特許無効審判
2016-800066
プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質
- 審判番号
- 2016-800066
- 法域
- 特許
- 審判種別
- 無効審判(無効の審決)
- 出願番号
- 特願2015-033054
- 登録番号
- 特許第5906333号(P5906333)
- 請求日
- 2016年05月31日
- 審決日
- 2017年08月02日
- 公報発行日
- 2020年07月31日
- 結論
- 請求不成立
- 当事者
- 【請求人】サノフィ
- 【請求人代理人】南条 雅裕
- 【請求人代理人】瀬田 あや子
- 【請求人代理人】伊波 興一朗
- 【請求人代理人】三村 量一
- 【請求人代理人】東崎 賢治
- 【被請求人】アムジエン・インコーポレーテツド
- 【被請求人代理人】大野 聖二
- 【被請求人代理人】森田 裕
- 【被請求人代理人】多田 宏文
- 【被請求人代理人】山口 裕司
- 審判長/審判官
- 審判長 田村 明照
- 審判官 長井 啓子
- 審判官 山本 匡子
- 分類
- P1113.536-YAA(C07K) / P1113.537-YAA(C07K) / P1113.121-YAA(C07K)
- 条文(本文から自動抽出・参考)
- 特許法第134条の2第1項、特許法第134条の2第3項、特許法第134条の2第9項、特許法第36条第6項第1号、特許法第36条第4項第1号、特許法第36条第6項第2号、特許法第29条第2項、特許法第135条、特許法第169条第2項
- データ出所
- 審決公報(SGML)
事件の表示
上記当事者間の特許第5906333号発明「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
【結 論】
特許第5906333号の特許請求の範囲を、平成29年5月8日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1、2、5]、[3、4]について訂正することを認める。
特許第5906333号の請求項1、5に係る発明についての審判請求は成り立たない。
特許第5906333号の請求項2~4に係る発明についての審判請求を却下する。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
【理 由】
第1 手続の経緯
特許第5906333号に係る特許についての出願は、平成20年8月22日(パリ条約による優先権主張 平成19年8月23日 米国、平成19年12月21日 米国、平成20年1月9日 米国、平成20年8月4日 米国)を国際出願日とする特願2010-522084号の一部を平成25年9月20日に新たな特許出願とした特願2013-195240号の一部をさらに平成27年2月23日に新たな特許出願とした特願2015-33054号であって、平成28年3月25日に設定登録がなされたものである。
請求人は、平成28年5月31日付で当該特許の請求項1~5に係る発明について、特許無効審判請求を行った。本件無効審判の手続の経緯は以下のとおりである。
平成28年5月31日 審判請求書
平成28年9月15日 答弁書、訂正請求書
平成28年11月17日 弁駁書(1)、弁駁書(2)
平成28年12月21日 審理事項通知書(日付は起案日)
平成29年2月3日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成29年2月3日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成29年2月21日 上申書(請求人)
平成29年2月24日 口頭審理
平成29年3月9日 審決の予告
平成29年5月8日 訂正請求書
平成29年7月6日 上申書(請求人)
第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
被請求人が平成29年5月8日付け訂正請求書により請求する訂正は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求めるものである。
その請求の内容は、請求項1、2及び5からなる一群の請求項に係る訂正、並びに請求項3及び4からなる一群の請求項に係る訂正であって、以下のとおりのものである(下線部が訂正箇所である。)。
(1)訂正事項1(請求項1に係る訂正)
「【請求項1】 PCSK9とLDLRの結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号247、256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号222、229及び238からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。」
を、
