用発明を,相違点3に係る本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,引用文献1の記載に基づいて,当業者が適宜なし得たことである。 (イ) また,仮に,前記アで述べた構成の変更を行った引用発明において,1800nm以上2000nm以下の波長領域における反射率が必ず30%以下となるわけではないとしても,次のとおりである。 前記(2)ア(エ)で摘記した引用文献1の記載から把握されるように,引用発明は,眼に好ましくないとされる紫外線域,赤外線域をカットし,かつ,可視域において反射防止機能を有する多機能眼鏡レンズを提供することを目的とするものであるが,その用途として,屋外での使用という用途は最も自然なものといえる。このことは,前記(2)ア(ウ)及び(エ)で摘記した引用文献1の記載中で,従来技術として,車両用窓ガラスの分野での透明体薄膜の改良を開示する特開昭58-90604号公報が紹介されていることからも窺われることである。 したがって,屋外での使用という用途を想定して,引用発明において,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の合計数や,[高屈折率物質]と[低屈折率物質]の組合せ等を調整して,太陽光中の赤外線及び紫外線をカットするのに適した特性のものとすることは,当業者が通常行う創作能力の発揮にすぎない。 しかるに,太陽光に含まれる赤外線のうち,可視光領域(波長380ないし780nm)に近い波長の赤外線の分光強度がきわめて大きく,1800ないし2000nmの波長領域の赤外線の分光強度がきわめて小さいことは,当業者における技術常識である(例えば,本件優先日より前である2000年(平成12年)に規格化されたJIS T7330「眼鏡レンズの用語」の「15.6.1 太陽赤外線の透過率 τSTR」を算出するための「表A.3 赤外線領域における太陽分光放射照度の分光分布」を参照。当該表によると,780以上1000nm以下の波長領域における分光放射照度の値が平均で約638mW/m2/nmであるのに対して,1800以上1990nm以下の波長領域における分光放射照度の値は平均で約4.5mW/m2/nmである。)。 そうすると,引用発明において,屋外での使用という用途に適した眼鏡レンズとするために,1800ないし2000nmの波長領域の赤外線の反射性能を犠牲にして,波長780nmまでの可視光はできるだけ反射せず,かつ,波長780nmに近い領域の赤外線をできるだけ反射するように,遮光膜を設計することは,当業者が容易になし得たことというべきである。なお,このような設計思想は,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の光学膜厚がλ/4(λ=1000nm~1300nm)であるとの構成により,専ら,1000ないし1300nmの波長範囲内にある波長λを中心とした赤外線を反射するように設計され,かつ,可視域において反射防止機能を有するよう構成された引用発明の構成から窺われるものともいえる。(引用発明において,設計波長λが1000ないし1300nmの波長範囲に設定されている理由が,設計波長λを,可視光領域と赤外線領域の境界波長である780nmにあまりにも近づけすぎると,可視光領域における波長780nm近傍での反射率が高くなってしまうためであることは,技術常識から当業者に自明である。また,引用発明において,設計波長λ(1000nm~1300nm)とは大きく異なる1800ないし2000nmという波長領域での反射率がさして大きなものとはならないことも,技術常識から当業者に自明である。) そして,1800nm以上2000nm以下の波長領域における反射率を,30%以下という数値範囲内の値とすることによって,格別顕著な効果や異質な効果が生じるものとも認められない。 したがって,引用発明を,相違点3に係る本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,引用文献1の記載に基づいて,当業者が適宜なし得たことである。 エ 相違点4の容易想到性について (ア) 引用発明の[高屈折率物質]及び[低屈折率物質]を用いた遮光膜であって,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の合計数が4層以上9層以下の遮光膜において,「太陽光赤外線低減率」が25%を下回ることは,技術常識からみて,およそ考え難いから,前記アで述べた構成の変更を行った引用発明では,「太陽光赤外線低減率」が25%以上であると強く推認される。例えば,前記ウ(ア)で述べたのと同様に,[高屈折率物質]として酸化ジルコニウムを用い,[低屈折率物質]として酸化珪素を用い,レンズの材料としてCR-39を用い,遮光膜の層の合計数を9層(酸化ジルコニウムが5層)とし,さらに,設計波長を1000ないし1300nmという波長範囲の中央値である1150nmとしたときの遮光膜の「太陽光赤外線低減率」は,コンピュータシミュレーションにより得られた分光反射率の値とJIS T7330の「表A.3 赤外線領域における太陽分光放射照度の分光分布」に示された分光放射照度の値とにより計算すると,約49%である。