「【請求項1】 PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。」
と訂正する。
(2)訂正事項2(請求項2に係る訂正)
請求項2を削除する。
(3)訂正事項3(請求項3に係る訂正)
請求項3を削除する。
(4)訂正事項4(請求項4に係る訂正)
請求項4を削除する。
(5)訂正事項5(請求項5に係る訂正)
「【請求項5】 請求項1~4のいずれか1項に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。」
を、
「【請求項5】 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。」
と訂正する。
2 訂正の適否
(1)一群の請求項について
訂正前の請求項2及び5は、請求項1を引用するものであって、訂正事項1により訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、請求項1、2及び5は、特許法第134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項4は、請求項3を引用するものであって、訂正事項3により訂正される請求項3に連動して訂正されるものであるから、請求項3及び4は、特許法第134条の2第3項に規定する一群の請求項である。
したがって、請求項1、2及び5についての訂正事項1、2及び5、請求項3及び4についての訂正事項3及び4は、一群の請求項ごとにされたものであり、特許法第134条の2第3項の規定に適合する。
(2)訂正事項1
願書に添付した図13C及び図3Eによれば、訂正前の請求項1に記載された配列番号247、256及び265が31H4抗体の重鎖のCDR1、CDR2及びCDR3のアミノ酸配列、訂正後の請求項1及び3に記載された配列番号67は31H4抗体の重鎖可変領域のアミノ酸配列であって、配列番号67のアミノ酸配列が配列番号247、256及び265のアミノ酸配列を含むことは明らかである。また、願書に添付した図13A及び図3Eによれば、訂正前の請求項1に記載された配列番号222、229及び238が31H4抗体の軽鎖のCDR1、CDR2及びCDR3のアミノ酸配列、訂正後の請求項1に記載された配列番号12は31H4抗体の軽鎖可変領域のアミノ酸配列であって、配列番号12のアミノ酸配列が配列番号222、229及び238のアミノ酸配列を含むことは明らかである。
このとおり、訂正事項1は、抗体を、重鎖の3つのCDRと軽鎖の3つのCDRにより特定していたものを、重鎖可変領域全体と軽鎖可変領域全体とにより特定するように限定したものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、これらの訂正事項は、上述のとおり、願書に添付した図面に記載した事項の範囲内であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(3)訂正事項2~4
訂正事項2~4は、それぞれ請求項2~4を削除するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、これらの訂正事項は、願書に添付した図面に記載した事項の範囲内であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことが明らかであるから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
(4)訂正事項5
訂正事項5は、訂正前の請求項5の「請求項1~4のいずれか1項に記載の」という引用記載について、請求項1のみを引用するものに訂正するものであって、特許法第134条の2第1項ただし書き第4号に掲げる「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。」を目的とするものである。
そして、この訂正事項は、願書に添付した図面に記載した事項の範囲内であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもないことが明らかであるから、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
3 訂正請求についての結論
以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、一群の請求項ごとに本件訂正を認める。
第3 本件訂正発明
本件特許の請求項1及び5に係る発明は、本件訂正特許請求の範囲の請求項1及び5に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】 PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ、PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する、単離されたモノクローナル抗体。
【請求項5】 請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む、医薬組成物。」
(以下、それぞれ「本件訂正発明1」及び「本件訂正発明5」という。)
第4 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、「特許第5906333号の請求項1~5に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として以下の無効理由1~4を主張し、証拠方法として甲第1~12号証を提出している。
(1)無効理由1(サポート要件違反)
本件訂正発明1及び5は、構造上の限定を欠き、機能のみによって定義された、多種多様な構造の抗体を包含するが、当業者といえども、発明の詳細な説明に記載された事項をそれら全体にまで拡張ないし一般化できるとはいえない。
したがって、本件は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
(2)無効理由2(実施可能要件違反)
発明の詳細な説明は、本件訂正発明1及び5に包含される多種多様な構造の抗体について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
したがって、本件は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
(3)無効理由3(明確性要件違反)
発明の詳細な説明の記載によれば、本件特許の請求項3の「配列番号247、256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む重鎖と、配列番号222、229及び238からそれぞれなるCDR1、2及び3を含む軽鎖とを含む抗体のエピトープ」は立体構造的エピトープであるうえ、具体的にどのアミノ酸がエピトープを構成するかが明示されていないから、当該抗体と「完全に又は部分的に同じエピトープを認識する、モノクローナル抗体」が、どのような範囲の抗体を意味するのかが明確でない。
したがって、本件は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
(4)無効理由4(進歩性欠如)
甲第1号証は、高コレステロール血症治療のために、PCSK9とLDLRの相互作用を中和する抗体を取得し、その有用性を試験することの動機付けを与えるから、当業者であれば、モノクローナル抗体を作成するための周知技術と組み合わせることにより、本件訂正発明1及び5を容易に発明することができたといえる。
したがって、本件訂正発明1及び5は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
[証拠方法]
甲第1号証: J.Clin.Invest., vol.116(11), pp.2995-3005 (2006)
甲第2号証: 特許審決公報(不服2010-7407、平成24年10月9日審決)
甲第3号証: 特許審決公報(不服2013-12494、平成27年1月19日審決)
甲第4号証: 特許審決公報(不服2010-4484、平成24年9月3日審決)
甲第5号証: 本件出願の親出願(特願2010-522084)の平成25年9月20日付け意見書
甲第6号証: 特許審決公報(不服2005-21528、平成18年11月7日審決)
甲第7号証: 米国連邦巡回区控訴裁判所判決(AbbVie Deutschland GmbH v. Janssen Biotech, Inc. No.2013-1338,-1346 (Fed.Cir.7/1/2014))
甲第8号証: 特許・実用新案審査ハンドブック・附属書A 記載要件に関する事例集[事例2]
甲第9号証: 知財高判平成17年11月11日(平成17年(行ケ)第10042号)
甲第10号証: 知財高判平成25年2月20日(平成24年(行ケ)第10151号)
甲第11号証: TRENDS in Biochem.Sci., vol.32(2), pp.71-77 (2007)
甲第12号証: 知財高判平成22年5月10日(平成21年(行ケ)第10170号)
2 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、請求人の主張する無効理由1~4はいずれも理由がない旨主張し、証拠方法として乙第1~21号証を提出している。
[証拠方法]
乙第1号証: Proc.Natl.Acad.Sci.USA., vol.100(3), pp.928-933 (2003)
乙第2号証: Arterioscler.Thromb.Vasc.Biol., vol.24, pp.1448-1453 (2004)
乙第3号証: Proc.Natl.Acad.Sci.USA., vol.102(6), pp.2069-2074 (2005)