また,前記遮光膜について,層の合計数を4層(最外層が酸化ジルコニウム)とする以外は同一の構成の遮光膜の「太陽光赤外線低減率」は約38%である。 そうすると,前記アで述べたのと同様の理由で,引用発明を,相違点4に係る本件補正発明の発明特定事項に相当する構成を具備したものとすることは,引用文献1の記載に基づいて,当業者が適宜なし得たことである。 (イ) また,仮に,前記アで述べた構成の変更を行った引用発明において,「太陽光赤外線低減率」が必ず25%以上になるとまで断言できないとした場合であっても,次のとおりである。 すなわち,本件優先日より前である2000年(平成12年)に規格化されたJIS T7330「眼鏡レンズの用語」において,「15.6.1 太陽赤外線の透過率 τSTR」が規定されていることから明らかなように,太陽光は,波長に応じてその強度が異なるものである(分光強度分布を有している)から,太陽光に対する眼鏡レンズの赤外線領域の透過率について評価するには,太陽分光強度で重み付けされた眼鏡レンズの分光透過率の平均値,すなわち,「太陽赤外線の透過率 τSTR」を用いることが適していることは,眼鏡レンズの技術分野における技術常識である。 一方,前記ウ(イ)でも述べたように,屋外での使用という用途を想定して,引用発明において,高屈折率物質の層及び低屈折率物質の層の合計数や,[高屈折率物質]と[低屈折率物質]の組合せ等を調整して,太陽光中の赤外線及び紫外線をカットするのに適した特性のものとすることは,当業者が通常行う創作能力の発揮にすぎない。 その際,太陽光に対する眼鏡レンズの赤外線領域の透過率を評価するのに適した「太陽赤外線の透過率 τSTR」を用いて,引用発明の太陽赤外線に対する遮光性能(なお,引用発明は,赤外線を反射する遮光膜によって,赤外線をカットするものであるから,「100-τSTR」の値が高いほど,その太陽赤外線の遮光性能は高くなる。)ができるだけ高くなるように設計することは,前述した技術常識からみて,当業者が当然に配慮することがらと認められる。また,引用発明の太陽赤外線に対する遮光性能を表す「100-τSTR」(本件補正発明の「太陽光赤外線低減率」にほかならない。)の値を,「25%以上」とすることによって,格別顕著な効果や異質な効果が生じるものとも認められない。 以上のとおりであるから,引用発明において,「太陽光赤外線低減率」が25%以上となるように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。 (5)独立特許要件についてのまとめ 以上のとおり,本件補正発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 したがって,本件補正は,同法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 第3 本件出願の請求項1に係る発明について 1 請求項1に係る発明 本件補正は前記第2〔補正却下の決定の結論〕のとおり却下されたので,本件出願の請求項1に係る発明は,前記第2〔理由〕1(1)アにおいて,本件補正前の請求項1として示したとおりのもの(以下,「本件発明」という。)と認められる。 2 原査定の拒絶の理由の概要 原査定の拒絶の理由は,概略,本件発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。 3 引用例 引用文献1の記載及び引用発明については,前記第2〔理由〕3(2)ア及びイにて示したとおりである。 4 対比・判断 本件補正発明は,上記第2〔理由〕2のとおり,本件発明の発明特定事項を限定したものである。 そうすると,本件発明の発明特定事項をすべて含み,さらに限定を付加したものに相当する本件補正発明が,上記第2〔理由〕3(4)及び(5)に記載したとおり,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明も同様の理由により,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第4 むすび 前記第3のとおり,本件発明は,本件優先日より前に頒布された刊行物である引用文献1に記載された引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。 よって,結論のとおり審決する。

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2018-005786

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