乙第4号証: TRENDS in Biochem.Sci., vol.32(2), pp.71-77 (2007)
乙第5号証: J.Lipid Res., vol.48, pp.763-767 (2007)
乙第6号証: ウェブサイト(Firstwordpharma)
乙第7号証: プレスリリース(Santaris Pharma A/S)
乙第8号証: 米国特許第7,605,251号(表紙)
乙第9号証: 特許・実用新案審査ハンドブック・附属書B 第2章第1~14頁
乙第10号証: 特許・実用新案審査ハンドブック・附属書B 第2章第72~73頁
乙第11号証: 特許・実用新案審査基準第II部第1章第1節実施可能要件 第1~5頁
乙第12号証: 「エピトープ」、生化学辞典第3版
乙第13号証: 特許・実用新案審査ハンドブック・附属書A 1、第1~11頁
乙第14号証: 知財高判平成22年8月31日(平成21年(行ケ)第10434号)
乙第15号証: J.Clin.Invest., vol.116(11), pp.2995-3005 (2006)
乙第16号証: 甲第1号証と共に公開された甲第1号証の補足資料
乙第17号証: ケリー・ベリー氏の2017年1月25日付け宣誓書
乙第18号証: ウェイ・ウォン氏の2017年1月25日付け宣誓書
乙第19号証: ジョイス・チー・イー・チャン氏の2017年1月30日付け宣誓書
乙第20号証: チャドウィック・キング氏の2017年1月30日付け宣誓書
乙第21号証: J.Biol.Chem., vol.285(17), pp.12882-12891 (2010)
第5 当審の判断
当審は、無効理由1~4はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 無効理由1(サポート要件違反)について
(1)請求人の主張の具体的内容
請求人が主張する無効理由1の具体的内容は、次のとおりのものである。
ア 本件訂正発明1の「PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する」は、機能的な記載にすぎず、構造的特定を与えるものではないから、本件訂正発明1は、多種多様な構造の抗体を包含する。
それに対して、発明の詳細な説明に、本件訂正発明1に含まれること、すなわち、「PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する」ことと、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」ることの両方が実験的に示されているのは、参照抗体である31H4抗体自体のみである。
31H4抗体を、多種多様な構造の抗体を包含する本件訂正発明1全体にまで拡張ないし一般化することはできない。本件訂正発明5についても同様である。
イ 発明の詳細な説明の実施例37(表37.1)には、31H4抗体と競合する抗体として、ビン2(21B12抗体とも31H4抗体とも競合する抗体)が3種類、ビン3(31H4抗体と競合するが21B12抗体とは競合しない)が10種類記載されているところ、これらの抗体の中和能力については、段落【0138】に、「非中和」、「弱い中和」または「強い中和」との記載がある。
しかし、当該段落には、「中和」には、「PCSK9とLDLRの結合を妨げることによる中和」(本件訂正発明1の「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」に相当する。以下、「態様1の中和」という。)、及び「PCSK9とLDLRの結合は妨げず、LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げることによる中和」(以下、「態様2の中和」という。)という2通りの概念が含まれることが記載されており、ビン1及びビン2の抗体がどちらの概念の中和能力を有するのかが明らかでないから、それらの抗体が本件訂正発明1に包含されるものであるということはできない。
仮に、ビン1及びビン2の合計13種類の抗体の中和能力が態様1の中和であるとしたら、これらの抗体は本件訂正発明1に包含されるものであることになる。しかし、そうであるとしても、各抗体の重鎖及び軽鎖のCDRの配列を比較すると、31H4抗体と、それとは異なる28D6抗体と類似性の高いグループといった、せいぜい2つのグループの抗体しか提供されていないことがわかる。これらわずか2つのグループの抗体を、多種多様な構造の抗体を包含する本件訂正発明1全体にまで拡張ないし一般化することはできない。本件訂正発明5についても同様である。
(2)当審の判断
ア 発明の詳細な説明に記載された事項
発明の詳細な説明には、次の事項が記載されている。
(ア)PCSK9とLDLRの相互作用を抑制すれば、LDLに結合し得るLDLRの量が増加するから、血清中のLDLの量が減少し、血清中のコレステロールを低下させることができる。(段落【0066】)
(イ)31H4抗体は、抗PCSK9抗体であって、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む。(段落【0002】、表2)
(ウ)「中和抗体」という用語は、リガンドに結合し、リガンドの生物学的効果を妨げ、又は低下させる抗体を表す。抗PCSK9抗体においては、PCSK9とLDLRの結合を妨げることによる中和と、PCSK9とLDLRの結合は妨げず、LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げることによる中和がある。(段落【0138】)
(エ)「競合する」という用語は、検査されている抗体が抗原への参照抗体の特異的結合を妨げ、又は阻害する程度を測定する各種アッセイ(アッセイ法に関する既知の文献が引用されている。)によって決定された、抗体間の競合を意味する。競合アッセイによって同定される抗体には、参照抗体と同じ又は重複するエピトープに結合する抗体や、参照抗体がエピトープに結合するのを立体的に妨害するのに十分なほど近接した隣接エピトープに結合する抗体が含まれる。これらの抗体は、参照抗体と類似の機能的特性を示すと予想される。(段落【0140】、【0269】)
(オ)「エピトープ」という用語は、抗体によって結合される抗原の領域であり、抗原がタンパク質の場合、抗体に直接接触する特定のアミノ酸を含む。(段落【0142】)
(カ)ヒトPCSK9でヒト免疫グロブリン遺伝子を有するマウスを免疫して得た3000種類の抗ヒトPCSK9モノクローナル抗体に対して、野生型PCSK9への結合性によるスクリーニング、マウスPCSK9への交叉反応性によるスクリーニング、PCSK9D374Y変異体への結合性によるスクリーニング、及びPCSK9D374変異体とLDLRの結合遮断性によるスクリーニング(当該変異体は野生型よりもLDLRへの結合親和性が高い)を行うことにより、85種類の抗体が同定された。(実施例1~3)
(キ)典型的な抗体の具体例(表2)
(ク)表2記載の抗体のうち、27B2、13H1、13B5及び3C4は非中和抗体、3B6、9C9及び31A4は弱い中和抗体、その他は強い中和抗体である。(段落【0138】)
(ケ)エピトープビニングの結果(実施例10、表8.3)
ここで、ビン1(21B12抗体と競合する。)とビン3(31H4抗体と競合する。)は、互いに排他的であり、ビン2はビン1及びビン3と競合し、ビン4はビン1及びビン3と競合しない。(段落【0494】)
(コ)31H4抗体は、PCSK9とLDLRの結合を遮断する。(実施例11)
(サ)31H4抗体は、血清コレステロール低下作用を有する。(実施例13~17)
(シ)31H4抗体/PCSK9複合体の結晶構造解析によれば、両者の相互作用界面の31H4抗体から5オングストローム以内に存在する特異的コアPCSK9アミノ酸残基(残基番号は配列番号3による。)は、W72、F150、A151、Q152、T214、R215、F216、H217、A220、S221、K222、S225、H226、C255、Q256、G257、K258、N317、F318、T347、L348、G349、T350、L351、E366、D367、D374、V380、S381、Q382、S383及びG384である。(実施例29)
(ス)エピトープビニングの結果(実施例37、表37.1)
(セ)アルギニン/グルタミン酸スキャニングを用いたエピトープマッピングによれば、31H4抗体のエピトープは、立体構造的エピトープである。アルギニン又はグルタミン酸に置換したときに抗体結合性を変化(EC50シフト、Bmaxシフト)させるPCSK9のアミノ酸残基「ヒット」はエピトープの一部と考えられる。(実施例39、表39.5)
イ 判断
本件訂正発明1は、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」及び「PCSK9との結合に関して、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する」という2つの構成要件により特定された「単離されたモノクローナル抗体」である。
それに対して、発明の詳細な説明には、抗PCSK9モノクローナル抗体の作成方法(上記ア(カ))及び競合アッセイの方法(上記ア(エ))について詳細に記載されているほか、配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む31H4抗体と競合する抗体として12種類(上記ア(ケ)のビン3、(ス)のビン2及び3)がそれらの配列情報(上記ア(キ))とともに記載されている。また、一般に、参照抗体と競合する抗体が参照抗体と類似した機能的特性を有することは周知であって(上記ア(エ))、実際、上記12種類の競合抗体のうちの7種類が強い中和抗体であったことが確認されている(上記ア(ク))。ここでいう中和が、本件訂正発明1の「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」という意味の中和であることは、それらのスクリーニング工程(上記ア(カ))から明らかである。
このとおり、発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に含まれる具体的な抗体が多種類記載されているし、その作成方法及びスクリーニング方法の記載に基づいて本件訂正発明1に含まれる抗体をさらに得ることができると当業者は理解できるから、本件訂正発明1はその全体にわたって発明の詳細な説明に記載したものである。
また、本件訂正発明1の抗体が医薬として使用できることは、理論的(上記ア(ア))にも、実験的(上記ア(サ))にも記載されているから、本件訂正発明5も、発明の詳細な説明に記載したものであるといえる。
したがって、本件は、本件訂正発明1、5について特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たす。
(3)小括
以上のとおりであるから、無効理由1は理由がない。
2 無効理由2(実施可能要件違反)について
(1)請求人の主張の具体的内容
無効理由1で指摘したとおり、本件訂正発明1に包含される多種多様な構造の抗体のうち、発明の詳細な説明に具体的に記載されているのは、31H4抗体のみ、あるいはわずか2つのグループの抗体のみである。抗体の結合性に関与する領域である重鎖及び軽鎖のCDRにおいて1アミノ酸が置換、付加、欠失しただけで、もとの抗体の結合特異性を失うことがあるという技術常識に照らすと、上記記載に基づいて本件訂正発明1に包含される多種多様な構造の抗体を作るには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行う必要がある。
また、31H4抗体と競合するからといって、必ずしも中和能力が優れているとは限らないから、競合抗体の中には、非中和抗体や中和能力が著しく低い抗体も含まれているはずである。そのような抗体は所望の目的で使用できるとはいうことができない。
(2)当審の判断
上記1(2)イで判断したとおり、発明の詳細な説明には、本件訂正発明1に係る抗体及び本件訂正発明5に係る医薬組成物について、当業者が作り、使うことができる程度に記載がされている。
なお、請求人は、(ア)発明の詳細な説明には本件訂正発明1に含まれる抗体のうちわずかな種類の具体例しか記載されていないところ、抗体のCDRは1アミノ酸が置換、付加、欠失しただけでも結合特異性が失われることがあるという技術常識に照らせば、本件訂正発明1全体について作れるように記載されているとはいえない旨、及び(イ)31H4抗体と競合しても中和能力が優れているとは限らないから、本件訂正発明1には中和能力が無い抗体や著しく低い抗体が含まれることになり、そのような抗体は使用できるとはいえない旨、主張する。
上記(ア)については、本件実施例(上記1(2)ア(カ))でもそうしているとおり、所望の特性を有するモノクローナル抗体は、抗原を投与した動物から得た多種類のモノクローナル抗体を当該特性についてスクリーニングすることにより取得するのが通常であって、そうして得られた抗体は抗体遺伝子の組換えによって生じた多様な構造の抗原結合領域を有している。したがって、当業者であれば、発明の詳細な説明に開示された具体的な抗体のアミノ酸配列情報を参照せずとも、本件訂正発明1に包含される各種抗体を作成することができると認められるから、請求人の主張を採用することはできない。
また上記(イ)については、本件訂正発明1は、31H4抗体と競合することに加えて、「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」という構成要件を兼ね備えたものであるから、請求人の主張は当たらない。
(3)小括
以上のとおりであるから、無効理由2は理由がない。
3 無効理由3(明確性要件違反)について
本件特許の請求項3は、上記第2のとおり、本件訂正により削除されたため、請求項3に係る発明が明確でない旨の無効理由3は理由がない。
4 無効理由4(進歩性欠如)について
(1)甲第1号証の記載事項
甲第1号証(J.Clin.Invest., vol.116(11), p.2995-3005(Nov.2006))は、本件優先日前に発行された学術論文であって、次の事項が記載されている。
ア 「我々は、HepG2細胞の培地に添加した精製PCSK9が、用量及び時間依存的に、細胞表面のLDLRの数を減少させることを示す。高コレステロール血症を引き起こす機能増強変異体PCSK9(D374Y)は、この活性を約10倍有していた。PCSK9の結合や取り込みは、大部分LDLRの存在に依存した。共免疫沈殿およびリガンドブロッティング試験はPCSK9とLDLRが直接会合することを示した。・・・PCSK9が血漿中で活性なのかを確認するために、PCSK9トランスジェニックマウスを野生型同腹子と並体癒合した。並体癒合の後、分泌PCSK9は野生型マウスの血漿循環に移行し、肝臓のLDLR量を検出できないレベルにまで減少させた。分泌PCSK9はLDLRと会合し、肝臓のLDLRレベルを減少させると結論する。」(第2995頁要約)
イ 「PCSK9の生物活性はマウスにおける過剰発現研究をとおして明らかとなった。転写後のPCSK9過剰発現は、肝臓におけるLDLRの量を減少させた。PCSK9が、通常時LDLRタンパク質のレベルを制御することの確証は、ヒトおよびマウスにおける機能喪失研究により行われた。PCSK9対立遺伝子にナンセンス変異のヘテロ結合を有する個体は、著しく低い血漿LDLコレステロールレベルとなり、PCSK9活性の低下はLDLRの増加につながることが示唆された。これらの結論は、PCSK9ノックアウトマウスの研究によっても裏付けられた。この研究は、PCSK9の欠失が、肝臓におけるLDLRの数を増加し、血漿LDLの除去を加速し、そして著しく血漿コレステロールレベルを低下させる結果となることを示した。最近のほとんどの研究は、PCSK9に機能欠失変異のヘテロ接合を有するヒトは、アテローム硬化性心疾患を発症する長期的リスクが極めて低いことを示している。
ヒトの遺伝的データ及びマウスのin vivo研究は、PCSK9の一つの機能はLDLRの数を減少させることであること、そして、この機能は、基礎状態のヒトにおいても明白であることを示している。」(第2995頁右欄第6~25行)
ウ 「PCSK9機能欠失変異体のヒト遺伝データとPCSK9欠損ノックアウトマウスの研究は、当該プロテアーゼの阻害が、高コレステロール血症の処置に治療効果をもたらすことを明確に示している。・・・今回のデータが示すように、PCSK9が分泌因子として機能するとすれば、LDLRとの相互作用を阻害する抗体、あるいは、血漿での活性を妨げる阻害剤の開発など、活性を中和する追加的方法を、高コレステロール血症の治療のために活用することができる。」(第3002頁右欄下から第13~1行)
エ 「抗体。抗ヒトPCSK9ポリクローナル抗体のために、Proteanソフトウェアを用いてヒトPCSK9アミノ酸配列の免疫原性領域を分析した。アミノ酸165-180(RYRADEYQPPDGGSLV)及び220-240(ASKCDSHGTHLAGVVSGRDAG)を合成し、Imject Maleimide Activated mcKLH キット(Pierce)を用いてキーホールリンペットヘモシアニンに結合し、以前に記載した方法により、ウサギにペプチド混合物を注射した。IgG画分を血清から、ImmunoPure(A/G)IgG精製キット(Pierce)を用いて精製した。」(第3003頁左欄第26~33行)
(2)当審の判断
上記(1)ア~ウによれば、甲第1号証は、高コレステロール血症の治療用医薬を開発する目的で、PCSK9とLDLRの相互作用を阻害する物質を探索する動機付けを与えるものである。また、上記(1)エにも記載されているとおり、生体分子間の相互作用を阻害する物質として抗体は周知であるから、当業者であれば、PCSK9とLDLRの相互作用を阻害する抗体の作成を容易に想到し得るとまでは認めることができる。
しかしながら、技術常識を考慮しても、甲第1号証から、「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と、配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」という特有の構造を有する抗体を導き出すことはできない。まして、当該抗体と競合する抗体についてはなおさらである。
したがって、本件訂正発明1及び5は、甲第1号証に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められず、無効理由4は理由がない。
5 本件特許の請求項2~4に係る発明についての審判請求
本件特許の請求項2~4は、上記第2のとおり、本件訂正により削除された。その結果、請求項2~4に係る発明についての審判請求は、その対象を欠くこととなったので、不適法な請求であり、その補正をすることができないものであるから、特許法第135条の規定により却下すべきものである。
第6 むすび
以上のとおりであるから、
請求人の主張及び証拠方法によっては、本件訂正発明1及び5の特許を無効とすることはできない。
また、本件特許の請求項2~4に記載された発明は、訂正により削除されたため、それらに対して請求人がした審判の請求については却下する。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
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2016-800066